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日本のサッカークラブの経営戦略と地方創生 青木

日本のサッカークラブの経営戦略と地方創生katosemi/semi/aoki.pdf2008 年の1 億2 千8 百8 万人を最大にして約100 年後に は3 分の1 程度になってしまうことが予測されている。この減少は2008

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日本のサッカークラブの経営戦略と地方創生

青木

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-目次-

1.はじめに

2.日本のサッカークラブ経営の全般的状況

3.日本のサッカークラブと自治体との関係性

4.事例研究

5.おわりに

参考文献リスト

参考 URL リスト

1. はじめに スポーツは古代から人類と共に歴史を刻みながら、形態を変えながらも現在まで多くの発展を遂げてきた。日本も同様に独自のスポーツの文化を持ちながら外国から様々なスポーツが流入してきた結果、多くのスポーツが取り巻く環境になった。県や市など一定の地域に拠点を置くクラブも増えている。もちろんサッカーもその一つである。1800 年代後半

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にイギリスからやってきたこのスポーツは野球など日本のメジャースポーツの陰に隠れてしばらく時を過ごすこととなる。しかし、日本サッカーリーグの誕生やワールドカップなどの様々な要因を得て現在多くの人気を集めるスポーツへと変貌した。ここ数年も J1リーグの入場者数も上昇と好調である。そんな順調な兆しを見せている J リーグも未来の話をするならば衰退の危機に瀕する可能性もある。これは直近ではなく数十年後の未来の問題だ。現在日本は高齢化社会であり、更には人口減少が見込まれている。この人口減少により起こりうる問題の一つに都市への人口集中がある。要するに地方に拠点を置いているチームは都市と比較すると難しい経営体制を行わなければならない。そうした中でクラブ目線から見るとクラブ数が増加したためにサポーターの奪い合いとなることが予想される。そこで今回私はクラブが生き残っていくための経営戦略について考えていく。 その中で私は地方創生に注目した。その理由としてはクラブが考える問題を大枠でとら

えると各地方自治体の問題にも繋がるからだ。地方創生とは人口減少による東京の一極集中によりいかにして人口流出を抑えるかという課題に対しての活動の総称だ。事実として日本の人口のピークは既に過ぎ去り人口減少が起こり始め、現在も進行している途中である。総務省統計局や内閣府、増田氏の著書『地方消滅』にあるデータをまとめると下記のようになる(図1)。

図1:将来推計人口(2012 年推計-2110 年まで)

出典:増田(2014)、総務省統計局(2017)、内閣府(2009)を基に作成。

図の通り人口の減少に関しては 2008 年の 1 億 2 千 8 百 8 万人を最大にして約 100 年後には 3 分の 1 程度になってしまうことが予測されている。この減少は 2008 年よりも以前に原因はある。戦後 1947~49 年にかけての合計特殊出生率が 4.32 であったのに対して2005 年には 1.26 を記録した。現在 2018 年は 1.43 だがここ 2 年低下している現状だ。加

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えて人口を現状していくための数値である人口置換水準が 2.071であるため、現在のままでは人口減少は確実に起こると言える。 そしてもう一つ挙げられる問題は高齢化だ。これからの数十年間は人口の減少とは裏腹

に 65 歳以上の高齢人口が増加していくことが予想されている。こうして高齢化社会へと進んでいくため、医療費や若者など様々な負担がかかるようになっていくのだ。また 20歳から 39 歳の若年女性が 5 割以下に減少する自治体は急激な人口減少に遭い、消滅する可能性が高くなると言われている。さらに減少する人口は都心へと集まるようになり、地方は衰退の道をたどることが予想される。要するに日本の人口減少は各地方自治体の生き残りをかけた競争を引き起こしていくことになる。これに対抗するため「地方創生」というキーワードが注目されることとなる。地方創生とは高齢化、人口減少に伴い東京都への人口の一極集中化を防ぎ、地方の人口減少を食い止めることが目的とした第二次安倍政権の政策である。これらの課題を克服するため主に下記の 4 つの大きな目標が掲げられている。(図2) ①地方における安定した雇用を創出する ②地方への新しいひとの流れをつくる ③若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる ④時代に合った地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域と地域を連携する

図2:まち・しごと創生「長期ビジョン」と「総合戦略」の全体像

1 増田(2014)2 頁。

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出典:首相官邸ホームページ『まち・ひと・しごと創生』より。

このような背景の下活動が行われているわけだが、こうした中でクラブがホームタウン

における地域貢献活動を行っているのも事実である。しかし自治体やクラブにどのような影響を与えているのか私は疑問に思った。そこでこの論文ではクラブの地方創生活動が与える影響、自治体との関係性について調べた上で今後日本サッカークラブはどのような戦略を取っていくべきなのかについて考えていくこととする。なお本論文では東京都への人口一極集中に対する地方の取り組みを扱っていくため、東京都以外の 46 の道府県全体を紐解いていくこととする。

2.日本のサッカークラブ経営の全般的状況 現在 J リーグには J1 リーグ~J3 リーグまでの計 54 クラブが一定の地域に拠点を置いて

活動している。その範囲は青森、福井、三重、滋賀、奈良、和歌山、島根、高知、宮崎を除く 37 都道府県にまで展開している。J3 と JFL の境界線がプロとアマチュアを分ける指標となり、プロになるとより厳しい基準をクリアする必要がある。また、上記の 9 県に拠点を置いているが J リーグに所属していないアマチュアチームも数多く存在しており、都道府県リーグや地域リーグ、JFL という段階を勝ち抜きながらある一定の成績を残すこと、またスタジアムや観客数などの基準を達成することにより J リーグに参入することが

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できるようになる。(図1)

図 1:日本サッカー全体のカテゴリー

出典:J リーグ公式サイトを基に作成。

よって今後も多くのチームが J リーグに所属することが見込まれる。 しかしチームを大きくするためならばプロ野球のような少ないチーム数で展開していく

ことが理想的ある。理由としては1チーム当たりのファン数、観客者数は増加し安定的な発展が望めるようになるからだ。しかしホームタウンからの支援を基盤にクラブ運営を展開するというビジョンを提示した J リーグは開幕当初から拡大路線をとり、多くのチームの参戦を歓迎してきた。開幕時 10 のみしかなかったチーム数は 25 年を経て現在 54 となっている。このようにチーム数減少を行わない理由は J リーグの組織体制や根底にある考え方によるものだった。J リーグを主催している団体は公益財団法人日本サッカー協会と公益社団法人日本プロサッカーリーグの二つである。法人は主に一般法人と公益法人に区分することができる。公益法人は国が定めた 23 の公益事業を行っており、国に公益性を認められた場合のみ名乗ることができる。要するに主催団体は一般法人と異なり不特定多数の人の利益を実現することを目的として、学術・技芸・慈善などの公益に関する事業を行っている組織である 2。J リーグという存在そのものの意義の一つが企業スポーツの様に自らの利益を目的とするものではなく日本全体に社会的貢献をしていくための団体であるということだ。J リーグ規約にもホームタウンにて地域社会と一体となったクラブを作りスポーツの普及に努めるべきであるというものもある 3。 また、地域密着への最初の足掛かりとしてまずクラブ名に企業名を入れることを禁止し

ホームタウンの地域名を入れることをルール化している。企業が持つクラブではなくクラブそのものを独立した存在にし、より地域住民に近づけたものにしたいという方針のもと

2 https://kotobank.jp/word/%E5%85%AC%E7%9B%8A%E6%B3%95%E4%BA%BA-61454 3 松野(2013)128-129 頁。

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だった。実際 J リーグの多くのクラブの母体は企業が抱えていたチームであったが、現在はその存在すら知らない層も増加し企業の影を見ることも少なくなった。その代わりに母体企業が株式を保有し株主として関わりを持つことやスポンサーとしてクラブを支えていることにより現在は活動している場合もある。この背景には J リーグ開幕当時、日本では野球が大人気であり区別化するためにも地域に根付いたホームタウン制を敷くということがあった。しかしこの考えが功を奏したこともあり、日本にサッカー文化が少しずつ波及し、多くのクラブを生み出すこととなった。この考え方は多くのスポーツにまで広がっている 4。勿論現在もその考え方は変わっておらず「J リーグ百年構想~スポーツでもっと幸せな国へ~」というスローガンを掲げスポーツを通して地域活性化を行うことを目的として活動している。J リーグ公式サイトで各クラブの学校訪問といったの小さなホームタウン活動(地域貢献活動)や J リーグとして行ったものまでを詳細にまとめるなどの取り組みも行っている。 それでは実際に J リーグの入場者数のデータを見ていく。これについては図 3 の J1 リー

グ 1 試合あたりの平均入場者数推移のグラフからわかる通りである。

図:J1 リーグ 1 試合あたりの平均入場者数推移

出典:J.League Date Site(https://data.j-league.or.jp/SFTP01/)より筆者作成。

2014 年頃までは低下が進んでいたが、地方創生というワードが第二次安倍政権から出された 2014 年から観客数を取り戻しつつある。つい最近今年度の J リーグも閉幕を迎えたが 25年中 4 番目に多い平均入場者数も記録している。もちろん地方創生活動以外の要因も含まれているとは考えられるが来年以降も増加する期待が寄せられる。今後の地域戦略に上手く絡めていくことができればクラブだけでなく地域全体が非常に大きな波に乗ることが可

4 木田・高橋・藤口(2013)211 頁。

17000

18000

19000

20000

2006年 2008年 2010年 2012年 2014年 2016年 2018年

J1

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能だと考える。

図 4:2017 年度 J1リーグ各チームの観客者数

出典:J.League Date Site(https://data.j-league.or.jp/SFTP01/ )より筆者作成。

一方で各チームの観客数を見ると図 4 のようになる。上位を連なるのは埼玉で活動を行

っている浦和レッドダイヤモンズをはじめ、東京の FC 東京、神奈川の横浜 F・マリノスといった関東県内のチームが多くランクインしている。例外として下位に位置する 3 チーム、千葉県の柏レイソル、埼玉の大宮アルディージャ、山梨のヴァンフォーレ甲府が挙げられる。しかし彼らのホームスタジアムの収容可能人数が他のチームと比較して非常に小さいものとなっているため一年間を通して観戦可能な人数が少ないというハンデを背負っている。実際入場者データに対してスタジアムに対する集客率データを見ると柏レイソルは 2 位、大宮アルディージャは 4 位、ヴァンフォーレ甲府は 11 位と比較的健闘していることがわかる。勿論これらのデータの要因にはクラブの強さなどの要因も関与していると言えるが地域によって差が出てきている可能性があるといえる。一方でアルビレックス新潟やガンバ大阪、セレッソ大阪といったチームが上位に食い込んできていることもあり、クラブのやり方によっては地方クラブも十分に戦っていくことが可能である考えられる。そこでこの工夫を知るためにもクラブの活動、クラブに欠かせない自治体との関係性を踏まえて次節に調べていくこととする。 最後にクラブの収益体制について述べていく。サッカークラブに関わらず多くのスポーツは同じような収益体制を取っている。それは①入場料収入②マーチャンダイジング③放映権④スポンサーからの出資の 4 つが主となって構成されている 5。例外としてスタジア

5 藤井(2011)35 頁。

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100000

200000

300000

400000

500000

600000

浦和 東京 横浜 ガ大阪 川崎 新潟 セ大阪 鹿島 札幌

神戸 磐田 清水 仙台 鳥栖 広島 柏 大宮 甲府

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ム飲食やスクール活動といったものも存在している。それぞれについての説明だが①入場料収入についてはスタジアムなどで開催される試合に訪れる人々が支払入場料のことである。「チケット価格×入場者数」で表すことができ、スポーツにおける 1 番重視される指標だといえる。しかし観戦意欲が高い人が多いことも重要だが、開催されるスタジアムのキャパシティや価格設定により数字が左右されてしまうことも考慮しなければいけない。次に②マーチャンダイジングについてだが、これはクラブのロゴやキャラクター、選手を利用した商品収入のことである。ユニフォームやタオルマフラーといったところが有名どころである。入場料収入のように試合当日のみのものではなく 1 年を通して収入を得ることができるものだ。2018 年シーズンまではクラブのマーチャンダイジングに関して J リーグを通して製造、管理、流通を行っていたため規制が多かった。しかし今シーズンからはこの規制が緩和されたことでより自由な商品が作られることが予想される。今後の伸びに期待が持てるものの一つと言える。③放映権は試合などの映像を放送する許可の対価として得る収入のことだ。基本的に視聴率が見込めるものほど上昇していく。従来はテレビ・ラジオ局が主流だったが近年は衛星放送やインターネット関連の会社がこれを取得することが増加している。J リーグも 2017 年シーズンからライブストリーミングサービス「DAZN」と 10 年間 2100 億円の大型契約をするといったことも行っている。これにより従来よりもクラブへの配分金、順位報酬などが上昇するなどクラブにとって良い影響を与えるようになった。最後に④スポンサーからの出資については企業などにサッカーを商品化し、広告費として応援してもらうことだ。スポンサーに限りはなく大~小の様々な企業によりクラブは支えられている。

3.日本のサッカークラブと自治体との関係性 J リーグというサッカー団体と地方創生が結び付けられる理由としては利権が絡まず、

政治色もない、公害とも無縁なため地域住人に共感を得ることが容易であるからだ。そして 1993 年の J リーグ開幕当初から各クラブは特定の地域に拠点を置き、試合のみならず地域のスポーツ振興や社会貢献を通じて「地域に溶け込み、地域の課題を解決し、地域をより元気にする」ことを志向していたことも関係してくる。この考え方は現在サッカーのみならずラグビーやバスケットボールなど多くのスポーツに広がっており、こうした地域密着文化を作り上げた第一人者と言える。そして行政の立場から見るとサッカークラブが行う公的な支援活動は各自治体が本来行うべき活動であるため、その役割を担ってもらえるといえる。実際日本経済研究所によるクラブの存在が地域にもたらす効果のデータ 6によると以下のような結果が出ている。 ベガルタ仙台…経済効果:約 44 億円、雇用効果:374 人、税収効果:約 8 千万円 川崎フロンターレ…経済効果:約 33 億円、雇用効果:299 人、税収効果:約 5 千万円

6 https://www.jeri.co.jp/solutions/pdf/solution_01.pdf

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ヴァンフォーレ甲府…経済効果:約 17 億円、雇用効果:320 人、税収効果:約 3 千万円 ガンバ大阪…経済効果:約 41 億円、雇用効果:340 人、税収効果:約 9 千万円 愛媛 FC…経済効果:約 5 億円、雇用効果:57 人、税収効果:約 8 百万円 大分トリニータ…経済効果:約 25 億円、雇用効果:322 人、税収効果:約 4 千万円 このように地方自治体にとっても金銭的な意味や集客力、情報発信力をもたらす力は魅力的となりチームに対する援助や協力的な活動を行っていくこととなる 7。 次にお互いの支援活動について述べていく。まずはサッカークラブの活動についてだ。

近年ではクラブから地域への貢献として地域コミュニティ戦略 8が重視されている。これはチームから地域コミュニティへの貢献を行うことで関係性を深めクラブの経営安定を図ろうという取り組みだ。主にチームが行う活動は①地域サービス活動と②地域からの支援を受け入れる活動に分けられる。①の地域サービス活動にはⅠ.祭りやイベントなどへの参加、商店街訪問などの地域行事への参加やⅡ.スクールや学校への訪問授業、スポーツイベントの開催といったサッカーを通じた活動といったものが挙げられる。②の地域からの支援を受け入れる活動にはⅠ.ボランティア組織を運営し地域の人々をボランティアとして受け入れるものやⅡ.市民株主制度の作成やスポンサー料の引き下げに作成といった資金的支援を受け入れるもの、そしてⅢ.物的な支援ができる制度を作成することで援助を受けるといったものが挙げられる。特に②の活動は J リーグクラブが始めた特徴的な取り組みであり現在は多種にわたるスポーツクラブで導入されている。 さらに松橋氏らが J クラブを対象としたアンケート調査を行い、対象チームを(1)多くの

協賛金を提供してくれる親会社や大手スポンサーを持つチーム(2)親会社や大手スポンサーを持つが多くの協賛収入は望めず、独自の経営努力が必要となるチーム(3)親会社も大手スポンサーも存在せず、経営基盤が脆弱なチームの三種類に分類した 9。この分類した三つの群の特徴としては(1)に位置するチームの地域活動が全般的に低調であることだ。次に(2)に位置するチームは上述した①地域サービス活動や②地域からの支援を受け入れる活動の両方を積極的に行っていることだ。そして最後に(3)に位置するチームは①よりも②のサービス割合が大きいことだ。要するに地域サービス活動を行っていくためにも資金力は必要なものとなっていること、一方で莫大な資金力を持つチームは地域貢献の考えが低いことが挙げられる。(1)に位置するチームの内訳を見ても茨城、千葉、埼玉、神奈川、静岡、愛知と比較的都心に近いとはいえ東京一極集中の被害に遭う地域に拠点を置いている。資金力はチーム存続の糧とはなるがその地域に位置する人々があってこその商売であることは忘れてはならない。これらの問題は今後の課題の一つとなってくるだろう。 そして①②の地域コミュニティ活動を多く行っているクラブは入場者数も比例して多く

7 原田(2016)60 頁。 8 松橋・金子・村林(2016)124-125 頁。 9 松橋・金子・村林(2016)124-125 頁。

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なってきていることから全体として強い関わりを持っていることがわかった(図 5)。

図 5:クラブの地域活動指数と入場者数の変動の関係

出典:松橋・金子(2007)『スポーツ組織マネジメントにおける地域コミュニティ戦略 Jクラブの事例研究』より。 要するにスクールやボランティア制度などのコミュニティ活動はチームの入場者数に影響を与える可能性があることがわかった。また別のデータによるとあるクラブの選手が地域にある 20 か所の学校を訪問し 6000 人以上の子供たちと触れ合い、優待券を配布した結果1000 人以上の家族層が観戦に来たという結果も残している 10。勿論これらの層をいかにリピーターにしていくかは重要ではあるが確実に地域コミュニティ活動はクラブに成果を与えていると言えると考えた。 クラブはこのように 1 年を通じてスクールを運営し子育て環境への貢献を行うことや地

元学校への出張授業や職域教育活動を行うなど地域の活性化に努めている。一方で地方自治体はどのようにして地元クラブを支援しているのかを述べていく。自治体が行っていることとして補助金の使用、施設利用の減免措置、招待チケットの買い上げなどが主に挙げられる。 それらの中でも特にサッカービジネスにおいて重要なことの一つにスタジアムの建設、

運営、維持管理がある。建設費、土地代、維持管理費など財政的にも規模が大きくなってしまうため、この設備投資は 1 クラブにとっては大きな負担となる。この負担を減らすた

10 間野(2015)134 頁。

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めにも自治体の協力が不可欠となっている。平成 15 年から指定管理制度が導入され自治体がスタジアムを所有しながらもクラブが管理、運営をすることが可能となっている。これによりクラブ側は自治体から指定管理費収入を得ながらスタジアムを様々に利用していくことができる。単純なスタジアムの支出、収入面を見ると赤字になっている場合がほとんどだが指定管理料がプラスされることで黒字またはそれに近い状態へと近づけることが可能となった。文部科学省が発表した 2016 年の実例 11を見ると、その大切さを理解することができる。 ①鹿島アントラーズ…施設所有者:茨城県

2.4 億(収入)-2.9 億(支出)+0.6 億(指定管理料)=+0.1 億円(黒字) ②浦和レッドダイヤモンズ…施設所有者:埼玉県

5.9 億(収入)-8.8 億(支出)+3.2 億(指定管理料)=+0.3 億円(黒字) ③横浜 F・マリノス…施設所有者:横浜市

2.3 億(収入)-7.5 億(支出)+4.7 億(指定管理料)=-0.5 億円(赤字) ④清水エスパルス…施設所有者:静岡県

2.2 億(収入)-8.1 億(支出)+6.1 億(指定管理料)=+0.2 億円(黒字) ⑤ヴィッセル神戸:施設所有者:神戸市 4.0 億(収入)-6.1 億(支出)+2.4 億(指定管理料)=+0.3 億円(黒字) ⑥大分トリニータ…:施設所有者:大分県 0.1 億(収入)-3.8 億(支出)+3.7 億(指定管理料)=±0円 ⑦セレッソ大阪…施設所有者:大阪市 4.0 億(収入)-6.0 億(支出)+3.0 億(指定管理料)=+1.0 億円(黒字) ⑧ベガルタ仙台…施設所有者:宮城県 3.4 億(収入)-9.0 億(支出)+5.7 億(指定管理料)=+0.1 億円(黒字) このように指定管理料に各地域の差はあるとしても大きな恩恵を受けていることがわか

る。なおかつ指定管理者としてスタジアム内外を大きく改善していけるため更なる入場者数増加に向けた努力を行うことができる。そうして収入が増加、コストカットに繋がれば収支はさらに良い数字を残すことができるため、クラブの成長に繋がっていく。そしてより大きなスタジアムを作り、集客可能人数を増やすことはさらなるチームの規模として、財政としての成長につながる。このように集客可能人数がより高く、人を集めやすい立地に設置するためにも自治体との連携が必要不可欠だといえる。そして自治体の協力を得て完成したスタジアムは自治体が管理していることが多いのも現状だ。

J リーグ開幕当時の浦和レッズは参入に伴い自治体の協力を経て 1 万 5 千人規模のスタ

11 http://www.mext.go.jp/prev_sports/comp/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2016/02/17/1367143_04_1.pdf

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ジアムを 17 億円かけて改修していた。そこで自治体こうしてお互いが協力関係となりながら一丸となって活動を続けているのが現状となっている。しかし多くのファン・サポーターが観戦に訪れるにつれ市民からチケットが取れないという不満が出てきていた。これにより開幕から 1 年後に再び自治体の協力を経て 45 億円を費やし 21500 人規模のスタジアムへと回収した 12。クラブと自治体が協力的な関係にあったからこそ、数年間で大きな額を費やす決断に至ったと考える。現在においてもサンフレッチェ広島がスタジアム建設を巡り自治体と長年協議しているが実現しない中、クラブが市民に愛され、それに応える形で自治体が早急にスタジアム改修に向けて動いたことはクラブと自治体の一つの在り方であるといえる。スタジアム以外にもクラブが地域貢献活動を行うためのサポートをすることで幅広く円滑にクラブは様々な行動をとれるようになる。更なる発展のためにもお互いの存在は不可欠であるといえる。 一方で自治体の負担となる指定管理料も課題となっている。指定管理料については特に

決まりがなく、自治体が各々決めている。その中でも多くの自治体は前年の実績を基に当年の費用を決定してる場合が多い。そこでスタジアムの収入増加、またコストの減少をすることが現在最も有効な手段だと言える。そこで収入の増加のためにもスタジアムの稼働日数や稼働率を上げることが望ましい。稼働率はスタジアムの最大入場可能者数に対する実際の入場者数によって表すことができる。稼働日数については 365 日中何日間スタジアムが利用されているかによって表すことができる。特に①~⑨のスタジアムの稼働日数の平均値は約 99 日となっている。年の 3 分の 2 以上が利用されていない現状を変えていくべきである。

4.事例研究

4-1.FC 今治(愛媛県)

ここでは例として愛媛県今治市に地盤を置くチーム「FC 今治」を挙げる。今治市の人口は将来的な人口減少により 2010~2040 年に 20~39 歳の女性人口が 5 割以上減る都市である「消滅可能性都市」であると民間研究機構「日本創生会議」が発表している。以前はクラブと行政との関係性も薄く縁故者を中心にクラブの運営をしていた。このクラブの知名度戦略と地域全体を巻き込む活動という点に注目していきたい。このチームが注目を浴びることとなったきっかけは 2014 年に元日本代表監督の岡田武史氏がチームのオーナーに就任したことだ。南アフリカワールドカップで日本をベスト 16 に導き、国民の注目を集めていたところで監督から当時 J リーグではなく四国リーグに在籍しているチームに移ったのであるから驚きだ。

12 堀・木田・薄井(2007)44-45 頁。

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この効果はすぐさま現れることとなる。岡田氏がオーナーとなり市民調査を行った結果、今治市内での認知度が 4 か月で 86%まで上昇した。さらに観戦意欲も 16%と高まった 13。現在の今治市の総人口が 16 万人程であるため認知度は 13 万人、観戦意欲は 2 万 5千人程度となる。チームは今治市に位置する「ありがとうサービス. 夢スタジアム」を拠点としており、収容人数は 5000 人程度である。毎試合観戦はないとしても様々な活動からリピーター客を獲得することで多くの人が訪れる拠点を作ることができるスタート地点に立つことができたのは大きい。さらに市民調査から実際に観戦した人は観戦していない人よりも今治市への愛着が高いというデータが出ており、今治市に留まる理由の一部になっていると言える。 岡田氏のオーナーとしての考え方は「スポーツが強いだけでは愛好者にしか関心届かな

い。町が廃れては意味がない。」というものだ。いかに今治市を中心とした多くの人々を巻き込んでいくかという地方スポーツチームに必要な考え方ができている。そんなオーナーから発せられる将来のクラブビジョンにも人々は多くの関心を引き寄せられるようになる。その中でも「地域とともに」というビジョン 14を掲げ、今治全体で大きくなろうという考えを表明しているそれは以下の通りだ。 ①トップチームの昇格にあわせて、1 万 5 千人規模の複合型スマートスタジアムを作る②アースランド事業を通して、野外体験教育や環境教育、チームビルディングなどの企 業研修を行う

③国内外の専門家とタイアップして、フィジカル、メンタル、メディカル面などからの 科学的なパフォーマンス分析、トレーニング、けがの予防や治療などを総合的に行う「今治ラボ」を作る

④2020 年を目標にトップと育成が同じ場所で練習できるトレーニングセンターを作る ⑤地域のサッカー仲間・自治体・企業・賛同者などが一体となって今治を盛り上げ、日

本全国・アジアから多彩な人々が集まってくる地域モデルとなって、地方創生に貢献 する

①については現在の J1 リーグに上がるための観客入場可能数の基準が 1 万 5 千人であるための先を見据えたものとなっている。ここで重要なことは複合型のスタジアムを作るということだ。一般的なスタジアムは観戦のための用途であるが複合型スタジアムはショッピングモールなどを併設する。試合をただ観戦するのみならず買い物も楽しんでもらおう、生活の一部にしてもらおうという考え方だ。試合以外の時間を無駄にせず使用してもらうことで滞在時間を延ばしてもらうことができる。特にアウェーサポーターは愛媛県外から訪れる場合がほとんどであり、そうした観光客にお金を消費してもらうことができるため今治市全体の活力増加へと繋がる見込みがある。もちろん今治在住の人々にも普段か

13 間野(2015)138 頁。 14 http://www.fcimabari.com/club/vision.html

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らの買い物ができる施設を提供することにより活気を増やすことができる。さらにはそうした一般のお客とサッカーを結び付けることができる機会となる可能性がある。買い物ついでに試合を観戦していこうと思われる環境を整えることで更なる観客数、リピーター数の増加につながる。 実際に導入しているチームは存在しており、イタリア 1 部リーグに現在所属しているユ

ベントス FC も複合型スタジアムを建設し、多くの集客と売り上げを伸ばすことに成功している。100 マイル(160 ㎞)離れた地域から訪れる人の比率が 10%から 55%まで上がったというデータも出ている 15。さらにこの計画については行政も大きく関わっており、政府の補正予算により「観光資源等を活用した地域高度化計画の策定等支援事業」が打ち立てられた。今治市をはじめ、スタジアム実現へ向け協力してもらう企業、教育機関、医療機関、金融機関などとの協議会を設け実現の道へと押し進めている。 ②については FC 今治のみならず多くのチームが実践している内容だ。こうしたイベン

トには所属選手も積極的に参加しゴミ拾いや募金活動、地元学校へのサッカー講習などを行っている。拠点周辺への貢献は勿論のこと新たな接点を作る可能性も秘めている。③についてはサッカーの域を出て他のスポーツを巻き込んでいこうという考え方だ。まだこれらは構想の域を出ていないが注目を集めることは間違いない。そしてこの構想を達成するためには行政との兼ね合いも必要不可欠だ。このように岡田さんの革新的な考え方に向かって突き進む FC 今治は岡田さん就任時には四国リーグに所属していたが現在は JFL にまでラウンドを上げてきている。念願の J リーグで見ることができる日もそう遠くはない。

4-2.アルビレックス新潟(新潟県)

次に例として挙げるのは新潟市と聖篭町をホームタウンとするクラブ「アルビレックス新潟」についてだ。このクラブの大きな特徴は多種のスポーツクラブも所有していることだ。サッカーをはじめ、バスケットボール、野球、陸上、スノースポーツと一つ一つの規模は大きくないながらも幾つものクラブを組織しているのが現状だ。クラブを持つのみならず「新潟聖篭スポーツセンター・アルビレッジ」というスポーツ総合施設を運営し、中心となってスポーツ全体を盛り上げていこうという動きを見ることができる。こうした活発なスポーツ活動は県の人口増加に少なからず関与していると言える。全種目合わせての契約所属選手は 150 名を超え、加えてコーチやクラブスタッフを合算すると 400 名以上となる 16。こうした雇用を生み出すだけでなく、彼らの家族を含めた転入により多くの人口増加をもたらすことが可能となっている。 また、「JAPAN サッカービレッジ」と協力することでサッカーの専門学校として選手の

15 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO15038060X00C17A4000000/ 16 間野(2015)143 頁。

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みならず審判やマネージャーといった多くの人材を輩出している。累計在籍者は 2300 人を超え、このほとんどが町外からの転入であり、多くの人を呼び寄せていると言える。実際 2014 年の調査によると新潟県内の総人口は減少傾向にあるのに対して国勢調査によると聖篭町の人口は 2000 年に 13313 人、2005 年に 13726 人、2015 年には 14358 人と増加傾向にあることがわかっている 17。勿論人口増加の要因はアルビレックス新潟だけではないと考えられるがその一部を担っているといえる。実際クラブの入場数にも好影響を与えており、J1 リーグここ 10 年の 1 試合あたりの平均入場者数が約 18015 人なのに対して約26379 人という高い数値が出ている。

4-3 清水エスパルス(静岡県)

ここでは静岡県静岡市に拠点を置く清水エスパルスの活動について述べていく。2010 年にた「静岡市サッカーフレンドシティ計画」を打ち立てサッカーにより静岡を魅力あふれる地域に変えて行こうという取り組みが始まった。自治体としても「一市民一スポーツ」という目標を掲げ、まちづくりに励んできていた。そのためか古くから少年サッカーが盛んな地域であり、5000 人が 5 日間サッカーを繰り広げる全国少年少女草サッカー大会が毎年行われるなどサッカーにゆかりのある地域になった。高校サッカー選手権においても静岡県代表として出場したチームが次々と好成績を残すなどしてサッカーのまちという存在感はますます高まっていった。こうして計画が進んでいく上で市にサッカーのまち推進室という部署ができるほど自治体とクラブが一体となり実行されるプロジェクトであった。地理的な構造上清水の町には中心地と呼べる場所が存在しなかったため、当時の代表取締役社長はエスパルスをその中心に据えようという考えに至った。 このまちづくりを達成するために自治体とクラブが協力する形で 70 か所以上にわたる

自治会を訪れ、人々にエスパルスを自分たちのクラブだと感じてもらえるように意見交流を行った 18。ここで重要なことは地域の人々を待つのではなく直接地域に自らが飛び込んでいったことである。これは自治体の協力があってこそ実現した講演会であり、関係性の重要さがうかがえる。さらに自治体ごとに試合のバスツアーや地域応援シート設けクラブを身近に感じてもらう、という活動もしている。実際に 1 年で 8000 人程が利用したというデータもある 19。加えてこのバスツアー企画の場が自治会内の近隣住民同士のコミュニケーションのきっかけとなり、近年隣近所に住む人がわからない時代に地域コミュニティを形成することができるといった効果も出ている。 他の活動として地元自治体や PTA との協力により静岡市内の小学校にエスパルスのマ

スコットとメッセージが書かれたバッグを配布している。エスパルスをより身近に、当た

17 同上。 18 https://www.jleague.jp/img/about/document/jnews-plus/014/vol014.pdf 19 https://www.jleague.jp/img/aboutj/document/jnews/164/vol0164_06-08.pdf

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り前の存在の様に感じてほしいという考えのもとだ。こうして地域から愛されるようになったクラブは運営会社が経営危機に陥いることになるが市民協議会が中心となり 31 万人の署名や 1400 万円の寄付金を集まったことや、地元企業が支援をするなどして現在も J1リーグで戦っている。地域に対するコミュニティ活動が身を結び、クラブに還元された瞬間だと言える。

4-4 ヴィッセル神戸(兵庫県)、サガン鳥栖(佐賀県)

兵庫県を拠点として活動しているクラブ、ヴィッセル神戸と佐賀県を拠点とするサガン鳥栖の 2 チームは 2018 年シーズンに日本サッカー界にて圧倒的な注目を集めると共に多くの観客を動員することに成功した。その要因はシーズン半ばに大物選手を獲得したからだ。これにより獲得前後では 1 試合あたりの平均観客数が大きく上昇したことがデータに現れている。ヴィッセル神戸は獲得前の 15025 人に対し獲得後は 24544 人と約一万人の観客数を記録した。実際ヴィッセル神戸のスタジアム稼働率も約 60%から約 87%となっている。サガン鳥栖も同様に平均観客数 4000 人の増加という効果が出ている。彼らは純粋なサッカーの戦力としてでなく広告塔として多くの経済効果を与えていると言える。ホームサポーターの増加は勿論のこと多くのアウェーサポーターも大物選手を見ようと兵庫の地まで集まった。これにより県内、県外からの消費が増えることや、スタジアム収入が増えることにより、結果的に自治体がスタジアムの指定管理料を払う額が少なくなる等クラブ以外にも多くのメリットを与えている。彼らはスポンサーあっての獲得という側面があるがスポンサーも自社企業の宣伝に貢献するとの見込みがあっての支出である。

4-5 奈良クラブ(奈良県)

多くのクラブが工夫を凝らす中で自治体との連携により近年ならではの動きも見ることができる。奈良クラブはふるさと納税を活用し、クラブへの支援が可能となる仕組みを作り上げた 20。ふるさと納税は本来私たち一般住人が自治体に対して活動資金として一定額の資金を納めることで、自治体はその資金を様々な活動資金とすることができ、納税者は所得税や住民税の控除が可能となることや自治体特有の特産品が貰える仕組みとなっている。一方奈良クラブはこの仕組みに対して納税資金の用途をクラブに指定できるふるさと納税の形をとっている。納税者が納める金額の半分が奈良クラブに渡り、もう半分が自治体に渡るという仕組みとなっている。これにより奈良クラブを応援したいという層から直接支援を受けることが可能となった。勿論奈良県外からの納税も可能となっており、奈良県に所縁がない人々からもサッカーを通じて奈良クラブに興味を持った人々からの支援も期待することができる。これは最近の動きであり、実施期間が短いため効果はまだ不確定であるが自治体とクラブの良好な関係があってこその新しい動きも出てきている。

20 http://naraclub.jp/archives/15656

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4.おわりに 以上を含めてクラブが今後取っていくべき戦略について導き出していく。ここまで調べ

た中で日本のサッカークラブと自治体の関係性はより深いものとなっていることが分かった。それを踏まえてまず大前提とすること、それはホームタウンを大切にするということだ。クラブは自治体が本来行うべき地域貢献活動を担い、反対に自治体はクラブに必要なスタジアムの建設、維持に協力しているという相互関係が成り立っている。しかし 3 章のクラブと地域との関係性にて大きなスポンサーを持つクラブは地域貢献活動をしない傾向があることがわかっている。この意識を変えていくことで今後より良い改善が見込まれ、観客数増加に繋がることが見込まれる。また事例研究の清水エスパルスの例を見るとクラブの危機的状況下にて自治体や地元スポンサー企業が助けになってくれる可能性もある。Jリーグ全体として地域貢献活動を重視している以上どのカテゴリーに位置するクラブも積極的に地域に溶け込んでいくことが必要だ。 そしてクラブの認知度を上げることにより地域住人やファン・サポーターに知ってもら

うことでクラブのサッカー活動のみならず、地域貢献活動に関心を示してもらうことができる。そこで知名度戦略を使っていくことが重要となってくる。この知名度を上げるために事例研究から見る 3 つほどの手段が有効的である。それは①お金によるマーケティング活動②人物を利用したマーケティング活動③地域に飛び込んでいくマーケティング活動だ。 ①については 4-4 で紹介したヴィッセル神戸やサガン鳥栖のような例であるクラブ周辺

に有力なスポンサーや自治体がいる場合、彼らの金銭的力を借りて有力選手、監督を獲得することや広告活動をすることで関心を持ってもらおうということだ。その効果は即効性として観客数に現れることが可能となる。当然これは一時的な注目であることに違いはなく、クラブや自治体がこの関心をいかにして継続的なものにできるかが鍵となっていることは間違いない。しかしその最初の一歩としては大きなものであるため、有効な手段であるといえる。幸いにも 2 章の現状より J リーグ全体として放映権料の上昇やマーチャンダイジングの規制緩和による影響で金銭的に余裕が出てくるクラブが多くなることが予想される。このような機会に正しい投資を行うことができればメディア露出も増加し地域やそれ以上の人々にクラブを知ってもらう機会となる。 次に②についてだが、これは 4-1 で見た FC 今治の岡田武史オーナーのような戦略だ。

決して強いチームやお金を持っているチームに実力者や有名人が集まるとは限らないため、その機会を最大限利用していく。実際に地域や県リーグの方面に目を向けると引退した選手がオーナーとしてクラブを保有していることもある。選手としても最終的に地元のチームでプレーし、そのまま引退する例も多い。このような選手をそのままフロントに招聘することができれば更なる知名度向上につながっていく。

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③については 4-3 清水エスパルスの例を指す。これらは金銭的にも人脈も優れていたとは言い難く、そんな彼らが取った戦略が地道な草の根活動であった。70 程度の自治体を長い時間をかけながら一つ一つ周り、クラブを知ってもらう機会とした、時に十数人程度しか集まらない自治体もあるなかでクラブの存在意義や熱意を伝え続けた。現代においてはスマートフォンやインターネットの普及により情報の共有が容易となっている。その中で直接顔を合わせ、意見を交換することも必要なのかもしれない。特に高齢化が進み情報を得ることが難しい新たな層の開拓が可能となる。結果として地域交流シートやバスツアーを設けることで利用者も増加し、クラブの収益にも繋がっている。このように知名度を一つ上げるだけでも様々な手法を取ることができる。それぞれにそれぞれのメリットがあると言えるが幅広い手段で幅広い層に知ってもらうことができるとクラブの成長に繋がっていくと考えられる。また、クラブの成長により、より発信力、支援力を高めることができるならば、それは自治体にも良い影響を与えていくことが考えられる。 次に課題となるスタジアムの改善についてだ。3 章で述べた通り多くのクラブは自治体

からの指定管理料により多くの恩恵を受けていることは明らかだ。一方で自治体との関係性維持のためにも少しでもこの額を減らしていくことが望ましい。そのために稼働率や稼働日数を上げていくことが必要だ。稼働日数については上述した知名度の上昇により改善すると考えられる。一方平均して 1 年の 3 分の 2 ほどが稼働していない現状は解決していかなければならない。そこで今後は 4-1 で紹介した複合型スタジアムが鍵を握る。ショッピングモールを併設することによりスタジアム周辺を日常的に人の集まる場所へと変えることができる。そこでスタジアムを利用したイベントの招致を行うことで多くの人々に利用してもらうことができる。初期投資は大きなものとなってしまうが自治体と良好な関係性を築いてきたクラブは力を借りることが可能だと考えた。 最後に事例研究より新しいことに挑戦していくことも重要だということを述べておく。

4-2 のアルビレックス新潟の事例を見るように多種にわたるスポーツを共存させるのは興味深い。一方で多くのチームを持つことは資金的にも難しく実現性が低いと言える。そこで最近の地域貢献志向の高い多種にわたるスポーツクラブが出てきていることが助けになると考えた。それらのクラブと協力関係を築いていくことが望ましいと言える。同じ方向性を向いてイベントや地域貢献活動を行っていくことでそれぞれのファン・サポーターの交流も起こり、交流人口の増加など互いのスポーツに好影響を与える可能性もある。ここに地域自治体が入り込んでいくことでトレーニング施設や育成機関、スタジアムといった規模の大きいプロジェクトを行うことが可能となる。これが同県の隣り合う地域を本拠地としているクラブ同士なら新たな地域からファン・サポーターを取り込むことが可能となってくる。また 4-5 のクラブと自治体が協力したふるさと納税という近年ならではの動きも画期的である。従来の形を超えてクラブを応援したい層からの明確な支援を可能としたため、クラブの成長と共に更なる金額が集まる可能性が高い。時代と共にクラブだけでなく自治体も生き残りのために様々な手段を生み出している。こうした自治体を味方につけ

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ることでクラブとしても取れる戦略の幅が広がっていくと考えられる。

参考文献リスト

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・松橋崇史・金子郁容・村松裕(2016)『スポーツのちから 地域をかえるソーシャルイノベーションの実践』、慶應義塾大学出版会。

・間野義之(2015)『奇跡の 3 年 2019・2020・2021 ゴールデン・スポーツイヤーズが地方を変える』、徳間書店。

参考 URL リスト

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(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/info/pdf/20141227siryou1.pdf 2018 年 12 月16 日アクセス)

・コトバンク『公益法人(こうえきほうじん)とは』(https://kotobank.jp/word/%E5%85%AC%E7%9B%8A%E6%B3%95%E4%BA%BA-61454 2018 年 12 月 16 日アクセス)

・J.League Date Site(https://data.j-league.or.jp/SFTP01/ 2018 年 12 月 16 日アクセス) ・内閣府『高齢化の状況』

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・産経新聞『サッカーW杯が縁、旧中津江村とカメルーンの16年、深まる交流』 (https://www.sankei.com/region/news/180924/rgn1809240005-n1.html 2018 年12 月 26 日アクセス)

・日本経済研究所『Jクラブの存在が地域にもたらす効果に関する調査』(https://www.jeri.co.jp/solutions/pdf/solution_01.pdf 2018 年 12 月 27 日アクセス)

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・J.LEAGUE NEWS PLUS Vol.14『Jクラブと自治体による「まちづくり」~ホームタウンの課題と財産を知る~』(https://www.jleague.jp/img/about/document/jnews-plus/014/vol014.pdf 2018 年 12 月 27 日アクセス)

・J リーグ公式サイト『スポーツでつくる幸せな国「Jリーグ百年構想」へのアプローチ』(https://www.jleague.jp/img/aboutj/document/jnews/164/vol0164_06-08.pdf 2019 年 1 月 7 日アクセス)

・松橋崇史・金子郁容(2007)『スポーツ組織マネジメントにおける地域コミュニティ戦略 J クラブの事例研究』、スポーツ産業学研究。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/sposun1991/17/2/17_2_39/_pdf/-char/ja 2018年 12 月 27 日アクセス)

・FC 今治ホームページ『クラブビジョン』(http://www.fcimabari.com/club/vision.html 2018 年 12 月 27 日アクセス)

・日本経済新聞『複合型スタジアムへどんどん膨らむ「妄想」』(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO15038060X00C17A4000000/ 2018 年 12月 27 日アクセス)

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・奈良クラブホームページ『「奈良市心のふるさと応援寄附(ふるさと納税)」で奈良クラブを応援しよう!』(http://naraclub.jp/archives/15656 2019 年 1 月 19 日アクセス)