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OATS(Osteochondral Autograft Transfer System)を用いて 膝関節の OCD を治療した犬の 1 例 ○野尻紋美、西戸達郎、山口力 ファーブル動物医療センター・大阪府 はじめにOCD(離断性骨軟骨症)は主に急速に成長する大型~超大型犬種が成長期に関節軟骨を侵される疾患 である。膝関節における犬の OCD は、体重の負荷がかかる外側の大腿骨顆に片側性ないし両側性に発症すること が多い。臨床兆候として疼痛、跛行、進行性の骨関節症が認められる。また膝関節の関節液増量、捻撥音、ROM (関節可動域)の減少、筋肉の萎縮も認められる。早ければ 5~7ヶ月で臨床兆候を示すが、膝関節の OCD は見逃 されることが多くその診断は遅れることが多い。膝関節の OCD に対する一般的な処置には、運動制限・支持バン デージ・NSAIDs・緩和的外科手術等がある。外科治療には新たな線維軟骨の再生を促すことを目的に、病変部の 関節軟骨を取り除き軟骨下骨の出血を認めるまで骨鋭匙による掻爬やキルシュナーワイヤーによるマイクロピッ クを行うものがある。しかしながらこの方法では、関節軟骨や軟骨下骨の構造の喪失や再生された線維軟骨の質 が硝子軟骨よりも劣ること、OA(骨関節症)が進行すること等によって、長期にわたる無痛状態を維持すること は困難で予後が良くないと認識されている。このことから新たな外科治療の開発が進められ、近年 OATS(自家骨 軟骨移植術)が犬の膝関節 OCD の治療法として適用されその手技が確立された。 目的今回我々は、犬の膝関節の OCD 症例に遭遇し新たな治療法として確立された OATS を用いて治療する機会 を得たので、その手術手技や予後に関する検討を行った。 方法症例は左後肢跛行を主訴に来院したバーニーズマウンテンドッグ、♀、6ヶ月齢 である。跛行のグレー ドは 4/5~5/5 で爪先立ちから挙上の状態であった。レントゲン検査にて左大腿骨外側顆の軟骨下骨欠損、軟骨フ ラップの骨化、fat sign を認めた。犬種や月齢、骨欠損の部位から左大腿骨外側顆 OCD が疑われた。関節鏡検査 にて OCD 病変の位置、重症度、範囲を評価し、その他に fat sign が陽性となるような膝関節疾患の併発がないか 調べた。十字靱帯や半月板、膝蓋骨、長趾伸筋腱等に異常は認めなかった。また、ドナーとなりえる領域の関節 軟骨の評価も行った。左大腿骨外側顆 OCD を確定診断した後、鏡下軟骨フラップ切除を行った。その後、傍膝蓋 骨外側関節切開を行い、OATS を用いた軟骨欠損部への自家骨軟骨移植を行った。病変部の大きさに合わせて 8mm のトレパンを用い、2 ヶ所のドナーサイトから軟骨と軟骨下骨を含むグラフトを採取した。グラフトと同じ深さの レシピエントベッドを作製し、グラフトを移植した。定法通り縫合を行い、手術を終了した。術後 5 日間の NSAIDS 投与と術後 4 週間の引き綱歩行までの運動制限を指示した。特別なリハビリ等は実施しなかった。 結果術前はグレード 4/5~5/5 の跛行で患肢に負重せず爪先立ちから挙上の状態であったが、術後2日で負重 を認め術後 42 日で跛行が消失し、正常な歩行へと回復した。術後 5 日間の NSAIDs 投与を除き、術後 1 年間で NSAIDs 投与を必要とするような疼痛の再発は認めなかった。また、術後の合併症はまったく認めなかった。OATS を用いた犬の膝関節外側顆 OCD 病変への自家骨軟骨移植術は安全に実施でき、早期の膝関節の機能改善をもたら すことが可能であった。術前と比較して、自家骨軟骨移植後に本症例の QOL が格段に改善したとの飼い主の評価 も得られた。OATS による治療後 1 年の現時点においても、症例の経過は良好で臨床症状の再発も認めない。 考察本症例に OATS を用いて自家骨軟骨移植術を行った結果、この手術は安全な手術手技でこれまでの報告と 同様に重大な合併症が起こる可能性も低い手術であると予測された。また術後早期の膝関節の機能改善を可能と し、従来の外科治療に比較して術後の歩行状態が良好であった。OATS は従来の外科治療に代わり、犬の膝関節の OCD 治療の第一選択肢として考慮することが可能な方法であると考えられた。現時点での予後調査期間は限られて いるため、今後、治療経験数を増やしたうえで長期的な予後に関する評価を行うに値する治療法であると考えて いる。同時に、今後はより手術侵襲が少ないよう関節鏡下で OATS を実施することを課題に検討していきたい。

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OATS(Osteochondral Autograft Transfer System)を用いて

膝関節の OCD を治療した犬の 1例○野尻紋美、西戸達郎、山口力 1ファーブル動物医療センター・大阪府 【はじめに】OCD(離断性骨軟骨症)は主に急速に成長する大型~超大型犬種が成長期に関節軟骨を侵される疾患

である。膝関節における犬の OCD は、体重の負荷がかかる外側の大腿骨顆に片側性ないし両側性に発症すること

が多い。臨床兆候として疼痛、跛行、進行性の骨関節症が認められる。また膝関節の関節液増量、捻撥音、ROM

(関節可動域)の減少、筋肉の萎縮も認められる。早ければ 5~7ヶ月で臨床兆候を示すが、膝関節の OCD は見逃

されることが多くその診断は遅れることが多い。膝関節の OCD に対する一般的な処置には、運動制限・支持バン

デージ・NSAIDs・緩和的外科手術等がある。外科治療には新たな線維軟骨の再生を促すことを目的に、病変部の

関節軟骨を取り除き軟骨下骨の出血を認めるまで骨鋭匙による掻爬やキルシュナーワイヤーによるマイクロピッ

クを行うものがある。しかしながらこの方法では、関節軟骨や軟骨下骨の構造の喪失や再生された線維軟骨の質

が硝子軟骨よりも劣ること、OA(骨関節症)が進行すること等によって、長期にわたる無痛状態を維持すること

は困難で予後が良くないと認識されている。このことから新たな外科治療の開発が進められ、近年 OATS(自家骨

軟骨移植術)が犬の膝関節 OCD の治療法として適用されその手技が確立された。

【目的】今回我々は、犬の膝関節の OCD 症例に遭遇し新たな治療法として確立された OATS を用いて治療する機会

を得たので、その手術手技や予後に関する検討を行った。

【方法】症例は左後肢跛行を主訴に来院したバーニーズマウンテンドッグ、♀、6ヶ月齢 である。跛行のグレー

ドは 4/5~5/5 で爪先立ちから挙上の状態であった。レントゲン検査にて左大腿骨外側顆の軟骨下骨欠損、軟骨フ

ラップの骨化、fat sign を認めた。犬種や月齢、骨欠損の部位から左大腿骨外側顆 OCD が疑われた。関節鏡検査

にて OCD 病変の位置、重症度、範囲を評価し、その他に fat sign が陽性となるような膝関節疾患の併発がないか

調べた。十字靱帯や半月板、膝蓋骨、長趾伸筋腱等に異常は認めなかった。また、ドナーとなりえる領域の関節

軟骨の評価も行った。左大腿骨外側顆 OCD を確定診断した後、鏡下軟骨フラップ切除を行った。その後、傍膝蓋

骨外側関節切開を行い、OATS を用いた軟骨欠損部への自家骨軟骨移植を行った。病変部の大きさに合わせて 8mm

のトレパンを用い、2 ヶ所のドナーサイトから軟骨と軟骨下骨を含むグラフトを採取した。グラフトと同じ深さの

レシピエントベッドを作製し、グラフトを移植した。定法通り縫合を行い、手術を終了した。術後 5 日間の

NSAIDS 投与と術後 4週間の引き綱歩行までの運動制限を指示した。特別なリハビリ等は実施しなかった。

【結果】術前はグレード 4/5~5/5 の跛行で患肢に負重せず爪先立ちから挙上の状態であったが、術後2日で負重

を認め術後 42 日で跛行が消失し、正常な歩行へと回復した。術後 5 日間の NSAIDs 投与を除き、術後 1 年間で

NSAIDs 投与を必要とするような疼痛の再発は認めなかった。また、術後の合併症はまったく認めなかった。OATS

を用いた犬の膝関節外側顆 OCD 病変への自家骨軟骨移植術は安全に実施でき、早期の膝関節の機能改善をもたら

すことが可能であった。術前と比較して、自家骨軟骨移植後に本症例の QOL が格段に改善したとの飼い主の評価

も得られた。OATS による治療後 1年の現時点においても、症例の経過は良好で臨床症状の再発も認めない。

【考察】本症例に OATS を用いて自家骨軟骨移植術を行った結果、この手術は安全な手術手技でこれまでの報告と

同様に重大な合併症が起こる可能性も低い手術であると予測された。また術後早期の膝関節の機能改善を可能と

し、従来の外科治療に比較して術後の歩行状態が良好であった。OATS は従来の外科治療に代わり、犬の膝関節の

OCD 治療の第一選択肢として考慮することが可能な方法であると考えられた。現時点での予後調査期間は限られて

いるため、今後、治療経験数を増やしたうえで長期的な予後に関する評価を行うに値する治療法であると考えて

いる。同時に、今後はより手術侵襲が少ないよう関節鏡下で OATS を実施することを課題に検討していきたい。

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Courtesy of Dr. J Cook

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考察