10
2 Guideline November 2007 いると言えるのだろうか。 そこで、この種の国語力にどのような変化が見られるの かについて、われわれが保有しているデータに基づいて調 べてみた。予備校が確認できるのは、受験して大学に入学 しようとして予備校に通ってきている受験生たちの、いわ ゆる「受験学力としての国語力」だけであるが、客観的な データのひとつにはなるだろう。 しかし、結果を先に言っておくと、国語力が「低下」し 1 いま求められる 国語力 とは 年、高まりを見せている「学力低下論争」のなかで、高校・大学の教育現場では「国語力」の低 下を指摘する声も多くなっている。2003年に実施された「PISA」の国際学力調査では「読解力」 の順位が後退(00年8位→03年14位)し、学力低下を裏付けるかのように喧伝された。しかし、河合 塾独自のデータからは顕著な国語力低下の証拠は見つかっていない。現場での感覚とデータが食い違い を見せるのはなぜか。そもそも国語の学力は低下したのか。あるいは、大学受験 で問われている「学力」とPISAで問われている「学力」は別物なのだろうか。 今回は、そうした疑問に答えるべく、河合塾の模試データを概観しつつ、 PISA の「読解力」について検討し、また、今年4月に小学校6年生・ 中学校3年生を対象にして行われた「全国学力・学習状況調査」の 問題にも触れながら、国語力低下についての問題点を整理した。また、 それをもとに市川伸一・東京大学教授に「いま求められる『国語力』 とはなにか」についてお話を伺った。 ―「従来型学力」と「PISA型学力」の違いから見えること― 1 河合塾のデータから見えること ゆとり教育との関連で「学力低下論争」が起こったのは まだ記憶に新しいことである。また、大学や高校の先生方 からも最近の大学生や高校生の国語力(読解力・記述力) が低下しているという声を聞くことが多くなった。 しかし、本当に最近の学生たちの国語力は「低下」して 国語の「学力」は低下したのか?

いま求められる 特 集 国語力 とは · 2013-05-30 · 験の不足」「文字文化の衰退」「コミュニケーション能力を 高める機会の喪失」というような、情報社会・豊かな社

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2 Guideline November 2007

いると言えるのだろうか。

そこで、この種の国語力にどのような変化が見られるの

かについて、われわれが保有しているデータに基づいて調

べてみた。予備校が確認できるのは、受験して大学に入学

しようとして予備校に通ってきている受験生たちの、いわ

ゆる「受験学力としての国語力」だけであるが、客観的な

データのひとつにはなるだろう。

しかし、結果を先に言っておくと、国語力が「低下」し

特 集 1

いま求められる「国語力」とは

年、高まりを見せている「学力低下論争」のなかで、高校・大学の教育現場では「国語力」の低

下を指摘する声も多くなっている。2003年に実施された「PISA」の国際学力調査では「読解力」

の順位が後退(00年8位→03年14位)し、学力低下を裏付けるかのように喧伝された。しかし、河合

塾独自のデータからは顕著な国語力低下の証拠は見つかっていない。現場での感覚とデータが食い違い

を見せるのはなぜか。そもそも国語の学力は低下したのか。あるいは、大学受験

で問われている「学力」とPISAで問われている「学力」は別物なのだろうか。

今回は、そうした疑問に答えるべく、河合塾の模試データを概観しつつ、

PISAの「読解力」について検討し、また、今年4月に小学校6年生・

中学校3年生を対象にして行われた「全国学力・学習状況調査」の

問題にも触れながら、国語力低下についての問題点を整理した。また、

それをもとに市川伸一・東京大学教授に「いま求められる『国語力』

とはなにか」についてお話を伺った。

―「従来型学力」と「PISA型学力」の違いから見えること―

1 河合塾のデータから見えること

ゆとり教育との関連で「学力低下論争」が起こったのは

まだ記憶に新しいことである。また、大学や高校の先生方

からも最近の大学生や高校生の国語力(読解力・記述力)

が低下しているという声を聞くことが多くなった。

しかし、本当に最近の学生たちの国語力は「低下」して

国語の「学力」は低下したのか?Ⅰ

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Guideline November 2007 3

こうした「表現」に関する知識や感性は、文学的な文章

を読んだり、自分で書いたりすることを通して、言葉の使

い方や意味を習得していくという過程を経ない限り、身に

付くものではない。このような表現に関する知識や感性の

低下は、「語彙力」の低下と同根の原因、つまり「読書体

験の不足」「文字文化の衰退」「コミュニケーション能力を

高める機会の喪失」というような、情報社会・豊かな社

会・格差社会などに関わる問題であると考えられる。

総じて入塾時の「学力診断テスト」から見る「学力低下」

とは、語彙力や表現に関する知識や感性の低下と位置付け

ることができる。

ているという事実をデータから確認することはできなかっ

た。われわれのデータに基づくかぎり、ここ約10年間に

おいて受験生たちの「受験学力としての国語力」に際だっ

た変化は見られず、国語力が低下したという有力な証拠は

得られなかった。以下、マーク式(選択式)、および記

述・論述式問題の経年比較について概略を示してみたい。

入塾時の学力診断テストの結果よりー「読解力」「論理力」は低下していないが「語彙力」や「表現」に関する知識や感性が低下

河合塾では入塾生(主に大学受験科生)を対象とした入

塾時の「学力診断テスト」を行っており、そのテストは入

塾生が自分の学力に応じた講座を決めるための基礎資料と

なるものであるが、同時に学力の定点観測としての意義も

持っている。<表1・2>は96年度と04年度入塾生、95

年度と06年度の入塾生の学力を比較したものである。(96

年度と04年度、95年度と06年度は、それぞれ同一の問題

を用いている。)

母集団は、10年ほど前にくらべ、学力上位層が多く、中

間層が少なくなっているので、厳密な意味での比較という

わけにはいかないが、その平均点を比較してみると、現代

文においては<表1>では1.4点、<表2>では3点、現

在の方が上昇している。

こうした結果から、受験において測りうる学力について

は、学力低下と言えるほどの顕著な傾向、特に「読解力」

や「論理力」に関する低下傾向は表れてはいない、と言わ

ざるを得ない。

ただし、<表1>を見ると、語句や慣用表現の意味を問

う「基礎知識」で正答率が下がっているものが多い。例え

ば、「性急」(設問番号5)、「身持ちの悪い」(同6)、「一

分の隙もない暮らしぶり」(同25)という語句の意味や用

法を問う設問などである。このように、語彙力の低下は確

実に見られる。授業をしている印象としても、こうした現

象は決して下位クラスだけではなく、東京大を志望するよ

うな上位クラスにおいても見られる傾向である。

また、<表2>を見ると、評論(設問番号1~18)に

おいては、06年度の正答率が全体的にアップしているのに

対し、小説(設問番号19~36)においては、逆に06年度

の方が低下しているものがある、ということが分かる。ち

なみに低下しているのは「表現」に関わる設問である。例

えば、「『もう一カ月前ならば文字に読まれる形相』とはど

ういう様子か」(設問番号29)、「『今の列車では、万端が全

然ちがう』とはどういうことか」(同33)、「この小説には

どのような表現の特徴が認められるか」(同34)などである。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36

【評論】 読解・全体 読解・部分 読解・全体 読解・部分 漢字      基礎知識    読解・全体  基礎知識 読解・全体 基礎知識   読解・部分 漢字 読解・部分 漢字 読解・部分  読解・部分 読解・全体 読解・全体  【小説】 読解・部分 基礎知識 読解・全体 基礎知識 読解・部分 読解・部分  基礎知識  漢字 読解・全体 基礎知識 読解・全体 基礎知識 読解・部分 読解・全体  読解・全体 基礎知識 基礎知識 基礎知識

-1.2 4.7 -0.2 1.0 -4.8 -2.0 -1.0 2.1 1.3 -1.0 -2.9 4.7 5.0 6.1 -5.4 3.4 2.9 -2.1

4.7 3.9 4.2 6.2 6.8 -1.2 -2.2 6.8 3.5 0.2 4.2 2.5 2.1 -3.5 3.3 0.4 0.7 0.8

設問 番号 設問形式

2004年━1996年 正答率の差

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36

【評論】 基礎知識 漢字 漢字 読解・部分 読解・部分 読解・全体 基礎知識 漢字 読解・部分 読解・全体 読解・全体   読解・部分 読解・全体 読解・部分 基礎知識 読解・部分 読解・全体 読解・全体 【小説】 基礎知識 読解・全体 基礎知識 読解・部分 読解・部分 基礎知識 読解・全体 漢字 読解・部分 基礎知識 読解・部分  読解・全体 漢字 読解・部分 読解・全体  読解・全体  基礎知識 基礎知識

-0.6 6.0 9.5 7.9 5.3 5.0 5.3 23.1 1.8 8.9 -2.0 3.2 2.1 2.3 0.3 1.2 3.0 3.0

3.3 3.0 2.4 0.4 11.7 4.6 3.8 4.8 1.6 6.2 -2.1 1.0 2.1 1.6 -5.5 -3.0 1.5 3.1

設問 番号 設問形式

2006年━1995年 正答率の差

<表1>学力比較(96年度 VS04年度)

<表2>学力比較(95年度 VS06年度)

(注)1. *<表2>の設問8は、06年度に設問修正を行った。2. <表1>の【評論】は本格的・抽象的な内容のもの、<表2>の【評論】は軽めの具体的な内容のものであった。これも近年の傾向であるが、<表1>のような評論文より<表2>のような評論文の方が出来はよいという傾向が見られる。

※河合塾調べ

いま求められる「国語力」とは特 集 1

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4 Guideline November 2007

ないような問題については全く対処することができない。

課題文を正確に読み取る訓練はできていても、表現力を

身に付ける訓練や、「行間を読む」というような訓練はで

きていないようである。この点については、後述する

PISAの「読解力」の低下と通底するところがあると言える。

マーク式と記述・論述式には学力の相関なしセンター試験と二次試験は別々の対策が必要

マーク式の問題も記述・論述式の問題も、そこで評価さ

れている「国語力」は同じであると考えられている。本文の

内容が理解できれば、マーク式であろうが記述・論述式で

あろうが解答できるはずだ。したがって、マーク式も記述・

論述式も区別なく、学習指導がなされる場合も多いだろう。

この点についてもデータから検証してみることにした。

その結果を示したものが<表5>である。これを見る限り、

他教科にくらべ、「現代文」については全統マーク模試

(マーク式)と全統記述模試(記述・論述式)の相関が最

も低いことがわかる。

その要因は、受験生の学力の問題もさることながら、問

題の作られ方の違いにあると考えられる。全統記述模試は、

多肢選択型の客観問題と記述式の問題をバランスよく出題

し、比較的設問数も多いので、学力評価もしやすい。それ

に対して、全統マーク模試はセンター試験に準じて作成さ

れているが、そのセンター試験の「国語」は、設問形式の

制約も多く、英語などにくらべて設問数も少ないため、平

トップレベルの受験生の国語力は、変化なし

河合塾では東京大・京都大を目指すトップレベル生を対

象に、二次試験対策用の「現代文論述」の授業を設けてい

る。そこでは論述対策として添削指導を行っているが、な

かには継続して使用している問題もあり、採点基準もほと

んど変えずに採点しているので、それらの問題で1998年

~06年までの成績を比較した。しかし、<表3>におい

て確認できるように、この9年間で成績に顕著な変化は見

られない。

東京大や京都大を志望するトップレベルの受験生の国語

力に大きな変化は確認できなかったため、名古屋大志望の

受験生について調べてみることにした。1994年の11月に

実施された「名大入試オープン」の現代文の問題を、2007

年の7月に名古屋大志望の文系の受験生に解いてもらい、

当時と全く同じ採点基準で採点し、成績を比較した。<表

4>で確認できるように、ここでも成績に大きな変化は見

られなかった。

このように、われわれの手持ちのデータ、特に数値化さ

れたデータからは、国語力の低下を示す明確な証拠は得ら

れなかったと言わざるを得ない。

しかし、記述・論述式の答案を丁寧に見くらべてみると、

いくつかの問題点が見えてきた。

2 「受験国語」における問題点

課題文を正確に読み取れても表現力が身に付いていない、行間を読むことができない

選択式の問題とは異なり、読解と解答の過程が答案に反

映される記述・論述式の問題では、数値化されたデータに

は表れない問題点が見えてくる。

例えば、文中からいくつかのポイントを抽出し、それら

をつないで解答を作成するようなタイプの問題には対処で

きるが、傍線部を説明するのにふさわしいように問題文中

の表現を再構成したりするタイプの問題は苦手である。ま

た、問題文中の表現だけでは十分な解答にならない場合に、

自分なりに表現を工夫して解答を作成するタイプの問題も

苦手である。つまり、問題文中の表現に依存する傾向が強

すぎるため、問題文中の表現をより的確な表現に言い換え

ることや、自分なりの表現を工夫することを要請されるよ

うな問題にはほとんど対処することができない。さらに、

問題文中に解答に相当する内容が直接書かれていないため

に、問題文中の表現から自分で解答を推測しなければなら

*2007年度実施分は、大学受験科の志望者で実施。*数値はすべて高卒生の成績で比較。

※<表3・4>は河合塾調べ

年度 1998 2000 2002 2004 2006

平均点 27.2 28.6 28.8 28.3 27.9

得点率 54.4 57.2 57.6 56.6 55.8

受講者数 34 107 139 117 139

最高点 43 44 44 49 45

年度 1998 2000 2002 2004 2006

平均点 18.9 18.7 19.1 20.1 19.9

得点率 47.4 46.8 47.8 50.3 49.8

受講者数 35 100 124 121 151

最高点 32 36 40 37 39

年度 1994 2007

平均点 41.1 41.7

得点率 51.4 52.1

受講者数 227 70

●「文章について」 満点40点(京都大学1988年入試問題)

<表4>名大入試オープン過去問成績比較 満点80点95年度(94年実施)問題を、07年度の生徒に実施

<表3>98年度~06年度の成績比較●「椿の主題による工芸的文明論」 満点50点

(東京大学1992年入試問題)

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Guideline November 2007 5

均点が大きく変動する傾向にある。どんな試験も制約があ

るので一概には言えないが、記述・論述式にくらべ、マー

ク式の試験では国語力を十分に測っているとは言い切れな

い面がある。

つまり、センター試験と国公立大学の二次試験は別物で

あり、別々に対策を講じておかなければならないというこ

とである。実際、記述問題では得点できるのにマーク式問

題では得点できない受験生、逆にマーク式問題では得点で

きるのに記述問題では得点できない受験生が結構存在して

いるのである。この点を踏まえて学習指導を行う必要があ

るだろう。

さて、こうして見てみると、「大学受験における国語力」

の低下を示す数値化されたデータはないが、記述・論述式

の答案には明らかな問題点が見えてきた。また、マーク式

と記述・論述式というテストの形式が違えば評価できる力

も異なるということも見えてきた。

では、こうした問題点をどのようにとらえたらいいのだ

ろうか。そのヒントは、「学力低下論争」に火をつけた、

他ならぬ「PISA」のなかに隠されている。

1 大学入試の緩和と学力低下―受験勉強を本格的にしたか否かで学力格差が生じる?

<図6~8>は、「PISA1」の調査結果を示したもので、

2000年と2003年「読解力」について、習熟度レベル別の

生徒の割合を比較したものである。<図6>を見ると、上

位のレベル5ではほとんど変化はないが、レベル4以下で

は下位層にシフトしているのがわかる。ただし、PISAの

学力調査は高校1年生を対象としているため、それ以降の

学習によって学力がついてくる可能性は大いにあるだろう。

今日、受験勉強をしなくても、かなり多くの生徒が推薦

で入学できるようになっている。よく言われているように、

今日の学生たちが自主的に本を読まなくなってきているの

なら、受験勉強が国語力を身に付ける数少ない機会になっ

ていることは否定できないだろう。国語力に限ったことで

はないにしても、受験勉強を本格的にしたか否かで学力に

格差ができてしまっているのではないだろうか。

2 PISAの想定する「読解力」とは何か

ここで注意しなければならないことがある。それは

PISAが想定する「読解力」と学習指導要領で謳う「国語

力」とは必ずしも一致していないということである。

PISAでは「読解力」を次のように定義している。

Reading literacy is defined in PISA as: understanding,

using, and reflecting on written texts, in order to

achieve one's goals, to develop one's knowledge and

potential, and to participate in society.

直訳すれば、「PISAで定義する読解(力)とは、自らの

目標を達成するために、あるいは自らの知識や潜在能力を

開発するために、そして社会に参加するために、書かれた

テキストを理解し、利用し、振り返る(力)である」とな

るだろう。つまり、文章(書かれたテキスト)から何らか

の意味を読み取るだけでなく、自己実現するために、そし

て社会の一員として当該社会に参与するために必要な「言

「国語力」の低下をとらえる視点Ⅱ

<表5>全統マーク模試と全統記述模試の相関記述模試科目

英語

数学Ⅱ・数学B 数学Ⅲ・数学C 国語(現古漢)  第一問   現代文(評論)  第二問   現代文(評論)  古文(歴史物語)  漢文(説話) 物理 化学 生物

マーク模試科目 英語 数学Ⅰ・数学A 数学Ⅱ・数学B 数学Ⅰ・数学A 数学Ⅱ・数学B 国語  現代文(評論)  現代文(小説)  現代文(評論)  現代文(小説)  古文(日記)  漢文(随筆) 物理Ⅰ 化学Ⅰ 生物Ⅰ

相関係数 0.81 0.73 0.76 0.75 0.79 0.68

0.42

0.33 0.39 0.54 0.72 0.81 0.80

<図6>PISA調査(読解力)の習熱度レベル別の生徒の割合

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0(%)

生徒の割合

レベル1未満 レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5

7.4

2.7

11.67.3

20.918.0

27.2

33.3

23.2

28.8

9.7 9.9

2003年調査

2000年調査

1 PISA(Programme for International Student Assessment)は、義務教育終了年度生(日本では高校1年生)を対象とした、OECDによる国際的な生徒の学習到達度調査のこと。数学的リテラシー、読解力(Reading Literacy)と科学的リテラシー、問題解決能力などについて調査したもの。

※河合塾調べ

※文科省ホームページより

いま求められる「国語力」とは特 集 1

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6 Guideline November 2007

語運用能力」と考えられている2。

となれば、「読解力」とはいわゆる「教科」のひとつで

はないし、学習指導要領(1999年3月告示・高等学校)の

「国語」で掲げられた「目標」の前半「国語を適切に表現

し的確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高めるとと

もに、思考力を伸ばし」には対応しても、後半の「心情を

豊かにし、言語感覚を磨き、言語文化に対する関心を深め、

国語を尊重してその向上を図る態度を育てる」には必ずし

も対応していないことになる。

そこで、もう少しPISAの「読解力」テストの中身を見

てみよう。

まず、テキストを、文と段落で構成された「連続型テキ

スト」と、図・グラフや地図、説明用の図式などの「非連

続型テキスト」に分けている。通常の「国語」では前者の

「連続型テキスト」を中心に扱い、後者を扱うのは稀では

ないだろうか。

また、読解のプロセスを、テキストのなかの「情報の取

り出し」、テキストの意味を推論して理解する「解釈」、テ

キストを自らの経験や知識と関連づけて批判的に吟味する

「熟考・評価」に分けている。

読解のプロセスに関しては、<図7>を見てわかるよう

に、日本の生徒は「熟考・評価」や「解釈」の問題で、

OECDの平均を下回っていることが分かる。

さらに、出題形式別に見ると、<図8>にあるように、

「選択肢」型の問題では見劣りがないものの、「自由記述」

や「求答(短い語句や数値で解答するが、答えは1つ)」

「短答(短い語句や数値で解答するが、答えは複数)」にお

ける「無答率」は、OECDの平均を上回っている。つまり、

選択肢は選べるが記述問題は放棄するという傾向にある。

見えてくる「問題点」3 -自分なりの内容吟味・内容の再構成や

自分の考えを的確に表現することに慣れていない

このように見てくると、先ほどの河合塾のデータとつな

がる部分がある。もちろん、大学入試に対応する問題と

PISAの問題では質が違うので同一視するわけにはいかな

いが、そこには「国語力」に関する共通の問題点がありそ

うだ。

第1に、テキスト中から情報を取り出して答える問題に

は対応できるが、内容を自分なりに吟味したり、再構成し

たりすることには慣れていない。

第2に、選択肢から正解と思われるものを選ぶことはで

きても、自分の考えを的確に表現することには慣れていない。

『Ⅰ-2「受験国語」における問題点』の冒頭で指摘したよ

うに、こうした点は受験指導の現場から見れば、「受験の

国語力」は落ちていないと見られる上位層についても言え

ることである。

そこで、「国語」の学力低下に関する問題点を、次のよ

うに整理してみたい。

①国語の「受験学力」の中で、数値化できる部分におい

ては大きな学力変化は見られない。

②ただし、それは受験という圧力が未だに有効性を持っ

ている学力上位層、言い換えれば競争的な受験環境に

いる者に限られる。本格的な受験勉強を経ないで入学

できる学力層においては、学力低下が見られると考え

られる。

③PISAで想定される「リテラシー」としての「国語」

力は、おしなべて低下する傾向にある。

④また、それに関連して、情報を吟味したり批判的に考

察したりする力については、学力上位層も含め、十分

に備わっているとは言えない。

⑤総じて、日本語を用いた言語運用能力に関しては、

「情報の取り出し」というような「受信」する力は備

わっているものの、「発信」する力は相対的に低いと

言わざるを得ない。

4 学力低下の背景にあるもの

さて、こうした問題は、どのようにして生じてきたのだ

2 ちなみに、文科省/国立教育政策研究所の訳では、「読解力とは、自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する力である」となっているが、「reflecting」を「熟考」としてしまうと、自らの言語活動をとらえ返す「メタ認知」的なニュアンスが消えてしまう。また「効果的に社会に参加する」にも違和感が拭えない。

<図7>PISA調査・読解力の読解のプロセス別に見た課題

<図8>PISA調査・読解力の出題形式別に見た課題

(%)

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

35.0

40.0正答率がOECD平均より 

5%以上低い問題数の割合   

熟考・評価 解釈 情報の 取り出し

解釈・情報の 取り出し

14.3

35.7

0.0 0.0

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0(%)

無答率がOECD

平均より

5%以上高い問題数の割合

自由記述 多肢選択 ・複合

多肢選択 求答 短答 0.0 0.0

60.0

25.0 25.0

※<図7・8>は文科省ホームページより

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Guideline November 2007 7

ろうか。具体的な要因についてはそれを語る立場にないの

で、市川氏のインタビューに譲りたいが、その背景につい

て、2点ほど確認しておきたい。

階層化社会と能力・学力観の変化

第1の点は、「格差社会」として喧伝されるような社会

構造の変化と、それに伴う「学力」あるいは「能力」のと

らえ方の変化である。

近代の学力観を乱暴に言えば、「能力+努力=学力」と

いうことになるが、富の蓄積に偏りのある、ある程度階層

化した社会になると、親の財力と子どもの将来に対する願

望が、子どもの学力を規定するようになってくる。耳塚寛

明・お茶の水大学教授らが行った最近の調査(お茶の水大

学21世紀COEプログラム3)によれば、子どもの「算数学

力」を規定する3大要因は「学校外教育費支出」「保護者

の学歴期待」「世帯所得」である。例えば、算数の得点は

「学校外教育費支出」が月1万円未満だと44点、1~3万

円では50点、3~5万円では66点、5万円以上だと78点

だったそうである。

また、「ポスト産業型社会」「高度情報化社会」と呼ばれ

る現代にあっては、<表9>にもあるように、社会人とし

て求められる能力も変わってきた。

こうした社会の変化のなかで、知識の量に重きを置いた

「従来型(近代型)」の能力よりも、多様な情報と能動的に

関わる、つまり情報を「活用」する能力を、学力の中心に

据える考え方が広まってきた。

経済産業省の唱える「社会人基礎力4」もこうした社会

の変化に関連している。かつて企業の人事採用に際しては、

従来型の学力を見れば「社会人基礎力」にあたる力も評価

できると考えられていた。しかし、ペーパーテストで測ら

れる学力は高くても、コミュニケーション能力や主体性に

乏しい学生が多いことから、従来の学力とは別の指標が必

要となってきた。

「社会人基礎力」として定義されている能力や能力要素

は、それ自体としては当たり前に思えるものも多く含まれ

ているが、教育空間と企業空間をつなぐ「共通言語」とし

ての意味を持っており、教育サイドからみれば、教育の成

果を社会へとつなぐひとつの指標となるだろう。もちろん、

教育目標が「社会人基礎力」の養成だけに集約されるわけ

ではないが、企業に奉仕する人材育成だと決めつける前に、

教育サイドからも「共通言語」の構築に関わる試みがなさ

れるべきだろう。

教育観の変化と現場の対応

さて、第2の点は、「国語」を含めた教育の在り方である。

近代社会における「従来型の学力」観のもとでは、標準

化された「知識」を効率よく身に付けることが教育の目的

とされてきた。そのため、高校においては、整備された教

科内容を、効率よいカリキュラムに従って「教える」こと

が重視されてきた。こうした教育システムは、戦後日本の

経済的繁栄を下支えし、「教育の成功例」として世界から

注目されてきた。

しかし、バブル経済崩壊以降、情報産業、ハイテク産業

のみならず製造業においても「情報技術」との関わりを抜

きにして考えられないような事態に直面し、旧来の「知識

量」や「知的操作速度」をベースとした教育では社会の変

化に対応できなくなってきたのである。

ところが、教育の舵取りは、その性格上、急には行えな

いという面がある。通年のカリキュラムをベースにした教

育は、いわば計画経済による農耕文化(年間の予定は途中

で変えられない)という側面をもっており小回りが利きに

くい。現行の課程が導入された際に、高校の国語において

は「国語総合」のなかにリテラシーにつながる「国語表現」

の内容が取り入れられ、センター試験においても「表現」

に関する問題が出題されることになっていた。しかし、周

知のように、その結果は旧来のフレームを踏襲するにとど

まっている。

5 教育改革の行方

さて、このように見てみると、教育に問われているのは、

社会の変容に伴う<能力―学力>観の変化や格差社会の<

学力>への反映にどう対応していくのか、ということにな

るだろう。

ここで注目したいのは、本年4月に実施された「全国学

力・学習状況調査」である。小学校6年生と中学校3年生

を対象にして行われた今回の調査は、悉皆調査であったた

め、「学力格差の助長につながる」という反対意見もあっ

※本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』より

<表9>「近代型能力」と「ポスト近代型能力」の特徴の比較「近代型能力」「基礎学力」標準性

知識量、知的操作の速度共通尺度で比較可能

順応性協調性・同質性

「ポスト近代型能力」「生きる力」多様性・新奇性意欲、創造性個別性・個性能動性

ネットワーク形成力・交渉力

3 2007年度日本教育心理学会主催公開シンポジウム「21世紀型学力の育成を目指して」の資料集による。4 経産省は、社会人に必要な基礎力を「前に踏み出す力(アクション)」「考え抜く力(シンキング)」「チームで働く力(チームワーク)」という3つの「能力」と、その下での「主体性、働きかけ力、実行力」「課題発見力、計画力、創造力、」「発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール」という12の「能力要素」として定義している。詳細は、19ページ参照。

いま求められる「国語力」とは特 集 1

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8 Guideline November 2007

た。10月末に公表された全国平均の結果を見るかぎり、大

きな地域間格差は見られなかったが、ここからただちに都

道府県下の、学校ごとの格差がないとは言い切れないだろ

う。しかし、こうした調査の結果をもとに、教育資源を格

差是正に向けて有効に再配分するための施策がとられるの

なら、調査の意義は充分にあると言える。

さて、今回の「調査」がもつ社会的意義は、テストの内

容にも表れているので、その概略を確認しておこう。

「全国学力・学習状況調査」における知識の「活用」問題

今回の調査では、小学校6年生の「算数」と「国語」が、

中学校3年生では「数学」と「国語」が調査の対象となった。

出題は、いずれも、教科書レベルの知識を満遍なく問う

「A知識」と、PISA型のリテラシーを問う「B活用」に分

かれている。

「A知識」は、教科書の例題レベルの問題で、

教科書を満遍なく学習していれば8割ぐらいは

解ける問題であった。いわば、自動車教習所の

卒業試験のような「検定試験」としての意味合

いをもっている。

「B活用」の平均点は6割強であったが、そ

れは、PISAを意識した問題になっており、従

来の教育現場ではあまり行われていないもので

ある。従来のテストに慣れていた児童・生徒に

は戸惑いもあったようである。<図10>は、

試験実施翌日に行った、河合塾に在籍する中学

校3年生を対象にしたサンプル調査であるが、

「質問2.簡単でしたか?」では数学・国語と

もに、「A知識」では「①簡単だった」が多い

のに対し、「B活用」では「①簡単だった」の

割合が減り、「②どちらかといえば簡単だった」

「③どちらかといえば難しかった」が増えてい

ることは、そうした戸惑いを表していると言え

よう。

大学入試に影響を与える可能性━センター試験では流れを先取りした問題が出題

さて、こうした「知識の活用」をベースにし

たテストが実施されたことは、今後の教育の方

向性を占う意味で大きな意義を持つと言えよう。

昨今の新聞報道にあるように、大学入学試験

の資格試験化を視野に入れた、高校レベルの修

得度の確認テストなども、もし実施されるとすれば、今回

の「学力調査」の問題がひとつの雛型になるかもしれない。

ただし、「B活用」に関しては、どのような問題が高校レ

ベルとして妥当なのか、今後の研究を待たなければならない。

しかし、すでにこうした流れを先取りする兆しが表れて

いる。今年1月に実施されたセンター試験「英語」(筆記)

の第4問では、Aで「グラフの読み取り」が、Bでは「チ

ラシの読み取り」が出題されるなど、PISAと同趣旨の問

題が出されている。

いずれにせよ、こうした流れは加速しつつあり、現在進

められている次期指導要領には、PISA型の学力観に基づ

く内容が盛り込まれるようである。

そこで、この点について、現在、中教審初等中等教育分

科会の臨時委員である東京大学市川伸一教授から、国語教

育の現状と今後の課題についてお話を伺うことにした。以

下、インタビューの概要である。

質問1.解答時間は十分でしたか?

0

20

40

60

80

100

中3国語A 中3国語B 中3数学A 中3数学B

①時間が余った ②ちょうどよかった ③やや足りなかった ④足りなかった

質問2.簡単でしたか?

0

20

40

60

80

100

中3国語A 中3国語B 中3数学A 中3数学B

①簡単だった ②どちらかといえば簡単だった ③どちらかといえば難しかった ④難しかった

質問3.学校の勉強は役に立ちましたか?

0

20

40

60

80

100

中3国語A 中3国語B 中3数学A 中3数学B

①役に立った ②どちらかといえば役に立った ③あまり役に立たなかった ④役に立たなかった

(%)

(%)

(%)

82

17

0 1

61

28

101 1

83

15

52

33

13

60

26

53

155

15

52

27

5

48 42

82

3245

21

3

35

4 1 3 1

24

50

23

63

29

7

22

45

2311

1 2

<図10>「全国学力・学習状況調査」参加者アンケート集計結果

・回答者数92名(河合塾中学グリーンコース立川教室に通う公立中学3年生)。・学力上位グループ21名、学力中位グループ47名、学力下位グループ24名。・河合塾の偏差値で55以上を上位、45以上~55未満を中位、45未満を下位とする。

※河合塾調べ

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Guideline November 2007 9

教科書会社の活字離れへの迎合が参考図書を読みこなせない学生の増加を生んだ

――OECDのPISA調査結果発表後、学力低下の議論が活

発化しています。特に、読解力が低いと報道され、国語力

の低下が指摘されていますが、この点について、先生のご

意見をお聞かせください。

学力低下の議論は、1999年の春頃からスタートしていま

す。当初指摘されたのは「分数のできない大学生」に象徴

される理数系の学力低下でした。確かに、正誤がはっきり

する理数系の学力低下は明白だったわけですが、大学教員

の多くは、それ以上に国語力の低下の方が深刻だと、痛感

し続けていたと思います。

なぜなら、かつての学生が参考図書として十分に読みこ

なしてきたレベルの本を、今の学生は読めなくなっている

からです。新書程度の本が読めないどころか、活字が並ん

だ本を開いただけで、うんざりした顔をする学生すらいま

す。なぜそうなってしまったのか。今の学生が使用してき

た教科書は、フルカラーで挿絵がいっぱい。活字は極力少

なめになっています。教科書会社が、世の中の活字離れに

迎合しているうちに、どんどん読めない学生が増えてしま

った。参考書も、我々が中高生の頃は解説型の参考書を使

って、自分で下線を引いて読んだものですが、今の参考書

は、重要事項ははっきり分かるようにカラフルに書いてあ

ります。活字をきちんと読みこなす勉強に耐えられない学

生が増え、必然的に大学の授業で使うレベルの本は全く読

みこなせなくなっているのです。

一方で、書く力についても、小論文が課される大学の受

験生は、相応の力が備わっているかもしれませんが、全体

的に見ると大幅に低下しており、しっかりしたレポートを

書けない学生が増えていると感じています。

社会全体の活字離れと国語以外できちんと教科書を使わないことが要因

――読む力、書く力の両方が低下したのは、初等中等教育

の「ゆとり教育」が要因なのでしょうか。

ゆとり教育で、教科の時間数が削減されたことを問題

視する意見が多々見られます。けれども私は、国語力低

下は、それ以外の要因が大きいと考えています。

最大の要因は社会全体の活字離れであり、子どもたち

も活字に触れる機会が少なくなっています。

もちろん、学校側にも責任はあります。私は国語の授

業内容が変質していると感じています。90年代、小中学

校の国語教育は、それまでの「読む・書く」を重視しす

ぎた教育への反省から、「話す・聞く」教育へと大きく転

換しました。しかし、「話す・聞く」を重視するあまり、

「読む・書く」がおろそかになってしまった。しかも、

「話す・聞く」教育で取り上げられるのは、電話の応対な

ど日常生活の場面がほとんどです。果たして学校教育で

扱うべきことなのかと、疑問を感じざるを得ません。本

来は、「読む・書く」と「話す・聞く」を並列に扱い、例

えば、さまざまな意見を聞いた上でそれを批判的に検討

し、賛否両論を踏まえて、自分の意見を書く。まさに

PISA型の能力を鍛えられるような授業が可能だったはず

ですが、そうしたタイプの授業はほとんど見られなかっ

たのが実情です。

東京大学大学院教育学研究科 市川伸一教授

◆プロフィール東京大学大学院教育学研究科

教育心理学コース教授。1953

年生まれ。1977年東京大学文

学部卒業。1980年同大学院人

文科学研究科博士課程中退(心

理学専攻)。1988年文学博士。

1999年より現職。専攻は認知

心理学・教育心理学。

文部科学省・第4期中央教育審議会初等中等教育分科会臨時

委員(教育課程部会委員、中学校部会主査、教育課程企画特別

部会委員)。著書に『勉強法が変わる本―心理学からのアドバイ

ス』(2000年、岩波ジュニア新書)、『学ぶ意欲の心理学』(2001

年、PHP新書)、『学ぶ意欲とスキルを育てる―いま求められる

学力向上策』(2004年、小学館)、など。

市川伸一 教授

i n t e r v i e w

PISA型読解力を高める教育が高校に根づくには大学入試できちんとその能力を問うことが重要Ⅲ

いま求められる「国語力」とは特 集 1

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10 Guideline November 2007

もう1つの要因だと考えているのは、国語以外の教科で

教科書をきちんと使用しなくなったことです。私の小中学

校時代には、社会の授業でも音読させることがあったし、

理科や数学でも、教科書をしっかり読んで予習してくるよ

うに指導されていました。それが一気に崩れたのが90年

代です。ゆとり教育の中で「指導より支援」「自力発見や

協同解決の推奨」という方針が強まり、授業で教員はでき

るだけ説明せず、子どもに考えさせる傾向が加速しました。

それに伴い、授業であまり教科書を使わなくなってしまっ

た。けれども、教科書は子どもにとって最も身近な説明文

です。国語の授業で説明文を読む力が身について最も役立

つのが、他教科の教科書がよく分かるようになることなの

です。しかし、他教科の授業ではほとんど教科書が使われ

ず、ワークシート形式で最初からポイントがまとめられて

いる自作プリントが中心。説明文を読む力を応用するチャ

ンスが失われてしまっているわけです。

――読解力の低下は国語科だけではなく、他教科にも問題

があるということですね。

他教科の教員に、国語力の強化は自分たちの教科も担っ

ているという自覚を持ってほしいし、国語科の教員には他

教科でも使われる力を伸ばしているのだという自負を持っ

てほしいと思います。そのためには、もっと教科横断的な

力を伸ばすにはどうしたらいいのかという議論が活発化す

ることが望まれます。残念ながら、これまでの学習指導要

領は教科ごとの縦割りで作られており、相互の関連がほと

んど配慮されていません。

そこで、中央教育審議会では、言語力育成を教科横断型

で推進しようという意見が強まっており、その方策を検討

中です。

国語教育が文学偏重で説明文、論説文のトレーニングをしていない

――2007年度から全国学力・学習状況調査が実施されま

した。その出題内容をどう評価されていますか。

良い問題が出されたと思います。これまでの日本のテス

トは、たくさんの知識を正確に蓄えているかどうかを測定

するテストでした。それに対する批判は古くからありまし

た。学校で得る知識は学校のため、もっと言うと学校のテ

ストのためのものであり、子どもたちに実生活でどう役立

つのかが見えてこないという批判です。しかし、今まで活

用力を測るテストを開発する努力を怠ってきました。

そうした反省もあって、今回の全国学力・学習状況調査

では、教科書に準拠した知識を問うAタイプと、活用する

力を見るBタイプの問題が出されており、工夫を凝らした

良い問題だったと思います。

現段階(8月)では調査結果が公表されていませんが、

私は日本の子どもは以前から、いわゆるPISA型読解力は

弱かったという認識を持った方がよいと考えています。な

ぜなら、日本の伝統的な国語教育に大きな問題があったか

らです。完全な文学偏重型の教育で、例えば作文も読書感

想文や生活作文ばかり。自分が調べたこと、知っているこ

とを皆に伝える「説明文」、自分の主張を述べる「論説文」

については、ずっと軽視されてきた観があります。諸外国

ではスタンダードな能力として重視されている批判的思考

力も、日本では鍛えようという意識がほとんどないように

思います。

――PISA型読解力を向上させるために、今後はどのよう

な国語教育が望まれますか。

やはり説明文、論説文を書くトレーニングです。例えば

小学校なら、自分の知っているトランプゲームの説明文を

書かせて、皆で『ゲーム百科』を作るのもいいかもしれま

せん。ゲームのやり方を人に説明するのは、意外に難しく、

いいトレーニングになると思います。

重要なのは、そうしたことを子どもたちに任せっぱなし

にするのではなく、よい説明、分かりやすい説明とはどの

ようなものか、原理原則を教えた上で、書かせることです。

その点が、これまでの国語教育には欠落していた観があり

ます。私は学会で発表する学生に、説明の仕方を事細かに

指導しています。「人に説明する時には、まず定義を示し、

次にその具体例を明示する」「似たものとの類似点、相違

点をはっきり示す」「なぜそういう名称になっているのか、

由来を説明すると分かりやすい」といった基本です。こう

【表】知識・技能の活用など思考力・判断力・表現力等をはぐぐむための学習活動に関する分類

① 体験から感じ取ったことを表現する

② 事実を正確に理解し伝達する

③ 概念・法則・意図などを解釈し、説明したり活用したりする

④ 情報を分析・評価し、論述する

⑤ 課題について、構想を立て実践し、評価・改善する

⑥ 互いの考えを伝え合い、自らの考えや集団の考えを発展させる

*中教審「教育課程部会におけるこれまでの審議の概要(検討素案)」より抜粋。概要ではそれぞれの項目について例えば④について「学習や生活上の課題について、事柄を比較する、分類する、関連付けるなど考えるための技法を活用し、課題を整理する」といった例が示されている。

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Guideline November 2007 11

した指導は、本来は高校までの国語の授業中に扱ってほし

いところです。

――批判的思考力を養成する手段としては、どのようなも

のが想定されますか。

複数の異なる意見を併記した教材を使用する方法が考え

られます。PISAで出題されている問題と同様の形式です

ね。例えば、ゴミ袋の有料化について賛否両論を出し、そ

れぞれの論拠は何か、その意見の説得力を増すにはどうし

たらいいかを考えさせていくわけです。

「文学」と「コミュニケーション」の2教科に分けるのも1つの方法

ただし、今後の国語教育がそうした形に変わっていくの

かというと、疑問もあります。高校の現行課程でプレゼン

テーションや討論などの能力の重視が打ち出され、教科書

会社が表現やコミュニケーションを数多く採り入れた教科

書を作ったとしても、むしろ採用率が落ちてしまうという

危険性があります。また、高校教員からは、「必要なのは

分かるが、作品、作家研究を中心に勉強してきた我々に、

いきなりコミュニケーションを指導しなさいと言われても

できない」という話を聞いたこともあります。

そこが根源的な問題ですね。国語教育の中心になってい

るのは、国語学・国文学出身の教員です。言葉や文学に憧

れ、その面白さを子どもたちに伝えたいという動機で教員

になっている。しかも、学問の世界では、芸術的なものほ

ど価値が高く、実用的なものは軽んじられる傾向にあるた

め、大学でコミュニケーションやディベートを専門的に学

んでいないし、教え方も分からない。

そうした旧来型の教員の感覚と、PISA型の能力が乖離

するのならば、私は中学以降の国語を「文学」と「コミュ

ニケーション」の2つの教科に分けるのも1つの方法だと

考えています。そして、もし国語の教員が「コミュニケー

ション」を教えるのが困難だというなら、企業に協力を依

頼するのも1つの方法でしょう。企業では、企画を立案し、

複数の案のメリット、デメリットを検証・評価し、その案

を分かりやすく説明することを日常的に行っています。そ

れを学校教育に援用できる人材もいるかもしれません。

ただし、PISA型学力を意識するあまり、実用的な教育

ばかりに走るのも困ります。バランスが重要で、従来型の

国語も教科としてきちんと残し、国語の教員が文化・教養

としての文学をしっかり教えることもおろそかにしてほし

くありません。

論述する力を測定するため論文検定、ディベート検定などを大学入試で活用

――PISA型学力は、今後の大学入試にどのような影響を

与えると考えられますか。

確かに、その点がとても重要なポイントになります。

本末転倒のようですが、大学入試や高校の試験で出題さ

れないと、生徒は勉強しようとしない。社会に出てから

必要になる力だと言われても、目の前のテストに左右さ

れてしまうものです。全国学力・学習状況調査で、活用

力を問う出題が見られたからこそ、小中学校も本腰を入

れて国語教育を変えようと努力している。同様に、高校

で活用に関する教育を充実させるためには、大学入試で

きちんとその能力が問うことが重要になります。

――活用の力を大学入試で問うのは難しい面もあるので

はないですか。客観的な基準を明示して採点するのは難

しいと思いますが。

イギリスでは、いち早く記述の力を問う問題を採り入

れていますが、その採点を担当するのは、相当なトレー

ニングを積んだ採点官だそうです。事前に、多くの模範

解答をもとに皆で点数をつけて、打合せを繰り返して基

準を統一するという過程を経て、客観性を保っています。

採点が困難というのは口実であり、それだけの手間と努

力をしていないからにすぎません。

――具体的には、どんな入試問題が想定されますか。

現在の小論文の形式が考えられます。課題文を与えて、

それを読み込んで、自分の意見を書かせることで論述の

力は測れると思います。

しかし、国立大学なら相応の手間をかけられるかもし

れませんが、受験生が何万名もいるような私立大学では

難しいでしょう。また、全員に一律に課す場合、小論文

でも短いものにならざるを得ません。

そこで私が提案したいのは、専門機関による論文検定、

プレゼンテーション検定、ディベート検定などを発足さ

せ、取得した級を入試で資料として活用する方法です。

全員が検定を受ける必要はなく、生徒が自分でアピール

できると思った検定で勝負して、それが大学入試できち

んと評価される仕組みを作る。そうすれば、「結局、大学

入試で出されるのは知識を問う問題ばかりなのだから、

真面目に勉強する気がしない」といったことはなくなる

でしょう。

いずれにしても、PISA型読解力を高める教育が高校に

根づくかは、大学入試の形態がどう変わっていくのか。

その点が大きな鍵を握っていることは間違いありません。

いま求められる「国語力」とは特 集 1