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304 調査レポート Survey Report 要 約 目 次 調査レポート 米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート〜 松田 智生 リタイアメント・コミュニティとは、米国において高齢者が定年後の生活を安心 して満喫できるように 1960 年代から始まった街づくりである。温暖な地域でゴル フやレクリエーション中心の運営で成功を収めてきたが、その発展に伴い、知的刺 激の少なさと若者不在という課題が出てきた。 最近の傾向は、高齢者が生涯学習を通じて知的刺激や生きがいを得られる大学連携 型コミュニティの台頭である。コミュニティはゴルフ場の近くではなく、大学の近く に設置され、高齢者が再びキャンパスライフを満喫し、学びを通じた他人とのつなが りや世代間交流のなかで誰かのために役立つ実感を得られる環境になっている。 筆者が訪問したコミュニティの平均年齢は、米国の平均寿命 79 歳を大きく上回 る 84 歳であり、寝たきりは 2 割にしか過ぎず 8 割が健康に暮らしている。さらに、 人口 1 万 1 千人の小さな街で約 300 人の雇用を創出している。 ここでは、高齢者の活力ある暮らしだけではなく、世代間の交流、大学の社会貢 献、自治体の雇用増加、企業の事業機会が生まれ、住民・大学・自治体・企業の四 者一両得をもたらしている。 本稿では、筆者が 2010 年 9 月に訪問したダートマス大学近隣のリタイアメント・ コミュニティのケンダル・アット・ハノーバーの事例を紹介する。 ここに居住するアクティブシニアのライフスタイルや、事業としての成功要因 は、高齢化問題に直面する日本への示唆となり得る。 はじめに 1.リタイアメント・コミュニティという街づくり 1.1 第一世代のリタイアメント・コミュニティ 1.2 第二世代のリタイアメント・コミュニティ 2.大学連携型リタイアメント・コミュニティの具体的事例 2.1 ケンダル・アット・ハノーバー 2.2 ダートマス大学 生涯学習機関:ILEAD の活動 3.ケンダル・アット・ハノーバーに学ぶポイント 3.1 仕組み型ビジネス 3.2 四者一両得のモデル おわりに

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304 調査レポート Survey Report

要 約

目 次

調査レポート

米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ〜�ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート〜

松田 智生

リタイアメント・コミュニティとは、米国において高齢者が定年後の生活を安心して満喫できるように 1960 年代から始まった街づくりである。温暖な地域でゴルフやレクリエーション中心の運営で成功を収めてきたが、その発展に伴い、知的刺激の少なさと若者不在という課題が出てきた。

最近の傾向は、高齢者が生涯学習を通じて知的刺激や生きがいを得られる大学連携型コミュニティの台頭である。コミュニティはゴルフ場の近くではなく、大学の近くに設置され、高齢者が再びキャンパスライフを満喫し、学びを通じた他人とのつながりや世代間交流のなかで誰かのために役立つ実感を得られる環境になっている。

筆者が訪問したコミュニティの平均年齢は、米国の平均寿命 79 歳を大きく上回る 84 歳であり、寝たきりは 2 割にしか過ぎず 8 割が健康に暮らしている。さらに、人口 1 万 1 千人の小さな街で約 300 人の雇用を創出している。

ここでは、高齢者の活力ある暮らしだけではなく、世代間の交流、大学の社会貢献、自治体の雇用増加、企業の事業機会が生まれ、住民・大学・自治体・企業の四者一両得をもたらしている。

本稿では、筆者が 2010 年 9 月に訪問したダートマス大学近隣のリタイアメント・コミュニティのケンダル・アット・ハノーバーの事例を紹介する。

ここに居住するアクティブシニアのライフスタイルや、事業としての成功要因は、高齢化問題に直面する日本への示唆となり得る。

はじめに1.リタイアメント・コミュニティという街づくり 1.1 第一世代のリタイアメント・コミュニティ 1.2 第二世代のリタイアメント・コミュニティ2.大学連携型リタイアメント・コミュニティの具体的事例 2.1 ケンダル・アット・ハノーバー 2.2 ダートマス大学 生涯学習機関:ILEAD の活動3.ケンダル・アット・ハノーバーに学ぶポイント 3.1 仕組み型ビジネス 3.2 四者一両得のモデルおわりに

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305米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

Summary

Contents

Survey Report

A�Retirement�Community�Linked�with�a�University�in�the�United�States〜 Report�on�a�Visit�to�Kendal�at�Hanover 〜Tomoo Matsuda

The retirement community has been developing since the 1960s so that senior citizens can enjoy their lives after retirement peacefully in the United States. It has achieved success by management focusing on golf and recreation in warm regions. However, it now faces some problems such as a lack of intellectual stimulation and an absence of young people with its development.

A recent trend is a rise in community linkage with universities in which senior citizens can receive intellectual stimulation and motivation in life through lifelong education. The community is set up near a university instead of a golf course and provides an environment in which senior citizens can enjoy campus life again and become connected with other people as well as experiencing the feeling of serving the needs of others through education programs and intergenerational exchange.

The average age of people in the community that the author visited is 84 years old, which is much higher than the average life expectancy of 79 years old in the United States. While 20 percent of them are bedridden, 80 percent of them are living healthy lives. Furthermore, the community has created employment for about 300 people in a small town with a population of 11,000 people.

The community not only provided active life for senior citizens but also exchanges between generations, social contribution made by the university, increased employment for the municipality and created business opportunities for companies, which produced profit for local residents, the university, the municipality, and companies.

This article introduces the case of Kendal at Hanover, which is a retirement community in the neighborhood of Dartmouth College that the author visited in September 2010.

The lifestyles of the active seniors who live in this community and its business success factor may lead to suggestions for Japan facing the problems of an aging society.

Introduction1.Development of Retirement Communities 1.1 First-generation Retirement Communities 1.2 Second-generation Retirement Communities2.Particular Cases of Retirement Communities Linked with Universities 2.1 Kendal at Hanover 2.2  Dartmouth College-Activity of ILEAD (Institute for Lifelong Education

at Dartmouth)3.Points that Should be Learned from Kendal at Hanover 3.1 Structured Business 3.2 Model of Profit for Local Residents, the University, the Municipality, and CompaniesConclusion

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306 調査レポート Survey Report

はじめに高齢化が進む日本において「高齢化」という言葉は、ともすれば寝たきりや介護といった

後ろ向きのイメージになりがちであるが、実際は多くの高齢者が健康であるように、元気シニアが活力ある高齢化社会の牽引者となる。

そこで注目されるのが、元気シニアが老後の生活を生き生きと暮らす街「リタイアメント・コミュニティ」である。

1.リタイアメント・コミュニティという街づくり高齢者の快適な暮らしを実現する街として、米国では 1960 年代から、リタイアメント・

コミュニティと呼ばれる街づくりが始まった。退職したシニア層が安心して暮らせるように、住居、娯楽、医療、生活サービスが整備された街であり、米国では多数のリタイアメント・コミュニティが存在している。

1.1 第一世代のリタイアメント・コミュニティリタイアメント・コミュニティの先駆けとして有名なのが、アリゾナ州のサンシティであ

る。約 3,000ha の敷地に 3 万人以上のシニアが居住し、約 10 のゴルフ場、約 20 のショッピングセンター、劇場、教会、病院など全ての都市機能が備わり、温暖な気候でゴルフ三昧、娯楽三昧の生活を目指して開設された。

住まいとレクリエーションという組み合わせが当時は斬新なコンセプトとして高く評価され、退職後はサンシティで暮らすことが勤労者の夢となった。

サンシティに代表される第一世代のリタイアメント・コミュニティのキーワードは、温暖な気候、ゴルフ場が隣接、レクリエーション中心の街づくりである。

図1.サンシティ アリゾナ州 広大な敷地に3万人のシニアが居住

出所:サンシティ ホームページ

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307米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

1.2 第二世代のリタイアメント・コミュニティ第一世代のリタイアメント・コミュニティの課題である「若者不在」と「知的刺激不在」

を解決したのが、第二世代の大学連携型リタイアメント・コミュニティである。ゴルフやレクリエーションだけではなく、大学と連携した生涯学習を重要な要素とした街

づくりであり、大学での生涯学習講座で知的刺激や生きがいを求める高齢者の多様なニーズに対応する新型のリタイアメント・コミュニティが台頭してきた。その結果、コミュニティはゴルフ場の近くではなく、大学の敷地内や近隣に設置されるようになった。

高齢者は、歴史や文学や今興味のある分野を学び、再びキャンパスライフを楽しむとともに、地域社会とつながり、老後の生活を充実したものにしている。

学生時代は「出席しなければならない」存在であった授業が、ここでは「出席したい授業」になっているのである。

表1.リタイアメント・コミュニティ 第一世代と第二世代の比較

第一世代 第二世代

場所 温暖な地域 全国(温暖な場所に限定せず)

中核施設 ゴルフ場 大学

ライフスタイル ゴルフ三昧、遊び中心 生涯学習、知的刺激

居住者 高齢者のみ(若者不在) 高齢者と近隣の多様な世代

作成:三菱総合研究所

第二世代の大学連携型リタイアメント・コミュニティは 1980 年代から開発が始まった。AARP(全米退職者協会)によれば、大学やカレッジと直接提携するコミュニティは約 20カ所存在し、大学とは直接提携しないが大学の近くに設置されたコミュニティは約 50 カ所あり、表 2 のように、大学連携型リタイアメント・コミュニティは全米各地に存在している。

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308 調査レポート Survey Report

表2.米国の主な大学連携型リタイアメント・コミュニティ

大学名 名称 所在地① ラッセルカレッジ ラッセル・ビレッジ マサチューセッツ州

② アンダーソン大学ユニバーシティ・ビレッジコンドミニアム 

イリノイ州

③ アリゾナ大学 アカデミービレッジ アリゾナ州

④ アーカンソーセントラル大学  カレッジスクエア アーカンソー州

⑤ イサカカレッジ イサカコミュニティ ニューヨーク州

⑥ ミシガン大学 ユニバーシティ・コモン ミシガン州

⑦ ノートルダム大学  ホーリークロス・ビレッジ インディアナ州

⑧ ペンシルバニア州立大学 ビレッジ・アット・ペンステイト  ペンシルバニア州

⑨ フロリダ大学  オークハンモック  フロリダ州

⑩ デューク大学 フォレスト・アット・デューク ノースカロライナ州

⑪ バージニア大学 コロナーデ バージニア州

⑫ ジョージア大学 ジョージアクラブ ジョージア州

⑬ カリフォルニア大学 デービス校 ユニバーシティ・リタイアメント・コミュニティ カリフォルニア州

⑭ スタンフォード大学 クラシック・レジデンス カリフォルニア州

⑮ ダートマス大学 ケンダル・アット・ハノーバー ニューハンプシャー州

出所:campus continuum.com 他資料をもとに三菱総合研究所

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309米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

2.大学連携型リタイアメント・コミュニティの具体的事例

2.1 �「ケンダル・アット・ハノーバー」�−平均年齢 84 歳、入居率 98%のコミュニティ

大学連携型リタイアメント・コミュニティの具体的事例として、筆者が 2010 年 9 月に訪問したケンダル・アット・ハノーバーを紹介する。

このコミュニティは、米国東部、ニューハンプシャー州のアイビーリーグの名門校として知られるダートマス大学の近隣に 1991 年に開設され、その開発と運営にあたるのは NPO法人のケンダル社で、同社は米国東部を中心に同様の大学連携型のリタイアメント・コミュニティを約 10 カ所経営している。なお、同社はキリスト教のクウェーカー教系の NPO 法人だが、ケンダルの居住者でクウェーカー教徒は 10%程度に過ぎない。

以下、コミュニティの概要や運営方法、またコミュニティのスタッフや居住する元気シニアのインタビューを紹介する。

(1)施設概要コミュニティの敷地は 26 万 m2 と広大であり、411 人の居住者が戸建てや集合住宅の住居

で暮らしている。居住者 411 人のうち男性は 137 名(33%)、女性は 274 名(67%)で、平均年齢は 84 歳と

米国の平均寿命の約 79 歳を大きく上回っている。居室は戸建て、集合住宅など広さや金額に応じて多様なタイプが用意されており、自分の

健康状態に応じて、健常者棟、介護棟、認知症棟へと移住できる。これは CCRC( Continuing Care Retirement Community)と呼ばれる高齢者施設の形態

で、米国の高齢者施設の区分の①インディペンデント・リビング(IL:自立可能な健常者用)、②アシスティッド・リビング(AL:軽度の介護者用)、③ナーシング・ホーム(NH:重度の介護者用)、④メモリー・サポート(MS:認知症、アルツハイマー症)の各機能を一つの敷地に集約して居住者を継続してケアする施設だ。

居住者はいつ健康状態が悪化しても、同じ敷地に介護棟や認知症棟があることから、移転の面倒やコスト負担がなく、安心して同じ敷地で暮らし続けることができる。高齢者にとっては、自分の健康状態の悪化による転居がなくなる意義は大きい。

(2)居室と居住者の健康状態居室構成の概略は、約 350 居室のうち健常者用 250 室、軽介護用 40 室、重介護用 45 室、

認知症用 15 室となっており、全体からみれば重介護用と認知症用の居室は約 20%で、80%以上の居住者が健康に暮らしている。平均年齢 84 歳でも、元気な居住者が約 80%を占めていることが、このコミュニティの明るく活発なイメージにつながっている。

コミュニティ内の入退居及び居室間移動について、ケンダル社のディスクロージャー資料(2007 年 4 月 1 日〜 2008 年 3 月 31 日)に以下の通り示されている。(入退去)

・ 死亡による退去 32 人(うち男性 18 名、女性 14 名)

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310 調査レポート Survey Report

・ 新規入居 25 人(うち男性 9 名、女性 16 名)(居室間移動)

・ 健常者居室から軽介護居室へ 13 人・ 健常者居室から重介護居室へ 12 人・ 軽介護居室から重介護居室へ 5 人・ 軽介護居室から健常者居室へ 1 人・ 重介護居室から軽介護居室へ 2 人

健常者居室から軽介護居室への移動あるいは軽介護居室から重介護居室への移動は、居住者の健康状態の変化によりなされるものであるが、注目すべきなのは、軽介護居室から健常者居室へ移動が 1 人、重介護居室から軽介護居室への移動が 2 人いることだ。CCRC におけるトータルの健康支援により健康を回復して元気になることを示す良い事例と言えよう。

(3)経営同社のディスクロージャー資料によれば、2010 年 3 月末における収入(Total operating

revenues)は約 2,150 万ドルで、利益(Excess of revenues over expense)は約 158 万ドルと良好な経営状態である。事業者のケンダル社は NPO 法人であることから地方税の州税は納めているが、国税の連邦税は免除されている。

入居率は 98%であり、同社のマーケティング・ディレクターのウルソー氏によれば、一般的に高齢者コミュニティでは入居率 85%が採算ラインと言われているなかで、「98%」というこのコミュニティの入居率はきわめて高い数字である。

さらに雇用の面でみると、従業員は 289 人、うち正規雇用が 161 人、パートタイムが 128人となっているが、300 人近くの雇用は地元経済にも大きな貢献になっている。

(4)料金料金体系は、単身か夫婦か、また部屋の広さやグレードに対応して 9 つのプランがあり、

主なプランは表 3 に示す通りである。入居金は単身の場合、部屋の約 13 万〜 44 万ドル、月額家賃は約 2,400 〜 4,500 ドルとなっ

ている。夫婦の場合、入居金は約 25 万〜 48 万ドル、月額家賃は約 4,100 〜 5,600 ドルとなっている。月額家賃には、部屋の清掃、1 日 1 回の夕食が含まれており、食事は施設のレストランで

とる。レストランで居住者同士が一緒に食事をとるというシステムは、単身者の場合は一人の食事の孤独さから開放されることになり、夫婦の場合は妻が夫の夕食の世話をすることから開放されることになる。

なお、朝食と昼食はオプションで、朝食は 1 人月 86 ドル、昼食は 1 人月 117 ドルの追加料金でサービスを受けることができる。

入居金は毎月 2%ずつ償却され、50 カ月、約 4 年で全額が償却される。入居金や月額家賃は医療コストやヘルスケア支出として一部を所得税から控除することができる。

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311米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

表3.入居金と月額家賃 (単位:ドル)

部屋 入居金 月額家賃

単身 夫婦 単身 夫婦

Studio 128,572 2,375

1Bedroom 218,492 249,638 3,000 4,140

2Bedroom 436,141 479,053 4,457 5,605

出所:Kendal at Hanover Disclosure Statement(September 30,2009).

(5)大学の街このコミュニティの特色は、ダートマス大学の隣に「大学街の高齢者コミュニティ」があ

るということである。当地のニューハンプシャー州ハノーバーの街は、人口が約 11,000 人で、そのうちダートマス大学の学生が約 5,800 人という学生の街であり、そこに高齢者のコミュニティを開設したことで、第一世代のリタイアメント・コミュニティの課題であった

「老人だけの街」「世代交流のない街」というイメージが払拭されている。コミュニティのすぐ近くでは、ダートマス大学の学生が、T シャツで自転車を颯爽と乗り

こなす姿を多数みることができる。街のレストランでは高齢者と若者が食事を楽しんでいる姿も見かける。

また、後述するダートマス大学の生涯学習講座には居住者の多くが通っており、学びを通じた知的刺激やつながりを得て元気に暮らしている。

図2.ケンダル・アット・ハノーバーの概要

作成:ケンダル・アット・ハノーバーでのヒアリングをもとに三菱総合研究所

① ケンダル・アット・ハノーバー:  美しい自然に囲まれた広大な敷地

名称:ケンダル・アット・ハノーバー

場所:ニューハンプシャー州ハノーバー

連携大学: ダートマス大学

提携病院: ダートマス大学病院

設立: 1991 年

敷地: 26 万 m2

事業者: ケンダル社

居住者数: 約 400 人

居住者平均年齢: 84 歳

居室: 約 350 居室(認知症 15 室、重介護用 45 室)

従業員: 約 300 人

入居金約 1 千万円~ 家賃/月額約 16 万円~

ハノーバーの人口: 約 11,000 人

ダートマス大学の学生数: 5,800 人

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312 調査レポート Survey Report

図2.ケンダル・アット・ハノーバーの概要

①出所:ケンダル・アット・ハノーバーパンフレット  ②〜⑨撮影:三菱総合研究所

③近隣のホプキンスセンター(芸術・文化の拠点となる大学施設)

⑤ケンダル・アット・ハノーバー:集合住宅

②近隣のダートマス大学(生涯学習による知縁)

④近隣のダートマス・メディカルセンター(大学病院が医療・健康の拠点)

⑦ケンダル・アット・ハノーバー :居室

⑧ケンダル・アット・ハノーバー:レストラン(一緒に食事をする「食縁」) ⑨ケンダル・アット・ハノーバー: 約 80 のサークル 社交ダンスの案内

⑥ケンダル・アット・ハノーバー :戸建てタイプ

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313米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

(6)スタッフへのインタビューケンダル・アット・ハノーバーの強みは何か、また運営上のポイントについて、コミュニ

ティのスタッフにインタビューを行った。

◇ウルソー氏 マーケティング担当ディレクター数あるリタイアメント・コミュニティのなかで、なぜこのコミュニティが選ばれるのか。他のコミュニティに負けない強みや競争優位性は一体何かについては、以下のキーワードで説明することができる。

① 居住者が資産:Our Asset is Our Peopleこのコミュニティの強みは、“Our Asset is our People” という言葉に集約される。我々の資産はこのコミュニティの居住者そのものなのだ。約 400 名の居住者のうち元大学

教授は 50 名、企業の役員も多い。また、知的好奇心が強く多様な趣味を持っており、さらに共助の精神や他人への思いやりを大切にする人が集まっている。

ゆえに「こんな人達と一緒に暮らしてみたい」と思われるようなコミュニティが形成されている。ただし、これは一朝一夕にできた訳ではなく、20 年かけて形成されたものである。

居住者の 95%は白人であり、収入的にはアッパー・ミドル層が中心である。超富裕層をターゲットとして、スタンフォード大学とハイアットホテルが作ったリタイアメント・コミュニティとはターゲットが異なる。

なお、居住者に求めるのは「富裕層だから良い」ということではなく、同じ価値観やライフスタイルを分かち合える人間性が重要である。

② 自主性:Level of Ownership他のコミュニティでは、事業者や管理会社に運営が任せられることが多く、ディレク

ター・オブ・アクティビティーというスタッフがレクリエーションや行事を取り仕切るのが一般的である。

しかし、ここでは、「居住者が何をやりたいか」「どういうライフスタイルを送りたいか」について、居住者同士の委員会で決定するので、ディレクター・オブ・アクティビティーのようなスタッフに頼ることはない。ゆえに、居住者の自主性(Level of Ownership)の高さが魅力となっている。

③生涯学習:Lifelong Education生涯学習は、居住者相互の啓発に大いに役立つ。近隣のダートマス大学の生涯学習講座に

は、居住者の 50%以上が参加しており、多様なテーマの質の高い講座で学ぶことができる。知的刺激を受けて一緒に学ぶ仲間ができることで、孤独でなくなり、つながりが生まれる。

④愛校心:Dartmouth Spirit居住者の約 30% がダートマス大学の卒業生または元教授や大学関係者である。「余生は母

校の街で過ごしたい」という卒業生の愛校心や絆がコミュニティの強みになっている。

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314 調査レポート Survey Report

⑤街の魅力:Upper Valley Brandこのコミュニティのあるニューハンプシャー州のハノーバーの街は、東部ニューイングラ

ンド地方のアッパー・バレー地区と呼ばれ、文化の高さ、自然の豊さ、治安の良さがある。そして「子供や孫を呼びたくなる」と言われる街の魅力とブランド性がある。

居住者の多くが東部のニューハンプシャー州やマサチューセッツ州の出身者であり、共通して東部への郷土愛を持っている。

◇コックス女史 ヘルスケア担当ディレクター高齢者にとって重要なのは「Socialized」、つまり「社会的なつながり」である。コミュニティでの生活を通じてつながりが生まれれば、独居老人の寂しさは解消される。また医療スタッフとソーシャルワーカーが連携して、居住者のために健康プログラムやあるべき老後の姿を提供しており、多方面から居住者を支援している。隣接するダートマス大学病院とは、電子カルテによって居住者の健康データ・病気・手術の履歴が共有されているので、居住者の安心感が高い。競合する他のコミュニティでは病院が近隣にあるが、このコミュニティのような緊密な連携は少ないはずである。コミュニティのあるニューハンプシャー州は、冬にはマイナス 20 度にもなる寒い土地である。それでも、居住者は、冬でも温暖なカリフォルニアやフロリダに移ることなく、当地に住み続ける。それは、もともと東部出身の居住者が多いこともあるが、もし自分に何かあったとしても、「ダートマス大学の良い病院が隣りにある」という安心感によるものだ。

表4.ケンダル・アット・ハノーバーの強み

キーワード 概要

居住者が資産 こんな人と暮らしたいと思わせる価値観やライフスタイル

自主性 居住者の自主性を重んじた自治やレクリエーション活動

生涯学習 ダートマス大学の生涯学習講座を通じた知的刺激やつながり

愛校心 ダートマス大学の卒業生または関係者の愛校心や絆

街の魅力 アッパー・バレー地区のブランド。ダートマス大学の学生街

郷土愛 居住者の多くが東部ニューイングランド地方の出身

良い病院 ダートマス大学メディカルセンターの高度医療と健康支援

作成:三菱総合研究所

(7)居住者へのインタビュー リタイアメント・コミュニティについては、施設などのハード面や事業者に関する情報は

書籍やホームページを通じてかなり収集できる。しかし、そのコミュニティに住む人々の生の声やライフスタイル、何に関心を持ってどんな毎日を暮らしているかという情報は、実は少ない。

今回、ケンダル・アット・ハノーバーを訪問して試みたのが、ここに住む元気シニアへのインタビューであった。はるばる極東の国から来た日本人に対して、皆、親切かつ熱心にインタビューに応じてくれたので、その一部を紹介する。

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315米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

① 84 歳・女性 「誰かと一緒の食事が楽しみ」元大学教授。専門は教育学。エアロビクスと手芸のサークルに入り、コミュニティの運営委員長も務める。ここでの一番の楽しみは、夕食を誰かと毎日食べること。高齢者にとって一番さびしいのは一人きりの食事。このコミュニティではいつも誰かと食事をすることができるので寂しくない。ダートマス大学の生涯学習講座では、コンピューターと憲法の講座で勉強している。毎日忙しくて充実している。

② 89 歳・女性 「毎朝泳ぐ」コミュニティに 20 年居住。水泳が大好きで、毎朝コミュニティの室内プールで泳ぐのが日課。初夏にコネチカット川で泳ぐのが一番の楽しみ。エアロビクスと読書のサークルに参加。  

③ 87 歳・男性 「日曜大工に夢中」マサチューセッツ工科大学卒で、退職前は企業のエンジニアとして働いていた。このコミュニティでは、ハイキング、テニス、ゴルフの各サークルと生涯学習講座に参加している。特に、今は日曜大工に夢中で、太陽の動きに合わせて向きを変える植木鉢づくりに取り組んでいる。

④ 87 歳・女性このコミュニティに移り住んだのは、隣にダートマス大学の病院があるから。高齢者にとっては、何かあった時のために、良い病院がすぐ近くにあるのは安心感があって重要な要素。

⑤ 88 歳・男性 「コミュニティ雑誌の編集長」元雑誌編集者、写真家。自然が好きなので、アッパー・バレー地区のこのコミュニティを選んだ。入居の一番の決め手は、コミュニティの運営や自治の多くが居住者に任されていることだ。他の施設のように運営スタッフが運営や自治を仕切ることなく、自主性が重視されていることが良い。今は、コミュニティ雑誌の編集長として毎日忙しく過ごして充実している。

⑥ 85 歳・女性 「紅葉を見ながら読書」心理学の博士。以前はニューヨークの教育委員会に勤務。自分の部屋から見える景色が気に入っている。山が季節ごとに美しく色を変える姿が好きだ。特にこのコミュニティのある東部アッパー・バレー地区の秋は美しく、紅葉を見ながらの読書は最高だ。今も世界中に旅行に出掛けて日本も何度か訪問している。

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316 調査レポート Survey Report

⑦ 103 歳・男性 「母校の近くで過ごしたい」83 歳の妻とこのコミュニティに移住して 1 年になる。自分はここでは最高齢者だが、健常者棟で妻と一緒に元気に暮らしている。ダートマス大学の出身なので、余生は母校の近くで過ごしたかった。妻が運転する車で、街のレストランで食事をするのが楽しみ。

⑧ 86 歳・男性 「独り身でもさびしくない」10 年前に妻を亡くして独り身だが、このコミュニティに住んでいると様々なサークルやボランティア活動を通じて、誰かとのつながりがあるので寂しくない。

◇悲しみの共有筆者が訪問中の出来事であったが、2 日前に夫を亡くした女性がいた。彼女がコミュニティ内を歩いていると、多くの住人が彼女のもとに歩み寄り、手を取り抱きしめている。そんな光景をみた。そして、亡くなった夫がジャズが好きだったので、1 週間後に送別のジャズコンサートをコミュニティの中で開催することを聞いた。趣味やスポーツを通じての「喜びの共有」は比較的簡単である。しかし、配偶者や肉親を失ったときに、誰かが慰めてくれたり癒してくれる「悲しみの共有」は、高齢者にとって一番必要とされるケアと言えよう。

◇元気シニアの一日表 5 は、このコミュニティに住む単身者と夫婦の平均的な一日の活動を記したものである。サークルや生涯学習への参加、コミュニティの運営委員会やスタッフの子供の面倒をみてあげるなど、毎日多忙で充実していることがわかる。

表5.元気シニアの一日

□単身者 □夫婦

6:00 起床 7:00 起床

7:00 室内プールで水泳 7:30 夫婦で散歩

8:00 朝食 8:00 朝食

9:00 エアロビクスのサークル活動 9:00 ガーデニングのサークル活動

11:00 読書 11:00 フィットネスクラブで運動

12:00 昼食 12:00 昼食

15:00 生涯学習講座で歴史を勉強 13:00 夫婦でゴルフ

17:00 手芸のサークル活動 16:00 生涯学習講座で美術を勉強

18:00 夕食 サークル活動の仲間と 18:00 スタッフの子供の面倒をみる

20:00 コミュニティの運営委員会 19:00 夕食 サークル活動の仲間と

21:30 就寝 22:00 就寝

作成:ケンダル・アット・ハノーバーでのヒアリングをもとに三菱総合研究所

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317米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

◇今を語る今回のインタビューで印象的だったのは、彼らが昔の話をほとんどしないことだった。居住者の多くが元大学教授や企業の役員であり、ともすれば過去に自分が何を成し遂げたかを話す比重が多いのかと思ったが、実際は、過去のことでなく今夢中になっている趣味や学習やボランティアのことを楽しそうに話す。元気シニアは、「過去を語るのでなく、今を語る人」と言えよう。

2.2 ダートマス大学 生涯学習機関:ILEADの活動ケンダル・アット・ハノーバーが、リタイアメント・コミュニティとして高い評価を得て

いる要因のひとつは、近隣のダートマス大学の生涯学習講座を気軽に受講できることである。ダートマス大学の ILEAD(Institute for Lifelong Education at Dartmouth)は、1990年にダートマス大学の生涯学習講座を担う機関としてスタートした。

大学周辺地区の住民に対して、多様な生涯学習の機会を提供しており、高齢者を中心に約1,000 名が学んでいる。講師は約 70 名がボランティアで担当し、講師は元大学教授もいれば元企業の勤務者もいる。

生涯学習の講座内容は、国際政治、環境、エネルギー、文学、歴史、哲学、音楽、健康など多岐に渡っている。

表6.ILEAD 生涯学習講座 2010年秋期講座の一部

分野 講座名

1 政治 現代の国際政策課題

2 国際金融 国際金融システム

3 環境 温暖化問題を考える

4 生活 上手に歳をとる方法

5 歴史 古代のミステリーの謎解き

6 歴史 ウィンストン・チャーチル論

7 執筆 ノンフィクションの書き方

8 文化 生け花〜日本のフラワーアレンジメント

出所:ILEAD ホームページ

ILEAD のプログラム・コーディネーターのラーソン女史によると、生涯学習講座の運営のポイントは、ディスカッション型の双方向の学習スタイルと、それによる生徒相互の啓発である。また講師は、生徒から、プロフェッサーやティーチャーではなく「グループリーダー」と呼ばれる。これは、大学にありがちなアカデミックで一方通行の教え方ではなく、講師が参加者同士のディスカッションをリードしたり、ファシリテーターとしての役割を重視している表れである。また講師を務めたシニアが、翌日の別授業では生徒として学んでいることもよくある。

なお、試験はなく、大学としての正式な単位を取得することもできない。

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318 調査レポート Survey Report

講座は 8 週間の長期コースと 4 週間の短期コースがあり、費用は 1 講座あたり 30 〜 55 ドルで、日本の同様の講座と比べるとかなり安価な価格と言えよう。

費用については、ダートマス大学はこの生涯学習講座を収益事業とは位置付けておらず、地域への社会貢献としていること、また卒業生の絆を深めるための活動としているので、安価な費用になっている。

なお、米国の大学収益のなかで卒業生からの寄付金は大きな割合を占めており、ILEADのような生涯学習講座によって、卒業生の老後のライフスタイルの満足度を高める取り組みが、愛校心と寄付金の向上につながる。

ゆえに、生涯学習講座は「卒業生への支援と貢献による大学全体のサービス向上」という位置付けである。

 ILEAD で生徒として学び、ある時は講師として教えるという相互啓発により、今何かに

真剣に打ち込んだり、誰かの役に立っているという実感が得られる。また学びを通じた仲間とのつながり、すなわち「知縁」が生まれる。

プログラム・コーディネーターのキング女史によると、20 年間の歴史のなかで、ILEADの運営に関して苦労したのは「教え方」であり、生涯学習講座では、大学の授業とは異なる教え方が求められる。講師が新たに教壇に立つための訓練として、一方通行にならない双方向型のディスカッション中心の授業ができるように、ILEAD では講師への事前トレーニングが徹底されている。

また、講座終了時には、生徒の声が講師にフィードバックされることにより、持続的な改善がなされている。

表7.ILEADの成功要因

講座 質の高い多様な講座

講師 プロフェッサーではなく、グループリーダーと呼ばれるファシリテート力の重視

教え方 一方通行ではなく、双方向のディスカッション重視

知縁 知的な学びを通じたつながり・脱無縁化

作成:ILEAD のインタビューから三菱総合研究所

3.ケンダル・アット・ハノーバーに学ぶポイント本稿で紹介した大学連携型リタイアメント・コミュニティ「ケンダル・アット・ハノー

バー」が、高齢化社会に直面する日本に与える示唆は少なくない。当地の居住者の平均年齢は 84 歳で、米国の平均寿命 79 歳を大きく上回っており、また、居住者の 80%は健康で寝たきりにならずに暮らしている。特に居住者へのインタビューで印象的だったのは、皆、明るい笑顔で毎日を充実して過ごしていることであり、日本の一般的な老人ホームにありがちな暗いイメージは皆無であった。

また、ビジネスとしても、年間約 20 億円の売上げと約 1.5 億円の利益を生み、さらには

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319米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~ケンダル・アット・ハノーバー訪問レポート~

地元に約 300 人の雇用をもたらしており、事業性や地域活性化の面からも成功している。当然のことながら、米国と日本では国民性や法制度や地域性が異なるので、ケンダル・

アット・ハノーバーの事例がすべて日本に当てはまるとは限らないが、今後の日本の活力ある高齢者化社会を考えるうえで、今回の事例から学ぶべきポイントを以下に示す。

3.1 仕組み型ビジネス本稿で紹介したリタイアメント・コミュニティは、単なる老人ホームではない。健康なうちに移住し、自分の健康状態に応じて同一敷地内で住み続けることができる

CCRC という形態である。そして事業としては、老人ホームの単品型ビジネスではなく、複数のサービスが融合した仕組み型ビジネスになっている。

例えば、生涯学習では近隣の大学と連携して高齢者の多様な知的刺激に応えるメニューが準備されている。

また、医療やヘルスケアでは、隣の大学病院との電子カルテの共有や、コミュニティ内でのフィットネス・健康プログラムの推進、そして医療スタッフとソーシャル・ワーカーと連携したアドバイスなどが行われている。

さらに、不動産では、コミュニティの入居前に居住していた物件の転貸サービスが行われ、ファイナンスでは居住者の資産活用相談や税務相談にも応じている。

3.2 四者一両得のモデル大学連携型コミュニティは居住者の高齢者だけがメリットを得るものでなく、住民、大

学、自治体、企業の民・学・公・産の四者一両得になる。住民の視点では、高齢者は元気で知的な生きがいが生まれ、近隣の学生は高齢者のキャリ

ア・アドバイスを受けたり、彼らの貴重な経験や知見を学ぶことができる。大学にとっては、学生は 18 歳から 22 歳だけが対象ではなくなり、あらゆる世代に対して

多様な生涯学習プログラムを提供することで、地域社会の知の資産としての大学の価値が高まる。

地域の自治体は、こうしたコミュニティが活性化されることにより、雇用が創出されて税収が増える。また元気な高齢者の積極的な購買行動により消費が活性化され、高齢者が健康を維持できれば医療費の抑制にもつながる。

コミュニティに関連する企業は、単なる老人ホームという事業だけでなく、図 3 に示すように、生涯学習・教育、医療・ヘルスケア、環境・エネルギー、交通・移動、ファイナンス・資産運用など多様な仕組み型のビジネスチャンスが生まれる。

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320 調査レポート Survey Report

図3.大学連携型リタイアメント・コミュニティ 民・学・公・産 四者一両得の関係

● 知的好奇心● 頭と体の活性化● 老化防止

● 医療費抑制● 世代間交流● 脱孤独・つながり

大学連携型リタイアメントコミュニティ

学大学大学

公自治体自治体

民シニア、学生 シニア、学生 

産企業企業

● 学生増● 収益安定● 世代間交流

教育

医療・ヘルスケア

住宅

環境・エネルギー

交通・移動

ファイナンス

シニア向けカリキュラム、E-ラーニング、キャリアアドバイザー

遠隔通信医療、健康増進プログラム、機能性食品

高齢者向けバリアフリー住宅

リサイクル・循環システム、地域冷暖房

高齢者用エコカー、カーシェアリング、新移動機器

高齢者向け資産活用相談、リバースモゲージ

● 地域活性化● 雇用増● 税制増● 医療費減

新ビジネス創造

資料:三菱総合研究所

図4.アクティブシニアたち

出所:ケンダル・アット・ハノーバーパンフレット

おわりに一般に定年後は 10 万時間もの自由時間があると言われるが、一番つながりや共助が必要

とされるのは、実は老後であり、この時期にこそ、リタイアメント・コミュニティのように

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誰かとつながりのある暮らし方が求められるのではないだろうか。他人以上親戚未満の「ほどよい」距離感を持ちつつ、コミュニティの共助による生活は高齢者の新たなライフスタイルへのヒントを与えている。

CCRC は、高齢者が自分の健康状態に応じて、安心してコミュニティ内で老後過ごすことが可能であり、移転の煩雑さやコスト負担がないので、高齢者にとって安心感のある施設形態である。

リタイアメント・コミュニティは、ゴルフ三昧やレクリエーション中心の第一世代とすると、本稿で紹介した生涯学習を重視した大学連携型コミュニティは、第二世代としての新たな潮流である。

CCRC は、「ゴルフ場」ではなく「大学」の近くに作られ、地域の知の資産としての大学との連携は様々な効果をもたらしている。

ケンダル・アット・ハノーバーでは、ダートマス大学の生涯学習プログラムで元気シニアの多様な知的ニーズを満たし、コミュニティの経営は順調であり、地域に対しては約 300 人の雇用を生み、地元のハノーバー市に貢献していることで、民(住民)・学(大学)・公(自治体)・産(企業)、それぞれにメリットをもたらしている。

コミュニティのハードウェアをインフラ・交通やエネルギーとすると、ソフトウェアは今回紹介したような、住民の生きがい、共助、つながりといった無形の社会資本といえる。

高齢化問題への対応が急務の日本にとって、今回紹介した米国の大学連携型リタイアメント・コミュニティは多くのヒントを与えている。

謝辞今回、ケンダル・アット・ハノーバーとダートマス大学の生涯学習機関(ILEAD)への

訪問にあたって、極東の国、日本からの出張者に親切に対応していただいたケンダル・アット・ハノーバーのマーケティング・ディレクターのデイビッド・ウルソー氏と ILEAD のプログラム・コーディネーターのリサ・キング女史に改めて感謝の気持ちを伝えたい。

特にウルソー氏は、コミュニティの居住者へのインタビューや元気シニアとの夕食会のアレンジ、あるいは居住者の個人の部屋への訪問など、彼の機転の利いた行動力と親身な気配りに大いに助けられ、居住者との良好なコミュニケーションを取ることができた。

訪問から半年後の 2011 年 3 月 11 日に大震災が東日本を襲ったが、数日後にウルソー氏から安否を気遣う電子メールが届いた。

「君がケンダル・アット・ハノーバーで会ったすべての人々が、日本と君を心配している」という内容であったが、今回の訪問とインタビューをきっかけに遠く離れた米国の地の方々と心を通わせているということは、この分野での研究や事業を考えるうえで、自分自身の大きな財産になったと確信している。

参考文献[1] “Kendal at Hanover Disclosure Statement”(2009).[2] “ILEAD Fall Courses”(2010).