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ショパンはモーツァルトと並んで類たぐい
まれな作曲家であると言えます。つまりほんの数小節を聴いただ
けで「この曲はショパンだ」ということを聴き取ることができるからです。
しかし中に立ち入って勉強していくと、なぜ、どういう点からショパンだと感じ取れるのかを解明す
るのは、とても難しいわけです。旋律、和声的書法、彼にしかできなかったような手段、そうしたもの
すべてを混ぜ合わせたものから感じるのでしょうか。ショパンのこうした類まれな書法について、具体
的な例を挙あ
げながらお話したいと思います。
ショパンが幼少時にワルシャワで受けた音楽教育は、極めて古典的なものでした。そのしっかりした
柱の中には二人の偉大な作曲家の存在がありました。バッハとモーツァルトです。バッハからは構成、
調性の関係、対位法的書法、そうしたものをある一定の秩序の中に置いていくということ。モーツァル
トからは装飾のセンス、声楽的なライン、細部にわたる秩序を時として崩していくというような点です。
ショパンが受けた古典的な音楽文化は彼にしっかりと浸透していましたし、彼はそれを尊重していまし
た。秩序の中で、彼の独創性、感性を生かしていく道を取ったのです。ショパンの制作の内にある、こ
の古典的秩序には三本の柱があり、それは生涯にわたって彼を支えていたと言えます。
第一の柱は和声的な規則です。それぞれ異なった度数における和音の関係と連結で、そこから導き出
される和声進行です。そして調性関係を支配していくのです。
講講講講演演演演::::イイイイヴヴヴヴ・・・・アアアアンンンンリリリリ((((パパパパリリリリ国国国国立立立立高高高高等等等等音音音音楽楽楽楽院院院院教教教教授授授授<<<<和和和和声声声声学学学学>>>>))))
ショパンの和声法、その魅力と秘法
イヴ・アンリ講演
注:文中の□内の数字は小節番号
通訳:鶴園つるぞの
紫磯子し き こ
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〈特集〉第26回全国研究大会
この限られた、たった二つの調性の中においても、彼の感性というものがこの作品に豊かな顔を与え
ています。習作期の作品の中にすら彼の持つ優美さ、ピアノの様々な音域の使い方、書法の洗練、人を
はっとさせる部分、そうしたきらめきが含まれているのです。古典的な転調の方法、ここでは関係調で
すが、次に二つの調を対比的に並べる同主調の転調を示しましょう。よりコントラストの強い調の並べ
方です。
《ノクターンOp.48-1》では呈示部と再現部がc-moll、中間部が同主調のC-durです。短調の間に長調が
突然出現するという限りない効果です。何よりも雰囲気と色彩が目の前で変化していくという効果、そ
してなおかつ、主要部が短調で中間部を長調にすることによって、全体的にきちんと形成された古典的
な印象も与えてくれるのです。c-mollが持つどこか不安気な、少し苦悩を帯びたような空気をたたえて
いますが、C-durの出現によって、それがある精神の高揚、何かが昇華しょうか
していく、そういった瞬間を作
っています。
第二の柱は書法の規則です。例えばある複数の音の進行を決める法則です。非和声音がどのように取
り扱われるか、主音に対して導音がどのように解決されるのか、そして対位法です。
第三の柱はそれを構成する全体の作曲の規則です。主題をどのように構築するのか、先行句と応答句
という考え方も含まれます。楽曲の形式(メヌエット、変奏曲、ソナタといった諸々の形式)、もう一
つは拍節の構造です。
その書法というものは、彼が亡くなるまで様々な進歩を遂と
げていくことになるのです。
調性の使い方が最も重要なポイントになると思います。初期の作品《ポロネーズ KKIIa-1》は二つの
調のみで作られています。第1節がg-mollによって提示され、、第2節がB-dur、小さなトリオもB-durで
作られています。第1節は定説どおりに先行句がドミナントで終わり、それに対する応答句というきれ
いな形にまとめられ、次のB-durの第2節も同様の形になっています。
(右手パートのみ)
KKIIa-1第1節 g-moll
第2節 B-dur
ドミナント
先行句
応答句
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cis-mollの《マズルカ Op.63-3》は でDes-durになります。直前の小節でHisが半音の手法によって滑
り込むように次の調へ移行しています。
さらにもっと洗練された手法についてお話していきたいと思います。cis-mollの《即興曲 Op.post(遺
作)》です。cis-mollがDes-durに変化します。
シャープの世界からフラットの世界へ移行するということです。とても単純な方法で移っています。
cis-mollのドミナントGis、His、Dis、FisとDes-durのAs、C、Es、Ges、共通項があるため、とても自然に
変わっているのです。シューベルトが既に《即興曲 Op.90-4》でも使っていますが、考え方としてはと
ても新しいものでした。エンハーモニック(異名同音的)転調といいますが、この一瞬の驚きのような
方法をショパンは度々使うようになります。
Op.post
Op.63-3
同主調のトニック和音の関係
ノクターン Op.15-1 ノクターン Op.48-1 マズルカ Op.59-1
調性の選択というのはその曲の表現、曲想に大きな影響を与えていると言えます。根音を動かさずに
転調する関係は、当然色合いは変わりますが、ポジションは変わっていないわけです。
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〈特集〉第26回全国研究大会
この転調の方法が明確に行われている、それが一番大事なところに設定されていることが彼の特徴だ
と思います。
もう一つ注目したいのは色彩の問題です。ショパンが色彩に重きを置いていた理由の一つに、親友で
あった画家ドラクロワからの影響がありました。彼らは色彩について長い時間いつも話し合っていた、
と記録に残っています。ですから「ドラクロワがどのように絵画に色彩を置いていくのか」という問い
かけが、音楽家ショパンに対しても、同じ命題としてつきつけられていたということです。この色彩感
への関心はかなり若い時期からショパンにあったということが、《ノクターン Op.9-1》で示されていま
す。 のCisの使い方でD-durの音にいくわけです。この変化はDes-durからD-durへの半音階的転調です。
たった3小節ほどの長さですが、どれほどの色彩の変化、光の変化がここでもたらされているでしょ
うか。この和声が変化を遂げるその瞬間に、人々の耳がいくようにpoco rall.が書いてあるのです。
Op.9-1
演奏する場合、どの部分をより良く表したらよいのかを考える手立てになるのです。 ~ の場合、
「転調の橋」とでも言えるような部分を通っています。これはショパンの即興のスタイルとも結びつい
ている、つまりそれとわからないような曖昧あいまい
な部分を通って転調が行われるのです。
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左手: 囲みは1音ずつ変化
Op.28-4
Op.27-2
まさに聴いている人に、一瞬どの調にいたのかを忘れさせる瞬間であり、それがさらに予期せぬ調性
の進行を導き出す場合もあるのです。
次に《24のプレリュード第4番 Op.28-4》を使って和声が旋律にどれだけの力、どのような影響を与
えているのかを説明しましょう。旋律はとても単純なのですが、和声によって豊かさがもたらされてい
ます。和音によって旋律の共鳴が違ってくるのです。 ~ の左手の和声の変化は一音ずつなのですが、
それぞれ一音ずらすことによって色が変わっていきます。ここに右手の旋律が加わることで、左手の和
音との不協和が起こります。そのことにより、また独特の効果が表れるわけです。
《マズルカ Op.63-3》で話した「転調の橋」と同様です。遠隔調にいった場合、元へもどるのにいき
なりの転化ができないため、一種の即興の手法を取っているかのように少しずつ和音をずらしていく、
滑り込んでいくような手法です。
滑り込んでいく手法
調性の関係、転調の方法、声楽的な非和声音の使い方について、《ノクターン Op.27-2》を例にとって
総合的に話しましょう。Des-dur、ショパンがとても好んだ調です。 ~ で関係調b-mollへと転調しま
す。転調した瞬間にespressivoと書かれています。第1部の明るい調子から少し違う色へと移った、夢の
ようなテーマからb-mollで現実へ移行したと言ってもよいかもしれません。
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〈特集〉第26回全国研究大会
数小節かけて転調させていく独特の滑り込みによる「転調の橋」のような部分です。一つずつ音を変
えていく手法です。
フラットとシャープによってどれほど色彩や光が変化しているのか。 でFが延ばされていることに
注意してください。ペダルによってまさに和声が変化していきます。規則的、拍ごとにペダルを踏み替
えてしまったら和声の効果は全然違います。これほど明確なペダルの指示は、彼と同時代の他の作曲家
には見られません。
ここではショパンのペダル書法について述べたいと思います。彼が音響的主張、メッセージをどれほ
どペダルによって表現したのかということです。 から4小節間同じ和音が続きます。ですから4小節
間ペダルを踏んだままにしてほしいと書いてあります。 で高いBに到達しますが、これはDesの和音に
対する倚音いおん
appoggiatureの存在です。BからAsに解決するのです。 のEsは経過音で拍の頭にきていま
す。この経過音と倚音に注目してください。そしてこの4小節間踏んだ状態のペダルが音響的効果を上
げているのです。
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Op.55-2
にはDes-durからA-durに変容する素晴らしい転調があります。しかもショパンはここにdolceと書き
ました。このA-durの部分はとても幸せな瞬間であったと思います。 でcis-mollへ転換し、この先長い
「転調の橋」を通ってDes-durへと移行しますが、まさに小さな歩みを一歩一歩つなげることによって、
大きな転調を遂げているのです。
ショパン後期の書法である対位法的書法について、《ノクターン Op.55-2》で示したいと思います。�
から右手の声部は完全に2本の線で書かれています。ショパンでは新しい手法です。両声部ともとても
大切であるということが分かります。左手伴奏の書法について、以前は一種のアルペジオ奏法でより良
く和音が響くための書き方でした。ですがここでは少し違います。和声をなぞってはいるのですが、そ
の中に出てくるある音を辿たど
っていくと、一つの対位法的な線が見つけられるのです。
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〈特集〉第26回全国研究大会
~ では和声の半音進行による滑り込みのような感じで動いていますが、さらに注目に値するのは、
オーケストラの響きを彷彿ほうふつ
とさせる部分が生まれていることです。
一般的には、即興的あるいは自然発生的なもののように感じ取られているショパンの楽譜ですが、い
かに長い探究、工夫、創意が楽譜の中に組み込まれているのか。そして、そこから彼が意図したものや
夢を再現していくために、私たちはどれほどの喜びをもってそれに取り組んでいくことができるのか、
その私たちの務めであり、楽しみの一端をお聞かせできたことをうれしく思います。
※誌面の都合上、一部を省略させていただきました。
(編 広報部 吉田たまき)