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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title Author(s) �, Citation Issue date 2011-03-25 Type Thesis or Dissertation URL http://hdl.handle.net/2298/21563 Right

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熊本大学学術リポジトリ

Kumamoto University Repository System

Title 鉛蓄電池電極活物質の結晶構造とその化学組成の性能へ

の効果

Author(s) 宮成, 長良

Citation

Issue date 2011-03-25

Type Thesis or Dissertation

URL http://hdl.handle.net/2298/21563

Right

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学 位 論 文

鉛蓄電池電極活物質の結晶構造とその化学組成の

性能への効果

平成 22 年 9 月

熊本大学大学院自然科学研究科

宮成 長良

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目次 頁

第 1章 緒論 5

1-1 鉛蓄電池の歴史

1-2 鉛蓄電池の高出力化

1-3 鉛蓄電池と他の二次電池との特性比較

1-4 本研究の目的

1-5 第 1章の文献

第 2章 鉛蓄電池の概要 9

2-1 鉛蓄電池の充放電反応機構

2-2 鉛蓄電池正極及び負極の製造方法

2-3 鉛蓄電池製造工程のフローチャート(ペースト式)

2-4 鉛蓄電池の主要構成部品(自動車用)

2-4-1 電解液(Electrolyte)

2-4-2 隔離板(Separator)

2-4-3 電極(Electrodes)

2-4-4 電槽(Container)および蓋(Cover)

2-4-5 液口栓(Vent plug)

2-4-6 端子(Positive and Negative terminals)

2-4-7 第2章の文献

第 3章 鉛蓄電池の未化成電極活物質の結晶構造のSEM観察とXRDによる組成分析 16

3-1 未化成活物質の結晶構造のSEM観察

3-1-1 試料

3-1-2 試料調製

3-1-3 装置

3-1-4 結果および考察

3-2 未化成活物質の粉末X線回折による組成解析

3-2-1 試料

3-2-2 試料調製

3-2-3 薄膜Ⅹ線回折装置

3-2-4 結果および考察

3-2-5 第 3章の文献

第 4章 既化成電極活物質の結晶構造のSEM観察とXRDによる組成分析 20

4-1 既化成活物質の結晶構造のSEM観察

4-1-1 試料

4-1-2 試料調製

-1-

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4-1-3 SEM像観察

4-1-4 結果および考察

4-2 既化成電極活物質の粉末X線回折による組成解析

4-2-1 試料

4-2-2 試料調製

4-2-3 薄膜X線折装置

4-2-4 結果および考察

4-2-5 XRD定量分析結果および考察

第 5章 充放電に伴う鉛蓄電池負電極の活物質の結晶構造および組成変化 24

5-1 試料

5-2 CV測定

5-3 鉛板負電極の酸化還元サイクル

5-4 鉛板負電極のCVに対するサイクル回数の影響

5-5 300回サイクル後の鉛板負電極のSEM像

5-5-1 試料

5-5-2 結果および考察

5-6 300サイクル後の負電極の活物質のX線回折による組成解析

5-6-1 試料

5-6-2 結果および考察

第 6章 鉛蓄電池陰極表面の抗酸化被膜形成とその効果 32

6-1 即用式鉛蓄電池の概要

6-1-1 即用式鉛蓄電池用電極の必要条件

6-2-1 即用式負極の製法

6-2 アルカリ性フエノ-ル(石炭酸)処理による鉛電極の酸化防止効果 34

6-2-1 緒言

6-2-2 実験

6-2-3 結果および考察

6-2-4 まとめ及び課題

6-3 アスコルビン酸とホウ酸混合水溶液処理による即用式負極板 40

6-3-1 アスコルビン酸使用の経緯

6-3-2 アスコルビン酸の性質

6-4 即用式負極板特性(重量評価法) 40

6-4-1 実験

6-4-2 結果および考察

6-5 即用式電池性能試験 41

-2-

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6-5-1 即用性能試験

6-5-2 結果および考察

6-5-3 充電受入れ性能試験

6-5-4 結果および考察

6-6 アスコルビン酸とホウ酸混合溶液処理の鉛板のEPMA観察 44

6-6-1 EPMAの概要

6-6-2 各種分析法・装置と比較

6-6-3 Pb基板

6-6-4 試料作製

6-6-5 断面試料作製法

6-6-6 EPMAによる分析

6-6-7 EPMAによる高倍率マッピング

6-6-8 結果および考察

6-6-9 アスコルビン酸及びホウ酸処理における鉛板表面状態の経時変化

6-6-10 EPMAによる酸素濃度マッピングと酸素分布測定

6-7 EPMAおよび線分析による考察 56

6-7-1 EPMA画像と線分析

6-7-2 線分析

6-7-3 考察

6-7-4 第 6章 7-2項の引用文献

6-8 鉛電極の酸化防止に対するアスコルビン酸とホウ酸の協奏効果の検討 60

6-8-1 実験

6-8-2 加熱処理に対するホウ酸の影響の実験結果および考察

6-8-3 赤外分光法によるホウ酸とアスコルビン酸の相互作用の検討

6-8-4 鉛電極表面における吸着構造(鉛単結晶(111)表面上での吸着モデル)

6-8-5 まとめ

6-8-6 引用文献

第 7章 電池を指向したマイクロエマルション電気化学に関する研究 68

7-1 はじめに

7-2 両連続相マイクロエマルション(BME)とは

7-3 両連続相マイクロエマルションの電気化学測定

7-3-1 K3Fe(CN)6系両連続相マイクロエマルションの CV測定

7-3-2 Ferrocene系両連続相マイクロエマルションの CV測定

7-4 みかけの拡散係数の比較

7-5 考察

-3-

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7-6 両連続相マイクロエマルションを用いた電気化学デバイスへの適用

7-7 第7章の参考文献

第 8章 総括 76

8-1 本研究の成果

8-2 今後の展望

謝辞

-4-

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第1章 緒論

1-1 鉛蓄電池の歴史

1859年に Plante’によって開発された鉛蓄電池は、多くの改良が加えられ、今日でも二次

電池の主流として生産されている。1881年に Faureは、鉛板の化成を促進するため鉛板の表

面に鉛化合物を塗布することを発明した。さらに、鉛の酸化物を硫酸で練ってペースト状(粘

土状)にし、これを鉛合金の格子体(grid)に塗布して、負極及び正極の極板としたペース

ト(Paste)式極板に改良された。この方法によって性能は飛躍的に向上し、現在の電極板製

造法の主流となっている。ちなみに、日本における鉛蓄電池の極板製造は 1895~1896年に始

まった。 初期の鉛蓄電池では、活物質の保持、集電のために用いる Gridの材料には鉛が用

いられていた。1882年に Sellonは、鉛・アンチモン合金を用いることを提案した。

1974 年に米国で鉛・カルシウム合金を Grid 材料に用いる電池が開発された。さらにその

強度、耐食性向上のため、スズを添加し、エキスパンド(Expand)式極板を採用することに

なり、前記の鋳造式による鉛・アンチモン合金に代わって、エキスパンド式極板が主流とな

っている。

1970年代に入って補水不要電池(Maintenance Free Battery)の開発が始まった。

一方、Pb-Ca-Sn 合金の Grid 材料への適用、電池内のフリーな電解液(稀硫酸)を減少さ

せる目的で、正・負の両極板の間に短絡防止に使用する隔離版(Separator)であるガラスマ

ットに電解液を保持し、さらに、充電時に正極板上で発生する酸素を電池の外部に排出させ

ずに負極活物質上で反応させ、水に戻す方法の採用により、補水不要の自動車用鉛電池であ

る制御弁式鉛バッテリー、すなわち VRLA(Valve Regulator Lead-Acid)電池が開発され世界中

で使用されている。

First electric Vehicle is a tricycle in Paris

1881 in France

Battery: Secondary Plante’Battery(lead-acid)

Motor: 1/10 hp

1882 in England

Battery: Ten lead-acid (Plante’Battery) cells

Battery Capacity: 1.5kWh-20V

Motor: ½-hp

Range: Between 16 and 40km

Maximum speed: 14 km/h

Fig.1-1 世界最初の電気自動車(1881年、フランス)1 )

-5-

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1-2 鉛蓄電池の高出力化 2 )

21 世紀に入り、環境やエネルギー問題への関心がこれまで以上に高まり、今後の車には、

燃費・排ガス・動力性能・快適性の更なる向上が求められている 2)。

それらの多くは電動化に伴う電力使用量の増加をもたらす。従来の 14V 電源系(鉛電池電圧

12V)では発電・配電系すべてにおいて限界が指摘され、新しい電源システムの提案が望まれ

ている。今後車両に搭載されるシステムとしては、アイドリングストップシステム、電動エ

アコン等々が考えられるが、その実現のためには、現在の出力を約 3倍にする必要がある。

高出力化には電圧、電流、あるいは、その両方を増加させる必要があるが、電流を3倍以上

に増加させる方法は現実的ではなく、本質的な対策としては電流値を上げずに、通常電圧を

14Vの 3倍の 42Vにすることが考えられている。

このような理由から、日本では 2001年 8月に 36V鉛蓄電池が搭載された世界初の 42V電源車

(トヨタクラウンマイルドハイブリッド車)が商品化された。2)

36V 鉛蓄電池にはハイブリッド用途において最大限の性能を発揮させるために以下の種々

の新技術が取り入れられている。

① 正極板に用いられている格子体の腐食およびそれに起因する変形は、鉛蓄電池の寿命を

決定する要因の一つである。耐食性を向上させるために、正極格子体には合金組成を最適化

した Pb-Ca-Sn系合金が使用されている。活物質には、高密度のペーストを採用し、充放電に

伴う活物質劣化が低減されている。通常、高密度ペーストを使用すると活物質利用率が低下

するが、新添加剤の採用により、大電流放電時の利用率が向上した。

② 負極板が充電量が不十分で使用された場合、サルフエーション(硫酸鉛の結晶が粗大化し、

充電が困難な状態になる現象)が起こり易い。この現象は、高温で使用される場合、鉛の溶解

度が大きくなり、さらに加速される。

サルフエーション抑制のために、従来よりもカーボンが多く添加された高密度の活物質が採

用されている。これにより、活物質内部にカーボンや鉛の導電性ネットワークが形成され、

絶縁体である硫酸鉛の発生を抑制できる。

③ セパレータ(隔離板)の優れた寿命性能を得るためには、極板群に加わる圧力を高くする

とともに、使用中にもこの圧力を維持する必要がある。そのためセパレータには、微細ガラ

ス繊維製のセパレータが採用された。

電解液である硫酸の減液による収縮と、それに伴う圧力の低下が小さく、そのうえ耐短絡特

性も優れた微細ガラス繊維製のセパレータが採用された。

④ 排気構造は従来の 12V電池と同様に各セルごとに安全弁が装着されている。また一活

排気バルブを端子から離れた位置に設け、さらにセラミック製のフイルターを取り付けるこ

とによって安全性が高められている。

将来、車の標準電気負荷は 14V系と 42V系の二つとなり、搭載電源は 14V,42V,100V以上の

3軸を中心とした車両電源構成になることが予想される。

-6-

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1-3 鉛蓄電池と他の二次電池との特性比較

車両搭載用の各種バッテリーは以下の特性を有する。

エネルギー密度、出力密度はリチウムイオンバッテリーが最も高く、鉛バッテリーが最も低

い。ニッケル水素バッテリーは、それらの中間である。

常温での出力特性は、リチウムイオン電池>ニッケル水素電池>鉛蓄電池の順である。

低温領域では、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の出力は低下し、鉛電池と変わらな

い。コストは、鉛電池が最も安価であり、リチウムイオン電池は高価である。ニッケル水素

電池は中間に位置する。

42V車やハイブリッド車の普及とともに、電池のリサイクルは避けて通れない問題となる。

鉛電池は、古くから自動車用途に用いられてきた経緯があり、リサイクルのルートや処理方

法は完全に確立されている。

一方、コンシューマー用途のニッケル水素電池、リチウムイオン電池は、現在のところ回収

率は高くない。ニッケル水素電池はニッケルなどを回収し、ステンレスなどへの再生は行わ

れているものの、活物質を再生し再度電池にするところまでには至っていない。リチウムイ

オン電池についても、高価なコバルトの回収は行われるが、まだ課題は多い。²⁾

鉛電池は、100 年以上前に発明され、その優れたコストパフォーマンスと改良の積み重ね

により、現在においても二次電池の主役の地位を保っている。また、その用途も自動車、サ

イクルサービス、通信などあらゆる分野に渡っている。

現在、環境温暖化対策として、電気自動車(EV),ハイブリッド車(HEV),あるいは

プラグインハイブリッド車(PEV)等が実用化されてきた。

更には、太陽光発電、風量発電を含めて、スマートグリッド化のインフラ化が進みつつある。

これらの背景には、電気を蓄える手段として電池が、さらに必要となり、現在、Li-ion電

池、Ni-H電池、燃料電池、電気二重層キャパシターなどが、注目を集めている。

1990年代前半には、正極にコバルト酸リチウム、負極にリチウムイオンを吸蔵できるカー

ボン材料を用いた Li-ion電池が実用化され,PEVや HEV用途にも適用されつつある。

公称電圧は 3.6~3.8V と高く、また軽量であることからエネルギー密度や出力密度は非常に

高い。この電池の安全性の確保には、「過充電」、「過放電」、「過電流」,「異常高温」、などを

防止する精密制御が必要である。そのため電池パッケージには種々のセンサーが不可欠であ

る。今後更に正極材料の研究、またコストの問題をクリアする必要がある。

Ni-H バッテリーは実用化されたものの、普及に向けての問題は(1)自動車に搭載するため

には出力向上および小型化が必要である。また、(2)コストの低減等も必要である。

自動車用途で広く普及するためには、上記のいずれのバッテリーもコスト低減が今後とも大

きな課題である。

各種二次電池のエネルギー密度の比較を Table 1-1に示した。

-7-

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Table 1-1.各種二次電池のエネルギー密度の比較2)

1-4 本研究の目的

発明から1世紀以上経過した鉛蓄電池は正極、負極、電解液、隔離板等の技術、材料、

電池構造については、すでに世界の研究者、技術者が長期にわたり研究が積み重ねられてき

た。そして鉛蓄電池の長年の歴史によって、電池の信頼性、安全性、使用済み電池材料の再

利用技術は他の電池を寄せ付けないほど技術が完全に確立されている。しかしながら、現在

このような背景の中で、鉛蓄電池の研究に取り組んだ目的は次の理由にある。

即用式鉛蓄電池の重要性は、出荷状態の蓄電池で、電解液を含有せず、電極板は乾燥した

充電状態であり、注液後、補充電なし、あるいは簡単な補充電をすることによって使用可能

な蓄電池である。

即用式鉛蓄電池は負電極の性能に影響を受ける。その即用性の高い負電極を作る有効な

方法はアスコルビン酸およびホウ酸処理である。これまでに電地としての評価試験で、その

有効性は既に実証されてきた。しかし表面構造の研究は今日まで未着手のままである。

本研究の目的は最近著しい進歩の表面分析法を活用して、その表面構造を解析し即用

性能への効果を明かにすることである。

1-5 第 1章の文献

1) Michael H.Westbrook ‘The Electric Car’IET, p9

2) 電気学会・42V電源化調査専門委員会編 自動車電源の 42V化技術(第 1版)オーム社,

-8-

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第 2章 鉛蓄電池の概要

2-1 鉛畜電池の充放電反応機構1)

二つの半電池を組み合わせると原理的には電池を構成することができる(Fig.2-1)。

このとき、電位の高い電極を正極(Positive electrode)、低い電極を負極(Negative

electrode)と呼ぶ。電池の放電の際には正極でカソード反応(cathodic reaction:還元反応)

が、負極でアノード反応(anodic reaction:酸化反応)が進行する。

一方、電池を充電する際には放電とは逆に、正極上では酸化反応が、負極上では還元

反応が進行する。

鉛蓄電池の負極の反応は次のようになる。

Pb + SO4²⁻ → PbSO4 + 2e⁻ 1)

正極の反応は次のようになる。

PbO2 + H2SO4 +2H⁺+ 2e⁻ → PbSO4 + 2H2O 2)

全電池反応には Pbと PbO2 に加えて電解液中の 2H2SO4 が反応に直接関与する。

Pb + 2H2SO4 + PbO2 → 2PbSO4 + 2H2O 3)

鉛蓄電池の充電反応は放電によって生成した硫酸鉛を二酸化鉛に酸化する過程であり、

また、負極の鉛電極も同様で硫酸鉛と鉛の界面で充電反応が進行し、次式のように表さ

れる。

負極: PbSO4 +2e⁻ → Pb +SO2²⁻ 4)

正極: PbSO4 +2H2O →PbO2 +4H⁺+SO4²⁻ +2e⁻ 5)

全反応: 2PbSO4 +2H2O →Pb +PbO2 +2H2SO4 6)

硫酸鉛はイオン性の結晶固体として放電中に二酸化鉛電極上に析出する。

Fig.2-1 電池の構成2)

-9-

Fig. 2-1.鉛蓄電池の基本反応モデ

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Fig. 2-2.VRLA鉛蓄電池の反応モデル3)

VRLA(Valve- Regulated Lead Acid)制御弁式鉛蓄電池は補水不要のメンテナンスフリーの

電池である(Fig.2-2)。酸霧や水素ガスの発生が少なく、酸素ガスを負電極で反応吸収させる

「負極吸収式」を利用している。過充電され正電極から酸素ガス(O2)が発生しても、負電極

で吸収されるため、負電極は満充電にならない。しかも正電極から発生した酸素は負電極の

活物質と反応して水に戻るため、水分の減少が無い。

-10-

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2-2 鉛蓄電池正極及び負極の製造方法

正極及び負極は鉛粉(粒径は数μm~30数μmの粉末で、鉛と酸化鉛との重量比は

約 25:75である。)を希硫酸でミキシング(mixing)したペーストを鉛合金の格子体

(グリッド;電極の機械的強度向上と集電体の機能を有する。)に塗布し、ペースト

状の活物質を湿度と温度の決められた条件下で一定期間熟成乾燥(curing)する。

熟成中に水分は徐々に減少し、ペースト中の鉛は酸化される。同時に格子体と密着

しているペーストは固着し、機械的強度が増す。ただし、ペーストの乾燥過程でペ

ーストが収縮してひび割れを起こしてはならない。

正極、負極ともに活物質の多孔性が重要であるため、格子体に塗布したペースト

の外観にひび割れ(shrinkage)の無い状態で熟成乾燥(curing)させることは重要で

ある。

乾燥前のペースト中には約 10%の水分が含まれている。一方、ミキシング中に鉛粉

の鉛は酸化鉛(PbO)に酸化され、さらに硫酸と反応して硫酸鉛(PbSO4)が生成する。

熟成乾燥工程(curing)が終了した時点での正電極および負電極は未化成極板、いわ

ゆる化成(formation)前の極板と呼ばれる。

乾燥工程が終了した正、負の両極の活物質は酸化鉛(PbO)、塩基性硫酸鉛(3PbO・

PbSO4) および (4PbO・PbSO4)の組成を有する化合物である。

化成(充電)は比重(sp.gr) 1.03~1.10(20℃)の希硫酸中で行う。直流電流を流し、

正極の活物質は酸化されて二酸化鉛(PbO2)になり、負極は還元されて海綿状鉛(Pb)

になる。Pbの容積比率を1とした場合、PbOは 1.26, α-PbO2は 1.32, β-PbO2は

1.40, PbSO4は 2.64である。

化成工程によって、正極活物質、負活物質とも多孔性となり、多孔度は約 55%前後

である。電極活物質が多孔性であるため、電解液と電極界面との接触面積が大きく

なり、電池性能は向上する。化成(formation)工程後の両電極は水洗され、最終工程

で両電極活物質に含まれる水分は熱乾燥によって除去される。

即用式鉛蓄電池の場合は負極の乾燥方法が液入り充電済み電池とは異なり、イナー

ト式乾燥法等が用いられる。

-11-

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2-3 鉛蓄電池電極製造工程のフローチャート( ペースト式)

鉛合金 鉛粉 添加剤 水 希硫酸

鋳造(casting ) 錬捏(mixing )

格子体(grid )

充填(pasting )

熟成(curing )------活物質の酸化促進

乾燥(drying) ------活物質の水分除去

未化成極板(unformed-plate)

化成(formation)

水洗(washing) ------ 活物質中の硫酸分除去

① 熱風乾燥 熱風乾燥のみ

② 過熱蒸気処理

③ イナートガス乾燥

④ 化学処理後熱風乾燥

Fig.2-3 鉛蓄電池電極の製造工程図

-12-

負極乾燥方式 正極乾燥方式

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2-4 鉛蓄電池の主要構成部品(自動車用)

鉛蓄電池の主要構成部品としては、酸化の進行する負極(Pb)と還元反応の進行する正極

(PbO2)、二つの反応を結びつけるイオン導電相(H2SO4),負極と正極を隔てる、すなわち短絡防

止の役目をする隔離板(Separator),これらを入れる容器(Container)、正極と負極の端子

(Terminal), 両極の極群の集電体(Strap)がある(Fig.2-4)。

2-4-1 電解液(Electrolyte )

電解液は電極に接し高いイオン導電性を示すイオン導電相として重要な役目を果たす。

2-4-2 隔離版(Separator)

セパレータには両極の活物質同士が直接反応し、活物質が消費され、自己放電

(self-discharge)の進行を防ぐ機能と共にイオン導電性も必要である。

鉛蓄電池では多孔性材料を用いて、空隙に電解液を保持させ、イオン伝導性を確保する。近

年、細かいガラス繊維をマット状にした、いわゆるガラスマットセパレータが開発されメン

テナンスフリー鉛蓄電池、いわゆる制御式鉛蓄電池(VRLA-Battery)が発展した。

2-4-3 電極(Electrodes)

鉛蓄電池の電極の開発には長い歴史があり、電池の用途から多くの種類がある。

鉛蓄電池は既に反応式で述べたように、放電によって正極と負極との両極に硫酸鉛が生成す

る。

この硫酸鉛は長時間放置すると結晶化が進んで不動態となり、元の状態に戻すことが難

しくなる。これをサルフエーション(Sulfation)という。

二酸化鉛や海綿状鉛は硫酸水溶液への溶解度は低く電子伝導性が比較的高いが、硫酸鉛

は電子伝導性がなく、また溶解度も非常に低い。

2-4-4 電槽(Container) および蓋(Cover)

電槽の役目は極板群や電解液を保持するための容器で合成樹脂が使用されており、電槽内

部は隔壁によって分割されている。

蓋は電槽と同じく合成樹脂で作られ、接着剤または熱溶着によって電槽と一体化する構造が

とられている。また蓋の上面には注液兼排気のための液口が設けられている。

電槽や蓋の材料には耐酸性や機械的強度、耐油性および耐候性の高い AS(アクリルニトル・

スチレン)樹脂、ABS(アクリルニトル・ブタジエン・スチレン)樹脂、PP(ポリプロピレン)樹

脂、PE(ポリエチレン)樹脂、等が用いられている。これらの合成樹脂は軽く、耐酸性、耐衝

撃性、加工性などに優れており、鉛蓄電池の軽量化や製造工程の合理化に大きな貢献を果た

している。

-13-

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2-4-5 液口栓(Vent Plug)

液口栓は、電池の内部から発生するガスと硫酸霧を分離し、ガスは排気孔から外部へ放

出され、硫酸分を電池内部へ還流させる役目を有する。また火炎の通過を阻止できる多孔性

のフイルターが装備され、発生するガス引火爆発の頻度を減少させる構造となっている。

2-4-6 端子(Positive, Negative Terminal)

端子は外部ケーブルとの接続のために電池の両端セルに設けられる。

自動車用電池には主としてテーパ状の端子が標準として用いられ、電池の極性を間違えて取

り付けられるのを防ぐために+側端子が-側端子よりやや太く作られている。

(A)4) (B)5)

(E)6)

(D)

(C) Fig.2-4 鉛蓄電池の構成部品

-14-

PVC セパレータ

エンベロップタイプ

VRLA用ガラスマット セパレータ

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2-4-7 第2章の文献

1) 松田好晴、竹原善一郎 編集代表 “電池便覧”(丸善)p157-162

2) 小久見善八編著 “リチウム二次電池” p10

3) D.Berndt, ‘Maintenance-Free Batteries’SECOND EDITION (RSP) p284

4) YUASA BATTERY ‘SERVICE MANUAL’Cat.No. D100-X, p2

5) D.Berndt, “Maintenance-Free Batteries”SECOND EDITION(RSP)p325

6) Edited by Jurgen O.Besenhard “Handbook of Battery Materials”WILEY-VCH p261

-15-

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第 3章 未化成電極活物質の結晶構造のSEM観察とXRDによる組成分析

3-1 未化成活物質の結晶構造のSEM観察

3-1-1 試料

自動車用未化成電極の活物質の一片(約 5×5mm)を使用した。

3-1-2 試料調製

観察前に、ピンセットと試料ホルダをエタノールでクリーニングした。ホルダ上に

両面テープを貼り付けた後、厚み約 1.3mm,5×5mm 程度に切った試料を中央付近に置い

た。

3-1-3 装置

日本電子(株)製 J-5300 SEM(Fig.3-1)を測定に用いた。主な観察倍率は 6000 倍、

加速電圧を 15kVに設定した。

Fig.3-1 J-5300 SEM 装置

-16-

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3-1-4 結果および考察

未化成正電極の表面試料のSEM像を Fig.3-2, 未化成負電極の表面試料のSEM像を

Fig.3-3 に示した。太さは約 2μm 以下で、約 8μm の短枝状の結晶が重なり合っており多

くの空孔が観察される。正・負極ともほぼ同じ結晶状態が観察される。未化成、すなわち

初充電前には両極の表面状態はほぼ一致している。

Fig.3-2 正極未化成活物質表面のSEM像

Fig.3-3 負極未化成活物質表面のSEM像

-17-

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3-2 未化成活物質の粉末X線回折による組成解析

3-2-1 試料

3-1-1と同じ自動車用未化成電極活物質の一片(約 5×5mm)を使用した。

3-2-2 試料調製¹⁾

乳鉢を用いて粉末試料を粉砕した。試料板(試料ホルダ)はガラス板を使用し、その溝の

凹部の寸法 20×16×0.5mmの中に粉末試料を充填した。

3-2-3 薄膜X線回折装置

リガク社 RINT 2500VHFを用いた。

3-2-4 結果および考察

.

F

Fig.3-4 未化成正極および未化成負極の XRD Pattern

XRD回折パターンは両極とも酸化鉛(PbO)と塩基性硫酸鉛(3PbO・PbSO4及び 4PbO・PbSO4)

が主成分であることを示している。これは両極は同じ鉛粉、原料を使用し、乾燥工程(curing,

drying)の温度、湿度が同じ条件で作製したためである。両極とも、主成分は酸化鉛(PbO)

である。残りは塩基性硫酸鉛である 3PbO・PbSO4と 4PbO・PbSO4である。これらの硫酸鉛の

生成の要因の一つは乾燥時の温度に起因すると考えられ、乾燥時の電極表面温度を 70℃以

下に抑えると 3PbO・PbSO4の組成が高くなる。一方、乾燥温度を 70℃以上にすると 4PbO・

PbSO4の組成が高くなり、特に正極活物質の性能には塩基性硫酸鉛の影響がある。

-18-

XRD Pattern of Lead-Acid Electrodes

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3-2-5 第 3章の引用文献

1) 小暮亮雅 “SPM観察のためのサンプリング”p86-p92,日本表面科学会関西支部、

実用表面分析セミナ-(2008)

-19-

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第 4章 既化成電極活物質の結晶構造のSEM観察とXRDによる組成分析

4-1 既化成活物質の結晶構造のSEM像観察

4-1-1 試料

自動車用既化成電極活物質の一片(約 5×5mm)を使用した。

4-1-2 試料調製

第 3章の 3-1-2と同じ方法を用いて調製した。

4-1-3 SEM像観察

日本電子(株)社製 J-5300SEMを用いた。

試料表面観察は観察倍率は 6000倍及び 12000倍とし、加速電圧を 15kVに設定した。

4-1-4 結果および考察

既化成正電極板の表面のSEM像を Fig.4-1,および 4-2, 既化成負電極の表面のSEM

像を Fig.4-3に示した。

既化成正電極板の活物質の表面の構造は未化成正電極板のそれとは非常に異なっていた。

1~10μmの結晶が観察されるが2μmの結晶が比較的多い。

小さな花弁のような結晶が内部から表面の外部へ突き出すように成長している様子が見

られる。この花弁は後述 Fig.4-4のXRD組成分析および Table4-1のXRD定量分析か

ら二酸化鉛の結晶構造である。

Fig.4-1 既化成正極活物質の表面の SEM 像:6000倍

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Fig.4-2 既化成正極活物質の SEM像 : 12000倍

既化成負電極板の表面のSEM像を Fig.4-3に示した。

この活物質は薄い花弁が幾重にも重なり合ってた約6μmの構造体を形成し、花弁が接触し

ている。構造体の大きさは 4~6μmである。

正極の活物質は花弁部が厚く、空隙が少ないが、負極の活物質の場合は表面積が非常に大き

いと考えられる。

Fig.4-3 既化成負極活物質の SEM像 : 6000倍

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4-2 既化成電極活物質の粉末X線回折による組成解析

4-2-1 試料

市販の自動車用既化成電極活物質の一片(5mm×10mm)を使用した。

4-2-2 試料調製

4-1-2と同じ方法を用いて調製した。

4-2-3 薄膜X線回折装置

リガク社 RINT 2500VHFを用いた。

4-2-4 結果および考察

既化成電極は化成終了後水洗、乾燥後の電極である。

Fig.4-4には既化成電極の正極と負極の活物質の XRD Patternを示した。

Fig.4-4 既化成正極(Pos.)および既化成負極(Neg.)のXRD Pattern

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回折パターンを解析したところ、正極はほとんどが二酸化鉛 PbO2 であった。二種類の

二酸化鉛 β-PbO2(Plattnerite), とα-PbO2(Scrutinyite)が確認された。

正極は充放電初期の段階では二酸化鉛はα型とβ型が混在している。

一方、負極の主成分は鉛(Pb)であり、二種類の酸化鉛 PbO(Litharge)と PbO(Massicot)が

含まれている。

4-2-5 XRD 定量分析結果および考察

両極の未化成電極と既化成電極との組成定量分析結果を Table 4-1に示す。

Table 4-1 XRD定量分析による両極(正極と負極)の化成前後(充電前後)の組成変化

化成後(充電後)の正極および負極活物質からは硫酸鉛(PbSO4)が検出されなかったが、

一般的には既化成電極の正、負極の活物質組成には、2~3%の硫酸鉛が含有している。

-23-

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第 5章 充放電に伴う鉛蓄電池負電極の活物質の構造および組成変化

本章ではサイクリック・ボルタンメトリー(CV)を用いて負極活物質を充放電させた場合の深さ方向に関

する構造変化および組成変化に関して述べる。

5-1 試料

市販の自動車用既化成の負電極板の一部を作用極とした。試料の大きさは

10×10×1.3 mmであった。

5-2 CV測定

以下の条件で測定を行った。

対極:白金(Pt)板, 参照極:Ag/AgCl, 電解液:3 mol dm-3 H2SO4,

掃引速度:20 mV/s. 電気化学測定には BAS-50Wを用いた。

測定機器および測定条件を Fig.5-1に示した。

5-3 鉛板負電極の酸化還元サイクル

電位範囲は-1.5~1.0 Vとし、連続 30サイクルを繰り返した。

インターバルを 1分間とし 30サイクルの測定を 10回繰り返した。

全部で 300サイクルを行った。

5-4 鉛板負電極のCVに対するサイクル回数の影響

Fig.5-2に Pbの 30, 150, 300 サイクル後の CVを示した。

30サイクル後の酸化ピークは約 0.4 V、還元電位は-0.05V であるが、これらの曲

線はサイクルが増すに従って酸化電位、還元電位ともネガテイブシフト、すなわち

れ易い方へ移動している。すなわち、サイクルの増加とともに電極の構造が変化し、

SO4-2の見かけ上の活量が高くなったためと考えられる。300サイクルまでは酸化還元

ピークはシフトしており、活物質の活性化は進行していると考えられる。

Pb + SO4-2 ⇄ PbSO4 + 2e

-

E = E0 + RT/2F ln[PbSO4]/[Pb][SO4]

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Fig.5-1 測定機器および測定条件

Fig.5-2 鉛蓄電池の負極の 3M硫酸中における 30,150,300サイクル後のCV.

掃引速度:20mV/s

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5-5 300回サイクル後の鉛板負電極のSEM像

5-5-1 試料

300サイクル後の Pb板は精製水で洗浄後、50℃で, 2時間熱風乾燥した。

5-5-2 結果および考察

Fig.5-3は 300サイクル後の負極活物質断面(1.3mm)のSEM像である。

Fig.5-3 300サイクル後の負極断面SEM像:倍率55倍

SEM像のトップとボトムは負極の表面の端を示す。

-26-

中央部位

1/4 部位

電極表面

電極表面

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Fig.5-4は負極断面一部分を 2000倍に拡大したSEM像である。

Fig.5-4 300サイクル後の負極の断面のSEM像 :倍率2000倍

SEM像の左下部は電極が電解液と接している部分であり、電極表面である。一方、

SEM像の上部は電極のバルクである。このSEM像からは、活物質の結晶が界面部

位で大きく成長しており、バルク側では比較的小さいことがわかった。

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Fig.5-5 300サイクル後の負極の表面SEM像:倍率2000倍

Fig.5-6 300サイクル後の負極の表面SEM像:倍率6000倍

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Fig.5-5, Fig.5-6のSEM像では電極界面部は表面全体が5μm程度の結晶で密に覆わ

れているが、これはX線回折の表面部の組成分析から硫酸鉛であることが判明した。

Fig.5-5では、硫酸鉛の結晶は平均約5μmの大きさであり、この結晶が電極表面の多

孔性を減少させている。

反応の進行に従う電極の変化を調べるために、 電極厚み断面、バルクの結晶構造の状態

をSEM像観察した。

Fig.5-7, 5-8は電極表面から深さ 325μmにおける SEM像で倍率はそれぞれ 2000倍と

6000倍である。

Fig.5-7 表面から深さ約 325μmのSEM像:2000倍

Fig.5-8 表面から深さ約 325μmのSEM像:6000倍

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Fig.5-9 表面から深さ約 650μmのSEM像:2000倍

Fig.5-10 表面から深さ約 650μmのSEM像:6000倍

Fig.5-6の電極表面、Fig.5-8の表面から約 325μm,および Fig.5-10の表面から約 650μmの

硫酸鉛の結晶の大きさを比較すると表面平均 5μmに対して、電極内部(325μm, 650μm)で

は平均 2μmである。結晶の大きさは電極の表面より電極内部が小さい。

負極は放電反応では Pbから PbSO4が生成する。また充電反応ではその逆反応が起こるため、

PbSO4 は放電反応を妨害せず、さらに充電の際には速い反応が起こる電極の近傍の表面に保

存(リザーブ)しておく必要がある。そのため、鉛蓄電池はリザーブ型電池と言われている。

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5-6 300サイクル後の負電極の活物質のX線回折による組成解析

5-6-1 試料

SEM観察した試料をそのまま使用した。また粉末試料はSEMに使った塊状試料を乳鉢

で数μmに粉砕して用いた。

5-6-2 結果および考察

Fig.5-11は横軸を回折角 2θとし、縦軸を回折強度(counts)としたX線回折パターンであ

り以下のことがわかった。

① “Surface”は試料の表面部位を示す。鉛は赤印で示し、硫酸鉛は白丸印で示した。

鉛の回折強度のピークは微弱であり、ほとんどのピーク硫酸鉛に帰属される。

② “Thickness; center”は表面から約 650μmのサンプルのプロフイールである。

表面部位の回折と比較すると鉛のピークが比較的強いことがわかった。

③ “Thickness; edge ca. 10~100μm”は試料の表面から深さ約 325μmのX線パターン

である。回折パターンからは鉛と硫酸鉛とが混在していることが分かった。

④ “Homogenized;”は ①~③の試料を粉末にした試料の回折パターンである。一部に

一部に鉛が残っているが、ほとんど硫酸鉛であることを示している。

X線回折の組成分析とSEMの結果は比較的相関性が認められる。

Fig.5-11 X線回折法による負電極活物質の組成分析

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第 6章 鉛蓄電池負電極表面への抗酸化被膜形成とその効果

6-1 即用式鉛蓄電池の概要

即用式鉛蓄電池とは、出荷状態の蓄電池で、電解液を含有せず極板は乾燥した充電状

態であり、注液後、補充電なし、あるいは簡単な補充電をすることによって使用可能な

蓄電池である1)。

電解液が入った状態の鉛蓄電池は保管中は、陽極格子体の腐食や電池の自己放電によ

って硫酸鉛が負極に生成し、樹枝状に成長して正極と負極とを隔離する隔離版を貫通し

て、短絡を起こすことがある。

この問題を抑制するためには、ある一定の間隔で電池を補充電する必要がある。

このような保管中の電池の保守管理の問題を避けるために、未注液で、充電済の状態

(charged and dry)の鉛蓄電池が用いられる。一定期間後でも充電状態が維持されていれ

ば注液して即座に使用可能である。

6-1-1 即用式鉛蓄電池用電極の必要条件

即用式鉛蓄電池に最も重要な技術は、負極(海綿状鉛)の化成後の乾燥方法である。

陽極の活物質は二酸化鉛(PbO2)であり、二酸化鉛は空気中で乾燥しても酸化状態に変化

はないため、さほど問題はない。

負極は化成(formation)工程にて、活物質が海綿状鉛(Pb)に還元される。

その後、水洗し大気中で乾燥すると、還元された鉛はその後の乾燥工程で、再度酸化さ

れて、酸化鉛となる。そのため乾燥状態で安定な鉛負電極の作製が即用式電池には最も

重要な技術である。

6-1-2 即用式負極の製法

即用式負極の製法は二つに分類される。

(1) 機械的方法で空気を遮断して乾燥する方法

① イナートガス(inert-gas) 乾燥法;窒素(N2),または炭酸ガス(CO2)雰囲気中

極板を乾燥する方法。

② 過熱蒸気(superheated-steam)乾燥法;150℃に過熱した水蒸気の雰囲気で

極板を乾燥する方法。

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(2) 化学処理方法

機械的方法で空気を遮断する方法であるイナートガス乾燥法はプロパンガスを利用

する乾燥設備費が高価であり、さらに乾燥機内の雰囲気は加圧された条件下であるた

め、処理可能な電極のサイズに制限がある。

すなわち、これまでの即用式電極の作製法では処理能力に限りがあるため新たな方法

が必要である。

本章では、負極の鉛表面に還元化学物質の保護皮膜を形成させ、耐酸化膜によっ

て保護する方法に関して記述する。

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6-2 アルカリ性フェノール(石炭酸)処理による鉛電極の酸化防止効果

6-2-1 緒言

鉛蓄電池の輸出あるいは熱帯、亜熱帯地域での利用に関して、“即用性”は非常に重要

な問題である。鉛蓄電池は作成後、化成(初充電)して、電池として使用可能となる。国

内での自動車用の鉛蓄電池の場合は化成後、密閉して使用すれば特に問題はないが、海外

への輸出あるいは長期間の保存を考慮すると、電解液を注入していない状況での鉛蓄電池

の輸送、長期間の保管には、輸送コストの軽減、安全性の増加、自己放電の軽減等の多く

の利点がある。化成後、すなわち充電後、負極の酸化鉛は金属鉛に還元されている。海外

への輸出、使用を目的として電解液を除いた状態では、未処理の鉛電極は容易に酸化され、

容量は顕著に減少する。すなわち、使用する際に電解液を注入しても蓄電池としての十分

な性能を発揮できない。そのため、鉛蓄電池を「即用化」するためには、鉛電極(負極)

の耐酸化処理が必要となる。これまでの耐酸化方法としては高温加熱蒸気(SuperHeated

Steam)法が主に用いられているが、装置のコスト、メンテナンス、あるいは処理可能な電

極面積の制限もあり、必ずしも最良な方法ではない。本節では鉛電極の耐酸化性を向上さ

せる目的で鉛電極との相互作用が比較的強いと考えられるフェノール(石炭酸)を用いた

処理、すなわちフェノールの有機薄膜で保護した電極を作製し、その電極の耐酸化性の評

価、また、二輪車用電池とフォークリフト用電池として構成した場合の即様式電池として

の評価を試みた。フェノールによる耐酸化処理には1)低コスト、簡便な設備:電極を浸漬

する処理槽のみが必要、2)大面積の鉛電極も処理可能,等の利点がある。

6-2-2 実験

二輪車用電池、電極の評価

市販用の二輪車用負電極(35×50×2)を使用した。石炭酸(C6H5OH)水溶液の濃度は20%,

10%,5%,2.5%とした。また、それぞれのフェノールに対する水酸化ナトリウム

の添加量も変化させ、Table6-2-1 に示した4種類のアルカリ性フェノールを調製した。フ

ェノールの溶解度を高めるために、アルカリ性の溶液を用いた。

鉛電極をそれぞれの40℃のアルカリ性フェノール溶液に20 分間浸漬した後、90℃の大気中で

14時間乾燥した。その後、各電極の鉛の含有量を重量法で分析した。また、各電極を用い

た即用性電池性能評価を行った。

産業用(フォークリフト)用電池、電極の評価

フェノールの濃度は5%,7.5%,10%、溶液温度は15℃,30℃,40℃に設定

した。水酸化ナトリウムの濃度はフェノールに対して2%,4%,6%とした。電極の浸

漬時間は20 分、40 分、60 分とした。処理後の鉛電極の含有率は重量法で分析し、電池の

容量は100mA の定電流放電の際の終止電圧(5.25V)に達するまでの持続時間で評価した。

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6-2-3 結果および考察

Table6-2-1に用いた溶液の組成とその溶液で処理した場合のPb の含有量およびSHS 法

の電池を基準とした電池容量を示した。また、No.3 の溶液で処理した電極を用いた電池と

SHS 法で作製した電池の定電流放電(0.2A)の際の端子間電圧をFig.6-2-1に示した。

Table6-2-1 用いた溶液の組成およびその溶液で処理した場合のPb の含有量およびSHS

法の電池を基準とした電池容量

Fig.6-2-1 Terminal Voltage vs. discharge time (hour) for the battery using the SHS

treated Pb electrode (dashed line) and the Pb treated with the alkaline phenol aqueous

solution (solid line). The temperature of the battery: 25℃. Discharge current:0.2A.

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Table6-2-1 に示したように、即用式負電極の評価法の一つである負極活物質の酸化され

てない金属鉛(Pb)の含有量は、今回行った全ての条件で88%以上となった。フェノールの濃

度が2.5%から20%から増加するに従って、鉛の含有量が約88%から、95%に増加するのはフェノ

ールの鉛電極表面への吸着量に対応していると考えられる。現時点で、フェノール溶液での

処理後のフェノールの吸着量に関するデータは得られていないが、濃度が高い場合に酸化防

止能が向上していることはreasonable である。SHS 処理の場合、鉛の含有量は93%であるが、

フェノールの濃度が10.5%以上(溶液No.1,2)の溶液で処理した場合は、SHS 処理の場合の含有

量を上回り、この手法の有効性が示された。一方、電池容量はPb の含有量とは対応せずに、

低いPb の含有量、すなわち低濃度での処理の場合に増加する傾向となった。SHS 処理の電池

容量を基準(100)とした場合、2.5%のフェノール溶液で処理した電極を用いた電池の容量は

109 となり、9%ほど増加した。含有する金属鉛あたりの容量(容量/Pb)として比較すると、

20%のフェノールの場合は0.98 であるのに対して、2.5%の場合は1.23 となった。フェノール

処理後の鉛電極の表面状態および放電状態における電極表面の状態に関する情報が得られて

いないため詳細は不明であるが、高濃度のフェノールによる処理は鉛の酸化防止には有効に

機能しているものの、電極反応を阻害している可能性がある。より低濃度での実験を行えば

フェノール濃度の最適値を求めることも可能であった。フェノールの濃度が20%の場合を除い

ては今回用いた条件ではアルカリ性フェノール処理はSHS 処理と比較して、電池の容量とし

て4%以上向上することが示された。フェノールの濃度が10%以下の場合は鉛の含有率が減少す

るが、別の要因で容量が向上するため、電池の性能としては問題ないことがわかった。

No.3 の溶液の条件で処理した電極を用いた電池(二輪用MBC1‐6形、2AH/10

HR)の定電流放電実験を行ったところ、Fig.6-2-1 に示した結果が得られた。放電時間は

若干短いものの、アルカリ性フェノール溶液で処理した電極を用いた電池の放電特性はほ

ぼSHS 処理の電極を用いた電池の特性と一致した。このように、アルカリ性フェノール溶

液での鉛電極処理は即用式電池には非常に有効な方法であることが示された。これまで用

いられているSHS 法と比較しても優れた結果が得られた。Table6-2-2には種々の条件のアル

カリ性フェノール溶液で産業業鉛蓄電池の電極を処理した場合のPb の含有率(%)と放電時間

の結果をまとめた。

また、Table6-2-3 はTable6-2-2のデータを統計的手法による直交配列表(本報記載省略)

を作成し、分散分析表にまとめたものである。

Table6-2-2 及び6-2-3 より、以下のことが示された。

1)フェノール溶液の反応温度は高度に有意。

2)フェノールの濃度およびNaOH の濃度は共に高度に有意。

3)フェノールとNaOH の相互作用はあまり重要ではない。

4)鉛の含有量 Pb と電極の放電容量とは相関係数r=0.28で相関がない。

-36-

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Table6-2-2 産業用鉛蓄電池の鉛電極を処理したフェノール溶液の組成および反応条件

とその条件で反応させた場合の Pb の含有率(%)とその鉛蓄電池の放電時間。

Table6-2-3 Table6-2-2のデータの統計的手法による直交配列表から得られた分散分析表

Fig.6-2-2に初期充電後の産業用(フォークリフト)電池とフェノール溶液処理を用いた電

極を使用した電池の放電特性を比較した。25℃において5A の定電流放電を行い、端子間電圧

が1.75Vに達するまでの電圧変化を示した。産業用電池の場合、電極面積が大きく、SHS 法処

理を行うことは不可能であったので、この電池の場合は作成後十分に充電した後の電池とフ

ェノール溶液処理によって作製した電池を比較した。

-37-

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Fig. 6-2-2 Terminal Voltage vs. discharge time (hour) for the battery pre-charged (solid

line) and the Pb treated with the alkaline phenol aqueous solution (dashed line). The

temperature of the battery: 25 ℃. Constant discharge current: 5 A.

フェノール処理を行った産業用電池は初充電済の電池と放電特性に関してもほぼ同等の性

能を示している。

6-2-4 まとめ及び課題

二輪車用即用電池に関してはフェノール処理の電極を用いた電池とSHS 処理処理の電池の

性能を比較することができた。フェノール処理の電極を用いた電池はSHS 処理と同等あるい

は若干高い性能を示した。一方、産業用即用式鉛蓄電池に関してはSHS 処理の設備がないた

め、初期充電済の電池との比較を行ったが、フェノール処理の電池は十分高い性能を示した。

今回のアルカリ性フェノール溶液による電極処理を施した電極は即用式電池としての十分な

機能を有した。

しかしながら、この技術で製作された即用式電池は実用化には至らなかった。二輪車用の

場合も産業用の場合も、初期の放電時に電解液が赤く着色するという現象が観察されたため

である。

-38-

初充電済(陰極-Cd V)

初充電済(陽極-Cd V)

終止電圧 1.75V

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フェノールの保護膜が存在しない場合、鉛負極は放電に従って、

Pb+SO42-→PbSO4+2e-

の反応が起こり、電極表面に硫酸鉛が生成するため、電解液の硫酸イオンの濃度の減少は

起こるものの、電解液の着色という現象は起こらない。今回のアルカリ性フェノール溶液に

おける鉛電極の処理ではフェノールの濃度によって耐酸化性が影響を受けたことから、電極

表面にフェノールの積層膜が形成されていた可能性がある。アルカリ性溶液で吸着したフェ

ノール修飾鉛電極(Phenol-Pb)の酸化反応(一般的な電解酸化重合)

nPhenol-→(Phenol)n+ne-

が起こり、水溶性のフェノールオリゴマーあるいはポリマー(赤色に着色したことからある

程度共役が長い)が生成したため、電解液が着色したものと考えられる。初回の放電にこの

ような反応が起こり、電解液が着色しても,電池としての性能に悪影響を及ぼさないことが

確認できれば、この処理法は十分即用式電池の電極処理法として脚光を浴びたはずであるが、

企業の方針によって量産化の技術としては採用されなかった。

このため別の耐酸化保護膜の探索を行い、研究を行った。

-39-

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6-3 アスコルビン酸とホウ酸混合水溶液処理による即用式負極板

6-3-1 アスコルビン酸使用の経緯

抗酸化剤物質としてにホウ酸(H3BO3)水溶液を使用し、赤外線乾燥を行うドイツの特許

がある。しかしホウ酸は抗酸化剤としては弱く、この物質のみを使用した即用式電極の

作製は不可能であった。

そこで、より高い抗酸化能が期待される新規抗酸化剤として、D-イソアスコルビン酸(エ

リソルビン酸ナトリウム Sodium Erythorbate C6H7NaO6・H2O )を 1965年に電池業界で初

めて利用した。

6-3-2 アスコルビン酸の性質

Table 6-1に 0.3%エリソリビン酸の分解率を示した。30℃は 3時間後においても分解

率は 3.8%であるが、60℃の場合は1時間でも 3.5%, 3時間では 9.1%にも達した。

30℃ 60℃

1 時間 1.6 3.5

2時間 2.4 5.8

3時間 3.8 9.1

Table 6-1 水溶液中での 0.3%濃度のエリソルビン酸の分解率(%)

6-4 即用式負極板特性( 重量評価法)

即用式極板としての評価法には種々の方法があるがここでは活物質中の含有鉛

量(Pb)を分析する重量評価法を用いた。

鉛の分析法は試料を乳鉢で粉末にして秤量後、稀酢酸で酸化鉛を除去後さらに

硝酸処理して硫酸鉛を除き、最後に鉛を定量分析する方法である。

評価基準(製品としての合格基準)は極板一枚の活物質中に鉛が含有される重量 %が

85%以上である。

6-4-1実験

試料極板は二輪用工場品を使用した。

化成(formation)終了した電極は水中に浸して保存した。

試料極板は種々の濃度のアスコルビン酸とホウ酸の混合溶液で 40℃、20分間

処理した。ホウ酸の濃度は 5%に固定し、アスコルビン酸の濃度は 0~1%まで変

化させた。

-40-

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6-4-2 結果および考察

横軸にアスコルビン酸添加濃度(wt%)を縦軸には極板活物質の含有鉛(Pb)%を示

した(Fig.6-1)。過熱蒸気処理の場合は Pbは 88~95%である。

アスコルビン酸を含まないホウ酸のみの処理では Pb%は約 77%であるが、添加す

るアスコルビン酸の濃度の増加とともに増加し、アスコルビン酸添加量 0.2%~

0.8%でほぼ一定となった。

このことからホウ酸量 5%、アスコルビン酸量 0.2%が最適条件で過熱蒸気処理法

よりも高い機能を示した。

Fig.6-1 アスコルビン酸+ホウ酸混合水溶液と活物質中の Pb%との関係

6-5 即用式電池性能試験

6-5-1 即用性能試験

自動車用 48D26R形蓄電池を使用した。負電極はアスコルビン酸+ホウ酸処理の即用

式を使用した。比較のために過熱蒸気処理即用式した負電極も使用した。電池に用

いた硫酸の比重は 1.280(20℃)である。150アンペアの定電流放電を行い、端子電圧

を測定した。なお放電中の電池温度は 25度とした。

6-5-2 結果および考察

Fig.6-2は X軸には放電持続時間(分)を、Y軸には端子電圧(V)を取った放電曲

線である。放電曲線は放電開始時から 2分後までは両電地とも、ほとんど差が

ないが、放電持続時間は過熱蒸気処理品が 5分 00秒に対してアスコルビン

酸とホウ酸を併用した電池は 5分 20秒であった。約 4%ほどアスコルビン酸

とホウ酸で処理した電池が優れていた。

-41-

75

80

85

90

95

100

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1

Pb

wt%

アスコルビン酸濃度 wt% ホウ酸濃度(%)

Pb%

0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5

アスコルビン酸濃度(%)

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Fig.6-2 アスコルビン酸+ホウ酸処理電池と過熱蒸気処理電池との高率放電特性比較

6-5-3 充電受入れ性能試験(Charge acceptance after deep discharge)

放電後の充電受入れ試験は SAE規格に従った。

① 比重 1.280, 20℃の電解液(25℃)を注入し、1時間静置後 15Aの電流で 25Ah,

すなわち1時間40分の放電を行う。② 放電終了後30°F(-1.1℃)まで冷却する。

③ 冷却後 14.4Vの定電圧充電を 10分間行う。④ 10分後の電流値を測定する。

Fig.6-3 アスコルビン酸+ホウ酸処理電池と過熱蒸気処理電池との充電受入特性比較

-42-

0

2

4

6

8

10

12

0 1 2 3 4 5 6

端子電圧(

v)

持続時間(min)

アスコルビン酸+ホウ酸処理

過熱蒸気処理 終止電圧 6V

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6-5-4 結果および考察

充電受入試験は 14.4Vの定電圧充電の条件で充電状態を評価する試験である。

特性曲線は 10分間の充電電流を表した。

Fig.6-3より充電時間 10分の充電電流値はアスコルビン酸+ホウ酸処理品の方

が過熱蒸気処理品より約1A高い。すなわち充電速度が速いことを示している。

-43-

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6-6 アスコルビン酸とホウ酸混合溶液処理鉛板のEPMA解析

6-6-1 EPMAの概要 1,2),

Electron Probe(Xray)Micro Analyzer、略して EPMAは、創始者のフランスの Castaing

の命名によるものであり、直訳的な日本語では電子探針微小部分析装置となる。

日本ではX線マイクロアナライザーという呼び方がされてきた。しかしEPMAは、SE

Mとしての観察機能を始めとして、電子線を照射して微小部の種々の情報を得る総合的な分

析装置としての機能を有するようになり、信号がX線とは限らないことから、電子線マイク

ロアナライザーと呼ばれている。

本装置は細く絞った電子線を試料に掃射し、その部分から発生する特性X線を検出して、何

が( 4Be~92U)どこに(nmオーダ), どれだけ(0.01w%~100.00w%)あるかを明かにしてい

くという微小部の元素の定性・ 定量分析を行い、同時に発に発生する電子や光の信号も利用

して 幾何学的形状や電気的特性・結晶状態などをか解明する装置である。

波長分散形X線検出器(WDXあるいはWDS)を搭載したX線検出器(EDXあるいはED

S)を取り付けたSEM(SEM-EDX)は類似装置であるが、高分解能観察に優れたSEM

と、精密な元素分析力とX線スペクトル解析による状態分析力を有した EPMAは区別して取り

扱われる。

ここで、電子、イオン、X線を用いた表面表面・微小部分析法を定性的に整理して、EP

MAの位置づけをしておく。電子やイオンが物質に衝突すると、物質内の原子あるいは分子

により散乱される。場合によっては、物質の有する電界や磁界によっても散乱を受ける。こ

の結果、入射電子・イオンは運動方向や運動エネルギーが変化する。この変化は直接、間接

に、物質つまり試料の組成、結晶構造、形状といったものを反映している。一方、電子やイ

オンの照射を受けた試料は、エネルギーの注入を受けたことになり、励起状態になり、試料

を構成していた電子、原子(イオンの場合もある)、分子の放出を行ったり、X線や光を発生

して安定状態に戻ろうとする。ここで発生した電子、イオン、X線などは試料の情報を有す

る。また、X線が照射された場合も同様に散乱と励起が起こり、電子やX線が発生する。

これらの現象は物質を解明する手段として広く使われており、総称して物理分析と呼ばれて

いる。さらにこれらの中で、入射粒子・波の侵入深さと信号の脱出深さの少なくとも一方が

1A~1μm程度のとき、表面分析と呼ばれる。

また、入射側の横方向の広がりが数μm程度以下のときは微小部分析(マイクロアナリシ

ス)と呼ばれる。 EPMAの空間分解能(spatial resolving power)とは、微小部の観察あるい

は分析を行うときの、試料微小部の本来の形状を正しく表示する能力と、目的とする分析対

象物あるいは領域を、近傍の他の対象物あるいは領域から正確に区別して定性、定量、その

他の分析を行うときの精度を保証する能力をいう。

-44-

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6-6-2 各種分析法・装置と比較 2)

Table6-2には代表的表面分析法の機能・能力を示した。

汎用的に良く用いられるバルク試料用の5種の分析法、EPMA, SEM-EDX, AE

S,SIMS,XPSについて分析テーマ別に得意・不得意を定性的に示したのが下表(Table

2)である。◎○△×はあくまでも参考である。原理上の能力以外に、解析ソフトの充実度、

試料前処理の容易さなども考慮している。

Table 6-2. 代表的表面分析法の機能・能力

-45-

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さらに Table 6-3には各種表面分析装置の特徴を、Table6-4にはSEM・EPMAの位置付

けを下表に示した 3)。

Table 6-3. 各種表面分析装置の特徴

Table 6-4. SEM・EPMAの位置付け

-46-

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EPMAで使用する波長分散型X線分光器(WDS)は、エネルギー分散型X線分光器(EDS)

と比較して、分解能が高いことが特徴である。このためEPMAは走査型電子顕微鏡(SEM)

にEDSを搭載したモデルと比較し、より高精度で高感度な分析ができる。

装置本体の構成 4)

装置本体は、電子銃、ステージ、光学顕微鏡、電子検出部、X線検出部、および

真空排気システムで構成されている。

Fig. 6-4 SHIMAZU 2010/05

第 6章 1項、2項の文献

1) 福島啓義、電子線マイクロアナリシス、日刊工業新聞社、基礎編(1993)

2) 福島啓義、‘第 48回 表面科学基礎講座(2009)’表面・界面分析概論および

電子プローブX線マイクロアナライザと走査電子顕微鏡

3) 林広司、‘第 49回 表面科学基礎講座(2010)’表面・界面分析の基礎と応用

4) 電子線マイクロアナライザー(SHIMADZU)取扱い説明書

-47-

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6-6-3 Pb基板

市販の純鉛(99.99%)で、 10mm×10mm,2mm厚みの板を使用した。

6-6-4 試料作製

アスコルビン酸とホウ酸の混合の影響を明かにするために以下の四種類の試料を作

製した。

試料1. アスコルビン酸 0.5gとホウ酸 2.5gを評量した。40℃精製水 50mlにホウ

酸を溶かし、続いてアスコルビン酸を加えて 撹拌した。その混合水溶液に純

鉛板試料を浸漬した。その後、50℃で 2時間熱風乾燥した。その後、試料は

大気中で室温にて保管した。

試料2. 純水 50mlを 40℃に加温し、純鉛板試料を 20分間浸漬した。その後 50℃

で、2時間熱風乾燥した。その後、試料は大気中、室温にて保管した。

試料3. 40℃のホウ酸 5wt%のみの水溶液とし、その水溶液に純鉛板試料を投入し、

20分間浸漬した。その後、50℃で 2時間熱風乾燥した。その後、試料は大気

中で室温にて保管した。

試料4. アスコルビン酸 1wt%のみの水溶液に純鉛板試料を 20分間浸漬した。その

後、50℃で 2時間熱風乾燥した。その後、試料は大気中で室温にて保管した。

6-6-5 断面試料作製法

試料表面からの深さ方向の酸素濃度など鉛板表面状態の変化を測定するため、イ

オンシニング法を用いて試料断面を作製した。シンニングによる断面作製は、鉛試

料板の一部をアルゴンイオンスパッタリング加工によって幅 2mm,深さ 1mm角に切り

出した。使用機器は Hitachi Ion Milling System E-3500を使用、アルゴンイオン

スパッタリング時間は10時間である。

-48-

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6-6-6 EPMAによる分析

得られた断面についてEPMAによる断面観察と酸素濃度分析を行った。定性

分析では試料に含まれる酸素を調べた。、試料に含まれる酸素元素の分布位置を調

べ、試料断面上の酸素の濃度分布をマッピングした。加速電圧は 15kVに設定した。

またEPMAの画像倍率は 4000倍にした。

6-6-7 EPMAによる高倍率マッピング

各試料の断面画像における酸素濃度が色によって表示されている。ここで、色

と濃度の対応は右のスケールに示しているが、それぞれの試料測定におけるEP

MAでの測定条件が異なるので、各試料のデータの酸素濃度絶対量の比較につい

ては写真下部の(すなわち表面から十分に深い所の)酸素濃度が同じであるとし

て比較すべきである。

Fig.6-6 アスコルビン酸+ホウ酸を添加しない断面マッピング分析画像

Fig.6-6 に、試料2の断面での酸素マッピング画像を示した。図に見られるよう

に、試料表面に沿って表面から深さ1μm程度の幅で、高い濃度の酸素が存在し

ており、表面がこの程度の深さまで強く酸化されていることが分かる。

-49-

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Fig.6-7 ホウ酸処理のみの断面マッピング分析画像

Fig.6-8 アスコルビン酸処理のみの断面マッピング分析画像

Fig.6-7に、試料3のホウ酸処理した断面の酸素マッピング画像を、Fig.6-8に、試料4のア

スコルビン酸のみで処理した試料断面での酸素マッピング画像を、それぞれ示した。詳細に

観察すると表面極近傍において酸素濃度の高い箇所が観察され、表面の一部は酸化されてい

ることが分かる。また、図に見られるように、断面全体に酸素が検出されているが、この断

面で検出されている酸素は試料断面作成後に露出した表面部分がEPMA測定の間に酸化さ

れた結果と考えられる。

-50-

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Fig. 6-9 アスコルビン酸+ホウ酸処理鉛板の断面マッピング分析画像

Fig.6-9 に、試料1のアスコルビン酸とホウ酸の混液溶液で処理した試料断面の酸素マッピ

ング画像を示した。試料表面および表面深部にも酸素濃度は低く、表面及び表面内部までの

酸化が少ないことを示し、アスコルビン酸およびホウ酸処理の効果を示している。また、こ

の断面で検出されている酸素は試料断面作成後に露出した部分がEPMA測定まで間に酸化

された結果と考えられるが、よく見てみると表面極近傍において酸素濃度が小さく、この酸

化の進行が少ないように見える。この結果については、6-8において、さらに詳しい解析を

行う。

6-6-8 結果および考察

EPMAによる鉛試料表面近傍の酸素濃度を測定した結果、表面深さ方向の断面の酸素濃

度分布が測定ができた。また、試料断面の酸素濃度マッピングによって酸素の分布を確認出

来た。また、アスコルビン酸とホウ酸併用の処理した場合の試料の表面における酸素濃度が

最も低く、アスコルビン酸およびホウ酸混合処理溶液処理の相乗効果があることが示された。

-51-

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6-6-9 アスコルビン酸及びホウ酸処理における鉛板表面状態の径時変化

アスコルビン酸およびホウ酸混合溶液処理が即用式電池の耐酸化膜として長期保存に対

して有効であることを示すために、6-6-5にて断面を作製したそれぞれの試料を3カ月間

室内放置して、作製断面の表面における酸化の径時変化をマッピング分析することにより、

表面状態を観察した。

1. 未処理の鉛板断面マッピング

Fig.6-10 処理直後 Fig.6-11 室内放置 3ケ月後

2. ホウ酸のみで処理した断面のマッピング分析画像

Fig.6-12 処理直後 Fig.6-13 室内放置3ヶ月後

-52-

は酸素元素 O の痕跡

は酸素の存在が特に高い領域

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3. アスコルビン酸のみで処理した断面マッピング

Fig. 6-14 処理直後 Fig.6-15 室内放置3ヶ月後

4. アスコルビン酸+ホウ酸混合溶液で処理した鉛板の断面マッピング

Fig.6-16 処理直後 Fig.6-17 室内放置3ヶ月後

結果および考察

それぞれの試料断面の3ケ月後の酸素濃度観察結果を比較すると、ホウ酸またはアスコル

ビン酸のみの鉛板では、表面付近に酸素元素の生成が見られる。(赤印で示した。)一方,

アスコルビン酸およびホウ酸混合溶液で処理した試料は、3ヶ月後でも酸素の存在が確認で

きない。このことは 3 ケ月ではホウ酸、アスコルビン酸を単独で使用した場合は抗酸化剤と

しての機能は低下し、表面が一部酸化するものの、両者の混合溶液で処理した場合は相乗効

果が生じ、抗酸化剤としての効果を維持していたことを示す。

-53-

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6-6-10 EPMAによる酸素濃度マッピングと酸素分布測定

EPMA画像観察

アスコルビン酸+ホウ酸処理した試料では、既に記述した Fig.6-16 に示したように、

試料表面には酸素の存在はマッピング分布からは認められない。

一方、精製水の処理した試料では記述した Fig.6-18に示したように、酸素は表面全体に

認められている。

酸素濃度の Line Analysis

アスコルビン酸+ホウ酸による処理が、抗酸化剤としては有効な処理方法であること

がEPMA画像観察および酸素濃度の深さ方向分布測定からも明かである。ここに、両

者を比較した。

Fig.6-18 両抗酸化剤を使用しない精製水だけの処理試料した酸素濃度分布

Fig.6-18に、精製水で処理した試料断面での酸素マッピング画像と、酸素濃度の深さ方

向分布を示した。酸素マッピング画像に見られるように、試料表面に沿って表面から深

さ1μmまで、高濃度の酸素が広がっており、表面がこの程度の深さまで強く酸化され

ていることが分かるが、このことは酸素濃度の深さ方向分布測定からより明白に示され

ている。酸素分布のグラフに於ける表面付近での立ち上りカーブから、この分布の深さ

方向の分解能は、0.1μm程度であることが分かる。また、表面近傍の酸素濃度のピーク

の幅から、表面直下約1μmに渡って酸化が進んでいることがわかる。

-54-

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Fig.6-19 アスコルビン酸+ホウ酸混合溶液で処理試料の酸素濃度分布

Fig.6-19に、試料1のアスコルビン酸とホウ酸処理した試料断面での酸素マッピング画

像と、酸素濃度の深さ方向分布を示した。酸素マッピング画像に見られるように、試料

表面にも表面深部にも酸素濃度は低く、表面及び表面内部までの酸化が少ないことを示

し、アスコルビン酸およびホウ酸処理は酸化防止膜としての機能を十分に示しているこ

とが分かる。また、この断面で検出されている酸素は試料断面作成後に露出した部分が

EPMA測定までの間に酸化された結果と考えられるが、酸素マッピング画像では表面

極近傍において酸素濃度が小さく、この酸化の進行が少ないように見えた。この結果に

ついては、このことは酸素濃度の深さ方向分布から明確に分かる。酸素濃度のグラフの

表面からの立ち上がりカーブから、この分布の深さ方向の分解能は、0.1μm程度である

ことが分かるが、表面内部の深い所の酸素濃度に達するまでには2μm程度のゆるやか

なカーブを描いている。このことは、表面近傍の酸素濃度が低く、表面直下の酸化が抑

制されていることを示している。これらの結果については、6-8においてさらに詳しい

解析を行う。

-55-

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6-7 EPMAおよび線分析による考察

前節 6-6では、アスコルビン酸とホウ酸処理した試料断面での酸素マッピング画像と、

酸素濃度の深さ方向分布から、試料表面にも表面深部にも酸素濃度は低く、表面及び表面

内部までの酸化が抑えられていることを示していることが分かった。そこで、これらの結

果についてさらに詳しい解析を行った。

これまでは負電極表面への抗酸化剤付着が不働態になり、大気中の酸素を阻止していると

マクロ的解釈が通例であった。しかし、今回、EPMA線分析を解析した結果、試料表面

にも表面直下の領域にも酸素濃度は低く、表面及び表面内部までの酸化が少ないという新

しい事実を見出した。この新規発見について、アスコルビン酸の抗酸化効果はホウ酸併用

によって表面直下内部の酸化が抑制されているのではないかと考え、これが酸化防止のメ

カニズムになっているのではないかと考えた。そこで、この酸素濃度分布曲線を解析する

ことにより酸化防止メカニズムの解明を行った。

6-7-1 EPMA画像と線分析

Fig.6-20, 21はEPMA画像と線分析曲線を示した。

Fig.6-20は試料2の酸素濃度の深さ方向プロファイル、及び、Fig.6-21の、試料 1の酸素

濃度の深さ方向プロファイルにおいて、表面から深い部分において一定の酸素濃度が検出

されていることについて説明する。この酸素は断面観察用試料の作成過程および分析過程

において付着した酸素である。試料は市販の純鉛(99.99%)を使用した。試料の形状は 2mm(T)

×10mm×10mmの正方形のものであり、断面観察用試料の作製は既述 6-6-4に記載したよう

に、アルゴンイオン照射によるスパッタリング加工である。試料の一部を幅 2mm,深さ 1mm

にわたり切り出すことによって、観察用断面を作製した。ここで、スパッタリング終了か

ら次の EPMA分析操作を開始するまでの時間、一旦大気中に置かれており、むき出しとなっ

た断面部分の金属鉛 Pbが大気に晒された結果、酸化されたものと考える。

-56-

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A点

B 部分

Fig.6-20

Fig.6-20の、試料2のアスコルビン酸とホウ酸の処理をしない試料断面での酸素濃度の

深さ方向プロファイルでは、表面近傍の酸素濃度の高いピークの幅(図の B部分)から、

表面直下約1μmに渡って酸化が進んでいることがわかる。

C 部分

Fig.6-21

Fig.6-21の、試料1のアスコルビン酸とホウ酸処理した試料断面での酸素濃度の深さ方

向プロファイルでは、表面近傍の酸素濃度が表面内部の深い所の酸素濃度に達するまで

には2μm程度のゆるやかなカーブを描いている(図の C 部分)。これらの結果について

以下においてさらに詳しい解析を行う。

-57-

x

F(x)

A 点

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6-7-2 線分析 1.2)

Fig.6-21の酸素濃度の深さ方向プロファイルの線曲線を EPMA像と対比してみる。

深さ方向を X軸とし、酸素濃度(Counts)を F(X)とする。線曲線の X軸 0.000~0.003mm

間はバックブランドである。酸素濃度曲線は 0.003mm(A点・表面位置)より立ち上り、

ゆるやかに増加して、その後はほぼ一定である。表面位置Aからの立ち上がりカーブか

ら、この分布の深さ方向の分解能は、0.1μm程度であることが分かる。

そして、このカーブは表面直下から内部まで一定量になっているのではなく、内部の量

に達するまで、緩やかに増加したカーブを描いている。これは、表面近傍の酸素濃度が

表面内部の深い所の酸素濃度に達するまで緩やかに変化をしていることを示すものであ

り、表面近傍層において酸化が抑制されていることを示す。

一般に、表面から深さ方向の元素分析を行う場合には、まず、表面の元素分析を行い、

次に、表面を少し削って、ある深さの層を出して元素分析を行い、これを繰り返すこと

によって行われるが、今回の深さ方向の元素分析は、試料を縦に削って断面を出し、そ

の断面を面分析マッピングすることによって、酸素濃度の領域分布を測定している。

ここで、この酸素濃度は、鉛断面を作成した後に酸化したことによる酸素の量が検出結

果に大きく現れている。

鉛断面のそれぞれの領域において、元々表面極近傍の層に対する断面領域における酸素

濃度の量は、条件の違う4つの試料において、大きく異なる様相を示す。

何も処理をしていない試料においては、元々表面から深部にあった層に対応する断面

領域における酸素濃度の量に比べて極めて大きなピークを示し、これは、断面作成以前

から、表面近傍が相当酸化していたことを示している。

一方、処理をした試料においては、元々表面から深部にあった層に対応する断面領域

における酸素濃度の量よりも少なく、その量は、元々表面であった領域(即ち、断面の端)

で、ほぼ0であり、元々表面近傍だった領域においては、表面から深くなる方向の領域

にゆっくりと酸素濃度が上昇し、その後、元々表面から深部にあった層に対応する断面

における酸素濃度の量に達し、一定の値を示している。

この結果は、断面作成後の酸化による酸素の量が、元々の表面極近傍層領域において少

ないことを示す。即ち、断面作成後の酸化が抑制されていることを示す。

これは、酸化防止処理の薬品が鉛表面直下近傍層における鉛結晶粒塊の隙間に浸み込

んで安定に滞在し、酸化防止効果を表面直下近傍層まで発揮していることを示す。

薬品処理をした試料における、元々の表面極近傍層領域における酸素濃度のカーブは、

酸化抑制効果を示したものに対応しており、酸化防止処理の薬品が表面から深さ方向

にどのように分布しているかに対応している。

-58-

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アスコルビン酸とホウ酸の両抗酸化剤が鉛 Pb単結晶粒塊の隙間に浸透して、酸化を阻

止しているメカニズムについて、酸化の抑止曲線式を提案した。

Fig.6-21の C領域(赤マークで囲んだ曲線部分)は酸素濃度立ち上り領域の曲線式を下記に

示す。

( )

−−=

λxnxF exp1

ここで λ:酸素侵入距離(μm)

n:両抗酸化剤の濃度

F(x):侵入酸素量(赤丸内の C領域)

6-7-3 考察

アスコルビン酸とホウ酸処理を行った鉛の表面付近の酸素濃度が、表面から深さ

方向のある程度の深さまで浸透している結果は、この処理によって(表面の外観では

なく)表面直下層に酸化を抑制する層が出来ていることを示すもので、酸化を防ぐ新

しいメカニズムを示す発見である。

これらに関しては、酸素濃度深さ方向プロファイルにおける表面直下領域の分布特性

に着眼出来たことが最も重要な要因であった。この着想が従来のマクロ的考え“抗酸

化剤の表面付着”の先入観をブレイクスル-して、“表面直下層に酸化を抑制する層形成”

というナノレベル思考である。

ここに抗酸化剤の新規なメカニズムを見出すことが出来た。

6-7-4 第 6章 7-2項の引用文献

1) 藤居義和 第 46回表面科学基礎講座(2008), 日本表面科学会p107-p111

2) 藤居義和 第 48回表面科学基礎講座(2009), 日本表面科学会p209-p212

-59-

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6-8 鉛電極の酸化防止に対するアスコルビン酸とホウ酸の協奏効果の検討

前節までの電気化学的な即用性能試験およびEPMA による表

面分析によって、化学処理による鉛蓄電池の負電極の酸化防止

には、アスコルビン酸(scheme1a)及びホウ酸(Scheme1b)の

単独処理と比較して両化合物を混合した溶液によるアスコルビ

ン酸-ホウ酸混合溶液処理が、極めて高い鉛電極の酸化防止

能を示すことがわかった。それぞれの分子構造をScheme

1 に示した。アスコルビン酸は5員環にカルボニル基と2つの

OH基、および側鎖に2個のOH 基を有し、一方ホウ酸は3つのOH

基を有しており、分子間の水素結合の可能性は十分にある。ホ

ウ酸はホウ素のオキソ酸であり、殺菌剤、殺虫剤、眼科領域における医薬品、難燃剤、原子力発

電におけるウランの核分裂反応の制御、そして他の化合物の合成に使われる弱酸の無機化合物で

ある。一方、アスコルビン酸は水溶性ビタミンであるビタミンC であり生体内での主な作用は抗

酸化作用である。また、工業的にも多方面で使用されているが、基本的な役割は生体内と同様の

抗酸化剤である。ホウ酸、アスコルビン酸それぞれの機能に関する研究は多方面から行われてい

るものの、両化合物を同時に使用した際の効果に関する研究はほとんど行われていない。本節で

は鉛の酸化防止に関する協奏的効果を1)化合物としての安定性(耐酸化性)、2)赤外分光法によ

る分子間の水素結合の影響、および3)鉛単結晶表面における吸着構造的側面から検討した。

6-8-1 実験

0.2-1.0%のアスコルビン酸および所定のホウ酸の混合溶液を調製し、加熱温度および時間を変化

させアスコルビン酸濃度を定量した。具体的には加温前及び加温後の溶液からホールピペットで

1mL の溶液を採取、純水4.0mL を加えて5 倍に希釈した溶液の1mL に2%メタリン酸溶液5mL を加

え、インドフエノール溶液により直接滴定法によってアスコルビン酸濃度を定量した。

インドフエノール溶液は2-6 ジクロロフエノールインドフエノール500mg を1L の純水に溶解し、

ろ過して調製した。正確な濃度は所定の濃度の標準アスコルビン水溶液(50mg の標準アスコルビ

ン酸に5%メタリン酸液を加え100mL とした溶液)によって滴定して求めた。

赤外スペクトルの測定にはバイオラッドFTS-6000 赤外分光器を用い、アスコルビン酸、ホウ

酸それぞれをKBr に分散させたサンプル、固体状態でアスコルビン酸、ホウ酸をモル比1:1 で

混合したサンプル、および、10 mLの希薄混合溶液(アスコルビン酸1%の水溶液にホウ酸をモル

比1:1 で混合した溶液)を40℃で風乾させサンプルを調製した。相互作用のない孤立分子とし

てのサンプルの赤外スペクトルの計算と振動バンドの帰属にはGausian を用いた。

-60-

Scheme 1

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6-8-2 加熱処理に対するホウ酸の影響の実験結果および考察

0.206、0.389、0.589、0.765、0.963%のアスコルビン酸水溶液を大気中で20分間、60±1℃

に加熱した場合のアスコルビン酸の濃度と初期濃度に対する比をTable6-8-1 に示した。

Table6-8-1 種々の濃度アスコルビン酸水溶液を60℃にて20 分間加熱した場合のアスコ

ルビン酸(AA)の濃度([AA]20)および初期濃度([AA]0)に対する比([AA]201)

また、ホウ酸の濃度を5%に固定し、アスコルビン酸の濃度を変化させた溶液を60±1℃、に

て20minおよび60min.加熱した場合のアスコルビン酸の濃度及び初期濃度に対する濃度比を

Table6-8-2に示した。

Table6-8-2 種々の濃度のアスコルビン酸水溶液と5%のホウ酸溶液を60℃にて20 分間加熱

した場合のアスコルビン酸(AA)の濃度([AA]20)、60 分間加熱した場合の濃度([AA]60)

およびそれぞれの初期濃度([AA]0)に対する比。2)

Fig.6-8-1 に種々の条件下で加熱処理したアスコルビン酸の濃度変化を示した。データ

はTable6-8-1 および6-8-2 から得たも

のである。

アスコルビン酸は比較的熱に弱く、

加熱によって、デヒドロアスコルビン

酸に酸化される。60 ℃という比較的低

温での実験であるが、僅か20 分の加熱

で、ホウ酸が共存しない場合、すなわ

ちアスコルビン酸単独の溶液を加熱し

た場合はアスコルビン酸の濃度は酸化

あるいは分解によって低下した。特に

濃度の低い場合の濃度減少が顕著であ

-61-

Fig. 6-8.1 [AA]/ [AA]0 vs. [AA] heated at 60 °C

under the conditions of a) without boric acid after

20 min, with 5 % boric acid after b) 20min, and

c) 60 min.

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り約0.2%のアスコルビン酸の場合は加熱によって95%程度まで濃度が減少した。一方、5%のホ

ウ酸を共存させた場合は今回の加熱条件(60℃,20 分および60℃、60 分)における濃度変化も

Fig.6-8-1 に示した。測定誤差は比較的大きいものの、20 分間の加熱および、60 分間の加

熱後ではアスコルビン酸の濃度変化は実質的には観測されなかったことが示唆されている。

この実験結果はあくまでも溶液中におけるアスコルビン酸の酸化防止剤としてホウ酸が有効

に機能していることを示しているものであるが、鉛基板上に吸着し

た場合も、後に示すようなアスコルビン酸とホウ酸の水素結合あるいはホウ酸の水素結

合ネットワークへのアスコルビン酸の固定化等によってホウ酸はアスコルビン酸の自然

酸化を防止する機能を有していると考えられる。

6-8-3 赤外分光法によるホウ酸とアスコルビン酸の相互作用の検討

Fig.6-8-2 にChem3D で最適化した

ホウ酸の分子構造を示した。ホウ酸は

平面三角形構造であり、結晶状態では

3個のOH 基によって互いに水素結合

を形成している。Fig.6-8-3a)にKBr

に分散させたホウ酸の赤外スペクト

ル、b)に、Gausian によって計算した

ホウ酸の孤立分子のスペクトルを示した。

孤立分子として計算されたホウ酸のスペ

クトルには、3950cm-1 にシャープなOH の

伸縮振動が現れているが、実測のスペク

トルでは、ピークが3220cm-1 で3000-

4000cm-1 に渡る幅広いバンドとして観測

されている。このことはホウ酸分子のOH

基が互いに水素結合していることを

示している。また、スペクトルa)で観

測されている1450cm-1のバンドはB-O 伸縮

に対応しているが、このバンドも比較的半

値幅の広いバンドであり、OH 伸縮と同様に、

水素結合の影響を受けていることを示して

いる。

-62-

Fig. 6-8-3 a) IR spectra of boric acid dispersed in KBr and calculated spectrum of boric acid.

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Fig.6-8-4にはChem3D で最適化したア

スコルビン酸の5員環平面の上部から観

察したa)Topview および横から見たb)Side

view を示した。アスコルビン酸は5員環

を骨格としてアルキル基、OH 基等を有して

おり、比較的バルキーな構造である。

後に示すように、金属基板には環のカ

ルボニル基あるいは、二カ所のOH 基によ

って吸着していると考えられるが、対称性

は低いため、表面で規則構造を形成

する可能性は低いと考えられる。ま

た,アスコルビン酸は水素結合を形

成する可能性のあるOH 基を分子内

に4 個のOH 基を有する。Fig.6-8-5

a)にKbr に分散させたアスコルビン

酸の赤外スペクトル、b)には、

Gausian によって計算したアスコル

ビン酸の孤立分子のスペクトルを示

した。また、c)-f)は分子の4個のOH 基

の位置を示している。アスコルビン酸の

場合はc)-f)に対応するOH 基の伸縮振

動が3900、3876、3868、3830cm-1 とし

て計算された。これらの4つのOH 基が

分子間で種々のモードの水素結合を形

成することにより、スペクトルa)に示

すような幅広いバンドとして観察され

ていると考えられる。このように、ホ

ウ酸およびアスコルビン酸はOH 基を有

し、それぞれ単独の場合は分子間に強い

水素結合を有していることが示された。

鉛電極の酸化保護能は各成分の単独処理と

比較すると両成分の混合系で効果が向上したことが示されているためアスコルビン酸とホウ

酸の分子間の相互作用が働いていることが予想されるため、アスコルビン酸とホウ酸の混合

系を検討した。

-63-

Fig. 6-8-5 a) IR spectra of ascorbic acid dispersed in KBr and b) calculated spectrum of ascorbic acid. c)-f); molecular structures showing the positions of OH group in acscorbic acid. The calculated frequencies for the OH stretching are c) 3900, d) 3876, e) 3868, and f) 3830 cm-1.

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Fig.6-8-6には2種類の方法で作成したアスコルビン酸とホウ酸の1:1 の混合物の赤外

スペクトル及び両者の差スペクトルを示した。a)は固体のアスコルビン酸と固体のホウ酸

を混合した後にKBr に分散させたサンプルのスペクトルである。このスペクトルには

3526,3411,3314cm-1 にアスコルビン酸のOH 伸縮振動に帰属されるバンドが明白に観測さ

れた。また、3215 及び2250cm-1 付近にホウ酸に帰属されるバンドが観測されたことから

確かにアスコルビン酸とホウ酸が存在していることが確認された。このスペクトルとアス

コルビン酸単独のスペクトルの差スペクトルを計算したところ、ホウ酸単独のスペクトル

とほぼ一致した。すなわち、この混合物のスペクトルはアスコルビン酸とホウ酸のスペク

トルの単純な和となっており、両者の相互作用は観測されなかった。

一方、b)は1.8mM アスコルビン酸と1.8mM ホウ酸の混合水溶液から調製したアスコルビ

ン酸とホウ酸の混合物のスペクトルである。

このスペクトルにはa)と同様に3527,3412,3317cm-1 にアスコルビン酸のOH 伸縮振動に帰

属されるバンドが明白に観測され、3223 及び2250cm-1 付近にホウ酸に帰属されるバンド

が観測されたことから確かにアスコルビン酸とホウ酸が存在していることを示している

が、それぞれのピーク強度比は異なった。スペクトルa)とb)の違いを明白にするために、

差スペクトル(c)を求めた。この差スペクトルには3500cm-1付近の減少と3200cm-1 付近の増

加が観測された。このことはアスコルビン酸間、ホウ酸間の水素結合に加えて、アスコル

ビン酸-ホウ酸間の水素結合が形成したことを示唆している。アスコルビン酸の4個のOH

基、ホウ酸の3個のOH 基でどのような水素結合が形成されるかは現在の所特定はできな

いが、可能性のある構造をFig.6-8-6d)に示した。ここでは、アスコルビン酸の5員環に

結合している2個のOH 基とホウ酸の2つのOH 基が水素結合を形成している。

既に形成されているアスコルビン酸分子間、ホウ酸分子間の水素結合は固体状態での混合

でほとんど影響は受けないが、混合希薄溶液からの作製した固体には、アスコルビン酸-

-64-

Fig. 6-8-6 IR spectra of the mixed ascorbic acid (AA) and boric acid (BA) in solid a) and prepared from mixed aqueous solution b). c) the difference spectrum of a)-b) . d) a possible molecular structure forming two hydrogen bondings between AA and BA.

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ホウ酸間の水素結合が形成されることが示された。

6-8-4 鉛電極表面における吸着構造(鉛単結晶(111)表面上での吸着モデル)

6-8-2 で記述したように、ホウ酸は結晶中

ではFig.6-8-7に示した層構造が積層され

た構造となっている。3個のOH 基が互いに水

素結合を形成しており、ハニカム的な構造と

なっている。鉛電極上での吸着構造、吸着状

態を検討するために、これまで、金電極を用

いた表面増強赤外分光法、鉛電極上の高感

度反射赤外分光法などを試みたが、現在の

ところ、有用なデータは得られていない。

そこで、本節ではホウ酸の結晶で得られて

いるFig.6-8-7 の構造を基本として鉛単

結晶電極上でのホウ酸およびアスコルビ

ン酸の吸着構造を検討した。本研究におけ

る主な実験条件では、5%のホウ酸と1%の

アスコルビン酸の混合溶液で電極を処理

している。溶液中でのモル比が直接電極表

面における濃度比(表面過剰量比)に対応

するわけではないが、中性領域での、ホウ

酸とアスコルビン酸の溶解度と濃度比を

考慮すると、主な吸着物質はホウ酸である

と考える方が妥当である。Fig.6-8-8に

鉛単結晶(111)表面のモデルおよび可能性の

あるホウ酸分子の吸着モデルを示した。この

表面構造はホウ酸の結晶における構造を反

映しており、分子面は鉛結晶表面に平行で分

子間は水素結合が形成されている。また、ホウ素原子はThree fold サイトに位置してい

る。この構造ではモデル上で円として示した部分に空隙が形成される。ホウ酸分子間に

水素結合が形成されているため、比較的安定な吸着構造であると考えられるが、このよ

うな理想的な構造であっても、図中の円で示した空隙から鉛の酸化が進行すると考えら

れる。

Fig.6-8-9 と6-8-10にモデル構造を示した。ホウ酸の基本構造はFig.6-8-8 と同じであるが、

Fig.6-8-8 で形成されている空隙を埋める形でホウ酸とアスコルビン酸が置換した構造であ

る。ホウ酸とアスコルビン酸の表面過剰量比は溶液中のそれに対応している。

-65-

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Fig6-8-10 の構造は溶液中のアスコルビン酸とホウ酸の濃度比を反映していない構造であ

る。アスコルビン酸分子はホウ酸分子と主に水素結合によって相互作用しており、さらに

アスコルビン酸間の水素結合も形成する可能性のある構造とした。

6-8-5 まとめ

ホウ酸とアスコルビン酸の協奏効果に関して、1) 化合物としての安定性(耐酸化性)、

2) 赤外分光法による分子間の水素結合の影響、および3)鉛単結晶表面における吸着構造

的側面から検討した。

一般的に酸化防止剤として用いられているアスコルビン酸が、空気中で容易に酸化され

る鉛電極表面の酸化を抑制している可能性は高い。アスコルビン酸が還元体として吸着して

いるのか、既に酸化された鉛表面を還元しデヒドロアスコルビン酸として吸着しているかを

明確にすることができれば、表面での酸化防止膜としての詳細なメカニズムに言及できると

考えられるが、残念ながら分光学的にはその判別は困難であった。

溶液内ではホウ酸はアスコルビン酸の酸化抑制剤として働くことが示された。赤外分光

法の結果よりホウ酸とアスコルビン酸の間の水素結合も示唆されたことから、アスコルビ

ン酸の酸化抑制効果も、ホウ酸との水素結合によるものではないかと考えられる。

鉛電極表面での水素結合の存在の確認はされていないが、ホウ酸とアスコルビン酸の協

奏効果を生み出す相互作用としては十分考えられる。直接的な構造の情報は得られなかっ

たが、ホウ酸とアスコルビン酸の水素結合の可能性は強く示唆された。鉛表面において、

-66-

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ホウ酸とアスコルビン酸の水素結合ネットワークが構築されることで、それぞれの単独系

では発現できない非常に安定な酸化抑制効果を生み出したのではないかと結論される。ホ

ウ酸の結晶構造の結果を基に考察したアスコルビン酸-ホウ酸の混合吸着構造モデルに特

段の矛盾が生じない点も、水素結合に基づいた混合吸着が裏付けている。

6-8-6 引用文献

6-8-2項の 1),2) 藤沢薬品(株)データ提供

-67-

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第 7章 電池を指向したマイクロエマルションの電気化学に関する研究

7-1 はじめに

水溶液、有機溶媒がミクロに混在するマイクロエマルション溶液は、今までに注目されて

いなかった新しい電気化学溶液である。本来は、まじり合わない水と油であっても、機械的

に撹拌、界面活性剤の添加などによって、まじりあった混合溶液を形成する。これをエマル

ションという。この分散構造が熱力学的に安定な系は、マイクロエマルションと呼ばれる。

水、油をあたかも良溶媒のように溶かしこむマイクロエマルションはその応用範囲はきわめ

て広く、実用上も重要な系である。マイクロエマルションの構造は、界面活性剤の親水性・

親油性のバランス(hydrophilic/lipophilic balance, HLB)によって制御されている。HLB

は、イオン強度や補助界面活性剤濃度を変化させることで、連続的に変化させることができ

る。例えば、HLBを親水性側から疎水性が強い側へと変化させると、O/W相から両相連続

相( Bicontinuous 相)を経て W/O 相に連続的に変化させることができる。マイクロエマルシ

ョンの構造は、電気伝導度測定、X線(中性子)散乱測定などにより行われている。特に両連続

相マイクロエマルションは、水相と有機相がミクロに共連続的に共存した興味深い構造を持

っている。両連続相マイクロエマルション中での電気化学が可能であることが明らかになっ

ており、水系と有機溶媒系の電気化学反応を同じ溶液中で同時に行うことのできることから、

様々な可能性を秘めている。二次電池やキャパシターなどへの将来的な応用を期待して、両

連続相マイクロエマルション中で電気化学特性を検討し、まずその基本的な特性を明らかに

する研究を行った。特にバルク用液相に比べた電極近傍での液液構造の変化について検討を

行った。

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7-2 両連続相マイクロエマルション(BME)とは

油や水が界面活性剤の会合体によって溶解される現象を“可溶化(solubilization)”、大量に可溶化した系を“マイクロエマルション(microemulsion)と呼ぶ。この水・油

の混合溶液系において、塩や補助界面活性剤により界面の親水性と親油性のバランス

(HLB)を釣り合わせると、微視的には水―油が相互に連続相になり、その界面に界面

活性剤が吸着した両連続相マイクロエマルション(BME)構造を形成する。以下、両連

続相マイクロエマルション(bicontinuous microemulsion)BME と略す。

両連続相マイクロエマルション(BME)の特徴 ・水相と油相のどちらも閉じておらず、ミクロかつ連続的に存在。 ・無限大とも言える非常に大きな液-液界面。 ・平衡系であって熱力学的に安定。 ・表面張力が非常に低い

・マイクロエマルションの構造のサイズが可視光の波長より短い場合は透明である。

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7-3 両連続相マイクロエマルションの電気化学測定

水相にしか溶けない K3Fe(CN)6 をレドックス分子として加えた K3Fe(CN)6 系 BME 溶液

と有機溶媒相にしか溶けない Ferrocene をレドックス分子として加えた Ferrocene 系 BME溶液中で電気化学測定を行った。BME 溶液として、saline / sodium dodecylsulfate (SDS) and n-butanol / toluene 系を用いた。典型的な濃度条件を以下に示す。

7-3-1 K3Fe(CN)6 系両連続相マイクロエマルションのCV測定 水相 NaCl 水溶液 ( 1.10 mol/l, 19.3 ml) K3Fe(CN)6 ( 1.0 mmol/l ) 界面活性剤系 SDS (2.76×10-3 mol), n-butanol (2.16×10-2 mol) 油相 スチレン (21.3 ml). Ferrocene

-70-

Fig 7-3-2 K3Fe(CN)6系両連続相マイクロエマルションの測定

Redox:K3Fe(CN)6

WE:PG-b,Au disc,ITO RE:SCE CE:Pt wire

温度:室温 Scan rate:25mV/s

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7-3-2 Ferrocene系両連続相マイクロエマルションのCV測定

電極として、表面の親水性・親油性が大きく異なる3つの電極、グラファイト電極(PG-b)、金ディスク電極、ITO 電極を用いて比較した。グラファイト電極(PG-b)、金ディスク電極

は、研磨により清浄化した。ITO 電極は、洗浄剤で洗浄後、プラズマ処理で清浄化した。 図 7-3-1、7-3-2 に示したように、BME 中での電気化学挙動は、電極表面の特性によって

大きく変化する。K3Fe(CN)6(ミクロ水相)と親水性の高い ITO 電極や Ferrocene(ミクロ

油相)と親油性の高い PG-b 電極のようにレドックスの溶けている溶液相と親和性の高い電

極の組み合わせでは、明確な酸化還元ピークが観察されている。これに対して、レドックス

の溶けている溶液相と親和性の低い電極の組み合わせでは、酸化還元ピークがほとんど現れ

ていない。また両親媒的な電極である Au disc 電極では、K3Fe(CN)6(ミクロ水相)と

Ferrocene(ミクロ油相)の両方の酸化還元ピークが観察されている。このことは、電極表面

の特性を制御することで、レドックスと選択的に反応できることを意味する。逆にいうと、

電極近傍の BME の構造は、電極表面の性質により大きく変化することを示している。

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Fig 7-3-2 Ferrocene 系両連続相マイクロエマルションの測定

Redox:Ferrocene

WE:PG-b,Au disc,ITO RE:SCE CE:Pt wire

温度:室温 Scan rate:25mV/s

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7-4 みかけの拡散係数の比較

K3Fe(CN)6 水溶液、K3Fe(CN)6BME, FerroceneBME 中での各温度でのみかけの拡散係数

を Table-1 と Fig.7- 4-1 ,7-4-2 にまとめた。みかけの拡散係数は、掃引速度を変えて測定し

たCVのピーク電流値から、下記の Randles-Ševčik 式に基づいて求めた。

2/12/12/1 )/(4463.0 vRTnFnFACDip =

本来、溶液中での物質の拡散係数は、界面の影響はないはずである。しかし電気化学的に

求める場合、あくまで電極近傍のみかけの拡散係数を求めていることになり、他の NMR な

どの手法により求めたものとは誤差が生じることが考えられる。しかし通常、同一な均一な

溶液中で測定された拡散係数は、バルクと電極近傍で大きな差を示さない。しかし、本来微

視的に不均一な BME 溶液は、バルク溶液での液液構造と表面の影響を強く受けた電極近傍

の液液構造では大きく異なることが考えられる。

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7-5 考察

K3Fe(CN)6水溶液と K3Fe(CN)6系BME、Ferrocene系BMEのすべてにおいて温度が高くなる

につれ、みかけの拡散係数が高くなった。これは温度が高くなることで、分子の動きが早く

なるためであり、BME中でも同様であった。また、K3Fe(CN)6水溶液では Au disc電極と ITO

電極の両方で文献値と近い値が得られ、測定がある程度正確であることがわかった。

K3Fe(CN)6 水溶液と K3Fe(CN)6 系BMEの結果から水溶液系とBMEではみかけの拡散係数

が異なることがわかった。BMEの水相と油相が入り混じった構造が拡散に影響を与えてい

ることがわかる。

K3Fe(CN)6水溶液では電極によってみかけの拡散係数に差が出なかった。しかし、BMEで

は電極によってみかけの拡散係数が異なるという結果となった。BMEが電極表面の親疎水

性により電極近傍で構造が変化していることが原因と考えられる。また、Table4-2に示して

いるようにレドックスが分散している相と親和な電極(ITO or PG-b)を用いたときは、両

親媒的の電極(Au disc)を用いたときよりのみかけの拡散係数が小さくなっている。このこ

とから、電極表面のBMEは単純な傾斜構造ではなく、層状に水と油が交互に濃縮された振

動構造をとっていることが判明した。たとえば、親水的な電極の表面には水相が濃縮される

が、次の層として油層が濃縮された層が形成される。そのため、両親媒的な電極に比べ、親

水性の高い電極は逆に水相の見かけの拡散係数が小さくなっていた。(Fig 7-5)

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7-6 両連続相マイクロエマルションを用いた電気化学デバイスへの適用

親水性電極基盤と親油性電極基盤の間にBMEを挟み込むことで広大な液・液界面を反応

場とした全く新しい湿式電気化学デバイスが作製可能であると考えられる。まだ、アイデア

の段階ではあるが、将来の展望としては、マイクロエマルションを用いる湿式太陽電池への

研究が進められている。ここに、電気化学発光デバイスとしてのBMEを用いた ECL モデル

を紹介する。 図7-6に示すように、親水電極表面で作成した水相の還元体と親油電極表面で作成した

油相の酸化体を液-液界面でぶつけることで発光する電気化学発光(E CL)デバイスである。

水相のレドックスにビオロゲン誘導体[P VS] 、油相のレドックスにルテニウム錯体

[Ru(bpy) 3 ]を用いている。現在までに、ビオレゲン誘導体とルテニウム錯体の間で電

子移動が起こっていることが確認できている。

Fig.7-6. BMEを用いた ECLモデル

今後は、他の電気化学デバイスにおいても、例えばキャパシタ用電解液など、それぞれのデ

バイスの特性に応じた新しいマイクロエマルションを設計することで、電気化学デバイス用

電解質としての可能性を見出すことができると考える。

最近の研究ではマイクロエマルションのゲル化の研究が進められおり、電解液の枯渇による

劣化の影響の少ない電解質として期待がもてる。

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7-7 第 7章の参考文献

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Wiley-VCH, New York (1991). 7 J. F. Rusling, Pure Appl. Chem., 73, 1895 (2001). 8 M. O. Iwunze, A. Sucheta, J. F. Rusling, Anal. Chem., 62, 644 (1990). 9 S. Yoshitake, A. Ohira, M. Tominaga, T. Nishimi, M. Sakata, C. Hirayama, M.

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Applications”, Wiley-VCH, New York (1980). 13 Y. Iwasawa, "Handbook of Chemistry (Kagakubinran)", Maruzen Co. Ltd., Tokyo,

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第 8章 総括

8-1 本研究の成果

鉛蓄電池電極の活物質の組成が充放電によって、どのように変化するかをSEM,

XRDによって定性的、定量的に評価した。最初の充電終了時は、電極の活物質は花弁

状の結晶が重なり、多孔性活物質であることが分かった。(第三章、第四章)

次に、CyclicVoltammetryを使用して 300サイクル後のバルク活物質の結晶構造の変化

をSEM像観察した。この結果、活物質の電解液との界面の硫酸鉛結晶粒子が大きく成

長しており、バルク側では結晶が小さい。 さらに、X線回折法による負極活物質の組

成分析結果は負電極表面は硫酸鉛である。さらに中央部は鉛が多く認められた。ここに

まだ、未反応で残っている金属鉛の利用率を向上する研究の手掛かりとなる。(第五章)

第六章は、負電極の鉛を還元化学物質によって保護皮膜を形成させ、耐酸化膜によっ

て保護する方法である。その還元化学物質はアスコルビン酸とホウ酸の混合水溶液処理

が、極めて高い即用式鉛蓄電池の酸化防止効果を示し、電池業界で初めて実用化に成功

した。

即用性能電池試験の評価は従来の過熱蒸気処理による酸素遮断方式と比較して約4%

の持続時間が長い優れた結果であった。さらに電池の充電受入れ試験評価では定電圧充

電を実施して、10分後の電流値測定結果は過熱蒸気処理電池と比較してアスコルビン酸

とホウ酸処理電池の方が高い電流値を示し優れた結果であった。(第六章 1~5項)

次に、アスコルビン酸とホウ酸処理が負電極の鉛の酸化を抑制するメカニズムをEP

MAの酸素マッピング画像と、酸素濃度の深さ方向分布プロファイルの線曲線と対比し

て解明した。アスコルビン酸とホウ酸処理を行った鉛の表面付近の酸素濃度が、表面か

ら深さのある程度の深さまで浸透している結果は、試料表面にも表面深部にも酸素濃度

は低く、表面及び表面内部までの酸化が少ないというまったく新しい事実に着目した。

この処理によって(表面の外観ではなく)表面直下層に酸化を抑制する層が出来ているこ

とを示すもので、酸化を防ぐ新規なメカニズムを線分析解析によって解明した。

これらに関しては、酸素濃度深さ方向プロファイルにおける表面直下領域の分布特性に

着眼出来たことが最も重要な要因であった。この着想が従来のマクロ的考え“抗酸化剤

の表面付着”の先入観をブレイクスル-して、“表面直下層に酸化を抑制する層形成”と

いうナノレベル思考である。(第六章 6~7項)

さらに、溶液内ではホウ酸はアスコルビン酸の酸化の酸化抑制剤として働くことが示

された。赤外分光法の結果よりホウ酸とアスコルビン酸の間の水素結合も示唆されたこ

とから、アスコルビン酸の酸化抑制効果も、ホウ酸との水素結合によるものではないか

と考えられる。

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鉛蓄電池表面での水素結合の存在の確認はされていないが、ホウ酸とアスコルビン酸の

協奏効果を生みだす相互作用としては十分考えられる。直接的な構造の情報は得られな

かったが、ホウ酸とアスコルビン酸の水素結合の可能性は強く示唆された。

鉛表面において、ホウ酸とアスコルビン酸の水素結合ネットワ-クが構築されることで、

それぞれの単独系では発見できない非常に安定な酸化抑制効果を生み出したのではない

かと結論される。(第六章 8項)

第七章は電池を指向したマイクロエマルションの電気化学に関する研究である。

水・油の混合溶液系において、塩や補助界面活性剤により界面の親水性と親油性のバラ

ンスを釣り合わせると、微視的には水-油が相互に連続相になり、その界面に界面活性

剤が吸着した両連続相マイクロエマルション構造を形成する。この分散構造は熱力学的

に安定であり、表面張力が非常に低い。さらに水相と有機相がミクロに共連続的に共存

した興味深い構造を持っている。共連続構造は、無限に広い界面を持っているので、根

本的に新しい電極や電解質の設計へと繋がる可能性を秘めている。

二次電池やキャパシタ等への将来的な応用を期待して、両連続相マイクロエマルション

中で電気化学特性を検討し、特にバルク用液相に比べた電極近傍での液々構造の変化に

ついて検討した。

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8-2 今後の展望

本研究においては鉛蓄電池の性能に影響を及ぼす負電極のバルク内の硫酸鉛の結晶構造の

形態と組成がSEM像観察およびXRDパターン解析によって明かになったことである。

充放電サイクル後の硫酸鉛結晶成長が電池の放電特性の劣化につながることはよく知られ

ている。

これまでに、硫酸鉛結晶成長を抑制する方法は負極活物質に硫酸バリウム(BaSO4)の添加が

電池寿命を延ばす。導電剤としてカーボンが使用されてい。、さらに低温高率放電特性にはリ

グニン系の有機物が有効に働くことが分かっている。

長い歴史の中で現在も使用されてきたこれらの添加剤が活物質との反応メカニズムの結晶

観察についてはまだ研究の余地があると思われる。今後最先端の測定技術開発によって、詳

細な電気化学反応のメカニズムの知見がわかり、更には新規材料の添加剤が期待したい。

本研究ではEPMA画像観察を活用して、坑酸化剤アスコルビン酸+ホウ酸処理が相乗効

果として鉛表面の酸化防止剤としての有効性を酸素マッピングおよび Line-Analysisから明

かになった。

そして、アスコルビン酸とホウ酸の相乗効果のメカニズムの解明は鉛電極表面および表面

近傍の深さ方向の原子レベルでの分析手法であるEPMA解析によって、その機構解明に近

ずくことが出来たが、今後は原子レベルでの液相の in-situの画像観察が出来る測定操作の

工夫ができればそのメカニズムを検証することが出来ると期待している。

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謝辞

本研究は熊本大学大学院自然科学研究科・複合新領域科学専攻・複合ナノ創成科学講座

に在籍した平成十九年から平成二十二年までの三年間にわたり行ったものであります。

本研究室に在籍当初からの三年間、研究遂行にあたり始終有益なご指導及び御助言を

賜りました熊本大学 谷口功学長には心から御礼申し上げます。

本論文の論文審査委員としてご指導、ご助言を頂きました松本泰道教授、町田正人教授、

國武雅司教授、そして西山勝彦准教授に厚く御礼申し上げます。

本研究をまとめるに至ることが出来ましたのは指導教官であります國武雅司教授、西山勝

彦准教授両先生のご誠実な、そして親切ご丁寧なご指導の賜物であります。

ここに心より感謝し、厚く御礼申し上げます。

本研究を遂行に際して、西山勝彦准教授には電気化学測定法、赤外分光法等の実験細部に

わたり、御丁寧な御指導と積極的にご助言を頂きました。さらには本論文をまとめるに当た

り、細部にわたり数々の御助言を頂きました。そして日々の研究生活のなかでは先生の奥深

い私への心づかいには、 心底から感謝の気持ちを含めて深く御礼を申し上げます。

本研究には、神戸大学准教授 藤居義和先生には特別のご指導を賜りました。日本表面科学

界の分野では素晴らしいご活躍をされて大変ご多忙のところを、先生の貴重なお時間を惜し

みなく割愛され、表面及び表面近傍の深さ方向の原子レベルでの分析手法についてご丁寧な

ご指導を頂きました。特に、表面分析では全面的なご指導を賜りました。

助教冨永昌人先生には表面分析に関しまして御助言を頂きました。心より感謝の気持ちで

一杯であります。

本研究において、走査電子顕微鏡、X線マイクロアナライザー分析測定には、技術部・山

室賢輝氏のご協力に感謝致します。

日々の研究生活の中で、西山・冨永研究室および國武研究室の学生諸氏に数々の御協力を頂

きました。感謝の気持ちで一杯であります。

企業での仕事人生を終え、再度研究生活に再チャレンジする機会に恵まれることが出来ま

した。そして私の 45年間の念願の夢でありました最も新しい、素晴らしい講義をも聴講でき

ました。さらには最先端の測定技術を十分に活用させて頂きました。本研究室に三年間、私

の目標の研究テーマを遂行することができました。

ここに、私の三年間の充実した研究生活とその研究成果を達成することが出来ましたのは

谷口功学長をはじめ、各先生方、関係各位の皆様のご指導とご協力の御蔭であります。

皆様に、心から御礼を申し上げます。

最後に、45年間の国内・国外での企業人としての活動をひとまず終えて本学に戻り、

本研究に再チャレンジしたい私の熱意に理解してもらった家族に感謝します。

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