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原著論文 サービソロジー 論文誌 422020 1 Living Lab Pattern Cards and Workshop:リビングラボの実践ノウ ハウを共有するためのツールとワークショップの開発 赤坂 文弥 1* , 中谷 桃子 1 1 NTTサービスエボリューション研究所 * Corresponding Author: Tel: 046-859-5131, E-mail: [email protected] Abstract Living Labs (LL) has recently attracted attention as a co-creative service design method that involves users. To make LL successful, it is important for practitioners to use not only knowledge on design methods, but also knowledge on “facilitating long-term co-creation with users”. This knowledge can be regarded as a type of the procedural knowledge, which is generally called “know-how”. However, such LL know-how is not shared and utilized among practitioners, since it is often buried in their experiences. We propose a method that combines a card tool and workshop to elicit the LL know-how and share them among practitioners. We tested the developed cards and workshop to 32 LL practitioner, and conducted questionnaires and interviews for the evaluation. Our findings indicate that the proposed cards work as triggers to elicit various LL know-how, and the workshop supports to share practice-based concrete and contextual knowledge, which are useful for practitioners Keywords Living Lab, Service Design, Know-how, Design Cards, Design Practices 1 はじめに サービスデザイン(SD)とは,ユーザのニーズや 体験を考慮しながら,サービスを構成する要素やそれ を運営する組織(バックヤード)を検討する行為を指 す(Stickdorn 2012, Polaine 2014).近年,生活者やエ ンドユーザを長期的に巻き込みながらサービスをデザ インする方法論である「リビングラボ(LL)」(例 えば, Bergvall-Kåreborn 2009, Hossain 2018, Schurmann. 2015)が,SDのための新たな手法として注目を集め ている(Yasuoka 2018).LLは,ユーザとの長期にわ たる共創によりサービスを検討・開発する方法論であ り,ユーザと直接的もしくは間接的なコミュニケーシ ョンや共同作業をする機会が,一般的なSDよりも必 然的に多くなる(Følstad 2008).そのため,LLを効 果的に進めるためには,作り手側が自分たちだけでサ ービスを創出するための知識だけでなく,ユーザに対 してどのように振る舞うか,ユーザとの共同作業の場 や環境をどのように設えるのか,ユーザのモチベーシ ョンをいかに維持・向上していくのか,ユーザの事情 に合わせてどのようにデザインプロセスを進めていく か,といった「ユーザとの長期的な共創の進め方」に 関する知識を活用することが重要になる(Ogonowski 2013).こういったLLの進め方に関する知識は,実 践を通じて獲得される「手続き的知識( Anderson 2000, Guzman 2009)」のひとつである.この手続き的 知識とは,「ものごとがどのように行われるかの知識 Cohen 1994)」のことであり,一般に「ノウハウ」 と呼ばれる(Brauner 2005).そこで本研究では,LL の実践を通じて得られる「ユーザとの長期的な共創の 進め方に関する知識」を,「LL実践のためのノウハ ウ(以下,LLノウハウ)」と呼ぶ.より具体的に言 えば,LLノウハウは,ある特定の状況においてLL効果的に進めるためにはどうすればよいか(例えば, ワークショップに不慣れなユーザが多い環境でどのよ うな工夫をすればユーザの発言を引き出せるかなど) ということに関する,実践経験にもとづく具体的な知 識のことである. LLの実践を成功に導くためにLLノウハウは非常に 重要であるが,実践を通じて得られる知識は,一般的 に実践者が暗黙的に保有しているものであり Nonaka 2007, Wagner 1985),LLノウハウは実践者 の経験の中に埋もれてしまっていることが多い.その ため,近年様々な国・地域や分野で行われているLL プロジェクトの実践を支援するためには,LLノウハ ウを実践者から引き出し,さらに,それを実践者間で 共有することが必要になる.しかしながら,これまで LL研究では,実践者だからこそ知っているLLの具 体的な進め方やエンピリカルな知見は,研究の対象と されることが殆どなかった(Ogonowski 2013). そこで本研究では,LLノウハウを実践者から引き 出し,それを実践者間で共有するための手法を提る.々はこれまでの研究で,LLを成功に導くため 30パターンを言語化した「LL実践のためのパタ ーンランージ」を開発している(Akasaka 2018). 本研究では,このパターンランージを活用し,実践 者からLLノウハウを引き出すための「カード型ツ

Living Lab Pattern Cards and Workshop:リビングラボの実践 ...ja.serviceology.org/publish/JpnJoS_vol4_no2_1.pdfLiving Lab Pattern Cards and Workshop:リビングラボの実践ノウ

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  • 原著論文 サービソロジー 論文誌 4巻2号 2020

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    Living Lab Pattern Cards and Workshop:リビングラボの実践ノウ

    ハウを共有するためのツールとワークショップの開発

    赤坂 文弥1*, 中谷 桃子1

    1 NTTサービスエボリューション研究所 * Corresponding Author: Tel: 046-859-5131, E-mail: [email protected] Abstract Living Labs (LL) has recently attracted attention as a co-creative service design method that involves users. To make LL successful, it is important for practitioners to use not only knowledge on design methods, but also knowledge on “facilitating long-term co-creation with users”. This knowledge can be regarded as a type of the procedural knowledge, which is generally called “know-how”. However, such LL know-how is not shared and utilized among practitioners, since it is often buried in their experiences. We propose a method that combines a card tool and workshop to elicit the LL know-how and share them among practitioners. We tested the developed cards and workshop to 32 LL practitioner, and conducted questionnaires and interviews for the evaluation. Our findings indicate that the proposed cards work as triggers to elicit various LL know-how, and the workshop supports to share practice-based concrete and contextual knowledge, which are useful for practitioners Keywords Living Lab, Service Design, Know-how, Design Cards, Design Practices 1 はじめに サービスデザイン(SD)とは,ユーザのニーズや体験を考慮しながら,サービスを構成する要素やそれ

    を運営する組織(バックヤード)を検討する行為を指

    す(Stickdorn 2012, Polaine 2014).近年,生活者やエンドユーザを長期的に巻き込みながらサービスをデザ

    インする方法論である「リビングラボ(LL)」(例えば, Bergvall-Kåreborn 2009, Hossain 2018, Schurmann. 2015)が,SDのための新たな手法として注目を集めている(Yasuoka 2018).LLは,ユーザとの長期にわたる共創によりサービスを検討・開発する方法論であ

    り,ユーザと直接的もしくは間接的なコミュニケーシ

    ョンや共同作業をする機会が,一般的なSDよりも必然的に多くなる(Følstad 2008).そのため,LLを効果的に進めるためには,作り手側が自分たちだけでサ

    ービスを創出するための知識だけでなく,ユーザに対

    してどのように振る舞うか,ユーザとの共同作業の場

    や環境をどのように設えるのか,ユーザのモチベーシ

    ョンをいかに維持・向上していくのか,ユーザの事情

    に合わせてどのようにデザインプロセスを進めていく

    か,といった「ユーザとの長期的な共創の進め方」に

    関する知識を活用することが重要になる(Ogonowski 2013).こういったLLの進め方に関する知識は,実践を通じて獲得される「手続き的知識(Anderson 2000, Guzman 2009)」のひとつである.この手続き的知識とは,「ものごとがどのように行われるかの知識

    (Cohen 1994)」のことであり,一般に「ノウハウ」と呼ばれる(Brauner 2005).そこで本研究では,LL

    の実践を通じて得られる「ユーザとの長期的な共創の

    進め方に関する知識」を,「LL実践のためのノウハウ(以下,LLノウハウ)」と呼ぶ.より具体的に言えば,LLノウハウは,ある特定の状況においてLLを効果的に進めるためにはどうすればよいか(例えば,

    ワークショップに不慣れなユーザが多い環境でどのよ

    うな工夫をすればユーザの発言を引き出せるかなど)

    ということに関する,実践経験にもとづく具体的な知

    識のことである. LLの実践を成功に導くためにLLノウハウは非常に重要であるが,実践を通じて得られる知識は,一般的

    に実践者が暗黙的に保有しているものであり

    (Nonaka 2007, Wagner 1985),LLノウハウは実践者の経験の中に埋もれてしまっていることが多い.その

    ため,近年様々な国・地域や分野で行われているLLプロジェクトの実践を支援するためには,LLノウハウを実践者から引き出し,さらに,それを実践者間で

    共有することが必要になる.しかしながら,これまで

    のLL研究では,実践者だからこそ知っているLLの具体的な進め方やエンピリカルな知見は,研究の対象と

    されることが殆どなかった(Ogonowski 2013). そこで本研究では,LLノウハウを実践者から引き出し,それを実践者間で共有するための手法を提案す

    る.我々はこれまでの研究で,LLを成功に導くための30のパターンを言語化した「LL実践のためのパターンランゲージ」を開発している(Akasaka 2018).本研究では,このパターンランゲージを活用し,実践

    者からLLノウハウを引き出すための「カード型ツー

  • 2

    ル」を開発する.加えて,このカード型ツールを用い

    て,複数の実践者間でLLノウハウを相互に共有するためのワークショップを開発する.そして本研究で

    は,これらのカード型ツールとワークショップを,計

    32名のLL実践者の協力のもとで実施し,その有用性を評価する.

    2 関連研究 本章では,本研究の関連研究を述べる.まず,LLのSD手法としての方法論的特徴について説明する.その後,本研究の提案手法の関連研究として,LL実践のためのパターンランゲージ,パターンランゲージ

    を用いた対話手法の2つの先行研究について述べる. 2.1 リビングラボの方法論的特徴

    LLは,様々な地域や分野において,その実践や研究が行われてきた.現在,LLには様々な定義が存在しており,その統一的な定義は存在していない

    (Hossain 2018, Schuurman 2015, ENOLL 2016).ただし,Dell’Eraらが指摘しているように,LLに関する多くの定義では,以下に述べる2つの重要な特徴が共通して述べられている(Dell’Era 2004). 一つ目は,「ユーザを共創のパートナーとして巻き

    込むこと」である.LLでは,ユーザがサービス検討の初期段階から継続的に関わり,サービスの作り手

    (企業やデザイナなど)共に課題設定やアイデア創出

    を行う.そこでのユーザの役割は,「サービスを共に

    創るパートナー」となる.一般的なSD(Stickdorn 2012, Polaine 2013)にも,「ユーザ中心」という原則があり,ユーザの声やフィードバックを重視する

    (Stickdorn 2012)が,SDにおけるユーザの役割は「調査の対象者,被験者」であることが多い.そのた

    め,ユーザをパートナーと捉える点は,LLのSD方法論としての特徴的な点である. 二つ目は,「ユーザの実生活環境の中でデザインを

    すること」である. 一般的なSDでは,サービス提供者が,クローズドな環境でサービスをつくりこんでか

    ら社会に導入することが多い.これに対してLLでは,サービスがまだつくりこまれていない段階から,

    ユーザの生活環境や社会の中で試しながら,トライア

    ンドエラーと機能修正を繰り返し,その全体像をつく

    ることを重視する(Yasuoka 2018).

    これらの2つの特徴からわかるように,LLの実践においては,ユーザとの直接的および間接的なコミュニ

    ケーションや共同作業の機会が,一般的なSDよりも必然的に多くなる(Følstad 2008).そのため,LLの実践を成功に導くためには,SD手法(ワークショップや調査のやり方)に関する知識だけではなく,ユー

    ザに対してどう振る舞うか,ユーザとの共同作業の場

    や環境をどのように設えるのか,ユーザのモチベーシ

    ョンをいかに維持・向上していくのか,ユーザの事情

    に合わせてどのようにデザインプロセスを進めていく

    か,といった「ユーザとの長期的な共創の進め方」に

    関する知識が非常に重要となる(Ogonowski 2013). 2.2 リビングラボ実践のためのパターンランゲージ パターンランゲージとは,何らかの特定の領域にお

    いて,よいデザインや実践に潜む共通のパターンを言

    語として記述したものである(Alexander 1979 , Pauwels 2010).パターンランゲージのコンセプトは,もともと,建築・都市デザインの分野において,

    Christopher Alexanderによって提唱された(Alexander 1979).Alexanderによるパターンランゲージには,建築や都市づくりにおけるいいデザイン事例が持つ共

    通のパターンが多数収録されている.それぞれのパタ

    ーンは,パターンIDと名前,パターンの内容を表す写真やイラスト,パターンの詳細(説明),といった要

    素で記述される(Alexander 1979).パターンの詳細は,「いかなる状況において,どのような手段をとれ

    ばよいか」という,文脈と解決策のセットとして記述

    される.建築・都市デザインの分野で提唱されたパタ

    ーンランゲージ(Alexander 1979)は,その後,ソフトウェア開発(Gamma 1995),インタラクションデザイン(Borchers 2001, Pauwels 2010),福祉( Iba 2012)など,様々な領域に展開・活用されている. 我々はこれまでに, LLの実践を成功に導くための

    パターンランゲージ(以下,LLパターン)を開発している(Akasaka 2018).LLパターンは,LLの実践を成功に導くための秘訣を,計30種類のパターンとして記述したものである.表1に全体像を示す.表1に示すように,LLパターンは,ユーザとの共創,プロセスマネジメント,チームビルディングなど,LLの実践にまつわる幅広いトピックをカバーしている.LLパターンの各パターンは,(Alexander 1979)にもとづき,(1)パターン名,(2)イラスト,(3)パターンサマ

    No パターン名 No パターン名 No パターン名

    カテゴリ1:ユーザとの共創 カテゴリ2:プロセスマネジメント カテゴリ3:チームビルディング

    1 問いから始める 11 議論のための可視化 22 多様なスペシャル

    2 想定にこだわりすぎない 12 参加のハードルを下げる 23 コアを絞る

    3 個人的ものがたりの共有 13 自分たちの場所 24 変人・ボス猿をつかまえる

    4 自分たちの再発見 14 場を明るくする存在 25 コミュニティとの連携

    5 カタチにする、刺激する、反応をみる 15 WSで満足するな 26 想いのある人と始める

    6 現場に新しい視点を投げかける 16 小さな達成の積み重ね 27 CSV: Creating Shared "Vision"

    7 変えられるもの探し 17 参加者へのフィードバック 28 走りぬくためのゴール

    8 多数決に頼らない 18 たまに振り返る 29 参加者に響く言葉・メリット

    9 テストと失敗の活用 19 参加者の関わり方をあえて分ける 30 現場からの信頼

    10 小さく濃く始める 20 役割の変化を柔軟に許容する

    21 弱さの情報公開

    表1 LLパターンの全体像(3つのカテゴリと30のパターン)

  • 3

    リ,(4)パターン詳細(どんな状況で,何をすれば,どんな結果が得られるか,の説明文),(5)関連するエピソード,の5要素で記述される.

    LLパターンの開発にあたっては,国内外の先駆的なLL実践者(計51名)の協力のもと,計526の成功体験や失敗体験に関する情報を収集した.そして,それ

    らを分析することで,計30種類のパターンを抽出した(Akasaka 2018).LLパターンは,このようなボトムアップ的なプロセスを経て開発されたため,LL実践に関する様々な要素が幅広く収録されている. 2.3 パターンランゲージを用いた対話手法 パターンランゲージには様々な使い方がある

    (Dearden 2002, Martin 2001).パターンランゲージを提唱したAlexanderは,非専門家(市民)による建築・都市デザインを支援するためにパターンランゲー

    ジを用いた(Dearden 2002).この使い方では,パターンランゲージは,建築・都市デザインに関する専門

    知識を市民に伝えるためのツール,および,建築・都

    市づくりにおける市民間の議論を支援するためのツー

    ルとして用いられる(Dearden 2002, Pauwels 2010).一方,ソフトウェア開発のためのパターンランゲージ

    (例えば,Gamma 1995)は,主に専門家のために開発されたツールである(Pauwels 2010).そこでは,専門家の具体的なデザイン作業において過去の成功例

    を再利用するためのカタログとして,パターンランゲ

    ージが用いられることが多い(Martin 2001). これに対してIbaらは,パターンランゲージの新たな使い方として,人々が個人的な経験に関する対話を

    行うための媒体として用いる方法を提案している

    (Iba 2015).Ibaらが提案している手法(ワークショップ)では,参加者がパターンランゲージの内容を事

    前に読んだ上で,パターンの内容に紐づく過去の経験

    やエピソードを参加者間で対話するワークショップを

    行う.例えば,ラーニング・パターンという「学びの

    方法」に関するパターンランゲージを使ったワークシ

    ョップでは,参加者(大学生)は,ラーニング・パタ

    ーンの内容に紐づく個人的な経験やエピソード(こう

    やって学習したらうまくいったなど)を語り合い,効

    果的な学び方に関する情報の交換や共有を行う(Iba 2015).Ibaらの手法において,パターンランゲージは2つの役割を持つ.一つ目は,実践者の経験やそこから得られた知見を想起させるための「トリガー」と

    しての役割である.パターンランゲージは,よいデザ

    インや実践に潜む様々なパターンを言語として表現し

    ているため,実践者が多様な観点から自身の経験を振

    り返るための刺激となる.また二つ目は,実践者間の

    対話を活性化するための「メディア(媒介物)」とし

    ての役割である.パターンランゲージとして記述され

    た言葉は,異なるバックグラウンドや経験を持つ実践

    者間で対話を行う際の共通言語となり,対話を活性化

    することができる. 本研究では,このIbaらの手法を参考にして,実践者からLLノウハウを引き出し,共有する手法を開発する.すなわち本研究では,我々がこれまでに開発し

    ているLLパターンを,実践者からLLノウハウを引き

    出すためのトリガーとして,また,実践者間でLLノウハウを共有するためのメディアとして活用する.

    3 リビングラボ実践ノウハウの共有支援手法 本研究の目的は,LLノウハウを実践者から引き出し,それを共有するための手法を開発することであ

    る.本研究ではそのために,(1)実践者が過去の経験や事例を振り返り,自身が暗黙的に持っているLLノウハウを引き出すこと,(2)引き出したLLノウハウを他の実践者と共有すること,の2点を支援するための手法やツールを開発する.本研究では,(1)を支援するために,LLパターンを「カード」にしたツールであるLiving Lab Pattern Cards(LLPC)を開発する.また,(2)を支援するために,LLPCを用いてLLノウハウを共有するためのワークショッププログラムである

    LLPC Workshop(LLPC-WS)を開発する. なお,本研究における「実践者」とは,「LLの実践・運営を主体的に進めた経験を持つ主体」のことを指す.その

    ため,企業や自治体,大学,NPO等の組織だけではなく,LLを自ら主導したことのある,もしくは,積極的に関与したことのあるエンドユーザ(市民,当事

    者)も,実践者の範囲に含まれる点に注意されたい.

    3.1 Living Lab Pattern Cards LLPCは,LL実践者が暗黙的に持っているLLノウハウを引き出すためためのツールである.LLノウハウは実践を通じて獲得される知識である.そのため,そ

    れを実践者から引き出すためには,実践者が自身の過

    去の経験や事例を振り返る過程が必要になる. 心理療法やデザインなどの分野では,人の記憶や思

    考を刺激するために,カード型のツールが用いられる

    ことがある.例えば,心理療法分野における回想法

    (Butler. 1963)では,写真やイラストが記載されたカードを,人々の過去の記憶や思い出を呼び戻すために

    用いる.回想法におけるこれらのカードは,Tangible promptsなどと呼ばれる(Woods 2005).また,デザイン研究においては,「デザインカード」と呼ばれる

    カード型のツールが,デザイナのインスピレーション

    や思考を刺激するために有用であることが示されてい

    る(Hornecker 2010, Lucero 2010).以上のことから,本研究においても,実践者からLLノウハウを引き出すために,カード型のツールを採用することとした.

    LLPCは,LLパターンに収録された30のパターンのひとつひとつを記述したカードである.すなわち,1セットのLLPCは,計30枚のカードによって構成される.表1に示したように,この30枚のカードは,LLの実践にまつわる幅広いトピックをカバーしている.図

    1にLLPCの一例を示す.LLPCの主な役割のひとつは,LL実践者が過去の経験や事例を思い出すための刺激を与えることである.そのためには,LL実践者にとっての刺激となるような印象的な情報を与えるこ

    と,およびそういった情報を短時間の中でできるだけ

    多く提示可能であることが求められる.そこで,

    LLPCのオモテ面には,(1)パターン名,(2)イラスト,(3)パターンサマリといった,印象的かつ短時間で理

  • 4

    解可能な情報のみを掲載することとした(図1(a)).LLPCの利用において実践者は,このオモテ面の内容のみに目を通すことで,多くの印象的な情報を短時間

    でインプットすることができる.一方,ウラ面には,

    (4)パターン詳細を記載する.パターン詳細は,Contexts(文脈),Actions(行動),Results(結果)の3つのサブ要素によって記述される(図1(b)).Contextにはパターンが活用される「状況」が,Actionsには,その状況においてとるべき「行動」が記述される.また,Resultsには,行動が実施されたときに,どのような「結果」が起こりうるかということ

    が記述される.このウラ面の情報は,オモテ面の情報

    を補完する役割を持つ.すなわち,LLPCのオモテ面を読むだけではそのパターンの内容を理解できなかっ

    た場合に,ウラ面の情報にも目を通す.なお,2.2に述べたLLパターンには,上記の(1)~(4)以外にも,(5)関連するエピソードという項目も記述されるが,これ

    は非常に具体的な情報であり,LL実践者が自身の経験を振り返る際の思考や視野を狭めてしまうリスクが

    あるため,LLPCには掲載しないこととした. 3.2 カードを使った対話ワークショップ 本セクションでは,LLPCを用いて実践者のLLノウハウを引き出し,それを複数の実践者間で共有するた

    めのワークショップついて述べる.本ワークショップ

    の基本的なアイデアは,前述したIbaらの手法を参考にしたものである.ただし,本研究では,LLノウハウを共有するという目的に合わせて,ワークショップ

    プログラムを新たに設計し,また,そこで用いるワー

    クシートも新たに開発した. ワークショップの概要 本研究で提案するワークショップ(LLPC-WS)の

    参加者は,LLの実践者である.実践のレベル(例えば,LLをプロジェクトリーダとして主導している,協力員として関わっている,など)は問わないが,

    LLの実践経験があることが必須要件となる.また,本章の冒頭で述べたように,ここでの「実践者」は,

    必ずしも企業や自治体,大学,NPO等の組織だけではなく,エンドユーザ(市民,当事者)も含まれる.

    図2(a)に示すように,LLPC-WSは全部で5つのステップから構成される.以下では,各ステップで実施す

    ること,そこで使うワークシートの詳細について説明

    する. Step 1: ワークショップの準備

    LLPC-WSを実施する際の環境設定として,参加者は,4人程度のグループに分かれ,グループごとにひとつの机を囲んで座る.そして,この各グループに,

    LLPCが1セット(30枚)ずつ配布される. LLPC-WSを開始するにあたって,グループに分かれた参加者は,まず,机の上に30枚のLLPCを並べる.このとき,オモテ面(図1(a))を上にして置くようにする.30枚のカードの配置はランダムで構わないが,グループ内の全員が30枚のカードを俯瞰的に眺められるように置く.その後,グループ内の参加者で自

    己紹介を行い,各自が実践しているLLプロジェクトやそこでの役割などを共有する. Step 2: LLPCの理解

    Step 2で各参加者は,机の上に並べたカードの全体を俯瞰し,各カードの内容を大まかに理解する.参加

    者は,必要に応じて,机の上に置かれたカードを反転

    させて,ウラ面に記述された詳細情報を参照する.こ

    の時,LLPC-WSのファシリテータは,各参加者に対して,カードに書かれた情報から想起される経験や事

    例を頭の中に思い浮かべながらカードに目を通すよう

    に指示をする. Step 3: LLノウハウシートの作成

    Step 3では,参加者はまず,Step 2で内容を確認したLLPCの中から,1~数枚のカードをピックアップする.LLPC-WSでは,本ステップでカードをピックアップする視点として,「あるある」と「なるほど」の

    2つがある.「あるある」の視点では,参加者は,「こういう状況よくあるな」「こういう工夫はよくや

    っているな」などと思ったカード,すなわち,自身が

    何度か経験した状況や実施した行動が記述されたカー

    ドをピックアップする.一方,「なるほど」の視点で

    は,参加者は,「今まで意識してなかったけど確かに

    重要だな」などと思ったカード,すなわち,よく経験

    図1 LLPCの例:(a)オモテ面,(b)ウラ面,(c)他の色のカード

  • 5

    するわけではないが重要だと感じることが記述された

    カードをピックアップする.参加者は,この「あるあ

    る」と「なるほど」のいずれかの観点で1枚以上のカードをピックアップする.これら2つの観点を提示するのは,参加者が自身の経験や事例を思い出すための

    入り口を複数にすることで,経験の中に埋もれたLLノウハウにアクセスすることや振り返ることを実行し

    やすくするためである. 参加者は,次に,ピックアップしたカードの内容か

    ら想起した過去の経験やそこから得られた知見を

    「LLノウハウシート」に記述する.LLノウハウは,LLの進め方に関する一般的で汎用的な知識ではなく,実践の経験を通じて得られた具体的で実用的な知

    識である.そのため,LLノウハウの表現形式は,「(実践者が経験した)具体的な状況や文脈におい

    て,どのような行動をしたか」といったような,特定

    の「状況」と実際の「行動」に関する情報の双方を含

    むことが望ましい.LLノウハウシートとは,このような特定の状況と行動に関する情報を含む形式で,

    LLノウハウを記述するためのワークシートである.LLノウハウシートには,カードをピックアップするための2つの観点に合わせて,「あるあるシート(図2(b))」と「なるほどシート(図2(c))」の2つがある.いずれのシートも,実践者が自身の経験を振り返

    りながら,そこから得られたノウハウを文章として記

    述するために用いるものであり,「ピックアップした

    カード」,「経験した状況」,「行動」,「コメン

    ト・フィードバック」という4つの項目で構成される.参加者は,本ステップにおいて,自身の経験や事

    例を振り返りながらこれらの項目を記入する.ただ

    し,一番下の欄(コメント・フィードバック)はStep 4で使用するため,Step 3の時点では空欄にしておく.参加者は,自分がピックアップしたカードの数と同じ

    枚数のシートを作成する. 本ステップは,各参加者が個別にワークシートを作

    成する個人ワークである.このように,過去の経験や

    事例を個人で振り返る時間を明示的に設けることで,

    LL実践者が,自身が持つLLノウハウを外在化・言語化することを促す. Step 4: ノウハウに関する対話

    Step 4では,各参加者がLLノウハウシートに記述した内容をもとに,グループ内での対話を行う.本ステ

    ップでは,グループ内のひとりが話し手となり,他の

    メンバが聞き手(質問役)となる形式での対話セッシ

    ョンを,話し手を順番に変えていきながら人数分繰り

    返す.ひとつの対話セッションでは,まず,話し手に

    なった参加者が,LLノウハウシートに書いた内容について話し,共有する.聞き手である他の参加者は,

    話を聞きながら,話し手に対する質問やコメントを付

    箋紙に書く.この際,聞き手は,話し手の経験やエピ

    ソードに関して,さらに具体的な情報を引き出すため

    の質問やコメントを付箋紙に書く(例えば,「具体的

    にどうやったのですか?」,「なぜそうやろうと思っ

    たのですか?」,「私は〇〇のようにやりました」,

    「こういうやり方もあるのではないでしょうか?」な

    ど).そして,話し手が話し終わった後に,付箋紙に

    書いた質問やコメントを,口頭でフィードバックしな

    がら話し手に渡す.聞き手側のフィードバックが終わ

    ったら,グループ内の全参加者で,さらに聞きたい質

    問を自由にし合いながら,対話を行う.このような対

    話を通じて,各参加者が持っている経験やノウハウに

    関する情報を共有する. Step 5: チェックアウト

    Step 5では,Step 4の対話を通じて気づいたこと・発見したこと,また,それを今後の実践にどう活かす

    か,ということを,各参加者が「振り返りシート」に

    記述する(図2(d)).本ステップは,Step 4で共有された様々なLLノウハウに対して,各参加者が今後の実践においてどういったノウハウが参考になりそう

    か,活用できそうかということを改めて考え直す過程

    である.LLPC-WSで共有されるLLノウハウは,LLの「実践」のための知識である.そのため,その内容を

    頭で理解するだけでは不十分であり,実際の行動に活

    用されてこそ価値が生まれる.そこで,LLPC-WSの最後の工程であるStep 5では,対話を通じて得たノウハウを,各参加者が自身のプロジェクトに活用するこ

    とを促すために,次の行動(ワークショップで得た

    LLノウハウをもとに,どういう行動を起こすか?)について考える時間を設けることとした. 各参加者は振り返りシートを記入した後に,その内容をグルー

    プ内で口頭共有する.

    図2 LLPC-WSとその構成要素:(a)全体プログラム,(b)LLノウハウシート-あるある, (c)LLノウハウシート-なるほど,(d)チェックアウトシート

  • 6

    4 提案手法の評価 本研究では,LLPCおよびLLPC-WSの有用性を評価するために,LL実践者の協力のもと,LLPC-WSを実施する.そして,LLPC-WSを通じて取得したデータを分析することで,提案手法の有用性を評価する.本

    研究では特に,以下3点を明らかにする. (1) LLPCを使うことで,実践者が持つLLノウハウを引き出すことができるか? LLPCはその過程においてどのような支援をするのか?

    (2) LLPC-WSを通じて,実践者間でLLノウハウを共有することができるか?どういった過程を経て共有

    されるのか? (3) LLPC-WSを通じて,LLノウハウを共有することは実践者にとって有用か?もしそうであれば,どう

    いった点で有用なのか? 4.1 ワークショップの概要

    LLPC-WSの参加者は,LLの実践者でなければならない.そこで本研究では,著者らが持つLL分野の専門家ネットワークを使って参加者を集めた.参加者の

    中には,自身の活動やプロジェクトを「LL」と呼んでいない者もいたが,2.1に述べたLLの2つの特徴(ユーザを共創のパートナーとして巻き込む,ユーザの実

    生活環境でデザインする)を重視したプロジェクトを

    実践している者は「LL実践者」と見做した.参加者を集める際の基本方針として,参加者の思考特性や人

    間関係に偏りが出ないように,できるだけ多様な分野

    および所属から参加者を集めることとした.同様の理

    由から,同一組織からの参加者は3名までに限定し

    た.なお,著者らが招待したLL実践者から新たな参加候補者の推薦があった場合は,上で述べた基準

    (LL実践者であること,参加者全体の多様性を担保できること,同一組織からの参加は3名以下であること)を満たしている場合に限り,招待を送った. 結果的に,本研究で実施したLLPC-WSには,計32

    名のLL実践者が参加した.参加者の所属は,大学,大企業,中小企業,行政,NPOなど,非常に多様であった.また,各参加者が専門とする分野も,通信,シ

    ステム開発,デザイン,認知症ケア,福祉,まちづく

    り,家具開発など,非常に多様であった.本WSでは,参加者の専門性や関係性を考慮して,32名の参加者を8つのグループ(A~Hの4人1組)に分けた.

    LLPC-WSは図2(a)に示した流れに沿って実施し,そのファシリテーションは著者らが実施した.実施中の

    様子を,図3(a)に示す.なお,LLPCやワークシート類などのワークショップの中で使用する資料や素材は,

    著者らがLLPC-WSの会場に持っていき,参加者への事前送付はしなかった. 4.2 データの収集 本研究では,LLPCおよびLLPC-WSの有用性を評価するために,ワークショップ実施中および実施後に,

    図4(a)に示すデータを収集した.WS実施中には,各参加者の発言や成果物(ワークシートや付箋紙への記

    述内容)を記録した.これらのデータは,WS終了後に書き起こしを行い,LLPCが実際にどのように使われたか,ワークショップを通じてどのようなLLノウハウが共有されたか,ということを分析するために用

    図3 LLPC-WSの実施結果:(a)グループでの対話の様子,(b)作成されたワークシート, (c)LLノウハウシートの記述例(読み易さのために書き起こししたもの)

    図4 (a)本研究で収集したデータ一覧と(b)アンケートにおける質問項目

  • 7

    いた.一方,WS実施後には,提案手法の有用性評価のためのアンケートとインタビューを行った.本アン

    ケートおよびインタビューは,参加者全員にとっての

    母国語である日本語で実施した.アンケートは,WS終了直後に実施し,対象者は参加者全員とした.アン

    ケートでは,本章のはじめに述べた3つの項目を評価するために,図4(b)に示す質問項目を用意した.一方,インタビューは,参加者からの詳細なフィードバ

    ックを獲得するために,対象者を選定して実施した.

    本研究では,LLPC-WSにおける8グループ(A~H)から対象者を各1名ずつ選定し,計8名に対してインタビューを実施した.この際,インタビューの対象者

    は,専門分野や職種に偏りがでないように選定した.

    本インタビューは,ひとり当たり1時間程度の半構造化インタビュー(Wood 1997)として行い,LLPC-WS当日の様子や感じたこと,LLPCはどのように機能したか,LLPC-WSでLLノウハウを共有することは有用だったかについて質問し,回答を得た.本インタビュ

    ーは,LLPC-WS実施後に別日で実施したため, 最初の10分程度の時間をかけて,当日の実施内容やグループでの議論の様子を簡単に振り返った上で実施した. 5 結果 本章では,LLPC-WSを実施した結果と,収集したデータの分析結果について,4章のはじめに述べた3つの評価項目に沿って述べる. 5.1 実践者が持つLLノウハウの抽出 LLノウハウの抽出結果 本研究で実施したLLPC-WSでは,参加者はまず,

    LLPCの内容に目を通し(Step 2),カードを一枚もしくは数枚ピックアップしてLLノウハウシートを作成した(Step 3).Step 3では,10分程度という短い時間にも関わらず,多くのシートが作成された.今回の

    LLPC-WSでは,全グループで計68枚のシート(参加者ひとり当たり平均2.1枚)が作成された(図3(b)).3.2に述べたように,LLノウハウには,具体的な「状況」と「行動」に関する記述が含まれていることが求

    められる.今回のLLPC-WSで作成された68枚のシートのうち,59枚のシートには,これら2つの情報が含まれていた.一方,残りの9枚のシートには「状況」に関する記述はあったものの,具体的な「行動」に関

    する記述が不足していた.これらのシートには,記入

    した参加者自身がまだ答え(解決策となる行動)を見

    つけられていないような状況や事象に関する内容が記

    述されており(〇〇に困っているのですが,皆さんは

    どうしていますか?など),本研究ではLLノウハウとは言えないと判断した.以上の結果から,本研究で

    実施したLLPC-WSでは,提案するツール(LLPCとLLノウハウシート)を用いることで,計59種類のLLノウハウを引き出すことができたと言える. 図3(c)に,LLPC-WSにおいて参加者が作成したLLノウハウシート(具体的な状況と行動に関する記述が

    含まれているもの)の一例を示す.図3(c)からわかるように,LLノウハウシートへの記述は非常に端的で簡潔になる傾向にあり,ノウハウに関する詳細な情報

    は記述されなかった.これは,限られた時間(10分)の中で手書きでシートを作成しなければならなかった

    ことが大きく影響していると考えられる.このよう

    に,LLノウハウシートに記述された情報自体は省略されたものであったものの,その後の対話(Step 4)過程を経ることで,情報の具体化や補完が行われてい

    く様子が観察された.すなわち,対話の過程を経るこ

    とで,シート自体には書かれていないような詳細な情

    報も,他の参加者に対して口頭で共有された. 以上に述べた結果から,LLPC-WSでは,実践者が持つLLノウハウがワークショップ全体の過程を通じて引き出されることがわかった.すなわち,実践者か

    らLLノウハウを引き出すためには,選んだカードにもとづくLLノウハウシートの記述(Step 3)だけでなく,それを,実践者間での対話(Step 4)と組み合わせることが,極めて重要になる.このような,ツール

    (カードやシート)と対話の組み合わせにより,実践

    者が持つLLノウハウを,その詳細情報まで含めた形で引き出すことが可能であることがわかった. ノウハウ抽出のためのトリガーとしてのカード 図5(b)に,本研究で収集したアンケートの結果を示す.図5(b)に示すように,「Q1: カードを使うことで過去の経験やそこから得られた知見を思い出しやすく

    なると思いますか?」という質問に対して,平均6.0(n=32,最大値は7.0)という非常に高い評価を得ることができた.この結果は,LLPCのカードが,実践者の経験やそこから得られた知見を振り返るための手

    助けをすることを示している.またこれに加えて,イ

    (a)

    6.0 6.0 6.6 6.2

    Q2

    97%

    3%

    (b) (c)7: 強くそう思う4: どちらとも言えない1: 強くそう思わない

    : Yes : N/A: 「あるある」シートで使われたカード

    : 「なるほど」シートで使われたカード

    (LLPCのパターンID)

    図5 データの分析:(a) WSで使用されたカードの内訳,(b)アンケートの結果(Q1, 4, 5, 7), (c)アンケートの結果(Q2)

  • 8

    ンタビューやアンケートの自由記述欄(Q3)では,「カードが刺激になって,そういえばこうだったな,と具体的に思い出していくというプロセスでした.(参加者P-10,インタビュー)」,「(自分の経験やそこから得られた知見を思い出すのは)いきなりやってくださいと言われるよりも全然やりやすかったと思います.カードがトリガーとなる感じがしました.(参加者P-18,インタビュー)」,「LLにおける空間の役割をあまり意識していなかったが,重要性を認識できた.(カードの)キーワードを設定して考えたからだと思う.(参加者P-9,アンケート自由記述)」といったような発言・コメントが得られた.これらの

    発言およびコメントは,LLPCが,LL実践者が自身の記憶にアクセスするためのトリガーとして作用し,そ

    れによって,様々なLLノウハウを引き出すことができたことを示している. また,LLPC-WSにおいて,参加者がLLノウハウシートを記述する際に起点となったカードの内訳を図

    5(a)に示す.図5(a)からわかるように,本研究で実施したLLPC-WSでは,非常に多様なカード(30種類中26種類)を起点にシートが作成された.このことは, LLの実践にまつわる多様なノウハウが幅広く引き出せれたことを意味している.以上のことから, LLPCがトリガーとなり,LL実践者から多様な内容のノウハウを引き出すことができることがわかった. 5.2 実践者間でのLLノウハウの共有 対話を通じたLLノウハウの共有

    5.1に述べたように,LLPC-WSにおいて対話を行うことは,LLノウハウの詳細情報を補完・具体化するために重要であった.一方,この対話にはもう一つ重

    要な役割がある.それは,LLノウハウを実践者間で「共有」することである.本研究で実施したLLPC-WSのStep 4では,シートに記述されたLLノウハウが,対話を通じてグループ内の他の実践者に共有され

    た.対話の内容を分析すると,全体として計50種類のLLノウハウが共有された.すなわち,各グループの中で,平均6.3種類のノウハウが共有された.対話を通じて共有されたノウハウの数が,Step 3で記述され

    たLLノウハウシートの数(59枚)よりも少なくなっているのは,Step 4の時間(45分)の制約により,作成した全てのシートに対する対話ができなかったグル

    ープがあったためである.なお,Step 4の対話では,Step 3で情報の不足があると判断された9枚のシートも用いられた.ただし,これらのシートに関しては,

    「行動」に関する知見を記入者自身が持っていないこ

    ともあり,LLノウハウを共有する対話が効果的に行われなかったため,上記の結果に含めていない. 本研究では,対話を通じたLLノウハウ共有過程をより詳細に明らかにするために,Step 4で実際に行われた対話の内容を分析した.その結果,LLノウハウを共有するための対話は,具体化型(ノウハウの内容

    を共に具体化する対話),展開型(新たな情報を付け

    加えてノウハウの内容を展開する対話),探索型(共

    有されたノウハウの特に重要な部分を共に見つけてい

    く対話),の3パターンに大きく分類できることがわかった.各パターンの対話例を図6に示す.具体化型(図6(a))では,主に聞き手からの質問(具体的にどうやるのですか?,これって〇〇ということですか?

    など)を通じて,LLノウハウの内容がより詳しく具体的された.一方,展開型(図6(b))では,話し手が共有したLLノウハウの内容に対して,聞き手側が共感を示した上で類似のエピソードや知見(LLノウハウ)を付け加えていき,その内容が発展していった.

    展開型の対話では,話し手が共有したLLノウハウに対して新たな意味や解釈が生まれるとともに,LLノウハウシートには書かれていないエピソードや事例

    が,聞き手側から口頭で共有された.探索型(図

    6(c))は,共有されたLLノウハウに対して,聞き手側がその中でも特に重要だと思う部分を指摘したり

    (「〇〇をしたところが特に素晴らしいですね」な

    ど),質問したり(「話してくれたのキーポイントっ

    て〇〇ですよね?」など)することで,ノウハウのコ

    アとなる部分を,全員で探索していく対話であった. これら3パターンの対話はいずれも,シートに記述されたLLノウハウを実践者間で共に「具体化すること」と「共有すること」を同時に行う過程であった.

    ノウハウの具体化と共有を同時に行うことに関して,

    (a) 具体化型 (b) 展開型 (c) 探索型(選択されたカード) 28:走りぬくためのゴール (選択されたカード) 5:カタチにする、刺激する、反応をみる (選択されたカード) 10: 小さく濃く始める

    P-21:走りぬくためのゴールで。プロジェクトをやりだすとワークシップをやることに頭がいっぱいになって、もともと何のためにやっていたのか段々忘れられていって。[…] 議論始まるとぐちゃぐちゃになっていって。[そんなときに、]途中で立ち止まって、目的とゴールを確認しながらやったら、議論が収まっていった。

    P-12: どういう議論だったんですか?

    P-21:ワークショップで、[…] どの意見やアイデアがいいとか悪いとかっていう感じ。[…] 目先の話に行きがちになるので、そもそも何のためにこういうことをやっていて、ゴールを目指すかっていうのは途中で確認した方がいい。そうじゃないと収集つかない。

    P-12:[目先の話っていうのは、]何か作りたくなっちゃうってこと?

    P-21:男性:そうそう。[…] 最初に目標をきちんと決めて、目標はこうなんですって。忘れがちだから、もう1回言うとか。P-12: 何回も言うってことですね。P-21: そうそう!

    P-9:共創のイベントを会社でやった。[…] 一般からも公募してメンバーを集めたんですけど、[…] 一人ずつは必ずプログラマーを入れてっていうのをやった。そしたら、あちこちから動くものが出てきて、とにかく技術者を入れてでも、動く、触れるものをつくるっていうのが、デザインなんだなって思って。

    P-7: I私もこれはすごく共感で。そういえば、まさに今テクノロジーの部隊と一緒にやっているんですけど。[…] 私の会社って今まで適当なものを出していなかったんですよ。ちょっと動きが怪しいですみたいなものは。だけど、今回のリビングラボでは、住民の方にもプロトタイプの不完全さを理解してもらっていて。[…]

    P-9: 「弱さの情報公開」ってカードもありましたね。

    P-7: そうですね、まさに! これって、日本の企業ってすごく弱いと思っていて、でもそこができ始めているってなると、まさにリビングラボかなって思います。

    P-25:僕は、「小さく濃く始める」。[…] [プロジェクトを始めるときも、]大きなっていうのではなくて、逆に小さくって言ってみるっていうのも大事だなって。WSとかでも、壮大なテーマを言うだけなんじゃなくて、「隣の人が・・・」とか、「あなたのお母さんお父さんが・・・」とか、そういうテーマ設定を言うとかも大事。だから、面白い言い方だなと。

    P-3: ここでの「濃く」ってどういう意味でしょうね?

    P-4: ん~、濃く… […] 深い意味がありそうですね。

    P-25: どういう時に「濃さ」を感じますかね?

    P-8:私は、インタビューを結構するんですけど、人の話を聞いて、どっきりするとき。[…] 自分にとってインパクトがある部分だったり、まずはそこかな。

    P-4:じゃあ、単純にシンプルにするんじゃなくて、感情がググってくる感じが濃くなるんですね。

    P-4: このカードいいですね。小さく始めるっていうのはよく言うけど、濃く始めるって、[私には]新しい。どうやったら濃くなるかを考えると、いろいろな気づきがありますね。

    図6 LLノウハウを共有する対話の実施例:(a) 具体化型,(b)発展型,(c)探索型

  • 9

    ある参加者(P-6)はインタビューにおいて,「このWSで,実際に経験がある人との対話をして,こういうことが大事なんだよっていう,特に覚えておかないといけないことを絞れた気がします.実際に記憶された感じが強くて,これはすごくいいなと思いました. […] ワークシートだけだと,[…]抽象的でよくわからないってなったかもしれないんですけど,みんなで話

    をすることで,『それってこういうことで…』みたいなやり取りをすると納得!って.(話すことで)その知見の裏にある暗黙知みたいなものもわかったのが嬉しかったです.(参加者P-6)」と発言した.LLPC-WSでは,Step 4で聞き手となった参加者は,話し手から共有されたノウハウに対して自らが知りたいことを質

    問でき,また話し手は,その質問に対して答えること

    で,ノウハウの詳細や背景に関する追加情報を提示・

    共有することができた.このような,聞き手と話し手

    のインタラクティブな過程があることは,聞き手側が

    他の参加者が持つノウハウを深く理解すること,話し

    手側も自身が持つノウハウや経験を詳細に思い出しな

    がら他者に共有することを可能とし,結果的に,効果

    的なノウハウ共有を行うことにつながった. 対話を活性化するタンジブルなツール

    LLPC-WSにおける対話では,LLPCやLLノウハウシートのような,タンジブルなツールを活用する.本研

    究で実施したインタビューでは,これらのツールを用

    いてLLノウハウの共有を行うことに対して,非常にポジティブなフィードバックが多く得られた.例え

    ば,ある参加者(P-19)は,「(僕らにとっては)具体的な事例を考える,それが一番いいんですよ.一般論聞いてもしょうがなくて.今回のWSははまさに一般論じゃなくて,自分で経験した事例・体験を出しながらという感じでした.[…]カードやシートなどのツールがあるので,そういうことがしやすかったです.

    […] LLノウハウシートで,自分の状況を改めて振り返って書いてから対話に入ったことがよかったのかも

    しれないですね.(参加者P-19)」と述べており,LLノウハウシートを事前に記述することが,具体的な経験に紐づくLLノウハウの内容を共有するために効果的だったことを示している.また,他の参加者か

    らも,「カードがあったので,(対話が)変に発散しなかったと思います.[…]現場の苦労話が延々と続くわけではなく,[…]話す側の人がトピックを選んで話してくれるので,効率よく重要なことが話せるかなって思いました.(参加者P-18)」や「カードがあるから話がつながっていきました.(カードは)ディスカッションを非常にアクティベートにしてくれますね.(参加者P-23)」という発言が得られた.これらの発言は,LLPCを用いることで,対話の内容がLLノウハウにまつわるエピソードに絞られていき,効率的に

    LLノウハウの共有ができたことを示してる. 以上のことから,LLPCやLLノウハウシートなどの

    タンジブルなツールを用いることは,具体的な経験に

    紐づくノウハウを効果的に共有するために有用である

    ことがわかった.

    5.3 LLノウハウを共有することの有用性 WSのアンケート(図5(c))では,「Q2: 対話を通じて,自身のプロジェクトに役立ちそうな情報は得られ

    ましたか?」という質問に対して,97%もの参加者が「Yes」と回答した.殆ど全ての参加者が,プロジェクトに役立つ情報を獲得できたと答えており,非常に

    高い評価を得ることができたと言える.また,「Q5: 他の実践者の具体的な経験やエピソードを聞くことは

    有用でしたか?」や「Q4: 対話を通じて,何らかの新たなアクションをしてみようという気持ちになりまし

    たか?」という設問に対しても,それぞれ平均6.6(n=32,最大値は7.0),平均6.0(n=32,最大値は7.0)という高い評価を得ることができた.これらの結果は, LL実践者にとって,LLPC-WSを通じてLLノウハウを共有することが非常に有用な体験であったこ

    とを示している. では,具体的にどのような点がLL実践者にとって有用だったのか.本研究では,その点を明らかにする

    ために,収集した定性データ,特に,インタビュー結

    果,アンケートのQ3およびQ6の自由記述結果,振り返りシートの記述結果を分析した.分析の手法には,

    Affinity diagram(Beyer 1997)を用いた.分析の結果,LLPC-WSでLLノウハウを共有する過程で実践者が有用性を感じたポイントは,主に以下3点であることが明らかになった. (i) 他の実践者との共通点を発見できること 参加者が有用性を感じたひとつ目のポイントは,

    LLPC-WSで対話を通じて,他の実践者と自分の「共通した行動」を発見できる点である.LLPC-WSの対話では,グループ内の各参加者が,自分が直面してい

    る状況や実践した行動・工夫などを具体的に共有す

    る.その際,LLPC-WSの参加者は,他の実践者が自分と同じような行動を取っていることを発見したとき

    に,その情報を有用なものだと捉えていた.例えば,

    本研究のインタビューでは,「(他の参加者の)成功体験を聞いて,今検討していることと同じで,やっぱり!っていう感覚があった.やっぱりそうなのか!っていう自信になったっていうか,[…]裏付けみたいなものが得られた.(参加者P-10)」という発言や,「分野が違うのに,同じようにやっている人がいると,あと押しになる. […] 自分以外にもそういうことを大事にしようとしている人がいるんだな,実践しているんだなって思えると,もうちょっとやってみようかな,間違っていないんだなっていう気持ちになる.(参加者P-11)」といった発言が得られた.これらの発言から分かるように,LL実践者にとって,他の実践者が自分と同じような行動をとっていることが

    分かることは,自分のこれまでの行動の正当性を感じ

    ることにつながる.実フィールドの中で試行錯誤しな

    がら実践を進めている実践者にとっては,このような

    「行動の共通性」がわかるだけでも重要であり,これ

    は,LLPC-WSが提供可能な価値のひとつである. (ii) 自分とは異なるやり方を発見できること 二つ目のポイントは,(i)の「共通点」とは逆に,自分とは「異なる」やり方や考え方を発見できる点であ

  • 10

    る.LLPC-WSの参加者は,他の実践者との対話を通じて,自分とは異なる/自分はやらないであろうやり

    方を発見した際に,それを有用な情報だと捉えてい

    た.本研究のアンケートでは,Q6の自由記述回答として,「自分とは違う立場・領域の人の視点が聞けると,気づきがあった(参加者P-20)」,「異なる立場の人の経験にもとづく話は参考になり,自分の実践・

    活動を考え直すきっかけになる.(参加者P-3)」,「対象も手法も違う方たちの経験を知ることができて有用でした.自分が想像している以上にいろいろな工夫があることがわかったからです.(参加者P-8)」といった回答が得られた.このように,LL実践者にとっては,自分と異なるやり方や考え方について新た

    に知ることも,有用な情報であることがわかった. (iii) 具体性・文脈性のあるノウハウを獲得できること 参加者が有用性を感じた三つ目のポイントは,

    LLPC-WSに参加することで,具体性を持った情報を獲得できるという点である.アンケートの自由記述欄

    (Q6)には,「実践をしている方から具体的な経験を聞くと,自分もやってみようと思うし,それが大切なんだと思える.(参加者P-5)」,「(このWSで共有されるような)具体的な経験やエピソードには,状況に関する情報が含まれていて,聞くとイメージが膨らむ.だから,自分事として考えることができて,

    (今後の活動に関する)色々なアイデアが出てくる.(参加者P-21)」などのコメントが見られた.また,インタビューにおいても,「リビングラボとは何か?みたいなリビングラボに関する一般的な話を聞く機会は溢れているけど,それだけだと,自分がやっている活動がどれだけユニークかを判断できるなくて….でも,このワークショップは,カードを使うことで,地道な苦労話が出てきやすいプログラムだった.地道な苦労話を聞くと,この人全然違うなとか,そういうことに気づくことができた. […] (学会やセミナの)発表は綺麗事が並ぶことが多くて,地道な苦労話が聞ける

    機会はなかなかないので,こういうワークショップがあるのはいいなと思いました.(参加者P-7)」と述べていた.これらのフィードバックは,LLPC-WSを通じて具体的で文脈性をもった情報を得られたこと

    が,実践者にとって有用だったことを示している. 参加者のひとり(P-7)が述べているように,LLの実践者にとって,他の実践者の経験や事例に関する具

    体的で詳細な話を聞く機会はほとんどない.また,

    LLのノウハウは,各実践者が多様なフィールド(地域や現場)の様々な課題に対処してきたことに由来す

    る暗黙的な知識であり,文脈依存性が特に高いという

    特徴を持つ.そのため,他の実践者の具体的な経験や

    事例に関する話を,文脈性をもった情報として知るこ

    とができ,それにもとづいて,自分の実践との類似性

    や違いを知ることができることは,実践者にとって有

    用なことであった.

    6 考察 前章に述べたように,本研究が提案するLLPCおよ

    びLLPC-WSは,LL実践者からLLノウハウを引き出

    し,それを実践者間で共有するために有用であること

    がわかった.本章では,提案手法の特徴や今後解決す

    べき課題について考察する. 6.1 他のデザインカードとの比較

    Human Computer Interaction (HCI) やDesign Researchの分野では,「デザインカード」と呼ばれるツールが多

    く提案されている(Lucero 2016).デザインカードは,研究や調査で得られた専門知識や領域知識を「カ

    ード」として実体化することで,デザイン実践者がそ

    れらの知識にアクセスすることを可能とするツールで

    ある(Deng 2014).これまでの研究では,Internet-of-Thingsアプリケーション(Mora 2017),Tangible Learning Game ( Deng 2014 ) , Sharing Economy(Fedosov 2019)など,特定の領域に特化したデザインカードや,ユーザリサーチ(Buur 2000),アイデア発想(Hornecker 2010, Lucero 2016),コンセプト評価(Deng 2014)など,特定のデザイン作業を支援するためのデザインカードが開発されてきた. 本研究で開発したLLPCも,LLおける実践者を支援するカード型ツールであり,デザインカードの一種で

    ある.ただし,LLPCは,LLのデザインプロセスにおける特定の作業を直接的に支援するものではない.

    LLPCは,LLの実践者が,自分たちが実践したことについて振り返り,経験から得られた知見(LLノウハウ)を抽出・共有するために用いるツールである.つ

    まりLLPCは,LLのデザインプロセスを部分的にでも実践した後に,それを省察(Reflection)するために用いるカードだと位置づけられる.Schönはデザイン実践に伴う省察を「行為の中の省察(Reflection-in-action)」と「行為にもとづく省察(Reflection-on-action)の2つに分類した(Schön. 1983).Reflection-in-actionは実践しながら自身の行動や考えを吟味することを指し,Reflection-on-actionは実践の後に自身の行動や考えを振り返ることを指す.本研究で開発した

    LLPCは,LLの実践に関するReflection-on-actionを支援するデザインカードだと言える. 特定のデザイン作業を支援するデザインカードの目

    的は,その対象とするデザイン作業の効率や効果を向

    上させることである(例えば,アイデア発想支援カー

    ドであれば,より多くのアイデアを発想できるように

    するなど).これに対して,実践者による省察を支援

    するLLPCの目的は,LL実践者の思考や行動に影響を与えることを目指す(例えば,他の参加者のLLノウハウを参考に,自分のプロジェクトで新しい行動を起

    こしてみるなど). つまり,LLPCは,「サービスをデザインするための特定のタスクを支援する」という

    よりも,「サービスをデザインするための活動を実践

    者自らがデザインすることを支援する」のである. 以上のように,本研究で開発したLLPCは,これまでのデザインカードとは位置づけや目的が大きく異な

    る,新しいタイプのデザインカードだと言える. 6.2 共有されるノウハウの多様性

    本研究で提案したLLPC-WSにおいて,参加者は,まず自身の経験に関連するカードをピックアップし

  • 11

    (10分間),その後,4人程度のグループで対話(45分間)を行う.本WSでは,カードの選択は10分という短い時間で実施しなければならないため,意識しや

    すいカードのみが選択され,重要なノウハウや視点が

    見落とされてしまうというリスクは否定できない. これに対してLLPC-WSでは,その後の工程として,他の実践者との対話の時間を用意することで,カ

    ード選択の時点では明確に意識化できていなかったノ

    ウハウを表出させることができた.例えば,本研究で

    実施したLLPC-WSで観察された「展開型の対話(図6(b))」は,他の参加者がピックアップしたカードから想起した経験やノウハウを提示する対話であるが,

    これはまさに,カード選択の時点では思い出せなかっ

    たノウハウが,他者との対話を通じて,場に表出した

    ことを示している.このように,LLPC-WSでは,対話の時間を設けることによって,すぐに意識化できな

    いようなノウハウも含めた,多様なノウハウを共有す

    ることが可能であった.ただし,対話の時間にも45分という制約はあり,本研究で実施したLLPC-WSでは,参加者が十分な対話ができていない様子も観察で

    きた.今後は,更なるLLPC-WSの実践を通じて,対話にかける時間の調整・適正化を検討していく. 6.3 LL実践ノウハウの学習ツールとしての活用 本研究で開発したLLPCは,LLを効果的に進めるためのノウハウを,実践者から事前に抽出し,それを言

    語化したツールである.そのため,実践者間でノウハ

    ウを共有するためだけではなく,LLの実践をこれから始めようとしている主体や初心者が,LLノウハウを「学習」するためのツールとしても用いることがで

    きると考える.例えば,LLの実践経験が少ない初心者は,LLPCを参照することで,自身のプロジェクトを効果的に進めるためのヒントを得ることができる.

    さらに,LLPCは,経験豊富なLL実践者が,初心者に対してLL実践のコツやアドバイスを「伝える」ためのメディア(媒介物)として利用することもできる. そこで今後は,LLPCをノウハウの学習ツールとして活用するための具体的な方法についても検討・開発

    し,実プロジェクトでの活用と検証を進めていく. 6.4 共有されたLLノウハウの行動への変換 これまでに述べたように,LLPC-WSの参加者は,

    他の実践者が持つLLノウハウを獲得することができた.ただし, LLノウハウは「実践」のための知であり,各参加者が獲得したノウハウを自身のプロジェク

    トにおける「行動」につなげることが重要である.こ

    のような,ノウハウや知識を行動に移す過程のこと

    を,Kolbは経験学習(Experiential Learning)における「能動的実験(Active Experiments)」と呼び(Kolb 1986),Health Science分野では,知識の行動への変換(Knowledge translationやKnowledge transfer)と呼ぶ(Graham 2006).これらの研究で指摘されているように,得られた知識やノウハウを行動に変換し,実践

    と省察のサイクルを継続的に回すことは,あらゆる分

    野の実践者にとって,自身のプロジェクト(活動)の

    質や個人のスキルを高めるために重要な過程である.

    これに対して,本研究で実施したLLPC-WSの参加者の多くは,自身のプロジェクトに役立ちそうな情報

    を獲得することができ(Q2),また,何らかの新たなアクションをしてみようという気持ちになった

    (Q4)と回答した(具体的な結果は図5(b), (c)を参照頂きたい).すなわち,この結果は,LLPC-WSを通じてノウハウを共有することは,LL実践者が自身のプロジェクトで新たな行動を起こすことにつながるこ

    との可能性を示唆している.ただし,本研究では,

    LLPC-WSの参加者が,得られたノウハウをもとに新たな行動を実際に起こすかどうかの確認はできていな

    い.そのため今後の研究では,LLPC-WSの参加者に新たな行動が実際に起きたかどうかを調査する.そし

    て,調査結果にもとづき, LLの実践者が,LLPC-WSへの参加を通じて得たノウハウを「次の行動」に移し

    やすくするための手法やツールを検討していく. 6.5 LLノウハウの蓄積とより広い共有 第5章に述べたように,本研究で提案したLLPCや

    LLPC-WSは,実践者からLLノウハウを引き出し,それを共有するために有用であった.そのため,LLPC-WSを,LLの実践に関わる組織,もしくは,実践者が集まるコミュニティの中で定期的に実施することで,

    そこに関わる実践者の中にLLノウハウを蓄積することが可能になる.LL実践者にとって,LLノウハウを継続的に蓄積し,それを再利用することは,自身の実

    践の質を高めるために重要なことであり,LLPC-WSはそういった点においても有用に利用可能であると考

    えられる. ただし,ノウハウの蓄積と再利用の範囲をさらに広

    げていくためには,実践者個人の中だけではなく,

    LLの実践に関わる組織やコミュニティの中でノウハウを蓄積し,その再利用を促進するような仕組みが必

    要になる.これに対して,現状のLLPC-WSでは,各参加者が自身の持つノウハウをLLノウハウシートに記述するものの,ノウハウの詳細部分は記述・文書化

    されずに口頭でのみ共有される.そのため,対話の場

    にいない人にノウハウを伝達・共有することや,組織

    やコミュニティの中でノウハウを蓄積・再利用するこ

    とは困難である.このことは,本研究のリミテーショ

    ンのひとつだと考えられる. そこで今後は,LLPC-WSを通じて引き出したLLノウハウを,その場にいない人に対しても共有可能な形

    式で記述,伝達するための方法を検討する.より具体

    的には,口頭で共有されるノウハウを効果的に記録す

    るために,LLPC-WSのオンライン化を検討する.Web会議システム等のオンラインツールを用いたワークショップであれば,口頭で共有された内容の記録や

    書き起こしが容易に実現可能である.ただし, LLノウハウの再利用まで行うことを考えると,単純な対話

    の書き起こしデータでは情報量が多くなりすぎてしま

    い不便であるため,本質的なポイントを抜き出した形

    で,ノウハウの記述・蓄積する必要がある.その際,

    5.3に述べたように,LLPC-WSで共有されるLLノウハウは,非常に具体的で文脈性を持った知識であるた

    め,その具体性や文脈性を過度に排除しないまま,エ

  • 12

    ピソードのような形式で記述することが必要になる.

    これに対しては,物語やストーリを記述し記録・共有

    する手法であるDigital storytelling(Robin 2008)やNarrative visualization(Segel 2010)などの研究を参考にしながら,ノウハウの記述方法を検討する.

    7 結論

    LLは,ユーザとの長期的な共創にもとづくSDの方法論であり,近年国内外で様々な実践や研究が行われ

    ている.本研究では,LLを効果的に進めるためのノウハウ(LLノウハウ)を実践者から引き出し,それを共有するための手法として,LLの実践に関するパターンランゲージをカード化したツールであるLLPCと,LLPCを用いてノウハウを共有するためのワークショップであるLLPC-WSを開発した. 本研究の貢献は,大きく以下の2点である.一つ目は,LLPCとLLPC-WSを新たに開発し,その詳細な実施方法を含めて提案したことである.本研究では,実

    際のLL実践者の協力のもと,これらの提案手法がLLノウハウを引き出し,実践者間で共有するために有用

    であることを確認することができた.二つ目は,

    LLPCやLLPC-WSが,実践者のノウハウを引き出すことや共有することをいかに支援するのか,また,具体

    的にどういった点で実践者にとって有用なのかを明ら

    かにしたことである.本研究では,LLPCやLLノウハウシートなどの「ツール」と実践者同士の「対話」を

    組み合わせることが,LLノウハウを引き出すこと・共有することの双方において重要であることがわかっ

    た.今後は,LLPC-WSを通じて得られたノウハウを行動に変換する手法や,LLPC-WSの中で共有されたノウハウを記述し蓄積するための方法を検討する.

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