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687 平成25 8 26 日受付 連絡先 三沢あき子 617 0006京都府向日市上植野町馬立 8 [email protected] 京府医大誌 122 10 ),687 695 2013 <特集「地域保健の現状と課題」> 母子保健の現状と課題 あき子 京都府乙訓保健所 京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学 CurrentStatusandProblemsofMaternalandChildHealth AkikoMisawa KyotoPrefecturalOtokuniPublicHealthCenter DepartmentofPediatrics, KyotoPrefecturalUniversityofMedicineGraduateSchoolofMedicalScience 乳幼児健診と母子手帳を基盤とする母子保健施策の普及により乳児死亡率は急速に減少し我が国 の母子保健水準は世界最高水準となったしかしながら少子化の急激な進行や社会状況の変化によ 乳幼児健診に子育て支援を組み込むことが重要となり育児の孤立化を防ぐために乳児家庭全戸訪 問事業が行われているまた周産期医療の進歩により新生児死亡が減少し救命率が向上する一方NICU退院後在宅医療的ケアを必要とする子ども達が増えている小児在宅医療には地域も含めた 多機関多職種連携に基づく支援体制の整備が必要であるキーワード:母子保健保健施策・子育て支援児童虐待低出生体重児在宅医療Abstract TheinfantmortalityrateinJapanhasshownadrasticandconstantdecrease. Onepossible explanationforthissuccessfulreductionintheinfantmortalityrateisthewidespreadpracticeof population-basedscreeningandhealthcheckupspromotedthroughtheMaternalandChildHealth Handbook.WiththedecliningbirthrateinJapan,ithasrecentlybecomenecessarytoprovidetomothers notonlymedicalcarebutalsochild-raisingsupport.Infanthome-visitingservicesareaprojectthataims tosupportisolatedanddepressedmothersduringchildcare.Asneonatalintensivecarehasprogressed, theneonatalmortalityratehasshownadrasticdecrease.However,therehasbeenanincreaseinchildren dischargedfromNICUswhorequirecareathome.Throughcooperativeefforts,itisnecessarytoprovide theappropriatesupporttoensurethatallchildrenandmothersarereceivingcomprehensivecare. KeyWords :Maternalandchildhealth,Childhealthcarepolicyandsupport,Childabuse,Lowbirth weightinfant,Homemedicalcare.

母子保健の現状と課題母子保健の現状と課題 687 平成25年8月26日受付 *連絡先 三沢あき子 〒617‐0006京都府向日市上植野町馬立8 [email protected]

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母子保健の現状と課題 687

平成25年8月26日受付*連絡先 三沢あき子 〒617‐0006京都府向日市上植野町馬立[email protected]

京府医大誌 122(10),687~695,2013.

<特集「地域保健の現状と課題」>

母子保健の現状と課題

三 沢 あ き 子*

京都府乙訓保健所京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学

CurrentStatusandProblemsofMaternalandChildHealth

AkikoMisawa

KyotoPrefecturalOtokuniPublicHealthCenter

DepartmentofPediatrics,

KyotoPrefecturalUniversityofMedicineGraduateSchoolofMedicalScience

抄 録乳幼児健診と母子手帳を基盤とする母子保健施策の普及により,乳児死亡率は急速に減少し,我が国

の母子保健水準は世界最高水準となった.しかしながら,少子化の急激な進行や社会状況の変化により,乳幼児健診に子育て支援を組み込むことが重要となり,育児の孤立化を防ぐために乳児家庭全戸訪問事業が行われている.また,周産期医療の進歩により,新生児死亡が減少し救命率が向上する一方,NICU退院後,在宅医療的ケアを必要とする子ども達が増えている.小児在宅医療には,地域も含めた多機関多職種連携に基づく支援体制の整備が必要である.

キーワード:母子保健,保健施策・子育て支援,児童虐待,低出生体重児,在宅医療.

Abstract

TheinfantmortalityrateinJapanhasshownadrasticandconstantdecrease. Onepossibleexplanationforthissuccessfulreductionintheinfantmortalityrateisthewidespreadpracticeofpopulation-basedscreeningandhealthcheckupspromotedthroughtheMaternalandChildHealthHandbook.WiththedecliningbirthrateinJapan,ithasrecentlybecomenecessarytoprovidetomothersnotonlymedicalcarebutalsochild-raisingsupport.Infanthome-visitingservicesareaprojectthataimstosupportisolatedanddepressedmothersduringchildcare.Asneonatalintensivecarehasprogressed,theneonatalmortalityratehasshownadrasticdecrease.However,therehasbeenanincreaseinchildrendischargedfromNICUswhorequirecareathome.Throughcooperativeefforts,itisnecessarytoprovidetheappropriatesupporttoensurethatallchildrenandmothersarereceivingcomprehensivecare.

KeyWords:Maternalandchildhealth,Childhealthcarepolicyandsupport,Childabuse,Lowbirthweightinfant,Homemedicalcare.

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は じ め に

小児保健とは,子どもの健康を保持し,増進していくために必要な効果的な方策を考え,実践していく理論と実践の両面を併せ持つ学問分野である1).小児保健には,病気を未然に防ぐ予防医学の役割と,健康にとって有害な環境や行動及び社会的要因を取り除くことにより,積極的に生活の質を向上させる役割がある.また,子どもが健やかに生まれ,育てられる基盤である妊娠の可能性のある女性すべてを対象とする母性保健と小児保健を結びつけ「母子保健」と言われている.胎児期から始まり,新生児・小児・思春期を経て,次世代を育成する成人期までをひとつのサイクルとして捉える医療の概念が「成育医療」と表現されるようになったが,母子保健も断片的ではなく同様のサイクルでとらえ,「成育保健」として実践していくことが必要である.また,母子保健の実践は,小児科医・産婦人科医の他に,耳鼻科,眼科,歯科,精神科等の医師,そして,保健師,助産師,栄養士,保育士,臨床心理士等,多くの専門職の連携により成り立つ.

母子保健の歴史2)3)

昭和初期の我が国においては,乳児死亡率も高く,妊婦の流産・早産,死産等も高率であった.昭和12年に保健所法が制定され,結核対策とともに妊産婦・乳幼児の保健指導が重点施策となった.昭和17年には,母子手帳の原型となる「妊産婦手帳」が規定され,世界初の妊婦登録制度が発足した.これ以降,保健所における乳幼児健診と母子手帳が我が国の母子保健行政の基礎となった.戦後,昭和22年に厚生省に児童局が設置され,児童福祉法,保健所における妊産婦・乳幼児の保健指導,療育指導,育成医療,養育医療,新生児訪問指導,3歳児健康診査とさまざまな保健福祉施策が実施され,乳幼児死亡率,妊産婦死亡率は急速に減少し,我が国の母子保健水準は著しく改善された(図1).昭和40年には母子保健法が制定され,母と子の一貫した総合的な母子保健施策が推進され,乳児

死亡率等の母子保健水準は世界のトップレベルとなった.平成9年には,母子保健事業の実施主体が市町村に一元化され,住民に身近な市町村が主体となって,妊娠,出産,育児および乳幼児保健に至る一貫した保健サービスの提供が図られている4).

母子健康手帳

母子健康手帳(以下,母子手帳)は,戦争中の昭和17年,「妊産婦手帳」に始まり,戦後まもなく昭和22年の児童福祉法の成立を受けて,昭和23年,「母子手帳」の様式が定まり,昭和40年,母子保健法の制定とともに「母子健康手帳」と改称されて現在に至っている.母子手帳は,我が国の母子保健の推進にきわめて大きな役割を果たしてきた.諸外国もこのような状況を見て,我が国の母子手帳に倣って,このような手帳を普及させようという機運があり,現在,多くの国々・地域で使われ始めている.60年以上の歴史を有する母子手帳であるが,その間には,非常に大きな社会・経済・医療・保健状況の変化があり,手帳の内容もその時々の状況に応じて改正されてきた.また,我が国の乳幼児の身体発育について,10年毎に国の調査が行われており,最近では平成22年に調査が行われた.乳幼児身体発育曲線も含め,平成23年度にかなり大幅な改正がなされ,平成24年4月から改訂版母子手帳が配布されている5).母子手帳の最も重要な意義は,妊娠中から出

産を経て,乳児期,幼児期までの妊婦と子どもの健康に関する重要な情報が一つの手帳で管理されるということであり,その役割は,様々な場面で,様々な時期に,様々な専門職によって実施される母子保健サービスを継続的に保障するツールとなっていることである.

母子保健の現状と課題

1.健やか親子21平成13年から始まった母子保健の国民運動

計画「健やか親子21」は,国民健康づくり運動である「健康日本21」の母子保健分野を担ってきた.①思春期の保健対策の強化と健康教育の

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推進,②妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援,③小児保健医療水準を維持・向上させるための環境整備,④子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減の4つの課題と具体的な数値目標である69の指標を掲げ,母子保健福祉の充実が取り組まれてきた6).今後は,「健やか親子21」の最終評価が行われ,次期計画は他の子育て関連の計画と足並みを合わせ,平成27年度から開始される予定である.

2.乳幼児健康診査乳幼児健康診査(以下,乳幼児健診)は,地

域の子ども全員を対象とした親子の健康を増進するための取組であり,発育や発達の状況を把握し,疾病の早期発見,保護者の育児等様々な相談にも応じ,総合的に実施されている.近年では,核家族化が進み,孤立した子育ての中で母親の育児ストレスは過大となっており,その不安軽減や児童虐待の未然防止の観点からも,子育て支援にも重点がおかれるようになっている.現代の日本において乳幼児健診は,疾病の

母子保健の現状と課題 689

図1 乳児死亡数及び乳児死亡率の年次推移(厚生労働省「人口動態統計」)

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早期発見・早期対応のためのスクリーニング・成長発達の節目における医学的チェックと子育て支援の両者を兼ね備えて実施する必要がある7).子育て支援に重点をおいた乳幼児健診は,

「健やか親子21」でも重要なポイントとされ,実際の健診現場でも広く取り組まれるようになった.少なくとも90%以上の親子が利用する健診の場を,子どもの疾病のスクリーニングの場としてだけでなく,家庭の状況を把握する機会のひとつとして捉え,必要な支援につなげることが重要である.早期から適切な支援を図ることが,虐待の未然防止につながる.実際の健診現場では,子どもの問題の有無や,保護者の困難や不安,子どもへのかかわりの不適切さなどへの気づきから,子育て支援の必要性の検討を始め,保護者の状況や支援方法,その実現性を加味して支援策を立てる.乳幼児健診におけるスクリーニングや保健指

導は実施主体である市町村に委ねられており,地域間格差が存在する現状である.市町村の工夫をいかし,かつ地域格差の是正のためには,市町村と都道府県の重層的連携に基づき,都道府県・保健所が技術的支援をしていくことが重

要であり,指標の設定や評価法の統一も必要とされている.3.児童虐待の増加我が国の特殊合計出生率は1.4にまで落ち込

み,国家存亡の危機といわれる超少子化国家である(図2).さらに,急激な超少子化に対策が追い付かず,子どもを産み育てにくい社会環境となっている.子育てが困難な母親や悩みをかかえたまま孤立する親子が増えている.平成24年度,全国の児童相談所での児童虐待に関する相談対応件数は66,807件におよび,児童虐待防止法施行前の平成11年度に比べ6倍に増加している8)(図3).児童虐待の増加は,一般社会における認識の高まりによる通告の増加も影響しているが,明らかな増加も実感されている.子どもの心身に深い傷を残す児童虐待の未然防止及び早期発見・早期対応は母子保健関係者に課せられた緊急課題となっている.虐待による死亡事例が生後4か月未満に多く,

育児の孤立化が虐待のリスク因子であるため,生後4か月までに乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)が行われている.また,前述の乳幼児健診は,ふるい分けられるだけの

690 三 沢 あき子

図2 出生数及び合計特殊出生率の年次推移(厚生労働省「人口動態統計」)

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場ではなく,親子が地域や関係機関の支援者に出会い,地域につながる場となる貴重な機会でもある.長岡京市においては,京都府OB保健師が運営するNPOが中心となり子育て支援ネットワークを構築し,市の乳幼児健診等から子育て支援市民団体への連携が円滑に行われ,行政と市民のつながりに基づく子育て支援が展開され,虐待の未然防止につながっている9).一方,ハイリスクアプローチによる児童虐待

未然防止策として,京都府においては京都市と京都第一赤十字病院のモデル的取り組みから,府内全市町村と協力医療機関の間で虐待未然防止のための連携が進み,妊娠・出産期からの支援体制が展開されている.4.低出生体重児の増加我が国においては,平均出生体重は35年前と

比較すると250gも低下し,2,950gとなっている.また,低出生体重児の割合が9.5%まで増加している唯一の先進国である(図4).低出生体重児は,将来,生活習慣病を発症する可能性が高いことが,多くの疫学的研究によって示され,胎児期・新生児期の生育環境がその後の健康状態や,生活習慣病の起原の一つであること

が明らかとなっている10).低出生体重児の要因としては,妊婦の高齢化,妊娠前・中の母親のやせ志向・バランスの悪い食生活,喫煙,多胎妊娠等の因子が報告されており,これらの改善に向けて重点的に取り組む必要がある.向日市においては,母子手帳発行時に,母子保健担当保健師が妊婦面談を行い,低出生体重児の予防さらには将来の生活習慣病予防を視野に入れ,妊娠初期からの食生活・栄養摂取に関する教育的支援を組み込んでいる.母子保健法改正により,平成25年4月から未

熟児訪問事業が市町村へ権限移譲された.今回の権限移譲を,都道府県及び保健所は母子保健施策の見直しの機会と捉え,市町村と重層的に母子保健施策の推進を図っていく機会とすることが求められている.5.小児在宅医療支援体制の必要性本邦の周産期医療レベルは世界的に最高水準

となり,周産期死亡率は低下し,超早産児や重症新生児の救命率も改善した.生命予後が改善する一方,気管切開・人工呼吸器や経管栄養などの医療的ケアを必要とする子ども達が増えている11)12).これらの子ども達は,以前はNICUに

母子保健の現状と課題 691

図3 児童相談所での児童虐待相談の対応件数の推移(厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000037b58.html)

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長期入院していたが,NICUを退院して自宅で家族と生活できるように在宅移行への取り組みが始まっている.しかしながら,介護保険制度が確立している高齢者と比較すると,小児在宅療養に対しての支援体制は極めて遅れており,利用可能な社会資源は乏しく,保護者に過大な負担がかかっている現状がある.小児の在宅医療には,病院主治医,地域の家

庭医,訪問看護師,ヘルパー,保健師,療育,リハビリテーション,レスパイト等,多機関多職種の連携に基づく支援が必要となる.また,多機関多職種連携には,コーディネーターが調整役として重要である.介護保険の適応となる高齢者の在宅医療では,このコーディネーターがケアマネージャーとして位置づけられているが,小児の在宅医療においては,ケアマネージャーが存在せず,親自身がすべて調整をしなければならない場合もある.京都府南部においては,山城北保健所が事務

局となり,医療機関,地区医師会,訪問看護ステーション,市町(保健・福祉),療育施設,短期入所施設等が在宅療養児支援を目的として

「たんぽぽネットワーク」を組織し,在宅療養児

が家族と共に安心して在宅で生活できる支援体制の整備に取り組んできた.そのなかで平成23年度に,在宅療養児に関わる関係者が情報を共有し,連携を図りながら児と家族に対して効果的支援を行うことを目的として,連携ツールとしての「たんぽぽ手帳」を京都小児科医会及び京都府総合周産期母子医療センター(京都第一赤十字病院)等の協力を得て作成した13)14)(図5,6).「たんぽぽ手帳」には,入院中の様子,退院時の状況,退院してからの様子,家族,支援関係機関一覧などが記載される.また,退院後の在宅生活について見通しがもてる構成となっており,在宅生活で関わる機関の紹介や支援者からのメッセージも盛り込んだ.保護者からは

「退院時の不安が軽くなった」「母子手帳は記載内容があわず,途中から真っ白.たんぽぽ手帳は支援機関とのつながりを実感でき,子どもの成長記録にもなる」「たんぽぽ手帳を見せるだけで,これまでのようにその都度,何度も説明しなくてよくなった」,関係機関からは「たんぽぽ手帳により,出生時の状況も含めきちんと把握できるので助かる」と活用されている.NICUのある医療機関や関係機関からの「たんぽぽ手

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図4 平均出生体重と低出生体重児割合の年次推移(厚生労働省「人口動態統計」)

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帳の運用を京都府全域に拡大してほしい」との要望を受け,平成25年度から京都府在宅療養児支援事業として展開されることとなった.「子育ては全て母親がすべき」という風潮は,本邦には未だ存在する.NICUに入院となった子ども達の母親は自責の念を抱きやすく,在宅移行に際して全て母親が背負いこんでしまうとリスクマネージメント的にも危険である.退院時に,子どもに必要な支援はもちろんであるが,家族全体の生活を配慮し,レスパイトも含めた家族支援をきちんと調整することが重要である.医療的ケアが必要な子ども達も,自宅で

家族と共に生活することにより確実に発達が促され,それぞれのペースで成長する.家族が子どもとの在宅生活を余裕をもって楽しめ,親が笑顔で過ごせると,子どもの表情は確実に豊かになる.本邦においても,小児在宅医療を親・家族が負担と思わずに生活できるように,充実した支援体制の整備が望まれる.

お わ り に

私は小児科医であり,平成21年に初めて京都府保健所に勤務したが,地域からは,病院では見えない様々なことが見えてきて,臨床経験があるからこそ取り組める課題が山積していた.また,保健所関係の各スペシャリストからは,行政は施策を作り社会を動かしていく大きな力を持っていることも教えてもらい,やり甲斐をもって取り組んできた.昨年,世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部

を視察する機会をいただいたが,国際保健の現場を見る機会となった.WHOの誇る国際ネットワークは,実際の世界各国の現場との顔の見える信頼関係に基づいている.また,どの分野においてもWHO単独ではなく,産官民学のパートナーシップを有効に活用し連携することにより,結果に結びつけていた.地域保健においても同様であり,医療機関をはじめとする様々な機関との顔の見える信頼関係に基づき,各機関が連携することにより,様々な課題を乗り越えていくことが可能となると実感している.京都府において,高度専門医療を担う京都府

立医科大学は,地域医療及び地域保健における役割も大きく,様々な分野における拠点である.また,全国的に行政医師の不足が問題となっているが,保健所医師は医療と地域をつなぐキーパーソンであり,保健所は地域の危機管理をも担う重要な拠点である.若手に魅力のある道筋を作りつつ,京都府及び京都府立医科大学には,行政医師の次世代人材育成を期待したい.

開示すべき潜在的利益相反状態はない.

母子保健の現状と課題 693

図5 在宅療養児支援に必要な多機関連携ネットワーク

図6 在宅療養児支援連携ツール「たんぽぽ手帳」

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1)HaganJF,DuncanPM. In:Nelsontextbookofpediatrics19thedition,editedbyKliegmanRM.

ElsevierSaunders,2011.p13-17.

2)平山宗宏.わが国の小児保健の歴史.小児保健研究 2004;63:17-22.

3)東京都福祉保健局.母子保健事業の歴史と役割.http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kodomo/koho/

tokyo_no_boshihoken.files/1-1rekishi_yakuwari.pdf

4)富沢一郎,高野 陽.母子保健法の改正とこれからの母子保健.BullNatlInstPublicHealth1996;45:133-138.

5)柳澤正義.新しい母子健康手帳.小児内科 2012;

44:1892-1895.

6)山縣然太朗.「健やか親子21」の取り組みとその効果.小児内科 2012;44:1266-1273.

7)平成24年度厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)「乳幼児健康診査の実施と評価ならびに多職種連携による母子保健指導のあり方に関する研究」報告書 研究代表者 山崎嘉久 平成25年3月.8)厚生労働省.社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会.子ども虐待に

よる死亡事例等の検証結果等について(第9次報告).http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv37/index_9.html

9)長岡京市子育て支援ネットワーク.http://nagaokakosodatesienn.web.fc2.com/

10)HansonMA,GluckmanPD.Developmentaloriginsofhealthanddisease:new insights.BasicClin

PharmacolToxicol2008;102:90-93.

11)前田浩利.医療的ケアの必要な子どもへの支援小児在宅医療の現状と課題.小児保健研究 2012;71:

658-662.

12)長谷川功,浅野明美,安藤ルリ子,大久保秀夫,清澤伸幸,幸道直樹,坂田耕一,菅野知子,平井 清,山内英子,有井悦子,竹内宏一,吉岡 博,京都小児科医会子育て支援委員会.「NICU退院後の子どもと家族への支援ネットワークづくり」に関するアンケート調査.日小児会誌 2011;115:961-966.

13)平成24年度地域保健総合推進事業「地域保健の視点で担う今後の保健所母子保健活動の推進に関する研究」報告書 分担事業者 澁谷いづみ 平成25年3月.14)三沢あき子.「たんぽぽ手帳」で連携する地域の支援.月刊母子保健 2013;653:9.

694 三 沢 あき子

文 献

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三沢 あき子 AkikoMisawa所属・職:京都府乙訓保健所・所長

京都府立医科大学大学院医学研究科小児発達医学・併任講師略 歴:1993年3月 山口大学医学部卒業

1993年4月 京都府立医科大学小児科学教室2001年3月 京都府立医科大学大学院医学研究科博士課程卒業2003年4月 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子細胞遺伝研究員2004年7月 京都大学医学部附属病院外来化学療法部医員2005年4月 京都大学医学部附属病院探索医療センター検証部助教2009年4月 京都府山城北保健所医務主幹

京都府立医科大学小児科併任学内講師2012年4月 京都府立医科大学小児科併任講師2013年4月 京都府乙訓保健所所長(現在に至る)

専門分野:小児科学,小児保健学,小児腫瘍学主な業績:1.三沢あき子,足立壮一,高島幸恵,小谷昌代,柳原一広.小児外来化学療法における他児同室での

保護者同伴静脈穿刺処置に関する調査研究.小児がん 2010;47:79-83.

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3.InoueJ,MisawaA,TanakaY,IchinoseS,SuginoY,HosoiH,SugimotoT,ImotoI,InazawaJ.Lysosomal-associatedproteinmultispanningtransmembrane5gene(LAPTM5)isassociatedwithspontaneousregressionofneuroblastomas.PLoSOne2009;4:e7099.

4.SuginoY,MisawaA,InoueJ,KitagawaM,HosoiH,SugimotoT,ImotoI,InazawaJ.EpigeneticsilencingofprostaglandinEreceptor2(PTGER2)isassociatedwithprogressionofneuroblastomas.Oncogene2007;26:7401-7413.

5.三沢あき子,足立壮一,梅田雄嗣,平松英文,渡邉健一郎,松本繁巳,柳原一広,細井 創,杉本徹,中畑龍俊.我が国における小児がん外来化学療法の診療.日小児会誌 2007;111:550-555.

6.MisawaA,InoueJ,SuginoY,HosoiH,SugimotoT,HosodaF,OhkiM,ImotoI,InazawaJ.Methylation-associatedsilencingofthenuclearreceptor1I2geneinadvanced-typeneuroblastomas,identifiedby

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7.MisawaA,HosoiH,ImotoI,IeharaT,SugimotoT,InazawaJ.Translocation(1;22)(p36;q11.2)withconcurrentdel(22)(q11.2)resultedinhomozygousdeletionofSNF5/INI1inanewlyestablishedcelllinederivedfromextrarenalrhabdoidtumor.JHumGenet2004;49:586-589.

8.MisawaA,HosoiH,TsuchiyaK,SugimotoT.RapamycininhibitsproliferationofhumanneuroblastomacellswithoutsuppressionofMycN.IntJCancer2003;104:233-237.

9.MisawaA,HosoiH,TsuchiyaK,IeharaT,SawadaT,SugimotoT.Regressionofrefractoryrhabdomyosarcomaafterallogeneicstem-celltransplantation.PediatrHematolOncol2003;20:151-155.

10.MisawaA,HosoiH,ArimotoA,ShikataT,AkiokaS,MatsumuraT,PeterJ.Houghton,SawadaT.N-MycInductionstimulatedbyInsulin-likegrowthfactorIthroughMitogen-activatedproteinkinase

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著者プロフィール