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1 | Positively Innovative 執筆者:松尾仁氏(株式会社 FT-Net 代表取締役) 1. はじめに 半導体に於けるフッ素系材料と言えば、リソグラフィーの光源となる KrF ArF、エッチング剤として HF やフルオロカーボン、配線材料の WF6、洗浄剤としての NF3、防塵フィルムペリクルに使われてい る透明フッ素樹脂、さらに配管などに使われる PTFEPFA,など多彩である。ここでは最近の文献から、半 導体に使用される可能性を秘めたフッ素関連材料を取り上げてみた。有機半導体材料、リソグラフィー関 連材料、半導体プロセス関連などを取り上げた。 2. 有機半導体材料 有機半導体の発見以来、部材とデバイスプロセスはキャリア注入、キャリア移動性、デバイス安定性の 改善により向上した。しかしながら、この改善は、有機半導体部材を使用する有機デバイスの場合は不十 分である。Jun-Ho Jeong らは、有機デバイスの性能を改善するために、電極と有機層の境界でのキャリア の注入性の機構をより理解することが必要と考え、有機半導体のキャリアの注入と蓄積について、電流- 電圧特性(I-V)、容量特性(C-V)、原子間力顕微鏡(AFM)FTIR の測定により調べた。 1) その結果、6,13- Bis(triisopropylsilylethynyl) pentacene(TIPS-pentacene)を有機半導体層として用いた。TIPS-pentacene への キャリア注入を高めるため、下記に示す PFBT MPTMS を基板の表面に沈着させ、自己集合性単分子層 の結合効果を高めることが出来た。 Dimitrios Maroudas らは、下図に示す、チオフェンにフェニル基やフッ素化フェニル基を導入した 16 のシクロペンタジチオフェン(CPD)について DFT 計算により、系統的に半導体性能を調べた。 ) つまり、 16 種類の CPD のジオメトリーと電子構造とその結晶構造の電荷移動を計算した。その結果、これらの結 晶が示す異なった半導体挙動に影響を与えるファクターを明らかにした。X O の場合のフッ素とマロニ トリル C(CN)2 の影響は、チオフェン環のα、β位のフェニル基の置換と同様異なっている。マロニトリル とフッ素置換は CPD LUMO のエネルギーレベルを下げることにより電子注入を改善するが、F の導入 p 型半導体をn型半導体へと変換するのにより有効である。従って、CPD をベースとするn型半導体を 2020 年 6 月号 最新フッ素関連トピックス 半導体における最近のフッ素関連トピックス Daikin Fine Chemicals & Intermediates Newsletter

最新フッ素関連トピックス Daikin Fine Chemicals & …...Sayed Faridらは、半導体Cu2O薄膜をソーダ石灰ガラス(SLG)とフッ素添加TiO2(FTO)上にSILAR

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| Positively Innovative

執筆者:松尾仁氏(株式会社 FT-Net 代表取締役)

1. はじめに

半導体に於けるフッ素系材料と言えば、リソグラフィーの光源となる KrF や ArF、エッチング剤として

の HF やフルオロカーボン、配線材料の WF6、洗浄剤としての NF3、防塵フィルムペリクルに使われてい

る透明フッ素樹脂、さらに配管などに使われる PTFE、PFA,など多彩である。ここでは最近の文献から、半

導体に使用される可能性を秘めたフッ素関連材料を取り上げてみた。有機半導体材料、リソグラフィー関

連材料、半導体プロセス関連などを取り上げた。

2. 有機半導体材料

有機半導体の発見以来、部材とデバイスプロセスはキャリア注入、キャリア移動性、デバイス安定性の

改善により向上した。しかしながら、この改善は、有機半導体部材を使用する有機デバイスの場合は不十

分である。Jun-Ho Jeong らは、有機デバイスの性能を改善するために、電極と有機層の境界でのキャリア

の注入性の機構をより理解することが必要と考え、有機半導体のキャリアの注入と蓄積について、電流-

電圧特性(I-V)、容量特性(C-V)、原子間力顕微鏡(AFM)、FTIR の測定により調べた。1)その結果、6,13-

Bis(triisopropylsilylethynyl) pentacene(TIPS-pentacene)を有機半導体層として用いた。TIPS-pentacene への

キャリア注入を高めるため、下記に示す PFBT と MPTMS を基板の表面に沈着させ、自己集合性単分子層

の結合効果を高めることが出来た。

Dimitrios Maroudas らは、下図に示す、チオフェンにフェニル基やフッ素化フェニル基を導入した 16 種

のシクロペンタジチオフェン(CPD)について DFT 計算により、系統的に半導体性能を調べた。2) つまり、

16 種類の CPD のジオメトリーと電子構造とその結晶構造の電荷移動を計算した。その結果、これらの結

晶が示す異なった半導体挙動に影響を与えるファクターを明らかにした。X が O の場合のフッ素とマロニ

トリル C(CN)2の影響は、チオフェン環のα、β位のフェニル基の置換と同様異なっている。マロニトリル

とフッ素置換は CPD の LUMO のエネルギーレベルを下げることにより電子注入を改善するが、F の導入

は p 型半導体をn型半導体へと変換するのにより有効である。従って、CPD をベースとするn型半導体を

2020 年 6 月号 最新フッ素関連トピックス

半導体における最近のフッ素関連トピックス

Daikin Fine Chemicals &

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合理的にデザインできることが期待されるとしている。

有機半導体物質は、OLED、OFETs、光発電(OPV)やセンサーなどのオプトエレクトロニクスへの応用に

おいてインパクトを与えうることで広く調べられてきた。有機半導体結晶の電荷可動性は、オプトエレク

トニクスの効率を決定するが、電荷移動に影響を与える分子の構造と機能の関係を理解することが重要で

ある。Barry D. Dunietz らは、下記に示す分子間ハロゲン結合を含むピリジン-エチルヨウ素フェニル超分

子について実験的および計算化学的に調べた。3)

その結果、分子の選択的フッ素化により、結晶化パターンを決定でき、結晶の電荷移動性が増大し

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た。実験的には、分子を合成し、完全な化学的キャラクタリゼーションと結晶構造を決定した。また、電

荷移動の計算化学分析により、分子レベルの構造と機能の関係を明らかにした。選択的フッ素化とハロゲ

ン結合およびπシステムの増大が、ホールと電子の両方の移動性を高めることの出来る要素であるとして

いる。

3. リソグラフィー関連材料

Hikaru Sugita らは、感光性使い捨て鋳型物質を用いて、機能コーティングのパターンニングを行っ

た。4) このことをフォトリソグラフィーで行うことはかなりチャレンジングである。(下図参照)

鋳型物質は、三級エステル構造を含むマルチ-アクリル樹脂(A-BREF,DPHA)、光ラジカル開始剤(NCL-

831)、光酸発生剤(BPIN、TPST)、フッ素ベースの表面活性ポリマーから成る。

光ラジカル開始剤は樹脂の架橋を促し、光酸発生剤から生成する酸はさらなる露光により、露光された

部分の架橋樹脂を分解し、アルカリ処理後に撥液パターン鋳型となる。カーボンブラックが分散した有機

滴と高屈折率物質パターン鋳型に押し込まれ、全体に広がっていく。その後、鋳型全体に光照射が施さ

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れ、ベイキング、アルカリ処理されて、鋳型が除かれ、ミクロスケールのパターニングが完成する。

固体物質表面上での有機物質のパターンニングは、フォトリソグラフィー、ソフトリソグラフィー、

インプリントリソグラフィー、インクジェットプリンティングのようないくつかの方法で明らかにされて

きた。フッ素系ポリマーと溶媒は、新しいパターニングを開発する上で魅力的な物質系と言える。と言う

のは、非フッ素系有機化合物と化学的に直交して、異なったデバイスやシステムに有効に導入できるから

である。さらに、フッ素系ポリマーは HFE 溶液に溶解し、生体分子に対して安全であり、効率的なフォト

リソグラフィーパターニングを可能にする。Margarita Chatzichristidi らは、物理吸着か共有結合のいずれ

かにより、任意の表面上に生体分子をパターニングする新しいフォトリソグラフィープロセスの開発を報

告している。5)フォトジストはフッ素系ポリマー(C8F17C2H4OCOC(CH3)=CH2)共重合体と HFE 溶媒(HFE-

7300,7500)をベースとするので、生体分子とは最低限の相互作用しかない。それ故に、生体分子に対して

直交、即ちバイオ直交できる。その結果、2μm まで下げたディメンションでパターニングされた。(下図)

4. 半導体プロセス関連材料

Sayed Farid らは、半導体 Cu2O 薄膜をソーダ石灰ガラス(SLG)とフッ素添加 TiO2(FTO)上に SILAR 法で

成長させた。6) 修正 SILAR 法はイオン層を吸着させた後、反応させる方法。pH レベルを酢酸と硫酸で調

整し、アニオン濃度を NaOH で調整して沈着膜の物理的性質ヘの影響を調べた。XRD で調べると、薄膜

は多結晶であり、Cu2O は(111)方位配列であった。表面モルホロジーを SEM で調べると、沈着膜はミクロ

クラックとピンホールフリーであり、下部物質をきちんと覆っている。SLG と FTO 上で成長させた沈着物

質の推定された光学バンドギャップと電気抵抗は、それぞれ 2.05~2.16eV と 180~380Ωcm であり、電気

抵抗は、従来の Cu2O 膜より少なくとも 1 オーダー小さかった。光学バンドギャップと電気抵抗の両方と

も pH レベルを低くするほど減少した。それは沈着物の改善された結晶化に帰因する。修正 SILAR 法で成

長させた Cu2O 電極の LED ON/OFF 変調瞬間表面光電圧は、p 型導電性を示し、この光カソードは水溶性

電解質で満たされた光電化学セルの中で 1 時間安定であった。下図は、SLG(四角)と FTO(丸)上に修正 SILAR

法で成長させた Cu2O の膜厚の変化を示したものである。また、SLG(左)と FTO(右)のフォトグラフも示さ

れている。

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溶液処理ポリマー半導体は、高真空プロセスを用いない、軽量で、低コスト、フレキシブル電子機器を

製作する上で鍵となる物質である。実用化に対しては、こういった物資をベースとする信頼できるデバイ

スのオペレーションが必要である。Jaeyoung Jang らは、フッ素化ポリマー絶縁体を溶液処理ポリマー半

導体とブレンドして、OFETs のオペレーション安定性を改良する戦略を提案する。7) 半導体ポリマーは、

ナノワイヤーネットワークをスピンコート三元ブレンドフィルムの中に形成する。それは、下記のフッ素

化ポリマー(PFS) とポリスチレンからなる絶縁体ポリマーマトリックス電荷移動通路としての役割を果た

す。

その強い電子求引構造による高い表面特性によってフッ素化ポリマーは、半導体と絶縁体の境界での正

孔捕獲を抑制する大きなエネルギーバリアを付与する。結果として、この三元ブレンドフィルムは、窒素

および大気雰囲気中で、ゲートバイアスをかけ続けてもほとんどヒステリシスのない伝送とアウトプット

性、優れた電気安定性を示した。本研究の成果は、高いオペレーション安定性を持つポリマー半導体/絶

縁体をベースとした OFETs の作製の実用化を約束するものであるとしている。

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5. その他

マンガンペロブスカイトのカチオン置換については多くの開発がなされてきたが、アニオン置換につ

いては少ない。最近、これをフッ素化して二重ペロブスカイト構造にする研究が報告された。E. A. Moore

らは、Sr2Mn2O5F の DFT 計算を行い、この最低エネギー形が強磁性半導体であり、その構造は、それぞれ

の Mn が一つの F と五つの O に囲まれていることを見いだした。8) それは下図に示す 2 つのモデルから

なる。ここで、小さな丸は Mn、薄い大きな丸は Sr、濃い大きな丸は O、やや薄い丸は F である。

その基底状態は、小さなバンドギャップのスピン偏重半導体だと分かった。その計算値は下表の通りで

あった。

フッ素化は SiO2基質上のグラフェンにおけるバンドギャップをオープンする、期待される官能基化の

方法である。フッ素化法としては XeF2による方法が簡便である。C. Radtke らは XeF2と Si との反応が

SiO2/Si 上のフルオログラフェンの資質に重要な役割を演ずることを見いだした。9) 下図に示すようにパ

ルス露光によりグラフェンのフッ素化は連続露光よりスムーズに進む。パルス露光は SiO2のエッチング

を阻止し、この反応の副生成物は除かれる。

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表面粗度は低く高い均一性が得られる。この特質はパルス時間を最適化することにより、より改善さ

れ、グラフェンの官能性付与の簡単で迅速な方法だとしている。

Diana Sagdullina らは、下記に示す FNDI を合成し、半導体としての性能が優れていることを見出し、

OFET をベースとするガスセンサーの製造に用いた。10)

このセンサーは、1ppm 以下のアンモニアや脂肪族アミンを素早く感知する。さらにアミン群の感知と操

作の安定性を有することから魚のような食物の品質管理や医療に於ける診断などへの適用が期待されると

している。

6. おわりに

最近のフッ素関連半導体材料について纏めてみた。フッ素の役割としては、LUMO のエネルギーレベル

を下げ、電子注入性を促進すること、p型半導体をn型半導体に変換すること、光による酸発生を促進す

ること、フッ素系ポリマーの非フッ素系ポリマーとの直交性や生体分子に対して安全なことから効率的な

フォトリソグラフィーを行えること、フッ素添加 TiO2(FTO)を基板として使用することにより電気抵抗を

減少できること、フッ素ポリマー絶縁体として正孔捕獲を抑制できることなどである。こうしたフッ素の

特徴を半導体に適用して性能向上、新規半導体プロセスの開発への期待が広がると考える。

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文献

1) Jun-Ho Jeong et al Materials Chemistry and Physics 227(2019) 250-254

2) Dimitrios Maroudas et al Synthetic Metals, Volume 258, December 2019, Article 116196

3) Barry D. Dunietz et al Organic Electronics 79(2020) 105637

4) Hikaru Sugita et al Progress in Organic Coatings 132(2019) 264-274

5) Margarita Chatzichristidi et al Colloids and Surfaces B: Biointerfaces 178(2019) 208-213

6) Sayed Farid Uddin Farhad et al Materials Science in Semiconductor Processing 95(2019) 68-75

7) Jaeyoung Jang et al Applied Surface Science 481(2019) 642-648

8) E. A. Moore et al Solid State Communications 294(2019) 39-42

9) C. Radtke et al Materials Letters 252(2019) 11-14

10)Diana Sagdullina et al Synthetic Metals 260(2020) 116289

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