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卒業論文 Scintillating Track Image Camera を用いたミューオントモグラフィーの研究 平成 25 4 22 大坂大学理学部物理学科 久野研究室 B4 学籍番号 04B09010 宇津木 卓 1

卒業論文...卒業論文 Scintillating Track Image Camera を用いたミューオントモグラフィーの研究 平成25 年4 月22 日 大坂大学理学部物理学科

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卒 業 論 文

Scintillating Track Image Camera

を用いたミューオントモグラフィーの研究

平成 25 年 4 月 22 日

大坂大学理学部物理学科 久野研究室 B4

学籍番号  04B09010

宇津木 卓

1

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目 次

1 序論 4

1.1 背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

1.2 目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

2 宇宙線ミューオン 5

2.1 宇宙線 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2 ミューオン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2.1 ミューオンの生成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2.2.2 物理的性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.2.3 地上でのミューオンの収量と角度分布 . . . . . . . . . 7

3 物質内でのミューオンの相互作用 8

3.1 エネルギー損失 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

3.2 多重クーロン散乱 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

4 既存の測定装置 12

4.1 UT Maya Muon Tomography

(The University of Texas at Austin) . . . . . . . . . . . . . . 12

4.2 火山のミューオントモグラフィー

(東京大学地震研究所 田中宏幸氏) . . . . . . . . . . . . . . . . 12

5 Scintillating Track Image Camera(SCITIC) 14

5.1 シンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

5.1.1 無機シンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15

5.1.2 有機シンチレータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

5.2 光子の収集効率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

5.3 Image Intensifier Tube(IIT) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

5.3.1 静電型 IIT . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

5.3.2 Multi Channel Plate(MCP)型 IIT . . . . . . . . . . . 19

5.4 使用した IIT-CCD . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21

6 CsI(TI)を用いた宇宙線の Tracking test 22

6.1 Testの概要と結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

6.2 解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

7 SCITICで 3次元位置情報を得る方法 24

7.1 従来の方法 (KEK PS E452 YN散乱実験) . . . . . . . . . . . 24

7.2 ピンぼけを用いた奥行き方向位置測定の原理 . . . . . . . . . . 24

7.2.1 ピンぼけについて . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

7.2.2 ピンぼけの分散 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

2

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7.3 ピンぼけを用いた 3次元位置情報を得るシステム . . . . . . . 25

8 ピンぼけによる位置測定の実測 27

8.1 セットアップ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

8.2 使用した CCDカメラとレンズ . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

8.3 結果と考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27

9 3次元 trackingの精度についての考察 30

3

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1 序論

1.1 背景

トモグラフィーとは、様々な方向から対象物に光や電波などを当てて、そ

の透過情報や散乱情報を基に対象物の内部の物理量などを導き出し断層画像

を得る方法のことである。これを宇宙線ミューオンを用いて行うのがミュー

オントモグラフィーである。

ミューオンと他の物質との反応は電気的相互作用と弱い相互作用とがある。

このため、ミューオンは、物質を通過すると電離と弱い相互作用によって減

少するか、クーロン散乱によって曲がる。また、宇宙線ミューオンはあらゆ

る方向から高い運動量を持って降り注ぐ。そのため透過力が非常に高い。さ

らに、そのレートも約 10, 000 [m−2 ·min−1]と低いため 1イベントごとの情

報を得ることができる。これらのことから、ミューオントモグラフィーが現

在研究されている。

1.2 目的

現在行われているミューオントモグラフィーの研究は、その方法が非常

に複雑 (後述) で時間がかかる。今回の研究の目的は、もっと簡単なシステ

ムでミューオントモグラフィーをすることである。そのために Scintillating

Track Image Camera(SCITIC)とピンぼけを使って宇宙線ミューオンの 3次

元 trackingを目指した。

4

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2 宇宙線ミューオン

2.1 宇宙線

宇宙線とは、宇宙空間に存在する高エネルギーな放射線のことである。宇

宙線はその生成過程から一次宇宙線と二次宇宙線に分けられる。一次宇宙線

とは地球に入射する宇宙線そのものであり、二次宇宙線とは一次宇宙線が地

球の大気と反応することにより生じる宇宙線である。一次宇宙線が上層の大

気にぶつかり、空気中の窒素や酸素の原子核と衝突、反応することで二次宇

宙線となる。一次宇宙線の発生源は、銀河系内の超新星の爆発とそれによっ

て発生した星雲、バルサーなどであると考えられている。一次宇宙線は殆ど

陽子から成り、他に電子やヘリウム原子核、鉄原子核、ごく僅かではあるが

ウラン原子核やγ 線も含んでいる。二次宇宙線の組成は約 3/4 がミューオ

ン、約 1/4 が電子になっており、他に低エネルギーの窒素粒子も含む。二次

宇宙線のうち、透過力の高いもの、具体的には約 10 [cm] の鉛を透過できる

ものを硬成分、透過できずに吸収されるものを軟成分という。硬成分は主に

ミューオンで、少量の窒素粒子も含む。軟成分は主に電子、及び陽電子、光

子で少量の低エネルギー中間子も含まれる。

2.2 ミューオン

2.2.1 ミューオンの生成

図 2.1: 大気中で一次宇宙線の陽子が粒子のカスケードを起こす様子 [2]。(a)

様々なカスケードの様子。(b)大気中での各粒子の割合。

5

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図 2.1に地上付近での宇宙線の様子と大気中での各粒子の割合を示す。約

20 [km]上空の大気中で一次宇宙線により、パイオン (π)が作られる。パイオ

ンは π中間子とも呼ばれる。

一次宇宙線から生じた平均寿命 2.6×10−8 [s]の荷電パイオンは、約 10 [km]

上空で次のようにミューオンへと崩壊する。

π+ → µ+ + νµ (2.1)

π− → µ− + νµ (2.2)

ここで π± は正及び負パイオン、µ± は正及び負ミューオン、νµ はミューオ

ンニュートリノ、νµは反ミューオンニュートリノである。その後、ミューオ

ンは平均寿命 2.2× 10−6 [s]で次のように崩壊する。

µ+ → e+ + νe + νµ (2.3)

µ− → e− + νe + νµ (2.4)

ここで νeは電子ニュートリノ、νeは反電子ニュートリノでる。2.2× 10−6 [s]

は非常に短く、ある物体が仮に光速 c = 2.998× 108 [m/s]で進んだとしても

660 [m] 程度しか進むことができない。しかし物体の速度 v が光速に近い場合

は、相対論効果により進む時間が 1/√1− β2倍 (β = v/c)になるため、ミュ

オンは地上に到達しうる。

2.2.2 物理的性質

ミューオンは、素粒子の一種であり、105.66 [MeV]の質量、1/2のスピン、

正および負の電荷、3 ∼ 4 [GeV]の平均エネルギー、2.2 × 10−6 [s]の平均寿

命を持つ。また、その高い平均エネルギーによりミューオンは高い透過力を

持つ。図 2.2は宇宙線ミューオンの運動量分布を表している。

相対論において運動量 pと運動エネルギー T には以下の関係がある。

p =

√T 2 + 2Tmµc2

c(2.5)

ただし、cは光速、mµはミューオンの質量である。今後 c = 1として考えて

いく。ミューオンの質量が小さいため T が低い領域では平方根内の第 2項の

影響は少ないとして近似すると、p ≈ T となる。この近似は、10 [GeV]まで

有効でそれ以上の領域では、p−2.7 で落ちていく。

ミューオンの質量は電子の質量0.511 [MeV]の207倍、陽子の質量938 [MeV]

の 1/9倍に相当する。+の電荷を持つ µ+ は軽い陽子、−の電荷を持つ µ−

は重い電子のように振舞う。µ−は電子と約 200倍の質量の差があるが、両者

の違いは現在見出されている全ての物理過程において質量差に起因するもの

しか存在しない。この類似性は µ− e普遍性 (µ− e universality)と呼ばれて

いる。

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c

図 2.2: 宇宙線ミューオンの運動量分布 [14]

2.2.3 地上でのミューオンの収量と角度分布

ある方向から来る粒子の単位立体角、単位面積、単位時間あたりの粒子数

を強度という。地表に降り注ぐミューオンは、大気中を通過してくる間に相

互作用によりエネルギーを失う。よって、天頂角によって通過する大気に差

があると、強度に差が出ることになる。天頂角 θとおいた時その強度は、

jθ ≈ jθ=0 cos2 θ (2.6)

と近似して表すことができる [5]。ここで jθ=0 は鉛直強度と呼ばれる。あら

ゆる方向からの単位面積、単位時間あたりの粒子数 J は全方向強度と呼ばれ

次式で表される。

J =

∫jθ dΩ =

∫ π/2

0

jθ sin θ dθ (2.7)

式 (2.7)に式 (2.6)を代入すると、

J =2πjθ=0

3(2.8)

ミューオンの鉛直強度 jθ=0は 8.0× 10−2 [cm−2 · · ·−1 · sr−1]なので [6]、全方

向強度 J は 1.7 × 10−2 [cm−2 · s−1]であると計算できる。つまり、ミューオ

ンは地上に 1分間に 1 [m2]あたり 10000個程降り注いできている。

7

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3 物質内でのミューオンの相互作用

Muon interactions when passing through matter. Muons lose energy

図 3.1: 物質内を通った時のミューオンの相互作用 [2]。電離によるエネルギー

損失 (左)。エネルギーを完全に失い停止した (中央)。多重クーロン散乱によ

り散乱された (右)。

ミューオンは物質とは電磁相互作用をするのみである。ミューオンは物質

内では電離によってエネルギーを損失する。また、ミューオンは物質内の原

子核によってクーロン散乱される。ミューオントモグラフィーはこのどちら

かの作用によるミューオンの統計数の変化を利用して行う。対象が大きな場

合は電離によるエネルギー損失が顕著でこれを利用すればいいが、対象が小

さい場合は多重クーロン散乱の方を用いる。この章では、電離によるエネル

ギー損失とクーロン散乱について記述する。

3.1 エネルギー損失

相対論的なミューオンの物質中でのエネルギー損失には電離と制動放射が

ある。電離とは高速荷電粒子が物質を通過する際、その物質を構成する原子

または分子を電離、励起することによってエネルギーを失う現象のことであ

る。制動放射とは電子が原子核に接近した時に原子核の電場で曲げられ、そ

の際大きな加速度を受けるために電磁波としてエネルギーを失う過程のこと

である。エネルギーが 1000 [GeV]を超える領域では制動放射の影響も強く効

いてくるが、地上に到達するミュオンの殆どはそれほどのエネルギーを持た

ないため、ミューオンと物質とのエネルギー損失は主に電離と考えてよい。

電離によるエネルギー損失は、Bethe-Blochの公式で表される。

−dE

dx= 2πNar

2emec

2ρZ

A

z2

β2

[ln

(2meγ

2v2WMax

I2

)− 2β2 − δ − 2

C

Z

](3.1)

ここで、定数部分は、

2πNar2emec

2 = 0.1535 [MeV · cm2/g]

8

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であり、それぞれの文字の意味は以下に示す。

re : 古典電子半径 = 2.817× 10−11 [cm]。 ρ : 媒体の密度。

me : 電子の質量。 z : 入射粒子の電荷 (単位 e)。

Na : アボガドロ数 = 6.022× 1023 [mol−1]。 β : = v/c入射粒子。

I : 平均電離ポテンシャル。 γ : = 1/√

1− β2。

Z : 媒体の原子番号。 δ : 密度補正。

A : 媒体の質量数。 C : 殻補正。

WMax : 最大エネルギー移行。

最大エネルギー移行は、入射粒子の質量をM とすると、

WMax =2mec

2η2

1 + 2s√

1 + η2 + s2(3.2)

ただし、s = me/M、η = βγ。入射粒子の質量が電子質量よりも十分に大き

い場合は以下のように表すことができる。

WMax ≈ 2mec2η2

平均電離エネルギーは、実際の実験から推定された公式があり以下のよう

に表す。

I

Z=

12 + 7

Z [eV] (Z < 13)

9.76 + 58.8Z−1.19 [eV] (Z ≥ 13)(3.3)

密度効果とは、入射粒子の作る電場がその飛跡の周囲の原子に極性を与え

ることで、飛跡から離れた所にある電子が電場から保護される現象である。

結果、外側の電子ほどエネルギー損失が Bethe-Blochの公式の値より小さく

なる。これはエネルギーの高い入射粒子ほど重要になる。また、δ が物質の

密度に依存することは明らかで、公式は、

δ =

0 (X < X0)

4.6052X + C0 + a(X1 −X)m (X0 < X < X1)

4.6052X + C0 (X1 < X)

(3.4)

である。ここでX = log 10(η)。X0、X1、C0、a、mは物質に依存する定数

である。

殻補正 C は、入射粒子の速度 vが束縛電子の軌道速度と同等以下になった

ときに効いてくる。このような状況では、電子が入射粒子に対して止まって

いるという仮定は妥当ではなくなる。一般に、この補正は小さい。図 3.2様々

な粒子のエネルギーに対するエネルギー損失のグラフを示す。

混合物に対しては一般に、それぞれの要素に属する電子の割合によって

dE/dxの平均をとる。w1, w2, . . .を要素 1, 2, . . .の割合とすると、

1

ρ

dE

dx=

w1

ρ1

(dE

dx

)1

+w2

ρ2

(dE

dx

)2

+ · · · (3.5)

9

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図 3.2: 様々な粒子によるエネルギー損失 [1]

分子の i番目の要素の原子の数を ai、重さを Ai とすると、

wi =aiAi

Am(3.6)

であり、Am =∑

aiAi。これらの式をより明白に拡張することで、直接式

(3.1)に使うことができる。

Zeff =∑

aiZi (3.7)

Aeff =∑

aiAi (3.8)

ln Ieff =∑(

aiZi ln IiZeff

)(3.9)

δeff =∑(

aiZiδi

Zeff

)(3.10)

Ceff =∑

aiCi (3.11)

3.2 多重クーロン散乱

多重クーロン散乱において散乱角が小さい場合、その散乱角の角度分布は

0を中心としたガウス分布で与えられる。またその標準偏差は次式で与えら

れる。

σθ =13.6 [MeV]

βcρ|z|

√L

Lrad

[1 + 0.038 ln

(L

Lrad

)](3.12)

それぞれの文字の意味は次ページに示す。

10

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βc : 速度 [m/s]。 z : 入射粒子の電荷 [C]。

L : 対象の厚さ [m]。 Lrad : 放射長 [m]。

放射長とは、制動放射によってエネルギーが 1/eに減少するまでに通過す

る平均距離のことである。放射長をパラメータとして使用することで散乱角

標準偏差が簡単な関数になる。また、放射長 Lrad は次式で表される。

1

Lrad=

[4Z(Z + 1)

ρNa

A

]r2eα[ln(183Z

−1/3)− f(Z)] (3.13)

それぞれの文字の意味は以下に示す。

A : 通過する物質の質量数。 Z : 通過する物質の原子番号。

ρ : 通過する物質の密度。 Na : アボガドロ数。

α ≈ 1/137 : 微細構造定数。 r2e : 古典電子半径。

式 (3.13)は、電子と電子の制動放射の寄与を含み小さい定数項は無視してい

る。普通もっと簡単に計算するために以下のような近似式を用いる。

Lrad =716.4 [g/cm2] ·A

Z(Z + 1) ln(287/√Z)

(3.14)

この近似式で得られる値は、ヘリウムの結果を除くと 2.5%内に含まれる。

しかし、ヘリウムの結果は 5.0%も低くなる。混合物の場合は、Bethe-Bloch

の公式の時と同様に記述することができる。

1

Lrad= w1

(1

Lrad

)1

+ w2

(1

Lrad

)2

+ · · · (3.15)

表 3.1に式 (3.13)によって得られた様々な媒体による放射長の値を記す。

物質 密度 [g/cm3] [cm]

Air 36.20 30050

H2O 36.08 36.1

NaI 9.49 2.59

ポリスチレン 43.80 42.9

Pb 6.37 0.56

Cu 12.86 1.43

Al 24.01 8.9

Fe 13.84 1.76

BGO 7.98 1.12

BaF2 9.91 2.05

Scint. 43.8 42.4

表 3.1: 様々な媒体による放射長 [1]

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4 既存の測定装置

4.1 UT Maya Muon Tomography

(The University of Texas at Austin)

図 4.1にMaya Muon Tomographyで使用されてる検出器を示す。この検

出器は、直径 1.55 [m]、長さ 4.22 [m]、重さ約 1 [t]の巨大円柱型をしている。

この円柱の表面に、幅 30 [mm]、厚さ 10 [mm]のプラスチックシンチレータ

の中央に波長変換 (WaveLength Shifting, WLS)ファイバー埋め込んだもの

(レイヤー)を一つは、一番内側に検出器の長さ方向にまっすぐ張り、あと二

つは、角度 ±30 で螺旋状に巻く。そしてこれらのレイヤーの両末端から波

長変換ファイバーの信号を PMTで読みだす。3つのレイヤーの信号の交点

を二点取り trackingする。

Built and tested

図 4.1: 円柱型検出器 [9]

4.2 火山のミューオントモグラフィー

(東京大学地震研究所 田中宏幸氏)

日本でもミューオントモグラフィーの研究が行われている。ここで用いら

れている検出器は、セグメント型検出器である。図 4.2にこの検出器を示す。

幅 10 [cm]、長さ 100 [cm]のプラスチックシンチレータ 10枚を並べセグメン

ト検出器プレーンを作り、それらを 4枚 x方向及び y方向に配列してピクセ

ル構造を作る。この検出器を 2枚並べることによって二点とり trackingする。

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図 4.2: セグメント方式の検出器系および測定原理 [13]

火山のミューオントモグラフィーの研究では成果がでており、それを図 4.3

に示す。

!

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図 4.3: 火山のミューオントモグラフィーの成果

これらの例から分かる通りミューオントモグラフィーを行うための検出器

は非常に複雑で作るのにも費用も時間もかかる。

13

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5 Scintillating Track Image Camera(SCITIC)

図 5.1: SCITICの構成 [3]

図 5.1に SCITICの構成を示す。荷電粒子がシンチレータを通過すると通

過した場所から光が発生する。その光を光学レンズ系で、Image intensifier

Tube(IIT)の蛍光面に集光する。IIT内で増幅された光は、最後にCCDカメ

ラによって撮影される。このようにして SCITICでは、粒子の飛跡を tracking

する。SCITICは、自分でシンチレータを選択できたり、光学系をセットで

きたりと非常に柔軟な検出器である。そのため、以下の小節では各部分を詳

しく記述していく。

5.1 シンチレータ

物質中を荷電粒子が通過すると原子や分子を励起して光を発生する。この

発光 (scintillation)が著しい物質をシンチレータという。表 5.1に代表的なシ

ンチレータと今回使用したシンチレータの特性を示す。

物質 密度 [g/cm3] 屈折率 光出力 [%] 減衰時間 [nsec] 最大放出波長 [nm]

アントラセン 1.35 1.62 (基準)100 30 447

NaI(TI) 3.67 1.85 230 230 415

CsI(TI) 4.51 1.80 95 1000 540

液体 (NE213) 0.874 1.508 78 3.7 425

プラスチック (NE102) 1.032 1.581 65 2.4 423

LY SO 7.4 1.82 92 ∼ 173 40 420

GSO 6.71 1.85 46 30 ∼ 60 430

ZnS[Ag] 4.09 2.356 300 200 450

表 5.1: シンチレータの特性

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5.1.1 無機シンチレータ

図 5.2に示すように、電子は絶縁物あるいは半導体中では離散的なエネル

ギー帯しか持ちえない。価電子帯では電子は格子上の位置に束縛されている。

一方伝導帯では電子が結晶内を自由に移動できる。この間には禁止帯という

エネルギーギャップがあり、純粋な結晶では電子はこの中に存在しえない。

遷移過程を介した可視光の放出確率を高めるために、通常少量の不純物を

添加する。活性化物質と呼ばれるこれらの不純物は結晶格子内に特別な位置

を作り、純粋結晶の正常なエネルギー帯の構造を少し変形させる。その結果、

禁止ギャップ内に価電子帯への電子の遷移が可能な新しいエネルギー状態を

形成する。

シンチレーター内を通過した荷電粒子は、電子を価電子帯から伝導帯へ上

げて数多くの電子正孔対を作る。活性化物質の電離エネルギーは通常の格子

位置のそれより小さいので正孔はすぐ活性化物質の方へ移動してそれを電離

する。一方、電子は結晶内を自由に移動して電離された活性化物質に出会う。

そこで電子は不純物位置に落ち込んで独自の励起エネルギー状態を持った中

性の不純物配位を形成する。形成された活性化物質の状態が基底状態へ遷移

可能な励起の配位である場合、この遷移は非常に速く起こり、それに対応す

る光を放出する。この励起状態の半減期は 10−7 [s]程度である。

シンチレーターとしてはタリウム活性化ヨウ化ナトリウム (NaI(TI))や

タリウム活性化ヨウ化セシウム (CsI(TI))の単結晶がよく使われる。光が強

く、光の強度が荷電粒子のエネルギー損失によく比例することが特徴である。

しかしシンチレーション光を出している時間が長く、その強度は数百 [ns]の

オーダーで減衰する。線や γ 線がこの結晶に入るとそのままではシンチレー

ションを起こさないが、I の原子番号が大きく γ線はCompton効果を起こし

やすいのでこれによる電子がシンチレーションを起こし、結局X 線や γ線に

比較的感じやすいシンチレーターとなる。

図 活性化された結晶シンチレーターのエネルギー帯

図 π電子構造を持つ有機分子のエネルギー準位

有機シンチレーター有機物質中の蛍光過程は単一分子の自由価電子におけるエネルギー準位間での遷移によって生じ

る。よって、分子の種類によって決まるものでその物理状態には依存しない。有機シンチレーターの大半はπ電子構造というある種の対称的な性質を持った有機分子を基本にし

ている。このような分子のπ電子のエネルギー準位を図 に示す。スピン のシングレット状態の系列を 、スピン のトリプレット状態の系列を と名付ける。第一の添字は励起状態を、第二の添字は分子の振動状態に対応した電子の準位を表す。 間のエネルギー間隔は ~ であり、振動状態に対応した準位の間隔は 程度である。振動状態間の間隔は

図 5.2: 活性化された結晶シンチレ―タのエネルギー帯 [1]

15

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5.1.2 有機シンチレータ

有機物質中の蛍光過程は単一分子の自由価電子におけるエネルギー準位間

での遷移によって生じる。よって、分子の種類によって決まるものでその物

理状態には依存しない。

有機シンチレータの大半は π電子構造というある種の対称的な性質を持っ

た有機分子を基本にしている。このような分子の π電子のエネルギー準位を

図 5.3に示す。スピン 0のシングレット状態の系列を S0, S1, S2, · · ·、スピン1のトリプレット状態の系列を T0, T1, T2, · · ·と名付ける。第一の添字は励起状態を、第二の添字は分子の振動状態に対応した電子の準位を表す。S0, S1

間のエネルギー間隔は 3 ∼ 4 [eV]であり、振動状態に対応した準位の間隔は

0.15 [eV]程度である。振動状態間の間隔は平均熱エネルギー (0.025 [eV])と

比べると大きいので、室温ではほとんどの分子が S00 状態にある。主要なシ

ンチレーション光、つまり即発蛍光はこの基底電子状態と S10 状態との振動

遷移によって発せられる。今、S10 準位に対する蛍光の減衰時間を τ とする

と、励起後時間 tにおける即発蛍光の強度は、

I = I0 exp−t/τ (5.1)

で表される。ほとんどの有機シンチレータの τ は 2 ∼ 3 [ns]程度であり、シ

ンチレーションの即発成分はかなり速いものといえる。

状態 T1 の寿命は状態 S1 のそれよりもはるかに長く 1 [ms]なので、T1 か

ら S0 への遷移で放出される放射線は燐光と呼ばれる遅れた発光になる。T1

は S1 の下にあるので、この燐光スペクトルの波長は蛍光スペクトルの波長

より長くなる。T1状態にあるいくつかの分子は励起されて S1状態に戻され、

その結果遅れて蛍光を発する。有機シンチレータには純粋な有機結晶の他に、

溶媒に有機シンチレーション物質を溶かした液体、プラスチックシンチレー

タがある。

• 結晶 広く用いられている純粋な有機結晶シンチレータはアントラセンと

スチルベンである。アントラセンは最も高いシンチレーション効率が

特徴である。スチルベンはシンチレーション効率は低いが、パルス波形

弁別法を用いて荷電粒子と電子により生じるシンチレーションを区別

するのに用いられる。両方とも比較的脆く、大きなものは作りにくい。

またシンチレーション効率が結晶軸に対する荷電粒子の方向に依存する

ことが知られている。この方向による変化は 20 ∼ 30%もあり、入射

放射線が結晶内でいろいろな方向に飛跡を作る場合これらの結晶で得

られるエネルギー分解能を劣化させることになる。

• 液体 液体シンチレータは単に溶媒と有機シンチレーション物質の成分から

16

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図 活性化された結晶シンチレーターのエネルギー帯

図 π電子構造を持つ有機分子のエネルギー準位

有機シンチレーター有機物質中の蛍光過程は単一分子の自由価電子におけるエネルギー準位間での遷移によって生じ

る。よって、分子の種類によって決まるものでその物理状態には依存しない。有機シンチレーターの大半はπ電子構造というある種の対称的な性質を持った有機分子を基本にし

ている。このような分子のπ電子のエネルギー準位を図 に示す。スピン のシングレット状態の系列を 、スピン のトリプレット状態の系列を と名付ける。第一の添字は励起状態を、第二の添字は分子の振動状態に対応した電子の準位を表す。 間のエネルギー間隔は ~ であり、振動状態に対応した準位の間隔は 程度である。振動状態間の間隔は

図 5.3: π電子構造を持つ有機分子のエネルギー準位 [1]

なる場合と、発光スペクトルを通常の光電子増倍管のスペクトル応答

によく合致するように移行させるための第三の波長シフター成分を加

える場合がある。

 多くの液体において溶存酸素は強い消光剤として作用し、蛍光効率

を下げてしまう。そこで溶液を容器内に密封し、ほとんど全ての酸素を

追い出す必要がある。これには酸素を安定な気体分子窒素等と置換す

る方法がある。

 液体シンチレータはシンチレータ溶液の一部として溶解できる放射

性物質を計数する場合にも広く用いられる。この場合、線源から放出さ

れる全ての放射線は直ちにシンチレータにはいるので計数効率はほぼ

100%にできる。

• プラスチック 有機シンチレーション物質を溶媒に溶かした後、これを高分子化して

固溶体を作ることが出来る。スチレン単量体からなる溶媒中に適当な

有機シンチレーション物質を溶解する場合が一般的である。スチレンは

その後高分子化して固体プラスチックにする。

 液体シンチレーターと同様の性質を示すが、容器を必要としない、自

由に加工出来るという利点がある。また水、空気、多種類の化学物質と

も反応しないので、放射性試料と直接接触させて使用出来る。

5.2 光子の収集効率

光子の収集効率に影響のあるものは、

17

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1. 荷電粒子のエネルギー損失。

2. シンチレーション効率。

3. 光学系による立体角。

4. IITの光電面での効率。

5. IIT-CCD部分の読み出しの効率。

である。これらのことをふまえて光子の収集効率 Lは次式で与えられる [3]。

L =dE

dxηΩκQκR [clusters/cm] (5.2)

光子は、CCDカメラのピクセルに集合 (cluster)として観測される。言い換

えると [clusters/cm]は、[photons/cm]となる。この式は、光学系レンズが薄

いと仮定して考えられている。それぞれの文字の意味えを以下に示す。これ

dEdx [MeV/cm] : 単位長さ当たりのエネルギー放出率。

dEdx = ρ [g/cm3] · dE

dξ [MeV/(g/cm2)]

ρ [g/cm3]:シンチレータの密度。

η [photons/MeV] : シンチレータ内で放出したエネルギー当たりの光子数。

η = (1/ϵAnth. [eV]) · r = (1/60) · r [photons/eV]× 106

ϵAnth.:アントラセンで 1光子を生成させるための平均エネルギー。

r [%]:アントラセンと相対的な光子出力。

Ω : 光学系の立体角による幾何学的効率 [立体角 /4π]。

Ω = π(Deff/2)2/4πa2

Deff = D/n [cm]:レンズの有効直径。

n:屈折角、f :焦点距離、F :レンズの F値 (= f/D)。

a:シンチレータとレンズ間の距離。

κQ [%] : 最初の IITの量子効率:[photoel./photon]。

κQ [%] : IIT-CCDカメラに集合として光電子が写る効率 [clusters/photoel.]。

らの文字から光子の収集効率 Lを書きかえると、

L =dE

dξρ · 10

6

60

(r

100

)· π(Deff/2)

2

4πa2·(κQ

100

)·(κR

100

)[clusters/cm] (5.3)

幾何学的な効率 Ωは、実験の要求による光学系によって決定される。ここ

で使用されている有効直径 Deff は、シンチレータの屈折率の影響でシンチ

18

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レータから放出された光子が屈折されるため光子がレンズを通過る直径は、

レンズの直径Dより小さくなることを表している。図 5.4にその様子を示す。

図 5.4: 有効半径Deff [3]

5.3 Image Intensifier Tube(IIT)

Image Intensifier Tube(IIT)とは、光電面に入ってきた光を電子に変換し、

高電圧のかかったMCP(マルチチャンネルプレート)で増幅した光電子を蛍

光面に当てて発光させ、それを CCDで画像として取り込む仕組みになって

おり、非常に微弱な光を映像としてとらえることができる。IITには、静電

型 IITとMulti Channel Plate(MCP)型 IITの 2種類があり以降の節でこれ

を説明していく。

5.3.1 静電型 IIT

静電型 IITは真空チューブ内の電場により光電子を加速し、そのエネルギー

を増幅させる (図 5.5)。加速された光電子は、蛍光面に入射し増幅されて発

光する。静電型を用いる最大の利点は電場レンズによって縮小して増幅する

ことができることである。IITの初段に静電型を用いることによって、小さ

なMCP型で増幅することができる。また、電子が増幅されるわけではない

ので、ゲインは約 10倍とあまり大きくない。しかし、解像度が高くノイズが

少ないなどの利点がある。

5.3.2 Multi Channel Plate(MCP)型 IIT

Multi Channel Plate(MCP)型 IITでは、エネルギー増幅に加えて、真空

チューブ内のMCPにより光電子の増幅を行う。MCPは内壁を抵抗とした半

径約 10 [µm]のガラスパイプ(チャンネル)を多数束ねた 2次元構造をしてい

る。図 5.6のように穴に入った光電子は加速されながら壁にあたって増幅され

19

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る。この場合、一つの穴が一画素に対応する。それぞれのチャンネルは独立

した二次電子増倍管になっていおり、両端で印加された電圧により生じる電

場で光電子を加速し、壁での衝突で二次電子を放出する。電子数は鼠算的に

増えるため、ゲインは、約 103 ∼ 105 と非常に高い。一方で、解像度は静電

型に劣る。また、電流を増幅するため増幅し続けることが装置に負担をかけ

るため、トリガー信号を入力したときにだけ動作するようになっている。そ

のため、トリガー信号の分遅延を必要とする場合がある。そのときには、静

電型を先に設置するなどして対応する。

図 5.5: 静電型 IITの構造 [10]:静電型 IITにはカソードとアノード以外に負

極のフォーカスズームがあり電場レンズの調整を行っている。

図 5.6: MCP型 IIT の構造 [10]

20

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5.4 使用した IIT-CCD

図 5.7: IIT-CCDカメラの構造 [3]

今回使用した IIT-CCDカメラを図 5.7に示す。前方二つが静電型 IIT、後

方の二つはMCP型 IITになっている。最初に静電型を使用するっことで多

くの光電子を集めることが可能である。シンチレータから発生した光子を光

電子に変換する量子効率 κQ は、最初の IITで約 20 [%]である。二番目も量

子効率の高い静電型にして多く光電子を集めてから三番目、四番目のMCP

型で増幅する様になっている。

次にそれぞれの IITの性能を表 5.2に示す。

要素 モデル (メーカー) 性能

IIT タイプ 光電面の直径 κQ 減衰時間

IIT-1 VP4440PX(HAMAMATSU) 静電型 100mmϕ 19% PS-5;τ = 1.3µs

IIT-2 PP0030X(Delft) 静電型 25mmϕ 14% P46;τ = 0.3µs

IIT-3 BV2563MG(PROXITRONIC) MCP型 25mmϕ 10% P20;τ = 20µs

IIT-4 BV2563MG(PROXITRONIC) MCP型 25mmϕ 10% P20;τ = 20µs

リレーレンズ H1212B(PENTAX) 1/2”CCTVカメラレンズ

CCD ES310(Kodak) 640× 480ピクセル

表 5.2: IIT-CCDカメラの要素

21

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6 CsI(TI)を用いた宇宙線のTracking test

6.1 Testの概要と結果

使用した CsI(TI)の大きさは、3× 3× 3 [cm3]。SCITICを用いて宇宙線を

撮影し、その画像を解析して CsI(TI)の光子数を求め、その他のシンチレー

タの光子数を相対的に見積もることを目標とした。光学系は、倍率が 1.5倍

になるようにセットした。図 6.1に今回のセットアップを示す。

PMT!

Discri.! Gate gene.! HV! PC!

Scintillator!Lens!

IIT!

CCD!

TTL!

a b

図 6.1: 宇宙線の Tracking testのセットアップ

今回使用した CCDカメラは、1辺 9 [µm]の正方形の画像素子が 640× 480

に並べられてる領域が撮影範囲である。まず、CsI(TI)がどこにあるのか確認

するため β線源を CsI(TI)に直に置き撮影してみた (図 6.2)。このとき、IIT

のトリガー信号には Clock generatorを用いた。次に、図 6.1の様に PMTか

らの信号を用いてトリガー信号を作り、IIT内部の熱電子によるノイズを除

去して、宇宙線を撮影した。特に CsI(TI)の中心を通過したと思われる画像

を図 6.3に示す。

図 6.2: CsI(TI)と β 線源 図 6.3: 宇宙線

6.2 解析

これらの画像を見ると、光子 1つ 1つが綺麗に撮影できていないことがわ

かる。そこで解析では以下のような手順を行うことで光子数を求めることに

22

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した。

1. 画像の輝度が 1ピクセルごとに 0 ∼ 255の 256段階で記録されている

ので、そこから 1光子でどれくらいの輝度なのか、熱電子から平均を

とった。

2. 1光子の平均輝度で、直線を形成している部分の輝度の和を割ることで

光子数を求めた。

ただし、光子がサチっている場合この方法で求めた光子数は少なくなる。今回

のテストの結果、1光子の平均輝度は、51。これを用いて計算するとCsI(TI)

は少なくとも 780 [photon]以上放出していることが分かった。さらにこの結

果と式 (5.2)を用いて他のシンチレータの光子数を相対的に見積もってみた。

• GSO(厚さ:2 [cm])

780× 6.71

4.52× 2

3× 46

95≈ 340 [photon]

• ZnS[Ag](厚さ:8× 10−3 [cm])

780× 4.91

4.52× 8× 10−3

3× 300

95≈ 7 [photon]

• LYSO(厚さ:6 [cm])

780× 7.4

4.52× 6

3× 92 ∼ 173

95≈ 2500 ∼ 4700 [photon]

後述するが、今回の研究では十分に多い光子数を必要としたためこれらの結

果からシンチレータに LYSOを使用することにした。

23

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7 SCITICで3次元位置情報を得る方法

図 6.2、図 6.3をみて分かる通り、SCITICの trackingは二次元情報しか得

ることができない。この章では、従来の 3次元 trakingの方法を紹介してか

らピンぼけを用いた新しい 3次元 trackingの原理と方法を説明していく。

7.1 従来の方法 (KEK PS E452 YN散乱実験)

従来の方法 (図 7.1)は、ターゲットに対して複数の SCITICを用いること

で、3次元位置情報を得ている。少なくとも SCITICが二台あれば 3次元位

置情報を得ることができる。

図 7.1: KEK PS E452 YN散乱実験 [4]

今回考えたピンぼけを用いた方法をならば一台で 3次元位置情報を得ること

ができる。

7.2 ピンぼけを用いた奥行き方向位置測定の原理

7.2.1 ピンぼけについて

ピンぼけとは、写真でピントが合わず像がぼやけることをいう。まずその

原理を説明していく。図 7.2に結像の様子を示す。左から光がレンズに入り、

レンズで集光され右で光が元の点光源に戻る。黒い線がピントが合っている

ときである。ピントが合っている位置から前後にピントがぼやける。相似の

関係とレンズの公式 (f:焦点距離)

1

s+

1

t=

1

f(7.1)

24

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s!

sn!x

n!

!D

t

tn!

xf!

図 7.2: 結像の様子

これらより、ピンぼけによる光の広がり∆は表すことができて、

∆ =|x| ·D ·M

−x+ (1 + 1/M)f(7.2)

ただし、xはピントが合っているところを原点として右方向に正とする。M(=

t/s)は、倍率である。本来光が発生しているのはシンチレータ内なので屈折

の影響がある。さらに、前後すると sの大きさも変化し少し倍率が変化する。

これらの影響をいれると (Deff = D/n)、

∆ =|x| ·Deff

−x+ (1 + 1/M)f(7.3)

となる。

7.2.2 ピンぼけの分散

実際の測定においては、ピンぼけによる光の分散を測定することになる。光

子は、範囲∆内に等確率で分布するのでその分散は、二乗平均平方根 (Root

Mean Square,RMS)によって表さられる。したがって、

σ =∆√12

=|x| ·Deff

−x+ (1 + 1/M)f

1√12

(7.4)

と表すことができるので、σから逆算して xを求めることができる。

7.3 ピンぼけを用いた 3次元位置情報を得るシステム

図 7.3にピンぼけを用いた 3次元位置情報を得るシステムを示す。まずシン

チレータの上と下にピント面から分けてトリガーシンチを計 4枚置く。こう

することでピンぼけからだけでなくトリガーシンチによる情報から宇宙線が

25

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前から後ろにいったのか、後ろから前にいったのか、区別することができる。

次に、ピンぼけから詳しい奥行き方向の位置情報を得ることで 3次元 tracking

が可能となる。

!

!

!

PMT!

PMT!

PMT!

PMT!!

!

! !

!

図 7.3: ピンぼけを用いた 3次元位置情報を得るシステム

26

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8 ピンぼけによる位置測定の実測

実際にピンぼけによって位置測定ができるのかを検証した。シンチレータ

の代わりに水を用いて点光源のぼやけを観測し実際に理論値と比較すること

にした。

8.1 セットアップ

ファイバーにキズを入れて、5 [mm]の間隔で穴をあけたテープを被せファ

イバーの端から LED光を入射することで点光源を作った。その光源を地面と

平行になる様に容器に固定した。その容器を台座に乗せ、周りを遮光し、台

座を動かしてその変化を真上から CCDカメラで撮影した。

CCD!

lens!

!

LED! !

図 8.1: セットアップの簡略図図 8.2: 実際の写真

8.2 使用したCCDカメラとレンズ

使用した CCD カメラは、GIG-E 出力カメラ BASLER ACE ACA1300-

30GM 白黒。レンズは、TS VIS-NIRコンパクト固定焦点レンズ 25MM。撮

影条件は、F値が 1.4、焦点距離 fが 25 [mm]、倍率Mが 0.4倍。水の屈折率

は、1.33。これらの機器と条件で実験した。

8.3 結果と考察

実際に撮影した写真を図 8.3、8.4に示す。左がピントの合ったときの写真

で、右がピントがずれたときの写真である。原点がピントがあった位置でそ

こから動かした長さを横軸に、画像から求めた RMSを縦軸にしたグラフを

図 reffig.24、8.6に示す。赤線が理論値で、黒点が実測値である。原点付近の

黒点が理論値と一致していない。これは、点光源が完全な点光源でないこと

27

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と、ピントを合わすことの難しさから信頼できないので無視した。原点付近

の黒点を無視すれば、十分ピンぼけを用いて奥行きの情報を得ることができ

ることがわかった。

5mm!

図 8.3: ピントがあったとき 図 8.4: ぼやけたとき

Depth[mm]-10 -5 0 5 10

RM

S[m

m]

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

no Water

図 8.5: 水がないとき

Depth[mm]-10 -5 0 5 10

RMS[mm]

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

Water

図 8.6: 水があるとき

次に、誤差について考える。誤差は、RMSの誤差によって生じる。これを

求めるために、ROOTを使って、∆ = 1の範囲に光子を一様乱数で個数を変

化させてふり、それぞれの個数でRMSの誤差を計測した。図 8.7にその結果

を示す。

N

0 20 40 60 80 100

RM

S

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0.25

0.3

0.35

0.4

0.45

0.5

N

0 20 40 60 80 100

RM

S o

f R

MS

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

0.12

RMS of RMSRMS of RMS

図 8.7: 個数に対しての RMS(上)。個数に対しての RMSの RMS(下)。

上のグラフの縦軸は、RMS。下のグラフの縦軸は、RMSの RMS。上下と

28

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も横軸が光子の個数となっている。この結果から、ピンぼけから十分正確な

奥行き情報を得るには、∆の範囲内に 40 [photon]以上こないといけないこと

が分かった。

29

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9 3次元 trackingの精度についての考察

前章の分散のように、ROOTで平均値についても同様のシミレーションを

してみた。その結果を図 9に示す。

N0 20 40 60 80 100

Mea

n

-1

-0.8

-0.6

-0.4

-0.2

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

N0 20 40 60 80 100

RM

S o

f Mea

n

0

0.05

0.1

0.15

0.2

0.25

0.3

0.35

0.4

RMS of Mean

図 9.1: 個数に対しての平均値 (上)。個数に対しての

平均値の RMS(下)。

上のグラフの縦軸は、平均値。下のグラフの縦軸は、平均値の RMS。横軸

は、上下ともに光子の個数。これらの結果より、∆の範囲内に 40 [photon]以

上くれば十分良い精度で飛跡を検出できることが分かった。これらの結果を

用いて ROOTを用いて簡単に 3次元 trackingの精度をシミレーションして

みた。今回のシミレーションの条件は、シンチレータから発生する光は完全

な点光源とし、各点光源から 40光子放出する。また、倍率を 1とする。使用

したシンチレータは、2× 2× 10 [cm3]の LYSOの結晶。使用した光学レンズ

は、レンズの直径 15.0 [cm]、焦点距離 12.5 [cm]。観測される点光源の平均値

とピンぼけによる分散を、40光子のときの平均値と RMSでランダムにガウ

ス分布させて、飛跡を再構築した時の天頂角 θ、方位角 ϕのずれをヒストグ

ラムに詰めることでその RMSを求めた。その結果を図 9に示す。今回のシ

ミレーションでは、点光源にしたことや隣り合う光源の相互の影響を無視し

たことでかなり良い精度がでた。今後としては、レーザーを用いた正確な位

置測定や実際の宇宙線の写真を用いた解析をして正確に精度を測定する必要

があると考えられる。

30

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h1Entries 1000Mean -0.008911RMS 0.223

theta[degrees]-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4

even

t

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

200

h1Entries 1000Mean -0.008911RMS 0.223

Accuracy of theta

g1Entries 1000Mean -0.001169RMS 0.04849

phi[degrees]-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2

even

t

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450 g1Entries 1000Mean -0.001169RMS 0.04849

Accuracy of phi

図 9.2: 天頂角θのヒストグラム (上)。方位各φのヒ

ストグラム (下)。

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Page 32: 卒業論文...卒業論文 Scintillating Track Image Camera を用いたミューオントモグラフィーの研究 平成25 年4 月22 日 大坂大学理学部物理学科

謝辞

一年間未熟な私を受け入れて下さった久野良孝教授に深謝いたします。青

木正治准教授には、授業などを通して素粒子分野について多くの知識を頂き

ました。本論文を作成にあたり厳しくも優しい指導を賜りました佐藤朗助教

授に深謝いたします。本研究を進めるにあたり、助言からご協力までして頂

いた坂本英之先生に深謝いたします。板橋隆久先生、小出義夫先生には研究

者としての心得など様々な事をご教授して頂きました。留学生の Tran Nam

Hoaiさん、Nguyen Duy Thongさん、Izyan Hazwani Hashimさん、Nguyen

Minh Truongさん方は、英語の拙い私にも心良く接して頂きました。林達也

先輩、日野祐子先輩、伊藤慎太郎先輩方には、本研究に対する助言だけでな

く研究室生活全般的にお世話になりました。松本侑樹先輩、矢井克忠先輩、

岩見大樹先輩方のおかげで楽しく一年間過ごすことができました。同期の相

川脩君、鷹尾賢三君達のおかげで一年間切磋琢磨し挫けることなく本研究を

形にすることができました。最後に、私をこのような素晴らしい方々と出会

うまで育ててくれた両親に深謝します。

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Page 33: 卒業論文...卒業論文 Scintillating Track Image Camera を用いたミューオントモグラフィーの研究 平成25 年4 月22 日 大坂大学理学部物理学科

参考文献

[1] William R. Leo, ”Techniques for Nuclear and Particle Phisics Experi-

ments”

[2] Larry Joe Schultz, ”COSMIC RAY MUON RADIOGRAPHY”

[3] A. Sato, J. Asai, M. Ieiri, S. Iwata, T. Kadowaki, M. Kurosawa,

T.Nagae and K. Nakai, ”Scintillating Track Image Camera - SCITIC”

[4] M. Kurosawa, ”E452 Analysis Report”

[5] Thomas H. Johnson, ”An Interpretation of Cosmic-Ray Phenomena”

[6] Deba Prasad Bhattacharyya, ”Absolute low-Iatitude sea-level muon

intensity at large zenith angle”

[7] R. F. Schwitters, ”Pattern-recognition and Reconstruction for Muon

Tracking”

[8] R. F. Schwitters, ”Elements of Tracking Useful to 3-d Imaging”

[9] UT Maya Muon Group, ”A Detector for Muon Tomography”

[10] KEK Summer Challenge 2007, ”身近な素粒子を見て実感しよう”

[11] 黒田 和男, ”光学 第 3章幾何光学”

[12] 田中 宏幸, ”ミュー粒子を用いた火山内部のイメージング”

[13] 田中宏幸, ”2月 2日の浅間山噴火に関するミューオン解析結果について”

[14] 九州大学 本岡 親英 (2007), ”宇宙線ミュオンを用いた 3次元非破壊イ

メージングに関する研究”

[15] 大坂大学荒木慎也宮本紀之室井章 (2005), ”宇宙線ミューオンの測定”

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