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平成 24 年 1 月 18 日
国立大学法人群馬大学
独立行政法人理化学研究所
生きているマウスで酸化ストレスを見えるように ̶ホタルの発光機構と酸化ストレス応答反応を巧みに組み合わせたマウスの誕生̶ 本研究成果のポイント ○ 様々な健康障害に関わる酸化ストレスを生体レベルで簡便に調査できるツール ○ 日常生活で生じるような弱いストレスレベルにも対応 ○ 生体イメージングの強みを活かし、長期にわたる同一検体での解析が可能 国立大学法人群馬大学(高田邦昭学長)と独立行政法人理化学研究所(野依良治理
事長)は、マウス生体レベルで酸化ストレスを簡便に調べることのできる方法の開発
に世界で始めて成功しました。群馬大学先端科学研究指導者育成ユニット先端医学・
生命科学研究チーム(和泉孝志チーム統括)の岩脇隆夫講師(理化学研究所基幹研究
所中野生体膜研究室客員主管研究員兼任)と及川大輔研究員(日本学術振興会特別研
究員)らによる研究成果です。 地球をとりまく大気には約 21%の酸素が含まれています。多くの生物は、その酸素を取り込むことで呼吸しており、酸素は生命を維持する上で必要不可欠なものと考え
られています。その一方、酸素には有害な一面があります。特に活性酸素と呼ばれる
ものは、化学的に不安定であるがゆえに多くの物質と反応して酸化させる性質を持っ
ています。体内で生じた活性酸素はその性質のために重要な生体分子であるタンパク
質や DNA を酸化し、それらの機能を奪うことが知られています。このような酸化による生体分子の機能障害(酸化ストレス)は、老化や癌、さらには生活習慣病をもた
らす重要な原因とも考えられており、現在まで種々の生命現象や多くの疾患との関連
で盛んに研究が進められてきました。しかしながら、酸化ストレスを生きているマウ
スで簡便に検出・評価できる方法は、今日まで開発されてきませんでした。 研究グループは、ホタルが発光する仕組みと酸化ストレスを受けた際の生体防御反
応を巧みに組み合わせることで、酸化ストレスに曝された細胞や組織が発光するトラ
ンスジェニックマウスの作製に成功しました。ちなみに、このマウスは「OKD48」と名付けられています。OKD48 マウスに人為的な酸化ストレスを引き起こす薬剤を投与すると、全身で酸化ストレスに伴う発光シグナルが観察されました。また、われわ
れが地表で浴びるのと同強度の紫外線(これまでの研究で紫外線、特に UVA波は、酸化ストレスを引き起こすことが知られている)を照射した場合でも、酸化ストレスに
由来すると思われる発光シグナルが検出できました。つまり、OKD48 マウスを用いることで、日常生活で生じるレベルの酸化ストレスを検出することが可能であると考
えられます。 今後、この OKD48 マウスを用いることで、疾患や老化などの健康障害に伴われる酸化ストレスの状態や、抗酸化物質による酸化ストレスの抑制作用などが、発光シグ
ナルを観察するだけで容易に調べられるようになると期待されます。そのような解析
は、将来、ある種の疾患の原因究明につながったり、疾患治療薬や高機能性食品、化
粧品の開発に発展したりと広く社会に貢献できるかもしれません。本研究成果は英国
の科学雑誌『Scientific Reports』電子版に 1月 19日 10時(日本時間 1月 19日 19時)掲載予定です。
1. 背景 地球をとりまく大気には約 21%の酸素が含まれています。多くの生物は、その酸素を取り込むことで呼吸しており、酸素は生命を維持する上で必要不可欠なものと考
えられています。その一方、酸素には有害な一面があります。体内に取り込まれた酸
素の一部は、不安定で多くの物質と反応しやすい活性酸素に変化します。この活性酸
素は、DNA やタンパク質、脂質などの生体分子を酸化し、それらの機能を奪うことが知られています。 最近の研究から、このような酸化による生体分子の機能障害(酸化ストレス)は、
老化や癌、さらには生活習慣病などの様々な疾患をもたらす重要な要因であることが
分かってきました。例えば、糖尿病では糖が酸化されタンパク質と結合した異常な糖
化タンパク質が増加しています。また、動脈硬化を起こした血管では酸化脂質が溜ま
ることにより血管の内径が狭くなった結果、血液の流れが悪くなると言われています。
よって、これらの疾患に対する予防・診断、あるいは治療法を開発する上で、生体内
の酸化ストレスを評価することが必要になります。 これまで、酸化ストレスの評価には、血液や組織のサンプルを用いたマーカー分子
の測定が行われてきました。しかしながら、このような方法には煩雑な操作が必要で、
また、結果が判明するまで多くの手間と時間が必要でした。さらに、抽出したサンプ
ルを用いるため、実際の生きものレベルで、酸化ストレスが「いつ」、「どこで」生じ
ているかを評価することはできませんでした。そこで我々は、これらの問題を克服し、
生きているマウスで利用可能、かつ簡便な、新たな酸化ストレスの検出方法の確立を
目指し研究を行いました。 2. 研究手法と成果 これまでの研究において、酸化ストレスとその解消メカニズムについて次のような
ことが解っていました。酸化ストレス状態に陥ると、それを解消するために抗酸化作
用をもつ遺伝子が体内で活性化されます。この活性化には、Nrf2 とよばれる分子が抗酸化応答性エレメント(ARE:抗酸化作用遺伝子の多くが共通にもつ DNA配列)に結合する必要性があります。酸化ストレスに曝されていないとき、この Nrf2 はKeap1 とよばれる分子によって恒常的に分解されるので、ARE に結合できる Nrf2は減り、抗酸化作用をもつ遺伝子の活性化は低く抑えられています。逆に酸化ストレ
スに曝されているときは、Keap1の機能が抑えられ、Nrf2は分解されずに安定化し、AREに結合できる Nrf2を増加させることで、抗酸化作用をもつ遺伝子の活性化を強く促します(図 1)。 研究グループは、この Keap1および Nrf2による酸化ストレス応答反応を上手く活用した人工遺伝子を作成することで、生きているマウスで簡便に酸化ストレスを検出
できると考えました。まずはヒト由来の Nrf2 遺伝子とホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子を融合し、それを ARE の制御下におくことで目的の人工遺伝子を作成しました。この人工遺伝子を導入した細胞や動物では、酸化ストレスに曝されていないとき、
人工遺伝子の ARE に結合する Nrf2 が少ないため、融合ルシフェラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化作用遺伝子と同様に低く抑えられます。また Nrf2 と融合したルシフェラーゼが合成されたとしても、それは Keap1 の働きにより分解されることになります。逆に酸化ストレスに曝されているときは、人工遺伝子の ARE に結合する
Nrf2 が増加し、融合ルシフェラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化作用遺伝子と同様に強く促されます。もちろん、この状態では融合ルシフェラーゼの Keap1 による分解は起こりません。つまり、この人工遺伝子は酸化ストレスに応じてルシフェラー
ゼの発現レベルを厳密にコントロールできるのです(図 2)。研究グループはこの人工遺伝子を Keap1-dependent Oxidative stress Detector, No.48 にちなんで「OKD48」遺伝子とよび、また OKD48遺伝子を導入したマウスを「OKD48」マウスと呼んでいます。 説明が前後しましたが、ルシフェラーゼは生物発光反応を触媒する代表的な酵素と
して知られています。最近では、遺伝子やタンパク質の発現および活性化レベルを測
定するための指標(レポーター)として色々な生命科学研究の場で利用されています。
例えば、ルシフェラーゼ遺伝子を導入したガン細胞をマウスに移植し、発光基質のル
シフェリンを同じマウスに注射すれば、ガン細胞の増殖および転移の様子が発光シグ
ナルとして観察できます。 このような知見を活かし、実際 OKD48 マウスにルシフェリンを注射したところ、何のストレス処理も施していないものでは、ほとんど発光シグナルを捉えることがで
きませんでしたが、全身性の酸化ストレスを引き起こすことが知られている薬剤を事
前に処理したものでは、体の広い範囲から強い発光シグナルが得られました(図 3)。この結果は、当初の目的である「生きているマウスでの酸化ストレスの簡便な検出方
法の確立」の達成を意味しています。 また、生体イメージング技術の利用により、新たな利点も見出すことができます。
OKD48 マウスを用いた実験では、マウスを犠牲にすること無く、麻酔下で発光シグナルの観察を行えます。これにより、従来は不可能だった、同一検体(マウス)を用
いた連続的な酸化ストレスの評価も可能になりました(図 4)。 さらに、OKD48 マウスは実験室で用いられるような強力な人為的酸化ストレスだけでなく、人が通常生活環境下で曝されるような酸化ストレスをも検出可能です。紫
外線、特に UVA 波は、酸化ストレス源であることが知られており、先に用いた薬剤は通常一般の人が入手できませんが、紫外線には殆どの人が曝されています。OKD48マウスに紫外線を照射した場合、非日常的な強度の紫外線照射(30mW/cm2)はもち
ろん、低緯度地帯で実際に測定される強度の紫外線照射(5mW/cm2)によっても、
有意な発光シグナルが検出できました(図 5)。このことは、OKD48マウスが日常生活で生じるような微弱なレベルの酸化ストレスをも検出可能であることを意味して
います。今回、研究グループがこのような低レベルの酸化ストレスを上手く検出でき
たのは、遺伝子レベルでの活性化コントロールとタンパク質レベルでの安定性コント
ロールを巧みに組み合わせたレポーターシステムを構築できたからに他ならないと
考えています。 3. 今後の展望 今回、私たちの研究では生きているマウスで酸化ストレスを検出する新たなシステ
ムを確立することができました。また、OKD48 マウスには、光を「見る」だけで酸化ストレス状態を評価できる簡便性、紫外線に代表される日常生活レベルの酸化スト
レスをも検出可能な高い感度、さらに、同一マウスを用いて繰り返し酸化ストレス状
態を評価できるなど、従来法にはない多くの利点があります。これらの利点を生かし、
今後は、多くの疾患モデルマウスと OKD48マウスとを交配させ、それにより得られるマウスの詳細な解析を通じ、特定の疾患と酸化ストレスとの関連性が明らかになる
と期待しています。疾患との関連が明らかになれば、その治療薬開発にも OKD48マウスはその有用性を発揮するかもしれません。例えば、酸化ストレスとの関連が明ら
かになった疾患に対し、特定の治療薬がどのくらい酸化ストレスを軽減させるか評価
することが出来るかもしれません。また、紫外線による皮膚の酸化に対して保護作用
を示す物質の探索や抗酸化食品の効能評価などが、OKD48 マウスを用いることでより効率的に行えるかもしれません。さらに別の視点から、OKD48 マウスの発生・成熟・老化過程を丹念に調査することで、生理環境下における酸化ストレス発生機構の
解明にもアプローチしていきたいと考えています。今後、生活習慣病やそれに対する
有酸素運動の効果、酸化ストレスとの関係解明を目的として、OKD48 マウスを利用していくことも計画しています。
図 1 Nrf2 による抗酸化遺伝子群の誘導機構 通常、Nrf2は Keap1と結合し、ユビキチン化されることで分解されます。しかし、酸化ストレス時には、Keap1 が結合しなくなり、Nrf2 が安定化します。その結果、ARE(抗酸化応答性エレメント)という DNA配列を介して、下流の抗酸化作用遺伝子が誘導されます。
図 2 人工遺伝子「OKD48」の作用機序
酸化ストレス可視化用の人工遺伝子は、Nrf2 とホタルルシフェラーゼの融合遺伝子と、その発現を酸化ストレス時に誘導する DNA 配列(ARE)から成り立ちます。通常時、この融合遺伝子は合成(転写)されず、また漏れ出てくる融合遺伝子産物(タ
ンパク質)は Keap1 により分解されるので、シグナルは検出されません(左経路)。一方、酸化ストレス時には、AREに結合した Nrf2により融合遺伝子の合成(転写)が活性化され、さらに産生される融合遺伝子産物(タンパク質)も Keap1 による分解を免れて安定化します。結果、酸化ストレス状態の細胞・組織においてのみ、発光
シグナルが検出されます(右経路)。
図 3 酸化ストレス可視化マウス(OKD48 マウス)の発光シグナル解析
それぞれのマウスに、人為的に酸化ストレスを引き起こす薬剤を投与し、発光シグ
ナルを解析しました。野生型マウスでは、酸化ストレス誘導剤の有無にかかわらず、
全くシグナルは検出できませんでした。しかし、OKD48 マウスでは、酸化ストレス剤を投与したマウスで強い発光シグナルを検出ました。
図 4 OKD48 マウスを用いた連続的な酸化ストレスシグナルの解析
OKD48 マウスに人為的に酸化ストレスを引き起こす薬剤を投与し、酸化ストレスに伴う発光シグナルを検出しました(左)。その後 4 日間飼育すると、薬剤は代謝され、酸化ストレスが解消していました。そのマウスに、再び酸化ストレス剤を投与す
ると、酸化ストレスに伴う発光シグナルが検出できました(右)。
図 5 OKD48 マウスを用いた紫外線照射に伴う酸化ストレスシグナルの解析 OKD48マウスに非日常的な強度の紫外線(UVA波)を照射したところ、酸化ストレスに伴う強力な発光シグナルが検出できました(上段)。また、低緯度地帯で実際
に測定される日常的な強度の紫外線照射によっても、酸化ストレスに伴う有意な発光
シグナルを検出しました(下段)。
連絡先 国立大学法人群馬大学 先端科学研究指導者育成ユニット 講師 岩脇 隆夫(いわわき たかお) 電話:027-220-7956 FAX:027-220-7959 E-mail:[email protected]