16
©Japan Society of Monetary Economics 2014 137 〔論    文〕 『金融経済研究』特別号 2014 年1月 防災工事と災害復旧費用の負担配分と 防災工事のタイミングについて * 鴨池治 要旨 本稿では,防災工事費用と災害復旧にかかる費用を,各時点に生きる人達が均等に負担す るという費用負担原則を採用し,この原則の下で,被害額を減少させる防災工事を実行すべ きかどうか,実行するとすれば,どのタイミングで実行すべきかを理論的に考察する.防災工 事の費用1円あたりの災害減少額がある値より大きい場合には,現時点で,防災工事を実行す べきであり,その値は,災害発生確率の減少関数,利子率の増加関数という結論が導かれる. はじめに 2011 年3月 11 日に発生した東日本大震災においては,多大の犠牲者と多額の物的損害が発生した. その後,近い将来発生することが確実視されている地震,津波の被害を出来るだけ少なくするために, 防災・減災のための対策の必要性が強調されている.本稿では,防災・減災のための工事をどのよう な条件の下で行うべきか,どのタイミングで行うのがよいかを,理論的に考察する.工事の実行に関 しては,通常の cost-benefit 分析の結果と一致する.また,地震や津波といった自然災害は,物的な 資産を破壊すると同時に,多くの人命を奪うため,有効な防災・減災工事は,かなり大きな被害額の 減少をもたらすと考えられが.この場合,できるだけ早く工事を行うのが最適となることが導かれる. 前提として,災害発生による被害額は,事後的に,発生時点以降の各時点で同額負担されるとし,そ れぞれの時点における期待負担額が同一になるよう,災害工事に必要な費用が分担されるものとする. 大垣は,「ex ante 型対応と ex post 型対応」 1 ) において,ex post 型対応を災害が発生した後,被害額 をそれ以降の期間で配分する方法,ex ante 型対応を災害が発生する以前から一定額を積み立ててお き,発生後は,被害額から積立額を差し引いた不足額をそれ以降の期間で負担する方法として,ex ante 型対応の方が,負担額が少なくなるモデルを提示している. 2 ) 本論では,防災・減災の工事を明 示的に導入し,その効果と費用の配分を考察している点が大垣モデルとは異なる.また,本論では, 本論の作成にあたり,日本金融学会震災復興金部会の方々から有益なコメントをいただいた.このメンバーの 方に感謝の意を表したい.言うまでもなく,ありうべき誤りについては,すべて筆者の責任となるものである. 1) 大垣尚司「自然災害とリスクファイナンス」自然災害リスク研究会(第2回)プレゼンテーション(2012 年 12 月 12 日,於 PwC 汐留オフィス) 2) 大垣モデルでは,調達利子率が運用利子率よりも高いとされている.この前提により,ex ante 型の方が調達 額を少なくし,利子負担を少なくすることから,ex post 型よりも有利になっている.両利子率が同一である場 合には,全く無差別になる.この点を付録で示すことにする.

防災工事と災害復旧費用の負担配分と 防災工事のタ …jsmeweb.org/ja/journal/pdf/vol.351/full-paper351jp...©Japan Society of Monetary Economics 2014 137 〔論

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©Japan Society of Monetary Economics 2014

137

〔論    文〕

『金融経済研究』特別号 2014 年1月

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて *

鴨池治

要旨 本稿では,防災工事費用と災害復旧にかかる費用を,各時点に生きる人達が均等に負担するという費用負担原則を採用し,この原則の下で,被害額を減少させる防災工事を実行すべきかどうか,実行するとすれば,どのタイミングで実行すべきかを理論的に考察する.防災工事の費用1円あたりの災害減少額がある値より大きい場合には,現時点で,防災工事を実行すべきであり,その値は,災害発生確率の減少関数,利子率の増加関数という結論が導かれる.

1 は じ め に

 2011 年3月 11日に発生した東日本大震災においては,多大の犠牲者と多額の物的損害が発生した.その後,近い将来発生することが確実視されている地震,津波の被害を出来るだけ少なくするために,防災・減災のための対策の必要性が強調されている.本稿では,防災・減災のための工事をどのような条件の下で行うべきか,どのタイミングで行うのがよいかを,理論的に考察する.工事の実行に関しては,通常の cost-benefit分析の結果と一致する.また,地震や津波といった自然災害は,物的な資産を破壊すると同時に,多くの人命を奪うため,有効な防災・減災工事は,かなり大きな被害額の減少をもたらすと考えられが.この場合,できるだけ早く工事を行うのが最適となることが導かれる.前提として,災害発生による被害額は,事後的に,発生時点以降の各時点で同額負担されるとし,それぞれの時点における期待負担額が同一になるよう,災害工事に必要な費用が分担されるものとする. 大垣は,「ex ante型対応と ex post型対応」1 ) において,ex post型対応を災害が発生した後,被害額をそれ以降の期間で配分する方法,ex ante型対応を災害が発生する以前から一定額を積み立てておき,発生後は,被害額から積立額を差し引いた不足額をそれ以降の期間で負担する方法として,ex ante型対応の方が,負担額が少なくなるモデルを提示している.2 ) 本論では,防災・減災の工事を明示的に導入し,その効果と費用の配分を考察している点が大垣モデルとは異なる.また,本論では,

* 本論の作成にあたり,日本金融学会震災復興金部会の方々から有益なコメントをいただいた.このメンバーの方に感謝の意を表したい.言うまでもなく,ありうべき誤りについては,すべて筆者の責任となるものである.1) 大垣尚司「自然災害とリスクファイナンス」自然災害リスク研究会(第2回)プレゼンテーション(2012 年12 月 12 日,於 PwC汐留オフィス)2) 大垣モデルでは,調達利子率が運用利子率よりも高いとされている.この前提により,ex ante型の方が調達額を少なくし,利子負担を少なくすることから,ex post型よりも有利になっている.両利子率が同一である場合には,全く無差別になる.この点を付録で示すことにする.

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138

©Japan Society of Monetary Economics 2014

運用利子率と調達利子率は同一であると仮定する. 時点として, 2,1,0=t の3時点を考える.3 ) 災害は,これらの時点で1回だけ発生するかまたは全く発生しないとし,工事も1回だけ行うこととする.各時点で災害が生じる確率を tp( 2,1,0=t )とし,防災工事をどの時点で行うか,あるいは行わないかを比較するモデルを構築する.第8節では,災害が繰り返し起こる可能性のある場合を想定し,各時点で災害が発生する推移確率を考慮した場合を分析する.この場合も, tp( 2,1,0=t )を適当に定義し直せば,同じ結論が得られることを示す. 工事にかかる費用をCとし,災害が生じた際の被害額は,工事が行われていない場合にはD,工事が行われた時点およびその後では D *( *DD > )であるとする.被害額は,発生した時点およびその後の各時点で同額負担されるものとする.4 )

1 0時点で防災工事が行われる場合

 0時点に防災工事が行われる場合,その費用は, 2,1,0=t の各時点で )0(tC の額を負担するものとする.ここで, )0(tC ( 2,1,0=t )の割引現在価値は,工事費用に等しく,

    221

0 )1()0(

1)0()0(

rC

rCCC

++

++= (1)  

が成立する.5 )

ただし,rは利子率である.

    xr

=+11 とおくと,

    CCxxCC =++ )0()0()0( 22

10 (1 ’)  

 0時点に災害が生じると,D *の被害が発生し,これを 2,1,0=t の各時点で,同額の *0B ずつ負担すると仮定する.ここで

    200

0 )1(*

1***

rB

rBBD

++

++= (2)  

であり,

    20 1

**xx

DB++

= (3)  

が成立する. 次に,1時点に災害が生じると, 2,1=t の各時点で, *1B ずつ負担するとしよう.ここで

    r

BBD+

+=1*** 1

1 (4)  

であり,

3) ここでの議論は,3時点のケースだけでなく,任意の数の時点に拡張することができる.4) 災害復旧費用の配分に関しては,出来るだけ現在の世代で負担し,将来世代には負担を残すべきではないという主張がみられる.東日本大震災復興構想会議報告書「復興への提言」(2011 年 6 月 25 日)27 ページには,「復旧・復興のための財源については,次の世代に負担を先送りすることなく,今を生きる世代全体で連帯し,負担の分かち合いにより確保しなければならない.とされている.しかし,可能な限り,世代間で平等な負担となるよう配分すべき,というのが筆者の考えである.5) 費用 Cの内, 0 )0(C は,0時点の負担となり,残額は,国債発行等で調達され,1時点で 1 )0(C ,2時点で

2 )0(C 償還されるとしている.

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139

©Japan Society of Monetary Economics 2014

    xDB+

=1**1 (5)  

が成立する. 2時点に災害が生じると, 2=t の時点で, *2B 負担が生じるとする.ただし,

    ** 2BD = (6)  

である. 各時点における被害負担額は,次表のようにまとめられる.

表1 0時点に工事が行われる場合の各時点における被害負担額

災害発生時点 確 率 0時点 1時点 2時点

0時点 0p *0B *0B *0B1時点 1p 0 *1B *1B

2時点 2p 0 0 *2B

発生しない場合 2101 ppp −−− 0 0 0

したがって,各時点における負担額の期待値は,0時点: )0(*)0( 0000 CBpX += (7)  1時点: )0(**)0( 111001 CBpBpX ++= (8)  2時点: )0(***)0( 22211002 CBpBpBpX +++= (9)  のように計算される. 防災工事費用の負担配分について,各時点における負担額の期待値が同一になるよう,防災工事の費用を割り振ると仮定する.すなわち

    )0()0()0( 210 XXX == (10)  

と仮定する.    ** ttt aBp = ( 2,1,0=t )とおいて,

    )0(***)0(**)0(*)0( 2210110000 CaaaCaaCaX +++=++=+= (11)  

つまり,4個の変数 )0(0X , )0(0C , )0(1C , )0(2C に関する4本の方程式

    *)0()0( 000 aCX =−

    *)0()0( 110 aCC =−

    *)0()0( 221 aCC =−

    CCxxCC =++ )0()0()0( 22

10

を考える.これを,行列表示にすると,

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて(鴨池治)

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140

©Japan Society of Monetary Economics 2014

   

=

−−

Caaa

CCCX

xx***

)0()0()0()0(

10110001100011

2

1

0

2

1

0

0

2

(12)  

クラーメルの公式を用いて )0(0X の値を求める.係数の行列式は,

    21 xxA ++=

定数項を1列に置き換えた行列式は,

    ( ) ( ) 22

21

20

22

1

20

22

1

0

**1*11*01*

1110011

*

1110*011*001*

xaxxaxxaCxxC

aa

xxa

xxCaaa

B ++++++=−−

+−−

=−

−−

=

したがって,

    ( )2212

0220 *)1(*)1(*1

11

)0( xaxxaxxaxxxx

CX +++++++

+++

=

    22

210

2 1***

1 xxDpxDxpDp

xxC

++++

+++

= (13)  

これが,0時点に工事を行う場合の各時点で共通な期待負担額である.右辺は,工事費用と被害額の期待値の割引現在価値の和を3時点で同額負担するとした場合の負担期待額を表している.6 )

2 1時点に工事が行われる場合

 次に,1時点に工事が行われた場合を考える.防災工事の各時点における負担額を )1(tC ( 2,1,0=t )とすると,

    Cr

CCCr =+

+++1

)1()1()1()1( 210

7 )

両辺を(1+ r)で割って

    xCCxxCC =++ )1()1()1( 22

10 (14)  

を得る. 0時点で災害が生じると,0時点における被害額は(防災工事が行われていないので)Dとなり,これを各時点で同額負担するとすれば,その額を 0B として

    200

0 )1(1 rB

rBBD

++

++= (15)  

すなわち

    20 1 xxDB++

= (16)  

6) 災害の生じる確率が等しく pppp === (210 とおく)である場合,右辺第2項は pD *となる.7) 0時点の負担額 )1(0C は,1時点まで利子率 rで運用されるとしている.

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141

©Japan Society of Monetary Economics 2014

となる. 1時点で災害が生じると,その被害額 D *を 2,1=t で同額負担するとすれば,その額 *1B は(4)あるいは(5)で与えられる. 2時点で災害が生じると,2時点での負担額は,被害額に等しく,(6)で与えられる. 各時点における被害負担額は,次表のようにまとめられる.

表2 0時点に工事が行われる場合の各時点における被害負担額

災害発生時点 確 率 0時点 1時点 2時点

0時点 0p 0B 0B 0B

1時点 1p 0 *1B *1B

2時点 2p 0 0 *2B

発生しない場合 2101 ppp −−− 0 0 0

各時点における工事費用と被害額の期待値の和は,0時点: )1()1( 0000 CBpX += (17)  1時点: )1(*)1( 111001 CBpBpX ++= (18)  2時点: )1(**)1( 22211002 CBpBpBpX +++= (19)  の用に計算される.前節と同じく,この期待値が同じ値になるよう,工事の負担額を定めると仮定する.ここで,

000 aBp = , ** ttt aBp = 2,1=t とおくと,連立方程式は,行列表示で

   

=

−−

xCaaa

CCCX

xx**

)1()1()1()1(

10110001100011

2

1

0

2

1

0

0

2

(20)  

のように表される.これより

    2

22

1020 1

**1

)1(xx

DpxDxpDpxx

xCX++

+++

++= (21)  

が得られる.

3 2時点に工事が行われる場合

 防災工事の各時点における負担額を )2(tC ( 2,1,0=t )とすると,各期における工事費用負担額は

    CCCrCr =++++ )2()2()1()2()1( 2102 (22)  

すなわち

    CxCxxCC 22

210 )2()2()2( =++ (22 ’)  

の関係を満たさなければならない.前のケースと全く同様にして,2時点に工事が行われる場合の各時点における期待負担額は,0時点: )2()2( 0000 CBpX += (23)  1時点: )2()2( 111001 CBpBpX ++= (24)  

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて(鴨池治)

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142

©Japan Society of Monetary Economics 2014

2時点: )2(*)2( 22211002 CBpBpBpX +++= (25)  と表される.各時点における期待負担額が等しくなるように工事負担額が割り振られるとして,    )2()2()2( 210 XXX == (26)  (22 ’),(23)~(26)より,各時点に共通な期待負担額は

    2

22

102

2

0 1*

1)2(

xxDpxDxpDp

xxCxX

++++

+++

= (27)  

と計算される.

4 防災工事を行わない場合

 仮想的に各時点間の所得移転 tQ( 2,1,0=t )を考える. 0>tQ であれば正の負担, 0<tQ であれば負担減を意味する.ここで

    0)1(1 2

210 =

++

++

rQ

rQQ (28)  

あるいは,

    022

10 =++ QxxQQ (28 ’)  

である.各時点での期待負担額は,Bt (3)(t=0,1,2)を t時点で災害が発生した場合その被害額を t時点以降同額負担する額として,0時点: 0000 )3()3( QBpX += (29)  1時点: 111001 )3()3()3( QBpBpX ++= (30)  2時点: 22211002 )3()3()3()3( QBpBpBpX +++= (31)  となるが,これらが等しくなるよう,所得移転が行われると仮定する.このとき,前と同じ計算を行うと,

    22

210

0 1)3(

xxDpxDxpDpX

++++

= (32)  

が得られる.

5 比  較

 CDDz *−

= とおくと,これは費用1単位あたりの被害減少額を表すので,工事の効率性と呼ぶ.

5.1 工事を行わない場合と2時点に工事を行う場合の比較

 (32)から(27)を差し引くと,

    22

2

2

2

00 1*)(

1)2()3(

xxDDpx

xxCxXX

++−

+++

−=− (33)  

となり,(33)が正になるための条件は,

    2

1*pC

DDz >−

= (34)  

あるいは,

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143

©Japan Society of Monetary Economics 2014

    CCDp >− )(28 ) (34 ’)  

となる.この関係が成立するとき,工事を行わない場合よりも,2時点で工事を行う方が負担額は少なくなる.5.2 2時点に工事を行う場合と1時点に工事を行う場合の比較

 (27)から(21)を差し引くと

    21

2

2

00 1*)(

1)()1()2(

xxDDxp

xxCxxXX

++−

+++

−=− (35)  

となり,これが正になるための条件は

    1

1*px

CDDz −

>−

= (36)  

あるいは

    CxDDp )1(*)(1 −>− 9) (36 ’)  

と表される. この関係が成立するとき,2時点よりも1時点で工事を行う方が負担額は少なくなる.5.3 1時点に工事を行う場合と0時点に工事を行う場合の比較

 (21)から(13)を差し引くと

    20

200 1*)(

1)1()0()1(

xxDDp

xxCxXX

++−

+++

−=− (37)  

となるが,これが正になるための条件は

    0

1*px

CDDz −

>−

= (38)  

あるいは

    CxDDp )1(*)(0 −>− (38 ’)  

で表される.この関係が成立するとき,2時点よりも1時点で工事を行う方が負担額は少なくなる.(38 ’)の左辺は,1時点よりも0時点で工事を行った場合の期待負担減少額であり,右辺は,1期間工事を先延ばしすることによる利子負担の減少額であり,前者が後者を上回る場合には,工事を1時点よりも0時点で行うべきであることを示している.5.4 工事を行わない場合と0時点に工事を行う場合の比較

 (32)から(13)を差し引くと

    2

22

10200 1

*))((1

)0()3(xx

DDpxxppxx

CXX++

−+++

++−=− (39)  

となり,これが正になるための条件は

8) 2時点に立って,工事を行う benefit (D-D *)の期待値が費用 Cを上回る場合に工事を実行するのが望ましいことを意味している.9) 2時点よりも1時点に工事をする優位性の差が1時点よりも2時点に工事をする際の利子負担の優位性を上回る条件である.

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて(鴨池治)

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144

©Japan Society of Monetary Economics 2014

   2

210

1*pxxppC

DDz++

>−

= (40)  

となる.あるいは

    CDDpxxpp >−++ *))(( 22

10 (40 ’)  

と表される.(40 ’)の左辺は,0時点に工事を実行した場合に各時点で生じる被害減少額(D-D *)の期待値の割引現在価値を表しており,それが工事の費用Cを上回る場合に工事を実行すべき,という benefit-cost 分析の結果そのものに他ならない.

5.5 工事を行わない場合と1時点に工事を行う場合の比較

 (32)から(21)を差し引くと

    222

21

00 1*)(

1)1()3(

xxxCDD

xxpxxpXX

++−−

+++

=− (41)  

が得られる.これが正になるための条件は,

   21

1*xppC

DDz+

>−

= (42)  

あるいは

    CDDxpp >−+ *))(( 21 (42 ’)  

この関係が成立するとき,1時点で工事を行うことにより,何もしない場合よりも改善される.5.6 2時点で工事を行う場合と0時点で行う場合の比較

 (27)から(13)を差し引くと,

    210

2

2

00 1*))((

1)1()0()2(

xxDDxpp

xxCxXX

++−+

+++

−=− (43)  

が得られる.この値が正になるための条件は,

   10

2 )1(*xppx

CDDz

+−

>−

= (44)  

あるいは

    CxDDxpp )1(*))(( 210 −>−+ (44 ’)  

が成立することとなる.5.7 工事を行うタイミング

 (34),(40),(42)より,

    )1,1,1min(2212

210 pxpppxxpp

m+++

= (45)  

とおくと,

    CDDz *−

= m> (46)  

のとき,工事をすることにより改善されることが分かる.また,工事の効率性 zが(40)を満たせば,0時点で防災工事をするのが最適となることも分かる.さらに,(40)の右辺は,災害の発生確率の減少関数,利子率の増加関数であり,0時点で工事を実行する zの下限値は,災害発生確率が上昇した場合には下落し,利子率が上昇した場合には上昇することも分かる.

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145

©Japan Society of Monetary Economics 2014

6 災害発生確率が等しい場合

  pppp === (210 とおく)の場合,

    pxxppx 1

)1(110 2 <

++<

−< (47)  

の大小関係が成立する.10 )このとき,

    CDDz *−

= の値が,どの範囲にあるかによって,最適な工事のタイミングが決まったり,

工事をしないことが最適となるケースが生じる.

(i) zp

<1

のとき,(34),(36),(38),(40)の不等号がすべて成立し,

    )0()1()2()3( 0000 XXXX >>>

つまり,0時点で工事を行うのが最適となる.

(ii) pz

xxp1

)1(1

2 <<++ のとき,(34)の不等号は逆になり, )2()3( 00 XX < であるが,(36),(38)、

(40)は成立し, )0()1()2( 000 XXX >> , )0()3( 00 XX >つまり,0時点で工事を行うのが最適となる.

(iii) )1(11

2xxpz

px

++<<

−のとき,(29),(35)の不等号は逆になり,(36)および(38)は成立す

るので,    )2()3( 00 XX < , )0()3( 00 XX > , )3()0()1()2( 0000 XXXX >>> .つまり,工事をしないのが最適となる.

(iv)pxz −

<<10 のとき,(34),(36),(38),(40)はすべて逆の不等号が成立し,

    )0()1()2()3( 0000 XXXX <<<この場合も,工事をしないのが最適となる. つまり,(i),(ii)が成立する場合,すなわち

    )1(

12xxp

z++

> (48)  

あるいは

    CDDxxp >−++ *))(1( 2 (48 ’)  

が成立する場合,0時点で工事を実行することが最適となる.

7 工事の実行基準

 多くの防災工事案件が存在する場合,それらに

    )()(*)(

iCiDDiz −

= (49)  

10) 31=p , 05.0=r とすると, 143.01

=−px , 049.1

)1(1

2 =++ xxp

, 31=

pとなる.

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて(鴨池治)

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の高い順に番号を付すことにする.( )(iz は iの非増加関数)

    )1(

1)( 2xxpiz

++> (50)  

となる工事をすべて実行することが望ましく,案件が無限に存在し, )(iz が iについて連続であると近似できる場合には,

    )1(1)ˆ( 2xxp

iz++

= (51)  

なる iまでの工事を(0時点で)実行すべきである. (51)の右辺は,利子率 rの増加関数,災害発生確率 pの減少関数であり,利子率が低くなるほど,また災害発生確率が高くなるほど iは大きくなり,より多くの工事案件が実行に移されることになる.

8 数値例

 災害発生確率が各時点で同じで31=p であるとき,横軸に利子率をとり,縦軸に

)1(

31

12xx ++ の

値をとったグラフを下に示す.zがこの値を超えていれば,0時点で防災工事を行うのが最適となる.

9 災害が繰り返し生じる可能性を考慮した場合

 これまでは,3つの時点で,災害が起こらないか一度だけ起こるとして分析を進めてきた.本節では,災害が繰り返し起こる可能性がある場合を考察する.次のような推移確率を考える. まず,0時点では,災害が発生する確率が q(+),発生しない確率が q(-)であるとする.次に,1時点では,0時点で災害が発生した場合には,q(++)の確率で災害が発生し,q(+-)の確率で発生しないとし,0時点で災害が発生しなかった場合には,q(-+)の確率で災害が発生し,q(--)の確率で発生しないとする.

図1 (51)右辺の値の数値例

0.8

0.85

0.9

0.95

1

1.05

1.1

1.15

0.00

5

0.01

0.01

5

0.02

0.02

5

0.03

0.03

5

0.04

0.04

5

0.05

0.05

5

0.06

0.06

5

0.07

0.07

5

0.08

0.08

5

0.09

0.09

5

0.1

x=1/(1+r) 3/(1+x+x^2)

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 2時点では,0時点および1時点で災害が発生した場合の災害発生確率は q(+++),発生しない確率は q(++-),0時点で災害が発生し,1時点で発生しなかった場合の災害発生確率は q(+-+),発生しない確率は q(+--),0時点で災害が発生せず,1時点で発生した場合の災害発生確率は q(-++),発生しない確率は q(-+-),0時点でも1時点でも災害が発生しなかった場合の災害発生確率は q(--+),発生しない確率は q(---)で与えられるとする. 0時点で工事を行った場合,各時点における期待負担額は,

    )0(*)()0( 000 CBqX ++= (52)  

    [ ] )0(*)()()()(*)()0( 1101 CBqqqqBqX +−+−++++++= (53)  

    [ ]+−+−++++++= *)()()()(*)()0( 102 BqqqqBqX

    [ ] *)()()()()()()()()()()()( 2Bqqqqqqqqqqqq +−−−−−+++−−+−++−++−+++++++++

    )0(2C+ (54)  

と表される.ここで,

    )(0 += qp (55)  

    )()()()(1 −+−++++= qqqqp (56)  

    )()()()()()()()()()()()(2 +−−−−−+++−−+−++−++−++++++++= qqqqqqqqqqqqp (57)  

とおくと,上式は,

    )0(*)0( 0000 CBpX += (58)  

    )0(**)0( 111001 CBpBpX ++= (59)  

    )0(***)0( 22211002 CBpBpBpX +++= (60)  

となり,(7),(8),(9)式と一致する. 1時点で工事を行った場合の各時点における期待負担額は,同様にして

    )1()1( 0000 CBpX += (61)  

    )1(*)1( 111001 CBpBpX ++= (62)  

    )1(**)1( 22211002 CBpBpBpX +++= (63)  

となり,(17),(18),(19)式と一致する. 2時点で工事を行った場合の各時点における期待負担額も,同様にして

防災工事と災害復旧費用の負担配分と防災工事のタイミングについて(鴨池治)

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    )1()2( 0000 CBpX += (64)  

    )1()2( 111001 CBpBpX ++= (65)  

    )1(*)2( 22211002 CBpBpBpX +++= (66)  

となり,(23),(24),(25)式と一致する. 防災工事をしない場合の各時点における期待負担額も,同じく

    0000 )3( QBpX += (67)  

    111001 )3( QBpBpX ++= (68)  

    22211002 )3( QBpBpBpX +++= (69)  

となり,(29),(30),(31)式と一致する. 以上より,災害が繰り返し起こる可能性を考慮しても,推移確率を基にして,(55)~(57)のように確率を置き換えることにより,前の分析が有効であることが分かる.

10 結  論

 本論では,3つの時点を考え,防災工事費用に災害の被害額期待値を加えた総負担額の期待値が,それぞれの時点に生きる人達にとって同額になるよう,工事の負担額を配分するという前提の下に,防災工事を行うべきかどうか,行う場合にはいつ行うべきかという問題を考察した.そして,工事費用1円あたりの被害減少額(工事の効率性)がある値を超える場合には,0時点(現在時点)に実行することが最適となることを示した.地震や津波では,物的な資産に加えて,多くの人命が失われることを考えれば,工事の効率性は,多くの場合,かなり高くなると予想される.したがって,防災工事をできるだけ早く実行すべきという結論が得られるであろう. (東北福祉大学)

[参考文献]

鴨池治(2012)「震災復興と財源調達の問題点」『生活経済研究』第 35巻,3月.田中秀臣,情念 司(2011)『震災恐慌  経済無策で恐慌が来る』株式会社宝島社.馬奈木俊介編著(2013)『災害の経済学』中央経済社.林敏彦(2011)『大災害の経済学』PHP新書.自然災害リスク研究会(2013)『中間報告書』7月.

(付録)大垣モデルの再定式化

 大垣モデルを,本論のフレームの中で,再定式化を行う.大垣モデルでは,災害の復旧に必要な資金を,災害が生じた時点およびその後の時点で負担する ex post型対応と,災害が生じる前から資金を積み立て,復旧に必要な不足する資金をその後負担する ex ante型対応を考え,後者の方が負担額が少なくなることを導いている.この結論が導かれるクルーシャルな仮定は,積立金の運用利子率よりも,災害が生じた後必

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要となる資金の調達利子率が高いことで,ex ante型では,高い借入利子が節約できるため,負担額が少なく有利になっていると考えられる. 付録では,本論と同じく,運用利子率と調達利子率が同じ水準であると仮定すると,ex ante型の積立金に関わらず,両者の負担額は同一になることを示す. 1 ex post 型対応 災害が発生した後,被害額をそれ以降の期間で均等に配分するとし,0時点で災害が生じたときの,0,1,2時点での負担額を 0B ,1時点で災害が生じたときの,1,2時点における負担額を 1B ,2時点で災害が生じたときの2時点での負担額を 2B とすると,

    20 1 xxDB++

= (1)  

   x

DB+

=11 (2)  

    DB =2 (3)  

となる.各時点における負担額が同一になるよう,所得移転 tQ ( 2,1,0=t )(ただし, 0>tQ であれば負担増,0<tQ であれば負担減)が行われる状況を考える.ここで,

    022

10 =++ QxxQQ (4)  

各時点における負担額の期待値は0時点: 000)0( QBpX += (5)  1時点: 11100)1( QBpBpX ++= (6)  2時点: 2221100)2( QBpBpBpX +++= (7)  これら負担額は等しくなるように所得移転が行われるとしているので,

    )2()1()0( XXX == (8)  

未知数を( )0(X , 0Q , 1Q , 2Q )として,(4)~(8)をまとめると,

   

=

−−

0

)0(

10110001100011

22

11

00

2

1

0

2

BpBpBp

QQQX

xx

(9)  

(9)より X (0)を求めると,

    2

22211

00 1)1()0(xx

xBpxxBpBpX++++

+=

    Dxxxpxpp

2

2210

1 ++++

= (10)  

が得られる.

 2 ex ante型対応 災害が発生する以前から一定額 Sを積み立てておき,発生後は,被害額から積立額を差し引いた不足額をそれ以降の時点で均等に負担するものとする.ただし,各時点で,積み立て後に災害が確率的に発生するものとする.

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 0時点で災害が発生した場合,0,1,2時点における被害負担額 '0B は

    200

0 )1('

1''

rB

rBBSD

++

++=− より

    20 1'

xxSDB

++−

= (11)  

 1時点で災害が発生した場合,1,2時点における被害負担額 '1B は,

   r

BBSrSD+

+=−+−1'')1( 1

1 より

    211

)1('

1'

11 rB

rB

rSS

rD

++

+=

+−−

+

    xS

xD

xxSxxDB −

+=

++−

=1

)1(' 21 (12)  

 2時点で災害が発生した場合,

    ')1()1( 22 BSrSrSD =−+−+− より

    2

222 )1(

')1()1()1( r

BrS

rSS

rD

+=

+−

+−−

+

    SxxxD

xSxxDxB 2

2

2

22

21)1(' ++

−=++−

= (13)  

 各時点における負担額をまとめると以下の表のようになる.

災害の時点 確 率 0時点の負担額 1時点の負担額 2時点の負担額

0時点 0p '0BS + '0B '0B1時点 1p S '1BS + '1B2時点 2p S S '2B

 各時点の期待負担額が同じ水準になるよう,所得移転を考える.t時点の所得移転額を 'tQ ( 2,1,0=t )とする.ここで

    0''' 22

10 =++ QxxQQ

である.各時点における負担額の期待値は,以下のようになる.0時点の負担額: '')()0(' 000210 QBpSpppX ++++=

1時点の負担額: ''')()1(' 1120021 QBpBpSppX ++++=

2時点の負担額: '''')2(' 22211002 QBpBpBpSpX ++++=

ここで,    )2(')1(')0(' XXX == 以上の関係をまとめると

   

=

−−

0''')0('

10110001100011

2

1

0

2

1

0

2

bbb

QQQX

xx

(14)  

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ただし

    ')( 002100 BpSpppb +++=

    Sxx

pxxpppxx

Dp2

02

2102

0

1)1)((

1 ++−++++

−++

=

    '1101 BpSpb +−=

    Sxpp

xDp )(

11

01 +−+

=

    '2212 BpSpb +−=

    SxxxppDp )1( 2

2

212++

+−=

である.  )0('X について解くと,

    2

22

21

0 1)()0('xxxbxxbbX

++++

+=

    Dxxpxxpp

22

210

1 ++++

= (15)  

が得られる.(15)は積立額 Sに依存せず,また(10)と全く同じ式である.つまり,ex ante型も ex post型も毎時点における期待負担額は同一になり,しかもこれは,Sの値に依存しない.

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《SUMMARY》

THE COST ALLOCATION BETWEEN EX-ANTEPROTECTIVE AND EX-POST RECOVERY

CONSTRUCTIONS,AND THE CONSTRUCION TIMING

By OSAMU KAMOIKE

  In this paper, under the assumption that the cost of protective construction against the natural disaster and recovery cost from the disaster should be shared equally among different generations, we analyze in what conditions and timing should we carry out the protective construction. The conclusion is as follows (i) if the amount of reduction of disaster per unit of construction cost is greater than the critical value we should practice the construction at present, and (ii) that value is decreasing in the probability of occurrence of the disaster and increasing in the rate of interest. (Tohoku Fukushi University)