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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証 《論文要旨》 本稿の目的は,政府支出の拡大がマクロ経済や財政運営などに及ぼす影響を検証 することである。 無制約VARを用いたコンパクトなモデルによる分析では,政府支出の増加は最 終的には民間需要を刺激する効果を持つものの,当初の1年間程度は民間需要を抑 制する効果も観測された。さらに,期間を分割したモデルをもとに分析すると,前 半に比べ後半のプラス効果が小さくなっていることが明らかになった。また,長期 金利に対しては政府支出のショックはこれを押し上げる効果を持つといったクラウ ディング・アウト効果も計測された。 さらに,小規模なマクロ経済モデルを想定し,構造型VARモデルを構築して分 析を行ったが,無制約VARモデルによるものと,ほぼ同様な結論が得られた。政 府支出の増加ショックは民間消費に対しておよそ3年間にわたって正の効果を持つ 一方,民間投資に対してはショック発生後,3期間にわたってマイナスの影響がみ られる。その後,民間投資への正の効果が3~9期にわたって表れ次第に減衰して いく。なお,期間を分割したモデルでは,一貫して民間投資に負の効果を与えてお り,クラウディング・アウトが確認された。 これらの分析をもとに,政府支出乗数を計測すると,前半期間を対象に推定した モデルでは3年間の累積乗数は1,551であるのに対し,後半を対象としたモデルで は0.555と大幅に低下している。 政府支出増加に伴う財政赤字への効果をみると,最終的には財政赤字拡大をもた らすという結果が得られた。とりわけ,後半期間を対象としたモデルでは財政赤字 拡大が明確にみられ,政府支出の拡大は税収増から財政運営の健全化をもたらすと いう見方は成立しないと考えられる。 キーワード:政府支出,構造型VARモデル,クラウディング・アウト,財政赤字 (603) 167

政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証 · マクロ経済に対して有効な効果を持っているかどうかについての慎重な検討 が必要であると考える。本稿の目的は,政府支出の拡大に関する効果を,

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

加 藤 久 和

《論文要旨》

 本稿の目的は,政府支出の拡大がマクロ経済や財政運営などに及ぼす影響を検証

することである。

 無制約VARを用いたコンパクトなモデルによる分析では,政府支出の増加は最

終的には民間需要を刺激する効果を持つものの,当初の1年間程度は民間需要を抑

制する効果も観測された。さらに,期間を分割したモデルをもとに分析すると,前

半に比べ後半のプラス効果が小さくなっていることが明らかになった。また,長期

金利に対しては政府支出のショックはこれを押し上げる効果を持つといったクラウ

ディング・アウト効果も計測された。

 さらに,小規模なマクロ経済モデルを想定し,構造型VARモデルを構築して分

析を行ったが,無制約VARモデルによるものと,ほぼ同様な結論が得られた。政

府支出の増加ショックは民間消費に対しておよそ3年間にわたって正の効果を持つ

一方,民間投資に対してはショック発生後,3期間にわたってマイナスの影響がみ

られる。その後,民間投資への正の効果が3~9期にわたって表れ次第に減衰して

いく。なお,期間を分割したモデルでは,一貫して民間投資に負の効果を与えてお

り,クラウディング・アウトが確認された。

 これらの分析をもとに,政府支出乗数を計測すると,前半期間を対象に推定した

モデルでは3年間の累積乗数は1,551であるのに対し,後半を対象としたモデルで

は0.555と大幅に低下している。

 政府支出増加に伴う財政赤字への効果をみると,最終的には財政赤字拡大をもた

らすという結果が得られた。とりわけ,後半期間を対象としたモデルでは財政赤字

拡大が明確にみられ,政府支出の拡大は税収増から財政運営の健全化をもたらすと

いう見方は成立しないと考えられる。

キーワード:政府支出,構造型VARモデル,クラウディング・アウト,財政赤字

(603) 167

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政経論叢 第78巻第5・6号

はじめに

 2008年秋の世界的な金融危機を契機とした景気後退は,政府の役割に関

する見方の転換を促した。第一に,景気対策の主役が金融政策から財政政策

へと,その軸足を移しつつある。わが国をはじめアメリカ,ドイツ,イギリ

ス等の先進国では財政出動による景気対策が行われている。第二は,この金

融危機がいわゆる行き過ぎた市場主義への警告として受け取られ,政府の役

割の拡大が議論されている。わが国では小泉政権時に行われた構造改革の弊

害が指摘され,麻生政権下では定額給付金の交付などを目玉にした景気対策

が実施されている。

 こうした財政政策へのシフトや政府の役割の拡大は,わが国にとっても必

要かつ緊急を要するものであろうか。先進国の中では群を抜いた政府債務残

高を抱え,政府支出の非効率性が指摘されるわが国では,政府支出の拡大が

マクロ経済に対して有効な効果を持っているかどうかについての慎重な検討

が必要であると考える。本稿の目的は,政府支出の拡大に関する効果を,

VARモデルを利用して検証することである。

 VARモデルによる財政政策の効果を解析した先行研究は多くある。しか

しながら,金融危機克服のための財政政策の必要性の見直しと高まりを踏ま

えて,最近時までのデータを利用し,その有効性を改めて検証することは重

要であると考え,本稿を作成した。

 本稿の構成は以下のとおりである。最初に財政政策とその効果をめぐるい

くつかの議論を整理する。これは本稿のモチベーションを明らかにすること

でもある。次いで,これらの問題意識にそって,コンパクトな無制約VAR

モデルを用いた検証を行う。その結果,政府支出の増加がマクロ経済に及ぼ

す効果が低下してきていることなどが明らかにされる。次の章では,小型マ

 168                                                          (604)

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         政府支出が民間需要に及ぽす効果の検証

クロ経済モデルを想定した構造型VARモデルを構築し,多角的な視点から

財政政策の効果や,政府支出と財政赤字の関係を考察する。

1.財政政策とその短期的影響をめぐる議論

1.1 財政政策をめぐるいくつかの議論

 アメリカにおける過剰流動性に端を発した今次の景気後退に直面し,先進

諸国をはじめ多くの国では財政支出増加を柱とする景気対策が進められてい

る。わが国でも麻生内閣の下,3回もの補正予算を編成し,4度にわたる景

気対策を実施した。その規模は国費を必要とするものだけでも25兆円を超

えている(内閣府(2009),pp.75,表1-3-10参照)。

 一方,平成21年度(2009年度)の当初予算では33.3兆円の国債発行が予

定され公債依存度は37.6%と平成20年度の30.5%を大きく上回っている。

その結果,平成21年度末の政府の長期債務残高は641兆円と見込まれ,対

GDP比で125.6%に達し, OECD諸国の中でも突出して高い水準となってい

る。政府は,短期的な経済対策のための財政支出と景気低迷による税収減の

ため,当初2011年度に見込んでいたプライマリーバランスの回復目標を,

2010年代半ばに「国・地方の債務残高対GDP比の安定的引下げ」という目

標に切り替えた。

 財政出動による経済成長の回復とこれに伴う税収増によって健全財政を確

立する,といういわば伝統的なケインズ政策とそれに伴う財政規律の回復に

対する疑問は大きい。もちろん,政府支出がGDPの需要項目に含まれてい

るのであるから,政府支出を増やせばGDPはその分増加することは自明に

見える。しかしながら,近年このような見方に関していくつもの否定的反

論がなされている。その典型的な反論として,乗数効果低下論,新古典派的

ビュー,および負の非ケインズ効果の三点がある。乗数効果低下論は,近年

 (605)                                                       169

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           政経論叢 第78巻第5・6号

になるほど政府支出乗数が低下しているとするものであり(加藤(2003),

堀他(2001)など),グローバル化や消費性向の低下などその要因は多岐に

わたるが,後述するクラウディング・アウトの議論も重要である。新古典派

的ビューは,一国内で利用可能な資源は有限であるので,政府支出の拡大は

民間需要を抑制する,と要約することができる。これは政府行動が家計の異

時点間の予算制約に変更をもたらさないという,リカーディアン的見方でも

ある。

 非ケインズ効果は,政府債務の拡大とこれに伴う家計の合理的行動から短

期的な政府支出が必ずしも民間需要を刺激するものではないことを述べる

(中里(2005),亀田(2008)他)。政府の財政運営の態度が家計の将来期待

を変化させ,政府支出の増加が将来の増税等の負担を増加させることにつな

がる。新古典派的な世界(リカーディアン)では将来の増税が現在の政府支

出増加をまかなうに等しい税率であれば民間需要に対して影響をもたないが,

しかし実際の税構造には歪みがあり,増税による厚生損失を見込むとより高

い税率を課すことにつながる。このことを予見する家計は現在の支出を抑制

することにつながる。これによって財政成果は短期的に民間需要の抑制につ

ながることになる。反対に政府債務の減少は将来負担のそれ以上の減少を期

待させるのであれば現在の需要を促進することになる。

 以上の議論とは多々離れるものの,政府債務の増加と物価の関係をめぐる

物価水準の財政理論がある(渡辺・岩村(2004)など参照)。簡潔に要約す

れば,財政運営の持続可能性が満たされれば(No-Ponzi条件が満たされれ

ば),現在の名目政府債務残高は将来の実質財政余剰と物価水準の積と等し

くなければならない。将来の財政余剰の期待値に変化がないとすると,財政

支出の増加が現在の名目政府債務を増加させれば,それは物価水準の上昇を

もたらすことになる。近年の物価水準はデフレ傾向から抜け出しつつあると

はいえ低水準にあり,物価水準の財政理論が述べる状況ではないものの,こ

 170                                                    (606)

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うした効果についても検討すべき意味があると考えられる。

 最後に,クラウディング・アウトに関する議論にも触れておきたい。2009

年8月の時点では10年物長期国債の利回りは1%台に留まり,国債発行が

増加する中で金利上昇は見られず,デフォルト不安に伴うリスクプレミアム

の上昇は観測されていないω。財政支出の増加は長短金利の上昇を引き起こ

さないとするならば,クラウディング・アウトの懸念は取り払われ,設備投

資などに対する負の影響は生じないことになる。今後も政府債務の拡大が長

期金利等の上昇をもたらさないのか,という点についても注視する必要があ

ろう。

1.2解明すべき仮説と実証分析のモチベーション①:無制約VAR

  による分析

 財政政策をめぐるいくつかの議論で紹介した仮説について,本論文では二

つの方法を用いて実証的に解明を進めたい。第一は,同時点の変数間の関係

に制約を置かないという意味での無制約VARモデルを用い,議論の核心を

構成する少数の変数間の関係を探るというものである。後述する構造型

VARモデルと比べると,いわば部分均衡分析的なアプローチであると言え

よう。

 第一番目の仮説は,政府支出の拡大が民間需要を刺激しているのかどうか

という,まさに財政政策の有用性をめぐるものである。政府支出に対する外

生的ショックが民間需要等に対して正の効果を持つかどうかについて検証を

行う。民間需要に対する刺激がない,あるいは低下しているということが判

明すれば,それは乗数効果低下論もしくは新古典派的ビュー,負の非ケイン

ズ効果がその背景にあるということになる。

 第二番目の仮説は,クラウディング・アウト効果が存在するかどうかとい

う点について,財政赤字の拡大が与える金利への影響から分析を行う。具体

 (607)                                                       171

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的には,政府支出の拡大が財政赤字を引き起こしこれが長期金利上昇につな

がっているのかどうかということである。

 第三番目の仮説は,物価の財政理論を背景として,財政赤字拡大がインフ

レ効果を持つかということの解明である。最後の仮説は,財政支出拡大は租

税収入を増やしたかどうかという点の検証である。

 以上の四つの仮説をモチベーションとして3変数の無制約VARモデルを

推定し,インパルス応答を計算する。無制約の小規模VARモデルを採用し

た理由は,動学的に複雑に絡む変数間の関係を,単純かつ明示的に示したい

という動機からのものである。

1.3解明すべき仮説と実証分析のモチベーション② 構造型VAR

  による分析

 本論文の後半では6~8変数を用いた構造型VARモデルを構築し,政府

支出のマクロ経済に対する総合的効果を検証する。これは1.2の方法論と比

べると一般均衡的なアプローチであり,1.2による無制約VARの方法が上

記仮説の判定を行うために簡素化されたものであるのに対し,構造的VAR

による方法は政府支出拡大による財政政策の短期的な総合効果を捉えること

を主眼としている。

 政府支出を増加させる外部ショックが生じた場合,民間需要(民間消費と

民間投資)に対してどのような影響が見られるのかが第一の関心である。こ

れに関連して,長期金利へのパスなどを考慮した場合,クラウディング・ア

ウトが観測されることはないのかどうかについても明らかにしたい。さらに,

政府支出増加が最終的に国内総生産にどれほどの効果を持つのかという点を

示すには政府支出乗数を求める必要があるが,これについても試算を行う。

このような民間需要への影響や政府支出乗数の大きさは,時期によって異な

るのかどうかを確認することも重要な検討対象である。

 172                                                       (608)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

 構造型VARモデルではもうひとつ,政府支出の増加が財政赤字を減らす

効果を有しているのか,あるいは反対に増やす方向に働いているのかを見極

めることも関心事である。政府支出増加が民間需要を刺激し,それによって

税収が増えるのであれば財政運営の健全化に資することになるが,そうでな

ければ財政政策は政府運営の持続可能性に懸念をもたらすことになる。

1.4 主要な先行研究

 本研究と同様にVARモデルを用いて財政政策等の効果を検証した先行研

究は多い。例えば中里(2005)はそのすぐれたサーベイを与えているが,こ

こでは無制約VARモデルと構造型VARモデルに分けて,近年の代表的な

先行研究の内容を整理しておく。

 1.4.1 無制約VARモデルの先行研究例

 中澤・大西・原田(2002)では1980年第1四半期から2001年第2四半期

までを対象期間として,実質公的資本形成,マネーサプライ,長期金利,輸

出,GDP, GDPデフレータの変数を用いた分析を行っている。その結果,

拡張的な財政政策は実質GDPの成長率や物価上昇率に対し一時的な拡大効

果があることを確認している。また,こうした拡張的な財政政策は長期金利

をわずかであるが高めることも計測しており,このことからクラウディング・

アウトを引き起こす可能性を指摘している。

 田中・北野(2002)は先進9力国間の比較を行う中で,日本の財政政策の

効果についても検討を加えている。対象とした期間は1980年第1四半期か

ら2000年第4四半期までであり,GDP,政府支出,外需,マネーサプライ,

為替レート,短期金利,物価水準といった変数を用いてVARモデルを構築

した。日本の財政政策については,政府支出の1%のショックを与えてから

の1年間でGDP成長率を0.36%押し上げる効果があるとしている。

 (609)                                                       173

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          政経論叢第78巻第5・6号

 中里・小西(2004)では公的固定資本形成,民間投資,民間最終消費,

GDPデフレータ,マネーサプライなどの変数からなるVARモデルによる

分析を行っている。対象期間は1980年第2四半期から2001年第1四半期ま

でである。分析の結果,公的資本形成の民間消費刺激効果は限定的であり1

年程度で減衰していることや,民間投資に関してはほとんど影響を与えず,

マイナスの効果さえみられることを示している。

 北浦・松本(2004),北浦・南雲・松本(2005)は,1978年第1四半期か

ら2004年第1四半期までの期間を対象に,公共投資から民間設備投資への

波及経路を想定して財政支出乗数の計算等を行っている。また,財政支出,

輸出,輸入,民間企業設備投資,民間住宅投資,民間最終消費支出を変数と

した6変数のVARモデルなどでは,前期(1978年第1四半期から1991年

第1四半期),後期(1991年第2四半期から2004年第1四半期)に分けて

インパルス応答の比較をしている。この分析から80年代と90年代の財政政

策の短期的効果を比較すると,90年代の財政支出乗数は1を上回っており,

必ずしも80年代と比較して低下したとはいえないと結論している。

 無制約VARモデルによる検証ではこの他,近藤・井堀(1999)や中里・

伊藤・川出(2004)などがある。

 1.4.2 構造型VARモデルの先行研究例

 近年では構造的VARを用いた研究が増えている。 Ramaswamy and

Rendu(2000)は1973年第1四半期から1998年第2四半期までを対象に,

8変数のモデルを構築した。分析の結果,1990年代の経済低迷期における財

政政策はそれほど有効的ではなく,需要刺激にとって十分なものではなかっ

た,などとしている。

 鴨井・橘木(2001)では1975年第1四半期から1998年第4四半期にかけ

て,GDP,民間最終消費,民間企業設備投資,公的固定資本形成,租税収

 174                                                     (610)

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         政府支出が民間需要に及ぽす効果の検証

入,貨幣残高の6変数のモデルを構築している。対象期間を分割した分析で

は,前半(1975年第1四半期から1990年第4四半期)においては弱いなが

らも公共投資の民間需要に対するプラスの影響があったものの,後半(1985

年第1四半期から1998年第4四半期)では消費刺激効果は見られず,また

投資に対するクラウディング・アウトの可能性が観測されている。

 加藤(2001)は政府支出,民間需要,税収,完全失業率の4変数からなる

構造型VARモデルを作成し,政府支出のショックは民間需要の刺激をもた

らしており,財政支出乗数はおよそ1.43となることなどを示した。その一

方,税収増をもたらす効果には乏しいといった結果も得られた。また,期間

を分割した場合,前半(1970年第1四半期から1984年第4四半期)の方が

後半(1985年第1四半期から1999年第1四半期)よりも政府支出のインパ

クトの程度は大きいことが計測されている。

 加藤涼(2003)では税収,政府支出,GDP, GDPデフレータ,長期金利

の5変数を用い,1980年第1四半期から2002年第3四半期までの分析を行っ

ている。結論としては,短期的な財政支出乗数は0.9程度であるが,長期的

な効果については明確な試算結果が得られないなどとしている。また,長期

金利についても有意な影響が得られなかったと報告されている。

 藤井(2008)は1978年第1四半期から2005年第2四半期を対象に,政府

最終消費,公的固定資本形成,長期金利,税収,民間最終消費,GDPの6

変数モデルを作成している。財政政策の効果がとりわけ2000年以降に低下

していることをインパルス応答の計測をもとに示し,その背景として非ケイ

ンズ効果の存在を挙げている。また,期間の分割については構造変化を考慮

した処理を行う等の工夫をしている。

(611) 175

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政経論叢第78巻第5・6号

2.VARモデルによる財政政策の効果の検証

2.1 データ

 2.1.1 データの出所と変換

 本章以下で使用するデータのうち,政府支出,民間需要(民間消費,民間

固定資本形成),税収,物価上昇率に関しては,国民経済計算(93SNA)か

ら得た四半期データ(実質値(固定基準年(2000年基準)方式)を利用し

た(2)。政府支出は政府最終消費支出と公的総固定資本形成の合計額とし,民

間需要は国内総生産から政府支出額を除いた値と定義している。税収は一般

政府の第1次所得の配分勘定にある「生産・輸入品に課される税(受取)」

と第2次所得の分配勘定にある「所得・富等に課される経常税(受取)」の

合計額とし,財政赤字はこの税収から政府支出額を引いた値としている。こ

れは国民経済計算上のプライマリー赤字に相当する。物価上昇率はGDPデ

フレータ上昇率を用いた。物価上昇率を除き,これらの変数はいずれも季節

調整を行った上で対数に変換して使用した。

 その他の変数としては完全失業率,長期利子率がある。このうち完全失業

率は総務省「労働力調査」に基づく四半期ベースの完全失業率を用いた。長

期利子率は長期国債流通利回りを四半期ベースに変換したものから物価上昇

率を引いて実質利子率に変換している。いずれも季節調整を行った上で使用

している。

 以上に基づき,VARモデルの推定に関するサンプル期間は,国民経済計

算(93SNA)からのデータにあわせて1980年第1四半期から2008年第1

四半期までとする。

176 (612)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

表1 単位根検定の結果(ADF検定)

水 準 1階階差 水 準 1階階差

政府支出

@1ag次数

一1,987

堰≠O

一10.27  長期金利

堰≠n   lag次数

一2.772

y=4

一6.796

y=3民間需要

@Iag次数

一1.552

宴j0一3.862  物価上昇率

鴛ム2   1ag次数一L671

e=4

一5。647

y=3失業率

@1ag次数一L287

y=3一3.225  民間消費

f=2   1ag次数

一2.363

v=3

一4.522

堰≠Q

財政赤字

@1ag次数一1.376

y=0一12.39  民間固定資本形成

y=O   lag次数一L681堰≠Q

一5.145

y=1税収

@1ag次数

一1.707

f=0

一12.09

v=0

注:各変数は季節調整を行っている。

 失業率,長期金利,物価上昇率以外は対数変換している。

 推定式には定数項を含めている。

 ラグ次数の決定はSchwarz情報量基準による。 検定期間は1980:1~2008:1である。 5%critical valueは一2.887である。

 2.1.2 変数の定常性

 VARモデルを構築するには各変数が定常でなければならない。そのため

使用する各変数の単位根検定を行った。その結果をまとめたものが表1であ

る。単位根検定についてはADF検定(定数項を含む)を採用し,ラグ次数

についてはSchwartz情報量基準によって判定を行った(3)。使用する9つの

変数のほとんどが単位根を持つという帰無仮説を棄却できなかったため,1

階の階差をとって再度単位根検定を行ったところ,帰無仮説は棄却された。

以上から長期利子率を除いて1(1)変数と仮定して,VARモデルを構築す

る際には階差変数を用いることとしたω。

2,2VARモデルと一般化インパルス応答関数

2。2.l VMAモデルへの変換

VAR(p)モデルを(1)式のように定義する。ただし, yはn次ベクトル

(613)                                                          177

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           政経論叢 第78巻第5。6号

である。

   y、一・+φIY、.1+φ、〃,一、+…+φ,9,.,+εご    (1)

ここでφは係数行列,εは撹乱項である。撹乱項はホワイトノイズであり,

分散共分散行列はE(ε∫εP=Ωとする。

 一般にVAR(p)モデルは(2)式のようなVMA(。。)モデルへ変換する

ことができる。

   〃、 一.Xt+y(L)・t          (2)

         coただし,y(L)εt=Σ望ε日である。このときVAR(p)モデルの係数行         i=o列とVMA(。。)モデルの係数行列には(3)式のような関係がある(5)。

   Vs一φ1璽一1+φ、Y,.,+…+φ,翼つ      (3)

   ただし,Vo=φ1

このとき,インパルス応答関数は(4)式として定義される。

   ∂llls-Vs      (4)

 2.2.2一般化インパルス応答関数

 (4)式で撹乱項の分散共分散行列E(ε,e1)=Ωがフルランクであればεit

とεitが相関しており,εゴ置へのショックはεitにも伝わってしまう。このこと

からショックが伝わらないように9を対角化(コレスキー分解)して直交

化されたインパルス応答を作成する必要がある。

 コレスキー分解によってΩ=PP’とすることができる場合,εゴ、が1標準

偏差単位変化したときの直交化されたインパルス応答%°(s)は

178 (614)

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

鰐゜(∫)=翼Pθゴ (5)

と定義される。ここでeノはブ番目の要素が1,その他が0のn次ベクトルで

ある。コレスキー分解によるインパルス応答関数は,行列の対角化を行うと

いう操作上,変数の並びによってその結果が影響されてしまう。その欠点を

改善する試みがPesaran and Shin(1998)による一般化インパルス応答関

数(GIRF)である。

 一般化インパルス応答関数の考え方は,ショックを計算する場合,上記の

ようにΩ全体を直交化するのではなく,ε、・tへのショックであればそのブ番

目の列のみを取り出してインパルス応答を計算するものである。これによっ

てコレスキー分解とは異なり,変数の並びに無関係なインパルス応答が計算

可能である。GIRFによるインパルス応答鰐9(s)は

   鰐9(・)一ωガ/2ZU,Ωe」         (6)

で示される。ここでωガはΩの(ブ,の要素である。

 一般に愕9(s)≠鰐゜(s)(ブ=2,3,…)であるが,鱈9(s)=凱゜(s)となる

ので,インパルス応答の計算結果が異なるのは2番目以降の変数にショック

が加わった場合となる。以下では,インパルス応答関数を計算する場合,

(6)式による一般化インパルス応答関数を用いる。

2.3 財政政策の効果の検証

 無制約VAR(p)モデルでの分析を進めるにあたって,1.2で示したよう

に,次の4つのケースを想定する。変数のセットで示すと,ケース1(政府

支出,民間需要,失業率),ケース2(政府支出,財政赤字,長期金利),ケー

ス3(政府支出,財政赤字,物価上昇率),ケース4(政府支出,民間需要,

税収)である。

 (615)                                                       179

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           政経論叢第78巻第5・6号

 なお,各ケースにおけるラグ次数の設定に関しては,四半期モデルである

ということを勘案しp=4を最小として,Schwartz情報量基準, Akaike

情報量基準と最後のラグ項の有意性等を総合的に判断して決定した。その結

果,ケース1~4についてはすべてp=4が選択されたため,VAR(4)モデ

ルとして推定を行った。また,VARモデルの変数に並びについては,一般

化インパルス応答を前提としているので変数の並び順に影響を受けないもの

の,VAR分析で一般に行われているように,もっとも外生的な変数を最初

に配した。そのため,4つのケースではすべて政府支出を最初に並べている。

 2.3.1 ケース1(政府支出,民間需要,失業率)

 最初に政府支出のショックが民間需要と失業率にどのような影響を及ぼす

かを検討する。これは本稿の最大関心事でもある。ラグ次数を4とした無制

約VARモデルを推定した結果から,以下のようなVMA(。。)モデルの係

数行列が得られた。

Wi一ーi:ilii糊

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嬬一

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 これらのΨ行列は各変数の1単位の外部ショックが他の変数に及ぼす影

響を示すものである。コレスキー分解を行う前のインパルス応答であると解

釈できる。

 政府支出,民間需要,失業率の三変数による無制約VAR(4)モデルの推

 180                                                     (616)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

定結果から一般化インパルス応答関数(1標準偏差単位のショックを与えた

場合)を計算した結果が図1及び図2である。

 図1から全期間におけるインパルスをみると,ショックが生じた後の最初

の3期間にわたって民間需要に対して負の影響を及ぼしている。その後,4

期間目以降から11~12期間にわたって正の影響を与えており,およそ3年

後にはショックは減衰している。このことから,最終的には政府支出の増加

は民間需要を刺激するものの,当初の1年間程度は民間需要を抑制する効果

を持っている(新古典派ビュー)。

 次に,サンプル期間を二つに分けた場合の政府支出の民間需要に及ぼすイ

ンパクトを見ておこう。サンプル期間を1980年第1四半期から1991年第1

四半期までを前半期間,1991年第2四半期以降を後半期間と設定する。こ

の区分は第ll循環の山を区切りとしており,バブル景気以前とそれ以降に

対応する。前半期間をみるとショック発生後1期目にプラスになりその後マ

イナスとなるが,4期目以降はおおむねプラスの影響を与えている。後半に

ついては4期目までマイナスが続き,それ以降プラスに転じている。ここで

のインパルス応答は1標準偏差単位で計算されているので,前半と後半のショッ

クの大きさを対比することができるが,前半に比べ後半のプラス効果が小さ

くなっていることが見て取れる。以上のインパルス応答は階差変数の結果で

あるが,これを累積した結果を計算すると,政府支出のインパクトの大きさ

が前半と後半では大きく異なっていることが分かる。後半になるほどインパ

クトは小さく,民間需要に及ぼす効果は低下していると言えよう。

 図2は政府支出が増加した場合の失業率へのインパルス応答を示している。

全期間では,ショックが生じた後の2期目,3期目では失業率を一時的に高

めているが4期目以降は引き下げ,その効果は13~14期あたりまで継続し

ている。このことから政府支出増加は数期間のラグを置いて失業率を低下さ

せる効果を持つことが確認される。一方,サンプル期間を前半と後半に分割

 (617)                                                181

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政経論叢i第78巻第5・6号

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(618)182

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

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(619)

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           政経論叢 第78巻第5・6号

すると,前半期間では4,5期目に失業率を大きく低下させており,以降

2~3年にわたって効果が持続している。後半期間においても失業率を低下

させる効果はあるものの,2~4期目には逆に失業率の上昇がみられている。

累積効果をみても前半期間の方が政府支出増加による失業率低下効果が大き

いことがわかる。

 2.3.2 ケース2(政府支出,財政赤字,長期金利)

 政府支出の増加は財政赤字の拡大を伴うものであろうか。さらに政府支出

の増加と財政赤字の拡大は長期金利にどのような影響を与えるだろうか。そ

の点を確認するために政府支出増加が財政赤字と長期金利に及ぼすインパル

ス応答を示したものが図3,図4である。

 政府支出の拡大はその1期後に財政赤字の拡大をもたらすが,その効果は

長く続かず2期目には負の効果が現れ,6期目以降にはほぼ収束する。これ

から政府支出増加の財政赤字への影響は短期的なものに限られることがわか

る。

 長期金利への影響については興味深い計算結果が得られた。先行研究では

0.02

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17 18 19 20

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図3 財政赤字のインパルス応答

184 (620)

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政府支出が民間需要に及ぽす効果の検証

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図4 長期金利のインパルス応答

すでにみたとおり,政府支出増加や財政赤字拡大に伴う長期金利への影響は

明確には検証されていないが,今回の試算では政府支出の増加からおよそ

12期にわたって長期金利を押し上げる効果が生じている。このことは1.2

で議論したクラウディング・アウト効果が観測されたということである。

 2.3.3 ケース3(政府支出,財政赤字,物価上昇率)

 2.3.2の長期金利に置き換えて物価上昇率を用いたVAR(4)モデルの推

定から,政府支出増加が物価水準にどのような影響を与えるかを確認する。

これは物価の財政理論が成立しているかどうかを検討するものである。

 図5は政府支出増加が物価水準に及ぼすインパルス応答である。2.・3.2で

確認した結果と同様に政府支出の増加は財政赤字を拡大させている。しかし

物価水準については,物価の財政理論が想定する結果とは反対に,財政赤字

拡大にもかかわらず物価水準を2~8期目にかけて低下させている。この点

をどう解釈するかは難しいが,ひとつには物価の財政理論が想定しているよ

うな財政運営の持続可能性が失われていることも考えられる。

(621) 185

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政経論叢 第78巻第5・6号

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図5 物価上昇率のインパルス応答

 2.3.4 ケース4(政府支出,民間需要,税収)

 最後のケースは,政府支出増加が民間需要を刺激し,その結果税収を増加

させているかどうかの確認である。図6は政府支出増加が税収に及ぼすイン

パルス応答を示したものであるが,政府支出に対するショックの後の2期目

にプラスの影響を示しているものの3~5期目にはマイナスに転じ,6期目

以降は再びプラスとなっており,9期目以降は減衰している。

 税収に及ぼす総体的な効果は,このようにプラスとマイナスへの振動が生

じて把握しづらいことから,インパルス応答の累積値を図7として示してあ

る。図から累積された税収への効果は最終的にはほぼゼロに落ち着いている。

すなわち,政府支出の増加はほとんど税収増にはつながっていないというこ

とである。支出のみが増加し,税収増に結び付かないということは,上記

2.3.2で示した政府支出増加が財政赤字をもたらすという結果と整合的なも

のであるといえよう。

186 (622)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

 0.01

 0.008

 0.006

 0.004

 0.002

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-0.002

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           図6 税収のインパルス応答

 0.01

 0.008

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-0.008

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          図7 税収のインパルス応答(累積)

3.小型マクロモデルによる財政支出拡大の効果

  一構造的VARモデルー

 3.1構造型VARモデルの概要

 前章で扱った無制約VARモデルには同時点間における変数間の相互関係

 (623)                                                     187

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           政経論叢第78巻第5・6号

が組み込まれていなかった。政府支出の増加は即座に他の変数に影響を与え

るであろうし,他の変数もまた同時点で他の変数に影響を与えると考えられ

る。そこで本章では同時点間の影響を考慮した構造型VARモデルを構築し,

政府支出の効果を検証する。そのため,最初に構造型VARモデルに関する

レビューを行う。

 (1)式と同様にy,をn次ベクトルとすると,構造型VARモデルは(5)

式のように示すことができる。

Ayt=φ(L)Yt_1十εt (5)

ここで,εは構造的撹乱項であり,φ(L)はラグ多項式である。(5)式の両

辺にA-1を乗じて誘導型を求めると(6)式のようになる。

y置;A}iφ(L)9t_1十A-1εご=B(五)Yt_1十θ‘ (6)

eは誘導型の残差であり,(5)式と(6)式の関係は

B(L)=A-1φ(L),et=A-iεt (7)

である。問題はどのように行列A-1を識別するかという点にある。なぜな

ら,構造的撹乱項のショックが変数ベクトルに及ぼす効果を測定することが,

構造型VARモデルを用いる目的であるので, A iの識別が政府支出増加に

よる民間需要等への影響を計測する上で欠かせないからである。

 (5)式のシステムはn個の変数からなっている。したがって,誘導型の

残差eの分散共分散行列をΣ、とすると,このΣeには独立な要素が

n(n+1)/2個含まれる。一方,行列Aにはn2個の要素が含まれ,また構

造的撹乱項εの分散共分散行列Ωにもn(n+1)/2個の独立な要素が含まれ

る。このことからA,Ωに合計n2個の制約を課さないと(6)式を識別する

ことはできない。そのため,何らかの制約を置くことでこの識別問題を解決

 188                                                          (624)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

する必要がある。

 構造型VARはこの制約の置き方によって,同時点制約構造型VARモデ

ル(Contemporaneous Structural VAR Model)と長期制約構造型モデル

(Long-Run Structural VAR Mode1)に分けることができる。両者の違い

は,前者の制約の置き方が現在時点の変数間の関係に経済理論を課すのに対

して,後者は長期的な構造関係をモデルに課すことにある。なお,本稿では

短期的な財政政策等の効果を分析の主眼としていることから同時点制約を用

いた分析を行う(6)。なお,同時点制約構造型VARモデルを用いた実証分析

の先駆例としては,Bernanke(1986), Blanchard and Watson(1986),

Blanchard(1989), Gali(1992), Keating(1992)などがある。

 識別問題の解決のための制約について,以下のような操作を行う。(7)式

から

   Aet=εt=BUt                       (8)

と定義する。ここでA,B行列はn次行列であり, E[u,ul]=1とするρ

したがって

   AXeA’=BB’                         (9)

となる。この(9)式の両辺は対称行列であり,この二つの行列に含まれる

2n2個の未知の要素に対してn(n+1)/2個の制約を課さなければならない

ので,2n2-n(n+1)/2;n(3n-1)/2個の要素を先決しておく必要があ

る。そのため,A行列は下三角行列, Bは対角行列と仮定する。 n=2とす

るとき,A, B行列を具体的に示すと

   A-[1 0α21 1]・・一圏

となる。このA,B行列の推定では構造的撹乱項が正規分布にしたがうと

 (625)                                                       189

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           政経論叢 第78巻第5。6号

仮定して最尤法で推定することとする。

3.2 モデルの概要

 構造型VARモデルを用いた政府支出の効果の検証では,以下の二つのモ

デルを用意した。ひとつは,主として政府支出がマクロ経済に及ぼす影響を

検証するためのものであり,民間需要(民間消費,民間投資)や失業率への

効果を試算するω(ケース1)。もう一つは政府支出増加が財政赤字とどう

関係しているかを分析するモデルである(ケース2)。

 3.2.1ケース1:政府支出のマクロ経済への影響

 ケース1のモデルでは,政府支出,長期金利,民間消費,民間投資,完全

失業率,物価水準の6変数を使用する。これらの変数の相互関係については

以下のような想定を行った。

 政府支出の増加は民間消費と民間投資に影響を及ぼす一方,長期金利引き

上げ効果を持つ。長期金利の変化は民間消費・投資にも波及し,こうした民

間需要の変動は失業率の変動につながる。政府支出が物価水準に効果を与え

るパスも用意し,失業率と物価水準も相互に効果を及ぼしあう。こうしたモ

デル構造を前提とするものの,上記で示したように構造型VARモデルでは

短期制約を課して,同時点間の変数に再帰的な関係を置くことから,変数の

ケース1:6変数モデルの構造

190 (626)

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         政府支出が民間需要に及ぽす効果の検証

並びは政府支出,長期金利,民間消費,民間投資,完全失業率,物価水準と

し,識別制約は(10)式のように仮定した。ここで@eは無制約VARモデル

の残差,@uは構造的ショック,C()は推定すべきパラメータを意味する。

@u,@eの後の数字は変数の並び順に対応している。

   政府支出:@el=C(1)*@ul

   長期金利:@e2=C(2)*@el+C(3)*@u2

   民間消費:@e3=C(4)*@el+C(5)*@e2+C(6)*@u3

   民間投資:@e4=C(7)*@el+C(8)*@e2+C(9)*@e3

        十C(10)*@u4                    (10)

   失業率:@θ5=C(11)*@el+C(12)*@e2+C(13)*@e3

        十C(14)*@e4十C(15)*@u5

   物価水準:@e6=C(16)*@el+C(17)*@e2+C(18)*@e3

        十C(19)*@e4十C(20)*@e5十C(21)*@u6

 3.2.2 ケース2:政府支出の財政赤字への影響

 ケース2のモデルでは,政府支出,長期金利,民間消費,民間投資,財政

赤字の5変数を使用する。モデルの構造に関する仮定は次図のとおりである。

 政府支出の増加が民間需要や長期金利に及ぼす経路はケース1と同じであ

るが,民間需要への変動は税収への変動をもたらし,これが財政赤字(プラ

イマリー・バランス)に影響するというものである(S)。そのため,変数の並

びは政府支出,長期金利,民間消費,民間投資,財政赤字とし,識別制約は

(627)

   ケース2:5変数モデルの構造

政府支出    長期金利    財政赤字

191

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           政経論叢 第78巻第5・6号

(11)式のように仮定する。

政府支出:@e1=C(1)*@ul

長期金利:@e2=C(2)*@el+C(3)*@u2

民間消費:@e3=C(4)*@el+C(5)*@e2+C(6)*@u3

民間投資:@e4=C(7)*@el+C(8)*@e2+C(9)*@e3   (11)

     十C(10)*@u4

財政赤字:@e5=C(11)*@e1+C(12)*@e2+C(13)*@e3

     十C(14)*@e4十C(15)*@u5

3.3政府支出のマクロ経済への影響(ケース1)

 3.3.1モデルの推定

 モデルの推定の第一段階では無制約VARモデルの推定が必要となるが,

その場合ラグ次数を決定する必要がある。これについては,情報量基準や説

明変数の有意性等を総合的に考慮して判断した。Schwarz情報量基準,

Akaike情報量基準を採用するとラグ次数は1となったが,3期,4期ラグ

をとる説明変数にあっても有意なものも見受けられる。北浦他(2005)など

先行研究ではラグ次数として1を採用するものも多いが,四半期データでか

つ,6変数間の動学的関係を把握するにはラグ次数を1とするのでは十分で

はないと考えられる。以上から,この推定においてはラグ次数を4とした推

定結果を用いることとする。

 無制約VARモデルを推定した後,(*)式に沿った識別制約を与え,構造

型VARモデルを構成するA行列, B行列を計算することになるが,その

推定結果は以下のとおりである。

192 (628)

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A=

B;

政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

 1    0-0.1931     1

-0.1429  -0.0263

0.3354   -0.Ol21

1.4792    0,1282

-L4957  4.7053

 6

 6060000

 ゆ 0

943

100000

00

00

    000

    64

0001FO8

    ρQOO

    OO

   700

   00」∩コ

   民り0り白

001048

   LL2

   一一5

0.0083

 0

 0

 0

000

0.0230

00

00000

00001

0.7734

 0   0

 0   0

 0   0

 0   0

0.0871  0

 0  0.3113

 3.3.2 インパルス応答関数

 上記の構造型VARモデルを用いて,政府支出の構造ショックが民間需要

等に与えるインパルス応答を示したものが図8~図10である。

 図8から民間消費に与えるインパルスをみると,ショックが生じた後の最

初の2期間では正の影響を及ぼし,第3期目にはいったん負となるもののお

おむねショック発生後9期間(およそ3年間)にわたって正の効果を持って

いることがわかる。図9は民間投資へのインパルスであるがショック発生後,

3期間にわたってマイナスの影響がみられる。これは長期金利が上昇した結

果などを反映しているものとみられる。その後,3~9期にわたって正の影

響が現れ,次第に減衰していく。民間消費,民間投資ともにおよそ3年の間,

政府支出のショックが続くと見られる。

 図10は失業率へのインパルスであるが,ショック発生後2,3期目には失

業率を引き上げる効果を持ち,4期目以降再び失業率を引き下げることにな

る。失業率は景気に対して遅行系列とされるが,政府支出の増加や民間消費

等の反応に対しておよそ3~4期間のラグを置いて失業率が低下するという

 (629)                                                    193

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政経論叢第78巻第5・6号

O.0035

 0,003

0.0025

 0.002

0.0015

 0.OOI

O.0005

  0-O.0005

-0.001

-0.0015

-O.002

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図8民間消費のインパルス応答

0.008

O.006

0.004

0,002

0

一〇.002

一〇.004

一〇.006

           図9 民間投資のインパルス応答

反応がここでも確認されたことになる。

  ’@ノ@’I

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 ’Cノ

 3.3.3期間の分割とインパルス応答

 以上のインパルス応答は,サンプル期間を区切ることで違いが生じるだろ

うか。2.3.1でみたようにサンプル期間の違いによる効果を検証するため,

前半(1991年第1四半期まで),後半(1991年第2四半期以降)ごとに政府

 194                                                       (630)

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

0.02

0.01

0

一〇.01

一〇.02

一〇.03

一〇,04

ρ,の,A‘

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図10失業率のインパルス応答

支出のインパルスをみておこう。以下では,前後半のインパルスの大きさを

明確にみるためインパルス応答の累積値を示すこととする。比較の焦点は民

間投資に対するクラウディング・アウト効果の大きさと失業率への影響であ

る。

 図11は民間投資に対するインパルス応答である。全期間を対象にしたモ

デルでは当初の3期間までは負の効果があるものの,最終的には正の効果を

もたらしている。前半期間をサンプル期間として推定したモデルによるイン

パルス応答では政府支出のショック発生後,直ちに民間投資に対して正の影

響をもたらし,その効果の大きさも全期間を対象とした場合よりも大きい。

その一方,後半期間のみを対象にしたモデルでは政府支出のショックが発生

した後,一貫して民間投資に負の効果を与えており,まさにクラウディング・

アウトが発生している⑨。

 図12は失業率に対する累積されたインパルス応答の結果である。全期間

を対象としたモデルでは,政府支出の増加は当初から失業率を低下させてい

る。前半期間を対象としたモデルにおいても失業率を低下させる効果を持つ

がその程度はさらに大きい。これに対して後半期間を対象とするモデルでは,

 (631)                                                       195

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政経論叢 第78巻第5・6号

 O.035

 0.03

 0.025

 0.02

 0.015

 0.Ol

 O.005

  0-O.005

-0,01

-0.015

         図ll民間投資のインパルス応答(累積)

 O.04

 0,02

  0

-0.02

-0.04

-0.06

-O.08

 -0.1

-0.12

-O.14

         図12 失業率のインパルス応答(累積)

政府支出のショックは失業率低下効果を持つものの,効果の程度は明らかに

小さいことが分かる。このように,政府支出の拡大がマクロ経済に及ぼす効

果は期間によって異なることがわかる。

全期間

へ!\  ,’へ 一一一一 O半

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   全期間

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3.3.4 政府支出乗数の計算

以上の推定結果を利用して,政府支出が国内総生産に及ぼす効果を政府支

196                                                       (632)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

出乗数として示しておこう。政府支出乗数は以下の方法で計算している。最

初に仮定した期間の第1期目に政府支出の1標準偏差単位のショックが生じ

たとする。これによって生じるインパルス応答に対応した民間消費と民間投

資の変動幅を計算し,さらには民間消費と民間投資の増分と国内総生産の増

分の統計的な関係から,国内総生産の変動分を求める㈲。政府支出の1標

準偏差単位に相当する政府支出の大きさで,この国内総生産の変動分を除し

て政府支出乗数を算出する。

 このとき問題になるのは政府支出乗数を計算する時期と期間である。ここ

では,次のように想定した。まず期間の設定であるが,3.3.2などのインパ

ルス応答にあるようにおおむね3年間(12期間)にわたってショックの影

響が残るので,3年間の政府支出乗数の値を求めることとした。時期の設定

に関しては,前半期間のほぼ中間時点である1984年第1四半期を起点とす

る場合と,同様に後半期間のほぼ中間時点である2000年第1四半期を起点

とする場合を設定した。したがって,前半期間は1984年第1四半期から

1986年第4四半期を(以下,「第一期間」という),後半期間は2000年第1

四半期から2002年第4四半期を(以下,「第二期間」という)試算の対象期

間とする。また,政府支出乗数の計算では,全期間を対象としたモデルでは

上記の二つの期間別に乗数を求め,前半期間をサンプルとしたモデルでは第

一期間の乗数を,後半期間をサンプルとしたモデルでは第二期間の乗数を求

めた。したがって,四つの政府支出乗数が計算される。

 図13はその結果を整理したものである。全期間を対象としたモデルでは

第一期間の乗数は1年目が0.967,3年目までを累積すると1.470となる。同

じく第二期間では1年目が0.867,3年目での累積がL403であった。このこ

とから,近年なるほど乗数低下が疑われるが,しかしモデルの構造が同一で

あることから(いずれも全期間を対象に推定したモデルによる)明確なこと

はうかがえない。

 (633)                                                       197

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政経論叢 第78巻第5・6号

1984-86 塵2000-2002 口1984-86(前半モデル)■2000-2002(後半モデル)

            1.678                        1.551                   1.470                     1.403        1,412          1345

1年目     2年目

図13財政支出乗数の比較

3年目

 一方,モデルの構造を考慮すると,乗数には大きな違いが見られる。前半

期間を対象に推定したモデルの第一期間の乗数は1年目が0.912,3年目ま

でが1.551であるのに対し,後半期間を対象に推定したモデルの第二期間の

乗数は1年目が0.452,3年目までが0.555と大幅に低下している。また3年

目までの累積の乗数が1に達していないことから,政府支出の増加が民間需

要を抑制していると解釈される。このように,近年になるほど乗数が低下し

ているだけではなく,新古典派的ビューあるいは非ケインズ効果が成立して

いる可能性がうかがえる。

3.4 政府支出の財政赤字への影響

 3.4.1 モデルの推定とインパルス応答の算出

 前項と同様に,最初に無制約VARモデルを推定し,その後に(11)式に沿っ

た識別制約を与え,構造型VARモデルを構成するA行列, B行列を計算

し,その後インパルス応答を計算する。なお,無制約VARモデルのラグ次

数は3.3にならって4としている。

 198                                                       (634)

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         政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

 0.025

 0.02

 0.015

 0,01

 0.005

  0

-0.005

-0,01

-0.015

          図14 財政赤字のインパルス応答

 図14は政府支出増加に伴う財政赤字のインパルス応答を示したものであ

り,第1期目に(支出増加によって)財政赤字が増加するが2期目には減少

に転じる。再び3期目から6期目では財政赤字拡大方向に反応し,8期目頃

には減衰している。いったん財政赤字が縮小するのは政府支出増加による民

間需要拡大が税収増をもたらすためと考えられるが,しかしその効果は長続

きせず,最終的には財政赤字拡大をもたらすと解釈される。

亀-亀

 

ll.\、黙/  \、/~....一_...、._

11〆~”価・、ラ/8-一創イr・丁「薦’1『『頂召一17禰              ’

20

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 3.4.2 期間の分割と財政赤字への影響

 期間を分割した場合,政府支出のショックが財政赤字に及ぼす効果は異な

るのだろうか。図15は全期間,前半期間,後半期間を対象としたモデルか

らそれぞれ計算されたインパルス応答(累積値)をもとに財政赤字への影響

を示したものである。全期間では最終的に財政赤字を増やす結果となってい

るが,しかし前半期間を対象としたモデルでは財政赤字を減らす効果が示さ

れている(”)。一方,後半期間を対象としたモデルでは財政赤字拡大が明確

にみられ,政府支出の拡大は税収増から財政運営の健全化をもたらすという

見方は成立しないことが示されている。

 (635)                                                       199

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政経論叢 第78巻第5・6号

 O.03

0.025

 0.02

0.015

 0.Ol

O.005

  0

-O.005

-O.01

-O.015

一全期間鼈鼈鼈齣 O半鼈鼈鼬 半�

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15 財政赤字のインパルス応答(累積)

わりに

本稿は政府支出に対する拡大ショックがマクロ経済や財政運営などに及ぼ

影響を考察したものである。先行研究においても同様な試みがあるが,近

の景気低迷に対して行われた財政政策の有効性を検討することや累積する

政赤字をもたらした財政運営のあり方を検証するために,最近時までのデー

セットを使用した分析が必要であると考える。

無制約VARを用いたコンパクトなモデルによる分析では,政府支出の増

は最終的には民間需要を刺激する効果を持つものの,当初の1年間程度は

間需要を抑制する効果も観測された。さらに,期間を分割したモデルをも

に分析すると,前半に比べ後半のプラス効果が小さくなっていることが明

かになった。また,長期金利に対しては政府支出のショックはこれを押し

げる効果を持つといったクラウディング・アウト効果も計測された。加え

,政府支出の増加はほとんど税収増にはつながっていないことも確認され

200                                                       (636)

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

た。

 次いで,小規模なマクロ経済モデルを想定し,構造型VARモデルを用い

た分析を行ったが,ほぼ上記と同様な結論が得られた。政府支出の増加ショッ

クは民間消費に対しておよそ3年間にわたって正の効果を持つ一方,民間投

資に対してはショック発生後,3期間にわたってマイナスの影響がみられる。

その後,民間投資への正の効果が3~9期にわたって表れ次第に減衰してい

く。なお,期間を分割したモデルでは,一貫して民間投資に負の効果を与え

ており,クラウディング・アウトが確認された。

 上記分析をもとに,政府支出乗数を計測すると,前半期間を対象に推定し

たモデルでは3年間の累積乗数は1.551であるのに対し,後半を対象とした

モデルでは0.555と大幅に低下している。

 政府支出増加に伴う財政赤字への効果をみると,最終的には財政赤字拡大

をもたらすという結果が得られた。とりわけ,後半期間を対象としたモデル

では財政赤字拡大が計測され,政府支出の拡大は税収増から財政運営の健全

化をもたらすという見方は成立しないと考えられる。

 本稿の分析で明らかになったことは,政府支出増加を伴う財政政策の効果

は限定的なものであり,マクロ経済に対する効果をみると民間需要をクラウ

ディング・アウトする可能性もあり,必ずしも需要刺激が期待できないとい

うことである。また,政府支出増加は財政赤字を拡大し,財政運営の持続可

能性をより困難とすることにも留意する必要がある。景気低迷に関して緊急

避難的とされる財政政策について支持する見解が一般的であるにせよ,こう

した分析結果を踏まえて再考する必要があるのではないだろうか。

               《注》

(1) 中里他(2003)では,財政赤字の持続可能性が懸念される状況のもとで,長

  期金利が依然として低位に推移している理由に関する分析を行っている。

(2) これらのデータは平成19年度の確報から得ているが,この確報には1980年

(637)                                                          201

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政経論叢 第78巻第5・6号

  第1四半期以降の遡及データも付されている。それ以前の四半期データは

  1994年以降のみが公表されており,長期的な時系列データが手に入るように

  なった。

(3)ADF検定以外にもNg-Perron検定等を行っているが,単位根検定の結果が

  変更されることはなかった。

(4)長期利子率についてはその階差変数の解釈が難しいことなどを踏まえ,水準

  のまま使用している。なお,政府支出等の短期的な影響を探ることが目的であ

  るので,長期的な一般均衡関係を示す共和分関係などについては想定していな

  い。

(5) 詳細についてはHamilton(1994)などを参照。

(6) 長期制約を課した構造型ショックを用いてわが国の財政政策の効果を計測し

  た分析として加藤(2001)等がある。

(7) 民間投資は民間設備投資と民間住宅投資の合計としている。

(8)政府支出から税収を除いたものを財政赤字と定義していることから,モデル

  に税収を含めると無制約VARモデルを推定する際の説明変数行列がランク落

  ちしてしまうためモデルには税収を加えていない。

(9) いずれも1標準偏差単位で規準化されているので比較対照が可能である。

(10) 国内総生産の増分=α+β×(民間消費の増分+民間投資の増分)をOLSで

  推定して求めた。

(11) 前半期間の累積されたインパルス応答が大きく振動しているが,これは季節

  調整が十分ではないことを示している可能性がある。

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政府支出が民間需要に及ぼす効果の検証

付  録

無制約VARの推定されたψ行列におけるブートストラップ実験

 一般にインパルス応答関数を計算する場合,その撹乱項は正規分布に従う

として計算されるが,このような先験的な仮定を外してインパルス応答の結

果を評価することを考える。具体的には,2.3.1で示した無制約VARモデ

ル(ケース1,政府支出,民間需要,失業率の三変数モデル)における推定

値の統計的な妥当性を検討するため,以下のブートストラップ実験を行った。

手順は以下のとおりである。

  ①VAR(4)モデルを推定し,その残差行列を求める。

  ②残差系列を1,000回リサンプリングし,これを上記VAR(4)モデ

   ルの被説明変数に加え,再度VAR(4)モデルを推定する。

  ③その推定結果から鱈~%行列を計算する。

 以上のブートストラップ実験を行い,政府支出から民間需要へのインパク

 0,25

 0.2

 0.15

 0,1

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  0

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図付1民間需要へのインパルス

(641) 205

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政経論叢第78巻第5・6号

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 1 0.5

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-1

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図付2失業率へのインパルス

トを示すΨ(2,1)要素及び政府支出から失業率へのインパクトを示すT(3,

1)要素を取り出し,その平均と標準偏差,及び上記推定結果の鱈~%行列

の対応する要素との関係を示したものが図付1と図付2である。図の細点線

は2標準偏差の範囲を示している。この図から,VAR(4)モデルにより推

定された結果のインパルスはおおむねブートスラップ平均からの2標準偏差

単位内に収まっていることがわかる。

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