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卒業論文 子どもの商業的性的搾取と日本企業の取り組み ~BUSINESSES HAVE THE POWER TO DO GOOD~ リベラルアーツ学群 国際協力専攻 牧田 東一ゼミ 学籍番号:208D0809 畑山 和哉

卒業論文 - 桜美林大学...卒業論文 子どもの商業的性的搾取と日本企業の取り組み ~BUSINESSES HAVE THE POWER TO DO GOOD~ リベラルアーツ学群

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卒業論文

子どもの商業的性的搾取と日本企業の取り組み ~BUSINESSES HAVE THE POWER TO DO GOOD~

リベラルアーツ学群

国際協力専攻

牧田 東一ゼミ

学籍番号:208D0809

畑山 和哉

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<目次>

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

第 1 章―CSEC の定義と関連法―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

第 1 節―CSEC の定義と原因―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

(1)CSEC の定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

(2)CSEC の問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

(3)CSEC の発生要因―カンボジアを例に―・・・・・・・・・・・・・・・・・6

第 2 節―CSEC と国際法―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8

(1)最悪の形態の児童労働条約(第 182 号)・・・・・・・・・・・・・・・・8

(2)子どもの権利条約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8

(3)子どもの権利選択議定書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9

(4)人身売買議定書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9

第 3 節―CSEC と国内法―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

(1)子ども買春・子どもポルノ禁止法・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

第 2 章―CSEC に対する取り組み―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10

第 1 節―CSEC の世界的な流れ―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

(1)1987 年 ロザリオ・バルヨットの死・・・・・・・・・・・・・・・・・11

(2)ストックホルム会議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11

(3)ヨコハマ会議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

(4)ブラジル会議・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

第 2 節―日本の取組み―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

(1)日本の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

(2)日本政府の取組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15

(3)自治体の取組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16

(4)NGO の取組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17

第 3 章―企業の取組み(コードプロジェクトを事例に)―・・・・・・・・・・・・18

第 1 節―コードプロジェクト―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

(1)コードプロジェクトとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

(2)海外企業の取り組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

第 2 節 ―日本版コードプロジェクト― ・・・・・・・・・・・・・・・・・20

(1)日本版コードプロジェクトとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20

(2)日本企業の取組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21

おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23

<参考文献>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

2

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はじめに

子ども買春や子どもポルノ、性的目的の人身売買などの子どもの商業的性的搾取

(Commercial Sexual Exploitation of Children 以下、CSEC)に対して、日本企業はどの

ような取り組みを行っているのだろうか。

ストックホルム宣言及び行動アジェンダによると、CSECとは、「対価として金銭や物品を、

子どもあるいは第三者に渡し、大人が性的に虐待をすることであり、根本的な子どもの権

利の侵害である。この犯罪において子どもは、性的な、商業的な“モノ”として扱われ、

強制労働や現代的な奴隷労働の形に等しい1 [(特活)国際子ども権利センター HP

2010,10.9]」とある。

筆者がCSECの問題に関心を抱いたのは、中学時代に読んだ雑誌がきっかけである。雑誌

には東南アジアへ買春ツアーに行った体験談が書かれていた2。筆者は、買春を目的に海外

を訪問している人がいることを知り、衝撃を受けた。

日本は、東南アジアなどへのセックスツーリストの送り出し国、子どもポルノの生産や

流通の拠点となっていること、子どもポルノの単純所持を禁止していないことなどに対し、

世界各国から批判されてきた3。多くの非難の声を浴びている日本だからこそ、CSECの問題

に対して積極的に取り組んでいかなければならないのではないだろうか。

また、昨年と今年、筆者はTHE BODY SHOP4(以下、BODY SHOP)の「ストップ!子どもの

人身売買トラフィッキング反対キャンペーン5」に署名し関連商品の購入をした。企業の社

1 (特活)国際子ども権利センターによる下記和訳。

The commercial sexual exploitation of children is a fundamental violation of children's

rights. It comprises sexual abuse by the adult and remuneration in cash or kind to the

child or a third person or persons. The child is treated as a sexual object and as a

commercial object.

The commercial sexual exploitation of children constitutes a form of coercion and

violence against children, and amounts to forced labour and a contemporary form of slavery.

[(特活)国際子ども権利センター HP 2010,10.9] 2 雑誌名・国は覚えていないが、18 歳以下と思われる少女を買春した体験、日本人の読者に対

し、買春を進める内容が書かれていた。 3 主要国首脳会議(G8)の中で、単純所持を禁止していないのは日本とロシアだけである。 4 イギリスに本社を置く化粧品メーカー。企業の社会的責任を果たすために、企業理念として 5

つのバリューズを掲げている。

1.AGAINST ANIMAL TESTING(化粧品の動物実験に反対しています)

2.SUPPORT COMMUNITY FAIR TRADE(公正な取引を推進しています)

3.ACTIVATE SELF ESTEEM(自分らしさを大切にします)

4.DEFEND HUMAN RIGHTS(人権を尊重します)

5.PROTECT OUR PLANET(環境の保護に努めています)[THE BODY SHOP HP 2011,11.29] 5 2009 年から 3年計画で、世界中の THE BODY SHOP が子ども(18 歳未満)の性目的の人身売買

根絶を目指し、国際 NGO ECPAT とともに展開しているキャンペーン。見過ごされがちな問題にス

ポットをあて、より多くの人々の関心を高め、社会に変化をもたらすことを目指している。具体

的には、署名活動や募金活動、寄付つき製品の展開、啓蒙活動など[THE BODY SHOP HP 2011,11.29]。

筆者が旅行で行った香港と韓国でも同様のキャンペーンが行われていた。

3

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会的責任6(Corporate Social Responsibility 以下、CSR)として、積極的にCSECの問

題に取組むBODY SHOPに対し、深く感銘を受けた。

この時期、筆者は、就職活動で旅行会社の会社説明会に参加する機会が何度かあった。

説明会中に BODY SHOP のキャンペーンを思い出し、旅行会社に対して疑問を抱いた。「営業

担当者は子ども買春をしたいという顧客の要望に対し、しっかりと断ることが出来るのだ

ろうか」と。筆者自身、旅行会社に裏切られたような経験をしていたために、疑問は大き

くなった。

大学 2年の夏、インドのマザーテレサ施設に約 2週間ボランティアへ行った時のことだ。

現地日本語ガイドが児童労働商品と認識したうえでシルクを筆者はじめ旅行者に勧めたの

だ。この時、児童労働について企業による十分な研修・教育が現地で行われていないと感

じた。なぜなら、ガイドが「商品を購入することで子どもたちの手助けをすることが出来

る」と言ったからだ。

CSEC の問題に対して旅行会社は十分な研修や教育を行っているのだろうか。企業による

教育・研修が行われば、子ども買春を減らす大きな要因になり得る。政府による法整備が

徹底されていない日本だからこそ、企業が率先して取り組み、成果を上げるべきではない

か。

そこで本論では、子どもポルノや子ども買春の撲滅に向けた日本での取り組み、中でも

旅行業界が中心となって発足した日本版コードプロジェクト7について論じていく。CSECの

概要を述べた上で、日本版コードプロジェクトの成果と課題を調査していく。

第 1 章では、CSEC の定義や原因を示し、国際法や国内法との関連について論じる。第 2

章では、CSEC を反対する世界会議とそれに対する世界各国の対応、日本の現状や対応につ

いて論じる。第 3 章では、コードプロジェクトの概要と、参加企業の取組みを紹介する。

最後に、CSEC と CSR について、筆者の意見をまとめる。

第 1 章―CSEC の定義と関連法―

本章では、第 1 節で CSEC の定義と問題点、要因を述べる。「はじめに」にてストックホ

ルム宣言及び行動アジェンダによる CSEC の定義を述べたが、本節ではより詳しく論じてい

く。第 2 節では、CSEC が国際法で禁止されていることを述べる。第 3 節では、同様に国内

法について述べる。また本節では、日本企業の取り組みを考察するにあたって、日本と関

係の深いアジア諸国とりわけカンボジアにおける要因に焦点をあて、CSEC の問題を論じて

いく。

6企業が利益の追求を唯一の目的とするのではなく、法令順守、人権擁護、環境保護など様々な

面で社会的責任ある行動をするべきであるという経営理念。 7 詳しくは第 3章を参照。

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第 1 節―CSEC の定義と原因―

(1)CSECの定義

CSECとは、Commercial Sexual Exploitation of Children8の略である。Commercialは、

「商業的、ここでは、金銭やモノを見返りとして子どもに渡すこと」、Sexualは、「性的な」、

Exploitationは、「搾取する、不公平に利用すること」、Childrenは「子ども」を意味する[国

際子ども権利センター 2003:10]。本論では子どもを、子どもの権利条約第 1条より、18

歳未満のすべての者とする。これらを合わせて、日本では「子どもの商業的性的搾取」と

呼ばれている。

性的搾取とは、身勝手な性欲を満足させるために大人が子どもを使うことであり、子ど

もを性的に利用することが問題とされている。よって、子どもには明確な被害がなくとも、

子どもを性的な目的で利用した場合、性的搾取とされる[国際子ども権利センター 2003:

10]。つまり、CSEC にはマンガやコンピュータ・グラフィックスなどの被写体の実在しない

疑似ポルノも含まれる。

CSEC は、子ども買春、子どもポルノ、性的目的の子どもの人身売買を意味している。子

ども買春とは、お金やモノを与えたり、お金を渡す約束をして子どもと性行為することを

意味する。子どもポルノは、性的な欲求を満足させるために子どもへの性的虐待を記録し

た写真や映像などのことである。性的目的の子どもの人身売買とは、子どもを性的に利用

するために売買することである[国際子ども権利センター 2003:11]。

(2)CSECの問題点

CSECは、子ども買春、子どもポルノ、性的目的の子どもの人身売買を意味しており、被

害にあった子どもの心と体を非常に傷つけるものである。すでに多くの子どもたちが、加

害者からの性的虐待によってHIVウィルスやその他の性行為感染症をうつされている[国際

子ども権利センター 2003:13]。大人への移行期にある子どもの生殖器官は未発達であり、

侵入する微生物に対して十分な抵抗力をもっていない。このため、一般的に広く蔓延して

いるトラコマチス9などの性行為感染症にかかりやすく、感染症にかかっている場合はエイ

ズウイルスに感染する可能性も高まる[落合:2002:46]。これらは子どもの健康に生きる権

利を侵害している。また、買春宿に閉じ込められている子どもは、教育を受ける権利や遊

ぶ権利を侵害されている10[国際子ども権利センター 2003:13]。

このように、CSECは明らかに1989年に成立した国連の子どもの権利条約に違反している。

では、なぜ国際法で禁止されている CSEC が発生するのであろうか。

8 1966 年のストックホルムで開かれた「第 1 回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」

で使われて、広く用いられるようになった(詳しくは第 2章第 1節参照)。 9 クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis, CT)の略。主に目と性器に感染するクラ

ミジアの 1種で、最も頻度の高い性行為感染症の原因とされている。 10 子どもの権利条約第 28 条・第 31 条参照。

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(3)CSECの発生要因―カンボジアを例に―

CSEC の発生要因として、いくつかの原因が考えられるが、原因は複雑であり、そのパタ

ーンは国や地域間で異なっている。CSEC が明らかに外国人の観光と関係している地域もあ

れば、地元の需要によるものもある。また、ほとんどの国で 80~90%の被害者は女子だが、

男子が多数を占める場所もある[ILO 駐日事務所 HP 2010,11.23]。よって、発生要因を具体

的に考察するために、カンボジアを例に挙げる。

カンボジアにおける CSEC の問題を述べる上で、東南アジアの国々が第二次世界大戦で旧

日本軍によって次々と占領され、現地の人々が強制的に徴用されたことを念頭に置かなけ

ればならない。中には、未だ解決されていない従軍慰安婦問題も含まれている。旧日本軍

による占領後、これらの国々で買春が増加したのは、1960 年代~70 年代のベトナム戦争が

きかっけといわれている。戦争に駆り出されたアメリカ兵たちが、理不尽な死への恐怖を

癒すために休暇をタイやフィリピンなどの大都市や観光地で過ごしていた。休暇で兵士た

ちは、自分の性的欲求を満足させるための道具としてアジアの女性たちを利用したのだ。

戦争が終わり、アメリカ兵たちが引き揚げた後、各国は、国を発展させるために観光産業

に力を入れるようになった。これに伴い世界各国から多くの観光客やビジネスマンが東南

アジアの国々を訪れるようになった。しかし、彼らたちがアメリカ兵に代わり子どもたち

を性のはけ口として利用するようになっていったのである[落合 2002:22]。

子どもを搾取するために多くのセックスツーリストが訪問していたタイやフィリピンな

どでは、90 年代後半、法整備と取り締まりが進んだ。その結果、法の規制力も執行力も弱

いカンボジアに彼らが多く訪れるようになったのである[甲斐田 2006:112]。甲斐田はカン

ボジアにおける子どもの性的搾取・人身売買の発生要因として下記の問題を挙げている。

1.グローバル化

カンボジアは、人身売買の送出国であると同時に、ベトナム少女たちの受入国、経由国

でもあり、国内の村から観光地や首都であるプノンペンへ少女が売られるケースが多く見

られる。これらの人身売買の需要を高める一因として、処女に対して支払われる金額の高

さが挙げられる。カンボジアでは HIV エイズ感染を恐れる外国人が処女を買い求める金額

が 800 ドルなのに対して、マレーシアでは 3000 ドルもの「値段」がつくからである[甲斐

田 2006:113-114]。

2.貧困、教育へのアクセス、出稼ぎ

カンボジアは 2008 年時点で、国際貧困ラインである 1日 1.25 米ドル未満で暮らす人の

比率が 40%と高い[UNICEF HP 2010,11.24]。また、貧困に伴う教育へのアクセス不足の問

題が挙げられる。農村部においては、文具代が払えず家計を助けるために学校をやめざる

をえない子どもたちが都市や観光地、近隣諸国へ出稼ぎに行き、その過程で人身売買や性

的搾取にあうケースが多いのである[甲斐田 2006:114]。

3.ジェンダー

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カンボジアの女性は、社会における地位が低く、また、自分の権利を主張しにくい社会

環境におかれている。カンボジアには「よい妻や母親」になるための女性の振舞い方を示

した「女性規範(Code for Women)」というものがあり、カンボジアの女子は、親の仕事を

手伝うよう教えられる。また、親(特に母親)が自分の将来を決めることに対して逆らう

ことはできず、親孝行をする義務があるという伝統的な考え方が根強く残っている。この

ため、農村部では、中学校に行かずに働き始める女子が多く、教育レベルの低さから人身

売買業者に騙されやすくなるのだ。このようなジェンダー差別に基づく考え方や貧困の女

性化が、CSEC の根本的な原因の 1つとして挙げられる[甲斐田 2006:115-116]。

4.拡大する観光産業

カンボジアにおける子どもの性的搾取の背景として、観光産業の急成長11が挙げられる。

セックスワーカーに対して行った調査によると、55.1%が最初の客は外国人であり、うち

79%が観光客との結果もある。このように、観光客の増加に伴い、セックスツーリストが

多く流入してきたのである[甲斐田 2006:116]。

5.法執行分野における汚職

カンボジアの CSEC の問題において、政府や司法の汚職は最大の課題として指摘されてい

る。買春宿のビジネスや買春そのものに政府高官が関与しているケースがあり、また、警

官や検察官、裁判官が加害者から賄賂を受け取るケースが多く見られるからだ。このため、

CSEC の加害者が有罪にならず釈放される場合が多くみられる[甲斐田 2006:117]。

このようにカンボジアは、法執行分野における人々の腐敗により、2008 年 2 月に人身取

引・商業的性的搾取取締法を施行したが、有罪者の数がきわめて少ない12。むしろ、売春

を行った女性が警察などによって拘留され、身体的虐待をされたという報告もある[国際子

ども権利センターHP 2010,11.25]。カンボジアは国内法の人身取引・商業的性的搾取取締

法の他に、子どもの権利条約やILO条約などの国際法の批准国であるにも関わらず、法執行

機関の汚職により、現在でも多くの子どもたちが被害に遭っているのだ。

カンボジアを例にCSECの発生要因を挙げたが、何よりもCSECに対する需要があることが

問題である。子どもは権利を主張したりせず力も弱いため、抵抗を押さえつけることが容

易なため搾取しやすい[アムネスティ・インターナショナル日本 2009:24]。また、エイズ

感染の恐れから、性行為の経験が少ない子どもを求める大人の存在や、子どもを性の対象

と見るペドファイル13の存在なども問題として挙げられる。そのため、これらの問題を禁止

する国際法も多く作られている。

11 2004 年の観光業の国家収入は、7億 7700 万ドルで、GDP の 12%を占めている[甲斐田

2006:116]。 12米国務省の人身売買報告書 2009 によると、人身取引・商業的性的搾取取締法を施行してから

の 1年間において、政府は 12 人の人身取引犯を有罪とし 71 件の訴追を開始した[国際子ども権

利センター HP 2010,11.25]。しかし、これは著しく少ない数字である。 13 幼児・小児を対象とした性愛・性的嗜好を持つ人。

7

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第 2 節―CSEC と国際法―

子どもの権利を侵害している CSEC は、多くの国際法で禁止されている。具体的な条約と

して、国際労働機関(International Labour Organization 以下、ILO)の「最悪の形態の

児童労働条約」(第 182 号)や国際連合(United Nations 以下、UN)の「子どもの権利条約」

と「子どもの権利条約選択議定書」、「人身売買議定書」などである。

(1)最悪の形態の児童労働条約(第 182 号)

「最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時の行動に関する条約14」(略称:最

悪の形態の児童労働条約)は、1999 年の第 87 回ILO総会で採択され、2000 年 11 月 19 日に

発行、日本は 2001 年 6 月 18 日に批准している。2011 年 11 月 26 日現在、173 の国が条約

に批准している[ILO駐日事務所 HP 2010,11.27]。

この条約は、1973 年に採択された最低年齢条約15(第 138 号)及び同勧告(第 146 号)を

補足するために、18 歳未満の子どもの売春等を含む最悪の形態の児童労働を禁止及び撤廃

されなければならないとしている[ILO駐日事務所 HP 2010,11.27]。

この条約では、定められた期限までに、最悪の形態の児童労働の防止、児童労働に従事

している子どもの児童労働からの引き離し、社会統合、回復、無償の基礎教育や職業訓練

を受ける機会の確保、特別な危険にさらされている児童への援助、女児の特別な事情の考

慮といった目的を達成するための効果的な措置を講じるよう条約国には求められている

[藤原 2009:64-65]。

(2)子どもの権利条約

「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」は、1989 年に国連総会で満場一致で採

択され、1990 年に発行、日本は 1994 年に批准している。2007 年 5 月現在、192 の国と地域

が条約に締結しており、未批准はアメリカ合衆国とソマリアだけである。子どもの権利条

約は、全ての子どもの基本的人権を守るためのものであり、大きく分けて成長、生存、保

護、参加の 4つの権利を守るよう定められている[日本ユニセフ協会 HP 2010,11.27]。CSEC

に関する条約としては、経済的搾取・有害労働からの保護(第 32 条)や、性的な搾取・虐

14 以下の 4つが最悪の形態の児童労働とされている。

1.子どもの人身売買、武力紛争への強制的徴集を含む強制労働、債務労働などのあらゆる形態の

奴隷労働またはそれに類似した行為 2.売春、ポルノ製造、わいせつな演技のための子どもの使

用、斡旋、提供 3.薬物の生産・取引など、不正な活動に子どもを使用、斡旋または提供するこ

と 4.子どもの健康、安全、道徳を害するおそれのある労働[ILO 駐日事務所 HP 2010,11.27] 15 ILO の就業最低年齢条約は、批准国に対し、以下の通り就業を認める最低年齢を定めることを

規定している。

・就業最低年齢は一般に 15 歳(途上国は、当面 14 歳とすることができる)

・軽易な労働は 13 歳(途上国は同様に 12 歳)

・健康・安全・道徳を損なうおそれのある労働は 18 歳[ILO 駐日事務所 HP 2010,11.27]

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待からの保護(第 34 条)、誘拐・売買・取引の防止(第 35 条)、犠牲になった子どもの保

護(第 39 条)などが挙げられる[藤原 2009:55]。また、CSEC は、搾取される過程で、子ど

もの健康に生きる権利(第 24 条)や教育を受ける権利(第 28 条)、遊ぶ権利(第 31 条)

なども奪っている[国際子ども権利センター 2003:13]。しかし、子どもの権利条約のみで

は CSEC をなくすことは難しく、条約を補充・拡充するために 2000 年に選択議定書が採択

された。

(3)子どもの権利選択議定書

2000 年 5 月に上記の子どもの権利条約を補完する 2 つの議定書が採択された。その一つ

が、「子どもの売買、子ども買春及び子どもポルノに関わる子どもの権利に関わる条約の選

択議定書(子どもの権利選択議定書)」である16。2002 年に発効され 2007 年 4 月 12 日現在

119 カ国が批准しており、日本は 2005 年に批准している。

この選択議定書では、特に子どもの性的搾取・虐待を阻止するための詳細な条文が入れ

られており、他の形態の強制労働、不法な養子縁組、臓器提供などの性的な目的以外で売

られる子どもたちの保護についても対象としている。また、選択議定書では、「何が犯罪と

なるのか」と「犠牲になった子どもの保護」、「未然に防ぐ方策」、に関しておもに書かれて

いる[藤原 2009:58-59]。

(4)人身売買議定書

2000 年 11 月の国連総会において、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補

足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止及び処罰するための議定書(人身売買

議定書)」が採択された。2006 年 12 月 22 日現在 111 カ国が批准しているが、日本は 2002

年に署名したのみで、まだ批准していない[藤原 2009:60-62]。

この議定書は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」を補完するためのもの

であり、主に 4 つの規定がある。1 つ目は、「一般規定」であり、議定書の目的や人身売買

などの基本的な内容が定められている。2 つ目の規定は、「人身売買の被害者の保護」につ

いてであり、締約国が負うべき義務について書かれている。締約国は、国内法で被害者の

プライバシーを可能な限り保護しなければならないとされる。また、被害者に対して、適

切な住居の提供やカウンセリング、雇用や教育、及び訓練の機会などを提供しなければな

らない。3 つ目は、「防止、協力その他の措置」であり、人身売買を防止し、なくすために

締約国がすべきこと、締約国間でなされるべき協力について定めてある。4 つ目は、「最終

規定」であり、手続き的な内容が定められている[藤原 2009:60-62]。

このように、国際法では、CSEC を禁止しなくすための条約等が制定されているが、途上国

の貧困問題やグローバル化の影響などもあり、依然として多くの子どもたちが被害に遭っ

ている。日本は CSEC に関連する国際法で批准していない条約があったが、国内法ではどの

16 もう1つは、「武力紛争への子どもの関与に関する子どもの権利条約の選択議定書」。

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ように制定しているのだろうか。

第 3 節―CSEC と国内法―

日本では、刑法や売春防止法、児童福祉法などの法律で CSEC の問題を取り締まってきた。

しかし、これまでの法律では十分に問題を解決できないとして、1999 年 5 月に「子ども買

春・子どもポルノ禁止法」(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に

関する法律)が成立した[落合 2002:62]。

(1)子ども買春・子どもポルノ禁止法

子ども買春・子どもポルノ禁止法では、次のような罰則が定められている。

・子ども買春をすると 3年以下の懲役か 100 万円以下の罰金。

・子どもポルノを製造、販売、輸入すると 3年以下の懲役か 300 万円以下の罰金。

・子ども買春を斡旋・勧誘した場合は、3年以下の懲役か 300 万円以下の罰金。業として行

った場合は、5年以下の懲役及び 500 万円以下の罰金。

・子ども買春や子どもポルノ製造を目的として人身売買した場合は 1年以上 10 年以下の懲

役[落合 2002:62]。

従来の売春防止法などは性を売る側のみに罰則を設けていたのに対し、この法律では性

を買う側を罰し、その犠牲者となりうる子どもの権利を守る立場に立っている。しかし、

親告罪であることや諸外国に比べ刑が軽いこと、疑似ポルノが加えられていないことなど

の問題点も抱えている[落合 2002:63]。

人身売買議定書に批准していないことからもわかるように、日本は人身売買や性的搾取

に対する取り組みが遅れている。米国務総省が発表している「人身売買報告書 201017」では、

レベル2であり、東南アジアにおける子ども買春ツアーの需要があることや被害者支援の

取り組みが不十分なこと、処罰が軽いことなどが問題とされている[在日米国大使館 HP

2010,11.27]。これらを踏まえ第 2章では、CSEC廃絶に向けての世界的な流れと、日本の取

り組みとして国と自治体、国内のNGOについて述べる。

第 2 章―CSEC に対する取り組み―

17レベル1:米国の「人身売買被害者保護法」に基づく最低基準を十分に満たしている。

レベル 2:同基準を満たしていないが、同基準到達のため相当の努力をしている

レベル 2監視リスト:同基準を満たすために相当の努力をしている一方成果が出ていないレベ

ル 3:同基準を満たしておらず改善努力もなされていない

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第 1章で述べたように CSEC が法律で禁止されているにも関わらず無くならない現状を踏

まえ、本章では、CSEC 廃絶に向けての世界的な流れと日本の対応について論じる。第 1 節

では、世界的な流れとして CSEC が世界的に取り上げられたきっかけとこれまで行われた世

界会議について論じる。第 2 節では、日本の現状を報告し、政府の取組みと自治体、国内

の NGO の取組みについて論じる。

第 1 節―CSEC の世界的な流れ―

(1)1987 年 ロザリオ・バルヨットの死

子どもに対する商業的性的搾取問題が世界的に取り上げられるきっかけとなった事件が

ある。1986 年フィリピンにおいて、当時 11 歳(12 歳とも言われる)の少女ロザリオ・バ

ルゴス・バルヨットがオーストリア人医師の性的暴行を受けた結果、翌年 5月 19 日に心臓

発作で死亡した事件である。彼女は親や社会から見捨てられたドラッグに溺れるストリー

ト・チルドレンであった。彼女の住むフィリピン・オロンガポ市は性産業が盛んな街であ

り、ベトナム戦争当時米軍基地があり、その後観光客が多く訪れるようになった。彼女は

生きていくために売春をしていたが、ペドファイルのセックスツーリストから性暴力を受

け続けていた。彼女は体内にバイブレーターを残されたまま 5 ヶ月苦しみ、命を落とした

のである[オングレディ 1993:23-39]。この事件は性産業の負の側面を露呈した事件であり、

大きな国際的反響を引き起こし、彼女の死が CSEC を世界的に取り上げられるきっかけとな

ったのである。

ロザリオの死を初めとする深刻な子ども買春の実態が、キリスト教関係者により 1990 年

タイのチェンマイで開催された会議で報告された。この会議から「アジア観光における子

ども買春を終わらせる国際キャンペーン(ECPAT=Campaign to End Child Prostitution in

Asian Tourism)」が組織された[藤井 2002:6]。ECPAT という国際キャンペーンのもりあが

りを受けて、1996 年にスウェーデンのストックホルムで世界会議が開かれるに至ったので

ある。

(2)ストックホルム会議

「第 1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(以下、ストックホルム会議)」は、

1996 年 8 月 27 日から 31 日にスウェーデンのストックホルムで開かれ、子どもの商業的性

的搾取・虐待根絶を目指す初めての世界会議である。会議の主催はスウェーデン政府であ

り、122 ヶ国政府代表とユニセフ、子どもの権利条約 NGO グループ、国際エクパット、子ど

もや若者たちの代表など 1879 人が参加した[藤井 2002:7;森 2000:2]。

内容としては全体会の他、具体的なテーマ18ごとのワークショップ、ストックホルム市内

18 テーマは①法の改正と法の執行、②性的搾取者―実態とその治療への取り組み、③子どもポ

ルノ、④防止と心理的リハビリ、⑤健康問題―世界保健機関(WHO)、⑥教育と訓練、⑦観光と性

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の市民団体や病院へのフィールドワークなど、幅広い活動が含まれていた[森 2000:2]。ま

た、会議の最後にCSEC根絶のために世界中が結束して協力しようというストックホルム宣

言が出され、具体的な実現のための行動アジェンダ(課題)が採択された。この会議は初

めて各国の行政府と国際機関、市民団体が対等に討論した会議であり、子どもや若者の参

加が行動アジェンダを実施するために重要な役割を持っていることが確認された、という

点でたいへん画期的であった[藤井 2002:7]。

日本からは国会議員 2名と政府代表、市民団体代表が参加したが、アジアでの子ども買春

加害者の多大な送出し国として、また売買されている子どもポルノの 80%に上る生産国と

して指摘と非難を受けた。この結果日本政府は国内での早急な対策が必要だと認識し、国

内の法整備等を進めた[藤井 2002:7]。

ストックホルム会議から 5年後、会議で採択されたストックホルム宣言や行動アジェンダ

から、各国の取り組みや実践はどのようなものだったのか、これからさらに取り組むべき

課題はなにか、CSEC を根絶するために必要な国際協力とはなにか、等について話し合う会

議が横浜で開催された。

(3)ヨコハマ会議

「第 2回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議(以下、ヨコハマ会議)」は、2001

年 12 月 17 日から 20 日に横浜で開催された。様々な点で画期的と言われたストックホルム

会議に関して一つ欠けていたのは、子どもの権利条約における子どもの権利委員会による

定期的モニタリングシステムであり、その欠如を補うものとして 5 年後のヨコハマ会議の

構想が提案された[宮本 2002:3-6]。会議には国内・国外から 90 人の子どもと若者が正式

な出席者として参加し、他にも国内・国外から 183 の NGO、136 カ国の政府及び 23 の国際

機関など、3050 人が参加した[国際子ども権利センター 2003:15]。

ヨコハマ会議では、136 カ国が CSEC による子どもの被害の存在と深刻さを認め、対策を

講じるという政治的意思の表明をしたことは評価された。しかし、複数の報告者が訴えた

ように、世界規模では子どもの被害は減っておらず、むしろ CSEC が拡大していることが確

認された。会議で採択された宣言「ヨコハマグローバルコミットメント 2001」は、各国政

府や国連、国際機関、NGO にとって CSEC に対する主要な国際文書となった。また、同会議

では、CSEC の被害者として救い出され回復のプロセスを踏みしめていく子どもたちを、い

つまでも被害者とみなすのではなく、サバイバーそしてリーダーとしてみなすことが重要

だとされた。35 カ国から集まった子ども・若者は、彼ら自身のアピールを「子ども若者代

表による最終アピール」として 13 項目発表した[宮本 2002:3-9]。

(4)ブラジル会議

「第 3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議(以下、ブラジル会議)」は、2008

的搾取防止、⑧メディアの倫理、⑨人間の価値、である。

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年 11 月 25 日から 28 日にブラジルのリオデジャネイロで開催された。会議には、世界約 140

カ国からの各国政府代表と約 170 カ国からの国際機関や NGO、メディア、民間機関の代表

3145 人のほか、96 カ国から約 300 人の子ども・若者が参加した。ストックホルム会議とヨ

コハマ会議にあった「商業的」という言葉が今回削除されたのは、子どもに対するいかな

る性的搾取も容認しない考え方(ゼロ・トレランス)の強い表れである。また「青少年」

の表記が加わった[甲斐田/滝藤 2009:4]。

会議は、子どもの性的搾取の根絶のためにすべての国が取組を強化することを目的とし、

1)これまでの成果を基に、性的搾取の新たな課題と要因を分析し、戦略と方法を考える、

2)情報交換、3)国家間および国内においてより強い協力関係の構築、4)民間セクターや

組織内において、子どもが「保護される」ための取組の促進、5)取組の促進と期限を定め

た目標の設定、の 5 点に焦点が当てられた。また、これらの目的を達成させるためのテー

マ19に関してそれぞれ 20 の分科会と全体会議が開催された[甲斐田/滝藤 2009:5-6]。

ヨコハマ会議以降、各国政府の対応が追いつかないままインターネット上における子ど

もの性的搾取が急速に進み、子どもの人身売買も深刻化・複雑化している。これらの現状

を踏まえ会議の最終日には、各国が取り組むべき方策を示した行動計画「リオデジャネイ

行動協定(リオ協定)」がまとめられた。同会議では、子どもポルノにバーチャル画像を含

める定義で規制していく必要性や買春や旅行、観光における性的搾取を犯罪とする共通認

識、性的搾取の被害を受けた子どもが回復できるようにするためのケアを適切に実施する

必要性、などが議論された[甲斐田/滝藤 2009:5-6]。

CSEC 廃絶に向けての世界会議について論じたが、日本はどのような取組みを行ってきた

のだろうか。日本政府の取組みと自治体の取組みに分けて、第 1 章で述べた法整備にも関

連させて論じていく。

第 2 節―日本の取組み―

CSEC 廃絶に向けて日本はどのような取組みを行っているのだろうか。日本の現状を報告

した上で、日本政府の取組みをこれまでに行なわれた世界会議を踏まえ論じていく。次に、

自治体の取組みとして、条例の制定された自治体について論じる。

(1)日本の現状

日本の現状として、国内ではどのような CSEC に関する犯罪が起こっているのだろうか。

2011 年に起こった CSEC の犯罪と、これまでに発生した海外での日本人犯罪について、子ど

も買春・子どもポルノ禁止法に違反した例を紹介する。

国内での犯罪

19 テーマは、①子どもの性的搾取の新たな形態、②法的枠組みと説明責任、③セクター間の調

和の取れた政策、④社会的責任のイニシアチブ、⑤国際協力のための戦略、である。

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4 月 13 日、群馬県伊勢崎市の板金工、松本崇(42)が、子どもポルノ製造の疑いで逮捕さ

れた。松本は、2010 年 9 月 27 日から 29 日に携帯電話のゲームサイトで知り合った北海道

十勝管内の高校 1 年の女子生徒(16)に裸の写真をメールで送らせ、ポルノ画像を作成して

いた。松本は、実在する産婦人科の院長を名乗り、「無料で診察する。写真を送ってほしい」

などととだまし数十枚の写真を入手していた[毎日新聞 朝刊 2011,4.14]。

4 月 13 日、神奈川県横浜市の警備員、宮町悟(61)が、子どもポルノの公然陳列とわいせ

つ図画公然陳列の疑いで逮捕された。宮町は、2011 年 1 月 25 日から 2月 7日までの間、パ

ソコンに保存した女児の子どもポルノ動画をファイル共有ソフト「イーミュール」を使い、

不特定多数が閲覧できる状態にしていた。「約 3 年前からファイル共有ソフトを使って子

どもポルノ画像を集め、公開していた」と供述しており、パソコンには女児の画像約 60 点

が保存されていた[毎日新聞 朝刊 2011,4.14]。

5 月 11 日、長野県長野市の中学校教諭、西沢泰啓(41)が、子ども買春の疑いで逮捕され

た。西沢は、2010 年 12 月下旬ごろ、18 歳未満と知りながら女子中学生(14)に現金数万

円を支払い、ホテルでわいせつな行為をしたとされている。[毎日新聞 朝刊 2011,5.12]。

海外での日本人犯罪

海外における日本人犯罪には、どのようなものがあるのか。子ども買春・子どもポルノ

禁止法が 1999 年 11 月に施行されて以降、外国で行われた犯罪も罰する「国外犯規定」が

初めて適用された犯罪を 2つ紹介する。

はじめに、子どもポルノについて。2000 年 11 月 7 日、書籍販売会社「コネクション」の

久我明久社長(51)とビデオ制作に関わった同社社員 6 人が、タイで子どもポルノビデオ

制作の容疑で神奈川県警により逮捕された。 神奈川県警は、ICPO(国際刑事警察機構)を

通じ、タイ政府に捜査協力を依頼し、被害少女を特定した。調べでは、久我は 1999 年 12

月上旬、ビデオ制作スタッフを引き連れ、タイのチェンマイ県のホテルで、当時高校生だ

ったタイの 16 歳と 17 歳の少女をヌードにしてビデオで撮影したとされている[毎日新聞

朝刊 2000,11.8]。

久我らは、タイに頻繁に渡航しビデオ撮影を行っていた。現地で日本語の出来るタイ人

コーディネーターと一緒に、「オーディション」と称して少女を集めていた。日本人に見

える女の子に目を付け体のサイズを測り、いったん帰国した際に少女のサイズにあった衣

装と下着を日本で取りそろえて撮影に臨んでいた。少女には1人1回、7万~8万円の撮影

料を支払ったという。久我の経営するビデオ書籍販売店で販売されていたビデオには、少

女の顔写真が張られており、わざわざ「18 歳」と記入していた。[毎日新聞 朝刊 2000,11.8]。

次に、子ども買春について。2001 年 12 月 3 日、愛知県在住の無職、小沢健志(36)がカ

ンボジアでベトナム人少女(14 歳)を買春したとして、大阪府警により逮捕された。「国

外犯規定」が子ども買春で適用されたのは初めての事件である。府警の調べによると、小

沢は 2001 年 12 月 30 日~1 月 4 日、プノンペン市内のホテルで、ベトナム人少女に、現金

550 米ドルを支払って買春したとされている。小沢は 2001 年 1 月 4 日、現地警察にも児童

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保護法違反容疑で逮捕されている[毎日新聞 朝刊 2001,12.4]。

小沢は、2002 年 6 月 20 日、懲役 2年 6月(求刑懲役 4年)の実刑判決を受けている。大

阪地方裁判所の藤原美弥子裁判官は「被告は98年ごろから頻繁に海外で買春行為を繰り

返していた」と指摘し、「常習的で極めて悪質」と量刑理由を述べている[毎日新聞 朝刊

2002,6.21]。

(2)日本政府の取組み

ストックホルム会議でアジアでの子ども買春加害者の多大な送り出し国として、また子

どもポルノの生産国として指摘・非難された日本は、会議後 CSEC 廃絶に向けて 3つの成果

を挙げた。

第 1に、1999 年に制定された「子ども買春・子どもポルノ禁止法20」である。特徴の1つ

として国外法が適用されることが挙げられる。以前は買春被害が起こったとしても、国内

法の不備により国外犯として国内で処罰することができなかったが法制定により可能にな

ったのである[藤井 2002:7]。ストックホルム会議後、日本は短期的な取組みとして啓発ポ

スター「犯罪です!子ども買春」の作成、長期的取組みとして法制化を目指してきた。ま

た、1997 年からスウェーデン大使館と日本ユニセフ協会、ECPAT/ストップ子ども買春21の会

の協力により、5回にわたり同会議のフォローアップ会議22を開催してきた。「子ども買春・

子どもポルノ禁止法」が施行されたことは、このフォローアップ会議の大きな成果と言え

る[ECPAT/ストップ子ども買春の会 HP 2011,1.29]。

第 2 に、2001 年 2 月に「児童の商業的性的搾取に対する行動計画」を策定したことであ

る。しかし、この計画には具体的な施策や期間、予算などが明確でないため、計画倒れに

ならないよう、市民の目から見たモニタリングが必要といわれた[藤井 2002:7]。

第 3 に、第 2 回世界会議のホスト国となったことである。ストックホルム会議後 3 年間

で法制化を果たした日本は、同会議ホスト国であるスウェーデン政府からの強い呼びかけ

もあり、第 2回世界会議のホスト国に決定したのである[ECPAT/ストップ子ども買春の会 HP

2011,1.29]。

日本はストックホルム会議以降法制定を進め、また第 2 回ホスト国としてCSECの問題に

対して取組みを行ってきた。しかし、2008 年のブラジル会議では、改めて加害国として世

界から批判を浴びた。同会議では、子どもポルノの単純所持を許さないというという共通

認識が確認された。また、子どもポルノだけでなく、子どもを性的虐待するマンガや表現

物も規制とするべきであるという議論も活発にされた[甲斐田/滝藤 2009:5-6]。それにも

関らず日本は法整備が進んでいない23。

20 本論、第 1章第 3節に詳細あり。 21 詳細本章第 3節に記載。 22 この会議には NGO の他、関係省庁や国会議員、弁護士、また民間セクターからの参加があり、

各方面の様々な取組みや現状報告がされた。 23 与党(2009 年時)と民主党が子ども買春・子どもポルノ禁止法改正案をそれぞれ提出し、実

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このように、日本は子どもポルノの単純所持と疑似ポルノの規制が進んでいない。日本

政府による法整備が進んでいないことを踏まえ、自治体の取組みについて論じる。

(3)自治体の取組み

自治体の取組みとして、奈良県の子どもポルノの単純所持を禁止している条例について

論じる。また、廃棄命令を盛り込んだ京都府の条例と東京都の青少年健全育成条例につい

て論じる。

奈良県

奈良県は 2005 年に「子どもを犯罪の被害から守る条例」を制定し、初めて子どもポルノ

の単純所持を禁止した。子どもの定義を国では「18 歳未満」としているが、奈良県は「13

歳未満」と定義している。同県では、条例に違反した場合、30 万円以下の罰金などが科せ

られると規定されている[河北新報 朝刊 2010,12.24]。奈良県の条例を参考に、京都府も

単純所持を規制する条例を制定した。

京都府

京都府児童ポルノ規制条例案が 2011 年 10 月 7 日可決され、2012 年 1 月に適用された。

実効性を高めるため、罰則適用の前段階となる「廃棄命令」を盛り込んだのは全国初の条

例である。命令に強制力はないが、府による「立ち入り調査」も規定した。廃棄命令に従

わない場合は罰金刑(30 万円以下)を科し、被写体が 13 歳未満で有償取得した場合は、命

令なしで罰則(1 年以下の懲役または 50 万円以下の罰金)を適用する。これは、子ども買

春・子どもポルノ禁止法では処罰されない単純所持も対象になっている。しかし、冤罪を

生む恐れも指摘されているため、条例では、命令前に本人の弁明を聞く「聴聞」の手続き

も規定している24[毎日新聞 夕刊 2011,10.8]。

東京都

東京都の青少年健全育成条例改正案が 2010 年 12 月 15 日に都議会本会議で可決、成立し

た。改正案は強姦など法に触れる性行為や近親相姦を「不当に賛美・誇張」した漫画など

を 18 歳未満に売らないようにするものである[朝日新聞 朝刊 2010,12.16]。都は改正前

の条例でも性描写を含む漫画などの子どもに対する販売を規制している。だが、性行為が

全編に書かれた作品に限っており、内容が過激でも部分的なら対象外となっていた。子ど

も買春・子どもポルノ禁止法は写真など実写のほか、実在の子どもの作品は対象となるが、

架空のキャラクターは禁止されていなかった。これらの取組みに対して、表現の自由が侵

害されるとの批判もある[朝日新聞 朝刊 2010,6.2]。

奈良県や京都府、東京都の取組みは政府が単純所持を禁止していないことと疑似ポルノ

務者が修正協議を重ねていたが、2009 年の衆院解散・総選挙により廃案になっている。 24 京都府同様に、宮城県も児童ポルノ単純所持禁止を条例化する検討に入っている。宮城県は

性犯罪の前歴者やドメスティックバイオレンス(DV)の加害者に対して、行動を警察が監視でき

るように全地球測定システム(GPS)の常時携帯を義務付ける条例制定の検討にも入っており、

成立すれば全国初の試みとなる24[日本経済新聞 朝刊 2011,1.23]。

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を規制していないのに対し、条例で規制しようとする動きであり、評価できる取組みであ

る。これまで CSEC に対する国と自治体の取組みを見てきたが、日本の NGO はどのような団

体があり、取組みを行っているのだろうか。

(4)NGOの取組み

CSECに対して取組みを行っている日本のNGOとして日本国内のECPAT25関連団体と(特活)

国際子ども権利センターについて論じる。ECPAT関連団体としてはECPAT/ストップ子ども買

春の会とエクパットジャパン関西について論じる。

ECPAT/ストップ子ども買春の会

ECPAT/ストップ子ども買春の会は、ECPAT キャンペーンを日本で担うことを目的に 1992

年 3 月に発足した団体である。国際 ECPAT 本部事務局との連携をとりながら、日本国内外

の子ども買春・ポルノの問題解決のため、(1)国会や省庁へのロビー活動、(2)関係資料

の翻訳、(3)シンポジウム開催、(4)国際会議への参加、(5)高校生・大学生参加による

ユースフォーラム、などを行っている。国内では、子どもの権利条約第 34 条に基づき、様々

な活動を行っている。特に 1999 年に法制化された子ども買春・子どもポルノ禁止法の立法

過程において、国会議員と連携しつつ成立のために力を入れて活動した。その貢献が認め

られ 1999 年に「加藤ツジエ賞」を受賞している[ECPAT/ストップ子ども買春の会 HP

2011,1.29]。

エクパットジャパン関西

エクパットジャパン関西は、国際ECPATの運動の趣旨に賛同した人たちによって、日本国

内での法律整備を中心に、国内の課題に取り組むことを目的として 1992 年 6 月に結成され、

1996 年まではアジア観光における子ども買春をなくすことをめざして活動してきた。スト

ックホルム会議以降、国際ECPATの運動の広がりを受け、アジア観光における子ども買春に

限らず、日本国内の問題や子どもポルノなど、CSEC全般をテーマとして活動するようにな

った。また 2005 年には子どもの安全を子ども自身が守るための学習教材、SAFEプログラム

26を開発している[エクパットジャパン関西 HP 2011,1.29]。

国際子ども権利センター

国際子ども権利センターは地球に生きる子どもの権利実現のために、子どもの権利条約

と南のこども支援、開発教育の 3 つの柱を中心に市民参加による活動を行っている。子ど

もの権利条約の理念に基づき、アジアをはじめとする国内外の NGO や国連機関と連携して、

市民の参加による国際協力活動と、開発教育・国際理解教育の活動を広く進め、子どもた

ちの基本的ニーズと権利擁護をめざし活動することを目的としている[国際子ども権利セ

25 End Child Prostitution, Child Pornography and Trafficking of Children for Sexual

Purposes。国際事務局はタイのバンコク。 26 正式名称を Survival And Fairness through Empowerment (エンパワーメントを通じて生き

る力を育み公正を実現するプログラム)という。子どもの安全をおとなが守るだけでなく、子ど

も自身が守るためのスキルを身につけることを目的とする教育プログラムである。

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ンター HP 2011,1.29]。ヨコハマ会議の際は、子ども若者プログラムで実行委員を務め、

高校生対象のワークショップ開催や海外ゲスト対象横浜黄金町の視察ツアーなどを実施し

ている。また、会議後にはフォローアップ事業も実施した。ブラジル会議の際には CSEC に

反対するチームを結成し、ミーティングや勉強会を実施した[甲斐田・渡部 2009 1-2]。

本章では日本国内の取組みとして政府と自治体、NGO の取組みについて論じたが、まだま

だ取組みが十分ではない。第 3章では、企業の活動について論じる。

第 3 章―企業の取組み(コードプロジェクトを事例に)―

本章では、国による法整備が進まない中、CSEC を防止するための企業の取組み、中で

も旅行業界の取組みについて論じていく。「はじめに」で触れたコードプロジェクトを紹介

し、参加企業の取組みの成果や課題を考察していく。

第 1 節―コードプロジェクト―

(1)コードプロジェクトとは

コードプロジェクト(以下、CP)とは、観光地における子ども買春根絶を目的とした「子

ども買春防止のための旅行・観光業界行動倫理規範(Code of Conduct to Protect Children

from Sexual Exploitation in Travel and Tourism)」を、ユニセフ(国連児童基金)・UNWTO

(世界観光機関)・国際 NGO の ECPAT 等が世界的に推進するプロジェクトのことである[日

本ユニセフ協会 HP 2011,11.29]。

図 1 コードプロジェクト ロゴ

[日本ユニセフ協会 HP 2011,11.30]

CSEC は、観光やビジネスで東南アジアなどの外国を訪れた旅行者よって起こされること

が多いといわれている。つまり、観光・旅行業者は子ども買春を行う際の手段として直接

的・間接的に利用されているのだ。そのため観光における子ども買春撲滅に取り組むこと

は、非常に大きな意味をもっている[日本ユニセフ協会 HP 2011,11.30]。

CP は、1998 年 4 月、ECPAT スウェーデンがスカンジナビアの旅行業者や世界観光機関の

協力を得て発案したものである。2000 年以降は、主に欧州委員会(EC)や欧州 ECPAT のパ

ートナーから資金提供を受け、世界観光機関及び観光産業から後方支援を受けて拡大・発

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展してきた。CP に参加した企業は、子どもの性的搾取を予防するために以下の 6 つの項目

を実施する責任を負う[コードプロジェクト推進協議会 2005:4]。

1.子どもの商業的性的搾取に反対する企業倫理規定・方針を確立する

2.出発地および目的地の両国内の従業員を教育・訓練する

3.供給業者(旅行目的地旅行業者等)と結ぶ契約のなかに契約両者が子どもの性的搾取を拒否す

ることを記した条項を導入する

4.カタログ、パンフレット、ポスター、航空機内映像、航空券、ホームページなど適正な手段

によって、旅行者に関連情報を提供する

5.目的地の現地有力者に関連情報を提供する

6.これらの基準の実施状況について年次報告を行う

[コードプロジェクト推進協議会 2005:4]

項目1では、従業員が倫理規定や方針を利用できるようにすることも求められている。項

目2では、国籍や責任の所在、雇用条件に関係なく、従業員に対して「行動倫理規範」とそ

の内容について関連状況が提供され、それぞれ訓練が行われなければならないとされてい

る。また、CSECの問題は、サービスの品質システムの一環として、従業員が常に気をつけ

ておかなければならず、この問題についての内部情報の公表や、既存の伝達経路を通じた

情報の共有が必要とされている。項目3は、観光会社とその供給業者との間で交わされる契

約書に、その業者や従業員がCSECの拒否にむけた取り決めに違反するようなことをした場

合、契約を破棄するという条項を書き加えることも求められている[コードプロジェクト推

進協議会 2005:4]。

項目4では、「行動倫理規範」の具体的内容や、「行動倫理規範」を実施しようとする姿

勢に関する情報を明示することにより、CSECに対する問題意識を喚起することができる、

とされている。そのため、匿名の投書やホットラインを設け、旅行者が重要な情報を寄せ

ることができるようにすることが求められている。項目5の有力者とは、署名契約の有無に

関わりなく、観光会社に現地で協力してくれる人のことである。項目6は、一般的な監査活

動を目的としているだけでなく、観光地で子どもの性的搾取を防止する旅行業者の経験や

成果を共有するためでもある[コードプロジェクト推進協議会 2005:4]。

CP には、2011 年 5 月現在、42 カ国の計 1030 の団体・企業が参加している[Code of Conduct

HP 2011,11.30]。

(2)海外企業の取り組み

ここでは、CP の良い事例として海外の参加企業であるアコーホテルとエア・カナダの事例

を挙げる。アコーホテルは、持続可能な開発のためにアースゲストという取組みで子ども

の保護を行っており、エア・カナダは CSEC に反対するフライトビデオの作成をしている。

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アコーホテル(Accor Hotels)

アコーホテルは、フランス・パリを本拠としたアコーグループのホテル部門であり、世界

90 カ国以上に約 4200 のホテルを運営している。アコーグループは、ホテル業の他に旅行代

理店やレストランの経営なども行っている。アコーグループは、持続可能な開発のために

「アースゲストプログラム27」という取組みを行っており、EGO(エゴ)とECO(エコ)の 2つの

プロジェクトから構成されている。エゴは地域振興・子ども保護・伝染病との戦い・食料

バランスで構成されており、エコはエネルギー・水・無駄・生物多様性で構成されている

[Accor HP 2011,12.28]。CSECの問題にも子ども保護の観点から積極的に関わっている。

2010 年には世界 33 カ国の CP に調印しており、毎年 1万人の従業員の教育・訓練を行った

[Accor HP 2011,12.28]。アコーホテルは、情報提供キャンペーンとして、子ども買春に反

対するリーフレットをフランスの旅行代理店を通じ、2001 年から 2005 年までに 200 万枚配

布するなど、CP に積極的な企業のひとつである[UNICEF HP 2011,12.28]。

エア・カナダ(Air Canada)

次に、エア・カナダについて。エア・カナダの機内では、「子ども買春は犯罪で、厳しく

罰せられます」というビデオが放映されている。このビデオは、カナダで子どもの性目的

の人身売買に反対する NGO「ワンチャイルド」により制作・提供されている。エア・カナダ

は子どもの支援をテーマにした社会貢献プログラム「キッズホライズン」のひとつとして、

機内で上映している。機内ビデオは 2005 年 11 月から上映され、カナダの国外犯処罰規定

により子ども買春が厳しく処罰されることを利用者に伝えている。ビデオは各地を結ぶエ

ア・カナダ機で上映され、月に 40 万人の乗客が見ている[UNICEF HP 2011,12.28]。

第 2 節 ―日本版コードプロジェクト―

(1)日本版コードプロジェクトとは

日本では、2005 年 5 月、参加企業を中心に「コードプロジェクト推進協議会」が発足し

た。協議会には、日本旅行業協会、日本海外ツアーオペレーター協会、ジェイティービー、

ジャパングレイス、ジャルパック、ECPAT/ストップ子ども買春の会、日本ユニセフ協会が

参加し、CPのより一層の普及を目指し、活動に取り組んでいる。推進協議会の具体的な活

動としては、定期会合開催28と研修ツールの作成、研修セミナーの作成、広報ツールの作成

が挙げられる。研修ツールには、コードプロジェクト日本語版運用事例や「子どもの権利

を買わないで~プンとミーチャのものがたり~」DVD/VHS、コードプロジェクト研修マニュ

アルパワーポイント、などがあり、参加企業は社内研修や従業員教育の際に使用している。

CPには、2011 年 9 月現在、2 つの団体と 73 の企業が参加している[日本ユニセフ協会HP

27 アースゲストプログラムでは、コードプロジェクトの他に、フェアトレードや HIV 対策、ホ

テルなどのエネルギー削減、紙のリサイクルなどを行っている[Accor HP 2011,12.28]。 28 現在は定期会合を実施していない(2011 年 10 月、日本旅行業協会 総合企画部 原田さんに電

話にて筆者確認)。

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2011,11.29]。

(2)日本企業の取組み

日本版 CP の現状を把握するために、参加企業のいくつかにアンケートを取ったが、十分

な回答を得ることが出来なかった。しかし、回答を得ることが出来た企業の中から良い事

例としてピース・イン・ツアーとジャパングレイスの事例を紹介する。

ピース・イン・ツアー

まずは、ピース・イン・ツアーについて。株式会社ピース・イン・ツアーは、ベトナム・

カンボジア・ラオス・ミャンマー・スタディツアー専門の旅行会社である。社名の「Peace

in tour」には、少しずつでも現状を変える、平和につながる旅を作ってご提供していきた

いという思いと決意が込められている[ピース・イン・ツアー HP 2011,12.29]。社名同様、

しっかりとした行動倫理規範を規定しているため、本節で紹介する。

子どもの商業的性的搾取に反対する企業としての行動倫理規範

株式会社 ピース・イン・ツアー

株式会社ピース・イン・ツアーは、子どもの商業的性的搾取に反対する企業として、2008 年 6 月 1

日、子ども買春防止のためのコードプロジェクトに調印した。

会社ならびに社員は、以下に定める行動規範に則って業務に臨むものとする。

1.株式会社ピース・イン・ツアー及びその社員は、コードプロジェクトに参加する世界の企業・団

体とともに、プロジェクト推進のために積極的に行動する。

2.株式会社ピース・イン・ツアー及びその社員は、旅行者に対し、子どもの商業的性的搾取など旅

行地において施行されている法令に違反する行為を行うことを斡旋し、またはその行為を行うこ

とに関し便宜を供与することを一切しない。

3.株式会社ピース・イン・ツアー及びその社員は、地上手配等の業務の実施に関し、現地取引先、

添乗員、ガイドとの契約において、直接的・間接的に子どもの商業的性的搾取を助長し、斡旋し、

便宜を供与する行為を一切認めないことを明確にする。

4.株式会社ピース・イン・ツアーは、すべての社員が子どもの権利条約を尊重し、子どもの商業的

性的搾取への問題意識を深めるよう、年 1 回の研修を行う。また、新規採用者に対しては、その

都度研修を行う。社員は、当社が専門地域とするインドシナ(カンボジア、ベトナム、ラオス)

においても子どもの商業的性的搾取の実態があることを特によく認識した上で職務に臨む。

5.株式会社ピース・イン・ツアー及びその社員は、現地駐在員や現地 NGO、NPO と連携し、常にこ

の問題に係る現状把握と情報交換ならびに適切な情報提供に努める。

6.株式会社ピース・イン・ツアーは、自社のホームページおよびニューズレター等により対外的に

も子どもの商業的性的搾取に反対する企業であることを明確にし、啓蒙活動に努める。

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このようにしっかりとした行動倫理規範を設けている参加企業はほとんどないと思われ

る。ピース・イン・ツアーはCPの 6 つの項目を遵守すべく、行動倫理規範に規定されてい

ることを社内で実践してはいるが、従業員数が 10 人と小さい会社のため、自社独自の研修

ツールを作成したりする余力はない様だ。しかし、CP関連にかかわらず、日常業務の中で

発生するトラブルや問題点などをケーススタディとして取り上げ、社内でディスカッショ

ンする場を設けており、問題意識は高い29。

ジャパングレイス

株式会社ジャパングレイスは、NGO「ピースボート30」の企画クルーズを主催する旅行会

社である。年に数回実施されている「地球一周の船旅31」をはじめ、アジアなどで行うショ

ートクルーズを含めたクルーズにおける業務全般を行っている[ジャパングレイス HP

2011,12.29]。地球一周の船旅では、約 750 人もの人々が参加している。CPに関する取組み

としては、フェアトレード商品の提供や船内での勉強会、スタディツアー、BODYSHOP社長

による研修などと多岐にわたっている32。

フェアトレード商品

まず、フェアトレード商品について。ジャパングレイスでは、クルーズを行う際、船内

の食事のデザートとして、フィリピンの子ども買春の問題などに取組む NGO「プレダ基金」

がつくったドライマンゴを使ったメニューを提供している。食べる前には、デザートのル

ーツについて、船内で配る新聞にて紹介している。また、船内の売店では、プレダ基金の

ドライマンゴの販売もしている。

スタディツアーと勉強会

次に、スタディツアーと船内での勉強会について。ジャパングレイスでは、CPの問題に

ついて、ピースボートの第 68 回と第 72 回の地球 1 周の船旅の際に、スタディツアーと勉

強会を行っている33。

2009 年 12 月に日本を出港した第 68 回の船旅では、台湾にて台湾 ECPAT 案内のもと、参

加者らが買春の被害にあった子どもや女性たちを保護する施設で働くボランティアとの交

流会と台湾の現状を学ぶ勉強会を行った。勉強会では昼間にスナック街の見学を行ってい

る。フィリピンのマニラでは、子ども買春をはじめ人身売買の被害にあった人々が暮らす

29 ピース・イン・ツアーの梅澤桂子さんに 2011 年 12 月 2 日、メールでお答えして頂いた。行

動倫理規範についても同様。 30 ピースボートは「みんなが主役で船を出す」を合い言葉に集まった若者達を中心に、地球の

各地を訪れる国際交流の船旅をコーディネートしている NGO。他にも、地雷廃絶キャンペーンや

支援物資を届ける活動、世界の子どもたちにサッカーボールを届くる活動、などの国際協力を行

っている[PEACEBOAT HP 2011,12.30]。 31 「地球一周の船旅」では、約 100 日前後で世界一周を行っている。寄港地では世界遺産など

の観光のほか、現地の人との交流などスタディツアーも行っている。 32 2011 年 12 月 13 日に、筆者が寄港地部 森陽子さんにジャパングレイス本社にてお話を伺った

のを基に論述している。 33 スタディツアーと勉強会には、クルーズの参加者のうち、CSEC の問題などに興味を持った約

40~70 人が参加している。

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シェルター兼共同生活所を訪問した。

2011 年 1 月に日本を出港した第 72 回の船旅では、フィリピンのマニラで ECPAT フィリピ

ンを訪問し、現地の人身売買の実態を学ぶとともに、被害にあった経験を持つ人々と交流

する機会を設けた。交流の中では、被害にあった子どもたちが被害にあった経験を伝え、

乗り越えるための演劇の鑑賞も行っている。

第 68 回と第 72 回では水先案内人34としてストップ/子ども買春の会の斉藤恵子が参加し

ている。船内でCSECについての勉強会を行い、スタディツアー後には、参加者の疑問や日

本の現状について回答するなどと参加者のアフターフォローも行った。

第 72 回のクルーズでは、スタディツアーや勉強会の参加者の中から、CSEC に反対する署

名を集めようとする声が上がった。そのため、クルーズの後半になってから、クルーズに

参加していた人たちを対象に CSEC に反対する署名を集め、観光庁長官に署名を提出してい

る。

その他

その他にも、BODYSHOP の社長を呼んでの研修や社内研修などと、多岐にわたって CP の取

組みを行っている。ジャパングレイスでは、2010 年 6 月に BODYSHOP の商品の国内販売を行

っているイオンフォレストの社長を本社に招き、なぜ BODYSHOP が子ども買春の問題に取組

んでいるのかと CSR について研修を行っている。社内研修では、2 年に 1 度ストップ/子ど

も買春の斉藤を講師に招き勉強会を行っており、自社独自の研修ツールも用意している。

また、年に何度か横浜で開催される船旅に興味のある方々を対象に行われるクルーズ見学

会では、ブースを設け CPの紹介を見学者に対して行っている。社内研修を行うだけでなく、

CP や CSEC の問題を多くの人に知ってもらうために様々な活動を行っているのは、日本版

CP 参加企業の中でジャパングレイスだけである。

ピース・イン・ツアーとジャパングレイスの他に、2社回答を得ることができたが、十分

な研修を行えていないと感じた。メールで回答を得ることができた A社では、「社内研修を

行っているか」という問いに対して、「内部研修の際に再確認を行っている」との回答であ

った。本来であれば、確認するだけではなく、現状をしっかりと把握したうえで、研修や

教育を行う必要がある。また、B 社に電話で「CP について研修を行っているか」と問い合

わせたところ、「果たして全社員に研修をする必要があるのか」と言われた。B 社は、航空

券手配などの窓口業務が中心ではあるが、CP に対する問題意識が低い表れと感じた。

おわりに

34 ピースボートのクルーズには、水先案内人として各界の専門家など著名な方々が多数参加し

ている。水先案内人はトークショーや勉強会を行うだけでなく、朝ごはんを一緒に食べたり、お

酒を共にしたりと、とても身近な存在である。

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CSEC の問題に対して旅行会社は十分な研修や教育を行っているのだろうか。今回、この

問いに答えるべく論文を作成してきた。企業の取組みとして CP について調査し、参加企業

の旅行会社にアンケートの依頼をした。しかし、十分な回答を得ることは出来なかった。

アンケートに協力出来ないことを皮肉に捉えると、十分な研修や教育をしていないからで

は、とも考えられる。しかし、ピース・イン・ツアーとジャパングレイスの他にも 2 社回

答を得ることが出来たが、十分な研修や教育、外部への発信は出来ていなかった。このこ

とからもコードプロジェクトの活動が停滞していることが分かる。「おわりに」では、

BODYSHOP の取組みから CSR 活動について学び、CP について考察していく。

筆者は、企業が積極的に CSEC の問題に立ち向かい政府や他の企業に働きかけることが大

切だと考えている。そこで、CP 参加企業や参加団体の方と話すことで見えてきたことを整

理する。CSEC の問題を「伝えること」の大切さと、CSEC の問題を伝えることに「インセン

ティブを感じる」の 2点である。

伝えること

まずは「伝えること」について。社内研修をしっかりと行い、社員に対して CSEC の問題

や CP について伝えることはもちろん、知らない人に知ってもらうこと、興味のある人に理

解してもらうこと、自分とは関係のない問題と感じている人に身近な問題と捉えてもらう

ことが大切である。少しずつで構わないから、旅行会社は旅行者に CSEC の問題を直接伝え

てほしい。直接伝えることで、学びや気づきが生まれるはずだ。CP では、伝える手段とし

て、多くの参加企業がホームページやパンフレットでロゴを掲載している。しかしそれが

CP の項目 4「旅行者に関連情報の提供をする」に値するのであろうか。ロゴを掲載するだ

けでは旅行者には伝わらない。項目 4 に書かれている「提供」の意味を国語辞典で調べる

と、「他人の役に立てるために、自分の持つ金品や技能などを与えたり使用させたりするこ

と」とある。

CP 参加企業の多くは、項目 4 を守っているとは言い難い。旅行会社が持っている途上国

の問題や旅行に関する知識を、しっかりと旅行者に伝えなければならない。ジャパングレ

イスのように、旅行者に直接伝え・感じ・考えてもらう取組みには大きな意義がある。旅

行者に直接伝え、旅行者が考えたからこそ、第 3 章で紹介した署名活動にも結び付いたは

ずだ。

BODYSHOPでは、店頭でキャンペーンを行う際、しっかりとお客様に対して説明を行って

いる。実際に筆者がキャンペーンに参加した際も、子ども買春の問題やECPATについてスタ

ッフから説明を受けた35。筆者自身、問題について理解していたが、一緒にいた友人は興味

深くスタッフの話を聞いており、頂戴したパンフレットにも目を通していた。また、

BODYSHOPで他の商品を購入した際も、レジ横に募金箱36が設置されており、会計の際スタッ

35他にも、BODYSHOP では、子どもの人身売買を反対するパレードを実施している。ジャパングレ

イスの森さんによると、ジャパングレイスの社員、スタディツアー参加者もパレードに参加した。 36 キャンペーンの一環として、募金箱が店頭に設置されていた。寄付先はキャンペーンパート

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フからキャンペーンの説明を受けた。BODYSHOPでは、商品を購入したり来店した客に対し

て、しっかりとキャンペーンの説明をしている。知らない人は問題を知り、興味のある人

に少しでも理解でき、自分とは関係ない問題と感じていた人はそうではないのだと感じた

はずだ。このように、直接伝えることには大きな意味がある。

インセンティブを感じる

次に、「インセンティブを感じる」について。CP の問題に取組むことが、旅行会社にとっ

て必要なことであると感じてほしいと考える。筆者は、回答を得ることのできた A 社と B

社の現状から、CP に対する問題意識が低いと感じた。では、どのようにして、問題意識を

高くしてもらえるだろうか。

筆者は、旅行先に目を向けるだけではなく、より身近な国内の問題に目を向けることも

大切だと考える。旅行会社の仕組みも日本と海外とでは違う。ならば、日本独自の取組み

を行っても良いはずである。

例えば、旅行会所のインバウンド事業にCPの問題を関連させてはどうだろうか37。インバ

ウンド事業とは、海外から日本に来る旅行者に日本の観光地や文化を案内することである

が、近年、オタク文化やサブカルチャーの発信地として有名な秋葉原も観光地となってい

る。しかし、秋葉原には、子どもの性を商品に扱っている店舗もある。果たしてこれで良

いのであろうか。旅行会社が案内する場として適切なのだろうか。旅行会社は国内観光の

問題としてもCPの問題に取組んでほしい。問題に取組むことで、旅行会社にはインセンテ

ィブを感じてほしい。ECPAT/ストップ子ども買春の会の斉藤さんにお話を伺った際も、「CP

にインセンティブがないと盛り下がる」と語っていた。そのためにも、観光庁はじめ、国

による協力が必要不可欠である。

ここでのインセンティブとは、お金のことだけではなく与えられるものでもないため「感

じること」としている。自分たちが行動していることに価値を見出すことが出来なければ、

行動し続けることは難しい。現在、多くの参加企業が CP 活動を推進することに価値を見出

せていないのではと感じる。筆者がインドに行った際、現地日本語ガイドには案内したシ

ルクの店から案内料が発生しており、お金インセンティブを感じていたに違いない。しか

し、お金ではないところにしっかりとインセンティブを感じなければならない。

BODYSHOP は、自社独自のバリューを 5つあげており、CSEC の問題に取組むことがバリュ

ーの 1 つ「人権を尊重しています」の達成につながっている。人権の尊重は、健全なビジ

ネスの実践でもある[THE BODY SHOP HP 2011,12.30]。ピース・イン・ツアーは「平和につ

ながる旅」を企業理念に、ジャパングレイスは「平和が旅を作り、平和が旅を可能にする」

を会社方針にしている。旅行と平和は切り離すことの出来ない関係にある。旅行会社は CSEC

と CP の問題に取組むことで、しっかりとインセンティブを感じてほしい。インセンティブ

の内容は参加企業によって違ってくると考えるため、本論ではあえて規定しない。

ナーの国際 NGO ECPAT[THE BODY SHOP HP 2011,12.30]。 37 ジャパングレイスの森陽子さんが同様の話をしており、筆者も問題意識を持った。

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最後にタイトルにもある BODYSHOP 創業者デイム・アニータ・ロディックの言葉を紹介す

る。「企業には世界をよりよくする力がある(BUSINESSES HAVE THE POWER TO DO GOOD)」。

営利を追求するだけではなく、多くの企業にこの言葉が根付き、インセンティブを感じ、

CSR 活動が盛んになることを期待したい。

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