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外傷などの原因がないのに、膝がこわばる、突っ張るような感じがして歩きづらい、特に動き始める 時に痛くなる…、「変形性膝関節症」は、⽇本では⾼齢⼥性の約3⼈に2⼈に⾒られる関節の疾患で す。「歳のせいだからと我慢しないで。早めに整形外科を受診して、痛みの原因を確かめてもらいま しょう」と話す⼭本精三先⽣に伺いました。 ⼭本 精三 先⽣ ⻁の⾨病院 整形外科部⻑ ドクター プロフィール 東京⼤学医学部卒業。同⼤附属病院整形外科医局⻑、東京都⽼⼈医療センター整形外科 部⻑などを経て、2008年現職。 ⽇本整形外科学会専⾨医・認定脊椎脊髄医・認定リウマチ医 エリア 東京都 タグ 膝痛には体重が⼤きく関係しているということですかそうです。⼈が歩く時には、体重の2~3倍、階段の昇降には5倍以上の負荷が膝にかかって います。ですから20歳の時に⽐べて、20キロも体重が増えている⼈は、特に注意が必要で す。20歳の若者が10キロ、20キロのコメを担いで、何時間もスーパーを歩いている姿を想 像してみてください。膝は悲鳴を上げるでしょう。膝を傷めないためには、適正な体重を保 つことが最も重要です。 第88回 膝痛改善のポイントは体重管理と筋⼒強化。保存的治療で ⼗分な効果が得られなくなったら、⼈⼯膝関節も! 変形性膝関節症の要因は何ですか? ⻑年膝を使い続ければ、軟⾻がすり減ってきます。⾞のタイヤがすり減るのと同じです。変形 性膝関節症とは、膝関節の軟⾻が減ったために起こる関節の痛みや変成・破壊です。軟⾻は、 ⼀度失われると再⽣することはできません ただし、これらの膝の軟⾻の変化は、必ずしも歳のせいだけで起こるわけではありません。⾼ 齢になっても痛みもなくスタスタと歩いている⼈は沢⼭いらっしゃいますし、逆に30代でも膝 が悪い⼈もいるのですから。変形性膝関節症の主な原因は、膝の軟⾻のすり減りですが、すり 減りを起こす要因として注意が必要なのが、特に肥満です。 変形性膝関節症のレントゲン (外反-外側に反っている状態)

第88回 膝痛改善のポイントは体重管理と筋⼒強化。保存的治療で … · 何より大事なのは、患者さんの骨の大きさや変形の状態にあった人工膝関節を選ぶことです。人工膝関節置換術は、膝にイン

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Page 1: 第88回 膝痛改善のポイントは体重管理と筋⼒強化。保存的治療で … · 何より大事なのは、患者さんの骨の大きさや変形の状態にあった人工膝関節を選ぶことです。人工膝関節置換術は、膝にイン

外傷などの原因がないのに、膝がこわばる、突っ張るような感じがして歩きづらい、特に動き始める時に痛くなる…、「変形性膝関節症」は、⽇本では⾼齢⼥性の約3⼈に2⼈に⾒られる関節の疾患です。「歳のせいだからと我慢しないで。早めに整形外科を受診して、痛みの原因を確かめてもらいましょう」と話す⼭本精三先⽣に伺いました。

⼭本 精三 先⽣ ⻁の⾨病院整形外科部⻑

ドクタープロフィール

東京⼤学医学部卒業。同⼤附属病院整形外科医局⻑、東京都⽼⼈医療センター整形外科部⻑などを経て、2008年現職。⽇本整形外科学会専⾨医・認定脊椎脊髄医・認定リウマチ医

エリア 東京都 タグ

膝痛には体重が⼤きく関係しているということですか?

そうです。⼈が歩く時には、体重の2~3倍、階段の昇降には5倍以上の負荷が膝にかかっています。ですから20歳の時に⽐べて、20キロも体重が増えている⼈は、特に注意が必要です。20歳の若者が10キロ、20キロのコメを担いで、何時間もスーパーを歩いている姿を想像してみてください。膝は悲鳴を上げるでしょう。膝を傷めないためには、適正な体重を保つことが最も重要です。

第88回 膝痛改善のポイントは体重管理と筋⼒強化。保存的治療で⼗分な効果が得られなくなったら、⼈⼯膝関節も!

変形性膝関節症の要因は何ですか?

⻑年膝を使い続ければ、軟⾻がすり減ってきます。⾞のタイヤがすり減るのと同じです。変形性膝関節症とは、膝関節の軟⾻が減ったために起こる関節の痛みや変成・破壊です。軟⾻は、⼀度失われると再⽣することはできませんただし、これらの膝の軟⾻の変化は、必ずしも歳のせいだけで起こるわけではありません。⾼齢になっても痛みもなくスタスタと歩いている⼈は沢⼭いらっしゃいますし、逆に30代でも膝が悪い⼈もいるのですから。変形性膝関節症の主な原因は、膝の軟⾻のすり減りですが、すり減りを起こす要因として注意が必要なのが、特に肥満です。

変形性膝関節症のレントゲン(外反-外側に反っている状態)

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膝痛を防ぐ⽣活習慣5原則

⾷事は腹8分⽬1.野菜から先に⾷べる2.間⾷をしない3.毎⽇、体重計に乗る4.毎⽇、適度な運動をする5.

変形性膝関節症の治療法を教えて下さい。

変形性膝関節症の患者さんには、まず、毎⽇きちんと体重を測ること、そして今の体重を増やさないことを指導しています。肥満は、動脈硬化や⾼⾎圧、メタボリック症候群を引き起こす要因でもありますし、特に注意が必要です。しかし、「減量しましょう」と⾔っても、簡単なことではありません。そこで、膝の痛みを訴えてくる患者さんに私が提案しているのは、⽣活習慣を⾒直すことです。①⾷事は腹8分⽬②野菜から先に⾷べる③間⾷をしない④毎⽇体重計に乗る⑤毎⽇適度な運動をする―、この5つに気をつけて⽣活してくださいと話しています。このように⽣活習慣に気をつけた上で、変形性膝関節症の進⾏を防ぎ、痛みを抑えるために保存的な治療法を続けてもらいます。

⼤腿四頭筋の筋トレ 下腿三頭筋の筋トレ 腹筋の筋トレ

⼈⼯膝関節置換術後のレントゲン

⼈⼯膝関節の⼀例

保存的な治療法とは具体的にはどんな⽅法ですか?

膝が痛いと動くことが億劫になるので、外出する機会が減ります。それでも体は元気なので⾷べることに楽しみを⾒出し、体重は増えるのに筋⼒は落ちて、さらに膝痛が増すという悪循環に陥りがちです。そのまま⾞いす⽣活や寝たきりになり、要介護状態になってしまうこともあります。それを防ぐためにも、脚の筋⼒が落ちないような運動を続けることが⼤事です。運動療法ですね。毎⽇、散歩をするなどの有酸素運動と、⼤腿四頭筋を鍛える体操を続けているうちに、膝痛が軽くなったという⼈もたくさんいます。また、変形性膝関節症はO脚になりやすく、膝の内側の軟⾻がすり減りやすいので、それを補うために靴の外側が1センチほど⾼くなるように「中敷き」を⼊れる装具療法も有効です。歩く時に痛みが出る場合は、杖を使うのもいいでしょう。痛みを緩和する薬物療法もあります。ヒアルロン酸を関節内に注射して補充する⽅法も有効です。ヒアルロン酸は、もともと関節内の滑液(かつえき)に多く含まれ、動きを滑らかにし、クッションの役割をもつ軟⾻に影響を与え、膝を守っています。でも、根本的に軟⾻を再⽣しているわけではありません。これらの保存的な治療法を⼗分に⾏っても、思うような効果がでなかったり、常に痛みがあって歩⾏がスムーズにできないほど進⾏してしまった場合には、⼈⼯膝関節置換術を勧めています。

⼈⼯膝関節置換術とはどんなものですか?

変形・破壊された膝関節表⾯を取り除いて、代わりに⼈⼯物を設置する⼿術です。膝関節上下の⾻に⾦属のインプラントを埋め込んで⽀えます。⼿術の⽅法や⼿術器械の進歩は⽬覚ましく、習熟した医師が⾏えば、痛みや機能の回復に安定した成績を得られている⼿術です。膝関節を全部⼈⼯物に取り換える全置換術(TKA)の場合、⼈⼯関節の耐⽤年数は15〜20年ですから、ほとんど⼀⽣、問題なくスムーズな動きを得ることができます。関節の傷んだ部分だけを取り換える⽅法(UKA)もあります。⼈⼯膝関節置換術を⾏う前段階として、膝関節に体重がバランスよくかかるように⾻を切って整える「⾻切り術」も⾏われていました。しかし、近年は、⼈⼯膝関節置換術の成績が⾮常に上がり、効果が出ていますから、多少年齢が若くても⼈⼯膝関節置換術を⾏うケースが増えていると思います。 もちろん⼿術ですから、⿇酔も必要ですし、感染などの合併症の⼼配も全くないとはいえません。⼈⼯膝関節置換術は⾼齢者が⾏うケースが多いので、⼿術前から細⼼の気配りや準備が必要です。

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手術後の様子は?

手術後は、翌日に立ちあがりの練習、2日目から歩く練習を始め、リハビリを続けて2週間くらいで退院するのが普通です。階段の昇降ができるようになるのが、退院の目安になります。退院後も継続して、大腿四頭筋、体幹筋の訓練をしてもらいます。これが、人工膝関節置換術を成功させるポイントです。寝ているだけでは筋肉はつきませんし、体重が重くなるとますます筋肉が衰えてしまいます。実際に、退院後に自分で、一生懸命体操や運動を続けている人は、目に見えて回復し、満足のいく結果を得られています。もうひとつ大事なのは、退院してからも定期的に受診することです。もし人工膝関節の摩耗が起こっていても、なかなか痛みは感じませんから。人工膝関節の周辺に腫れや炎症はないか、緩みが生じていないか、それらを早く見つけるためにも、半年に1度、あるいは年に1度は専門医の目でフォローしていく必要があります。

手術をするのを怖がる人もいると思いますが?

過去には、人工関節の成績が安定しないケースも確かにありました。随分前のことですが、人工膝関節にすると、かえって歩けなくなるのではないか…という不安も根強くあったのかもしれません。でも今は、人工膝関節置換術を受けたほとんどの人が、その成果に満足しているのは間違いありません。痛みは取れるし、膝がまっすぐに伸びて歩き方が綺麗になります。いずれにしても、人工膝関節置換術は、手術の前に保存的治療を十分に行うことが条件です。まず体重を落として、膝の周囲、太ももの筋肉を十分に鍛えて筋力をつけてからの手術になります。

骨密度検査(腰椎)骨粗しょう症かを調べます。 変形性膝関節症のCT

手術前に準備することは何ですか?

何より大事なのは、患者さんの骨の大きさや変形の状態にあった人工膝関節を選ぶことです。人工膝関節置換術は、膝にインプラントを固定して安定させますから、人工関節を支える骨が丈夫であることが大事です。前もって骨粗しょう症の検査を行い、必要な場合は治療もします。もし骨が弱い場合には、手術の際に人工膝関節を十分に支えることができるような工夫が必要になります。輸血が必要になった場合に備えて、手術前に自己血を採っておく施設が多いと思います。しかし、実際には使うことはほとんどありません。出血は少ないし、手術は1時間半程度で終了、人工膝関節置換術はここ数年で非常に進歩しました。もうひとつ、手術を成功させるためにも喫煙はもってのほかです。喫煙すると骨が弱くなります。そして最も重要なのが、手術の前に出来るだけ筋力をつけておくことと、体重を減らすことです。脚の筋力が落ちていると手術後の成績も良くありません。ですので、筋力低下や肥満が見受けられる患者さんには、手術の前に筋力と体重を整えるよう、頑張ってもらいます。また、膝が全く伸びない、曲がらない、歩けないくらい筋力が落ちてしまう前に、手術を受けることを勧めています。

人工関節置換後の歩行の様子(クリックすると動画が再生されます)

術前 人工膝関節置換後(右脚) 人工股関節置換後(左脚)

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努⼒すれば健康な脚(左)と同じくらい曲がるようになります

⼿術後の努⼒も必要なのですね

その通りです。⼈⼯膝関節にしてしまえば、それでもう全てがOKというわけではありません。体重が増えないように、筋⼒を衰えさせないように、⼿術後も継続して努⼒を続けることが⼤事です。筋⼒や、体のバランスが失われると、転倒してしまう危険があります。その予防のためのロコモチェックとロコトレも必要です。せっかく⼈⼯膝関節にして、綺麗に歩けるようになったのです。転んで⾻折…なんてことのないようにしなければなりません。⽚⾜⽴ちやスクワット、椅⼦に腰かけて⽚⾜ずつ上げるなどの⼤腿四頭筋トレーニングを続けて下さい。

※ロコモティブシンドローム:⾻や関節、筋⾁、動きの信号を伝える神経などが衰えて、⽴つ、歩くなどの動作が困難になり、要介護や寝たきりになってしまうこと。またはその可能性が⾼い状態のこと※ロコモチェック:ロコモティブシンドロームを⾒つける簡単な⽬安※ロコトレ:体を動かして転倒を予防するためのトレーニング法

ロコモについて、こちらをご覧ください。

患者さんにメッセージをお願いします。

当院は透析センターも併設しているし、総合的な専⾨診療科もあるので、⾼齢でペースメーカーを⼊れている⼈や⼈⼯透析を受けている⼈、COPD(慢性閉塞性肺疾患)の⼈など、いろいろな合併症を持っている⽅に⼈⼯関節置換術を⾏うことが多いです。⼈⼯関節置換術を専⾨に⾏う単科病院に⽐べると、難しい⼿術になることもありますが、それでも⼿術後は、満⾜な顔で外来に通って来られる患者さんばかりです。実際に、思い切って⼈⼯膝関節置換術を⾏い、毎⽇30分、散歩をすることができるようになったと、⼿術して本当によかったと喜んでおられる90歳の患者さんもいます。その⼈は家の中で毎⽇、⼤腿四頭筋トレーニングを続けているそうです。また、海外旅⾏先から絵葉書を送ってくれる患者さんもいます。⼿術を施した医師としては、そういう患者さんの報告を聞くのが⼀番嬉しい時です。膝の痛みや歩きづらさを我慢しないでください。外に出るのをあきらめて、⾃分で⾃分の⽣活を狭めてしまわないでください。孫と⼀緒に旅⾏に⾏きたい、友達と買い物にも⾏き

たいなど、やりたいことや人生の目標を見つけましょう。変形性膝関節症は、すぐに手術をしなくてはいけない疾患ではありませんが、早めに整形外科専⾨医に相談して下さい