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ISSN 1346-9029 研究レポート No.440 May 2017 産業高度化を狙う「中国製造 2025」を読む 主席研究員 金 堅敏

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.440 May 2017

産業高度化を狙う「中国製造2025」を読む

主席研究員 金 堅敏

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産業高度化を狙う「中国製造 2025」を読む

主席研究員 金堅敏

[email protected]

【要旨】

中国の製造業は、経済成長の安定化への貢献と自身の構造調整(高度化)という二重任務を

背負っており、先進国の再工業化・先進製造化と途上国のキャッチアップという二重の挑

戦に直面している。また、欧米からは貿易不均衡の是正や知的財産権保護の圧力が日増し

に高まってきている。これらの状況に対応するため、中国は、内外に大きなインパクトを

与えると考えられる「中国製造 2025」を公表し、実施に移した。

製造業振興長期プランにおける「中国製造 2025」は、産業構造調整、労働生産性の向上、

イノベーション志向の体質形成、工業化と情報化の融合の進化、製品と生産プロセスのエ

コ化が目指される製造業に関するトータル的な産業政策の性格を有する。情報技術と製造

技術の融合による先進製造方法の実現が政策の主軸になっているので、中国版「インダス

トリ 4.0」と呼ばれることもあるが、日本社会がイメージしているドイツのインダストリ 4.0

と日本で言う第 4 次産業革命に関する産業政策とは性格が相当異なっており、短期的には

むしろ生産性向上や自働化の実現を目標にしている。この意味で日本の伝統的な技術やノ

ウハウも「中国製造 2025」の実施にビジネスチャンスが見出せる。

当該プランは、2020年、2025年の二段階に分けて付加価値率と労働生産性という究極の

数字目標を設けて取り組む。また、特別に取り組む十大産業は、素材・部品等のキーとな

るデバイス、装備産業、バイオ・電気自動車などの新規産業が中心となっている。産業政

策の手段は、規制緩和や知財保護強化等の市場志向の政策もあるが、差別的な財政・金融、

政府調達、市場アクセスにかかわる政策も数多く含まれている。特に、「政府投資ファンド」

による産業支援の仕組みは大規模になっており注目される。ただし、このような「政府投

資ファンド」は非効率的な国有企業に化けてしまう可能性がある。

中国政府の大規模な支援による産業政策の実施には、欧米から懸念の声が強くなってき

ている一方、ドイツ(政府と産業界)は、「インダストリ 4.0」と「中国製造 2025」との協力

に積極的で「中国製造 2025」の実施で生まれるビジネスチャンスを狙っている。出遅れた

日本企業も戦略的な対応が求められる。

キーワード:「中国製造 2025」、両化深度融合、産業政策、戦略的新興産業、

「政府投資ファンド」

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目 次

ページ

1.研究の問題意識と背景 -------------------------------------------------------------------------- 1

2.製造業成長の限界と高まる危機意識 ----------------------------------------------------------- 2

2.1量的拡大を遂げた「世界の工場」 ------------------------------------------------------------- 2

2.2品質、ブランド力に課題 ------------------------------------------------------------------------- 3

2.3コスト上昇と生産性上昇のアンバランス ---------------------------------------------------- 4

2.4付加価値率の低い労働集約な組立産業に集中 -------------------------------------------- 5

2.5 IoT時代における産業革命に乗り遅れる懸念 ---------------------------------------------- 6

3.「中国製造 2025」の多角的分析 ------------------------------------------------------------------ 7

3.1計画経済の余韻が残る戦略設定 ---------------------------------------------------------------- 7

3.2政策目標:数字化された KPI ----------------------------------------------------------------- 8

3.3施策像:情報化と製造業の融合を主軸に ------------------------------------------------- 10

3.4「中国製造 2025」の重点分野 ----------------------------------------------------------------- 14

3.5 変わると変わらない政策手段 ----------------------------------------------------------------- 15

4.「中国製造 2025」の実施に当たっての他の施策 ------------------------------------------ 17

4.1「1+X」計画の策定 ----------------------------------------------------------------------------- 17

4.2重点分野の技術ロードマップ ------------------------------------------------------------------ 17

4.3「スマート製造モデル特別プロジェクト」の展開等 ----------------------------------- 19

4.4中独におけるスマート製造に関する協力 ------------------------------------------------- 20

5. 結びに:「中国製造 2025」の実施に当たっての課題と日本企業への示唆 ---------- 21

主要参考文献 ------------------------------------------------------------------------------------------- 22

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産業高度化を狙う「中国製造 2025」を読む

1研究の問題意識と背景

2017 年 1 月のダボス会議で演説した中国の習近平国家主席は、十年近くにわたってスロ

ーダウンしつづけてきた中国経済は、安定成長を意味する「新常態」に入ったと宣言した。

中国経済の成長率、発展方式、経済構造、成長エンジンなどにおいて重大な変化が生じて

いると解説している。その背景には、労働と資本の大量投入に依存する量的拡大モデルか

らイノベーションや生産性向上を伴う質向上のモデルへの転換が進んでいる可能性がある。

イノベーションによる生産性向上や産業の高度化は十数年前から取り組んできた政策課

題ではあったが、世界的な金融危機、国内の不動産バブルや地方政府の過重債務、過剰生

産能力への対応などで埋没され、際立った成果は上げられていなかった。しかし、2013 年

3 月に登場した習近平/李克強政権は、実体経済、とりわけ製造業の高度化に関する政策の

優先順位を高めた。日米欧における先進製造業への取組みや再工業化に傾くトランプ政権

の政策に刺激され、危機感を強めた中国の製造業振興に向く姿勢は一層強くなってきてい

る。

実際、中国経済成長を支える製造業の実力を見る視点は分かれている。対米・対欧の輸

出収支では黒字が拡大しつづけており、米国や EUの不満は爆発寸前の様態を見せているが、

中国の輸出総額はむしろ縮小しており、2016 年の純輸出対 GDP 成長の寄与度は-0.4%で

2015 年よりも拡大している。輸出縮小の原因としてグローバルデマンドが弱くなったとい

う説もあるが、中国国内の生産コスト上昇により生産拠点が海外に移転したとの分析もあ

り、欧米市場における「メイドインベトナム」や「メイドインインド」の増加で「メイド

インチャイナ」は限界に近付いたという見方もある。つまり、中国は、中国の製造業はコ

ストの差で途上国からの追い上げに直面しながら、先進国の「再工業化」政策でキャッチ

アップが遅れてしまい、先進国と途上国の挟み撃ちに立たされているという懸念を深めて

いるのである。

そこで、中国は、品質、ブランド及び生産性の向上、自主技術開発、エコ化の推進、そ

してクラウド、ビッグデータなどの IoT 技術の活用による産業変革を含む、多面的な産業

政策である「中国製造 2025」を制定して、産業の高度化と製造業の振興に乗り出したので

ある。市場競争に任せては産業の高度化は遅れてしまうと認識した中国は、政府介入を許

す大がかりな産業政策を再び採用したのである。

ところが、「中国製造 2025」を中心として製造業高度化を図る産業政策に対して、欧米の

産業界は批判的に見ている。在中国欧州商工会議所は、政府の介入(補助金や許認可など)

を強める「中国製造 2025」は、市場化に向けた改革に逆行する1と指摘し、米国商工会議所

1 European Chamber (2017) “China Manufacturing 2025: Putting Industrial Policy Ahead Market Forces”

www.europeanchamber.com.cn

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2

は、「中国製造 2025」は自国企業保護を図るグローバルな野心的産業政策だと批判している

2。巨額の米中貿易赤字に不満を抱えているトランプ政権や EU委員会からも「中国製造 2025」

に厳しい目を向けられる可能性も高い。

本研究は、内外に評価の別れた「中国製造 2025」を中心に、中国製造業の現状、当該政

策の中身、国際展開などについてレビューし、将来の可能性と課題を検証するものである。

2 製造業成長の限界と高まる危機意識

1980年代以降、中国は積極的な外資導入政策による工業化を進め、特に 2001年の WTO加

盟を契機に廉価な労働力を活かして海外から大量の生産移転を引き受けた。同時に海外か

ら技術を導入して国内企業の育成にも努め、部品産業をはじめ地場製造業も大いに成長し

てきた。世界中に「メイドインチャイナ」の製品が輸出され、消費者は「廉価良質」と思

われる中国製品を満喫し、2005年ごろに中国は「世界の工場」と称されるようになった。

2.1 量的拡大を遂げた「世界の工場」

図表1は、世界の製造(付加価値ベース、名目ベース)における主要国のシェア変化を表

すものである。本来、比較の意味で実質のデータを見た方がより実力に近いが、世界銀行

のデータベースでは、一部国の実質データが見当たらなかったので、名目データを使用す

ることになった。

出所:World Bank(http://data.worldbank.org/)データにより筆者計算作成

2 U.S. Chamber of Commerce (2017) “Made in China 2025: Global Ambitions Built on Local Protections”

https://www.uschamber.com/report/made-china-2025-global-ambitions-built-local-protections-0

6.6

24.4

26.5

17.3 17.1

7.1 6.9

6.6

1.2 2.5

0.1 0.2 0

5

10

15

20

25

30

2000 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014

図表1 世界の製造業(付加価値)における関係国シェアの変化

(名目$ベース、%)

中国

米国

日本

ドイツ

インド

ベトナム

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3

図表 1 に示されているように、世界製造業に占める中国のシェアは、2000 年には 6.6%

しかなく、第 4位だったが、2010年には米国を超えて第1位にまで台頭し、2014年には世

界生産額の約 4 分の 1 の 24.4%までに拡大しつづけてきた。ドイツは例外的にシェアの変

化は大きくないが、米国と日本は大きく低下した。同じ新興国の代表格であるインドとベ

トナムの進展は緩慢にしか拡大していないことと比較すれば、中国製造業の膨張は目を見

張るものがあった。

また、5年おきに公表されている国際連合工業開発機関(UNIDO)の実質データもそのト

レンドは名目とあまり変わらないことが分かる。2005 年に中国、米国、日本、ドイツの実

質(2010年米ドル、付加価値ベース)シェアはそれぞれ 11.75%、20.43%、11.14%、7.29%

だったが、2010 年には 18.69%、17.77%、10.43%、6.55%に変化した3。同時期に韓国と

インドのシェアは若干増えたが、ブラジル、ロシア、メキシコのシェアも先進国と同じよ

うに低下した。

図表2 関係国の製造業付加価値産出の年平均成長率(%)

期 間 中国 上位新興国 米国 日本 ドイツ 高所得国

2005-2010 10.19 6.06 0.54 -0.31 1.18 1.02

2010-2015 7.57 4.34 2.34 0.88 1.03 1.65

出所:国連工業開発機構 UNIDO

各国のデータをより詳細に検証していくと、先進国と新興国を問わずどの国でも製造業

の生産額は増え、拡大している。その中でも中国の台頭は突出し、「世界の工場」に相応し

い地位を獲得したと評価されよう。

2.2 品質、ブランド力に課題

ところで、量的に拡大された中国の「世界の工場」化は、2003 年ごろから電力不足、工

場用地不足、ワーカー不足などの問題に代表される国内経済発展の不均衡をもたらし、環

境汚染物質の大量排出に伴う環境悪化、地域格差の拡大、偽造品の氾濫で生活用品に対す

る消費者の根強い不信などで海外への「爆買い」をする社会現象も生じるようになった。

また、海外の一部メディアは、中国を長らく「コピー天国」と称して中国製品に対する海

外消費者のイメージはよくならなかった。近年、海外における中国消費者の「爆買い」も

2016 年 3 月に開催された中国全人代の話題に登場したほど、中国製品の品質問題は国内消

費者の不信感は根深く、中国自身にとっても死活の問題になってきている。

また、世界金融危機以降、日米独といった製造業大国と比べ、中国の GDP に占める製造

業のシェアがハイペースで低下しつづけていることも不安を感じさせる要因となっている。

実際、不動産、金融サービスなどの資産経済に目が向き、製造業を中心とする実体経済に

3 UNIDO のデータは、http://www.unido.org/resources/statistics/statistical-country-briefs.html を参照。

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目を向けない社会風潮に対する批判が強まってきている4。近年では、ネット経済が台頭す

るにつれて、ネット産業を中心とするバーチャル経済にも批判が集まり、その論争は一層

熱を帯びた5。つまり、人々は金融、不動産、ネット産業などのバブルに夢中し、品質改善

など、製造業への関心は薄れてしまったという危機感が表れた。2017 年 3 月に開催された

中国の全国人民代表大会の議論で「実体経済」(real economy)振興は政策の高いプライオ

リティーに置かれたと実感させられる。

32

22

20 19

13

27

23

19

16

12

0

5

10

15

20

25

30

35

China Germany Japan India US

GDP比(%) 図表3 関係国における製造業付加価値のGDP比の変化

2005年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年

出所:UN National Accountsにより筆者作成

2.3 コスト上昇と生産性上昇のアンバランス

さらに、図表4が示すように、中国は工業化の進展も製造業の高付加価値も進んでいる

が、一方で、賃金などのコストが急ピッチで上昇し、製品のコスト競争力が低下している

ことにいらだちを見せている。調査会社 Euromonitor International によると、中国製造

業労働者の時間当たり賃金水準(物価調整後の実質ベース)は、2005 年の 1.2 米ドルから

2016 年の 3.6 ドルと 3 倍も高くなった結果、タイ(1.4 ドルから 2.0 ドルに)、メキシコ(2.2

ドルから 2.1 ドルに)を超えて、ポルトガル(6.3 ドルから 4.5 ドルに)に近付いてきた6。

また、米ボストンコンサルティングの調査では、労働コスト、電気代、ガス代、生産性

と為替要素を合わせた「製造業のコスト競争力指数」で見ると、米国を 100 とする場合中

4 2013 年 7 月 21 日に武漢の工場を視察した際、習近平国家主席は、工業化は大変重要でわが国のような大国は発展し

ていくためには実体経済に基礎を置かなければならず、バブル化してはならないと発言し、中国において実体経済か

ら資産経済(中国では「虚擬経済」という)へ偏る傾向を懸念した。また、工業化における自力更生、自主技術開発の

重要性も発言した。http://news.xinhuanet.com/politics/2013-07/21/c_116625841.htm を参照 5 「実体経済とバーチャル経済の論争が再び開始した」http://www.vccoo.com/v/x66tf8?source=rss を参照 6 FT “Chinese wages now higher than in Brazil, Argentina and Mexico”

http://www.ftchinese.com/story/001071536/ce

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5

国のコストは、2004年の 35.1から 2014年の 78.8まで急上昇した7。実際、会計大手 Deloitte

のグローバル CEO サーベイに基づき計算される「グローバル製造業競争力指数」において

2016年まで首位に維持しつづけてきている中国は、2020年に米国に越される見込みである

と結論づけている8。国際競争力を維持していくために、高付加価値化や生産性の上昇が大

きく達成されなければ、中国製造業の将来は暗いと言わざるを得ない。

出所:UNIDO

2.4 付加価値率の低い労働集約な組立産業に集中

実際、米国のトランプ新政権は、対中貿易赤字の拡大に不満を爆発させ、米中間で貿易

摩擦が激化する様態を見せているが、かつての日米貿易摩擦の下での日本産業のような競

争力はなく、中国は日本、ドイツ、韓国、台湾から部品・素材、設備などを輸入して組み

立てて最終製品を欧米市場に輸出するという意味で、組立の場所を貸しているプラットフ

ォームのような存在しかないと言ってもおかしくない存在である。中国の鉄鋼生産能力の

過剰が深刻となっているが、ボールペンのボールすら作れない中国のサポートインダスト

リの基盤の弱さに李克強首相もいら立ちを隠せない9。

欧米への輸出で稼いだ貿易黒字から日独韓台に対する輸入超過額を差し引いた額は、エ

ネルギーや鉱山物の輸入に充てるため残りは大きくない。例えば、中国税関統計によると、

2016 年に集積回路 IC の輸入額は、石油(原油+石油製品)輸入額の 1276 億㌦を大きく超え

て 2271億㌦に達し、ICの貿易の貿易赤字も 1657億㌦で石油関連の 1073 億㌦を大きく超え

た。また、自動車トランスミッション(AT、CVT)の半数以上が輸入に頼り、輸入量は 2010

年の 278万セットから 2014年には 531万セットと拡大した。つまり、産業の付加価値を高

7 BCG(2014)“Global Manufacturing Cost-Competitiveness Index”により筆者計算 8 Deloitte(2016)“2016 Global manufacturing competitiveness index” 9 http://www.bjnews.com.cn/news/2016/01/10/390983.html を参照

0

2000

4000

6000

8000

10000

Germany Japan Korea US China 世界平均 Brazil India

米$図表4 国民一人当たり製造業付加価値額の変化

(2005年米$ベース)

2005年 2015e

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めるためにも、対欧米の市場依存と対日独韓台の部品設備依存を同時に低下させていくた

めにも、産業の高付加価値化は欠かせないのである。図表 5 が示すように、中国の機械分

野と電子分野の付加価値率は、米国の半分ぐらいしかなく日本との差も 10%以上に達して

いることがわかる。

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

US Japan Korea Germany China India

付加価値率(%)図表5 関係国の製造業付加価値率の比較

(2005年)

Machinery and equipment Electrical machinery and apparatus

出所:UNIDO

2.5 IoT 時代における産業革命に乗り遅れる懸念

近年、ITや生産技術の飛躍により製造業の変革が生じている。2011年に米国が打ち出し

た「先進製造パートナーシップ (Advanced Manufacturing Partnership)」や 2012 年に GE

が提起した「インダストリアル・インターネット」、2013年にドイツが提起した製造業の高

度化を目指す戦略的プロジェクト「インダストリ 4.0」などの動きは中国に大きな刺激を与

え、キャッチアップどころか、先進国との技術力や競争力の差は拡大していく可能性が高

いという危機感をもたらした。そこで、岐路に立たされた中国製造業の方向性を見出す一

つの可能性は、世界中で生まれたクラウド、ビッグデータ、AI、スマートデバイス、新素

材、バイオなどの新技術に引き起こされる新産業革命に乗っていけるかどうかにかかって

いると中国政府や産業界は考えだしたのである。

このような新産業革命のうねりにタイミングよく乗っていくために、先進国製造業への

キャッチアップモデルからイノベーションモデルへの転換が必要であるとの認識から、

2015 年 5 月に公表された「中国製造 2025」10という中国独自の包括的な製造業高度化戦略

が生まれたのである。「中国製造 2025」は中国版「インダストリ 4.0」であるとよく言われ

るが、ITと製造業との融合によるスマート製造の実現という意味では軌を一にしているが、

素材やキーデバイスの国産化、製品や製造システムのエコ化の実現などでは、日米欧の製

造業ではかなり実現されている分野でキャッチアップ色の強い産業政策も内包しているの

で、性格がかなり異なる側面も存在する。また、中国では、先進国にも負けないほど台頭

してきたネット産業の角度から情報技術と製造業との融合を推進する「インターネット+」

10 全文は、http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-05/19/content_9784.htm を参照

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7

(製造業に限って言えば「インターネット+製造業」)という新産業創出や在来産業の高度

化を図る政策11 (2015 年 7月)も合わせて制定されている。そのほかにも、2015年 3月に IoT

時代の草の根レベルの創業とイノベーションの促進を図る「大衆創業、万衆創新」という

政策12も同時に推し進められている。したがって、中国製造業の高度化戦略は、一つの政策

体系となっており、これらの政策を合わせて「中国製造 2025」を見なければならないと考

える。

以上で見てきたように、製造業を巡るグローバル環境は大きく変わってきた。中国が「中

国製造 2025」を打ち出したのは、1)新たな技術革命や産業革命が生じていること、2)金融

危機以降、主要国は様々な製造業振興・再興戦略を打ち出したこと、3)量的拡大してきた

中国の製造業は、品質・生産性向上がなければ衰退してしまう死活問題に対応しなければ

ならないという背景があったからである。

3「中国製造 2025」の多角的分析

中国製造業は、「前門の虎、後門の狼」(先進国と途上国の挟み撃ちに位置)に会い、高

度化しなければ、他の新興国からキャッチアップされるのに止まらず、再工業化や産業革

命で先進国との差は開いてしまう蓋然性が高いと懸念を強めた中国は、2014 年に 20以上の

政府機関を総動員し、100 以上の専門家によって 2015 年~2045 年までの 30 年間の製造業

の発展方向を想定し、そのうちフェーズⅠ(2015~2025年)の政策となる「中国製造 2025」

を策定し、2015年 5 月に公表したのである。

3.1計画経済の余韻が残る戦略設定

中国が想定している製造業の 30年戦略とは、フェーズⅠ(2015~2025年)は基本的に工業

化を実現し、先進国の工業化時のレベルにまで達成すること、フェーズⅡ(2025~2035 年)

は製造業主要国グループの中位レベルにランクを上げること、フェーズⅢ(2035~2045 年)

は製造業主要国グループの先頭に立つという製造業発展の三段飛びのホップ・ステップ・

ジャンプを指している13。

中国が想定している上記の戦略像からも分かるように、「中国製造 2025」は、長期的な戦

略プランで、伝統的な製造業の高度化、環境と調和のとれる健全な発展、新技術に対応し

た産業発展を兼ねたプランである。つまり、「中国製造 2025」は、短期的な目的(品質改善、

生産性向上などの高度化)と中長期的な目的(IoT 時代の技術革新と産業革命に着目した競

争力確立)を兼ねており、製造業発展の広がりと深堀りを内包した戦略プランであると言

えよう。

市場経済国の視点から、中国の製造業 30年戦略目標の制定実体は、計画経済の余韻がな

お中国の政策制定分野に響いているように思われるが、「中国製造 2025」の原則規定におい

11 全文は、http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-07/04/content_10002.htm を参照 12 全文は、http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-06/16/content_9855.htm を参照 13 「中国製造 2025」の戦略目標に書かれている(注 10 を参照)

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8

ては「市場による資源配分の決定的役割を十分に発揮させ、企業の主体的な地位を強化し、

政府の政策ガイドラインとしての役割に徹し、企業発展の環境整備に努める」とも書かれ

ているので、市場と政府の健全な関係をいかに構築していくかどうかの間で揺れ動いてい

るようにも見られる。

3.2 政策目標:数字化された KPI

上述したように中国の製造業振興長期プランにおけるフェーズⅠに当たる「中国製造

2025」は、産業構造調整、労働生産性の向上、イノベーション志向の体質形成、工業化と

情報化の融合の進化、製品と生産プロセスのエコ化を目指す製造業に関するトータルな産

業政策の性格を有する。この政策の性格を反映して、図表 6が示すように数字目標(KPI)

には、イノベーション能力、品質・生産性、情報と工業化の融合、エコ的発展の四種類、

合わせて 12 個の目標(図表 6 は、中国独自で開発され使われた「製造業品質競争力指標」

を除く 11 指標をリストした)が設定された。これは、検証可能で歴史的な比較や国際的な

比較もできるように考えたという。

種類 指標 2013 2015 2020 2025

革新

能力

製造企業のR&D支出/売上高 0.88 0.95 1.26 1.68

有効発明特許数(件)/売上高億元 0.36 0.44 0.70 1.10

情報・

工業

融合

BB普及率(%) 37 50 70 82

デジタル化研究開発ツール普及率(%) 52 58 72 84

重要工程デジタル制御率(%) 27 33 50 64

経済

の質

付加価値率向上 - - 5年+2% 10年+4%

労働生産性増加率(%) - - 年平均7.5 年平均6.5

環境 付加価値生産単位エネルギー消費削減幅 - - 15年より18%削減 15年より34%削減

付加価値生産単位二酸化炭素削減幅 - - 15年より22%削減 15年より40%削減

付加価値生産単位水使用量削減幅 - - 15年より23%削減 15年より41%削減

工業固定廃棄物総合利用率(%) 62 65 73 79

図表6 「中国製造2025」における製造業のKPI(主要数字目標)

出所:「中国製造2025」

「中国製造 2025」の KPI には、中間目標として、主に技術革新能力及び情報化と工業化

の融合が設定されている。具体的には、一定規模以上の製造業(企業)の R&D 支出の度合い

や特許取得件数、ブロードバンド(BB)の普及率と研究開発のデジタル化率や重要工程の

デジタル制御率がある。製造企業の R&D支出目標は、1999年~2012年の期間中中国企業の

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9

R&D 支出度合いの伸び率 5.9%(OCED 統計)によって推定されたものである14。また、特許

取得件数目標の設定も、2006年~2013年の実績に基づいて控えめに設定されたという。

中間目標からさらに究極の目標である経済の質の向上とエコ化が設定されている。具体

的には製造業の付加価値率(付加価値額/売上高)、労働生産性及び省エネや汚染物質削減、

廃棄物再利用などが設定されている。中国政府が提示した資料によると、日米独などの先

進国製造業の付加価値率は 45%前後で推移しているが、世界金融危機などの影響で中国製

造業の付加価値率は 25%前後から 20%前後に低下してきている15。付加価値率目標の設定

は、2025 までは金融危機前のレベルに戻るぐらいで非常に控えめになっている。また、中

国製造業の労働生産性目標設定に当たっては、同じくこれまでの生産性伸び率を参考にし

ながら行われた。世界銀行や OECD及び中国政府自体は製造業に関する生産性の統計データ

は存在していないが、図表 7 が示すように、実質 GDP を全産業雇用者で割った実質労働生

産性で見ると、中国の生産性絶対値は尚低いが、伸び率は約 7.6%に達しており、他国より

高い16。「中国製造 2025」も控えめに目標を設定したと考える。

0

20000

40000

60000

80000

100000

120000

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

図表7 実質労働生産性(GDP /雇用者一人当たり ,constant 2010 ppp in USD)

United States

Germany

Japan

Korea

Mexico

China

India

出所:OECD

中国では、消費者サイドの情報化がビジネスサイドよりも進んでおり、2006 年ごろから

情報通信のブロードバンド化が図られてきた。特に、2013年 8月、「『ブロードバンド中国』

戦略およびその実施プラン」を発表、以降 8 年間のブロードバンド発展目標と道筋を示し

14 中国工業情報化部(2015)「「中国製造 2025」を読む七:「中国製造 2025」の主要目標」 15 同注 14 16 日本生産性本部が世界銀行のデータを利用した労働生産性の国際比較でも中国の実質労働生産性年平均伸び率

(2010-2014)は実質 7.6%で全世界 153 国の第 4 位をランクインしている。日本生産性本部「労働生産性の国際比較

2016 年版」

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10

た。しかし、2014年時点の中国のブロードバンド普及率(ITU統計)は尚 14.7%で OECD平

均の 27.5%にはるかに及ばない。IoT 時代に向けて中国は大規模な通信網整備を行うこと

を決定し、「中国製造 2025」における目標設定も高めに行われている。デジタル開発ツール

の普及はすでに相当段階に進んでおり、2010 年―2014 年の年平均伸び率 3.1%よりも低く

抑えている。また、重要工程のデジタル制御率については普及率が尚低く、政策的に高め

に設定されたと考える。

ただ、以上で見てきたこれらの主要数字目標は、主に先進国製造業のキャッチアップを

図るためのものであり、ほとんどがインダストリー2.0や 3.0のレベルにかかわるものであ

り、インダストリー4.0(次世代産業革命)を引き起こす技術、例えばクラウド、ビッグデ

ータ、AI などの活用目標は数字化されていない。製造業の自働化や従来業務の情報化、エ

コ化が優先されたと思われる。したがって、日本社会がイメージしているドイツのインダ

ストリ 4.0 と日本で言う第 4 次産業革命に関する産業政策とは性格が相当異なっており、

短期的にはむしろ生産性向上や自働化の実現を目標にしている。この意味で日本の伝統的

な技術やノウハウも、「中国製造 2025」の実施にビジネスチャンスを見出すことができる。

3.3 施策像:情報化と製造業の融合を主軸に

上述した目標を達成するためには、「中国製造 2025」に規定されている施策は、図表 8が

示すように9つの活動重点を展開するとともに十大重点推進産業と特定して 8 つのサポー

ト政策を優先的に講じることを明確にした。

1イノベーション能力の向上

2 情報化と産業化の融合

3 基盤能力の向上

4 品質向上・ブランド構築

5 エコ製造の推進

6 重点分野の推進

7 構造調整

8 サービス型製造と生産型

サービス業の推進

9 国際化水準の引上げ

活動重点(9)重点産(10)

制度

市場

環境

金融

財政

税制

人材

中小

企業

対外

政策

実施

体制サポート(8)

新情報技術

ハイエンド工作機械

出所:「中国製造2025」

図表8 「中国製造2025」の枠組み:マトリックス構造

航空・宇宙設備

ハイテク船舶等

鉄道系交通設備

省エネ新エネ自動車

電力設備

農業機械

新素材

バイオ医療機器

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「中国製造 2025」は、これまでの産業振興政策とくらべ、以下のプロジェクトを推進す

るという特徴があると中国政府当局者は解説している17。

1) イノベーション主導の発展戦略を推進

これまでのような投資主導による量的拡大は限界に近付いており、研究開発やイノベーシ

ョンによる産業化を引き起こすようにする。

2)スマート製造を核心として推進

これまでの製品中心ではなく生産方式のデジタル化、ネットワーク化、スマート化を推進。

3)基礎技術産業を強化するプロジェクトを実施

中国製造業の後進性の要因は基盤部品、生産技術、基礎素材にあり、生産技術開発と基礎

部品/基礎素材を開発するプロジェクトを推進

4)製造業のエコ化を推進

中国経済発展の最大なボトルネックは環境とエネルギーにあると確認し、製造業のエコ化

を強力に推進

5)ハイエンド装備製造業の振興

原子力、インターネット、デジタル工作機械など付加価値の高い装備産業の振興を推進

確かに、前述したように「中国製造 2025」は先進国へのキャッチアップを目指している

が、これはかならずしも後ろ向きの計画ではないと強調されている。「中国製造 2025」戦略

は、新時代の情報技術と製造業の融合加速を主軸に置くと明確に述べられている。これは、

日米欧に遅れていた製造業を、有力企業 BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)を代表と

する自国のネット分野での優位性で補おうとする戦略も見え隠れしていると考える。実際、

ドイツのインダストリ 4.0、米国のインダストリ・インタネット、日本の IoT戦略なども新

しいネット技術と製造業の融合で産業革命を引き起こそうとしているので、軌を一にして

いる側面もある。先進国の視点から「中国製造 2025」を見る場合、その新鮮さはまさに図

表 8で示されている活動重点2に他ならないと考える。

つまり、中国で言う「情報化と工業化の融合」は単なる伝統的な情報化ではないかと思

われがちだが、中国が狙っているところは次世代 ITで産業の変革を引き起こすスマート製

造の推進に主軸を置いており、中国で言う製造業のデジタル化、ネットワーク化、スマー

ト化を目指したものである。因みに、世の中では、「中国製造 2025」を、ドイツが提起した

インダストリ 4.0や GEに提起されたインダストリ・インタネットと重なり、中国版インダ

ストリ 4.0とも言われている18。

実際、中国では 2002年 11月の中国共産党第 16回党大会で情報化と工業化の融合「両化

融合」が提起され、IT の進展や産業発展により 2010 ごろからは「両化深度融合」(情報化

と工業化の深い融合)が強調されるようになった。近年の新世代 IT(IoT、クラウド、ビッ

17 http://www.miit.gov.cn/n11293472/n11293877/n16553775/n16553792/16584595.html 18 http://www.miit.gov.cn/n1146285/n1146352/n3054355/n3057800/n3057810/c3558246/content.html

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グデータ、AI等)の台頭に伴い、「中国製造 2025」は、「両化深度融合」からさらに進化し

て新世代 IT と製造技術の融合、つまり「スマート製造」段階に入るべきと目指している。

計画にはスマート製品、スマート設備、生産プロセスのスマート化、新たな生産方式の確

立などが含まれている。

具体的に「中国製造 2025」では、以下の内容を提起した。

1) スマート製造戦略の制定

目標の策定、重点分野の特定、基準規格の制定や推進体制などが記されている。IoT、

クラウド、ビッグデータ、AIが製造業のバリューチェーン全体に活かされるべきと強

調している。

2) スマート製品とスマート装備の発展

ハイエンド工作機械、ロボット、センサー、3D プリンター、その他のスマートデバイ

ス(B2C:サービスロボット、スマート家電、ウェアラブル製品など)の開発及び機械、

航空、船舶、自動車、軽工業、紡績、食品、電子等の業界に使われる生産設備のスマ

ート化改造などが目指されている

3)製造工程のスマート化推進

製造のバリューチェーンにおけるPLM、SCM、CRMの活用とスマート化、経営

意志決定のスマート化やデジタル・ファクトリーの実現、モニタリング、監視・観測

のスマート化などが記されている。

4)製造業とネットとの融合

次世代ネット技術の活用(ビッグデータ、クラウド、AI)やネットインフラ整備の推

進。特に、消費者主導(Consumer-driving)のオーダーメイド生産方式や、雲生産方

式(Cloud manufacturing)などが強調された。

ネットインフラの整備には、次世代通信網の整備や、スマート製造に必要なプラット

フォーム(ハード、ソフトを含む)が記された。

5)モデル事業の実施と数字目標の設定

スマート製造に関する設備、システムの自主開発や応用開発を目指し、重点分野での

モデル事業を推進する。

また、前述した「中国製造 2025」における全体目標のほかに上述した重点プロジェク

トにも数字目標が設定されている。「中国製造 2025」の実施に伴うスマート製造のモ

デルプロジェクトでは 2020 年までに運営コストカット 30%、製品の生産サイクル時

間短縮 30%、不良品削減率 30%、さらに 2025年までの三つの指標はそれぞれ 50%の

削減や短縮を達成することが設定された。

また、中国版インダストリ 4.0 ともいわれる次世代ネット技術と製造技術の融合による

スマート製造を目指すとともに、「中国製造 2025」の重点活動のもう一つの内容として、製

造業のイノベーション能力向上を図る施策もプライオリティーの高い施策である。国が技

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術開発やイノベーション能力の強化を支援することは、日米欧でも常とうの手段であり、

新鮮さはあまりない。

ただし、もともと中国の基盤技術の研究を担ってきた国立研究所の体制改革(独立採算化

あるいは企業化に向けた改革)によって研究リソース(資金的、人的)は共通基盤技術から産

業化や商業化分野に配分されるようになり、共通基盤技術の研究が行われなくなった。そ

のため、在来の大企業や研究機関に頼ることなく、2012 年 3 月 9 日にオバマ大統領が打ち

出した NNMI (National Network for Manufacturing Innovation)のように政府主導で新た

なイノベーションセンターを設立することにしている。2020 年に 15 ヵ所、2025 年までに

は 40ヵ所を設立することになっている19。特に、これらイノベーション拠点の活動は、「産

官学」だけでなく研究所、ユーザーを加えた「政産学研用」 (政策、産業、大学、研究所、

ユーザー)のイノベーションモデルを強調している。

さらに、インダストリ 4.0やインダストリ・インターネットなどの戦略と違い、「中国製

造 2025」には、「製造業基盤能力の強化」(中国語では「強基工程」) という施策のプライ

オリティーも高い。中国でいう製造業基盤は、①コア基礎部品、②先進基礎生産技術、③

キーとなる基礎素材、④産業技術基礎の四つを指す。これら製造業基盤能力の弱さが中国

の製造業発展のボトルネックになっていると認識しており、「中国製造 2025」で高い政策優

先度が置かれている。「製造業基盤能力の強化」は、長期にわたり大量な資源投入が必要で

市場の力で企業一社一社単独では短期的に解決できないので、政策主導で取り組む必要が

あると中国当局は解説している。

「中国製造 2025」には「2020 年までにコア部品やキーとなる素材は 40%、「他人に束縛

される」状況が次第に緩和され、2025年までには 70%にする」という国産化目標も掲げた。

中国でいう「他人に束縛される」とは、外国の基準企画や特許などにより「独占的な利益」

が与えられ中国は高い使用料を払わざるを得ないか、「国家安全保障」などの理由で外国政

府による制限(ココム規制に代わるワッセナー規制など)や処罰(米国による一方的な制限

措置など)を受けざるを得ない状況を想定していると考えられる20。したがって、技術の自

主開発やキーとなる部品・素材の自給率向上に対しては大部分の国々よりも切迫した思い

があると言えよう。

しかし、欧米産業界から「中国製造 2025」における国産化率の市場目標設定に対して市

場化に向かう改革方針に逆行するとともに、中国市場および第三国市場で外資企業は影響

を受けると批判が強まっている21。これらの批判に対して中国の工業情報化部苗部長は、市

場シェアの目標は予測的な数字に過ぎないことや、一部の分野では自国の技術や製品にこ

19 国家製造業強国建設戦略諮問委員会(2016)≪中国製造 2025≫解読。 20 コア技術とキーとなる部品の欠如でわが国の一部の産業は他人に束縛されている

(http://www.chyxx.com/news/2012/0327/131792.html)。

習近平:現在、比較的普通の技術の導入も様々な制限を受けており、自主開発を推進しなければならない

(『科学技術イノベーションに関する習近平の講話摘編』)

工業信息部長:中国のコアチップ等のキーとなる技術は尚他人に束縛されている

(http://finance.chinanews.com/it/2013/03-31/4691456.shtml)。 21 注 1 を参照

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だわっているのは先進国の対中輸出の制限があってのことと弁明している22。しかし、中国

当局者によるこのような釈明に対して欧米産業界が満足することにはならなかった23。

WTO 体制に組み込まれた中国の産業政策である「中国製造 2025」が自由貿易ルールに抵

触する側面があるかどうかは別として、そもそも、自国産業振興における産業政策の有効

性に対して中国国内の経済学者の間で論争が絶えない。有名な論争は、北京大学教授の林

毅夫と張維迎の間で展開された24。林教授の論点は、先進国においても成功している新興国

においても産業政策は重要な役割を果たしたが、産業政策で失敗した事例は産業政策自体

よりも産業政策を支える政府の決定(政策手段など)の失敗である。それに対して、張教授

は、産業政策は形を変えた計画経済であり、一定の産業に対する市場アクセス、税収や補

助金、融資、土地優遇、政府調達、輸出輸入等の諸政策における差別待遇は、レントシー

キング(rent seeking)や汚職をもたらすしかないと産業政策の無用論を展開している。

確かに、「市場の失敗」と「政府の失敗」を背景に産業政策の有用性に関して、日本を含む

先進国においても長年議論が展開されており、その是非は定論が存在しない。中国に至っ

ては、産業政策の名の下で企業活動に対する政府介入の度合いが多く、かつ産業政策と通

商政策(WTO で負っている義務など)とが整合的になっていないのが内外から批判が多い背

景になっているのではないかと考える。

3.4「中国製造 2025」の重点分野

「中国製造 2025」は、上記した活動重点を提起したほかに、その措置は、すべての産業

に適用されるが、中国にとっての成長産業(新興産業)、かつ戦略産業を重点的に取り組む

こととしている。具体的に選定された重点産業は、

1)新世代情報技術(次世代通信やソフトとハードを含む)

2)ハイエンド工作機械やロボット

3)航空宇宙設備産業

4)海洋エンジニアリング設備及びハイテク船舶

5)先端鉄道交通設備

6)省エネ・新エネ自動車

7)高付加価値の電力設備

8)農業機械

9)新素材

10)バイオ医薬や高性能医療機械

22 2017 年 3 月 11 日 工業信息部が「中国製造 2025」の実施推進を語る(工信部谈“推进实施‘中国制造 2025’”)

China Defends Plan to Bolster Its High-Tech(New York Times · 2017-3-19) 23 European Chamber :MIIT Minister References Chamber CM2025 Report

(http://www.europeanchamber.com.cn/en/national-news/2535/miit_minister_references_chamber_cm2025_report) 24 林毅夫 vs 張維迎:産業政策の「世紀の弁」(林毅夫 VS 张维迎:一场产业政策的“世纪之辩”)

(http://www.chinanews.com/cj/2016/11-15/8062957.shtml)

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の 10大産業である。これらの産業は 2010年に決定された 7つの「戦略的新興産業」25とほ

ぼ重なる。ただ、ここで電力設備と農業機械が独立した産業として選ばれたのは、若干意

外感もある。

また、「中国製造 2025」では、製品や製造過程の高度化に止まらず、製造業の産業構造調

整や、製造業のサービス化あるいは製造業向けのサービス業(B2Bサービス)、製造業の国際

化・ブランド化も取り上げられている。したがって、「中国製造 2025」は、前述したように

製造業に関するトータルな産業政策に化けてしまっており、数十年にわたって推し進めて

きた産業政策の延長にあり、中国産業をより付加価値の高い分野へ進化させようとしてい

るように思われる。

3.5変わる政策手段と変わらない政策手段

「中国製造 2025」においては、市場の主導的役割と企業の主体的役割を強調しているが、

政府は、「欠如」も「過剰」もせず、適切な役割を果たすよう求めている。上述した重点産

業や重点プロジェクトの推進を支えるために 8つの側面から支援していくと書かれている。

それには 1)制度改革による規制緩和、2)資本と関係なく公平な競争環境の整備、3)金融

支援政策、4)税制を含む財政支援政策、5)人材戦略、6)中小企業対策、7)国際化戦略、

8)実施体制の構築が含まれている。これらの支援策は、他の産業政策、例えば、「国家中

長期科学技術発展計画綱要(2006-2020)」26、「戦略性新興産業の育成発展の加速に関する国

務院の決定」、「国家集積回路産業発展推進綱要」27等も取り上げられているので目新しいも

のがあまりないと言える。

上述した政策手段のうち、1)の規制緩和による企業の自由度向上と 2)の公平な競争環境

整備(知的財産権保護の強化、独占行為や不正競争行為の取り締まり強化などを含む)など

は、市場機能重視の政策で内外資企業に歓迎されよう。ただ、社会主義の優越性を発揮し

て資源集中による産業振興の重大プロジェクト実施や、政府調達政策による重要製品の普

及推進、財政・税制・金融政策を工夫したハイエンド等の重点領域への支援強化等の政策

手段は、産業政策の健全性や通商政策との整合性に課題が残ると考える28。

ただ、「中国製造 2025」の政策手段には、財政資金の支援方式を革新するとも強調されて

25 「戦略的新興産業」とは、重要な先端の科学技術の進展を土台とするものであり、未来の科学技術や産業の発展の新

しい方向性を代表するものであり、現時点での世界の知識経済、循環型経済、低炭素経済の発展潮流を体現するもの

である。今はまだ成長の初期にあり、今後の発展の潜在力は巨大で、経済社会にとって全面的な牽引作用および重要

な指導作用をもつ産業であるという。「戦略性新興産業の育成発展の加速に関する国務院の決定」(国务院关于加快培

育和发展战略性新兴产业的决定(2010年 10 月 18 日)) http://www.gov.cn/zwgk/2010-10/18/content_1724848.htm に指

定された 7大産業は、省エネ・環境保護、次世代情報技術、バイオ、ハイエンドプラント製造、新エネルギー、新素

材、新エネルギー自動車をいう。省エネ・環境保護を除き、その他の六つの産業は、「中国製造 2025」に取り入れら

れている。 26 全文は http://www.gov.cn/jrzg/2006-02/09/content_183787.htm を参照。 27 全文は http://www.gov.cn/xinwen/2014-06/24/content_2707360.htm を参照 28 在北京欧州商工会議所は、“China Manufacturing 2025:Putting Industrial Policy Ahead of Market Forces”におい

て、「中国製造 2025」の政策手段を、1)強制技術移転、2)政府調達、3)規準企画、4)補助金、5)財政政策、6)政府投資

ファンド、7)地方政府支援、8)海外技術買収、9)国有企業の合併と政治化、10)PPP の 10 項目に分けて外資企業への

影響を大まかに評価している。

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いる29。ここで言う「革新」とは、「財政資金をてこに民間資金を産業政策の方向に誘導し

ていく「政府出資ファンド」(政府の出資比率はファンドによって異なる)方式と、事前支

給から事後奨励方式に変更する」ことを指している。つまり、「中国製造 2025」の推進に伴

うプロジェクトを、産業化プロジェクトと研究開発プロジェクトの二種類に分類して、産

業化プロジェクトについては、産業投資基金による出資方式や PPP(パブリック・プライベ

ート・パートナーシップ:官民連携)という市場メカニズムによって行われる。研究開発

プロジェクトは、事前支給方式から成果志向型の事後方式に変更して行われる。

図表 9 が示すように、この 2 年間、政府資金をてこにした産業投資ファンドの設立が急

増しており、2016 年末現在、中央と地方を含む「政府出資ファンド」の累積数は、1,013

個になり、総資金規模は 53,316.5億元(約 90兆円)に達した30。うち、インフラ類「政府投

資ファンド」は 112 個、21,098.37 億元で、株式出資類「政府投資ファンド」(創業投資フ

ァンドと産業投資ファンドを含む)は 901 個、32,227.13 億元である。製造業を中心とする

産業振興と関連するのは、後者の株式出資類「政府投資ファンド」になるが、中にはベン

チャー投資を行う VC やプライベート・エクイティ・ファンド (Private Equity Fund)に近

いもの、量産投資など企業成長の異なるフェーズに対応する資金供給ファンドが含まれて

いる。

図表9 政府主導基金の設立状況

0

5000

10000

15000

20000

25000

30000

35000

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

基金規模(億元)

0

50

100

150

200

250

300

350

基金数(個)

ファンド規模 ファンド数

出所:清科観察:「政府出資産業投資基金管理弁法」解読;「2016政府引導基金報告」

これらの「政府出資ファンド」はすべて「中国製造 2025」をサポートするためにのみ設

立されたものではないものの、現段階のコア産業政策となっている「中国製造 2025」とか

29 注 19 を参照。中国では、“拨改投”というが、つまり、財政資金の交付から出資へ変更するという。 30 清科観察(2017)「政府出資産業投資基金管理弁法」解読。「政府出資ファンド」に出資している主体は、政府、民間

企業、金融機関、外資系企業・ファンドなどを含む。

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17

かわるものが多いと考えられる。2016 年 6 月 8 日には、「中国製造 2025」の実施を直接サ

ポートする中央政府の出資ファンドである「先進製造産業投資基金」が設立された31。60億

元の財政出資による当該ファンドのフェーズⅠ規模は、200億元(約 3400億円、財政支出比

率は 30%)である。

このような「政府出資ファンド」は、日本で言う官民出資ファンドに当たり、日本の代

表的な官民出資ファンドである「産業革新機構」32より民間出資比率が高く、市場メカニズ

ムによる運営をうたっている33。ただ、政府資金のてこ効果は市場メカニズムをかく乱する

恐れがあり、また産業界は技術イノベーションや産業競争力強化に専念するよりも資金獲

得に熱中する蓋然性も高いと批判する声も聞かれる34。もし、市場メカニズムに基づくガバ

ナンスがうまく組み込めなければ、非効率な国有企業に化けてしまう可能性が高いと著者

も見ている。以上のような批判は、前述した産業政策の論争と同じように、政策論よりは

制度論になってしまうので、実際の運営状況を実践的に検証していく必要がある。ただ、

ファンド数が多く投資総額も大きいため、市場への影響は大きく、ファンドのガバナンス

能力向上求められるのは確実である。

4「中国製造 2025」の実施に向かっての他の施策

前述したように、「中国製造 2025」プランはあくまで中国製造業振興の枠組みを規定した

ものであり、より詳細な産業別、プロジェクト別の計画策定が行われている。また、2015

年から一部の分野でモデルプロジェクトも開始され、成果が表れつつある。

4.1「1+X 」計画の策定

「1+X」計画とは、「中国製造 2025」+分野別・産業別のサブ計画を指す。「中国製造

2025」が公布された以降、中国の工業情報化省を中心に 11個のサブ計画が制定された。そ

れには、上述した5つの重点プロジェクトに関する実施ガイドライン、サービス型製造、

装備製造業の品質・ブランド向上、医薬産業発展、IT 産業、新材料、製造業人材開発など

の6分野に関する行動計画あるいはガイドラインが完成された。

また、「中国製造 2025」に関する地方レベルの実施ガイドラインの作成や地方都市の実施

計画も認可された。

4.2 重点分野の技術ロードマップ

「中国製造 2025」の実施に当たっては企業や開発者などの自主性が強調されている。そ

31 http://www.fxczw.gov.cn/infor.php?738-7450;

http://www.mof.gov.cn/zhengwuxinxi/caizhengxinwen/201607/t20160715_2358336.htm 32 日本の「産業革新機構」の資金規模(最大投資可能資金)は、2 兆円に上るが、資本金 3,000 億1千万円のうち 95%は

財政支出である。 33 筆者のヒアリングでは、20%~30%のものが多い。 34 China's Local Governments Are Getting Into Venture Capital

(https://www.bloomberg.com/news/articles/2016-10-20/china-heartland-province-deploying-81-billion-to-seed-start

ups)

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のガイドラインとして国家製造業強国建設戦略諮問委員会により編集された「「中国製造

2025」重点分野技術ロードマップ」が 2015年 10月に公表された。

技術イノベーショングリーンブックスと呼ばれる当該ロードマップは、上述 10大重点産

業からそれぞれ具体的に 23の重点方向に、各重点方向には代表的な製品までに細分化され

ている。市場予測、目標、育成重点、モデル応用の重点、サポート政策などの5つの角度

から分析し、2025年までの状況を分析し、2030 年を展望している。23の領域は、以下のと

おりとなっている。

1) 新世代情報技術(4重点方向)

① IC・専用設備(設計、製造、パッケージング、キーとなる設備・材料)

② 情報通信設備(移動通信設備、次世代ネットワーク設備、高性能コンピューター・サー

バー等

③ OS と産業用ソフト(OS・組み込みソフト、ビッグデータ関連のプラットフォームソフト

などの基盤ソフトと、重点産業分野のアプリケーションソフト)

④ スマート製造のコアとなる情報設備(基盤通信設備、スマート製造制御設備、新型産業

用センサー、製造業ネットワーク設備、ディスプレイと測定設備、製造業用安全設備)

2) ハイエンド工作機械やロボット(2方向)

① ハイエンドデジタル制御工作機械と基礎製造設備

② ボット

3) 航空宇宙設備産業(4方向)

① 飛行機

② 航空エンジン

③ 航空機載設備とシステム

④ 宇宙装備(運搬ロケット、衛星、宇宙船、探査機及び地上設備)

4) 海洋エンジニアリング設備及びハイテク船舶(1方向)

海洋資源探査・開発設備、高性能船舶・大型観光船、大型低速船舶用エンジンなど

5) 先端鉄道交通設備(1方向)

中国規準の高速鉄道、大型機関車、中低速度リニアなど

6) 省エネ・新エネ自動車(3方向)

① 省エネ自動車(省エネ内燃乗用車、ハイブレード自動車、省エネディーゼル商用車等)

② 新エネ自動車(PHV、EV、FCV)

③ スマートコネクティドカー

7) 高付加価値の電力設備(2方向)

① 発電装備(高効率クリーン石炭火力発電、大型ガス発電/原子力/水力発電、再生可能エ

ネルギー発電装備)

② 送電・変電装備(超高圧(UHV)送電装備、スマートで省エネの送電・変電装備等)

8) 農業機械(1方向)

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自動化、情報化、スマート化された農業機械など

9) 新素材(3方向)

① 先進基礎素材(高い性能を有し、使用量が多く適用される産業も多い素材)

② キーとなる戦略素材(ハイエンド合金、レアアース等戦略的新興産業発展に必要な素材)

③ 先端新素材(3Dプリンター、超電導、グラフィン (graphene)等の新素材)

10)バイオ医薬や高性能医療機械(2方向)

① バイオ医薬(遺伝子薬物、ワクチン、中医薬など)

② 高性能医療機器(MRI、臨床検査設備、先進治療設備、遠距離医療設備及びリハビリ設備)

4.3「スマート製造モデル特別プロジェクト」の展開等

「中国製造 2025」が公表される前に、鉱工業の産業政策を担当する工業と情報化省は、

2015 年 3 月に「スマート製造モデル特別プロジェクト」の実施を打ち出した。当該特別プ

ロジェクトは、2015 年から三年間にわたって、1)プロセス製造(装置産業)、2)分散製造(組

立産業)、3)スマート設備や製品、4)インターネット経由のオーダーメイド、5)遠距離オペ

レーション・メンテナンス、6)ネットと製造業の融合による新業態、新モデル、などの分

野でモデル事業を推進する。2015 年は 46 のモデルプロジェクト(38 分野)を実施したが、

2016年は 63プロジェクト(45分野)に拡大し、また 2015年に実施されたモデルケースの中

間総括や普及も推進されるようになった。2017年には約 90のプロジェクトのモデルケース

を行い、これまでの経験を全国に展開させる予定である。

また、モデルプロジェクト実施に当たっては、①運営コスト 20%ダウン、②製品開発期

間 20%短縮、③生産性 20%増、④不良品率 10%ダウン、⑤エネルギー利用効率 10%アッ

プといった5つの数字目標 KPI(2016 年度)も設定されている。これらの目標設定は、海外

での先例などを踏まえて決定されたという。

これらのモデルケースの実施に当たっての利用可能な優遇政策は、1)特別プロジェクト

建設基金の支援、2)「初出荷の重大技術装備普及応用指導目録」制度のリストに載せられ

るスマート製造装備は、当該制度で取り入れられている保険・保障メカニズム(目的達成で

きなかった場合に設置企業への補償)の利用、3)スマート製造推進のために設立された特別

基金の活用、4)重大技術装備に対する税収優遇の適用の 4つが可能である。

2015年に実施されたモデル事業の 35ヵ所のデジタル・ファクトリーを実施したプロジェ

クトへのサンプル調査によると、①運営コストの平均削減率 21%、②製品開発サイクルの

平均短縮率 35%、③生産性平均で 38%アップ、④不良品率は平均で 27%ダウン、⑤エネル

ギー利用効率は 9.5%アップを収めた35。すべての結果は、当初設立された KPI を超えた成

績を収めた結果を踏まえて、上述した 2016年に設定された KPIのエネルギー利用率指標は、

2015年の 4%から 10%に大幅に引き上げられた。

「中国製造 2025」のコアとなるスマート製造を推進していくために産業政策担当機関:

35 http://www.cnii.com.cn/gyhxxh/2016-08/10/content_1764754.htm

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工業と情報化省は、単独だけでは力が不足すると認識したか、2016年 12月には財政省と共

同で「スマート製造発展計画(2016~2020 年)」という文章を公布し、財政省の力を借りて

推進政策の実効性を強化しようとしている。

4.4 中独におけるスマート製造に関する協力

前述したように、「中国製造 2025」のコア部分でスマート製造に関するコンセプトは、ド

イツが提起されているインダストリ 4.0 と重なっているので、中国ではドイツの政策展開

や企業の取組みをベンチマークにしている向きがある。

図表 10 2016 年中国・ドイツスマート製造合作モデルプロジェクト一覧

プロジェクト名 中国側実施機関 ドイツ側実施機関 領域

1 スマート製造ジョイントソリューション開発 華為技術 SAP 産業

2 鉄鋼業のインダストリ 4.0実施の可能性 宝山鉄鋼集団 シーメンズ 産業

3 クラウドプラットフォームをベースにしたス

マート製造への改造

北京航天智造科技発

展有限公司

SAP、シーメンズ、

ダルムシュタット大学等

産業

4 スマート生産スケジューリング 済南二機床(工作機

械)集団

ボッシュ投資有限公司 産業

5 洗濯機コネクティド工場(天津) ハイアール フラウンホーファー 産業

6 ハイエンド油圧製品スマート工場 潍柴動力、中国情報通

信研究院等

Kion Group GmbH、リンデ・ハ

イドロリックス

シーメンズ、ボッシュ

産業

7 個性化オーダーメイト家電スマート製造デジ

タル化バーチャル工場モデル

同済大学、

四川長虹電器

シーメンズ、

フエニックス・コンタクト

ルフトハンザ テクニック

産業

8 冶金ロボットシステムインテグレーション 南京鋼鉄 Badische Stahl Engineering 産業

9 太陽光モジュールスマート工場 浙江正泰太陽光科技

有限公司

Astronergy Solar Module GmbH 産業

10 スマートコネクティドカー、IoV の基準、検

証試験

中 国 情 報 通 信 研 究

院、清華大学、北京航

空航天大学、中国自動

車技術研究中心

フラウンホーファー、

ダイムラー、ドイツ通信、AG

TUV、BMW

標準化

11 スマート製造臨港総合モデル区 上海臨港経済発展

集団

シーメンズ、Lenze、ハンザフ

レックス、Marohn Elevator、

ダイムラー、 Lapp Kabel、

Intorq、Hubert Stüken など

モデル

地域

12 瀋陽ハイエンド装備製造産業パーク 中独(瀋陽)ハイエン

ド装備製造産業パー

ク管理委員会

BMW、シーメンズ、 KUKA、

NEUGART、SAP、PINTSCH BAMAG、

モデル

地域

13 天津中独応用技術大学スマート製造訓練基地 天津中独応用技術大

Saarland University of

applied sciences

Bremen University of AS

University of Applied

Seiences Ludwigshafen on the

Rhine

人材

14 瀋陽中独スマート製造学院 瀋陽新松ロボット自

働化

Teutloff Professional

Education Institute

人材

出所:中国工業と情報化省 WEB

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他方、中国ではネット産業、特に B2C(消費者)のネット技術や産業高度化のための市場成

長に優位性があり、ドイツでは伝統的な製造業が発達し製造業主導の ITとの融合も進んで

いる理由から、中国とドイツとの間でスマート製造に関する協力が中国の李克強首相とメ

ルケル首相の強力なサポートの下で進められている。

2016年 8月には「2016年中独スマート製造合作活動計画」に基づき、14のモデル協力プ

ロジェクトが公表された。これには、1)企業レベルの協力案件が9件、2)標準化協力が1

件、3)スマート製造パークが 2 件、4)人材育成が 4 件、等が含まれている。特に、ドイツ

では基準企画の総合承認や人材の育成による中国・ドイツ間の人的ネットワークの構築が

重視されると見られ、中国もドイツとのスマート製造に関する合同基準委員会の設立に同

意して 3 回(国家標準化委員会、工業と情報化省などが参加)開催され、参考モデルの相互

承認や情報安全と機能安全等について共通の認識を見たという36。また、国家標準化委員会

は、スマート製造に関する 7つの標準化制定に入ったという。

5 結びに:「中国製造 2025」の実施に当たっての課題と日本企業への示唆

前述したように、「中国製造 2025」の実施に当たってモデルケースでは成果が収められた

が、それは政府から支援のあっての話であり、大部分の中国企業は尚、様子見常態にある。

特に、経済成長がスローダウンしている状況の中では先行投資の余力はあまりないとも考

えられる。

次に、スマート製造の推進で見られたように基準・規格の欠如や IoT、ビッグデータ、ク

ライドなどの各分野の相互接続にも問題が生じているという。ただ、基準・規格の問題は、

ドイツのインダストリー4.0やインダストリー・インターネットの推進においても同じ課題

に直面しており、世界各国の共通課題と言えよう。

さらに、ハイエンドセンサーや産業用ソフト、制御システムなどが高価な外国製しか利

用できないので、普及には時間がかかる。個別的なハイエンドのハード/ソフト製品の欠如

のほかに通信インフラもスマート製造などに対応ができない問題も存在している。

最後にサイバー攻撃をいかに防ぐかも課題として残る。

他方、「中国製造 2025」に関する欧米産業界からの懸念:地場企業への資金援助、ローカ

ルコンテンツの調達要求、政府支援による生産能力過剰問題、外資企業への技術移転への

要求、海外技術買収への国家政策的介入については、WTOルールとの整合性や、市場化改革

と産業政策の健全性についていかに実現していくのか、中国にとって大きな課題を背負っ

ている。これらの問題が早急に解決しなければ、日米欧による、中国における WTOでの「市

場経済国」地位の認定は難しいと考えられる。

以上で見た課題は、世界共通のものもあれば、中国特有の課題も存在する。前述したよ

うに、中国は、「中国製造 2025」に製造業のさらなる開放拡大を規定し、ドイツ、日本、米

国など主要工業国の政府や産業界との協力をして Win/Win関係を望んでいる。特に、「中国

36 http://cyyw.cena.com.cn/2016-12/26/content_348236.htm

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製造 2025」は、日本社会がイメージしているドイツのインダストリ 4.0 と日本で言う第 4

次産業革命に関する産業政策とは違い、短期的にはむしろ在来製造業の生産性向上や自働

化の実現を目標にしているので、日本の産業高度化の経験や伝統的な技術やノウハウは「中

国製造 2025」の実施に大いに生かせると考える。実際、中国・ドイツの産業協力の多くも

伝統的な産業効率性や自動化にフォーカスしている。ドイツに遅れた日本の産業界は、「中

国製造 2025」を正しく認識し、戦略的対応を期待したい。

主要参考文献

1. European Chamber (2017) “China Manufacturing 2025: Putting Industrial Policy

Ahead Market Forces” www.europeanchamber.com.cn

2. 徐暁波、瀋志群(2016)「中国創業投資業行発展報告 2016」企業管理出版社

3. 国家製造業強国建設戦略諮問委員会(2016)“≪中国製造 2025≫解読”電子工業出版社

4. 国家製造業強国建設戦略諮問委員会(2016)“智能製造”電子工業出版社

5. 国家製造業強国建設戦略諮問委員会(2016)“《中国製造 2025》重点領域技術創新緑皮書

-技術路線図”電子工業出版社

6. 国務院発展研究中心(2017)「借鑑徳国工業 4.0 推動中国製造業転型昇級」

非番品資料

7. Merics(2016)“Made in China 2025:The making of a high-tech superpower and

consequences for industrial countries”

https://www.merics.org/fileadmin/user_upload/downloads/MPOC/MPOC_Made_in_Chin

a_2025/MPOC_No.2_MadeinChina_2025.pdf

8. 日本生産性本部(2016)「労働生産性の国際比較 2016年版」

http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2016_press.pdf

9. 清科観察(2017)「政府出資産業投資基金管理弁法」解読

http://research.pedaily.cn/201701/20170117408183.shtml

10. 清科観察(2016)「2016政府引導基金報告」

http://research.pedaily.cn/201603/20160330395131.shtml

11. U.S. Chamber of Commerce (2017) “Made in China 2025: Global Ambitions Built on

LocalProtections”

https://www.uschamber.com/report/made-china-2025-global-ambitions-built-local

-protections-0

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研究レポート一覧

No.440 産業高度化を狙う「中国製造2025」を読む 金 堅敏 (2017年5月)

No.439 エビデンスに基づくインフラ整備政策の実現に向けて ~教育用コンピュータの整備をモデルケースとした考察~

蛯子 准吏 (2017年4月)

No.438 人口減少下の地域の持続性 ─エリアマネジメントによる再生─

米山 秀隆 (2017年4月)

No.437 SDGs時代の企業戦略 生田 孝史 (2017年3月)

No.436 電子政府から見た土地所有者不明問題 -法的課題の解決とマイナンバー-

榎並 利博 (2017年1月)

No.435 森林減少抑制による気候変動対策 -企業による取り組みの意義-

加藤 望(2016年12月)

No.434 ICTによる津波避難の最適化 -社会安全の共創に関する試論-

上田 遼(2016年11月)

No.433 所有者不明の土地が提起する問題 -除却費用の事前徴収と利用権管理の必要性-

米山 秀隆(2016年10月)

No.432 ネット時代における中国の消費拡大の可能性について 金 堅敏 (2016年7月)No.431 包括的富指標の日本国内での応用(一) 人的資本の計測とその示唆 楊 珏 (2016年6月)

No.430 ユーザー・市民参加型共創活動としてのLiving Labの現状と課題

西尾 好司 (2016年5月)

No.429 限界マンション問題とマンション供給の新たな道 米山 秀隆 (2016年4月)

No.428 立法過程のオープン化に関する研究 -Open Legislationの提案-

榎並 利博 (2016年2月)

No.427 ソーシャル・イノベーションの仕組みづくりと企業の 役割への模索-先行文献・資料のレビューを中心に-

趙 瑋琳李 妍焱

(2016年1月)

No.426 製造業の将来 -何が語られているのか?-

西尾 好司 (2015年6月)

No.425 ハードウエアとソフトウエアが融合する世界の展望 -新たな産業革命に関する考察- 湯川 抗 (2015年5月)

No.424 これからのシニア女性の社会的つながり -地域との関わり方に関する一考察-

倉重佳代子 (2015年3月)

No.423 Debt and Growth Crises in Ageing Societies: Japan and Italy Martin Schulz (2015年4月)

No.422 グローバル市場開拓におけるインクルーシブビジネスの活用 -ICT企業のインクルーシブビジネスモデルの構築-

生田 孝史大屋 智浩加藤 望

(2015年4月)

No.421 大都市における空き家問題 -木密、賃貸住宅、分譲マンションを中心として-

米山 秀隆 (2015年4月)

No.420 中国のネットビジネス革新と課題 金 堅敏 (2015年3月)

No.419 立法爆発とオープンガバメントに関する研究 -法令文書における「オープンコーディング」の提案-

榎並 利博 (2015年3月)

No.418 太平洋クロマグロ漁獲制限と漁業の持続可能性 -壱岐市のケース-

濱崎 博加藤 望生田 孝史

(2014年11月)

No.417 アジア地域経済統合における2つの潮流と台湾参加の可能性

金 堅敏 (2014年6月)

No.416 空き家対策の最新事例と残された課題 米山 秀隆 (2014年5月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

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