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The Japanese Society of Health and Medical Sociology NII-Electronic Library Service The Japanese Soclety of Healt h and Medlcal Soclology 保健医療社会学論集 222 2011 家族会 「認知症」 分析 介護家 による 「認知症」 構築 修復 木下 京都大学大学院 日本学術振興会 ConceptualAnalysis of Dementia ’コ among Family Caregivers in SHGsConstruction of Dementia and Remedying Tro1bles by Family Caregivers Shu K NOSHITA 本稿 介護家族「認知症」 う専 門 的概 念 道徳的規 概念分析 手法 を用 検討す 家族会 (高齢者 介護す 家族 セル プグ とそのメ 調査か ら 点が指摘 「認知症」 う概念 介護場面 を修復す 要介護者 徹底 し 免責す 修復 責 任 が 帰 属 され る場 合 彼 らは 要介護者 )理屈 通 じな 感情 はわかる う前提 もとそれ より説得/否定 禁止」 と 「笑 顔」 う具 体 的 行動 が設 され る三に以上 帰結として 認 知 症 を患 う 要介護者本人 悪意 敵意 無垢 存在 われる四に 「認知 」概 「何が介護 か」 を巡 新 た な解 釈 枠 組 み なりはこれに 直面 して トラ ブ を記述す 介護家族社会構築主義 概念分析 1 問題 設定 と本稿 視角 グは人間をあ 概念 沿 分類 す る こと びと 道徳的な要 「解離性 性障害」 せよ 「女性難民」 にせよ 人間 類す 念は 時代 地域 トタイプをま り何 らか 典型像 をして 「人 自分 とを 意識す 自分 かを とが 」( Hacking 1999 ・= 2006 135 からこ 分類 自分 はま 意識す 念を 照 しな がら や現 解釈 そし 将来 るこ 人は 潜在 道徳 的行 者」 Hacking 1999 ・= 2006 135 るか り良き「解離性同 害」患者や 良き「女性難1 、自 らが され るか れる びと例え 「自閉症」 、自分が 分類 され てい れる しそ 子ども 関係 者 例え もが 「自閉症 」 ある 意識 す 過去お よび 解釈を変 え、そし 今後 のよ その はめられ はな らか 行動変容を促す概念をグは 「接 近不可 能 な類 」 inaccessible kinds Hacking 1996 「接近不可 類」 議論 「認知症」 う概 念 ては 「認知症」 う症候 状を きな う「病態失認」( 2005 特徴 される 「認知 症」 患者 向 き合 う介 護 家 族 相手 「認知症」 から まざまな 行動 変容 される 例 えば 認知 同居 して 女性 家族会 会報 寄稿 自身 介護体験談 めて 部改変) 医師 お母さ んは ルツ 型認 症 が か な りす す んで ます 告げ られ まし から 介護 まりまし 55 N 工工 Electronlc Llbrary

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The Japanese Society of Health and Medical Sociology 

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The  Japanese  Soclety  of  Healt 二h  and  Medlcal  Soclology

原 著 保健 医療社会学論集 第 22巻 2号 2011

   家族会に お ける 「認知症」の 概念分析

介護家族 に よる 「認知症」 の 構築 と トラブ ル 修復

     木下 衆

京都大学大学院・日本学術振興会

 Conceptual Analysis of‘

“Dementia

’コamong  Family Caregivers in SHGs:

Construction of“Dementia

”and  Remedying  Troし1bles by Family Caregivers

                        Shu K工NOSHITA

 本稿 は 、介護家族が 「認知症」 と い う専門的概念 を学 ぶ こ とで 、どの よ うな道徳的規範を身

に つ けて い くの か、概念分析 の 手法 を用 い て 検討す る 。 家族会 (高齢者 を介護す る家族 の セ ル

フ ヘ ル プグル ープ)とその メ ンバ ーへ の 調査か らは、次 の 点が指摘 で きた 。 第

一に 、 「認知症」

とい う概念 は、介護場面の トラ ブ ル を修復す る 上 で 要介護者 を徹底 して 免責す る 。 第二 に 、会

の メ ン バ ーに トラ ブ ル 修復 の 責任が帰属 される場合、彼 らは 「(要介護者 は )理屈 は通 じない

が 、 感情は わ か る」とい う前提の もとで対応する。それ に より、「説得/否定 の禁止」 と 「笑

顔」 とい う具体的 な行動 の 指針 が 設定され る。第三 に、以 上 二 点 の帰結 として、認知症を患 う

要介護者本人 は、悪意 や 敵意 の ない 無垢な存在 と して 扱わ れ る。第四 に、「認知症」概念 は

「何が介護 の トラ ブル か」 を巡 る新たな解釈枠組み とな り、会 の メ ン バ ーは こ れ に基づ い て 自

身が 直面 して い る トラ ブ ル を記述す る 。

キーワード :認 知症、介護、家族、社会構築主義、概念分析

1 .問題 設定 と本稿 の 視角

 イア ン ・ハ ッ キ ン グは、人 間をあ る概念 に沿 っ て 分類 す るこ とが 、 人び とに道徳的 な要請を

伴 うこ とを一

貫 して論 じて きた 。 「解離性同一

性障害」にせ よ 「女性難民」 にせ よ 、 人間を分

類する概念 は時代や 地域 ご とに一

種の プロ トタイプ を、つ ま り何 らかの 典型像 を含んで い る 。

そ して 「人は 自分の こ とを意識する 。 人 は 自分が 何で あるか を知る こ とがで きる」 (Hacking

1999・= 2006: 135)。 だか ら こそ人は 、 ある分類に 自分が当て は まる と意識する と、その概念 を

参照 しなが ら過去や現在 を解釈 し、 そ して 将来の 振 る舞い 方を変える こ とが ある 。 「人 は潜在

的 に は 道徳的行為者」 (Hacking  1999・・= ・2006:135)で あるか らこ そ 、 よ り良 き 「解離性同一性

障害」患者 や よ り良き 「女性難民」 で あろ うとする の だ(1)。

 で は、自らが ど の よ うに分類されて い るか認識で きない (とされ る)人び とは どうなの か ?

例 えば 「自閉症」 の 子 ど もは、自分が ど う分類 され て い るか意識で きな い (とされ る)。 しか

しその 場合 で も 、 その 子 どもの 関係 者 (例 えば親 )が 、 子 ど もが 「自閉症 」 で あ る と意識 す

るこ と で 、子 ど もの 過去お よび現在の 行動の 解釈 を変え、そ して 今後の 自らの 振 る舞い を改め

る こ とが ある 。 こ の よ うに、その概念が 当て はめ られる本人で はな く、本人に 関わる人 々 に何

らかの 行動変 容 を促す概念 を、ハ ッ キ ン グは 「接 近不可 能 な類 」 (inaccessible kinds)と呼 ん

だ (Hacking 1996)。

 こ の 「接近不可 能な類」 の 議論 は 、 「認知症」 とい う概念に も当て は まるだろ う。 「認知症」

とい う症候群 は一般に、 自らの病状 を認識で きな い とい う 「病態失認」 (小 澤 2005)が 特徴 と

さ れ る 。 その 「認知症」患者に 向き合 う介護家族は 、 相手が 「認知症」で ある こ とか ら 、 さ

まざまな行動変容 を促 され る。例 えば、認知症 の母 と同居 して い る女性は 、ある家族会の 会報

に寄稿 した 自身の 介護体験談を 、 次の一

文で始め て い る (一

部改変)。

 医師 よ り、 「お母 さん は ア ル ツ ハ イマー

型 認知症がか な りすす んで い ます」 と告 げ

られ ま した 。 その ときか ら、私の 介護が 始 ま りました 。

一 55 一

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保健医療社 会学論 集 第22巻 2号 2011

  「認知症」 とい う診断は 、診断以 前 と以降 の 人 び との 経験 を、大 き く隔て る もの に なる。

こ の 事例 で 、 診断を受けた 当の 母親が、 自らの診 断名を意識する こ とが で きたか、そ して診断

の 前後で 振 る 舞い を変えたか は わか ら な い 

。 しか し娘で ある 執筆者が 、 母親の 診断名を明

確 に意識 して い る こ とは読 み取れる。そ れ は、「認知症」 との 診断後の 体験が 「介護」 と して

特別に名指 されて い る こ とか ら明 らかだ ろ う。

 筆者は、高齢者を介護する 家族の 自助 グル ープ 「家族会」 で の 調査 を行 う中で、「認 知症 」

とい う概念が介護家 族 に与 える影響 を記録 して きた 。 家族会で は、介護に 関する さ まざまな

「トラ ブ ル 」 (Emerson  and  Messinger  1977)(3)

が相談され て い る 。 そ して会の 中で は 、 報告さ

れ た トラ ブ ル を何 とか修復 (relnedy )すべ く、ときに 医療や 福祉の 専門職を交え なが ら、メ

ン バ ー同士で さまざまな意見交換が 行われ る 。 筆者が注 目 した の は 、 家族会 メ ン バ ーが介護に

関する トラブル を相談 した際、「認知症」 とい う概念 を参照す る こ とで 、患者につ い て の あ る

プ ロ トタイプ に基づ き 、 特定 の 解釈枠組 みや振 る舞い 方が要請されて い る こ とで ある 。 もちろ

ん 、診断時 に 医学的な指示 を受ける こ と を想定する な ら 、 「認知症 と い う診断が人 々 の 振 る舞

い を変える」 こ とは 当た り前の よ うに思 え る 。 しか し後述 する よ うに 、家族会の 中で トラブ

ル を修復すべ く介護者 に促 され る振 る舞 い は 、 医学 的 な 「認知症 」理解 を参照 しつ つ も、 医

師らの 指示 にただ従 っ て導 き出され るわ けで は ない。

つ ま りそれは 、医学的あ る い は福祉 的実

践 とは別の 、一種独特の 形 を とる 。

 そ こ で 本稿は、「認知症」 とい う概念が 介護家族 に ど の よ うな患者像 の プ ロ トタ イ プ を提供

して い るの か 、そ して どの よ うな振る舞 い を要請す る の か を検討 す る 

.ハ ッ キ ン グに準 え

る な ら、家族会メ ン バ ーは 「認知症」患者の 「よ り良い 介護家族」 で あろ うとす る 。 本稿が

焦点を絞 る の は 、そ うして メ ン バ ーに規範的(5)

に働 く類型 として の 「認知症」 だ 。

 なお本稿 で は、議 論 の 焦点 を絞 る ため、「要介護者」を 「認知症 を患 う高齢者」 と して 、

「介護家族」 を 「要介護者 を介護す る家族」 と して 、用 い る。

五,新 しい 認知症理解 と、介護 家族 に課 される道徳的責任

  「認知症」 とは、高齢期に多 い 脳の 障害で あ り、ア ル ツ ハ イ マー病や (脳梗塞に代表され

る)脳血管障害な ど、100近 い 疾患を原 因とする症候群 と定義され る(6)

 2000年代の認知症 に関する医学的議論の 特徴 の一

つ は、「患者本人 に残 され た 能力の 強調」

で ある 。 認知症は進行性の 症候群で あり、 多 くの 場合 、 根本的 な治療法が な い。 その た め か つ

て認知症 (痴呆)患者は 、 回復見込みが な く、人間性を失 っ て い ずれは寝かせ き りにす る しか

ない 存在 と して 処遇 されて きた 

。 こ れ に対 し小澤 勲 ら老年 精神科 医 は、臨床 例 を も とに 、

脳 に 障害 を負 っ た認知症患者 で あ っ て も何 もで きな くな っ たわ けで はな く、感情や か つ て の 記

憶や能力の一

部は残 っ て い る こ とを強調 す る 。 例 えば小澤 (2005)は 、認 知症患者 の 行動 を説

明す る た め に 「コ ーピン グ」 (対 処)と い う概念 を提唱する 。 患者 は 、脳 の 障害 に直接起 因す

る記憶 障害 (物忘 れ)や見当識障害 (道 に迷 うな ど)と い っ た 「中核症状」 に苦 しむ一

方で 、

その 場の 状 況や 周 囲の 反応 を見なが ら、何 とか その不 自由に対処 (コ ー ピ ン グ) しようとす

る 。 しか しその 対処 は、妄想 や作 話 とい っ た形 をとる こ とが多く、介護者 を戸惑 わせ る 。 「財

布が無 くな っ たの は家族が盗 っ た か らだ」 とい っ た 「盗 られ妄想」 は典型 だろ う。 つ ま り、

患者 に さまざまな能力が残されて い るか らこ そ、「認知症 に よ っ て生 じる不 自由に、一人ひ と

りが 独 自の 方法で 必死 に対処 しよ う」 (小澤 2005:157−158)として しまい 、そ れ が別の症状 を

生 じさせ て い る と指摘 した の で ある 。 小 澤は こ の よ うに 、 中核症状へ の コーピ ン グの 結果 と理

解 され る諸症状を 「周辺症状」  と呼ん で 区別する 。 こ うした理 解は 、 介讓i者た ちに認知症患

者 に残された能力 を尊重 する こ とを求め る 。 周辺症状が、中核症状 へ の コ ーピン グの 結果生 ま

れて い るの だ とすれば 、患者の 能力を尊重 した環境整備や関係 づ く りに よ り、症状の 緩和が期

待で きる か らだ 。

一 56一

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保健医療社会学論集  第22巻2号 2011

 一方 、 社会学的研究は 、 以上 の 認知症理解が介護家族 に新 たな負担 を もた ら して い る と指摘

して きた 。 井 口 高志 は、先にみた 「痴呆 をか か える 者を意思 や 意図を持 っ た人 間 と して 想定

し、周囲の 対応 や 環境 に よっ て 、 その 状 態が変更可能で ある こ とを想定する痴呆理 解」 を、

「関係モ デ ル 」 と呼ぶ (井口 2005:17)。 井口 (2007)が整理 した よ うに 、 こ の 理解 に よっ て 、

認知症を単に 「高齢期に 多い 脳の 障害」 と捉 える の で はな く、 「介護者 と患者 間の コ ミ ュ ニ

ケ ーシ ョ ン の 問題」 とする 理解が生 まれ る 。 そ して 、要介護者 の 「変 容」 を促 す た め の 、介

護者 の 「は た ら きか け」 を重視する 認知症観が成立する 。 しか し、こ の ように介護者の 「は

た らきか け」 を重視す るこ とは 、 道徳 的 な責任を介護者 に もた らす。 完治が 期待で きな い 認

知症 にお い て 、要介護者 へ の 「配慮」 は 限 りな く増大 し 、 介護者は どこ まで もよ り良 い 介護

を追求 しうる 。 こ の 「介護の 無限定性」 は 、 介護者 にと っ て 大 きな負担に なる (井 口 2007)。

 本稿で は、こ の介 護家族 に課 され る道徳 的責任 に注 目す る先行研究の 問題 関心を引き継ぎつ

つ、 「家族会」 とい うフ ィ

ール ドを分析する こ とで 、家族 ご との個別的な文脈 を越 えて 、要介

護者 が 「認知 症」 で あ る こ とか ら人 び とに要請され る一

定の 振る 舞い や 解釈の 仕方が ある こ

と を指摘 す る 。 こ の よ うに、家族会内で 「認知症」 とい う概念が 参照され る こ とで もた らさ

れる規範 を詳細 に検 討す るこ とが 、 本稿 の 目的で ある 。

田.データの 説明

 本稿で は 以降 、 (1)介護家族の 自助 グル ープ、「家族 会」計 7 カ所 で 行 っ た参与観察記録、

(2)介護家族へ の イ ンタ ビ ュー記録をデ

ータ と して使用 し、分析す る 。

 (1) 「家族会で の 参与観察記録」:筆者は 、 関西 の X 県で 活動す る 「家族会」7 カ所に 、 現

在 まで 継 続的に参加 し、調査を続けて い る 。 本稿で は、2008年 9月か ら 2011年 6月まで の 、計

78回の 調査 か ら得た フ ィール ドノ ー トを分析 して い る 。 こ れ に は 、 合計 453件の 介護体験 談

と、25件の 専門職の 講演の 記録が含 まれ て い る 。 表 1に 、 各会の 概要 を整理 した。

  (2) 「家族会メ ン バ ーへ の イ ン タ ビ ュ

ー記録」: 本稿で は (1)に加え、メ ン バ ー8名へ の イ

表1 家族会参加記録

活動範囲 参加人数参与観察

 回数調査期 間

介護体験談  専門職講演

  記録     記録

II

WV

X 県 Y 市全域

  Y 市南部

  Y 市 中 心部

 

 

Z

α

β

XXXX

20人〜60人10人〜20人20人 程度

30人〜60人

10人程度

15人 程度

15人程度

7455197 

 

1

ワ自

2008年 9月か ら 2009年 9月

2008年 7月か らlO月2009年 2月か ら 2011年 6月2008年 10月か ら 2011年 6月2008年 12月か ら 2010年 7月2009年 2月か ら2011年3月2009年 6月か ら2011年 6月

36  1123771494720

1320153 

 

 

1

合 計 78 453 25

表2 イ ン タ ビュー調 査の 概要

      既 婚 ・要介 護 者

性  年齢     未婚 との 続 柄

介護度 疾患名介 護開始        イ ン タ ビ ュ

ー日 時期

A  女性

B  女性

C  女性

D  女性

E  男性

F 男性

G 男性

H 男性

1531801367755876既 婚  娘 (長女)

既婚 配偶者

既婚 配偶者

既婚 娘 (長女)

既婚 配偶者

既婚 配偶者

既婚 配偶者

既婚 配偶者

4尸D

(ア ル ッ ハ イマー

[AD と略記 ]型 )認知症 2003年(前頭側頭 型 〉認知症

4 → 5 認知症,パ ーキ ン ソ ン 病,脳梗塞

 

 

 

443

4

 

 

 

2

(AD 型)認知症 脳梗塞,糖尿病

(AD 型)認知症

(AD 型)認知症

(AD 型)認知症

(AD 型)認知症

ユ996年1991年

2008年春

2005年春

2002年末1994年2001年

2008/12/10

2008/12/102008/12/18

2009/Ol/112008/12/162008/12/262008/12/272009/01/03

一 57 一

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保健 医療社会学 論集 第 22巻 2号 2011

ン タ ビュー記録 を分析 して い る 。 イ ン タ ビ ュ

ーは 、 半構造化形式で それぞれ約 2時間実施 し、

合計 16時間程 度の デー

タが集 ま っ た。表 2に、対象者の属性 を整理 した 。 表中の 全て の 項 目は

調査 時点の 内容で ある 。

 なお、 どち らの 調 査 に関して も、口 頭お よび文書 を通 じて 調査 目的を説明 し、メ ン バ ーへ の

了承 を得て記録を取 っ て い る 。 また調査 内容 に関 して は 、 匿名化 した上 、 学術 目的で公表する

こ との 許可 を得て い る 。 次節以 降、 以上 の 事例 を検討 して い く。

IV. 「認知症」概念 に基 づ く責任帰属  「要介護者の免責」

 家族会 内で、「相手は 認知症 な の だか ら」 とい うカ テ ゴ リー

化が され る場合、共通す る の は

「要介護者の免責1 で ある 。 こ の よ うなア ドバ イス は 、 特 に会 に参加 し始 め たばか りの メ ン

バ ーに対 し て 、明確に な され る 。 会に 参加 して 日の 浅 い メ ン バ ーか らは 、 しば しば 、「なぜ 自

分の家族 (配偶者 etc,)は あん な仕打 ちを私 にす るの か」 とい う相談が寄せ られる 。 こ れ に対

しベ テ ラ ン の メ ン バ ーは、「相 手 は認 知症 (患 者)なの だか ら」 と、「家族 」か ら 「認知症

(患者)」 へ とカテ ゴ リーを変更 させ る。2010年の 夏、家族 会 皿 に初 めて 参加 した L (70代)

は典型的な助言を受けた 。 彼は こ の 日、次の よ うな相談を して い た 。 軽度認知症の 妻が 深夜に

「出か ける」 と言 っ て 玄関先に 座 り込む上 、説得 して も 「口答え」する 。 そ こ で 「つ い 手をあ

げて 尻 を叩 く」が 、そ れで も 「口 答 え」 す る 。 しか も、何 度飲 ませ て も 「お茶 をだせ 」 と

「命令」す る 。

一 次の や りと りは、そ れ に続 く場面で あ る 。

 L は 、 「(妻に) 『わ しは お 前の 召使 い や ない [』 っ て 、い うの に 、 ち っ と も聞 かな

い の で すよ」 と続けた 。 「とにか く昔か ら 口 が 達者で 、なん で ウチ の 家内は ああなの

か」 と発言 した 。

 こ の 発言 を受けて (略)メ ン バ ーの M は、「それ は病気が させ て い る と しか言 い 様

がな い 。 病気 に な っ た ら 、 それ まで の 人格 とか一

切 関係あ りませ ん よ 1そ れは ご主人

が 認知症 とい う病気 を知 らな しゃ あな い 」 と ア ドバ イス し、 続 けて N も 「認知症 を

もっ と勉強せ な」 と畳み 掛けた 。

 こ れ を 聞 き 、 L は 「そ うか 、僕が勉 強せ な ア カ ン 、い う こ となん で す ね」 と同意

し、隣に同席 した担当ケ ア マ ネジ ャー

に助言 を求め た 。 (Field note  10.7.21)

  こ の 場面で は 、家族会メ ン バ ーが 「認知症」 とい う概念を使用 する こ とで 、 「相談中の 介護

家族へ 、 トラ ブ ル を修復す る責任 を帰 属」 し、逆 に 「要介護者 を免責」 した と い う点が確 認

で きる 。 「昔か ら口が達者」 とい う要介護者の 性格 に トラ ブ ル の 原因を求め よ うとする L に対

し、他 の 家 族会 メ ン バ ーは 「それ は (認知症 とい う)病気が させ て い る」 と、つ ま り妻 の 性

格の 問題で は な い の だ と、認識 を変更する よ う求め る 。 そ の 上 で 、誰が対応 を変える べ きか と

い うと、相談者で あ る L 自身なの だ とされる (「認知症 を もっ と勉強せ な」)。

  こ の 場面か ら、二 つ の こ とが 言える 。 第一

に 、家族会メ ン バ ーが 「要介護者」 と 「認知症」

を分離する とい う論理 をとっ て い る点。 L は あくまで 「要介護者の 性格」 に トラ ブ ル の 原因 を

求め ようとするが 、メ ン バ ーは 「要介護者」 と 「認知症」を分離 し、「認知症」 に原因を求め

る こ とで そ の 原 因追究を棚上 げさせ る(9)

。 第二 に 、 当初 Lが トラブル の 「原因」 にこ だわ っ

た の に対 し、メ ン バ ーが問題視 した の は トラ ブ ル を 「修復」する責任で あっ た とい う点 。 「要

介護者は病気で ある」 とい う点 を強調する こ とは、 トラ ブル の原 因追究 を終 え させ た (棚上

げさせ た)だけで な く、 「病人で ある要介護者は その トラブ ル を修復で きな い 」 と い う前提 を

確認 させ る こ とにな る 。 そ の 上 で こ の 場面で は、家族で ある L に トラ ブル 修復 の 責任が帰属 さ

れた(lo)

 注 目した い の は、L の 提示 した 「要介護者の 性格」 とい うこ れ まで の 家族 関係 に根差 した解

一 58一

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保健医 療社会学論集  第22 巻2 号 2011

釈に 、「認知症」 とい う概念 が対 置 されて い る こ とで ある 。 L の 妻が どの ような性格だ っ たか

を知 っ て い る の は 、 こ の 場で は L しか い ない。 その 意味で 、「要介護者の 性格」 は L に と っ て

の特権的 な知識 だ と言 える 。 しか も相談された 場面に実際に居合わせ たの は、L しか い な い 。

しか し会 の メ ン バ ーは 、 「認知症」 とい う概念 を対置する こ とに よ っ て 、L の解釈 を棄却す る 。

本稿 は、メ ン バ ーの こ の 助 言が正 しか っ たか を議論する もの で は ない。 そ うで はな く、家族会

内で 、仮 に初対面の 相 手に対 して で あ っ て も、 その 個別の 事情 を越 えて適用 しうるだけの 妥当

性 と信頼性 を もっ て 、 こ の 「認知症」 と い う概 念に基づ く責任帰属が 行わ れ て い る こ とに注

目 した い の で ある 。

  「相手は認知症 (患者)で ある」 とい うカテ ゴ リー化は、家族会 内で は 「要介護者 の 免責」

を伴 う。 「認知症」概念 を参照す る こ と で 、 「要介護者は その トラ ブ ル を修復で きな い 」 と い

う前提 が確認 される 。 さ らにメ ン バ ーは その 過程で 「他 な らぬ 貴方が対応 を改めね ば」 と、

新 しい 振 る舞い 方を身に つ ける よう促 される場合があ る 。 次節で 検討す る 。

V .「認知症」概念の もた らす規範  よ り良 き介護 家族 と して求 め られ る振 る舞い

 本節は 、 「認知症患者は 、 何をわ か っ て い る とされ 、 何をわか っ て い ない と され る の か」 と

い う軸にそ っ て 、 トラ ブ ル に際 しメ ン バ ーが とる べ き (とされ る)対応 を整理する 。 以降の 事

例で みる ように 、 メ ン バ ーは 「認 知症患者 は○ ○ をわか っ て い る/わ か っ て い な い 」 とい う

助言や 整理 を通 じ、「要介護者に残 っ て い る 能力」が 何なの か を 、 そ し て 自分たちに い か なる

対応が求め られて い るのか を確 認 して い く。 また本節 は 、 以上の 整理 を通 じ 、 家族会内で 共有

され る 「認知症」患者の 典型像 (プロ トタイプ)に つ い て も、検討す る 。

1. 「否定 しない /説得 しない 」   「理屈」 は通 じない

 家族会内で は 、 要介護者の 言動で トラ ブル が生 じた際、要介護者の い うこ とを 「否定 しな

い 」 ある い は 「説得 しな い 」 とい う対処法が提示 され る 。 例 えば、家族会 W で 夫の 妄想 に つ

い て 相談 した P は 、 次の よ うなア ドバ イ ス を受けた 。

 P は 相談 を 「夫が 『タ イヤが転が っ て きた の で 見 に行 く』とい っ て 、 夜中 (家を)

出て 行こ うとする 。 そ うや っ て一晩中起 きて い る」 と切 り出 した 。 「私 も、何言 っ て

るか全然分 か らな い。 (中略) 『もう、 それは 夢やか ら』 っ て い うん や け ど 、 聞か へ

ん 。 何 で あん な大きな声 を出す んで し ょ うね 。 」

 する と B がすか さず 「それ (「夢」)は絶対 に言 うた らア カ ン 。 それが認知症 やか

ら」 と注意 した 。 (Field note  O9.3.11)

 B は 自費出版 した介護体験談の 中で 、こ の よ うな 「否定 しない /説得 しない 」 とい う形式の

ア ドバ イス は、自身が か つ て 家族会 で うけた助 言だ と記 して い る 。 彼 女 は、「説 得は 逆効果 」

とい う節を設け、その こ とを説明 して い る(11)

 こ の よ うな対処法 は、認知症患者の 論理的思 考能力の 欠如 を前提 と して い る 。 例 えば家族会

IVで は、老年精神科医の Qが次 の よ うに講演 した 。

 Q 認知症の 方に と っ て一

番困る の は 、 物忘れ で は な く、 理解 、 判断力の 低下で

す 。 自分が認知症 だ と思 わ な い。 だか ら 、 メ モ (を とる)な ど の 対応 策が とれな い

(略)理屈 にあ っ た こ と、 わ れわ れに と っ て 間違 っ て い な い こ と 、 事実 を説 明する の

が介護で は な い。 極端 なこ と を い えば 、 間違 っ た こ と で も (=嘘 を つ い て で も)納

得 して もら うこ と 。 怒 っ た り、 叱 っ た りは ダ メ な んで す 。 (Field note  09.12.4)

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 つ ま り背景 に あ る の は、認知症 患者に 「そ れ は 妄想、 とい っ て も伝 わ らな い 」 (Field note

10.2.5) と い う理解 で あ る 。 それ ゆ えに、「理屈」や 「間違 っ て い な い こ と」、「事実」 を 「認

知症の 方」 に突 きつ け る こ とは、は っ きりと禁止 さ れ る 。 こ の 方針は家族会内で 徹底 されて

お り、そ れを基 に さらに具体的な対処法が 練 られ る(12)

2.「笑顔 をうか べ な さい 」  「感情」は伝わ る

 家族会 で は 、前 節 と逆 に、「認知症患 者は わか っ て い る」 と強調 さ れ る場面が ある 。 それ

が、「感情」 を巡 る場面で ある 。 例 えば 、 中度認知症 の 妻 を介護 中の F は 、 ある家族会で 「こ

れ (= 妻 の 暴言 な ど)は もう病気や (か ら責め て は い けな い )」 と注意を受けた後の 自身の 介

護を、「ニ コ ニ コ 方式」 と評 した 。

 F  わ しも、ま、は じめだ けや っ たな、は じめの 1年 か な 2年は しん どか っ たけ ど

ね 。 怒 っ た りな、注 意 した り、「なんで こん な こ とが で きへ んね ん 凵 っ て 怒 っ た り

したけ どな、「こ れは こ ん なん 言 うて もあか ん な」 っ て 思 っ た ら、病気や と思 っ た

ら、今 は.もうとに か く怒 らん と、ニ コ ニ コ。

ニ コ ニ コ 方式で な 。 (中略)あれ は な 、

わかん ねん で、感情は な、受け入 れ た感情は 。 (lnterview 08.12.26)

 相手が 「病気 =認 知症」 だ か らこ そ 、「ニ コ ニ コ 方式」 に移行 す る 。 そ れは、相手 が 「感

情」 をわか る か らで ある 。    同様の 論理 をC は さ らに詳細 に説 明 して い る 。 重 度認知症 の

夫を介護 して い た彼女 は 、 自身の 介護 の ポ イ ン トを次の ように整理 した 。

 C  で 、 私が 気持 ち よ く優 し くや る と、も うね、同 じよ うに返 っ て きますか ら。

「あ、イラ イラ して きたな 。 こ りゃ 、ち ょ っ と声 も怒 り声に な っ て きた」 っ て い うの

が、私 の 注意信 号、自分 自身の 。 注 意信号で ね、「何で こ ん なイラ イ ラ して 」 (と気

づ く)。 怒 る ように なる んで す よ 、 (中略)で 、 ね 、 優 しく、 もう本当に 、 気持ちが優

しい と きは、 もう本当 に優 し く返 っ て くる んで すよ。ほ ん で 、で きる だけ笑うよ うに

して る んで すよ。ワー

ッ とね 、 面 白が っ て 笑うと 、 同 じよ うに笑 い 顔で ね 、 受けて く

れ ます か らね。 もう、鏡み た い か な とい うね、そ ん な 感じ で 。 (lnterview O8.12.18)

 こ の よ うに家族会 で は しば しば、「要介護者に笑顔を浮か べ な さ い 」 とい うア ドバ イ ス が さ

れ る 。こ こ に は 、

二 つ の 想定が み られ る 。 第一

に 、 要介護者が 「笑顔 」 を 「笑顔 」 と して 認

識する とい う想定 、 第二 に 、 「笑顔 は優 しさを意味す る」 とい っ た慣 習的 な理解 を 、 要介護者

も共有 して い る とい う想定で ある 。 こ うして彼 ら は 、 「要介護者に感情は伝わ る」 とい う理解

の もと で トラブル を修復す るよ う、 促 される(13)

3. 「認知症 」患者の プロ トタイ プ  「悪意」の ない 、無垢化 された要介護者

  こ の よ うに整理 をする と、 家族会内で 参照 され る 「認知症」概念が 、 ある患者像 を一つ の

典型 と して考 えて い る こ とが 指摘 で きる 。 そ れ は 、「悪意」の ない 患者像で ある 。 こ の こ と

は 、 IV章の 議論 と照 ら し合わ せ て も明 らか だ ろ う。 IV章で 家族会メ ン バ ーは、「認知症」 とい

う概念 を使用する こ とで 、要介護者の免責を徹底 して行 っ て い た。換言すれば、 トラ ブ ル の原

因 を要介護者 に求め る推論 は 、 「認知症」 とい うカ テ ゴ リー化に よ っ て 徹底 して 拒否 される 。

つ ま り家族 会の 中で は、「昔か らの 性格で /わ ざとこ ん な振 る舞い をする 」 とい っ た 説明は 、

「相 手は認知症 なの だか ら」 と い う定式化 に よ っ て 否 定 される べ きもの なの だ と理解で きる 。

つ ま り、 要介護者に 「悪意」を想定する こ とは、適切で は な い と されて い る の だ 。 例 えば B

は 自身の介護を振 り返 り、次の ように記 して い る 。

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 美 72歳 、 冬 。 こ の 頃 、 説得や 注意をする と 、 その 時は知 らん 顔を して い る が 、 夜

中 にもの を壊 した りして い た 。 シ ーツ もひ きさかれた 。 (中略)

 ある 日、 い つ もの ように洗濯の ために着替えを手伝 っ た 。

  「何 をす る ん だ」 と足で 蹴 られ た 。 あなた に 良か れ と日 々 過 ご して い る の に と、

くや しか っ た 。 首に手をかけた 。 (中略 。 結局 、 首に手をか けた と こ ろで 思 い とどま

る 。 )

 認知症 は介護者 を虐待 する 。 介護 は とて も苦 しい 日々 の 連続 だが、介護 を受ける者

がする の で はな く、 病気 が介護者 を虐待するの だ 。 (匿名調査協力者 2008:23−24)

  「介護を受ける者がする の で はな く、病気が 介護者を虐待す るの だ」 とい う言葉が 象徴す

る よ うに 、B は こ こで 「介護を受ける者」 と 「認知症」 を切 り離す とい う論理 をとる 。 そ し

て 、「認知症」 とい う 「病気」 に暴言や暴力の 原因 を求 める 。 B は、その 理由 を要介護者 の悪

意や敵意だ とは捉 えない 。

 つ ま り、要介護 者が 「暴 力、暴 言、虚言」 な どとして 責 め られか ねな い 行為を した として

も、「そ れ こそが認知症の 症状で ある」 と して 、

一切が 回収 さ れ て い くの で ある 。 こ うして 、

要介護者の 引 き起 こ した トラ ブル は、全 て 「認知症」の 症状 として 定式化 され て い く。 例え

ば D は、実母の発症当初、彼女か ら殴る蹴 る の暴行 を受け 、 「どうして こ うな っ た の か」 「思

春期 に 原因が あ っ た の か」 「きっ と異常な親子関係 なん やな」 と煩 悶す る 日々 だ っ た と い う。

しか し彼女は 、 「認知症」 に つ い て専門書や家族会を通 じて 「学習」 したあ と、次 の ように認

識 を変化 させ た と語 っ た 。

 D 学習 する こ とに よ っ て 分か っ て、私に こ うや っ て あた っ た り叩 い た りす る の

は、私の 対応 が 悪 い とき とか、何気 な く言 っ た こ とが 腹立 つ とね 、 や っ ぱ り感情 が

ね、傷 つ くか ら。 ま、そ うい うのが段 々 、原因 も分か っ て きて、そ した ら 、 自分 自身

に も寛容に もなる し 。 (lnterview 09.1.11)

  「何 らか の トラブ ル を引 き起こすに して も、 要介護者に悪意は な い 」一 こ の よ うに 、 要介

護者の 振 る舞 い に 「悪意」 を想定 しない 理解は 、 「認知症」 とい う概念 を学ぶ こ と に よ っ て初

め て 可能になる 。 それ によ っ て 要介護者は 、 無垢化 された存在 と して、家族会 メ ン バ ーの 間で

立 ち現れ る 。

VI.い か なる トラ ブル か ?    メ ン バ ーが参照 する秩序の 変化 と 、 概念の規範性

  「認知症 を患 う高齢者 の 振 る舞 い に 、悪 意 は な い 。 」一 もっ とも、こ の よ うな理解 を貫徹

す るこ とには 、 か な りの 困難が予想 される 。 実際、 「要介護者が暴言を吐 くの で 、つ い 叱っ て

しま う」 と い っ た トラ ブ ル の 相 談 は 、今 回 の 調査 で も多 く記録 され て い る。とすれ ば、在宅

介護 の 現場で は、本稿で 見た要介護者 を無垢化する プ ロ セ スが 失敗 し続けて い る とも解釈 で き

る 。 家族会で 同様の 相談が続い て い る の はそ の ため だ と考える の が 、 妥当だ ろ う。

 しか しこ こ で 注意 した い の は、家族会メ ン バ ーに よ る 「つ い

、 して しまう」 と い う形式 の

トラブ ル 報告は、 い かな る秩序 を参照 して い る の か 、 とい う点で ある 。 その トラブル 報 告が成

立する の は、あ くまで 「認知症」 とい う概念が 家族会 に もた らした 、

一種独 特 の 秩序 を参照

した場合 であ る 。 例 えば、中度認知症の 夫を在宅介護 しなが ら 、 数年 間家族会 V に参加 し続け

て い る R (70代)は、次の よ うな相談を して い る 。

R は 、 「わか っ て い る ん で す けどね、つ い 怒 っ て しまうん です よね 。 もう反省 の 毎

日で す 。つ い 手 も出て しまうし」 と切 り出 した 。 夫が深夜 目を さま し、2階に上 が っ

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て 荷物を 「ゴ ソ ゴ ソ や っ て い る」 。 その 音が大 きい の で 、R が 目をさま して 見に行 く

と、今 度は 1階 に 降 りて 、本 を開 い て 「見て い る 」 (;読ん で い る よ うに は 思えな い

が 、ペ ージ を開い て イ ス に座 っ て い る )とい うこ とだ っ た 。

 R に対 し、他 の メ ン バ ーか らは 「けど、そ れ は認知症 が そ うさせ て い る と思 っ て、

絶対に怒 っ て は い けない 」 とい っ た ア ドバ イ ス や 、 「奥 さんが よ くや っ て る の は み ん

な知っ て るか ら」 とい っ た労い の 言葉が 寄せ られ た。 (Field note  10.2.16)

 こ こ で 注意 した い の は、「深夜に大 きな音 を出 した相手を叱 る」 の は 、相互 行為上 は 必ず し

も逸脱 的で はな い 、とい う点で ある 。 「夫が 深夜に起 きだ して 、2階で 大 きな音を立て て い る 。

しか も1階に 降 りて きて か ら も、 謝る で もな く本 を広 げて イ ス に腰掛けて い る 。 」  こ れ は 、

通常な ら夫 を叱 っ て も良 い 場面の はずで ある 。 しか し 「認知症」 とい う概念を学ん で い る か

らこ そ 、 「夫 を叱る 」 と い うR の 振 る舞 い が 、 逆 に 基準 か らの 「逸脱 行 為」 と して 認 識 され

る 。 R は 、 夫の 振る 舞い を 「彼女を 困 らせ る 意図がある 」 と解釈 して は な らず、 それ をあ くま

で 「病 気の 症状」 と して解 釈 し、 夫 を免責 しなければな らない こ と をわ か っ て い る 。 だ か ら

こ そ 「深夜に大 きな音を出 した夫を叱る」 と い う行為が 、「わか っ て い る の に、つ い 怒 っ て し

まう」 とい うトラブル として相談可能に なる 。 「外 出先で 他人の荷物 をもっ て行 っ た夫 を、つ

い 怒 っ て しまっ た 」 (09.2.17)、 「昼 夜間 わず トイ レに こ もっ て い る義母 を 、 『もう、 何 回行 く

ね ん 1』 と つ い 叱 っ て しま っ た」 (10.7.20)  家族会内で 典型 的に 聞 かれ る同型 の トラ ブ ル に

つ い て も、 同 じこ とが言える ,

  つ ま り 「つ い 、 し て しまう」 とい う トラブ ル 報告は、「認知症 」 とい う概念が もた らす秩序

を参照 しなけれ ば 、 不可能なの で ある 。 こ こで 、 IV章でみ た家族会初参加の L と 、 本章で み た

R の 相 談形式 を比較 した い。 会 に初参加 の L は 、 「なんで ウチの 家内はああ なの か」 と 「妻の

暴 言」 を トラ ブ ル と して 挙 げて い た 。 こ れ に対 しベ テ ラ ン メ ン バ ーの R は、夫の 振 る舞 い だ

けで な く、「つ い 怒 っ て しまう」 自身の対 応 もまた、 トラ ブル と して 報告 して い る 。 こ の 違 い

をもた らしたの は、要介護者 を無垢 化 し、徹 底 して免 責す る 「認知症 」 を巡 る会 の 秩序 を身

に つ けて い るか、い な い かだ と解釈で きる 。

 その 意味で 、 「認知症」 とい う概念の もつ 規範性は、こ の 「つ い 、 して し まう」 とい う形式

の トラブ ル報告に こそ 、端 的に 表れ て い る と言 え よ う。 こ の よ うな トラ ブル 報告 は、「認 知

症 」 とい う概念が もた らす秩序 を、メ ン バ ーが 気に か け守 らなけれ ばな らな い こ とを前提 と

して い る。「よ り良い 介護家族」で あろ うとすれば、その規範 に沿わ なけれ ばな らない 。だか

ら こそ 、そ の 規範に 自らが 沿えな か っ た こ とが 、「何 とか しなけれ ばな らない 」 こ とと して 報

告可 能に なる(14)

。 「認知症」概念は 、 メ ン バ ーの 経験理解の 仕方を変えて い くの だ。

V皿.お わ り に

  「『認知症』と い う概念は介護家族に ど の よ うな患者像の プ ロ トタイ プを提供 して い る の か 、

そ して どの ような振 る舞 い を要請 す るの か」  本稿 は こ の 問 い に対 し、 以下 の 答えを出 し

た 。 「認知症」 と い う概念 は 、介護場面 の トラブ ル を修復す る上 で 、要 介護者 を徹底 して免責

す る 。 そ して 「認知症」患者 は、悪意 や 敵意 の ない 無垢 な存在 と して表 象され る 。 そ の た め

会 の メ ン バ ーに は、「要介護者 に理屈 は通 じない が、感情 はわか る」 と い う前提 の もとで の 対

応 が促 さ れ る。そ れ に よ り 「説得/否定の禁止」 と 「笑顔」 とい う、具体 的 な行動 の 指針 が

共有 され る 。 さ らに 、 その よ うな振る舞い や解釈の仕方が道徳的 に要請 されるが ゆ えに、メ ン

バ ーが 「認知症」概念に基づ く規範に従 えな い こ とは、そ れ 自体 トラ ブル と して 認識 され る 。

 認知症 の 症状 は 、 極 め て 個 別的な現 れ方をする 。 病態が 完全 に 同じ要介護者は一人 と して お

らず、その た め提供 され る介護 も極め て個別的だ とい える。

  しか しその 極 めて個 別的な介護実践 の 背景で 、 「認 知症」 とい う概念は、何が 「よ り良 い 介

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護」 なの か と い う規範的な枠組み を、家 族会 メ ン バ ーに 課 して い る 。 天 田

+(2007)や井 口

(2007)は 、家族 成員の 「認知症」発症が 、家族内の秩序 を極 め て 不安定化 させ る契機 に なる

と指摘 して きた 。 その よ うに家族内の秩 序が不 安定化 した と き、「認知症」 とい う概念 は家族

に新た な行動の 指針を提供する 。 本稿 で みた家族会内の デー

タは、実際の 在宅介護場面で どこ

まで その規範に沿 っ た行動変容が起 こ っ て い るか を 、 示 して は い な い。 しか し W 章で み た よ う

に、「認知症」概念の もた らす規範が、家族会 メ ン バ ーの 間で常に尊重すべ きもの と して 扱わ

れ る こ とは、示 して い る 。 「認知症」 は 、単な る診断名 で は ない。 それ は

一つ の 概念 と して 、

家族会の メ ン バ ーに 道徳的規範を課 して い る 。

補  注

(1) ハ ッ キ ン グ は 「解離性同一

性」を扱 っ た 著書 の 中で 、こ の 専門的概念 と 人 び と の 相 互 作 用 の 結果、1980

  年代の ア メ リ カ で 「30代 の 白人女性 で 交代 人格は 16以上、か つ て 児童虐待を受けた経験が ある」とい っ た

  プ ロ トタ イ プが形成 さ れ、それ に沿 っ た 患者が 激増 した の だ と分析 して い る (Hacking  l995 = 1998)。ハ ッ

  キ ン グ 自身が 注意深 く述 べ て い る よ うに 、こ れ は患者た ちの 経験 や 苦 しみ が 「偽 り」 で ある と い うこ とで

  は ない 。 彼が注意を向けたの は、われわれは あ る概念の 下 で しか 自身の 経験 を記述 で きない の だ とい う点、

  そ して それは 現在 の 問題だけで は な く、われわれの 過去ある い は未来 もま た、そ うい っ た 記述 の プ ロ セ ス

  の 対象 に な る とい う点で あ っ た。

(2) 特 に若年性認知症 や 認知症発症期の 場合 は、患者本人が 「自分 は 認知症で あ る」 とい うこ とを意識 し、

  自 ら さ まざまな善後策を講 じるこ とがある 。

(3) 本稿 で は 「トラ ブ ル 」 を、エ マー

ソ ン らの 議論 に則 り、「何 か が お か しい と い う表明が さ れ、何 らか の 修

復 (remedy )が な され る対象」 と して 、定義 して い る (Emerson  and  Messinger 1977)。

(4) ハ ッ キ ン グ は、こ の よ うに 専門的概念が人び と の 振 る舞 い に変更を促す側面だけで な く、 そ の 後人 び と

  の 振 る 舞い が専門的概念 の 変更 を促す こ と まで を議論 の 射程 に お さ め て い た。彼 は こ れ を 「ループ効果」

  (Hacking 1995 ・=  1998) と呼ん で い る。酒井泰斗 (2009)に よ れ ば、ループ効果を分析す る 際 に は 三 つ の 側

  面 に注 目しうるが 、本稿の議論 は 「認知症」 とい う専門的概念が人 び との経験理解に どうい っ た規範 をも

  た らす か に 注 目 した も の で あ り、酒 井 の 整理 す る 二 点 目 「人 間 に 関す る科 学 的 ・専 門 的 な 概念 が 日常 生 活

  に 入 り込 ん で くる と き、そ こで どの よ うな経験 の 可 能性が 生 じ る の か」 に 関連す る 。

(5) 本稿 で 「規範」 とい う用 語 を用 い る場合、エ ス ノ メ ソ ドロ ジー(以 降 、 EM )の 用法に 倣 っ て い る 。 小宮

  友根 (2007)が整理 した よ うに、EM は 「行為を可 能 にす る もの と して の 規範」 とい う理 解 に立 つ 。以降論

  じる ように、家族会内 で は トラ ブ ル に 直面 した介 護 家 族 に対 し、どの よ うに それ を修復すべ きな の か、助

  言が さ れ る。こ うして 家族会内で 共有さ れ、介護家族 に何 らかの 行為を可能にす る指針や解釈 の 枠組み を、

  本稿で は 「規範」 と呼ぶ 。

(6) 日本認 知症学会 は 、以下 の 6項 目か ら認知症 を定義 して い る。

      認知症 の 中核 は 記憶障害 を は じめ と した 知的機能 の 障害 で あ り、さらに失語、失効 、 失認 お よ び実

    行機能障害な どの 複数 の 知的機能の 障害 が み ら れ る。  こ れ らの 知的機能 は、後 天 的 な 障 害の た め、

    い っ た ん 発達 し た 知能が 低 下 した状態が み ら れ る。  脳 の 器質性変化が あ り、脳 の 物質的 な 異常を基

    盤 と した 状態 で あ る。  障害がある期間持続 して い る こ とが 必要 で、ICD−10 (注 : 国際疾病分類 10版)

    で は 「少 な く と も6か 月 以 上 』持続す る と して い る。  知 的 障 害の 結 果 、社会 生 活や 日常生 活活動 に 支

    障をきた した 状態 で ある。  急性 ・一時的な もの で は な く、意識障害が な い と き に も、上 記 の 状態が

    み られ る 。 (日 本認知症学会編 2008:8)(7> 室伏君士 は、1980年代 ま で の 医療的な 認知症高齢者へ の 処遇 を、次 の よ うに振 り返 っ て い る。

    老人病院・施設で の 対応 の 実際 は、超大部屋 (20人 くらい 入 れ た り、仕切 りが な か っ た り)で、薬漬

    け、拘束当 た り前、経管栄養 ・点滴ばや りや 尿バ ルー

ン・カ テ

ーテ ル な ど管だ ら け の い わ ゆ る ス パ

    ゲ ッ テ ィー症候群 が 多く、寝か せ きりとい う対応も

一部 に は 見 られ た 。 (室伏 2008: 19)

(8) 近年 は 「行動 お よ び心 理 の 症 状」(BPSD )とい う呼称 も広 く用 い られ て い る が、本 稿 で は 「周 辺 症状」

  を用 い る。

(9) 同 じよ うに 「要介護者」 と 「認知症」 を分離す る 論理 は、V 章の 3で 引用す る B の 手記 に も見 られ る。

(10)  もちろ ん 家族会内で は、「認知症 」とい う概念を参照 しつ つ 、「介護家族以 外 の ア ク ターが 対 応 を改め る

  べ きだ 」 とい う結論 に 至 る こ とは あ る。典型的に は、要介護者 が 介護施設 に入所 中の 場合 で ある。例えば

  家族会 皿 で は、0 (50代女性)が 「施設入 所 中 の 伯 母 に、褥瘡 (じょ くそ う)が で きて い る こ とが 多い の

  だが、伯母 が 訴えない ため、職員は なかなか気 が つ か な い よ うだ」 と相談を寄 せ て い る (Field note  10.217

  ほ か)。こ れ に対 し、他 の メ ン バ ーか らは 「認知症の 人 は モ ノ が 言えない (=適切 な訴 えが で きない )。 だ

  か ら、職員が 気 づ かない とい うの は、言い 訳 に な らな い 。本 人 が 言 えな い の だか ら、私たち (一家族)が

  言 っ てあげな い とい けない 」 (Field note  10.2、17ほ か) とい う応答 が 繰 り返 しさ れ て い る。一連の 相談 の 中

  で、問 題 は、施 設 職員 の 見 回 りの 不徹底 と、0 の 職 員 に 対す る遠慮 の 二 つ の 側面か ら再定式化 され た。要

  介護者 が 介護施設 に入所 して い る 場合 は、当然、施設職員 に大 き な責任が帰属 さ れ る 。 しか し家族 に は、

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  よ り適切 な サービス を求 め、要 介 護 者 の 代 わ りに 「モ ノ を言う」 こ とが 求め られ うる 。

つ まり 「認知症 の

  人 」 は 「モ ノ が 言えな い 」 と して も、「誰が トラ ブ ル を修復すべ きか 」 に は一

定 の 幅 が あ る とい うこ と に な

  る 。 本稿 で は その よ うな幅を見据えた 上 で 、 家族会内で 「現 に相談を して い る家族自身が 対応 を改 め るべ

  きだ 」 とア ドバ イ ス が さ れ る場 面 に、論点 を絞 っ て い る 。

(11) B は、「わか っ て も らい た い か ら 『こ ん な こ と した ら あか ん よ』 な ど と い っ て し ま う と、(略)異常行動

  が倍 に な る 」 と して 、「説得」 や 「怒 る 」 こ と を戒 め る。そ の、ヒで 、具体 的に は、「徘徊が始 ま っ たら、途

  中 で 喫 茶 店 に 誘 い 、疲 れ た ら家 に 帰 ろ う」 な ど、さ ま ざ まな 対処法 を助言す る (匿名調査協力者 2008)。(12) 注 (11)を参照。他 に も例え ば、「仕事 に行 く」 「家 に 帰 る 」 な ど と い っ て 自宅を出 よ うと す る 高齢者 が

  い た場合、「その まま一

緒 に家 を出 て、適当 に会話 をつ づ けなが ら家の 用囲を散策 し、相手が 疲 れ て きた で

  あ ろ うタ イ ミ ン グ で 『そ ろ そ ろ 帰 りま し ょ うか 』 と促す と良い 」 とい うア ドバ イス は、複数の 会で 聞か れ

  る 。 こ れは 要介護者の い うこ と を 「否定せ ず」、か つ 徘徊から事故に至 る こ と を予防す る上 で 、有効だ と さ

  れ る 。

(13) 先行研 究 に お い て、介護 に おけ る 「感情」 や 「心」 をめ ぐる論点は 重視さ れ て きた 。 天田城介 (2007)  は、夫婦 間 介護 を論 じる 中 で 、介護者が要介護者の 「感情」「心」を不断 に 「発見」 して しまうこ とが 大

  きな負担に な っ て い る と論 じた (天田 2007:379−390)一方で 井 口 (2007)は、要介護者が 「内省 過 程」 を

  欠き、意志や感情 とい っ た 「人間性」を喪失した存在 と して 介護者 に捉 えられ る場面 が あ る こ とを指摘 し

  て い る (井 口 2007;255−265)。こ れ に対 し本稿 で み た 「笑顔」 に基 づ く トラ ブ ル修復は、要介護者の 「感

  情」 を 「相互行為」 として 分析す る 必 要 を示 して い る と考え る。ジ ェ フ・ク ル ター

(Coulter 1979=1998)

  が指摘 した よ うに、わ れ わ れ は互 い の 感情 (怒 り、喜び etc.)を不 可 視 の もの と し て 扱 っ て い る の で は な

  く、相互行為 の 状況や相手 の 表情・振 る舞 い などを通 じて、つ ま り慣習的 な理 解 に基 づ い て 社会的場面を

  評価す る こ とで 理解して い る 。 介護者が 要介護者 に一

定の 相 互 行為能 力 を認 め て い る か ら こ そ、「笑顔」 と

  い うトラ ブ ル修復 が 行わ れ て い る こ とは指摘 で きる。(14) 注5で ふ れ た 「行為 を可能 に す る もの として の 規範」とい う理 解 に 立 っ た と き、重要なの は 「私たちは

  そ の 場 に ふ さ わ しい 行為 を す る な か で 、あ る い は 他 人 の 行 為 を そ の 場 に ふ さ わ し くな い と非難 した りす る

  な か で、自分が今どの 規範 に従 っ て い る の か を相手 に 示 して い る 」(小 宮 2007:106) と い う点で あ る。こ の

  「つ い、 して しまう」 と い う相談とそ れ へ の 応 答 は、家族会 とい う場 で の 規範を、お 互 い に チ ェ ッ ク し合 う

  行為 と して も理解 で きる。ま た こ の 「つ い 、して し ま う」 とい う相談が、「自分 は して は な らな い こ と を わ

  か っ て い る」 と 自身 の 道徳的 な 地位 を保 つ もの で あ る こ と に も、注意が 必 要 だ ろ う。お 互 い が そ の 場 の 秩

  序を 「わか っ て い る」 こ とを示す こ と は、メ ン バ ー同士 の や り取 りを支え る上 で 、非常に重要 な要素で あ

  る 。 実際 近 章 で も、R は 「よ くや っ て い る j と い う労 い の 言葉 を受 け て い る が 、も し彼女 の 報告 が 単 に

  「夫を こ っ ぴどく叱 っ た 」 とい うだ けの もの で あれ ば、他の メ ンバー

が 労 い の 言 葉 を か け に く く な る こ と

  は、容易 に 想像で きる e

引用文献

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シ ョ ン 〈 2> 」酒井泰斗 ・浦野蔑 ・前田泰樹・中村和 生 編 「概念分析 の 社会学

  社会的経験 と人 間 の 科学』勁草書房 ,70−73.匿名調査協力者.2008,「認知症 の 夫と歩 ん だ25年一 妻の 手記 か ら』,

付 記  本 稿 は ,日本 学 術 振 興 会 の 平 成 22年 度 科学研 究費補 助 金 (特別研究員奨励費) に よ る 研究成果の一

つ で

あ る。

一 64一

N 工工一Electronlc  Llbrary  

The Japanese Society of Health and Medical Sociology 

NII-Electronic Library Service 

TheJapaneseSociety oE Health and Medical Sociology

vareEfiaftifutk ng22ig2-E- 2011

n!gmo

In this paper, I examine "dementia"

as the eoncept, which indicates "who"

and "how

to" remedy troubies about

care. I anaLyze data col!ected through participant observations and interviews in selfhelp groups (SHGs) thatfamily caregivers of the demented elderly attended. I emphasize the fo11owing four points. First, if elderlies are

represented as "the

demented," they are exempted from the responsibility of remedying troubles, Second,

assigning such responsibilities to "iamily

caregivers" implies that they must provide care by considering that

people with dementia "cannot

think logically, while their emotional abilities are preserved.'' Third, people with

dementia are regarded as ''innocent''

or ''harmless''

as a result of this categorization. Fourth, by parucipating m

SHGs, family caregivers can develop a new frame of interpretation for "troubles

to remedy" in dementia,

-65-