8
4 循環器総論 2 解 剖 総 論 図1-1は心臓と血液循環の概略図ですが,外方 から観察すると,図1-2のようになっています。内 部構造は後回しにして,ここでは位置関係を確認 しましょう。 まず,右室・右房は右側,左室・左房は左側に ありますが,それだけではなく,右室・右房は前, 左室・左房は後ろという関係にもあります。した がって,右室は左室の右前方右房は左房の右前 にあると表現した方が正確です(ちなみに,胸 骨背面に最も近接するのは最も前に位置する右室 です)。同様の理由で,右室の肺動脈弁は左室の動脈弁の左前方に位置します。 そして,右房に注ぐ上下の大静脈は左室から出 上行大動脈の右側に位置します。ここで気をつ けていただきたいのは,上行大動脈は右肺動脈を 乗り越えるので,上行大動脈右肺動脈よりも前 に来ることです。また,上大静脈と左右の肺動脈 との関係では,前者が後者の前に位置します(奥 まった場所に位置する肺門に向かう肺動脈は,や や後ろに向かうからです)。 +O2 +CO2 大動脈 肺動脈 肺静脈 下大静脈 上大静脈 左室 右室 右房 左房 左室 右室 右房 左房 図1-1 心臓と血液循環の概略図 大動脈 大動脈 肺動脈(幹) 肺動脈 肺静脈 左心耳 左室 左室 心尖 下大静脈 下大静脈 右室 右室 右房 右房 右心耳 上大静脈 上大静脈 左房 正 面 後 面 図1-2 心臓の外観

2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

  • Upload
    others

  • View
    3

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

� 4 循環器総論

2 解 剖

a 総 論

図1-1は心臓と血液循環の概略図ですが,外方

から観察すると,図1-2のようになっています。内

部構造は後回しにして,ここでは位置関係を確認

しましょう。

まず,右室・右房は右側,左室・左房は左側に

ありますが,それだけではなく,右室・右房は前,

左室・左房は後ろという関係にもあります。した

がって,右室は左室の右前方,右房は左房の右前

方にあると表現した方が正確です(ちなみに,胸

骨背面に最も近接するのは最も前に位置する右室

です)。同様の理由で,右室の肺動脈弁は左室の大

動脈弁の左前方に位置します。

そして,右房に注ぐ上下の大静脈は左室から出

る上行大動脈の右側に位置します。ここで気をつ

けていただきたいのは,上行大動脈は右肺動脈を

乗り越えるので,上行大動脈は右肺動脈よりも前

に来ることです。また,上大静脈と左右の肺動脈

との関係では,前者が後者の前に位置します(奥

まった場所に位置する肺門に向かう肺動脈は,や

や後ろに向かうからです)。

+O2

+CO2

体循環

肺循環

大動脈 肺動脈肺静脈

下大静脈

上大静脈

左室

右室

右房

左房

左室

右室

右房

左房

図1-1 心臓と血液循環の概略図

大動脈大動脈

肺動脈(幹)肺動脈

肺静脈左心耳

左室 左室

心尖下大静脈 下大静脈

右室

右室

右房 右房

右心耳

上大静脈上大静脈

左房

正 面 後 面

図1-2 心臓の外観

Page 2: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

5� 第1章 心臓の構造と機能

第1章

b 心臓の内腔

1)右 房�right�atrium(RA)

右房は全身から戻った血液が入り込む心臓の玄

関です。ここで注目してほしいのは右房に開いた

4か所の出入口です。まず,上半身の血液を集め

た上大静脈と下半身の血液を集めた下大静脈の各

入口があります。次に,心臓を灌流した冠静脈血

が戻ってくる冠静脈洞口があります。そして,右

室に向かう出口(房室弁口)があり,ここには逆

流を防ぐ三尖弁(右房室弁)が置かれています。

前述のように,心臓は2つの直列ポンプなので,

左房とはつながりません。そこには心房中隔が存

在します。なお,図1-3で心房中隔に存在する卵

円窩fossa�ovalisを確認してください(房室弁口

とは離れています)。後に心房中隔欠損症を説明

する際に再度登場します。

2)右 室�right�ventricle(RV)

右室は心臓の最下部に位置し,右房からの血液

を受け入れ,肺に向かって送り出します。すぐ隣

に血液を送り出す心房と異なり,心室は血液を遠

くまで送り出さなければなりません。それには力

が必要なため,心室内には肉柱trabecular�muscle

が飛び出します。特に右室内は著しい凹凸が目立

ち,いかにも住みにくいマンションのようです。

この肉柱のうち,乳頭状に突出したものは乳頭筋

papillary�muscleと呼ばれ,右室には前乳頭筋と

後乳頭筋があります。

前述のように,右房と右室の間には房室弁口が

ありますが,ここは線維輪に取り囲まれ,心内膜

が三角形のヒダ状に盛り上がってできた三尖弁

tricuspid�valve(右房室弁right�atrioventricular�

valve)が存在します。なお,この三尖弁は右室の

所有物です。右室と右房の共有物と思われるかも

しれませんが,三尖弁は乳頭筋によって遠くに飛

んで行かないように,右室にしっかりと固定され

ているからです。つまり,乳頭筋の先端から多数

の腱索と呼ばれる線維が凧糸のように出ており,

これによって弁が心房内に反転しないように支え

ています。そして,心室(乳頭筋)が収縮すると,

この凧糸が引っ張られ,弁がしっかりと閉鎖して

心室から心房へ血液が逆流しないようになってい

ます(図1-4)。

右室には2つの出入口がありますが,その1つ

は前述の房室弁口で,三尖弁を介して右房とつな

がります。もう1つは肺動脈に至る出口(肺動脈

弁口)で,ここには肺動脈弁pulmonary�valveが

あり,右室から肺に送り出された血液が右室に逆

流しないように防いでいます。肺動脈弁口も線維

輪に取り囲まれますが,肺動脈弁は周囲の心内膜

がヒダ状に盛り上がってできたものです。なお,

この盛り上がり方が半月状であるところから,半

月弁semilunar�valveとも呼ばれます。ただし,房

室弁(三尖弁と僧帽弁)と異なり,腱索で固定さ

下大静脈冠静脈洞の開口

肺動脈

右室

前乳頭筋後乳頭筋

右房

卵円窩

上大静脈

図1-3 右房と右室の解剖 図1-4 乳頭筋と腱索

乳頭筋

腱索腱索

大動脈

僧帽弁

上大静脈

三尖弁

下大静脈

左房左房

右房右房

Page 3: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

� 14 循環器総論

d 活動電位�action�potential

脱分極の開始から再分極が完了するまでの電位

を活動電位と呼びます。ただし,骨格筋細胞では

その持続時間(活動電位持続時間action�potential�

duration〈APD〉)が約2msecしかありませんが,

心筋細胞では200〜250msecもあります。この

桁違いの長さは,長いプラトー相によってもたら

されます(第2相と呼ばれます)。プラトー相では

Ca2+チャネル(主にL型)が開口し,細胞内にCa2+

がじわじわと流入します。すると,静止膜電位を

早く取り戻したいK+の動きを打ち消し,ほぼ

0mVの膜電位を維持します。これでは細胞内が

Ca2+だらけになってしまうと思われるかもしれ

ませんが,ある時期から3Na+-Ca2+ポンプ(1分

子のCa2+を汲み出し,その代わりに3分子のNa+

を取り込むポンプ)が働くので,心配いりません。

なお,このポンプは結果的に細胞をプラスに荷電

させるので,プラトー相の維持にも貢献します。

そして,時間の経過とともにCa2+チャネルは閉じ

るので,やがて遅延整流K+チャネルの働きが優

位になり,心筋細胞は再び−90mVに帯電して輪

廻します。

図1-15 脱分極

Na+

細胞内

細胞外

Na+

Na+

Na+

Na+

Na+

Na+

Na+Na+

Na+

Na+

Na+

Na+

Na+ K+

K+

K+

K+ K+

K+

K+

K+

K+

K+

K+

K+

K+

K+チャネルNa+チャネル

細胞内

細胞外K+チャネルNa+チャネル

静止膜電位

刺激刺激

刺激刺激

刺激

刺激

刺激

刺激

膜電位-65mV

Page 4: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

15� 第1章 心臓の構造と機能

第1章

以上の膜電位の動きをグラフに表すと,図1-16

のようになります。なお,これを体表から記録し

たのが心電図です。

3 不応期�refractory�period

a 概 説

心筋細胞がわざわざプラトー相を形成するの

は,長い不応期が必要だからです。

ところで,会社従業員のA子さんは,ある日,

課長から大至急コピーをとるように頼まれまし

た。最初の1枚をコピーしたところで,来客があ

り,お茶を出すように頼まれました。お茶を酌ん

でいたところ,電話が3本立て続けに鳴りました。

電話の応対が終わらないうちに,コピーの追加を

頼まれました。こんなことが続けば,A子さんは

パニックに陥り,すべての仕事を放棄してしまい

ます。

身体の内部でこのような事態が生じては困るの

で,筋細胞は活動電位の持続時間中には次の刺激

に反応しません。この期間を不応期と呼びますが,

骨格筋の活動電位は約2msecしかないので,刺激

を反復すると,ついに収縮しっぱなし(強縮状態)

になってしまいます。他方,心筋が強縮を起こせ

ば,血液は駆出されずに致命的な事態に陥ります。

そこで,不応期を長くして,活動電位の持続時間

中は誰に何を頼まれても応じない頑固さが求めら

れるのです。

b 絶対不応期と相対不応期�absolute�refrac-tory�period�and�relative�refractory�period

不応期は2つに分かれます。1つは絶対不応期

で,どんなに強い刺激を与えても全く興奮しませ

ん。具体的には,脱分極開始時から再分極の約1/�

3の完了時までです(図1-16では下行脚の半分く

らいまでが該当します)。もう1つは相対不応期

で,正常よりも強い刺激が加われば興奮し,絶対

不応期の終わりから静止膜電位に戻るまでの期間

が該当します。

STEP7

心筋細胞から細胞外にK+が漏れるので,負に荷電(静止膜電位)◦�刺激が伝わると,大量のNa+が流入(脱分極によって筋収縮)◦K+が細胞外に流出し,再分極(筋弛緩) ��しかし,Ca2+が流入するので,プラトー相を形成 ∴不応期が長くなって強縮を回避

D心臓のポンプ機能

1 心周期�cardiac�cycle

a 概 説

心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮)

しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

まり拡張期と収縮期を合わせて心周期と呼びま

す。以下ではその伸び縮みの様子を細かくみてい

きましょう。心臓には4つの部屋がありますが,こ

こでは左室に的を絞ります。

1相0

+30mV

-90mV200~250msec

図1-16 心筋細胞の膜電位

2相

3相

4相

膜電位 細胞内

細胞外

Na+

K+

Ca+

0相

Page 5: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

� 28 循環器総論

STEP16

奇脈は吸気時に収縮期血圧が大きく低下して小脈になる 心タンポナーデなどでみられる

2 頸動脈波�carotid�arterial�pulse�wave

a 概 説

頸動脈の脈動は触診でもとらえられますが,測

定器で波形を計測すれば,豊富な情報が得られま

す。頸動脈圧は大動脈起始部の圧を反映するので,

頸動脈波は心機図の一部を構成します。そこで,

p.17の図1-17の心機図から,(A)の大動脈圧の波

形をもう一度取り出しましょう(図2-7)。

まず,心室の駆出期は大動脈弁が開くところか

ら始まり,大動脈弁が閉じるところで終わります。

大動脈弁は急激に閉じるので,小さい振動が生じ

ます。頸動脈波では,この振動が切れ目として記

録され,重複切痕dicrotic�notch(DN)と呼ばれま

す。そして,波形の立ち上がりから重複切痕まで

の長さを測れば,心室の駆出時間を知ることがで

きます。

b 異常パターン

ここでは頸動脈波の異常パターンについて説明

を追加します。

まず,大動脈弁狭窄症(AS)では遅脈となるの

で,波の立ち上がりが遅れ,上行脚隆起波anacrotic�

pulseと呼ばれる切痕を形成します。さらに,開き

にくい弁を無理に開けるので,その動きはぎこち

なく,波の上行部分に振動oscillationが出現し,鶏

の冠のように見えます(鶏冠形成)(図2-8)。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)では速脈となるの

で,波の立ち上がりは急峻です。また,逆流した

血液をもう一度押し出そうとするので,波が二峰

性bisferiens�pulseとなります(図2-8)。さらに,

重症例では大動脈弁が全く閉じなくなるので,重

複切痕が消失してしまいます。

閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の一部でも二峰

性の波を描きますが,大動脈弁閉鎖不全症とは波

形が若干異なります。HOCMでは,収縮期に肥大

した心筋によって流出路が塞がれるため,圧が下

がって凹みを形成します。その後,心臓が狭い道

をゆっくりと絞り出すように血液を送り出すの図2-7 頸動脈波(大動脈圧の波形)

大動脈圧

心音図

心電図

ⅡⅢⅣ

P

R

PQ S

T

(DN)

正 常 二峰性脈 二峰性脈 鶏冠形成 重複脈

HOCM AR

DN

AS 左心機能低下

図2-8 頸動脈波の異常

Page 6: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

29� 第2章 心臓疾患の主要徴候と診察

第2章

で,再び圧の上昇がみられ,結局二峰性になりま

す。ただし,最初の峰は急峻な駆出を反映して尖っ

ていたのに対し,第二の峰はなだらかな半円形を

描きます(図2-8)。

心拍出力の低下した左心不全では,拡張期にも

頸動脈圧の上昇をみることがあり,動きが鈍く

なった末梢の血液が移動する際の反射波と考えら

れます。この場合にも頸動脈波は二峰性となり,

重複脈dicrotic�pulseと呼ばれますが(図2-8),第

二の山は拡張期(重複切痕の後)に登場します。

STEP17

頸動脈波の下行脚に重複切痕〜ここまで収縮期◦ASでは上行脚に切痕ができ,鶏冠状◦AR,HOCMでは収縮期に二峰性

3 血 圧�blood�pressure(BP)

a 血圧の原理

血圧は血流によって血管壁にかかる圧力で,満

員電車で出口に向かって進む乗客が壁を押し付け

る力をイメージしましょう。こんな状態でも物理

学的に説明可能で,Poiseuilleの法則が働きます

(ポアズイユ博士は19世紀のフランスの生理学者

です)。

 P=8ηLQ

� πr4

一見難解ですが,かみ砕くと以下のようになり

ます。まず,Pは血圧,ηは粘液係数,Lは血管の

長さ,Qは循環血流量,rは血管の半径,πは円周

率です。血管の長さは不変なので,無視しましょ

う。すると,血圧は粘液係数,循環血流量,血管

の半径の3要因で決まることがわかります。

第一に,血液の粘稠性が高くなれば(粘液係数

〈η〉が上昇すれば),血圧(P)は上昇します(図

2-9左)。満員電車の乗客が身体に両面テープを巻

きつけていたら,きっと大混乱になるでしょう。

実際に,骨髄腫やマクログロブリン血症などの過

粘稠度症候群では血圧が上昇します。

第二に,循環血流量(Q)が増えれば,血圧(P)

は上昇します(図2-9中)。満員電車の乗客が増え

れば,壁にかかる圧力が強まるのは当然です。実

際に,過剰の輸血や輸液,高Na血症などでは血

圧が上昇します。

第三に,血管の半径(r)が減れば,血圧(P)は

上昇します(図2-9右)。前述の式からわかるよう

に,血圧(P)は半径(r)の4乗に反比例するの

で,半径が1/2になれば,血圧は16倍に上昇しま

す。したがって,血管の半径は他の要因に比べて

はるかに大きな影響を及ぼし,動脈硬化性病変の

血液の粘稠性が上昇 循環血流量が増加 血管半径が縮小

図2-9 血圧上昇の原因

Page 7: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

� 38 循環器総論

d)心膜ノック音�pericardial�knock�sound

拡張早期に聴こえる高調性の過剰心音で,収縮

性心膜炎の特徴です。肥厚した心膜が拡張し始め

た心筋をブロックするので,心室の血液充満が突

然ストップし,ノックしたような音をもたらしま

す(図2-23)。

e)駆出音�ejection�sound

心室の血液駆出時(収縮期)に生じる音です。

その正体は建てつけが悪くなったA弁とP弁の開

放音で(図2-24),これに引き続いて駆出性雑音が

聴こえます。具体的には,大動脈弁狭窄症,肺動

脈弁狭窄症で出現します。

f)収縮中期または後期クリック

  mid�or�late-systolic�click

僧帽弁が左室から左房にはみ出したときに生じ

る音で(図2-25),僧帽弁逸脱症候群で聴こえます。

c 心雑音�cardiac�murmur

1)原 理

心音は弁の開放や閉鎖に伴って生じる比較的短

い音ですが,心周期のどこかで生じる比較的長い

音を心雑音と呼びます。粘性をもった液体が一定

の硬さの管(血管など)を流れるとき,図2-26の

ように層状になります。つまり,血管壁近くを流

れる液体は鈍く,真ん中を流れる液体は素早く通

過して行きます。

この流れを層流と呼びますが,流速が大きく

なったり,その他のいくつかの要因が加わったり

すると,層流が崩れて乱流になります。層流は音

を立てませんが,乱流になると,とたんに音が生

じます。われわれの投げるボールは音を立てませ

んが,プロ野球選手の投げる時速150kmのスピー

ドボールは,うなるような音を立てて飛んで行く

大動脈 肺動脈

肺静脈

下大静脈

上大静脈

左室

右室

右房

左房

左室

右室

右房

左房

図2-22 僧帽弁開放音

拡張早期の高調音

僧帽弁の硬化,肥厚

大動脈 肺動脈

肺静脈

下大静脈

上大静脈

左室右室

右房

左房

左室右室

右房

左房

図2-23 心膜ノック音

拡張早期の高調性過剰心音

肥厚した心膜(心筋の拡張 をブロック)

大動脈 肺動脈

肺静脈

下大静脈

上大静脈

左室

右室

右房

左房

左室

右室

右房

左房

図2-24 駆出音

血液駆出時に生じる音

大動脈弁と肺動脈弁の硬化,肥厚

大動脈 肺動脈

肺静脈

下大静脈

上大静脈

左室

右室

右房

左房

左室

右室

右房

左房

図2-25 収縮中期(後期)クリック

僧帽弁弁尖が左房にはみ出したときに生じる音

左房にはみ出した弁尖

Page 8: 2 解 剖 - kaibashobo.co.jp › sample › naika0503_sample.pdf心臓はポンプなので,伸び(拡張)縮み(収縮) しなければなりません。この1回の伸び縮み,つ

39� 第2章 心臓疾患の主要徴候と診察

第2章

のと同じです。このように,心雑音は血液が層流

から乱流になるために生じます。

層流が乱流に変わるには,以下の数式の値が200

以上になる必要があります。

 2rρV/η

数式中のrは血管の半径,ρは血液の比重,Vは

血流速度,ηは血液の粘性です。Vが大きくなっ

たとき(血流が速くなったとき),ηが小さくなっ

たとき(粘性が下がったとき)には,数式の値が

大きくなるので,乱流になります。

ηが小さくなる(粘性が低下する)病態は貧血

で,しばしば収縮期雑音を聴取します。他方,多

くの心雑音はVの増加が問題となります。出入口

が狭くなった場合(弁の狭窄)には,血液はわれ

先にと争うように出ていくので,そのスピードが

速くなって乱流となります。また,あえて出口か

ら入ってくる場合には(弁の閉鎖不全),もともと

の狭い通路が有効利用されず,機能的にますます

狭くなって通過速度が増加し,乱流となります。

2)聴診上の注意

心雑音を聴取して,「乱流のせいだ」と納得する

臨床医は1人もいません。当然ですが,その背後

に存在する病態を探らなければなりません。

a)時 相

雑音が聴こえる時期が収縮期か拡張期か(それ

とも連続性か)をチェックします。その際に役立

つのはⅠ音とⅡ音です。つまり,Ⅰ音とⅡ音の間

に聴こえれば収縮期雑音,Ⅱ音とⅠ音の間に聴こ

えれば拡張期雑音です。

b)最強点

雑音が最も大きく聴こえる部位とともに,放散

する方向をチェックします。

c)大きさ

音圧(dB)で表現した方が正確ですが,聴診器

では不可能なので,ヒトの耳を基準にしたLevine

の分類を用います(表2-1)。レバイン博士はアメ

リカの内科医で,心雑音を小さい順にⅠ度からⅥ

度まで分けました。なお,例えばⅣ度の雑音はⅣ/

Ⅵと分数を用いて表記します。

d)性 状

ここでは次の三点を取り上げます。

第一は雑音の高低で,圧勾配が大きいと,血流

のスピードが速くなり,高調の音になります。

第二は雑音が徐々に強くなるか,弱くなるか,

不変かという点です。後述のように,これで駆出

性雑音か逆流性雑音かを判断します。

第三は呼吸や姿勢による雑音の変化で,いくつ

かの疾患を疑う所見となります。

3)収縮期雑音�systolic�murmur

a)収縮期駆出性雑音

  systolic�ejection�murmur

心室から血液が大動脈や肺動脈に駆出されると

きに生じる雑音です。駆出の原動力は左室と大動

脈または右室と肺動脈の圧差なので,圧差が大き

くなればなるほど雑音も大きくなります。圧差は

収縮期を通じて漸増漸減するので,雑音も同様の

傾向を示します(心音図はダイヤモンド型になり

ます)(図2-27)。

この雑音を聴く典型例は大動脈弁狭窄症や肺動

脈弁狭窄症です。ただし,これらの弁の器質的疾

患だけでなく,血液の通行量が増えれば弁口が相

対的に狭くなって,乱流を生じます。例えば,心

流速血液

血管壁

図2-26 層 流

表2-1 Levineの分類

Ⅰ/Ⅵ:聴診器で注意深く聴かないととらえられない微弱雑音Ⅱ/Ⅵ:小さいが,聴診器を当てればすぐにわかる雑音Ⅲ/Ⅵ:中等度の雑音Ⅳ/Ⅵ:耳に近く聴こえる強い雑音Ⅴ/Ⅵ:大きいが,聴診器なしには聴こえない雑音Ⅵ/Ⅵ:聴診器なしでも聴こえる大きな雑音