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The 21 st Century COE Program 43 事業推進者 研究テーマ 超精密加工・位置決め技術の開発 名古屋大学大学院 工学研究科 機械理工学専攻 教授 社本 英二 Eiji SHAMOTO 1.概要 マイクロナノメカトロニクスを支える基盤技術として, 超精密加工技術および超精密位置決め技術の開発を行 っている.まず,超精密加工技術としては,楕円振動 切削加工法と呼ぶ独自技術を応用することにより,1) 次世代電子光学部品の製造に必要とされる超硬合金の 超精密微細加工技術の開発,および 2) 一般の精密部品 製造技術に革新をもたらす磨きレス金型加工技術の開 発を目指して研究を推進し,超硬合金に対する超精密 延性モード加工の確認,自由曲面を持つ金型加工に有 利な 3 自由度超音波楕円振動システムの実現などの成 果を得ている.また,超精密位置決め技術としては, Walking Drive と呼ぶ独自の駆動方法を採用し,3) ノインプリントや半導体の積層化等のために実現が待 たれている高真空対応,高耐荷重型の超精密アライメ ント装置の実現を目指した研究を遂行し,プロトタイ プの試作機を開発するに至っている.以下に,それぞ れについて研究成果を報告する. 2.楕円振動切削加工法による超硬合金の超精密微細 加工(図1) 研究の目的マイクロナノ機械科学の分野においては, IT産業の発展に伴って超精密微細加工が必要な電子光 学部品が急増している.特に,これらの次世代電子光 学機器に必要とされる微細形状を有するガラス部品の 量産には,超硬合金製金型の超精密微細加工が必要で あるが,通常のダイヤモンド切削では被削材の脆性破 壊と工具損耗のため,また砥粒加工では微細形状を得 ることが困難であるためこれを実現することができな い.そこで,高硬度材に対して超精密微細加工が可能 な新しい加工技術の開発が課題となっている.そこで, 楕円振動切削と呼ぶ従来にない優れた特徴を持つ独自 の加工技術を適用し,従来不可能であった超硬合金の 超精密微細切削の実現を目指す. 研究内容と成果超音波楕円振動切削では図1に示すよ うに工具刃先に超音波領域の楕円振動を付加し,切り くず生成時に工具すくい面が切りくずを引き上げなが ら加工を行う.これにより,工具すくい面と切りくず の間の平均的な摩擦の方向が大幅に減少あるいは反転 するため,せん断角が増大して切削抵抗が著しく減少 する.これに加えて,間欠的な加工プロセスとなるこ とにより鉄系材料に対するダイヤモンド工具の摩耗が 大幅に抑制され,通常のダイヤモンド切削では加工が 困難な焼入れ金型鋼に対して実用的な切削距離での鏡 面加工が可能となる.また、ガラスのような脆性材料 に対しても、臨界切込み以下の切削を行うことにより, 図1(b)に示されるように良好な延性モード加工が可能 になることが知られている。楕円振動切削では振動一 周期ごとの実質の切取り厚さが減少するため、容易に 延性モードの加工を実現することができると考えられ る。この加工原理を踏まえ、硬脆材料である超硬合金 に対して徐々に切込み量が増加する溝加工実験を行っ た。その結果、通常の切削加工(図1(c) に示す仕上げ 面の微分干渉顕微鏡写真を参照)では溝の全面にわた って粒子の脱落や粒界の剥離による凹凸が発生するの に対して、楕円振動切削を適用した場合(図1(d)参照) には脆性破壊の見られない良好な仕上げ面(仕上げ面粗 40 nm Ry)が得られることを確認しており、本成果に よって従来技術では不可能であった超硬合金製金型の 超精密微細加工を実現し得ることが期待される。

事業推進者 超精密加工・位置決め技術の開発 研究 …coe.mech.nagoya-u.ac.jp/report/houkoku/tantousha/shamoto.pdfThe 21st Century COE Program ― 43― 事業推進者

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The 21st Century COE Program

― 43 ―

事業推進者

研究テーマ 超精密加工・位置決め技術の開発

名古屋大学大学院

工学研究科

機械理工学専攻

教授

社本 英二

Eiji SHAMOTO

1.概要

マイクロナノメカトロニクスを支える基盤技術として,

超精密加工技術および超精密位置決め技術の開発を行

っている.まず,超精密加工技術としては,楕円振動

切削加工法と呼ぶ独自技術を応用することにより,1)

次世代電子光学部品の製造に必要とされる超硬合金の

超精密微細加工技術の開発,および 2) 一般の精密部品

製造技術に革新をもたらす磨きレス金型加工技術の開

発を目指して研究を推進し,超硬合金に対する超精密

延性モード加工の確認,自由曲面を持つ金型加工に有

利な 3 自由度超音波楕円振動システムの実現などの成

果を得ている.また,超精密位置決め技術としては,

Walking Drive と呼ぶ独自の駆動方法を採用し,3) ナ

ノインプリントや半導体の積層化等のために実現が待

たれている高真空対応,高耐荷重型の超精密アライメ

ント装置の実現を目指した研究を遂行し,プロトタイ

プの試作機を開発するに至っている.以下に,それぞ

れについて研究成果を報告する.

2.楕円振動切削加工法による超硬合金の超精密微細

加工(図1)

研究の目的:マイクロナノ機械科学の分野においては,

IT産業の発展に伴って超精密微細加工が必要な電子光

学部品が急増している.特に,これらの次世代電子光

学機器に必要とされる微細形状を有するガラス部品の

量産には,超硬合金製金型の超精密微細加工が必要で

あるが,通常のダイヤモンド切削では被削材の脆性破

壊と工具損耗のため,また砥粒加工では微細形状を得

ることが困難であるためこれを実現することができな

い.そこで,高硬度材に対して超精密微細加工が可能

な新しい加工技術の開発が課題となっている.そこで,

楕円振動切削と呼ぶ従来にない優れた特徴を持つ独自

の加工技術を適用し,従来不可能であった超硬合金の

超精密微細切削の実現を目指す.

研究内容と成果:超音波楕円振動切削では図1に示すよ

うに工具刃先に超音波領域の楕円振動を付加し,切り

くず生成時に工具すくい面が切りくずを引き上げなが

ら加工を行う.これにより,工具すくい面と切りくず

の間の平均的な摩擦の方向が大幅に減少あるいは反転

するため,せん断角が増大して切削抵抗が著しく減少

する.これに加えて,間欠的な加工プロセスとなるこ

とにより鉄系材料に対するダイヤモンド工具の摩耗が

大幅に抑制され,通常のダイヤモンド切削では加工が

困難な焼入れ金型鋼に対して実用的な切削距離での鏡

面加工が可能となる.また、ガラスのような脆性材料

に対しても、臨界切込み以下の切削を行うことにより,

図1(b)に示されるように良好な延性モード加工が可能

になることが知られている。楕円振動切削では振動一

周期ごとの実質の切取り厚さが減少するため、容易に

延性モードの加工を実現することができると考えられ

る。この加工原理を踏まえ、硬脆材料である超硬合金

に対して徐々に切込み量が増加する溝加工実験を行っ

た。その結果、通常の切削加工(図1(c) に示す仕上げ

面の微分干渉顕微鏡写真を参照)では溝の全面にわた

って粒子の脱落や粒界の剥離による凹凸が発生するの

に対して、楕円振動切削を適用した場合(図1(d)参照)

には脆性破壊の見られない良好な仕上げ面(仕上げ面粗

さ40 nm Ry)が得られることを確認しており、本成果に

よって従来技術では不可能であった超硬合金製金型の

超精密微細加工を実現し得ることが期待される。

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The 21st Century COE Program

― 44 ―

3.3次元自由曲面を有する金型の磨きレス鏡面加工

を実現する3自由度超音波楕円振動工具の開発(図2)

研究の目的:現状の金型加工では,焼入れ鋼に対する

鏡面切削が困難であるために加工後に磨き工程が必要

とされることが多く,これに多大な時間とコストが費

やされている.このため金型鋼に対して直接鏡面加工

が可能な優れた加工技術の開発が望まれている.これ

に対し,筆者が考案した楕円振動切削加工法はダイヤ

モンド切削による焼入れ鋼の鏡面加工を実現し得るこ

とから,本加工法をエンドミル加工に置き換えること

ができれば,切削による磨きレス加工が可能となると

考えられる.そこで,これを実現可能な加工方法を提

案し,これに必要となる3自由度超音波楕円振動工具

の開発を行った。

研究内容と成果:3次元自由曲面を有する被削材に対

して,図2(a)に示すように切削方向とすくい面のなす

角が常に一定となるように工具回転位置を制御しなが

ら超音波楕円振動切削を行うことにより,従来手法で

は困難な焼入れ鋼金型の磨きレス鏡面切削を実現する

新しい加工方法を提案する.このような3次元自由曲

面の加工を行う場合,加工形状に対して望ましい工具

姿勢で所望の方向に楕円振動を発生する必要があるこ

とから、3次元空間内で任意の楕円振動を発生すること

が可能な3自由度超音波楕円振動工具が必要となる。そ

こで、まず3自由度の超音波振動を同時に発生するこ

とが可能な振動工具の形状および調整方法などを設計、

考案し、実際に図2(b)に示す振動工具および図2(c)に

示す振動制御システムを試作開発した。開発した振動

工具の振動特性を評価した結果、図2(d)に示されるよ

うに各振動モードの共振周波数の差は20Hz程度まで近

接しており、設計通りに3次元空間内の任意の面内で

任意の軌跡の超音波楕円振動を発生し得ることを確認

している.また、図のようにQ値が約1900~2800と大

きく、34 kHzの高周波数において十分な振幅の楕円振

動を発生し、さらにその振幅等を安定に制御し得るこ

とを確認するに至っている。

Chip Tool

Workpiece

(a) Elliptical vibration cutting process (b) Micro groove machined on glass by vibration cutting

0.070.070.30.31122

Cutting Cutting speedspeed

((m/minm/min))

Depth:3µm

100100µµmm

Cutting direction Cutting direction Depth is increased gradually.Depth is increased gradually.

100100µµmm 100100µµmm

Depth:3µm Depth:0µm

0.070.070.30.31122

Cutting Cutting speedspeed

((m/minm/min))

Depth:3µm

100100µµmm

Cutting direction Cutting direction Depth is increased gradually.Depth is increased gradually.

100100µµmm 100100µµmm

Depth:3µm Depth:0µm

100100µµmm 100100µµmm 100100µµmm

Depth:4.3µm Depth:2.3µm Depth:0µm

Cutting direction Cutting direction Depth is increased gradually.Depth is increased gradually.

100100µµmm 100100µµmm 100100µµmm

Depth:4.3µm Depth:2.3µm Depth:0µm

Cutting direction Cutting direction Depth is increased gradually.Depth is increased gradually.

100100µµmm 100100µµmm 100100µµmm

Depth:4.3µm Depth:2.3µm Depth:0µm

Cutting direction Cutting direction Depth is increased gradually.Depth is increased gradually.

(c) Grooves machined on sintered carbide (d) Groove machined on sintered carbide by ordinary cutting by elliptical vibration cutting

■図1 楕円振動切削加工法による超硬合金の超精密微細加工

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― 45 ―

4.Walking Driveを利用した超精密アライメント装置

の開発(図3)

研究の目的:現在、半導体などの微細構造体を製造す

るための中核技術は、光を利用したフォトリソグラフ

ィであり、光の波長による描画分解能の限界が問題と

なっている。そこで、この限界を超えて集積度を向上

するために、極微細なレジスト成型を利用するナノイ

ンプリント、ウェハーとウェハーの加圧接合による半

導体の 3 次元構造化(WOW: Wafer on Wafer)などの

機械的手法が注目されている。しかし、これらの実現

にはトンオーダの耐荷重とナノメートルオーダの位置

決め分解能を持ち、高真空に対応可能な超精密アライ

メント技術の開発が不可欠である。また、MEMS や半

導体実装の分野においても、部品を精密に加圧接合す

る必要性が生じている。これに対して、従来のアライ

メント機構では、ナノメートルオーダの位置決め分解

能とトンオーダの耐荷重を両立することが困難であり、

高真空に対応するためにも根本的に機構を見直す必要

が生じている。

研究内容と成果:本研究では、上述の高耐荷重・高真

空対応・小型超精密アライメント装置を開発すること

を目的として、Walking Driveと呼ぶ独自の駆動方法を

採用する。本手法では、図3(a)に示すように2組の支持

用圧電素子と送り用素子を、人間が歩くときの2本足の

ように交互に利用することでテーブルを滑らかに駆動

する。2組の素子が交代でテーブルを支持するため案内

機構が必要なく、従来の転がり案内では点接触または

線接触で荷重を支えるのに対して本機構では面で荷重

を支え得るため,飛躍的に耐荷重を向上し得る。また、

真空度を悪化する潤滑油等が不必要であり、運動誤差

の主要因となるすべり現象が発生しない。さらに、一

つのテーブルを直接XYθ方向に駆動することで小型化

が可能である。本研究ではこれらの特徴を活かし、原

理的に高真空にも対応が可能な小型超精密アライメン

ト装置(図3(b))を開発した。テーブル位置をCCDカ

メラと画像処理によって測定し、このフィードバック

信号を利用して測定分解能に相当する30nmの位置決

め分解能が得られることを確認するに至っている(図

3(c))。

(a) Elliptical vibration cutting for sculptured surface (c) 3 DOF ultrasonic elliptical vibration control system

(b) Developed 3 DOF vibration tool (d) Frequency response of developed vibration tool

■図2 3次元自由曲面を有する金型の磨きレス鏡面加工を実現する3自由度超音波楕円振動工具

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The 21st Century COE Program

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■ 業績リスト ■主要学術論文 1. T. Moriwaki, E. Shamoto, Y. Song and S. Kohda, Development

of an Elliptical Vibration Milling Machine, Annals of the CIRP, Vol.53/1, 2004, pp.341-344.

2. 社本英二,樋野励,冨江竜哉,松原陽介,森脇俊道, CNC 装置の

内部情報を利用した工作機械の熱変形推定, 日本機械学会論文集

C 編,Vol.69 , No.686, 2003, pp.2775-2782. 3. 社本英二,樋野励,梅崎雅之,森脇俊道, 切削力モデルに基づくエ

ンドミル加工状態の知的認識-データベースを必要としない手法

の開発 , 日本機械学会論文集 C 編,Vol.69, No.683, 2003, pp.1927-1932.

4. 社本英二,宋詠燦,佐々謙吾,吉田秀樹,樋野励,森脇俊道, 傾斜

型楕円振動切削加工法の提案とその基本特性, 精密工学会誌,

Vol.69, No.7, 2003, pp. 970-975. ■主要国際会議論文 1. C. Ma, E. Shamoto and T. Moriwaki, Study on the Thrust

Cutting Force in Ultrasonic Elliptical Vibration Cutting, Materials Science Forum, Vols.471-472, 2004, pp.396-400.

2. N. Suzuki, S. Masuda and E. Shamoto, Ultraprecision Machining of Sintered Tungsten Carbide by Applying Ultrasonic Elliptical Vibration Cutting, Proc. of 4th Int. Conf. and 6th annual general meeting of the European Society for Precision Engineering and Nanotechnology, 2004, pp.187-188.

■主要招待講演 1. E. SHAMOTO and N. SUZUKI, Ultraprecision Machining of

Hard Materials by Applying Ultrasonic Elliptical Vibration Cutting, International Workshop on Extreme Optics and Sensors, 2003.

2. 社本英二,鈴木教和,最新の楕円振動切削, 振動切削フォーラム,

2004. ■著 書 1. 社本英二(分担執筆),機械加工ハンドブック,朝倉書店,発刊予定. ■特 許 1. 京谷達也,社本英二,鈴木教和,脆性材料の切削方法,特願

2004-066398. 2. 社本英二,非接触式案内装置,特願 2003-295713. 3. 社本英二,鈴木教和,機械加工装置および機械加工方法,特願

2003-204805. 4. 社本英二,山内朗,奈良場聰,ピエゾ駆動体を備えたアライメン

ト装置の制御方法,特願 2003-079966. 5. 社本英二,山内朗,奈良場聰,ウォーキング動作駆動ユニットお

よびそれを用いたアライメント装置,特願 2003-067732. ■主要受賞 1. 社本英二,他 6 名,2003 年精密工学会賞,2004.

(a) Mechanism of “Waking Drive”

(c) Result of positioning experiment

Fine resolution of less than 30nm is achieved, (b) Developed ultraprecision alignment table which corresponds to measuring resolution.

based on “Walking Drive”

■図3 Walking drive を利用した超精密アライメント装置

PZT(support)

PZT (X)Table

PZT(support)

PZT (X)Table

Table

Driving block

Base

CCD cameras

Marks

Table

Driving block

Base

CCD cameras

Marks

-200

-150

-100

-50

0

50

-100 -50 0 50

Walking Drive

首振り

Erro

r in y

dire

ctio

n(µ

m)

Error in x direction (µm)

Err

or in

ydi

rect

ion

(µm

)

Initial position

-0.05

0

0.05

0.1

-0.1 -0.05 0 0.05

Walking drive

PZT

-200

-150

-100

-50

0

50

-100 -50 0 50

Walking Drive

首振り

Erro

r in y

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n(µ

m)

Error in x direction (µm)

Err

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(µm

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Initial position

-0.05

0

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0.1

-0.1 -0.05 0 0.05

Walking drive

PZT