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1 私のフッ素化学研究を顧みて(5):フッ素置換オレフィンの化学 (Part 3) 1. はじめに 私が 1976 年に東京薬科大学の小林研究室でスタートしたフッ素化学研究を顧みながら、自身が 取り上げた研究とこれらに関連する他の研究グループの研究報告を併せて紹介しています。今回は 前々回(2017 11 月)及び前回(2018 2 月)の続きとしてフッ素置換オレフィンの合成法に 関する研究をまとめます。前回まで 2 回に亘りフルオロオレフィン構造の構築の部分について書き ましたが、項目は次の通りです [1]2. バイオイソスター(生物学的等価体) フッ素置換オレフィンの利用を念頭に置いて、アミド結合のバイオイソスターとしての位置づ けについて概説。 3. フッ素置換オレフィンの合成法 3.1. フルオロオレフィン構造の構築 3.1.1 Horner-Wadsworth-Emmons (HWE) 反応 3.1.2 Julia Olefination および関連反応 3.1.3 ジハロフルオロ化合物と低原子価金属を用いる反応 3.1.4 アルケニル金属種のフッ素化 3.1.5 アルキン類からのフッ素置換オレフィンの合成 3.1.6 フッ素置換シクロプロパン誘導体の開環反応 3.2. 適度な官能基を有するフルオロオレフィン化合物からの変換反応 3.2.1 フルオロアルケニルスズおよびケイ素化合物のクロスカップリング反応 3.2.2 ブロモフルオロアルケン類を用いる反応 今回は、C-F 結合活性化を基盤とするジフルオロアリル化合物の脱フッ素化反応によるフッ素置 換オレフィンの合成および関連反応についてまとめます。 4. C-F 結合活性化の概観と特異な反応例 後述するように、我々はジフルオロアリル化合物の脱フッ素化反応 (C-F Bond Activation) による フッ素置換オレフィン合成を検討する中で文献情報も参考にしてフッ素とアルミニウムの強い結 合力に着目しました。そこでアルミニウム原子に限らずフッ素原子と親和性の大きな他の原子との 相互作用を基盤とする特異な反応例をいくつか紹介します。 まず、C-F 結合活性化の概観としてフッ素原子と強い結合を作る他の原子について、二原子間 (R-X) の結合エネルギー (Bond Dissociation Energy) の大きい順にまとめました(表 1)[2]。また、 アルミニウム原子やケイ素原子と他の原子との結合エネルギーについても示しました。ここで示し た結合エネルギーは各原子間の親和性すなわち相互作用の強弱の目安であり、実際には分子構造全 体や反応過程に基づく解析がより正確な理解のためには必要です。

私のフッ素化学研究を顧みて(5):フッ素置換オ …...1 私のフッ素化学研究を顧みて(5):フッ素置換オレフィンの化学 (Part 3) 1. はじめに

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1

私のフッ素化学研究を顧みて(5):フッ素置換オレフィンの化学(Part3)

1.はじめに

私が 1976年に東京薬科大学の小林研究室でスタートしたフッ素化学研究を顧みながら、自身が

取り上げた研究とこれらに関連する他の研究グループの研究報告を併せて紹介しています。今回は

前々回(2017年 11月)及び前回(2018年 2月)の続きとしてフッ素置換オレフィンの合成法に関する研究をまとめます。前回まで 2 回に亘りフルオロオレフィン構造の構築の部分について書き

ましたが、項目は次の通りです[1]。 2.バイオイソスター(生物学的等価体)

フッ素置換オレフィンの利用を念頭に置いて、アミド結合のバイオイソスターとしての位置づ

けについて概説。

3. フッ素置換オレフィンの合成法

3.1. フルオロオレフィン構造の構築

3.1.1 Horner-Wadsworth-Emmons (HWE) 反応

3.1.2 Julia Olefination および関連反応

3.1.3ジハロフルオロ化合物と低原子価金属を用いる反応

3.1.4 アルケニル金属種のフッ素化

3.1.5 アルキン類からのフッ素置換オレフィンの合成

3.1.6フッ素置換シクロプロパン誘導体の開環反応

3.2.適度な官能基を有するフルオロオレフィン化合物からの変換反応

3.2.1 フルオロアルケニルスズおよびケイ素化合物のクロスカップリング反応

3.2.2 ブロモフルオロアルケン類を用いる反応

今回は、C-F 結合活性化を基盤とするジフルオロアリル化合物の脱フッ素化反応によるフッ素置

換オレフィンの合成および関連反応についてまとめます。

4. C-F 結合活性化の概観と特異な反応例

後述するように、我々はジフルオロアリル化合物の脱フッ素化反応(C-F Bond Activation)による

フッ素置換オレフィン合成を検討する中で文献情報も参考にしてフッ素とアルミニウムの強い結

合力に着目しました。そこでアルミニウム原子に限らずフッ素原子と親和性の大きな他の原子との

相互作用を基盤とする特異な反応例をいくつか紹介します。

まず、C-F 結合活性化の概観としてフッ素原子と強い結合を作る他の原子について、二原子間

(R-X) の結合エネルギー(Bond Dissociation Energy)の大きい順にまとめました(表 1)[2]。また、

アルミニウム原子やケイ素原子と他の原子との結合エネルギーについても示しました。ここで示し

た結合エネルギーは各原子間の親和性すなわち相互作用の強弱の目安であり、実際には分子構造全

体や反応過程に基づく解析がより正確な理解のためには必要です。

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酸素原子との親和性が大きな原子として特徴づけられているアルミニウム原子のフッ素原子と

の結合力(Al-F: 664 kJ mol-1) は酸素原子(Al-O: 511 kJ mol-1) よりもかなり大きい。ホウ素原子や

ケイ素原子は酸素原子と大きな結合エネルギーをも持ちますが、それに続いてフッ素原子とも強い

結合力を持っています(B-F: 757 kJ mol-1 vs B-O: 809 kJ mol-1, Si-F: 553 kJ mol-1 vs Si-O: 799 kJ mol-1)。

ホウ素化合物やアルミニウム化合物はフッ化物イオンの捕捉剤として、また C-Si結合や O-Si結合

を持つケイ素化合物の活性化にフッ化物イオンが頻繁に利用されているのは周知の通りです。さら

に、フッ素原子とリチウム原子や水素原子の比較的大きな相互作用も C-F activation過程などフッ化

物イオンが関与する反応で重要です。

表1 二原子分子の原子間結合エネルギー(Bond Strengths in Diatomic Molecules)a)

4.1 フッ素—ケイ素相互作用を基盤とする反応

C-Si結合や O-Si結合をフッ化物イオンで切断する反応は今日では有機合成化学の基盤的な反応

として位置付けられます。C-C 結合形成反応として、エノールシリルエーテル、アリルシラン、ト

リフルオロメチルシラン(代表例として CF3SiMe3: Ruppert-Prakash reagent)などの C-Si結合や O-Si

結合をフッ化物イオンで切断して炭素陰イオン活性種を発生させる反応例を示しました(Scheme

1-4)。Scheme 1の式 1 に示した非対称ケトンのアルキル化反応はエノールシリルエーテルの構造に

基づく位置特異性が特徴ですが、ハロゲン化アルキルは反応性の大きなヨウ化物やベンジルあるい

はアリル型の臭化物を用いたときに良好な結果が得られています。本反応は非平衡反応であり化学

量論量のフッ化物イオン源(1.1 equiv BTAF) を必要とします[3]。式 2 のアルドール反応では触媒

量のフッ化物イオン源(10 mol% TASF) により低温で反応は開始するものの、平衡を生成物側にも

っていくために過剰量のフルオロトリメチルシラン(4-10 equiv Me3SiF) を添加してアルドール生

成物をアルコキシシラン 3bに誘導しています[4]。この反応は出発物質のエノールシリルエーテル

(例えば 1bのように)の立体化学に関わらずエリトロ体 3bが選択的に生成し、通常のルイス酸触媒

によるアルドール反応での選択性と異なる特色が見られます。式 3 はオルトトリメチルシリルメチ

ルベンジルアンモニウム化合物 5を用いた極めて緩和な条件下での 1,4-脱離反応によるキノジメ

タン 6の発生と Diels-Alder反応の成功例です[5]。

M-F

kJ mol-1B-F Al-F Zr-F Li-F Ti-F H-F Si-F C-F Cs-F

757 664 616 577 569 567 553 552 519

Al-F Al-O Al-Cl Al-C Al-H Al-N

kJ mol-1 664 511 511 268 285 297

Si-O799

Si-C452

Si-X Si-F553

Al-X

Si-N

K-F

498

470

Si-H

299

Si-Cl

406kJ mol-1

Do(R-X) = ΔfHo(R) + ΔfHo(X) - ΔfHo(RX)

a) Bond dissociation energy Do(R-X): Standard Enthalpy Change in " R-X R + X ".

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3

Scheme 1 フッ化物イオンによる C-Si結合や O-Si結合の切断を経由する反応例

アルコール(水酸基)の保護基として各種シリルエーテル(TMS, TES, TBDMS, TBDPS ethers)

が汎用されていることは、有機合成に携わった方は経験されたと思います(Scheme 2, eq. 1)。ケイ

素上のアルキル置換基によってシリルエーテル部分の反応性が調節できるので、途中段階(Bから

Cへの変換)の反応に対する安定性や脱保護条件(通常は TBAFの THF溶液)に照らして保護基の

選択が行われます。カルボン酸のケイ素系保護基としてトリメチルシリルエチルエステル(TMSE

ester) が用いられます(Scheme 2, eq. 2)。脱保護(Gか Hへの変換)はフッ化物イオンによる C-Si

結合の切断で生じるカルバニオンに誘起されるカルボキシレートのβ脱離を経由するものです。

Scheme 2アルコール及びカルボン酸のケイ素系保護基

OSiMe3 Me3(Bn)N+ F-

THF, rt+ R-Br

OCH2Ph

2a 74%

O

2b 78%

(eq. 1)

1a

OCH2CO2Me

2c 78%

Ph(1 equiv)

Ph

OSiMe3PhCHO + Me3SiF

(E)-1b

(Et2N)3S+ (Me3SiF2)- (10 mol%)

THF, -78 °CPh

O

Ph

OSiMe3dil HCl

or Ph

OSiMe3

(Z)-1b 3b

Ph

O

Ph

OH

4b 75-78%erythro selective

(eq. 2)

NMe3

SiMe3

+

5X-

n-Bu4N+ F-

CH2Cl2, rt

Ewg CN

7a 82%6

CO2Me

7b 90%

(eq. 3)

C SiR3 O SiR3or F-C Oor + R3Si-F

X = Cl, Br, I

[4 + 2]

regiospecific

OHX

Y

R3SiClBase OSiR3

X

YOSiR3

A

B

1) X A

2) Y B

Me3Si-TMS TES

t-BuMe2Si-TBDMS (TBS)

t-BuPh2Si-Et3Si-TBDPS

O

O

F-

TBAF THF

O

OHHO SiMe3

EDCSiMe3

OHA

B

X X O

O SiMe3A

F-Me3SiCH2CH2-

TMSEO

OHA

[ Me3SiF + CH2=CH2 ]

(eq. 1)

(eq. 2)

A B C D

E F G

H

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4

トリフルオロメチル化反応はフッ素化合物合成における最重要反応のひとつです。CF3化試薬と

して C-Si結合もった CF3SiMe3 8(あるいは CF3SiEt3)は市販されていて取り扱いの容易な液体で、

これを用いた種々のタイプのトリフルオロメチル化反応が報告されてきました。フッ化テトラブチ

ルアンモニウム(n-Bu4N+ F-: TBAF)のようなアンモニウム塩やフッ化カリウムのようなアルカリ

金属フッ化物の作用により、C-Si結合が容易に切断されて CF3アニオン種が発生し、アルデヒドや

ケトンのカルボニル基への付加反応が温和な条件下で効率よく進行します(Scheme 3)[6]。式 1 の

ようにCF3アニオン種がカルボニル基に付加後に生じたアルコキシ基にシリル基が移動してシリル

エーテル体 9を生成するため、触媒量(通常 5-10 mol%)のフッ素源が用いられます。カルボニル

化合物として、エステル、ラクトン(11から 12への変換)、アミド(13から 14への変換)、イミ

ド、カルボン酸ハロゲン化物、酸無水物でも CF3化が進行して対応する付加生成物が得られます。

Scheme 3 Ruppert-Prakash試薬を用いたカルボニル化合物のトリフルオロメチル化

CF3SiMe3の類似の試薬としてクロロジフルオロメチルシラン 15 [7]、ジフオロメチルシラン 17[8]

及びジフルオロアリルシラン 19[9]などが開発されており、下記にベンズアルデヒドとの反応例を

取り上げました(Scheme 4)。ジフルオロアリルシラン 19の異性体である 1,1-ジフルオロ誘導体

CF2=CHCH2SiMe2Phも同様な反応性を持っていて、しかも生成物も同じジフルオロホモアリルアル

コール 20が得られます。

Scheme 4 炭素-ケイ素結合の切断による含フッ素カルバニオン種の発生

CF3SiMe3 [ CF3 ]-n-Bu4N+ F-

R1 R2

O

R1 R2

O-F3C

8

CF3SiMe3

R1 R2

OSiMe3F3C

R1 R2

OHF3CH3O+

9 10

(5-10 mol%)THF (eq. 1)

O

OCF3SiMe3, TBAF

THF, 0 °C - rtO

OSiMe3F3C

12 75%11

NCF3

O CF3SiMe3, TBAF

THF, rtN CF3

OH

CF313 14 88%

PhF F

OH

20 90%

HF2C Ph

OH

18 82%17

F2ClC Ph

OH

15 16 75%CClF2SiMe3 + PhCHO

10 mol% TBAFDME, rt

CHF2SiMe2Ph + PhCHO KFDMF, 100 °C

CH2=CHCF2SiMe2Ph + PhCHO 10 mol% TASFDMPU, rt

19

H3O+

H3O+

H3O+

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5

トリフルオロメチル銅 CF3Cuは有機ハロゲン化物のトリフルオロメチル化に用いられ、様々な発

生法が開発されています[10]。CF3SiMe3を化学量論量の KFと CuIで処理することにより CF3Cu

が容易に生成し、ヨウ化アリール、ヨウ化アルケニルや臭化アルケニル、臭化ベンジルの CF3化が

収率よく進行することが報告されています (Scheme 5) [11]。

Scheme 5 CF3TMS/Cu(I)/KF系を用いたハロゲン化物のトリフルオロメチル化

上記の化学量論量の銅塩 CuIの使用に対して、1,10-フェナントリンや 2-アミノメチルピリジンの

ようなアミン系二座配位子の選択により銅塩の触媒化(10 mol% CuI) が可能であることが報告さ

れています (Scheme 6) [12, 13]。

Scheme 6 銅塩 CuIの触媒化

CF3TMS/KF系はパラジウム触媒や酸素共存下で酢酸銅を用いることにより、反応性の乏しい塩

化アリール26やアリールホウ酸27のCF3化が可能であることが示されました (Scheme 7) [14, 15]。

Scheme 7 塩化アリールやアリールホウ酸のトリフルオロメチル化

4.2 フッ素—アルミニウム相互作用を基盤とする反応

CF3SiMe3 [ CF3Cu ]

8

KF (1.0 equiv)CuI (1.2 equiv)

DMF/NMP, 0 °C

IRn

R BrorCF3Rn R CF3or

21 22 23

CF3

22a 85%

O2N CF3

22b 86%

MeCF3

22c 48%

MeOCF3

22d 94%

CF3

23a 81%

IX

(a) CF3SiMe3 (2 equiv) CuI (0.1 equiv), KF (2 equiv), amine (0.1 equiv) MeCN, 60 °C, 24 h

(b) CF3SiEt3 (2 equiv) CuI (0.1 equiv), KF (2 equiv), phen (0.1 equiv) DMF/NMP, 60 °C, 24 h

CF3X

25a X = NO2 (a) 83% (b) 90%25b X = CN (a) 77% (b) 80%25c X = Cl (a) 35% (b) 63%

N NMe2

(a) amineN N(b) phen

24

Ar-ClCF3SiMe3, KF, cat.Pd(II), cat. P-ligand

Ar-B(OH)2CF3SiMe3, KF, Cu(OAc)2, O2

CF3Rn

26

2725

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6

二原子間の結合エネルギー(表 1)で示したように Al-F結合は強固であり、フッ素—アルミニウ

ム相互作用は極めて大きい。このようなフッ素とアルミニウムの親和性を利用して、反応性が乏し

いフッ化アルキルの C-F結合の特異的な活性化(置換反応など)や C-F・・Al配位結合に基づく位

置選択性の制御などが報告されています。

Maruokaらは、アルミニウム試薬によるフッ化アルキルのC-F結合切断を報告しています(Scheme

8)[16]。例えば、第 3 級フッ化アルキル 28とケテンシリルアセタールの反応は触媒量(10 mol%)

の Me3Alの添加により速やかに進行して、置換生成物 30が得られます。一方、塩化物 29では同様

な条件下では全く反応は進行せず塩化物 29が回収されるため、これは F-Al相互作用により誘起さ

れたフッ化アルキル特異的な反応です。アルミニウムアセチリドとの反応においても F-Al相互作

用によりフッ化アルキル 28では置換生成物 31が得られるのに対して、塩化アルキル 29では全く

反応が進行しません。

Scheme 8 Al-F相互作用により誘起されるフッ化アルキルの C-F結合活性化

フッ化アルキルのアルミニウム試薬による特異な求核置換反応はついては、Kambeらによる詳細

な報告もあります(Scheme 9, Table 2, Scheme 10) [17]。フッ化アルキル(例えばOctyl fluoride32)

と各種アルミニウム求核剤(Cl, C, H, O, S, Te, N) の反応はアルミニウムに配位性のないヘキサン

を溶媒として用いることにより温和な条件で進行して置換生成物 33が得られます(Table 2)。フッ

化アルキルの反応性は第 3 級>第 2 級>第 1 級の順序ですが、第 1 級の場合 SN2機構で反応が進行

することを実験的に確認しています。

Ph X

28 X = F29 X = Cl

C F AlR3 C F AlR2X

C X

OMe

OSiMe3

CH2Cl2, -78 - 20 °C

10 mol% Me3Al Ph OMe

O

63% (28 X = F) No Reaction (29 X = Cl)

30

Ph AlMe2

toluene, -78 °CPh

Ph

70% (28 X = F) No Reaction (29 X = Cl)

31

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7

Scheme 9 and Table 2 各種アルミニウム試薬によるフッ化アルキルの置換反応

通常、第 1 級ハロゲン化アルキル(R-X)の求核置換反応における反応性の順序は、 R-I> R-Br>

R-Cl>> R-F でフッ化物は極めて反応性が乏しいことが知られています。ところが、塩素、臭素、

ヨウ素と比較してフッ素とアルミニウムの相互作用が特異的に強固で、C-F結合活性化にアルミニ

ウム試薬が有効であることが下記の例で解ります (Scheme 10) [17]。すなわち、ハロゲン化アルキ

ルとしてフッ素 32、臭素 34、ヨウ素 35の等モル混合物(各 1 mmol)に塩化ジエチルアルミニウ

ム(Et2AlCl, 1.2 mmol)を反応させると、フッ素体 32が選択的に塩素置換されて定量的な収率で塩素

体 36に変換され、臭素体 34とヨウ素体 35は全く反応せずに回収されることが見出されています。

Scheme 10 ハロゲン化アルキルの反応性の比較

上記の反応例に見られるフッ素—アルミニウムの強固な相互作用に加えて、フッ素はホウ素とも

極めて大きな結合エネルギーを持つのでホウ素系ルイス酸は有効な C-F結合活性化剤として利用

できます(Scheme 11)。式 1 と式 2 で示したように、ベンゾトリフルオリド 37, 39のフッ素—ハロゲ

ン交換で AlCl3や BBr3に優れた反応性が見られます。また、ブロモフルオロエタンをアルキル化剤

としたベンゼンの Friedel-Craftsアルキル化反応では、触媒として BF3を用いると特異的な C-F Bond

Activationによるブロモエチル化が定量的に進行することが見出されています(eq. 3)[18]。

Fhexane, rt

R2Al-X(n-Oct-X)

Et2AlCl 3 h n-Oct-Cl 33a 98Et3Al 1.5 h 93

i-Bu2Al-CH=CHn-C6H13 6 h

R2Al-X Time Product Yield (%) / GC (isolated)

n-Oct-CH=CHn-Hex 33c

X

90 (75)i-Bu2AlH (DBAL-H) 1.5 h n-Oct-H 33d 97

i-Bu2AlOPh 100 h n-Oct-OPh 33e 78i-Bu2AlSPh 1 h n-Oct-SPh 33f 99 (77)i-Bu2AlNEt2 108 h n-Oct-NEt2 33g 85 (71)

32 33a ~ 33g

n-Oct-Et 33b

n-C8H17-F + n-C10H21-Br + n-C11H23-IEt2Al-Cl (1.2 mmol)

hexane, -78 °C, 3 h1.0 mmol 1.0 mmol 1.0 mmol

n-C8H17-Cl + n-C8H17-F + n-C10H21-Br + n-C11H23-I

32 34 35

32 34 353698% 0% 100% recovered 99% recovered

Reactivity: R-F >> R-Cl, R-Br, R-I in SN2 process with R2Al-X Strong C-F----Al interaction is essential for C-F bond activation.

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8

Scheme 11 アルミニムやホウ素化合物による C-F結合活性化

フッ素-アルミニウム相互作用が反応の位置選択性の制御に顕著に寄与した例として Maruokaら

のエポキシドの開間反応を紹介します(Scheme 12) [19]。一般にモノ置換あるいは 1,2-ジ置換エポキ

シドのアルキルアルミニウムをルイス酸とする開環アルキル化反応では位置選択性が乏しいこと

が知られています。下記の反応例にも見られるように、非フッ素体のエポキシド 40とアルキニル

アルミニウムの場合は、ほぼ 1 : 1でアルキニル化がエポキシドの両側で進行しています(38: X = H,

38-A : 38-B = 1.1 : 1)。一方、エポキシドの側鎖の適当な位置にフッ素を導入すると位置選択性が劇

的に向上します。ベンゼン環上にフッ素を導入したエポキシド 36の反応では、生成物(38: X = F)

は末端アルキニル化体38-Aのみが観察されました。高い位置選択性の説明として NMR 実験をベー

スにエポキシド酸素とベンゼン環上のフッ素がアルミニウムに同時に配位するような相互作用(例

えば 37は 5 配位構造の可能性を表記)により反応中間体が構造的に規制されるためアルキニル基

は特異的にエポキド末端炭素を攻撃したと考察しています。

Ar CF

FF MX3 Ar C

X

XX

M = B, Al X= Cl, Br

CBr, Cl

CF BF3

CCC6H6

Cl, Br

CF3ClCl

Cl

AlCl3

CH2Cl2

CCl3ClCl

Cl98%

CF3

BBr3

CCl4

CBr3

92%

cat. BF3

FBr +

BF3

20 °C, 4 h

Br

94%

(eq. 1) (eq. 2)

(eq. 3)

37 38 39 40

41 42F-selective C-X activation by BF3

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9

Scheme 12 Al-F相互作用により誘起されるエポキシドの位置選択的開環

5 ジフルオロアリル化合物の脱フッ素アルキル化反応及び関連反応

以前に解説したようにフッ素置換オレフィン(-CF=CH-) はアミド結合に酷似した物理的性質を

持つため、アミド結合の理想的なミミックとして認識されています(Fig. 1) [1a]。一方、アミドと

異なり加水分解反応による結合切断を受けないので、ペプチド分子内の特定のアミド結合をフルオ

ロオレフィン結合に置き換えることにより、元のペプチドの加水分解酵素に対する抵抗性を付与す

ることが期待されます。フルオロオレフィン構造を持つ dipeptide isostereやヒドロキシカルボン酸

が組み込まれた depsipeptide isostereの合成における留意点として、オレフィンの立体配置の制御と

グルシン以外のα-アミノ酸を含む場合はキラル中心のC2とC5の相対立体配置の制御そして光学的

に純粋な化合物の効率的な合成法の達成が挙げられます。

Fig. 1 アミド結合とフルオロオレフィンの類似性

OF Al C C PhMe Me

OF

Me2Al C C Phtoluene, -78 ~ -20 °C

Highly Regio-controlled

X

C C PhOH

X

OHC C Ph

OH

OH Al C C Ph

Me Me

OH Al Me

C MeCPh

Me2Al C C Phtoluene, -78 ~ -20 °C

non-Regioselective

+

X = F 61% A : B = >99 : <1

X = H 64% A : B = 1.1 : 1

36 37

40

38-A 38-B

41-A 41-B

H2NHN OH

R1

R2O

O

H2N OH

R1

R2F

O

HO OH

R1

R2F

O

HOHN OH

R1

R2O

O

DipeptideL-AA1-L-AA2

L-AA1-ψ[(Z)CF=CH]-L-AA2

DepsipeptideD-OA1-L-AA2

D-OA1-ψ[(Z)CF=CH]-L-AA2

25

25

C NH

OC N

H

O

FC C

amide

F-olefin

F-olefin Isosteres

H

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10

フルオロオレフィン構造を持つ dipeptide isostereや depsipeptide isostereの合成法の開発にあたり、

我々はジフルオロアリル化合物(-CH=CH-CF2-) の C-F結合開裂とアルキル基導入によるフルオロ

オレフィン(R-CH-CH=CF-) 構築を基本として検討しました。

5.1 ジフルオロアリル化合物の脱フッ素アルキル化反応の概要

我々が用いたジフルオロアリル化合物は 3 つのタイプで、話をフォローしやすくするために各論

に入る前に概略を述べます。3 つのタイプのジフルオロアリル化合物は、γ,γ-ジフルオロ-α,β-不飽

和エステル A, Aのエステル部をアルコールに還元した4,4-ジフルオロ-2−アルケノール B及び末端

ビニル型のジフルオロホモアリルアルコール Cで、これらに対して種々の試薬による脱フッ素アリ

ル置換(Defluorinative Allylic Substitution) を鍵反応とするフルオロオレフィン合成を検討しました

(Table 3)。

下記のすべての反応で生成するフルオロオレフィンの立体配置は Z体が優先します。Entry (1) の

ジフルオロアルケノール Bの LiAlH4還元ではMe3Alの添加が反応の促進と Z-選択性の向上に顕著

な効果を示しました。Entry (2) のγ,γ-ジフルオロ-α,β-不飽和エステル Aの場合、Me2CuLiの還元

的脱フッ素化で生じるエノレート中間体にハロゲン化アルキルを作用させることにより 2位にアル

キル基が導入されますが、Entry (3) に示したように銅塩 (CuI) 共存下トリアルキルアルミニウム

(R3Al) との反応ではアルミニウム試薬のアルキル基が 2位に導入されます。両者ともジアステレオ

選択性はほとんど見られず、この点を解決したのが Entry (4) のジフルオロアルケノール Bの銅塩

(CuI) 共存下トリアルキルアルミニウム (R3Al) との反応で、ここでは極めて高い 2,5-syn選択性が

見られました。ジフルオロホモアリルアルコール Cの場合、THF中銅塩存在下 Grignard試薬との

反応 (Entry (5)) あるいは CH2Cl2中トリアルキルアルミニウム試薬との反応 (Entry (6)) で目的と

するフルオロオレフィンが収率よく得られました。

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11

また、検討に用いたジフルオロアリル誘導体の合成の概略をまとめておきます(Scheme 13, 14)。

Scheme 13は市販の BrCF2COOEtの Reformatsky反応で容易に得られるヒドロキシエステル 49を共

通の中間体として用いたものです。すなわち、49あるいは 49の C5水酸基を THP保護した化合物

のエステル部の還元で生じたアルデヒド体に、オレフィン部の立体化学の作り分けを意図して試薬

の構造と反応条件[(a)-2あるいは(b)-3] を適宜変えた HWE反応を適用して、ジフルオロ−α,β−不

飽和エステル(E)-51及び(Z)-51を合成しました。その後 51のエステル部を還元して 5-ヒドロキ

シ-4,4-ジフルオロアリルアルコール 52に変換しました。アルデヒドの代わりにイミン 53を用いれ

ば、類似の反応で 5-アミノ-4,4-ジフルオロエステル 55が合成できます。

R1

OH

F FOEt

O

R1

OH

F FOH

A

B

R1

F F

OH

C

1) Me2CuLi2) R2-X (X = I, Br)

R23Al, CuI

LiAlH4 or DIBALR1

OH

OHF

1

2

34

5

12

34

5

R1

OH

F FOH

B

1

2

34

5

(1)

(2)

A(3)

(4)

(5)

(6)

R23Al, CuI

R23Al, CuI or R2MgBr, CuI

THF

CH2Cl2

Cu-mediatedR-transfer from R23Al or R2MgX,Z-selective

Cu freeR-transfer from R23Al Z-selective

with or without Me3Al

Sustrate Reagent Product Remarks

SN2' type H- transferMe3Al: Increase in both reaction rate and Z-selectivity

Reductive defluorination by Me2CuLi, then alkylationwith R-XZ-selective, but poor diastereoselectivity

Cu-mediated,Alkyl-transfer from R23Al,Z-selective, but poor diastereoselectivity

Entry

Cu-mediatedAlkyl-transfer from R23Al,Z-selective, Excellent 2,5-syn selectivity

R1

OH

OEt

O2

5F R2

D

E

R1

OH

OH

F

25

F R2

E

R23AlC

R1

OH

G

R2

F

G

Table 3 Brief Summary of Defluorinative Allylic Substitution Reactions Using Difluoro Allylic Compounds

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12

Scheme 13 BrCF2COOEtを用いたジフルオロアリル化合物の合成

Scheme 14は、3-ブロモ-3,3-ジフルオロプロペン 56あるいはブロモジフルオロメチルアセチレン化

合物 58のインジウムを用いたアルデヒドへの付加反応で目的とするジフルオロアルコール 57, 59

及び(Z)-52を合成したものです。

Scheme 14 BrCF2CCH=CH2を用いたジフルオロアリル化合物の合成

以下に、他のグループの報告も適宜含めて検討結果をまとめます。

5.2 4,4-ジフルオロ-2-アルケニルアルコールのヒドリド還元:

基質構造と反応性の相関及びアルミニウム試薬の添加効果

初期の検討で 4,4-ジフルオロアリルアルコール誘導体の水素化リチウムアルミニウム還元にお

けるアルミニウム試薬の添加効果を見出していますが、典型的な事例を下記に示します(Scheme 15,

Fig. 2) [20]。Run 1と Run 2に示した 5位水酸基を有するアルコール(E)-52aと LiAlH4の反応では、

フッ素の脱離を伴った水素置換によるホモアリルアルコール 60aを生成しますが、60aの収率と Z-

選択性の比較から Me3Alの添加は反応の加速と Z-選択性(立体選択性)の向上に大きく寄与する

RCHO +

BrCF2COOEt

Zn

THF R OEt

OH O

F F

R

OH

F FOEt

O

R

OH

F FOH

R

OTHP

F F COOEtR

OH

F FOH

RCHO

RCH=NR'

R'NH2 ZnBrCF2COOEt

(additive), THF R

NHBoc

F FOEt

O

R OEt

NHR'O

F F

(a)

(b)

Steps involving (a)

4849

(E)-51 (E)-52

(Z)-51 (Z)-52

53

54 55

(a) 1) DIBAL 2) (EtO)2P(O)COOEt, NaH/THF (E-predominant)

DIBALTHF

1) DIBAL

(b) 1) DIhydropyran, p-TsOH 2) Red-Al 3) (PhO)2P(O)COOEt, NaH/DMF (Z-predominant)

2) p-TsOH MeOH

RCHO + BrCF2CH=CH2In

RF F

OH

n-BuLi / CF2Br2

H O-Si BrCF2 O-Si RF F

OH

THF

O-Si1) H2 / PdSO4

quinoline

2) TBAF+

THF R

OH

F FOH

(Z)-52

56 57

InRCHO

Si = TBDPS 5859

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13

ことが分かります。Run 3と Run 4の5位水酸基を無くしたアルコール(E)-61と LiAlH4の反応で

は、Me3Alの添加による加速効果は明らかですが、立体選択性への影響は認められません。遊離の

1位水酸基の重要性は顕著で、この水酸基をシリルエーテルにした(E)-63と LiAlH4の反応はMe3Al

の添加の有無にかかわらず、上記と同様な THF中室温の条件では反応は進行せずシリルエーテル

(E)-63を回収するのみでした。類似の他の基質でも同様な結果を得られています。

Scheme 15 4,4-ジフルオロアリルアルコール誘導体の水素化リチウムアルミニウム還元

得られた結果についての考察を Fig. 2に示しました。還元的脱フッ素化反応は、まず 1 位水酸基

と LiAlH4が反応してアルミニウムアルコキシド型(A, B)を形成することにより、4 位のフッ素の

脱離を伴うヒドリドの2位炭素への攻撃(分子内 SN2’型反応)がスムーズに進行すると考えられま

す。1 位水酸基をシリル化すると反応は全く進行しないことから、ここでの反応条件ではアルコキ

シド型中間体の形成は必須の過程と考えられます。Me3Alの添加は、5位に水酸基がある場合はア

ルミニウムの関与を図示した Aのように5位水酸基と4位フッ素の両方に同時に相互作用してフ

ッ素の脱離を促進するとともに、Z-選択性の向上にも寄与すると考えられます。一方、5位に水酸

基がない場合は Bのような Me3Alのフッ素への配位は反応促進のみに寄与していると推測しまし

た。

Ph

OH

F FOH

(E)-52a

LiAlH4

THF, rt, 7-8 hPh

OH

OHF

Ph

OH

F

OH

+

(E)-60a(Z)-60a

Me3Al (2.5 equiv) 60a 87%Additive Product Yield Z / E

5.0 : 1non 47%

PhF F

OH

(E)-61

LiAlH4

THF, rt, 20 hPh OH

FPh

F+

(E)-62(Z)-62

Ph

OH

F FOTBDPS

(E)-63

THF, rt, 7-8 h

LiAlH4 or LiAlH4, Me3AlNo Reaction

OH

1

2

34

5

1

2

345

1

2

34

5(recovery of (E)-63 >95%)

60a

(E)-52a

(E)-52a 2.0 : 1

Me3Al (2.5 equiv) 62 90% 1.2 : 1non 45%62

(E)-61

(E)-61 1.4 : 1

Run12

34

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14

Fig. 2

なお、上記の実験では反応溶媒は添加物の Me3Alが強く配位できる THFや Et2Oであり、トルエ

ンやヘキサンのような配位が無視できる溶媒のデータがないので検討としては不十分と言わざる

を得ません。

5.3銅試薬及び Cu(I)共存下アルキルアルミニウムを用いたジフルオロ不飽和エステルの反応

上記のヒドリド還元に続いて、2位へのアルキル基導入を伴うジフルオロアリル化合物の脱フッ

素化反応に取り掛かりました。当時、京大薬学部の Fujii, Otakaらのグループも我々が用いていたγ,γ-ジフルオロ-α,β-不飽和エステル類の脱フッ素化による Fluoro-olefin Dipeptide Isostere合成法の開発

を精力的に検討していたので、彼らの進捗状況を横目で眺めながら研究を進めました。

最初に検討したのは、脱フッ素アルキル化を期待してジフルオロ不飽和エステル 51とリチウムジ

アルキル銅試薬との反応でした (Scheme 16, Table 4) [21]。不飽和エステル 51a (R1 = Ph, Y = OH)は

Me2CuLi (MeLiと CuIから調製)と速やかに反応し水を加えて後処理すると、目的とした脱フッ素メ

チル化体 66’ (R1 = Ph, Y = OH)や、あるいは 1,4-付加体 67は得られず、還元的な脱フッ素体 65aが

得られるだけでした。この反応は Me2CuLiからの電子移動を伴ったフッ素の脱離によって生じるエ

ノラート中間体 64が考えられるので、水処理の代わりにハロゲン化アルキルを作用させたところ

目的とする 2位へのアルキル化が収率よく進行しました (Table 4)。この反応ではキラル中心である

5位の立体配置に基づく 2位の相対配置の制御は見られません (Table 4, de = 1 : 1 ~ 6 : 1)。そこで 2

位の立体配置の制御を目的としてエステル部分にキラル補助基を用いた反応も検討しましたので、

Fujii, Otakaらの報告も合わせて文献を参照ください [23]。さらに、この反応の応用としてアスパラ

ギン酸プロテアーゼ阻害活性を有する天然ペプチドペプスタチンの化学修飾として Sta-Ala部分の

フルオロアルケンアナログの合成を行いました (Scheme 17) [22]。残念ながら、生物活性について

の検討には至っていません。

FAl

OO

FPhH

MeMe

AlHH H

FOAlHH H

PhF

Me3Al

124

512

45

A for (E)-52a B for (E)-61

Essentialfor the reactionto proceed

(1) Essentialfor the reactionto proceed

(2) Increase in the reaction rate(2) Increase in the reaction rate and Z-selectivity

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15

Scheme 16 and Table 4 ジフルオロ不飽和エステルと Me2CuLiの反応

Scheme 17 Boc-Sta-Ψ[(Z)-CF=CH]-Ala-OEt の合成

ところで、Fujii, Otakaらはジフルオロ不飽和エステル 51fを用いて高次のリチウム銅試薬との反応

を酸素酸化クエンチすることにより銅試薬のアルキル基の 2位への移動が可能であることを示して

います(Scheme 18) [24]。

R1

Y

F FOEt

O Me2CuLi(5 equiv)

12

34

5R1

Y

OEt

O2

5

F R251THF, -20 °C

R1

Y

OEt

O

F

M

R2-X

H2O

0 °C, 3 h

Y = OH, NHAnis, H

Ph

OH

OEt

O

F H HR1 = PhY = OH

R1

Y

OEt

O

FR1

Y

F FOEt

O

3

Me

H H Me

2

64

65a 70%

66

67 66'

or

Y6666a

R1 R2 Yield (%) dePh OH Me 93 1 : 1

66b PhCH2 OH Me 75 6 : 166c PhCH2 OH PhCH2 78 5 : 166d Ph NHAnis Me 93 1.4 : 166e Ph H Me 95

51 64Me2CuLi MeI or BnBr

66

Table 4 Cuprate-mediated Reductive Defluorination followed by Alkylation with Halide

(eq. 1)

(eq. 2)

(eq. 3)

CHOBocN

OBocN

OOEt

F F

O Me2CuLi(5 equiv)

then MeI BocNO

OEt

OSteps

F Me

67 68 69 96% (Z/E = 6.4 : 1) (dr = ~1 : 1)

i-BuCO-Val-Val NH

HN

OH O

O

Sta

Pepstatin BocNHOH

OEt

O

F MeBocNH

OHOEt

O

F MeBoc-Sta-Ψ[(Z)-CF=CH]-L-Ala-OEt Boc-Sta-Ψ[(Z)-CF=CH]-D-Ala-OEt

+

MPLC separationthen acidic hydrolysis

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16

Scheme 18 酸素酸化によるアルキル基の導入

一方、5 位に水酸基を有するジフルオロ不飽和エステル 51 (Y = OH) は銅塩存在下にトリアルキ

ルアルミニウムと反応して (THF, 0 °C)、2位への脱フッ素アルキル化反応が進行することを見出し

ました (Scheme 19, 66a from 51a) [21]。この反応は銅塩がなければ全く進行しません。さらに、5

位の水酸基は必須であり、アミノ基や水素体では還元脱フッ素体 (65d, 66e) の生成が確認されだけ

で 2位へのアルキル化は観察されませんでした。アルミニウム試薬は単に銅塩を介してのアルキル

基の供給だけでなく、先に述べた Me3Al存在下のヒドリド還元 (Fig. 2) のように 5位水酸基と 4位

フッ素のアルミニウムとの相互作用が反応の進行に影響していると思われます。

Scheme 19 銅塩共存下アルキルアルミニウムを用いる脱フッ素アルキル化

ここでの関連で、Fujii, Otaka, Narumiらは、γ,γ-ジフルオロ-α,β-不飽和エステル類の還元的脱フッ

素化反応にリチウム銅試薬 (R2CuLi)の他に優れた一電子移動剤であるヨウ化サマリウム SmI2や Pd

触媒-Ph3SiH系も適用でき、反応は高収率及び Z-選択性で進行することを報告しています (Scheme

20) [25, 26]。ヨウ化サマリウム SmI2 の反応では溶媒として THFに t-BuOHの添加で好結果が得ら

れています (eq. 1)。Pd触媒-Ph3SiH系の反応では添加物の Et3Nの重要性が強調されています (eq. 2)。

Scheme 20 SmI2や Pd触媒-Ph3SiH系を用いる還元的脱フッ素化

NHBoc

F FOEt

O

24

5

51f

1) R2Cu(CN)Li2(4 equiv) 2) O2

NHBoc

OEt

O

F

2

THF, -78 °C

NHBoc

OEt

O

F Cu(X)R LnRCu(I or II)

Cu(III)

64f X = I or II 66f-1 R = Me 64%66f-2 R = n-Bu 54%

Ph

OH

F FOEt

O

2

34

5

Y = OH 51a

Me3Al, CuI•2LiCl

THF, 0 °CR1

Y

OEt

O

F MeR1

Y

OEt

O

F H H+

Y = OH 66a 79% (de = 8 : 1) Y = OH 65a 0%Y = NHAr 51dY = H 51e

Y = NHAr 65d 41%Y = NHAr 66d 0%Y = H 66e 0% Y = H 66e 15%

NHBoc

F FOEt

O

(S)-51f

NHBoc

OEt

O

FTHF - t-BuOH

0 °C, 1 h65f 85%, Z-only

SmI2 (6 equiv)(eq. 1)

NHBoc

F FOEt

O

(S)-51g

NHBoc

OEt

O

FPh3SiH (2 equiv), Et3N (10 mol%)

EtOH, 50 °C, 1 h

Ph

65g 99% (Z/E = ~10 : 1)

(eq. 2)Ph

[η3-C3H5PdCl]2 (2.5 mol%)DPPP (5 mol%)

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17

5.3Cu(I)共存下アルキルアルミニウムとジフルオロアリルアルコールの反応

上記の反応での不満足なジアステレオ選択性の向上を目指して、エステル部をアルコールに変換

した基質 52を用いたところ好結果が得られました(Scheme 21) [27]。すなわち、5 位に水酸基を有

する(E)-ジフルオロアリルアルコール(E)-52aや(E)-52bはCuI共存下にアルキルアルミニウムの

アルキル基の2位への導入を伴ったフッ素置換が高い立体選択性(2,5-syn, Z-selective)で進行するこ

とが見出されました。さらに、図 22 に示したように、5 位は遊離の水酸基で 1 位水酸基をシリル基

で保護した基質 68は同様な結果を与えましたが(式 1)、5 位がエーテル化された基質 70や窒素誘

導体 71あるいは水素体 72では反応は進行しない(式 2)ことから、この反応で 5 位の水酸基は反

応の進行と立体制御の実現に重要であることが確認されました(Scheme 22)。

Scheme 21 銅塩共存下アルキルアルミニウムを用いる立体選択的な脱フッ素アルキル化

Scheme 22 基質内官能基の反応性に及ぼす効果

上記の反応で得られたジオール 67からのフルオロオレフィンイソスター構造への変換も行いま

した(Scheme 23) [27]。ジオール 67b-1の 5 位水酸基をアセチル基で保護した後、1 位水酸基をカル

ボン酸に酸化してデプシペチドイソスター74に導きました。また、ジオール 67の 1 位水酸基をピ

バロイル基で保護した後、得られた 75の 5 位水酸基をメシレート経由でラセミ化を伴うことなく

アジド置換に成功し、引き続きアミノ基に還元して最終的にジペプチドイソスター構造への変換を

達成しました。

R1

OH

F FOH

1

2

34

5

R23Al (5-10 equiv)CuI•2LiCl (5 equiv)

R1

OH

OHF R2THF, 0 °C, 15-20 h

R1 = Ph (E)-52aR1 = PhCH2 (E)-52b

R1 R2

Ph Me67a-1

(Z)-67

67b-1 PhCH2 Me

77

9878i-BuPhCH267b-1

67 syn / antiYield (%)

>20 : 1

Z-selectiveF

AlO

R1

R2R2

F O

CuR2

Ln

5

21

A from 52 or 68=

Ph

OMe

F FOMe Ph

NHR

F FOH

Ph

OH

F FOTBDPS

Me3Al (10 equiv)CuI•2LiCl (5 equiv)

Ph

OH

OTBDPSF MeTHF, 0 °C, 20 h

71 R = Boc or Anis

69 81%, Z-only, syn / anti = 21 : 168

PhF F

OH

HHMe3Al, CuI•2LiCl

THF, 0 °C - rtNo Reaction

(eq. 1)

(eq. 2)

70 72

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18

Scheme 23 フルオロオレフィンイソスターへの変換

5.4 末端ビニル型ジフルオロホモアリルアルコールとアルミニウム試薬の反応:

アルキル化、塩素化およびアジド化

次に基質の合成の容易さや優れた反応性が期待される末端ビニル型(モノ置換オレフィン構造)の

ジフルオロホモアリルアルコール 79を用いた脱フッ素アリル置換反応について検討しました。

まず、アルキル化反応について、市販の(S)-3-ヒドロキシ-2-メチルプロピオン酸メチル 77(>99%

ee) を出発原料に用いた反応例で概要を述べます。光学純度の低下(ラセミ化)に気をつけてエス

テル 77をアルデヒド 78に導き、次にジフルオロアリル化(In, CH2=CHCF2Br) を行いジフルオロホ

モアリルアルコール 79のジアステレオマー混合物を得ました。これをシリカゲルカラムクロマト

で異性体分離して光学純度を損なうことなく目的のアルコール体 anti-79と syn-79を単離しました

(Scheme 24) [28]。

Scheme 24 In / BrCF2CCH=CH2系のアルデヒドへの付加反応

次の脱フッ素アルキル化反応はTHF溶媒、氷冷下のものを示しています(Scheme 24, Table 5) [28]。

アルキルリチウム由来の銅試薬(Run 1, Me2CuLi) は比較的速やかに反応しますが、生成するオレ

フィン部の立体選択性が低い(syn-80a: Z / E = 5 : 1) ことに加えて、フッ素が還元的に脱離したケト

ン体 81 (13%) の顕著な副生が見られました。銅塩共存下アルミニウム試薬の反応(Run 2, Me3Al /

CuI) では副反応は認められず収率も立体選択性も良好ですが、反応時間の長さ、アルミニウム試

OH

OHF Me

Ph

67b-1

OAc

OHF Me

PhOH

OHF Me

PhO

1) TBSCl Imidazole2) Ac2O, Et3N

3) TBAF

4) CrO3, H2SO4

5) KOH, then HCl

OH

OPivF Me

Ph

75

t-BuCOClEt3N

1) MsCl, DMAP, NaN3 CH2Cl2 then addion of DMSO

2) LiAlH4, THF3) Boc2O, Et3N

NHBoc

OHF Me

Ph

73 74 55% from 67b-1

76 71% anti / syn = >20 : 1

NHBoc

OHF Me

PhO

Boc-L-Phe-Ψ[(Z)-CF=CH]-D-Ala

O OH

MeO

77 (99% ee)

1) TBDPSCl

2) DIBAL-H3) Dess Martin Ox.

O OTBDPS

H

In powderCH2=CHCF2Br

DMF, rt

78

F F

OH OTBDPS

F F

OH OTBDPS+

anti-79 (99% ee) syn-79 (99% ee)85% anti / syn = 1 : 1.7

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19

薬の使用量の多さ、多様なアルミニウム試薬の調達の困難さなどの問題点があります。実験室的に

はアルミニウム試薬よりも調達が容易なGrignard試薬を用いると触媒量(20 mol%)の銅塩共存下短

時間で反応は完結し、良好な結果が得られました(Run 3, 4)。

Scheme 25 and Table 5 脱フッ素アルキル化反応

上記の反応で得られたフルオロオレフィン化合物 80bからジペプチドイソスター構造 83bへの変

換は、アリルアルコール(80b)の不斉転写を伴ったイミデート転位(Overmann 転位)によるアミノ

基の導入(82b)を経由して光学純度を低下させることなく行いました(Scheme 26) [28]。

Scheme 26 イミデート転位を経由する Boc-Leu-Ψ[(Z)-CF=CH]-Ala の合成

ジフルオロホモアリルアルコール 79とアルキルアルミニウムの反応は THFのようなアルミニウ

ムに対して強く配位する溶媒を用いると全く進行しません。しかし、溶媒を塩化メチレンにすると

速やかに反応して、脱フッ素アリル置換が高い収率、高い Z 選択性で進行します。アルミニウム試

薬は 2 当量以上必要であり、アルミニウムアルコキシド 84の生成および Al-F間の分子内配位が

NMR解析で確認しています (Scheme 27) [29]。

F F

OH OTBDPS

syn-79

"R-Cu"

THF, 0 °C

OH OTBDPS

syn-80

R

F

O OTBDPS

81

+

Reagent TimeMe2CuLi (2.5 equiv)

Run12

6 h syn-80a 81%Yield Z / E

5 : 1

Me3Al (5 equiv), CuI•2LiCl (2.5 equiv) 23 h syn-80a 97% >19 : 1

syn-80 81

13%0%

3 MeMgBr (2.5 equiv), CuI (20 mol%) 1 h syn-80a 86% 18 : 1 0%4 i-PrMgBr (2.5 equiv), CuI (20 mol%) 1 h syn-80b 93% 18 : 1 0%

OH OTBDPS

syn-80bF

1) CCl3CN DBU

2) 140 °C 12 h

OTBDPS

syn-82bF

HN CCl3

O1) NaOH2) Boc2O

3) TBAF4) Jones Ox.

O

83b Boc-Leu-Ψ[(Z)-CF=CH]-Ala57% from syn-82b

F

NHBoc

OH

72%

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Scheme 27 アルキルアルミニウムを用いる脱フッ素アルキル化

一方、シリルエーテル 85を用いるとアルミニウム試薬は 1 当量でも反応は速やかに進行して良

好な結果が得られます(Scheme 28) [29]。シリルエーテル 86における Si-F間の相互作用の大きな反

応性への寄与が示唆されています。

Scheme 28 シリルエーテル体のアルキルアルミニウムを用いる脱フッ素アルキル化

前述の二原子間結合エネルギー(表 1)の比較からも Al-Clから Al-Fはエネルギー的に有利な変

化であり、Me2AlClなどの塩化アルミニウム試薬を用いると塩素置換が極めて容易に進行して、反

応性に富むZ-フルオロオレフィン構造を持った塩化アリル誘導体88が得られます (Scheme 29) [30]。

塩化アルミニウム試薬の増加と反応時間の伸張により、塩化アリル誘導体 88のフッ素も塩素に置

き換わったジクロリド 89を主生成物にすることが可能です。ここで得られた塩化アリル誘導体 88

は活性メチレン、カルボン酸、フタルイミド、チオールのような C, O, N, S 各種求核剤との置換反

応で優れた反応性を有していて合成中間体としての有用性が期待されます。アジド置換の例を示し

ました (Scheme 29, eq. 2)。

Scheme 29 塩化アルミニウム試薬を用いる脱フッ素塩素化

上記の塩素化経由のアジド置換に変えて、シリルアジド/アルミニウムアルコキシド系を用いる

とアジド体 90が一段階で得られます(Scheme 30) [30]。基質のジフルオロアルコール 79と Al(OiPr)3

R'F F

OHOAl

F

FR'

RR Me3Al (2 equiv)or Et3Al (3 equiv)

R PhF

OH

80a R=Me 99% (Z only)80b R=Et 89% (Z / E = 19 : 1)

CH2Cl2, rt, 2-3 hEt

F

OH OTBDPS

80c 79% (Z only)79 84R' = Ph, CH2CH2OTBDPS

PhF F

OTBS OSiF

FR

MeMe

t-BuEt3Al (1 equiv)

CH2Cl2, rt, 1 hEt Ph

F

OTBS

87 95% (Z / E = >20 : 1)85 86

n-C13H27F F

OH

79d

Me2AlCl (2 equiv)

CH2Cl2, 0 °C, 20 min

88 83% (Z / E = 11 : 1)

Cln-C13H27

F

OHCl

Cl

OH

89 5%

n-C13H27

Cl RF

OH

+

NaN3 (2 equiv)

DMSO, rt, <1.5 h88

N3 PhF

OH

90a 82%

N3 c-C6H11F

OH

90b 84%

(eq. 1)

(eq. 2)

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との反応で生じるアルコキシド 91構造における Al-F相互作用と、Si-N3から活性な Al-N3の生成が

関与する反応と思われます。

Scheme 30 脱フッ素アジド化

ここまで述べてきたように、我々はジペプチドイソスターの合成法を念頭においてジフルオロア

リルユニットの近傍に水酸基のような官能基を持った基質を選択し、反応の進行にはそのような官

能基の寄与も利用することに留意して検討してきました。一方、Paquinらは近傍に官能基を持たな

い比較的単純なジフルオロアリル化合物も用いて C-F活性化について精力的な検討を行っていま

す。Pd触媒を用いた二級アルキルアミンによるアミノ化(Scheme 31) [31] と、リチウム試薬を用

いた Li-F相互作用により誘起されるアルキル化、一級芳香族アミンを含むアミノ化、チオエーテル

化(Scheme 32) [32] が報告されています。

Scheme 31 Pd触媒を用いる脱フッ素アミノ化

Scheme 32 Li-F相互作用により誘起される脱フッ素アリル置換反応

RF F

OH Me3SiN3 (2 equiv)Al(Oi-Pr)3 (2 equiv)

Toluene, rt, 3.5-5 h79

N3 PhF

OH

90a 91% (Z / E = 14 : 1)

N3 c-C6H11F

OH

90b 74% (Z / E = 8 : 1)

OAlF

FR'

O-i-Pri-PrO

91

Al N3

FF

[Pd(dppf)Cl2]•CH2Cl2(2.5 mol%)R2NH

CH3CN, 80 °CF

Pd(II)

F

NR2

92 93 94

NO

F

94a 72%

NBn

Me

Ph NEt2OH

F94b 74% 94c 97%

FF Nu-Li

THF FF

NuLi

Nu = R, R2N, ArNH, RS92 95

F

Nu

94, 96, 97

F

96a 97%

n-Bu

F

96b 80%

Ph

F

94d 79%

NHPh

94a

91%

F

97a 87%

SPh

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おわりに

今回は炭素—フッ素結合の活性化の観点からフッ素と強固な相互作用を示すケイ素、アルミニウ

ム、ホウ素化合物が関与する幾つかの特徴的な反応を紹介し、さらにジフルオロアリル化合物の脱

フッ素アリル置換反応によるフッ素置換オレフィンの合成および関連反応についてまとめました。

フッ素が含まれるが故の特徴について理解の一助となれば幸いです。また、本寄稿に関連した詳細

については紹介した反応例の論文とその引用文献に限らず、最近の総説など[33-36]も参照ください。

引用文献

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23

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