21
IEEJ:2003 12 月掲載 雑誌コラム紹介 雑誌コラム紹介 「視点」 EP REPORT 常務理事・首席研究員 十市 勉 *中国の資源外交と日本の戦略 最近、エネルギー分野の国際会議に出ると、必ず大きな話題になるのが、急増する 中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国 を挙げて資源確保に乗り出してくることに対する懸念がある。すでに中国の石油消費 量は日本を抜き、10 年後には輸入量でも上回るのが確実視されているからである。最 近は、ロシアの東シベリアからの原油パイプラインを巡って日中が激しく競合したり、 イランの核開発疑惑で中断している日本のアザデガン油田開発に中国が参入を目指す など、資源の争奪戦の様相を見せている。 しかし、中国の立場に立つと、石油は歴史的にも米英によって支配されてきた戦略 商品であり、国の安全保障の面からも資源の安定確保が不可欠だとの思いが強い。と くに、イラク戦争を契機に中東地域で米国の政治的、軍事的プレゼンスが一段と高ま り、また米国が日本列島、台湾島、フィリピン諸島に沿って東方から中国を包囲しよ うとしていると、警戒感を強めている。これは、日本がシーレーンの防衛やイラク問 題を含めて石油の安定確保を図る上で、米国を最も信頼できる同盟国と考えているの とは対照的である。このような中国に対して、日本はどのように対峙すべきだろうか。 まず、同じ石油輸入国として日中韓が地域協力を進め、中東産油国に対する交渉力 の強化を図ることである。そのためには、日中韓での石油製品貿易の促進や石油備蓄 面での協調、また原油輸入源の多角化などに取組む必要がある。とくに、東シベリア の石油開発については、日本と中国が相対立するのではなく、ロシアを含めて「三方 一両得」になるように、3 カ国が長期的な開発計画に基づいて協議する場を設けては どうか。 一方、中国は中東での石油確保のために、外交力や軍事力を背景に、精力的な資源 外交を展開している。日米同盟を基軸とする日本は、米・イラン関係の改善やイラク 人道復興支援のための自衛隊派遣など、地域の安定化のために積極的な役割を果たす ことで、中東でのプレゼンスを高める必要がある。 (EPレポート平成15年12月21日号掲載) *エネルギー基本計画の問題点 政府は、10 7 日の閣議で「エネルギー基本計画」を決定した。この計画は、昨年 6 月に成立したエネルギー政策基本法に基づいて、今後 10 年間のエネルギー行政の方 向性を示すものとして、国会への報告が義務づけられていた。その基本的な方針は、 「安定供給の確保」と「環境への適合性」を十分考慮した上で、日本の実情にあった 「市場原理」の活用を行うということにある。 具体的な施策として、省エネや原子力、新エネの開発・導入、石油の安定確保や天 1

「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

雑誌コラム紹介雑誌コラム紹介

「視点」 EP REPORT

常務理事・首席研究員 十市 勉

*中国の資源外交と日本の戦略 最近、エネルギー分野の国際会議に出ると、必ず大きな話題になるのが、急増する

中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

を挙げて資源確保に乗り出してくることに対する懸念がある。すでに中国の石油消費

量は日本を抜き、10 年後には輸入量でも上回るのが確実視されているからである。最

近は、ロシアの東シベリアからの原油パイプラインを巡って日中が激しく競合したり、

イランの核開発疑惑で中断している日本のアザデガン油田開発に中国が参入を目指す

など、資源の争奪戦の様相を見せている。 しかし、中国の立場に立つと、石油は歴史的にも米英によって支配されてきた戦略

商品であり、国の安全保障の面からも資源の安定確保が不可欠だとの思いが強い。と

くに、イラク戦争を契機に中東地域で米国の政治的、軍事的プレゼンスが一段と高ま

り、また米国が日本列島、台湾島、フィリピン諸島に沿って東方から中国を包囲しよ

うとしていると、警戒感を強めている。これは、日本がシーレーンの防衛やイラク問

題を含めて石油の安定確保を図る上で、米国を最も信頼できる同盟国と考えているの

とは対照的である。このような中国に対して、日本はどのように対峙すべきだろうか。 まず、同じ石油輸入国として日中韓が地域協力を進め、中東産油国に対する交渉力

の強化を図ることである。そのためには、日中韓での石油製品貿易の促進や石油備蓄

面での協調、また原油輸入源の多角化などに取組む必要がある。とくに、東シベリア

の石油開発については、日本と中国が相対立するのではなく、ロシアを含めて「三方

一両得」になるように、3 カ国が長期的な開発計画に基づいて協議する場を設けては

どうか。 一方、中国は中東での石油確保のために、外交力や軍事力を背景に、精力的な資源

外交を展開している。日米同盟を基軸とする日本は、米・イラン関係の改善やイラク

人道復興支援のための自衛隊派遣など、地域の安定化のために積極的な役割を果たす

ことで、中東でのプレゼンスを高める必要がある。 (EPレポート平成 15 年 12 月 21 日号掲載)

*エネルギー基本計画の問題点 政府は、10 月 7 日の閣議で「エネルギー基本計画」を決定した。この計画は、昨年

6 月に成立したエネルギー政策基本法に基づいて、今後 10 年間のエネルギー行政の方

向性を示すものとして、国会への報告が義務づけられていた。その基本的な方針は、

「安定供給の確保」と「環境への適合性」を十分考慮した上で、日本の実情にあった

「市場原理」の活用を行うということにある。 具体的な施策として、省エネや原子力、新エネの開発・導入、石油の安定確保や天

1

Page 2: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

然ガスの利用促進、技術開発などが挙げられている。そして最後の章では、このよう

な施策を推進するために、地方公共団体や事業者などの役割と国民の努力を求める一

方で、国は情報公開とエネルギー教育を含めて正確な情報提供を推進することを謳っ

ている。 この計画を読んで痛感するのは、繰り返し強調されている長期的、総合的かつ計画

的な取り組みを行うには、各省庁の役割と責任をもっと明確にし、政府全体で整合性

と実効性を持った施策を講じることがますます重要だという点である。 例えば、地球温暖化対策を巡っては、環境省は独自に温暖化対策税の導入に向けて

積極的に動き始めている。また、運輸部門の省エネルギーを進めるには、自動車の燃

費改善だけではなく、渋滞の緩和やモーダルシフト、物流の効率化など国土交通省が

管轄する運輸政策のあり方が問われる。さらに、エネルギー教育の強化および大学や

国立研究機関でのエネルギー関連の技術開発は文部科学省、最近関心が高まっている

バイオマス・エネルギーの利用については、農業・森林系は農林水産省、ゴミ廃棄物

は厚生労働省がそれぞれ責任を負っている。一方、ロシアの東シベリア・極東の資源

開発とナホトカ向け原油パイプラインの建設については、対露外交を巡る国家戦略と

深く関わっている。 国の基本的枠組みを決めるエネルギー政策については、政府全体として真に総合的

な取り組みを行うには、政策決定の方法や予算制度のあり方を含めて、各省庁の役割

と責任をもっと明確化すべきではないだろうか。 (EPレポート平成 15 年 11 月 21 日号掲載)

*温暖化対策税は二重課税 9月中旬、温暖化対策税を環境大臣と語る公開シンポジウムが開催され、そのパネ

リストとして参加する機会があった。環境省が、審議会の答申を受けて打ち出した温

暖化対策税について、広く国民の理解を得たいとの狙いがある。CO2 を排出する化石

燃料に課税することで、地球の使用料を負担して欲しいというのが、環境省の主張で

ある。その背景には、京都議定書の 6%削減約束を達成するには、現行の規制や自主

的取組だけでは限界があるとの考えがある。 その具体案によると、課税の対象者としては、化石燃料の消費者ではなく、輸入者

か製油所などの製造者とする「上流課税」とする。また、税率については、炭素1ト

ン当たり 3400 円(ガソリンで 1 リットル約 2 円)の低率とする。このような低率課

税では、価格インセンティブ効果によって必要削減量全体の 5 分の1程度しか確保で

きないが、税収の約 9500 億円を温暖化対策のための補助金や減税財源として活用す

ることで、残りの 5 分の 4 を確保できるとしている。 このような温暖化対策税の最大の問題は、今年 10 月から新たに改正された石油石炭

税と完全に二重課税になる点である。エネルギーセキュリティ対策を大義名分に導入

された石油税を、天然ガスと LPG に増税、新たに石炭に課税することで、事実上、環

境税を先取りしたからである。しかも、石特会計に環境省が参画し、その税収の一部

を温暖化対策に使うことになっている。 シンポジウムでは、鈴木前環境大臣から、繰り返し環境税ありきではないとの説明

がなされたが、安易な財源確保策として政治的に利用される恐れが強い。とくに、エ

2

Page 3: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

ネルギー対策と温暖化対策の多くが重なる中で、異なる官庁が異なる名目で課税し、

負担は同じ企業というのでは不合理である。税の最終負担は、理屈の上では消費者だ

が、昨今の深刻なデフレ経済下では、価格転嫁は容易ではない。政府が取組むべきは、

新税の導入を考える前に、現行の補助金など歳出面で徹底した効率化を図ると同時に、

今後はエネルギーと環境税制の一元化を目指すことである。 (EPレポート平成 15 年 10 月 21 日号掲載)

*世界で相次ぐ電力危機の教訓 今年の夏ほど、世界各地で大規模な停電や電力不足が問題となったのは、過去にあ

まり例のない事態である。日本で懸念された首都圏の電力危機は、10 年振りの冷夏に

も助けられて何とか回避できたが、8 月 14 日にはアメリカ・カナダ北東部で史上最悪

の大停電が起きた。また、記録的な猛暑が続いた欧州では、フランスから電力を輸入

するイタリアで、大規模な停電が相次ぎ、社会問題化している。フランスが、河川の

渇水で原子力発電所の出力を低下させる一方、猛暑で国内の冷房需要が急増したため、

イタリア向けの輸出を大幅にカットしたことが影響した。 さらに中国では、上海地域を中心に電力不足が深刻化し、工業用電力の供給制限や

強制的な輪番停電が続き、日本を含む外資系企業の生産活動にも深刻な打撃を与えた。

予想を上回る急激な生産活動の拡大に加えて、猛暑で民生用の冷房需要が急増し、供

給力不足が顕在化したからである。 このような一連の電力危機には、それぞれ固有の原因があるが、共通点も見られる。

それは、近年、異常気象の頻発で電力のピーク需要が急増する中で、自由化政策の影

響もあり、発電・送電など供給システム全体の需給変動リスクへの対応力が低下して

いる点である。地球温暖化と異常気象の科学的な因果関係は未解明だが、今後は世界

各地で夏場のピーク需要の急増が予想される一方で、渇水による水力発電の出力低下

や原子力発電所のトラブルなどが重なれば、供給面での変動リスクも大きくなる。 石油の場合は、備蓄によって需給の変動リスクに備えてきたが、貯蔵が難しい電力

では、必要な余力として供給予備率の確保が義務づけられてきた。しかし、自由化政

策の進展で、できるだけ投資を抑えて、余分な設備を持たないことが、企業の最適行

動となった。余力と余分は、同じコインの裏表の関係にある。重要な点は、今後拡大

が予想される電力の需給両面での変動リスクに対して、供給システム全体の効率化を

目指す中で、最終的な供給責任の所在を明確化し、それを担保する仕組みを整備する

ことである。 (EPレポート平成 15 年 9 月 21 日号掲載)

*内なるエネルギー危機 第 1 次石油危機から 30 年目の今年は、イラク戦争に伴う石油の供給途絶や首都圏の

電力不足に対する懸念が高まり、久々にエネルギー危機という言葉が、テレビや新聞

などで飛び交った。幸い、イラク戦争が短期間で終結したことで、原油価格は一時的

に高騰したが、深刻な事態には至らなかった。また、今夏の首都圏での電力不足も、7月下旬には 4 基の原子力発電所が稼働を始めたことで、何とか回避できる目処がつい

た。

3

Page 4: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

この 30 年を振り返ってみると、世界のエネルギー、石油情勢は大きく変化した。今

回のイラク危機に際しても、サウジアラビアなど OPEC 産油国は、生産能力をフルに

活用して、石油市場の安定化に努めた。また、2 度の石油危機を経験した消費国は、

代替エネルギーの開発や石油の備蓄体制を整えたことで、かつてより冷静な対応がで

きるようになった。事実、日本の石油依存度は、過去 30 年で 78%から 50%に低下し、

また約 170 日分の備蓄を持つようになった。我々は、石油など輸入エネルギーの供給

途絶などで引き起こされる「外なるエネルギー危機」に対しては、対応力を大幅に改

善させた。 それに対して、近年深刻な問題となっているのは、我々自身に起因する「内なるエ

ネルギー危機」ではないだろうか。とくに米国では、2000 年秋のガソリン不足やその

翌年のカリフォルニアの大規模停電、また最近の天然ガス価格の急騰など「エネルギ

ー危機」が相次いでいる。その原因は、行き過ぎた環境規制や住民の立地反対で、国

内資源の開発や製油所、発電所や送電線、パイプラインなどの建設が進まず、それに

電力自由化の制度設計のミスが重なった結果である。 今夏の電力危機の引き金が、電力会社による原発関連データの改竄事件であったこ

とは、ある意味では象徴的である。今後、同じような「内なるエネルギー危機」を繰

り返さないためには、科学的で合理的な安全基準のルールを作り、かつ透明性が高く

中立的な原子力の安全規制の体制を再構築することで、原子力に対する国民の信頼を

取り戻すことが不可欠である。 (EPレポート平成 15 年 8 月 21 日号掲載)

* イランの油田開発と日本の選択 イランの核兵器の開発疑惑が大きな問題となる中で、日本が交渉を続けてきたアザデガ

ン油田開発の契約に、米国が待ったをかけてきた。中東資源外交と日米関係の堅持をどの

ように調整するのか、日本政府は難しい決断を迫られている。 この計画は、2000 年 2 月末にアラビア石油がサウジでの油田権益を喪失したのを受

けて、中東における新たな自主開発油田として、経済産業省が力を入れてきたもので

ある。2000 年のハタミ大統領の来日を契機に、オイル・スキーム(輸入代金の先払い

融資)の見返りに、油田開発の優先交渉権を獲得し、最終合意に向けた交渉が行われ

ていた。 しかし昨年 1 月の一般教書演説で、ブッシュ大統領が、イランをイラク、北朝鮮と

並ぶ「悪の枢軸」と名指したことで、同プロジェクトの先行きに黄色信号が点灯して

いたが、今回の核疑惑で一挙に赤信号に変わった。その背景には、改革路線を進めて

きたハタミ政権に見切りをつけ、「体制転換」を目指そうとする米政府の意図が読み取

れる。というのは、ハメネイ最高指導者を頂点とする保守派が、革命防衛隊や司法、

憲法評議会などの権力中枢を抑え、事実上、ハタミ政権をその支配下に置いているか

らである。また、最近のテヘランなどでの相次ぐ抗議デモは、かつてハタミ大統領を

強く支持した若者など改革派からの異議申し立てといえる。 一方、米英による占領が続くイラクでは、人口の 65%を占めるシーア派が、次第に

政治的な影響力を強めつつある。米国にとっての悪夢は、イラクにおいてイランと緊

密な関係を持つシーア派主導の政権が誕生することである。そう考えると、米軍の駐

4

Page 5: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

留が長期化し、イラクとイランの情勢は連動しながら、不安定な政情が続く可能性が

高い。 さらに、イラン側が示している油田開発の契約条件が、外資にとって魅力が乏しい

と伝えられている。日米関係を基軸に置く日本の国益を考えると、油田開発について

は、当面、交渉の継続を基本にして、イランに核開発の疑惑払拭を求めながら、情勢

の変化を待つことが現実的な方策といえよう。 (EPレポート平成 15 年 7 月 21 日号掲載)

*米欧対立と対露外交 今年のエビアン・サミットは、イラク戦争を巡って激しく対立した主要国首脳が、

どのように関係を修復するのかを占う上でも関心が持たれた。イラク戦争の勝利を背

景に、米政府高官の口からは、「ロシアは許すが、ドイツは無視し、フランスには罰を

与える」との声が聞こえていたが、今回のサミットで改めて米国と仏独の亀裂の深さ

を見せつけられた。それとは対照的に、サミット直前に建都 300 周年の祭典に参加す

るためサンクトペテルブルグを訪れたブッシュ大統領は、プーチン大統領との首脳会

談で米ロ関係の修復ぶりを演出して見せた。 5 月下旬、久しぶりのロンドン訪問で、欧州では予想以上に反米感情が深く広がっ

ているとの印象を受けただけに、サミットの様子を見て、米欧関係の修復は容易では

ないとの感を一層深めた。欧州の識者の間では、「米欧は、離婚状態を続けるか、両者

が利益を共有できる場合にだけ実利的なパートナーを組む関係になる」との悲観的な

見方が出されている。 その背景には、ブッシュ政権内で主要な地位を占める新保守主義派(ネオコン)が

推し進める単独主義に対する欧州の不信感がある。旧ソ連の崩壊で唯一の超大国とな

った米国が、京都議定書から離脱したり、国際刑事裁判所の設立に反対するなど、自

国本位に国際ルールを作ろうとすることへの反発が強まっているからだ。注目すべき

ことは、民主主義と市場経済の理念を世界に広げるためには、軍事力の行使も辞さな

いとするネオコンに多くのユダヤ人が含まれていることもあり、欧州の反米感情が反

ユダヤ主義の潮流と深く結びついている点である。 一方、経済・通貨統合で強い欧州が出現することに警戒する米国は、仏独が中心の

「古い欧州」と中・東欧の「新しい欧州」を分断化し、また仏独とロシアの間に楔を

打ち込もうとしている。このような中、ロシアは有利な立場を利用して、国際的な存

在感を増している。日本の対露外交も、新しいパワーポリティクスの現実を踏まえ、

明確な戦略を持って取り組む必要がある。 (EPレポート平成 15 年 6 月 21 日号掲載)

*石油と民主主義

世界を揺るがしたイラク戦争は、米英軍の圧倒的な軍事力によって、攻撃が始まって 3

週間で全土が制圧され、5 月 2 日にブッシュ大統領が戦闘終結宣言を行ったことで、事実

上、終りを迎えた。今後の焦点は、複雑な民族、宗教問題を抱えるイラクに、新しい民主

国家が再建できるかどうかに移っている。

5

Page 6: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

フセイン政権下にあった 25 年間は、イラク国民にとっては苦難の連続であったといえ

る。1980-88 年のイラン・イラク戦争、91 年の湾岸戦争とその後の国連経済制裁、そして

今回の戦争である。潤沢な石油収入を使って軍事大国となったイラクは、周辺国に次々と

戦争や侵略を行ったが、最後は米英軍による「解放戦争」で国土の破壊と荒廃を招いた。

もし、「石油の富」が、サダム・フセインの野望に基づく戦争目的ではなく自国の経済

発展のために活用されていたら、イラク国民はもっと豊かな生活を享受できていただ

ろう。

一方、他の産油国に目を転ずると、イラクのように、一握りの権力者が石油収入を

支配することで政権を維持している国が多く見られる。「石油の富」は、ある意味では

神からの贈り物であるために、独裁者による政治支配の有効な手段として利用され易

いからである。国内的には、「石油の富」をばら撒くことで国民の政治的な不満を抑え

込み、対外的には、石油利権をテコに大国の支持を取り付けることができるからであ

る。

その意味では、ロンドン・エコノミストも指摘するように、資源輸出国で豊かな経

済社会を実現している国は、カナダやオーストラリア、ノルウェーなど政治的な民主

主義が根付いている国である。資源輸出で得られる収入は、透明性を持った国家予算

制度の中でその使途が議論され、国民全体のために使われる仕組みが確立しているか

らである。

戦後のイラクにとって重要なことは、速やかに石油産業を再建し、「石油の富」をイ

ラク国民のために役立てることである。そのためには、イラク国民が、自ら民主的な

政権作りを行うことが大前提であり、この困難な課題に取り組む同国に対して、国際

社会はあらゆる支援を惜しむべきではない。 (EPレポート平成 15 年 5 月 21 日号掲載)

*バイオマスと政治 地球温暖化問題を追い風に、バイオマス資源の利用促進を図ろうとする動きが、わ

が国でも強まっている。石油や石炭などの化石燃料と違って、バイオマスの場合は、

燃焼時に排出される CO2は、その成長過程で光合成によって大気中から吸収されたも

のであり、大気中のCO2の増加につながらないため、地球温暖化防止に大きく貢献す

ると考えられているからである。 昨年 7 月には、農林水産省が中心になって、環境省など関連4省と共に、「バイオマ

ス・ニッポン総合戦略」を打ち出した。温暖化防止や循環型社会の形成に向けて、豊

富なバイオマスが存在する農山漁村の活性化を図ろうとする考え方が背景にある。近

年、公共事業の大幅削減で、地域経済が深刻な影響を受けるなか、政治家にとって、

選挙民の関心が高い環境問題につながるバイオマスは、予算および票の獲得に直結す

るため非常に魅力的なテーマである。 とくに、環境省は、運輸部門のCO2削減対策の一環として、ブラジルやアメリカな

どで普及しているバイオマス・アルコールを自動車用燃料に混入して利用する計画を

進めようとしている。一方、経済産業省の審議会である燃料問題小委員会でも、輸送

用燃料としてのバイオマス燃料の位置づけとその導入策の在り方について、本格的な

検討が始まっている。その際、重要なことは、バイオマス燃料の供給安定性、環境へ

6

Page 7: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

の影響、経済性などについて、科学的かつ客観的な評価を十分に行うことである。例

えば、バイオマスはCO2 の増加につながらないとされるが、その生産、輸送、変換、

利用の各段階でエネルギーが消費されるため、ライフサイクル的に見た場合の評価が

不可欠である。 地球温暖化など環境問題に力を入れることは、日本の国家戦略として重要だという

点に異論はない。しかし、政治的な思惑が先行しすぎると、「バイオマス・ニッポン総

合戦略」が、非効率な第 2 の公共事業となる恐れもある。そのような愚を犯さないた

めには、具体的なプロジェクトの総合的な評価と検証をしっかりと行う必要がある。 (EPレポート平成 15 年 4 月 21 日号掲載)

*韓国の反米感情と 386 世代

2 月 25 日、北朝鮮の核開発危機が高まるなか、金大中氏の太陽政策を引き継いだ盧

武鉉新政権が発足した。昨年 12 月の大統領選挙で、事前の予想に反して僅差ながら勝

利したのは、いわゆる「386 世代」の強い支持があったためと言われている。1960 年

代に生まれ、80 年代に大学生活を送り、現在 30 歳代の層を指している。この世代は、

80 年の光州事件の影響を強く受け、87 年の民主化闘争では大統領直選制を勝ち取り、

その後は南北統一が学生運動の中心課題となった。 昨年秋、韓国の女子中学生が米軍の装甲車にひき殺された事件を契機に、韓国内で

反米のロウソク・デモが急速に広がったが、その中心的な役割を果したのが、この「386世代」である。大学時代に民主化運動を経験し、「北の脅威」をあまり感じなくなる中

で、在韓米軍との不平等な地位協定の矛盾が、「386 世代」の反米感情を一挙に刺激し

たのである。これまで韓国社会で長くタブー視されてきた親北朝鮮、反米を初めて公

然と主張し始めた世代でもある。ある意味では、日米安保条約への反対運動が燃え上

がった 60 年代に大学生活を送った日本の「安保世代」と、似通った面を持っているよ

うに思える。 盧武鉉政権にとって最大の課題は、金正日に根本的な不信感を持つブッシュ政権と、

どのように関係を改善し、現在の危機を乗り切るかである。北朝鮮が、次々と危険な

カードを切り続けている背景には、「386 世代」など若者に支えられた盧武鉉政権とブ

ッシュ政権の間にある大きな認識ギャップを最大限利用している点が指摘できる。す

でに米国内では、最近の韓国での反米感情の高まりを受けて、在韓米軍の縮小や撤退

を求める声が出始めているからである。 米国にとっては、当面、イラク問題が最優先課題であり、また日本、韓国および在

韓米軍が北の軍事的脅威にさらされており、強硬策はとりにくい。日本が、「今そこに

ある危機」に対処するには、米国および韓国との緊密な連携が不可欠だ。冷戦時代の

負の遺産を抱える北東アジアの安定には、日韓両国の協力がこれまで以上に重要とな

っている。 (EPレポート平成 15 年 3 月 21 日号掲載)

* イラク危機と日本の国益 2 月 5 日、米国のパウエル国務長官は、国連安保理で、イラクの大量破壊兵器の保有・

7

Page 8: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

開発、およびテロ組織アルカイダとの関係を示す独自の機密情報を開示した。決定的な証

拠ではないが、安保理決議 1441 の重大な違反であるとして、強硬姿勢を一段と強めてい

る。ブッシュ政権は、戦争回避を求める国際世論に配慮し、数週間程度の査察は継続する

が、最後までイラクが武装解除に応じない場合は、第 2 の国連決議がなくても、武力行使

を辞さないとの決意を固めている。クーデターやフセイン大統領の亡命の可能性が小さい

ことから、米英軍の戦闘準備体制が整う 2 月末から 3 月中旬にかけて、イラク攻撃が避け

られない情勢となってきた。 このような中、ロシア、フランス、中国などは、フセイン後を視野に入れて、イラ

クの石油利権や債権回収など自国の権益確保に向けて動いている。各国とも、米国を

牽制しつつも、最後は勝ち馬に乗れるように、したたかな国家戦略を持って行動して

いる。 それに対して、日本はイラクから米国に追随する敵対国と名指しされる一方で、同

盟国の米国からは軍事行動をとった場合、どのような貢献をするのか厳しく評価され

ることになる。また米国からは、戦後復興のために、日本の対イラク債権(約 60 億ド

ル)の放棄を求められる恐れもある。さらに、フセイン後の油田開発を巡っては、米

英とロシア、フランスなどの間で協議されていると伝えられているが、日本は蚊帳の

外である。 1991 年の湾岸戦争では、日本は多国籍軍に 130 億ドルも拠出したが、汗を流さなか

ったとして、国際的に評価されなかった。その苦い経験もあり、その後、国際平和協

力法を制定し、国連の PKO 活動に参加するようになった。しかし今回のイラク危機

では、テロ特措法や PKO 参加 5 原則に基づく自衛隊の派遣は難しい。国連決議に基

づき武力行使がなされた時の後方支援や、イラクの戦後復興支援に積極的に参加する

ためには、新しい法律が必要である。普通の国としての対応手段を持たない限り、国

益がぶつかり合う国際社会の中で日本の国益は守れない。 (EPレポート平成 15 年 2 月 21 日号掲載)

*北朝鮮の核問題と日本の再処理政策 昨年 10 月 17 日に北朝鮮がアメリカ政府に対して核開発の継続を認めて以降、朝鮮

半島の緊張が一気に高まっている。アメリカ政府は、「米朝枠組み合意」に違反してい

るとして重油の供給を凍結したが、それに対して北朝鮮は電力不足の解消を理由に、

寧辺の黒鉛型実験炉の再稼働に向けて動き始めた。核関連施設の封印撤去や燃料棒の

搬入に続き、国際原子力機関(IAEA)の査察官を追放するなど、北朝鮮は矢継ぎ早に

危険なカードを切り続けている。アメリカが最も恐れているのは、北朝鮮が現在コン

クリート製の貯蔵所に密封されている約 8000 本の使用済み燃料棒を取り出して再処

理し、核兵器用プルトニウムの抽出を行うことである。 今後、北朝鮮の核開発問題が一段と深刻化すれば、平和利用を進めている日本の原

子力開発政策にも、何らかの影響が及ぶことも考えられる。日本は、六ヶ所再処理工

場の運転開始(ホット試運転)を間近に控えていることもあり、北朝鮮の再処理問題

が重大化すれば、わが国の再処理政策に対して、海外で批判的な見方が強まる恐れが

あるからだ。とくにアメリカ政府の一部には、日本が再処理路線を続けることに対し

て、懐疑的な意見が根強くあることに十分留意する必要がある。日本としては、核燃

8

Page 9: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

料サイクル政策を堅持することの必要性および重要性について、これまで以上に国際

的な理解を得るための努力を傾注すべきである。 一方国内では、東電のデータ改ざん事件を契機に、福島県と新潟県がプルサーマル

の事前了解の白紙撤回を決めるなど、再処理路線が大きな困難に直面している。とく

に、福島県は、国策として進められている再処理政策の必要性について、十分に納得

のいく説明がなされていないとして批判を強めている。今後の事態の展開によっては、

北朝鮮の核開発問題が、国内の再処理政策に対する不信や不安と共鳴現象を起こす恐

れがある。 いずれにしても、日本の核燃料サイクル政策は、海外と国内の双方から、アカウン

タビリティ(説明責任)を一層強く求められることになりそうである。 (EPレポート平成 15 年 1 月 21 日号掲載)

*電力自由化と原子力発電

電力自由化で世界の先頭を走ってきたイギリスで、原子力発電会社ブリティッシュ・エ

ナジー(BE)が経営危機に陥り、政府が救済に乗り出している。昨年 3 月、強制プール制

から新電力取引制度 NETA へ移行したのを契機に、卸発電価格が急落したため、小売部門

を持たない BE が大幅な赤字に転落したからである。原子力発電所の安全問題や電力の安

定供給を優先させるため、イギリス政府は、今年 9 月の緊急融資に続いて、11 月末、新た

な救済策を決めた。①資金繰り改善のため BE 発行の社債 7 億ポンドを政府系基金が引き

受ける、②政府は今後 10 年間に老朽化原発の閉鎖費用などとして総額 15-20 億ポンドを

負担、③使用済み燃料の再処理費用の大幅軽減を図るなどである。 このような BE の経営危機から、日本が学ぶべき教訓は、電力自由化を本格的に進める

場合、原子力発電の取り扱いを明確にした上で、制度設計を行うべきだという点である。

原子力発電は、技術体系として、本来的に短期的な効率性を重視する市場主義とは相容れ

ない要素を多く含むからである。とくに、使用済み燃料の処理・処分や廃炉対策、核拡散問

題などは、市場競争を行う私企業が負える政治的、経済的リスクの範囲を超えている。こ

れまでは、必要なコストの回収が地域独占と総括原価主義によって担保されていたため、

リスクの先送りが可能であった。 しかし、自由化政策の進展で、現在このような前提条件が崩れつつある。資本市場は、

原子力の開発主体である電力会社が負っているリスクを明確化することを厳しく求めるよ

うになっている。今後とも、国策として核燃料サイクル事業や原子力発電所の新増設を進

めるに際して、私企業である電力会社として、最終的な経営責任をとれるには、どのよう

な条件が必要であるのか、国に対してもっと明確な主張や具体的な提案を行うべきではな

いだろうか。 経営危機に陥っているイギリスの BE、また不良債権問題で苦しむ日本の銀行業界を他

山の石として、電力会社の積極的な対応が必要である。 (EPレポート平成 14 年 12 月 21 日号掲載)

*石油開発の中核的企業の形成

7月の通常国会で石油公団廃止関連 2 法案が成立したのを受けて、懸案となっている公

団の開発関連資産の処理をどう進めるか、来年春をメドに小委員会で検討が始まった。2

9

Page 10: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

年前に出された石油審議会の報告書では、「自律的に石油・天然ガス開発事業を維持・拡大

できるように、総合エネルギー企業としての性格を持つ中核的な企業グループの形成が重

要」と指摘された。問題は、中核的企業の具体像を描いて、それをどのように実現するの

かである。 この 4~5 年の世界の動きを見ると、メジャーを中心に大型の合併・買収が相次ぐ一方、

中国やインドなどアジアの国営石油会社が国際企業として存在感を高めるなど、大きな変

化が起きた。しかし、日本では多数の開発企業やプロジェクト会社が乱立し、政府からの

リスクマネーの供給なしには海外で十分な事業展開が出来ない状態が続いている。 石油・天然ガスの開発事業は、ハイリスクで巨額の投資を必要とするため、国際的に通

用する技術力や資金調達力を確保するには、企業規模の大きさが重要な要件の一つとなる。

その意味では、今回の公団資産の処理を機会に、政府が責任を持って公団が出融資する主

要な開発企業を整理・統合して中核的企業を形成した後に、早急に民営化を進めるのが望

ましいと考えられる。 このような政府主導の統合・民営化が成功するには、第1に、新しい中核的企業のバラ

ンス・シートから、過去の経緯で累積した不良債務を切り離す必要がある。その際、旧国

鉄の民営化と同じように、政治家の強いリーダーシップが不可欠となる。第2に、中核的

企業の経営者には、開発事業で豊富な経験を持つ外国人を含むプロを登用し、また経営責

任の明確化を図るべきである。第3に、政府は、開発事業に対するリスクマネーの供給を

段階的に縮小・廃止していく長期計画を立て、開発企業の自立化を促す必要がある。 もちろん、中核的企業については、石油精製・販売会社や電力・ガス会社との連携など、

多様な選択肢も考えられるが、まず開発企業の統合・再編が優先されるべきだろう。 (EPレポート平成 14 年 11 月 21 日号掲載)

*北東アジア共同体構想と日朝関係

9 月 26-27 日、「北東アジア共同体構築に向けて」をテーマに掲げた国際会議が大阪で

開かれた。日本、中国(東北3省)、韓国、北朝鮮、ロシア(極東地方)、モンゴルの6ヶ

国が、地域的な経済協力を進めるため、民間の研究機関や NGO などが中心になって、10年前から定期的な協議を続けてきた。

たまたま直前の 9 月 17 日に、歴史的な日朝首脳会談が開かれ、この地域の外交政治面

で大きな変化の兆しが見えてきたこともあり、タイムリーな会議となった。もちろん、拉

致問題の解決にはなお紆余曲折が予想されるが、北朝鮮の国内経済の厳しい現実や周辺諸

国の期待の高まりを考えると、日朝正常化に向けた大きな流れは、後戻りが出来ないので

はないだろうか。 今回の会議でとくに注目されたのは、「北東アジア開発銀行」の創設を急ぐべきだとし

て、具体的な提案を含めて突っ込んだ議論がなされたことである。以前から繰り返し言わ

れてきたことだが、ここに来て、その必要性が一段と高まったからである。その理由とし

ては、①日中韓の経済面での相互依存関係の急速な深まり、②中国の WTO 加盟による市

場経済の加速化、③日本経済の急速な成熟化、④朝鮮半島における協力枠組み構築の緊急

性、などが挙げられている。 確かに、成長ポテンシャルが高い北東アジアの経済発展は、成熟化した日本経済の将来

にとってのみならず、この地域の安全保障にとっても大きなメリットになる。その実現に

10

Page 11: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

は、まず明確なグランド・デザインを作り、道路、港湾、鉄道、エネルギー、通信などの

インフラ整備を総合的に進める必要がある。「北東アジア開発銀行」の創設は、民間企業に

とって魅力的な投資環境を整えるための不可欠な条件と考えられる。 言うまでもなく、北東アジア共同体の構築には、朝鮮半島の平和と安定が大前提である。

これから始まる日朝正常化交渉は、拉致問題や核・ミサイル問題などを抱え難航が予想さ

れる。わが国は、長期的な国益を考えて、韓国および米国と緊密な連携を取りながら、慎

重かつ冷静な行動を取るべきである。 (EPレポート平成 14 年 10 月 21 日号掲載)

*米国の対イラク政策と日本の対応

9・11 テロ事件からほぼ1年、世界の関心は、タリバン後のアフガニスタンから米国の対

イラク軍事行動の問題へと大きくシフトしている。その背景には、エンロンやワールドコ

ム事件を契機に、株価の大幅下落と景気の先行き不安が広がるなか、11 月の中間選挙で国

内問題が焦点になるのを避けようとするブッシュ政権の思惑も見え隠れする。 しかし、注目すべきことは、9・11 テロ事件を契機に、米国の国防政策が、これまでの脅

威に対する抑止から予防的、かつ先制攻撃を中心とする政策へと大きく転換した点である。

イラクは、1991 年の湾岸戦争後も、国連との停戦合意に違反して生物、化学、核兵器など

の WMD(大量破壊兵器)の開発を進めており、それらがテロリスト・グループの手に渡

るのを阻止するためには、サダム・フセイン体制を倒し、民主的な政府を作るのが至上命

令であるとしている。 そこで最も懸念されるのは、米国の対イラク攻撃が引き金になって、中東地域全体が一

段と不安定化することである。たとえ、米国の軍事作戦が短期間で成功した場合でも、イ

ラク国内では政治的な真空状態が生まれ、政治的混乱が続く可能性が高いと見られている。

少数勢力のイスラム教スンナ派が、南部のシーア派と北部のクルド人を支配している現在

の体制が崩れるからである。 また、軍事攻撃でイラク国民に多くの犠牲者が出れば、アラブ世界では反米の動きが一

段と強まるだろう。とくに、9・11 テロの実行犯を多く出したことで「悪の核」と名指しさ

れたサウジアラビアは、現在の親米的な王制の維持が難しくなる事態も考えられる。 予想される米国のイラク攻撃に対しては、すでにアラブ諸国や独仏などの欧州諸国が反

対の声を挙げている。ブッシュ政権内には、米単独でも軍事行動を取るべきだとする強硬

論が根強いが、フセイン後のイラク安定化には、国際協調が不可欠である。今後とも、中

東の石油と天然ガスに大きく依存する日本としては、国益を十分に考えて、対米協力およ

び対中東産油国との関係強化をどう進めるのか、戦略的な対応が求められる。 (EPレポート平成 14 年 9 月 21 日号掲載)

*石油課税と道路財源問題

小泉政権は、財政構造改革の一環として、道路特定財源の見直しを進めようとしている。

あらかじめ使途を決めた特定財源は、予算配分が既得権益化し、使い方が非効率になりや

すいからである。昨年度、道路投資に向けられた 12 兆円弱の半分は道路特定財源でまか

なわれたが、そのうち約 4 兆 4000 億円はガソリンと軽油からの税収である。 そのガソリン税と軽油引取税の暫定税率が、来年 3 月末で期限切れとなるため、石油業

11

Page 12: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

界は、基本税率の 2 倍近い現行税率の引き下げを強く求めている。確かに、取りやすい所

から取るという徴税政策のもと、過重な税負担を強いられてきた石油業界の主張には傾聴

すべき点がある。とくに、平成元年に消費税が導入されたとき、石油諸税だけが税率の見

直しが行われず、”Tax on Tax” という不合理な二重課税がまかり通っているのは、極めて

遺憾なことである。 石油関連の道路特定財源の見直しを巡っては、暫定税率を引き下げてドライバーに還元

すべきであるとか、あるいは税収の一部を一般財源化するのが望ましいなど、さまざまな

意見が出されている。最終的にどうなるかは、利害関係者の間の政治力学で決るが、重要

なことは、どこまで納税者の理解が得られるかという点である。 その際、考えるべきことは、膨大な赤字を抱える国家財政の再建と非効率な道路投資の

見直し、また地球温暖化対策への取組みなど、国家としての長期的な課題をどう実現して

いくのかという視点である。税制については、万人の納得を得るのは極めて難しいが、一

納税者としては、次のような方向が望ましいと考えている。 まず、暫定税率については、不合理な二重課税の見直しを最優先の条件にして、据え置

くこと。また道路特定財源については、輸送部門の省エネルギーや環境対策のため、予算

配分の抜本的な見直しを行うこと。例えば、ITS(高度道路交通システム)やハイブリッ

ド車、燃料電池車などの普及促進やインフラ設備への助成、さらには鉄道など公共輸送網

の整備を支援することである。 (EPレポート平成 14 年 8 月 21 日号掲載)

*世界の水危機と温暖化問題

20 世紀は石油を巡って戦争が繰り返されたが、21 世紀は水を巡る紛争の世紀になると

言われている。世界の人口増加、生活水準の向上、都市化の進展などによって、エネルギ

ーと同様に、水の需要が大幅に増加すると見られるからである。とくに、目覚しい経済発

展を続けている中国は、エネルギー不足と並んで、深刻な水不足が懸念されている。先日、

水資源問題の研究者から興味深い話を聞く機会があったが、世界の水危機は、食糧および

エネルギー問題と非常に密接な関係にあることを教えられた。

日本人1人が 1 年間に利用する水の量は、飲み水は1m3だが、生活用が 100m3、食糧

生産用には 1000m3が必要になると試算されている。オイル・ダラーで目覚しい経済発展

を遂げている多くの中東産油国では、人口の急増と生活水準の向上に伴って、水不足が深

刻化している。例えば、サウジアラビアでは、利用水の 70%が石油やガスを燃料とする海

水の淡水化プラントから供給されている。

幸いにして、日本は水資源に恵まれているため、夏場の異常渇水でも起きなければ、水

不足を心配することはない。しかし、忘れてならないことは、日本は、大量の食糧を輸入

することで、国内での利用量を上回る水資源を間接的に海外に依存しているという現実で

ある。もし、世界の水危機によって食糧生産が深刻な影響を受ければ、当然、日本の食糧

供給にも大きな支障が出ることになる。

このような中で注目されるのは、地球温暖化による気候変動が、世界の水危機にどのよ

うな影響を及ぼすかである。この点については、まだ科学的知見が不十分なようだが、確

実なことは、温暖化による積雪量の減少で、穀物地帯である北米や欧州の中高緯度で、夏季

の土壌水分量や水資源賦存量が減少すると予想されていることである。

12

Page 13: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

21 世紀は、人口、エネルギー、水、食糧、温暖化など地球規模の問題が、相互に関連し

ながら一層深刻化すると考えられる。これらの問題解決には、自然科学やエンジニアリン

グ、さらには人間行動や経済・社会制度など多分野の学際的な連携が不可欠である。 (EPレポート平成 14 年 7 月 21 日号掲載)

*自由化と総合エネルギー会社

電力、ガス市場の規制改革の進展に伴って、エネルギー企業間の戦略的提携や相互参入

の動きが強まっている。今後、自由化がさらに進むことで、特に電力市場とガス市場の融

合が加速化するだろう。現在のエネルギー源別企業形態のあり方が大きな変革を迫られて

いるが、明確な将来像は見えていない。その点で、自由化が先行している欧州は、考える

ヒントを与えてくれる。 英国とドイツで見られるエネルギー企業再編の大きな特徴としては、電力とガス事業に

おける垂直型の再統合化、マルチ・ユーティリティ化、海外事業進出の 3 つに集約される。

これらに共通した企業戦略は、競争力の強化とリスク分散を図り、自由化市場で高収益を

確保することにある。 発送配電が分離された英国では、パワージェンなどの発電会社が配電・販売会社を買収

したり、天然ガス資源の確保に乗り出している。BG から分離したガス販売会社のセント

リカは配電会社を買収し、さらに通信、金融、ロードサービスなどの関連会社を傘下に置

いている。また発電会社は、米国やカナダの電力会社の買収や海外で多くの発電プロジェ

クトを手がけている。 一方、ドイツの電力市場では、相次ぐ合併と買収によって 4 極体制がほぼ出来あがった。

ドイツ最大の電力・ガス事業者となった RWE は、国内では上下水道事業や環境ビジネス

に乗り出す一方、英国の発電会社イノジーを買収するなど、海外事業にも力を入れている。

また、RWE に次ぐ大手電力会社のエーオンは、パワージェンの買収に続いて、大手の天

然ガス会社であるルアガスの過半数の株式取得を決めている。 このように欧州では、R.D.シェル、BP、トタールフィナエルフのスーパーメジャーに加え

て、新たな総合エネルギー会社が登場しつつある。石油メジャーを持たないわが国は、エ

ネルギー産業全体の将来ビジョンを念頭に置いて、電力・ガス市場の制度改革を行うべき

である。島国という条件下で、国際競争力を持つ総合エネルギー会社の形成を図るには、

外資の積極的な活用が必要である。 (EPレポート平成 14 年 6 月 21 日号掲載)

*原子力開発について思うこと 恒例の原産年次大会が、4 月下旬にさいたま市で開かれたが、「新しい社会経済環境下に

おける原子力発電の役割」のパネル討論に参加する機会を得た。日韓および米英各国の現

状報告の後で、2020 年の世界の原子力発電をどう見るかを巡って意見が交わされた。そこ

で改めて強く感じたのは、今後わが国で原子力がその役割を高めていくには、次の 4C の

実現が重要だということである。 第 1 は、原子力に対する Credibility(信頼性)をどう回復させるかという点である。と

くに現在、プルサーマルの利用が大幅に遅れる中で、六ヶ所村の再処理施設運転の是非を

13

Page 14: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

含めて、バックエンド政策についてもっと本音ベースでオープンな議論を行う必要がある。

その上で、国と企業の責任と役割分担を明確にし、国民とくに地方自治体を含む地元の理

解と協力を得るための具体策を早急に打ち出すべきである。 第2は、他電源に対する原子力発電の Competitiveness(競争力)をいかに高めるかと

いう点である。米国では、稼働中の原子力発電の経済的価値を高めるため、出力アップや

運転期間の延長、新設の許認可手続きの効率化などに取組んでいる。わが国でも、安全性

の確保を大前提に、定検期間の延長などの規制緩和や操業・保守点検の共同化などを進め

ることで、コスト削減に向けた一層の努力が必要である。 第3は、現在の原子力発電が持つ短所を最小化するため、技術開発の面での Creativity

(創造力)を最大限に発揮することである。より高い安全性と小さな初期投資、また廃棄

物の発生量が少ない革新的な新型炉が、21 世紀に期待される原子力技術である。 第4は、原子力発電が社会に受け入れられるには、推進に向けた国、地方自治体、企業

の Cooperation(協力関係)を再構築することが不可欠である。そのためには、電力の全面

自由化政策の下で原子力開発を進めるには、どのような条件整備や国の関与が必要である

のか、電力会社はもっと積極的に主張すべきではないだろうか。 (EPレポート平成 14 年 5 月 21 日号掲載)

*日本とサウジの経済協力

3 月 5-6 日に開催された日本・サウジアラビアのビジネス・カウンシル合同会議に出席

するため、7 年ぶりにリヤドとジェッダを訪問した。20 年前に初めて訪れたのは、第 2 次

石油危機直後のオイル・ブームで国中が建設ラッシュに沸く頃であった。その後、立派な

政府機関や公共施設、高速道路や住宅などが次々と建設され、訪問する度にオイル・マネ

ーの持つ威力を痛感させられたものである。 今回、久し振りに見た両都市は、高速道路には高級車が溢れ、また高層ビルが建ち始め、

市内には巨大なショッピング・モールが出現するなど、まるで米国の大都市にいるような

錯覚を起こさせる変わり様である。多くの国民が、所得税もなく教育費、医療費がゼロ、

またタダ同然の安い電気代や水道料金という非常に恵まれた生活を一度経験すると、それ

を維持するのは指導者にとって容易なことではない。この 20 年間で、サウジ人の人口が

900 万人から 1800 万人に倍増し、とくに若者の雇用問題が深刻化しているからである。 14 年目を迎えた日サ合同会議の最大の課題も、両国企業の合弁事業によってサウジ国内

に新たな雇用をどう生み出すかにあった。これまでは、サウジ側から日本の対サ投資が消

極的だとの批判が強かったが、今回は双方ともに率直な意見交換が出来たとの感想が聞か

れた。サウジ投資庁総裁が、日本からの投資を呼び込むために、積極的な条件整備を進め

たいとの姿勢を強く見せたからである。従来は、アラビア石油の利権延長問題が、一種の

人質となっていた面があったのかもしれない。 特に日本が期待されているのは、雇用の創出につながる中小企業分野の合弁事業や技術

移転、また供給不足が懸念されている発電や淡水化事業への投資である。すでに、サウジ

投資庁内にジャパン・デスクが設置され、日本人の専門家が常駐している。また、電力公

社や水資源公社は、外資導入による IPP や淡水化事業を積極的に進めようとしており、日

本の電力企業にとっても、新たなビジネス・チャンスとして、検討対象になりうるだろう。 (EPレポート平成 14 年 4 月 21 日号掲載)

14

Page 15: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

*電力改革にはパッケージ・アプローチを

エネルギーセキュリティの確保、規制緩和・自由化の促進、CO2 排出削減の3Eを同

時達成しようとするわが国のエネルギー政策は、相矛盾する難問を抱え、迷走気味のよう

に思える。とくに電力部門に、その問題点や矛盾が集中している。その具体例としては、

電力自由化の進展で一層困難になる原子力開発、電源多様化のため進められてきた石炭火

力を温暖化対策としてガス火力に転換を促す政策、天然ガス利用拡大の重要な柱として期

待されているサハリンの天然ガス・パイプライン計画が電力会社の購入契約が得られず足

踏みしていることなどが挙げられる。

これまで日本のエネルギー政策は、長期エネルギー需給見通しに基づいて、分野別に具

体的な政策が立てられるという、一種の「ピースミール・アプローチ」が採られてきた。

個別の問題や課題について、関連業界、行政、需要家の間で意見や利害の調整が図られ、

国としての政策が決められてきた。この方式の欠点は、個別分野における最適解が、必ず

しも国全体にとって望ましい解になる保証がないという点である。

もし、3Eの政策目標を同時に達成しようとすれば、長期的な国益の確保を考慮に入れ

ながら、総合的な観点からの「パッケージ・アプローチ」を採るべきではないだろうか。

そのためには、まず国家としての総合的なエネルギー戦略のグランド・デザインを明確に

描き、それに基づいて各分野の最適化を図ることが必要だと思う。

とくに、すべてのエネルギー分野で大きな役割と影響力を持つ電力会社は、自由化の進

展に伴って、公益的な課題の実現と同時に、普通の企業として最大限の利益を挙げること

が求められている。このような環境の下で、電力会社に、自らの責任で国益にも資するよ

うな経営判断を促すには、電力自由化、原子力開発、温暖化対策、サハリンのパイプライ

ン・ガス、石炭火力の位置付けなど、相矛盾する課題を包括的した「政策パッケージ」を

国が提示し、その合意形成を目指すべきではないだろうか。

(EPレポート平成 14 年 3 月 21 日号掲載)

*日本とサウジの「構造改革」 一月の下旬、サウジアラビアのファハド国王即位 20 周年の記念シンポジウムが、南麻

布にあるアラブ・イスラム学院で開かれ、「石油と経済」をテーマとする報告と討議に参加

する機会を得た。そこで強く感じたことは、日本とサウジアラビアは政治、経済、宗教、

文化など、いずれの面でも大きく異なっているが、現在、政治および経済システムの「構

造改革」を迫られている点では、驚くほどの共通点を持っていることである。 サウジアラビアは、二度の石油危機でオイル・ブームに沸いたが、1980 年代半ばにバブ

ルが弾けてからは慢性的な財政赤字を続け、政府の累積債務は GDP の規模を超え、また

若年層を中心に失業問題が深刻化している。さらに、同時多発テロ事件を契機に、国民の

反米感情が高まるなか、米軍の駐留を巡って王室内での意見対立も伝えられている。サウ

ジの指導者に求められているのは、石油モノカルチャー経済からの脱却、国に全面的に頼

る国民意識の変革と政治への国民参加の実現、また自国の安全を自分たちの力でどう守る

かということである。 一方、日本は、バブル崩壊後 10 年を超える景気低迷が続くなかで、公的債務が GDP の

130%にも達し、また失業率も 6%に近づくなど未曽有の経済危機に直面している。小泉政

15

Page 16: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

権は「聖域なき構造改革」をスローガンに掲げているが、最大の問題は、政官財を含め国

全体に見られる問題の先送り体質と責任体制の欠如にあるといえる。このような土壌を培

ってきたのは、過去半世紀以上の間、自国の安全保障を米国に全面的に依存することで、

国民の間で自らが国を守るという気概が失われてきたことにあるように思える。 日本とサウジ両国が、いま直面している政治的、経済的な困難を乗り越えていくには、抜

本的な「構造改革」が不可欠だが、そのためには、何よりも国が拠って立つ基盤である安

全保障について、自らが責任を持って決定する意思と能力を取り戻すことが大前提となる

のではないだろうか。 (EPレポート平成 14 年 2 月 21 日号掲載)

*エンロンの経営破綻とその教訓 昨年 12 月 2 日、エンロンが、米連邦破産法 11 条の適用を申請し、米史上最大の大型倒

産となった。テキサスの小さなガス・パイプライン会社が、わずか 15 年の間に急成長し

たのは、規制緩和・自由化の流れを先取りして、金融技術を駆使した新しいビジネス・モ

デルを作り上げたことにある。それは、自由化政策で従来からの統合化された電力、ガス

会社の事業体制が次々と分割され、エネルギーのコモディティー化、金融商品化が進んだ

ことで可能となった。しかし、市場原理の熱烈な信奉者であるケネス・レイ氏に率いられ

たエンロンが、市場の不信を買って一挙に退場を強いられたのは皮肉な結果である。 経営破綻の一因としては、インドの IPP 事業での未回収金の発生やブロードバンド事業

での投資の失敗などが挙げられる。しかし最大の原因は、近年、トレーディング事業が急

拡大する中で、高い収益性を誇示するために、簿外での金融取引で被った巨額の損失を隠

すなど、不透明な資金操作を続けてきたことにある。事の真相は、今後、証券取引委員会

や議会、また司法省の手によって明らかにされようが、実物資産をあまり保有せずにトレ

ーディングに過度に依存することの危うさを示したといえる。 エンロンの破綻によって、今のところ欧米のエネルギー市場で大きな混乱が見られない

こともあり、自由化政策そのものを問題視する意見は少ない。しかし、その破綻を事前に

見抜くチェック・エンド・バランスが十分に機能しなかったことで、今後の自由化に対し

て慎重論が強まる可能性もある。また、レイ氏がブッシュ・ファミリーと非常に親密な関

係にあったため、今秋の中間選挙を控えて、政争の具に利用される恐れもある。 日本にとっては、電力自由化の尖兵としてエンロンが進めてきた発電所の建設計画が白

紙に戻るなど、その影響は小さくない。今回のエンロン破綻劇は、カリフォルニアの電力

危機と合わせて、日本の自由化制度を構築する際の貴重な教訓とすべきであろう。 (EPレポート平成 14 年 1 月 21 日号掲載)

*東アジアのエネルギーセキュリティと地域協力

セキュリティ問題というのは、身近に脅威を感じたり、実際の危機に直面しないと具体

的な対策がとりにくいものである。日本が、石油の備蓄や代替エネルギーの開発に本腰を

入れるようになったのは、1970 年代に 2 度の石油危機を経験したからである。 その意味では、9 月 11 日の同時多発テロ事件は、日本を含む東アジアがエネルギーセキ

ュティの確保に向けて、地域協力を進める好機と考えられる。と言うのは、エネルギー需

16

Page 17: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

要の増加が続く東アジアは、近年、中東石油への依存を一段と高めており、今後テロ事件

の影響が湾岸産油国に波及すれば、経済活動や社会生活に大きく影響する可能性が高いか

らである。 アジア地域では日本に次ぐ石油輸入国である韓国は、最近の不況で石油需要が低迷した

影響もあり、長年の懸案であった 90 日の備蓄義務水準をクリアーし、今年になって IEAへの正式加盟が認められた。また台湾は、テロ事件を受けて、今後 3 年間で 300 万 kl(30日分)の戦略備蓄を創設する法案を成立させ、具体的な検討に入っている。さらに原油輸

入の 50%以上を中東に依存するようになった中国は、今年から始まる第 10 次 5 ヵ年計画

で、2005 年までに 800 万 kl の戦略備蓄体制を整備することを決めている。 今年 10 月に上海で開かれた APEC 首脳会議でも、エネルギーセキュリティの重要性が

確認され、国際共同備蓄などの具体的な課題が提起された。石油備蓄の分野では、日本は

豊富な経験と人材、ノウハウおよび十分なインフラ設備を持っており、東アジア地域のた

めに積極的な活用を考えてはどうだろうか。例えば、沖縄や九州地域にあるタンクなどの

石油関連施設を、周辺のアジア諸国の備蓄対策に活用できれば、双方にとって大きなメリ

ットが期待できるからである。 東アジアは、歴史的な負の遺産を清算できないまま現在に至っているが、地域全体のエネ

ルギーセキュリティの確保という共通の目標を掲げて各国が協力できれば、喉にささった

トゲを取り除く一助となりうる。東アジアも、EUや北米のような地域的なエネルギー市

場の形成に向けて、第一歩を踏み出す時期にきているのではないだろうか。 (EPレポート平成 13 年 12 月 21 日号掲載)

*仮説としての「石油時代の終りの始まり」

「石油の世紀」と呼ばれた 20 世紀が幕を閉じるのと前後して、世界は地球温暖化問題

とイスラム過激派による未曽有のテロ事件に直面し、その解決に向けてグローバルな取組

みが求められている。当面、京都議定書の発効やテロ根絶の戦いがどうなるのか先行きは

不透明であるが、エネルギー問題の視点から見ると、この 2 つの難問は、もしかしたら「石

油時代の終りの始まり」を暗示しているのかもしれない。

それは、化石燃料である石油の枯渇時期が間近に迫ってきたからという訳ではない。む

しろ近年は、探鉱や開発分野での目覚しい技術革新によって埋蔵量の成長が言われ、21 世

紀のかなりの期間、石油資源の枯渇を心配する必要はないとの見方が増えている。問題は、

石油が環境的にクリーンで、しかも安定したエネルギー源として、今後とも長期にわたっ

て利用されるのかという点にある。石器時代の終りは、石の供給不足によってではなく、

鉄という優れた代替物の登場によって引き起こされたし、石炭から石油への移行も同じよ

うな理由からである。

石油は、利便性と経済性の面から見て、最も競争力を持つエネルギー源であることは衆

目の一致するところである。それでは、なぜ仮説としての「石油時代の終りの始まり」な

のか。そのカギは、環境とイスラムにあると考えられる。世界的に CO2 を含む大気汚染物

質の排出規制が一段と厳しくなり、石油の優位性が徐々に低下すること。また、世界の石

油供給の中心が、今後ますます中東や中央アジア等のイスラム世界に移ると見られるから

である。当然、今回のテロ事件が、オウム真理教事件のような一過性のもので終わるのか

どうかで、この仮説の妥当性が大きく影響されるだろう。

17

Page 18: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

9 月 11 日を境に世界が大きく変わるなかで、大量の石油消費に支えられた”American Way

of Life”が、環境問題に加えてイスラム世界との関係において、今後どう変化するかによ

って、21 世紀のエネルギー問題の行方が大きく左右されるだろう。新しい文明のあり方が、

問われているのではないだろうか。

(EPレポート平成 13 年 11 月 21 日号掲載)

*同時多発テロ事件と国際石油情勢

過去 30 年近い間、国際石油市場では、中東地域の政治的事件が引き金になって、約 10

年サイクルで原油価格の高騰に見舞われてきた。1973 年の第 4 次中東戦争を契機とするア

ラブ産油国による石油禁輸、1979 年のイラン革命と翌年のイラン・イラク戦争、1990 年の

イラクのクウェート侵攻による湾岸危機がそれである。2000 年には、好景気が続いた米国

で石油製品の供給不足が顕在化し、原油価格は一時 35 ドル以上に急騰した。そして、今回

のイスラム過激派による同時多発テロ事件である。

事件直後には原油価格は 2-3 ドル高騰したが、その後は世界的な景気後退によって石油

需要が減少するとの見通しから、むしろ急落に転じた。当面、ブッシュ政権が、軍事攻撃

の対象をウサマ・ビン・ラディン氏とタリバン政権に限定しているため、石油供給に支障

はないと市場が判断しているからである。しかし、イスラム過激派のテロ組織網を根絶す

る戦いは、中東の政治情勢を一段と不安定化させる恐れがある。

まず、今回の事件を含めて、湾岸戦争後に米国を標的としたテロ事件にイラクが関与し

ていたとする状況証拠から、フセイン政権もターゲットにすべきとの強硬論がブッシュ政

権内でくすぶっている。一方、アラブ民衆の間では、親イスラエルの米国とそれに支えら

れた現在の体制への不満が強まっている。イスラムの聖地を抱えるサウジアラビアでは、

異教徒である米軍の駐留に対する反発が根強い。

もし、今回のテロリズムと民主主義の戦いが、イスラム世界と米国・G7 の西側世界との

「文明の衝突」に転化すれば、世界のエネルギー情勢が一変する可能性もある。21 世紀の

世界、とくにアジアにとって、中東と中央アジア地域の石油、ガス資源がますます必要に

なることを考えると、「パンドラの箱」を開かずにイスラム過激派のテロ組織網をどう根絶

するか、日本にとっても主体的な取り組みが求められている。

(EPレポート 平成 13 年 10 月 21 日号掲載) *石油公団問題と開発政策のあり方

小泉政権が推し進める特殊法人改革の先陣を切る形で、石油公団廃止の方針が固まった。

堀内光雄・自民党総務会長が、通産大臣時代から石油公団による石油開発事業は税金の

無駄使いだとして厳しい批判を続けてきたことが、大きな契機となったからである。

1967 年に設立されて以降、輸入原油の 30%を自主開発で賄うという国策のもとで、こ

れまで約 300 社に対して投融資等を行ってきた。しかし、このうち約 200 社がすでに

解散または解散準備中となり、現在1兆 2 千億円近い公団の出融資残高のかなりの部

分について、その回収が難しいとの見方が強まった。

このように、当初期待されたような成果を挙げられなかったのは、主に 2 つの要因

に起因している。まず外的要因としては、1985 年のプラザ合意後の急激な円高と原油

18

Page 19: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

価格の急落が重なったことである。海外での探鉱事業は、石油公団から円ベースで出

融資を受けているため、その採算性が大幅に悪化したのである。内的要因としては、

探鉱事業の成功払い融資制度が、プロジェクトの採算性評価や審査体制の甘さにつながっ

た点である。石油公団が最大 70%まで出融資するため、開発会社が負うリスクは 30%に留

まるからである。とくに、巨額の損失を出した失敗例の多くがナショナル・プロジェクト

であったという事実は、責任体制の明確化が極めて重要であることを示している。

それでは、わが国の石油開発政策はどうあるべきだろうか。近年、メジャーの大型合併

や中東産油国の外資導入政策、また天然ガスの開発・利用が進むなか、国際的に通用する

開発企業の形成を、最優先すべきである。そのためには、石油公団が出資する開発企業の

再編・統合と民営化、また場合によっては海外から経営のプロや技術者を登用するなど思

い切った対策が求められる。開発企業の自立化にメドがつくまでの一定期間、国によるリ

スクマネーの供給を続けると同時に、税制面でインセンティブを与える制度の導入も

検討してはどうだろうか。 (EPレポート平成 13 年 9 月 21 日号掲載)

*米国の電力危機から何を学ぶべきか 7月初め、米国のアスペン研究所が主催するエネルギー政策フォーラムに参加した。

昨年来の天然ガス価格の高騰やカリフォルニア州の電力危機の影響もあり、米エネル

ギー企業のトップ、電力自由化に深く係わってきた学者やシンクタンク研究者、議会

や政党のエネルギー専門家を中心に百名近くが参加し、活発な議論が行われた。 とくに興味深かったのは、自由化を推進してきた経済学者やエンロンなどのトップ

が、カリフォルニア州を除くと、市場メカニズムはうまく機能しつつあるとの見方が

強調される一方、企業経営者など当事者からは問題視する意見も数多く出されたこと

である。小口需要家には自由化のメリットが十分還元されず、むしろ最終供給保証や

価格の安定化が損なわれる点などが指摘された。日本に比べ格段に自己責任原則が広

く受け入れられている米国でも、電気料金が大幅に高騰すると、消費者を保護すべし

との政治的圧力が必ず強まるからである。 一方、多くの意見が一致したのは、競争市場に向かう移行期をどう乗り切るのか、

連邦と州政府の権限をどう調整するか、また私有財産権の問題をどう解決するかが、

非常に重要かつ政治的に難しい問題だという点である。さらに、カリフォルニア州で

見られたように、市場の変化が急激に起きると、規制当局や政治家が熟練した能力を

欠く場合、迅速で的確な対応策を取れない事態が起きることである。いずれにせよ、

カリフォルニア州の電力危機は、他州で進めようとしている電力小売市場の自由化政

策に対しても、大きな影響を与えるのは必至と見られている。 さらなる電力の規制改革を目指して、わが国では、プール市場の創設や自由化範囲

の拡大などを巡って、今秋から本格的な論議が始まることになっている。現代社会に

とって酸素のような存在になっている電力を、安定的かつ効率的に供給するにはどのよう

なシステムが望ましいのか、米国の教訓から学ぶ点が多いと思われる。 (EPレポート 平成 13 年 8 月 21 日号掲載)

19

Page 20: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

*温暖化対策は政府一体の取り組みを 米国抜きで京都議定書を批准すべきかどうかを巡って、再びエネルギー派と環境派の綱

引きが激しくなっている。経済産業省の総合資源エネルギー調査会は、1年以上をかけて

3E(経済発展、供給安定化、環境保全)を達成するようなエネルギー需給シナリオとそ

のための政策について検討を続けてきたが、このほど新しい長期見通しを発表した。3年

前の見通しと同様、省エネルギー、新エネルギー、原子力の促進を主な柱としているが、

この間の民生・運輸部門におけるエネルギー需要の増加や原子力開発の遅れを反映して、

過度の省エネ期待や石炭火力の大幅抑制など問題点を多く含んだ結果となっている。また

意見が鋭く対立している環境税については、その効果、マクロ経済や産業競争力に与える

影響などを慎重に検討すべきとしている。

一方、ほぼ時期を同じくして、環境省の中央環境審議会地球環境部会の下に設置された

目標達成シナリオ小委員会は、2010 年の CO2排出量を 1990 年比で▲2%減となるよう炭素

税を課しても、GDP 損失は 0.06-0.72%と軽微であるとする報告書を発表した。また、経

団連の自主行動計画に対して、経済産業省の委員会がフォローアップ作業を続けているな

かで、環境省の研究会は、「信頼性、透明性、実効性が十分に確保されておらず、京都議定

書で定める削減目標を達成する上では不十分」とし、見直しを求めている。

このように、CO2減策を巡って2つの関係省庁が、同じ時期にかなり異なったメッセー

ジをバラバラに発表することが、果たしてわが国の国益に資するのかどうか真剣に考える

必要がある。京都会議直後の 1998 年には、政府の地球温暖化対策推進本部が「地球温暖化

対策推進大綱」を策定し、各部門ごとの削減目標値を明らかにして具体的な対策を進めて

きた。京都議定書の批准を巡って日本の動向が内外の大きな注目を浴びるなか、整合性と

説得力を持った戦略および政策を、省庁の壁を越え政府一体となって早急に打ち出すこと

が強く求められているのではないだろうか。

(EPレポート 平成 13 年 7 月 21 日号掲載)

*京都議定書と日本の対応

京都議定書には致命的な欠陥があるとして、ブッシュ大統領が明確な反対を表明したこ

とで、世界に大きな波紋が広がっている。米国経済に悪影響を与え、また開発途上国に一

切の削減義務を課していないのは不公平であるとして、議定書に代わる別の枠組みを提案

するとしている。このような主張は身勝手すぎるとして、EUのように米国抜きでも議定

書の批准を目指すべきか、あるいは米国が参加しない議定書は非現実的と考えるのか、わ

が国は困難な選択を迫られている。

地球温暖化対策を進める際は、次のような 3 つの視点から総合的な戦略を考えることが

不可欠ではないだろうか。第1は、南北間や世代間の公平性という倫理的側面、第 2 は、

いかに低コストで効率的に温暖化ガスの排出削減を行うかという経済・技術的側面、第 3

は、各国の国益が複雑にからむ国際政治的側面である。議定書に反対するブッシュ政権の

問題は、明らかに、倫理的側面を軽視しすぎている点にある。その背景には、最近の米国

における石油製品や天然ガス価格の高騰、加州の電力危機などに加えて、中道左派政権が

中心のEUとの政治理念の違い、また中国を戦略的競争相手として警戒感を一段と強めて

いることなどが影響している。

20

Page 21: 「視点」 - eneken.ieej.or.jpeneken.ieej.or.jp/data/pdf/810.pdf中国の石油輸入の動向と世界への影響である。その背景には、中国が今後ますます国

IEEJ:2003 年 12 月掲載

21

日本としては、このような少々バランスを欠いた米国の姿勢を正す一方、削減目標を達

成する上で日米に比べ有利な立場にあるEUにもっと柔軟な対応策をとるよう促すべきで

ある。温暖化対策の第一歩である京都議定書を生かすためにも、米国が参加できるような

条件を具体化させるための努力を続ける必要がある。最近、オランダのプロンク議長が、

日本に議定書の批准を迫る狙いもあり、吸収源の扱いについて特例として日本の主張をほ

ぼ認める提案を行ったことは、一歩前進といえよう。米国の不参加という最大の抜け穴を

作らないためにも、京都メカニズムを最大限活用できるような仕組み作りや、基準あるい

は目標年次の見直しなども含めて、より柔軟な対応が必要である。

(EPレポート 平成 13 年 7 月1日号掲載)

(EPレポートについてはエネルギーフォーラムhttp://www.energy-forum.co.jp/)

お問い合わせ [email protected]