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実践レポート ムSTEPPSの 導入と実践 特集 昨今,ますます国内での注目 度が高まり,今後の発展が期 待されるチームSTEPPS。し かし, 「チームSTEPPS」とい う名称が耳に馴染み,周知さ れてきたその一方で,全体像 や理念が正確に理解されて いない,実践場面の具体的な イメージが描けない,導入し たくても方法や手順で悩んで いる,といった実状も散見さ れるようです。本特集では, 国内のさまざまな病院での 導入・実践事例を中心に紹介 することで改めてチーム STEPPSのコンセプトや理念 を適切かつ具体的にお伝え します。 はじめに―米国での動向 2015年6月に米国デンバーにてTeamSTEPPS® National Conference(全 国大会)が開催された(資料)。約800人の事前登録があり,会場の人数 制限に達したが参加希望の問い合わせが相次ぎ,事前登録していても参加 できる見込みがない方には登録をキャンセルするよう依頼があるほどの盛 況ぶりであった。またその直前には,TeamSTEPPS®(以下,TS)のプライ マリケアのマスター・トレーナー・コースや米国DoD(国防総省)が主催 する米国軍医療機関のみを対象にした研修も開催され,筆者はゲストとし て参加する機会を得た。DoDは1.5日かけて高信頼性とイノベーションの 組織文化(a culture of high reliability and innovation)を目指した議論 を行っていた。 これらのカンファレンスなどに参加して,TSへの関心および取り組み が年々増加していることを感じた。それを証明することの一つとして, TSの “父” と言われるAHRQ(医療研究品質局)のJim Battles氏とTSの “母” と言われるDoDのHeidi King氏より,医療分野のイノベーションのうち国 際的に普及したプログラムを評価する英国の団体からTSが表彰されたと の報告があった。TSは米国のほかに少なくとも16カ国で取り組まれてい るとのことである。 TSの真の理解と実践事例 TSはエビデンスに基づいたチームワークを効果的に実践するためのト チームSTEPPSの 適切な理解と実践のために 種田憲一郎 国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部 上席主任研究官 米国AHRQTeamSTEPPSMasterTrainer TeamSTEPPSJapanAllianceCoordinator 日本国内のチームSTEPPSの普及は,2007年ごろから米国DoDのHeidi King氏とAHRQのJim Battles氏の協力 を得て,国立保健医療科学院において開始した。その後,AHRQ指定の指導者養成センターであるミネソタ大学 Karyn Baum教授の支援も受け,国立保健医療科学院の研修卒業生を中心に,医療安全等に取り組む仲間たち,在 日米軍の医療機関とも協働して活動してきた。2012年からWHO患者安全専門官として諸外国でも推進し,国内では TeamSTEPPS Japan Allianceの基盤となるメーリングリストを立ち上げて国内での適切な普及に努めている。2015 年6月には米国DoDのKing氏と共にFirst ASEAN Patient Safety Congressにおいて講演を行い,アジア諸国の医学 校などでの取り組みにも協力している。 米国デンバーでの TeamSTEPPS® National Conference 2015にて Baum氏 種田氏 King氏 Battles氏 病院安全教育 Vol.3 No.1 28

特集 チームSTEPPSの 適切な理解と実践のために …実践ポ ト チームSTEPPSの 導入と実践 特集 昨今,ますます国内の 注目 度が高まり,の

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実践レポート

チームSTEPPSの導入と実践

特集

昨今,ますます国内での注目

度が高まり,今後の発展が期

待されるチームSTEPPS。し

かし,「チームSTEPPS」とい

う名称が耳に馴染み,周知さ

れてきたその一方で,全体像

や理念が正確に理解されて

いない,実践場面の具体的な

イメージが描けない,導入し

たくても方法や手順で悩んで

いる,といった実状も散見さ

れるようです。本特集では,

国内のさまざまな病院での

導入・実践事例を中心に紹介

することで改めてチーム

STEPPSのコンセプトや理念

を適切かつ具体的にお伝え

します。

はじめに―米国での動向 2015年6月に米国デンバーにてTeamSTEPPS® National Conference(全

国大会)が開催された(資料)。約800人の事前登録があり,会場の人数

制限に達したが参加希望の問い合わせが相次ぎ,事前登録していても参加

できる見込みがない方には登録をキャンセルするよう依頼があるほどの盛

況ぶりであった。またその直前には,TeamSTEPPS®(以下,TS)のプライ

マリケアのマスター・トレーナー・コースや米国DoD(国防総省)が主催

する米国軍医療機関のみを対象にした研修も開催され,筆者はゲストとし

て参加する機会を得た。DoDは1.5日かけて高信頼性とイノベーションの

組織文化(a culture of high reliability and innovation)を目指した議論

を行っていた。

 これらのカンファレンスなどに参加して,TSへの関心および取り組み

が年々増加していることを感じた。それを証明することの一つとして,

TSの “父” と言われるAHRQ(医療研究品質局)のJim Battles氏とTSの “母”

と言われるDoDのHeidi King氏より,医療分野のイノベーションのうち国

際的に普及したプログラムを評価する英国の団体からTSが表彰されたと

の報告があった。TSは米国のほかに少なくとも16カ国で取り組まれてい

るとのことである。

TSの真の理解と実践事例 TSはエビデンスに基づいたチームワークを効果的に実践するためのト

チームSTEPPSの 適切な理解と実践のために種田憲一郎

 �国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部�上席主任研究官�米国AHRQ�TeamSTEPPS�Master�Trainer�TeamSTEPPS�Japan�Alliance�Coordinator

日本国内のチームSTEPPSの普及は,2007年ごろから米国DoDのHeidi King氏とAHRQのJim Battles氏の協力を得て,国立保健医療科学院において開始した。その後,AHRQ指定の指導者養成センターであるミネソタ大学Karyn Baum教授の支援も受け,国立保健医療科学院の研修卒業生を中心に,医療安全等に取り組む仲間たち,在日米軍の医療機関とも協働して活動してきた。2012年からWHO患者安全専門官として諸外国でも推進し,国内ではTeamSTEPPS Japan Allianceの基盤となるメーリングリストを立ち上げて国内での適切な普及に努めている。2015年6月には米国DoDのKing氏と共にFirst ASEAN Patient Safety Congressにおいて講演を行い,アジア諸国の医学校などでの取り組みにも協力している。

米国デンバーでの TeamSTEPPS®National Conference 2015にて

Baum氏 種田氏King氏 Battles氏

病院安全教育 Vol.3 No.128

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レーニングであり,ガイドである。言い換え

れば,チームワーク(他者との協働)を必要

とするあらゆる場面で活用できる。それは患

者の治療・ケアにかかわる臨床のみならず,

事務的な業務,仕事以外の家族・友人との活

動にまで及ぶ。

 例えば,デンバーでのマスター・トレー

ナー研修やDoDセッションにおいても,TS

のツールなどを活用する例として,家族での

料理や友人とドライブする状況を演じてみせ

ることがあった(TSを活かしたシナリオ作

成とそのロールプレイは多用される学習方法

である)。またカンファレンスでは,実際の

医療現場での取り組みとして,院内暴力,精

神疾患の救急外来,急性期精神科病棟,薬剤

部,外傷センター,カテーテル関連尿路感染

症,循環器外科手術室などが紹介された。そ

して,カンファレンス最後の全体セッション

では,アナフィラキシーショック疑い患者の

対応について,TSを活用して2つのチーム

が競い合うイベントで締めくくられた。

 数年前の米国全国大会における,Battles

氏の「災害時や戦地の医療現場でもTSが役

立っているというのに,ほかの臨床現場で

TSが活用できないことがあるのか?(活用

できるはずだ)」との発言が,今でも印象的

なコメントとして記憶に残っている。今回の

特集に際して,よく聞かれるとうかがった

「TSはすでに知っているが,どのように実践

してよいか分からない」という声の中には,

実際にはTS の真の理解が得られていないこ

ともあるのではないかと感じている。

 すでに述べたように,TSを活用できる状

況は日々多数存在する。そこで本特集は,読

者のTSの理解と実践を支援するために,TS

の部署での取り組み事例から始まり,組織全

体としての取り組み(比較的初期から後期),

医療安全に間接的にかかわる活動と共同した

取り組みについて紹介している。特にTSの

理解を深め,さまざまな場面で活用できるこ

とを知る上で,TSの基本原理を理解し自分

自身の言葉でスタッフに伝えた取り組み(佐

藤芳江氏:P.36),非臨床現場である材料部

での実践例(山本陽子氏:P.40),また呼吸

器ケア・リハビリテーションチームにおける

OJTの取り組み(郷間厳氏:P.44),そして

医療メディエーションとの協働(遊道桂子

氏:P.77)などが参考となる。またこれら

の事例は,組織としての取り組みにおいて,

特に部署長の理解が重要であり,部署長に理

解があれば組織全体としてでなくても取り組

めることがあることも示唆している。

TSの理解を深めるべき 5つのポイント

・チームとしての協働が必要な場面において

はTSが活かせるのではないかと意識する。

・TSの全体像である基本原理(チーム体制

と4つのチーム・コンピテンシー)をまず

は理解し,チームの視点で行動を観察す

る。これまで「個人中心」の視点で教育さ

れてきた私たちは,「チーム志向」で観る

目を養うことが必要である。

例:OJTにおける観察者(郷間厳氏:P.44)

・チームとして取り組む目的・状況の理解に

ついて,メンバー間で「メンタルモデル」

が共有されているかを常に意識する。

・4つのチーム・コンピテンシーは相互に補

完するものであり,TSの概念の全体像の

理解なく個別のツールだけを取り出して行

うことは,チームとして協働できないだけ

でなく,それを阻害する。

資料●TeamSTEPPS National Conference 2015

病院安全教育 Vol.3 No.1 29

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例: 配慮のない2回チャレンジ(佐藤恭江

氏:P.59)

例:SBARのリスク(佐藤芳江氏:P.36)

例: SBARの効果的な実践:相互支援の意思

と,これを推進するリーダーシップ,そ

して適切な評価と提案のための状況モニ

ターなどが必要である

例: ブリーフィングなどの実践:リーダー

シップのツールであるが,これによっ

て,相互支援,状況モニター,コミュニ

ケーションが推進される(佐藤恭江氏:

P.59)

・医療安全の推進における注意点として,工

学的な視点でもシステムを改善することが

必要で,それをせずにチームとしての協働

だけで対処することは大変危険である。

戦略的に取り組む TSにおいては,最終的に組織の安全文化

を醸成するための戦略的な取り組みとして,

フ ェ ー ズ ア プ ロ ー チ(図1) お よ びJohn

Kotter氏の改革の8ステップを紹介している。

●�戦略的に取り組む�―フェーズアプローチの要点

 事前の評価を実施し(フェーズ1),次に

実施計画を立て,研修を行い,それを現場で

実際に実施し(フェーズ2),そしてその実

践を継続維持することで(フェーズ3),最

終的に組織の安全文化を醸成する(Battles

氏:P.3)。

●フェーズ1:導入準備の重要性 組織全体として取り組もうとする際には,

幹部の理解と支援を得て,安全文化調査など

ニーズの同定,研修参加のための時間外手当

など必要な資源の確保など,導入前の準備状

況の確認が必要である。TSにおいては,準

備状況のチェックリストが用意されており,

これを活用するとよい(表)。組織全体とし

て準備が不十分であれば,組織的導入を延期

して準備を整える。または,準備状況が整い

取り組みやすい部署から取り組むことも一つ

の方法である(遠藤栄理氏:P.50,藤原紳

祐氏:P.72など)。準備段階においては,医

療安全を推進するための「3words(3つの

言葉)」の取り組みもチームとしての取り組

みを組織として推進し,TS導入の準備とし

て役立つ(中田尚子氏:P.66)。

●フェーズ2:「腑に落ちる」研修�―TSの理解を深める

 そもそもTSは米国での取り組みで日本に

は合わない,TSは理解した(つもり)が取

り組み方が分からないなどというのは,TS

の理解が不十分なのではないかと考えられ

る。講義だけを聞いてトレーナーとする不適

フェーズ1 フェーズ2 フェーズ3事前評価 計画,研修,実施 継続維持

トレーニング前の評価

環境の改善

現場評価 組織文化の変化

指導(コーチ)調整統合

計画の継続的評価

文化の調査

データ評価基準

実施

テスト行動計画の作成

体制を整える ★実施項目を決定する ★実行に移す ★改善を維持する

▲継続的な改善

トレーニング

準備OK?

NoYes

図1●安全文化へのフェーズアプローチ

病院安全教育 Vol.3 No.130

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切な講師認定も一部にはあるようで,注意を

要する(辰巳陽一氏:P.13)。

 TSの理解を深めるためには,講義一辺倒で

は効果がなく,「チームとは何か。何ができ

るとよいのか」について参加者が気づきを得

て,「腑に落ちる」研修が必要である。参加

型の研修(長南美穂氏:P.80),成人教育や

教育工学,インストラクション・デザインな

どの理解は効果的な学習を推進する(郷間厳

氏:P.44)。よい研修指導者は,研修を受け

る参加者と共に学ぶ姿勢で繰り返し研修を重

ね,気づきを共有し,参加者との議論によっ

て学びを深めることが求められる(遠藤栄理

氏:P.50)。筆者自身もTS研修を行うたびに

新たな気づきや学びがある。また,チームの

視点から日々の業務を皆で振り返り,TSの概

念と照合すること(遠藤栄理氏:P.50),自

作のビデオ教材で楽しく学び,取り組める工

夫も効果的である(佐藤恭江氏:P.59)。

●フェーズ3:�現場での実践を推進するコーチング

 実践において考慮すべき重要な点の一つ

が,現場での指導(コーチ)である。TSに

はコーチングの資料も用意されているが,一

般的なコーチングの資料を活用してもよい。

コーチングの原則は,コーチングを受ける者

の能力を信じ,解決方法を教えるのではな

く,自ら導けるよう支援することである。

あなたの組織がチームSTEPPSの実施について,その必要性を明確に同定していますか?

強固なチームワークと安全文化の構築は,あなたの組織のニーズに取り組むための適切な戦略になりますか?

組織文化を変えていくのに今は良いタイミングですか?(つまり,あなたの組織で実施されている他の主要な改善活動が時期的に競合していませんか?)

チームワークと患者安全の重要性を推進する組織文化の改善は,実行可能で受け入れてもらえそうですか?

組織の上層部は組織文化の改善と,チームSTEPPS活動の導入および継続維持するために必要な努力を支援しますか?

あなたの組織はチームSTEPPSのインストラクターとして貢献し得る,必要な姿勢と特性を持った十分な数の職員を供給してくれますか?

あなたの組織はチームSTEPPSのコーチとして貢献し得る,必要な姿勢と特性を持った十分な数の職員を供給してくれますか?

あなたの組織はインストラクターとコーチにその役割を遂行するために必要な準備の時間を与えてくれますか?

あなたの組織は職員にトレーニングに参加する時間を与えてくれますか?

あなたの組織はインストラクターに研修内容をカスタマイズする時間を与えてくれますか?

あなたの組織は進捗状況やプロセスの継続的な改善を測定・評価することを,望んでいますか?

あなたの組織は実施の過程における効果的なチームワーク行動や改善点を評価し,より強化することができますか?

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

□Yes □No

10

11

12

質問 回答

明確なニーズの同定

安全文化の改善のための準備状態

資源(時間,職員など)の確保

改善状態の維持

以下の質問項目のうち,できていない項目(No)はいくつありますか。

準備状況の評価(数字は上のチェックリストの「No」の数)

•チームSTEPPS導入のよい時期•導入しつつ継続してNoの項目を評価

•導入の準備がまだできていないかも•時間をとって導入が適切か判断

•相当の準備が必要,失敗の可能性大•数カ月延期して準備状況を再評価

0〜3

4〜6

7〜12

表●組織の準備状況のチェックリスト

病院安全教育 Vol.3 No.1 31

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 効果的なコーチの特徴は,(TSを理解して)

指導する能力があり,影響力があり,対人関

係に優れ,効果的なフィードバックを行うと

されている。本特集の中では,自分自身が属

する部署・チームでの取り組みが特に参考と

なる(山本陽子氏:P.40,佐藤芳江氏:P.36,

郷間厳氏:P.44)。

●�戦略的に取り組む�―改革のへ8ステップの活用(図2)

 8ステップはTSにかかわらず,さまざま

な組織的な取り組みをする際にも参考とな

る。TSに取り組む上での具体的な活用につ

いては,本特集の多くの報告が参考となる

が,考慮すべき点を以下に記載する。

1.危機感を高め共有する 組織としての取り組みを推進するために

は,なぜ取り組まなければいけないのかを示

し,このままではいけない,何とかしなけれ

ばならないという危機感が必要である。この

危機感を皆が理解し,実行する必要性を感じ

るには,大きく次の2つの戦略がある。

①�データなどに基づいて理論的に説明し理性

に訴える(rationale)

②�医療安全にかかわる事例,「物語」などを

活用して感情に訴える(emotional)

 組織的導入を企画する担当者は,この2つ

を意識して「危機感を創る」必要がある。

①理性に訴える

例1: 多くの医療事故の原因がチームにかか

わることを示す(TS教材など)

例2: チームトレーニングによって医療安全

が改善したエビデンスを示す(TS教

材など)

例3: 既存の院内報告システムを活用し自院

のデータを示す(遠藤栄理氏:P.50)

例4: 自院の事例検討やニーズの調査(藤原

紳祐氏:P.72)

例5: TSが提案する安全文化調査の活用(中

田尚子氏:P.66,菊地龍明氏:P.54

など)

②感情に訴える

例6: 医療事故を経験した患者家族の話を視

聴する(TS教材Sue Sheridan氏のビデ

オなど)

例7: 演習などで間違う体験をする

例8: 個々の部署内で,危機感について対話

し共有する(佐藤芳江氏:P.36,山本

陽子氏:P.40)

例9: 自施設で残念ながら起こった事故を契

機に取り組みの機会を逃さない(菊地

龍明氏:P.54)

2.改革推進チームをつくる 多職種での取り組みが重要であり,各職種

や部署で中心的な役割を担える仲間に参加し

てもらう。組織全体での取り組みにおいて

は,特に医師の協力を得ることが必須であ

る。チームに求められる要素は,改革を推進

するリーダーシップ,他者からの信頼,コ

ミュニケーション能力,組織における権威,

分析スキル,共有された危機感である。

 医師の参加を促すことはしばしば難しい課

題の一つであり,米国でもほぼ毎年のように

取り上げられるテーマである。医師の参加と

行動変容を促す戦略として,上記2つの戦略

を含む次の3つの提案がある。

国立保健医療科学院訳・編:チームSTEPPSポケットガイド

危機感を高め共有する

改革推進チームをつくる

改革のビジョンと戦略を明確にする

理解・賛同を得る

改革し易い環境を整える

短期的な成果を生み出す

油断せず推進を継続する

新たな文化を築く

12345678

図2●改革への8ステップ

病院安全教育 Vol.3 No.132

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①Rational(理論的)

②Emotional(感情的)

③�Personal(個人的:個々の医師にとって

どんな意味があるのか)

 ③の個人的な有用性としては,次の例がある。

例10: 同じ部署の医師が効率的に患者ケア

をする上で,看護師からの評価・提

案を求めており,それに応える(佐

藤芳江氏:P.36)

例11: 医師自身が率いるチームの知識・態

度・パフォーマンスの向上につなげ

る(郷間厳氏:P.44)

 医師の参加を促すほかの具体的な方法とし

ては,次のような取り組みも提案されている。

例12: 若い医師やほかの職員の教育という点

から協力してもらう(経験のある先輩

医師として,頼りにしていることを示

す)

例13: 医師を含む全職員が参加すべき年2回

以上の医療安全研修を活用して,医師

にまずはTSの考え方を理解してもらう

(菊地龍明氏:P.54)

例14: すでに取り組んでいる医師から話して

もらう:医療安全以外の分野で,関

心をもってTSに取り組みはじめてい

る医師のグループとして,RRS(Rapid

Response System)に取り組む救急の

医師(藤原紳祐氏:P.72),周産期救

急に効果的に対処するALSO(Advanced

Life Support in Obstetrics)に取り組

む産科の医師,日本内科学会専門医部

会(郷間厳氏:P.44),回復期リハビ

リテーション病棟にかかわる医師など

がある。

 そして,患者・家族もチームの一員であ

り,パートナーであることも忘れてはならな

い(郷間厳氏:P.44)。

3.改革のビジョンと戦略を明確にする チーム医療とは何か,何ができるとよいの

かなどについて研修などを通じて明確にし,

TSを活用してどのような組織文化をつくろ

うとしているのかを示す。

例: 組織としての目標の中にチームワークを

明示する

例: ポスターの作成(菊地龍明氏:P.54,佐

藤恭江氏:P.59)

例: 医療安全を推進する「3words(3つの

言葉)」の作成(中田尚子氏:P.66,佐

藤恭江氏:P.59)

例: 「よりよいチームとなるための行動」を

振り返る(遠藤栄理氏:P.50)

 これらは,後述する「改革しやすい環境を

整える」ことにも貢献する。

4.理解・賛同を得る 病院幹部の理解・賛同を得て開始するが,

その後は特に部署長の理解が重要である。

TSが最終的に目指すのは組織の安全文化の

醸成であるが,安全文化調査においても,重

要な項目として部署にかかわる多くの質問項

目が含まれている。

 組織全体の賛同を得て取り組むことが望ま

しいが,まずは賛同の得られた部署や職種な

どから取り組み,徐々に理解を得て拡大して

いくことも一つの方法である。

例: 看護部から取り組み,組織全体へ(遠藤

栄理氏:P.50)

例: 幹部クラス,医療安全委員や科長(師長)

などから(長南美穂氏:P.80)

5.改革しやすい環境を整える 取り組む上での障害をできるだけ低減し,

現場での実践を推進する環境を整える。

例: TS研修への参加を必須とし,時間外手

当を支給(菊地龍明氏:P.54,中田尚子

氏:P.66)

例: 医師への協力願いを明示する(藤原紳祐

病院安全教育 Vol.3 No.1 33病院安全教育 Vol.3 No.1 33

Page 7: 特集 チームSTEPPSの 適切な理解と実践のために …実践ポ ト チームSTEPPSの 導入と実践 特集 昨今,ますます国内の 注目 度が高まり,の

氏:P.72)

例: 職員へ配布するポケット版医療安全マ

ニュアルの中にTSを含む(菊地龍明氏:

P.54)

例: ポスターやバッジの作成(佐藤恭江氏:

P.59,菊地龍明氏:P.54)

6.短期的成果を発見し祝う 安全文化の醸成は長い道のりである(図

3)。「短期的成果」を意識して見つけ出し,

かつ「祝う」ことが継続して取り組みを推進

する上で重要である。評価をする際には,カー

クパトリックのモデルなどが参考となる(菊

地龍明氏:P.54)。

例: 超過勤務時間の変化(山本陽子氏:P.40)

例: ブリーフィングなどが行われ相互支援が

日常化(佐藤芳江氏:P.36)

例: ワールドカフェ方式で実践されている

TSの意識化・共有化―人工心肺トラブ

ルのシミュレーションにTSを活用(中

田尚子氏:P.66)

例: 「Good job」報告書:チームでエラーを

防いだ事例と使われたTSツールを報告

(佐藤恭江氏:P.59)

例: 緩和ケア病棟でのアンケート調査(佐藤

恭江氏:P.59)

例: 医療安全月間新聞:部署ごとのTS取り

組みを紹介(佐藤恭江氏:P.59)

例:RRSの起動数(藤原紳祐氏:P.72)

7.油断せず推進を継続する 組織的取り組みを進める上で,よくあ

る「落とし穴」・失敗の原因として次の

ようなことが挙げられている。

・現状への満足

・十分に力のある改善チームをつくれない

・ビジョンをまとめ切れない

・�障害に屈してしまう(例:医師などの

協力が得られない)

・�「短期的成果」を祝わない(例:「これ

ぐらいできて当たり前」)

・�時期尚早な勝利宣言をしてしまう(例:全職

員への研修が終了した時点)

・�改善をしっかり文化に根付かせる行動がお

ろそか

 現場での取り組みを継続して把握し,必要

であればTSについて適切に学び直す機会をつ

くることが必要である(佐藤恭江氏:P.59)。

また,部署ごとのニーズを把握し,それに見

合った支援も効果的であり(遠藤栄理氏:

P.50),米国でもMUSSTT(マスト;Medical

Unit Simulation & Safety Team Training)な

どが提案されている。

8.新たな文化を築く 組織の文化とは,その組織において「普段

からどのように仕事をしているか」である。

すなわち,TSが組織文化の一部となるとい

うことは,例えば皆が当たり前のこととし

て,ブリーフィング,ハドル,デブリーフィ

ングなどを実施している様子であろう。

例: 新人や中途採用者のオリエンテーション

において,必ずTS研修が実施されている

例: 職員に配布される医療安全マニュアルに

TSが含まれている(菊地龍明氏:P.54)

例: 担当者が変わっても継続した活動が実践

される(中田尚子氏:P.66)

例: メディエーションなど他の活動において

もTSが活かされる(遊道桂子氏:P.77)

国立保健医療科学院訳・編:チームSTEPPSポケットガイド

図3●安全文化醸成への旅路

病院安全教育 Vol.3 No.134 病院安全教育 Vol.3 No.134

Page 8: 特集 チームSTEPPSの 適切な理解と実践のために …実践ポ ト チームSTEPPSの 導入と実践 特集 昨今,ますます国内の 注目 度が高まり,の

例: 組織としてのミッションにもチームワー

クの推進が明示されている

例: 安全文化調査を継続して活用し年間の目

標設定に活かす(遊道桂子氏:P.77)

仲間と楽しく学び,楽しく取り組む 危機感がなければ人や組織は変わらないと

言われるが,それだけで継続した取り組みは

困難であると感じている。もう一つの必須の

要素は,仲間と共に楽しく学び,患者・家族

の心情にも配慮しつつ,楽しく取り組むこと

である。筆者自身も研修実施前には「楽しく

学ぶ」ことを常に宣言し,参加者への積極的

参加をお願いする。そして,「楽しくないと

ころがあれば,後で教えてください」と伝え

ている。今回の特集の中にも,仲間と楽しく

取り組む様子とその重要性が数多く報告され

ている(長南美穂氏:P.80,遠藤栄理氏:

P.50,佐藤恭江氏:P.59,中田尚子氏:

P.66など)。資料にキャラクターを用いた漫

画を活用することも楽しく取り組める工夫の

一つである(藤原紳祐氏:P.72)。

 今年(2015年)の米国でのナショナルカ

ンファレンスにおいて,全体セッションの一

つのタイトルは,「Do it Well. Make it Fun―

The Key to Success in Healthcare (うまく取

り組み,そして楽しくやる―ヘルスケアにお

ける成功の鍵)」であったが,その後のBattles

氏との会話でTSにペンギンのキャラクター

を用いたことも,これだけ多くの方々がTS

に取り組むことになった一要因であろうと話

したことも印象的であった。

 アフリカには次の諺があるらしい。

 If you want to go fast, go alone. If you

want to go far, go together. (早く進みたけ

れば一人で行けばよい。しかし遠くまで行き

たいならば,一緒に行こう)

 患者安全を優先し,かつ働きやすい職場と

なる組織の安全文化を醸成することは長い旅

のようなものかもしれないが,TSに一緒に

取り組む仲間がいればきっと達成できるので

はないかと信じている。

(注:内容は私個人の意見であり,私の所属する組織を代表する意見ではありません。また公共の利益に資する目的で無報酬で協力しています。)

参考文献1)種田憲一郎:医療安全のためのチームワークシステ

ム,第2回 チームトレーニングで何が変わるのか:チームSTEPPSの成果と導入の要件,Medical forum CHUGAI,Vol.16,No.2,P.2~13,2012.

2)種田憲一郎:指導医のために,診療の安全と質を向上させるツール,日本内科学会雑誌,Vol.100,No.1,P.226 ~235,2011.

3)TeamSTEPPS Japan Alliance無料教材提供サイトhttp://www.mdbj.co.jp/tsja/index.html(2015年7月閲覧)

4)種田憲一郎:チームSTEPPS 日本における導入の現状と課題―「まずSBAR導入」の危険性,気づきを得る研修を,病院安全教育,Vol.1,No.1,P.2~9,2013.

・�TeamSTEPPS�2.0について:以前のバージョンからの重要な変更点の一つとして,リーダーシップよりも,まずはコミュニケーションの項目が先に紹介され,その重要性が強調されています。・�TSの日本語の教材は,在日米軍ですでに一部作成していたものを引き継ぎ,米国側の承諾を得て,ポケットガイドやビデオなど継続して翻訳し,非営利目的の使用を確認して,無償で提供しています。�http://www.mdbj.co.jp/medsafe/index.html

《新企画》現場に合ったベストな対策を事例学習!

詳しくはスマホ・PCから          で検索!日総研 14120

1.産科感染症の理解 2.感染対策の基本と妊婦への指導3.混合病棟での注意点 4.面会者への対応5.妊娠経過別(妊娠期~産褥期)感染予防の具体策6. 事例学習  7.まとめ、質疑応答

プログラム

産科領域特有の感染症の予防と具体的対策

岡山15年 8/22(土)福武ジョリービル

東京15年 11/15(日)日総研 研修室(廣瀬お茶の水ビル)

名古屋15年 10/10(土)日総研ビル

本誌購読者 16,000円   一般 19,000円

参加料税込

[時間]10:00~16:00

中村麻子氏 国際親善総合病院 感染防止対策室副室長 看護課長 助産師/感染症看護専門看護師

「混合病棟での対策は?」「面会者への対応は?」「分娩時に気をつけることは?」などの疑問解消!

病院安全教育 Vol.3 No.1 35病院安全教育 Vol.3 No.1 35