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ISSN 1346-9029 研究レポート No.352 December 2009 高齢化社会における福祉サービスと「地域主権」 シニアフェロー 南波 駿太郎

No.352 December 2009 · ISSN 1346-9029 研究レポート No.352 December 2009 高齢化社会における福祉サービスと「地域主権」 シニアフェロー 南波 駿太郎

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.352 December 2009

高齢化社会における福祉サービスと「地域主権」

シニアフェロー 南波 駿太郎

高齢化社会における福祉サービスと「地域主権」

シニアフェロー 南波駿太郎

【要旨】

我が国の GDP に対する高齢者関連給付の割合は今後も上昇を続け、将来ドイツやスウェ

ーデンをも大きく上回る水準に達する可能性が高い。その内容をみると、近年、現金給付

から対人福祉サービスを中心とする現物給付へとウェイトがシフトしており、地方自治体

の役割が急速に高まりつつある。こうした中で、高齢化の進展は地方財政に占める民生費

の割合を高めつつあり、今後この傾向は一層強まり地方財政をますます大きく圧迫する恐

れがある。加えて、国から地方への民生費の移転が、国の財政状況によって大きく左右さ

れるため、これが地方財政の自由度を阻害するとともに不安定化に繋がっている。

福祉関連サービスは公共資本関連サービスに比べ地域的バラツキが大きく、地域のニー

ズや選好を反映したかたちで、「分権的」に提供されるのに適している。こうした中で、「地

方分権改革推進委員会」は、地方自治体の財政権の強化による「地方分権」の実現を勧告、

一方総務省は、「定住自立圏構想」に基づき、自治体の自主的な連携による定住自立圏の

形成を促している。新政権は、こうした勧告や構想をベースに、地域福祉サービスの充実

と「地域主権」の確立を目指した具体的取り組みに、早急に着手する必要がある。

キーワード:高齢者関連給付率、現金給付と現物給付、地方財政、民生費比率、

国から地方への移転、分権化定理、地方分権改革、足による投票、

定住自立圏構想、民主党「マニフェスト」

【目次】

1. はじめに.........................................................................................................................1

2. 高齢者関連給付の急増とその背景 .................................................................................2

2.1 高齢者関連給付の推移と決定要因 ............................................................................2

2.1.1 日本の高齢者関連給付率は急伸 .........................................................................2

2.1.2 高齢者関連が社会保障給付率上昇の主因...........................................................3

2.2 高齢者関連給付の将来予測とその特徴.....................................................................4

2.2.1 高齢化の進展が経済状況の悪化よりも影響 .......................................................4

2.2.2 高齢者関連給付率は将来さらに著しく上昇 .......................................................7

2.2.3 増加の中身は現金給付から現物給付へ変化 .......................................................8

3. 地方財政に及ぼす社会保障関連経費の影響 .................................................................10

3.1 地方自治体の民生費の推移.....................................................................................10

3.1.1 財政圧縮のもと民生費の急増が顕著................................................................10

3.1.2 少子高齢化により民生費比率は将来急上昇 .....................................................12

3.2 民生費における国と地方の関係 .............................................................................14

3.2.1 国から地方への民生費移転が大幅に減少.........................................................14

3.2.2 地方の民生費にみられる国のしわ寄せ ............................................................15

4. 福祉サービスにおける地方の役割 ...............................................................................18

4.1 福祉サービスの特性と「分権化定理」...................................................................18

4.1.1 福祉サービスの地域的特性 ..............................................................................18

4.1.2 「分権化定理」と福祉サービス .......................................................................20

4.2 「地域主権社会」の確立と福祉サービスのあり方 .................................................22

4.2.1 「地方分権改革推進委員会」の 終勧告と評価 ..............................................22

4.2.2 「定住自立圏構想」の含意と評価 ...................................................................25

4.2.3 民主党「マニフェスト」の評価と課題 ............................................................28

5. おわりに.......................................................................................................................31

【参考文献】 ......................................................................................................................33

【補論】 主要 4 カ国の高齢者関連給付率関数の推計結果と将来予測.............................35

1. はじめに 民主党政権が誕生し、我が国の政治は生活者重視の方向へと大きく舵を切りつつある。

これまでの自民党政権の時代に形作られた政治決定の枠組みを根本的に変え、事業仕分け

による国家予算の抜本的見直しと、政治主導による意思決定プロセスの改革に取り組み始

めてきている。一方、新政権の国家戦略については、今後徐々に具体的なかたちで呈示さ

れてくると思われるが、世界に例のない高齢化社会に突入した我が国にとって、取り組む

べき も重要な政策課題として、すでに綻びが表面化している社会保障制度の再構築と、

生活重視と地方再生を目指す「地域主権社会」の実現が挙げられる。

本稿では、我が国における著しい高齢化の進展がもたらす影響を、高齢者福祉と地方財

政の視点から分析するとともに、福祉サービスにおける地方分権の意義と役割について、

「地方分権改革推進委員会」の勧告や総務省の「定住自立圏構想」、さらには民主党「マニ

フェスト」の評価も踏まえ考察する。

本稿の問題意識をあらかじめ整理すると、次の4つに集約される。

①すでに高水準にある日本の高齢者関連給付率にはいかなる特徴があり、今後どの程

度の水準にまで達するのか。

②高齢化の進展は地方財政にどのような影響を及ぼし、民生費に関する国の地方の関

係にはいかなる問題があるのか。

③公共サービスとしての福祉サービスにはどのような特徴があり、なぜ分権的な考え

方が重要であるのか。

④真の「地域主権社会」を実現するためにはいかなる視点が必要であり、その中で福

祉サービスの位置付けはどうあるべきか。

本稿の構成は以下のとおりである。第 2 章では、我が国の高齢者関連給付の推移と社会

保障給付全体に占める位置付けについて考察するとともに、その背後にある特徴と将来の

姿を展望し、我が国の高齢者給付に見られる変化について検証する。第 3 章では、高齢化

の進展が地方財政に及ぼす影響について、歳出に占める民生費比率の動向とその将来の姿

を浮き彫りにするとともに、民生費に見られる国と地方の関係について、国から地方への

財源移転の実態を踏まえ分析する。第 4 章では、福祉サービスの特徴を、公共サービスに

対する地域的ニーズの面から明らかにするとともに、分権化の考え方の重要性について検

証する。また、真の「地域主権社会」を実現するため必要な条件を、「地方分権改革推進委

員会」の勧告や総務省の「定住自立圏構想」を踏まえ探るとともに、新政権の掲げる「マ

ニフェスト」の考え方について評価を加える。 後にまとめとして、以上の考察結果から

得られるインプリケーションを呈示するとともに、若干の提言を行う。

1

2. 高齢者関連給付の急増とその背景

高齢化の進展は、社会保障給付額の急激な増大というかたちで、一国の経済のみならず

社会全体の枠組みに根本的な変革を求める。社会保障給付関連データには、ILO 基準と

OECD 基準があるが、以下では国際比較可能な OECD 基準に基づき考察を進める。社会保

障給付は一般に、①高齢者関連、②医療・保健関連、③家族政策関連、④雇用政策関連、

⑤その他(遺族・障害者・住宅関連等)の 5 つに大別することができる。OECD 基準に基

づく高齢者関連給付は、退職後の年金や一時金等の現金給付と在宅ケア・ホームヘルプ等

の現物給付からなるが、介護サービスを除く高齢者に対する医療・保健関連の給付は含ま

れていない点留意する必要がある(これらは医療・保健関連給付に含まれる)。

2.1 高齢者関連給付の推移と決定要因

2.1.1 日本の高齢者関連給付率は急伸

図表 1 は、OECD の “Social Expenditure Database” を用い、我が国を米国・ドイツ・

スウェーデンという異なる福祉レジームを持つ代表的な 3 カ国と比較し、1980 年以降の高

齢者関連給付の対 GDP 比率(以下「高齢者関連給付率」と略称)の推移をみたものである。

G.Esping-Andersen によれば、主要先進諸国の福祉レジームは、①スウェーデンを代表と

する「社会民主主義」、②米国を代表とする「自由主義」、③ドイツを代表とする「保守主

義」の3つに分類される。これに対し、日本の福祉レジームについては、「自由主義」と「保

守主義」の複合体に近いが、まったく異なる第4のレジームといえなくもなく、その位置

付けについての見解は必ずしも統一されていない。

図表 1 にみられるように、日本を含めた異なる福祉レジームを持つ 4 カ国の高齢者関連

給付率は、1980 年代以降大きく異なる推移を辿ってきているが、かつて 4 カ国中 も低い

水準にあった日本の高齢者関連給付率(1980 年:3.1%)は、90 年代以降急上昇を示して

いるのが見て取れる(2005 年:9.0%)。すなわち、80 年代前半以降徐々に上昇傾向にあっ

た日本の高齢者関連給付率は、80 年代後半におけるバブル経済のなかで一時的に横ばい推

移を示したが、90 年代初頭以降 2000 年代初頭にかけて、高齢化の進展と経済低迷の長期

化の中で急激に上昇し、すでに米国を大きく上回り、スウェーデンに匹敵する高水準にま

で達してきている。この間、米国は一貫して低水準横這いで推移している(2005 年:5.3%)

が、ドイツは 80 年代の低下傾向から一転して上昇に転じており、2005 年現在4カ国中

も高い水準となっている(同:11.2%)。こうした中でスウェーデンは、90 年代初頭の一時

的な急騰(1993 年:10.7%)を経て徐々に低下傾向を辿り、現在では日本を若干上回る落

ち着いた水準に止まっている(2005 年:9.6%)。

2

(図表1)4カ国の高齢者関連給付率

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

9.0

10.0

11.0

12.0

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

%

Japan Sweden United States Germany

(出所)OECD “Social Expenditure Database”より作成

2.1.2 高齢者関連が社会保障給付率上昇の主因

こうした我が国の高齢者関連給付率の急上昇が、全体の社会保障給付の対 GDP 比率(以

下「社会保障給付率」と略称)に与える影響力の強さを、その増減率寄与度でみると図表 2

のとおりである。図から明らかなように、80 年代以降、社会保障給付率全体の押し上げの

主因は一貫して高齢者関連給付率であることが分かる。

すなわち、80 年代前半の社会保障給付率は、年平均 1.6%の比較的マイルドな上昇であ

ったが、その殆どは高齢者関連給付率の上昇によるものである(1.5%ポイント)。80 年代

後半、社会保障給付率は年平均 0.1%と概ね横這いで推移したが、こうした中においても、

高齢者関連給付率は雇用政策関連給付率とともに社会保障給付率を押し上げる方向に働い

ているのが分かる(0.5%ポイント)。90 年代前半、社会保障給付率は年平均 4.7%の急騰を

示したが、その主因は医療・保健関連給付率(1.7%ポイント)に加え高齢者関連給付率(2.0%

ポイント)の著しい上昇にある。90 年代後半以降、政府の財政支出の抑制方針もあって社

会保障給付率の増加率は鈍化傾向を辿った(90 年代後半: 3.2%、2000 年代前半:2.1%)

3

が、増加率鈍化の主因はもっぱら医療・保健関連給付率(同:0.3%ポイント、同:0.4%ポ

イント)と雇用政策関連給付率(同:0.1%ポイント、同:▲0.3%ポイント)の寄与度の低

下およびマイナスによるもので、高齢者関連給付率の寄与度は依然として高水準を維持し

ている(同:2.4%ポイント、同:1.7%ポイント)。

(図表2)社会保障給付率の項目別増減率寄与度

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

1980年代前半 1980年代後半 1990年代前半 1990年代後半 2000年代前半

%ポイント

高齢者関連 医療・保健関連家族政策関連 雇用政策関連その他 合計

(出所))OECD “Social Expenditure Database”より作成

2.2 高齢者関連給付の将来予測とその特徴

2.2.1 高齢化の進展が経済状況の悪化よりも影響

周知のとおり、高齢者関連給付率に も強い影響を及ぼすと考えられるのは人口構成の

変化であるが、その時々の経済状況も大きな影響を与える。経済状況の悪化は名目 GDP の

低迷を通じて、高齢者関連給付率の分母の伸び悩みに繋がり、この結果高齢者関連給付率

の上昇圧力となる。しかしながら一方において、経済状況の悪化は税収減を招き、財政状

況の悪化を通じて高齢者給付への給付余力を弱める側面もあり、実際の高齢者関連給付率

が、経済状況によりどのような影響を受けるかは、各国がおかれた高齢化問題と財政問題

4

に関する深刻度合いにより異なるといえる。

また、高齢者関連給付にかかる各種の政策変更や制度改正もさまざまなかたちで影響を

及ぼす。こうした要因は、明示的なかたちで定式化することが難しいが、人口構成や経済

状況では捉えきれない要因を、ここでは簡単化のためにその他要因として定義し考察を進

める。具体的にはその他要因を、政策変更や制度改正を含めたいわば一国の高齢者問題に

対する国の政策スタンスと捉え、本来人口構成と経済状況で決まるべき高齢化関連給付率

からの乖離とみることにする。

図表 3 は、OECD の “Social Expenditure Database”および“General Statistics”のデー

タを用い、日本の「高齢者関連給付率」を、①人口構成の変化を示す「65 歳以上の老年人

口比率」、②経済状況の変化を示す「失業率」、③国の政策スタンスを示す「定数項」によ

り推計したものである。推計にあたっては、1980 年以降 2005 年までの 25 年間(ケース 1)

の推計に加え、高齢者関連給付率が急上昇を示す 1990 年以降 2005 年までの 15 年間(ケ

ース 2)についても推計を行い、両者の違いを比較することにより近年における変化につい

ても考察した。

(図表 3)高齢者関連給付率関数の推計結果

説明変数 係数 標準偏差 t 値

定数項 -1.204 0.212 -5.69

老年人口比率 0.353 0.031 11.24

失業率 0.572 0.099 5.75

決定係数 R2 0.983

ケース1

推計期間 : 1980-2005

定数項 -3.282 0.508 -6.46

老年人口比率 0.570 0.057 10.02

失業率 0.182 0.125 1.46

決定係数 R2 0.987

ケース2

推計期間 : 1990-2005

(出所)OECD “Social Expenditure Database”“General Statistics”を用い推計

表から明らかなように、全体として有意性は概ね満たされている。ケース 1 の場合、老

年人口比率、失業率、定数項とも有意な結果を示しており、3 つの要因がいずれも高齢者関

連給付率に影響を与えているのが分かる。一方、ケース 2 の場合は、失業率の有意性が低

くなるとともに、定数項の有意性が強まるのが分かる。こうした中で、ケース 1 とケース 2

5

の係数を比較すると、失業率の係数が小さくなるのに対し、老年人口比率の係数および定

数項の係数のマイナス値が大きくなっているのが分かる。

図表 3 の推計結果をもとに、高齢者関連給付率に及ぼす人口構成要因、経済状況要因、

その他要因の影響力(各要因の平均値に推計式の各説明変数の係数を乗じた値)を試算し

図示すると、図表 4 のとおりとなる。

(図表4)高齢者関連給付率に対する要因別影響力(平均値ベース)

-4.00

-2.00

0.00

2.00

4.00

6.00

8.00

10.00

ケース1(1980-2005) ケース2(1990-2005)

%ポイント

人口構成要因 経済状況要因 その他要因 高齢者関連給付率

(出所)図表 3 の推計結果をもとに作成

図に見られるように、ケース1の場合、1980 年から 2005 年までの高齢者関連給付率の

平均は 5.5%となっているが、この内訳は、人口構成要因が 4.9%ポイント、経済状況要因

が 1.9%ポイントとなっており、人口構成による影響が経済状況による影響を大きく上回っ

ているのが分かる。さらに注目されるのは、人口構成と経済状況を合わせた影響を、いわ

ば相殺するようなかたちでその他要因が働いている(▲1.2%ポイント)点である。このこ

とは、本来人口構成と経済状況から決定されてくる高齢者関連給付率に対し、これを抑制

する方向に働く力が平均的に加えられていることを示しており、自民党政権下における高

6

齢者関連給付に対する抑制的な政策スタンスを反映しているとみることができる。

こうした傾向は、ケース2の場合一層顕著なかたちとなって表れている。1990 年から

2005 年までの 15 年間の高齢者関連給付率の平均は、6.5%と 80 年代以降の 25 年間の平均

に比べ 1%上昇しているが、これはもっぱら人口構成要因の上昇(9.1%ポイント)による

ものであり、経済状況要因は 80 年代以降の平均と比べ幾分低下している(0.7%ポイント)

のが分かる。これに対し、その他要因のマイナス幅は、80 年代以降の平均に比べ一段と拡

大しており(▲3.3%ポイント)、90 年代以降抑制的な政策スタンスがさらに一段と強まっ

ているのが見て取れる。

2.2.2 高齢者関連給付率は将来さらに著しく上昇

このように、高齢化の進展に伴う人口構成の変化は、高齢者関連給付率の上昇に極めて

大きな影響を与えているが、今後高齢化の一層の進展が予想される中で、我が国の高齢者

関連給付率はどこまで上昇を続けるのであろうか。図表 5 は、図表 3 の推計結果をもとに、

国立社会保障・人口問題研究所の「人口の将来推計」を用いて、我が国の 2050 年までの高

齢者関連給付率の推移を予測するとともに、これを同様にして推計し予測した米国・ドイ

ツ・スウェーデンの 3 カ国と比較したものである(詳細については「補論」を参照)。なお、

ここでは簡単化のために、失業率については、各国とも 2009 年は上期の平均とし、2010

年以降は 2008 年水準で横ばい推移するものと仮定している。

予測結果から明らかなように、将来我が国の高齢者関連給付率はさらなる上昇を続け、

2050 年には、ケース 1(推計期間:1980~2005 年)の場合 15%を超える水準に、ケース

2(同:1990~2005 年)の場合これをさらに上回る 20%に達する結果となっている。これ

を他の3カ国と比較すると、ドイツ、スウェーデン両国の高齢者関連給付率も全体として

上昇傾向を辿るが、その程度は我が国に比べ相対的にマイルドなものに止まる。我が国は、

ケース 1 の場合、2010 年代後半にはスウェーデンを、 2040 年代前半にはドイツを上回り、

2050 年では 4 カ国中 も高い水準となる。さらに、ケース 2 の場合では、早くも 2010 年

代前半には両国を上回る可能性が高く、2050 年には諸外国にも例を見ない圧倒的な高水準

となる。

このように、人口構成の急激な変化は、我が国の高齢者関連給付率を 40 年後には現在の

1.5 倍~2 倍の水準に押上げる可能性が高く、そのマグニチュードは想像以上に大きい。こ

の事実は、高齢化社会への対応にはこれに見合う経済の持続的拡大が不可欠であることを

意味しており、高齢者関連給付に対する抑制的な政策スタンスからの脱却を目指す民主党

政権にとって、持続的成長に向けた国家戦略の策定はマニフェスト実現の必要条件である。

7

(図表5)4カ国の高齢者関連給付率の推移予測

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

1980

1985

1990

1995

2000

2005

2010

2015

2020

2025

2030

2035

2040

2045

2050

日本 1980-2005 日本 1990-2005 スウェーデン 1980-2005

米国 1980-2005 ドイツ 1991-2005

(出所)「補論」における各国の「推計結果」および「人口の将来推計」より予測

2.2.3 増加の中身は現金給付から現物給付へ変化

高齢者関連給付の中身を給付方式からみると、①年金等の現金給付と、②在宅ケア・ホ

ームヘルプ等の現物給付に分けられる。ここで、OECD の “Social Expenditure Database”

を用い、80 年代以降の高齢者給付率の増減率に対する現金給付と現物給付の寄与度を試算

し、その推移を図示すると図表 6 のとおりとなる。

図より明らかなように、80 年代においては、現金給付が高齢者関連給付率の上昇の大半

を占めていたが、90 年代以降、現物給付が給付率の上昇のかなりの割合を占めるようにな

ってきている。とくに、90 年代後半、現金給付の寄与度が低下する(90 年代前半:5.0%

8

ポイント→90 年代後半:4.5%ポイント)中で現物給付の寄与度が大きく上昇(同:0.4%

ポイント→同:1.4%ポイント)、2000 年代前半には、全体の高齢者関連給付率の上昇が鈍

化する(90 年代後半:5.9%→2000 年代前半:3.8%)中で、現金給付の寄与度は大幅に低

下した(同:4.5%ポイント→同:2.6%ポイント)が、現物給付の寄与度は概ね横ばい圏内

で推移している(同:1.4%ポイント→同:1.2%ポイント)。

(図表6)高齢者関連給付率の給付方式別増減率寄与度

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

1980年代前半 1980年代後半 1990年代前半 1990年代後半 2000年代前半

%ポイント

現金給付(年金等) 現物給付(在宅ケア・ホームヘルプ等)

高齢者関連給付率

(出所)OECD “Social Expenditure Database”より作成

このように、我が国の高齢者関連給付の中身は、90 年代以降、所得保障的な給付から対

人福祉サービスの提供へと徐々にウェイトがシフトしてきており、現金よりもより身近で

かつ喫緊の具体的ニーズに応えるための給付を優先せざるを得ない状況にあることが分か

る。今後高齢化が一段と進展する中で、我が国の高齢者関連給付率は急激な上昇を余儀な

くされるが、給付方式のあり方としては、年金等の所得保障にも増して対人福祉サービス

提供の重要性が高まるものと思われる。その意味で、対人福祉サービスの提供を担う地方、

とりわけその中心的担い手である市町村等の基礎的自治体の役割が、従来にも増して極め

て重要となってくる。

9

3. 地方財政に及ぼす社会保障関連経費の影響

少子高齢化を主因とする社会保障関連経費の増加は、地方財政を大きく圧迫する。一般

に地方財政における社会保障関連経費については、福祉設備の整備・運営や生活保護の実

施を中心とする民生費に加え、衛生費や住宅費等があるが、ここでは地方財政における

大かつ も主要な社会保障関連経費である民生費(2007 年度現在、社会保障関連経費の

72.0%を占有)に焦点をあてる。また、分析期間としては、データの継続性に配慮し、介護

保険制度が導入された 2000 年度以降データ入手可能な 2007 年度までを対象とする。

民生費は、①社会福祉費、②老人福祉費、③児童福祉費、④生活保護費、⑤災害救助費

の 5 つの項目で構成されているが、このうち⑤災害救助費は極めて小さなウェイトに止ま

っており(2007年度 0.1%)、ここでは民生費全体を社会保障関連経費と認識し分析を行う。

なお、このうち市町村の老人福祉費に関しては、介護保険制度の創設に伴い新たに「介護

保険特別会計」が設けられたことから、広義の意味での高齢化が地方に及ぼす影響を把握

するためには両者を連結して考える必要があるが、ここでは地方自治体の財政面への影響

に的を絞り分析を行うこととし、一般歳出の経費項目である民生費のみを取り上げる。

3.1 地方自治体の民生費の推移

3.1.1 財政圧縮のもと民生費の急増が顕著

図表 7 は、総務省の「地方財政統計年鑑」を用い、地方自治体の目的別歳出額の推移を

2000 年度=100 として見たものである。図にみられるように、2000 年度以降の地方自治体

の歳出額は一貫して減少傾向を辿っており、2007 年度の水準は 2000 年度対比▲8.5%とな

っている。目的別にみると、土木費の大幅削減(2007 年度対 2000 年度比:▲27.9%)を

中心に、教育費(同:▲8.7%)、その他(同:▲13.6%)と軒並み歳出が減少する中で、民

生費(同:20.8%)のみ突出して増加傾向を辿っているのが目につく。こうした中で、公債

費(同:1.4%)は 2000 年度から 2005 年度にかけて増加を示したが、その後減少に転じ

2007 年度現在概ね 2000 年度の水準にまで戻ってきている。

このように地方財政は、一般歳出全体が大きく圧縮される中で民生費の著しい増加に対

応せざるをえないことから、民生費以外の経費はすべて削減せざるを得ない状況に追い込

まれている。とりわけ、2001~2005 年度については、経済低迷に伴う著しい税収の落ち込

みがある中で、民生費の増加をカバーする必要から公債費の大幅な増加を余儀なくされ、

地方財政は一段と窮迫化の度合いを強めた。もっともその後は、経済の緩やかな回復傾向

を反映し、2006~2007 年度の公債費は徐々に減少傾向を辿っている(2008 年度について

は、金融危機に端を発した世界同時不況の影響から再び増加している可能性が高い)。

10

(図表7)地方自治体の目的別歳出額の推移(2000年度=100)

60.0

70.0

80.0

90.0

100.0

110.0

120.0

130.0

2000

年度

2001

年度

2002

年度

2003

年度

2004

年度

2005

年度

2006

年度

2007

年度

総 額 民生費 土木費 教育費 公債費 その他

(出所)総務省「地方財政統計年鑑」より作成

ここで、地方自治体の歳出額の増減率に及ぼす各経費の影響度合いをみるために、目的

別歳出額の増減率寄与度を図示すると図表 8 のとおりである。2001 年度以降の歳出額の減

少率は、もっぱら①道路、河川、住宅、公園等の公共施設の建設、整備を中心とする土木

費の大幅な圧縮と、②農林水産業費の 11 年連続の削減を含むその他経費の減少によるもの

であることが分かる。また、③学校教育、社会教育等の教育文化行政を賄う教育費も基本

的にはマイナス方向に働いており、④唯一社会福祉行政を担う民生費のみが一貫してプラ

スに働いている。

民生費は、住民福祉の充実を目的に、児童、高齢者、障害者のための福祉施設の整備や

運営、生活保護の実施に関する経費を賄っており、歳出総額の中で も大きなウェイトを

占めており(2007 年度:19.0%)、とくに都道府県(同:10.9%)に比べ市町村(同:28.1%)

のウェイトの高さが目立つ。民生費の内訳をみると、児童福祉費(同:30.0%)、障害者福

祉等の社会福祉費(同:28.1%)、老人福祉費(同:25.0%)、生活保護費(同:16.8%)と

なっているが、前述のとおり、高齢者福祉関連については老人福祉費(2007 年度:4.25 兆

円)の他に市町村の「介護保険特別会計」があり(一般歳出との連結調整後ベース、同:

4.92 兆円)、これを考慮に入れると、実際に地方自治体が扱う高齢者関連福祉の規模はさら

に膨らむことになる。

11

(図表8)地方自治体の目的別歳出額の増減率寄与度

-4.00

-3.00

-2.00

-1.00

0.00

1.00

2.00

2001

年度

2002

年度

2003

年度

2004

年度

2005

年度

2006

年度

2007

年度

%ポイント

民生費 土木費 教育費 公債費 その他 総 額

(出所)総務省「地方財政統計年鑑」より作成

3.1.2 少子高齢化により民生費比率は将来急上昇

本節では、地方自治体の民生費の歳出総額に占める比率(以下、民生費比率と略称)が、

人口構成の変化によってどのような影響を受けているかをみるために、2000 年度以降の総

務省の「地方財政統計年鑑」および「人口統計」のデータを用い、民生費比率を「従属人

口比率(15 歳未満および 65 歳以上人口の 15~64 歳人口に対する比率)」により推計する。

図表 9 の推計結果にみられるように、従属人口比率は全体として民生費比率を極めて有意

に説明している。

従属人口比率は、年少人口と老年人口の合計の生産年齢人口に対する比率であるが、分

子は各々児童福祉費および老人福祉費を通じて民生費全体に影響を及ぼす。一方分母は、

生産労働力を通じて GDP に影響を及ぼし、これが地方税を中心とする歳入を通じて歳出規

模に影響を与える。このようにして、民生費比率は、年少人口および老年人口が増えるほ

ど上昇する一方、生産年齢人口が増えるほど低下する。当然のことながら、民生費比率は

人口構造以外のその他要因によっても影響を受けるが、ここでは簡単化のためにその他要

因については一定とし定数項で代表させる。

12

(図表 9)民生費率関数の推計結果

説明変数 係数 標準偏差 t 値

定数項 -22.917 1.245 -18.41

従属人口比率 0.782 0.025 31.51

決定係数 R2 0.994

推計期間 : 2000-2007

(出所) 総務省「地方財政統計年鑑」および「人口統計」を用い推計

ここで、将来の人口構成の変化が民生費比率に及ぼす影響をみるために、図表 9 の推計

結果をもとに、国立社会保障・人口問題研究所の「人口の将来推計」を用いて、2050 年ま

での民生費比率とその他経費比率(歳出総額に占める民生費以外の経費の比率)の推移を

予測すると図表 10 のとおりとなる。

(図表10)地方自治体の民生費・その他経費比率の推移予測(従属人口比率による推計)

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0

80.0

90.0

100.0

2000

年度

2003

年度

2006

年度

2009

年度

2012

年度

2015

年度

2018

年度

2021

年度

2024

年度

2027

年度

2030

年度

2033

年度

2036

年度

2039

年度

2042

年度

2045

年度

2048

年度

民生費比率 その他経費比率

(出所)図表 9 および国立社会保障・人口問題研究所「人口の将来推計」より予測

13

図に見られるように、地方自治体の民生費比率は、今後 2010 年代にかけて急上昇を示し

た(2007 年度:19.0%→2020 年度:29.1%)後、20 年代にかけては一時上昇率が鈍化す

る(2021 年度:29.3%→2030 年度:32.4%)ものの、30 年代以降再び急激な上昇過程に

入る(2031 年度:32.5%→2050 年度:49.7%)。この結果は、現在歳出全体の 2 割弱程度

にある民生費比率の水準が、人口構成の大幅な変化にともない 2050 年には 5 割程度にまで

膨らみ、地方自治体は残りの 5 割でその他のすべての経費を賄わざるを得ない状況に追い

込まれることを示している。もとより、予測結果は人口構成の変化のみの影響に特化した

極端なケースであり、実際にはその他の要因も考慮する必要があるが、いずれにしても、

民生費比率の急上昇は、従来の地方自治体の機能を根本的に見直す必要を示唆している。

今後我が国は、国と地方の役割分担や、市町村等の基礎的自治体と都道府県等の広域自治

体との機能分担等、地方制度全般の行政事務分担の抜本的改革が不可欠となってこよう。

3.2 民生費における国と地方の関係

3.2.1 国から地方への民生費移転が大幅に減少

一般に福祉関連業務に関する国と地方の役割分担については、国が社会保険、医師等の

免許、医薬品許可免許といった業務を行っているのに対し、都道府県は町村区域の生活保

護、児童福祉、保健所の業務を担当、市町村は市区域の生活保護、児童福祉、国民健康保

険、介護保険、上水道、ゴミ・し尿処理、特定の市の保健所といった業務を行っている。

一方財政面からみると、国は地方交付税(2007 年度:地方歳入に占める比率 16.7%)、

地方特例交付金等(同:0.3%)、地方譲与税(同:0.8%)、国庫支出金(同:11.2%)とい

ったかたちで地方に財源を移転、地方自治体は地方税(同:44.2%)、地方債(同:10.5%)

に、これら国からの移転分を加えた歳入をもとに歳出を行っている。

図表 11 は、総務省の「地方財政白書」のデータを用い、国と地方の民生費比率を 2003

年度=100 とした指数でみたものである。ここで国の歳出は、一般会計と特別会計を合わせ

たものであり、国の歳出純計は国の歳出全体から国から地方への移転を差し引いたもので

ある。また、地方の歳出純計は、地方の歳出全体から地方から国への移転を差し引いたも

のであるが、社会保障関連経費については移転がないことから、地方の歳出純計は歳出全

体に等しくなる。

図から明らかなように、国と地方はともに民生費比率が上昇しているが、実情は大きく

異なる。すなわち、国は前自民党政権のもとでの社会保障関連支出の抑制方針に基づき、

民生費関連の地方への移転を大幅に削減することにより、結果として純計ベースでの国の

14

歳出を維持してきたのが分かる。一方地方は、国からの移転が大幅に削減される中、前述

のように民生費以外の他の支出項目の大幅な削減により、民生費の増加に対応せざるを得

ない姿が見て取れる。

(図表11)国と地方の民生費比率(2003年度=100)

80.0

85.0

90.0

95.0

100.0

105.0

110.0

115.0

120.0

2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度

国の歳出 国から地方への移転 国の歳出純計 地方の歳出純計

(出所)総務省の「地方財政白書(平成 17 年度~21 年度版)」より作成

3.2.2 地方の民生費にみられる国のしわ寄せ

これをやや詳しく見るために、「国の歳出純計」ベースの増減率に対する一般会計と特別

会計による「国の歳出(A)」および「国から地方への移転(B)」の寄与度をみてみると

図表 12 のとおりである。図にみられるように、国は、 終的な純計ベースの民生費の変動

を、地方への移転の増減により平準化している姿が見て取れる。とくに、2005 年度は一般

会計と特別会計における民生費の伸びは前年に比べ鈍化したが、国は地方への移転を大幅

に削減する(純計ベースには増加方向に寄与)ことにより実質的にこれをカバーし、純計

ベースでは 2004 年度よりもむしろ増やしたかたちにしている。また、2006 年度について

は、一般会計と特別会計による国の歳出は前年比マイナスとなったが、国は、地方への移

転を前年以上に削減(純計ベースには増加方向に寄与)し、純計ベースでは 2005 年度から

の落ち込みを極力抑えたかたちにしている。

15

(図表12)国の民生費の歳出(純計)増減率寄与度

-2.00

-1.00

0.00

1.00

2.00

3.00

4.00

5.00

6.00

2004年度 2005年度 2006年度 2007年度

%ポイント

国の歳出(A)

国から地方への移転(B)

国の歳出純計(AーB)

(出所)総務省の「地方財政白書(平成 17 年度~21 年度版)」より作成

一方、地方の状況を、「地方の歳出純計」ベースの民生費の増減率に対する「地方の独自

財源からの歳出(C-B)」と「国から地方への移転(B)]の寄与度からみてみると、図

表 13 のとおりである。図にみられるように、地方は国からの移転の増減により、歳出が大

きく影響されていることが分かる。とくに 2005 年度と 2006 年度については、前述のよう

に国からの移転が大幅に削減されたため、独自財源からの負担を大幅に増額せざるをえず、

厳しい財政事情の中で国からの移転の落ち込みを極力カバーしようとしている姿が浮き彫

りにされている。

このように、国は、 終的な純計ベースの民生費を、地方への移転の増減により調整す

るため、地方の民生費はそれに振り回されているのが実態である。地域の福祉サービスを

担う地方自治体に財政面のフリーハンドを与え、国の財政状況に左右されない安定的な福

祉サービスの提供を可能とするためには、民生費については国から地方への移転分を含め

てすべて地方の独自財源から賄うことが不可欠である。

16

(図表13)地方の民生費の歳出(純計)増減率寄与度

-2.00

-1.00

0.00

1.00

2.00

3.00

4.00

5.00

6.00

2004年度 2005年度 2006年度 2007年度

%ポイント

地方独自財源からの歳出(CーB)

国から地方への移転(B)

地方の歳出純計(C)

(出所)総務省の「地方財政白書(平成 17 年度~21 年度版)」より作成

17

4. 福祉サービスにおける地方の役割

以上みてきたように、我が国の高齢者関連給付率は今後一段と上昇することが予想され

るが、その中身は、年金等の現金給付もさることながら、地域における対人福祉サービス

を中心とする現物給付が、そのウェイトを急速に高めてくることが予想される。一方、少

子高齢化の進展により、今後民生費の増大が地方財政をますます圧迫することが予想され

る中で、安定的な地域福祉サービスの提供を確保するためには、国の財政状況により地方

の福祉関連歳出が大きく左右される現在の構造を改めていく必要がある。

このように、福祉サービスにおける地方の役割が一段と重要となってくる中で、我が国

における国と地方の役割分担についても抜本的な見直しを図る必要が出てきている。地方

が主役の「地域主権社会」をどう構築していくかは、民主党政権の国家戦略における 重

要課題の一つであるが、高齢化社会に突入した我が国の福祉サービスのあり方を考える場

合に、 も重要なコアとなる概念であるといえる。

4.1 福祉サービスの特性と「分権化定理」

4.1.1 福祉サービスの地域的特性

前章でみたように、我が国の福祉関連業務は、国、都道府県、市町村の各行政単位が分

担してその業務を遂行している。こうした国と地方の業務分担は、公共資本関連業務や教

育関連業務等においても同様になされており、本来地方に任せられるべき業務について実

際には国が行っているものや、市町村が担うべき業務を都道府県で行っているものも少な

くない。このように我が国においては、福祉関連業務、公共資本関連業務、教育関連業務

といった生活関連の業務に関し、国、都道府県、市町村が各々の立場から相互に関与して

いるため、その全体像が見えにくく各々の「責任と権限」が必ずしも明確なかたちとなっ

ていない。これらの生活関連業務については、基本的にどの行政単位が国民に対する「責

任と権限」を持って担うべきか、改めて整理し直す必要がある。

本節では、こうした公共サービスを、より広域の公共部門が集権的に提供するのが望ま

しいのか、それとも地域に密着したかたちで基礎的な公共部門が分権的に提供するのが相

応しいのかについて、若干の統計データをもとに検証する。図表 14 は、独立統計センター

の “e-Stat” に含まれる「地域統計データベース」を用いて、47 都道府県と 1816 市町村・

特別区における主要インフラの地域別バラツキ度合を、変動係数(標準偏差/平均)により

比較したものである。ここでは、公民館、図書館、道路といった公共資本関連インフラと、

病院、診療所、老人ホームといった福祉関連インフラを取り上げ、それらの都道府県と市

町村における分布状況をみることにより、各々の公共サービスのもつ集権的・分権的特性

18

を浮き彫りにする。もとより、インフラの整備状況がそのまま公共サービスに対するニー

ズや選好に直接結びつくものではないが、ここでは簡単化のために両者は密接に関係して

いると仮定して分析を進める。

図から明らかなように、公共資本関連インフラ、福祉関連インフラともに、都道府県に

比べ市町村のほうが、総じてインフラの地域的バラツキが大きいのが分かる。さらに興味

深いことは、都道府県の場合には、福祉関連インフラのバラツキが公共資本関連インフラ

のバラツキを若干上回る程度でさほど大きな差がないのに対し、市町村の場合には両者の

間にかなり大きなバラツキの違いがみられる点である。

(図表14)地方自治体インフラの地域別バラツキ度合(変動係数)

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

公民

館数

図書

館数

道路

実延

一般

病院

一般

診療

所数

老人

ホー

ム数

都道府県 特別区・市町村

(出所)独立統計センター “e-Stat” 「地域統計データベース」より作成

このように、公共資本と福祉を含めた全体としての生活関連インフラについては、都道

府県ベースでみると、お互いのバラツキが相対的に平均化されており、ニーズや選好に大

きな違いがみられないが、市町村ベースでみると、地域のニーズや選好をより強く反映し、

バラツキが都道府県に比べ大きなものとなっている。とりわけ市町村の福祉関連インフラ

については、公共資本関連インフラに比べ地域的バラツキの度合いがかなり大きく、地域

の実情にきめ細かく対応したかたちとなっている。これに対し都道府県の福祉関連インフ

19

ラについては、公共資本関連インフラの地域的バラツキの度合いと大差なく、各々のサー

ビス特性が十分反映されたかたちとはなっていない。

以上の分析結果から明らかなように、病院、診療所、老人ホームといった福祉関連イン

フラ(=サービス)については、都道府県から市町村への分権化のメリットが公共資本関

連インフラよりも相対的に高く、基礎的自治体である市町村が担い手の中心となるのが相

応しいことが分かる。これに対し、公民館、図書館、道路といった公共資本関連インフラ

(=サービス)については、相対的に分権化のメリットはあまり高くなく、広域自治体で

ある都道府県がある程度集権的に一律に提供しても大差がないことが分かる。

4.1.2 「分権化定理」と福祉サービス

一般に生活関連サービスの提供に関しては、国に比べて地方のほうに情報の優位性があ

り、この優位な情報を 大限に活かすためには、地方にできるだけ権限を委譲し、サービ

スの提供を担わせたほうがより効率的な資源配分に資する。こうした公共サービスに関す

る「分権化定理(decentralization theorem)」は、前述のように地域のニーズと選好をき

め細かく反映する必要がある福祉関連サービスの分野において、 もよく当てはまるとい

える。

図表 15 は、公共経済学における「分権化定理」の概念図を示したものである。ここでは、

地域 A と地域 B からなる経済を想定し、いずれの地域においても育児サービス X と介護サ

ービス Y が提供されているとする。両地域とも歳入 R を歳出 X と Y とに配分していると仮

定すると、両地域の予算制約式は pxXj + pyYj = R(j = A , B)で与えられる。ここで、Px

および Pyは、各々育児サービスおよび介護サービスの1単位当たりの価格を表す。地域 A

および地域 B のニーズおよび選好は、地域厚生関数 Uj = Uj(Xj , Yj )で表わされるが、重

要なのは、住民の年齢別構成の違い等により福祉関連サービスに関するニーズおよび選好

が、地域 A および地域 B で大きく異なっている点である。これに対し、公共資本関連サー

ビスの場合は、福祉関連サービスに比べ両地域におけるニーズおよび選好に大きな違いが

なく、いわば地域厚生関数が極めて似かよっているケースといえる。

ここで、福祉関連サービスの提供を集権的に行った場合、地域Aおよび地域Bのサービス

は等しくなり、X = XA = XB , Y = YA = YB となる。こうした一律的なサービスの提供は、全

体としての平均的なニーズや選好は分かるけれども、地域の実情に合わせた固有のニーズ

や選好を把握することが難しい都道府県によるサービス提供の場合を表しているといえる

この場合、予算制約式Rとの交点Cで示される地域厚生(

Uj = Uj (X , Y) : j=A , B )は、地

域Aおよび地域Bの双方にとって満足のいくものにはなっていない。これに対し福祉関連サ

20

ービスが、地域の実情に詳しい市町村によって分権化されたかたちで提供された場合、予

算制約式Rのもとで地域Aおよび地域Bは、各々地域厚生Uj = Uj(Xj , Yj )を も高めるよ

うに育児サービスXと介護サービスYの組み合わせを選択することが可能となり、地域Aお

よび地域Bは、交点AおよびBで示される も望ましい地域厚生( Uj* = Uj (Xj* , Yj*) : j=A ,

B )を得ることができる。このように、福祉関連サービスのような地域のニーズおよび選

好が大きく異なる場合には、市町村にサービス提供の主体が分権化されることにより、地

域Aおよび地域Bの厚生はともに高まり、経済全体として「パレート 適」が達成され効率

的な資源配分が達成されることになる。

(図表 15)福祉関連サービスにおける分権化定理の妥当性

(出所)Oates(1972)より筆者作成

しかしながら、こうした「分権化定理」が妥当するためには、国と比較した地方の情報

有意性に加え、①公共サービス関連情報に関する自治体と住民との「情報の非対称性」が

ないこと、②住民の受益と負担を連動させてそのニーズや選好を正しく反映させた公共サ

ービスを提供していること、③公共サービスの供給範囲と住民のニーズや選好が反映でき

る地理的範囲が一致すること、といった諸条件が満たされることが前提となる。こうした

21

諸条件は、いずれも我が国が「地域主権社会」に脱皮していくために必要不可欠な条件で

もあり、その意味で「地域主権社会」の確立と福祉関連サービスの分権的供給の有効性は

密接不可分の関係にあるといえる。

4.2 「地域主権社会」の確立と福祉サービスのあり方

4.2.1 「地方分権改革推進委員会」の最終勧告と評価

地方分権改革の推進については、2006 年の「地方分権改革推進法」に基づき、内閣府の

中に「地方分権改革推進委員会(以下「分権改革委」と略称)」が設置され、4 次にわたる

勧告が行われてきたが、2009 年 11 月、地方税財政改革に関する 終勧告をもって一応の

終結をみた。これを受けて新政権は、新たに内閣府に閣僚・有識者・地方自治体首長を構

成メンバーとする「地域主権戦略会議」を発足させるとともに、閣僚と地方自治体首長に

よる「国と地方の協議の場」を設けるための法整備に取り掛かり、これまでの「分権改革

委」の蓄積を活かしつつ、政治主導による「地域主権」の実現に向けて歩み始めている。

「分権改革委」は、第 1 次勧告の中で、地方分権改革の究極の目標を、「地方の多様な価

値観や地域の個性に根ざした豊かさを実現する、住民本位の社会へ抜本的な転換を図るこ

と」としており、地方自治体を「地方政府」と呼ぶにふさわしい存在にまで高めることを

目指している。今回の第 4 次勧告の概要は図表 16 のとおりであるが、自治財政権の強化に

よる「地方政府」の実現を目指すべきとして、地方税財政改革について「当面の課題」と

「中長期の課題」に分けて総括的な勧告を行っている。

「当面の課題」については、①地方交付税の総額確保や法定税率の引上げによる地方の

税財源基盤の安定化、②直轄事業制度の改革に向けた行程表の作成、③税財源の確保に裏

打ちされた地方への事務・権限の移譲といった、早急に取り掛かるべき事項が中心となっ

ている。一方「中長期の課題」については、より抜本的改革を必要とする事項として、以

下の諸点について勧告している。第 1 に、地方税制改革については、①国と地方の税源配

分を現在の 6:4 から 5:5 にすることを目標とし(現在の国と地方の歳出比率は 4:6)、

②地方税の税源は偏在性が少なく税収安定的な地方消費税の充実を図るべきとしているほ

か、③地方自治体の課税自主権の拡充を図るための制度面・運用面における見直しを促し

ている。第 2 に、国庫補助負担金の整理に関しては、①存在意義の薄れた事業を即刻廃止

するほか、②自治体事務に同化・定着・定型化している事業や人件費補助については一般

財源化し、 終的には、③国庫補助負担金を廃止し「一括交付金」に切替えていくべきと

している。第 3 に、地方交付税については、①地方に配分される法定率分を特別会計に直

入する「地方共有税」構想を土台とした制度改革を促す一方、②地方が必要な財源を国全

22

体として保障するマクロの財源保障機能を廃止し、③交付税の算定の簡素化と税額の予見

可能性を高める「新型交付税」の比重を増やすよう勧告している。

(図表 16)地方分権改革推進委員会の第4次(最終)勧告

Ⅰ当面の課題 Ⅱ中長期の課題

1.地方交付税の総額確保と法定率

引上げ

・大幅税収減、財政力格差に対応

2.直轄事業負担金制度の改革

・直轄事業の範囲限定

・出先機関の削減・廃止

・直轄事業負担金制度の廃止

・道路・河川移管に伴う交付金創設

3.自治体への事務権限の移譲と必

要な財源確保

・執行に要する経費の税財源移譲

4.国庫補助負担金の一括交付金化

の留意点

・事業の執行に支障のない総額の

確保と交付基準の検討

・義務付け・枠付けの見直しに即し

た国庫補助負担金制度の見直し

5.自動車関係諸税暫定税率見直し

の留意点

・地方財源の確保に対する配慮

6.国と地方の協議開始

・地方に影響する制度の創設、抜本

的見直しに関する協議の開始

1.地方税制改革

①地方税の充実と望ましい地方税体系の構築

・国と地方の税源配分 5:5 を当初目標

・税収が安定した地方消費税の充実

②課税自主権の拡充

2.国庫補助負担金の整理

・存在意義の薄れた負担金の廃止

・自治体事務に同化しているものの一般財源化

・人件費補助の一般財源化

3.地方交付税

①財政調整機能の充実

・「地方共有税」構想を土台とした制度改革

②財源保障機能の再検討

・マクロの財源保障機能の縮小

・財政計画と決算額の乖離是正

③自治体の予見可能性、説明責任の向上

・予見可能性を高める新型交付税の比重拡大

・法定率の引上げによる総額の安定化

・「国と地方の協議の場」における意見交換

4.地方債

・起債自主権の確立による国の関与見直し

5.財政規律の確保

・財務会計制度改革の方向性提示

・地方議会のチェック機能の充実

・監査委員の機能充実、外部監査機能の活用

(出所)内閣府「地方分権改革推進委員会 第 4 次勧告」より作成

23

今回の勧告は、政権交代を踏まえ、民主党政権「マニフェスト」に沿った内容となって

おり、基本的には「地域主権社会」への大きな第一歩として評価できる。しかしながら、

①国と地方の財源移転の問題、②地方分権と福祉サービスの関係、③分権化が有効に機能

するための条件等、「地域主権」に不可欠な視点が必ずしも明確に示されていない。

第 1 に、地方交付税の位置付けである。財政保障機能としての役割は終わったが、財政

調整機能としての重要性はますます強まるとしてその拡充を提言しているが、具体的に地

方交付税の機能を分化し一方の機能だけを活用することが可能なのだろうか。第 3 章でみ

たように、国から地方への財源移転といった構図そのものが「地域主権」に矛盾しており、

基本的に地方税や地方債といった独自財源で賄われる範囲内での歳出を原則としない限り

「地域主権」の確立は難しい。とりわけ民生費のように、地域の福祉サービスに対するニ

ーズに合わせて義務的対応を余儀なくされる歳出の場合については、国の財政状況の影響

を受けない独自財源で賄うことが不可欠である。財政力格差を是正するには、財政力を担

保できる自治体規模の拡大によって対応するのが筋であり、地方交付税の拡充は「地域主

権」の考え方に相容れないといわざるをえない。

第 2 に、分権改革における福祉サービスの位置付けである。分権改革委は、第 1 次勧告

の中において、国と地方の役割分担についての基本的考え方とこれに基づき抜本的見直し

を図るべき重点行政分野を呈示している。具体的には、①「地方が主役の国づくり」に向

けて自治立法権・自治行政権・自治財政権を有する「完全自治体」を目指すこと、②国の

役割を限定し住民に身近な行政は地方の裁量と責任で実施し「国と地方の二重行政」を排

除すること、③地域における事務は基本的には基礎自治体である市町村が行い都道府県は

広域事務や市町村の連絡調整に限定すること、を基本的考え方として提示し、これに基づ

き見直しを図るべき重点行政分野を「くらしづくり分野」と「まちづくり分野」に分け提

案をしている。しかしながら第1次勧告では、医療を含む福祉関連サービス分野はあくま

で分権改革が必要な一分野としての位置付けに止まっており、高齢化社会の著しい進展が

地方分権改革を必然的に促しているとの認識が希薄である。第 3 章でみたように、地方に

とっての 大の財政課題は、福祉関連サービスを中心とする民生費の著しい増大への対応

である。また前節でみたように、公民館・図書館・道路といった「まちづくり分野」より

も「くらしづくり分野」、とくに病院・診療所・老人ホームといった福祉関連サービス分

野のほうが、分権化のメリットをより享受できる。高度な福祉社会の構築を目指した北欧

諸国が、 終的に も進んだ「地域主権社会」を選択した歴史的教訓をみても明らかなよ

うに、分権改革の 大の目的はより発展した福祉社会の実現にあるとの認識を、政府のみ

ならず国民が広く共有する必要がある。

24

第 3 に、分権化が有効に機能するための条件についてである。前節でみたように、「分

権化定理」が成立するには、①「情報の非対称性」の解消、②受益と負担を連動させた公

共サービスの供給、③公共サービス供給範囲と住民のニーズや選好を反映した地理的範囲

の一致、といった諸条件が満たされることが前提となる。分権改革委の 終勧告では、国

と地方の税源配分を現在の 4:6 から 5:5 に変更し、国と地方の歳出比率に近づけるよう

提言しているが、重要なのは国と地方の税源配分ではなく、国民から見た受益と負担の連

動である。行政は、公共サービスに関する情報を分かりやすく住民に公開し、住民の選好

を可能な限り正しく表明させ、それを正しくキャッチし予算化していく必要がある。その

意味で、地方税の税源については、安定的に徴収可能な消費税よりも受益と負担の連動が

より明確になる所得税を基本とすべきである。分権化を有効に機能させるためには、消費

税はむしろ国税に充当し、現在国税として徴収している個人所得税を地方税に回したほう

が、「地域主権社会」の実現の観点からは望ましい。また地方自治体の課税自主権につい

ても、単なる法定外税や超過課税の拡充ではなく、北欧諸国にみられるような地方自治体

に対する個人所得税率の決定権の付与をも展望すべきであろう。このように、分権化への

取組みは「財政の論理」だけではなく「国民目線」に立ったものでなければならず、国民

が分権化のメリットを十分享受できるような改革でなければならない。

4.2.2 「定住自立圏構想」の含意と評価

分権化により公共サービスが効率的に提供されるには、「分権化定理」の成立とともに、

いわゆる「足による投票(voting with the feet)」が成り立つ必要がある。地方自治体によ

って提供される公共サービスは、提供範囲が当該地域に限定されており他の地域の住民は

これを享受することはできないが、一方において住民は、公共サービス(受益)と税(負

担)の組合せに応じて居住地を選択することができる。住民は、「手による投票」である選

挙とともに、居住地選択といういわば「足による投票」を使い、自らのニーズと選好に

も適した地域に移動する。この結果、公共サービスに関する自治体間の競争が活発化し、

これが地方財政運営に対する規律づけとなるため、より効率的なサービスの提供に繋がる。

こうした「足による投票」を通じて、同一地域内の住民のニーズと選好は徐々に同質化し、

その結果「分権化定理」が成立する条件が満たされるようになる。

しかしながら、こうした人口移動は一方において、各自治体が他の自治体の意思決定が

及ぼす影響を考慮しつつ自らの意思決定を行うこと(いわゆる「外部性」の「内部化」)を

しない限り、理論的には非効率性に繋がる恐れがある。人口移動にともなう資源配分の非

効率性を取り除くには、①中央政府が補助金や課徴金により政策的に介入する、②意思決

25

定が影響を及ぼす地域を一つの自治体として統合する、③意思決定が影響を及ぼす地域内

の当事者間で交渉する、といった3つの選択肢があるが、国の関与を減らし「地域主権」

の確立を図る観点からみると、①の選択肢はできるだけ回避したい。したがって、採りう

る選択肢としては②ないし③であるが、このうち「平成の市町村大合併」に代表されるよ

うな市町村合併による自治体規模の拡大はいわば②のケースにあたり、後述する「定住自

立圏構想」は③のケースにあたるといえる。

周知のとおり、少子高齢化が進む中で、地方から大都市への人口流出は著しく地方の疲

弊は深刻化している。総務省は、2008 年 5 月、活力ある地域社会の形成を目指すための「地

域力創造プラン」の一環として、大都市への人口流出を食い止め地方の活性化を図ること

を目的とする「定住自立圏構想」(以下「自立圏構想」と略称)を打ち出した。2009 年 4

月より募集を開始しているが、11 月現在、該当しない 3 大都市圏以外の地域において、対

象となる 243 市のうち 14.8%にあたる 36 市・34 圏域が中心市としての役割を果たすと宣

言しており、このうち 10 市がすでに周辺の 48 市町村との間に定住自立圏を形成する旨の

協定を締結している。

「自立圏構想」の概要は図表 17 のとおりであるが、その骨子は、中心市と周辺市町村が、

自らの意思で 1 対 1 の協定を締結し独自の圏域を形成することにある。その目的は、「集約

とネットワーク」の考え方に基づき、中心市に都市機能を集約的に整備するとともに、周

辺市町村に必要な生活機能を確保し、互いに連携・協力することにより圏域全体の活性化

を図ることにある。具体的には、人口 5 万人程度以上の中心市が、①連携する周辺市町村

の意向も踏まえ地域全体の中心的役割を果たす意思表示(「中心市宣言」)を行い、②周辺

市町村との間で、定住のために必要な生活機能の確保に関する連携や役割分担を取り決め

た協定(「定住自立圏形成協定」)を締結、さらに、③形成された自立圏の将来像や推進す

る具体的取組み(「定住自立圏共生ビジョン」)を策定し公表する、というものである。連

携する具体的政策分野としては、①医療・福祉・教育・土地利用・産業振興等の分野にお

ける「生活機能の強化」、②地域公共交通・デジタル・デバイドの解消へ向けた ICT インフ

ラ整備・道路等の交通インフラの整備・地域内外の住民との交流・移住促進等の「結びつ

きやネットワークの強化」、③中心市等における人材育成・外部からの行政人材の確保・圏

域内市町村の職員の交流等の「圏域マネジメント能力の強化」が挙げられている。一方、「自

立圏構想」の推進に当たり総務省は、中心市および周辺市町村に対し、①特別交付税によ

る包括的な財政措置、②償還に普通交付税をあてる地域活性化事業債の発行、③個別分野

に対する特別交付税による財政措置、等の対策を講ずるとしている。

26

(図表 17)「定住自立圏構想」の概要

(出所)総務省「定住自立圏構想推進要綱の概要」より作成

定住自立圏の形成

協定

協定

②定住自立圏形成協定

中心市 周辺市町村

①中心市宣言

③定住自立圏共生ビジョン

定住自立圏相互の連携

高次都市機能を有する定住

自立圏

基本的生活機能を有する定

住自立圏

周辺市町村

周辺市町村

連携

①人口:5万人程度以上(少なくとも4万人超)

②昼夜間人口比率:1以上(合併市の場合:人口 大の旧市が1以上)

①連携意思を有する周辺市町村の意向に配慮

②地域全体のマネジメントにおいて中心的役割を果たす意思を公表

①中心市と近接し、経済・社会・文化・住民生活において密接な関係を有する市町村

②通勤通学10%圏等も考慮し、関係市町村で判断

①中心市が策定

②定住自立圏の将来像や協定に基づき推進する具体的取組みを記載

現在、八戸市、由利本荘市、南相馬市、秩父市、飯田市、美濃加茂市、彦根市、米子・

松江市、下関市、中津市、都城市、鹿屋市等の各市で、すでに具体的な取り組みが進めら

れており、とくに医療・福祉サービス面への適用は「自立圏構想」の中心的な取り組みと

して位置づけられている。医療サービス面においては、①中心市の病院を核とした病診連

携・医師派遣、救急・周産期医療体制の充実、小児救急医療センターの運営に加え、②I

CTを活用した遠隔医療など離島の医療体制の充実等、すでに具体的な取り組みが進んで

いるが、福祉サービス面においては、③特別保育事業の拡充や障害者福祉サービスの充実

等、総じて未だ一般的なものに止まっており、具体的取り組みは今後の課題といえる。

「自立圏構想」は、前述のとおり理論的には、人口移動等により公共サービスの周辺地

域へのスピルオーバーがある場合(「外部性」が存在する場合)に、分権化による効率性の

メリットが阻害されないようにする(「外部性」を「内部化」する)ための手段の一つとし

て、密接に関連する生活圏にある自治体が、お互いに自主的な交渉により協定を結びこれ

を解決する試み(いわゆる「コースの定理」による解決)と考えることができ、分権化の

27

有効性を側面からサポートする意味で評価できる。しかしながら一方において、①自立圏

に対する都道府県の役割が不明確であること、②推進のためのインセンティブを特別交付

税に求めていること等、再考すべき課題も少なくないと思われる。

第 1 に、「自立圏構想」における都道府県の位置付けである。本構想によると、都道府県

は、構想に参画する市町村に対し、広域自治体として必要な助言と支援、関連する都道府

県事務との調整、総務省への情報提供等を求められているだけで、特段の役割は与えられ

ていない。周知のとおり、前自民党政権下で検討されてきた「道州制」が新政権のもとで

どのような位置付けとなるのか不透明な面もあるが、現在の都道府県と市町村を前提とし、

その間に新たに自立圏を作るという考え方は、「平成の大合併」によりその役割を終えたと

されている「広域市町村圏」の二番煎じとなりかねない。「自立圏構想」が本来の目的を達

成するためには、従来の「都道府県制」から「道州制」へ地方の行政単位を転換し、「責任

と権限」を付与された広域自治体である道および州と、基礎自治体としての機能が強化さ

れた市町村との間を補完する役割として機能することが必要がある。現在の地方行政単位

をそのままにして、都道府県と市町村の間に「自立圏」という広域連合を加えるだけでは、

都道府県が本来果たすべき機能の一部を、単に「自立圏」が肩代わりするだけで屋上屋を

重ねることになり、かえって行政の重複と無駄を招きかねず、期待される役割が十分に果

たせない可能性がある。

第 2 に、国からの特別交付税の交付を推進のためのインセンティブとしている点である。

分権化のメリットを享受するための手段の一つとして、同一の生活圏として密接に関連す

る自治体が、お互いの意思により協定を結び連携し合うところに「自立圏構想」の意義を

求めるならば、国からの交付金は本来の趣旨からみて相容れない政策と言わざるを得ない。

基本的には、連携に伴うコスト負担については、中心市と周辺市町村との間における交渉

によって圏域内で解決するべきであり、交付金による解決は国による関与を認めることと

なり「地域主権」の趣旨にそぐわない。交付金によるやり方は、資源配分の非効率性を取

り除くための3つの選択肢のうちの①の方法、すなわち補助金や課徴金による政策的介入

により解決を図る方法にあたり、③の方法とは根本的に異なる考え方に基づくものである。

その意味で、「地域主権」の確立のためには、地方税もしくは地域活性化事業債(ただし償

還に普通交付税を充当しない)といった市町村の独自財源により対応すべきであり、交付

金による対応はできるだけ回避することが望ましい。

4.2.3 民主党「マニフェスト」の評価と課題 新政権は、従来の官僚主導による意思決定プロセスを打破し、政治主導による政権運営

28

を急ピッチで進めている。こうした政治プロセスの大変革により、新政権は具体的にいか

なる社会を目指そうとしているのか、先の総選挙で示された民主党「マニフェスト」をも

とに、その骨子を福祉および「地域主権」関連の諸施策を中心に取りまとめると、図表 18

のとおりである。

(図表 18)民主党「マニフェスト」にみる福祉および「地域主権」関連施策

民主党政権構想 マニフェスト 2009

2.子育て・教育

・子ども1人当たり年 31 万 2000 円の

「子ども手当」を中学卒業まで支給

<原則>

原則 4:タテ型の利権社会から、

ヨコ型の絆社会へ

原則 5:中央集権から、地域主権へ 3.年金・医療

・年金制度を一元化し、月額 7 万円

の 低保障年金を実施

・「社会保障費 2200 億円削減」は行わ

ない

・医学部学生を 1.5 倍とし、医師数を

先進諸国並みに増員

・ヘルパーの給与を月額 4 万円引上げ、

介護人材を確保

<行程表>

①子ども手当・出産支援:

・子ども手当 2.7 兆円(2010 年度)、

5.5 兆円(2011 年度以降)

②公立高校の実質無償化:

・0.5 兆円(2010 年度以降)

③年金制度の改革:

・記録問題対応 0.2 兆円(2010・

2011 年度)

・制度設計(2012 年度以降)

④医療・介護の再生:

・医師不足の解消 1.2 兆円(2010・

2011 年度)、1.6 兆円(2012 年

度以降)

⑤雇用対策:

・0.3 兆円(2010 年度)、0.8 兆円

(2011 年度以降)

4.地域主権

・中央の役割は外交・安全保障に特化、

地方でできることは地方に移譲

・「ひもつき補助金(社会保障・義務

教育関係は除く)」を廃止し、地方

の自主財源に転換

・国直轄事業に対する地方の負担金を

廃止

(出所)民主党「政権政策 Manifest」より作成

29

新政権は、政権構想の骨格として 5 つの「原則」とそれを実現するための 5 つの「方策」

を掲げているが、この中で、①「タテ型の利権社会から、ヨコ型の絆の社会へ(原則 4)」、

②「中央集権から、地域主権へ(原則 5)」という 2 つの原則は、新政権が目指そうとする

国の姿を端的に示したものといえよう。すなわち、原則 4 は、従来の縦割り社会の弊害を

除き、連帯を基本とする生活者重視の福祉社会の実現を意味する一方、原則 5 は、国民生

活における国の関与を極力廃し、住民の意思を尊重する「地域主権社会」の確立を目指す

というものである。次に、具体的な 8 つの政策を取り上げ、その 4 年間の「工程表」を策

定し、達成期限と投入所要額を明記している。このうち社会保障・福祉関連の施策は、①

子ども手当・出産支援、②公立高校の実質無償化、③年金制度の改革、④医療・介護の再

生、⑤雇用対策の 5 つに上り、所要額の大半を占めている。政策各論に当たる「マニフェ

スト」は、①ムダづかい、②子育て・教育、③年金・医療、④地域主権、⑤雇用・経済の 5

分野について、それぞれ具体的な施策を盛り込んでいるが、このうち主要な福祉・地域主

権関連施策は、図表 18 に掲げたとおりである。

民主党の「マニフェスト」の背後にある基本的考え方を整理すると、①税金のムダを廃

することにより教育・家族政策関連の社会保障給付を充実させ、②国からの地方への税源

移譲により地方の独自財源を確保し、③連帯と格差是正を基本とする「地域主権社会」の

構築を目指すというものである。こうした考え方は、北欧諸国にみられる地方分権型の福

祉社会の基本的考え方に近く、その意味で従来の米国型の「自由主義」一辺倒から脱却し、

北欧型の「民主社会主義」のメリットを取り込んだ「国造り」を目指しているといえよう。

しかしながら、一方において、①福祉関連の施策がもっぱら現役世代の現金給付中心と

なっており、高齢者を含めた対人サービス面の施策が不十分であるほか、②「地域主権」

の施策がどちらかというと地域の生活再生に置かれており、高齢化にともなう福祉サービ

ス負担への対応が物足らない、といった点に課題が残る。さらに、より根本的には、北欧

型の福祉社会は「高福祉・高負担」国家であり、地方の独自財源の拡大なくしては成立し

えないという点である。その意味で、「地域主権社会」の確立には増税問題を避けて通るこ

とはできず、国民負担の増大を甘受する国民的合意がなされて初めて、新政権の「マニフ

ェスト」が目指す「国造り」の実現可能性が生まれてくるといえよう。

30

5. おわりに 世界に例のない高齢化社会に突入した我が国は、民主党政権の誕生により、戦後長らく

続いた自民党が野に下るという日本政治の歴史的転換の只中にある。新政権は、従来の官

僚主導の政治決定プロセスを政治主導に改め、社会の絆と「地域主権」の確立を基本に据

えた生活者重視の「国造り」を目指そうとしている。未曽有の財政赤字の累積を抱えつつ、

世界的なグローバル競争に立ち向かわなければならない我が国が、今後ますます深刻化す

る高齢化社会の桎梏を解き放ち、新たな地平を目指すためには、従来の社会の枠組みを根

底から見直し再構築する必要がある。

本稿は、急速に進む高齢化社会の実像を、福祉サービスと「地域主権」の視点から検証

し、我が国が抱える課題と目指すべき社会の姿について考察したものである。本稿におけ

る考察から得られたインプリケーションを整理すると以下のとおりである。

①我が国の GDP に対する高齢者関連給付の割合は今後も上昇を続け、将来ドイツやスウ

ェーデンといった高水準の国々を大きく上回る水準に達する可能性が高い。

②給付内容をみると、近年、現金給付から対人福祉サービスを中心とする現物給付へと

ウェイトがシフト、地方自治体の役割が急速に高まりつつある。

③高齢化の進展は、今後地方財政に占める民生費の割合を一段と上昇させ、地方財政を

さらに大きく圧迫する可能性が高い。

④民生費の国から地方への移転は、国の財政状況によって大きく削減される場合があり、

これが地方財政の不安定化に繋がっている。

⑤福祉関連サービスは公共資本関連サービスに比べ地域的バラツキが大きく、地域のニ

ーズや選好をより反映した公共サービスといえる。

⑥「地方分権改革推進委員会」の 終勧告は、自治財政権の強化による「地方政府」の

実現を目指す内容となっており、「地域主権社会」への第一歩として評価できる。

⑦「定住自立圏構想」は、同一の生活圏にある自治体が、相互に自主的に連携し合い分

権化の有効性をサポートする新たな試みとして期待される。

⑧新政権の「マニフェスト」は、連帯を基本とする生活者重視の福祉社会の実現と「地

域主権社会」の確立を目指しており、基本的な方向性は評価できる。

後に、以上のインプリケーションをもとに、高齢化社会において我が国が目指すべき

福祉サービスと「地域主権」のあり方について若干の提言を行うと、以下の 3 点が指摘で

きる。

第 1 に、高齢化の進展に伴う高齢者関連給付率の著しい上昇に対処するためには、GDP

の持続的拡大が不可欠であり、ムダの削減も重要ではあるが、経済成長に向けての明確な

31

国家戦略を早急に打ち立てる必要がある。環境等新たな成長分野における企業の国際競争

力の強化と、医療・福祉分野における女性・高齢者の雇用拡大等を中心とする、新政権と

しての成長戦略の策定が急務であり、福祉サービスの充実と「地域主権」の確立は、日本

経済の持続的拡大があって初めて成り立つものである。

第 2 に、高齢者福祉の内容が現金給付から現物給付へとシフトしてきているように、社

会保障給付のあり方は所得保障から人的サービスの提供へと変化してきている。こうした

現状を踏まえると、家族政策に関しても、「子ども手当」の創設よりも保育所の拡充が先決

であり、「地域主権」が重要となる理由もまた、地域の実情に合ったきめ細かな福祉サービ

スの提供にある。その意味で、新政権の社会保障給付に対する考え方も、「地域主権」に合

わせて現金給付から現物給付へと転換していく必要がある。

第 3 に、高齢化社会における「地域主権」確立のためには、独自財源の確保が前提であ

り、その意味で新政権は増税に対する国民的合意を早急に図る必要がある。巨大な政府債

務を抱えた我が国が、サステナブルな社会を維持していくためには、所得の世代間移転を

これ以上増やすことは難しい。消費税の増税により国民各層から広く負担を求め、これを

国税として位置付け、国税のうちの個人所得税を地方税に振り替えることが一つの選択肢

として考えられる。高齢化社会における「受益と負担」の明確化は、所得税のほうがより

直感的に認識し易いという意味で、「地域主権」の考え方にも整合的である。新政権が増税

による国民負担増大の議論を回避することは、「マニフェスト」の実現を回避することに繋

がることを肝に銘じるべきである。

今回の政権交代は、我が国の社会と経済が抱える閉塞感に対し、国民が示した危機感の

表れであり、新政権がいかなる国家戦略を掲げてこの難局に立ち向かうかが問われている。

未曽有の財政赤字の累積と、世界に例のない高齢化社会に突入した我が国が、果たして持

続可能な社会への転換を図る糸口を見出すことができるのか、今まさにその分水嶺にある

といっても過言ではない。民主党政権が掲げる「コンクリートから人を大切にする社会」

を実現し、政治主導による福祉の充実と「地域主権」の確立を達成することができるのか、

我が国はその歴史的転換点に立たされているといえる。

32

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34

【補論】 主要 4 カ国の高齢者関連給付率関数の推計結果と将来予測 ―日本・スウェーデン・米国・ドイツの国際比較―

OECD の“Social Expenditure Database”を用い、日本・スウェーデン・米国・ドイツ

という異なる福祉レジームを持つ 4 カ国を取り上げ、1980 年から 2005 年にかけての高齢

者関連給付率の推移をみると図表 1 のとおりである。過去 25 年間に日本が 3.1%から 9.0%

へと急上昇を示しているのに対し、ドイツ・スウェーデンとも上昇傾向は辿っているもの

の、その程度は相対的にかなりマイルドなものに止まっている(ドイツ:10.0%→11.2%、

スウェーデン:7.7%→9.6%)。また米国も、かつては日本をかなり上回る水準にあったが、

90 年代後半以降逆転し、概ね横這い水準で推移している(5.3%→5.3%)。この間スウェー

デンは、90 年代前半、バブル崩壊に伴う経済の著しい落ち込みから一時的に急上昇を示し

たが、その後の急速な経済回復過程の中で落ち着きを取り戻し、現在では比較的安定した

水準を維持している。

(図表1)4カ国の高齢者関連給付率

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

7.0

8.0

9.0

10.0

11.0

12.0

1980

1982

1984

1986

1988

1990

1992

1994

1996

1998

2000

2002

2004

%

Japan Sweden United States Germany

(出所)OECD “Social Expenditure Database”より作成

ここで、1980 年以降の OECD データを用い、4 カ国の「高齢者関連給付率」を「65 歳

以上の老年人口比率」と「失業率」により推計すると図表 2 のとおりとなる。なお、日本

の推計に当たっては、①全データ期間である 80 年代以降に加え、②高齢者関連給付率が急

35

上昇を示す 90 年代以降についても推計を行った。また、ドイツについては、東西ドイツの

統一が実現した 1991 年以降について推計を行った。

(図表 2)4 カ国の高齢者関連給付率関数の推計結果

説明変数 係数 標準偏差 t 値

定数項 -1.204 0.212 -5.69

老年人口比率 0.353 0.031 11.24

失業率 0.572 0.099 5.75

決定係数 R2 0.983

日本<ケース1>

推計期間 : 1980-2005

定数項 -3.282 0.508 -6.46

老年人口比率 0.570 0.057 10.02

失業率 0.182 0.125 1.46

決定係数 R2 0.987

日本<ケース2>

推計期間 : 1990-2005

定数項 -1.362 3.114 -0.44

老年人口比率 0.528 0.181 2.92

失業率 0.258 0.027 9.55

決定係数 R2 0.831

スウェーデン

推計期間 : 1980-2005

定数項 3.785 0.656 5.77

老年人口比率 0.072 0.049 1.48

失業率 0.108 0.014 8.02

決定係数 R2 0.798

米国

推計期間 : 1980-2005

定数項 4.483 0.602 7.45

老年人口比率 0.324 0.049 6.61

失業率 0.071 0.045 1.57

決定係数 R2 0.924

ドイツ

推計期間 : 1991-2005

(出所)OECD “Social Expenditure Database”“General Statistics”を用い推計

推計結果をみると、全体として有意性は概ね満たされているが、日本およびドイツの有

意性が比較的高いのに対し、米国およびスウェーデンについては相対的にやや低くなって

いる。一方、個々の説明変数の係数の有意性をみると、以下のような特徴がみられる。

① 日本:<ケース 1>についてはいずれの説明変数とも極めて高い有意性を維持して

いるが、<ケース 2>については失業率の有意性が若干低くなる。

② スウェーデン:老年人口比率および失業率とも高い有意性を持つが、定数項の有

意性が低い。

36

③ 米国:失業率の有意性 が極めて高いのに対し老年人口比率の有意性が低い。

④ ドイツ:米国とは逆に、老年人口比率の有意性は高いが失業率の有意性は低い。

図表 2 の推計結果をもとに、人口構成要因、経済状況要因、その他要因が高齢者関連給

付率に及ぼす影響力(各要因の平均値に推計式の各説明変数の係数を乗じた値)を試算し

図示すると、図表 3 のとおりとなる。

(図表3)4カ国の高齢者関連給付率に対する要因別影響力(平均値ベース)

-4.00

-2.00

0.00

2.00

4.00

6.00

8.00

10.00

12.00

日本 日本 スウェーデン 米国 ドイツ

<ケース1> <ケース2>

(1980-2005) (1990-2005) (1980-2005) (1980-2005) (1991-2005)

%ポイント

人口構成要因 経済状況要因 その他要因 高齢者関連給付率

(出所)図表 3 の推計結果をもとに作成

図にみられるように、各国の高齢者関連給付率の推計期間における平均値をみると、①

推計期間が 80 年代以降の場合については、スウェーデンが日本と米国を大きく上回ってい

るのが目につく一方、②90 年代以降の場合については、ドイツが日本を大きく上回る水準

にあることが分かる。

次に、こうした高齢者関連給付率の平均値が、どのような要因によって強く影響を受け

ているかをみてみると以下のとおりである。

37

① 日本:<ケース 1>の場合、人口構成による影響が経済状況による影響を大きく上

回るほか、両者を合わせた影響を相殺するようなかたちでその他要因が働いており、

<ケース 2>の場合には、こうした傾向が一層顕著なかたちとなって表れている。

② スウェーデン:日本の<ケース 2>同様、人口構成による影響がほとんどで、経済

状況とその他要因がほぼ相殺し合うかたちとなっている(もっとも、その他要因の

有意性は極めて低い)。

③ 米国:人口構成や経済状況の影響力は極めて弱く、ほとんどがそれ以外のその他の

要因によって決まっている(もっとも、人口構成要因の有意性は若干低い)。

④ ドイツ:経済状況による影響は弱く、人口構成とその他要因がほぼ同程度の影響を

与えている(もっとも、経済状況要因の有意性は若干低い)。

このように、高齢者関連給付率に影響を与える要因は、各国の実情を反映して大きく異

なるのが分かる。とくに注目されるのは、日本のその他要因が、90 年代以降例を見ない大

きさでマイナス方向に働いている点である。その他要因は、人口構成要因および経済要因

では説明できない要因、すなわち高齢化問題に対する各国の政策スタンスを表していると

考えられる。この事実は、米国やドイツの政策スタンスが、人口構成と経済状況の合計で

決まってくる水準を政策的に高める方向に働いているのに対し、日本の場合、とくに 90 年

代以降、これとは逆にむしろ抑制的な政策スタンスで臨んできたことを示している。新政

権が従来のこうした政策スタンスから脱却し、少なくとも人口構成と経済状況により決ま

る水準を維持することができるかどうかは、新政権の「マニフェスト」(社会保障費 2,200

億円削減の撤廃)の実現可能性を占う一つの試金石といえよう。

図表 3 にみられるように、米国を除き人口構成の変化は高齢者関連給付率の上昇に極め

て大きな影響を与えている。そこで、図表 2 の推計結果に、各国の世代別人口の将来推計

値(日本:「国立社会保障・人口問題研究所」、米国:“US Census Bureau”、スウェーデン:

“Statistics Sweden”、ドイツ:“Federal Statistical Office”および国連 “World Population

Prospects”)を当てはめ、2050 年までの4カ国の高齢者関連給付率の推移を予測した。な

お、ここで各国の失業率については、①2009 年は 2009 年上期の平均値を適用し、②2010

年以降は 2008 年水準で横ばいに推移すると仮定し予測している。

各国の高齢者関連給付率の予測結果は図表 4 のとおりである。高齢化の進展に伴い、将

来日本・ドイツ・スウェーデンの給付率は上昇を余儀なくされるが、ドイツ・スウェーデ

ンに比較し日本の給付率の上昇は突出しており、2050 年には 4 カ国中圧倒的に高い水準に

達する可能性が高い。この結果は、高齢化が及ぼす社会保障給付への影響が、諸外国に比

べ我が国においてとりわけ深刻なものであることを物語っている。

38

4 カ国の予測結果を要約すると、次のとおりである。

① 日本:<ケース 1>の場合、 2010 年代後半にスウェーデンを、 2040 年代前半に

はドイツを上回り、2050 年には 15%を超える水準に到達、<ケース 2>の場合

には、2010 年代前半には両国を上回り、2050 年には 20%水準に達する。

② スウェーデン:今後 2030 年代にかけて上昇傾向を示すが、その後は緩やかな低下

局面に入る。

③ 米国:これからも従来同様、ほとんど横這いのまま、極めて低い水準のまま推移

し続ける。

④ ドイツ:2010 年代は横這いで推移した後上昇傾向に転じるが、2040 年代に入り上

昇は概ね一服する。

(図表4)4カ国の高齢者関連給付率の推移予測

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

1980

1985

1990

1995

2000

2005

2010

2015

2020

2025

2030

2035

2040

2045

2050

日本 1980-2005 日本 1990-2005 スウェーデン 1980-2005

米国 1980-2005 ドイツ 1991-2005

(出所)(図表 2)の推計結果および各国の世代別人口の将来推計値を用いて予測

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研究レポート一覧

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http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/research/

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