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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21 1 No.17-01 2017年2月21日 2017 年の日本産業を読み解く 10 のキーワード ~ この底流変化を見逃すな ~ 増田 貴司 株式会社 東レ経営研究所 理事 産業経済調査部長 チーフエコノミスト TEL03-3526-2925 E-Mai[email protected] 本稿では、年頭に当たり、2017 年の日本産業を読み解く上で重要と思われるキーワー ドを筆者なりに選定し、解説してみたい。 キーワード選定に当たっては、個別セクターの動向よりも、幅広い業種の企業経営や産 業全般にかかわるテーマを中心に選んでいる。また、巷でよくある「今年のトレンド予 測」や株式市場で材料となる一過性のテーマ探しとは一線を画し、現在、世界の産業の 底流で起こっていて、日本企業の経営に影響を与えそうな構造変化や質的変化をとらえ ることを重視している。 2017 年のキーワードを 10 個挙げると、以下のとおりである。 1.IoTAI・第4次産業革命への対応 2.サイバーセキュリティ 3.コミュニケーションロボット 4.VR(仮想現実)・AR(拡張現実) 5.宇宙ビジネス 6.3D プリンター 7.セルロースナノファイバー 8.インフラ投資 9.越境 EC 10.反グローバリズム T B R 産 業 経 済 の 論 点

T BR産業経済の論点 - nikoichi.s3.amazonaws.com”£業経済の論 … · 2017 年のキーワードを10 個挙げると、以下のとおりである。 1.iot・ai・第4次産業革命への対応

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

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No.17-01

2017年2月21日

2017 年の日本産業を読み解く 10 のキーワード

~ この底流変化を見逃すな ~

増田 貴司 株式会社 東レ経営研究所

理事 産業経済調査部長

チーフエコノミスト TEL:03-3526-2925

E-Mai:[email protected]

■ 本稿では、年頭に当たり、2017 年の日本産業を読み解く上で重要と思われるキーワー

ドを筆者なりに選定し、解説してみたい。

■ キーワード選定に当たっては、個別セクターの動向よりも、幅広い業種の企業経営や産

業全般にかかわるテーマを中心に選んでいる。また、巷でよくある「今年のトレンド予

測」や株式市場で材料となる一過性のテーマ探しとは一線を画し、現在、世界の産業の

底流で起こっていて、日本企業の経営に影響を与えそうな構造変化や質的変化をとらえ

ることを重視している。

■ 2017年のキーワードを 10個挙げると、以下のとおりである。

1.IoT・AI・第4次産業革命への対応

2.サイバーセキュリティ

3.コミュニケーションロボット

4.VR(仮想現実)・AR(拡張現実)

5.宇宙ビジネス

6.3Dプリンター

7.セルロースナノファイバー

8.インフラ投資

9.越境EC

10.反グローバリズム

T B R 産 業 経 済 の 論 点

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1.IoT・AI・第4次産業革命への対応

はじめに

2017 年の一番目のキーワードとして、「IoT・AI・第 4 次産業革命への対応」を掲げること

にしたい。

IoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、第 4次産業革命は、今やメディアで取り上げら

れない日はないほどの注目キーワードとなっている1。しかし、それぞれバラバラに流行語、バ

ズワードのように語られることが多く、その本質が見えにくくなっている。実は、IoT と AI

は単なる流行りのテクノロジーではなく、産業のあり方や人々の生活を変質させる「汎用技術」

2として世の中を変えつつある。これが現在進行中の第 4次産業革命と呼ばれる変化であり、そ

の影響は全産業、すべての個人、リアルの世界に及んでくるものだ

企業がこの時代を生き残るためには、IoT・AI・第 4 次産業革命が産業構造に引き起こす変

化を正しく予測し、そこで自社がどのように競争優位を築くかを考えることが必要不可欠であ

る。つまり、IoT・AI・第 4 次産業革命への対応、戦略の良し悪しが将来の企業の盛衰を決す

ることになる。これが本稿で筆頭のキーワードに取り上げた理由である。

デジタル・IT革命の最終局面が到来

今、デジタル化の大波が企業や組織の競争環境を一変させている。デジタルの波はあらゆる

分野に変革、再編を引き起こし、これまでと違う新たな地平を私たちに見せてくれている。

スマートフォンをはじめ、さまざまなモノに取り付けられたセンサーから時々刻々と膨大な

データを収集・蓄積・分析できる時代になった。こうした中、企業や組織はデジタル技術を活

用して、新しい製品・サービス・事業を生み出し、顧客に新たな価値を提供する動きを見せて

いる。IoT と AI、シェアリングエコノミーが普及し、「デジタルでつながる経済」が一段と拡

大・深化していく中で、企業は新たなテクノロジーが可能にした新たな結び付きを活用したイ

ノベーションに取り組み始めた。

この結果、かつては不可能だと思われたことが、毎日のように可能になっていく。AIの産業

への活用が急速に進む中、SF の世界が現実になろうとしている。本稿で後述するキーワード

「VR・AR」の進化と産業への活用が進めば、現実が 10年前の SFを超えていくといった事態

が起こっても不思議ではない。

このように、IoTやAIの普及に伴う「つながる経済」の深化がもたらす産業構造の変化は広

範に起こっており、この影響を受けない分野を探すのが難しいくらいである。今現在、既存事

業が影響を受けていないとしても、5年後・10年後にも影響が及ばないと言い切れる産業分野

は皆無と言っていいだろう。

IoTの本質は何か

「IoT・AI時代」到来の意味をあらためて考えてみよう。

あらゆるモノがインターネットにつながる IoTの本質は、これまで測れなかったものが測れ

1 筆者は昨年初に発表した「2016年の日本産業を読み解く 10のキーワード」(http://www.tbr.co.jp/pdf

/sensor/sen_179_03.pdf)の中でも、IoTとインダストリー4.0(第 4次産業革命)、AI(人工知能)を取り上げ

ている。 2 汎用技術とは、既存の技術・製品を陳腐化させ、新しい製品への置き換えを大規模にもたらすような技術のこと。かつての産業革命時の汎用技術は、電気、自動車、鉄道などであった。

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るようになったことにある。IT の発達により高性能センサーが安く、小さくなったおかげで、

さまざまなモノ・場所にセンサーを搭載してデータを採取することが可能になった。IoT でデ

ータを収集するのにかかるコストは劇的に低下している。

さらに IoT は AI と組み合わせることで、革新的な成果を生み出せる可能性がある。IoT に

よりこれまで人間の五感では感知、計測できなかった情報を取得した後、これを AI に入力す

れば、人間には見つけることのできない意味やパターンを認識することができ、得られた分析

結果を新たな価値創出や課題解決につなげることができる。

「どんなデータを採取して、それをどのように分析して、その成果を何のために使うか」と

いう営みを新たに行う選択肢と自由度が大きく広がっている。しかもそれを実行する際に、今

やコストはあまり制約にならず、イマジネーションの勝負となっている。

正しい IoT・AI戦略とは

「IoTやAIで何かできないか」と上司に言われて困っているビジネスパーソンが増えている。

これは、IoTやAIが成長を生み出す「打ち出の小づち」だと誤解している点に誤りがある。

IoT戦略、AI戦略を考える場合、多くの企業は、「自社の既存事業に IoT・AIをどう活用す

るか」という発想にとどまっているが、これでは IoT・AI・第4次産業革命への正しい向き合

い方とは言えない。もちろん、既存事業への IoT・AIの有効活用は必要だが、そんなことは第

4 次産業革命などと騒がれなくても、まともな企業なら従来当たり前に取り組んでいることで

ある。

IoTやAIの導入がもたらす効果は、企業の改善活動や業務効率化の延長ではない。自社が何

もしなくても、第 4次産業革命は確実に進展し、その影響は早晩、自社を含む全産業に及んで

くる。これを踏まえて、企業が自社の競争力の維持・強化、ゴーイングコンサーン(継続企業

の前提)のために今何をするかが重要である。この考え方に立てば、企業にとって真に意味の

ある IoT戦略は、次の 2つであろう。

①「IoT・AIを使えば、今までできなかったどんな新事業ができるか」を考えること。

②IoT・AI の進展が産業構造にどのような変化(パラダイムシフト)をもたらすかを予測し

て、その変化を生き残るために自社の事業定義を見直すこと。

ロボット

自動車ドローン

ウエアラブル

図表1 IoTビジネスの事業開発イメージ

モノから情報を収集する技術

モノ= IoT端末 クラウド

ビッグデータ解析

人工知能(AI)センサー

問題解決

課題解決

価値をヒトにフィードバック

出所 : 各種資料をもとに東レ経営研究所作成

ハード ソフト サービス ビジネスモデル

(センシング技術)

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IoT・AIを活用した新事業開発

①について補足しておこう。

IoTやAIがこれほど騒がれている理由は、これらが業界の垣根を越えた連携と融合を促し、

異業種間の競争とコラボレーションを活発化させ、既存の事業や産業にかつてない変化を引き

起こすからである。ITの進化で異分野の新規事業に乗り出すコストやハードルは下がっており、

柔軟な発想力と行動力があれば、大きな商機をものにすることができる。

したがって、企業が取り組むべき課題は、IoT・AI を使って今までできなかったどんな新事

業ができるかを考えることである(図表1参照)。

例えば、米国の IT 企業は続々と従来の枠組みを飛び出し、自動車、ロボット、物流、農業

などさまざまな産業に進出し、既存の業界構造・事業モデルを破壊しようとしている。

「自分の業界になじむ IoTとAIの活用方法を教えてほしい」「同業他社の IoT・AIの取り組

みを知りたい」といった質問をしばしば耳にする。だが、こうした業種の枠にこだわる発想で

は、新しい産業革命の時代を生き残ることは難しい。特定の業種に一律に有効な IoT・AI戦略

など存在しない。そもそも既存の業界構造が崩壊し、「何でもあり」の世界となって、内外の企

業が新たな挑戦と枠組みづくりを始めたからこそ、「産業革命」と称されるのである。「あなた

の会社が取り組むべき IoT事業は何か」は誰も教えてくれない。自分自身で考えるしかない。

IoT新規ビジネスの難しさ

日本企業にとって、既存の枠組みを越えた IoTビジネスを開発することは、これまで慣れて

いないだけに難しい。

闇雲にモノをインターネットにつないでデータを取っても、つないだモノ自体がたくさん売

れて恩恵にあずかれるわけではない点が、頭の堅い人間にとって難しいところだ。IoT 導入で

つながっていなかったものがつながり、測れなかったものが測れるようになると、そのデータ

をどこで活用して価値創出・課題解決につなげて収益化するか、といった「風が吹けば、桶屋

がもうかる」式の新しい事業モデルを考案することが必要になる。

日本企業(特に製造業)は、このような発想や行動に不慣れであるが、今後はこれに慣れて

得意になるしか道はない。IoT 時代には、製造業の競争軸はモノの製造・販売だけでなく、モ

ノを介した顧客価値の提供全般へと広がる。製造業も、デジタルデータを使って人々や企業が

何を欲しがっているのかを知り、ハードとソフト・サービスを融合させて、顧客や社会の課題

解決に貢献するビジネスモデルに移行していくことが求められる。

もう一つ、日本企業の IoT新規事業には乗り越えるべき壁がある。それは第 4次産業革命に

対する社内、経営陣の正しい理解と認識である。本物の IoTビジネスの取り組みは、従来の枠

組みや業界常識を越えた発想ができない多数派の目から見れば、「それを当社がやる意味がわ

からない」「戦線を広げすぎ」「大企業の当社がやるには、見込める市場規模が小さすぎる」な

どと受け取られ、社内で理解されにくいため、せっかく企画立案されても、つぶされてしまい

がちだ。

この難関を乗り越えて将来への布石が打てるかどうかが、数年後の企業の盛衰を左右する可

能性があろう。

構造変化を生き残るため自社の事業定義を見直す

次に、正しい IoT・AI戦略の②について説明したい。

IoT・AI・第 4 次産業革命がもたらす構造変化は、必ずしも自社にとって好ましいものでは

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ない。今企業に求められる行動は、迫り来る産業の大変化を見据えて、将来、自社の既存事業

を脅かしたり、自社の競争力を奪ったりするような展開が起きることを予見し、自分たちが何

を手掛ければ生き残れるのかを真剣に考え、将来の競争力の維持・強化のための仕込みを行う

ことである。

これは、特に大企業にとって重要な視点である。もちろん大企業も自らイノベーションを起

こそうと努力しているが、既存の業界秩序を壊すような革新的イノベーションを起こす確率が

高いのは伝統的大企業ではなく、異分野の小さくて新しい企業である3。したがって、IoT・AI

時代に大企業が注力すべきイノベーション戦略は、「他社(異業種の新参企業)が不連続なイノ

ベーションを起こした時の既存事業の防衛戦略」を、常に先手を打って講じることである。そ

の際に欠かせないのは、自社の事業定義の見直しである。

デジタル化が迫る「価値の再定義」

デジタル化の本質は、「価値の再定義」を迫られることである。あらゆるモノがつながり、デ

ジタル化の波が及んできたからには、企業は製品・サービス、企業のあり方を再定義する必要

がある。

例えば、米GEは航空機エンジンで圧倒的なシェアを握るメーカーだが、エンジンに搭載し

たセンサーで顧客(航空会社)のデータを収集・分析・活用して燃費を改善する飛行プランや

運行方法を航空会社に提案する「情報販売業」へと自社の提供する価値を再定義している。

自動車がコネクテッドカーや自動運転の時代となれば、クルマは所有するものでなく利用す

るものとなり、自動車は「移動という価値を生む生産財」になる。自動車関連産業はこれに対

応した事業定義の見直しが急務となっている。

自分たちが提供する価値を見直して自社の事業を再定義するための有効な手法の一つは、異

なる層のデータをつなげることである。異なる層のデータをつなげて「価値の再定義」を行う

ことは、多くの場合、単独の企業では限界がある。企業や業種の枠を超えたコラボレーション

を進め、他社のリソースを活用することが重要になる。

日本企業も IoT時代のビジネス変革に乗り出した

本稿で見たように、幅広い産業にパラダイムシフトが起こっている中、企業が生き残りのた

めに必要な IoT・AI戦略に乗り出しているかどうかを判断する簡便な指標がある。それは、そ

の企業が既存の業界・事業の枠組みを越えた動きをしているかどうか、異分野の企業とのコラ

ボレーションを進めているかどうかを見ることである。

この点について、最近の日本企業の動向を見ると、図表2に示すように、2016年に日本企業

が IoT・AI関連で異業種・ベンチャー企業とのコラボレーションに取り組む事例がかつてない

ほど活発になっている。これは、日本企業の将来にとって明るい材料と言えよう。

トヨタ自動車は、2016 年 5 月、ライドシェア(相乗り)サービス大手の米ウーバーテクノ

ロジーズと資本・業務契約を締結。同年 10 月には個人間カーシェアを手掛ける米ゲットアラ

ウンドに出資した。国内でも駐車場シェアサービスを手掛けるベンチャー、akippaと資本・業

務提携を結んだ。これは、IoT、AI、シェアリングエコノミーなどの普及によって、クルマの

位置づけや所有や利用の姿が変わろうとしている中、破壊的イノベーションによって将来自社

3 これは、15年以上前にハーバード大学のクリステンセン教授が指摘して以来、多くの識者の共通見解であり、

経験側でもある。

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が競争力を失うことのないように、全方位的な目配りをしつつ、新たなビジネスモデルにも布

石を打っているものと考えられる。

このほか 2016 年には、これまで自前主義を貫いてきたファナックが、ロボットなど自社製

品のプラットフォームになる「フィールドシステム」の開発で米シスコシステムズ、米制御機

器のロックウェルオートメーション、AIベンチャーのプリファードネットワークスなどとの提

携路線に舵を切った。

2017 年は、日本企業が第 4 次産業革命の荒波を生き残るために、既存業務の枠組みを越え

た分野で新たなテクノロジーが可能にした新事業開発に取り組む動きが活発になり、これに伴

って異業種・異分野の企業とのコラボレーションが頻発する年になるだろう。

図表2 最近の日本企業の異業種・ベンチャーとのコラボレーション事例

企業名 取り組み内容

 清水建設 と 米VC日本と米シリコンバレーに本拠を持つベンチャーキャピタル(VC)、ドレイパーと連携。ビッグデータ、AI、ロボット等の知見を取り入れ、現場の省力化につなげる狙い。

 パナソニック と 米IBM 提携してAI(人工知能)を活用した住宅向けサービスを開発。欧州を皮切りに世界で展開。

 タカラトミーとNTTドコモ 対話型ロボット「OHaNAS(オハナス)」を共同開発してシーテック(2016年10月)に出展。

 東レ と NTT生体情報を取得できる繊維を使った「スマート衣料」で医療分野に参入(共同開発している「hitoe」ブランド)。2017年から病院向けに販売。

 ホンダ と ソフトバンク AI(人工知能)を使った自動車(コネクテッドカー)の運転支援システムを共同開発。

 GEジャパン米GEの日本法人、GEジャパンは、日本の企業や研究機関の技術を発掘するため技術公募を実施。中小・ベンチャー企業との協業による新製品開発を推進。 [例] パワーシステム(現アイオクサスジャパン)の蓄電器技術を応用したMRI(磁気共鳴断層撮影装置)の開発

 NTTドコモ と DeNA 提携して自動運転技術の開発に乗り出す。路線バスでの実用化に向けた実証実験を開始。

 トヨタ と 米ウーバートヨタ自動車は配車アプリ世界最大手の米ウーバーテクノロジーズと資本・業務提携。米国でライドシェアのドライバーにトヨタ車をリース販売する。

 パイオニア と 独ヒアパイオニアはドイツ地図情報大手のヒアと協力して、自動運転用の地図システムを開発する。2016年度内に実証実験を開始。

出所 : 各社リリース資料、各種新聞記事より作成

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2.サイバーセキュリティ

サイバーセキュリティ事件が日常的な出来事に

あらゆるモノがインターネットにつながる IoT時代を迎え、インターネットに接続するモノ

が増えるに伴い、サイバー攻撃によるリスクが増大している。

サイバー攻撃が世間で話題になり始めた 2000 年頃は、ハッカーが不特定のサイトを面白半

分に攻撃するものが大半だったが、2010年頃からサイバー犯罪の悪質化が進み、経済的利益を

得る目的や国家の指示により重要インフラや企業などを狙った標的型のサーバー攻撃が増加傾

向にある。

警察庁によれば、2015 年に警察が報告を受けた標的型メール攻撃4の件数は 3,828 件と前年

の 2 倍以上の過去最多となっている(図表3)。標的型メール攻撃の中でも、多くのターゲッ

ト(標的)に対して同じ内容の攻撃メールを使う「ばらまき型」が近年急増しており、2015

年には全体の 92%を占めるにいたっている。

標的型メールの手口(2015 年)に関しては、全体の 89%が非公開のメールアドレスに対す

る攻撃で、全体の 77%では送信元メールアドレスが偽装されていた。これらは「Web などに

公開しているアドレス宛てに届けられたメールには要注意」「知らないアドレスから送られた

メールには要注意」といった指導だけでは危機を防げないことを示している。

2016年には感染したシステムのデータを暗号化して人質に取り、解除料を要求する「ランサ

ム(身代金)ウエア」と呼ばれるウイルスが急増した。

0

1,000

2,000

3,000

4,000

2012 2013 2014 2015

(件)

出所 : 警察庁 「平成27年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢

について」

(年)

図表3 標的型メール攻撃の件数

4 標的型攻撃メールとは、不特定多数の対象にばらまかれる通常の迷惑メールとは異なり、対象の組織から重要な情報を盗むことなどを目的として、組織の担当者が業務に関係するメールだと信じて開封してしまうよう

に巧妙に作り込まれたウイルス付きのメールのこと。

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今やサイバーセキュリティ事件は世界各国・各社で日常的な出来事になっている。

中小企業がサイバーセキュリティ被害を受ける事例も増加傾向にある。経済産業省「中小企

業白書 2016年版」によれば、中小企業の約 35%が何らかのサイバーセキュリティ被害にあっ

ており、売上規模 10億円以下の企業に限ると約 65%の企業がサイバーセキュリティ被害にあ

っている。

あらゆるものがトラッキングされる時代

IoT の設計の本質はデータの追跡であり、追跡可能なクラウドに接続されるものはすべてト

ラッキングされる。これは、あらゆるものがトラッキングされる時代になったことを意味する。

IoT が普及すれば、私たちの身の回りは日常的にトラッキングを行っているデバイスやシス

テムだらけとなる。自動車の交通、ドローンによる監視、携帯電話の位置情報・通話記録、防

犯カメラ、共通ポイントカード、電子マネー、写真の顔認識、ウェブでの活動、ソーシャルメ

ディア、検索サービス、ストリーミング・サービスなど、挙げ出せばきりがない。

2002年に公開されたアメリカの SF映画「マイノリティ・リポート」では、将来の社会では

監視が進み、犯罪が起きる前に犯人を逮捕するようになるという話が描かれた。公開当時には

これは非現実的な話と思われたが、現在なら起こっても不思議ではない5。IoT の普及により、

以前は計測できなかったものが定量化され、デジタル化され、追跡可能になった。顧客データ

がビジネスにおける新たな金脈になったため、企業はますます多くのデータを集め、インター

ネットにつないでいく。こうして、あらゆる人間の行動がトラッキングされることが当たり前

の時代になりつつある。

新たなテクノロジーのおかげで、悪意のある者の手にかかれば、詐欺や盗難、スパイ、テロ

などが発生するリスクが高まっている。地球規模のつながりのせいで、比較的簡単なハッキン

グで雪崩のようにトラブルが連鎖的に発生し、制御できない規模に広がる可能性も高まってい

る。

IoT進展で高まるサイバーセキュリティの重要性

インターネットに接続する航空機は,航空電子システムに不正なアクセスを受ける潜在的可

能性がある。コネクテッドカーや自動運転車が走行中にハッキングを受ければ制御不能になる。

ネットに接続されて利便性が向上した家電製品も、サイバー攻撃による遠隔操作を受ける危険

性があり、例えば暖房器具であれば,火災を引き起こすおそれもある。

このように、IoT が進展して世の中が便利になればなるほど、サイバーセキュリティの問題

が増えていく。だからといって、人間はモノをインターネットにつなぐことを止めて、便利で

楽しい生活をあきらめたりはしないものだ。新しいテクノロジーによって生み出される新製

品・サービスの楽しさや便利さを享受するために、サイバーセキュリティ対策に真剣に取り組

むという道を選択するだろう。

新たなテクノロジーの恩恵は、セキュリティが確保されて初めて得られるものである。そも

そもインターネットが世界中でビジネスツールとして使われるようになったのは、サイバーセ

キュリティの技術が登場したおかげである。デジタルでつながるモノ(IoT 機器)が増加すれ

ばするほど、サイバーセキュリティ確保の重要性が増し、経営者はサイバー防衛に対する深い

5 ケヴィン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの』(2016年)の中でこのエピソードが紹介されてい

る。

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関与と対策の強化を求められるようになる。

それにもかかわらず、日本企業のサイバーセキュリティに対する意識は総じて低く、取り組

みは遅れている。情報処理推進機構(IPA)の調査によると、日本企業ではサイバー攻撃を受

けた場合の発覚ルートが「わからない」との回答が 5割を超えており、世界平均(約 2割)よ

りもかなり高い。

経済産業省は 2015年に「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」を策定、2016年には「IoT

セキュリティガイドライン」を策定し、周知徹底を図っている。今後は、サイバーセキュリテ

ィ対策を怠って情報漏洩などが起こった場合、その責任を問う声が高まることが予想される。

サイバー危機解消が成長産業に

サイバーセキュリティは危なくて気持ち悪いから目をそむけて無策でいるということは許さ

れない。IoT や第 4 次産業革命が後戻りすることが考えられない以上、IoT の進化とサイバー

セキュリティの進化は同時並行で進んでいく。

今後あらゆる産業で IoTが普及していく中、サイバーセキュリティの危機解消ビジネスは一

大成長産業になると予想される、サイバー攻撃の危機が深刻化、複雑化すればするほど、その

解決手段を模索し、開発、提供することが大きなビジネスチャンスとなる。

国内サイバーセキュリティ市場の規模は 2015 年度で 9200 億円にのぼると推計されており

(図表4)、今後も成長が見込まれる。

日本企業の間でも、IoTの危機解消を商機につなげる動きが見られる。日立製作所は、2016

年 7月、国際基準で定められた制御システムの管理手法である「CSMS構築支援サービス」の

提供を開始し、企業のサイバーセキュリティ対策を支援するビジネスに乗り出している6。

図表4 国内サイバーセキュリティ市場規模の推移

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

2013年度 2014年度 2015年度見込 2016年度予測

サイバーセキュリティサービス市場

サイバーセキュリティツール市場

(億円)

出所 : JNSA 「2015年度 情報セキュリティ市場調査報告書 V1.02」

6 日経ビジネス 2016年 10月 31日号「サイバー無策 企業を滅ぼす」。

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10

また、パナソニックは、2016年 10月、IoT機器に組み込むセキュリティソフトウエアの外

販に乗り出した7。パソコンに比べて処理能力が劣る IoT機器に実装しても安全性を確保できる

ソフトウエアで、専門技術者でなくても簡単に IoT機器に実装できる点をアピールしている。

活況を呈する自動車のサイバーセキュリティビジネス

今とりわけ注目が集まっているのは、自動車のサイバーセキュリティである。

2015年 8月、欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の SUV(多目的

スポーツ車)に搭載された専用無線回線にセキュリティの穴が発見され、その穴から不正な命

令を送り、無線を介して車体にアクセスして遠隔操作できることが明らかになった。これを受

け、FCA は 140 万台の自主リコールに踏み切ったが、この事件を機に、サイバー攻撃からど

う守るかという課題が自動車の安全の重要テーマに浮上した。

コネクテッドカー(常時インターネット接続され、OS やアプリで様々なサービスの提供を

受けられる車)の開発と普及が進む中、「サイバーセキュリティ対策のないクルマは危険なクル

マ」という烙印を押される時代がすぐそこまで来ている。コネクテッドカーの実用化は現在各

社が開発を急いでいる自動運転の実現のためにも必須であるため、セキュリティ対策の重要性

は非常に大きい。

こうした中、図表5に示したように、自動車のサイバーセキュリティ事業を展開する企業が

増加している。

現在市販されている自動車でサイバー攻撃の対策がなされているものはほとんどないと言わ

れ、クルマのハッキング対策は急務である。今後自動車のセキュリティに必須とされるのが、

無線通信で電子制御ユニット(ECU)のソフトウエアを遠隔更新するOTA(Over the air)で

ある。OTA では米テスラ・モーターズ社が先行しているが、トヨタ自動車や独 BMW 社も導

入に向けて動いている。自動運転車のセキュリティでは、OTA に加えて侵入検知システム

(IDS)を導入する検討も進んでいる。

自動車のサイバーセキュリティ分野は有望成長事業と目されており、今後も参入企業が増え

ると予想される。

図表5 自動車のサイバーセキュリティ事業を展開している企業の事例

社名 内容

 アドソル日進 車載用基本ソフト(OS)へのウイルス感染を最小限に抑える米リンクス社のソフトを発売。

 米シマンテックの日本法人 人工知能(AI)を使った、自動車へのサイバー攻撃を検知するソフトを販売。

 パナソニック 車載ネットワーク「CAN」の不正信号の検知装置を開発。

 イスラエル・タワーセック自動運転車やコネクテッドカー向けのサイバーセキュリティソリューション事業で日本市場に参入。車載用電子制御ユニット(ECU)に直接組み込むハッキング対策用ソフトウエア技術を提供。

 クラリオン独自に開発した車載情報機器向けセキュリティシステム構築ツールを新製品の開発工程に導入。

 日立製作所

自動運転車の実用化に必須となる電子制御ユニット(ECU)更新技術の提供を2018年に開始する(高度なセキュリティ対策も備えたもの)。日立オートモティブシステムズとクラリオン、日立の情報・通信システム部門が協力し、無線による遠隔ソフト更新(OTA)ソリューションを開発。

 STマイクロエレクトロニクス 車載コントローラー開発。ネットからの不正侵入を防止する。

出所 : 新聞記事等をもとに作成。

7 日刊工業新聞 2016年 10月 28日。

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11

3.コミュニケーションロボット

AIを搭載したサービスロボットの台頭

国内で設備投資が盛り上がりに欠ける中、産業用ロボットの受注が世界的に好調である。人

件費の高騰や人手不足の解決策として、工場の自動化に対するニーズが旺盛なことを反映して、

日本ロボット工業会による産業用ロボットの出荷台数は、2016年 10~12月期に 41,357 台と

14期連続で前年同期を上回り、四半期で過去最高を更新した。

ロボットといえば、こうした産業用ロボットに目が向きがちだが、近年のロボット産業・市

場の新たな潮流として注目すべきはサービスロボットの台頭である(図表6参照)。ロボットは

工場などの生産現場で使われる産業用ロボットと、それ以外のサービスロボットに大別される

が、このサービスロボットがAI(人工知能)を搭載することで多様な進化を遂げ、さまざまな

用途で使われ始めている。

サービスロボットは、人間の能力の拡張・補助・生活支援等の目的で使用され、医療用、警

備用、介護用、ペット用途、接客・案内用などのカテゴリーがある8。なかでも最近特に注目さ

れているのは、主に接客・案内用に使われるコミュニケーションロボットの台頭である。コミ

ュニケーションロボットの代表としては、ソフトバンクの「Pepper(ペッパー)」が挙げられ

る。

図表6 2035年までのロボット産業の将来市場予測

(注) ロボテク(RT): ロボットテクノロジーの略

出所 : NEDO 「2035年に向けたロボット産業の将来市場予測」(2010年4月23日)

(兆円)

8 本稿におけるサービスロボット、コミュニケーションロボットの記述は、野村総合研究所長谷佳明氏『サービスロボット」の最新動向』(2016年 3月)を参考にした。

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活用が進むコミュニケーションロボット

コミュニケーションロボットは、音声対話により容易に操作ができ、生活空間で安全に利用

でき、愛着のわく会話やしぐさで人と接するといった特徴を持つ。さらに、顔認識や人物特定

機能、通信機能、使用者に最適化する学習機能などを備えていることが多い。

かつてのコミュニケーションロボットは、ホンダの「アシモ」など、すべて自社開発による

ロボットだったため高額であった。しかし、最近のコミュニケーションロボットは、汎用 OS

(「Robot Operating System(ROS)1.0」等)や汎用ミドルウエアによるサービスを利用して

いるほか、駆動機能の絞り込みと構造の単純化を進めるなどして、低価格化を実現しているこ

とから、普及が進み始めている。

人間と協働するパートナーとして存在感

従来、ロボットとは、センサー(感覚)、知能・制御系、駆動系の3要素を備えた機械である

と捉えられてきた9。

最近では IT 分野の技術の進化とロボットが融合することで、コミュニケーション機能を備

え、AIを搭載し、IoTの統合デバイスとしてのサービスロボットという新領域が発展し始めた。

ロボット同士や他のシステムやデバイスとネットワークでつながることにより、ロボットの

概念が拡張され、躯体の進化や動作の改善が重視される旧来のスタンドアローン型のロボット

とは全く異なるイメージのサービスロボットが登場してきた。

人と安全に連携できるロボット技術が発展してきたこと、音声認識、画像認識技術が進化し

て実用に耐えうるレベルに達したこと、などが普及の要因となっている。

Pepperなどのコミュニケーションロボットの利用用途は、店舗等での集客目的だけでなく、

最近では多言語対応による受付、接客業務での使用が増加しつつある。

AIを搭載して進化を続けるサービスロボットは、人間と協働するパートナーとして今後ます

ます存在感を高めていくだろう。特定業務に特化して、人間と協業・分業するサービスロボッ

トの開発が進むことが予想される。

法人向けのサービスロボットでは、グループウエア CRM(顧客関係管理)などのソフトウ

エアと連動することで、ロボットと人が協調して作業する、新しい働き方を実現できる可能性

がある。また、複合機や PC、テレビ会議システムなどのオフィス機器と接続することにより、

ロボットを活用したテレワークなどの新しい働き方の提案につながる可能性もある。

家庭用音声アシスタントロボットの開発競争

IoT と組み合わせた家庭向けのサービスロボットで、最近各社が開発にしのぎを削っている

のが、音声認識機能を持ち、日常生活をサポートするロボットである。家庭用音声アシスタン

トロボットは次世代スマートホームの司令塔になりうる位置付けの商品であるため、市場の成

熟化が進むスマホの次の個人向けプラットフォームになるとの期待から、熱い開発競争が繰り

広げられている。

代表的な家庭用音声アシスタントロボットとしては、アマゾンが 2014 年に発売した「アマ

9 JISにおける産業用ロボットの定義等による。ただし、政府のロボット革命実現会議「ロボット新戦略」(2015

年 1月)では、ITやAIの進歩を背景に、固有の駆動系を持たなくても、独立した知能・制御系が、現実世界

の様々なモノやヒトにアクセスし駆動させる構造が生まれてきていること、今後 IoTの世界が進化し、駆動系

のデバイスの標準化が進めば、知能・制御系のみによって多様なロボット機能が提供できるようになる可能性

もあることに触れ、次世代ロボットは必ずしも 3要素のすべてを兼ね備えていないものも含まれると指摘して

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ゾンエコー」、グーグルが 2016 年 11 月に発売した「グーグル・ホーム」などがある。いずれ

も AI を駆使した音声認識エンジンを搭載しており、家族からの問いかけや要望を認識して音

声で応答する。

2017 年 1月に米国ラスベガスで開催されたコンシューマー関連の展示会「CES2017」では

音声認識機能を備えた家電やクルマの発表が相次ぎ、音声認識が今後の電子機器のユーザーイ

ンターフェースの主役になることをうかがわせた。

アマゾンとグーグルどちらも、自社が開発したAI技術を外部の企業に無償で公開している。

ロボット掃除機世界最大手の米アイロボットは、「ルンバ」を音声アシスタントロボットに進化

させる方針を明らかにしたが、音声認識エンジンは自社開発せず、グーグルやアマゾンなどが

公開(オープンソース化)した技術を活用するとしている。

なお、アマゾン、グーグルの音声認識エンジンはともに日本語にはまだ対応していない。日

本語対応の音声アシスタントロボットとしては、シャープが 2016年 9月、「ホームアシスタン

ト」を公開している。

アマゾンやグーグルがAI技術をオープン化しているのは、第 4次産業革命の時代にはAI自

体の技術よりも AI を学習させるためのデータを集めることに価値があると判断しているため

と推測される。

これまで IoTにおける「データ空白地帯」だった家の中のデータ収集という悲願の達成に向

けて、家庭用音声アシスタントロボットの開発競争が激しさを増しつつある。

日本のロボット産業の課題

日本のロボット技術は、産業用ロボットを中心に今も海外から高く評価されている。

しかし、その強みはハードウエア中心であり、最近の欧米(特に米国)におけるロボット開発

がAI開発などソフトウエア中心になっている動きには劣後している。

日本が世界一の座を維持していた産業用ロボットの稼働台数についても、2016年には中国に抜

かれたと見られる10。

サービスロボットについては、サイバーダイン㈱の医療用ロボット、㈱テムザックのレスキ

ューロボットなど事業展開をしているメーカーが一部にあるものの、総じて事業化が遅れてい

る。普及が進んでいるコミュニケーションロボットについても、ソフトバンク以外にヒト型ロ

ボットを事業化している企業は現状ほとんどなく、事業化で海外勢に後れをとっていることは

明白である。

スタンドアローンのロボットではなく、IoT端末としてのつながるロボットや、AIを搭載し

たサービスロボット、成長著しいコミュニケーションロボット等の市場で事業化を進め、世界

における存在感を高めていくことが日本のロボット産業の課題と言えよう。

いる。

10 国際ロボット連盟(IFR)「World Robotics 2015」による見通し。

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4.VR(仮想現実)・AR(拡張現実)

2016 年は、VR(仮想現実)や拡張現実(AR)を使ったゲームが話題となっただけでなく、

これらの技術をビジネスの現場で活用していく機運が急速に高まった。VR・ARは一過性のブ

ームではなく、幅広い産業分野で中長期的な投資テーマに位置付けられそうだ。

VRとは何か

VR(Virtual Reality : 仮想現実)とは、コンピューター上に人工的な環境を作り出し、あた

かもそこにいるかの様な感覚を体験できる技術のことである。専用のヘッドマウントディスプ

レイ(HMD)を頭に装着することで、仮想世界に完全に没入したような感覚を得られる技術

である。

日本語で、「仮想現実」と言うと、「ニセモノの現実」のような語感があるが、「バーチャル」

の本来の意味は「事実上の、実質的な」であり、リアルなものや形としては存在しないが、機

能や効果としては確かに存在するものといった意味である11。

最先端の VR を体験した者は、絶対にそれが現実の世界だと感じると感想を述べる。VR の

世界は、目で見て、耳で聞き、手で触ることのできるため、あたかもそこに存在するかのよう

な現実感を伴っているからだ。

VRには、空間を超える、感覚を変える、時間を超えるといった機能がある。

VRの技術開発は 1989年頃に始まり、当初は宇宙飛行士の船外活動支援や空軍パイロット支

援向けに開発されたが、当時はコストが高すぎて使い物にならなかった。しかし、今ではハー

ド(カメラ、画像処理、記憶装置など)が高性能で安価になったほか、高速インターネットと

の融合により臨場感あるインタラクティブ(双方向)な体験が可能になったことが、今回のVR

ブームを支えている。

日本と欧米で異なる VRに対するアプローチ

上述したように、日本ではバーチャルの意味が誤解されているために、日本企業のVR活用

は、ゲームや SF のように、生き生きとしたキャラクターが登場する仮想世界を作り出すとい

った、エンターテインメント分野での取り組み事例が多い。

これに対し、欧米企業のVR活用は、「現実世界と実質的に同じ空間を人間のまわりに作り出

すこと」を目指すものが多い。例えば、余暇の時間に VR世界でプロスポーツの試合を観戦す

る、VR 空間に出社して、クリック 1 つでいろいろな都市に住んでいる同僚たちが集まる 3D

の会議室に飛んで行くなどといった、日本と比べると現実に即した真面目なアプローチの取り

組みが多い。

「VRはしょせん、ゲームなど娯楽で使われるもの」と考えていると、VRの持つ大きな可能

性を見逃す危険性がある。

ARとは何か

AR(Augmented Reality : 拡張現実)とは、現実の風景にコンピューターで生成したバーチ

ャルな情報を重ね合わせることで、現実世界を拡張しようという概念である。スマートフォン

11 バーチャルの意味を理解するには、電子マネー(これはバーチャルなマネー)のことを考えるとわかりやすい。電子マネーはものとしては存在しないが、実際に買い物に使えるなど、現金と同等の機能を持っている。

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やメガネ型端末を通して現実世界をのぞいた際に、仮想世界の一部を現実世界に投影して見え

るようにした技術を指す。

VR は現実世界とは切り離された仮想世界に入り込むもので、自分はあまり動き回らずにコ

ンピューターの中で全世界を歩き回る体験ができる技術である。これに対し、AR は目の前に

ある現実世界と重ね合わせることで効果を発揮するため、あくまで現実世界が主体であり、リ

アルな世界を歩き回ることが重要になる。このため、AR では、持ち運べること(モバイル)

と、身に着けられること(ウエアラブル)が重視される。

VRとARのほかに、MR(Mixed Reality:複合現実)という言葉も使われる。MRは、現

実(実写)と仮想(CG)を融合しようという考え方である。ARは情報を重ね合わせる技術で、

実写と情報の区別ができるのに対して、MRはほとんど実写と情報の区別がつかない、SFのよ

うな世界が想定されている。

2014年に米フェイスブックがVR開発ベンチャーであるオキュラスを買収して以来、世界の

名だたる IT企業が相次いでVR市場に参入している。このようにVRビジネスが盛り上がって

いる大きな理由の一つは、VRの先にある ARとMRがビジネスチャンスとして非常に大きな

可能性を持っていると考えられていることにある。

図表7 VR・ARを活用した事業に取り組む日本企業の事例

社名 内容

 安川情報システム安川電機の関係会社。VR端末を使って、工場にIoTを導入した場合の体験ブースを開設。

 東京流通センター 建て替え中の物流ビルのテナント誘致にプレゼンテーションルームやVRを活用。

 ステークホルダーコム書籍など紙媒体をデジタルメディアと連動させるサービス「ARセンテンス」を開始。スマートフォンのアプリケーションを使ったARカメラで文書を撮影してページを特定し、動画サイトなどに誘導する

 大林組

VRを活用した施工管理者向けの研修システムを開発。鉄筋の配置など建築に必要な基礎知識を実際の現場を再現したモデルで学べる。従来は、大阪府枚方市にある研修施設に実物大の構造物を設置して基礎的な建築知識の研修を実施していた。

 明電舎建設現場などの作業員向けに安全を体感で教えるサービスを始めたと発表した。感電やハンマーの落下を体感できる設備に加え、VRを使ったコンテンツなどをそろえて、大型トラックに載せて現場などに出張。

 三菱電機少量多品種の作業が効率的にできるレーザー加工機を開発、2017年春に発売する。AR技術を応用し、材料となる金属板の画像上に製造したい部品の画像を重ねながら効率的に位置合わせができるようにした。

 三菱電機3次元AR表示による保守点検作業支援技術を開発。ゴーグル型ウエアラブル端末などに投映。また音声認識技術との併用により、点検結果をハンズフリーで入力可能。

 ジュピターショップチャンネル衣料品の仮想試着サービスが話題。KDDIと組みAR技術を使い、等身大のモニターに映った顧客の姿に衣料品のイメージ画像を投映。気に入った商品は通販サイトですぐに買える。

 ダイハツ工業ヘッドマウントディスプレーなどを使って自動車整備作業の効率を高める取り組みを開始。AR技術などを活用したシステムで、現状複数の整備士がしている作業を1人でもこなせることなどを目指す。

 三菱製紙観光パンフレットや案内板の地図をスマホなど携帯情報端末のカメラで読み取り、さまざまな観光情報を重ねて表示するARアプリを開発。

 イオンディライトARを活用したデジタルサイネージ(電子看板)型自動販売機の設置を2017年に始める。

 凸版印刷大画面スクリーンと、VRを体感できるゴーグルを組み合わせた文化財の新しい鑑賞手法を発表。ヘッドマウントディスプレーで茶つぼを内側から見るなどの楽しみ方を開拓。

出所 : 新聞記事等をもとに作成

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2016年が VR・AR「元年」と言われる理由

2016年は「VR元年」「AR元年」と呼ばれる年になった。

その理由は、第一に、2016年には手軽にVRを楽しむことができるヘッドマウントディスプ

レイ(HMD)が続々と発売されたことがある。技術の進展により「VR酔い」を起こさないス

ペックを持つVR用HMDが同年に市場に投入されたのが 2016年だったという点も重要だ。

第二に、ARについては、2016年にスマホゲームとして大ヒットした「ポケモンGO」にAR

の技術が使われており12、これがエンターテインメント性に優れていて世界で人気アプリとな

ったことが挙げられる。

第三に、2016年は VR、ARともにゲームだけでなく、ビジネスの現場で多様な用途向けに

積極的に活用していく動きが出始めたことがある。図表7は 2016年に日本企業がVR・ARを

活用した事業に取り組んだ事例のごく一部を紹介したものである。

ゴールドマン・サックス・グローバル投資調査部の予測によれば、世界の VR・AR 市場は

2025 年には約 950 億ドルまで拡大する見通しで(図表8)、PC・スマートフォンに続く第 3

のプラットフォームとして市場を形成する可能性があると指摘している。

0

200

400

600

800

1,000

2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025

ソフトウェア

ハードウェア

(億ドル)

出所 : ゴールドマン・サックス・グローバル投資調査部のデータを基に作成

(年)

図表8 VR・AR市場の市場規模予測

12 「ポケモンGO」は現実の風景(映像)とGPS位置情報とを組み合わせたARで、実写の世界を拡張して

ポケモンを出現させるゲームとなっている。

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AR・VR専門の調査会社である米Digi-Capitalの予測はもっと強気で、2020年にAR・VR

の世界市場規模が 1500 億ドルに達するとしている。同社によれば、当初の市場の立ち上がり

は VR の方が速いが、2017 年以降、AR 市場が急速に拡大し、2020 年には AR の市場規模が

1200億ドルに達する見通しとなっている。

リアルとバーチャルの区別がつかなくなる

今のペースでVR・ARの技術が進歩していけば、数年のうちに通常の視野とほぼ変わらない

レベルの全天周の立体映像を体験することが可能になり、映し出される映像がリアルであるか

バーチャルなのかの区別がつかなくなる可能性がある。そうなれば、現実の行動の代わりにバ

ーチャルだけで完結するようなサービスを提供するビジネスが登場してくると考えられる13。

これが現実となって、世界中、ものぐさな人間ばかりになるのは好ましくないように思うが、

VR・ARは高齢化社会において高齢者の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させる

方向に活用できるという期待もある。直接その場に行かなくても、バーチャルに社会参画でき

るようになるほか、VR 技術を使って自分の身体の代わりに機械に働いてもらうこともできる

ため、高齢者が働けるようになる可能性がある。また、健康維持活動でVRの技術を用いてモ

チベーションをコントロールすることで、活動を長続きさせるといった活用方法も考えられる。

VR・ARはポスト・スマホの有力候補

今後、世界的にVR・ARの市場が成長していくことは、日本企業にとって商機と言える。

VR・AR危機に不可欠な高精細の表示装置や各種のセンサー等の需要が拡大し、技術力に定評

のある日本の部材メーカーが強みを発揮できる可能性がある。

ただし、部材の強みだけでは、VR・ARの市場をリードしていくことはできない。VR・AR

を使った魅力ある事業モデルとコンテンツを開発できるかどうかが鍵となる。

もっと大きな話として、VR・ARは「ポスト・スマホ」の有力候補という見方が広がりつつ

ある。VR・ARの端末がスマホに続く大型商品に育つという期待だけではない。VRと ARは

広く産業の生態系に革新をもたらす、スマホに続く基盤技術となるとの見方が増えている14。

世界中でこの分野に参入する企業が増えているのはこのためである。

VR・ARがポスト・スマホの基盤技術であるとすれば、第 4次産業革命を加速するドライバ

ーとなり、本稿1のキーワードで述べた観点から、あらゆる企業が VR・ARの動向を注視し、

それが産業にもたらす変化を予測し、それへの対応策を講じる必要があるだろう。

13 廣瀬通孝『いずれ老いていく僕たちを 100年活躍させるための先端VRガイド』(2016年)がこう指摘して

いる。また、コロプラの馬場功淳社長は、「生の舞台演劇を楽しんでいた人間が撮影された映像を見るために映

画館に行き、今では無料のテレビ視聴で満足するようになったように、人間は現実から仮想での疑似体験に流

れていく。お金や時間、心理的なコストを考えれば、現実よりも仮想の方がずっと楽だからだ。VRは現実から

仮想へ流れる人間の本質に沿った技術だから、将来性がある」といった趣旨の発言をしている(出所:日経産

業新聞 2016年 10月 9日)。

14 ケヴィン・ケリー『<インターネット>の次に来るもの』(2016年)は、次のように指摘している。「人間

の一生のうちに社会に破壊的変化を起こす最初の技術的プラットフォームがパソコンだった。モバイルがその

次のプラットフォームで、これは数十年のうちにすべてを革命的に変えてしまった。次に破壊的変化を起こす

プラットフォームがVRで、まさにいま訪れようとしている」

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5.宇宙ビジネス

宇宙ビジネス新時代の到来

宇宙開発はかつては国主導で進められてきたが、近年は民間主導でビジネスを創出する新た

な潮流が生まれている。欧米に比べて民間参入を進める法整備が遅れていた日本でも 2016 年

に「宇宙活動法」など関連二法が成立し、ロケットの打ち上げに民間参入が可能になった。

宇宙ベンチャーが立ち上がり始めたほか、キヤノンは宇宙ロケット事業に参入し、大企業が

宇宙ベンチャーに出資するなど、民間企業が相次いで宇宙産業に参入し始めた。日本の宇宙開

発の歴史が変わりつつあり、宇宙産業活性化への期待が高まっている。

民間参入を促す法整備

欧米では宇宙産業への民間参入を進めるための法律整備が先行して進んでいる。米国では

1960年代から民間による実験が始まり、レーガン政権時代の 1984年に商業打ち上げ法などが

制定され、行政手続きが簡素化され、2000年代にベンチャー企業が相次いで生まれる素地とな

った。2015年 11月には新宇宙活動法が制定され、従来のロケットや人工衛星などの地球周回

軌道にかかわる事業に加えて、小惑星や月などの天体、宇宙空間で発見された非生物資源の商

用利用が認められることになった。

宇宙活動法に相当する法律は、欧州主要国でも既に制定されている。

宇宙開発を産業化する政策の流れに乗って、成功した米国の IT ベンチャー創業者が次々と

宇宙開発分野への投資に乗り出している。

日本においても、2015年 1月の改定宇宙基本計画の公表に続き、2016年には宇宙二法(宇

宙活動法、衛星リモートセンシング法)が成立するなど、宇宙の商用化を後押しする法整備が

急速に進み始めた。

打ち上げコスト低下への期待

日本はこれまで宇宙開発を国の事業として進めてきた。民間企業が独自にロケットを開発し

て打ち上げることは認められなかった。宇宙活動法の成立によりロケット開発は許可制となり、

今後、企業は技術力や安全性について国の審査を受け、合格すれば参入が認められるようにな

る15。

近年、宇宙ビジネスが加速度的に発展を遂げている背景には、打ち上げ技術の進化による打

ち上げコスト低下に対する期待の高まりがある。

現在各社が注力しているのは、再利用型ロケットの開発や、小型衛星を低軌道に打ち上げる

ため小型ロケットの開発などである。

観測衛星の場合、従来型の高価でハイスペックな衛星 1機で地球観測を行うと、画像 1枚当

たりのコストが高いほか、撮像したいタイミングに衛星が観測可能な上空にいないことがしば

しばある。そこで近年は、技術進歩により衛星を安く製造できるようになったことや打ち上げ

コストが低下したことを背景に、比較的安価な小型衛星を複数機整備して観測を行うビジネス

に注目が集まっている。

15 宇宙活動法はロケットや衛星を打ち上げる企業を、打ち上げごとに国が審査・許可するための法律である。事故が起こった際には一定以上の被害を補償するなど、国が後ろ盾となって民間から幅広い参入を促す狙いが

ある。

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注目高まる宇宙資源探査ビジネス

ここ数年、新規産業として注目度が高まっているのが、宇宙資源探査ビジネスである。欧米

では、宇宙資源探査が新しい産業を創出し国力の源泉になると捉え、政府主導で法整備が進ん

でいる。日本企業でこの領域で存在感を発揮しているのが、資源探査ビジネスベンチャーの

ispace社である。同社はGoogle Lunar XPRIZEへの参加チームの日本代表「HAKUTO」の

基幹企業であり、同レース終了後も、小惑星と月を目標に資源探査ビジネスを拡大していくこ

とを狙っている。

民生汎用部品が宇宙開発に使えるように

ここにきてベンチャーの宇宙開発分野への参入が増えている背景には、情報通信技術の進歩

のおかげで、民生の安価な汎用部品が宇宙開発に十分使えるレベルになったことが挙げられる。

従来、宇宙開発に使用される部品は専用に開発した部品であることが一般的で、これが高コス

トの要因となっていた。しかし今では特殊部品ではなく民生汎用品を使うことにより、コスト

削減と開発期間の短縮化、小型化、高性能化を同時に実現できるようになった。

民間プロジェクトには長所がある

さらに、民間によるプロジェクトには、国のプロジェクトにはない長所があることも注目さ

れ始めた。国主導の宇宙開発では、使う部品を設計段階で決めて申請する必要があるため、古

い技術しか使えず、斬新で画期的な技術を採用できない。また、国の予算に関しては、「目的外

使用の禁止」という規定があるため、途中で方向転換や仕様の大幅変更ができないほか、事業

開始前に認識できなかった新しいアイデアに対して予算を使うこともできない。これに対し、

民間プロジェクトであれば最新の技術を使用できるほか、予期せぬ展開にも柔軟に対応できる。

図表9 世界の宇宙産業の市場規模の推移

168 177 189 195 203

109 113115 125 120

0

50

100

150

200

250

300

350

2010 2011 2012 2013 2014

非衛星関連

衛星関連

(10億ドル)年率約4%

(年)

出所 : 特許庁 「平成27年度 特許出願技術動向調査報告書(概要) 航空機・宇宙機器関連技術 」 2016年3月

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宇宙開発事業において、民間が担い手となる領域は今後ますます広がっていくに違いない。

宇宙産業は世界的には成長産業であり、近年は年平均約 4%の成長を続けている(図表9)。

それにもかかわらず、日本においてはこれまで官需依存の産業だったこともあって元気がなく、

国の予算は減少傾向、宇宙産業に従事する従業員数も減少傾向が続いてきた。

宇宙ビジネス新時代を迎えた今こそ、民間活力の導入をテコに、わが国宇宙産業の拡大を図

るべきである。国は優れた技術力・発想力をもつ民間事業者の新規参入を促すための環境整備

に取り組み、日本の宇宙産業の裾野を拡大していくことが重要だ。

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6.3Dプリンター

産業用3Dプリンターは離陸前夜

業務用の 3D プリンターが普及期を迎えており、産業に大きな変革を巻き起こす可能性が高

まっている。

筆者は、4年前、2013年の初め、「日本産業を読み解く 10のキーワード」の一つとして「デ

ジタルものづくり革命」を挙げ、3D プリンターの台頭と産業にもたらす影響を取り上げた。

実際、2013年後半から 2014年にかけて「3Dプリンターブーム」が到来し、3Dプリンターは

一般用語として認知されるようになった。

だが、その後の展開をみると、「一家に 1台 3Dプリンター」時代が到来する気配はないほか、

正確な知識を持たないまま過剰な期待を抱いて飛びついた一部ユーザーの落胆を招いたことな

どから、ブームは去ったと思っている読者もいるかもしれない。

確かに日本国内の 3Dプリンター本体の市場は 2015年に伸び悩んだが、2016年以降は産業

用を中心に順調に伸びる見通しである。米国でも消費者の間では一時の熱気は冷めたが、米

GEが全面的に採用するなど、製造現場で着実に普及し始めている。

世界の 3Dプリンター市場は、産業用を中心に急拡大を続けている。米国の調査会社 IDCの

予測によれば、世界の 3D プリンターの市場規模は 2015 年時点で 110 億ドル(約 1 兆 2,540

億円)だったが、年平均 27%で成長し、2019年には 267億ドル(約 3兆 500億円)規模に達

するとされている。

産業用を中心に 3Dプリンター市場は今、離陸前夜と言ってよい。

広がる活用事例 - 製造業に不可欠なツールに

産業界で 3Dプリンターが活用される領域が広がりを見せている。

3D プリンターの最も一般的な活用事例は、試作段階におけるデザインの検討のための活用

である。試作品製作にかかる時間とコストが、従来の加工業者に依頼する場合と比べて大幅に

低減されるため、納得がいくまで何度でも試作することが可能になる。

こうした試作用途だけでなく、最近では実製品の生産に本格的に使われるケースが増えつつ

ある。人物やペットのフィギュア、ギブスや歯科矯正器具の型、人工骨などの医療器具といっ

た、形状をカスタマイズした部品・製品の製作や、これまで製造が困難だった特殊な形状を造

形する目的などで用いられるケースが増えてきた。

3D プリンターには、必要な部品を必要なだけ作ることができ、部品の変更が必要になった

場合に、3Dデータを入れ替えるだけですぐに生産体制に入ることができるメリットがある。

多様な造形法の 3D プリンターが実用化されたことで、用途ごとに適した 3D プリンターを

選べる環境も整いつつある。また、自社で 3Dプリンターを購入しなくても、3Dものづくり専

門業者に試作や製造、出力サービス等を依頼することも容易になっている。

さらに、IoT が生産現場に実装されていく中で、リアルタイムで柔軟な最適生産やマスカス

タマイゼーション(顧客の個別要求に合わせた製品を、大量生産品と変わらないコストで実現

すること)を実現する手段の一つとして 3Dプリンターへの期待が高まっている。

このように、3D プリンターは製造業に不可欠な製造装置になりつつあることに気付くべき

だ。

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

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3Dプリンター技術に注力する米GEと独シーメンス

欧米では、米ゼネラル・エレクトリック(GE)と独シーメンスという製造業の巨頭が、金

属積層造形技術を強化しようと、競って 3Dプリンターメーカーの買収を進めている。

「デジタル産業カンパニー」を目指すGEは、開発力と製造力を高めるために、ソフトウエ

アだけでなくハードウエアの企業の買収を進めている。同社が競争力のカギとなる、自前で持

つべき中核技術の一つに見定めているのが 3Dプリンター技術で、これまで 20年以上にわたり

3Dプリンティングの研究開発を続けると同時に、同分野での企業買収を積極的に進めてきた。

2012年に米Morris Technologies 社を買収し、2013年には航空機部品を金属 3Dプリンティ

ングで製造するイタリアAvio Aero社を傘下に収めていたが、2016年には金属 3Dプリンター

メーカー2社(スウェーデンArcam社、独Concept Laser社)を相次いで買収した。

GE は、少量・中量の産業機器の生産において試作から量産までを一貫して 3D プリンター

を導入することで、品質の向上とコスト低減を実現することを狙っている。同時に、外部に提

供する 3Dプリンティング事業を拡大し、2020年までに売上高 10億ドル規模に成長させる計

画を持っている16。

独シーメンスは、2016年 8月、英国の金属 3Dプリンターメーカーのマテリアル・ソリュー

ションズを買収したと発表した。シーメンスはかねてより 3D プリンター技術を積極的に活用

して内製品の生産の効率化等を図っていたが、買収を機に 3D プリンター関連の外販にも乗り

出し、産業用ソフトと連携した提案を進める17。

シーメンスは、2017年 1月には、欧州 3Dプリンターの大手老舗、ベルギーのマテリアライ

ズと、製品ライフサイクル管理(PLM)分野での提携を発表した。設計から生産、出荷後の製

品の部品交換などを一貫してデジタルデータで管理できるようにすることが狙いである。

GE、シーメンスの両社とも、第 4次産業革命が進展する中、3Dプリンターが製造業に不可

欠なツールになりつつあることを見据え、自ら使う側でいるだけでなく、自社の機器やサービ

ス・ソフトと連携したビジネスを開発しようとしている。

拡大する 3Dプリンター材料市場

3D プリンターの導入が進むことで、今後、3D プリンター材料の需要の拡大が見込まれる。

矢野経済研究所の予測によれば、3D プリンター材料の世界市場規模は(エンドユーザー購入

金額ベース)は、2015 年は約 922 億円だったが、2020 年にかけて年平均 17.6%の成長を遂

げ、2020年には 2,070 億円強に達する見通しである(図表10)。

米ヒューレット・パッカード(HP)は、3Dプリンターで造形に利用できる素材を増やすた

めに、素材の開発に必要な仕様を提携先のメーカー(仏アルケマ、ドイツのBASFやエボニッ

ク、レーマン・アンド・フォス)に公開して、連携して開発を進めている18。

スウェーデンのアーカム社(GEが買収した 3Dプリンターメーカー)や、米カーペンター・

テクノロジーや米ATIなどの素材メーカーも 3Dプリンター用素材の強化を進めている19。

日本企業はこれまで、3Dプリンター装置だけでなく、3Dプリンター用の素材開発でも欧米

企業に先行を許し、存在感が薄かった。だが、2016年になって、日本の素材メーカーが相次い

16 GEの動向については、日刊工業新聞 2016年 12月 1日、『日経ものづくり』2017年 1月号および 2月号等

を参考にした。 17 シーメンスの動向については、日経産業新聞 2016年 8月 5日、2017年 1月 13 日等を参考にした。

18 日経産業新聞 2016年 11月 18日「普及期迎えた 3Dプリンター(下)」。 19 日本経済新聞 2016年 9月 27日「米で 3Dプリンター復調(GLOBALEYE)」。

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

23

で 3Dプリンター向け素材の開発に注力し始めた観がある(図表11参照)。

921.7 1,069.8

1,245.6

1,467.2

1,738.5

2,070.5

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

2015実績 2016見込 2017予測 2018予測 2019予測 2020予測

(億円)

(注) エンドユーザー購入金額ベース。

出所 : 矢野経済研究所 「3Dプリンタ材料の世界市場に関する調査(2016年)」2017年1月31日発表

図表10 3Dプリンタ材料の世界市場規模

図表11 3Dプリンター向け材料の開発を強化する日本企業の動き

社名 内容

 三菱化学グループ企業の樹脂素材を用いた3Dプリンター用フィラメント(汎用性があり、最終製品に近い造形物を作れるポリプロピレン材料をはじめ3製品)を開発し、世界で売り出す。

 JSR3Dプリンターで義足をつくる材料として、人体への負担が少ないポリ乳酸系の樹脂を使用し、金属製の従来品と比べて大幅なコストダウンを図る。

 東レレーザー光を当てて材料を固める方式の3Dプリンター向けに、熱や薬品に強いエンジニアリングプラスチック「PPS」を使った微粒子材料を開発。自動車や航空宇宙分野での採用を見込む。

 ユニチカ3Dプリンター用材料として、ポリ乳酸(PLA)に加え、新たにポリエステル系の材料(融点を下げた使いやすい材料)を開発。3Dプリンター用の樹脂材料を拡充する。

 太平洋セメント鋳造品作りに使う「鋳型」を3Dプリンターで製作できる新材料を北海道立総合研究機構と共同開発。砂や石こうの代わりにセメントを材料に使う。比較的安価な普及型の機種で製造できるため、中小企業でも導入しやすい。

 山陽特殊製鋼金属製3Dプリンター材料の新工場を兵庫県姫路市に建設。ニッケルやコバルト合金の高純度粉末を生産する計画。

出所 : 日本経済新聞2016年8月30日、化学工業日報2016年11月21日、化学工業日報2016年10月4日、     日経産業新聞2016年8月2日 等をもとに作成

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日本の自動車メーカーは素材加工技術として 3D プリンターによる積層造形法(Additive

Manufacturing)の展開に着目しており、化学メーカーと金属材料メーカーが共同で 3D プリ

ンター用素材を開発する動きが日本でも出てくることを期待する声がある20。

産業にダイナミックな変化をもたらす

もちろん、3Dプリンターで何でも作れるわけではなく、3Dプリンターの普及によって金型

が全く不要になるわけではない。しかし、3D プリンターが本格的な普及期に入ることは、産

業界に大きな変革をもたらすことが予想される。

まず、3Dプリンター技術や 3Dプリンター材料の進化と普及が進む中、取って代わられる(代

替)技術・産業分野における盛衰や市場構造の変化がじわじわと進んでいく。例えば、成形業

では、これまで外注していた試作モデリングの一部を 3D プリンターの導入により内製化する

動きが広がっている。

3D プリンターの普及の進展により、局所的には従来の技術や工法の需要が一気に縮小・消

滅する事態が起こってもおかしくない。

また、3Dプリンターの普及は、製造業の在庫の管理や拠点配置にも影響を及ぼす。例えば、

世界の航空会社は、飛行機の保守パーツを各地に保管しておくために、空港の近くに巨大な倉

庫を保有しているが、仮に航空各社が各地に 3D プリンターを配備し、現地で必要な時に必要

な部品を製造することにすれば、各地の倉庫や部品在庫は不要になる可能性がある。

さらに、見落とされがちであるが、3D プリンターが進化・普及すればするほど、異分野・

他業界の企業や素人がものづくり分野に参入しやすくなる(製造業への参入のハードルが低下

する)。製造業企業にとっては、異業種との競争がこれまでにも増して頻繁に起こるようになる

だろう。

20 経済産業省製造産業局鉄鋼課・非鉄金属課「金属素材競争力強化プラン」2015年 6月。

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7.セルロースナノファイバー

軽くて強い植物由来の新素材、セルロースナノファイバー(CNF)が研究段階から産業化の

段階に入りつつある。CNFは、樹脂と混ぜることで自動車部品などを軽くできる次世代素材と

して注目されている。軽量素材としては、既に炭素繊維複合材料(CFRP)の採用が広がって

いるが、持続可能な生物資源を原料とする CNF は「ポスト炭素繊維」とも呼ばれ、期待が高

まりつつある。

これまで製造コストの高さが課題だったが、新製法の開発が進展したことで、製造コストが

大幅に下がりつつある。さまざまな企業が CNF を応用した製品の開発に注力し始めた。日本

は森林資源に恵まれるほか、CNFの技術・製品開発で先行していることから、CNFは日本が

世界に対して優位に立てる新素材として期待が高い。

セルロースナノファイバー(CNF)とは

紙の原料のパルプなどの植物繊維を化学的、機能的に処理してナノサイズ(10億分の 1メー

トル)まで細かく解きほぐした(解繊した)ナノセルロースの一形態で、平均幅が数~20ナノ

メートル程度、平均長さが 0.5~数マイクロメートル程度のサイズの極細繊維状物質のことを

いう(図表12)。

図表12 セルロースナノファイバーとは

出所 : 京都大学生存圏研究所生物機能材料分野 ホームページ

(http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/labm/cnf)

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CNFの特徴 - 軽く強く透明で環境に良い新材料

CNFには、次のような魅力的な特性がある。

①軽くて高強度である(重さは鉄の 5 分の 1 だが、強度は鉄の 5 倍以上)、②熱による変形が

少ない、③透明性が高い、④ガスバリア性を有する、⑤植物由来であるため環境負荷が少なく、

持続可能性が高く、リサイクル性に優れている、⑥豊富な森林資源が原料であるため資源量が

膨大である21。

図表13は、CNFと、樹脂複合材に用いられる他の補強用繊維とを比較したものである。

CNFはこれらの特性をもつことから、高強度材料(自動車部品、家電製品筐体)、高機能材

料(住宅建材、内装材)、増粘材(食品、医薬品)、特殊材料(特殊紙、フィルター等)等の用

途が期待され、実用化に向けた研究開発競争が加速している。

紙おむつやボールペンなどCNFを使った製品が登場した 2015年以降、産業化の段階に入っ

ており、2016年には製紙会社を中心に生産設備の建設計画が相次いで発表された。

一方、CNFの課題としては、解繊の際のエネルギー消費量が多く製造コストが高いことや、

耐熱性が弱い(220~230℃で樹脂に混ぜた際に茶色に着色する)ため、融点の高い樹脂の補強

に使用できないこと、などが挙げられる。

政策の支援

日本は国土の 6割以上が森林であるが、北欧や北米のように森林資源が主要な資源に位置付

けられることはなく、スギやヒノキなどの伐期を迎えた人工林の多くは資源として有効利用さ

れずに放置されてきた。CNFは、石油資源に依存することなく、日本に豊富にある森林資源を

もとに製造され、しかもカーボンニュートラルである(森林は大気中の二酸化炭素を吸収固定

化してできたものであるため、これらを利用した材料を燃焼させても、そこから発生した二酸

化炭素は環境に対して新たな負荷を与えない)。

補強用繊維セルロース

ナノファイバー炭素繊維(PAN系)

アラミド繊維(KevlarⓇ49)

ガラス繊維

 密度(g/㎤) 1.5 1.82 1.45 2.55

 弾性率(GPa) 140 230 112 74

 強度(GPa) 3(推定値) 3.5 3 3.4

 熱膨張(ppm/K) 0.1 0 -5 5

 持続型資源 ◎ - - -

出所 : 京都大学生存圏研究所生物機能材料分野 ホームページ

     (http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/labm/cnf)

図表13 セルロースナノファイバーの特徴 (補強用繊維としての比較)

21 バイオマス由来であるセルロースナノファイバーは、木材など植物資源を構成する成分の約 50%を占める

ことから、ほぼ無尽蔵の持続型資源であり、石油と違って枯渇する恐れが少ない。原料となる木材パルプが非

常に安価であるうえ、大半の植物に含まれており、資源量は1兆トン(埋蔵石油資源の約 6倍にあたる)とさ

れる。

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

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CNFが工業原料として利用されるようになれば、森林産業と先端産業を結びつける新しいマ

テリアルストリームが創成され、森林産業の活性化、異業種・異分野融合の新産業の創出、循

環型社会基盤を支えるバイオマス資源立国となり、日本が世界をリードできる可能性がある。

こうした背景から、国はCNFの研究開発を積極的に後押ししている。2014年 3月に、経済

産業省、農林水産省、学識経験者が共同で、CNFの将来展開プランについて技術ロードマップ

を策定した。CNFによる新市場創造戦略も打ち出され、2030年には年 1兆円の市場を創出し

22、革新的製造技術の開発によって、現在 1㎏当たり 5,000~10,000円の製造コストを 400円

程度に引き下げることを目標に掲げた(図表14)。

2014年 6月には、情報交換の場として、経済産業省やNEDO、企業や大学など 160機関が

参加する協議会「ナノセルロースフォーラム」が発足、技術トレンド調査、共同研究開発の提

案や実用化、規格化など、オールジャパンで CNF の環境整備に動き出した。このような産学

官一体となった連携体制を構築している国は世界的に見て珍しいという。

図表14 セルロースナノファイバーによる新市場創造戦略

出所 : 経済産業省 「平成25年度製造基盤技術実態等調査(製紙産業の将来展望と課題に関する調査)報告書」(2014年3月)

22 自動車部品(内装材・部品、外板)の 30~50%の市場をCNF強化樹脂で代替した場合、CNF強化樹脂の

市場規模は 3,600~6,000億円/年になると推計されている。

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

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政府の成長戦略「日本再興戦略 改定 2014」(2014 年 6 月閣議決定)では、「セルロースナ

ノファイバーの研究開発などによるマテリアル利用の促進に向けた取組を推進する」と明記さ

れた23。

2014 年 8 月には、農林水産省、経済産業省、環境省、文部科学省、国土交通省が連携して

ナノセルロースに関する政策を推進することとし、施策の連携を模索するために、「ナノセルロ

ース推進関係省庁連絡会議」が設置され、関係省庁は定期的な連絡会議を持ち、情報共有を図

っている。

国内企業の動向

CNFの用途開発事例としては、規格を満たせば実用化しやすい機能性素材の開発が先行して

おり、2015年前後に実用化され始めた。

第一工業製薬は、2013年 6月より三菱鉛筆と、CNFをインク増粘剤に採用したボールペン

を開発し(CNFをインクに混ぜることで滑らかな書き味が得られる)、2015年、北米と欧州で

発売を開始した。

日本製紙は、2015年、大人用紙おむつの抗菌・消臭シートの実用化に成功し、まずはこうし

た高付加価値製品で販売を伸ばし、量産効果によるコスト削減を狙う構えを見せている。同社

は 2017年には 3種類のCNFを量産する体制を整備する予定だ。

このほか、中越パルプ工業も 2017年度にCNFの量産設備を設置する計画である。このよう

に、CNFは量産設備を早めに立ち上げることにより新市場での先行を目指す段階に入っている。

日本企業で CNF の開発を中心的に進めているのは製紙業界だが、機械業界から参入する動

きもある。もともと CNF の製造設備を作っていた工作機械メーカーのスギノマシン(富山県

魚津市)は、超高圧水を発射して物を切断・粉砕するウオータージェット技術を生かした設備

を使い、CNFの製造に乗り出している。

電機メーカーでは、オンキョーが 2015年、CNFを使用して高域再生帯域が拡大した振動板

を開発し、この振動板を採用したスピーカーを 2016年に発売している。

欧米の開発動向

CNF の開発は日本が先行していたが、近年は世界中で研究開発が活発化している。特に、

2011年以降、フィンランド、スウェーデン、オランダ、米国、カナダなど北欧・北米の企業の

追い上げが著しい。用途開発では今も日本が先行しているものの、実証プラントの建造や実証

プラントでの製造技術については海外勢にリードを許している状況である。

北欧企業では、北欧において製紙会社が使用する包装容器、紙力増強剤など製紙用途を中心

に開発が進んできた。ただ、北欧では日本に比べて、国内に化学メーカーなど CNF の利用が

期待される企業が少なく、産業間の連携が限定的であることが、用途開発上の弱点とされる。

米国では、CNFに関する研究開発と事業化が、米国農務省森林局を中心に推進されている。

カナダは、木質バイオマス関連総合研究所の FPInnovations(ケベック州)が同国の CNF

研究の中核機能を担っており、日本と同様、産業間連携が積極的に行われている。

23 その後、「日本再興戦略 改訂 2015」では、「セルロースナノファイバーの国際標準化に向けた研究開発を進

めつつマテリアル利用への取組を推進する」ことが明記された。「日本再興戦略 改訂 2016」では、「攻めの農

林水産業の展開と輸出力の強化」の中で、「木質バイオマスの利用促進や、セルロースナノファイバー(鋼鉄と

同等の強さを持つ一方で、重量は5分の1という特徴をもつ超微細植物結晶繊維)の国際標準化・製品化に向

けた研究開発、(中略)を進める」と記載された。

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「京都プロセス」で製造コストが大幅に低下

基礎研究の領域から抜け切れなかった CNF がここにきて実用化への期待が急速に高まった

背景には、革新的な生産プロセス「京都プロセス」の登場がある。

同プロセスは京都大学生存圏研究所生物機能材料分野教授の矢野浩之氏が 2016 年に開発し

た、CNF強化樹脂を生産するプロセスで、これにより製造コストの大幅な削減が可能になった。

従来のプロセスは、まずパルプに機械処理を施して CNF を製造した後に、脱水・化学処理

を施して変性 CNF をつくり、これを射出成形機に投入して CNF の分散を行った後、CNFF

強化樹脂をつくるという複数の工程を経る必要があった。しかし、京都プロセスによって、そ

れをわずか 1工程(樹脂と混ぜるための化学処理を施したパルプを投入するだけ)で行えるよ

うになり、製造コストを従来の 10の 1にまで削減することが可能になった24。これで実用化に

向けての視界が一気に開けた形である。

素材メーカーとユーザー企業の連携が普及のカギ

日本が開発した画期的な新素材が実用化・普及に成功した先行事例としては、ハイテン(高

張力鋼板)と炭素繊維の 2つの事例が挙げられる。

ハイテンと炭素繊維は、どちらも 1960年代から技術開発が進められ、1970年代以降、実用

化が進展したが、その過程では共通した企業行動が見られた。それは、鉄鋼メーカーや炭素繊

維メーカーが、技術開発を進めると同時に、ユーザーへの用途の提案やユーザーとの共同開発

を推進するなど、市場拡大に向けた活動に注力したことである25。

ハイテンと炭素繊維の実用化・普及事例に学べば、夢の新素材である SNF の普及に向けて

は、素材メーカーとユーザー企業との連携による技術開発・用途開発・コストダウンの取り組

みが継続的になされるかどうかがポイントになると考えられる。

「帆船効果」で既存素材も延命する

一方、いくら CNF が「ポスト炭素繊維」として期待の新素材だといっても、すんなりと普

及が進み、炭素繊維の座にとって代わるとは考えにくい。なぜなら、期待の革新技術が出現す

ると、旧来産業が負けじとばかり既存技術を改良して競争力を高める結果、既存技術が延命し、

その革新技術の普及時期が遅れることが歴史上よくあるからである。

この現象は「帆船効果」と呼ばれる。19世紀初頭に蒸気船が実用化されたが、旧来の帆船は

即座に蒸気船に駆逐されることなく、むしろ進化を遂げ、かえって帆船が活躍する時代が長引

いたという事例に基づく用語である。

帆船効果は最近でも起こっている。燃料電池車や電気自動車の開発進展を背景に、ガソリン

エンジン車のエコカーが急速に進化して巻き返したのがその一例である。

CNFの実用化が進むほど、帆船効果が働いて、競合する素材(炭素繊維、アラミド繊維、ガ

ラス繊維等)のさらなる進化を誘発し、複数の競合素材が併存する時代がかなり長期間続く可

能性が高いと思われる。

24 さらに、従来のプロセスは水を含むCNFを脱水してから化学処理を行うのに対し、京都プロセスでは水処

理に関わる工程がないことも、コスト削減に寄与している。

25 SNFの普及に向けた課題を考える上で、ハイテンと炭素繊維の実用化・普及事例からの教訓が有益である

点については、日本政策投資銀行「新素材として注目されるセルロースナノファイバー」(2016年 3月)が明

解に指摘している。

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東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」 2017 2. 21

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素材には社会を変える力がある

本稿で見たように、政府が CNF の研究開発を積極的に後押ししている中、製紙メーカーを

中心とする各社が新たな収益源として有望なSNFの実用化に向けた取り組みを強化している。

今後は製紙各社がユーザー企業(化学、自動車、電機等)と連携しつつ、素材の特性を活かし

た用途開発を進める動きが活発になるだろう。

将来的には、CNFが多種多様な汎用製品・先端製品の中に素材の一部として組み込まれるよ

うになる可能性がある。炭素繊維が示したように、素材には広く社会を大きく変える力がある

ため、CNFの動向は注視していく必要がある。

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8.インフラ投資

世界で拡大するインフラ需要

新興国・途上国の経済成長や都市化の進展に伴い、世界的に電力・運輸をはじめとするイン

フラ(社会基盤)の需要が拡大しつつある。

世界銀行によれば、新興国・途上国では 2014年~2020年の間に、電力インフラで 3,200億

ドル、運輸セクターで 2,550億ドルのインフラ投資の需要が発生する見通しである(図表15)。

インフラは新規の建設だけでなく、維持補修についても多額の投資が必要となっており、世界

的に大きな市場となりつつある。

先進国においても、1960~70 年代につくられた老朽インフラの維持管理・更新が待ったな

しの課題になっていることや、環境に優しい経済投資(グリーンニューディール)の動きを受

け、今後もインフラ需要の増加が見込まれる。

とりわけ先進国において、インフラは、「つくる」時代から「うまく使う」時代に移行してお

り、適切な維持管理を施すことで構造物の劣化を遅らせ、より長く安全に使う技術が求められ

る。財政の圧迫要因として先送りされがちな「負の遺産」だった老朽インフラ問題が、産業界

にとって商機に変わりつつある点に注目したい。

320

255

187

57

0

50

100

150

200

250

300

350

電力 運輸 通信 水・衛生等

維持補修

建設

(10億ドル(2011価格))

出典 : Fernanda Ruiz-Nuñez and Zichao Wei (2015) “Infrastructure Investment Demands in EmergingMarkets and Developing Economies” より経済産業省が再編加工

出所 : 経済産業省 『通商白書 2016年版』

図表15 新興国・途上国におけるセクター別インフラ需要の将来予測

(2014-2020年)

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32

経済政策の重心が金融から財政へシフト

米国のサマーズ元財務長官が2013年11 月の IMF の会議で提起した「先進国の長期停滞論」

が世界で議論されるようになって以降、経済の閉塞感が広がった。大胆な量的金融緩和を続け

たが、閉塞感はなかなか消えない。こうした中、先進国経済には投資機会が不足しているとい

う見方が徐々に増えてきて、これを背景に、先進各国のマクロ経済政策運営がそれまでの金融

政策一本やりから財政政策も重視する方向へと変化してきた。それに伴い、日米欧がそろって

財政出動によるインフラ投資を拡大することを呼び水にして民間需要の喚起を図る政策に乗り

出した。

各国政府がこうした説明を明示的にしているわけではないが、このように考えると理解しや

すい。つまり、最近各国でインフラ投資拡大策がとられ始めた背景には、世界的に経済政策の

重心を金融政策側から財政政策側へと少しずらすことが経済政策のトレンドになっていること

があると考えられる。

トランプ政権は 10年で 1兆ドルのインフラ投資を公約

米国では、トランプ政権が公約の中で、道路・港湾・空港・鉄道等のインフラへの投資に 10

年間で 1 兆ドル(うち道路・鉄道等の交通インフラに 5,500 億ドル)を投じると掲げている。

インフラ投資の拡大により、鉄道や送配電の新設・維持更新、建設機械の需要が高まるとの期

待が高まっている。

トランプ政権誕生で米国の政策の多くが大転換する中で(本稿10参照)、実はインフラ投資

拡大はオバマ政権時代から一貫した政策であり、2016年の大統領選挙でクリントン候補も掲げ

ていた政策である。

米国ではインフラ投資の必要性が叫ばれながら、財源不足がネックとなって長らく停滞して

いた。しかし、2015年 12 月に新たな道路財源法が成立したことや、これまでインフラ整備に

消極的だった議会共和党も慎重ながら投資の必要性の認識は示していることなどから、インフ

ラ整備が進む環境がある程度整っている。

公約に掲げた 10年間で 1兆ドル(年間 1,000億ドル)の投資が仮に全額実現すれば、2017

年のインフラ投資は 2015年と比べて 13%、GDPは 0.6%押し上げられる計算になる。

しかし、実際にはこれほどの規模の投資は実現しないだろう。通商政策や移民政策などが大

統領のリーダーシップを発揮できる分野であるのに対し、インフラ投資は財政政策に関わるも

ので、議会共和党との調整が不可欠であり、共和党主流派の支配する議会は、財政収支の大幅

な悪化を招くインフラ投資拡大には反対の姿勢を示しているからである。また、米国の労働需

給はひっ迫しており、企業が容易に雇用を拡大できないことが、供給面からインフラ投資拡大

の制約要因になる可能性がある。

米インフラ投資積極化で民間企業の商機は拡大

米国が財政負担を抑えつつインフラ投資を積極化させるには、民間資金や海外資金の活用が

不可欠である。米国のインフラ投資の主体は州・地方政府であるが、多くの州で民間資金を活

用するための PPP(Public-Private Partnership:官民連携)手法の法整備や、民間投資促進

のための税制優遇措置が講じられている。

したがって、トランプ政権のインフラ投資積極化に伴い、民間企業の収益機会は拡大すると

予想される。これは関連技術を持つ日本企業にとって商機と考えられるが、トランプ大統領の

排他的な自国第一主義が導入される可能性があることや、PPPの歴史が長いカナダや欧州の企

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業と比べて日本企業は PPP のノウハウや情報が乏しいこと、等の理由からあまり多くは期待

できないとの見方もある。

英国もインフラ投資を強化

インフラ投資を強化しているのは米国だけでない。

英財務省は2016年11月に発表した秋季財政報告の中で英国経済の生産性の低さを問題視し、

生産性向上に資するインフラ投資に注力する方針を示した。総額 230億ポンド規模の国家生産

性投資基金が新設され、住宅、運輸、デジタルコミュニケーション、研究開発などの分野に重

点的に資金を振り向ける計画となっている。

日本は質の高いインフラ輸出を促進

日本政府は、2010 年 6 月に発表した「新成長戦略」以降、民間企業による「パッケージ型

インフラ」の海外展開を推進する政策を打ち出している。2020年にインフラ受注額を 30兆円

とする目標が掲げられており、実績も 2010年の約 10兆円から 2013年に約 16兆円、2014年

に約 19兆円と伸びてきている。

インフラ輸出拡大を目指し、安倍首相の外遊に経済界も同行してトップセールスを展開する

などの動きが見られるようになった。

政府は 2016年 5月 23日には、「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」を発表し、日

本の「質の高いインフラ」26の輸出を促進することで、日本の経済成長のみならず相手国の経

済発展に貢献するWIN-WIN関係の構築を図る方針を表明している。

日本のインフラ輸出では、日本製品の品質の高さや耐久性の強みから、初期費用は新興国の

競合相手の提示価格の方が安くても、後に必要な修理・点検なども含めたトータルコストでは

日本の方が安くなる場合が多い。現地政府がトータルコストの魅力を重視するように仕向ける

ことが課題となる。

日本の老朽インフラ対策も待ったなし

国内では、高度経済成長期以降に整備されたインフラが次々と老朽化しており、2020年度に

は道路橋の 67%、トンネルの 50%、河川管理施設(水門等)の 64%が建設後 50 年を超える

(国土交通省試算)。

老朽インフラの維持管理については、2016年 11月、国土交通省において、道路や下水道な

どの公共インフラの老朽化対策に産学官が連携して取り組む「インフラメンテナンス国民会議」

の設立総会が開かれた(構成メンバーは、大手ゼネコン、IT企業、研究機関など 199団体)。

インフラの維持管理・更新にかかる費用は 20年後に 1.3倍~1.5倍に膨らむが(国土交通省

試算)、老朽化対策に充てられる政府の交付金は必要額の約 6 割しか計上されていない。この

背景には、インフラの維持管理よりもインフラの新設の方が政治的に政策効果をアピールしや

すいという現実がある。この問題を乗り越えるためには、インフラの維持管理の重要性や経済

効果についての国民の理解度を高めることが必要不可欠であろう。

26 「質の高いインフラ」とは、一見、値段が高く見えるものの、使いやすく、長持ちし、そして環境に優しく災害の備えにもなるため、長期的に見れば安上がりなインフラのこと。同イニシアティブで日本が提唱した概

念。

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IoTを活用したインフラ点検・監視に商機

インフラは IT の発達によって進化を遂げているが、特に最近は老朽化したインフラの監視

や検査にあらゆるものがネットにつながる IoTの技術を活用する動きが活発になっている。

IoT の導入パターンの中で、「遠隔状態監視」(遠隔の機械や設備にセンサーを埋め込み、状

態を監視し、効率的に保守点検し、故障を未然に防止するもの)は、日本企業の得意分野の 1

つであり、これはインフラの維持管理と相性がいい。センサー技術を駆使すれば、橋桁やトン

ネルの内壁を熟練作業員に頼らずに常時精度の高い監視や点検を行うことが可能になる。人工

知能(AI)やロボットを駆使すれば、人手不足が深刻な建設セクターの救世主になるほか、人

による作業の限界を超えた、精緻な監視、解析、診断を行うことで、インフラの安全を守る仕

組みが構築できる。

このため、さまざまな企業が、IoT を活用したインフラ点検・監視・補修の分野に商機を見

いだしている。多くはまだ実証実験の段階にあり、将来自治体向けに売り込めるシステムを開

発している段階で、安全か危険かを判断するデータの蓄積などに取り組んでいる。

これらの種まきが実を結べば、2020 年頃には自治体向け IoT インフラ保守点検サービス市

場が立ち上がる可能性がある。

インフラメンテナンス分野の日本の有望技術

特許庁の調査によれば27、社会インフラメンテナンス技術における特許出願動向などから判

断して、日本が国際競争優位にあると考えられる技術の候補を抽出すれば、部材追加補強、繊

維(炭素繊維)シート、アセットマネジメント、構造ヘルスモニタリングの 4つが有望な技術

だという(図表16)。

図表16 社会インフラメンテナンス分野で日本が競争優位と考えられる候補技術

道路 橋梁 トンネル 建築物

・更新・構造物による法面保護工

・補強材(鋼板以外)の追加・部材追加・表面被覆

・表面被覆・当板工・部材追加・剥落防止工法

・表面被覆・含浸・部材追加

(該当なし)・繊維(炭素繊維)シート・その他の補修・補強材・接続・接着材

・繊維(炭素繊維)シート・その他の補修・補強材・接続・接着材

・その他の補修・補強材・繊維(炭素繊維)シート・接続・接着材・一般的なコンクリート

計測パラメータ

・変位量・移動量・ひずみ

・ひずみ・ひび割れ

・ひび割れ ・変位量・移動量

 計測技術 計測原理 ・光による観察(撮像)・光による観察(撮像、 反射・散乱・透過)

・光による観察(撮像、 反射・散乱・透過)・振動法

計測装置・CPU/HDDのデータ 処理部

・CPU/HDDのデータ 処理部

・イメージセンサ・CPU/HDDのデータ 処理部

・CPU/HDDのデータ 処理部・表示装置

・アセットマネジメント (リスク評価)・寿命・劣化予測(数量 化・解析アルゴリズム)

・アセットマネジメント (リスク評価)・寿命・劣化予測(数量 化・解析アルゴリズム)・構造ヘルスモニタリング (データ解析)・損傷検出(数値処理 アルゴリズム)

・アセットマネジメント (リスク評価、情報シス テム・データベース構 築)・損傷検出(画像処理・ 数値処理アルゴリズム)・構造ヘルスモニタリング

・アセットマネジメント (リスク評価)・寿命・劣化予測(数量 化・解析アルゴリズム)・ヘルスモニタリング (データ解析)

注 : 太字は特に日本が競争優位であると考えられる有望な候補技術。

出所 : 特許庁総務部企画調査課審査第一部審査調査室 「平成25年度特許出願技術動向調査:社会インフラメンテナンス技術」 を一部簡略化

 調査・診断・データ利用技術

 補修・補強工法技術

 補修・補強材料技術

27 特許庁総務部企画調査課審査第一部審査調査室「平成 25年度特許出願技術動向調査:社会インフラメンテ

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これらの強みを持つ技術を核として、事業展開先の社会インフラの実情など地域性に合った

ソリューションを提案していけば、国内だけでなく海外にも売り込める社会インフラ事業を開

発できる可能性がある。

ここで注意すべきは、いくら完成度の高い技術を開発しても、内外の自治体が導入しにくい

高価な技術では普及が進まず、ガラパゴス化してしまうことだ。

国や自治体などインフラの管理者は厳しい財政状況の中で、メンテナンスにかけられる費用

に大きな制約があることを踏まえ、技術の完成度向上と低コスト化の適正なバランスを実現で

きる研究開発や技術開発に注力すべきであろう。

ナンス技術」。

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9.越境EC

わが国越境 ECの主要相手国は米中

越境ECとは、インターネットを使って、海外の企業や消費者向けに直接販売する電子商取

引(EC:Electronic Commerce)である。ただし、音楽やソフトウェア等のダウンロード販売

は含まない。

日本企業の海外向け越境 ECは、日本からの輸出の一形態である。通常の輸出の場合、海外

のバイヤーに見てもらい、売れそうだという感触を得てからバイヤーに向けて商社を介して、

または直接輸出する。これに対し、越境 ECは海外の最終消費者に向けて直接輸出するもので

ある。

近年、越境 EC は世界中で活発化している。「eMarketer2015」の推計によれば、世界の越

境 EC市場規模は 2013年は 1,077兆ドルだったが、2016年には 1,888兆ドル、2018年には

2,489兆ドルに拡大する見通しである。

日本の場合、越境 ECの主要な相手国は米国と中国である。図表17は、日本・米国・中国

の各国間の越境EC市場規模(2015年)を推計したものである。注目されるのは、中国の消費

者の日本からの購入額が 7,956億円(前年比 31.2%増)と巨額にのぼっていることである。

爆買いが失速する中、拡大する中国人の越境 EC

2016年春以降、日本の百貨店では中国人の「爆買い」が失速したが、その一方で中国の消費

者が越境ECで日本から購入する買い物は急増している。経済産業省によると、2015年に訪日

中国人が日本で購入した買い物の総額は推定 8,090 億円である一方、中国の消費者が越境 EC

で日本から購入した商品の総額は 7,956億円と、両者はほぼ拮抗しており、2016年は越境EC

が爆買いを上回ったとみられる。経済産業省の予測によれば、中国の越境 ECでの日本の商品

の購入は 2019年には 2兆 3,000億円超に拡大する見通しであり(図表18)、越境ECに注目

する日本企業が増えている。

(単位:億円)

国[ 消費国 ]

日本からの購入額

米国からの購入額

中国からの購入額

合計

日本(対前年比)

2,019(6.9%)

210(6.8%)

2,229(6.9%)

米国(対前年比)

5,381(10.5%)

3,656(12.0%)

9,037(11.1%)

中国(対前年比)

7,956(31.2%)

8,442(34.2%)

16,398(32.7%)

合計(対前年比)

13,337(22.0%)

10,461(27.9%)

3,866(11.6%)

27,664(22.6%)

図表17 日本・米国・中国の越境ECの市場規模(2015年)

(注) 各種調査機関、文献および越境ECを行っているEC事業者ヒアリングより作成

出所 : 経済産業省「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備

    (電子商取引に関する市場調査)」 2016年6月

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37

図表18 日本・米国・中国の越境ECの市場規模(2015年)

5,381

7,956 8,442

3,656

8,451

23,359 24,786

5,742

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

日本→米国 日本→中国 米国→中国 中国→米国

2015年 2019年(億円)

(注) 販売国→消費国

出所 : 経済産業省「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引

に関する市場調査)」 2016年6月

中国人はなぜ越境 ECで買うのか

中国の越境EC利用消費者の人気商品カテゴリは、中国のネット調査会社 iResearch 社によ

ると、化粧品・美容品がトップで、以下マタニティ&ベビー用品、食品&健康、ファッション、

デジタル用品となっている。

中国人が越境 ECで買う理由は、国内では売っていない、国内で買うよりも安い、国内で買

うものより品質がよい、国内では模造品が多い、海外から買うことがステータスになる、など

である。

よく知られているように、中国では店頭に輸入品は並んでいるが偽物が多く、本物は割高で

ある。「爆買い」の本質は、中国人消費者が製品とショッピングサービスの質に対して起こした

「質への逃避」であり、中国人が越境ECで外国製品を買うのも根は同じだと、箱崎大・ジェ

トロ海外調査部中国北アジア課長は指摘する(『ジェトロセンサー』2017年 2月号)。越境EC

の拡大は、実店舗での買い物に不満を持つ中国の消費者が、製品の質・割安感・選択の自由を

求めた結果だというわけである。

中国の越境 EC消費市場のポテンシャルは大きい

世界最大のネット通販アリババグループが運営する中国最大のECプラットホーム「Tモー

ル(天猫)」が毎年 11月 11日に行う販促イベント「独身の日」の 1日の売上高(流通総額)

は 2016年には約 1兆 9,000億円(前年比 32%増)に達した。「独身の日」の越境EC部門「天

猫国際」の売上高では、2016 年に日本が首位に浮上した(2015 年は米国に次ぐ第 2 位)。1

万社を超える海外企業が参加したが、企業別の売り上げでは日本のファーストリテイリングが

6位にランクインした。

中国におけるインターネットの普及率は 2016年 6月末現在 51.7%に達しており、ネット人

口は 7億 958人にのぼる。ECによる小売り売り上げは 2010年の 5,000元から 2016年(予測

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値)は 5兆 4,000億元と 10倍以上に拡大している。2015年のEC小売売り上げは前年比 30%

増という高成長を記録し、2016 年も 20%以上増加したとみられ、中国の消費市場は EC 抜き

では語れなくなっている。

中国の 1人当たりGDPは 2020年には 1万 2,117ドルとなる見通しで(IMF予測による)、

これは日本の 1985 年ごろの水準で、今の日本の 3 割強の水準である。中国市場において高機

能・高品質を求める消費者層が今後ますます厚みを増すと予想され、高機能・高品質の日本製

品を売り込むチャンスと言える。

越境 ECに商機を見いだす日本企業

こうした中、日本企業が中国向け越境 EC に商機を見出そうとするのは当然だろう。2016

年には花王やユニ・チャームなどのメーカーが天猫国際に直営店を開設した。また、同年、ヤ

マトホールディングスが中国ネット通販 2位の京東商城と提携、日本通運が最大手のアリババ

と提携するなど、日本の大手運輸会社と中国のネット通販大手の合従連衡が進み、中国向け越

境ECのボトルネックだった物流インフラが整いつつある。

また最近では、越境ECを活用して、爆買いしたインバウンド客に帰国後に現地でも販売し

続ける体制を構築しようとする日本企業が増えている。このため、越境ECがインバウンド消

費の一部を奪っていることは確実のようだ。ただ、訪日経験とは関係なく越境ECで日本の商

品を購入する顧客もいるため、正確な影響は把握できない。

一方で、越境ECで売り上げを伸ばす日本企業は増えているが、日本企業の課題としては、

欧米企業に比べてビジネスの現地化が遅れている点が指摘されている。たとえば、米国の紙お

むつブランド「ハギーズ」は、販売状況の変化をリアルタイムで分析し、臨機応変に価格を変

え、クーポンを発行するなど、中国市場での巧みなビジネス展開が功を奏して、大躍進してい

る。

中小企業にとって貿易のハードルが低下

中小企業が越境ECを活用して海外展開(輸出)を始める事例が増えている点も注目される。

中小企業にとって、越境ECで売れば、従来の海外市場進出と比較して、素早く(短いリード

タイムで)、低コストで開業できる28。海外現地法人の設立も必要なく、海外出張すらせずに、

輸出を始めることができる。

つまり、越境ECの普及により、中小企業にとって海外事業展開(輸出)のハードルが下が

ってきた。情報通信技術の発達とECの普及の結果、今や貿易は中小企業でも気軽に始められ

るようになったのである。

越境 ECのデメリットとリスク

一方、越境ECのデメリットも指摘されている。中国向けECの場合、中国の物流・関税コ

ストが高いこと、出店代行業者に払う手数料が高いこと、出店者が急増したためサイト内で埋

もれてしまうこと、などの問題があるため、越境ECで儲けることは容易でないという現実が

ある。

28 日本政策金融公庫総合研究所が中小企業を対象に実施した「越境 ECに関するアンケート調査」によれば、

越境ECの開業費用が 10万円以下という企業が全体の 35%を占めている。

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つまり、越境ECは手軽に始められるが、実は儲けることが難しい。特に、中国の越境EC

市場は規模と将来性は世界一だが、競争が鮮烈で、成功することの難易度も世界トップクラス

だと指摘する専門家が多い。越境ECを始めれば、日本にいながらにして中国ECモールに出

店できるものの、実際に大きな成果を出している企業は多くはないようだ29。

また、越境ECのリスクとして、商品の不着や破損のリスク30、代金の回収不能のリスク、

商標権の侵害、損害賠償訴訟となった場合に訴訟場所が消費者の国となる恐れ、などのリスク

を念頭に置く必要がある。

さらに、中国政府の税制変更についても要注意だ。中国ではこれまで個人使用目的の物品を

持ち込む場合、通常の貿易よりも税率の低い「行郵税」が適用され、越境ECもこの扱いだっ

た。しかし、2016年 4月 8日に施行された中国越境EC税制変更によって、行郵税が撤廃さ

れ、越境ECの特別免税措置(個人輸入関税 50元未満免除)が廃止されることになった。そ

の後、中国政府はこの制度変更の適用を 2017年末まで延期すると発表した。しかし、中国で

は税制が頻繁に変更され、通関によって税制の解釈に違いがあることが多く、今後の展開次第

では、輸入品の通関制度が厳しくなり、通関手続きが複雑になる可能性がある

レッドオーシャンを勝ち抜くビジネスモデル

個々の出店者がそう簡単には儲けられないとはいえ、中国の越境 ECが今後も拡大すること

は確実で、商機を狙って多様な日本企業が参入してきている。前述したように、ヤマトホール

ディングスが京東集団と提携して越境宅配に乗り出したほか、インターネット広告企業のアド

ウェイズ(東京都新宿区)は、中国越境 ECに出店する日本の業者向けに中国 ECモールの販

売動向データを分析・提供するサービスを行っている。

成長する中国越境 EC業界で今最も注目されているベンチャー企業が、中国国内の一般ユー

ザー向けに EC アプリを展開するインアゴーラである31。同社は、越境 EC を始める業者が直

面する様々な煩雑な業務をすべて同社 1社でカバー(支援、代行)するビジネスモデルを構築

することで独自の価値を提供しようとしている。

インアゴーラは、熾烈な競争環境にある越境 EC業界で、価格競争にさらされるのを回避す

るには、個々の製品やサービスを単品売りするのでなく、国をまたぐ ECを行う際に発生する

諸問題を一気通貫で解決できるという独自の価値を訴求することで差異化を図り、競争優位を

確保しようとしている。

レッドオーシャンである中国越境 ECビジネスで成果を出すには、日本企業もインアゴーラ

のように、顧客に新たな価値を提供できる独自の事業モデルの開発に注力すべきであろう。

29 筆者が取材をした日本企業の海外進出を支援するコンサルサント会社では、成功確率の低さを考慮して、従来手がけていた越境EC支援サービスは現在休止しており、現地のバイヤーを発掘して通常の輸出を開始する

ことを推奨しているとのことだった。

30 国際郵便(EMS)の場合、損害については一定程度補填されるが、顧客に与える不愉快を解消する手立ては

ない。 31 インアゴーラのCEOである翁永飆(おうえいひょう)氏は伊藤忠商事での勤務経験を経て複数の起業を手

掛けている。

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40

10.反グローバリズム

トランプ現象・ブレグジットの背景にグローバル化疲れ

米国のトランプ氏は大統領選挙期間中から「グローバリズムでなくアメリカニズム(米国第

一主義)が我々の信条だ」と語り(2016年 7月の共和党大会での大統領候補受諾演説)、反グ

ローバリズム、保護主義の姿勢を鮮明にしていた。大統領に就任すればさすがに極端な保護主

義や移民排斥は修正するだろうとの見方が一部にあったが、そんな期待も裏切られつつある。

トランプ大統領は就任演説でこの国を支配する新しいビジョンは米国第一主義だと力説し、

保護こそが繁栄と強さにつながるとして、保護貿易主義を駆使して強引に投資や雇用を呼び戻

す姿勢を示した。そして、就任後直ちに通商政策の方針を発表し、TPP(環太平洋経済連携協

定)からの永久離脱やNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を表明した。

トランプ政権誕生だけではない。2016年には、世界各国でグローバリゼーションに異議を申

し立てる政治勢力が勢いを増した。英国は同年 6 月の国民投票で EU 離脱を決め、2017 年 1

月、テリーザ・メイ首相は英国の EU 離脱(ブレグジット)に関する演説において、EU 域内

市場への参加が失われようとも、EU 移民の制限を最優先事項とし、国家としての主権を完全

にEUから取り戻す「ハード・ブレグジット」を目指す姿勢を明らかにした。

トランプ現象やブレグジットが起こった背景には、米英の社会全体に「グローバル化疲れ(グ

ローバリゼーション・ファティーグ)」があり、自由貿易への反感があると、フランスの歴史・

文化人類学者エマニュエル・ドット氏は指摘する32。

特に、これまで自由貿易を推進して経済を市場原理に任せ、グローバル化を先導してきた米

国の変容は、世界の経済秩序を変える可能性がある。これまでオープンな民主主義の要である

ことが米国のソフトパワーを高めてきただけに、2017 年 1 月のトランプ政権誕生により米国

のソフトパワーが低下し、国際秩序が不透明な時代に突入することは避けられないだろう。

トランプ氏の「米国第一主義」の問題点

今やトランプ大統領の目指す自国第一主義が過激なものであることが明確になりつつある。

米国は単に内向きになるだけでなく、通商問題では近隣たたきをして、これまで他国に搾取さ

れていたものを取り返すという姿勢を見せている。

だが、多くの識者が指摘しているように、トランプ流排外主義は、米国の雇用を回復するど

ころか米経済を悪化させるだけだ。他国に工場を移す企業に高関税を課すと脅し、米国内で雇

用を増やす企業を称賛する。そうした手法は短期的な成果は出ても、中期的には米国内生産の

強要は当該企業の生産性を低下させ、国際的なサプライチェーンが寸断され、企業活動の萎縮

を招く。また、人件費等のコスト上昇が販売価格を押し上げ、物価高を招き、結果としてトラ

ンプ大統領を支持する白人低所得層はますます貧しくなる。

自由貿易についての考え方も異端

トランプ大統領の自由貿易についての考え方も間違っている。自由貿易は世界全体でより効

率的な資源配分を可能にすることで、たとえ一方的な自由化だったとしても貿易当事国の経済

の効用水準を改善するプラスサムゲームであるというのが、標準的な経済学の考え方である。

ところが、トランプ政権は、自由貿易は敗者となる国の経済を衰退させるゼロサムゲームだと

32 エマニュエル・ドット著(聞き手朝日新聞)『グローバリズム以後』2016年

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考えているようだ。

さらに、多国間の貿易協定よりも 2国間協定の方が良いと信じている点でも、トランプ氏は

間違っている。貿易協定は企業間取引とは違って、すべての企業にとっての取引条件を定める

ものである。2 国間協定にこだわると、世界の市場は寸断されてしまう。新たな 2 国間協定が

結ばれて、競争条件がいつ見直されるか分からない状況のもとでは、企業は長期的な戦略を決

めるのが難しくなり、企業活動が抑圧される。

2 国間協定の交渉においても、トランプ氏は、国際社会の国益はゼロサムゲームで、米国の

国益を増やすには他国の国益を減らす必要があると考えている可能性があり、両国のウィンウ

ィンの関係をつくることには関心がないように見える。

グローバル化が格差拡大をもたらすという考え方

米欧で反グローバリズムの動きが台頭してきた背景は、各国で共通している。グローバリゼ

ーションが雇用の喪失、貧富の格差拡大などをもたらしているという考え方が根強く存在して

いる。グローバリゼーションの進展で仕事を失うか所得を減らした人々が、その怒りを政治に

ぶつける構図である。

本当はグローバリゼーションの恩恵は安価な消費財を享受する中間層にも及んでいる。しか

し、国民の上位一握りの層だけが所得や富を増やしている現実を目の当たりにすると(図表1

9・図表20参照)、ポピュリズムの台頭を抑えることができず、グローバリゼーションのあり

方を政治的に見直す動きが強まる状況にある。

グローバル化が諸悪の根源ではない

多くの識者は、先進国における所得格差拡大や製造業などの雇用喪失の主因はグローバル化

ではなく、技術進歩にあると考えている。

10%

12%

14%

16%

18%

20%

22%

24%

1990 1995 2000 2005 2010 2015

出所 : 「World Wealth & Income Database」 より作成

図表19 米国の上位10%が全所得に占める割合

25%

30%

35%

40%

1990 1995 2000 2005 2010 2015

出所 : 「World Wealth & Income Database」 より作成

図表20 米国の上位10%が全財産に占める割合

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2007年に IMFが発表した分析では、先進国において所得格差を示すジニ係数が 2000年代

前半にかけて悪化した原因には、IT(情報技術)の進展が大きな影響を及ぼしていることが示

されている。技術進歩が IT を使いこなせる一部の人と使いこなせず仕事を失う人の二極化を

招いた可能性が高い。

また、オハイオ州立大学のエドワード・ヒル教授は、米国は 1970年から 2015年までの間に

製造業で約 700万人の雇用を失ったが、うち 8割強はオートメーション化によるもので、国外

に流れたものは 10数%に過ぎないと分析している33。

こうした技術進歩のほか、近年の主要国の低成長そのものも、中間層の所得増を阻み、格差

を助長する要因になった可能性がある。

このように、実際は諸悪の根源はグローバル化ではない。しかし、論理的にはそうであって

も、「原因は外国や移民のせい」の主張は、感覚的には万国共通して受け入れられやすい。

企業はトランプ氏が巻き起こす嵐に対応する必要がある

このように、トランプ大統領の政策は明らかに間違っている。日本としては、まず、主要国

の中で日本が米国製造業の雇用創出に最も貢献しているという事実を日米の共通認識とするこ

とが重要である。

さらに米中に次ぐ経済大国である日本には、内向きに傾斜するトランプ政権に軌道修正を求

める役割が期待される。全体最適を追求するには、世界の自由貿易を立て直す必要があり、日

本は米国の同盟国として、保護主義をとるよりも自由貿易を選択する方が相互利益につながる

ことをトランプ氏に理解させる努力をすべきだろう。

しかし、トランプ氏の言動や政策がいくら論理的に間違っていて、非合理的、荒唐無稽なも

のだと批判しても、トランプ氏は公約の実現を優先するため、自らの誤りを認め、政策を変更

する可能性は当面低そうだ。そうであるならば、企業としては、米国が間違った政策を推進す

ることを前提に、それがもたらす国際秩序の大転換を見定め、変化に対応した行動をとる必要

があろう。

その上で、トランプ政権の進める減税、規制緩和、インフラ投資などの政策を見極め、新た

な商機を見いだし、成長機会にしていく知恵が求められる。

国際協調の理想が共有されなくなるリスク

世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社であるユーラシアグループが 2017 年 1 月

4日に発表した「2017年の 10大リスク」において、第 1位に「わが道を行く米国(Independent

America)が挙げられたように、今や世界の経済活動にとって、米国の政策運営が最大のリス

ク要因になったと言える。

だが、リスクは米国だけではない。EU 加盟国の間でも、フランス、ドイツ、イタリア、オ

ランダ、ポーランド、ハンガリー、フィンランドなどで、自国第一主義、反グローバリズムの

動きが台頭してきている。仮に本年 5月のフランス大統領選でマリーヌ・ルペンが勝利するな

ど、世界にポピュリズムが広がった場合には、各国指導者の間でこれまで支持されてきた国際

協調の理想が共有されなくなる可能性がある。そうなれば、「自由貿易が全体最適だ」という正

論に耳を傾ける国が減り、各国が保護主義による部分最適を選択するアナーキーな世界が生ま

33 エドワード・ヒル・オハイオ州立大学教授「トランプがした約束は実現しない」(『ウエッジ』2017年 2月

号)

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れる可能性がある。

「想定外のことは起こりうる」という 2016 年からの教訓を踏まえれば、そうした脅威を想

定外に置いて安心するのではなく、リスクシナリオとして念頭に置いて、いざそうなった際の

リスクを低く抑える対策を予防的に講じるべきであろう。

通商のルールメーカーが米国から中国に交代するリスク

TPPを推進してきたオバマ前米大統領が、2016年 1月の一般教書演説で「TPPはアジアで

の米国のリーダーシップを強化する」「アジア地域のルールを作るのは中国ではなく、米国だ」

と語ったように、中国が米国の通商覇権を奪おうと挑んでくる動きに対し、TPPでクギを刺す

狙いがあった。

経済大国として台頭する中国に主導権をとらせずに、自由貿易主義の伝道者として米国を中

心とした経済ルールを作り、通商面で主導権を保持しようと考えた。ところが、トランプ大統

領誕生により、米国はこれまでの自由貿易主義の伝道者としての役割を放棄し、TPPを離脱し、

ルールメーカーの座を降りた。

中国はこのことを喜んでいるに違いない。このままでは、中国が主導してきたRCEP(東ア

ジア地域包括経済連携)構築を目指す動きが加速し、RCEPが世界の通商ルールのスタンダー

ドになりかねない。それは、今後の世界の通商におけるルールメーカーが米国から中国に交代

することを意味する。日欧先進諸国にとっては、こうした事態を回避できるかどうかの正念場

を迎えている。

TPPは、アベノミクスの成長戦略の成果の一つとして掲げられており、政府の試算によれば

TPP の経済効果は、GDP を約 14 兆円(約 2.6%)引き上げる効果があるとしていた。だが、

残念ながら米国の TPP離脱で、このシナリオは崩壊した。

それでも自由貿易は死なない

TPPが頓挫し、トランプ大統領が保護主義政策を掲げても、世界で自由貿易の理念が衰退す

ることはないだろう。新興国の台頭に伴い、自由貿易の重要性は今後さらに高まる可能性があ

る。

今や FTA(自由貿易協定)は単に関税を撤廃するだけの協定ではなく、企業が世界でビジネ

スをする際の知的財産権の保護や環境保護などの規制も含めた総合的なルールブックになりつ

つある。FTAは国同士が利益を奪い合うための装置ではなく、各国企業が世界を舞台に強みを

発揮し、切磋琢磨して事業活動を展開するための「土俵」づくりである。したがって、世界で

発効済の 286件(2016年末現在)の FTAが、今後次々と破棄され、自由貿易が過去の遺物に

なることは考えにくい。

新興国や途上国は、自由貿易の拡大が自国の企業活動にプラスの影響をもたらすと期待して

おり、自由貿易の推進を要望している。今後米欧で自由貿易を見直す声が政治的に高まること

が予想されるが、自由貿易の理念そのものが死ぬことはないだろう。

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[参考文献]

1) ケヴィン・ケリー著、服部桂訳『〈インターネット〉の次に来るもの-未来を決める 12の法則』、2016年

2) 東洋経済新報社『ビジネスパーソンのための人工知能超入門』、2016年

3) 江﨑浩『インターネット・バイ・デザイン』、2016年

4) クラウス・シュワブ著、世界経済フォーラム訳『第四次産業革命 ダボス会議が予測する未来』、2016年

5) 『この 1冊でまるごとわかる人工知能&IoTビジネス』日経 BP社、2016年

6) 斎藤ウィリアム浩幸『超初心者のためのサイバーセキュリティ入門』、2016年

7) 『日経ビジネス』2016年 10月 31日号「サイバー無策 企業を滅ぼす」

8) 廣瀬通孝『いずれ老いていく僕たちを 100年活躍させるための先端 VRガイド』、2016年

9) 新清士『VRビジネスの衝撃』、2016年

10) 齋藤元章『エクサスケールの衝撃』、2015年

11) 『日経情報ストラテジー』2017年 1月号「特集 ゲームだけじゃない ビジネス VR本格始動」

12) 『日経エレクトロニクス』2016年 11月号「主役交代 スマホからARグラスへ」

13) 『日経ビジネス』2016年 7月 18日号「ゲームだけじゃない VR 製造も営業も変える第 3の波」 14) 佐藤将史・八亀彰吾「新・宇宙ビジネス創造と日本産業界の挑戦」(野村総合研究所『知的資産

創造』2016年 10月号)

15) 袴田武史『HAKUTO 月面を走れ-日本人宇宙起業家の挑戦』、2016年

16) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『2017年日本はこうなる』、2016年

17) 日経 BP社『徹底予測 2017』、2016年

18) 文藝春秋『2017年の論点』、2016年

19) 『日経ビジネス』2016年 10月 10日号「ここまで進んだ 3Dプリンター生産革命」

20) 『日経エレクトロニクス』2016年 10月号「普及期迎えた 3Dプリンター」

21) 『日経ものづくり』2017年 1月号「レポート-設計革新」

22) 『日経ものづくり』2017年 1月号・2月号「GEウオッチャー-ものづくり革命の針路」

23) 『月刊事業構想』2017年 3月号「3Dプリンターを活用した事業構想 片山浩晶(ストラタシス・ジャパン社長)」

24) みずほ銀行 産業調査部 藤田公子「3D プリンターが日本のものづくりに与える影響」2013 年9月 27日

25) 大阪産業経済リサーチセンター 主任研究員 松下隆「金型製造業、成形業におけるイノベーション-三次元積層造形技術がもたらす変化-」(『産業能率』2017年 1・2月号)

26) ナノセルロースフォーラム編『図解よくわかるナノセルロース』日刊工業新聞社、2015年

27) 日本政策投資銀行「新素材として注目されるセルロースナノファイバー」、2016年 3月

28) 経済産業省「平成 25年度製造基盤技術実態等調査(製紙産業の将来展望と課題に関する調査)報告書」2014年 4月

29) 『日経ものづくり』2016 年 12 月号、「1兆円市場に向けて急伸する セルロースナノファイバー CNF」

30) 『日経エコロジー』2017 年 1 月号、「次世代素材 航空機から医薬品まで多彩な原料でナノ技術競う」

31) 日本経済新聞 2017年 1月 6日「ニュースな科学」

32) 増田貴司「新技術の普及遅らす帆船効果」(日本経済新聞 2016年 7月 1日夕刊「十字路」)

33) 日本貿易振興機構(ジェトロ)「米国主要州における PPP 法規制と運用状況に関する調査報告書」2015年 3月

34) ジェトロ「通商弘報」2016年 12月 06日「英国 生産性向上につながるインフラ整備に注力」

35) 特許庁総務部企画調査課審査第一部審査調査室 「平成 25 年度特許出願技術動向調査:社会インフラメンテナンス技術」

36) 日本総研「Research Eye:トランプ政権のインフラ投資に過度な期待は禁物」2017年 1月 25

37) 清水聡「日本のインフラ輸出推進戦略の現状と課題」(日本総研「アジア・マンスリー」2016

年 7月号)

38) 大和総研 中里幸聖「米国トランプ次期大統領のインフラ投資と日本の関係」2016 年 12 月 6 日

39) 経済産業省商務情報政策局情報経済課「平成 27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)報告書」2016年 6月

40) ジェトロ『ジェトロセンサー』2017年 2月号「【特集】中国の越境 EC」

41) 竹内英二「期待される越境ECとそのリスク」(『日本政策金融公庫論集』第 22号(2014年 2

月)

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45

42) 国際商業出版『月刊激流』2017年 2月号「流通トピックス/制度変更/爆買いの代替にはならない中国越境EC複雑な事情」

43) 国際商業出版『月刊国際商業』2017年 1月号「業界動向 中国「独身の日」、「おむつ戦争」に変化の兆し」

44) 国際商業出版『月刊激流』2016 年 12 月号「特集 インバウンド はっきり見えた爆買い後の新常識」

45) 小嵜 秀信「爆買いブームの次に備える 越境 ECで「旅アト」消費を開拓」(『月刊事業構想』2016年 7月号)

46) 『週刊東洋経済』2016年 12月 31日号 「ニュース最前線 03」

47) 『東洋経済オンライン』2017年 1月 20日「アリババが惚れた、越境 ECベンチャーの正体」

48) エマニュエル・ドット著(聞き手朝日新聞)『グローバリズム以後』2016年

49) 日本経済新聞 2016年 10月 19日「エコノフォーカス」

50) 柴山桂太・京都大学準教授「グローバリゼーションと反動」(日本経済新聞「やさしい経済学①~⑧」(2016年 10月 26日~11月 4日)

51) 前川祐輔「TPPが崖っぷちでも自由貿易の理想が死なない理由」(ニューズウィーク日本版『世界がわかる国際情勢入門』2017年 2月 9日)

52) エドワード・ヒル・オハイオ州立大学教授「トランプがした約束は実現しない」(『ウエッジ』2017年 2月号)

53) NHK取材班『トランプ政権と日本』NHK出版、2017年

54) キウリスティーヌ・ラガルド IMF 専務理事「自由なくしてグローバル経済は栄えず」(『ニューズウィーク日本語版』2017年 1月 17日号)

(ご注意)

・当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、東レ経営研究所はその正確性を保証するものではありません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承ください。

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【補遺】昨年初に筆者が発表した「2016年日本産業を読み解く 10のキーワード」

(http://www.tbr.co.jp/pdf/report/eco_g046.pdf)について、過去 1年の動向をフォローアッ

プした表を以下に掲載する。

キーワード 2016年における動き

1. IoT・インダストリー4.0

経済産業省が2016年4月に発表した「新産業構造ビジョン」中間整理で、第4次産業革命が日本の成長戦略の最大の鍵と位置付けられた。安倍政権の成長戦略「日本再興戦略2016」(6月閣議決定)でも、「第4次産業革命の実現~IoT・ビッグデータ・ロボット・人工知能」が大きな柱とされた。企業の間で、IoTの導入により生産性向上や新規事業開発を目指す動きが活発化した。

2. AI(人工知能)

安倍政権の成長戦略で、AIやロボットを積極的に活用した第4次産業革命が柱として掲げられた。2016年4月、グーグルの子会社で、英ディープマインドが開発した囲碁AIの「アルファ碁(AlphaGo)」が韓国のプロ棋士との対戦で勝利し、世界に衝撃を与えた。世界中がAIブーム一色となり、2016年の全世界のAI投資総額は50億ドル2,100万ドルと過去最高となった(米調査会社CBインサイツによる)。

3.次世代自動車(コネクテッドカー、自動運転車)

今後の自動車開発においては、「オートノミー(自動運転)」「コネクテッド」「モビリティー(カーシェアリングなどの新ビジネス)」が重要になるとの認識が広がった(出所:日経ヴェリタス2016年11月20日「車はクラウドに向かう」)。自動運転の頭脳の役割をするAI基盤を開発し、世界の自動車メーカーにそれが採用されている米エヌビディアが急成長した(時価総額が1年で3.6倍に)。

4. シェアリングエコノミー

世界の自動車メーカーが競うようにライドシェア事業者との提携・出資を行った(トヨタ自動車は米ウーバーと資本・業務提携)。世界では自家用車に乗客を乗せ、自宅に他人を泊めるビジネスが急拡大。日本でも空間(会議室、駐車場等)、スキル(子育て、家事等)、モノ(服、家電等)、移動(車、自動車等)など多様なもののシェアを仲介する新ビジネスが次々に生まれた。

5. メガFTA

TPPが2016年2月に署名されるなど、世界のメガFTAに弾みがつくかと思われた2016年だが、実際には難しい局面に入った。RCEP交渉やTTIP交渉も妥結に至らなかった。署名までたどり着いたTPPも、米大統領選でのトランプ氏勝利で米国が離脱を表明し、暗礁に乗り上げた。FTA中心に進んできた貿易自由化に対して消極的、否定的な言動が世界で浮上してきた年となった。

6. 製造業の国内回帰

日本企業が海外需要を現地生産で対応する「地産地消」を目指す基本姿勢は変わらないが、2016年は国内回帰の動きが見られた。日本の輸入比率は、過去20年間、景気回復期には一貫して上昇傾向にあったが、2015、2016年は低下(国内需要増に国内生産で対応する企業が増えた)。背景には日本の事業環境の改善、新興国における立地コスト上昇などがあると考えられる。米国ではトランプ政権が誕生し、保護貿易で製造業の国内回帰を実現する姿勢を表明。

7. オープン&クローズ戦略

知財部門の課題として、単に特許を大量に出願、登録するのでなく、事業を強くするため知財をどう使うかという観点から、オープン&クローズ戦略に取り組む企業が増加した(特許として公開するのか営業秘密として秘匿するのか、ノウハウや意匠をどうからめるか等を検討する)。さらに、IoT・AI時代のオープン&クローズ戦略を成功させるためには、知財部門が事業戦略にとどまらず、全社戦略に関わるべきという考え方が出てきた。

8. 素材の軽量化

航空機の燃費を大幅に改善する軽量素材の分野で、日本企業が優位性を持つ素材の次世代技術を開発する動きが加速した。軽量化ニーズにらみ、アルミニウム圧延メーカーが設備投資を活発化した。また、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)がトヨタ自動車の新型「プリウスPHV」(2017年2月発売)のバックドアの骨格材に使用され、普及車での採用が見えてきた。

9. 物流の進化

ネット通販需要の急拡大を背景に国内物流はサービス競争の時代に突入し、大型物流施設の開設ラッシュとなった(首都圏で2016年に稼働した物流施設の面積は8年ぶりに過去最高を更新)。トラックの運転手不足が深刻さを増す中、物流業者が荷主を選抜する時代(無駄の多い運び方をしている荷主企業は物流業者に敬遠される時代)が到来。輸送力の確保が、企業の喫緊課題に浮上してきた。

10.ものづくり中小企業と地域イノベーション

従来、ベンチャーといえばIT分野が多かったが、ここにきて急速にものづくりベンチャーが増加・拡大している。イノベーションの牽引役としてものづくりベンチャーへの注目度が高まり、大手・中堅メーカーとの連携事例が増えてきた。新潟県燕三条では、ものづくりベンチャーと地域企業が連携を通じて相互メリットを享受できる関係が築かれつつある。

出所 : 筆者作成

付表 : 「2016年日本産業を読み解く10のキーワード」のフォローアップ