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総括コメント 成熟児に起こる新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)は,出生とともに胎児循環から新生児循環に変換する過程で, 低酸素症により肺血管が攣縮し,肺動脈圧が体血圧を上回ることにより発生する。しかし,早産児に起こるPPHNは, 左室機能不全などによる相対的な肺高血圧症でも発生する。一酸化窒素(NO)吸入療法が効果を発揮するプロセスが 異なることを知っておくことは重要である。 (学校法人金城学院理事長・学院長/名古屋市立西部医療センター・新生児先端医療センター長 戸苅  創図3 選択的肺血管拡張作用 低酸素性肺高血圧にNO吸入を行った場合 NO NO NO 肺動脈圧 全身動脈圧 62/25(44) 62/25(44) 62/25(44) 85/40(63) 85/40(63) 90/45(68) 125/70(98)mmHg 1 min 2 min day 0, 子豚 図1 図2 胎児循環から新生児循環への移行 出生 胎盤脱落 肺循環開始 胎児:母体から胎盤, 臍帯を介し酸素供給 肺は使っていない 新生児:第一啼泣→肺呼吸開始 胎盤がはずれる 胎盤 胎盤 肝臓 肝臓 右肺 左肺 右肺 左肺 卵円孔の開存 卵円孔の開存 臍帯静脈 臍帯動脈 臍帯静脈 臍帯動脈 動脈管の開存 動脈管の開存 右房 右房 左房 左房 右室 左室 右室 左室 静脈管 静脈管 下行大動脈 下行大動脈 門脈 門脈 下大静脈 下大静脈 卵円孔の閉鎖 卵円孔の閉鎖 動脈管の閉鎖 動脈管の閉鎖 体循環 肺循環 体循環 肺循環 PPHNの病態生理と血圧の関係 卵円孔の開存 卵円孔の開存 動脈管の開存 動脈管の開存 肺循環 肺循環 体循環 体循環 肺高血圧 体血圧低下 肺血管の攣縮 肺血管の攣縮 左房 左房 右室 左室 右室 左室 肝臓 下行大動脈 下大静脈 肝臓 右房 右肺 右房 下行大動脈 下大静脈 左肺 上大静脈 大動脈弓 左肺 右肺 上大静脈 大動脈弓 上大静脈 大動脈弓 上大静脈 大動脈弓 ショック 心筋機能不全 胎盤 子宮 ・MAS ・肺低形成 ・先天性横隔膜 ヘルニア Fetal channel 卵円孔, 動脈管での 右→左シャント 胎児期から新生児期へ正常な適応をした場合の 血行動態を図1 に示す。出生後胎盤循環が中断して 児の体循環系の血管抵抗は急速に高まる。一方, 肺循環系では,児が自発呼吸を開始することにより 肺血管が拡張し肺血流は増加する。その後,肺血 管抵抗は急速に低下する。肺血流量の増加は左房 圧を高め,心房レベル(卵円孔)での右左短絡は消 失する。動脈管での短絡は出生後の肺循環系と体 循環系の血管抵抗の逆転により,左右または両短 絡となるが,酸素飽和度(SpO2)の上昇により,動 脈管は収縮し,やがて閉鎖してしまう。この出生を 境とした胎児循環から新生児循環への移行が何ら かの起点により障害され,卵円孔や動脈管を介す る右→左シャントが出現した病態を新生児遷延性肺 高血圧症(PPHN)と呼んでいる(図2)。 体全体からみたPPHNの血行動態を図2に示 す。肺血管の攣縮などにより右心系の血液が肺の ほうに流れなくなり(右心系の後負荷の上昇),静 脈血はこの時期まだ開存している卵円孔や動脈管 を介して左心系に流れ込む(シャント)。肺から左心 系に還ってくる動脈血が少なく,そこへシャントし た静脈血が流れ込むため全身は強度のチアノーゼと なる。シャントが動脈管レベルのみの場合,上半身 (pre-ductal)と下半身(post-ductal)で酸素飽 和度に較差ができるのもこの図から考えればわかり やすい。 胎児循環から新生児循環への移行 PPHNの病態生理と血圧の関係 上記PPHNの病態は肺動脈圧が体血圧を凌駕す ることであり,従来私たちは血管拡張剤の経静脈 投与にて治療してきた(図2)。しかし血管拡張剤の 作用は全身性であり,肺動脈だけでなく全身血管 も拡張するため,同時に起こる全身性低血圧への ジレンマがあった(図2)。一酸化窒素(NO)吸入療 法がPPHNに対して理想的な治療法といわれる理 由は,血管拡張性のあるNOガスを酸素とともに直 接肺に吸入するため,体血圧を下げることなく肺動 脈のみを選択的に拡張できることにある(図3)。 PPHN治療のジレンマ Fetal & Neonatal Medicine Vol.9 No.2 5 (47) 戸苅  創 学校法人金城学院理事長・学院長/ 名古屋市立西部医療センター・新生児先端医療センター長 鈴木  悟 名古屋市立西部医療センター長 代表監修 監修 目で見る胎児・ 新生児の病態 Fetal & Neonatal Medicine Vol.9 No.2 新生児遷延性肺高血圧症 SAMPLE Copyright(c) Medical Review Co.,Ltd.

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総括コメント 成熟児に起こる新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)は,出生とともに胎児循環から新生児循環に変換する過程で,低酸素症により肺血管が攣縮し,肺動脈圧が体血圧を上回ることにより発生する。しかし,早産児に起こるPPHNは,左室機能不全などによる相対的な肺高血圧症でも発生する。一酸化窒素(NO)吸入療法が効果を発揮するプロセスが異なることを知っておくことは重要である。

(学校法人金城学院理事長・学院長/名古屋市立西部医療センター・新生児先端医療センター長 戸苅  創)

図3 選択的肺血管拡張作用低酸素性肺高血圧にNO吸入を行った場合

NO NO NO

肺動脈圧

全身動脈圧

62/25(44) 62/25(44) 62/25(44)

85/40(63) 85/40(63) 90/45(68)

125/70(98)mmHg

1 min 2 min day 0, 子豚

図1 図2胎児循環から新生児循環への移行

出生

胎盤脱落

肺循環開始

胎児:母体から胎盤, 臍帯を介し酸素供給 肺は使っていない

新生児:第一啼泣→肺呼吸開始    胎盤がはずれる

胎盤胎盤

肝臓肝臓

右肺 左肺右肺 左肺

卵円孔の開存卵円孔の開存

臍帯静脈

臍帯動脈

臍帯静脈

臍帯動脈

動脈管の開存動脈管の開存

右房右房

左房左房

右室

左室

右室

左室

静脈管静脈管下行大動脈下行大動脈

門脈門脈

下大静脈下大静脈

卵円孔の閉鎖卵円孔の閉鎖

動脈管の閉鎖動脈管の閉鎖

体循環

肺循環

体循環

肺循環

PPHNの病態生理と血圧の関係

卵円孔の開存卵円孔の開存

動脈管の開存動脈管の開存

肺循環肺循環

体循環体循環肺高血圧

体血圧低下

肺血管の攣縮肺血管の攣縮左房左房

右室左室

右室左室

肝臓

下行大動脈

下大静脈

肝臓

右房

右肺

右房

下行大動脈

下大静脈

左肺上大静脈

大動脈弓

左肺

右肺

上大静脈大動脈弓

上大静脈大動脈弓

上大静脈

大動脈弓

ショック心筋機能不全

胎盤

子宮

・MAS・肺低形成・先天性横隔膜 ヘルニア

Fetal channel卵円孔, 動脈管での右→左シャント

 胎児期から新生児期へ正常な適応をした場合の血行動態を図1に示す。出生後胎盤循環が中断して児の体循環系の血管抵抗は急速に高まる。一方,肺循環系では,児が自発呼吸を開始することにより肺血管が拡張し肺血流は増加する。その後,肺血管抵抗は急速に低下する。肺血流量の増加は左房圧を高め,心房レベル(卵円孔)での右左短絡は消失する。動脈管での短絡は出生後の肺循環系と体循環系の血管抵抗の逆転により,左右または両短絡となるが,酸素飽和度(SpO2)の上昇により,動脈管は収縮し,やがて閉鎖してしまう。この出生を境とした胎児循環から新生児循環への移行が何らかの起点により障害され,卵円孔や動脈管を介する右→左シャントが出現した病態を新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)と呼んでいる(図2)。

 体全体からみたPPHNの血行動態を図2に示す。肺血管の攣縮などにより右心系の血液が肺のほうに流れなくなり(右心系の後負荷の上昇),静脈血はこの時期まだ開存している卵円孔や動脈管を介して左心系に流れ込む(シャント)。肺から左心系に還ってくる動脈血が少なく,そこへシャントした静脈血が流れ込むため全身は強度のチアノーゼとなる。シャントが動脈管レベルのみの場合,上半身

(pre-ductal)と下半身(post-ductal)で酸素飽和度に較差ができるのもこの図から考えればわかりやすい。

胎児循環から新生児循環への移行

PPHNの病態生理と血圧の関係

 上記PPHNの病態は肺動脈圧が体血圧を凌駕することであり,従来私たちは血管拡張剤の経静脈投与にて治療してきた(図2)。しかし血管拡張剤の作用は全身性であり,肺動脈だけでなく全身血管も拡張するため,同時に起こる全身性低血圧へのジレンマがあった(図2)。一酸化窒素(NO)吸入療法がPPHNに対して理想的な治療法といわれる理由は,血管拡張性のあるNOガスを酸素とともに直接肺に吸入するため,体血圧を下げることなく肺動脈のみを選択的に拡張できることにある(図3)。

PPHN治療のジレンマ

Fetal & Neonatal Medicine Vol.9 No.2 5(47)

戸苅  創 学校法人金城学院理事長・学院長/名古屋市立西部医療センター・新生児先端医療センター長 鈴木  悟 名古屋市立西部医療センター長代表監修 監修

目で見る胎児・新生児の病態

Fetal & Neonatal Medicine Vol.9 No.2 

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新生児遷延性肺高血圧症

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