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ゲンとアンネと図書館の自由 18静岡県図書館交流会 佐久間美紀子(NPOうぐいすリボン

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ゲンとアンネと図書館の自由

第18回 静岡県図書館交流会

佐久間美紀子(NPOうぐいすリボン)

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図書館の自由に関する宣言1954 採 択 1979 改 訂

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。

この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。

第1 図書館は資料収集の自由を有する

第2 図書館は資料提供の自由を有する

第3 図書館は利用者の秘密を守る

第4 図書館はすべての検閲に反対する

図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

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『はだしのゲン』事件 1

2012年 8月 松江市議会に小中学校からの撤去を求めて市民が陳情12月 松江市議会が陳情不採択を決定〃 松江市教委が校長会で閉架図書にするよう要請

2013年 8月 閲覧制限の問題が報道で発覚約10日後に松江市教委が撤回

〃 鳥取市立図書館でも2011年から事務室保管していたことがわかり、開架に戻される

9月 「新しい歴史教科書をつくる会」が有害図書として教育現場からの撤去を求める要望書を下村博文文部科学相あてに提出

9月~12月 東京都内の自治体で、学校図書館からの撤去請願と、逆に自由閲覧を求める陳情とが多数出される

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東京新聞の一面トップで

報じられた撤去請願

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『はだしのゲン』事件2

11月 大阪府泉佐野市の教育長が一部小中学校に校長室での保管を要請

2014年 1月 泉佐野市教委が、所有していた全小中学校から回収〃 泉佐野市立校長会は回収指示の撤回と

漫画の返却を求める要望書を教育長に提出〃 教育長は市長の意向を理由に、「閲覧記録を

確認するなどして読んだ子を特定し個別に指導できないか」と打診

2月 神奈川県で「新しい歴史教科書をつくる会」が青少年保護条例の有害図書として審議するよう陳情

3月 泉佐野市教委が各校に蔵書を返却

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ゲン事件が投げかけた問題点1

良書主義の功罪

マンガというジャンル全体が悪書=子どもに有害*図書館の児童サービスで、マンガは長い間対象外だった。

*青少年条例による有害図書指定は、マンガ規制として始まった。

↓よいマンガもある*『はだしのゲン』は、学校で読める数少ないマンガだった。

*『ゲン』擁護論の中にある「よいマンガだから図書館におくべき」という主張は、良書主義をひきずっている。

↓リテラシー教育へ?*マンガを読み解く&評価するための資料として学校図書館にマンガをそろえる

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ゲン事件が投げかけた問題点2

青少年条例による有害図書指定

各地で有害指定された図書

1970年 ジョージ秋山『アシュラ』

手塚治虫『やけっぱちのマリア』

1991年 桂正和『電影少女』

1997年 鶴見済『完全自殺マニュアル』

2000年 『少女コミック』

2001年 『タイ買春読本』

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*青少年条例による有害図書指定の内容の変質

1 個別規制から包括規制へ

2 指定理由の追加(性表現規制から社会的価値規制へ)→『完全自殺マニュアル』

3 販売規制から流通規制、図書館の蔵書規制へ

→『タイ買春読本』(すでに絶版になっており、図書館でしか読めない時点での有害指定)

「知的自由」の意義が浸透するにつれ、成人に対する規制

が難しくなり、青少年保護の名目での規制にシフトした

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第2条 静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例による指定等の基準

1 条例第9条1項に規定する有害図書類の指定の基準は次のとおりとする(1) 著しく性的感情を刺激するもの(2) 著しく粗暴性若しくは残虐性を助長するもの(3) 著しく道義心を傷つけるもの

ア 民主主義の原則に反する思想や行動を極端に表現しているもの

イ 訴訟及び裁判の手続きを正しく表現しないもの又は裁判を不当に風刺し、あざけるように表現しているもの

ウ 宗教を取り扱う場合においては、それを故意に風刺し、あざけり、又は憎悪をもって表現しているもの

エ 虚偽、どん欲、怠惰、憎悪 放とう等罪科の賞賛を暗示するもの

オ 結婚を神聖視せず、家庭を尊重しないなど、奔放な結婚を容認する等、結婚を軽々しく取り扱っているもの

カ 背徳的な男女関係を魅力的に扱ったり、又は肯定するような表現をしているもの

キ 売春を正当視したり、女性及び年少者の人身売買並びに身体障害者及び病傷者を素材として刺激的に取り扱っているもの

ク 自殺を正当視したり、心中することを魅力的に表現しているものケ その他素材、表現において青少年の道義心を著しく傷つけるもの

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ゲン事件が投げかけた問題点3

学校図書館の選書

自由宣言第1 資料収集の自由

(1) 多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する。

*公共図書館を想定して作られた自由宣言のこの条項を、学校図書館に適用するときの課題とは

*「多様な、対立する意見のある問題」とは

科学・歴史学などで定説となっているものの対立意見は

ex スモン・ウィルス説(薬剤キノホルムによるスモン病に対して、製薬会社などが主張した説)は入れるべきか

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ゲン事件が投げかけた問題点3

学校図書館の選書 2

蔵書構成*他にどんな本が並んでいるかで読み方も変わる

*その問題を扱っている本がそれしかない、という状況は検閲に弱い

多様性と相対化

*多様な意見の紹介も、不用意に行うと、混乱や知的ニヒリズムを呼び込む危険性がある

市長・教育長などによる選書への政治的介入↓

知的自由・知る権利の学習リテラシー教育の必要性それが可能になる蔵書構成へ

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ゲン事件が投げかけた問題点4

書庫保存という問題

*書庫保存にはいろいろな理由があるa 蔵書の増加

b 開架書架の新陳代謝や季節ものの入れ替え

c 貴重資料の保全・盗難防止

d 検閲的介入

*どの理由による書庫移動か、利用者からはわかりにくい(本にも理由は貼ってない)

*書庫保存になると利用は減る

*職員に依頼しないと読めないのでプライバシーのレベルが下がる

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ゲン事件が投げかけた問題点5

学校図書館と読書記録

*これまでの学校図書館での貸出方式(ニューアーク式)は、閲覧履歴が全部見えた

*読書履歴は教師による読書指導の材料とされてきた

↓「学校図書館にプライバシーは(必要)ない」というイメージがまだ共有されている漫画にみる「図書館の自由」 沖縄国際大学総合文化学部講師 山口真也

www.okiu.ac.jp/sogobunka/nihonbunka/syamaguchi/mangajiyu.doc

↓新しい貸し出し方式を経験した子どもが大人になるまで待たなくてはならない?

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『アンネの日記』事件

2014年1月 都内の公立図書館で『アンネの日記』とその関連書が多数破られているのが発覚(3市5区で38館311冊)

図書館から警察に被害届が出される

2月21日 マスコミ各社が報道

図書館は関連本を書庫やカウンターに保存したり、逆に特集コーナーを作るなど対応

3月13日 容疑者を逮捕 被害にあった図書館や書店の監視カメラに映っていたと報じられる

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アンネ事件が投げかけた問題 1

図書・資料の破損・紛失理由のいろいろ

*盗難の多発

(隠れているが、実は一番大きな問題)

*検閲的介入

(アンネの日記事件・富山県立「天皇図録」事件)

*除籍という名の廃棄

(船橋西図書館事件・武雄市図書館事件)

*事故

(東日本大震災では、多くの貴重書が流失・破損した)

利用者にとってはどの理由であれ、「ある日書架から消えて読めなくなる」のは同じ

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たとえこの万引き犯が

10万人の利用者のうちの

たった一人であっても・・・

「図書館の自由」には無関心で、ただ自分が欲しい本を万引きするだけ、という行為も、積み重なれば蔵書構成を変え、選書基準を変え、「誰もが自由に読める」環境を破壊してしまう。

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アンネ事件が投げかけた問題 2

破損・紛失対策はいずれもプライバシー問題にかかわる

*書庫移動

*防犯カメラ(痴漢・ホームレス対策を含む)

*館内パトロール(痴漢・ホームレス対策を含む)

*読書記録の保存

*ICタグ装備

*電子書籍化

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そして、こうした対策はいずれも確信犯に対しては無効

↓「ならば、事前にチェック体制を」ではなく、

「事後にみんなで手当を」の方向へ

「誰でも・いつでも・自由に」図書館資料を利用できる状況はリスクを覚悟しなくてはならない

リスクを負っても維持しなくてはならない大事な価値だということにどれだけ賛同を得られるか

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資料保全かプライバシー保全か最悪の二者択一に陥らないために

*「図書館の自由」を守るのは、行政・図書館・利用者・住民すべてである(行政に守らせれば済む、という問題ではない)

*問題が起こったらそれぞれの位相でできることをする(アンネ事件では利用者・市民からの多数の寄贈申し出があった)

*資料の多様性・分散化(種の多様性と放散は絶滅回避に有効なので進化してきた)

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「その後」の課題

第1 図書館は資料収集の自由を有する

(4) 個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。

↓事件は無事解決したとしても、その後に自己規制が行われれば、圧力・干渉は成功したことになってしまう

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「その後」の自由のために

*蔵書への抗議は記録され公開されているか

*選書・書庫入れ基準に変化はあったか

*防犯カメラの新設・増設はあったか

*「図書館の自由」について、情報公開・情報発信はされているか

*以上のような問題点をチェックし、評価するためのシステムはあるか

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抗議の記録 1

アメリカ自由人権協会が調査した1982年時点で最も非難された資料

• 『十五歳の遺書 アリスの愛と死の日記』

• サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』

• J.ブルーム『キャサリンの愛の日』

• スタインベック『二十日鼠と人間』

• カート・ヴォネガット『スローターハウス5』• マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』

『ハックルベリー・フィンの冒険』については、作中の“ニガー”(黒人に対する差別用語)を“奴隷”に書き換えた改訂版が2011年に米国で出版され、賛否が議論となった。

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抗議の記録 21981年愛知県高等学校教職員組合が調査した

学校管理職により購入禁止された図書

早乙女勝元 『東京が燃えた日』 岩波書店

理由「戦争を扱っているからいけない」

もろさわ・ようこ編 『女たちの明日』 平凡社 理由「"女"はいけない」

水田洋 『自由主義の夜明け スミス伝』 国土社

理由「"自由"はいけない」

松田道弘 『トランプのたのしみ』 筑摩書房 理由「"遊び"はいけない」

木島始 『地球に生きるうた』 偕成社 理由「"生きる"はいけない」

谷藤正三・谷藤正典 『住みよい町づくり』 森北出版

理由「"町づくり"はいけない」

渋谷陽一 『ロックミュージック進化論』 日本放送協会出版

理由「"ロック"はいけない」

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図書館の自由に関する宣言1954 採 択 1979 改 訂

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。

この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。

第1 図書館は資料収集の自由を有する

第2 図書館は資料提供の自由を有する

第3 図書館は利用者の秘密を守る

第4 図書館はすべての検閲に反対する

図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

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図書館の自由を守る「われわれ」とは誰か

*宣言が採択された1954年、あるいは改定された1979年時代において、「われわれ」は、 「司書」という専門職集団を想定していた

*「図書館の自由」は職業倫理として、プロの自覚を持つ図書館人たちによって担われてきた

しかし・・・

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図書館の経年変化1990-2011図書館年鑑 2013より

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

19901993199619992002200520082011

図書館数

0

1

2

3

4

5

6

1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011

国民1人 当たり

貸出冊数

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011

専任職員の割合(%)

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図書館を支える職員の変化と専門職集団の解体

*正規職員の減少(全職員の3割に)*非常勤職員は多く3~5年で雇い止めになる

1年契約の場合もある→ 経験者が育たない モチベーションが維持できない「 不安定雇用で、厄介な問題にかかわりたくない」

*身分の多様化による混乱と分断自治体雇用(正規・非正規)派遣会社雇用委託先雇用(正規・非正規)指定管理雇用(正規・非正規)

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図書館の自由に関する全国公立図書館調査(2011) 日本図書館協会

図書館の自由に関する研修を実施しているか

a研修会に職員を派遣b館として研修会を実施c実施していない

a b c ab ac NA 計72 66 782 18 2 5 945

「図書館の自由宣言」について、図書館職員がどこまで理解しているか、はなはだ心もとない状況になっている

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『老いの超え方』(2006)の提供状況は

a提供制限はしていないb受け入れはしているが提供を制限しているc保存年限を過ぎたので廃棄d問題となったので廃棄eもともと所蔵していないa b c d e NA 計542 41 5 17 333 7 945

注 『老いの超え方』 は作中に差別表現があったとして、市民団体から問題にされた。出版社から各図書館に対し、本に注意書きを貼るよう依頼があった。廃棄は求められていない。

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図書館資料への介入と図書館の自由擁護の活動は

いろいろな位相で行われている

*市民 (排除申請 VS 自由閲覧陳情)

*図書館利用者 (破損・盗み VS 収集・寄贈)

*首長・教育委員会・学校

(泉佐野市の市長 VS 校長会)

*図書館

(松江市学校図書館 VS 東京都区立図書館)

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エジプト考古学博物館を略奪から守るため、手をつなぐ市民たち 朝日新聞2011.1.31

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正規職員か非正規職員か

スタッフか利用者か

住民か外来者か

官か民か

などの区別は無関係

大事なものを守るために

自分にできることをする=行動する

=「人間の鎖」に参加する人が

「われわれ」