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Muv Luv Alternative Plantinum`s Avenger 14

Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

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Muv─Luv Alternative Plantinum`s Avenger

セントラル14

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【注意事項】

 このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にP

DF化したものです。

 小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作

品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁

じます。

  【あらすじ】

 はじめは"元の世界"に還りたいと願った。

 だがそれは叶わず、戦いが突きつけられる。

 戦いに身を任せ、戦い、戦い、戦い続けた。資源、食料、ヒト、全

てをすり減らしながら。

 いつ死んだ? 何処で死んだ?

 はじまりに戻っていた。

 そこでも戦い、戦い、戦いだ。戦いに明け暮れるが、そこでは全て

を失った。全てだ。

 力があっても、知識があっても、覚悟がそこにはなかった。覚悟が

なかったから失った。厳しく生きる術を教えてくれた教官、名を明か

すことが許されない先任、訓練部隊から一緒だった仲間たち、そして、

愛する人。

 全てを失って手に入れることができたのは、人類に残された時間の

延長だった。そう、誰も頼らず独り藻掻き足掻き苦しむ人が言った。

 それでよかったのか?

 まだ出来ることがあったのではないか?

 もし叶うのならば

 ──────俺は嫌だ。俺は戦う、戦いたい

 ──────だったら一緒に戦おう、タケルちゃん。でも、これが

最初で最後だよ

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  目   次  

────────────────────

prologue 

1

──────────────────

episode 01 

6

──────────────────

episode 02 

14

──────────────────

episode 03 

21

──────────────────

episode 04 

29

──────────────────

episode 05 

39

──────────────────

episode 06 

47

──────────────────

episode 07 

57

──────────────────

episode 08 

66

──────────────────

episode 09 

77

──────────────────

episode 10 

86

──────────────────

episode 11 

96

──────────────────

episode 12 

104

──────────────────

episode 13 

115

──────────────────

episode 14 

126

──────────────────

episode 15 

137

──────────────────

episode 16 

148

──────────────────

episode 17 

160

──────────────────

episode 18 

172

──────────────────

episode 19 

182

──────────────────

episode 20 

190

──────────────────

episode 21 

198

──────────────────

episode 22 

208

──────────────────

episode 23 

219

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──────────────────

episode 24 

227

──────────────────

episode 25 

239

──────────────────

episode 26 

248

──────────────────

episode 27 

260

──────────────────

episode 28 

268

──────────────────

episode 29 

276

──────────────────

episode 30 

283

──────────────────

episode 31 

293

──────────────────

episode 32 

303

──────────────────

episode 33 

311

──────────────────

episode 34 

323

──────────────────

episode 35 

335

──────────────────

episode 36 

345

──────────────────

episode 37 

352

──────────────────

episode 38 

359

──────────────────

episode 39 

366

──────────────────

episode 40 

374

──────────────────

episode 41 

380

──────────────────

episode 42 

386

──────────────────

episode 43 

395

──────────────────

episode 44 

404

──────────────────

episode 45 

413

──────────────────

episode 46 

427

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prologue

  ※この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織・国家

等は架空であり、現実のものとは関係ありません。

  ﹇2002年1月2日 横浜基地 桜の木﹈

 "昨日"の出来事で賑わいが収まらない横浜基地をバックに、俺は

二人の女性と相対していた。一人は妙齢、国連軍制服の上に白衣を羽

織っている。"ある計画"の責任者で、独り世界を救うために戦って

いる人。基地の副司令も兼任しているが、基地内で一番権力を持って

いる人でもある。

 もう一人はあどけなさの残る少女、国連軍制服に改造を施してい

る。頭には特徴的な大きな髪飾りを付けていた。

 丘の上に立つ基地の周囲は、ずっと瓦礫と廃墟が続いている。否。

まだ一週間前に侵攻してきた■■■■の爪痕や死骸の処理が終わっ

ていない。

 荒れに荒れた土地であり、人の住むことのできない場所とも言われ

ている。しかし、俺にとってはかけがえのない思い出の詰まった場

所。今いる桜の木の下も、この土地での植生は絶望的であると言われ

ながらも、こうして生き続けている。きっと春には花を咲かせ、坂を

彩ることになるだろう。

 そんな桜の木の下で、俺は重々しくも口を開いた。

「後は、よろしくお願いします。先生」

「さようなら、ガキ臭い英雄さん」

 薄れゆく俺の躰。タイムリミットが寸前まで迫る。今は存在しな

い、着慣れた"衛士訓練学校"の制服に身を包み、少女の方に声を掛

ける。

「■。先生を助けてやってくれ」

「……はい」

「皆のこと、誇らしく語ってやれよ? 俺にはもう無理だからな」

「……はい」

1

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 少女はうつむきながら、俺の言葉に小さく答える。その表情がどう

なっているかなんて想像に容易い。だが、俺にはもうどうしてやるこ

とも出来ない。

 徐々に手の向こう側の透明度が高くなり、もう本当に時間がないこ

とを知らされる。

 透けていく俺の躰を見た少女は、スッと顔を上げる。大きな灰色の

瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「私、平和になったら海を見に行きます」

「あぁ。いっぱい思い出を作るんだ。■だけの思い出を」

 限界まで薄れた俺の躰を、今度は光が包み込んだ。俺はそれでも、

届く限り声を出し続け伝える事を諦めない少女の言葉に耳を傾ける。

「私、あなたがどこの"世界"にいても、ずっと見ています」

「……っ」

「私は──────あなたのことを忘れませんッ!! たとえ"この世

界"の人たちが忘れてしまったとしても、私は忘れません!!」

 もう少女も、妙齢の女性もぼんやりとしか見えない、声を遠くへ

行ってしまって聞こえなくても、俺はずっと耳を傾ける。

「これが私の気持ちなのか、■■さんの気持ちなのかは分かりません。

……ですけど、私はあなたのことが好きでした」

 届くか分からない言葉を、俺は口に出した。

「そうか……ありがとう、■」

 やがて二人の姿は見えなくなり、声も聞こえなくなった。光の世界

の中、俺はずっと考えていた事を思い出す。

 ──────本当にこれでよかったのか?

 "一度経験した世界"で得た力があった。だが、力があっても俺に

は覚悟がなかった。だから全てを失った。

 全てを失って手に入れたモノは、人類に遺された時間の延長だっ

た。

 何もかも投げ売って、ただただひたむきに人類の勝利を、人類の存

続のために独りで戦っている人を、また独りにして、全て押し付けて、

俺は消えてしまってもよかったのか。

2

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 最初は帰りたいと思っていたはずなのに、あれだけ周囲に迷惑を掛

けてきた結果が"これ"で本当によかったのか。

 否、いいはずがない。

 もし叶うのならば……。

 ──────俺はまただ戦える。

 ──────何もかも全て失って、全てあの人に押し付ける形で

去ってしまうなんて嫌だ!!

 ──────やり直せるのなら俺は……ッ!!

 ──────■■ーーーッ!!!!

 ※※※

 ﹇1997年6月8日 横浜市柊町 白銀宅﹈

 瞼が思い。それに温かい。布団の中にいるのだろうか。光の中で

漂った記憶はある。その時、"何を考えていた"のかも思い出せる。

だが、突然視界がブラックアウトしたのだ。しかし、目を覚ましてみ

ると状況は一変していた。布団の中にいるのだ。

 もしかして、ちゃんと俺は"戻れた"のかもしれない。だが、どう

だろう。何かおかしい。"戻ってきている"のなら、今日は10月2

2日。ならば、俺の横にいるべき人がいるはずだ。勝手に家に上がり

込み、あまつさえ俺の布団に入っていた──────■■。

 目を開いて確認するが、両脇には誰も居ない。嫌な予感が頭をよぎ

る。確かに、光の中で願ったことはある。しかし、■■■■から開放

された俺は"戻っている"はずなのだ。もし、万が一、仮に"戻らな

かった"とすればどうする。

 決まっている。俺のすることは決まっているのだ。

 勢いよく起き上がり、壁に掛けてある服に手を掛ける。白陵柊学園

の制服だ。身支度を整えて自分の部屋から出ようとしたその時のこ

とだ。

 劈くタイヤのスリップ音。朝にも関わらず大きな物音を立てた自

動車が、俺の家の前に停まったようだ。

 ──────自動車が俺の家の前に停まった?!

 状況が分からず少し慌てた俺は、脚を引っ掛けて転ぶ。どうやら床

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に落ちていたゲームガイを踏んで滑ったようだ。

 俺がそんなことをしている間にも、状況は刻一刻と変化していく。

 連打されるインターホン。どうやら家に両親がいたらしく、母親の

声が下の階から聞こえてきた。

『はぁい、どちらさま?』

『私こういう者です以下省略!! 上がらせて貰うわ!!』

『あ、ご丁寧にどうも……ってちょっと待って!!』

 聞き覚えのある声が家に侵入してきたようだ。母さんの能天気な

声が聞こえたかと思うと、ズンズンと音を立てながら階段を登ってく

る。そして、俺の部屋を勢いよく開いたのは……

「ちょっと来なさい!!」

「え? あ? ゆ、夕呼センセぇぇぇぇぇぇ

?!?!?!」

 主観時間、数分前に別れを告げた香月 夕呼であった。

 俺は首根っこを捕まれて家の外へ放り出された。そして、投げられ

て激突した自動車の横で痛みに唸っていると聞こえてくる声。

「ちょっとコイツ借りていきます。詳細は追って手紙なり電話なりし

ますので」

「こ、香月さん?!」

「あ、鑑のお宅はどちら?」

「右隣ですが……?」

「では」

 回復して立ち上がったのも束の間、今度は隣の純夏の家のインター

おばさん

ホンを連打し、出てきた

を押し退けてズカズカと家に上がり

込んだ夕呼先生。すぐに私服姿の純夏の首根っこを掴んで現れ、俺の

方に放り投げ……ってちょま

「ぐぇ!!!」

「あいたーーーーッッッ!!!!」

 放り投げられた純夏を受け止めたはいいものの、それなりに質量の

あるものを受け止めるとダメージを受ける。よろけて自動車に凭れ、

純夏が目を回している間にも話は進んでいく。

「鑑を借りていきます。詳細は以下略」

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「以下略ってちょっと!!」

「さぁ、行くわよ!!」

 自動車に押し込められ、タイヤスピンしながら自動車は急発進。柊

町を駆け抜けて行く。

 俺は状況を掴めないまま、夕呼先生に純夏共々拉致られてしまっ

た。

「だ、誰か説明してくれぇ〜」

 俺の声は虚しく車内に響くだけだった。

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episode 01

  ﹇1997年6月8日 帝国軍白陵基地 正門前﹈

 装甲車に押し込められた俺は状況確認をしていた。一緒に放り込

まれた純夏に今日は何年何月何日かを聞き出したところ、「タケル

ちゃん遂にボケた?」と本気で心配された。バカにされる方がまだマ

シな程、屈辱を味わったぜ。

 心配している純夏曰く、今日は1997年6月8日である。どう考

えたって2001年10月22日に飛ぶ筈だったのに、どうして4年

も前にずれ込んでいるのか甚だおかしいことだったのだが、それもこ

れも全て純夏の発言によって消し飛んだ。

「確かに今日が2001年10月22日じゃないのは変かもしれない

けど、全部タケルちゃんが望んたことだよ?」

 意味が全く分かりません。ともかく、大暴走する装甲車の中で事情

を知っている純夏が説明をしてくれたのだ。

「はじめに、私はタケルちゃんが知ってる純夏で間違いないよ。タケ

ルちゃんに分かりやすく言えば"前の世界"の私。まぁ、因果の流入

で"元の世界"の私も混じってるけどね」

 前置きにそんなことを言った純夏は、そのまま話を続けた。

「消える瞬間、タケルちゃんは願ったよね? 皆失って得た時間を、自

分は役目を終えて香月先生に押し付けるような形で消えるなんて嫌

だーって。俺はまだ戦えるんだーって。出来ることがまだあるん

だーって」

「そ、それは……」

 あの時、00ユニットである純夏は機能停止していた筈。なのに、

何故知っているんだ。俺が光の中、願ったことを。

「ま、いいじゃないのさ!! 私もタケルちゃんと同じ願いがあるし、だ

からこうして一緒に世界を渡ったの。タケルちゃんを助けるために、

そして、タケルちゃんが助けるみんなのために」

「純夏……」

「ま、いろいろ問題が発生してるみたいだけどね。詳しくは香月先生

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と落ち着いた場所で話すよ」

「す、純夏ぁ……」

「でも丁度よかったよ。失敗は失敗でも、結果オーライ? ね、香月先

生」

 今まで純夏との会話に集中していたが、話はずっと聞いていたみた

いだ。装甲車を運転してきたのは夕呼先生ではないので、こっちを向

いて話を聞いてたみたいだ。ちなみにドライバー姿は見えないが、市

街地を爆走中のため全く聞こえない模様。

「そーよー? 全く、鑑は白銀の願いを叶えるために、私を巻き込んだ

わ。横浜基地の桜の木の下で、私は白銀を包んでいたパラポジトロニ

ウム光に取り込まれた。多分だけど、アンタもあの光の中で漂ってい

たんでしょうね。その間だけ、私もその空間にいた。その時に言われ

たのよ『こんな終わり、先生も嫌でしょ?』ってね。誰が何のために

そんなことを言ったのかは、その時には分からなかった。だけどあの

場には社もいたのよ。社は分かったように『……私は嫌です』って答

えた。果たしてそこが終わりなのかは分からなかった。だけど、答え

るまでもなかったわね。そうしたらここに居たって訳」

 外を見なさい、と言わた俺は、装甲車のハッチを開いて外を見る。

そこには見慣れない軍事施設があった。門扉には『日本帝国軍 白陵

基地』と書かれている。

「ここは横浜基地が建設されるまで私が拠点にしていたところ。

まぁ、後で仙台基地に移るんだけどね……。ここの執務室で私は起き

た。そして状況を理解したの」

「……ループしたことに、ですか?」

「そうよ。記憶は保持したまま。状況を確認していたら、血相を変え

た社がすっ飛んできて私に報告。私よりも先に目覚めた社が確認を

取ってくれていたのよ。そうしたらあら不思議、4年前に遡ってたっ

てワケ」

 ケラケラと笑いながら、夕呼先生は俺にあるモノを投げつける。慌

てて受け取ると、そこには辞令と共に階級章と衛士徽章が入れられて

いた。

7

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「世の中の女の宿願、若返りを経験させてもらったお礼よ。次いでに、

アンタは否応なしに私の元に来るただろうから、先に手を打たせても

らったわ」

「先生……でも俺、さっき確認したんですけど、子どもっすよ?」

「へーきよ〜。表向きは私にスカウトされた天才児って扱いだから。

別に今更学校で勉強して訓練兵する気にもなれないでしょ?」

「そうですけど……」

 辞令は簡単。本日付で国連軍少尉に任官。

「それに、アンタにはこれまでの鬱憤を晴らすべく、あちこち駆けずり

回って貰うわけよ。そうなれば既に衛士としての技量も実戦経験も

ある現役衛士で、私の計画を知っているアンタを遊ばせておくわけに

もいかないわ」

「いやですから俺子ども!!」

「聞こえないわ。気合でどうにかしなさい」

「科学者が根性論?!」

 かなり頭の痛い思いをするものの、横浜基地での夕呼先生とはかけ

離れた姿をしている目の前の夕呼先生が、本来の夕呼先生であるかの

ように思えた。唯我独尊・傍若無人な人であることを、すっかり忘れ

ていた。

「まぁまぁタケルちゃん。夕呼先生も気合入ってるんだよ。これまで

好き勝手言ってた人たちを叩き潰す気みたいだから」

「好き勝手ってまさか」

「うん。世界中に"あの爆弾"を落とした後、ラグランジュ点で建造

してる跳躍航宙艦で外宇宙に逃げるつもりの人たち」

「うげ……」

 人類から選別された10万人と共に跳躍航宙艦で地球圏を脱出す

るのと同時に、地球上の全ハイヴに"G弾"を大量投下することで焦

土作戦を立案しているオルタネイティヴ5。俺はそれを目の当たり

にしているからこそ、それがどれほど愚かな選択であったのかを理解

していた。それと同時に夕呼先生の提唱するオルタネイティヴ4が

人類にとってどれほど有益なものであるのかも。

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「ま、ほぼほぼ私のオルタネイティヴ4も完遂ってところだしぃ。B

ETAを叩き出す次世代計画を立案するために、発動期間を先延ばし

させながら徹底的に虐めてやるわよ」

「いじめっ子の顔してますよ、夕呼先生」

「あら、今まで私はいじめられっ子だったのよ? それに、仕返しは当

然。やったのならやられることも想定していないとねぇ」

 ふふふっ、と怪しい笑みをする夕呼先生を横目に見つつ、純夏の方

を見る。さっきまで気が動転したり、自分のことを考えていて気も回

らなかったが、ようやく純夏のことを気にすることが出来る。

 よくよく見れば、純夏の姿は"俺が前見た時"と変わっていない。

そして俺はというと、少々身長が縮んでいた。白陵の制服がブカブカ

だもんなぁ。筋力は少し落ちているものの、軍人としてなら問題無い

レベルだ。元に戻すトレーニングをする必要がありそうではあるの

だが……。

「というか純夏、身体の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよぉ〜。あ、でもESP能力は残ってるかな? 流石に量

子電導脳はないと思うけど、白陵基地に入ったら香月先生に検査して

もらうつもり」

「首筋のパーティションもないもんな」

「うん。ま、タケルちゃん同様に身長も縮んだし、13歳になっちゃっ

たけどね」

 暴走装甲車は入場手続きを終えたらしく、そのまま地上施設で一番

大きいところへと着けられた。夕呼先生に降りるよう言われ、装甲車

から降りる。そのままどこか連れて行かれるのかと思いきや、夕呼先

生は装甲車の近くに立ったままだ。

「あれ? 行かないんですか?」

「あぁ、ちょっとね。ドライバーが降りてこないから」

 さっきまでは不思議には思わなかったが、一体誰だったのだろう

か。会話内容はかなりオルタネイティヴ計画に関するものだったの

で、夕呼先生が話すとは思えなかった。それに、俺たちの会話もかな

り機密レベルの高いものだったはず。気にしてなかったが、考慮する

9

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べくだったかと後悔する。

「……お待たせました」

「お疲れ様、社」

「霞ぃぃぃぃーーーーっ?!?!」

 運転席から降りてきたのは、動かしていた自動車からしたら想像も

付かない少女だった。というか夕呼先生は何平然としているんです

かね。軍法については学んでいるから知っているにしても、この世界

の道路交通法はどうなっているんだろうか。

「なーに変な顔しているのタケルちゃん。霞ちゃんは国連軍の軍人だ

から、資格の中に国際特殊車両運転免許もあるんだよ」

「んなもの知るかー!!!!」

「……乗り物は、一通り運転出来ます」

 やれやれと言いたげに純夏が説明してくれるが、確かに記憶の中で

はその資格があるのは俺も知っている。しかし、霞では手足が届かな

くて運転出来ないのではないだろうか。

「……これは私の装甲車なんです」

「うそーん」

「……うささん号です。専用のパーソナルマークもあります」

 霞が指さした先には、先程俺たちが乗ってきたもの、オルタネイ

ティヴ計画の誘致国が装備を提供しているため、帝国軍でも採用され

ている装甲車。本来は指揮戦闘車ではあるのだが、国連軍用に塗り替

えられたカラーリングの上にデフォルメされたうささんのパーソナ

ルマークが書かれている。

「社、車庫には別の奴が戻すから、行くわよ」

「……はい」

 夕呼先生を先頭に、子どもが3人並んで歩く。建物に入ってから、

どうも視線を感じる。どう考えても、夕呼先生が子ども3人連れて歩

いているからだろうな。

 ※※※

 ﹇同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執務

室﹈

10

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 夕呼先生の執務室に到着すると、俺たちはソファーに座るように言

われた。霞はどうやらやることがあるらしく、執務室まで来ると何処

かへ行ってしまった。

 目の前には夕呼先生がコーヒーカップを傾けながら、俺たちに説明

を始めようとしていた。

「さて、アンタたちにこれからしてもらうことを説明するわ」

 執務室には書類や本が山のように積み上げられており、整理も部分

的にしかされていない。デスクにはパソコンとペンが転がっており、

横浜基地の執務室と同じ様子になっていた。

「まず白銀。アタシが春に設立したばかりのA─01に入ってもらお

うかと思っていたけど、年齢的に問題しかないからパス。しばらくの

間は特務兵として動いてもらうことになるわ。それと同時に衛士と

しての体作りもしなさい。直近だと大陸、確実なのはBETA上陸の

時までには戦闘に耐えうるだけにはなりなさい」

「了解」

 想像通りではあった。俺の利用価値なんてものはそれくらいしか

ない。しかし、俺の機動特性はこの世界には存在しないものだ。更

に、もし夕呼先生がXM3の開発を行うのならば、俺がいなければ完

成には漕ぎ着けないはずだ。

「次に鑑。アンタは検査、00ユニットの痕跡がないかの調査をする

わ。もしなかったとしてもESP能力があるのなら、そのまま放り出

しておくことは危険なの。社と共にオルタネイティヴ4構成員にな

りなさい。どのみち勉強漬けになるけど、00ユニットだった頃の記

憶とかあるの?」

「ありますよ。ですけど、体感的には他次元の量子電導脳と並列接続

しながら、なにかをするっていうのは無理です」

「知識は?」

「あ、あはは〜」

「はぁ……社を付けるから、必要知識を全て叩き込みなさい」

「りょーかいでぇす」

 一通り俺たちへの今後の説明をし終えた夕呼先生に、純夏が手を挙

11

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げる。

「はいはーい!! 香月先生ー!!」

「なに?」

「私、衛士になりたいです!!」

「はぁーー??」

 純夏はそんなことを口走る。俺としては是非とも反対するが、純夏

がどうして衛士になりたいのか理由を聞いてからでも遅くない。

「ど、どうして衛士になりたいのかね、純夏クン……」

「タケルちゃんが何を考えてるか分からなくもないけど、私は嫌だよ

!! 絶対ぜったい、ゼーッタイ嫌!! 私は守られるだけじゃ嫌!! タ

ケルちゃん言ってたじゃないのさ。『純夏は俺の半身だ』って。私も

そう。だから私はタケルちゃんと同じところに立つ。そして守られ

るだけじゃなくて守るよ!! 香月先生は私たちをオルタネイティヴ

4のために色々なところに連れて行くだろうし、人前に出ることもあ

ると思う。そこできっとタケルちゃんは色々な人の悪意に晒される

ハズ。香月先生は覚悟の上だろうし、"やらなくちゃいけないこと"

もあるから何とかするだろうからね。大人だし。でもタケルちゃん

は違うじゃん。私が願って"こんな世界"に放り出されて、しなくて

もいいことして、傷つかなくていいのに傷ついてさ……。きっと、こ

れからもそういうことがあると思う。だからさ、そんなタケルちゃん

の横には私が居るの。1人よりも2人なら怖くないよ!!」

「純夏……」

「はいはい、イチャコラしないの。それで、私としては別にいいけど、

そうすると鑑、アンタは訓練兵からよ?」

「えぇ〜〜!!」

 ブーたれる純夏が俺に助けを求めてきた。純夏の思いは分かった

し理解した。でもやっぱり反対ではあるのだが、純夏はいくら言って

も分からないだろうから、仕方がない。もし共に戦場へ行くのなら、

俺が守ってやればいいだけだしな。あと、強引に撤退させる。これに

尽きる。もし任官したら夕呼先生に言って、純夏は撤退厳命してもら

おう。

12

Page 17: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 そんなこんなで、今後の大方針が確定した。この後は、出来るだけ

今話せる内容を話し合い、細かな方針を決めていくことになった。主

にオルタネイティヴ4に直接関わる内容について。兵力・資源・人材・

資金を視野に入れた大戦略だ。

 会議は時間を気にすることなく続いていき、気付けば夜は更けて

いった。そして、純夏が活動限界を迎えると、一旦会議がお開きと

なったのだった。夕呼先生は、間違っていた数式の訂正作業と報告書

の作成、論文の執筆等々を始めるらしい。しかし、部屋を追い出され

ると思ったら『アンタたちの部屋はないわよ? だって、今朝飛び出

して来たままだったからねぇ』と、デスクに着いてパソコンを操作し

ながらそう言うのだ。結局、隣の仮眠室のベッドに純夏を寝かせ、俺

は壁に凭れながら寝ることになったのだった。

13

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episode 02

  ﹇1997年6月10日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画

 香月博士執務室﹈

 昨日の記憶があやふやだ。8日の夜、仮眠室で寝て起きてから、息

つく暇もない程に大忙しだった。一応国連軍少尉という肩書は持っ

ているが、基地内を国連軍C型軍装で闊歩するには目立ちすぎる。た

だでさえ幼いのだ。そこに国連軍の軍装を着ていたら目立って仕方

がない。なので、一先ず帝国軍の軍装を仕立てることになった。一

応、国連軍が間借りしている区画では国連軍所属の軍人はいるもの

の、基本的には帝国軍の軍装を纏っているので、それらに合わせたも

のになるのだ。この歳で身長が150cm以上ある俺はまだしも、純

夏はどうすればいいものかと悩んだ。結局、俺も純夏も低身長という

体を通すこととなった。

 採寸を行い、近いサイズのモノを取り寄せたら、次は半ば拉致のよ

うに連れてかれた俺たちの両親への説明。面倒だったので、当分は内

外共に通すことになった設定『帝国大学のすごい学者が俺と純夏の秘

めたる可能性を見出したため、将来の帝国のために高等な教育を施

す』というものだ。つまるところ、飛び級したというものだった。こ

の説明には俺と純夏両方の両親が涙を流して喜んだそうだ。我が両

親ながらチョロ過ぎるぜ……。説明は夕呼先生と夕呼先生の信頼で

きる腹心が、わざわざ家に行って説明。それらしい言葉を並べたとい

う。次いでにその時渡すための手紙を書かされた。30分で書けな

んて言うもんだから、必死になって書いた。

 残りは俺の戦術機適性検査と、現段階で何処まで戦えるのかの計

測。純夏も戦術機適性検査を受けたが、その後は霞と勉強会というこ

とで別行動になった。管制をしていた夕呼先生がいつの間にか居な

くなっていたらしいが、別に苦にも思わなかったために延々とシミュ

レータで戦闘を行っていた。で、気付いたら筐体に搭乗して数時間が

経っていたという。いつまでも帰ってこない俺を心配した純夏が霞

と、夕呼先生のところに聞きに行ったという。『あ〜、なんかずっと

14

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やってるから飽きちゃった。あれ? アイツまだ帰ってこないの?』

と。シミュレータルームに確認に来た三人は、疲れを見せずシミュ

レータで大暴れしていた俺を見て愕然としたという。

 そして今、シミュレータから引き摺り出された俺は、得たデータを

印刷した後にデータの破棄と完全消去を行い、夕呼先生の執務室に

戻ったのだ。

 データ確認をした後、純夏にいつまでシミュレータに籠もってるの

だと怒られてから記憶が無い。どうやら、気付いてないだけで、かな

り疲れていたようだった。

「あっはっはっ!!! 正座したまま寝てたのアンタ!!」

「そうみたいっすね……」

「鑑の説教が長いから、途中から無視してたんだけど、そんな面白いこ

とになってるのなら見てればよかったわ」

「見なくていいですからね? 先生はやることあるでしょ?? てか遊

ぶな、痛い痛い痛い!!」

 で、目が覚めたところ、『何アンタ、座禅してたんじゃないの?』と

言われた夕呼先生に説明。無茶苦茶笑われたということだ。ちなみ

に純夏は仮眠室で寝ている模様。脚が痺れて動けないのをいいこと

に、夕呼先生がゲラゲラ笑いながら俺の脚を突いて遊んでいる。いい

加減止めて欲しいんだがなぁ。

「お遊びはこの辺にして、今日からアンタのすることはあんまりない

わね」

「そうなんですか?」

「数式の書き換えと論文、オルタネイティヴ4の報告書類その他諸々。

因果律量子論も改訂版の執筆も行うわ」

「当面はそっちの方で手一杯って感じですか」

「えぇ。数式と論文は私の方で必要なものだし、今の論文は間違いが

あるから書き換えが必要。オルタネイティヴ4に関することは、オル

タネイティヴ5への牽制も同時に行う必要があるわ。因果律量子論

は並列処理コンピュータの理論にも関わりがあるから、どの道必要。

結局オルタネイティヴ4に回帰する訳ね。ま、軍事行動に関しては、

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1年間程休止の予定よ」

 A─01の錬成もまだだし、と呟く。

 夕呼先生曰く、A─01の設立したはいいものの、現段階では使い

物にならないとのこと。集められた衛士は、そのほとんどを帝国軍か

らの引き抜きで構成されているのだ。しかし、それでも集められたの

は一個連隊規模。それは帝国軍全体に及ぶ夕呼先生謹製適性検査を

行った結果だとか。その適性検査は至って簡単なもので、私生活から

軍事行動に至るあらゆる行動の監視を行い、より良い因果を掴み取り

ながら生きる衛士を合格とするもの。つまり、運が強い衛士を求めて

いるというのだ。その中から選抜された数百名へ、特命として招集。

帝国軍から国連軍への転属意思を持った者のみ採用したという。そ

れが設立時連隊規模であったA─01の正体でもあった。連隊規模

しか集めることが出来なかったのだ。

 そんな彼らに課している任務は、連隊内部でのチームワークの形成

と特殊任務に耐えられるだけの訓練を施すこと。内容は決して軽く

はないが、帝国軍出身の彼らでも冷や汗を額に浮かべる程の厳しいも

のだとか。それに定期報告を受けている夕呼先生も、基準を満たして

いないとねちっこく理詰めで責めているらしく、部隊指揮官から末端

の衛士まで死に物狂いで訓練訓練訓練三昧だという。

 そんな彼らを夕呼先生は「まだまだよ」と一蹴するのだから、怒り

を通り越して尊敬されてるとか。学者の癖に分かってる、とかなんと

か。

 そんなA─01からは完全に独立した特務兵扱いの俺の配置はか

なり特殊だ。A─01はオルタネイティヴ4直属の特殊任務部隊。

その存在は隠匿されているが、それ以上に存在そのものがない部隊が

設立されていた。

 TF─403。タスクフォース403。A─01 オルタネイ

ティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊という部隊名すら与えられない、完

全に機密扱いの部隊。その構成員に現在、俺は席を置いている。主な

任務は夕呼先生の指示の元で行われる軍事行動に従事し、目的遂行の

ために行動する。しかし、その実態はA─01を稼働状態に持ってい

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くための時間稼ぎや、稼働中のA─01部隊が介入することの出来な

い任務に投入されるスケープゴート部隊でもある。というのが機密

であるが表向きの概要。

 本質は別にあり、特務兵として俺を手元に置くための方便なのだ。

「アンタはすることないから、基本的には私の使いっ走りね」

「そ、ソウデスカ……」

 仰々しい部隊に入ったとはいえ、俺は当分いいように使われるだけ

らしい。早速、今日から書類の印刷やらで走り回ることになったが、

まぁ機密フロアから出ることはないから問題ないだろうな。

 ※※※

 ﹇1997年7月7日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 

仮眠室﹈

 今日、夕呼先生は出張だ。純夏を連れて早朝、帝都に向かった。今

日はどうやら遅くまで向こうにいるらしく、帰ってくるのは日が暮れ

て以降になるらしい。霞は事頭を使うことには長けているというが、

今の所やることがないらしい。そこで、これまでは出来なかったこと

をしてみるとのこと。プログラムは元々それなりに知識があったら

しいが、本格的な軍事用ソフトウェア開発に手を出しているという。

既に始めてから2週間程経過しているらしいが、かなりの速度で上達

中とのこと。この調子でいけば、1人でソフトウェア開発を行うこと

が出来るようになるのも時間の問題らしい。従って、現在はオルタネ

イティヴ計画用に割り当てられている電算室で缶詰しているみたい。

 従って、俺は暇なのであった。

「うば〜〜〜」

 オルタネイティヴ専用区画の中でも、ほとんどの人が立ち入ること

の出来ないフロアで独り、何かの生物のような声をあげていた。

「そういえば今日は……」

 ふと、今日の日付を思い出していた。今日は7月7日。純夏の誕生

日だ。

 思い立ったが吉日というもの。すぐさま準備を整えて私服に着替

えると、そのまま白陵基地を飛び出すのだった。目標はただ1つ。純

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夏の誕生日プレゼントを購入することである。

 ※※※

 ﹇同日 柊町某所﹈

 飛び出してみたはいいものの、そう簡単にいいものは見つかる筈も

ない。先ず思いついたのは雑貨。しかし、純夏はちゃっかり色々とモ

ノを白陵基地に揃えていた。文房具やら小物入れ、収納。本屋に入っ

てみたものの、純夏の基本スペックのことを考えて断念。幾ら00ユ

ニットだった頃の知識や記憶があったとしても、現在の低スペック脳

ミソでは、活字本の内容を理解出来るとは思えない。よって、本も断

念。衣類、本人がいないため断念。あれも駄目これも駄目と店に入っ

ては出てを繰り返し、結局柊町のめぼしい店は全て入ってしまったの

だ。最後の最後には骨董品店で壷や掛け軸を見ていた程である。

「はぁ……」

 朝から歩き詰めで、俺はフラフラと歩いていた。もう日も暮れてし

まうため、そろそろ帰ろうとか思っていた矢先、目に飛び込んできた

のは小さな雑貨屋。

 最後に淡い希望を胸にいだきながら、いざ入店する。

 そして、店外に出た時には荷物が増えていたのだ。

「やった……」

 出費としては夕呼先生から"一応"給料をもらっているため、そこ

までだった。しかし、満足の行く品を購入することが出来た。それは

……。

「まさかあるなんてな」

 そう。うさぎのキーホルダー。前の世界で、俺が木の欠片からナイ

フで削り出したサンタうさぎや、元の世界で小さい頃にあげたサンタ

うさぎのキーホルダーとは違うものの、かなりデザインが似ている別

のキーホルダーを見つけたのだ。木の端から作ったサンタうさぎの

方に似ているが、我ながらツイている。

 それと、店であるものを予約してきた。予約というかキープに近い

んだが。今度来るのは、今年の10月。その時まで売らないで欲し

い、と頼んであるのだ。

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「不味い。そろそろ戻らないとな!!」

 紙袋を片手に、俺は薄暗くなっていた柊町を駆け抜けるのだった。

 ※※※

 ﹇同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 仮眠室﹈

 夕食の時間からしばらくして、夕呼先生と純夏が帰ってきた。夕呼

先生は荷物を放り出すと、次にやることがあると言って、パソコンの

前に座ったっきり動かない。一方、純夏は「クタクタだよぉ〜」と仮

眠室に行ってしまう。俺は慌てて純夏の後を追っかける。

 仮眠室は現在、俺たちの部屋になっていた。部屋を用意させるとの

ことだったが、結局先延ばしになっているため、今も俺たちは仮眠室

暮らしをしている。

 純夏はベッドに腰掛けて溜息を吐いていた。どう見てもお疲れな

様子。だが、時間は刻一刻と迫っている。疲れているところ悪いが、

付き合って貰おう。

「純夏クン」

「んー? なに、タケルちゃん」

「時に純夏クン、今日は何の日だか知っているかね?」

「今日ー? 今日は香月先生と帝都で帝国上層部にオルタネイティヴ

4の経過報告会ぃ〜」

 駄目だこりゃ……。しかし渡さねばならぬのだよ。

「いやいや、何を言っているのだね。そんな君にはこれをあげること

は出来ないな」

「なになに? なにかくれるの? タケルちゃんが珍しいね」

 た、確かに珍しいかもしれない……。

「はい、これ」

「ありがと。中、見てもいい?」

「いいぞ」

 紙袋を開け、中に手を入れた純夏。それを掴んで手を引き抜くとそ

こには……。

「っ……!!」

 サンタうさぎによく似たキーホルダー。それを取り出した純夏は

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胸の前でギュッと握り、目を閉じる。何か思い出したのかもしれない

が、静かに見ていることにする。

「……ありがと、タケルちゃん」

「ハッピーバースデー、純夏」

「そっか、今日は私の誕生日だったね……。あはは。忙しくてすっか

り忘れてたよ」

 純夏が幾ら忙しかったとしても、俺は忘れない。何せかけがえのな

い"半身"なんだからな……。

 この後、純夏と少し騒いだ。BETAがまだ日本に上陸していない

この時期、物資に余裕があるので買い物はそれなりにしやすいのだ。

だから、急いで帰る途中にコンビニに寄って買っておいたのだ。本当

ならケーキでも用意できればよかったが、なかなか上手く準備に手を

回すことが出来なかった。お菓子とジュース、デコレーションは誕生

日用ではないがケーキを純夏の前に用意した。それに、忘れてはいけ

ない霞を呼びに行き、ついでに夕呼先生も。きっと無理して食事を抜

いたりしているに決まっている。それに、甘いものを食べれば頭もよ

く回るだろう。

 突貫用意したささやかな誕生会は、純夏も喜んでくれただろう。今

回の件で意外だったのは、夕呼先生は参加しないと思ったら参加した

こと。しかも出張に行っていた癖に純夏の両親とコンタクトを取り、

2人からのお祝いも確保していたことだ。あと、霞がオロオロしてい

たのは少し可愛そうだったかもしれない。『……何も準備してません

でした』と言っていたから、きっと覚えてはいたんだろう。

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episode 03

  ﹇1997年8月4日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 

香月博士執務室﹈

 8月に入るまで、夕呼先生は大忙しだった。執務室にいる時は、常

に何かしら作業をしていた。出張で帝都や国外を出ることも多かっ

た。そんな中、俺はあまり外に出ることはなかった。何故なら軍事基

地に俺のような"少年"がいることがおかしいからだ。一応、夕呼先

生の執務室までのセキュリティパスを所持している人には、俺たちの

表向きの素性は明かされている。しかし機密区画から一歩出れば、俺

や純夏は完全に異質な存在だ。本来ならば外で訓練やなんかもした

かったのだが、夕呼先生の厳命で禁止されていた。そもそも機密区画

から出ること自体、なるべく避けて欲しいと言われた。

 自他ともに認める天才が拾った子ども、という噂は立っているとい

う。噂を気にするような人間ではない夕呼先生ではあるのだが、別の

ことを気にしていた。俺たちをダシにした妨害工作だ。何処の人間

であったとしても、オルタネイティヴ4や夕呼先生への妨害をするな

らば、本人へ行使するよりも周囲に行った方が効果的であるのだ。そ

んな夕呼先生への効果的妨害を行うのならば、俺や純夏の存在は格好

の餌なのだ。対して、霞を使った工作は効果がないということは前提

条件にあるため、行使することはないという。理由は分からないが、

霞が正規計画要員であることが理由の1つであるだろう。

 というような理由から、俺は基本的に外に出れない。純夏の誕生日

の時に関しては、かなり運が良かったとしか言い様がない。夕呼先生

の執務室まで来れるセキュリティパスを持った人と仲良くなり、その

人を使って基地から出たのだ。戻る時も同様。忙しい中、時間を作っ

て俺に付き合ってもらってありがたかった。今後も時々世話になろ

うと思う。

 それはともかくとして、そんな俺や純夏の制限が限定解除されるこ

とを夕呼先生から伝えられた。俺と純夏の行動範囲が霞と同レベル

まで開放されたのだ。機密区画の移動と利用の自由。といっても、そ

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のほとんどが研究区画だったりするのだが。しかも、純夏は以前から

自由にそっちを移動していたという。00ユニットのこともあるだ

ろうし、夕呼先生や霞に付いて回っているというのもある。技術士官

としての仕事を熟すのに必要だったんだとか。とは言っても、出入り

していたのは電算室くらいだったみたいだが。

「じゃ、セキュリティパスの書き換えは終わっているから」

「ありがとうございます!!」

「機密区画の概要は知っていると思うから、わざわざ説明するまでも

ないわね?」

「はい」

「じゃ、私はやることあるから」

 そう言った夕呼先生は執務室から俺を追い出した。廊下に出た俺

と純夏、霞はこれからどうするかの相談を始める。と言ってもやるこ

とは決まっているので、2人に何するか聞いておこう。

「純夏と霞はこれから何をするんだ?」

「そういうタケルちゃんはどうするのさー?」

「……私は電算室です」

「お、霞は勉強か?」

「……無視するなーーー!!」

 霞は軍事用ソフトウェア開発の勉強を続けている。というか、既に

勉強もなにもないらしい。ここ数日は籠もってソフトウェア開発を

行っているというのが、夕呼先生の話ではある。純夏はそれの手伝い

や、自分の勉強を電算室でしているんだとか。夕呼先生に呼び出され

たら、そっちに行って色々しているという。その色々が分からないん

だが、純夏は何も教えてくれない。

「俺はトレーニングかな。資料室の一角を使っての自主トレにも限界

があるからなぁ」

「あー、不必要なものの片付けをした代わりに使っていいって言われ

たところ?」

「そう。あそこにマットを敷いて筋力錬成」

「それ以外では香月先生に呼び出されて小間使いしてるもんね〜〜」

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「資料整理、作成、箱詰め、運搬前の状態にしたり、片付け、掃除、洗

濯、マッサージ……あれ? 俺っていつから先生の使用人になったの

??」

「本当、いいように使われてるよね……。仮眠室は私と分担してるけ

ど、結局私たちの部屋の用意は先延ばしされっぱなしだよね」

 そんな話を廊下でする。結局3人とも暇といえば暇であるのだ。

霞のプログラミングも急ぎという訳ではないみたいだし、純夏も自分

で決めた時間を勉強に充てているみたいだからな。

「ま、まぁ、いいぢゃないか!! 俺はトレーニングルームに行ってくる

!!」

 俺たちのセキュリティパスが限定解除されたからといって、今のま

まではやることは変わらないのだ。

 トレーニングルームで俺は永遠と筋力錬成と有酸素運動をやった。

純夏が夕食に呼びに来るまで永遠と。バカだと言われたが、確かにバ

カかもしれない。否定は出来ないな……。

 ※※※

 ﹇1997年10月22日 柊町某所﹈

 今日も仲良くなった関係者に頼み、基地から出してもらった。流石

に2回目となると、結構簡単に出てこれるものだ。前回から更に下調

べをしてくれていたらしく、肝が冷えるようなことは一度もなく出る

ことが出来たのだ。

 向かっているのは、一度訪れたことのある場所。純夏の誕生日プレ

ゼントを購入した小さな雑貨屋。店に入ってカウンターへ向かう。

「あの、白銀ですけど」

「お、あの時の。頼まれた通りキープしてるよ」

「ありがとうございます!」

「なんのなんの。あんまり客が来ない店だからね。せっかく来てくれ

たお客様の願いは、出来るだけ叶えたいのさ」

 店主のおばさんが、奥から包を出してきた。中身は分からないが、

俺が頼んでいたもので間違いないとのこと。来る日付は前もって伝

えてあったので、準備してくれていたんだろう。

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「プレゼント、喜んでくれるといいな」

「はい」

「……誰へのプレゼントなんだい?」

「え?」

 店主のおばさんがニヤニヤしながら問いかけてくる。代金を支払

おうと財布を出したが、動きを止めてしまった。別にやましい心積も

りはなかったのだが、すぐに答えれるような関係性はパッと浮かんで

こないのだ。

「妹のような、友だちのような、先生のような……かけがえのない人で

す」

「そうかいそうかい」

「あはは。お、お代はここに」

「はいはい、ありがとうね」

「こちらこそ。では」

 少し恥ずかしいと思ったが、すぐに切り替えて料金を支払う。モノ

とラッピング代。ラッピングは頼んでいなかったが、してくれたのな

ら置いていくべきだろうし。お代と一緒に置いて、俺はすぐに店を出

た。

 次に向かうのは洋菓子店。予約は電話でしてある。後は店で支払

いと受け取りをするだけだ。大きい荷物を持ちながら、洋菓子店を目

指して歩いていく。

 ※※※

 ﹇1997年10月22日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区

画 仮眠室﹈

 今日のことに関して、純夏には既に話を通してある。純夏も乗り気

で色々準備をしてくれているが、俺の分担は買い出しだった。ケーキ

は注文、お菓子とジュースは帰りに買い出し。純夏は部屋の飾り付け

と、勘付かれないように動くこと。後、話を聞き付けた夕呼先生が

色々手を回したみたいだ。

 後で聞いた話だが、装甲車をプレゼントしたのは夕呼先生だったみ

たいだ。基本的に徒歩以外の移動手段は、夕呼先生と共に自動車等の

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乗り物に乗ること。それ以外は出来なかったらしく、常に軍事施設に

いる霞のために、置いていても不審に思われない装甲車をチョイスせ

ざるを得なかったという。

『私だってこんなのよりも、もっと普通のをあげたかったわよ』

 と言っていた。確かに、霞は目立つのは得意じゃないので、こう紛

らわす必要があるのだ。霞でも運転出来るようにカスタマイズした

のも先生だという。あげた時、喜んでいるのか分からなかったらしい

が、今でなら喜んでいたことは分かるみたいだ。

 ともあれ、俺が帰ってきたら始めるという純夏の作戦は上手くいっ

た。足止めに夕呼先生が買って出てくれたからだ。先生には準備完

了の知らせが行っているはずなので、直に仮眠室へ霞が来るだろう。

「……」

「「ハッピーバースデー!!」」

「……失礼しました」

「おいおい待て待て!!」

 霞が出ていってしまったので、呼び止めに行く。外ですぐに捕まえ

て、再び仮眠室に戻る。

「「ハッピーバースデー!! 霞(霞ちゃん)!!」」

「……あ、」

 やっと気が付いたようだ。

「……ありがとう、ございます」

「ほらほら、主役なんだからこっち来いよ!!」

「そーだよ!! 今日は霞ちゃんの誕生日なんだから!!」

 霞の手を引いて誘導する。3人だけしかいないが、これでも立派な

誕生日会。霞、10歳の誕生日なのだ。

 仮眠室は彩られていた。純夏が飾り付けをしてくれたのだ。それ

も、時間がないので1ヶ月前から夜なべして。前日なんて徹夜だ。俺

も手伝いをしたが、『タケルちゃん、ぶきっちょだから別のことして

!!』と怒られてしまった。流石に俺の出る幕ではないと、別のことを

していたが……。

 お祝いの言葉をそれぞれ言って、次はお菓子やケーキを食べる。本

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当なら純夏が料理を用意する予定ではあったのだが、食材を手に入れ

るタイミングが見つからなかったのと、何度も買い出しに出ていると

バレてしまうため、止む無しでお菓子とジュースということになって

しまったのだ。

 霞と純夏とで小さいテーブルを囲み、どうでもいい話をする。純夏

が俺との思い出話をして、流石に霞の誕生日会なので叩くことは自重

した。しかし、純夏が調子乗って色々話すもんだから、ついつい叩い

てしまった。

 まぁ、別に霞が笑ってくれたのならいい。

「とまぁ、こんなところで霞にこんなものをあげよう」

「……なんですか?」

「誕生日プレゼントだッ!! ほら!!」

 俺が持って帰るのも一苦労した大きな袋を、霞にポンと渡す。座っ

ている霞がプレゼントを膝の上に乗せたが、お蔭で後ろの霞が全く見

えなくなってしまった。

「……タケルちゃん、どんだけ大きいの買ったのさ」

「いやぁ、純夏の誕プレを買いに行った時、同じ店に置いてあったのを

見てビビッと来ちまったんだよ」

 純夏の呆れ声に答えつつ、霞の方を見た。既に袋を膝から下ろして

おり、俺に無言で開けていいかと訴えてくる。それに無言で頷いて返

すと、霞は袋を開封した。

 袋から出てきたのは、大きなうさぎのぬいぐるみ。前の世界で霞が

持っていたものよりも、大きくてかわいいうさぎのぬいぐるみだ。色

合いも同じで、丁度いい。それに、あの『うささん』は、霞が寝る時

に抱いて寝ていたものだ。この大きさになっているのにも、霞が抱い

て寝れるようにという意味も込めてある。

 珍しく目を輝かせている霞に、今度は純夏がプレゼントを渡した。

というか、いつの間に用意したんだろうか。

 受け取ったのは、そこそこ大きな紙袋。これも霞は無言で開けてい

いかと聞いてきたようで、純夏は笑って頷く。中から出てきたモノ

は、バンダナとエプロンだった。胸のところにうさぎの刺繍がされて

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いる黒いエプロン。バンダナはエプロンに合わせたのか黒色だ。

「……純夏さん」

「うん!! 今は忙しいけどさ、霞ちゃん、前に言ってたよね?? 料理を

してみたいって。だから、今はこれくらいしか出来ないけど、いつか

一緒に料理しようね!!」

「……はいっ、ありがとうございます、純夏さん、白銀さんっ」

「うわわっ、泣かないでよっ!! 嬉しくなかったの?! ご、ごめんね

!!」

「あわあわ、ゴメンな霞!!」

 突然泣き出してしまった霞に、俺と純夏は激しく取り乱す。しか

し、霞は首を横に振って否定した。

「……ぐす、ちがい、ます。うれしくて、あたたかくて……お2人が、

とてもあたたかいいろで……」

「そっか……」

 純夏が霞を抱き寄せて、静かに霞の話を聞く。

「……わたしは、こんななのに……ぐすっ、いつもまわりからはさけら

れて……ぐすっ……でも、お2人はいつも……あたたかいいろで、ぐ

す……わたしをむかえてくれて……」

「うん」

「……それなのに、こんな、ぐす……たんじょうびかいまで……」

「当たり前だよ。霞ちゃんは私の友だちだから……」

「……ありがとう、ございますっ。すみかさん」

 おいおい。俺を置いてきぼりにしている2人に、少しいたずらをす

ることにした。

「なんだよ、霞。俺だって友だちだって思ってるぞ」

「……はい、白銀さんっ」

 そんな少ししみったれた空気になっていると、仮眠室の扉が開く。

そこには夕呼先生が、なにかを片手に立っていた。

「……あら?」

 と呟いたのに、ニンマリと口元を歪める。

「なに、アンタたち2人して社のことイジメてたの?」

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「「どーしてそうなるんですか!!」」

「はいはい。私も2人に便乗して用意したわよ、社」

 怒る俺と純夏を無視して、夕呼先生は霞のところに歩く。そして、

紙袋を手渡した。

「はい、渡したから私は戻るわ。3人とも、あんまり騒がないように。

じゃ、オヤスミ」

 と素っ気なく仮眠室を出て行った夕呼先生を見送り、俺たちは誕生

会を再開した。しかし、俺も純夏も気になることがあった。

「ねぇねぇ霞ちゃん!! 香月先生から何もらったの?」

「……香月博士からも、誕生日プレゼントを貰いました」

「開けてみてよ!!」

「……はい」

 霞は紙袋を開けて、中の物を取り出した。

「……本です」

「「本って……」」

「……戦術機開発に関する専門書です」

「「よりにもよって専門書?!」」

「……うれしいです」

「「嬉しいんだ……」」

 うさぎのぬいぐるみ、バンダナとエプロン、戦術機開発に関する専

門書。プレゼントを贈られ、霞は表情を変えないが笑っていると嬉し

い。

 この後も3人での誕生日会は夜が耽るまで続いた。

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episode 04

  ﹇1997年12月16日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区

画 第3シュミレータルーム﹈

 この日まで、俺はずっと身体錬成を続けてきた。トレーニングルー

ムに通って運動、訓練、訓練訓練訓練……。食事は基本的に兵士用の

ものを食べていた。たまに純夏と共に勉強したりもしていた。結局、

一日の大半を錬成・勉強・小間使いをしていただけだったが、今日か

らそれも卒業である。

 俺と純夏が共に14歳を迎えた日、俺は本格的に夕呼先生の命令を

受けて極秘作戦を請け負うこととなっていたのだ。それに、今まで錬

成があっても戦術機に関わる訓練がなかったのにも理由があるのだ。

「じゃあ、β版XM3のシミュレーション運用開始。OSに白銀の機

動特性を教育し、先行量産型を完成させなさい」

「了解!!」

「発案者である白銀はシミュレーションでのデータ収集後は、一昨日

搬入させた97式戦術歩行高等練習機 吹雪による実機データ収集

を行うこと。既にCPUの換装は済ませてあるわ。実機に移る際、プ

ログラマーの社かプログラマーアシスタントの鑑がOSのインス

トールを行いなさい」

「「はい!!」」

「……分かりました」

 ぶっちゃけ、夏が終わる頃にはXM3のβ版は完成していた。しか

しシミュレーションも実機テストも見送らざるを得ない状況にあっ

たのだ。俺の機動特性はどの戦術機でも行うことが出来るのだが、そ

れでもデータ自体は高機動戦闘を主眼に置いた第3世代戦術機で行

うことが無難だったからだ。

 それで、データ収集に最適だった機体が吹雪。前の世界でも吹雪で

それを行ったのなら、今回、今手に入る最新の第3世代機 94式戦

術歩行戦闘機 不知火を使うよりもいいという判断を夕呼先生がし

たのだ。別に不知火の跳躍ユニットをダウングレードしてもよかっ

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たらしいが、面倒だからという理由で案が棄却された。

 吹雪を入手するという前置きがあり、夕呼先生は機体を手に入れる

手回しをしていたということだ。だがA─01発足時に、機種転換訓

練で使用したものがあったのにも関わらず、『訓練部隊に回したので

余剰機がなかった』ということだった。

 シミュレーションデータは簡単に入手出来たが、実機を用意出来な

かったという点からここまで開発が遅れた。それに、搭乗する衛士が

13歳というのも問題だったらしい。

 帝国斯衛士官学校では元服を終えた少年少女が衛士としての教導

を受けることが出来る。基本的には将軍家や将軍家縁者の護衛を任

としている城内省管轄の独立武装組織だが、対外的には日本国内にあ

るもう1つの帝国軍ということになっている。

 幼少の頃から武術に触れている彼らの風習を隠れ蓑に、俺を衛士と

して仕立てるというのが夕呼先生と俺とで相談した筋書きでもあっ

た。何か言われようにも『帝国斯衛軍と同じで、白銀 武も軍事訓練

を受けている』ということで、強引に是を言わせるものだ。

 建前は幾らかあったものの、本心としては、俺を実働状態に持って

いくというものだった。現段階では俺の存在は夕呼先生の手札には

ならないというのもある。それに、俺の目的も果たすことは出来ない

のだ。

 ※※※

「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 鉛色の空。大地を埋め尽くすBETA。俺は単機で地上を、空を駆

電磁伸縮炭素帯

カーボニックアクチュエータ

け抜けていた。87式突撃砲は唸りをあげ、関節部と

が激しく伸縮を繰り返す。跳躍ユニットが炎を吐き出し、機体速度が

増減をする。走り、跳ね、回る。止まることはない。

 BETAの波間を休むことなく駆け抜ける。

『データ収集率87%』

「ぐっ、ぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 やがて87式突撃砲は36mm、120mm双方の弾が切れる。腰

部予備弾倉を取り出すが、今の補給で全てなくなった。

30

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 迫りくるBETAに再び照準を向け、跳び上がる。

『データ収集率92%』

「あ〞あ〞ぁぁぁぁぁぁぁ!!!! はあぁァァァァァァァ!!!!」

 駆けろ、駆けろ。止まることは許されない。既に突撃砲は破棄し、

長刀もこれでもかという程振り回した。先程折れたため、切っ先は要

撃級の背中に突き刺したまま、半ば折れた長刀を振るいながら突き進

む。

『データ収集率99%』

「……ッ!!」

 長刀も投棄。次いでに戦車級が集まっているところにぶん投げ、最

後の兵装を装備。二振りの短刀を持ち、いつから入っていたか分から

ないハイヴを駆け抜ける。

『データ収集率100%。データ精査に入ります。……白銀さん、お

疲れ様でした』

「はぁ……はぁ……」

 そんなこんなで、俺はシミュレータルームでシミュレートデータの

収集を行っていた。稼働データからバグを探して潰す。これからは

そんな単純作業が続く。

 網膜投影上に映し出される霞のバストアップ映像から、今後の予定

が伝えられた。

『……この後、純夏さんとプログラム修正を行います』

「はぁ……頼んだ……。次はいつになるか分かるか?」

『……明日です』

「分かった。じゃあ俺は上がるよ」

『……はい』

「お疲れ様」

 俺は筐体から降り、背伸びをした。夕呼先生に言われてから、すぐ

に霞と純夏がOSのインストールを始めて、終わったらすぐに俺はシ

ミュレータに乗っていた。それから休憩なしのデータ作業は、時間間

隔を狂わせる程に集中していたみたいだ。

「午後7時か。シミュレータに乗ったのは2時過ぎだから、正味5時

31

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間ってところだな」

 我ながら長時間搭乗をしていたようだ。普通ならば3時間程で休

憩を入れるが、俺は休憩なしで5時間も搭乗していた。

「おぉっと……、あぶねぇ」

 そりゃフラフラにもなるな。足取りがおぼつかない。筐体の中で

霞と話したが、管制室にいるであろうから直接顔を見てから帰ること

にしよう。

 管制室を覗き込むと、霞がデータを記憶媒体に保存しており、その

隣で純夏がラップトップを弄っていた。

「お〜、霞おつかれ〜」

「……はい。白銀さんもお疲れ様でした」

「5時間も乗ってたなんて、さっき気付いたぞ。いやぁ〜、意外と体力

が付いててよかった」

「タケルちゃん、やっぱり戦術機に乗ると変態になるね。普通、あんな

に乗ってられないよ」

「変態ってなんだよ!? 俺は普通だ!!」

「やーい、変態ぃ〜!! 香月先生も『アイツは変態だ』って言ってt」

 丁度近くにあったビニールスリッパを折り曲げ、純夏の頭に振り下

ろす。スパーンと小気味よい音を鳴らした。

「あいたーーーー!! なにすんのさ!!」

「俺は変態じゃない!!」

「どーしてそんなポンポン叩くのさ!!」

「お前が変態呼ばわりするからだ!!」

「事実じゃん!!」

「ちげーし!!」

 そんな言い合いをしていると、霞が『……コピー完了しました。

……またね』と言って管制室から出ていってしまう。手伝いをしてい

た純夏が俺と言い合っているから、1人で始めようとしているんだろ

う。

「純夏」

「なにさ!!」

32

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「霞、もう行ったぞ」

「え? あ、待ってよ〜〜!!」

 今日からこんな日が続くのだ。恐らくβ版XM3完成は半年以内

に終わるだろう。XM3の基礎概念は俺、プログラマーは霞、制御系

ハードウェアは夕呼先生。ついでに純夏も。開発陣全員が完成形の

XM3を知っている人間だ。しかも前回の開発では、時間に迫られて

いた。先生曰く『開発に費やしたリソースは少ないわよ』とのこと。

今回はかなり手を入れて制作している。精巧なプログラミング、入念

なテストを行い作り上げるXM3は、きっと前の時よりもいいものに

仕上がる筈だ。

 独り背伸びをしてシミュレータルームを後にする。

 ※※※

 ﹇1997年12月30日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第3演

習場﹈

 極度の緊張状態だ。管制ユニット内で独り、今か今かと網膜投影映

像を見ていた。跳躍ユニット・主機の出力を落としてアイドリング状

態にする。

 突撃砲のトリガーに掛かっている指と、出力を落としているフット

ペダルに掛かる足が攣りそうだ。呼吸も徐々に浅くなりつつある。

 刹那、レーダーに反応。

「っ!!」

 望遠映像に移るのは……。

「っクソォォォォォ!! 戦闘データが欲しいとか夕呼先生のバ

カァァァァァァァ

!!!!!」

『あら、まだ相手も1機だけだからいいじゃない。本当だったら一個

中隊とか当てるつもりだったけど?』

「夕呼先生ありがとう!! ホントありがとう!! やっぱり聖母だな!!

 うんッ!!!!」

 鬼がいる。やっぱり、どこの世界に行っても夕呼先生はそのまま

だ。

 一方、状況が激しく動き出していた。俺が乗っているのは吹雪XM

33

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3搭載機。既にβ版も佳境に入り、霞曰く「ほぼ完成しました」との

こと。今XM3に必要なのは、ロールアウトまで漕ぎ着くこと。その

ためには戦闘経験が必須。それが演習であったとしても、だ。そのた

め、夕呼先生は模擬戦を企画したのだ。

 相手は77式戦術歩行戦闘機 撃震。衛士は……

「まりもちゃん……やっぱり強いな!!」

 神宮司 まりも軍曹。夕呼先生の親友で悪友。元日本帝国軍富士

教導団のエリートで、今は帝国軍白陵基地第207衛士訓練部隊の教

官を務めている。そして、俺の恩師の1人だ。

 九・六作戦の初陣からしばらくの間、東アジア戦線で暴れまわった

歴戦の衛士。初陣から配置転換までの間、大陸で無慈悲に残酷にBE

TAを狩る様は『狂犬』と言われる程の人物。帝国軍内でも名の知れ

た熟練衛士。

 まりもちゃんの強さは俺には身に沁みていた。兵科教練、戦術機教

習等々実技や、その立ち居振る舞いや心構えまで。訓練生として2回

教えてもらっているが、まりもちゃん以上の教官は居ないだろう。

 俺はそんなまりもちゃんを相手に戦っているのだ。

 砲撃戦を数合、近接戦を一度している。だが、致命傷を与えられて

いない。俺もダメージは受けていないが、それだけの戦闘をしてもま

だ、撃墜には至っていないのだ。

 チャンスが舞い込む。釣り出しに出たまりもちゃんに突っ込み、近

接砲撃戦を仕掛ける。XM3の先行入力とキャンセル、コンボがあれ

ば、常に入力を続けなければならない近接戦で大きなアドバンテージ

になるのだ。

 現に目の前のまりも機の撃震の動きが、俺の吹雪に追いついていな

いのだ。追いかけ回し、攻撃を繰り出し、誘い、ダメージを与える。離

脱しようにも、俺が退路を塞ぐため、行動が制限されている状況だ。

 遂に逃げるのを諦めたのか、跳躍ユニットを前へ迫り出しバック

ブースト。急制動を掛け、正面の崖を蹴ってこっちに飛んできたの

だ。

 チャンス。すぐに長刀を振り抜く。背部左マウントが持ち上がり、

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74式近接戦闘長刀

火薬式ノッカーが

を弾く。弾かれた勢いを殺さ

ずに、上段から長刀を振り下ろす。しかし、ここでまりも機が避ける

ことは想定済みだ。すぐさま方向転換。跳躍ユニットを一方向へ向

けて推力を偏向。機体を右回転させ、長刀を横一線。まりも機が方向

転換し、こちらに迫っているのは見えていた。

『神宮司機、胴体両断。大破。演習終了です』

 ※※※

 機体をハンガーに戻すとキャットウォークに純夏が来ていた。企

画主催の夕呼先生は別の所にいるのだろうか。管制ユニットを開放

して降りると、純夏が俺を出迎えてくれる。

「お疲れ様、タケルちゃん」

「おー、純夏。ヤバかった気がするんだが、どうだった?」

「多分大丈夫じゃないかなぁ。結局勝ったし」

「それでいいのか、本当に……」

「大丈夫だと思うよ〜。それと香月先生から伝言。第5ブリーフィン

グルームに集合。一度着替えてから来なさいって」

「了解。伝言ありがとう、純夏」

「どういたしまして〜。じゃあ、私は吹雪からデータ吸出しがあるか

ら」

「あと頼むな〜」

 ラップトップを脇に抱えた純夏が、俺と入れ替わりで管制ユニット

に入り込んでいく。俺はそれを見ると、そのまま夕呼先生がいるとい

う、第5ブリーフィングルームに駆け足で向かうのだった。

 ※※※

 ﹇同日 国連軍専有区機密区画第5ブリーフィングルーム﹈

 ブリーフィングルームに入ると、夕呼先生と久々に見る強化装備を

着た女性の後ろ姿があった。主観で言えば半年程度だが、体感はかな

り長い間会っていないような気がする。

「来たわね」

「ちょっと香月博士!! 説明を要求します!!」

「キャンキャン煩いわね、まりも。アンタの求める説明は、コイツが来

35

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てからじゃなきゃ出来ないのよ」

 夕呼先生にそう言われたまりもちゃんは、俺の顔を見ると心底驚い

た。愕然という言葉の方が当てはまるかもしれない。信じられない

ものを見た、とも言える。俺を観察したまりもちゃんは、そのまま夕

呼先生に掴みかかろうと攻め寄るが、先生はそれをあしらいながら話

を始める。

「貴女ッ!! この子、国連軍の軍服を……?!」

「はいはい。それもこれもアンタに説明するから、ちょっと落ち着き

なさい」

「ふーっ、……それで、説明をお願いします。香月博士」

 流石、切り替えが早い。とはいえ、気になっているのは目に見て分

かる。俺と夕呼先生の顔を何度も往復している目を見れば、さっさと

説明して欲しいといったところだろう。

 夕呼先生はすぐに説明を始める。

「まりもには始め、『調子に乗ってる新任少尉がいるから、叩き潰して

あげなさい』って言ったわよね?」

「えぇ。訓練校を主席で卒業、戦術機適性は通っていた訓練校歴代1

位、教官をのして任官した傲慢な新任少尉の相手をしろとおっしゃい

ました」

「で、結果はまりもの惨敗」

「そんなことは分かっています!! ですが、あの吹雪の機動は常軌を

逸していました。硬直時間もほぼなく、次々に繰り出される複雑且つ

奇っ怪な機動制御。挙げ句、光線級がいつ撃ち抜くか分からない空を

飛びました。確かに衛士としての技量は新任少尉にしては高いです

が、もっと別の要因があるように思えるんです」

「流石まりも。気付いているじゃない。そう、まりもが相手にして吹

雪には、私の研究の副産物を利用した新OSを搭載してあったの」

「新OS?」

「正式名称はXM3。特殊な機動概念を持つ衛士の提案を私が採用。

先行入力・キャンセル・コンボと呼ばれる機能を追加・最適化したO

Sと、OSを動かすために必要な演算処理能力を戦術機に与えるた

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め、私の研究からスピンオフした並列処理半導体を使用したCPUを

搭載しているわ。分かりやすく言うと、追加された機能以外にも副次

的な効果として、戦術機の反応速度が約30%アップしているわ。こ

の意味、分かるわよね?」

「え、えぇ……。それだけ反応速度が上がれば、レスポンスがシビアに

はなるけど、今よりも繊細な機動が実現できます」

「そうね。反応速度向上に加え、処理待ちをしている機動制御シグナ

ルに強制的に介入、別のシグナルの優先度を上げて操作を行う先行入

力。実行中・処理待ちの機動制御シグナルを削除することで実行中の

動きを中断したり、誤った入力を消去することの出来るキャンセル。

衛士の入力した機動制御シグナルをパターン化し、一定の入力以上を

行うと自動で機動制御を実行するコンボ。これらの機能によって、こ

れまでの戦術機の制御は格段に簡略・円滑化しているわ」

「スタビライザの自動制御で転倒中に受け身を取る強制入力時に実行

中の機動制御シグナルを先行入力とキャンセルを行うことで、受け身

をキャンセルして倒れた状態で離脱も出来る、ということですか」

「そういうこと」

「なるほど……。非常に気になるお話ですが、そこにいる子は?」

「あぁ、そいつは白銀。OSの基礎概念の持ち主よ」

 平然とそう吐き捨てた夕呼先生に、まりもちゃんは遂に目が点に

なった。恐らく、負荷オーバーでも起こしたんだろう。すぐさま再起

動が掛かり、まりもちゃんは俺に話し掛けてくる。

「わ、私は極東国連軍 第207衛士訓練部隊教官 神宮司 まりも

軍曹です」

 階級章を見たらしく、敬語で俺に話し掛けてくる。

「俺は極東国連軍……えぇと、俺ってどこの所属ですか?」

「……私の助手」

「極東国連軍 香月 夕呼大佐相当官付の白銀 武少尉です」

 変な肩書になった。始めはTF─403と言いかけたが、一度夕呼

先生に確認の意味を含めた視線を送って正解だった。どうやらまり

もちゃんには知らせるべきでない話だった。

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「……っ」

「……」

 沈黙が俺とまりもちゃんの間に流れる。それを夕呼先生が壊した。

「ちなみにさっきの吹雪の衛士、コイツだから」

「えぇーーーーっ

?!?!?」

 まりもちゃんの感情は、このブリーフィングルームで何回切り替

わったのだろうか。俺は夕呼先生とまりもちゃんの言い合いを遠目

に見ながら、今後のことを考えるのだった。

 夕呼先生が俺を人前に出した、ということは、今後はもっと動くこ

とになるという前兆のような気がしてならなかったからだ。きっと

それは危険なことでもあるだろうし、夕呼先生のためになることでも

あるだろう。そして、ゆくゆくは俺と純夏のためになることだ。

 覚悟を決めなければならない。俺は再び、この世界で戦うことを覚

悟した。

「も〜〜!! 夕呼のバカ!! 上層部に知られたらとんでもないことに

なるわよ!! し、少年兵だなんて!!」

「あら、そんなこと言ってもいいのかしら? これでも19よ」

「じ、19ぅぅ

!?!?!?」

 それは嘘。まりもちゃん、夕呼先生の嘘に騙されないで……。

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episode 05

  ﹇1998年1月4日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 

第3シミュレータルーム﹈

 私が始めた見た"彼"の印象は複雑だった。幼い顔付き、小さい体

躯でありながらも屈強な肉体、その目に宿る意思の強さ。ここまでち

ぐはぐな人は初めて見た。少しの間、近くに居て印象はすぐに変わっ

た。性格もちぐはぐで、年齢相応の発言もすれば、年齢不相応の発言

もする。話していて何処か、私と同い年か年上かと思うような物言

い。見えてきた彼の背景と心は、見るに堪えない程ズタボロだった。

そう、ひっきりなしに責め立てられる前線の兵士のように。何もかも

が憎く、BETAを恨み、世界に絶望したような。大陸に居た頃、時々

見かけた壊れた兵士のような姿。かと思えば夕呼が近くに置いてい

る幼子、社 霞や、彼が"スミカ"と呼ぶ女学生くらいの少女の前で

は、軽口を叩きながらも滲み出るオーラは温かく優しいものだった。

『神宮司軍曹。順応教習中に考え事ですか?』

「あ、いいえ。なんでもないわ」

『そうですか。お疲れでしたら、この辺りで切り上げてもいいんです

が……』

「大丈夫よ。まだ全然元気なんだから」

『あははっ、その様子ならまだまだいけますね。これまでは機動制御

の見直しでしたが、もう戦闘演習に入りましょう。ということで霞、

ヴォールクデータ。状況、地上陽動50%、支援50%』

 げっ。この子、可愛い顔して結構洒落にならない設定を入れてきた

わ。しかも、よりにもよってヴォールクデータなんて……。反論をし

ようとしたものの、すぐさま社少尉が管制室から制御をしてしまう。

『了解。ヴォールクデータ。地上陽動50%、支援50%。随伴はF

─15C一個中隊』

『サンキュー。じゃあ、行きますよー神宮司軍曹!!』

 シミュレータ筐体内の映像が切り替わり、ミンスクハイヴの映像が

表示される。周囲にはBETAや戦術機の残骸が転がり、私と白銀君

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の後方にUNカラーのF─15Cが一個中隊出現した。

 もう拒否しても駄目だろう。諦めてヴォールクデータに挑むしか

ない。

「……はい」

 白銀君の言葉に、なんとか絞り出して出てきた返事がそれだけだっ

た。流石に、いきなりヴォールクデータはキツい。

 ※※※

 ﹇1997年12月30日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区

画 第1ブリーフィングルーム﹈

 白銀君の駆るXM3を搭載した吹雪にこっ酷くやられた日の夜、私

は夕呼に詰め寄っていた。丁度PXに顔を出したところを捕まえ、彼

女に無理を言って機密区画に通してもらったのだ。

「何よまりもぉ〜。この頃男日照りで飢えてるからって、親友である

私を襲うなんて」

「違・い・ま・す!! 聞きたいことがあったの」

「ふ〜ん」

 私のことを揶揄った夕呼は、近くにあった椅子に腰掛けて脚を組ん

だ。私も近くから椅子を引っ張ってきて、夕呼の前に腰を下ろす。

「今日貴女に紹介された白銀少尉のことよ」

「あぁ、よりにもよって白銀を……。一応確認は取っておくけど、犯罪

よ?」

「違ぁーう!! いい加減そこから離れてよ!!」

「残念。でも本気だったとしても、アイツは駄目よ」

「……夕呼?」

「……なんでもないわ。それで、話しって何?」

「だから白銀少尉のこと。社少尉のことは何となく話は聞いてるけ

ど、白銀少尉は別よ。彼は軍事教練も受けているみたいだし、衛士と

しての腕前も本物。新任衛士ですら軽く超える実力よ。熟練衛士に

迫る程であると言ってもいいわ」

 そう。あの見せつけられた腕前は本物だ。あのこと戦術機操縦に

関しては魑魅魍魎が跋扈していた富士教導団でさえ、あそこまで飛び

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抜けたものは見たことがない。それが新型OSが理由であるかない

かに関わらず。それだけ、あの戦術機操縦技術は異常だったのだ。

「そうね。アイツはまりものいた富士教導団や本土防衛軍帝都守備隊

のエース並かそれ以上よねぇ」

「えぇ。だからこそ、彼の腕前に納得がいかないの。年齢にそぐわな

い能力の数々は、あれで19歳というのは嘘でしょう? 見た目的に

も」

 私が戦った時間、ブリーフィングルームで顔合わせをした数分間だ

けで何となく分かってしまったのだ。あの"白銀 武"という少年、

おかしすぎる。

「まりものその見立ては間違ってないわ。19歳というのは嘘。本当

は13歳」

「っ?!?!」

「言いたいことは分かるわ。彼は少年兵よ」

「ゆ、夕呼ッ!! 流石にこれは看過できないわよッ!!」

 ひと目見た時から分かっていたが、やはり思い違いではなかった。

顔付きと着せられている軍服から、どう見ても少年兵にしか見えな

かったのだ。もし、低身長なだけだったとしても、それにしては童顔

過ぎた。

 そうであって欲しくなかった。前線国家では子どもでさえ、戦場に

駆り立てられては散っていたのだ。目の鼻の先まで迫っているとは

いえ、日本国内で少年兵なんて許される訳がないのだ。

「分かっているわ。だけどね、まりも」

 脚を組み直した夕呼は、鋭い目つきで私を睨みつけながら言った。

「これは戦争なの」

「……でも」

「アイツには必要とされる衛士としての知識、異常な戦術機適性、実戦

機動に耐えうるだけの体力と新OSの基礎概念を持つ程特殊だわ。

アイツは戦場で死ぬ覚悟もある、そう言ったわ。だけど、そんなアイ

ツを衛士として籍を置かせたのは私よ」

 それに、と続けた夕呼。

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「それに、アイツは私の研究にも必要。まりも、アンタは外縁だけでも

知っているでしょう? 知ってなければ富士教導団のエリートが

こんなところ

で軍曹なんていう階級引っ下げて教官してる訳ないも

のね?」

「……えぇ」

 あんな子どもまで戦場に立たせなければならない程なのか。そう

疑ってしまうが、この眼で見た光景はそれを否定する。人類には余裕

がないのだ。未曽有の侵略者に、私たちは守るべき子どもまで駆り立

てねばならぬほどであるのだ。

 悔しいかった。ただただ悔しかった。

「じゃ、この話は終わり。まだ私の助手扱いだけど、時期が来れば少し

ずつ表に出てくるわ。その時はまりも、アンタに任せることもある

わ」

「分かった……」

「はい。じゃあ、ここの施錠はよろしくね」

 スッと立ち上がった夕呼はそのままブリーフィングルームから出

て行ってしまう。残されたのは未だ座っている私と、目の前に残され

た椅子。

 夕呼、椅子を片付けて行かなかった。

 ※※※

 ﹇1998年1月11日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第4演習

場﹈

白銀機

吹雪XM3搭載機

 相変わらず変態的な機動制御を行う

を追いかけ回す。今ま

ではすぐに後ろを取られて、追いかけ回されるばかりだったので、こ

こまで来たのは大きな進歩だろう。

 疾く駆ける。一秒でも遠く、一瞬でも速く。逃げている間でも、相

平面滑走

サーフェイシング

手の隙を見逃すな。

しながら、障害物の間を縫うように高速

移動をする。今、演習場で戦っている2機を見た他の衛士はきっと

『あんな動き、吹雪と撃震が出来たか?』と思うはずだ。私の撃震を追

いかけ回す吹雪は、それこそ障害物を巧みに使いながら追いかけてく

る。さながら障害物競走のように。

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 平面滑走、短距離跳躍、急旋回をしながら、アクロバットな三次元

機動を行う。徐々に詰められていく距離を離す努力をしながら、状況

を覆す手立てを探す。

「くぅぅぅ……!! ここで、ぇえぇぇい!!」

 急角度のインメルマンターン、ハイヨーヨー、急制動しつつ鋭角に

旋回。吹雪の目の前まで来ると、そのまま跳躍ユニットが出力全開に

なり、唸りを上げて急上昇を行う。ついてくる吹雪目掛けて倒立反

転、そのまま加速しながら長刀を振り抜く。

「あ"ぁぁァァァァァ!!!!」

『なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ

!!!!!』

 急上昇していた吹雪が倒立反転したまま落下してくる撃震を回避

するため、脇に逸れたところを狙う。白銀君の癖は、ここ2週間の教

導で理解した。だからこその攻撃。回避する方向は一定なのだ。そ

こを狙って、長刀で斬りつける。

 攻撃の結果を確認することなく、地面手前で跳躍ユニットの噴射口

を地面に向けて出力全開にし運動エネルギーを相殺するが、勢いを殺

しきれずに地面へドスンと着地した。

 頭上の吹雪を確認すると、左肩部装甲ブロックから腕部まで全てを

失い、左跳躍ユニットも脱落していた吹雪が浮いていた。チャンス

だ。このまま大破まで追い込む。

 すぐさま飛び上がろうと跳躍ユニットの出力を上げるが、なかなか

離陸してくれない。足元を見ると、撃震の脚部が地面にめり込んでい

た。強引に脚を引き抜いて、再び吹雪の所在を確認すると、既にすぐ

そこまで迫っている。

「しまった!?」

『ぅおらぁぁぁぁ!!』

 長刀を構えたまま落下してきたのだ。私がさっきしたことを、その

まま返される。今度は回避することもままならず、撃震をコクピット

ブロックごと切り裂いたのだった。

『神宮司機、コクピットブロック両断。衛士死亡。演習終了です』

「……また負けた」

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 悔しい。ここまでやっておきながら負けてしまったことが。

『白銀さんと神宮司軍曹はハンガーへ戻り、第2ブリーフィングルー

ムに集合してください。強化装備のままで大丈夫です』

『了解』

「了解しました」

 今日の演習で何戦目だろうか。年明けから毎日のように、何戦も実

機演習を行ってきた。UNブルーの撃震がオレンジ色になるまで演

習を繰り返した。整備班長に怒られることもあった。

 届かない。吹雪を駆る白銀君に。XM3を搭載した私の機体でも、

大陸からこの方ずっと乗り続けて癖もなにもかも知っている愛機で

オペレーション・バイ・ライト

も。世代差もあるかもしれないが、私の撃震は

化や装

電子装備

アビオニクス

甲材軽量化、パーツや

を最新モデルに換装、対レーザー蒸散

塗膜塗布加工がしてあるため、そんなものはあってないようなものな

のだ。第2世代水準機と第3世代のダウングレードされた訓練機な

んて、差があってないようなもの。なのに、白銀君の吹雪には敵わな

い。

 ハンガーに機体を戻すと、整備と清掃のために取り付いた整備兵た

ちが『こりゃ脚部ヤバイな』や『今回も派手に動き回っていたな』と

言っていたが、何処からか『あの吹雪の腕を切り飛ばしたのを見た時

には、遂にやったと思った。今まで手も足も出なかったことがあった

くらいだからな』と。確かに、これまで与えたダメージの中では一番

大きいかもしれない。だが、私はそれでは満足しない。やるからには

倒したいのだ。

 ※※※

 ﹇同日 第2ブリーフィングルーム﹈

 強化装備のまま指定されたブリーフィングルームに入ると、既に白

銀君と社少尉が来ていた。他には夕呼も来ているようで、近くの椅子

に腰を降ろしている。

「……神宮司軍曹が到着したので、デブリーフィングを開始します」

 社少尉がそう切り出し、デブリーフィングが始まる。

AH戦闘演習

「……先程の

によって、β版だったXM3が完成しまし

44

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た。既にバグの除去も終わっています」

「そ。……約1ヶ月お疲れ様」

「……今後のXM3の扱いについてですが、香月博士から既に指示が

出されています」

 社少尉はXM3搭載機の数を増やすことを伝えた。決定している

だけで白銀君の吹雪と私の撃震。他にも撃震の4機と吹雪4機、不知

火2機が確定とのことだった。私の撃震がXM3搭載機になったこ

とで、白陵基地の撃震旧OS搭載機を新たに回すということになっ

た。今後も増えていく予定であり、最初は夕呼直属部隊に先行量産型

実戦証明

コンバットプルーフ

を搭載し、

を行うということだった。その先のことは何も

言わなかったが、既に予定立てていると思われる。

 XM3が完成に漕ぎ着けたということは、今後白銀君と戦闘訓練を

行うこともないということだ。勝ち越しされるのは嫌だ。むしろ、負

け越しする方が嫌だ。なんとしても勝ちたい。そう考えている私を

尻目に、社少尉が説明を続ける。

「……神宮司軍曹には今回の功績によって大尉に昇進。おめでとうご

ざいます」

「へ? あ、ありがとう……?」

 白銀君が夕呼の助手ということは、特殊任務も受けることが多いだ

ろう。何処かのタイミングで再戦を申し出ておかなくてはいけない。

 というか今、社少尉はなんて言った? 私が昇進?

「ちょっと待ってください。私が昇進? しかも大尉ですか?! 4階

級特進なんて聞いたことないですよ!!」

「アンタは訓練生の子守りをしながら、XM3の教導マニュアルを作

成して正規兵に教導してもらうから」

「なっ?!」

「仕方ないでしょ〜? 白銀はこんなだし、他にXM3を扱えるのが

いないのよ」

「……り、了解」

「ちなみに訓練生の子守り中は軍曹だから」

「……はい」

45

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 長年の付き合いで分かっている。夕呼は無茶苦茶なことをする。

何度反論しても、何度抵抗しても無意味なのだ。ならば素直に従う方

が身のためになる。溜息を吐きながら、私は夕呼から階級章と辞令を

受け取る。

「霞、俺は?」

「……白銀さんは、当面の間は何もありません」

「そんなぁ……」

 白銀君には当分の間、お暇が与えられたようだ。夕呼曰く、白銀君

は対外的には兵士ではないらしい。それを垣間見る出来事は何度も

あった。実機訓練の際は、基本的に屋外で降りることはないのだ。管

制ブロックを開けるところはハンガーの中だけで、夕呼直属部隊用の

ハンガーの一番奥でしか開閉することはない。夕呼にそう厳命され

ているんだとか。しかも強化装備に着替えるのは管制ブロック内。

出歩く際は国連軍C型軍装か作業着で、非戦闘員に紛れて出歩いてい

るという。白銀君本人も煩わしく思っているようで、「こればっかり

は年齢ですし、仕方ないですよ」と言っていた。

 確かにそうかもしれないが、やはり何処か寂しいなと思ってしま

う。もっと自由に出歩きたいと思っているだろうし、面識があるのは

どうも私と夕呼、社少尉と"スミカ"くらいに見える。

 どうにかしてあげたい、と考えつつも私はブリーフィングルームを

出て、新たな仕事を始めるのだった。

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episode 06

  ﹇1998年4月1日 朝鮮半島海南郡沖﹈

 先生、俺はアンタを恨むぜ……。事の始まりは4日前に遡る。

 3月の下旬。純夏と霞の3人で他愛のない話をしていた。俺は年

明けにXM3が完成して以来、体作りとシミュレータ訓練、勉強くら

いしかしていない。純夏も勉強と並行して筋力・体力作りに燃えてお

り『体が引き締まったッ!!』と喜んでいた。霞もそれに付き合って、

程々に訓練を交えつつも、メインの頭脳労働をしている。そんな俺た

ち3人が話していると、そこに夕呼先生がこう言ったのだ。

『アンタ。ちょっと朝鮮半島行ってきなさい』

 と。拒否する間もなく、準備が進められていた。そして、気付いた

時には黄海を航行する戦術規母艦の中に居た。

 夕呼先生から俺に与えられた任務は簡単だ。俺には身分詐称が厳

光州

クアンジュ

命されており、

作戦に於いて国連軍司令部防衛の強化と陽動を

行うこと。所属は極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊 ウェン・

リー少尉。ユーラシア極東戦線に於ける激戦の最中、壊滅した部隊が

ごちゃごちゃに固められて出来た部隊の補充要員として入ることに

なっている。

 先生が『悲劇を止めるならここからよ』と俺に言っていた。つまり、

俺がしなければならない事は"そういう事"なのだ。だから国連軍

司令部を守れ、という任務が与えられたのだろう。

「いいさ、やってやる」

 俺はそう呟き、戦術機に乗り込んだ。

 今回、俺が乗る戦術機は吹雪じゃない。モグリであることを悟られ

ないため、極東国連軍光州基地に配備されている戦術機と同系統のも

のを夕呼先生が用意した。F─15Cだ。これにXM3を搭載して

慣らし運転をしてあるものを持ってきている。少々動きが異常にな

るかもしれないが、俺の生還も厳命されているため、何か言及される

ようなことがあれば、どうにかして回避しろとのこと。最悪、処分し

なければならないという。それに、万が一撃墜された場合は、管制ユ

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プラスチック爆弾

ニット内に仕掛けてある時限式

を爆発させろとのこと。OS

を機体毎吹き飛ばせとのことだった。

 髪型を少し変え、俺は戦術機母艦から飛び立った。目的地は既に戦

闘が開始されている第2防衛線。

 ※※※

 ﹇同日 光州作戦第2防衛線﹈

 極東国連軍光州基地第13戦術機甲中隊と合流。この時、第2防衛

線は混乱を極めていた。既に第13戦術機甲中隊は半壊。合流前は

残存機5機という状況にあったが、俺が加わったことで少し持ち直し

たようだ。

『貴官がHQから連絡のあった補充兵か? 俺がこの

第13戦術機甲中隊

ザー

隊長 アレックス・ミラー大尉だ。ウェン・リー

少尉だったな、よろしくな』

「はッ!! よろしくお願いします!!」

 アレックス・ミラー大尉。極東国連軍に属するソ連系だという。社

会主義思想が嫌になり、国連軍に入ったとか。中年で白髪なナイスな

ミドルだ。

『俺はイ・ヒョンジュン少尉。よろしくな、坊主』

「よろしくお願いします」

 頬の痩けた韓国人青年のようだ。ソウルに住んでいたが、韓国軍が

散り散りに敗走してしまったため、国連軍に籍を置いているという。

『イ・スギョン中尉よ。よろしくね』

「よろしくお願いします」

 こちらは韓国人女性。半島の北の方に住んでいたらしいが、軍がな

くなってしまったので国連軍に籍を置いているという。

『済まないが残りの2機は後退している。損傷が酷かったのでな。中

の衛士も重傷だったみたいで、こっちに戻ってくるのは難しい』

 ミラー大尉はそう言って、オープン回線で状況説明を始める。現

在、第13戦術機甲中隊の担当戦域にはBETAがいない。全て始末

したという。しかし、これから続々とBETAは来るだろうと予想さ

れているとのこと。両隣の戦域でも、第13戦術機甲中隊のように脱

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落者が多数いるらしく、既に後方へBETAが流出しているというの

が現状。第2防衛線残存兵力は、第1防衛線から後退する戦術機甲部

隊の支援を行いながら、第3防衛線まで後退。国連軍司令部と背後を

進行する民間人たちの誘導を支援せよという命令が司令部から下っ

ているのだ。この際、第3防衛線まで撤退する最中は砲兵部隊や黄海

に展開している日本帝国海軍・統一中華戦線・大東亜連合・国連軍混

成艦隊による支援砲撃が行われるとのこと。

 既に第1防衛線残存兵力は後退を始めており、少数の戦術機甲部隊

J─8

が後退中であった。俺たちの戦域に通過するのは、2機の

。統

強制脱出

ベイルアウト

一中華戦線所属機。双方共に損傷を受けており、片方には

て負傷している衛士が搭乗しているという。

『リザード1より第1防衛線から撤退中のJ─8。所属と階級、状況

の説明を求む』

 ミラー大尉が戦術データリンクに映った機影に通信を呼びかける。

するとすぐに応答が入った。

『トライアド1よりリザード1へ。統一中華戦線 第66戦術航空連

張チャン

隊 

大佐だ。我々が第1防衛線から引き上げる最後の部隊だ。双

オレンジ

方の機体ステータスは

。俺の機体は左腕と右跳躍ユニット、

僚機は右脚と頭部が特に状態が悪い』

『リザード1よりオールユニット。リザード隊はトライアド隊の2機

をエスコートしながら、一度第3防衛線まで後退する』

『『「了解」』』

 ※※※

 第3防衛線の状況もいいという訳ではなかった。BETAとの戦

闘は発生しており、押し潰され掛けていた。トライアド隊の2機は統

一中華戦線司令部と連絡を取ることが出来、負傷者を降ろしてから予

備機に乗り換えて戻ってくるとのこと。俺たちは第3防衛線の補強

のため、戦列に加わり戦闘を繰り返していた。

 XM3を搭載したF─15Cの機動はやはり、旧OS搭載機よりも

機敏に動くことが出来る。撤退中にそのことをミラー大尉やイ中尉、

イ少尉にも聞かれた。しかし、答えることはせず、『お前の腕がいいん

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だろうな』とミラー大尉が纏めてしまった。

 とはいえ、俺の機体のみ動きが機敏なのは徐々に国連軍部隊内でも

広まりつつあった。それに、担当戦域の掃討が終わると、俺たちは他

の戦域へ移動しては戦闘を繰り返していた。ミラー大尉が『俺たちの

部隊も壊滅したが、機体のステータスに問題はない。ならばすること

は味方の援護だ』と言って、司令部の許可の元で転戦することになっ

たのだ。

リザード4

ウェ

ン・

リー

分隊

エレメント

『リザード1より

は俺と

、イ両名はそっちで分隊を組

んだ方が機能するだろう』

「リザード4了解」

『リザード2了解。確かにリザード3との連携の方が安定しますが

……』

『リザード3了解。俺たちで組んだ方がいいに決まってる。ウェン少

尉の機動についていけるのなら、俺はミラー大尉と組むが?』

『バカ言わないで。無理よ』

『なら言うな』

 即席分隊を形成し、第3防衛線を転々としつつあると司令部から

オープン回線で通信が入る。日本帝国大陸派遣軍が突如として担当

戦域を離脱。避難民を海南船舶ターミナルへの誘導のため、戦術機・

戦車部隊が後退。自走砲部隊は変わらず支援砲撃を続けているとの

ことだった。

 これが恐らく『光州作戦の悲劇』だ。大陸派遣軍司令官を務める彩

峰 萩閣中将が独断で命令を下したものであり、『人は国のために成

すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきこと

を成すべきである』を実行したまでに過ぎないということだ。戦列を

離れることは、1つの軍団としては大問題ではある。しかし、彩峰中

将は"成すべきことをした"に過ぎないのだ。人として。だからこ

そ、それだけ部下が付き従っているといえる。

 行動を起こすのなら今しかない。俺はそう考え、ミラー大尉に上申

をすることにした。今、遊軍になっている崩壊した部隊を集結させ、

国連軍司令部正面に展開すれば守りきれるかもしれない。

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「リザード4よりリザード1へ。我々は第2防衛線以前から撤退した

戦術機を纏め、日本帝国軍の抜けた穴を塞ぎに行きましょう」

『リザード1よりリザード4。理由を聞いてもいいか?』

 怪訝な表情をしたミラー大尉から、俺は理由を聞かれた。ここで説

得をしなければ、このまま国連軍司令部はBETAに蹂躙されてしま

う。それはなんとしてでも避けなければならない。

「はッ!! 日本帝国軍の担当していた戦域は押されつつありました

が、残存戦力は一個連隊程でした。しかし、それらの殆どが抜けてし

まったとなると、進行中のBETAが最終防衛線を抜け、後方の国連

軍司令部に到達してしまいます。各戦線には防衛線から後退してき

た戦術機甲部隊が合流をしていますが、どこも手詰まりなはず。なら

ば、防衛線の支援のために転々としている俺たちが向かうべきです。

幸いにして、第3防衛線は徐々に後退中。最終防衛線の戦力増強がな

されるため、遊軍となる我々にしかその穴を塞ぐことは出来ません

!!」

『……まだガキの癖になぁ。よし分かった。リザード1より全

負け犬隊

アンダードッグズ

。俺たちは各防衛線で撤退の遅れたMIA部隊だ。司令部

も俺たちのことを把握している人間はあまりいない』

 負け犬隊。ミラー大尉が第3防衛線で転戦する中、増えていった戦

術機たち。それは第1防衛線や第2防衛線から、全滅したと思われて

いた戦術機たちだ。その実、前線に残って足止めをしていた連中だ

が、どうにか後方にたどり着いた奴らで出来た臨時編成大隊だった。

どの機体も何かしら部位が破損しているものばかりだが、まだまだ戦

える者たちでもある。だからこうして、転戦する中で拾ったミラー大

尉に付いて来ているのだ。指揮官だったり新兵だったり、J─8やF

─15C、MiG─21 bis、MiG─23、F─4E等など。統

一中華戦線、極東国連軍、大東亜連合軍といった部隊で成された混成

部隊が出来上がった。

『リザード1よりオールユニット。これより日本帝国軍が抜けた穴を

塞ぐべく、国連軍司令部の正面に展開する。司令部が落ちれば、俺た

ちがここに来た意味はない!! 俺たちの守るべき民は日本帝国軍に

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任せよう!! 俺たちはここで死ぬべきではない!! 俺たちはユーラ

シアに忘れられた戦士だッ!! 俺たちの生き様、俺たちの武勇、俺た

母なる大地

ユー

ちの想いをこの

に刻みつけろッッッ!!』

『『『『『応ッ!!』』』』』

 周囲に集結していた戦術機が一斉に跳躍ユニットを稼働させる。

次々と浮き上がり、頭を向けるのは最終防衛線。国連軍司令部に向か

うBETA集団だった。様々な戦術機たちは、そのBETAを殺戮す

べく飛び立ったのであった。

 ※※※

『……こちら第221歩兵連隊。もう持たない!! 兵士級や闘士級は

どうにかなるが、戦車級や要撃級は対処出来ない!! 至急救援を!!』

ヌクッテ

韓国語:オオカミ

連隊。残弾2割を切った!!!! もう前線への支援砲撃を満足

に行えない!!』

『ぐああァァァァァァァ!!! く、駆動系が!! や、止めろ止めてく

れェェェェ!!! がぼ』

 ボロボロの戦術機甲部隊が国連軍司令部前面の最終防衛線に到着

したのは、もう少しで戦線が完全に崩壊する一歩手前だった。数機の

戦術機と歩兵・戦車部隊による懸命な戦闘が行われている最中、俺た

ちは火線の正面に降り立ったのだ。

『リザード1より国連軍司令部に通達』

 オープン回線を開いたミラー大尉は話しながら、迫り来る戦車級や

要撃級を撃ち続ける。

『リザード中隊……第2防衛線の第13戦術機甲中隊か!? 奴らは全

滅したのでは?』

 恐らく国連軍の指揮を執っていると思われる将校の映像が映し出

される。その顔には焦りと恐怖からか、脂汗が額から滲み出ていた。

HQ司令部

『リザード1より

。俺たちは、各防衛線から忘れ去られた衛士だ。

総勢37機。統一中華戦線、大東亜連合、国連と様々な軍に属してい

るが、ここが堕ちれば光州作戦の意味が無くなってしまう。日本帝国

軍には俺たちの家族を守ってもらう。代わりに俺たちがここを守る

!!』

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『そうか……。最終防衛線を頼んだ』

 ミラー大尉はそれに答えることはなかった。

『張大佐。弾薬と推進剤は』

『推進剤はあまり補給出来ていないが、弾薬は別だ。歩兵の後方に補

給コンテナが設置された。突撃砲の補給と、何処から持ってきたのや

ら長刀まである』

『ありがとうございます』

 戦域データリンクに補給コンテナの位置が表示される。総数20

基。その殆どが突撃砲のものだが、1つだけ長刀のものもある。どう

やら第2防衛線にあった日本帝国軍のものらしい。これだけあれば

機体が壊れるまで戦い続けることができる。

 極東国連軍司令部正面に展開した戦術機甲部隊は、その損傷からは

想像も付かない程の動きを見せることとなった。元々機体自体にあ

まりダメージのなかったリザード中隊に、予備機を取って戻ってきた

張大佐のトライアド隊を中核としていることは一目瞭然だった。所

属はバラバラだとしても、そこが守らなければならない場所であると

言わんばかりに。他の司令部は撤退済みであり、残すところ俺たちが

守る国連軍司令部のみとなっていた。避難民の収容は国連軍の輸送

船を使用しているという理由もあり、司令部撤収のための輸送船はま

だ接岸出来ていないのだ。

 しかしながら、そのような状況下にあったとしても、俺たちは戦い

続けた。瓦解すると思われていた国連軍管轄の防衛線は、司令部目前

で持ち直していた。戦術機母艦に戻っていた各軍の戦術機も、続々と

救援のために最終防衛線に集結しつつある。

 そして最終防衛線での戦闘開始からおよそ60分後。国連軍司令

部撤収の時間を稼いだ混成部隊と共に、司令部非戦闘員が朝鮮半島か

ら撤退。光州作戦に於ける、最大の危機は脱することが出来たのだっ

た。

 ※※※

 ﹇1998年4月2日 東シナ海洋上﹈

 俺たちリザード中隊が収容された戦術機母艦には、乗り合わせた他

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軍の戦術機があった。俺たちは国連軍ではあるのだが、黄海で強襲上

陸を務めた大東亜連合と統一中華戦線の戦術機母艦はおよそ7割が

轟沈していたのだ。そのため、作戦終了時に戦術機を収容する母艦の

数が足りなくなったのだ。

「いやぁ、助かった。極東国連軍が強襲上陸の時に使った戦術機母艦

俺たちのところ

が無傷で何隻も残っていたんだろ? 

は搭載機数1

2機の母艦に16機乗せるもんだから、帰還の時は機体を乗り捨てる

こともあるんだ」

「そら知りませんでした。統一中華戦線の戦術機母艦はソ連のレンド

リースとライセンス生産のものがほとんどだと聞きましたけど、数は

足りないんですか?」

「造船所も明かりが落ちないくらいに働いてるんだが、それでも足り

なかったんだ」

「張大佐が乗った母艦も?」

「もちろん。俺たちの連隊には戦術機母艦が7隻与えられていたが、

それでは連隊全機は載せれないからな。甲板に潮さらしにするしか

なかった」

 戦術機母艦のハンガーに、俺とミラー大尉、張大佐が集まって話を

していた。行きに俺の戦術機を載せていた母艦だが、俺を送った後は

光州作戦に参加した国連軍の指揮下に入ることになっていた。俺が

帰る時にも、この戦術機母艦を使うようにと夕呼先生に言われていた

のでその通りにしている。

 しかし、先生も想定外だろう。俺を編入した部隊は俺を残して全滅

すると思っていたらしく、また、戦場で共闘した他軍の戦術機を載せ

ることになる等眼中にすらなかった筈だ。俺のF─15Cの秘密を

知られる可能性は捨てきれないが、先生への意趣返しのためとでも

思っておこう。

「しかしなんだ、ウェン少尉のF─15Cはおかしな動きをするんだ

な」

「張大佐……」

「詮索はしたくはなかったんだが、単純に興味だ。俺の知っているF

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─15はあんな動きはしない。設計思想からしても、近接戦闘は開発

元からしても考えられないからな。だが、ウェン少尉の戦闘スタイル

は俺たち統一中華戦線やその他、自国領土内にハイヴを抱える国にあ

りがちな近接密集戦闘だ」

「お、俺の所属していた訓練部隊では、そのようには教わらなかったん

です」

「はははっ!! なるほどなぁ。そりゃ、砲撃戦向きの機体なのに近接

中身俺

密集戦を行う訳だ。

がそう出来てないならな」

 ゲラゲラ笑い、俺の肩を叩く張大佐はタバコを吸いながら、一度深

呼吸をした。

「戦友になったお前らに、恐らく後から聞かされることを先に伝えて

おこう」

 戦場で戦っていた時の雰囲気に切り替えた張大佐は、俺たちが椅子

代わりにしていた突撃砲の弾薬箱にもたれ掛かりながら淡々と話し

始める。

「光州作戦に投入された戦術機、およそ9割を喪失。俺たち統一中華

戦線機は残存が俺と僚機になった金中尉が乗っていた予備のJ─8

だけ。他の軍も変わらないんだろう? 参加機数が多かった国連・日

本帝国軍は帰還機数が多かったとしても、統一中華戦線も他国軍も同

じだ」

「大東亜連合に組み込まれた朝鮮人民・大韓民国軍も同じです」

チョルウォン

の奴か」

 鉄原。確か朝鮮半島中央にある地域だが、その地名には聞き覚えが

ある。ハイヴが建設された場所。光州作戦時にはすでに陥落してい

て、衛星がBETAがハイヴを作っているところを確認しているのだ

ろう。

CIC

戦闘指揮所

「先程同乗の礼を艦長に言いに行った時、

のレーダーを見たん

だ。繰り上げで指揮官になった俺だが、それでも指揮官レベルのブ

リーフィングには出席している。どれ程の艦艇が参加していたのか

を知っているからこそ、撤退している艦艇の数を見るとやるせなくな

るな」

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 俺も夕呼先生からは聞いている。途中で合流する際、眼下で炎上し

ながら沈んでいく船は数え切れない程見た。だからこそ、張大佐が言

いたいことが理解できた。

「いつまで経っても、慣れないな……。否。慣れたくはない、な」

 そう呟いた張大佐の声が虚しく、機械音と収容できた負傷者や民間

人の声で掻き消えていった。

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episode 07

  ﹇1998年4月7日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 

香月博士執務室﹈

 光州作戦に参加するために身分や名前を偽って入った極東国連軍

光州基地第13戦術機甲中隊のミラー大尉たちや、作戦中に合流し共

闘した張大佐と共に戦術機母艦で撤退した後、統一中華戦線の軍港

《基隆港》で再編成と、難民たちの一時的な下船が行われた。

 その時に張大佐たちは軍に報告をすると言って分かれ、ミラー大尉

たちはホームを失ったということで、一時的に統一中華戦線の台北基

地所属になるということだった。汚染洗浄も済んでいないボロボロ

のF─15Cは、オーバーホール直前レベルまで疲労しているもの

の、中破・大破している戦術機を優先して運び込むとのことだったの

で、台北の空を4機編隊で台北基地まで飛ぶことになった。

 台北基地に降り立った俺たちはすぐさま再編成の指令を受け取り、

それぞれにミラー大尉から辞令を受け取った。三人は台北基地にそ

のまま残って、生き残った衛士たちを纏め上げて負け犬隊を存続する

ことになったという。その中に俺の名前はなく、光州まで乗ってきた

戦術機母艦の母港である横浜まで行くことになったのだった。

 たった数日間だけだが、共に戦ったリザード中隊の面々や、万全な

機体が一機もいないまま国連軍司令部を目指して撤退した各国軍の

衛士とは、ずっと前から家族だったように思えて仕方がなかった。

 しかし俺にはやらねばならないことがある。光州で連れ添った仲

間たちに別れを惜しまれながら、俺は一人で戦術機母艦に戻り、横浜

に帰還するのだった。

「報告書は読んだわ。アンタみたいな訳アリが入っても不審に思われ

ない場所に放り込んだんだけど、相当前線は酷かったようね」

「えぇ……あれが本来のBETAとの戦いなんだ、って戦っている時

は実感しませんでしたけど……」

 目の前で足を組みながら、俺が戦術機母艦内で書き上げた報告書を

読む夕呼先生は、他の報告書らしきものも手に取って読み始める。

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 多分だが、もう一つの報告書らしきものはA─01が提出したもの

なのだろう。顔を顰めながら睨みつける様に読み進めている。

「……ご苦労さま」

「はい。こっちでは何かありましたか?」

「特にないわ〜。強いて言えば、一人になっても鑑がうるさかったく

らいよ」

「はぁ……純夏のヤツ……。俺が見ていない間に先生にご迷惑掛けま

せんでした?」

「それも無いわね。むしろうるさくてもやることはやっていたわ。ア

ンタの吹雪とまりもの撃震の整備はあったから、基本そっちに付きっ

きり」

「そう言えば出撃前日まで実機試験はやってましたね。というか純夏

のヤツ、戦術機の整備なんてできるんですか?」

「アビオニクス系はイジれるようになったみたいよ。社のプログラミ

ングアシスタントをしていたからかしら? それに戦術機でやるこ

となくなると、執務室やらあちこち掃除して回ったりしてたようね」

 二組の報告書を机の上に放り投げた夕呼先生は、そのままコーヒー

メーカーの前に立ってコーヒーを入れ始めた。

「順番が逆になったけれど、アンタの耳に入れておきたいことがある

わ」

 再び席に戻った先生は、カップを傾けながら話し始める。

「A─01に建前的に試験導入したXM3についてよ」

 問題が起きたのだろうか?

「当初は一個中隊に与えたXM3だけど、3月下旬には一個大隊にま

で膨れ上がったのは知っているわね?」

「はい。やはりと言うかなんというか、あれは衛士から見れば画期的

なOSですから。直接見たり体験したりすれば、使いたくなるものだ

と思います」

「そうよ。結局連隊全機に導入することにはなっていたんだけれども

ね、光州作戦に間に合ったのがその一個大隊だったって訳。それでX

M3搭載機と旧OS搭載機の光州作戦時のキルレシオを見たのよ。

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……10:1よ」

「それはつまり……」

「えぇ。XM3を搭載した一個大隊が、光州作戦に参加した旧OS搭

載機のレシオと並んだわ。参加戦術機数は三個師団相当だったはず

だから、そこから単純計算でね。任務は色々与えていたけれど、XM

3の実証実験は成功。その上、一個大隊規模の不知火が大立ち回りし

たお陰で参加軍から問い合わせが殺到中。まぁ、教えてあげないんだ

けどね」

 俺の担当戦域からかなり離れていたところを担当したA─01が、

どんな戦いをしたのかは気になる。俺のことをよそに、夕呼先生は話

を続けた。

「光州作戦には二個大隊を投入したけれど、未帰還は27。XM3搭

載機に限れば4よ」

 一度BETAとの戦いになれば、戦術機が戻ってこないなんてこと

は当然のことであることはよく知っている。知っているからこそ、夕

呼先生の言った4機未帰還というのは、とてつもなく大きなことであ

ることは理解できるのだ。

 静かに聞いていた俺は、頭に思い浮かべていたことを口にする。

「撃墜機の扱いは、どうなっているんですか? 前の世界では、回収で

きるところでは回収していたと思うんですけど」

「ふぅん……。撃墜された不知火は爆破処分されているわ」

「爆破?」

「前の世界、11月11日のBETA上陸と12月5日のクーデター

の時は国内だったから、全て私が回収したわ」

 厳密に言えば、A─01専属チームが回収したのだろう。指示は夕

呼先生が出したということだ。

「だけど今回は国外。国内なら私の手が届くけれど、一度外に出れば

状況は変わるわ。XM3は子飼い部隊の作戦遂行率を上げる意味で

も必要なもので、他の国や部隊に渡るのはできる限り避けたいの。前

の世界では余裕がなかったけれど、今は余裕はないにしろ猶予はあ

る」

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「それとXM3を隠匿する因果関係は……反オルタネイティヴⅣとオ

ルタネイティヴⅤ推進派の対策ですか?」

「よく考えるようになったわね。その通り。まだ生まれて間もないオ

ルタネイティヴⅣの息を永らえさせなくてはいけないからこそ、XM

3は私たちの手の届く範囲でのみ運用することになるわね。当面は

A─01だけになるわ」

 衛士の生還率があがる要因にもなるXM3を、そんな政治的理由で

使わせなくする。そんなことを頭では理解できていた。そうしなけ

れば、オルタネイティヴⅣが中断されてしまうかもしれない。オルタ

ネイティヴⅤに進ませてはいけないからこそ、彼らにスキを見せない

意味でも、彼らに力を持たせない意味でも必要なことなのだ。

 だが、心は別のことを叫んでいる。今からでも普及させれば、死ぬ

人を減らせるかもしれない。前線を押し止めることができるかもし

れない。本土に上陸させないようにできるかもしれないのだ。

 ぐっと気持ちを抑え込み、俺は夕呼先生の目を見る。

 その目はいつも見てきた目だ。人類を救うため、悪魔に魂を売っ

た。後ろ指を刺されながらも、大多数を敵に回しても、直向きに人類

の勝利を願って己の力を使ってきているのだ。

 そんな先生の後ろ姿を見たからこそ、俺は抑え込むことができたの

かもしれない。力も覚悟もある。理解した。先生と目指す先が同じ

だと言うのならば、俺も一緒に歩けばいいのだ。

「となると、第207衛士訓練部隊の戦術機訓練だけは、まりもちゃん

がXM3を教えることになりますね」

「……そうよ。既に次の代のが入ってきて訓練を始めているわ。まだ

前期訓練中だけれども、総戦技演習が終わり次第XM3よ」

「戦術機訓練を受けていない訓練兵が、始めからXM3を使って訓練

した時の伸び方は尋常じゃないと思います。俺の代は特別でしたが、

きっと今度受ける訓練兵も訓練次第で同じくらい強くなると思いま

す。教えるのがまりもちゃんなら尚更」

「XM3を初めから使って、早々にくたばってもらっちゃ困るわ。ア

ンタもあたしも」

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「そうっすね……」

「あたしやることあるからここで終わりよ。アンタは好きなようにし

なさい。ひとまずやってもらうことは終わったから」

「そうさせてもらいます。失礼します」

 XM3はオルタネイティヴⅣの成果物になる、と夕呼先生は言って

いた。だからこそ、XM3でなければ得られないメリットをデメリッ

トが霞むくらいに大きいものにしなければならない。先行配備され

たA─01の一個大隊では、未帰還機が4機だった。そも旧OSが2

3機だったのに対して、だ。これは大きなメリットになるだろう。し

かし、XM3の真骨頂は反応速度の上昇だけでない、追加された機能

にあるのだ。俺はF─15Cで参加したが、夕呼先生からはあまり

キャンセルやコンボを多様しないように言われていた。全力機動は

なるべく人目に触れないことや、誤魔化しの効く『前線国家で訓練を

受けた』がカバーできる範囲だけで実現ができたのみだ。

 となれば、次にやることは自ずと決まってくる。夕呼先生のオルタ

ネイティヴⅣが盤石なものとなり、人類が反旗を翻すその時までオル

タネイティヴ計画を独走させることだ。

 夕呼先生の執務室を出た俺は、荷物を仮眠室に放り入れて純夏と霞

のところへ向かうのだった。最初は帰還報告だ!

 ※※※

 ﹇同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有機密区画 電算室﹈

 俺は2人がいるであろう電算室に向かった。というのも、純夏は夜

に仮眠室へ戻るまでは国連軍の機密区画内のあちこちにいる。その

中でも一番確率が高いのは、霞がよくいる電算室だった。

 俺の予想は当たっていたらしく、電算室の扉を潜ると、中からコン

ピュータのラジエータファンが唸りを上げている中にキャッキャと

主に聞き覚えのある声が聞こえてくるからだ。

「ただいま〜」

「あ〜〜〜〜!!! やっと帰ってきたーーーー!!」

「ただいま、霞」

「……おかえりなさい、白銀さん」

61

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「無視するな〜〜〜〜!」

「よう、純夏」

「あ、うん……タケルちゃん」

 いつものごとく元気に騒ぐ純夏に、物静かにコンピュータのモニタ

とにらめっこしていた霞が俺をチラッと見てすぐに視線を戻す。

あぁ、今仕事中だったのね。俺も少しはプログラミングの勉強をして

いるから分かるのだが、霞の技術は本当に技術者のソレだろう。タイ

ピングが止まることを知らず、モニタの文字列がどんどん上へ上へと

押し上げられていくのだ。

 一方、純夏は急に静かになった。俺のことを見てすぐは元気だった

のに、ジロジロと俺のことを見渡している。

「なんだよ、純夏」

「あ、うん……あはは。"前の世界"の記憶があったとしても、全部一

緒に出撃したことしかなかったからさ。こうやって私は残って、タケ

ルちゃんを見送ることってなかったから……」

「そっか……そうだよな……。ただいま、純夏。俺は元気に帰ってき

た。怪我もしてないし、ほら、この通り!!」

 純夏に見せつけるように屈伸運動や手を振ったりしてみせた。

 純夏が何を思って言ったのかは分かっているつもりだ。だが、どん

な返答を願っているのかまでは分からない。分からないが、俺は俺の

したいようにする。俺は何事もなく帰って来れたんだ。

 そんな俺を見た純夏は、フラフラと立ち上がって俺に抱きついた。

これまでに何度もしたことあった。だが、"この世界"では初めて

だ。俺は純夏の背中に手を回して抱き寄せると、そのまま顔を純夏の

顔の横に持っていく。左頬に純夏の赤い髪の毛が当たってくすぐっ

たいが、それが気にならなくなる程に、そして純夏が壊れないくらい

に力を入れて抱き締めた。

「怖かった……」

 たった一言が俺の心に刺さる。純夏が戦場に出た訳ではないが、純

夏の記憶の中にはBETAと生身で対峙したものがあるのだ。俺も

"前の世界"のプロジェクションで観せられているからこそ、純夏が

62

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心で何を思ってその言葉が出てきたのかが理解できる。

 できてしまうからこそ顔に出てしまうのだ。言葉にしなくとも雰

囲気や表情で相手に知られてしまう。俺は純夏に顔を見られないよ

う、一層力を入れて抱き締める。

 そんな俺に霞がふとこちらを見て、いつもの様に淡々と話し始め

た。

「……出撃が決まり、白銀さんの搭乗機が確保できた時、純夏さんは白

銀さんの機体に細工をしていました」

「細工?」

「……はい。白銀さんのF─15ですが、あれはC型だと聞いている

と思います」

「え? あ、うん。配属が光州基地だったから配備されているのはF

─15かF─4だもんな」

「……あのF─15を用意したのは香月博士です。CPU換装とXM

3インストール作業は白陵基地で私と純夏さんが行いました」

 マジか。一度CPU本体諸々、戦術機の制御系を見せてもらったこ

とがあるが、換装作業は霞たちが行える程楽な仕事じゃないのは目に

見えて分かる。そもそもCPU自体が大型であるということもある

し、制御するために必要な電力供給は旧OSと少し違うのだ。だから

CPUとXM3がセットで運用されて本領発揮するという話は本当

ではあるのだが、その実、電源変換ユニットやら諸々も交換するのだ。

「……簡単に言ってしまえば、あのF─15は簡易版のJ型でした。

短時間であれば近接密集格闘戦も可能です。同じく、長刀も使用可能

でした」

 嘘だろ。F─15Cだとばかり思っていたから、長刀の使用は控え

ていたのに……。しかも国連軍司令部の前に展開した時、帝国軍が残

していったコンテナに未使用の長刀がこれでもかと死蔵されていた

のだ。継戦能力を優先したため、長刀の使用は最後の最後にしようと

していたのに、実は使えましただなんて今聞かされても……。

「ウッソだろオイ……。初期装備も突撃砲4門で、撤退まで長刀なん

て指一本触れなかったのに……」

63

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「……起動シーケンスでステータスに《F─15C Extra》と表

示されたはずですが」

「見てねぇ……クッソ〜〜〜〜! それ見てたら確実に気付いたのに

〜〜〜〜!」

「……ごめんなさい」

「いんや、霞は悪くない。気付かない俺が悪い」

 気付かなかった俺が悪い。これで霞がイジってくれたF─15C

を撃墜されたなんて話だったら笑えない。恐らく、霞の好意でイジっ

たのだろう。それに、今後もF─15Cには乗ることになりそうだか

らな。きっとそれまでに霞が色々やってくれるかもしれない。それ

を期待しよう。

「霞ちゃんがC型とJ型のプログラムを比較して、近接格闘戦ができ

るように書き換えたんだよ〜〜〜〜。さっき霞ちゃんが見ていたの

だって、F─15Jのプログラムだもんね」

「……はい。簡易版しか書き換えてませんので、今回はオルタネイ

ティヴⅣ製のF─15Jを作ります。既にハードの発注は香月博士

にしました」

「今現在、吹雪持ってるんだけど、オレ……」

「いいじゃないのさー。タケルちゃんには必要なんだから。それに吹

雪はオルタネイティヴⅣが使ってるけど、白陵基地用でもあるんだか

ら」

 俺から離れた純夏はニヘラと笑いながら言う。

「わかってらぁ」

「ほんとに〜〜〜〜?」

「お、おう」

 端切れの悪い返事を返してしまう。

「……次の任務は決まっていないので、白銀さんは通常任務に含めて

F─15Cのテストパイロットをしてくださいね」

「分かった」

「……プログラムの上書きをしてきます。またね」

 コンピュータの前から立ち上がった霞は、愛用のラップトップを片

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手に電算室から出て行ってしまう。純夏は遅れること数秒後、同じく

ラップトップを片手に霞を追いかけて行ってしまった。

「霞ちゃん、待って〜〜〜〜!」

 電算室に置いてきぼりになった俺は、そのまた数秒後に再起動し、

しなければならないことを始める。

 まずは自分の処理しなければいけない事務仕事だ。一応表向きは

TF─403の部隊長は俺になっているので、部隊宛に回ってくる書

類を確認しなくてはならないのだ。と言っても数枚程度なので、確認

して次の部署に回すだけだ。

 誰もいなくなった電算室の照明を落として、俺は一人仮眠室に向か

うのだった。

65

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episode 08

  ﹇1998年4月16日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区第2演習

場﹈

 国内が光州作戦後の趨勢に注目する一方、俺は新聞を読み漁ってい

た。国内で流通する新聞から、わざわざアメリカの新聞を買ってまで

情報収集を行っていたのだ。

 目的はもちろん、持ち場を離れた日本帝国大陸派遣軍について。防

衛線を放棄し避難民救出を優先したのだ。その結果、戦線が崩壊。最

終防衛線の後ろに存在する国連軍司令部壊滅、指揮系統の混乱に追い

やった。このことから国連は大陸派遣軍指揮官である、彩峰 萩閣中

将が戦犯として日本帝国政府に身柄を要求した。一連の事件から、2

001年にはクーデターへと繋がっていったのだ。

 この世界では、大陸派遣軍が抜けた穴を、俺が潜り込んでいた戦術

機部隊と各国の寄せ集めで対応し、なんとか乗り切る事ができたのだ

が、それでも被害がなかったと言えば嘘になる。一個大隊規模の戦術

機甲部隊が穴埋めをしたと言っても、本来ならば戦車や自走砲等の機

甲部隊や万全な戦術機甲部隊が担っていた戦域を、ボロボロかつ多国

籍な戦術機甲部隊がカバーできるかと言ったらできないのだ。実際、

あの場所に駆けても足止めにしかならなかったからだ。

 難しい顔をしながら新聞を読み漁っているが、俺がどこにいるか忘

れている訳ではない。管制ユニット内に新聞を持ち込んだ訳ではな

く、搭乗前に読んでいたものを思い出していただけだった。

 何故、今管制ユニット内にいるのか。それは夕呼先生に言われたこ

とを遂行するためだ。

『確認するわ。アンタにはこれから、A─01と演習をしてもらう』

「せ、先生?」

『……何よ』

「何となく目的は分かるんですケド……」

『あらそう? じゃあ、私が求めていることも分かるわね? じゃあ、

よろしく〜』

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 網膜投影されていた、夕呼先生のバストアップウィンドウが閉じ

る。それと同時に俺は大きく息を吸い込んで、思いっきり叫んだ。

「どぉして、一個中隊と戦わなくちゃいけないんだァァァァァァ!!!!」

 ブリーフィングはなく、ただA─01と戦ってこいと言われた。目

的何となくだが分かる。XM3での実戦を経験し、驚異的な生還率を

会得したA─01の衛士たちを叩きのめすのだろう。天狗になって

もらったら困るのが夕呼先生で、これから戦うことになるA─01の

衛士なのだ。驕って挑もうとすれば、どこかで必ずミスを犯して死

ぬ。それは初陣の衛士でも言えることなのは、口酸っぱく訓練兵時代

の教官に言われて耳にタコができている筈なのだ。ならば、こんなこ

とをする必要はないんじゃないか、とも言える。しかし、夕呼先生は

必要だと言った。ということはつまり、その兆候があるということな

のだ。ここで懸念材料となりうるであろうものは、なるべく摘んでお

きたい。外から見ているからこそ分かることであり、それを正すこと

のできる立場にいるのならば手を出す。"こちら側"に立ったから

こそ、見える景色なのだろう。

AH演習

統合仮想情報演習システム

 これから始まる

を用いた1

対12だ。もちろん、1の側は俺。この演習はかなり平等性に欠けて

おり、A─01側は不知火のXM3搭載機。一方俺は吹雪のXM3搭

載機。状況からして、どう考えても俺をタコ殴りにする演習内容。し

かし、この場で求められるのは、吹雪による一方的な蹂躙だった。

 あまりに過酷な条件を突き付けられたが、慄くことはない。これよ

りも数段深い地獄を何度も経験している。相手はA─01で精鋭だ

からと、牙を剥かない訳にはいかない。

 操縦桿を握り込み、躰を自然体にし、頭を落ち着かせる。クリアに

なれば、機体のステータスチェックを再度行う。

『演習開始5秒前……3、2、1、演習開始』

 CP将校はおらず、カウントダウンも敵側のCP将校のを聞いてい

るだけだ。開始の合図と共に、スロットルを開いて噴射跳躍を始め

る。時より着地して姿勢を直しながら、戦域をジグザグに縫うように

進んでいく。レーダーには何も映っていないが、恐らく相手は俺のこ

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とを捉えているだろう。

 刹那、レーダーに反応が出た。近くに熱源を感知。分隊を発見し

た。UNカラーの不知火だ。

 即座に接地し、体を捻って反転する。ビルの廃墟の壁を蹴り飛ば

し、発見した不知火の方向へと進路を向ける。

突撃前衛

ストーム・バンガード

 吹雪は

装備を選択しており、右手に87式突撃砲、左手

に92式多目的追加装甲を保持している。背部にある可動兵装担架

74式近接戦闘長刀

システムには

が2本保持されている。これが突

撃前衛装備であり、固定武装として前腕に格納されている65式近接

戦闘短刀と合わせて装備されている兵装の全てである。

強襲前衛

ストライク・バンガード

 視界内に捉えたのは、突撃前衛装備と

装備の不知火

だった。跳躍ユニットの出力は吹雪のものがダウングレードされて

低くなっているため、追いかけっこの鬼には向かない。確実に屠るの

ならば、あちらから接近させる必要があった。しかし、幸いなことに、

相手の分隊はこちらに迫ってきている。そうであれば、こちらにはど

うとでもやりようはある。ただし相手もXM3搭載機であることを

忘れてはならない。

 突撃砲の射程圏内から近接格闘戦圏内まで接近すると、すぐさま追

加装甲で36mmチェーンガンの弾を弾きながら射撃体勢に移る。

バースト撃ちをこちらもするが、強襲前衛には追加装甲を使われ、強

襲前衛には回避運動を取られる。

 このままでは他の10機に囲まれてしまう。そう考えた俺は、勝負

に出た。

 面倒な敵なのは突撃前衛だ。狙うのならば、まずはこちらが先決。

重りにしかなっていない追加装甲を捨て、全速力で突撃前衛に突っ込

む。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 交わるその時、背部兵装マウントに左手を伸ばす。火薬式ノッカー

によって跳ね上がる長刀を、その勢いを殺さずに振り下ろした。追加

装甲によって弾かれた長刀をそのまま逃し、急制動。反転全力噴射を

行い、跳躍ユニットのノズルを地面方向に向けた。姿勢はうつ伏せの

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姿勢。本来かかるはずのない方向からのGに押しつぶされそうにな

りながらも、そのまま空中で姿勢制御。突撃前衛に反転降下する。勢

いを殺さずに長刀を振り抜いて空中倒立、そのまま照準を定めていた

強襲前衛に向かって射撃した。

『ヴァール3大破、衛士死亡、戦闘不能』

 最初に相手の突撃前衛の撃墜アナウンスがCP将校から知らされ

る。

『ヴァール10小破、左跳躍ユニット脱落、戦闘続行可能』

 空中で姿勢制御し、突撃前衛を踏み台に突撃前衛に向かって水平噴

射跳躍で接近。後ろに控えていた強襲前衛に牽制射撃をし、長刀を振

り抜く、すんでのところで躱され、跳躍ユニットを切り落とすことと

なった。ここで2機とも撃墜するつもりだったが、少し考え直す必要

がありそうだ。

 残る11機の不知火に苦戦する未来が脳裏に過った。

 ※※※

 初陣の光州作戦を帰還した時、喜びよりも安堵の方が勝った。訓練

兵時代に聞かされたことも、配属後の上官から聞いたものとも違って

いた。私は聞いて想像して、知りもしないで納得しただけだった。

 そして、初めてBETAを見た時には、おぞましい姿をした人類の

脅威に圧倒され、直前に迫る死に恐怖した。それからは死にもの狂い

で戦い、気付いた時には基地へ帰る母艦の中。脂汗でベトベトになっ

た額に、排泄物パックにはブツが入っていた。だが、記憶には刻まれ

ていた。眼下に広がる惨状。骨伝導スピーカから聞こえてくる、オー

プン通信で泣き喚く衛士の断末魔。幸い、胃の中身をぶち撒けなかっ

たが、それでも吐き気は催した。

 基地に戻ってこれば、いつもの勤務がやってくる。あの戦場はどこ

か遠いところで起きたものだと錯覚してしまうが、脳裏には光景が焼

き付いていた。

 そんなある日。私の所属する連隊を指揮下に持つ、香月博士が私た

ちの中隊へやってきて言ったのだ。面白い衛士がいる。馬鹿なガキ

で訓練兵だが、妙に戦術機を操る腕はある。それを鼻にかけているか

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ら、可愛がってやれ、と。

 中隊長は博士の頼みだからと受け、私たちは演習場へと繰り出し

た。

『ヴァール10小破、左跳躍ユニット脱落、戦闘続行可能』

 ステータスは左の跳躍ユニット以外万全。脱落した跳躍ユニット

は前方で爆発している。僚機の小隊長はどこへ行ったのか。撃墜判

定を受けている。バストアップウィンドウには、悔しそうに顔を歪め

ている小隊長がおり、本当に撃墜されていることを私に突きつけた。

 中隊でも群を抜いて強い小隊長が撃墜? しかも近接格闘戦で?

 信じられない。私は揺れる網膜投影された映像で、倒壊したビル群

を見ながら息を呑んだ。

 あの吹雪、たかが訓練機にしてやられた。しかも私たちには最新式

OSのXM3が搭載された不知火が配備されている。負ける筈がな

い。光州作戦で搭載機のほぼ全てが帰還した、連隊内でも奇跡と言わ

れているOSなのに。

 確か、相手の吹雪にもXM3が搭載されていると中隊長がブリー

フィングで言っていた。同じ土俵だが、あちらはダウングレードされ

た機体。きっと跳躍ユニットの主機も、出力が抑制されている筈なの

だ。何故だ。

『ヴァール10!! 引き返して合流しろ!!』

「何故……」

『ヴァール10!! 伊隅!! 引き返せ!!』

 近付いてくる吹雪を呆然と見ながら、必死に刷り込んだXM3特有

のコマンド入力を試みる。何故、訓練機の筈なのに、私たちを上回る

動きができる。何故、空を飛んだ。何故、12機相手に臆することな

く挑めた。

「どうして、どうして……ッ!!」

『伊隅!! クソッ!! ヴァール1より全機!! 前に出る!! あの馬鹿

鶴翼壱形

ウィングワン

を救い出して、態勢を立て直す!! 

で突撃ッ!! 押し込ん

で、そのまま後退する!!』

 あの吹雪は何者なのだ。

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 後方から突出してきた中隊が、吹雪に牽制射撃をしながら私の前に

躍り出る。厚い弾幕の前には、吹雪も引かざるを得ないようだ。私へ

突撃姿勢を取っていたものを、ビルを蹴飛ばして鋭角にターンして離

脱する。

 中隊長の怒鳴り声で我に返った私は、手の甲で額に浮かんだ汗を

拭った。

 驚異的な機動戦闘力。抑制された機体である筈なのにも関わらず、

光線レーザー

飛んで跳ねる様な操縦技術。動きに迷いがなく、

属種がいないよ

うに空を飛ぶ。相手は相当な馬鹿なのだろう。そんなことを考える。

「申し訳ありません、中隊長」

『構わん。……それで、バンディットの衛士をどう見た?』

 私はその問に迷うことなく答える。

「度し難い程の馬鹿です」

 ※※※

 音感センサで探知されるのを避けるために主機を落とし、静かに周

囲を探索する。

 全てのセンサをフルに使い、11機の不知火を探すことは簡単だっ

た。ヴァール10のコールネームを呼ばれた不知火を救出するため、

全機が俺を追い立てるように出現した。流石に相手するのも分が悪

すぎるため、後退して姿を晦ましたのだが、彼らは部隊行動をしてい

るためにすぐに見つけることができる。

 振動センサには主脚で移動している様子がキャッチできていた。

しかし、俺が単機であるために、相手の位置を割り出すことができな

い。ある程度の方向を予測し、そちらの地形を頭の中に思い浮かべ

る。

 移動している相手は振動センサが使えない。ならば俺も主脚移動

をすれば、ノイズに紛れて移動することが可能だ。だが、跳躍ユニッ

トを使ってしまえば一瞬で探知される。主機をアイドリングにして

APU

補助動力装置

しまえば、赤外線センサに十中八九探知される。

は赤外線セン

サで熱源をキャッチできないから動かしたまま、静かに情報収集に務

めた。

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 相手はどうやら小隊毎に分散したらしく、大まかに3つに別れたよ

うだ。この状況で、俺が選ぶべき選択肢は1つしかない。最も分散し

た隊から離れた小隊に攻撃を仕掛ける。

 幸運にも、一番近くで主脚移動している隊が、最も他の小隊から離

れているらしい。

 はやる気持ちを抑えながら平常心を心がけ、機体のステータス

チェックと突撃砲の残弾を確認する。

高速徹甲弾

 機体はオールグリーン。右手の突撃砲の36mm

は9

多目的榴弾

87発。120mm

が6発全弾残っている。不具合もな

し。左手の長刀も問題なし。推進剤もまだたんまり残っている。

 深呼吸をして、一番距離の近くなった瞬間を見極める。そしてその

時は来た。

 すぐさま主機に火を入れ、ロケットモータを点火。屈伸運動の反動

で飛び上がり、そのまま空中で姿勢制御。全速で相手の4機小隊へ

突っ込む。

 俺の吹雪が動き出したことを感知し、小隊は攻撃態勢に移る。だが

しかし、その動きに遅れが生じる。長機の動きに旧OSの癖が残って

いる。指示を出したが、一歩出遅れたようだ。そのまま長機に向かっ

て120mm滑腔砲を放つ。砲弾は機体に吸い込まれるように飛翔

し、炸裂。長機の反応が消える。

 120mm滑腔砲の砲撃からすぐにターゲットは切り替えていた。

動き始めていた不知火2機の片割れへ36mmチェーンガンの掃射

を浴びせながら、前に出た不知火の方には長刀で横一線。胴体が断絶

するのを見届ける。すぐさま、残りの1機へ肉薄。振り切った長刀を

生き残りへ投げ棄てる。

 回転しながら勢いよく飛んでいった長刀を、管制ブロックに食らっ

た残りの1機は、そのまま動きを止めた。

『ヴァール3、5、7、8大破、衛士死亡、戦闘不能』

 撃破した小隊の不知火の装備を見るに、どうやら後衛を務める小隊

だったらしい。最初の方に後衛を潰せたのは、今後の戦況に関わって

来るだろう。

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 小隊を撃破した俺は、すぐさま離脱を図る。既に連絡を受けた2個

小隊がこちらに向かって来ており、先発の3機小隊が突っ込んできて

いた。内の1機は左跳躍ユニットがない。ということは、3機小隊は

前衛の小隊なのだろう。1機は俺と同じ突撃前衛装備だ。

 今交戦してもいいが、欲を言えば態勢を立て直したい。突撃砲の3

6mm弾倉がほぼ空になっているのだ。弾倉を交換して、もう一本の

長刀を持ちたいところだ。

 しかし、そうもできない。先程の戦闘では上手く全機撃破できたも

のの、相手は帝国軍から転属してきた衛士ばかりだ。精鋭であること

は間違いなく、そんな彼らに与えられたのは最新鋭第三世代戦術機。

鬼に金棒だ。これまでの戦闘で、俺をこれまで以上に警戒しない訳が

なく、その分戦闘もやり辛くなることは火を見るより明らかなこと

だ。

 状況を確認しながら、残りわずかばかりの弾が入った36mmの弾

倉を捨ててリロードを行う。長刀を投げていなければ、もっと他の方

法を選ぶ羽目になっていただろうと考えつつ、残りの長刀を背部兵装

マウントから引き抜いた。これで武器は突撃砲1挺と長刀1本。前

腕部のナイフシースに格納されている短刀が2本。心持たない装備

だが、もとより1対12だ。気にしない。

 推進剤もまだまだ残っている。近接格闘戦も十二分に戦える。な

らばすることは決まってくる。

 逆噴射制動で180度回頭すると、追って来ていた3機小隊の不知

火目掛けて突撃を始める。姿勢を低く這うように。そして、相手から

見える投影面積は小さく。狙い目は手負いの不知火だ。

 小隊は受け止めることはなく、進路から離れて追撃を始めようとす

る。しかしやらせはしない。跳躍ユニットを前方に全力噴射し、すぐ

さま方向転換。目標にしていた不知火へ接近戦を仕掛ける。バース

ト射撃を繰り出し、3発の36mm弾が胸部に着弾するのを確認する

間もなく、すぐさま目標を切り替える。次の相手は突撃前衛装備の不

知火だ。

『ヴァール10、胸部管制ブロック被弾、衛士死亡、戦闘不能』

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 残った強襲前衛装備の不知火とエレメントを組み、連携攻撃を仕掛

けてくる。だが、崩れているのなら付け入るスキはあった。前に出る

突撃前衛装備の不知火の攻撃をいなし、そのまま後衛の強襲前衛装備

の不知火に長刀を振り抜いた。左肩から右脇腹まで切りつけられた

不知火は、そのまま右肩部ごとずり落ちる。

『ヴァール12、胸部管制ブロック大破、戦闘不能』

 残った突撃前衛装備の不知火にも斬撃を食らわせる。振り向きざ

まに接近してた不知火へ、跳躍ユニットの起こす運動エネルギーをそ

のまま乗せた長刀の打撃で叩き切ったのだ。

「ヴァール11、胸部管制ブロック大破、衛士死亡、戦闘不能』

 これで残るは4機小隊のみ。大して減っていない突撃砲の残弾数

を確認し、再び姿を眩ませる。

 撃墜した前衛小隊の近く。ビルの影で、また主機を落としてAPU

のみを動かしている。4機の不知火は、俺が姿を眩ませた50秒後に

到着したが、俺を見失ったらしい。擱座した不知火のそばにいるた

め、目視で発見される可能性もある。しかし、離れていったと判断し

た相手は、そのまま主脚移動に切り替えて移動を開始したのだ。

 離れゆく不知火を音感センサで感知しながら、次の手立てを考え

る。

 恐らく一番最初に撃墜したのは突撃前衛長。今倒した小隊の突撃

前衛装備の不知火と戦って確信した。そして、その間に倒した4機小

隊は後衛装備。残っているのは中隊長率いる中衛小隊と考えるのが

妥当だろう。

 中隊長と言えば、歴戦の猛者だ。数ある戦場を経験し、BETAと

の戦いに慣れている衛士。そういった衛士ならば、訓練でのAH戦闘

にも慣れている。最後に残しておくには厄介な相手だ。

 一度深呼吸して心臓を落ち着かせる。

 こうもなれば、後は当たって砕けろ、だ。

 ※※※

 ハンガーに収めた吹雪は跳躍ユニットの辺りに汚れはあるものの、

至って正常な状態だ。整備兵に機体を引き渡した俺は、演習終了後に

74

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夕呼先生から言われた通り、いつもの作業服姿に着替えて指定された

ブリーフィングルームに来ていた。

「どこまでかと思えば、アタシの想像を超える変態だったわ、アンタ」

「んが?! そんなに全機倒すのは変態ですか?!」

「いいえ、上出来。アタシの意図を汲み取ってくれてアリガト」

 ということは、相手の中隊の伸びた鼻はへし折ることができたのだ

ろう。劣った装備、数的劣勢だったのにも関わらず、文字通り全滅し

た中隊。俺よりも先に戻っていた相手の中隊は、出撃前とは雰囲気が

丸っきり違っていたようだ。夕呼先生の求めていたものになったと

いうことだろう。

「……それで、相手はA─01のなんて中隊ですか?」

「言ってなかったっかしら?」

「聞いてないです」

「彼らは第7中隊《ヴァーズ》。陸軍第8師団から転属してきた衛士と

白陵基地第207衛士訓練学校卒の衛士で構成された中隊よ」

 帝国軍というと本土防衛軍とかではないのだろうか。そんな考え

を頭の片隅へ追いやり、気になった後半のことについて聞いてみる。

「207卒の衛士がいるんですか?」

「えぇ。あなたもよく知っているヤツがいるわ」

「この時期だと……伊隅大尉ですか」

「そ。今は少尉で新任だけどね。光州が初陣だった」

 まだ記憶は薄れていない。脳裏には伊隅大尉の顔が浮かび、今にも

声が聞こえてくる。涙は出ない。俺や他の仲間に泣いて欲しくて、大

尉は凄乃皇・弐型で自爆したのではない。そうせざるを得なかった。

それが人類にとって一番利のある選択だったのだ。

 少し黙ってしまったが、すぐに夕呼先生の方に意識を戻す。

「アンタが序盤、手負いにしたのが伊隅よ……。まぁこの話は置いて

おきましょうか。アンタとヴァーズの演習データは、A─01で共有

するわ。まだ強くなってもらわないとね。各隊長にはアンタのある

ことないこと吹き込んで回してあるから、次A─01と戦う時にはボ

コボコにされているかもしれないわね」

75

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「そうならないように訓練を積んでおきますよ……」

「引き続きよろしく頼むわ。明日、他の中隊ともやってもらうわね」

「え……」

「じゃあね〜」

「あ、ゆ、夕呼先生ェ?!」

 ケラケラと笑いながらブリーフィング室を出て行った夕呼先生を

見送りながら、言われたことを反芻する。

 明日、他の中隊とも演習をする。それはつまり、同じ条件というこ

となのだろうか。頭を掻きながら、十中八九そうであることを確信し

た俺は、減った腹を満たすために食堂へと向かうのだった。

 後日。毎日のようにA─01の中隊を相手することになり、帰って

くる俺の様子はまるで屍のようだと純夏が言っていた。そりゃそう

だろう。夕呼先生の課す厳しい任務にも耐えられるように訓練され

た衛士の中隊規模を相手にしているのだ。言い返す気力もない俺は、

布団に倒れ込むと泥のように眠る日が続いたのだった。

「タケルちゃ〜ん……整備が追っつかないよぉ〜」

 しかし、純夏にアビオニクスの調整を頼んだんだが、まさか純夏も

寝不足になるとは思いもしなかった。連日連夜、呪詛のように追っつ

かないと文句を言われる。言い返す気にもなれないし、申し訳ないと

思っているからな。ただ、静かに寝かせて欲しい。

76

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episode 09

   ﹇1998年7月8日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 

香月博士執務室﹈

 昨日は純夏の誕生日だった。去年はサンタウサギそっくりなキー

ホルダーをプレゼントしたが、今年は悩んだ挙げ句、滅多に使わない

給料を使ってネックレスを買った。1人でジュエリーショップに入

るのは戦闘よりも緊張したが、店員さんの応対のお陰で何とか購入す

ることができた。プレゼントを渡した時の純夏の顔は傑作だった。

 純夏と共にハンガーで吹雪の調整を行っていた俺を、霞が呼びに来

た。感情の起伏が少ない彼女だが、どうも様子がおかしいことは見て

取れた。

「……白銀さんと純夏さん、急いでブリーフィング室に行きましょう」

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、そして妙な胸騒ぎを感じながらもブ

リーフィング室に駆け込む。中には既に夕呼先生が来て待っていた。

 状況説明は簡単だ。重慶ハイヴから飽和したBETA群が東進を

再開。日本海を横断して、九州へ上陸しようとしている。生憎、台風

がやってきていることもあり、海での間引きは上手く行くことはな

かったという。これまでも間引き作戦は何度も行われていたが、それ

も意味はなかったという。

 帝国・国連・在日米軍の3軍合同の防衛線の構築と、九州・中国・

四国地方の民間人の避難も始められているが、どれだけの人間が逃げ

れるかは分からないという。

 ループをしている夕呼先生は、BETA日本上陸に向けて動いては

いたものの、まだオルタネイティヴⅣの権限が弱いこともあり、旧知

の知り合いの伝手で、当該地域に配属されている帝国軍人に警告する

程度しかできなかったという。一応、征威大将軍への経過報告として

は伝えられたが、真に受けていなかったということが分かっているら

しい。

 つまりBETA本土上陸は、前回のループ同様の被害を生むことに

77

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なる、というのだ。約3000万人が死ぬ。逃げ切れずに。

「A─01は動かせないわ。国連軍から白陵基地に留まり、即応体制

で待機するように通達があったの」

「それは……」

「前と同じ。A─01には連隊長が各部隊に連絡を行っている頃だと

思うわ」

 夕呼先生は表情を変えることなく、平静な様子で話を続ける。

「恐らくA─01が動かせるようになるのは、中部地方が突破される

かされないかの瀬戸際のところよ」

 そこまでは指を咥えて見ていることしかできないのだろう。歯痒

い気持ちを抑えながら、記憶にある本土侵攻の状況を整理した。

 九州に上陸したBETAは、中国・四国地方には進まずに制圧。制

圧次第、関門海峡を渡って中国地方へ進出。京都東側では大規模な防

衛戦を繰り広げたが、進撃を続けるBETAの足止めは1ヶ月が限界

だった。その後、佐渡島ハイヴ建設のため、長野県辺りで侵攻を停滞。

数ヶ月のスパンの後、東進を再開。西関東を手中に収めた後、東京を

目前に転進。南下を開始すると、伊豆半島まで行き着くと侵攻が停

滞。多摩川を挟んで膠着状態に陥る。侵攻を阻止するため、24時間

態勢の間引き作戦が開始されることとなった。

 ちなみに、長野県でBETA群が侵攻を止めた際に、米軍が日米安

全保障条約を一方的に破棄し、日本から在日米軍を撤退させた。これ

が日本帝国内での反米感情の火付けになったと言われている。

 1回目で必死に頭に叩き込み、2回目で再度確認を行った歴史をリ

フレインしていた俺に、夕呼先生はあることを命令した。その命令に

は意味があり、将来的には確実にオルタネイティヴ4の利益になるも

のだ。

「という訳で、アンタにはまたモグリをしてもらうわ。幸い社が好き

F─15C Extra

スー

パー・

イー

勝手弄くり回した

があるから、日本帝国軍の

亡霊にでもなってもらおうかしら?」

 F─15C Extra。スーパー・イーグルと名付けられたその

機体は、帝国軍白陵基地謹製。否。社 霞が中古のF─15Cをカス

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タマイズした、1機しかないワンオフ機だ。

 光州作戦時には、CPUと電源ユニットを交換し、XM3がインス

トールされた。また、制御システムを簡単に書き換えられており、短

時間だが長刀を扱えるようになっていた。

 しかし帰還後、分解整備が行われた時、霞が用意していた腕部関節

F─15J

のものに交換され、十分な近接格闘力を得た。また、全

電磁伸縮炭素帯

カーボニックアクチュエータ

身の

を緩衝張力の高いものに交換し、更に高い設定を

することで機動力と瞬発力を向上。また跳躍ユニットの推力制限を

数%開放し、幾らか燃費は落ちるが高機動戦闘力も向上。空力性能を

上げるために、前腕部にカナードが搭載された。

 霞は知らなかったが、細部は違うものの、後の1999年からアメ

リカ・ボーニング社のフェニックス構想で得られた、F─15・AC

TVと似通ったモノを作ってしまったのだった。

「魔改造されたF─15Cに帝国軍迷彩を施して、どこかの戦場で戦

えと?」

「つまりはそういうことになるわね。……あそこまで弄られていると

不審がられるかも知れないけれど、現場の衛士には適当なことを言っ

てもらうつもりよ」

「具体的には? 帝国技術廠が極秘開発中の試作機、とでも?」

「それでいいんじゃないかしら? ぶっちゃけ、光州作戦の時にあ

がった報告を見ている限り、前線国家の戦術機は改造されていること

があるらしいわ。あの作戦にもそれは存在していたの」

 戦地改修を受けた戦術機は幾らか実在している。1980年代の

MiG─23

シュ

東ドイツ軍にいたと報告されている、

の胴体にMiG─

21PF《バラライカ》の頭部を付けた機体が有名だ。

負け犬隊

アンダードッグズ

 光州作戦時にいた戦地改修機と言えば、途中で合流した

要塞フォート

MiG─21がそうだろう。装甲が飛沫した

級の衝角から分泌

される強酸性溶解によって溶かされた機体を、国連軍の前線基地の整

備兵たちが修理した。国連軍であったことから、MiG─21の保守

パーツがある訳もなく、F─4の装甲板を無理矢理取り付けたのだ。

時々エラーが出ることを無視すれば、普通に扱うことができたらし

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F─4R

F─4のソ連向け輸出機

い。元々MiG─21は

の改修機ということもあり、互換

性があったのだろうというのは搭乗している衛士が言っていた言葉

だ。

「俺のレコーダにでも残っていたんですかね? 分かりました。勿

論、駆け込み寺は用意してもらえるんですよね?」

「なしって言いたいところだけれど、用意せざるを得ないのよねぇ。

何箇所か用意するつもりよ」

「了解」

「社と鑑にはこれから伝えるから、アンタは準備してきなさい」

 夕呼先生にブリーフィング室を追い出された俺は、身辺整理やその

他準備を始める。

 出撃前の準備は手慣れたもので、便箋を取り出して遺書を書く準備

をする。前回書いたものがまだ残っていたことを思い出し、引き出し

から紐で結んだ封筒の束を取り出した。宛名を見て、漏れがないこと

を確認する。この世界での俺に、友人がどれほど居たかは分からな

い。だが、確実に言えることは学徒動員が始まっている日本で、学生

生活を送れている者は少ないということだ。特権階級やエリート、矢

面に立たせるよりも頭を使わせた方が優秀な人材等は大学へ進んで

いるらしいが、それも"らしい"止まりで確認したことはない。前線

に居るかは分からないが、確実に帝国軍か国連軍に籍を置いているこ

とだろう。

 思ったよりも少ない遺書を並べ、少し思案する。俺は出していた便

箋を仕舞うことはせず、新しい宛名で遺書を書き始めた。

 ※※※

 ﹇1998年7月9日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区 第207

衛士訓練部隊 戦術機ハンガー﹈

 A─01とは別部隊であるが機密性の高い俺の戦術機は、同じく他

の訓練部隊よりも機密性の高い第207衛士訓練部隊用の戦術機ハ

ンガーの最奥にある、訓練教官用戦術機の更に奥。そこにF─15C

 Extraは置かれている。

 ちなみに吹雪は、訓練部隊のところに紛れている。シェードが掛け

80

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られており、訓練兵たちには予備2番機という風に伝えられているら

しい。これはまりもちゃんから聞いたことだ。何でも、予備機が2機

用意されていることについて、訓練兵から質問されたそうだ。その時

に苦し紛れに答えたらしい。彼女たちはそれで納得したらしく、それ

以上聞いてくることはなかったとか。とは言っても、訓練兵たちの使

う吹雪と同じなのだがな。

F─4J

 まりもちゃんの

には寄り付かないらしく、その奥にあるF

─15Cには誰も気付いていないという。

 そんなところに衛士強化装備を身に纏い、小さいバッグを肩に掛け

て俺はやってきた。前は戦術機とは別で移動したから、基地からは輸

送機に乗って出発した。今回も輸送機での移動になるのだが、俺が乗

り込んで輸送機に格納しなければならない。

 輸送機から降ろされれば、すぐに俺は前線に飛び立つことになる。

なので強化装備姿なのだ。勿論、帝国軍のモグリなので、どこからか

調達された77式衛士強化装備を着ている。予備も1着用意してあ

り、機内に持ち込む予定だ。

 F─15C Extraのキャットウォークに上がると、調整作業

をしていた霞がひょっこりと顔を出す。

「……白銀さん。最終調整は終わっています」

「ありがとう、霞」

 俺が近寄ると、ヒョイと管制ユニットから出てくる。ラップトップ

にはまだコードが繋がれており、少しキーボードを叩いて機体から

コードを引き抜いた。

「……昨夜、この機体がどういう調整がなされているか話したと思い

ますが、覚えていますか?」

「あぁ、覚えてる。言うなれば、高機動型F─15C 霞スペシャルっ

てところか?」

「……」

「……」

 少し戯けてみたんだが、どうやら不評だったらしい。少しばかり眉

をひそめている。

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「……ま、まぁありがとうな、霞」

「……はい。頑張ってください」

「おう、任せろ! 絶対帰ってくるからな!!」

 笑いながら霞に手を振り、管制ユニットを密閉する。着座を行い、

衛士搭乗をCPに知らせる。待機状態に入るとキャットウォークが

撤去され、ガントリーが開放状態になる。

 そのままガントリーが仰向けに倒れて、F─15C Extraが

運び出されていく。

 F─15C Extraの管制ユニットは、92式戦術機管制ユ

ニットだ。これには緊急脱出システムとして軽強化外骨格、89式機

械化歩兵装甲が搭載されている。寝転ぶ形で機械化歩兵装甲に背中

を預け、揺れる機内で外の映像を眺める。

 朝もいい時間で、始業から1時間程経っている。食堂は軍人でごっ

た返していたが、俺は早めの朝食を摂っていたのでバッティングする

ことはなかった。

 持ち込んだ荷物が音を立てて揺れ、中に入っているジュラルミン製

の弁当箱が、荷物室の壁に当たって甲高い音を立てる。

 朝早くに起きた純夏が用意してくれたのだ。機内でも簡単に食べ

られる弁当だとか。なかなか渡してくれなかったが、どうしてなのか

は言葉にしなくても表情を見れば分かった。

 光州作戦の時のように、いきなり行けと言われて慌ただしく出てい

く訳ではない。純夏も前日に夕呼先生から説明を受けているのだ。

 これから俺がどこへ行くのか分かった上で、そうしてくれた。俺は

何か言うべきだったのかもしれない。だが、俺は霞に言った言葉と同

じことを言った。絶対帰ってくる。俺は純夏の元に帰ってくるのだ。

『白銀、聞こえてる?』

「はい、聞こえてます」

『そ。じゃあ、よろしく頼むわね』

「了解」

『じゃあ、TF─403としての最初の任務、防衛戦を展開する3軍の

支援並びに』

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「帝国軍・帝国斯衛軍の要衝の防衛」

『……分かっているのならいいわ。本番は京都よ。じゃあ、よろしく』

「了解」

 確認と小言のために開かれた通信だったが、夕呼先生はバストアッ

プウィンドウを閉じようとしない。

 俺は少し間を置いて言った。

「あんまり純夏がうるさくするようならば、まりもちゃんにでも頼ん

だらどうですかね?」

『……いいわね』

「いいんかい……」

 それだけを言うと、ウィンドウは閉じられてしまい、通信は終了し

た。

 いつの間にか輸送機への積み込みも終わっており、そのまま輸送機

はタキシングを始める。満載の軍需物資と、戦術機カーゴに俺を載せ

て飛び立つ。

 目的地は山口県、国連軍防府基地。現在の本土防衛戦司令部が置か

れているところだ。

 ※※※

 ﹇同日 国連軍防府基地 エプロン An─225機上﹈

 BETAの体液で汚れた戦術機が多く並ぶエプロンには、忙しなく

機材や部品を運ぶ整備兵の姿を多く見かける。コンテナに入れられ

たままの俺とF─15C Extraは、87式自走整備支援担架が

到着するのを待っていた。

 立ち並ぶというよりも、転がる戦術機を支えるために自走担架は出

An─225

リー

払っているようで、

のコンテナからは下ろしたものの、

俺はいつ頃になるか分からないということで、機体から出てAn─2

25の客室に来ていた。

 客室には医薬品や日用品等の物資が積み込まれており、機体下部の

荷物室にも弾薬や大型物資が最大積載量ギリギリまで積まれている。

 基地も人手不足らしく、荷降ろしもままならないということもあ

り、俺は客室から荷物を下ろす手伝いを買って出ていた。

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「撃震が帰ってくるぞー!」

「除染車と化学消防車を呼び出せ!」

 開きっぱなしになっているハッチから、外で整備兵の叫ぶ声が聞こ

えてくる。どうやら九州から撤退してきた戦術機が着陸しに来るよ

うだ。より騒がしくなると同時に、遠くから跳躍ユニットの音が聞こ

えてくる。どうやら撃震がこちらに来ているようで、音からして2機

か3機向かっているようだ。

 医薬品の入ったコンテナを持ち上げて、ハッチの外で待機している

帝国軍兵士に手渡ししていると、丁度滑走路に撃震がランディングし

てくる様子が見える。

 しかしどうだ。BETAの体液で薄汚れた日本帝国軍塗装の撃震

が、ふらつきながら危なげに着陸したように見える。だが、それを取

り囲むように、近くに駐機していたであろう中途半端に整備された撃

震が突撃砲を構えていた。

 刹那、36mmチェーンガンの発砲音と共に、聞き慣れた気味の悪

い肉の潰れた音が聞こえてくる。

戦車タンク

「べ、BETAだ!! 

級が2体ひっついていやがった!!!!」

「うわああああ!!!」

闘士

ウォーリア

「う、

級も1体いるぞ!!」

 そんな声を聞いていると、帝国軍兵士が苦笑いを浮かべながら俺に

話しかけた。

「侵攻が始まって、ここに戦術機が逃げ込んでくるようになってから

4度目くらいですよ。九州からくる戦術機は、何とか逃げ切った戦闘

力を失ったのばかりらしいですからね。落として来たくても、避難が

続いている関門海峡から山陽道付近を飛行しているので、振り落とし

たりはできないんです」

「ここを発った戦術機はどうなんだ?」

「防府基地の戦術機部隊は全滅した、と噂で聞いています。たまたま

こっちに落ち延びた国連軍のF─15Cの衛士が、直方市で共闘した

戦術機部隊がそうだった、と言っていたそうですから」

 俺と年の変わらなさそうに見える兵士は、最後のコンテナを俺から

84

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受け取って呟く。

「頑張って来てください」

「あぁ。ありがとう、上等兵。後、俺とそんな年変わらなさそうだか

ら、もう少し砕けた口調でもいいぞ?」

「そ、そうなんですか……。自分、上田上等兵です。戦術機乗りを目指

して志願したんですが、適性がなかったのでこっちに。俺の分まで、

BETAをぶっ飛ばして来てください!」

鉄くろがね

「任せろ!! 俺のことは……

でいいぞ。あと、防府基地のこと頼ん

だ」

 コンテナを乗せ終えたトラックと共に、上田上等兵は去った。俺は

An─225の脇に置かれたコンテナを眺めながら、次にできること

を考える。

 荷物室のコンテナを下ろしていると、どうやら自走担架が回されて

きたようだった。シェードをかけられたF─15C Extraを

起き上がらせると、An─225の機長がやってきて言ったのだ。1

時間後に、九州へ向かう帝国軍戦術機部隊がいる、と。俺はその部隊

に紛れて、一度、九州の様子を見に行くことにした。

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episode 10

  ﹇1998年7月8日 福岡県道71号 城山霊園﹈

 補給コンテナが幾つも立ち並び、地面には故障で遺棄されている突

撃砲が幾つも転がっている。この補給地点には我々、国連太平洋方面

第11軍築城基地49戦術機甲中隊が防衛の任にあたっている。

 この補給地点を訪れる戦術機部隊は数知れず、そしてそのどれもが

欠員を出している部隊ばかりだ。この補給地点も設置時には最前線

になっており、それなりの規模のBETA群が度々襲いかかってく

る。その度に中隊で何度も退けてきた訳だが、短いスパンでやってく

るため気が休まらない。

 防衛任務というのも聞こえがいいが、この補給地点が陥落してしま

うと、私たちよりも前線で戦っている部隊の連中たちが丸腰になって

49CP

シールダーズ

しまう。見知った顔ぶれがやってくると「

はいいねぇ。早々

に壊滅しかけて、撤退命令が出たらこれだから」と嫌味ったらしく言

われる。

 分かっている。私たちの部隊は新兵が多く、福岡市や飯塚市の救援

に向かってすぐ、錯乱を起こした新兵がBETAもいないところで大

暴れしたのだ。すぐさま精神安定剤を遠隔注射したが、使い物になら

ないからと後退することになったのだ。

 私の中隊は新兵ばかりの中隊。私含めて隊長格の3人も、言うほど

経験を積んでいる訳ではない。促成士官教育を受けた際、それは嫌と

いう程私に突き付けられたのだ。

『シールド2よりシールド1。隊長、こちらに接近する機影あり。帝

国軍のF─15Cのようですね』

「シールド2、帝国軍のF─15は日本人向けにカスタマイズされた

F─15Jだ。長刀を背負ってるだろう?」

 シールド2。任官した際、一緒の部隊に配属になった同期だ。大和

撫子と聞く日本人女性とはかけ離れた、かなり陽気な性格の女性衛士

だ。ハーフという理由で浮いていた私にも気さくに話しかけてくる、

周囲に流されない一面も持っている。こういった作戦行動中は敬語

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を使うが、普段はもっと砕けた話し方をする奴だ。

『わたしも長刀使いたいです』

「同感だ。……シールド1より中隊各機。接近するF─15Jには私

とシールド2が対応する。他の者は、周囲の警戒を怠ることのないよ

うに。また、交代で小休息を取ってもよし。水分補給・栄養補給程度

ならばいいぞ」

 それだけを伝え、私はすぐさま目の前に着陸したF─15Jを観察

する。

 ひと目見て、目の前の戦術機がおかしいことは分かった。あちこち

がカスタマイズされているF─15Jだ。一番目を引くのは、前腕部

に取り付けられたカナード翼。空力性能を上げて、空中での姿勢制御

をしやすくしたのだろう。それ以外にもおかしいところと言えば、そ

の動きにあった。

 着地する動作が滑らかだった。滑るように進入し、あまり着地の震

動を起こさずに止まってみせたのだ。

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。推進剤の補給コンテ

ナは残ってますか?』

 帝国軍第207試験小隊。試験小隊ということならば、目の前の変

なF─15Jの説明は付く。技術廠が実験機を作ったのだろう。鉄

 大和と名乗った少尉は、バストアップウィンドウの映像はSOUN

D ONLYになっていて顔は見れないものの、声の感じからして少

年だろう。色々とちぐはぐで違和感しかないが、ここで波風立てても

私たちではどうすることもできない。

「国連軍第49戦術機甲中隊、祠堂 カレン大尉だ。推進剤のコンテ

ナはまだ残っている」

「ありがとうございます」

 戦術データリンクでマップにビーコンを立てる。そこの補給コン

テナは推進剤タンクが納められているものなのだ。

 主脚移動で目的の補給コンテナで補給作業を行う鉄少尉のF─1

5Cを眺めながら、周囲の警戒を続けていると、小休憩中の新任少尉

がオープン回線を開いた。

87

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『帝国軍のF─15の方、どこから来られたんですか?』

 女漁りの好きな少尉だ。初戦闘では大泣きしていたのに、今ではケ

ロッとしている。中隊でも問題行動が多い奴ではあるのだが、悪い奴

ではない。私と鉄少尉の会話はオープン回線で行ったが、繋いで聞い

ていたのだろう。興味を持って話しかけたようだ。

『関門海峡を通って、福岡市まで。こっちに寄ったのは、推進剤の補給

のためです』

『あっちはどうなってました?』

『面制圧で穴ぼこになってましたよ。BETAは日豊本線沿いで食い

止めているように見えますが、もう防衛線を突破されています』

 データリンクでも情報は入ってきているものの、防衛線は日豊本線

が最前線のままになっている。恐らくだが、帝国斯衛の戦術機部隊が

小倉城で徹底抗戦でもしているのだろう。帝国軍の情報が一切入っ

てこない国連軍だが、そういった状況はなんとなく想像ができる。

 鉄少尉はそれだけ新任少尉に答えると、補給作業が終わったのかス

テータスの確認を始めたようだ。

 見慣れぬ機体。実験機であることは確かだ。完成されていないが

故に壊れやすく、装甲板の塗装に擦れた様子があることから、戦闘を

何度かしていることは見て取れる。僚機が見当たらないことは気に

なるが、普通ならば僚機がいない訳がない。どこかで撃墜された、と

考えるべきだろう。

 BETAの体液がべっとり付いた長刀の様子を見た後、何かに気付

いたのか近距離通信で鉄少尉が呼びかけた。

『接近するBETA集団がいます。ここが落ちるのは困りますから、

俺もここで戦いますよ』

 その呼びかけと同時に、CPから通信が入った。

『CPよりシールダーズ。帝国軍富野基地方面から出現した大隊規模

のBETA集団が接近中。城山霊園補給地点付近に後5分。構成種

グラップラー

は戦車級と

級のみ。補給地点を死守せよ』

 やることは変わらない。補給地点を通過しようとしているBET

A共を蹴散らすだけだ。

88

Page 93: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「シールド1よりシールダーズ。まだ、前線から引いてくる部隊も多

い。何としても補給地点を死守せよ!」

『『『了解!!』』』

「鉄少尉。共闘を頼めるか?」

『当然です。イーグル1了解』

 イーグル。そう部隊識別呼称を名乗った鉄少尉は、BETAが向

かってくる方に機体を向けた。

 ※※※

 城山霊園補給地点では7機のF─15がBETAとの戦闘を繰り

広げている。連戦続きということもあり、新任少尉たちは少しばかり

疲労を感じさせるが、私を含めた3人は何とかいつもの調子で戦えて

いた。

 しかしその中でも眼を見張るのは、鉄少尉のF─15Jだろう。

 実験機であるからこそなのか、詳しいことは何も私たちには分から

ない。しかし、あの異常な機動制御は、これまでの概念をぶち破る様

なものにしか見えなかった。

 バッタのように飛び跳ね、縦横無尽に駆け回る。そして彼は蝶のよ

うに空を舞う。

『す、すげぇ……』

 誰かが言葉を漏らす。この場にいる誰もが思っていることだった。

鉄少尉の動きは、それほどだったのだ。そして、彼の撃破数は加速度

的に増えていく。たった1機で私たちを上回る数を捌いていた。戦

闘ではなく、呼吸をするようにBETAを打ち捨てていくその姿に鼓

舞されたのか、私たちの隊の士気もあがりつつある。

「シールド1より中隊各機。イーグル1を支援し、このままBETA

を殲滅する。抜けそうなBETAのみを狙え」

『『『了解!!』』』

 程なくしてBETAの殲滅が終わり、周囲に生き残りがいないこと

兵士

ソルジャー

を確認する。小型種、

級や闘士級は踏み潰すだけでいいので、余

裕のある者に任せて、その他はステータスチェックと残弾確認をさせ

る。

89

Page 94: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 鉄少尉のF─15Jは、BETAの返り血を浴びて赤黒くなってい

るが、見る限り損傷はないようだ。それでも擦り傷は増えているた

め、それなりに接触はある様子。

『……長刀が使えなくなりそうだな』

 オープン回線が開いたままになっているのに気付いていないのか、

鉄少尉の独り言が聞こえてきた。

 左手に保持されている長刀の耐久値がかなり落ち込んでいるよう

だ。背部マウントには突撃砲が1門あるだけで、どうやら予備は持っ

ていない様子。この補給地点には生憎、長刀は用意されていない。国

連軍と在日米軍が用意した補給地点ということもあるため、使用でき

る機体がないから用意されていないのだ。

 よく見れば、表面にひび割れが確認できる。刃こぼれもかなりして

いる。あれでは使い物にならないのだろう。

 地面に長刀を突き刺すと、そのままふわりと飛び上がって辺りを見

渡し始める。

 戦闘中、度々空を飛ぶことがあったが、光線級のことを知らない訳

がない。任官しているだろうし、何より彼は開発衛士。かなりの修羅

場を潜り抜けた猛者と考えるべきだ。

 だが、それを置いておいたとしても、空を飛ぶことがどれほど危険

CODE:991

なのか知らない筈がない。この戦域には無論、

は出

ている。攻撃は目視できないが、恐らく射線を取るために移動中だろ

う。そんな相手がいる戦場で、鉄少尉は空を飛んだ。高度50mでも

高い程なのに、それよりもはるか上空を。

『ごめん。長刀をもらう』

 近くで果てた友軍の長刀を拝借したのだろう。撃震の腕が投げ捨

てられているのが見える。

 この衛士は私の思っている以上に異常だ。戦術機の動きも、帝国軍

としての振る舞いも。武士道なんてものは持ち合わせているとは到

底思えず、長刀の振り方も形はない。効率化を求めた動きだけを取

り、最適なものを瞬時に選びぬいている。そして、それを叶えること

のできるF─15J。あれほど繊細な動きができただろうか。度々

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見る機会はあったが、もう雑派な動きをしていたように思える。

 鉄少尉が長刀を拾い、突撃砲の弾薬の補給も終えても、BETAは

城山霊園補給地点に現れることはない。しかし、戦術データリンクで

は、前線がみるみる後退しているのは見て取れる。もう私たちよりも

東に友軍のアイコンは存在しない。

「シールド1よりCP」

『……』

「シールド1よりCP!」

 後退し、九州側の関門海峡を固める友軍のところへ向かいたいがた

めに、指示を仰ごうとCPに通信を呼びかける。だが、応答する気配

はない。CPは築城基地の司令室に置かれている。もし、移転するの

ならば連絡が来ている筈なのだが、応答がない。

 オープン回線で呼び掛けるものだから、新任少尉たちの表情が陰

る。もしや築城基地が陥落したのでは、そんな考えが脳裏を過る。

「シールド1より築城基地!! 応答せよ!!」

『……』

 応答はない。ならば、もう現場の判断を下すしかあるまい。

「シールド1より中隊各機。装備の確認を行い、持てるだけ武器を持

ミサイルコンテナ

多目的自立誘導弾システム

て。後衛の2人は

を装備しろ。終わり次第、築城基

地を見た後に関門海峡へ向かう」

 1度だけだが、こういった場面に直面したことがあった。中隊長を

任される前の話になるが、吉林省 集安に配属されていた時のこと

だ。

 その日も重慶ハイヴ周辺から東進してきたBETA群を叩いてい

た時のことだ。重厚な面制圧ができるから、と砲兵隊の連中が威張っ

ていた。ソウルから補給物資が届いたからだ。だから私たちは安心

して撃ち漏らしの処理をしていた。

 そんな時、突然CPからの連絡が途絶えたのだ。何事かと思ってい

たが、気にすることなくBETAの掃討が終わらせた。

 程々に推進剤と弾薬を使い切って戻ってみると、駐屯していた集安

基地がBETAに食い破られていたのだ。要撃級3体と戦車級5体、

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幾らかの兵士級や闘士級によって。どこからか抜けたBETAが、即

応部隊が出撃するまでもなく警備部隊と非戦闘員を食い尽くしてし

まったのだ。

 戻ってきた砲兵隊と、前線の生き残りは唖然とし、近くの基地に収

容されることになったのだ。

「持ちきれなかった分は捨て置け。自立飛行できるコンテナのみ、行

き先を関門海峡九州側に設定し、私たちも移動を開始する。……鉄少

尉」

『は』

「元は別部隊。何か任務を与えられているのであれば、我々は先ほど

言った通りに行動する。どうする?」

 相変わらずバストアップウィンドウにはSOUND ONLYに

なっているが、返事は少し迷った様子を見せ、すぐに答えを出した。

『俺も行き先は同じです。築城基地にも付いて行きます。関門海峡か

らは別行動になりますが』

「あぁ。それでいい。では出発」

 移動中BETAに襲われても、彼がいれば生存率は上がる。5人部

下を失った中隊でも、関門海峡までは生き残れるだろう。

 ※※※

 ﹇同日 福岡県道72号北西 門司城跡﹈

 やはり築城基地は陥落していた。元々、九州最後の砦である関門海

峡から少し離れていたのだ。機を見て脱出しなければ、BETAの餌

食になっていたのは当然だったのかもしれない。

 とホームベースが蹂躙されて気落ちした気分を切り替え、関門海峡

の九州側である門司城跡は、帝国・国連・米軍が後退を続ける前線の

要衝とした地点。無理矢理戦術機エプロンに作り変え、物資集積場を

建設してある場所だ。予備機なんかも置かれているという話だった

が、私たちが到着した時には地獄と化していた。

 私の想定していたよりもBETA群が入り込んでいたのだ。既に

72号線を挟んでBETAと対峙している状態。しかも、遅滞戦闘を

続けているのは、いずれも何とか動けている戦術機たちだろう。帝国

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軍を中心に、いくらか国連軍のものが散見される。在日米軍の機体は

見かけないが、撤退してしまったのだろうか。

 CPを失った私たちは、そのまま関門海峡にある部隊に加わること

になった。国連軍防府基地の司令部は、ロストした戦術機部隊のCP

将校が多くいるらしく、私たちにもCP将校を付けてもらえることに

なったのだ。

『CPよりシールダーズ。門司城跡の防衛地点は順次撤退中であり、

数刻もしない内に九州から全面撤退をする。現在は関門海峡大橋を

渡っている輸送部隊が、山陽本線北側まで撤退したことを確認次第、

順次防衛地点の戦術機部隊は後退を行う。シールダーズは第2次防

衛線にて、第1次防衛線を抜けた個体の撃破を行え』

 聞き慣れないCP将校の声に少し落ち着かなかったが、そうも言っ

ていられない。

 私たちが到着した頃には、この門司城跡に構える関門海峡九州側防

衛線も瓦解一歩手前だったのだ。この惨状を見れば、聞かずとも分か

るというもの。

 新任少尉共は、やっと休憩できると思っていたのだろう。CP将校

からの通信を聞き、青い顔をしていた。

 このようなことは、BETAとの戦場では日常茶飯事だ。むしろ楽

ができることなんて、まずあり得ない。

 腑抜ける新任少尉らの尻を蹴り上げるつもりで、オープン通信で喝

を入れる。

「貴様ら、ついいつぞやまで"死の8分"を乗り越えただのと喜んで

いた威勢はどうした? 連戦続きで疲れ果てたか? 甘ったれるな

!! ヒヨッ子の分際で、一度戦場に出たら、すぐに楽できると思うな

よ?!」

『『は、はい!!!!』』

「異星起源種に喰われたくなければ戦え!! そのクソ頭に詰まってい

るミソを使え!!」

 初陣の戦闘から、何度か小規模なものを経験してきている新任少

尉。それでも、初出撃から一度も機体から降りていないのなら、まだ

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初陣の真っ只中だ。8分を乗り越えたからと言って気を抜けば、たち

デストロイヤー

まち光線級に焼き殺されるか、

級に轢殺されるか、要撃級の前

腕衝角にコクピットごと潰されるか、戦車級に取り付かれて喰われて

死ぬかのどれかだ。新任衛士は初陣を生き延びて、初めて半人前にな

れる。一人前には、何度かの戦闘を経験しなければならないのだ。

「なぁに。機体が耐久限界を迎えれば、嫌でも後方に移される。それ

までとりあえずは生き延びろ」

 それだけを言って通信を切ろうとするが、イーグル1のアイコンが

回線に入ってきた。

『イーグル1よりシールド1』

「イーグル1、どうした?」

『ここでお別れです。撤退するよう、命令が下りましたので』

「そうか……。少ない時間ではあったが、貴官がいてくれて助かった。

ありがとう」

『は。では、またどこかで』

 数時間もすれば見慣れてしまった動きに、未だに感動しながら見送

る。これまで様々な人物に会って来たが、あれほど特徴的な軍人は他

にいないだろう。終始聞くことのなかった、まだあどけなさの残る声

色についても、バストアップウィンドウの映像が映っていないのも。

機密なのは分かる。だが、短い時間でも背中を預けあった仲間だった

のだ。

 ふわりと浮き上がり中国地方へと飛び去るF─15J。血塗れに

なった帝国軍塗装も満足に清掃することなく、どこかの基地へと向

かった鉄少尉が見えなくなると、私はオープン回線で全員に呼びかけ

る。

「シールド1より中隊各機。イーグル1がいなくとも、我々は我々の

任務を全うしよう。戦場は一期一会だ。だが、死んでは次の機会は

巡ってこない。まずは本土侵攻を生き延びようではないか」

『『『応!!』』』

「今こそ我々は新任ばかりのひよっ子中隊から、人類の生存圏と種の

神の盾

イー

存続を守り、BETAを打ち払う

となろう!! まずは、撤退す

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る部隊の支援だ!! 全機、兵器使用自由。楔壱型で出鼻を挫く!!」

 津波のように押し寄せるBETAを見据え、私たちは最前線の戦列

へと躍り出る。万全とは言えない状態ではあるが、それでも他の戦術

機と比べればマシな程度。ステータスがイエローでも何のその。推

進剤と弾薬が残っているのならば戦える。

 まだ数時間と戦っていない新任少尉たちの顔つきも、いつの間にや

らマシなものになったことを感じつつも、未だに減ることのないBE

TAを睨みつける。初陣が本土防衛というのも酷な話だと思うが、そ

んな状況は各地で起きる筈だ。私は甘ったれたことを言っていた時

のことを思い出し、鼻で笑い飛ばした。

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episode 11

   ﹇1998年7月9日 国連軍防府基地 エプロン﹈

 日付も変わって久しい頃、昨日振りに戻ってきた防府基地の様子

は、あまり変わっていなかった。九州が陥落して数時間経っている

が、最前線の帝国斯衛軍の小倉城守備隊も撤退してしまっている。つ

まり、九州地方は完全に陥落した。

国連軍第49戦術機甲中隊

シー

ダー

 俺が途中から行動を共にしていた

は、別

れた門司城跡での撤退支援を行った後の行方は知らない。本土侵攻

の最前線にいたのだ。行方が分からないということは、"そういうこ

と"だと考えるべきなのだ。

 血塗れになっているF─15C Extraが滑走路に進入して

くると、地上作業をしている整備兵たちがわらわらと群がってきた。

機体に付着している、BETAの肉片や体液を洗い流して除染するた

めだ。

 ガスマスクを被った数人の整備兵たちが水と除染液を掛けはじめ

て数十分もすれば作業も終了し、そのままエプロンまで歩いて移動す

る。CPからの指示で、空いている自走整備支援担架に機体をロック

すると、そのまま帝国軍の整備兵たちが整備作業を始める。

 管制ブロックを開放して、数時間ぶりの外の空気を堪能する。機密

上、俺は機体から降りることができない。特に防衛戦に参加している

全軍が集まっているところは特に、だ。

 機密漏れや俺の正体がバレることを防ぐためだ。そもそも、齢14

か15の少年が乗っていれば、不審がられない訳がないのだ。話し方

や振る舞いは18くらいを想定しているものの、姿を見られたならば

疑われるのは必至。そうなった場合、瞬く間に逮捕されてしまう。

「何だこいつ……。かなり特別なチューンがされてるぞ?」

「この陽炎、本当に帝国軍のものなのか?」

 帝国軍の整備兵たちが、接続されたコンソールを見ながらそんな言

葉を漏らす。純夏・霞曰く、F─15C Extraはフルチューン

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機なので、あちこちにシステムロックを掛けてある。整備に必要な部

分は閲覧できることになっているが、OSやCPU等にはアクセスで

きないらしい。その他にも付け替え等が行われている部分も多いた

め、触り慣れた整備兵たちからすれば違和感だらけの機体だろう、と

いうことを言っていた。

 だからだろう。防府基地の帝国軍整備兵たちからしてみても、この

機体はおかしいところだらけなのだ。

「……カスタム機だろう」

「班長」

「外観も弄り回しているのも見て取れる。中身も相当だ。ならば帝国

技術廠が秘密裏に開発を進めている改修機なのかもしれない。あま

り詮索はするな」

「了解しました」

 帝国軍整備兵を纏める班長は、難しい顔をしながら機体を見上げて

くる。俺はその顔に見覚えがあった。

 班長は事前に知らされていた、オルタネイティヴ4の工作員だった

のだ。夕呼先生が用意したという、俺が立ち寄れる整備拠点にいると

いう情報を撹乱させる人員だ。

 見上げてすぐ、班長は少し離れて班員に指示を出した。

「できるだけ早く整備を済ませてやれ!! こいつはすぐに移動する

!!」

 心の中で礼を言い、十分に外の空気を取り込んだ管制ブロックを閉

めた。

 ※※※

 整備にそこまで時間がかかることはなく、補給の方に時間がかかっ

た。推進剤の補充も十分に終わったのだが、装備の方に遅れが生じて

いた。突撃前衛装備で防府基地を出撃していたが、帰還する頃には突

撃砲が1門になっていたからだ。

 補給するのは長刀2本と多目的追加装甲。基本的に使い捨てにな

る追加装甲も、既に他の機体が持ち出していて、予備もない状態だっ

た。あったとしても、爆発反応装甲を使い終わったものや、かなり歪

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んでしまっているものしか残っていないのだ。長刀は簡単に手に

入ったものの、突撃砲も戦場で拾ってきたもの。かなりダメージを蓄

ジャムる

積しており、いつか

ような状況になっていたのだ。

「突撃砲、準備できました!」

「長刀を背部マウントへ格納完了!」

 多目的追加装甲がまだ到着しない。整備兵の1人がコンソールか

らメンテナンス用のヘッドセットを装着してオープン回線を開く。

『追加装甲が手に入りませんでしたが、どうしますか?』

「……突撃砲をお願いします」

『了解』

 腰部弾薬庫に満タンに装填された弾倉が次々と入れられていく傍

ら、近くの突撃砲にマークが付いた。どうやらコンソールから使用可

能な突撃砲を指示したらしい。

『マークの付いた突撃砲を使ってください。整備が終わっているもの

です』

「ありがとうございます」

『整備完了しました。いつでも出撃可能です』

「イーグル1了解」

 メンテナンス用ヘッドセットを装着している整備兵や、そのた取り

付いていた整備兵たちがコンソールの接続を切ったり、キャット

ウォークを排除していく様子を見ながら、CPに通信を接続した。

「イーグル1よりCP」

『こちら防府CP』

「防衛線はどうなっている?」

『現在、関門海峡大橋を超えられている状況。山口県へ徐々にBET

Aが侵入しつつあるが、水際で撃破が進んでいる様子。一昨日の台風

で出撃できなかった帝国海軍水雷戦隊が爆雷攻撃を行っており、戦術

機甲部隊等の地上戦力は自走砲・ロケット砲等の砲兵隊の支援が主に

なっている』

 戦術データリンクから、山口県の九州地方側にいくつもの味方アイ

コンが表示された。既に門司城跡は陥落しており、下関一帯でBET

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Aを水際撃破している状況だった。

『また、状態が良好な戦術機甲部隊は九州地方へ進出し、間引き作戦を

継続中だ。現在、帝国陸軍2個戦術機甲大隊ならびに極東国連軍1個

戦術機甲大隊、帝国斯衛軍1個戦術機甲大隊の増強連隊規模が間引き

を行っている最中だ。在日米軍は国道315号に沿って防衛戦を再

構築中』

 おおよその状況を掴むことができた。帝国軍と極東国連軍は最前

線で戦い、在日米軍は基本的に後方で支援戦闘を行っている構図なの

だろう。これが後に、日米安全保障条約の一方的な破棄に繋がったか

は分からないが、米軍が戦力を温存しているのは火を見るよりも明ら

かだった。

 すぐさま方針を決めるべく、どこへ向かうべきか考える。しかしな

がら、そんな俺の考えを遮るように、防府CPは俺に命令を下した。

『防府CPよりイーグル1へ。貴官は九州地方の間引きに参加するこ

と』

「……イーグル1了解」

 波風を立てないためだ。俺には極東国連軍から独自裁量権を得て

いるが、帝国軍を名乗っている以上は従わなければならない。ここに

来て、帝国軍の皮を被っていることが裏目に出るとは思いもしなかっ

た。

 防府CPのCP将校の顔を思い出しながら、フットペダルに力を入

れる。自走整備支援担架のロックが解除されたことを確認すると、そ

のままエプロンから滑走路へと向かった。

 ※※※

 ﹇同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第207衛士訓

練部隊 戦術機ハンガー﹈

 因果律量子論の論文の改定もとうの昔に書き終わり、今はオルタネ

イティヴ4を如何に進め、維持するかに注力している。

 これも何の因果か分からないが、因果導体となっていた白銀に巻き

込まれた形で世界を渡ったアタシは、2001年よりも4年前のアタ

シの誕生日まで遡っていた。

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 1997年はオルタネイティヴ5が確定した年だ。これと同時に

オルタネイティヴ3の時と同様に、必要に駆られて専門部隊を発足す

ることとなる。アタシとしては00ユニットが出来上がった後でも

よかったのだが、オルタネイティヴ計画が並立してしまった状況下で

は、あらゆる事態に対応するために用意しなければならなかった。

 しかし、この世界では時間と資金と圧力に押し潰されそうになるこ

とは少なくなった。2001年時点でのオルタネイティヴ4の研究

成果と、4年間の世界情勢はアタシの天才的な頭脳にインプットされ

ている。

 この状況下であれば、最低4年間は大きな歴史の流れを変えない限

り、アタシの掌の上。

 00ユニットの製作は、主席候補になる予定であった鑑を使用でき

る状況でないため、別の方法を模索する必要があった。しかしなが

ら、あの危機的状況下に於いても、2001年12月31日以降は、研

究に時間を多く割くことができた。新技術や新理論を持ち、検証もで

きているものだってある。切羽詰まっていない今の状況になってか

らは、時間的余裕を持って研究を進めることができた。

 主席候補である鑑は、素体となった記憶を持っている。これを利用

せずして何とする。この世界でも、鑑には00ユニットになってもら

うのだ。しかし、量子電導脳を製作する必要もない。あの技術はもう

昔のものなのだ。

「香月せんせー。ハンガーに来るなんて珍しいですね」

「あら。息抜きで散歩するくらいいいじゃない」

 目ざとくアタシを見つけた例の鑑は、まりもの戦術機から顔を覗か

せてこちらを見る。

 アタシは常に成長を続ける天才。ならば、できる限りのことはして

みせるのもアタシなのだ。

 【00ユニット改】。それが、この世界での00ユニット。そして鑑

は、換えの効かない主席素体であるのだ。

 ※※※

 例のものができあがってしまうと、後は起動実験やデータ採取を

100

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行った後に実戦投入を行うだけ。

 つまり、オルタネイティヴ4は終わったも同然なのだ。成功すれ

ば、の話だけれど。しかしアタシの辞書に失敗の文字はない。必ず成

功する。

 となると、次に手を付けるべきことは、オルタネイティヴ4を盤石

なものにするための戦力だ。

 作業が終わったのか、キャットウォークから降りてきた鑑が、アタ

シのところに来た。

「鑑、アンタ、衛士になるんだっけ?」

「はい!」

「そ」

「……えっと?」

「確認しただけよ。それよりも、まりもの機体をイジってたみたいだ

けど、何かあったのかしら?」

「はい。訓練で使う機体ですから、メンテナンスは使う度に行うんで

すよ。整備班長が言うには、結構使い倒した機体だから、より丁寧に

整備しろーって。機械のところは整備兵の皆さんに任せて、私と霞

ちゃんでソフトとかを見てたんです」

「あー、これ古いのね」

 まりもは昔から物持ちのいい子だった。高校生の頃に乗っていた

ママチャリ、ナントカ号は今でも実家に置かれているとか。どんな名

前だったかは覚えてない。現役の頃に聞いた話では、母親のお下がり

だとか。そんな20年も使えるなんて、そうあることではない。

 そんなまりもの機体だからこそ、長いこと使えているのだろう。

「はい! 私と同い年です!」

「これ15年も使ってるのね……」

 そんなどうでもいい話をしていると、ハンガーの一角のガントリー

にシェードか掛けられた戦術機が目に留まる。あんなものがあった

だろうか。位置的にはA─01のものではない。TF─403のた

めの場所だ。

「ねぇ、アレって」

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「あー、アレはF─14 AN3ですよ。先生が取り寄せろって言う

から、副官の人と霞ちゃんが手に入れたんです」

「そんなことも頼んでたわね」

F─14 AN3

シー

カー

 

。オルタネイティヴ4の前身、オルタネイティヴ

3の時に製造された戦術機だ。アレにESP発現体と衛士を乗せて、

ポパールハイヴ

ラー

に投入された。それ以外に用途はなく、結局オルタネ

イティヴ4に移行してからは使用されなかったもの。

 それをアタシは取り寄せた。利用方法はあるにはあるのだが、別に

改造される前のF─14でもよかったのだ。しかし、F─14 AN

モスボール

3は国連軍管轄。ノーマルは米軍が

したものがあるだろ

うが、夢物語を語る連中に欲しいと言っても出し渋る。面倒なわだか

まりを生んでも、百害あって一利なしと言う。簡単に手に入るであろ

う方を頼んだのだ。

「アレは使えるようになっているの?」

「まだです。動きはするんですけど、ソフトウェアの方がまだ……」

「社がやったんじゃないの?」

「霞ちゃんは何故か、アレにあまり寄り付かなくて」

 ナルホドね。社にとって、あの機体は因縁のようなものがある機体

だ。

「……ゆっくりでいいわ」

「了解です」

 さて、そろそろ動き出さなくてはならない。

 幾ら白銀を前線に投入したからと言って、1人の力が大局に大きな

影響を与えるとは思えない。精々、数時間やその程度、猶予を引き伸

ばすことくらいしかできないだろう。

 となると、しなければならないことは1つ。

この辺り

は最前線になる。そうなれば、人類の威信を賭けたオルタネ

イティヴ4をBETAの目と鼻の先で進める訳にもいかない。前の

世界でもしたように、一時的に仙台にでも拠点を移す必要があるの

だ。

 時間は十分とは言わないが、恐らく1ヶ月以上は持つ筈だ。それま

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での間に、オルタネイティヴ4とアタシの研究を更に進めなければな

らない。程々に資料の整理をしながら、引っ越しの準備でも始めよ

う。

 鑑に別れを告げ、機密区画の廊下を歩きながら、そんなことを考え

る。

「……白銀が帰ってきてからやらせましょう」

 片付けなんて柄じゃないわ、アタシ。

103

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episode 12

  ﹇1998年7月11日 帝国軍青野原基地 国道312号 第1

防衛線 北条町駅﹈

 下関攻防戦と呼ばれている、関門海峡での防衛戦は数日と持つこと

はなかった。日に日に減っている作戦参加部隊。戦術機は次々と撃

墜されていく光景を目の当たりにし、光州作戦でも肌で感じたBET

Aとの戦闘を思い起こさせた。

 下関から撤退することを決めた日本帝国軍・斯衛軍と国連軍は、国

道187号まで司令部を後退させ、それに伴い防衛線も大幅に下がる

こととなった。

 帝国軍防府基地も撤退に際し、残っていた物資や弾薬を満載にした

トラックが数え切れない程東へ向かい、その中には、初めて基地に降

り立った時に話した上田上等兵の姿もあった。

 何度か小型種を連れ帰った戦術機がいたそうだが、上田上等兵は対

物ライフルで戦車級を倒したと誇らしげに語っていた。

 在日米軍が最前線に立つも、すぐに在日米軍司令部は後退を決断。

岩国まで後退する。それから何度も敗走は続き、山口県が陥落。慌た

だしくも防衛線を転々としていると、気付いた時の四国にBETAが

上陸。本州の戦闘もままならない三軍混成軍は、四国に駐留している

最低限の部隊のみで住民を守りながらの戦闘へと突入した。

 四国には九州や山口県から何とか逃げ出せた避難民が居た。住民

と避難民を守りながら、最低限の人員で守れる筈がない。四国は地獄

と化した。

 そんなことを知りもしない俺は、呉攻防戦に参加。日本帝国軍呉支

部が置かれており、九州戦線からずっと帝国軍への指示はここから出

していた。

 帝国軍は呉を重要拠点としており、周辺地域も国防にとっては必要

な施設が揃っていた。特に江田島は帝国随一の火工品生産拠点だ。

ここを失えば、帝国の武器弾薬生産量がガクンと落ちてしまう。しか

しながら、BETAの前には非力だった。他の拠点よりも踏ん張って

104

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は見せたものの、拠点から運び出しきれなかった弾薬諸共誘引したB

ETAを吹き飛ばした。

 結局のところ、どこかの拠点や防衛線で踏ん張って見せても、それ

が全域で起きている訳ではなかったため、次々と陥落していったの

だ。

 そして遂に兵庫県の中央を超えてしまった。もう帝都・京都は目と

鼻の先。既にBETA群は広島県・鳥取県を手中に収め、四国も徳島

県の一部しか残されていない。現在は国道312号を第1防衛線と

し、防衛線以東福知山線までを第1防衛管区としている。それよりも

東は第2と続き、国道173号までを今回の最終防衛線としている。

京都府亀岡市に臨時の司令部を置き、帝都との連絡線を密に取ってい

る状態だ。

 帝国上層部は、この国道173号までの防衛線でBETAの本土侵

攻を食い止め、追い返すつもりらしい。しかし、もし食い破られた場

合は、帝都決戦も辞さないということは征威大将軍から声明があっ

た。帝国民は帝都防衛に燃え、そして故郷を追われた帝国軍人は復讐

の炎を募らせていたのだ。

『帝国軍スワロー中隊よりCP。倉敷から撤退したのは俺たちで最後

だ』

『CPよりスワローズ。推進剤・弾薬の補給後、そのまま第1防衛線に

加われ』

『スワロー3了解。……クソッ、俺たちは3機しか残っていないんだ

ぞ』

 満身創痍のF─4Jが近くをフライパスする。BETAの体液で

塗れているのは勿論だが、3機全機が腕や装甲板が脱落している。酷

いものだと、跳躍ユニットがない機体まである程だ。

『スワロー3よりCP。青野原に予備機はないか?』

『予備機はない。全て出払っている。残っているのは、飛ぶのか分か

らないものばかりだ。それと機械化歩兵装甲は残っている』

『機械化装甲歩兵に鞍替えする気はない。……無茶なこと聞いて済ま

ない』

105

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『いい。整備兵が使える機体を順次整備しているところだ。出来次

第、乗り換えを行って欲しい。それに、愛知から生産された新品も

次々と納入されている。舞鶴からF─4Jから再配備が始まってい

るところだ』

 愛知県。もっと広い言い方をすると、東海地方は戦術機の一大生産

拠点だ。機械製品の製造に強い企業が幾つも存在しており、軍需産業

も盛んだという。不知火も愛知県の工場で生産しているんだとか。

ヘンテコな陽炎

F─15C Extra

『スワロー3より

へ。我々はここに合流する。コール

サインを教えてくれ』

「イーグル1よりスワロー3。ヘンテコは勘弁してください」

『勘弁な。見慣れないものでな。オレは赤坂 幸中尉。東は東京、南

は山口と渡り歩いている。よろしく頼む』

「鉄 大和、少尉です。俺も九州からずっとですよ」

 色白の青年だった。年はそう離れていなさそうだが、歴戦の雄姿を

思わせる雰囲気を漂わせている。

『それで、ここの説明を頼めるか?』

「えぇ」

 バストアップウィンドウにはSOUND ONLYの文字が浮か

び上がっているだろうに、そのことを聞くこともなく、防衛線につい

ての説明を求めてきた。

 俺は簡単にだが、データリンクを使いながら口頭で説明をする。

 国道312号の第1防衛線。俺が担当している戦域は、比較的後方

の近い地点だ。312号よりも西、北条鉄道の北条町駅。市街地であ

り、補給コンテナが幾つか置かれているところでもある。補給地点は

ここより更に西にあり、加西IC辺りに用意されているのだ。

 担当戦域での任務は、後退する部隊の援護。及び、可能ならば支援

攻撃。撤退時には殿を務めることになっている。

 勝手に命令を下され、不和を起こさないために従ってここに配置さ

れたのだ。

 下関からこの方、ずっと戦闘続きで整備もままならない。防府基地

と呉、倉敷で整備を受けているが、本格的なものは一度も受けていな

106

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いのだ。ステータスではオールグリーンと表示されていたとしても、

システムチェックが行われていない範囲で、かなりダメージを蓄積し

ていることは確かだった。

『ここには他の部隊はいないのか?』

 北条町駅には俺の他にも部隊は駐留していた。しかし彼らは別命

でここを離れ、最前線へと行ってしまったのだ。残っているのは民間

人の避難誘導を行っている帝国軍歩兵と随伴の機械化歩兵中隊のみ。

彼らのCPは既に後方へ退避している。乗り換えの駅で席を確保し

ているらしく、折返しの電車が向かっているということは機械化装甲

歩兵中隊の隊長から聞いていた。

「北条町駅の民間人を守っている歩兵と、随伴の機械化装甲歩兵中隊

のみです」

『戦術機1機とそれだけの戦力で?! ……確かにここは第1防衛線で

も後方に位置するところだが、それはあまりにも』

 言いたいことの意味は分かる。そして、赤坂中尉が途中で口を噤ん

だのも。

 第1防衛線の正面には多くの戦術機甲部隊が展開しており、福知山

線沿線に砲兵隊が前線に支援砲撃を行っている。それは、ここで戦闘

待機をしている今でも揺れを感知できる程の激しいものだ。

 しかし、正面戦力を十分に揃えてしまうと、後衛の部隊が薄くなっ

てしまうのも当然なのだ。部隊は足りない、戦術機も足りない。これ

からどこまで戦闘が続くか分からない現状、BETAが侵攻していな

い地域の部隊を全て引き抜くこともできないのだ。

「幸いにして北条町駅は無人になる予定です。民間人と歩兵が撤退す

るのを確認した後、俺は福知山線まで後退します」

『そうか……。俺たちはどうするか……』

 赤坂中尉と今後の話をしていると、状況が動き出す。

 最前線でBETAの増援があり、受け止めた部隊が壊滅。そのまま

BETAが雪崩込んできているというものだった。空いた穴を、後方

で詰めていた部隊が埋めたが、かなりの量を討ち漏らしてしまってい

るとのこと。BETA群は東進を続けており、どうやら北条町駅を目

107

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指しているというのだ。緊急でCPから迎撃態勢を取り、もう少しで

到着する電車を送り出すまで持ちこたえろと命令を受けた。

 ビルの上に上がって望遠カメラで確認をする。遠くに砂塵が確認

でき、それが接近中のBETA群であることが分かった。

「イーグル1よりスワロー3。BETA群を目視で確認」

『スワロー3了解。データリンクで確認した。イーグル1と共に民間

人が逃げるまで、ここを4機で守り通すぞ』

 ふわりと北条町駅を取り囲んでいた戦術機が浮かび上がり、一斉に

BETAのアンブッシュポイントを目指した。

 ※※※

 ﹇同年7月14日 亀岡市 最終防衛線﹈

 北条町駅は守りきれなかった。4機で対応するにも数が多すぎた

ため、捌き切ることができなかったのだ。何とか稼いだ時間も10分

というところで、駅に到着していた電車に乗り込めたのは半数の民間

人だけ。歩兵と残りの半数は駅に取り残されてしまい、予定外に軽く

なった電車はBETAを振り切って走り去ってしまった。

 駅への籠城を決めた歩兵と民間人たちは、残されていた携帯火器

や、機械化歩兵装甲を拝借し武装。時間稼ぎを提案。機械化歩兵中隊

を通じでCPに連絡が行き、救援を寄越すまで耐えることとなった。

 赤坂中尉の部下が2人とも撃墜された頃、駅では小型種との戦闘に

なっていた。機械化装甲歩兵中隊は駅の外でバリケードを作ってい

たが、速く到着した戦車級や闘士級と戦闘を開始。中途半端なバリ

ケードを内側から建造しながら、歩兵と民間人は戦闘を始めた。

 序盤は戦車級を順調に倒していたのだが、不意を衝かれたり気を抜

いた時に次々と殺されていった。結果、籠城を選択した歩兵と武装し

た民間人300人はBETAの腹に収まり、戦闘できない女子ども老

人500人と、近くを固めていた100人もあっという間に殺されて

しまった。駅は30分で陥落してしまったのだ。

 救援が間に合う筈もなく、到着した頃には俺と機体から脱出した赤

坂中尉しか残っていなかったのだ。

 救援部隊と共に後退する頃には、青野原基地にBETAが侵入。C

108

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Pは壊滅してしまっていた。

 今は、京丹後・加西を結ぶラインでBETA群の侵攻を一度食い止

めたということもあり、2日前に設置された防衛線以西の残存部隊

は、三軍共に部隊の再編成を行っているところだ。

「いただきます」

 近くに放置されていた物資の中から戦闘糧食を拝借し、持てるだけ

持ってF─15C Extraのところまで戻ってくる。

 北条町駅から撤退した俺は、そのまま休息に入ったのだ。このまま

戦い続けても、心身共に疲弊し切ってしまっていてば、いつしか撃墜

されかねない。気付けば6日間も戦術機に搭乗していたのだ。機体

に持ち込んでいた戦闘糧食も既に底を付き、もう機体を降りるしかな

い状態であったとも言える。風呂にも入れておらず、体中垢だらけで

もあるのだ。定期的に管制ユニット内は換気していたので、臭うとか

そういうのはないだろう。

 戻ってくると、長いこと着ていた強化装備を脱ぎ捨て、近くを流れ

ている小川に飛び込む。ひんやりと冷たい水が心地よく、森から聞こ

えてくる小鳥のさえずりがBETAとの戦闘を忘れさせてくれるよ

うだ。清流の中で体を洗い、頭から水を被って汚れを流す。気持ちい

いことこの上ないが、欲を言えばお湯がよかった。

 小川から上がり、体を乾かして新しい強化装備に身を包む。適宜自

動でサイズ調整を行う強化装備だが、着てきたものと同じものを持っ

てきたと思ったら、少しばかりブカブカに感じるのは気の所為ではな

いだろう。連戦と不摂生な生活で少し痩せた、ということだ。

 拝借した戦闘糧食の中から適当なものを選び、管制ユニットの上、

胸部の上に上がって腰を下ろす。体液を浴びていると言っても、亀岡

に後退してきた際に除染をしてもらっている。それから移動してき

たばかりということもあって、鼻に付く硫黄臭なんかも全くしてこな

い。

 ヘッドセットを通して、頭部マルチカメラの映像は見えているた

め、ついでに周囲の様子を見ながら食事を始めた。

 ※※※

109

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 F─15C Extraの外装装甲を外し、内部の駆動系を目視で

確認する。確認するまでもなく分かっていることだが、やはりかなり

損耗している様子だった。

 亀岡に退いてきた時にも、一度整備してもらっている。それでも戦

地整備ということもあってか、簡易的なものしかできていない。本格

的な分解点検修理を行うのならば、ブラックボックス化した霞や純夏

がいる白陵基地まで戻る他ない。

 外装装甲を取り付けし直し、点検工具袋にラチェットとモンキーレ

ンチを放り込んで機体を見上げる。

「いつまで持つのやら」

 そのようなことを独りごちて、管制ユニットへと戻る。

 現在は第1防衛線以西での部隊再編と間引き作戦が決行されてい

る。先日決まったばかりの第1防衛線の外郭、青野原基地は丁度BE

TAの最深侵攻地域だったらしい。

 救援部隊と共にBETA支配地域へ侵攻。青野原から加西へ押し

返すことができたのだ。

 BETAの侵攻が止まったことを確認すると、そのまま俺は現地で

の再編には加わることはなく、『機密文書と伝令』という体で宮津・丹

波・明石に集結していた軍をパスして亀岡まで来ている。

 亀岡にはオルタネイティヴ4の息がかかった基地があり、そこで便

宜を図ってもらうためだった。

 白陵基地を出る前のことを思い出す。前の世界での本土侵攻が、ど

のように推移していったのか。日本帝国的には重要な事件であった

ということもあり、かなり詳細な記録が残されている。

 台風の直撃と相まって、重慶ハイヴから東進するBETA群の攻撃

が不十分であったこと。そして、民間人の疎開政策が上手くいかな

かったこと。これによって、あまり数を減らすことができずに上陸を

許してしまい、避難の送れる民間人を守りながら戦うことを強いられ

てしまった。

 刹那のことだった。帝国軍・斯衛軍・国連軍・在日米軍への一斉通

信が入った。オルタネイティヴ4の協力者からの連絡で、第1防衛線

110

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でBETA群の侵攻が確認された。俺からは受信しかできないが、そ

の隠匿性の高い通信を受け取った俺は、出発準備を1人で始めるの

だった。

 俺に課せられた任務を果たすため。そして、帝国・帝国斯衛軍に恩

を売りつけに行く。

 そのために俺は戦っているのだ。

 ※※※

 ﹇同日 最終防衛線 京都・嵐山基地﹈

 第1防衛線で動きがあったことは、基地内の喧騒から察することが

できる。しかしながら、私たち嵐山補給基地所属 

斯衛軍第332独立警護中隊

ファ

は丹波を越えようと動き出したBET

A群にいつでも出撃できるように、即応待機で詰所にしている状態

だ。

 本来であればここには、帝都鎮守のために配備された戦術機甲部隊

と即応部隊がいた筈。しかし前線へ抽出された戦力を補填するため、

繰り上げ任官した私たち半学徒兵が着任している状態だった。

 しかしながら、状況は切迫している。前線の状況は戦術データリン

クを閲覧することも、データベースにアクセスすることもできない

ポンコツ

ヘッドセット

では見聞きすることはできない。

 唯一、情報を得られる手段は、基地の正規兵の会話や怒号から得ら

れたピースを組み合わせて推理することだけ。

 ただ、嵐山基地の立地や防衛線の様相から推察するに、私たちが出

撃するような事態になることは、第3防衛線が突破されるかされない

かの瀬戸際。亀岡を突破された時に、それが訪れる。

「ねぇ……さっき整備兵が話してるのを聞いたんだけどさ」

 そんな会話の切り出し方をしたのは、同じ中隊所属で白百合女学園

時代からの友人、石見 安芸。

「何かあったの?」

 その言葉に反応したのは、恐らくあの中隊長の威圧に怯んでしまっ

た安芸と同じく友人の能登 和泉。隊長を怖がってはいるが、元気が

あるようにも見えない。許嫁が九州で戦死したとか聞いたが、それが

111

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理由だろう。

「待機って言っても、やることあるんだから、そっち終わらせちゃおう

よ」

 口ではそう言うものの、少し興味あり気にしている親友の甲斐 志

摩子。

 詰所には他にも私たちと同じように、速成教育を受けて繰り上げ任

官をしている新任少尉がいるが、その中でも私と近くで黙々と何かを

書いている山城 上総の5人は仲がいい。

 話を聞いたと切り出した安芸が、私たちを手招きして近くへ呼び寄

せると、周りに聞こえない程度の声で話し始めた。

「九州からこれまでの戦闘について、皆は教官や如月中尉から聞いて

ると思うけど、なんだか興味を唆られるのを聞いたんだよね」

「もったいぶってないで教えてよ。どんな話?」

F─15J

「変な

がいるんだって。あちこちの九州からずっと、生き

残ってるとか。いつも単機で転々と戦域を移動して、試験小隊を名

乗ってるみたい」

 それは、よくある戦場の都市伝説みたいなものだった。

 安芸が言うには、帝国技術廠が開発している新型のF─15Jの試

作機で、実戦データ収集を目的に出撃しているとか。試作機でありな

がら僚機はおらず、そして搭乗する衛士は精鋭中の精鋭。再現不可な

機動制御を行い、BETAを蹂躙していく。

 和泉も志摩子も少しばかり興味を持ち、これまでに経験したことの

ない空気感を紛らわすために盛り上がり始める。

 黙々を作業を進めている上総は、興味を無くしたのか、つまらなさ

そうに作業を再開させていた。

「……篁さん」

「何?」

「石見さんの話を聞いて、何か分かるんじゃないかしら?」

 興味がないと思ったのだが、少しはあるらしい。私は安芸の言って

いた特徴を思い出しながら、私の知っている範囲で情報を補強してい

く。

112

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「戦術機のことなら……。F─15Jは、F─15Cから長刀を使う

ためにOSの書き換えと関節、電磁伸縮炭素帯の緩衝張力強化や87

式突撃砲に合わせた兵装担架の設計変更がされている。全部日本帝

国仕様にするため」

「それは講義で習いましてよ」

「確認。……全ての改装は上半身に施されたものだと思う。でも、機

動力の向上や外見的変化はなかった筈。空力特性を鑑みた、頭部と上

腕部のカナード翼取り付けが代表的だけれど、これは日本の戦術機運

用思想からくるものね」

「それがなされていたF─15Jを帝国技術廠が開発している、と?」

「あり得ない。なぜなら、不知火があるもの」

 上総は作業を終わらせたのか、ペンを机に置いてこちらを向いた。

「ということは、そのF─15Jは不明機ということになるわね。試

作機を最前線にずっと置いておくのもおかしいし、何より僚機がいな

い中での単独戦闘はもっとあり得ないわ」

「うん。私もそう思う」

「私たちが見ることはないと思うけれど、多分、戦場の都市伝説。幻影

でも見ていたのよ、そんな報告をした衛士は。後催眠暗示と興奮剤で

バッドトリップでもしていたのでは?」

 暗示と興奮剤の併用は、初陣の衛士によく処置されるものだ。それ

の副作用として、バッドトリップを引き起こすことが時々ある。恐慌

状態に陥り、何もできなくなった衛士に施すものとして適切である、

と教えられるものだが、副作用は少し触れるだけ。実際に使ってみな

ければ、その恐ろしさは誰にも分からないのだ。

「出現地点もまちまちだし、期待するだけ無駄ね。そんなヘンテコな

陽炎ならば、見てみたいものだわ」

 そう言って切り上げた上総は、提出してくるとだけ言い残して詰所

を出ていってしまった。

 残された私は、まだ少し盛り上がっている3人に声をかけて、作業

をするように進めた。後で中尉から雷が落ちるのは、少し避けたいと

ころなのだから。

113

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114

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episode 13

  ﹇1998年 7月14日 最終防衛線 亀岡戦域﹈

 第1・第2防衛線は、数時間と持たずして瓦解してしまった。これ

までの戦場では、山間部が防衛線に常に含まれていたからか、少しば

かり防衛に有利な条件が揃っていた。しかし、第3防衛線以降は比較

的なだらかな地形が多かったため、光線属種の餌食になる戦術機や砲

弾が後を絶たなかった。

 悪条件化に晒された本土侵攻。日本帝国は万全の態勢でBETA

を迎撃できなかったことが、一番の対応ミスだったのかもしれない。

 冷静にこれまでの戦況を分析しながら、夜なのに明るく照らされて

いる戦場を見つめる。

『だ、誰か……ッ!! 誰かいないのか?! CP!! CP!! ち、中隊が

!! 中隊があああああ!!』

『CP!! このままでは絶対防衛線に取り付かれる!! 即時援軍と面

制圧を要請する!!』

『がぼっ……ち、っくしょう……。痛ぇ……痛ぇ……、生きたまま、喰

われる、なんて……嫌だ……』

『補給はまだかよ!! もう誰も突撃砲を撃ってないんだぞ!! 短刀1

本で中隊規模のBETAをどう殺せばいいんだ!!』

 阿鼻叫喚地獄絵図なんて言葉では収まらないような状況が、戦場で

はあちらこちらで起きている。俺は助けに行くことができる。だが、

課せられた任務を擲ってまではできない。それにたった1機ででき

ることなんてたかが知れている。

 増援に来たのが1機だけならば、俺だったとしてもガッカリする。

 戦闘が始まってからどれほど経っただろうか。亀岡戦域から京都

へ向かう主要なBETA群、それも単機で対応可能な探知されても後

回しにされそうなものを撃破して回っていた。

 単機での戦術行動は推進剤と弾薬を加速度的に消費する。これで

も節約しながら戦闘を続けているが、4戦を超えた辺りから心持たな

い状況になりつつあった。大胆な機動制御も使えない、弾をばら撒く

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こともできない。補給するには、どうにかして補給地点か補給基地に

飛び込むしかない。

 各防衛戦には、あちこちに推進剤と突撃砲・長刀の補給ができる補

給コンテナや補給地点が用意されている。それは帝国・帝国斯衛軍

の、上陸からこれまでの屍の上に築き上げた戦術ではあるのだが、使

い手がいなければ置物であることに変わりはない。そして、BETA

にとっても収集する資源でしかない。

『亀岡周辺の残存戦術機へ。残っている者で部隊を再編し、防衛線を

再構築する。集合座標は……』

『損傷機は嵐山へ行け!! あそこならば予備機がある筈だ!!』

『CPより亀岡に展開する全部隊へ。部隊を再編し、接近中の大隊規

模BETA群を迎撃せよ』

77式戦術歩行戦闘機 F─4J

『畜生、現在再編中だ!! 部隊はバラバラだが、全機が

だ。連携が崩れることもないだろう。近くの斯衛部隊も合流し、共同

で対応する』

 西から亀岡に入った俺は、亀岡市街の様子を遠くから眺める。どれ

も体液だらけ、傷だらけの戦術機が、小型種や群からあぶれたBET

Aを倒しながら集結していた。

 駅前には輸送コンテナが並べられており、先に到着していた戦術機

が何かをしているようだった。

 コンテナのハンドルを握ると、残っていた4つを持ち上げて集合し

ていた戦術機に声を掛ける。

『デスサイズ1より、亀岡戦域の戦術機部隊へ。これから輸送コンテ

ナを持って後退し、西川に防衛線を展開。BETAを迎え撃つ。先程

オープン回線でも言ったが、損傷機は嵐山へ。主脚、跳躍ユニットが

ない2機が向かうこと。その他は継戦可能だと判断する。該当機は

最小編成単位

と共に後退。嵐山からの支援砲撃が来ない理由も見て

きてくれ』

 該当する戦術機の衛士が返事をすると、3機の戦術機が嵐山の方へ

と飛び去る。どうやら1機はエレメントもいない、単機だったよう

だ。

116

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 再編された亀岡の戦術機部隊は15機。亀岡周辺にいた戦術機と

はいえ、他戦域の部隊も混じっていた様子。本来であれば、亀岡市街

には一個大隊相当の戦術機甲部隊がいるはずなのだが、既にその殆ど

が討ち滅ぼされてしまっているようだ。

 戦術データリンクを見ながら、亀岡の状況が見えてくる。

 亀岡市街の戦術機甲部隊は戦域中央軍。担当は帝国軍。その他に

も東端と担当している。西端は帝国斯衛軍と帝国軍の混成部隊。東

西中央で編成にバラツキがあるのは、恐らく西端は支援砲撃のしやす

い火力が集中しやすい地域なのだろう。配置されているのも、かの斯

衛とはいえ嵐山補給基地所属の学徒部隊だ。

 西端は愛宕砲撃陣地の防衛に注力しており、山間部の警備部隊や装

甲車部隊と共に小型種掃討を主に行っている様子。中央は先程の

オープン通信を聞いての通り。目的は嵐山砲撃陣地の死守、といった

ところだろうか。戦域中央軍は嵐山砲撃陣地の西側。侵攻するBE

TA軍は恐らく、東に砲撃陣地を見つけて方向転換をするだろう。そ

ういった考えがあり、戦域中央軍は集結・再編成し防衛線を再構築す

るのだ。

 ならば西端を担当していた斯衛部隊の動向はどうなのだろう。

 彼らは西端戦域で侵攻する中隊規模のBETA群と接敵、交戦。そ

の後も散発的に浸透を続けるBETA群に対して味方を落とされな

がらも持ち堪えたが、光線級を掃討後は嵐山補給基地方面に向かって

撤退を始めた。補給コンテナも全て空にした様子で、そのまま老ノ坂

峠へ向かった。

 嵐山補給基地はどうなっているだろうか。亀岡戦域の補給を担っ

ている嵐山補給基地は、山間部に建設されたもののようだ。山肌をく

り抜いて作られた基地は、斜面を見下ろす形で戦術機用カタパルトを

2基設置されている。射出される方角は亀岡方面だ。戦況はレーダ

や戦域データリンクと共に、外を見ることで把握ができる立地だと思

われる。

 戦術データリンクから状況を確認すると、どうやらCPは置かれて

いない様子だった。

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 戦域中央軍を左手に見ながら、戦域データリンクを共有。補給コン

テナの位置を更新する。まだ西の方には使われてない上にBETA

が寄り付いていない補給地点が点在している。一度押し出せば、その

補給地点を中心に防衛線を押し上げることができる。しかし、このよ

うな状況下ではそれも難しいだろう。遠隔操作で補給コンテナを呼

び、展開する防衛線の補充にするだろう。

『デスサイズ1より、南を移動する帝国軍戦術機へ。貴官は何故後方

へ行く』

 突然、バストアップウィンドウが表示される。壮年の男性衛士が映

し出され、俺にそう訴えかけてきた。

『イーグル1よりデスサイズ1。前線から司令部への伝令です。早急

に嵐山補給基地へ向かいます』

『伝令? その情報を開示できるか?』

 オープン通信であるならば、それらしいことを言わなければならな

いだろう。

『申し訳ありません』

『……分かった。イーグル1、嵐山に伝えてくれ。亀岡戦域が瓦解す

るのも時間の問題、と』

『了解』

 ウィンドウが閉じられる。それと同時に幾つもの閃光と発砲音を

捉えた。

 そのまま反転することなく、斯衛部隊を追いかけるように老ノ坂峠

へと向かった。

 ※※※

 ﹇同年同日 絶対防衛線圏内 帝国軍桂駐屯地﹈

 遠くからではあるが、俯瞰して桂駐屯地が見える位置で戦域の様子

を見ていた。

 帝国・帝国斯衛軍に恩を売る。その命令を受けてはいたが、結局俺

は俺にできる最大限のことをしてきた。だが、単機にできることは大

きくなかった。亀岡市街の戦域中央軍に加わることもできたし、何な

らこれまでの参加した戦闘全てで言えることだ。北条町駅でのこと

118

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や、九州でのことも。国連軍や帝国軍と共闘することは何度もあった

のだ。

 それでも、俺にできることは大きくなんてない。

 あの頃、俺は世界を救うと勘違いしていた。だが、それは俺"だけ

"にできることではない。仲間と共に一丸となって成さなければい

けないことだった。

陽炎

F─15J

『停止中の

 接近には気付いていた。しかし、主機も落としていた俺にわざわざ

話しかけた。擱座していると思われたのか? それとも、どこかの部

隊から抽出された、桂駐屯地の救援とでも言うのか?

 俺の周りにランディングしてきた8機の不知火は、2機が突撃砲を

後ろの地面へ向けて構えたまま、その他の6機は周辺警戒をして睨み

つけてくる。

『こちら帝国軍首都防衛連隊所属の遊弋部隊 ウルブズだ。搭乗中の

衛士、聞こえているのなら返事をしろ』

「帝国軍第207試験小隊 鉄です」

『中身が生きているのならいい。このようなところで何をしている

?』

 体液で汚れた、特徴的な迷彩が施されている不知火に少し気が逸れ

る。だが、すぐに持ち直してそれらしいことを答えた。

「機体の調子が悪いみたいで、先ほどまで機外で作業をしていたとこ

ろです」

『ほう。見たところ、俺の知っている陽炎とは違うみたいだ。帝国軍

の試験小隊ということは、試作機といったところか?』

「機密につきお教えすることはできません」

 バストアップウィンドウに表示される顔と、コールサインから察す

るに中隊長。俺は名乗ったものの、相手は大尉だ。

 俺がSOUND ONLYになっているところが気になっている

だろうが、それよりも確かめなければならないことを、確かめている

といったところだろうか。

 この時の俺は油断していた。何故ならば、これまでどこの部隊と接

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触したところで、部隊名を言って機体のことは機密だと言えばそれで

済んでいたからだ。

 Need to know。知る必要のない人間に知らせる必要

はない。知る必要が出た時、必要な情報だけが知らされる。

 俺は聞き慣れない帝都防衛連隊と、部隊長である彼のことを少しば

かり侮っていたのかもしれないのだ。

『この戦域には試作機を投入した実戦試験は行われていないと聞いて

いるが、貴官の所属を明らかにしろ』

 不味い。疑われている。ウィンドウ越しに睨みつけるオッドアイ、

恐らく擬似生体移植された目が獰猛な狼のように睨みつけてくる。

 だが、運が良かった。桂駐屯地内にいる斯衛の学徒部隊に動きが

あったのだ。恐らく、近くで瓦礫に挟まっていた突撃級が動き始めた

のだろう。橙色の機体目掛けて突撃し、引き倒してしまったのだ。勢

いが足りず、機体を轢き裂くことはできなかったようだ。見たところ

前腕のナイフシースが脱落しており、武装は何一つとして持っていな

い。

 あれでは3機とも、たった1匹の突撃級にやられてしまう。

『チッ! 乳歯共が不味いな。陽炎の、詳しい話は後だ』

 ふわりと浮かび上がった不知火たちは、突撃級と戯れている82式

戦術歩行戦闘機 瑞鶴に向かって行った。

 ※※※

 着座とデータリンク同期、起動シークエンスは何も必要ないが、少

しばかり遅れて俺も飛び上がる。向かうのは、突撃級や、付近に潜ん

でいた戦車級を倒しきった不知火と瑞鶴がいる場所だ。

 何やら話していたようだが、俺が着地する頃には一通り話しは終

わっていたようだ。

『何だ、鉄』

「いいえ。少しばかり話が聞こえていたものですから」

 そう言って俺は丸腰の瑞鶴たちに突撃砲と長刀を渡す。

「使い古しで済まない」

『え……ですが』

120

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「俺にはこれがある」

 ナイフシースから短刀を2振り引き抜いて見せる。まだ使ってい

ない新品だ。

 俺はすぐさま回線に入り、ウルブズの中隊長に話し始める。

「ウルブズの中隊長」

『真田だ』

「では真田大尉」

 真田大尉は顔を顰める。どうやら階級は大尉で合っていたらしい。

「あまり詮索されるのはやめて欲しいですね。藪をつついて蛇を出

す、と俺は思いますよ」

『何を言っているんだ……鉄』

 剣呑な雰囲気に変わってしまったが、このような状況下で俺がもし

工作員と疑われてしまうことだけは避けたい。斯衛の学徒兵には悪

いが、少しばかりその空気は我慢して欲しい。わざわざことわざを

使ってまで、そう伝えたのには2つ理由がある。

 1つ目は、俺が生きて白陵に帰るため。道中、営巣やら尋問はなし

で。そして2つ目は、真田大尉とこの場にいる全衛士のためだ。もし

あ・

の・

人・

この機体と俺の秘密が知られてしまったならば、ほぼ確実に

情報漏えいの対策をする筈だ。

 帝国軍の不知火は、精鋭にしか配備されない機体。ということは、

真田大尉は精鋭。そして、その不知火を連れている中隊の長だ。この

戦場で生き残る可能性は十二分に考えられる。もし、生きて帰ったな

らば、帰った先で俺のことを報告するかもしれない。

 俺の伝えた第207試験小隊は存在しない。調べればすぐに知ら

れてしまう嘘だからだ。ならば、詮索しないに限る。

『篁、これから貴様らはどうする?』

『は……二条城の本陣を目指し、斯衛本隊と合流します。そこで新た

な命令を受領します』

『貴様らの向かう先は、市街戦の激戦区だ。無論、道中の浸透した敵と

の遭遇率も高い。ならば、駅に向かうといい。京都駅ならば、臨時の

物資集積場になっている。戦術機用の兵装ならば一通り揃う筈だ。

121

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それに、運がよければ簡単な機体整備を受けられるかもしれん。帝国

軍戦術機甲一個中隊と機械化装甲歩兵一個大隊が守っている。万が

一の場合は、壬生駐屯地へ向かえ。助教だった斉藤中尉を探せ。何ら

かの融通はしてくれるだろう』

 会話内容から推察するに、真田大尉は斯衛で教官をしていたのだろ

うか。

 脳裏にまりもちゃんの顔が過る。何度も教えられ、怒られた。呆れ

られることもあった。驚かれることもあった。それでも俺の中で先

生であり教官であるのはまりもちゃんだけ。そしてトライアルの時、

後催眠暗示と興奮剤の併用でバッドトリップした俺は、ペイント弾を

装備したままBETAに突撃し、撃墜された。

 その後のことも鮮明に覚えている。管制ユニット内で小便をチ

ビって泣き喚いたこと。助けてくれた伊隅大尉に行かないでと懇願

したこと。全てが終わった後、まりもちゃんに慰められたこと。そし

て……。

「うぐっ……」

『どうした、鉄』

「いえ少し。昔のことを思い出しまして」

 今後のことを話していた真田大尉と篁少尉の注意が俺に向く。

 俺の機体からはアクセスできないが、この防衛線に参加してからは

嫌と言う程見てきたから分かる。それに、彼女たちは新任少尉だろ

う。恐らく、出撃前に催眠処置がなされており、戦闘中は何度も圧力

注射が施行された筈だ。薬物過剰投与の影響は見れば分かる。

 少しばかり虚ろな目をしている。眼鏡の能登少尉は眼球が揺れて

いる。緊張状態か何かを必死に考えているか。篁少尉と山城少尉は

幾分かマシな状態だが、追いかけてきている俺からしてみれば、よく

ない状況なのは自明だった。

 ならば、少しばかりここで恥をかくのもありだろう。それに俺は架

空の部隊の架空の衛士。別に誰かに伝えられようが、存在しない人間

の話だ。痛くも痒くもない。ただ、言えないことも多い。それなりの

カバーストーリーを作らなくてはならないな。

122

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「俺が任官したばかりの」

 そう言いかけた刹那のことだ。

『ウルフ2よりウルフ1。師団規模のBETAが接近してます』

『了解した』

 近接接続された戦術データリンクからBETAの情報が飛び込ん

でくる。西から接近する師団規模BETA群は、真っ直ぐこちらに向

かってきていた。

『ウルフ1よりファング小隊ならびに鉄』

『は』

「はい」

 機体を迫りくるBETAの方に向けた真田大尉は、小さく言った。

『行け』

『……了解』

「了解」

 俺はどうしようかと考えつつ、戦域図を拡大して見る。

 既に帝都にはBETA群の通過した跡が残されており、西側の補給

基地は潰されている。篁少尉らの基地である嵐山補給基地は既に陥

落。マーカーはロストしており、恐らくBETA群に蹂躙されてい

る。

 現在は琵琶湖付近まで迫っており、山科付近での残敵掃討戦が始

まっているようだ。既にBETA群の先鋒は通り過ぎた後。面制圧

や砲撃によって、その殆どが討ち倒されている。となると、BETA

群後衛である要塞級らがそろそろ市街地に入ってきている頃だろう

か。

 すり減った防衛部隊が要塞級の大群を相手にするのは困難だ。そ

れに先程、篁少尉らの瑞鶴とデータリンク共有した際に分かったこと

だが、彼女たちにはデータリンク制限がかかっているものの、参加中

の斯衛部隊のデータが入っていた。そこには、絶対防衛線に配備され

ている斯衛部隊の半数以上が学徒兵であることが分かっている。

 つまり、どこの部隊とも満足なデータリンクができない部隊が、帝

都市街にあちこち生存している可能性が極めて高い。

123

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 また、帝国軍も同じような現象が見られる、と思われる。本土に踏

み込まれたなら、戦える者は全て動員する判断を下すのも納得できる

ことなのだ。

 真田大尉は遊弋部隊と言った。俺が聞いていない間に、篁少尉らに

どのような説明をしたか分からないが、恐らく物資の集積と同時に生

存者の捜索も任務の内としてあるのだろう。このようなところで孤

立している3人を見つけて話しかけるということは、元々教え子で

あったということを抜きにしても任務を確実にこなしている証拠だ。

 真田大尉らウルブズが飛び去るのを確認すると、俺はそのまま篁少

尉に話しかける。

「篁少尉が3機を率いている、と見ていいのか?」

『は、はい。鉄……』

「少尉だ。……3人は京都駅に向かう。そこで兵装を受け取り、御所

の斯衛本隊に合流する。そうだったな?」

『そうです、鉄少尉』

「俺も行こう。短刀があるとはいえ、ほぼ丸腰みたいなものだからな」

『申し訳ありません』

 先程、真田大尉にどうするか聞かれた時、篁少尉は少し悩んでいた。

恐らく、ウルブズが遊弋部隊であることを聞いて、何かを考えていた。

それは保護だろう。武装が全て脱落した戦術機が3機、孤立している

のだ。しかし、斯衛本隊に合流すると言った。

 つまりそれは、自力でこの状況を打破するため、といったところだ

ろう。繰り上げ任官後も、教官のおんぶにだっこではよくない、そう

考えた。

「俺はファング小隊と連携が取れない。見ての通りの機体。だから先

行する。近接データリンク範囲ギリギリを先行し、前方の様子を確認

しながら行く」

『了解しました、鉄少尉』

「俺もその気持ち、分かるんだ。だが、これくらいはさせてくれ」

『え……?』

 スロットルを開き、機体を浮かばせる。匍匐飛行の態勢を取り、そ

124

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のまま京都駅を目指すことにした。後ろに3機の瑞鶴を引き連れて。

125

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episode 14

  ﹇1998年7月14日 絶対防衛線圏内 帝都市街西域﹈

 西の方で戦闘が始まった。真田大尉らがBETA群と交戦を始め

たのだろう。桂駐屯地を出てから、途中までは跳躍ユニットで移動し

ていた。しかし一帯から山がなくなり、住宅街に入った頃には光線属

種から射角が取れるだろうと、主脚移動へと切り替えていた。幸いに

して、周囲にBETAは感知できない。震動探知も音紋探知も起動し

ているが、捉えているのは俺たち4機の主脚移動音だけ。

 周りをつぶさに確認しながら、俺はオープン回線を開いた。

「イーグル1よりファングス各機」

 破壊された住宅街を見ているのもつまらない。周辺警戒の注意が

散漫になるかもしれないが、数km離れたところを同じように移動し

ている彼女たちには、いい暇つぶしになるかもしれない。

「さっき言いかけたことを話そうと思う」

 オープン回線に3人がアクセスする。

 俺は次に出る言葉が詰まった。何故このようなことをしようと

思ったのか。あの黄昏時、大破した吹雪の前に座り込んでいた俺。佐

渡島へ向かう戦術機母艦の甲板で、意味もなく空を見上げた俺。そん

な俺に言葉をかけてくれた先達。彼女たちのマネをしようと言うの

か。それとも、たった数戦の経験がある少尉の俺が、そう大して経験

値は変わらないであろう彼女たちに先輩ヅラを吹かせるというのだ

ろうか。

 だが、恥のかき捨てだ。それほど変わらない、新任少尉の先輩であ

る俺からの。まだ一人前とは程遠い俺から、何か教えられることがあ

るやもしれない。

「任官したばかりの頃の話って切り出そうと思ったが、別にいいだろ

う。……俺のいた訓練部隊での話だ」

 それからは所属部隊や基地のことを伏せながら話す。違和感だら

けに聞こえただろう。それでも、伝えることに意味があると思った。

「俺さ、落ちこぼれの訓練兵だったんだ。座学はからっきし、体力錬成

126

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もダメダメ、銃の組み立てで部品を紛失。そんな俺を引っ張ってくれ

総合戦闘技術評価演習

た仲間たちと一緒に

を突破できたんだ。まぁ、道中もただ

の蛇に噛まれたのに、毒蛇だとか散々騒ぎまくって、挙げ句に行軍中

は熱を出してぶっ倒れた」

 ケラケラ笑いながら話す。主観時間で言えば、もう何年も前の話だ

からだ。

「そんな取り柄のない俺にも、1つだけ才能があった。それは、戦術機

の機動制御。シミュレータの訓練過程を最速でクリアしたんだ。そ

の時は仲間にも教官にも心底驚かれたっけな」

 3人の視線が俺の機体の方に集中しているのが、なんとなく分か

る。兵士としてダメダメでも、戦術機の扱いが上手ければ、こんな機

体が与えられるのか。そのようなことを思われているようでならな

かった。

「そんな俺の話を聞きつけた将校が、ある提案をしたんだ。俺たちに

シミュレータ時間と訓練機を融通してくれる。飛んで喜んだよ。俺

の機動制御はそれだけ有用であると認められた。入力ログは仲間に

も共有されて、全員の機動制御技術に貢献できたんだ」

 ここからは完全に本当の話を作り変えた話。嘘でもないから、真実

味が増していく。

「シミュレータを訓練部隊は最速でクリアして、すぐに実機訓練。導

97式戦術歩行高等練習機

入されたばかりの

に乗って、高名な教官の

元で訓練に明け暮れた。そんな時だ。実機訓練中、BETAに襲撃さ

れたのは」

『っ?!』

 全員の表情が強張った。自分たちの訓練と重ねていたのだろうか。

「模擬戦中の襲撃だ。近くの演習場に出現したBETAがすぐそこま

で迫ってきていた。なんで基地の近くにBETAが出現したのかっ

ていうと、極秘に捕縛していた奴が逃げ出したらしい。事件はもみ消

されたものだから、あの時基地にいた人しか知らない」

 崩れたマンションを眺め、あの時のことを思い出す。

「突然のことで驚いて何もできなかった俺たちに、近くで訓練をして

127

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いた正規部隊が命令したんだ。武器庫に行って突撃砲と長刀をあ

りったけ持って来いって。それまでの足止めは自分たちがする、と」

 燻る瓦礫を横目に見る。全てに人がいた筈なのに、今では誰1人と

して残っていない住宅街。聞いた話によれば、避難誘導を振り切って

自宅に戻る民間人がいたとか。寺社では読経をしているところもあ

るという。

「初めて見るBETAの姿に、訓練兵だった俺たちは足が竦んだ。で

も、行かなくては正規部隊がやられてしまう。なんとか分隊を動かし

て武器庫に向かったんだ。その道中、俺たちはBETAに遭遇した」

 要撃級が数体いたことを思い出す。

「そいつを見た瞬間、俺は突撃砲を撃ち始めた。装填されているのが

模擬弾であることを忘れてな。塗料で色が変わっていく要撃級に、俺

は自分の得意な機動制御を使った。そうしたら、BETAの注意が俺

に向いたんだ」

 鼻で嗤い、右手に見えるショッピングモールに目を向けた。中で小

型種が蠢いているかもしれないからだ。しかしそれは杞憂だったよ

うで、崩れた外壁や落ちた天井があるだけ。

「勘違いしていた。その時の俺はBETAを殺せているつもりだった

んだ。話を聞いていてなんとなく分かっていると思うが、訓練中の遭

遇だ。事前処置なんて受けていない。ピクリとも動かない俺たちに

正規部隊が遠隔操作で施した興奮剤のみ。きっと幻覚でも見ていた

かもしれない。BETAが殺せている状況を」

 もう少しで桂川というところまで来ていた。そろそろ跳躍ユニッ

トで移動してもいいだろう。背の高い建物が増えてきたのだ。

「だが本当はバッドトリップしていたんだ。そして俺はすぐに要撃級

の前腕衝角で撃墜。主電源もAPUも落ちた影響で、全ての電気系統

が使えなくなった。ヘッドセットから外の様子は見て取れないが、俺

の乗っていた吹雪を食い破ろうとしていた戦車級の音は聞こえてく

る。泣いたよ。喚いたよ。怖い、死にたくないって。小便を漏らし

て、ガキみたいに」

 彼女たちにも覚えはあるのだろう。今回が初陣だった筈だ。想像

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を超える量で押し寄せるBETA群を目の当たりにした筈だ。

「助けられた戦術機の大尉にも、行かないでって懇願したっけな。

……これが俺の初陣だ。顔も分からない先任少尉の話を聞いたとこ

ろで、なんだか分からないと思うけど気に止めておいてくれると嬉し

い」

『……鉄少尉』

 一番最初にリアクションをしたのは、意外にも能登少尉だった。

『その時の訓練分隊はどうなったんですか?』

「兵装運んで、すぐに撤退。俺が撃墜された以外は被害ゼロ。仲間も

興奮剤の投与でどうにかなりそうだった筈なのに、俺の心配してずっ

と声を掛けてた。だけど俺が足止めをしてるから行けって言ったら

しく、先任のところに武器を運びに行ったよ」

 自分たちの初陣と比較したのだろう。その様子は見て取れた。

「その後は繰り上げ任官をして、新任少尉のまま最前線。ここは能登

少尉たちと同じだな。皆同じ訓練部隊出身だろ? 俺もそうだった。

仲間たちと一緒の部隊に配属されて、さっき出てきた助けてくれた大

尉の部隊に配属になって、気付いたら俺1人だ」

 嘘ではない。全員生きてはいるが、俺のいた中隊はいない。ほとん

どは訓練部隊にすら入っていない年頃の筈だ。

 俺の言葉に全員が口を噤んだ。状況は俺と篁少尉らの部隊と同じ

だからだ。

「情けねー俺が生き残って、優秀だった仲間たちが先に死んだ。とっ

つきにくい奴らばかりで、反発して、喧嘩して、いがみ合って、それ

でも背中を預け合う仲間だから信用して、信頼して、助け合って、そ

れでも生き残れないんだよ」

 少し暗い雰囲気になったが、俺の言いたいことは言い切れた。それ

に、丁度いいタイミングでもある。光線属種からの射線は完全に切れ

た位置に到着したのだ。主脚移動の方が、返って危険な環境に変わっ

た。

「篁少尉たちも、俺と似た経験をしたかもしれない。だから、これは同

輩のおせっかいだ」

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 移動を止め、少し遠くを歩く瑞鶴らの方向を見た。

「心を開け。想いも願いも全て口に出して、仲間に聞いてもらうんだ。

絶対受け止めてくれる」

 目の前で停止した瑞鶴を確認し、俺は指示を出すついでに言う。

「後、俺の機動制御がおかしいのは、俺がおかしいからじゃない。俺は

SES009、鉄 大和というのは仮の名だ。極秘裏に計画された

スーパーエリートソルジャー計画の、ゼロゼロナンバーを持つ最後の

スーパーエリート。遺伝子操作技術によって、戦闘用に遺伝子を操作

された試験管ベビーなのさ」

『はい?』

 3人のリアクションを見て分かった。絶対に滑った、と。

「ま、まぁ、気にするな。ここからは飛んで移動する。高度制限は50

だ。俺が先行し、市街地の様子を見る。ファングスは俺の後方300

を付いて来い」

『『『り、了解』』』

 ※※※

『こちら帝国軍嵐山基地所属 斯衛軍第332独立警護中隊! 駅駐

留部隊指揮所、応答願います!』

 オープン回線で応答を何度も呼び掛ける篁少尉の声を聞いたのは

NOE

何度目だろうか。

で市街地を移動しながら、京都駅に駐留して

いると言う帝国軍部隊に呼びかけを続けていた。もう少しで到着す

る頃合いだが、如何せん様子がおかしい。

 刹那のことだ。俺はすぐさま回線に入って叫んだ。

「全機散解!! 建物の影に注意だ!!」

 俺の目の前に、突然要塞級が現れたのだ。

 要塞級はBETA群最後方を移動する種だ。理由としては、その図

体からも分かるが、移動速度が他の種よりも遅い。そして、体内に小

型種のBETAを抱えており、BETAの運搬も行っているからだ。

闘士級、兵士級、光線級を要塞級の死体が吐き出したという記録も

残っている。

 両手に保持する短刀のリーチの短さに苦悩しながらも、鞭のように

130

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振るわれる衝角を避けながら3機に指示を出した。

「ここは任せろ! ファングスは京都駅から兵装をかっぱらって来い

!!」

 飛び去る瑞鶴たちを見送りながらも、俺は衝角を避けながら切り落

とすチャンスを見計らっていた。

 変幻自在に振るわれる触手は、俺に衝角を当てて弾き落とすか、衝

角先端から分泌される強酸性の溶解液を流し込むかを狙っていた。

 しかし好きにはさせない。それなりに乗りなれてきた機体でもあ

るF─15C Extraは、不知火までとはいかないまでも近接格

闘ができる。元々米国製ということもあってか、完成度自体は高いの

だ。近接格闘戦を想定していない作りではあるものの、XM3と霞の

プログラム変更等の改修によって、それなりの性能を引き出せてい

た。乗ったことはないが、F─15Jよりも動けているだろう。

 短刀2本では要塞級の撃破は不可能ということは分かっている。

だからこそ、衝角を切り落とすことに目標を絞った。

 一度距離を取り、加速して要塞級に突っ込む。衝角を避ける時も、

動きは最小限に留めながら速度を殺さずに飛び込んだ。

 佐渡島で陽動を買って出た時にも見た光景だが、今は要塞級は1匹

しかいない。集中するのは1匹だけでいいと思えば、少しばかり心は

楽だった。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 胴体の下を通り過ぎてすぐ、急制動をしてすぐにインメルマンター

ン。そのまま方向を変えている最中の衝角と触手の付け根を狙い、斬

り付ける。

 断面から体液が吹き出し、汚い黄色をした溶解液が漏れ出す。地面

に撒き散らされたそれが、周囲に異臭と有害物質を撒き散らしながら

蒸発し、自動車ほどの大きさがある衝角が道路に転がった。

 チャンス。そのままの勢いで、要塞級の下をくぐり抜けて京都駅を

目指す。先程からオープン回線が静かなことが気になる。もし、駅駐

留部隊と合流したのなら、何かしらの連絡が入っている筈だ。

「ロスト?!」

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 戦術データリンクは健在で、接続範囲まで接近したのにも関わら

ず、データリンク上には何も表示されない。それよりも、近くを歩く、

別の要塞級が気になる。

 接近して見てみると、要塞級の頭部のようなところに望遠カメラを

向けてみたくなった。

「黄色の塗料と装甲片」

 すぐさま近くを検索する。嫌な予感がする。そしてその予感は的

中した。

 京都駅屋上。そこに黄色の瑞鶴が墜落している。データリンクは

生きていないのは分かっているため、目視で確認する。歪んで塗装剥

げや欠けが見られる装甲板。完全に沈黙している跳躍ユニット。撃

墜されている。

 救助をした形跡が見られないことから、恐らくまだ中に篁少尉が

乗っている。他の山城少尉や能登少尉の位置を確認する。能登少尉

軽強化外骨格

89式機械化歩兵装甲

の機体は京都駅前に墜落しており、丁度中から

強制脱出

パワーアウト

してきていた。

「こちらイーグル1! 能登少尉! 無事か?!」

『くろ、がね、少尉……』

 望遠カメラに切り替えて顔を見る。顔色が悪いのは薬物の過剰投

与の影響かしれない。鎮静剤が何度か圧力注射されていた様子だっ

たからだ。そして怪我をしている様子もないことから、どうやら機体

が動かなくなっただけで済んだようだ。

「機体から突撃銃と拳銃は持ち出したか?! 俺の手に乗れ!!」

『は……い……』

 不味い。様子を見る限りじゃ、完全にバッドトリップしている。薬

物も残っていないがために、完全にイカれかけている。朦朧とした意

識ではあるが、その足取りはしっかりしていることから察するに、ま

だ最悪の状態ではないと思う。知識はないが、俺自身に経験があるか

らこそ言える。まだ大丈夫。

 ゆっくりと掌に乗った能登少尉を運んで、篁少尉の機体の前に下ろ

す。近くにBETAがいないことは確認済みだ。

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「篁少尉がまだ中にいる。意識を失っていて、電気系が落ちているよ

うだ。外部から管制ユニットをこじ開けて引きずり出してくれ」

『でも……』

「機体を失ったからって諦めるな。本隊と合流して、戦うんだろ? 

それにこの辺りにはBETAがいない。俺は山城少尉のところに行

く。ここから反対側の駅東広場だ」

『りょう、かい……』

 ああは言ったが、戦闘はもうできないだろう。能登少尉の目の焦点

が定まっていない。それでも命令をしておけば、多分動ける筈だ。

 すぐに2人のところから離脱し、山城少尉のところへと向かう。そ

こまで離れていない。少し滑空して着地するだけだ。BETAの反

応はあるが、恐らく戦車級。能登少尉の機体から渡した突撃砲を受け

取り、そこへ向かう。その時だった。

「アラート?! 不味っ!!!」

 ※※※

 ﹇同年同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 香月博士執

務室﹈

 結局、白銀にやらせるつもりだった片付けを自分でやり始めてどれ

くらい経っただろうか。最近は珍しくも、規則正しい生活を送ってい

る私は、朝食を食べてからすぐに始めていた。

 自分にしか分からないものだけを主に集めて、種類毎にドキュメン

トケースに入れていく。順番通りに置かれているものだから、そのま

ま放り込んでいくだけでいい作業だ。ある程度ケースの数が出てく

ると、コンテナに放り込んでいくだけ。

 そこそこ自分の机の1/3が見え始めた頃だった。社と鑑がアタ

シの部屋に飛び込んできたのは。社は顔を青ざめさせており、一方の

鑑は焦燥しているように見える。

「何よ、いきなり飛び込んできて」

「こ、ここここ」

「何? 鶏のマネ? 面白いから出ていきなさい」

「ちが、ちちちちが、違います!!」

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 ワタワタと忙しなく手を動かし、いかに自分が焦っているのかをア

ピールする鑑。その隣で青ざめたままの社は、呼吸を整えて口にした

のだ。

「……白銀さんが」

「はぁ? 白銀がどうしたの? 毎日アンタたちが教えて欲しいって

言うものだから、1日2回生存確認とどこにいるか教えているじゃな

い? それでも不満なの?」

「……白銀さんが京都で撃墜されます」

「は? あの変態衛士サマが?」

 巫山戯てみるものの、2人の様子から本気であることが伺える。

 それに鑑が観たのは、未来の京都だ。ESP能力は様々確認されて

いるが、その中でもメジャーなものが未来視。予知能力とも言うそれ

は、どれほどか先に起こりうる未来を、どのような形であれ能力者が

観測することのできる能力だ。オルタネイティヴ3の成果の中に、そ

ういったESP能力を持つESP発現体が確認されたレポートが

あったのを覚えている。

 後天的に量子電導脳によってESP能力を得た鑑ならば、現在は通

常の人間の脳であったとしても、そういった能力を継承していてもお

かしくはない。普通の人間としてこれまで生活していたとしても、そ

の記憶が虚数空間から流入し、脳を変質させたと仮説立てれば説明が

付く。

 とりあえず、アタシは2人の言っていることを信じることにした。

「……純夏さんが前の世界から量子電導脳の能力をある程度引き継い

でいることは、博士も知っていることです」

「そうね」

「……ESP能力も勿論、持っているんです。だからその能力で純夏

さんは観てしまったんです」

「何を?」

「……今日の深夜、白銀さんが撃墜されて亡くなる様子です」

 確認として、アタシが鑑のESP能力について把握しているのは分

かった。しかし、いやだから、どうしてなのかを聞いているのだ。

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 それと社の言葉足らずなのは、今でこそマシになったとはいえど

も、それでも現在の状態でも足りないのは事実だった。

「……近くにいた友軍が先に撃墜され、救助に向かったところをやら

れたんです。周辺に友軍はいません。現地部隊が気付いて救助に向

かったとしても、白銀さんは遺体も分からないくらいになっていま

す。だから」

「だから何? 救助部隊を送れ、と?」

「……」

 社は答えない。鑑も黙ったままこちらを見ている。

 白銀が撃墜されるなんてことは、アタシの主観記憶で一度だけ。そ

れも訓練生上がりたての新米の時。トライアル中に出現したBET

A相手にバッドトリップしてからのことだ。

 見方を変えてみる。今アイツが乗っている戦術機は、社が手の加え

たワンオフ機だ。搭載されているCPUや電源ユニットはアタシ謹

製。XM3のメインプログラマーは社、そして鑑。この2人はオルタ

ネイティヴ4の要員だ。塗装が帝国軍のものでも、外見からして怪し

さ満点の不審戦術機。そして、あの機体自体が現在のオルタネイティ

ヴ4の叡智を結集した成果でもある。そんなものが、大破して転がっ

ていれば帝国軍が回収しない筈がない。もし在日米軍にでも発見さ

れたならば、オルタネイティヴ4の痛手になってしまう。

 中身を見られたらお終い。中には米国製やアタシのところの技術

班が作ったものが多分に含まれている。勘がそうとう鈍い奴じゃな

い限り、アタシが疑われるのは確実。それに、2人に頼まれて毎日集

めている情報から分かっていることだが、アイツはこの本土侵攻で目

立ちすぎた。戦場を大暴れする陽炎、とまことしやかに噂されてい

る。そんな機体を拾おうものなら、勘が鈍かろうが、噂の機体という

ことで調査しかねない。

「言っとくけど、A─01は出撃させられないわ。動かしたら国連軍

上層部からの追求は確実。かと言って、他の国連軍や帝国軍、斯衛軍

に言っても動いてくれる保証はない。在日米軍は論外。そんな状況

でどうするの? まさか、今日は戦闘しないで欲しいなんて白銀に伝

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えろ、なんて言わないでしょうね? 今日は絶対防衛線が突破される

日。そんな日に、アイツを戦場から引き離したら意味がないの」

「それは……」

 少し落ち着きを取り戻した鑑が言い淀む。無理もない。他力に頼

れる程、今のオルタネイティヴ4は力がない。アタシの直接的なコネ

も、このような状況では無意味に等しい。

「じ、神宮寺先生は……?」

「駄目。知ってると思うけれど、まりもは教官よ。今日も訓練兵の尻

を蹴り上げることで忙しいのよ。いきなり1日ほっぽり出して帝都

に向かえ、白銀をBETA支配地域から救出しろは無理があるの。や

れなくもないけれど。さぁ、これ以外の案を出しなさい。それならい

いわ」

 他にも理由がある。まりもに帝国軍・帝国斯衛軍と接触した時、機

密を漏らさない話術で切り抜け、何も知られることなく帰ることは難

しい。恐らくヘマをやらかす可能性も考えられる。

「う、うううぅぅぅ〜〜〜!!」

「唸られて威嚇されても、できないものはできないの。アタシが挙げ

たもの以外で、聞いた上で可能ならばいいわ」

 状況説明をしてから黙っていた社が発言する。

「……1つ、あります」

「へぇ……、言ってみなさい」

 それは荒唐無稽だった。それでも、言ったアタシの条件を全てクリ

アした案を突きつける。ア・

レ・

「……私が行きます。

に乗って」

ア・

レ・

ア・

レ・

「……

? あぁ、

ね」

 社の見せた顔は、これまでのものとは違う。覚悟を決めた顔。アタ

シはこの顔は一度だけ見たことがあった。

 そう───桜花作戦の時に。

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episode 15

  ﹇1998年7月14日 絶対防衛線圏内 京都駅前﹈

 激しく揺さぶられ、網膜投影がブラックアウトする。しかしすぐに

復活し、自動でステータスチェックが始まった。

「要撃級の前腕衝角?! 最期の力でも振り絞ったのか!?」

 体液を大量に垂れ流す要撃級が、銃創から赤い液体を噴き出しなが

ら、再度前腕衝角を振りかぶる。

 回避運動。跳躍ユニットのロケットモータとジェットエンジンを

点火しようと試みるが、全く火が点かない。右上に表示されている全

身図に目を向ける。

 両跳躍ユニットが赤だ。どうやら点火できない程に破損したよう

だ。

 ならばと腕で、と右手を地面に付き立てる。しかし起き上がれな

い。右肩から腕が抜け落ちた。前腕衝角は右腕に当たったようだ。

装甲板とフレームを破砕し、完全に使い物にならなくされたようだ。

左手には突撃砲がある、筈だった。ビルに埋まった銃口は抜けない。

「畜生!!」

 振り上げられた前腕衝角が何とか振り出した左足が受け止め、威力

を相殺する。しかし、もう機体は役に立たない。この攻撃と同時に、

要撃級は力尽きたようだ。

緊急脱出

ベイルアウト

 管制ユニット内は赤い警告ランプが点滅し、

をシステムが

促してくる。

 幸い周囲の状況は、頭部カメラユニットが生きているため分かる。

「要撃級たった1匹にやられるなんて……クソッ!!」

 生きているのはカメラユニットだけ。もう何も動かない。うつ伏

せに倒れてしまい、緊急脱出も強制脱出もできない。背中からどう

やって脱出しようか。

 そうこうしていると、山城機に群がっていたと思われる戦車級が数

体接近してくる。

『……ろ……にげ……』

137

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「クソ、クソ、クソ、クソォォォ!!」

 軽強化外骨格は幸い起動した。俺の声に紛れ、山城少尉の声も聞こ

えてくる。スノーノイズで聞き取り辛いが、まだ生きているシステム

を使って確認する。

 山城少尉は壁に背中から打ち付けられて機能停止した瑞鶴の中に

取り残されていた。管制ユニットのハッチが閉まったままだが、あの

重傷では動けない。あちこちが痛い筈なのに、必死に何かを訴えかけ

てくる。

『……くろ……しょ……にげて……』

「山城少尉!! 諦めんな!!」

 どうにかなるはずだ。軽強化外骨格で脱出して、山城機に取り付

き、山城少尉を担いで逃げればいい。瑞鶴はF─4Jの改修機だ。恐

らく同じ場所に収められている筈。山城少尉のヘルメットが使い物

になれば、御の字だ。

 何とか身にまとうことのできた軽強化外骨格で、管制ユニットの内

側から背中に向けて力を入れる。押してこじ開ける。装甲が薄く、あ

まり電子機器の密集していないところだから開く筈なのだ。

「開け、開け、開け開け開け!!!」

 ミシミシと金属が音を立てる。戦車級が齧っているからなのか、そ

れとも背中の装甲が外れる音なのか分からない。

「開け開け開け開け開け開け開け開け開け!!!! 開けえええええええ

!!!!」

 自力で開くことができ、ヘルメットを被ってそのまま擱座した機体

の上で飛び出す。網膜投影は既に切り替わっており、機外の映像は見

れなかったが想像通りの状態だった。7体の戦車級がF─15C 

Extraを取り囲んでおり、ひしゃげた四肢を齧り、管制ユニット

のところをこじ開けようとしていたのだ。

 俺の手に持っているのは突撃銃だけ。他の荷物は機内に残してあ

る。そして、万が一のために持っているのはC4の爆破スイッチ。既

にCPUが収められている辺りには設置しており、後はスイッチを入

れるだけで爆発するようになっていた。

138

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「死んでたまるかああああああ!! 俺は、俺はまだ、何もなしていない

んだーーーーーー!!!!」

 突撃銃を撃ちながら、機体から飛び降りる。3体の戦車級が近寄っ

て、俺に手のようなものを伸ばしてきた。ギリギリのタイミングでそ

れを避け、走り出す。とりあえず、3体から離れてもう一度機体に飛

び乗る。できるだけ戦車級を集めて吹き飛ばしたい。

 瓦礫や動かなくなったBETAの背中、廃車の上を飛び移り、影に

飛び込みながら走り回る。

 この間だけはヘルメットを被り、呼吸を整えながら走る。

「俺はここだ!! クソヤローーー!!!」

 機体に戻り、背中の兵装担架に登って戦車級を見下ろす。眼下には

15体の戦車級。これだけ巻き込んで爆発したならば、山城少尉の救

出ももう少し簡単になるだろう。

 そして絶好のタイミングが訪れた時だった。

「戦術機の……跳躍ユニットの音?」

 音が聞こえる。この周辺に戦術機に乗っている味方はいない筈な

のに。戦術データリンクに更新が入り、その正体が分かった。

「UN─Rabbit01……」

 ラビッツ。どこかの国連軍部隊だろうか。だが、接近してきたのは

1機だけだった。そしてラビット1と近接データリンクで同期が行

われると、はるか後方に帝国軍部隊が来ているのも確認できる。

 しかし気は抜けない。俺の目の前にはまだ、餌に集る戦車級がいる

のだ。

『……ラビット1よりイーグル1。聞こえますか?』

「その声は……」

 轟々と跳躍ユニットが音を鳴らし、火を吹き、そして"見慣れない

戦術機"が姿を表した。秘匿回線を使用し、映し出されたバストアッ

プウィンドウに映し出されたのは、年端も行かない少女だった。

『……退避してください』

 両腕の突撃砲が俺に集っていた戦車級に銃口を向ける。俺はすぐ

さま兵装担架から降りて退避する。そして、36mmの雨が戦車級に

139

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降り注いだ。

「……な、なんで」

 しかし、自分が助かったことよりも、俺は気になって仕方がなかっ

た。

「なんで霞が戦術機に乗って現れた?!」

 霞が戦術機に乗って現れたことが、気になったのだ。それに、見慣

れない機体ということもある。あんな機体、白陵基地にあっただろう

か。

 ※※※

 俺を囲んでいた戦車級を倒し切って、周囲のBETAを確認する。

やはり山城機の周りにまだ集っているが、それ以外には確認できな

い。少し離れたところに要塞級が2体見えるが、それ以外はいないよ

うだ。

マインドシーカー

 

 霞が乗ってきた機体、

とか言った機体に乗り込む

と、どうやら複座座席になっている様子だ。前方の座席から霞は後方

の座席に乗り換え、俺は掌の上で軽強化外骨格を脱ぎ捨てて着座す

る。

 着座データの更新を行い、起動手順はショートカット。管制ユニッ

トを密閉し、ヘルメットを脱いだ。

「聞きたいことは後だ! 霞、少し我慢してくれよ!!」

「……はい」

 すぐさま跳躍ユニットに火を入れて浮かび上がる。目指すは山城

機だ。

 山城機の周囲は暗闇で視界が悪く、何かが蠢いているのは分かる

が、詳細な位置は全く分からなかった。頭部カメラユニットに隣接さ

れていると思われるライトを点灯し、その辺りを照らしてみる。

 山城機を取り囲む戦車級が、遂に管制ユニットをこじ開けようとし

手のようなものを滑り込ませたところだった。

「させるか!」

 突撃砲を構え、瑞鶴を避けるように36mmをバースト射撃する。

赤い体躯を潰されながら、次々と絶命していく。俺も足を止めたまま

140

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ではなく、適度に主脚移動や跳躍ユニットで飛びながらの掃除だ。

 ある程度片付け終わると、どこからか沸いたのか戦車級の増援が接

近し始めていた。俺はすぐさま能登少尉と篁少尉に呼びかける。

「イーグル1よりファング2、ファング11! 生きてるか?!」

『……はい』

『和泉が助けてくれました。大丈夫です!』

 生きているようだ。能登少尉から近接データリンクで、俺が下ろし

た位置から動いていないことが確認できる。

『ファング2よりイーグル1。山城少尉が東広場で』

「今救出している。戦車級が片付いたところだ」

「……ファング3は生きてます」

『……今、少女の声が』

「気の所為だ。もう少しで帝国軍が来る。どうやら強制脱出したお陰

で、HQかCPに要救助マーカーが発信されたみたいだ。山城少尉を

2人のところへ運ぶから、3人は回収してもらえ」

 俺は一方的に喋り、目の前で壁にもたれ掛かっている瑞鶴を遠隔操

作する。しかしどうやら受け付けない様子。篁機同様に電源が落ち

ているようだ。

 手を使って管制ユニットを強制排除し、ヘルメットを被って機外へ

出る。瑞鶴に飛び移り、管制ユニットを覗き込むと、そこには頭から

血を流し、強化装備の生命維持装置で強引に覚醒状態にさせられて虚

ろな目をした山城少尉がいた。

 長い黒髪から血が滴り落ちており、血が目に入って片目が開かない

ようだ。それに両腕と足が動かせない様子。

 自分の緊急脱着用レスキューパッチを使い、とりあえず額の挫傷部

位に当てる。左腕と右足が骨折しており、右肩が脱臼しているが、こ

こでは手当ができない。

「あな……た、は……」

「仲間が待ってる。死ぬんじゃねぇぞ」

 軽強化外骨格の後ろに格納されているヘルメットを取り出し、山城

少尉に被せる。慎重に管制ユニットから運び出し、予め広げていた掌

141

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に山城少尉をゆっくりと下ろすと、管制ユニットを開いたまま暗闇か

ら脱した。

 篁機が擱座しているところに降り立ち、周囲のBETAを確認して

2人に山城少尉を預ける。

「篁少尉、能登少尉」

『は……ですが』

「俺はここまでのようだ。このまま、すぐに到着する帝国軍部隊に引

き継ぐ。BETA群が近づいてきているようなんだ。ここには近寄

らせないようにするが、彼らが到着次第離脱する。俺の機体もおじゃ

んになったからな」

『い、いえ、そうではなく……何故、国連軍機に?』

「答えられない」

『……分かりました』

「データリンクで確認していると思うが、山城少尉は重傷だ。できる

限りの手当をしてやってくれ。頭にはレスキューパッチを付けてあ

るが、腕と足には何もできなかった」

『鉄少尉、ありがとうございました』

「おう。またどこかで逢おうぜ! 今度は面白い話でも聞かせてやる

よ!!」

 回線を切り、機内の換気が終わったことを確認してヘルメットを脱

ぐ。

 すぐに霞のバストアップウィンドウが表示され、俺に周辺状況の説

明を始めてくれた。

「……現在、周辺に小隊規模のBETA群が接近中。その個体の全て

が戦車級です」

 西の方から戦車級が接近してきていた。その近くには要塞級2体

おり、ゆっくりとこちらに向かってきている。

「……接近中の帝国軍部隊は、救助隊を乗せたヘリコプターと、その護

衛としてメーカー開発実験部隊の戦術機4機。望遠カメラで確認し

た限りでは、恐らく武御雷です」

「1998年にはもう作られてたのか?」

142

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「……いいえ。試作機のようです」

 ウィンドウに【ライブラリーデータなし】と表示されている。日本

帝国が保有している戦術機としては、まだ登録されていないというこ

とだろう。

 会話が途切れた時、丁度BETA群と接敵した。霞が乗っているこ

とで、いつもやっているような機動制御はできないだろう。突撃砲斉

射による一撃離脱だけで数を減らすことにし、3回の施行でそれは殲

滅できた。

 戦域データリンクは未だ回復していないが、もう捉えることのでき

る距離まで接近してきている帝国軍部隊。俺は離脱することを選び、

要塞級が来た方向へと、飛び去ることを選んだ。

 ※※※

 ﹇同年7月15日 国連軍甲賀基地﹈

 ここは夕呼先生が手配していた、俺のゴール地点。小規模な基地で

はあるが、山麓に囲まれた地形は天然の要塞となり、守りに堅いとこ

ろと言われている。

 滑り込むように機体を着陸させると、整備兵たちが防護服を来て除

染作業を始めた。

「はぁー……」

「……お疲れさまでした」

「霞もお疲れ……って!! そうじゃねぇ!?」

 俺は霞の方を向くと、「何か?」と言いたげな表情をする霞が俺の顔

を見つめていた。

「どうして霞が戦術機に乗って現れるんだよ?! というか何コイツ!!

 俺何も思わずに乗ってたけど、こんなの白陵基地にいたっけ?!」

 霞が手元で何か操作をすると、ライブラリーのある項目が表示され

た。

「F─14 AN3 マインドシーカー?」

「……はい。オルタネイティヴ3で使用されていた、戦略強襲歩行偵

察機です」

「というとアレか」

143

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 霞と同じ、人工ESP発現体を搭乗させて、ハイヴの反応炉をリー

ディングするための部隊に配備された機体。

「……そうです。私も乗る予定の機体でした」

「スマン」

「……気にしないでください」

 霞にとっては思い出したくないことだったのかもしれない。もう

少し考えて発言するべきだった。

 しかし話は戻る。何故そのF─14 AN3が白陵基地にあった

のか、ということだ。霞を乗せてハイヴへ行け、だなんて夕呼先生も

無茶なことは言わないだろう。そうなると、いよいよある理由が分か

らない。

「……この機体は博士が取り寄せたものです。どういう意図があるか

は分かりませんが、純夏さんが中心となってカスタマイズを行ってい

ました」

「純夏がぁ?」

「……はい。頭部、肩部装甲ブロック、前腕部の複合センサーポッドは

取り外され、F─15C Extraと同じナイフシースに変更。頭

部モジュールは重金属雲下でも通信を可能にする、大型送受信機。肩

ロッ

元々

た、

AIM─54 フェニックス

フェ

ニッ

専用ランチャーが搭載可能な状態に戻

しました。その他、F─15C ExtraのデータからXM3を最

適化させ、電源ユニットとCPUと一緒に交換されています。ほとん

ど元のF─14Dと変わらない状態に戻されました」

「おぉ……なんだか分からないけど、すごいな」

「……ですが、近接格闘戦ができません。設計思想にそういったもの

の入る余地が残されてなかったんです」

 データが切り替わり、新しいものが表示される。

「……この機体はF─14 AN4 コアトランスポーター。

F─15C Extra

スー

パー

イー

の姉妹機です」

「なる……ほど」

 全然分からない。結局、どういった理由で作られたのかは分からな

144

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いが、必要だから夕呼先生が用意したものなのだろう。

 それを使って、何故俺がピンチのところに救援として来ることがで

きたのだろうか。

 そんなことを考えていた時のことだ。秘匿回線にコールがかかり、

応答してみると耳が割れんばかりの大声が聞こえてきた。

『タケルちゃ〜〜〜〜ん!!!!』

「うぉ?! す、純夏?!」

『よかったよぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!』

 涙をダバダバ流す純夏がアップで映され驚いたが、何やら訳分から

ないことを嘆く彼女につい頬をが緩んでしまう。

『それでね、整備兵の皆さんに頼んでカスタマイズしてもらった【 ミ

ケネコ スミカスペシャル 】の使い心地はどう?」

「へ? ミケネコ スミカスペシャル? 何言ってんのお前? コイ

ツ、F─14 AN4って名前じゃないのか?」

『霞ちゃんが運んで、今タケルちゃんが乗ってるソレだよ〜〜?』

「戦術機にけったいな名前を付けるなーーーー!! このバカ!!」

『えぇ〜〜〜〜。かわいいよぉ〜〜〜〜』

 コロコロと表情を変える純夏の顔を眺めながら、俺は忙しなく整備

兵が動く地上を眺める。

 ここまで色々なことがあった。最初は夕呼先生にアバウトな命令

を受けて出撃したが、何だかんだ言って1週間も戦場を渡り歩いたの

だ。よく生きていたな、と思うと同時に、これまでに取り零した命の

ことを考えてしまう。

 もしかしたら助けられたかもしれない。そう思うとやるせない気

持ちでいっぱいになった。

「……それは傲慢です」

「霞……」

 そんな俺の心をリーディングしたのか、霞が真面目な表情で言う。

「……ここまでたくさんの命が失われました。それを全て助けられた

かもしれないなんて思わないでください」

 視線を手元に落とした霞は、自分の指を絡ませながらポツポツと聞

145

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き逃しそうな声で言うのだ。

「……白銀さんも彼らと同じなんです。彼らはたまたま運が悪かっ

た。そういう運命にあった。でも、今を生きてる白銀さんは、運がよ

かった。そういう運命がまだ続いているんです」

「でも」

「……だから白銀さんは生き残った人として、しなければならないこ

とがあります。そうですよね?」

「……あぁ。そうだな」

 俺は驕っていた。自分がこの世界をループしているから、と。俺が

そうであったとしても、この世界に生きる人にとっては、これが全て

なのだ。そして、ループしている俺自身も、今のこの世界が今の全て

なのだ。

 俺は気分を入れ替え、管制ユニットを開く。ここならばヘルメット

を付けなくても、外の空気が吸えるのだ。

「よぉーし。そうと決まれば……アレ? F─15C Extraど

うしたっけ?」

「……私が遠隔操作で爆破しました」

 霞の手には、俺が持っていた筈の爆破スイッチが握られており、そ

れを俺の方に見せている。

「じ、じゃあ……この後は?」

 俺はすぐに戻り、機体の処理をするものだと思っていたのだが、こ

れではやることが分からなくなってしまう。

『補給完了! 高い機体が配備されているなんて、どこの部隊だい?』

「……ありがとうございます。あと、部隊は秘密です」

『そりゃあ残念だ! このまま離陸しても構わないぞ! 整備兵は退

避させてある!』

「……はい」

 外の整備兵と霞が会話している。補給が終わり、既に出る準備がで

きていると言っていた。

「えと、霞……サン?」

「……これから白陵基地に戻ります。そこで予備機体を受け取り、再

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度京都へ行ってください。博士からの命令です」

「な、なんでさーーーーー!!!!」

 何となく分かっていたから、そこまで気にしない。それでも、俺自

身まだ足りないと思っていた程だ。

 各防衛戦で戦闘に参加してきたが、まだ俺の貢献度はそこまで高く

ない。たった1機の戦術機でBETAとの戦況をひっくり返せるの

ならば、今頃人類はここまで追い詰められていないのだ。

 ならば、俺は計画のためにも最大限に戦うのみだ。そうだろう、純

夏。

147

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episode 16

   ﹇1998年7月16日 絶対防衛線圏内 京都御所戦域﹈

 あの日、甲賀にたどり着いた俺は、その日の内に白陵基地を目指し

移動を始めた。日の出前の移動開始だったが、どうやらその時間帯に

はBETA群を退けることに成功したらしく、絶対防衛線では再編成

や部隊招集を始めていた。物資や戦術機の運搬で、ひっきりなしに東

から西へと鉄道や輸送車両、輸送機が移動をしていた。

 そんな中での移動ということもあり、輸送手段が使える筈もなかっ

た。甲賀基地を出た俺と霞は、主脚移動や噴射跳躍を使いながら約4

50kmを戦術機で移動した。1日がかりの移動で、白陵基地に到着

した頃には疲労困憊だった。

『白銀。機体の用意はできているわ』

 夕呼先生が珍しく出迎えたな、なんて思ったら、それだけを言って

自分の仕事に戻ってしまった。俺の見つめる先には、実戦用に調整さ

れた吹雪。俺の機体が鎮座しており、既に武装の準備も完了してい

た。そして例の如く、帝国軍カラーに塗り替えられている。吹雪を装

い・

な・

い・

備している国連軍は

ことになっているのだ。

 考えてみれば分かるもので、F─15C Extraを失った俺に

残された機体は吹雪しかなかったこと。それに、TF─403のため

に確保されていた戦術機自体もF─15C Extraと吹雪しか

ないのだ。俺は身支度を整えてすぐに吹雪のところに向かうと、流石

に京都へ向かうのは輸送機だということに安堵した。

 管制ユニット内で待機しなくてもいいとのお達しだったこともあ

り、客室で惰眠を貪って向かったのだった。

「で、だ……」

 これまでのことを思い出し、俺は再度自分の置かれた状況を確認す

る。

 帝国軍大津仮設飛行場に降り立った俺は、今回は輸送したのが帝国

軍の輸送機ということもあって、面倒な手を踏まずに自立整備支援担

148

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架に乗せられた吹雪と共に移動。京都御所防衛に就くこととなった

のだ。ちなみにこれは夕呼先生のオーダーでもある。建前では「訓練

兵が繰り上げ任官して戦闘に参加。生き残った俺は、単独で補充要員

として不知火が配属されている部隊へ送り込まれる」ということに

なっている。ちなみに、名前もこれからは本名を名乗ることになって

いた。所属は帝国軍白陵基地 第207訓練部隊。

『貴様が補充で来た新任少尉か?』

「は、はい! 白銀 武少尉です!! よろしくお願いします!!」

『あぁ、よろしくな』

 どうして、俺は真田大尉の部隊に配属されているんだ?

 ※※※

 見慣れているといえば見慣れているこの光景を見つつ、俺はブリー

フィングに呼び出されていた。

 京都御所の中ではなく、西にある上京中学校があったところだ。こ

こには御所守護のために集められた部隊の司令部が置かれており、校

舎内も簡易的ではあるが兵舎や野戦病院となっている。グラウンド

には自立整備支援担架が幾つも並べられており、一角には戦術機の兵

装や予備パーツ、小火器、機械化歩兵装甲、果ては予備機まで置かれ

ているような状態だ。対して広くないということもあり、隙間なく敷

き詰められているため、通路は狭く通行し辛い。

 呼び出されたところは、その校舎にある1つの教室。あったであろ

う机や椅子の殆どが撤去されており、幾つか残されているような状態

だった。

 この教室に集まったのは全員で9人。隊長の真田大尉と他7人、そ

して俺だ。俺が入る頃には全員が集合しており、全員の視線が俺の方

に向けられる。

「先程機上では俺と挨拶しているが、お前ら全員にも顔合わせをして

おこうと思う。帝国軍白陵基地 元第207訓練部隊の白銀だ。運

悪く防衛線抽出部隊に選ばれて前線へ来て、こっちで他の仲間を全員

失ったという。曰く、新任少尉の癖に腕はいいと来たもんだ。でな

きゃ、一昨日の防衛線でBETAの腹に収まってる筈だからな。ほ

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れ」

「白銀 武です。よろしくお願いします」

「機体は吹雪。俺たちの壱型丙よりも格段に性能が劣る機体だが、戦

闘終了後にぶっ壊れた乗機と交換したものらしい」

 壱型丙とは何だろうか。付けっぱなしのヘッドセットから遠隔で

ライブラリーデータを確認する。

 どうやら不知火の改修型らしいが、燃費が悪くシビアな操作感で不

人気だったらしい。言うなれば高機動型不知火だったようだが、あま

りに不人気過ぎて調達数は100も届かない内に締め切られたとか。

通常の不知火と見分けるため、フェリスカモフラージュという迷彩塗

装を施しているという。

 ただでさえ性能差がある吹雪の不知火だが、そこから更に性能差が

開けるという。違う機体を同一部隊に入れると、連携が崩れたりする

というが、そういったことは考慮しないのだろうか。

「壱型丙の調達命令が出ているようだが、どうやら手に入れるのには

時間がかかるという。それに、他の不知火を装備する部隊に配属する

か上が協議したが、どこの部隊も再編成の影響で入れることができな

い。よって、損耗が相対的に少ない我々の部隊預かりとなった。それ

に壱型丙を装備した部隊とは言え、俺たち全員が揃っていたというこ

とでもない。今や3機しかまともに動くのがない以上、5人には同じ

く吹雪は配備される。よって、長機は壱型丙とし、その他は吹雪で代

用する」

 俺が初めて真田大尉と遭遇した時、確か8機の壱型丙が居た気がす

るが、あの後からは欠員は出ていないようだ。

 真田大尉から、隊員の紹介が始まる。やはりというか、彼らは精鋭

部隊。年齢層も高めで、夕呼先生くらいの人ばかりだ。厳格な雰囲

気。そして、妥協を許さない姿勢が感じ取れる。まさに帝国軍人とい

う雰囲気だ。

 彼らを見ていると思い出す人物がいる。沙霧 尚哉。帝国本土防

衛軍第一戦術機甲連隊に所属する彼が、オルタネイティヴ5推進派の

工作によって煽動されて起きたクーデター事件。沙霧大尉や他の帝

150

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国軍人は、真摯に殿下を想い行動を起こした。まるで、彼を見ている

ような気がするのだ。

 お互いの自己紹介もほどほどに済ませると、吹雪受領書に目を通

す。俺のは白陵基地から持ってきた吹雪だが、他の機体は別の基地や

不知火の保守パーツ等で組み上げられた機体だ。つまり間に合わせ

の機体。カタログスペック通りに出力が出るか分からないという。

それにしても、戦闘中に壊れるということはないだろう。

 受け取りを済ませると、どうやら真田大尉の壱型丙が駐機している

辺りに自立整備支援担架と共に運ばれるようだった。

「さて。俺たちの配置を説明する」

 真田大尉は机に広げられた地図を囲むように言い、赤鉛筆で印を付

けられた辺りを指す。

「俺たちの任務は御所の守りを固めること。ここが現在の最前線であ

り、順次前線を押し上げていっている。現在も市街のBETA群掃討

が行われており、安全が確認され次第前進する予定だ。これにより、

御所の安全を確保していく」

 二条城の西側をスーッと指でなぞる。その辺りが、現在帝国軍の戦

術機部隊と機械化装甲歩兵部隊が展開中のところだ。

「現在、二条城まで前進しているが、今日中には西大路通までを確保す

る予定だ。俺たちは今日、出撃する予定はない。吹雪を拝領した者は

調整を行い、いつでも出れるようにしてしておいて欲しい」

 西大路通までというと、明日までには桂駐屯地まで奪還する予定な

のだろう。そして京都を取り戻し、続くBETAの攻勢に備える。

 次に俺たちの詳細な配置についての説明が始まった。

「俺たちウルフ中隊は、国道162号を奪還するまでは即応待機だ。

その後、防衛線の再構築が完了次第、絶対防衛線に配置される。拠点

ここ

上京中学校

だ。西大路通まで取り戻せたら、もう少し広く使えるだろう」

 すぐに真田大尉から解散が命じられ、吹雪を受領した隊員たちが教

室から出ていく。俺はどうしようかと考えていると、壱型丙の衛士た

ちと大尉に話しかけられた。

「白銀少尉。聞いての通りだ」

151

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「はい。任官早々、精鋭部隊に配属されたことは嬉しく思います。し

かし、皆さんの足を引っ張るようなことにならないように努力する所

存です」

「あー、いやそういうことを言っているのではない。いやまぁ、一概に

間違っちゃいないんだがな」

 優しげな雰囲気の中尉が俺の肩を掴んだ。

「見たよ、これまでの戦歴。関東から抽出された部隊で、しかも学徒兵

だった。これだけを聞けば、たしかに不安はあった。だが、そうじゃ

ない。部隊が全滅させられながらも、1人で戦場を駆け回ったとか。

元々、戦術機の扱いは上手かったんだろう? 腕の差で生き残ったと

言ってもいい。そこのところは期待してるよ」

「高梨中尉……一体、何が書かれてたんですか……」

「いやまぁ。普通だよ。訓練兵としては異常かもしれないけれども」

 高梨中尉。真田大尉とは付き合いが長いという。詳しい話は聞い

ていないが、纏っている雰囲気が強者のそれだ。また、高梨中尉の小

隊には俺が配属されたため、直属の上司ということにもなる。

「そうだとも。向こうの教官も偉く君を買っていた。実機訓練の映像

まで送られてきた程だ」

 チェシャ猫のように嗤う人の顔が脳裏に浮かぶ。帰還した俺をす

ぐに蹴り出したあの人だ。

 腕を組みながら、ウンウンと頷いて映像の感想を語るのは副官を務

めている堀田中尉。高梨中尉を差し置いて副官であり、ウルフ2でも

ある。

「君の働きには期待している。存分にその武を奮って欲しい」

「はい」

 2人が去っていくのを見送ると、教室には俺と真田大尉だけが残さ

れた。大尉は何かすることがあるのか残るつもりだったらしく、俺は

ただ単に出ていくタイミングを逃したに過ぎない。

 2人の話し声が聞こえなくなるのと同時に、地図を黒板に貼り付け

た真田大尉が、俺を呼んだ。

「白銀少尉」

152

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「何でしょうか」

「……深いことは聞かない」

「……は?」

 何を言い出すのかと思えば、唐突にそう言ったのだ。

「貴様はあの日、京都に居た。そうだったな?」

「はい。仲間と共に防衛線に参加していました」

 何が言いたいのか分からない。だが、緊張感だけは伝わってくる。

真田大尉が言っていることは、確実に俺にとって不利益になること

だ。何故かそれは分かった。

「だが、詮索はしない。お前も言ったからな。『藪をつついて蛇を出

す』と、鉄少尉」

「っ……、誰ですかそれ」

「分からない訳がないだろう? 恐らく小隊長連中も気付いている。

気付いていないのは、他の少尉連中だけだ」

 とぼけるだけ無駄だろう。恐らく真田大尉は確信している。鉄 

大和が俺であることを。

「……気付いたんですか?」

「当たり前だ。俺が何年生きていると思っている」

 真田大尉には気付かれていたのか。それに中尉の2人にも。だが、

分かっていながらも、その話には触れてこなかった。

「心配するな。上にも報告していない」

「……真田大尉」

「お前が何をしているのかは知らない。どこに関わっているのかも、

何を目的にしているのかも」

「……」

「京都駅前に、帝国軍の陽炎と思われる機体が爆散していた。様子か

ら察するに、跳躍ユニットの暴走による爆発ではないことも分かって

いる。恐らく、管制ユニット内に仕掛けられた爆薬による爆発。アビ

オニクスは全て吹き飛び、レコーダすら粉々になっていた。そしてそ

の近くで篁たちが拾われたことも聞いている。京都駅で何があって、

お前が何をしたのかもな。そして、所属不明の機体がそこから離れる

153

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のも確認されていた」

 息を呑んだ。覚悟はしていたが、そこまで知られていれば取り繕う

必要もない。

「借りがある。だから黙っていてやる」

 そう言った大尉は背を向け、扉の方へ向かった。

「篁たちを救ってくれてありがとう」

 そう言い残し、教室から出ていってしまった。

 教室に残された俺は、今後どう身を振ろうかと考える。身の上はバ

レてしまった。防衛戦での俺がやっていたことがどこまでバレてい

るかは分からない。京都での出来事だけならば問題ないだろうが、一

連の本土侵攻での目撃談が出ていれば話は別だ。

 何故真田大尉の隊に配属になったのか、そして再び京都に戻すと決

めた夕呼先生の思惑が見えない俺は、頭を掻き溜息を吐く。恐らく、

残り1ヶ月続くであろう帝都防衛戦について考えながら。

 ※※※

 ﹇同年同月22日 新絶対防衛線 西京区﹈

 京都奪還に燃えた帝国軍・帝国斯衛軍は、破竹の勢いで前進。BE

TA支配地域を次々に奪還していった。その結果、宮津・丹波篠山・

神戸まで先遣隊が到達した時点で、BETAの再侵攻を確認。防衛線

の構築自体は、京都を守る外郭・前絶対防衛線圏内までしか完了して

いなかった。

 この新防衛線を守護するのは、主に帝国軍・斯衛軍の現地軍と極東

国連軍。在日米軍は後方支援に徹し、琵琶湖の第7艦隊が主だった戦

力となる。残党在日米軍は滋賀県内で再編を行っており、完了次第戦

線の補強として増員される予定だった。

 圧倒的に戦力が足りていない状態での防衛戦。第1・第2防衛戦は

早々に瓦解。琵琶湖に展開中の帝国海軍連合艦隊の支援砲撃があっ

たとしても、浸透するBETAに対しては陸上戦力が不可欠だった。

 足りていない戦術機、機械化歩兵装甲、警備歩兵。再編された戦力

でもここまで持ったのは、今回の侵攻では個体数が激減していたこと

が理由だろう。

154

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『ウルフ1より各機。またもや異星起源種共が御所を踏み荒らさんと

している。俺たちは絶対防衛線に配置され温存されてきた戦力だ。

前方からの撃ち漏らしと突破した集団が接近している。京都の街と

将軍殿下に我ら獰猛な狼の戦い様、しかとご覧に入れよう。全機抜刀

! 目標、前方の大隊規模BETA群!! 突撃ッ!!』

『『『応!!』』』

 先頭集団の突撃級は数を減らされているが、後続の要撃級と戦車級

は残っている。瓦礫の向こう側で蠢くBETA群に対し、たった8機

の戦術機が突撃を敢行する。俺はその戦術機部隊で戦っていた。

 真田大尉の隊に入ってから1週間も経っていないが、着任後の様子

からは考えられない程に馴染んでいたと思う。大尉や堀田中尉、高梨

中尉には、以前の戦闘で遭遇したイーグル1であることが見破られて

いた。思うところもあっただろうが、その俺に対しても普通に仲間の

ように接してくれたのだ。無論、他の先任少尉たちもだ。

 年齢が一番下ということもあっていじられることも多いが、よくは

してもらっている。

 それに、ここでは今までに経験したこともなかったものも経験して

いるのだ。まず、訓練部隊から特別扱いされていたところに入れられ

ていたこと。配属先はA─01というオルタネイティヴ計画直属の

特殊部隊だ。一番遠い記憶では、訓練部隊をそのまま正規部隊とした

こともあったが、略式任官した後のことは記憶の流入の影響か混濁し

ていてハッキリしない。

 俺の体感的に、一般部隊配属という経験は初めてであったのだ。座

学で習ったことをそのまま体験している。兵舎は男女一纏め、シャ

ワーも共用。プライバシーなんてものは完全に取り払われており、何

でもかんでも一緒なのだ。だからこそ、仲間という感覚が身につくの

が早かったのかもしれない。

奴さん

『いやぁ、それにしても

の物量にはいつ見ても圧倒されますね』

『同意するが、口を慎めよウルフ5。戦闘中だ』

『へいへい』

 BETAの死骸を縫いながら殲滅を続ける。F─15C Ext

155

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raよりも乗り慣れた機体ではあるが、やはり主機の出力が低いのは

気になる。それでも余分な装甲材なんかが取り外されている吹雪で

の、近接格闘戦はやはりしやすい。これよりも格段に動きが機敏な不

知火が、どれほどの戦術機であるのかがよく分かるというものだ。

 不知火でこれほどならば、武御雷がどれほどのものなのかは非常に

興味がある。そして、不知火 壱型丙にも。

『CPよりウルブズ。師団規模のBETA群が東進中。至急対処に向

かえ』

『ウルフ1よりCP。こちらは大隊規模のBETA群と交戦中だ。他

の部隊を当たってくれ』

『CPよりウルフ1。他の部隊も同様の状況だ。接近中のBETA群

は貴隊の正面に到達する予測だ』

『否応無しに交戦する羽目になるのか、仕方ない。ウルフ1了解。

……聞いたな、狼共! コイツらをさっさと肉片に変えないと、俺た

ちがすり潰されちまう。撃破速度を上げ、補給の時間を稼ぐ! 全

機、奮起せよ!!』

 散らばっていた9機が一時集合すると、戦域を再度分割。ある程度

固まっている集団に突撃を刊行する。

 俺の所属する第2小隊は最も西にいる集団だ。銃創のあまりない

個体が多く、撃破するには骨が折れるだろう。しかし、最も弾薬と推

進剤の消費が少ない小隊だったため、遠くの群衆が選ばれたのだ。

『ウルフ3より第2小隊各機、我に続け』

『「応!」』

 高梨中尉の壱型丙を先頭にBETA群へ斬り込む。属種も関係な

くごちゃごちゃになったBETAに対し、劣化ウラン弾を遠慮なしに

叩き込みながら、僚機の位置を確認しつつ近接格闘戦に持ち込む。

 左手に突撃砲、右手に長刀を持ち、低く低く這うように飛ぶ。昔な

らばできなかったことだが、この世界に来てからも訓練を重ねてき

た。できなかったことの多くができるようになっており、その中の1

つが噴射地表面滑走を応用した機動だった。

「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

156

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 突撃砲は最小限、振るう長刀も最小限に留める。BETAは殺し切

るのではなく、行動不能にするように心がける。突撃級は一度来てい

るが、それでもBETAによる肉壁は中盤までは効果がある。突撃級

の侵攻を遅らせるためだ。しかし、あまり高く壁を作りすぎると、要

撃級や戦車級の影になってしまい、奇襲しやすくしてしまう。ある程

度のところで止めて、殺し切る方法にシフトしなければならないの

だ。

 突撃級によって均された市街地で高度を取るのは自殺行為だ。今

展開している西京区の西には嵐山がある。山間に光線属種が展開し

ていれば、広い射角が取れた光線属種に丸焦げにされてしまう。だ

が、BETAでできた壁がそれを塞いでくれる。

 地面を這うように動き続け、時には高い高度に飛び出すこともあっ

た。けたたましく鳴る警報を何度も聞き、それでも一度も光線を浴び

ることはなく、着実にBETAを捌いていく。

『第2小隊、掃討完了!』

『こっちはまだだ! 先に態勢を整えろ!』

 BETAの死骸の山に埋もれながら、一度集合した第2小隊の面々

を観察する。

 全機体液を浴びて汚いが、損傷箇所はそれほどないように見える。

装甲ブロックの傷が増えた程度だったり、兵装を失っていたりする程

度だ。

『ウルフ5よりウルフ9。お前、とんでもない動きをするのな』

「そうですかね?」

『謙遜するなよ。地面スレスレの噴射地表面滑走を多用したようだ

が、転倒姿勢のまま動き回るなんて聞いたことがない』

「教官が噴射地表面滑走、得意だったんですよ。教導中は否応にも見

ることになりますし、これで追いかけられましたからね」

『白銀の教官、どんなエリートだったんだ? 俺の教官は大尉のよう

に大陸帰りの人だったが、詳しい経歴は知らない。でも覚えているの

は、チビる程怖かったことくらいだ』

 脳裏に浮かぶのは、優しく笑うまりもちゃんの顔だった。だが、教

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官としての表情も知っている。無茶苦茶怖かったし、いつも怒られて

いた。呆れられることもあった。

 だが、それでも俺にとっては最高の教官だった。

 そのまりもちゃんの経歴を思い出す。確か、大陸派遣軍として訓練

兵だった頃の部隊の中隊長として作戦に参加。自分以外が全滅。日

本に帰るまで、大陸で大暴れして付いたあだ名が【 狂犬 】。日本に

帰ってきたら、戦術機操縦の腕を認められて富士教導団へ行き、その

後に夕呼先生に呼ばれて国連軍に転属。階級は聞いたことなかった

が、部隊を率いた経験があるのなら中尉以上だっただろう。

『それで白銀?』

「あ、はい。俺の教官だった人は富士教導団出身でした。大陸にも

行っていたとか」

『贅沢な教官じゃねぇか。その上、教えるのも上手いときたもんだ。

そりゃ、こんなのが生まれる訳だ』

「教師になるのが将来の夢だったらしいですからね。形は違えど、教

える側であることに変わりありませんから、教えるのが上手いのは当

然じゃないですか?」

『いよいよその教官がどれだけの人材なのか分かるな』

 そんな雑談をしながら態勢を整えるために、給弾や移動をしながら

残敵索敵を行っていると、第1・3小隊もBETAの殲滅が完了した

ようだった。

 一度合流し、再度、接近中のBETA群を確認する。

 師団規模で迫るそれは、俺たちが戦闘している間に手空きの砲兵が

攻撃をしてくれたようだった。ある程度数は減らされているものの、

先頭集団は砲撃から逃れて一足先に到着する様子。

 全機の状態を確認すると、真田大尉から号令が下る。師団規模なら

ば、これまでに何度も戦ってきた。慢心せず、確実に倒すこと。そう

言い切り、CPに連絡を取る。師団規模BETA群に突入する連絡

だ。

『ウルフ1よりCP。これから師団規模BETA群へ攻撃を開始す

る』

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『CPよりウルブズ各機。幸運を祈る』

 万全の状態ではないにしても、BETAを押し止めるのに力不足を

感じるのは仕方がない。だがそれをカバーするのは、部隊としての練

度だったり士気だったりする。俺は思った。この部隊ならば問題な

い、と。

 結局、俺が再び京都に戻された理由が分からないが、夕呼先生の思

惑が分からない以上は精一杯戦って生き残ることを考えることにし

たのだ。

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episode 17

  ﹇1998年7月22日 新絶対防衛線 西京区﹈

 BETA群の増援、師団規模を撃破した。幸い撃墜も出なかった

り、戦闘中に西京区に散っていた友軍が増援に来たりしたため、孤立

無援の戦闘にはならなかったのだ。

 だが師団規模BETA群を撃破したところで、防衛線の状況は好転

しなかった。迫りくるBETAは物量にものを言わせる異星起源種

だ。対する、先の侵攻で瓦解した防衛線を立て直して再編された新絶

対防衛線は、以前の三重に構えられた防衛線よりも脆弱だったのだ。

戦術機や機械化歩兵装甲、砲兵、警備兵や非戦闘員まで、ありとあら

ゆる兵科の人員が不足した状態での戦闘だったからだ。

 割と善戦した西京区だったが、長岡京は食い破られた。前線を維持

するため、西京区の戦線は後退。淀川まで全軍後退を余儀なくされた

のだ。

『今後の動きについて説明する』

 そう切り出したのは、真田大尉だった。今は簡単な整備を受けてい

る最中で、西京区から撤退してきた時に大尉も含めてそれなりにダ

メージが蓄積されていたのだ。ステータスもオールグリーンとは言

わず、システムはどこかしらの変調を訴えている状況でもある。

 機体に纏わり付いている整備兵が、機械油で汚れている顔を拭かず

に作業を続けている様子を眺めながら、機内での簡単なブリーフィン

グに集中した。

『司令部は我々に遊弋任務を与えた。いつも通りではあるが、今日は

少し訳が違う。防衛線の拡大や、先の戦闘の影響で京都にある推進剤

が少なくなっている。バカ食いするコイツの世話をしながらの任務

では、機体が統一されていないこともあってか、遊弋を満足に行えな

いという判断がくだされた。よって俺たちは京都市内限定での遊弋

を行うことになっている。担当戦域は御所以西の市街地全域。場合

によっては淀川を超えることもあり得る。救出できる友軍は可能な

限り救出するつもりだ』

160

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 戦術データリンクに部隊内での更新があった。京都市街全域に円

が描かれており、そこがウルフ中隊の遊弋範囲になる。

『同時に輸送コンテナの回収や、状態のいい突撃砲・長刀の回収も行う

ことになっている。よって、各自携帯できる兵装は最低限となる。突

撃砲1挺と長刀1本になるが、これは再編中の現状で兵装が行き渡っ

ていない部隊への供出になる。各自状態のいいものを置いていくこ

とだ』

 俺は機体に装備されている兵装を確認する。突撃砲が1挺に長刀

が2本。背部マウントの長刀を下ろしていくことにする。

『それでは簡易整備後に行動開始。再編された防衛線まで前進する』

『『『「了解」』』』

 ※※※

 遊弋任務は順調に進めていた。輸送コンテナを幾つか見つけて後

方へ送り返し、撃墜されたり強制脱出された戦術機からは突撃砲や長

刀を拾ったりもした。戦場でゴミ拾いをしている感覚になるが、これ

をしなければ戦闘中の部隊がたちまち武器を失って数を減らしてし

まう。それだけはなんとしても防がなくてはならないのだ。

 そんな任務も、時間が経つに連れて必要もなくなってくる。徐々に

押し込まれつつあり、西京区からも既に撤退している。中京区や上京

区に部隊が密集しており、弾幕が厚くはなっているが、結局のところ

この戦域にしか戦力が集中していない。他の放棄された戦域からも

続々とBETA群が押し寄せて来ており、迫りくる物量に微力ながら

も抗っているような状況だ。

 後続のBETA群には、琵琶湖に展開している帝国海軍連合艦隊の

艦砲射撃が、京都の砲撃陣地を援護する形で数を減らすことに貢献し

ている。

『これ以上、京都を侵される訳にはいかない!』

『斯衛部隊の助力に感謝する。帝国軍だけでは力不足だ』

『よい。征威大将軍を守護するのが我らの任務。殿下と陛下がおわす

帝都に踏み込む異星起源種を黙って見過ごすことはできまい』

『山科の部隊は来れないのか?!』

161

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 追い込まれた状況になっても、京都で戦う軍人は皆、何故か弱音を

あまり吐かない。

 それはウルブズも同じで、俺たち二条城を背に戦っている。しかし

俺たちよりも前で戦っている部隊はもういない。先程戦っていた帝

国軍部隊がすり潰されてしまったところなのだ。同じ戦域には斯衛

軍も戦っており、赤の瑞鶴が率いている中隊が奮戦しているところ

だ。

 正面戦力が2個戦術機甲中隊のみとなると、津波のように押し寄せ

てくるBETA群には歯も立たない。二条城に残っていた戦力の殆

どは、御所守護のために後退させているからだ。

 そして司令部からも二条城の放棄を命令されており、殿を務めてい

たウルブズと斯衛部隊が残っている。

 斯衛部隊は先の帝都防衛戦に参加していた正規兵半分と学徒兵半

分で構成された部隊だ。京都市を中心に配備されていた戦力ではあ

るが、絶対防衛線を踏み越えた後は彼らが中心となって戦っていた。

あの日、嵐山で孤立した彼女たちもその中に含まれている。

第301独立警護中隊

は先に引きません。俺たちが先に御所に後退

しましょう! 彼らは斯衛ですから!」

『分かっている。……ウルフ1より中隊各機。二条城を先に後退す

る。タロン1、先に失礼する』

『タロン1より帝国軍へ。すぐに征く』

 長髪を後頭部に結った美形の男性衛士だが、涼しい顔をしながら瑞

鶴を操っている。

 五摂家に近い有力武家出身の衛士だが、二条城で合流して短い時間

の間共闘しただけでも分かる程に腕の立つ衛士だった。驕らない性

格らしく、全く慢心をしない戦い方ということもあってか、少し臆病

な程にも見える。しかし、それがこれまで生き残らせてきた所以なの

だろう。

 中隊を率いながらも、今回の編成では脱落者が少ないということ

が、指揮能力の高さから伺える。どこか懐かしい香りのする指揮をす

るのだ。

162

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 俺たちは後ろ髪を引かれながらも、上京中学校まで後退した。

 交戦域に入った上京中学校も既に集積物資の搬送が完了しており、

補給コンテナだけが置かれている状態になっていた。既に、付近には

BETAとの交戦跡も残されており、数体死体が転がっている。

 ここでは突撃砲と長刀の補給を済ませると、データリンクの更新だ

けを行って御所の正面に集合した。

 御所西側には戦術機や機械化装甲歩兵、戦車、警備部隊が集結して

いた。主に帝国軍・斯衛軍が展開しており、国連軍・在日米軍は御所

の周囲に展開している。琵琶湖に展開している第7艦隊の艦載戦術

機部隊のF─14Dが、すぐ後ろでフェニックスミサイルを撃ってい

るところだ。

 しかしながら、初めてフェニックスミサイルを見たが、あれならば

確かに支援砲撃並の攻撃力を持っている。小規模ながらもBETA

群を殲滅できていることがその証拠だ。

 だがそれでも、圧倒的に数が少ない。様子を見る限り、フェニック

スミサイルの搭載数は6発が限界。それを6機小隊で運用している

ため、36発が最大射撃量となる。

第103戦術歩行戦隊

ジョ

リー・

ジャー

『米海軍

 アーチャー1より京都守備隊へ。次

が支援の限界だ』

『第29独立警護中隊、了解。支援感謝する』

 飛び去るF─14Dを見流し、御所守護の長をする人物から全体に

通信が入る。

『ホーンド1より京都御所に展開する全部隊へ』

 バストアップウィンドウに表示されたのは、青色の強化装備を来て

いる男性衛士だった。

『陛下、殿下は御所をお離れになる。それと同時に我々の撤退をお下

知なされた。しかし、我々は最後まで諦めることはない。在日米軍、

ならびに国連軍部隊から順次撤退を始めていただきたい。最期まで

我々

帝国斯衛軍

残るのは

だけで十分だ』

 陽も落ち始め、空が茜色に染まる。それは京都が燃えているからだ

けではなく、もう少しで夜になる頃だ。戦い始めて7時間は経ってい

163

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る。それだけ経っているのに、不思議と喉の乾きや空腹感はあまり感

じられない。

 これから暗くなっていくと、その闇が戦闘に支障をきたすようにな

る。街が燃えているから、幾らかマシかもしれない。それでも、日中

の戦闘よりも危険であることに変わりない。

我々在日米軍

『……ブレイブ1了解。

は所定の後退地点まで撤収する』

『スパルタン1了解。ただ、ギリギリまでいさせて欲しい。日本は私

たちの第2の故郷なんだ』

『貴官らの助力に心からの感謝を。其方らの振るった武勇、誠に素晴

らしかった。散った同胞も誇らし気に見ていることであろう』

 ホーンド1の衛士は、戦闘指揮を執りながら米軍と国連軍を見送る

と、残された部隊にも指令を下す。

『ホーンド1より帝国軍並びに斯衛軍部隊へ。機械化装甲歩兵部隊は

機甲部隊と警備部隊を護衛しながら後退すること。帝国軍の戦術機

部隊はもう少し付き合ってもらうぞ。彼らの撤退が完了する頃には、

米海軍がもう一度来る。F─14Dを護衛しながら後退したまえ。

殿は我らが務める。さぁ、行け!!』

 それは事実上、帝都放棄の命令だった。この京都に留まっている部

隊は、御所を守護している俺たちしか残されていない。正真正銘、最

期の防衛部隊だったのだ。残された戦術機も多くなく、負け戦は目に

見えていた。それでも、できる限り帝都を永らえさせるために戦っ

た。

 次々と機甲部隊や警備部隊が機械化装甲歩兵部隊に守られながら

撤収していくのを眺めながら、九州からこれまでの戦闘を振り返る。

 初動が台風の影響で失敗していた。それ故に九州では防衛線構築

もままならないまま、民間人を守りながら戦うことになった。俺が踏

み込んだ戦場は関門海峡が近かったからか、逃げ遅れた人は少ない。

それでも戦闘地域を集団で歩いていたり、自動車で移動している民間

人は何度も見かけたのだ。そんな中を戦った。

 中国地方では、撤退できた九州地方の部隊と一丸となって戦った。

それでも食い止めることはできなかった。天然の要害となる筈だっ

164

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た中国山地も、想定されていた程に力を発揮することはなかったの

だ。

 戦略的要衝を幾つも失いながら、最後の防衛線では西日本の全戦力

を投入した総力戦だった。一番深く関わったのも、この防衛戦だった

気がする。

『今一度の踏ん張り処、各員奮励努力せよ!』

 喝を入れられた、御所に集まる40機余りの戦術機は、迫り来るB

ETAの津波を睨み付けた。

 ※※※

 ジョリー・ロジャースが再度京都に到着する。その頃には、もう御

所に突撃級が侵入しているような状況だった。陽もすっかり落ち、空

を街を燃やす炎が照らす。暗い影は熱線映像を見ながら、なるべく撃

墜された機体や炎を見ないようにする。

『こちらセイバー1。クソッタレのBETAがうじゃうじゃいる所為

インペリアル・アーミー

で、発射位置まで近付けない! 

! その拠

点は包囲されているぞ!』

 米海軍の衛士に言われなくても分かっている。できるだけ守って

いる京都御所への籠城を選択した俺たちだったが、数分前にはBET

Aによって退路を塞がれてしまったのだ。

 退路を確保しようとも、削れに削れて今や残存戦術機は20機もい

ない。俺の所属するウルフ中隊も、もう中隊と言っていい程にも戦力

は残っていないのだ。真田大尉ら指揮官3人と俺、もう1人だけ。後

の帝国軍機は全て撃墜されてしまい、他の戦術機は斯衛軍の瑞鶴ばか

りだ。

『ホーンド1よりセイバー1。予定発射地点からでなくてもよい。で

きるだけ近付いて撃ってくれ』

『セイバー1了解。行くぜ、野郎共ォォォ!!! フェニックス……発

射ァァァァァァ!!!!』

 セイバー隊がフェニックスミサイルを撃ったのは、予定射撃地点か

らかなり後方の地点。元々長射程ミサイルということと、重金属雲濃

度が低下しているこの戦場では、その機能を十全に扱うことができる

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からだった。軌道衛星のGPS誘導を受けた36発のフェニックス

ミサイルは、白い尾を引きながら御所の正面で炸裂。子爆弾をばら撒

きながら捲れ上がったコンクリートに刺さった。散らばった子爆弾

は次々に炸裂していき、後続のBETA群を木っ端微塵に吹き飛ばし

たのだ。

第103戦術歩行戦隊長

バー

より帝国斯衛軍。これが最後の手土産だ、

幸運を祈る』

『ウルフ1より帝国軍機へ。これより山科を抜け、琵琶湖まで撤退す

る。俺たちの役目はここまでだ』

 俺と隣の吹雪が跳躍態勢に入る。だが近くの壱型丙は動こうとし

ない。

「ウルフ9よりウルフ1! ホーンド1の命令です!! 撤退しましょ

う!!」

『ウルフ1よりウルフ6、9。俺たちはここに残る』

 射撃体勢のまま、頭部モジュールだけをこちらに向ける。体液に塗

れ、右の角が折れた不知火は跳躍ユニットに火を入れないのだ。

 データリンクを通し、何故逃げないのかが分かった。もう壱型丙に

推進剤が僅かしか残されていないのだ。それは他の指揮官機も同じ

で、何かしら欠損していて逃げられる状態だと言うのに、逃げるだけ

の推進剤は残されていなかったのだ。

「推進剤が……」

『あぁそうだ。だから俺たちは、御所を守って九段へ逝く』

「大尉!!」

 ウルフ6の衛士も小隊長たちに逃げるよう言うが、誰も聞きやしな

い。そうこうしていると、ジョリー・ロジャーズは山科を抜けて琵琶

湖へと飛び去ってしまい、京都にはもう俺たちしか残されていなかっ

た。

『ホーンド1よりウルフ1。何故斯様なことを申さなかった』

『は。コイツはじゃじゃ馬な上に、大食らいと来た。俺たちが節約し

ていれば、他の戦術機は好きなように動ける。それに白銀、ウルフ9

の動きをご覧になったかと思います』

166

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 まさか……。

『ウルフ9の動きに制限をしてしまえば、戦線維持に支障が出ましょ

う。奴には全力で戦ってもらった訳です』

 ただでさえ高機動をする俺の推進剤消費が激しいからと、自分たち

は抑えて戦闘をしていたのか。

『成程。ならば、共に戦おうか。帝国の狼よ』

『『『応!』』』

『ウルフ6・9。其方らは引け』

 ここで躊躇してしまうのは、俺が部隊に留まり過ぎたからだろう

か。操縦桿を握りしめ、歯を食いしばる。自分の決断の弱さが恨めし

い。しかしそれでも、九州からここまで俺は見捨ててきたのだ。衛士

や他の軍人、そして民間人さえも。それは俺の目的、俺たちの目的の

ために。俺がここで退場するのを良しとしないからだ。

『聞いているか、ウルフ9』

「……はい」

 ウルフ6の衛士。俺よりも少し年上の男性衛士だ。彼も握り込む

操縦桿に力んでいるのだろう。震える声で続けたのだ。

『俺は残る』

「……え?」

『死にたかねぇが……死ぬつもりもねぇ。それは大尉たちも同じだ。

だから、最後まで一緒に戦う。抗命なんかクソ喰らえ。多分、明日の

俺がどうにかしているだろうな』

 そういい、ウルフ6は大尉らに言ったのだ。

『ウルフ6よりウルフ1。俺は引かないです。最後までここでBET

Aを殺してから、一緒に帰りましょう』

『……ウルフ6』

 ここで感情に流されては駄目だ。残りたいと訴える感情と、身の安

全を確保するために今琵琶湖に引くという理性が喧嘩をする。だが、

俺はこれまで理性的に生きてこれたことがあまりなかった。

 だからだろう。俺の感情が勝ってしまったのだ。

「ウルフ9よりウルフ1。俺も残ります」

167

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『ウルフ9お前は……』

「死ぬつもりはないです。ホーンド1、そうですよね?」

『うむ。そのつもりはないな。戦場で散ることが美徳とは思わん』

「ならそういうことです。俺もそう思いません」

 再び戦列に戻った俺は、突撃砲を構えてBETAに対峙する。もう

言ってしまった。腹は元より決まっている。ならば実行するのみ。

ここまで、相変わらず夕呼先生の真意は分からないが、可能な限り

戦って生き残ればいい話なのだ。それの方が簡単で分かりやすい。

『閣下。頃合いにございます。お下知を』

 オープン回線に入ってきた人物に心当たりがある。しかし、どこか

雰囲気が違うように思える。その考えはすぐに頭の隅に追いやった。

 今一度集結した残存戦術機に、ホーンド1が号令を出す。

『うむ。───皆の者、これが最期の攻勢ぞ。殿を預かる我が斯衛と

帝国の戦い、この千年の都に刻み付けて征け!!』

 ※※※

 ﹇同年同月23日 帝国軍大津基地﹈

 燃え盛る帝都から、俺たちは撤退できた。ジョリーロジャースの撤

退から何とかBETAを押し留め、琵琶湖からの艦砲射撃でとどめを

刺す方法を取った。結果的に、突撃級・要撃級・戦車級など主だった

戦術機に対抗できるBETAは撃破し、要塞級は砲撃によって吹き飛

んだ。その他、兵士級や闘士級は瓦礫の下や配管等に残されたため、

撃破することを断念し撤退することとなった。

 撤退できたのは10機にも満たない。第29独立警護中隊からは

5機。ホーンド1や、見覚えのある雰囲気を持った赤い瑞鶴の衛士を

含んだ5人。帝国軍は真田大尉他指揮官は全員生還。その他には俺

だけだった。ウルフ6は戦闘中に跳躍ユニットを何かにぶつけたら

しく、不調をきたして満足な機動戦闘を行うことができなくなった。

そして要撃級の攻撃を避けることができずに、前腕衝角が管制ブロッ

クを直撃。ユニット内まで拉げてしまい、衛士はそのまま潰されてし

まったのだ。

 ボロボロになった9機の戦術機は大津まで撤退を開始したのだが、

168

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俺たちのマーカーを取られてたらしく、迎えの帝国軍が来た。飛べな

くなった機体は迎えの機体が抱え、飛べる機体は自力で大津まで撤退

することができたのだった。

 ここで俺は司令部から命令を受け取る。大津から機体を持参し、甲

賀基地まで向かうこと。ウルフ中隊は実質解散。再編が行われるま

で待機を命じられたのだ。

「白銀少尉。ご苦労だった」

「いいえ。お世話になりました」

 大津基地のエプロンの一角。除染作業と簡単な整備を受けた吹雪

を背に、俺は真田大尉らと話をしていた。

「部隊を失い、再編された後にまた部隊を失う。上層部は訓練兵を来

たるべきところに戻す、と決めた訳だ」

「そうみたいですね」

 高梨中尉と堀田中尉が見守る中、真田大尉は頭を掻きながら尋ねて

くる。

「結局、俺たちだけしか残らなかった訳だが……聞いてもいいか?」

「まぁ……いいですよ」

 雰囲気で分かった。きっと、俺について踏み込んだことを聞いてく

るのだと。だが、俺は断らなかった。真田大尉が聞きたいことを聞い

た後でも、それを答えるかはその時決めればいいのだから。

「結局、お前は何者なんだ? 話したから分かっていると思うが、高梨

も堀田も気付いている。無論、俺もだ。14日の時は、答えられない

と言った。今はどうなんだ?」

 真田大尉も分かっているのだろう。俺の身の上がハッキリしない

ことや、経歴が全て欺瞞であることも。それがどこから指示されてい

るのかは分からなくとも、相手が確実に自分よりも上の人間であるこ

とも。

 それを俺は分かっていながらも、機密であることを理由に俺は話さ

なかった。真田大尉らは知る必要がなかったからだ。

 その上で、俺は今どう答える。彼は再度俺に問うたのだ。

 お前は何者なのだ、と。

169

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「俺は……」

 正直に言って、真田大尉らがどういう人間なのかは気付いている。

大陸帰りの精鋭で、それ以上でもそれ以下でもないということを。

「『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人の

ために成すべきことを成すべきである』」

「っ……」

「俺の上官だった人が言った言葉だ。お前が成そうとしていること

は、国のために成すべきことなのか? そして、国はそれを人のため

に成してくれるのか?」

 その言葉に覚えがあった。否、俺の心に深く刻み込まれている。そ

の言葉は彩峰、彩峰 慧の父親である彩峰 萩閣の言葉だ。そして気

付いた。真田大尉は彩峰中将の元、大陸で戦っていたことを。

「……俺がすることは、人のため国のためになることだと信じていま

す」

「そう、か……」

「彩峰中将は」

「っ?!」

「彩峰中将は今、どうされていますか?」

 俺は聞きたくなってしまった。抑えられなかった。光州作戦の悲

劇、帝国軍を率いて大東亜連合の避難救助へ加勢したことが原因で国

連軍司令部の陥落を誘発してしまい、指揮系統を大きく混乱させてし

まったのだ。

「光州作戦での敵前逃亡に問われたが、幸いにして前線で取り残され

た部隊が抜けた穴を埋めた結果、司令部が陥落せずに済んだ。この事

から、降格処分で済んだ。大東亜連合と共に孤立した国連軍救助や避

難救助を行い、斯衛軍1個大隊を失ったことの責も問われたが、それ

も降格処分で済んだという。上層部へ直訴が相次いだからだろう。

もっと重い処分を下していれば、帝国軍や斯衛軍の一部が謀反を起こ

すとでも思ったんだろうが……」

「そう……ですか」

 新聞を読んだりして調べてはいたが、こうして直接聞くのとでは情

170

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報の質が違う。

 今回、俺が動いたことによって悲劇は回避できた。そう確信でき

た。銃殺にもならなかった。中将のところに出向き榊 是親、榊 千

鶴の父親が国の未来を語って死んでくれと頼むこともない。この事

件から続く、一連のものを止めることができたのだと理解した。

 だがそれでも、将軍の復権を望む者がいて、そこに付け入る者もい

ることに変わりはない。将軍を取り巻く状況は何ら変わりないのだ

から。

 時計に目を向けると、そろそろ出なければならない時間になってい

た。地面に置いていた荷物を持ち上げる前に、真田大尉に敬礼をす

る。

「お世話になりました」

「あぁ」

 腕を下ろして荷物を持ち上げ、吹雪の前に足を進める。喧騒とする

エプロンの中、背後から小さくはあるがハッキリと声が聞こえた。

「ありがとう」

 俺はその言葉に答えることはなく、吹雪に搭乗するのだった。

171

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episode 18

   ﹇1998年7月23日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画

 香月博士執務室﹈

 真田大尉らに別れを告げ甲賀基地に向かった俺は、俺の到着を待っ

ていた輸送機に機体ごと搭乗。そのまま白陵基地に帰還した。どう

やら夕呼先生から帰還命令が出たようなのだ。

 それまでの疲れを癒やすが如く客室で惰眠を貪り、白陵基地の滑走

路に降り立った。

 その後は大変の一言に尽きた。吹雪を早急にハンガーへ片付けた

後、管制ユニット内の掃除を行う。それが終われば、荷物とゴミを

持って機密区画に行き、そこで身辺整理。ゴミの片づけ、帝国軍の制

服や強化装備の片付け等々を済ませる。

 そうしたならば、今度は夕呼先生から執務室に来るように言われて

いたので、執務室に出向いた。

「あら、おかえり」

「ただいまです。……えっと」

「……なによ」

「この状況は一体?」

「あー、アンタなら何となく分かるんじゃない?」

 執務室へ入って、俺は足を止めてしまったのだ。それは俺が出撃す

る前に片付けさせられていた執務室が、見るも無残に荒らされていた

こと。そしてこの部屋の主は、荒れた中の一角でコンテナを組み立て

ていたのだ。

 夕呼先生から分かるだろうと言われて、考えを巡らせる。別に深く

考える必要もなく、俺でなくとも分かることなのですぐに気付くこと

ができた。

「引っ越しの準備ですか?」

「そうよ。もう少ししたらここも最前線。アンタを本土侵攻に放り込

んだせいで、アタシもリアルタイムで戦況は把握しているわ。前回は

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大慌てで準備したものだから、今回は余裕を持って事に当たっている

ワケ」

「……そうですよね」

 コンテナを組み立て終わった彼女は、そこにポイポイと書類の束を

放り込んでいく。見てられなかったということもあってか、俺がコン

テナの方に行くとあっさりとそれを渡し、自分はソファーの方へ行っ

てしまった。

「既に仙台の方に拠点を移す準備は済んでるの。オルタネイティヴ4

の基幹部は全て移設予定だし、もう始まっているわ」

「それで中枢メンバーでないと閲覧不可な書類を自分で片付けていた

んですね」

「そうとも言えるわね。ただ白銀にやらせるつもりだったし、暇だっ

たからアタシが主に扱うものはもう済んでいるわ」

 指差した方向には、既に積み上がっているコンテナが幾つかある。

そこには重要書類が収められているだろう。

「今残っているのは、あまり関係ない資料もあったりするもの。分別

と整理が面倒だからね。こっちに来てから任せていた白銀にやらせ

ようと思ったんだけれど、少し考え事をする時はこうやって自分で

やっていたのよ」

「いや、自分でやってください」

「嫌よ。……それでアンタに帰るように言ってから、社と鑑にも引っ

越しの準備は始めさせているわ。昨日のことだし、もう終わってるん

じゃない?」

「そうっすか……」

 コーヒーカップを片手に高みの見物、といった様子の夕呼先生を尻

目に片付けを引き継ぐ。

 いや確かに、こっちに来てからはこういったのを俺にやらせていた

が、帰ってきたその日にやらせるものだろうか。そんなことを考えは

するものの、相手はかの香月 夕呼だ。彼女ならやらせる。間違いな

く。

 そんなことを頭の中で考えながらも、手を動かし続ける。しかしな

173

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がら慣れたもので、みるみる内に書類の分別とドキュメントケースに

収めてコンテナに入れていくのは進んでいく。

「霞や純夏にはやらせなかったんですね」

「社にやらせるのはなんかね。それに鑑はやってくれるって言ったん

だけど、アンタが撃墜されてからは電算室とハンガー以外には自分の

部屋しかいかなくなったもの」

 そう口を尖らせる夕呼先生に苦笑いを向ける。おそらく副官等に

は任せられなかったのだろう。書類を持ってこさせたりはするもの

の、そもそもこの執務室はセキュリティレベルがかなり高い。それこ

そ、本来は彼女しか入れない程なのだ。しかしここに簡単に出入りで

きる俺や霞、純夏は特別であり、その特別である所以がオルタネイ

ティヴ4中枢メンバーであるからに他ならないのだ。

「で、オルタネイティヴ4がどこまで進んでいるかなんだけど」

「この流れでする話じゃない?!」

 書類が散乱する執務室で、夕呼先生は淡々と語った。

「とりあえずメインプランは変わらず、BETAに対する諜報戦を仕

掛ける。これは国連のお偉方や帝国政府に話したことと変わらない

わ」

「ですが俺たちは世界を渡っています。正直聞いてませんが、地球上

の全ハイヴデータとBETAの配置図は手に入っているんですか?」

「無論。ただ、鑑は覚えていなかったし書き出せなかった。鑑が認知

できる範囲で覚えられなかったの。アンタもよく分かってんじゃな

い?」

「えぇ。純夏はバカですから」

「そう、鑑はバカ。だから膨大なデータを覚えられなかった。でも、鑑

の脳は別よ。彼女の海馬には前の世界で得られた情報が保存されて

いたの」

 俺は思わず手を止めて夕呼先生の方を見てしまう。そんな俺の様

子を見ても、彼女は説明を止めなかった。

「幸いにして彼女の脳にある記憶領域は余裕があった。空きスペース

にインストールされる形で保存されていて、当然今の彼女にその記憶

174

Page 179: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

を見ることはできなかった。当然よね。だって、今の彼女が記憶した

ものではないんだから。量子電導脳でもないんだし」

「純夏が覚えていなかったのなら、何故先生はそのことが分かったん

ですか?」

「社が見たのよ。鑑の脳に不自然なものが記憶されていたことに」

「……リーディングで見つけたんですね」

「そうよ。それで引き出しを開けてみればビックリ、2001年12

月末のBETAとハイヴに関するデータが保存されていたの」

 俺は世界を渡った時のことを思いだす。光の世界で漂っていた時、

どこからともなく純夏の声が聞こえたのだ。

 あの時の純夏は、前の世界の純夏で間違いない。それに言っていた

のだ。俺が願ったことを聞いていた。そして、一緒に渡ったのだと。

 夕呼先生の前の世界で得たデータが、どこで手に入るのかが分かっ

たことで、話は次へ進んだ。

「そういう訳で、ぶっちゃけオルタネイティヴ4当初の目的である、対

こ・

の・

世・

界・

BETA諜報活動は

では成功。00ユニットによる反応炉

へのリーディングがなかったんだから当然よね」

 ケラケラと笑い、飲みきったのであろうコーヒーカップを机の上に

置いた。

「でも、肝心の00ユニットがない。これじゃ、成功したなんて言えな

い。だから次の00ユニット製作が必要になるわ」

「ということは、素体候補として一番の純夏を」

「んな訳ないでしょ。ここでアンタが謀反を起こしたら、出処の分か

らない情報しか残らないわ。それに、その情報も未来のことであっ

て、書き出した社自体の画力のなさや正確性の低さから精度の低いも

のになるわ。だから、アンタとの利害を一致させなければならない以

上、これまでの手段は選べないのよ」

 笑いを引っ込めた夕呼先生は、足を組んで話を続けた。

「そこで次なる00ユニット開発を始める必要があった。そもそも一

度完成している技術であるから、そこからスピンオフさせるだけでよ

かった。ということはつまり、"掌サイズの半導体150億個分の並

175

Page 180: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

列処理装置"を作り上げる必要があるの」

「ですがそれは前回製作した量子電導脳のことじゃ?」

「そう。あれも"掌サイズの半導体150億個分の並列処理装置"

よ。と言っても、掌には収まらない程度に大きい代物になったけど

ね」

 そうだ。前の世界では、純夏の脳幹を量子電導脳に置き換えたの

だ。それによって純夏はヒトではなくなり、生物根拠も生体反応も"

0"になった。

「だから今度は素体候補に付けるオプションパーツのような形になる

わ」

「オプションパーツ?」

「そう。例えば、ヒトに纏わせる、とか。衣類のように着させて、どこ

かに量子電導脳を装着し、使用している素体候補から生物根拠と生体

反応を隠蔽するもの」

「ステルスみたいなものですか」

「それに近いわね」

 話をしながらの片付けなので、話が頭に入り辛いかと思っていた。

だが、どうやら意外とすんなり聞いていられる。俺自身に予備知識が

あったからだろう。会話内容自体は難しいものではあるのだが、扱っ

ている分野は俺が関わったものだ。そうなれば、嫌でも覚えることに

なる。

「量子電導脳の小型化。そして直接接続するのではなく、インター

フェイスを噛ませることになる。素体候補専用の装備ということに

なるわね。これを"00ユニット改"と呼ぶことにしたわ」

「純夏専用の量子電導インターフェイスユニット、みたいな?」

「そんな感じね。最も、前回のものは量産が効かないものだったけど、

今回は量産が可能よ。でも今回の00ユニットにも弱点はあるわ」

 ODLのことかと考える。量子電導脳の冷却には、脳髄液の代わり

にODLと呼ばれるBETA由来反応炉産の液体を使用している。

これが劣化することで、量子電導脳のリーディング情報を蓄積し、浄

化作業のために反応炉へ戻す必要がある。この浄化作業によって、B

176

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ETA側へ人類の情報が漏れ出してしまうのだ。

 そもそも量子電導脳製造の技術は、ヒトを脳髄だけの状態で生き長

らえさせることのできるBETAの技術から派生されたものであっ

て、量子電導脳を稼働させるには必然的にBETAの技術を頼らざる

を得ないのだ。

 夕呼先生は、00ユニット改の弱点にODLを使用しなければなら

ないことを挙げるのだろうか。少し不安になりながらも、耳を傾け

る。

「00ユニット改は専用装備よ。鑑用に作ったものは、鑑にしか使う

ことができない。搭載される量子電導脳は鑑のESP能力を増幅す

るもの。それ以外のヒトが使えば、ただの装飾品になるわ。なぜな

ら、鑑のESP能力を増幅するためだけに調整されるからね」

「ということはODLを使用するということはないんですか?」

「いいえ。結局、ODLは量子電導脳の冷却には必要なの。無論、冷却

するということは劣化もするわ。そうなった場合、反応炉を通して浄

化作業を行う必要が出てくる。ということは、使用者のリーディング

情報がBETAに流出することになるわね」

「素体候補を殺すか殺さないか、という違いしか改良することができ

なかった、ということですか?」

「そんな訳ないじゃない。量子電導脳を使えばODLは劣化するけれ

ど、それは今までの00ユニットとは違って、感情等に振り回されな

いのよ。どれだけ使用したとしても、一定の速度で劣化していくわ」

「ガソリンエンジンのエンジンオイルみたいなものですか」

「そんな感じね。より、機械らしくなったということかしらね」

 話しながらも動いていた手は休むことはなく、ある程度のところま

で片付けは進んだ。夕呼先生が組み立てたコンテナには全て、書類が

収められる程度には終わったのだ。

 ここら辺で一区切りすることにし、背中を伸ばして軽く動かす。コ

キコキと音が鳴る腰を抑えながら、今まで座り込んでいた床に視線を

落とした。

「さて、一区切りついたようね」

177

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「はい。半分くらいは片付いたんじゃないですか?」

「続きは別の日にでもして頂戴。オルタネイティヴ4の話はここま

で。ここからは、アンタの話よ」

 床から立ち上がり、夕呼先生の正面のソファーに腰を下ろす。

 何度も座ってきたソファーだが、ずっと戦術機のシートに座ってい

たということもあってか、柔らかいソファーに思わず息が漏れる。

 そんな俺をことはお構いなしに、夕呼先生は話し始める。

「今回アンタに課した任務は、帝国軍・斯衛軍の要衝防衛。そう言った

けれど、本当の目的は別にあったの」

「というと?」

「アンタが戦場を渡り歩くことで、よりよい因果を引き寄せる素体を

探すこと。これはアタシの方でやっているから、まぁ確認程度で行っ

ていたわ」

 やはり、本当の目的は別にあったようだ。

「そして、不審な戦術機とその衛士に興味を持たせること」

 それはどういう意味なのだろうか。

「勿論、行く前のアンタに言ったことも目的としてはあったわ。でも

優先度は低い。アンタが戦場にいれば、それはアンタが勝手にやって

くれることだったからね」

「確かに……」

 それは確かにそうだ。九州から渡り歩いた戦場では、結局激戦区で

あったり要衝にいることが多かった。意識していないだけで、そう

いったところを転々としていたのだ。

「前者の方は、結果は良好。今後損耗が予想されるA─01の補充と

して確保しているわ」

「というと、俺みたいによりよい因果を引き寄せる存在を見つけた、と

いうことですか?」

「えぇ。そして後者についても、結果は良好よ。むしろ、アタシの想定

以上の成果よ。というかやりすぎ。最初は戦場の都市伝説として語

られるに過ぎなかったアンタの話は、実際に遭遇した衛士たちが生き

残ることで真実味を帯びて拡散。噂話として帝国軍・斯衛軍・国連軍・

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在日米軍にまで広がったわ。正直米軍に嗅ぎ付かれるのはもう少し

後の方がよかったのだけれど、もう済んでしまったことを悔やんでも

仕方ないわ。アンタのF─15C Extraとアンタの第207

試験小隊、鉄 大和という名前は広まった。都市伝説から伝説に姿を

変えてね」

「伝説に?」

「試験機単機でBETAを狩り尽くす、凄腕の衛士。彼が現れた戦場

は、持ちこたえることが難しかったとしても時間稼ぎにはなり、共に

戦った衛士はアンタの機動制御を見て刺激を受ける。精鋭ならすぐ

に気付く筈よ。アンタの操る機体の動きは、自分たちの機体では再現

できない、と」

 それは当たり前だ。XM3が搭載されている前提の動きなのだか

ら。

「それでどこの誰なのか調べる。所属は帝国軍第207試験小隊。技

術廠の試験機を使っている試験部隊だ。ならば詳細を知りたければ、

技術廠に連絡をすればいい。こうしてアンタとF─15C Ext

raは衛士や指揮官らに興味を持たせることができた」

「……トライアルの再現、ですか」

「そうよ。表立って行動できないのは仕方なかったけれど、アンタが

所属と名前を偽っていたのは、アタシ専属の機密部隊であればお偉方

も納得するからね」

 俺が本土侵攻で行っていたのはXM3のトライアルだったのだ。

しかしそう考えると、少し引っかかる点が生まれてくる。

「トライアルの再現だったとしたら、何故不知火じゃなかったんです

か?」

 そう。何故帝国軍を偽ってトライアルをしたのなら、不知火ではな

かったのか。帝国の風潮を考えれば、そちらの方が帝国軍としても受

け入れ易い筈なのだ。

F─15

「帝国軍塗装の

は目立つの。たとえそれが普通の機体だとし

てもね」

「成程」

179

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 つまり、不知火にしてしまうと腕の立つ衛士として処理される可能

性もあったのだろう。そして、帝国軍のF─15は調達数が少ない。

それ故に戦場での目撃数も少ない。となると、目撃した衛士や兵士た

ちの記憶に残りやすい、といったところだろうか。

「それと、あんまりアタシが要求するもんだから出し渋られちゃって

ね。A─01から取り上げてもよかったんだけど、それは止めておい

たわ」

「用意できなかっただけかい!!」

 本音は用意できなかっただけだったらしい。それならば、京都に再

出撃した時のように、吹雪でもよかったのではないだろうか、とも考

える。

 しかし吹雪だったとしても、それはそれで問題になったかもしれな

い。そもそも高等練習機ということ。そして、そんな練習機が何故単

機で戦場を彷徨いているのか、不自然なものになってしまうからだろ

う。

「ま、そんなところね。アンタはアタシの意図を知ってか知らずか、要

求以上に仕事してくれたわ。とりあえず、出撃は仙台に行くまではな

いから安心なさい」

「は、はぁ……」

 珍しく褒められて拍子抜けするが、仙台まで出撃がないって、そ

れって数日くらいしかないんじゃないだろうか。もしかして、仙台に

行くや否や戦場に逆戻りとかそういうのだろう。

 聞かなくても分かるこれからの予定を悟り、俺は早めに純夏と霞の

顔を見ることを心に決めた。

「これからの出撃は第207試験小隊やら鉄 大和やら偽名を使う必

要はないわ。普通に国連軍、白銀 武でいいわよ」

「了解です」

「じゃ、アタシはご飯食べてくるわ」

 そう言い残し、スッと立ち上がった夕呼先生は執務室から出て行

く。それを見送った俺は大きい溜息を吐いて、ポロリと漏らす。

「……つまり、これからも出撃なんだよなぁ」

180

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 そう遠くない未来、また単機で出撃する光景が用意に想像できた俺

は、床に大の字になって寝転がった。

 ひんやりしていて気持ちいい床に、戦い詰めだった俺の体は急激に

睡魔に襲われて、気付いた時には眠ってしまったのだった。

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episode 19

   ﹇1998年7月24日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画

 電算室﹈

 夕呼先生の執務室で寝てしまった俺は、早朝に目を覚ました。俺が

寝てしまった後、誰も執務室に来なかったようだった。結局起きるま

で俺は執務室の床で転がっていた。

 硬い床で寝たためにあちこち痛い体を起こし、俺は寝ぼけ眼になり

ながらも昨日のことを思い出した。

 これまでのオルタネイティヴ4の動きは、前回とは違い加速度的に

事が進んでいる。そして、夕呼先生は00ユニットの改善案を用意し

ていた。詳しいことは俺には分からない。それでもオルタネイティ

ヴ4を実行することは、BETAに人類の戦略情報を流すという意味

では大博打に等しい。俺の予測ではあるが、今回の世界でも甲1号、

新疆ウイグル自治区のカシュガルにあるオリジナルハイヴへの侵攻

作戦は立案・実行される筈だ。00ユニットの影響をなるべく減らす

ために。

 シャワーも浴びずに、床に寝転がって寝ていたことを思い出した俺

は、シャワー室に駆け込んで身嗜みを整える。

 執務室から帰った後にする予定だったことも、大急ぎで片付けた俺

は、朝食も食べずに電算室に行くことにした。純夏は何故か知らない

が、電算室やハンガーに居ることが多い。そうでなければ、やっと確

保された官舎の部屋。家もそうだったが、こっちに来てからも俺と純

夏の部屋は隣同士。俺の部屋を出てすぐに、純夏の部屋がある。

 まだ起床ラッパも聞こえないような早い時間に目が覚めた俺だっ

たが、色々していたら結局起床ラッパが聞こえて久しい時間になって

いたのだ。純夏が寝坊していなければ、いつもいる場所にいるだろ

う。当たりを付けた俺は、近い電算室から覗いてみることにしたの

だ。

 煌々と照明が転倒している電算室は、数人の技師の他に見慣れた後

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ろ姿があった。

「よぉ」

「あ」

 俺の顔を見てアホ面を晒している、赤毛の少女。純夏は何やら難し

いコードを打ち込んでいるコンピュータから視線を外し、俺の顔を見

上げていた。

 その頭を小突くと再起動したのか、特徴的なアホ毛を稲妻形に変形

させる。

「何すんのさ!!」

「わはは!! 俺の顔を見て呆けている純夏が悪い!!」

「バカ!」

「ごめんごめん」

 そんなやり取りをして、俺は空いている隣の椅子を引き出して腰掛

けた。

「ただいま」

「……おかえり」

 そう言うとそっぽ向き、画面に視線を戻す。

 何やら気付いたら機械の虫になっている純夏だが、これも夕呼先生

に言われていることだから仕方ないのかもしれない。量子電導脳

だった過去の能力を使い、生身としてもそれ相応の知識や頭の回転を

要求されたのだ。

 戦術機に乗る、と言い出して久しいが、衛士を目指してかなり時間

も経っている。自主訓練も続けているので、俺には及ばないまでも訓

練兵としてはそこそこのところまで来ているだろう。

 そんな純夏の横顔を眺めた俺は、とりあえずこれまでのことを話し

始める前に、礼を言うことにした。結局、甲賀基地で秘匿回線を使っ

て話した時も、俺は状況を半分くらいしか理解できていなかった。

「"あの時"、助けてくれてありがとう。純夏」

「……え?」

「霞に聞いたんだ。"それ"使って、なんか感じ取ったんだろ? 俺

が撃墜されるって。だから、夕呼先生を説得するために直談判したっ

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て聞いた。どんな手を使ってでも、俺がここで脱落するのを阻止する

ために」

「タケルちゃん……」

 霞が助けに来た時、俺は諦めては居なかったが、冷静に自分の状況

を分析していた。助かる見込みは低い、そう考えていたのだ。だから

山城少尉を救出してから、全員で徒歩行軍。篁少尉が行くと言ってい

た、斯衛本隊合流に付いていくつもりだったのだ。それでも駄目な

ら、あの3人を見捨てて俺だけでも、どこか友軍がいるところまで逃

げるつもりだった。だがそれは俺の心が許さなかった。すぐそこに

救えるのに、見捨てるなんて。道中、そんな場面は幾つもあった。京

都に至るまでに、そのほとんどを切り捨ててきたというのに。

 だから霞がF─14 AN4に乗って現れた時は、心底驚いたの

だ。何故霞が、今このタイミングで戦術機に乗って京都に来たのか。

「オマエじゃなくて、霞が乗ってきたっていうのは締まらなかったけ

どな。……だからありがとう」

「うん。どういたしまして」

「本当に助かったよ」

 そう言って話題を切り替える。今度は、俺が防衛戦に参加している

間、純夏は何をしていたのかを聞く。

「それで、純夏は俺がいない間に何をしてたんだ?」

「え? あー、いつもと変わらないよ? タケルちゃんに教えても

らった訓練やって、こことハンガーを行ったり来たり。目が回りそう

で大変、とまではいかないかなぁ?」

「いつもと変わらねぇ……。それ以外は?」

「んー……あ、整備する機体がなくなっちゃったからさ、第207訓練

部隊の訓練機の整備を手伝ったりしてたよ? 私たちが来る前に1

機駄目にしたらしいんだけど、代わりの機体が入ってきたから、そっ

ちの整備を手伝ったりとか」

 純夏は相変わらず、整備の手伝いもしているようだ。そもそもアビ

オニクス系がいじれるようになった純夏は、霞について俺のXM3搭

載機の整備をしていた。基本的にはTF─403やまりもちゃんの

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機体だけだったが、その範囲は広がりつつあると言う。

 A─01の整備の手が足りない時には、時々整備班に頼まれて手

伝っていることもある、と純夏は言っていた。何だかんだ言って、衛

士になるより先に整備兵になる方が先な気がしなくもない。

「今思い出したんだけど、第207訓練部隊の撃震にXM3が搭載さ

れたよ。香月先生の指示だけど、今期の訓練兵からXM3の戦術機に

なるって」

「そう言えば4月辺りにそんなこと言ってたなぁ……。というか訓練

機になった奴って、まりもちゃんの旧OSが載ってた撃震じゃね?」

「多分そうだね。神宮寺先生の撃震は2機あったけど、今は1機に

なってるからさ」

 話しながらでも手を動かしていた純夏の手が止まる。どうやら作

業が終わったらしい。

「よし、っと!! ん〜〜〜〜!! 終わったあぁぁぁ!!」

「お疲れー。この後どうするんだ?」

 俺は電算室で純夏を見つけたから、とりあえずすることはない。夕

呼先生に呼ばれてもないからな。

「これから朝ごはん? 起き抜けで来たから、お腹減っちゃって……」

「おう、なら俺も付き合うぜ!」

「何、まだ食べてなかったの?」

 コンピュータの電源を落とし、データを保存したハードディスクと

書類やペンをドキュメントファイルに入れた純夏は立ち上がった。

 俺もそれに呼応するように立ち上がる

「向こうじゃずっと戦闘糧食ばっかりだったからな。クソ不味いもん

ばっかり食って参ってたんだよ。それに昨日帰ってきてからは、夕呼

先生に呼び出されてずっとそっちだったし。あの惨状を見たら、帰れ

なくなってなぁ」

「あー……今執務室汚いもんね……」

「おう。んで、執務室の床で寝ちまった。早起きしなきゃ、夕呼先生に

踏みつけられるところだったぜ」

「ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くよ〜〜〜」

185

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「悪い悪い、疲れてたからなぁ」

 そんな話をしながら俺たちは電算室を離れ、PXへと向かった。

 ※※※

 ﹇同年同月同日 帝国軍白陵基地 国連軍専有区機密区画 第20

7衛士訓練部隊 戦術機ハンガー﹈

 純夏と朝食を食べ終わると、そのまま一緒にハンガーへと向かっ

た。どうやら霞がここにいるらしい。純夏のアホ毛が遂にレーダー

になったのかと思ったのだが、どうやら彼女と同じく行く場所は少な

いという。

 忙しなく整備兵が動き回るハンガー内では、帰還して間もない俺の

吹雪の整備が行われていた。整備兵の人波に紛れて、背の低い特徴的

な銀髪とツインテールが揺れているのが見えた。

「おはよー、霞ぃー」

「おはよう、霞ちゃん!」

 俺たちが霞に近づいても気付く気配はなく、ラップトップとにら

めっこを続けていた。吹雪の管制ユニットから伸びるコードは、

キャットウォークにあるコンソールと整備兵が囲んでい見ている

ラップトップ、そして霞のラップトップに繋がれていた。

 どうやらデータの吸い出し作業か、システムチェックでもしている

のだろう。あまり表情が豊かではない霞も、この作業にはかなり真剣

な雰囲気を周囲に撒き散らしていた。

 そんな霞に俺たちが声をかけると、ハッと顔を上げてうさ耳のよう

な髪飾りをピコピコと動かす。

「……おはようございます、純夏さん。おかえりなさい、白銀さん」

「うん、おはよー!!」

「ただいま、霞」

 簡単な挨拶だけを交わし、純夏が霞のラップトップを覗き込む。

 バカだとは思っていたんだが、流石に慣れた様子で画面を見る純

夏。ここで「分かんない」なんてことは言わないだろう、そんなこと

を考えつつも自分の愛機を見上げる。

 外装の擦り傷は増え、塗装ハゲも大きくなった吹雪。元々帝国軍塗

186

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装が施されていたが、いよいよ塗装の剥げた部分は鈍い銀色が照明を

反射している。エッジ部分に至っては削れて変形していたり、欠けて

いるところもある程だ。その状態から、それほど激しい戦闘をしてい

たということになるだろう。

 近くでカタカタとキーボードを叩く霞が、小さく息を吐いて手を止

めた。

「……純夏さん」

「何?」

「……機動データの精査は終わったんですか?」

「あ」

 純夏は慌てて持っていたハードディスクを霞に渡す。どうやらハ

ンガーに来た用事は、霞へ物を届けるためだったらしい。

 霞は小さく礼を言うと、手早くハードディスクをラップトップに接

続し、作業を再開させる。俺にとっては何をしているのかさっぱり分

からないが、霞と純夏は理解しているのだろう。畑が違うのなら分か

らないのも当然だが、ここは俺の出る幕ではなさそうだった。

 ふとTF─403のハンガー、第207訓練部隊用の戦術機ハン

ガーの奥に目を向ける。並んでいるのは、部隊を分けるように配置さ

れたまりもちゃんの撃震。その左から入り口に向かって、訓練機が並

んでいる。俺が見上げている吹雪を見上げ、そのまま右へと視線を向

ける先には、F─14 AN4が機体を覆うようにシェードが掛けら

れている。そして、本来であればそこにあった筈のF─15C Ex

traはもうない。

 TF─403のために確保されたハンガーは4つ。俺が出撃する

までは1つが空いていたが、どうもF─14 AN4の隣にシェード

の掛けられた機体がもう1機あった。

 俺はそちらの方に歩き出し、機体の確認をする。そもそもTF─4

03は俺しか編成されている衛士、軍人がいないのだ。しかし4機分

も空きが確保されているのは、F─14 AN4のように用途不明で

確保された機体を置くために過ぎないのか、はたまたオルタネイティ

ヴ4直属の夕呼先生の息が直接かかった機体を置いていくためなの

187

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か余分に用意されていたのだ。

 シェードを全て剥がすことはせず、足元からペラっと捲って中に

入って見上げる。見えるのは、俺のよく知る機体だった。

「不知火……」

 まだ外装が新品なのか、塗装も施されていない不知火がそこに佇ん

でいたのだ。置かれている場所から察するに、この機体は俺の機体

だ。

 足首の関節に近づいてよく見てみると、どうやら外装だけではなく

機体そのものが新品だった。稼働させたことによる擦れもなく、綺麗

な状態だったからだ。

 シェードを潜って外に出ると、再び機体を見上げる。

 この機体を用意したのは夕呼先生だ。そして用意された機体がオ

ンボロの中古品でもなければ、どこかでホコリを被ってモスボールさ

れていた訳でもない新品の機体。ということはつまり、この機体を使

うような状況が発生するということに他ならない。

 また無理難題を吹っかけられるのだろうな、などを考えて目を閉じ

る。そして思い出した。

「あ……」

「どしたの、タケルちゃん?」

 丁度純夏が近くに来ていたようで、俺の間抜けな声を聞いて疑問符

を文字通り頭上に浮かべた彼女の顔を見て俺は駆け出した。

 夕呼先生は仙台へ引っ越しをすると言っていた。もう既にその準

備は済んでおり、オルタネイティヴ4の基幹部の移設も進んでいると

まで。ということは、早ければ今日中にも引っ越しが始まる。ハン

ガーにはその様子は見られないが、その気になれば数時間で準備も整

うだろう。ならばしなければならないのは先生の執務室の整理と、俺

の部屋の準備だけだ。俺の部屋はまだしも、執務室の惨状は未だ健在

で、俺は半ば睡魔に負けて寝てしまったのだ。

「ちょ、どこに行くのタケルちゃ〜〜〜〜ん?!」

「執務室!! 片付けさっさとやんねぇと!!」

 そんな捨て台詞とハンガーに残し、俺は執務室を目指した。

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「……引っ越しは月末なんだけどなぁ」

 純夏の言葉も聞こえる筈がなく、俺はゆっくりやっても間に合う執

務室の片付けを必死の形相で行っていた、と後に夕呼先生は言ってい

た。まだ6日も余裕あるのにねぇ、と優雅にコーヒーを飲みながら言

われたのは、全ての書類の片付けが済み、コンテナを入り口近くの壁

に積み上げた後のことだった。

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episode 20

  ﹇1998年8月1日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執務

室﹈

 ついさっき運び込まれたコンテナから荷解きをすることもなく、俺

と純夏は執務室で部屋の主と相対していた。

「さて、引っ越ししてきた訳なんだけども」

 そう切り出した夕呼先生は、純夏の目の前に書類を差し出した。何

かのリストかと思ったが、どうやら違う様子。

 純夏は苦笑いをしながら読み進め、最後まで行き着くと先生に尋ね

た。

「……なんですかコレ?」

「え〜。見て分からない?」

「いや、分かりますけども……」

 書類を見ていない俺からは判断できないが、純夏の関わっている何

かだろうか。

 うんうん唸る純夏を横目に、俺は夕呼先生の方に視線を向けた。そ

うすると、答えるように彼女は話し始めたのだ。

「前に話した00ユニット改の件よ」

「あぁ。確か、"量子電導インターフェイスユニット"でしたっけ?」

「そ。アンタには話したけど、前の世界で使った00ユニット用強化

装備をカスタマイズする予定ではあるわ。鑑に見せたのは、00ユ

ニット改についてね。彼女には一切情報を伝えてなかったから、今が

初めてになるのかしら」

「伝えてなかったんですか……」

「仕方ないじゃない。白陵にアンタたちを連れてきてからは、アンタ

は衛士になるための鍛錬とアタシの小間使。鑑は人間の脳ミソに詰

め込めるだけの情報を詰め込んでもらってたんだから。その上に戦

術機が弄れるようになっていたり、アンタ同様に基礎訓練を自主的に

していたんだから、教えるタイミングはほとんどなかったのよ」

 唇を尖らせ、まるで親に怒られる子どもが言い訳をしているかのよ

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うに、夕呼先生は純夏に説明しなかった理由を語った。

 確かに、純夏は忙しそうにしていたことは覚えている。"疲れた"

とかはよく言っていたが、本当に疲れていたからそう言っていたの

だ。

「それで鑑。内容は見たわね?」

「……はい」

 書類を見た純夏の表情が少し暗いのは気の所為だろうか。分から

ないが、強引に聞いたところで恐らく答えてくれないだろう。純夏か

ら書類を受け取った夕呼先生は、そのまま書類に火を付けて煤汚れて

ない灰皿に置いた。

「さて。00ユニット改については、アタシと鑑でやるとして……そ

れ以外のことは白銀にも動いてもらうわ」

「というと?」

「本土侵攻はまだ終わらないわ。今の所は前の世界と同じように事が

動いている。となると、今後起こりうることは想像するまでもなく確

定した事実として起きるわ」

「……佐渡島と横浜ですか」

「そういうこと。後退を続ける三軍に、急に進路変更をするBETA

群のために佐渡島へ展開するように言える訳もない。そして、多摩川

までBETAには来てもらうことになる」

「目的はG元素の確保。凄乃皇の燃料と量子電導脳の制作に必要なん

ですよね」

「えぇ。それに加えて、あまりここで歴史改変をするつもりはないわ」

 そういい切った夕呼先生の瞳は、いつもの色が宿っている。つまり

それは、冷徹な心と覚悟を持っていること。日本帝国民3000万人

超を引き換えに、10億人を救う極秘計画の責任者としての顔だっ

た。

 俺はそれを見慣れた訳ではない。だが、昔とは違う。どういう思い

を持っているのかは、少し位は汲み取ることができるのだ。親友にも

開かせなかった秘密を知る俺だからこそ。

「……少しは成長したようね」

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「えぇ。少しは……ですけど」

「……前にも言ったと思うけれど、仙台に来た時点でアンタの休暇は

終了よ」

 次のどこに行けと言われるのだろうか。仙台に来るまでの間、ずっ

と考えていたことだったが、結局分からなかった。相手は夕呼先生な

のだ。俺の予測を軽く飛び越えたことを言ってくることは自明だっ

た。だからこそ、予測できない。

「A─01のガス抜き、ヨロシク」

「え?」

「また、A─01の連中の相手をしてきなさいってコト。前の演習か

らそこそこ時間が経っているじゃない? いい加減使い物になって

いるか気になるところだから、適当に揉んで来なさい」

「ま、マジかぁ〜〜〜〜」

「マジよ」

 前回のA─01との演習を思い出す。吹雪で1個中隊の不知火と

戦う演習だ。幾つも部隊があるから、俺は何回も演習をしなければな

らない。しかも相手はさしものA─01だ。精鋭の名は伊達ではな

く、かなり強い。俺の知っている衛士はわずかどころか伊隅大尉、今

は伊隅少尉しかいないが、それでも彼女を育ててきた先達であること

は変わりない。

「あのー、不知火使っちゃ駄目ですか?」

「ん? あー、白陵でアレ見たのね。その件は鑑と社に聞きなさい。

私は定期的に上がる報告しか知らないから、詳細は彼女たちしか知ら

ないのよ」

「後で聞いときます」

 純夏に目配せをすると、丁度こちらを見ていたようで頷いた。

「そろそろアタシもやることあるから、アンタたちはしなきゃいけな

いことをしなさい。また何かあれば呼ぶわ」

 夕呼先生はそう言い、俺たちの退出を促す。俺と純夏は揃って執務

室を出ていくことにした。

 入り口近くに積み上げられたコンテナはどうするのかを考えなが

192

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ら、近い内に片付けに来なければならないことを頭の片隅に置いてお

く。

 ※※※

 ﹇同年同日 国連軍仙台基地 TF─403ハンガー﹈

 TF─403のために用意された格納庫は小さい。A─01と隣

合わせに置かれているが、極秘計画の専任部隊であるA─01よりも

機密性の高いTF─403のために色々と特殊なセキュリティーが

用意されているという。これは引っ越し中に霞から聞いた話ではあ

るのだが、A─01の人間ならば入ることはできるらしい。しかし、

A─01には入場を固く禁じているらしく、佐官であっても入ること

はできないという。それでも入場することはできるのだが、入場管理

が厳格に行われているため、すぐにバレてMPに連行。即刻営倉に放

り込まれるんだとか。

 別に大したものは置かれていないと思うんだが、それほどまでに重

要視する理由というのも分からない。確かにA─01では活動でき

ない任務を遂行することを目的に設立された部隊ではあるのだが、そ

もそも構成員は俺だけなのだ。

 謎の格納庫と、そこへ出入りする少年という組み合わせはA─01

の衛士たちの興味を惹かない訳がない。

 白陵基地にいた時は、第207訓練部隊のハンガー奥を使わせても

らっていた。

 あの時は共有しているから訓練兵に興味を持たれるのは仕方な

かった。だからいつも機体にはシェードがかけられていたし、見に行

こうものなら整備兵から怒られていたという。

 今は仙台基地に移ってきたばかりということもあってか、A─01

で元気な衛士らは基地内を探検していたようだ。

「……どう見ても年下だよな?」

「作業着姿だから整備兵でしょ? 新しくウチのところで整備するの

かな?」

 俺はTF─403のハンガー前で男女の日本人衛士に絡まれてい

衛士徽章

ウィングマーク

た。2人の胸には

がある。

193

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 "あの時"、PXで絡んできた少尉連中とは違い、嫌味な態度や表

情は伺えない。ただ興味があるだけのように見える。

 俺は2人を目の前にして言葉が出なかった。それよりも頭の中で

は別のことを考えていたからだ。

 俺の格好は国連軍の作業着姿だ。上は支給される黒のノースリー

ブ。下はUNブルーのパンツ。軍靴。夏場にハンガーで整備をして

いる整備兵となんら変わりのない姿。

 しかし腰に巻いているパンツとセットになっている上着には階級

章が付いており、2人が見れば俺が少尉であることはすぐに知られて

しまう。

 この格好でTF─403の衛士だと言うことも考えた。しかし、夕

呼先生からは特に何も言われていない。体外的には先生の付き人の

ように扱われている。その事実があった上で「そこのハンガーの機体

の衛士」とは言えない。

「名前、なんて言うの?」

 片方の女性衛士がそう尋ねる。

「……白銀 武です」

「そう、白銀くん。どうしてここに? あなた、A─01の関係者で

しょ? このハンガーは立ち入り禁止なんだけど」

 女性衛士は襟章から、この2人が少尉であることは分かる。少尉で

あるということは、A─01で開示されているオルタネイティヴ4の

機密情報のレベルも低い筈だ。

 だが、気にすることはない。Need to know、彼らには

知る必要のない情報なのだ。

「俺はここの立ち入りを許可されているので大丈夫です」

「そう、なんだ」

 俺は振り返ってハンガーのゲートを潜ろうとする。しかし、背中か

ら女性衛士の声が聞こえた。

「ここ、何があるの? ハンガーだから戦術機だと思うんだけど」

 また答えにくい質問をしてきた。

 彼女の言う通り、ここには戦術機が収められている。俺の機体だけ

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であり、吹雪や不知火は彼女たちも見慣れたものだろう。しかし、F

─14 AN4となると話は別だ。

 その機体は夕呼先生が秘密裏に取り寄せた機体で、あの時のA─0

1でも建造の事実を知らなかった凄乃皇と同じように、教える必要が

ないと判断されたものなのだ。

 一度戦場に出てはいる機体だが、搬出も帰還も人目につかないよう

に配慮されていた。そう考えると、教える必要はないと考えるのが妥

当だろう。

 だが、あまり秘密にしてしまっても、余計に勘ぐられてしまうこと

もある。ならば、彼女たちが知っている程度の情報のみを立ち上げて

嘘をでっち上げるしかない。

「あるのはそちらのハンガーと変わりませんよ。不知火と吹雪が置い

てあるだけです」

「なるほど。こっちに収まらなかった機体を入れてるんだね! 予備

機とかかな?」

「そんな感じです」

 自分で勝手に解釈してくれたから、余計な誤魔化しをせずに済ん

だ。

 今度こそゲートを潜り抜け、TF─403のハンガーに入る。

 A─01のハンガーほど中に整備兵はおらず、俺を加えても10人

はいない。8人ほどが不知火に取り付いており、1人だけが足元で

ラップトップとにらめっこをしていた。

 画面を凝視しているのは例に漏れず霞だったが、今の表情は険しく

は見えない。

「霞〜〜」

「……白銀さん。博士との話はもう良かったのですか?」

「おう! さっき終わったところだ。それでなんだが……」

 俺は夕呼先生に言われていることを伝える。途中までハンガーに

来ていた純夏からは「ハンガーに着いたら説明するから」と言われて

いるものの、彼女が忘れ物をしたとかで自分の部屋に戻ってしまっ

た。

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「いつかは分からないんだが、A─01との演習があるんだ。それま

での間に不知火を使えるようにできるか?」

「……私が整備を統括している訳ではないので、正直分かりません。

CPUと電源ユニットの交換、XM3のインストールは既に終わって

います」

「じゃあ整備の人に聞いてみるよ。サンキュな、霞」

「……はい」

 不知火を整備しているのは、白陵基地からの顔馴染みだ。俺が戦術

機に乗ろうが、何も言わずに完璧な整備をしてくれる優秀な人たち。

 俺が近い内にA─01との演習に不知火を使うことを言うと、2日

くらいで稼働できるとだけ教えてもらった。

 どうやら電磁伸縮炭素帯の調整や、主機の点検・試運転が終わって

いないらしい。それらを全て済んで引き渡せるのが2日後というこ

とらしい。

「それにしても博士もやるなぁ。新品でまっさらなら不知火を用意す

るなんて。愛知直送だったぞ」

「そうみたいですね。白陵で見た時は塗装もまだだったようですが」

「あぁ。あの時は組み立てで精一杯だったからなァ。こっちに来てか

ら本格調整だ」

 UNブルーに塗装された不知火を見上げながら、壮年の整備兵は油

まみれの顔を拭く。

 装甲板の塗装はこっちに着いてからすぐに行われたようで、組付け

はさっき行われたばかりだという。

 装甲板を外していたのなら、先に電磁伸縮炭素帯の調整をすればよ

かったのだが、A─01と共用のものらしく、どうやら調整に必要な

器具の調達に時間がかかったらしい。

 だから多少前後はするが、できることを進めていたという。

「それにしてもお前さん、F─15はどうした?」

「あ、あぁー」

 そういえばこの整備兵は、俺のF─15C Extraの整備もし

ていた人物だ。本土防衛に出たっきり戻ってこないとなると、心配す

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るのも仕方ない。

「京都で撃墜されまして……爆破処分してきました」

「ったく。博士から好きにイジっていいって言われてた機体だから、

皆好き勝手やってたのによぉ。……まぁ、お前さんの命の方が大事

だ。しょうがない」

「ははは……」

 確か霞が主導でカスタマイズしていた、という話だったのだが、ど

うやらそうでもなかったのかもしれない。

「霞ちゃんのお願いを聞いていたばっかりだったがな!! ガハハハハ

ハ!!!!」

 というのは思い違いで、本当に霞が率先して改造をしていたよう

だ。

 機械油の臭いが染みた手で、俺の頭を乱暴に撫でると、一言俺に

言った。

「よく帰ってきたな」

「……はい」

「あの機体は役に立ったか?」

「えぇ」

「オンボロもやっぱり役に立つじゃねーか」

 そう言い残すと、整備兵は不知火に取り付いている他の整備兵に檄

を飛ばす。

「お前ら、さっさと整備進めろ!! またA─01をぶっ飛ばしてく

るってよォ!!」

 ヤイノヤイノと野次が飛んでくるが、俺は苦笑いを浮かべて、先達

たちのA─01の精強さを思い出して冷や汗を浮かべた。

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episode 21

   ﹇1998年8月4日 国連軍仙台基地 第3演習場﹈

 今日はA─01との演習日だ。どうやら俺の不知火が使えるよう

になるのを見計らうかのように予定が入れられており、演習が試運転

と言わんばかりだ。

 今回の演習形式はJAVESを用いた俺対1個中隊だ。夕呼先生

がA─01にどのように相手である俺の情報を伝えているか分から

ないが、いい印象を持たれていないのは確かだ。

 相手とオープン回線は開始まで繋がれており、表情も見れる状態に

なっている。一方で、相手も俺の声は聞こえるが顔は相変わらずSO

UND ONLYになっているのだとか。

『俺たち相手に不知火1機ですかい? 冗談ですか、大尉』

『冗談な訳あるか。それに以前にも似たようなことがあっただろう

?』

『光州作戦から帰ってきた後にやった吹雪ですか? アイツは博士の

用意した変態だったって話じゃ?』

『その変態が今度は不知火に乗っている。博士曰く、アイツを倒せな

いのならまだまだね、だそうだ』

『クソっ……。ですが俺たちはアレ以来研鑽を積んできました。あの

変態吹雪にだって負けません!』

『あぁ。その気概で頼む』

 なんだか俺のことを変態変態と言ってくれているが、俺の機動制御

は変態じゃないと思うんだがどうなんだろうか。

 俺の疑問は誰に聞いても、返答が1種類なのは解せないが、俺はこ

こでもA─01を叩き潰さなければならない。

 あの演習以来、A─01の衛士たちは猛訓練に励んでいたと聞いて

いる。それはつまり練度が向上していると見て間違いないだろう。

 だが、XM3を本当に使いこなしているのかは分からない。それば

かりは、A─01の現状を聞いた時点では判断できなかったのだ。

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『変態衛士サマはだんまりなようで? 前回は口も聞いてやくれませ

んでしたからね』

 相手の中隊長に俺のことを煽るような発言をしていた男性衛士は、

そう俺に対して言ってきた。

 ここで相手の土俵に上がる必要はない。そう思っていた。

「機密なもので。それは勘弁してください、少尉殿」

『……ブッヒャッヒャッヒャ!! 声からしてガキじゃねぇか!!』

『抑えろスルーズ10。申し訳ないな……えっと、変態衛士』

 ゲラゲラと笑うスルーズ10に注意した大尉は、俺のことをそう呼

んだ。どうやら俺の名前は知らされていないらしい。夕呼先生が教

えなかったということは、知る必要がないのだろう。

 しかしながら、変態衛士呼ばわりされるのは解せない。確かに他の

衛士とは違う機動制御を行うが、旧OSで流れるように自然な動きを

実現させる斯衛の衛士の方がよっぽどか変態だと思う。最も、今はそ

れを行う武御雷は実戦配備されていない。

 今のところは呼び方にケチを付けたところで、代わりにどう呼ばせ

るかは思い付かない。我慢して話をするしかなさそうだった。

『変態衛士。香月博士はなんと言っていた』

 バストアップウィンドウに浮かぶ大尉の表情は、引き締まって真面

目なものへと変わっており、それは他の隊員にも言えることだった。

「特には。使い物になっているか確かめて来いとは言われています」

『手厳しいな、相変わらず……』

「それがあの人ですからね。……そろそろ準備はよろしいですか?」

『あぁ』

 CPから開始前の連絡が入る。既に位置に着いていた俺は、話して

いた大尉たちとの通信も切断する。

 俺が乗っている機体は、愛知の工場から白陵基地に持ち込まれた新

造機の不知火だ。白陵では組み立てまでを済ませ、仙台に移ってから

は調整や塗装が行われた。既にXM3の搭載、CPUと電源ユニット

の交換は済ませてあり、F─15C Extraで得られたデータや

蓄積されたフィードバックから関節の硬さなどを除けば、最適化され

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た機体に仕上がっている。

 装備は突撃前衛。強襲前衛でも良かったが、慣れている突撃前衛を

選んだ。

『CPより40301。その機体は新造機です。慣らし運転をしてい

ないので、無理をしないようにしてください』

 俺に就いたCPは霞だった。機体について再度注意が入る。

「40301了解。最初は慣らしながら、徐々にぶん回してみる」

『……無理をしないでください。ではJAVES起動、演習を開始し

てください』

 網膜投影に変化はないが、JAVESが起動したことを確認する。

そのままスロットルを開放し、機体を浮き上がらせた。

 ※※※

 開始地点から少し移動すると、主機を落として廃ビルの間に入って

息を潜める。今回もステージは市街地だ。

 レーダーに機影は捉えていないが、それも時間の問題。相手はこち

らが1機であることは知られている。また、一度戦ったことのある相

手だ。訓練に励み、恐らくではあるが、演習データから研究も行って

いるだろう。

 ならばすることは1つしかない。

 跳躍ユニットを全開、一気に建物よりも高く飛び上がり、走査レー

ダーを起動する。肉眼で捉えるのと同時に、レーダースコープに敵を

捉えた。

 すぐさま銃撃を浴びせられるが、跳躍ユニットと姿勢制御で弾幕を

躱していく。

 マズルフラッシュの数を数えながら、敵がどのような隊形にいるの

か確認した。

「密集隊形……!」

 開始位置からは移動していると思われるが、隊形は各小隊毎に楔形

を取っており、それが近距離ではあるがまばらに展開している状態

だ。

 移動中や浮き上がっているということもなく、完全に足を止めて打

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ち上げている。

 舐められている。俺はそう感じた。

 前回は短期間の間に何戦も経験しているためか記憶が曖昧で、いつ

どのタイミングで彼らと戦ったなんて分からないのだ。

 割と全ての演習で善戦していた記憶があるが、相手がどう感じ取っ

ているかは分からない。俺とA─01の演習が終わった後でも、夕呼

先生はあまり感想やその後の様子を教えてくれなかったということ

もある。

 すぐさま噴射降下、地表スレスレで逆噴射制動で速度を殺すと、廃

ビルを蹴って強引に方向転換。噴射滑走で敵小隊に肉薄する。

 多目的装甲を構えながら、突撃砲をバースト射撃し、敵への牽制を

行う。

 突如空から落ちてきたかと思えば、そのまま突進を敢行したことに

泡を食ったのか、回避運動を行いながら射撃を繰り出してくるも、そ

のほとんどが見当外れの方向に飛んでいき、数発が多目的装甲に当

たった。

 横切るのと同時に、前傾姿勢から脚部を前方に突き出して廃ビルを

蹴る。屈伸運動をしてその反動で180度方向を変えた。目標は動

きの遅れている不知火だ。

 多目的装甲を横に振り抜き、バースト射撃をすれ違いざまに叩き込

んだ。

『スルーズ7、胴体切断、致命的損傷。大破』

『スルーズ9、管制ユニットに被弾、衛士死亡』

 一気に2機を食い、勢いを殺さずに過ぎ去る。しかし気が変わっ

た。噴射滑走から反転倒立し、残った2機に向き直る。

 XM3の真骨頂は近接格闘戦だ。高機動戦や一撃離脱では持ち味

を活かし切れないのだ。

 静止し、残っている2機を見る。こうしている間にも、8機が襲い

かからんと集結しているが、初撃を躱して逃げれる自信があった。

『舐めてるのか、野郎……ッ!!』

 オープン通信で、顔を真赤にしている男性衛士のバストアップウィ

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ンドウが表示された。

 相手は目の前で静止しており、ピクリとも動かない。数的劣勢であ

るにも関わらず、囲まれることもよしとしているからだろう。

 ここで俺は夕呼先生の目的を思い返す。

 この演習はA─01のガス抜きを目的としているが、その他にも練

度向上やXM3の扱いの上達がある。

 まだXM3搭載機の機能を十全に使いこなせていない彼らに、発案

者であり使い手でもある俺に力を存分に振るって見せつけるのだ。

 旧OSではできない動きを再現し、実用的に使って見せる。それが

今の俺に求められていることだった。

『スルーズ1より各機へ。何故か知らないが奴は動きを止めている。

今のうちに包囲し、叩き潰す!!』

 右手で保持していた多目的装甲を捨て、背部マウントから長刀を引

き抜いた。

『多目的装甲を棄てやがった……!?』

『奴の動きは常軌を逸しています!! 考えられる可能性を超えて、対

応しなければなりません!!』

 丁度いい。新造機であり、この世界に来てから初めての不知火だ。

俺がどこまで成長しているのか確かめてやる。

『と、突撃砲まで!?』

 右手に携えていた突撃砲も地面へ棄てた。

 両手には長刀のみ。飛び道具は捨て、残る武装は両腕のナイフシー

スにある短刀のみだ。

 周囲には10機の不知火。状況は最悪だが、XM3を使い熟せてい

ない相手だ。頭に相当血が登って正常な判断もできないだろう。

 長刀を肩に担ぐように振り上げて肩部装甲ブロックに乗せ、右手を

前へ突き出す。

『なっ、』

 このような動きは戦術機にはできない。しかし、XM3を使えばで

きる。

『かかって来い、だと……?!』

202

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 掌を空に向け、親指以外のマニピュレータをクイクイと握り込ん

で、開いてを繰り返す。その動きは人間であれば意味は1つしかな

い。挑発だ。かかって来い、と、相手を煽る仕草だ。

『舐めんなッ!!』

 一斉に襲いかかってくる不知火の中で、一番近くにいた機体へ長刀

を振り抜く。相手は挑発に乗っては来たが精鋭だ。予備動作で感づ

いたのか、機体を少し傾けた。

 宙を切る長刀をそのまま振り抜き、そのまま右から近づいてきてい

た機体へ刃先を向けた。

 相手の機体、腰部弾倉ボックスに穂先が掠る。

 半包囲された時点で俺は膝を曲げて、そのままロケットモータに点

火した。

 空へ飛び、包囲の穴目掛けて噴射降下しながら残りの長刀を背部マ

ウントから引き抜く。

 飛び抜き様には、打撃支援装備の不知火へ長刀の腹を向けて横を抜

き去る。

『スルーズ11、胴体断絶、大破』

 3機目の撃墜を確認し、そのまま戦域を飛び去るなんてことはしな

い。包囲を抜けて着地すれば、再び噴射跳躍で鋭角に方向転換。敵集

団に吶喊する。

 敵部隊は混乱はしないまでも、動揺した様子でワンテンポ動きが遅

れた。

 これみよがしに、手近な機体へ長刀を向ける。上段斜めから斬り抜

き、勢いを殺すことなく、腰を捻って、近くにいた僚機と思われる機

体へ下段切り上げた。

 伸び切った腕部の電磁伸縮炭素帯は縮力で反対ベクトルに作用す

る。上段から振り下ろした速度よりも早く長刀が切り上げられた。

『スルーズ12、管制ユニット損傷、衛士死亡』

『スルーズ3、管制ユニット損傷、衛士死亡』

 次々と撃墜数が増えていく。敵も残すところあと7機にまで減っ

ていた。敵は部隊を後退させ、体勢を立て直すらしい。

203

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 ここで後退を許してしまうよりも、一気に叩いてしまえる余力は

残っていた。

 前回もそうだったが、相手が幾ら精鋭とは言えども、XM3を使い

熟せていないのだ。ましてや彼らは元日本帝国軍の衛士であったと

しても、本土防衛軍帝都守備連隊ほどの練度は誇っていない。

 俺がこれまでに経験してきた対戦術機戦闘自体が、帝国軍の精鋭ば

かりのクーデター軍だけだったことが理由になるのだろう。また、そ

の他はヴァルキリーズや第207訓練部隊等、自分のホームとも言え

る部隊での訓練しか経験していなかったということもある。

 だから前回の時点で、吹雪単機で不知火1個中隊を全滅させること

自体が異常であって、今回は訓練機でない不知火を使っているからこ

そ、遅れを取ることのない戦闘ができているのだ。

『どうなっていやがる……。吹雪の時よりも動きが機敏だ』

『アレでも抑えられていたという訳ですか』

 突撃砲で牽制射撃をしながら、後退する不知火に向かって、噴射跳

躍をする。今度も上空へ飛び、上から襲いかかった。

 既に使った戦法ではあったが、相手に確実に肉薄できるのだ。長刀

を構えながら狙いを定めた機体へと襲いかかる。

『スルーズ1、左腕部脱落』

 咄嗟に回避されたため、右手の長刀は中心から少しズレたところを

切り裂いた。肩部装甲ブロック諸共、武器と共に左腕部が地面へと落

ちていった。

 すぐさま振っていない長刀を横薙ぎにすると、隻腕の不知火は噴射

急制動と噴射反転で距離を置かれる。

 カバーする形で、別の機体がバースト射撃を繰り出してきたが、構

わず追跡をした。

 振り下ろしていた長刀をそのまま空に振り上げ、勢いを乗せて長刀

を再度上段で振った。そのまま握っていた掌を開き、長刀は回転しな

がら飛んでいく。

 流石に飛んでくる長刀には対応できなかったのか、隻腕の不知火の

胴体へと突き刺さった。

204

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『スルーズ1、管制ユニット大破、衛士死亡』

 武器が左手の長刀と短刀のみになってしまう。残っている敵は6

機。長機を撃墜したため、連携がガタガタになっている今がチャンス

だろう。

『コ、コイツ、長刀だけでここまで……?!』

『指揮を引き継ぐ!!』

 ステータスは逐次確認しているが、被弾した様子は一切ない。関節

の異常もなく、至って正常な状態だ。推進剤の残量もまだまだ残って

おり、全力戦闘は可能だ。

 数度の上空への噴射跳躍で消費したものがほとんどで、それ以外で

はあまり使っていないのだ。

 NOEでビルの合間を縫いながら周囲を確認すると、どうやら2機

が俺を追跡しているらしく、他4機をロストしていた。

 相手は2機をチェイサーに俺をアンブッシュポイントへ誘導する

つもりなのだろう。他の場合を考えるまでもなく、突撃砲の威嚇射撃

で進路誘導をされていることに気付く。

 俺はそれにあえて乗った。相手の土俵に上がった上で、叩き潰すつ

もりなのだ。

 散解されれば各個撃破は困難になるが、纏まっているのならば叩き

やすい。それに、俺は飛び道具を持っていない。敵はそこをアドバン

テージとし、中・近距離での砲撃戦を仕掛けてくるだろう。

 予測されるアンブッシュポイントを算出し、誘導にわざと乗りなが

ら反撃のチャンスを見定める。そしてその時はやってくる。

 市街地の中にポツンと存在する公園だったところ。そこに誘い込

まれた俺は、攻撃を待つことなく待機しているであろうポイントへ飛

び込んだ。

『嘘ッ?!』

『スルーズ5、胴体断絶、大破』

 胸から腰までを斜めに切り落とした不知火が撃破判定を食らう。

 立ったままになっている下半身を蹴り倒し、そのまま再び公園へと

踊り出る。隠れていた不知火が3機出てきており、目の前には5機が

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並んでいる。

 迷うことなく残敵へ飛び込む。平面で回避運動を行う敵機に三次

元機動をしながら、近い敵に手当り次第長刀を振るう。それでも敵は

砲撃戦を選んでおり、少し距離を取りながらバースト射撃を繰り出

す。

 高機動ばかりしていると推進剤はみるみるなくなっていくが、気に

することはなかった。敵機は1機、また1機と突撃砲を捨て始めてい

た。

 数的劣勢でありながらも、5機相手に機動戦をする俺を相手に、リ

ロードをする余裕はなかったからだ。

 近接格闘戦を相手が選べば、こちらのものだと言わんばかりに機動

制御で翻弄して見せる。

『スルーズ10、管制ユニット大破、衛士死亡』

『スルーズ6、胴体断絶、大破』

『スルーズ8、胴体断絶、大破』

『スルーズ5、管制ユニット大破、衛士死亡』

 そして残すところ1機となった。

 アンブッシュポイントになっていた公園には、4機の不知火が転

がっている。どれも真っ二つにされており、もう動くことはない。向

かい合う不知火も、既に武器は長刀1本となっていた。

 俺は左手に持っていた長刀を後ろに投げ、右手の長刀を地面に突き

刺した。

『な……』

 ナイフシースから短刀を2本抜き、左手を逆手、右手を順手に持つ。

『なめるな……ッ!!』

 相手の不知火は両手に握り込んだ長刀を上段に構えながら、水平噴

射跳躍で突っ込んでくる。

 後少しのところでひらりと躱し、回転運動をそのまま続けてすぐ後

ろで振り返ろうとする不知火の左足を切り落とす。

 ガクリと姿勢を崩したが、間髪入れずに支え手になっていた左腕を

落とすと、そのまま右足を落として、最後に右腕を落とした。

206

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 四肢をもがれた不知火が公園に転がり、まだ光の灯っている頭部モ

ジュールに短刀を突き立てると同時に演習終了の通信が入った。

『……演習終了。お疲れ様でした、白銀さん』

 淡々とした霞の報告を聞き、俺は深く息を吐く。地面に転がる不知

火を見ながら、思わず呟いてしまった。

「これでいいんですかね、先生……」

 脳裏に「やっぱりアンタは変態よね〜〜〜〜」とチェシャ猫のよう

に嗤う夕呼先生の顔が浮かんだ。そしてすぐ、それは本当のこととな

るのだった。

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episode 22

   ﹇1998年8月10日 国連軍仙台基地 TF─403ハン

ガー﹈

 数日の間に分けて行われたA─01との演習も恙無く終わり、6日

間戦い続けた不知火は分解整備が行われることになった。

 荷解きも終わり、夕呼先生の執務室に居たところでやることのない

俺は、ハンガーに来て整備の様子を眺めていた。

 演習に関してだが、夕呼先生の評価はハッキリ言って分からない。

ただ、A─01の練度に不満があることだけは伝わった。

 同型・XM3搭載機である上に、1対12という形式であるのにも

関わらず、A─01は全敗したのだ。全ての中隊と戦った後の戦績で

は、俺の被撃墜は0。小破すらも1回ある程度だった。

 一方で、A─01は数的劣勢な上に近接格闘戦で完封されてしまっ

ている。初戦以降も基本的には長刀しか使っていない俺を、彼らは一

度も撃墜することができなかったからだ。

 A─01内がどのような様子になっているのかは分からない。し

かし、いい顔をしない衛士は少なからずいるというのは、何となく察

していた。

 変態衛士という言葉で片付けることはできるが、条件は同じ相手に

中隊で襲いかかっても勝てないからだ。なまじ経験がある精鋭であ

るが故に、外へ理由付けをしたところで、結局のところ自分に理由が

あることは理解しているのだ。

「もおおぉぉぉぉーーーっ!! 蓄積データの吸い出しが終わんない

よぉ〜〜〜!!」

 純夏や霞ならば、先生から何か聞いているかもしれない。

 そう思った俺は、キャットウォークの上でラップトップを睨みなが

ら吠えている純夏を見上げた。

 見慣れた国連軍C型軍装姿で頭を抱えながら叫ぶ純夏は、機体の

ハードディスクに保存されている蓄積データの吸い出し作業をして

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いた。

 装甲板や外装パーツの取り外しが進み、キャットウォークが機体に

取り付けられたからだ。

 作業着姿の整備兵がせわしなく動き回っているが、胸部辺りの

キャットウォークにはアビオニクス系を弄る整備兵しか使わない。

今回は管制ユニットの点検は既に終わっているからだ。また、アビオ

ニクスを点検する整備兵は頭部モジュールの方に取り付いており、

レーダーやセンサーに付きっきりになっているのだ。

 整備兵に混じって軍装姿のままキーキー叫んでいるのは純夏だけ

で、整備兵たちはそんな彼女に意を介さない様子で黙々と整備を進め

ていた。

 そんな彼女を邪魔したら悪いと思い、霞を探す。

 どうやら不知火の分解整備に霞は参加していないらしく、辺りを見

渡して見ると、隅に置かれたデスクに腰掛けているのが見えた。

 俺はそちらに向かい、霞の腰掛ける椅子の隣に座った。

「よぉ、霞」

「……こんにちは、白銀さん」

 淡々と返事を返してきた霞だったが、俺の顔を見ることはない。ど

うやらラップトップの画面に集中しているようだ。

 当然ではあるが、俺には何をしているのか分からない。深く聞いた

ところで理解できるか分からないので、俺は早速本題に入ることにし

た。

「霞はA─01について何か聞いているか? 今回や前回の演習につ

いてや、XM3に関わることでいいんだ。何かあるか?」

 霞は俺の顔を一度見ると、ラップトップに視線を戻す。

 元々表情の多い娘ではないが、それなりに長い付き合いになってき

ている。少しばかりの顔の動きや仕草、雰囲気で何となく読み取るこ

とができるようにはなっていた。

 忙しい時に俺が話しかけてきたことには、特に不快や不満は思って

いない様子。画面の方に視線が戻ったのは、解答に困っているから

か、もしくは頭の中で整理しているかのどれかだ。答える気がない、

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ということもあり得ないように思えた。

「……XM3は評判がよく、部隊の生存率の向上にも繋がったことは、

白銀さんも知っていることだと思います」

「そうだな。光州作戦時に投入された2個大隊の被撃墜機数は27。

内1個大隊がXM3を搭載した不知火を乗機にしていて、それに限れ

は4機。36分の4は異常な数字だ」

「……はい。また、XM3の売りである『先行入力』・『キャンセル』・

『コンボ』の機能を使いこなすため、日夜特訓を重ねていると聞いてい

ます。XM3を円滑に動作させるために導入された新型CPUや電

源ユニットによる副次効果として『即応性3割増し』から得られるも

のから、より繊細な入力と機動制御を行うことによって、売りを全て

理解せずに運用している衛士が多いのも事実としてあります」

「それは考えられたことでもあるよな。一応、配備する際に注意され

ていることだと思うんだけど?」

「……マニュアルにも記載されていることがらですから、繰り返し読

み込んでいるのならば頭に入っている筈です。CPUと電源ユニッ

トによる恩恵がXM3の長所ではない、と。皆さん頭では理解してい

るようですが、それを身体に反映されていないんです。意識的にXM

3を使おうとしているのは大尉以上の中隊長や大隊長と新任衛士だ

け。それ以外の衛士は何かしらを全く使用していない状態にありま

す」

「ナルホドな。XM3については分かった。A─01自体はどうなん

だ?」

 俺がそう言うと、霞はタイピングしていた手を止めた。何かあった

のだろうかと言葉を待つが、返事はすぐに帰ってくる。

「……白銀さんの思惑通り、とは行かなかったみたいです。光州作戦

後と、今回の演習で意識が変わったのは、先程も言ったように大尉以

上の人と新任衛士だけです。それ以外の方は白銀さんに対して敵愾

心を燃やしているものの、白銀さんに殲滅されてしまった理由をXM

3を使い熟せていないことだとは思っていないようです。あくまで

皆さんはXM3を使い熟せており、白銀さんに破れたのは白銀さんの

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乗機を不知火とは別物だと考えていること。そして、白銀さん自身が

経験の浅い新任であることからくる幸運ではないかと思っているよ

うです。今回の演習で通信ができたこと、白銀さんの声を聞いて年少

者と判断したことが理由となるようです」

 つまりはこうだ。自分たちは上手く使えているつもりであり、自分

たちの敗因は俺が不知火の革を被った別物の上等な機体に乗ってい

る、もしくは俺のビギナーズラックだ、と思っているらしい。

 確かに演習の直前、相手から俺のことを貶めるような発言はあっ

た。それを諌める中隊長や大隊長の声も毎回聞いている。そして、全

ての部隊に言えることだが、XM3を十分に扱うことができれば回避

できた攻撃も回避できていなかった。

「……博士はA─01に招集、再度A─01に対する再訓練を命じま

した」

 演習結果を見て判断したのだろう。まさか隊長を通して連絡する

手段は取らず、自らが彼らに命じたのだ。強い反発は想像に容易い

が、それも込でやったのだろう。

「……A─01から反発は少しありましたが、概ね従っているようで

す。再度座学から見直し、シミュレータから訓練、実機演習は当分先

になるようです。そのため現在、A─01の不知火は大規模分解整備

を行っています」

 実機で訓練を行わないのならば、使うのが当分先である不知火の分

解整備が行われるのも頷ける。前の世界では12機だけだったこと

もあり、分解整備を行うにしても大した工期を取ることはなかった。

しかし今は連隊規模を抱えるA─01だ。108機の戦術機を整備

するには時間が必要になる。

「……これと同時にA─01に対してのみ、白銀さんの存在が知らさ

れました。今まで演習で相手にしていた単機の吹雪、不知火の衛士の

存在と、その所属もです」

「このタイミングでか?」

「……はい。今後、A─01と白銀さんは何らかの形で共闘する可能

性があるのではないか、と考えられます。連携を円滑に行うことと万

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が一の場合に備えてのことだと思います」

 夕呼先生が何を考えているのか分からない。俺はまだ14になっ

たところだ。そんな少年兵と言える衛士の存在を公にしてしまえば、

オルタネイティヴ4と夕呼先生の立場が悪くなる。

 しかしながら、オルタネイティヴ3の件を考えれば世論の風当たり

が悪くなるというだけで、結局極秘計画である性質上、関連組織に情

報を開示したところで大した問題にはならないのだろう。

「どの程度の情報開示だったんだ?」

「……白銀さんの氏名、所属部隊、経歴くらいです。経歴に関して言え

ばほとんどがダミーになります。一応、第207訓練部隊卒というこ

とになっていますが、帝国軍ではなく国連軍になっています。前の世

界の情報のままではありますが、現在のA─01に配属される新任少

尉の全員が帝国軍第207訓練部隊卒です。確認のしようがありま

せんし、白銀さんのデータの機密レベルは高く設定されています。そ

の他にXM3発案・開発衛士、光州作戦・本州防衛戦参加、その他の

戦歴は閲覧不可です」

「表面だけ見れば精鋭だな……」

 苦笑いをして返す。

「……ですが階級は少尉、任官から1年経っていないです。また、TF

─403は極秘不正規部隊であり、白銀さんはその最期の生き残りと

いうことになっています。皆さん、複雑そうにしていました」

「複雑かもしれないな……」

 その話自体、俺自身が複雑に感じてしまうのだ。

 TF─403は極秘不正規部隊であり、俺は最期の生き残り。まる

で"ヴァルキリーズ"のようだ。

 不安気に俺の顔を覗き込む霞に、俺は努めて明るくリアクションし

た。

「でもまぁ、間違っちゃないし、俺は元々TF─403に1人の衛士だ

!! 最も、基本的には夕呼先生の小間使だしな」

「……そうですね」

「そこは否定してくれ!!」

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 ハッと思い辺りを見渡して見たが、よく考えたら俺たちの話してい

る内容はかなり機密レベルの高いものだ。万が一聞かれでもしたら、

不味いことになるかもしれない。

「……気にしなくても大丈夫です。この喧騒の中ならば聞かれませ

ん。それに、ここには盗聴器の類いはない筈です。博士が調べさせて

ましたから」

「そうか。サンキュー、霞」

「……どういたしまして」

 少し視線を反らして、キャットウォークの上にいるであろう純夏の

方に目を向ける。

 どうやら蓄積データの吸い出し作業は終わったらしく、今度はその

ままアビオニクス系の点検を始めているようだ。ハードウェアは整

備兵に任せ、ソフトウェアの方を見ている様子。変わらずラップトッ

プの画面を注視しており、その表情は真剣だった。

「……これまでの任務」

「ん?」

「……これまでの任務でも分かっていたことです」

 タイピングしていた霞の手は止まっており、しかし視線は画面に向

けたままポツリと言葉を漏らす。

「……TF─403はオルタネイティヴ4のための任務ならば何でも

遂行する部隊です。そうA─01にも説明されました」

「そう、だな。今の処、単機で激戦区だけどな」

「……激戦区なのはA─01も同じです。ですが、白銀さんは"単機

"です。僚機もいなければ、部隊もいない。CP将校すらいません。

光州作戦ではいきなり潜入任務。幸い、後ろ暗いところではなかった

ようですが、今後はそういった部隊への潜入も考えられます」

 霞の言っていることは、俺にも想像できていた。いきなり光州作戦

で潜入任務、同陣営の別部隊に身分を偽って入り込んだ。それがも

し、明らかに敵対している陣営の部隊だったならば? 後ろ暗いとこ

ろのある部隊だったら? そうなった場合、光州作戦の時程上手くい

かないだろう。

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「……オルタネイティヴ4のための潜入任務や、激戦区での単独行動。

それがTF─403に与えられる任務です。それが全て人類の生存

と勝利に繋がる足掛かりになります」

 確認するように霞は言って続ける。

「……A─01の皆さんにもこのことは伝えられています。A─01

では耐えられない任務をTF─403が代わりに受けている、と」

「それは……そうかも知れないが。これまでに受けた任務は、俺でな

くても問題なかったんじゃないか?」

「……白銀さんでなくてもよかったかも知れません」

「んが」

「……ですが、香月博士の思惑を汲み取って作戦に参加し、帰ってくる

ことができるのは白銀さんだけです」

 俺は察しの悪い方ではあるのだが、確かに夕呼先生の考えを汲み

取って行動できているかもしれない。大陸派遣軍が開ける穴を塞ぐ

こと。XM3の実戦試験とトライアルを行うこと。帝国に恩を売る

こと。00ユニット素体候補を探すこと。俺が行動することで、それ

ら任務は完遂されていった。最も、00ユニット素体候補を探すこと

に関しては、俺自身は見抜けないまでも、一応遂行することができて

いたようだったが。

 それでも、俺はそれだけのことを行った。俺だけにしかできないこ

とをやったのだ。

「俺でなくとも問題ないこともあったが、そうかもしれないな」

「……そんなことありません」

「そうか?」

「……はい」

 大きく息を吐く。TF─403の存在理由を考え、自然とそうして

しまった。

 元々、俺を身近に置くための方便だった。それを表向きでは、A─

01の予備的な扱いする部隊、とされていた。その表向きの理由が、

設立した本人の手で変えられてしまっていた。しかし事は悪い方向

へと動いてしまっている。片や崩壊すると分かっている作戦への投

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入、片や様々なタスクを抱えての防衛戦参加。A─01と比べ物にな

らない程、任務の難易度は高く、それに比例するように生存率は落ち

ていくのだ。

 TF─403はA─01のスケープゴート部隊なのだ。より難易

度の高い任務を遂行する、帰還率最低の戦場へ赴かなければならない

部隊。

「ま、大丈夫だろ。今後想像できる任務もそう多くないと思う。明星

作戦、本土奪還はあるだろう。他には想像したくないが、政治的なも

のとかある……のか?」

「……分かりません」

「だよなぁ」

「……恐らく異動命令が出ます」

「は?」

 霞は唐突に切り出した。俺は思わず呆けてしまったが、すぐに気を

引き締める。

 仙台に引っ越しした後は休暇ではなくなる、と言っていた。それは

A─01との演習が入っていたからとも考えていたが、演習後も音沙

汰がなかった。終わったのは昨日の話ではあるが、別に待機だとか言

われていない。

「……帝国軍白陵基地です」

「この前引っ越してきたばっかりなんだケド??」

「……私も詳しいことは分かりません。ですが、一時的に白陵基地へ

出向することになると思います。これは確実です」

 霞は整備されている不知火を見上げ、いつもの調子で話す。

「……いつのことか分かりません。ですが、佐渡島が陥落した後にな

ります」

「分かった」

「……はい」

 それだけ言うと、ラップトップを閉じた霞は立ち上がって俺の方を

向いた。

「……またね」

215

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「あ、おう、またな」

 ラップトップを抱えて格納庫から出ていく後ろ姿を見送り、俺しか

いないデスクで独りごちる。

「まだ始まったばかりだ」

 ※※※

 ﹇1998年8月14日 帝国軍長浜仮設基地 屋外ハンガー前﹈

鉄少尉

イーグル1

 あの日、

から救出された後、五摂家が1つ祟司家嫡女の祟司

 恭子様率いる帝国軍救出部隊によって回収された私たちは、BET

Aを退けた京都市街のある野戦病院で目を覚ました。近くには私と

同じく生還し、軍医からメディカルチェックを受けている衛士たちに

囲まれていた。

 あの時救出された私、和泉、山城さんの3人は、一時的に恭子様の

斯衛軍第3大隊の庇護下に置かれた。私は負傷していなかったが、重

傷の山城さんはすぐさま手術が行われ、戦術薬物によってまともな受

け答えのできなかった和泉は軍医のところへと連れて行かれた。斯

く言う私も、同じく軍医のメディカルチェックを受けることになった

のだが。その途中でどうやら眠ってしまったらしい。

 そんなところで目を覚ました私に待ち構えていたのは、戦術薬物の

投与によって気付くこともなかったことだった。私たちが守ってい

た嵐山補給基地はBETAによって陥落。斯衛軍第332独立警護

中隊は私たち3人の除いて全滅。

 後者については、当時の私は重金属雲下でのデータリンク障害で発

見できなかったのだと思っていた。だから斯衛本隊に合流すれば如

月中尉や、他の生き残りと合流できると考えていたのだ。しかしそれ

は誤りだった。

 如月中尉以下私たちの除く残存機は嵐山補給基地直掩に向かう途

中、私たちが通過しようとしていた老ノ坂峠で光線級照射によって全

機撃墜されていたことが分かった。

 後のことは簡単だ。山城さんは重傷のため、戦列復帰はしばらく無

理だと判断されたが、私と和泉は事後処置によって戦線復帰が言い渡

された。

216

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 第3大隊指揮下の生き残り中隊に編成され、京都防衛戦に再投入。

一度実戦を経験した私たちは、新任よりも少しばかりは役に立っただ

ろう。誰かが撃墜され、誰かが補充される。それの繰り返しを目の当

たりにしながら、京都で戦った。

「唯依……」

「分かってる。悔しいよ……私は、私たちはまだ、手が届くのに」

「忠道の仇、皆の仇、まだ足りないよ……」

「うん……」

 手荷物なんてない。否、私にはお父様から頂いた懐中時計。和泉に

は彼女の許嫁の写真が入れられたペンダント。それくらいしか物は

なかった。支給された斯衛軍の軍装と、少し着ただけの強化装備を

持って流れ着いた仮設基地に羽根を下ろした。

 和泉は初陣で機内にペンダントを持ち込んでいたが、私は基地に置

いてきていた。奪還できた基地の中から見つけ出した懐中時計だけ

が、それまでの私の歴史を刻んだモノだった。

 長らく大津で進退を繰り返していたが、BETA侵攻を抑えきれず

に放棄。琵琶湖対岸の長浜に異動してきたのだ。荷物は最小限、そう

命令された私たちはそれだけを持って来たのだ。

「……ねぇ、唯依」

「何?」

 戦闘時ではない時、和泉は遠くを見る目になることが多くなった。

それは初陣前よりも遥かに。

 彼女の心中に何が渦巻いているのかは想像に容易い。だが、私はそ

のことについて聞く気はなかった。私は医者じゃないし、家族でもな

い。

 和泉は私に呟くように言った。

「これからどうなっちゃうんだろう……」

 それは私も何度も考えてきたことだった。戦闘時でない時。基地

内で食事している時や、寝床で仮眠をしている時。隣に並ぶ友人や知

り合って間もない戦友たちの顔を眺めながら。

 皆、焦燥し切っていた。目の前で友人を、家族を、愛する人を失っ

217

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ている。そんな中で生き残った、私と同じ学徒兵たち。正規軍人なら

ば違ったかもしれない。それでも、私たちは満足に訓練も終えていな

い"学徒兵"なのだ。

 京都の街を歩いた時に見かけたことがあった。砲撃でできた穴に、

黒い死体袋を放り込んでいる様子を。それを見てか、ふと頭の中に浮

かんだフレーズがあった。

「いつからだろう。生者が死者の数を数えるのをやめたのは……」

 和泉には聞こえていなかったようだ。

 私は切り替えて答えた。

「分からないよ……。でも私たちは斯衛の衛士。だから戦わなくちゃ

いけない。この国と国民と、皇帝陛下や将軍殿下を守護するのが私た

ちの任務なんだから」

「そう……だね……」

 静かになった和泉は、胸の前で両手を握り込んでいる。十中八九ペ

ンダントを握っている。私はその様子を見て、右のポケットに入れて

いた懐中時計に布越しに撫でた。

218

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episode 23

   ﹇1998年8月16日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執

務室﹈

 00ユニットの製作をできるだけ進めておこうなんて考えて、アタ

シしか入ることのできない部屋で作業を終えた。

 グレイ・ナインがなければ量子電導脳は製作できない。最も、アタ

シの手元にはナインはおろかG元素自体がない。現在のG元素保有

国はアメリカだけということもあり、政治的取引で手に入れることも

難しいだろう。現在、凄乃皇を製造するためにXG─70bとXG─

70dをオルタネイティヴ4の権限で接収するために交渉中でもあ

るのだ。これ以上アメリカに要求するには何かしら貸しを作るか、ア

メリカから取り上げる最もな理由を作るしかない。しかし現状、アタ

シにそれをする手立てはないのだ。

 G元素を手に入れる手段はある。それに、これは決めていたことで

もある。

 前の世界通りにBETAの侵攻を許し、G元素が生成されるハイヴ

を建造させる。横浜と佐渡島を明け渡すのだ。

 BETAの好きにさせるつもりは毛頭ない。だが、これも確実に手

に入れるのならば仕方のないこと。アタシは人類を救うためならば

鬼にでも悪魔にでもなる。神だって殺してみせる。

 それと、オルタネイティヴ5推進派やオルタネイティヴ4反対派の

好きにさせるつもりもない。だから、横浜ハイヴ攻略時にG弾を落と

させるつもりもない。

 自分他数人しか入室することのできない執務室に入ると、数日しか

いないがいつもと違う雰囲気を感じ取った。

「……いるんでしょ、鎧衣」

「おや、バレていましたか」

 棚の影から姿を現したのは、今どきあまり手の入らない上質なスー

ツに身を包んだ壮年の男。自称帝国の犬であり、帝国情報省外務二課

219

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 課長の鎧衣 左近。食えない男だ。

「本日も相変わらずお美しいですな、香月博士」

「はいはいアリガト。……それで要件は?」

「いつもならば食ってかかるとまではいかないまでも、悪態を吐くと

ころではありませんか? 流されるとさしもの鎧衣 左近、傷つきま

すぞ」

「御託はいいわ」

「……アメリカ政府との交渉はほとんど確定のところまでは取り付け

ました。現在、"バージニア"では1機が倉庫から出されて分解中。

もう1機は凍結解除申請中とのこと」

「確定なんでしょうね?」

「勿論ですとも。私がこの目で確認してきました。それと"アーリン

トン"から"ノーフォーク"への輸送部隊の手配、第2艦隊の船団護

衛任務も確認しています。しかし、ひと押し足りませんですなぁ。分

解中のものは分解整備という建前で行われております」

「奴らの目的は?」

「1998年7月14日。帝国軍白陵基地から、予定にない戦術機が

1機出撃しましてね。どうやら京都を目指したそうですな。しかも

見慣れぬ機体、見慣れぬ装備ときたもんです」

「そ。アタシは研究室に籠もっていたからね、そんなことがあったな

んて知らないわ」

「おや、そうですか? ではこの話はどうです? BETA本土上陸

から京都まで、各戦場で目撃されたF─15Jの話。いつも単機で現

れ、1機で戦術機部隊並みの働きをして姿を消す。他のF─15Jは

おろか、最新鋭の戦術機ですら再現不可能な機動制御は衛士の腕か。

もしくは、機体に何か秘密でも? 上陸が確認された次の日、白陵基

地からは輸送機が飛び立ってましたな。積載していたのはF─15。

はて、このF─15は一体なんだったのでしょうな」

「知る訳ないでしょ、アタシが」

 大ぴらに動いていたことが全て、アタシが手を引いていると帝国は

睨んでいるのだろう。F─15Jの話は全て、白銀のF─15C E

220

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xtraのことなのだ。

「それは残念です。計画の専任部隊に、新しい部隊が設置されたと聞

いていたものですから、てっきりその部隊の機体なのかと」

「機体はないわよ。部隊は設置したけどペーパーユニット、人員を

プールするところよ」

「成程。……では知りたいことも知れましたので、私は情報省にでも

戻ります。近い内、2機とも輸送ができるといいですな」

 鎧衣はそれだけ言い残すと、アタシの机によく分からないこけしの

ようなものを置いて去ってしまった。

 こけしのようなモノを手にとって見てみる。インディアンが作っ

た木造彫刻柱のようなもののようだ。先端の造形が変な顔をしてい

て気味が悪い。

 机の隅にそれを置いて、椅子に腰掛ける。

「ほぼ確定、か」

 鎧衣にはオルタネイティヴ4がかなり進んだことを伝えてある。

だからこそ、これまでに交渉していたものの接収を進めたようだ。も

う少しすれば運び出しも可能になるだろうが、アタシとしては本位で

はない。

 運び出すのならば、来年の秋前が丁度いいだろう。

 ※※※

 ﹇1998年10月3日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執

務室﹈

 A─01のガス抜き以来、特段出撃することもなく定期的に機体を

動かしたり、霞と純夏の戦術機カスタムに付き合わされたり、時々A

─01相手に演習をしたりしていた。

 前線の情報は逐一入っており、徐々に東へ後退を続けているのを歯

痒く感じていた。しかし、俺が喚いたところでどうすることもできな

い。俺が出撃したところで、前線には戦術機が1機増えただけで何ら

変わること等ないのだ。

 だったら俺のするべきことがあるだろう、と毎日訓練や基地内では

あるが何ら変わらない日常を全力で楽しんだ。

221

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 しかしながら、衛士になると張り切っていた純夏だが、自主訓練が

功を奏したらしい。いっぱい食べていっぱい働き、いっぱい寝て、

いっぱい訓練なんて生活を続けていた。そんな普通の訓練兵ならば

体験しないような毎日を過ごしていると、みるみる身体ができあがっ

ていったのだ。

 細くてもしなやかな筋肉。いくら走っても余る体力。しかしそれ

だけである。

 幾ら自主訓練をしていても、比べる相手や教官がいなければ満足な

ものにはならないのだ。

 今の純夏はバカだ。だから俺が毎日の自主訓練を俺が見て、かなり

キツいものをやらせていたとしても、本人はそれで訓練になっている

と本気で思っている。

 俺も教官をできる程経験を積んだ訳でもなければ、人に教えるのも

上手いと思ったことはない。だから俺は純夏に「訓練部隊に入る準

備」と言ってあるのだ。そもそも座学を教えていないしな。

「今期の第207訓練部隊が任官したら、仙台に移設するわ」

「そうなんですか?」

 執務室の整理をしていると、夕呼先生がそんなことを言い出した。

 最近の夕呼先生は、基本的に暇をしているというか余裕が見て取れ

る。時々熱が入って、研究に没頭することもあるくらいで、規則正し

い生活をしているようなのだ。

 床に散らばった資料を片付けながら、俺は夕呼先生の話に耳を傾け

る。

「そーよ。前線が岐阜まで後退して時間が経っているの」

「……長野に入れば侵攻が停滞しますね」

「えぇ。そうしたらアメリカが日米安全保障条約を一方的に破棄して

在日米軍を引き上げるわ。既にその動きは捉えているのよ」

「歴史は繰り返す……使い方は違いますが、オルタネイティヴ4を遂

行するためには必要なことですよね」

「アメリカを敵に回しておくには、もう少し日本で戦力を削って欲し

いところではあるのだけれど、そうも工作できないから仕方ないの

222

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よ。前の世界でも、アタシは工作して失敗したし」

「そうだったんですね……」

 既に岐阜以西はBETAの手に落ちているのだ。現在は中部の3

軍と関東全域・東北から捻出された帝国軍が前線で攻防を繰り広げて

いるんだとか。

 帝国軍司令部を松代に移してから、そこそこ時間が経っているとい

う。

「関東にBETAが入ってから、A─01を出すって話覚えてる?」

「覚えてます。ずっと出さないのも内外的に問題あるんですよね?」

 カタカタとパソコンに何かを入力しながら、夕呼先生はそんなこと

を切り出した。もうそろそろ準備をしなければならないのだろうか。

片付ける手を休めることなく、00ユニットに関連する資料を見た。

「その時にTF─403も出撃よ。これまでとは違って、A─01に

同行」

「単独行動じゃないんですね」

「当たり前よ。関東圏での戦闘は帝国軍と国連軍がごちゃごちゃに

なって戦うの。司令部は別々でも、担当戦域がとっ散らかってて結局

どこのHQからの指示も受けることになるわ。アンタみたいな不審

機体、速攻序盤に手空きの部隊に囲まれて連行よ」

「酷い……」

「ま、アンタも知っての通り、関東圏での戦闘は多摩川絶対防衛戦で守

りきれる」

 その理由が、恐らくA─01の投入なのだろうか。それまで度重な

る防衛戦で疲弊と摩耗を繰り返している前線部隊にとって、損傷のほ

とんどない連隊規模の戦術機甲部隊は頼もしい増援なのだ。

「早いとこ、アタシの手駒はまとめて置きたい、ってのがA─01に伝

える内容」

「指揮系統が独立してますからね、A─01って」

「……それとアンタには他に頼みたいことがあるのよ」

「頼みたいこと?」

「そ」

223

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「いつもの奴ですか?」

「んな訳ないでしょ。いや、それもあるけど、わざわざ頼まなくてもア

ンタは見せつけてくるに決まってるわ。……アンタに頼むのは、撃墜

されたA─01の戦術機の爆破よ。そうでなければ、CPUと電源ユ

ニットのある部分を破壊するだけでもいいわ」

 悪びれることもなく、夕呼先生は言い放った。

「と言っても、やるのは戦闘が終わった後よ。アンタは単独ないし残

存A─01部隊と共に、撃墜機体の捜索と破壊をするだけ」

「そこまでして帝国と国連にXM3を渡さない、と」

「今はまだね。興味をできるだけ惹いて、カードを切る。今はまだそ

の時ではないの」

 夕呼先生の考えていることは分からない。だが、俺からしてもまだ

XM3を外に出すには早すぎると思うのだ。

 まだもっといいタイミングで、大きなリターンになる使い所がある

筈なのだ。それにXM3の開発が止まっているのにも理由がある筈

なのだ。俺の機体に搭載されているXM3からは、戦闘後必ずデータ

の吸い出しが行われているが、アレは蓄積データを解析して次のもの

へ繋げるためだろう。

「今月中には待機命令を出すだろうから、それまでは暇してていいわ

よ」

「了解」

 A─01は極秘部隊だ。存在していることにはなっているが、所属

する衛士の素性が明かされることはない。甲21号作戦で凄乃皇弐

型と共に佐渡島で自爆した伊隅大尉は、死亡理由を「教導中の事故死」

と処理された。前の世界でもあったことだ。あの後も、ヴァルキリー

ズの先任は次々と亡くなったのだ。きっと同じような内容を遺族に

送っていたに違いない。

 分かっている。分かっているからこそ、遺体も遺品も焼却処分され

ることを分かっているからこそ、XM3のために戦って死んだ戦友の

亡骸を雑に扱うことができるのだ。

 ドキュメントファイルに纏めた書類を閉じながら、俺は近くに落ち

224

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ていた戦死通知書を見つめた。

 ※※※

 ﹇1998年11月21日 国連軍仙台基地 エプロン﹈

 訓練が予定されていた戦術機部隊が発着することはあれど、ほとん

ど出入りがないエプロンには世界各地に国連軍があれどここでしか

見ることのできない、国連軍仕様の不知火が堂々たる佇まいで整列し

ている。

 俺はその列に紛れていた。

『これよりA─01は西関東防衛線へ進発する』

 連隊規模の不知火が列を成し、それぞれに搭乗する衛士は険しい表

情を浮かべていた。その目に映っているのは、今も侵されんとしてい

る故郷の光景だった。

 全員の通信回線で訓示をしているのは、A─01を任されている連

隊長。白陵基地やここに引っ越してからも何度か見る機会があった

が、こうしてまじまじと顔を見るのも始めてだ。

 経験豊富な国連軍の衛士で、元々帝国軍の衛士でもあった。彼もま

た、夕呼先生の策略によって国連軍へ転属になった内の1人なのだ。

『光州作戦からこれまで、我々はBETAによって祖国を侵されるの

を黙ってみていることしかできなかった。しかし、香月博士はこの怒

りをぶつける機会を与えてくださった』

 A─01はほとんどが日本人で構成されているが、少なからずBE

TAによって故郷を追い出された人もいる。だからこその言い回し

なのだ。日本人は現在進行系であり、それ以外は過去形。分かってい

るからこその言葉選びをしている。

『我々は未だ未熟だ。XM3という画期的なOSを頂戴したにも関わ

らず、発案者・開発者の満足行く程の練度を得られていない。まだA

─01たる資格を得ていないのだ。それでも、この実戦に於いてその

勇姿を見せろとのご命令だ。ならば応えようではないか。我々はた

だあぐらをかいて訓練していたのではないことを。関東へ向かい、帰

還した我々は誰1人として欠けないことを』

 夕呼先生はXM3について、自分はCPUと電源ユニットを提供し

225

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たに過ぎないと伝えている。発案者はオルタネイティヴ4の人間で

あり、開発も同じく夕呼先生の部下が作ったことになっているのだ。

そして、その双方がA─01の技能について満足していないことも。

 技術者畑の人間が実戦のなんたるかを知っているのかと憤慨する

ところかもしれないが、彼らは夕呼先生の言を知っているのだ。技術

者でありながらも、実戦を考慮した上で無茶なことを言う。できない

のかと挑発するのだ。それを彼らは見返えそうと奮起していた。

『今回の任務はTF─403も加わり、不甲斐ない我々のために力を

貸してくれる。我々は試されていることも心しておくように』

 CPから一斉に出撃命令が下る。

『A─01、出撃!!』

 109機の不知火が一斉に飛び上がり、仙台の空を埋め尽くす。目

標は国連軍館山基地。東北から捻出された国連軍部隊が一堂に会す

る前線基地の1つだ。

 A─01から遅れること、俺も彼らの後を追うように噴射跳躍を開

始したのだった。

226

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episode 24

  ﹇1998年11月21日 国連軍久留里基地﹈

 佐渡島陥落の報せは10月下旬頃には届いていた。実に呆気ない

最期だったらしい。

 長野まで進出したBETA群は北進を開始。福井・石川県を落とし

て能登半島東端の珠洲市から日本海へ潜行、佐渡島へ渡った。帝国軍

と国連軍は早々に石川県放棄を決めていたため、あまり抵抗をするこ

とがなかったことから、呆気ない陥落だったのかもしれない。

 佐渡島へ渡ったBETAは侵攻停止。これは佐渡島にハイヴを建

設しているからだと思われ、偵察衛星から建設は確認されたため確実

となった。

 これを機と見たのか、アメリカ政府は日米安全保障条約を一方的に

破棄。残存在日米軍を米海軍第7艦隊毎引き上げることになった。

横須賀基地はもぬけの殻となり、長野県に展開していた守備隊も徐々

に後退していったのだ。

 日本帝国政府は強い反発とアメリカ政府に対する非難が当然のよ

うに始まり、国際世論にもアメリカの行いに疑問があがった。しか

し、アメリカはアメリカ至上主義の国だ。また、BETAに攻められ

ていようが、国力が世界で一番ある。当然のことながら、何処吹く風

の態度で強引に傍観者へと移ったのだ。

 しかしながら、在日米軍司令部は帝国軍と極東国連軍に置き土産を

置いていった。F─15C含む戦術機やその予備パーツ、突撃砲・戦

車・自走砲・ロケット砲等の弾薬、医薬品・日用品・食料まで。引き

上げに際し、輸送艦や空母に載せきれないから任せた、と。

 帰還後どうなったかは分からないが、米軍の将や引き上げていった

米軍の軍人たちへの評価はそれほど悪くはなかったのだ。

 そうこうしていると、佐渡島ハイヴの建設が落ち着き、これと同時

に長野県に停滞していたBETA群が南下を開始。関東北東部で防

衛戦が始まったのだ。

 これをしている間に首都機能の移転やら色々始まり、俺たちに直接

227

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関わりのあるものとして第207訓練部隊が仙台に移ったり、オルタ

ネイティヴ4の研究施設移転も完了した。

 俺を含めたA─01が仙台を出撃した頃には、首都圏が戦場になっ

ている頃だったのだ。泥沼の防衛戦は経験しているが、前線の陥落速

度が速いのは、恐らく守備隊の質の低下やそもそもの頭数が絶対的に

不足しているからだと考えられる。

 俺たちが降り立った基地はまだ後方ということもあって、基地内も

そこまで雑多になっていない。

 久留里基地のエプロンには、数時間前に到着したA─01とTF─

403の不知火が特別に用意されたという区画に駐機してある。そ

れぞれには簡易点検と推進剤の補給が行われていた。仙台からの移

動分を補充し、いつでも出撃できるように準備しておくためだ。

 遅れるように、CP将校らを乗せた輸送機や保守資材等も到着し、

エプロンには簡易的ではあるが兵舎や資材置き場が作られた。

「よぉ」

「こんにちわ〜」

 管制ユニットにある緊急用の突撃銃を点検確認している俺の元に、

1組の男女がやってきた。格好は国連軍の作業着ズボンにフライト

ジャケット、襟章を見てから胸のウィングマークを見て、A─01の

衛士であることをすぐさま理解する。

 突撃銃を作業していた机の上に置き、彼らの方を見て俺は思い出し

た。

 仙台基地に移ってすぐのこと、ハンガー前で話しかけてきた2人組

だったのだ。あの時は勝手に俺のことを整備兵だと勘違いしていた

が、この状況や事前に俺のことを聞いているという霞情報から推察す

るに、見かけたから話しかけたということろだろうか。

「こんにちは」

 無難に返事をして2人を再度観察する。やはり、どこかの衛士たち

のような雰囲気は全く感じられない。

 俺の目の前までやってくると、いじっていた突撃銃を見下ろした。

「その突撃銃、よく整備されているというか防錆コーティング剥がれ

228

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てきてないか?」

 確かにコーティングは剥がれてきているかもしれない。元々管制

ユニット備え付けの突撃銃はなかったのだ。不知火が運び込まれた

白陵基地で整備兵が気付き、基地のお古を収めてくれたのだ。

 お古とはいえまだまだ使えるものだったというのだが、引き渡され

たモノを見れば作動しないことは一目瞭然。サビはしていないもの

の、手入れがされていないことはひと目見ただけで分かった。

 結局整備をしては試射して、調整しては試射をすることを繰り返し

ていた。そのため、俺の機体の突撃銃は故障しやすいものだという認

識があった。何度も何度も点検しなければ気が済まなくなってし

まったのだ。

 そういった突撃銃であるのならば、コーティングが剥がれてきてい

るというのも納得ができる。何度も何度も拭き上げたり磨き上げた

りしていれば、その分表面は摩耗してくる。コーティングが剥がれる

ということは、使い込まれた突撃銃であると言えるのだが、衛士は滅

多に持つことのないものと考えれば、訓練部隊の突撃銃のような俺の

突撃銃にそういう感想を持ってもおかしくはないのだ。

「まぁ……よく整備しますからね」

「そうか。気休めくらいにしか思えないが、少尉の言う通りかもしれ

ないな」

 男性衛士は机の側から俺の不知火を見上げ、左肩に印字された識別

番号を口ずさむ。

「……TF─403─01。タスクフォース403、か」

 TF─403。部隊名称も与えられていない極秘不正規部隊。A

─01よりも部隊構成員が少なく、それ故に情報も少ない、というこ

とになっている。

「白銀少尉」

「なんですか?」

 アッパーレシーバーを閉めてピンで固定し、ボルトの様子を見てい

ると男性衛士が俺の方を見ていた。

「君がTF─403の衛士であることは知っている。しかしな……あ

229

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の俺たちを負かせた吹雪や不知火の衛士とは思えないんだ」

「……俺は間違いなくTFー403の衛士ですよ。まぁ、少尉の言わ

んとしていることは何となく分かります」

 今年で15歳。初見では整備兵と間違われたくらいだ。この歳で

衛士になっている日本人はほとんどいない。それこそ、戦時徴用で繰

り上げ任官になった斯衛軍の訓練兵くらいだろう。

 整備の終えた突撃銃を机に置き、油で汚れた手をぶらつかせながら

男性少尉の問いに答え続けた。

極秘計画

オルタネイティヴ4

「ですがお2人の聞いている通りです。それにあたな方は

実行部隊

。俺も別部隊ではありますが、同じく極秘計画の実行部隊

です。説明にもあったと思いますが、俺たちは計画のためならばどん

な戦場にでも赴きます。時には非人道的な任務や、苦渋の決断を他の

部隊よりも迫られることがあるでしょう」

「分かっている。分かっているから、俺も所属しているんだ」

「ならば分かると思います。それは敵だけではなく、味方にも向けら

れるんですよ。"大佐"はそのためならば、自分の手が幾ら汚れよう

が厭わない。その手で民間人を手に掛けることもありますよ」

「……」

 男性衛士はもちろんのこと、黙って聞いていた女性衛士も苦虫を噛

み潰したような表情をする。

「俺の話でしたね。……まぁ、連隊を通して聞いている通りです」

 どのような話になっているのかは、霞から断片的にしか聞いていな

いから全体像は俺にも分からない。だが、夕呼先生のことだから、変

な脚色をしていたりすることは間違いない。訂正するのにも疲れる

し、そのままの方がいいだろうなんて考えながら2人の反応を観察す

る。

「……じゃあ白銀くんは、XM3発案と開発衛士で、光州にも参加し

て、その上、今回の本土侵攻にも前々から参戦していたってこと?」

「はい。XM3の発案は俺ですけど、開発は極秘計画要員の人が行い

ました。開発衛士も、結局俺しか務まらないことだったので俺が。光

州にはA─01とは別で任務が与えられていましたが、最後は一緒に

230

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戦ってたんじゃないですかね? あの時は不知火に乗ってなかった

ので分からないとは思いますけど……。今回の件も機密でお教えで

きませんけど、光州の時から乗っていた機体が駄目になるくらいに

は」

 悲痛な心情が顔に浮かび上がっている様子。十中八九勘違いして

いるだろうが、訂正するとなると骨が折れる。少し様子を見ることに

した。

「……それであの強さかぁ。国連軍の訓練部隊ってどんな訓練をして

いるのかな? 白銀くんがTF─403の衛士であれだけ強いって

なると、相当な訓練なんだろうなぁ」

 俺の所属していた訓練部隊。国連軍第207衛士訓練部隊は、訓練

兵の少ない部隊だ。そもそもA─01専用の訓練部隊ということも

あるため、いわゆる選ばれた人間しか所属することができない。

「普通の訓練部隊ですよ。歩兵としての基礎訓練に、総戦技を終えた

ら適性検査をして戦術機。2人の出身部隊と変わらないですよ」

「そうなのかなぁ。……私の訓練部隊、と言ってもA─01に来る新

任少尉たちは皆、同じ教官から扱かれるんだけど、あれ以上に厳しい

のかって思うと寒気がしてくるよ」

「少尉の訓練部隊ですか。俺のいたところの教官もそうですよ。無茶

苦茶厳しくて、怖くて、それでいて優しい教官でしたよ」

「分かるなぁ。訓練兵時代は鬼教官とか言って嫌ってたりしてたけ

ど、卒業してみるとね」

「えぇ」

 今頃仙台で新しい訓練兵に怒鳴り散らしているであろうまりも

ちゃんの顔が脳裏に浮かんで見える。

 恐らくではあるが、A─01と同時に設置された第207訓練部隊

の教官は最初からまりもちゃんだ。恐らく、目の前の2人もまりも

ちゃんに扱かれたのだろう。少し青い顔をしているが、表情は誇らし

気だ。

 気持ちはとても分かる。俺も同じ教官の元で育てられた衛士なの

だから。

231

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「まぁでも、俺は満足に教育課程を終わらせていない繰り上げ任官し

た新任少尉です。そこは少し違うかもしれないですね」

「繰り上げ任官?」

「訓練兵の間に実戦を経験しているんですよ。配属後もすぐに大規模

作戦でしたし」

 これだけ話せば、恐らく2人の頭の中で推測が始まっているだろ

う。

 訓練兵だった頃に実戦を経験しているということは、光州作戦時に

繰り上げ任官をしているということ。光州で生き残った後、本土侵攻

に投入。どこかのタイミングで夕呼先生に拾われ、XM3の開発に携

わった、と。

 俺は急かすように話を強引に切り替えることにした。これ以上、俺

の話自身の話をしたところで仕方がないからだ。

「そう言えば、お2人の名前は?」

「私、遠乃 優莉」

「兵藤 直也」

 遠乃 優莉と兵藤 直也。俺が知らないのも無理はない。前の世

界で、俺が来た時には2人とも戦死か復帰できない状態になっていた

のだろう。

「改めて、俺は白銀 武です。よろしくお願いします」

 不知火を見上げながら、2人にここへ来た訳を聞き出す。

「そういえば、何故ここに?」

「特に理由はないんだ。ただ、あの時ハンガーの前で会った君が衛士

だということが信じられなくて、こうして会いに来てみたの。そうし

たら、本当にいたから驚いちゃった。同じ強化装備だし、TF─40

3の不知火の足元にいれば疑う余地もないよね」

「そうでしょうね﹈

 A─01とは違い、TF─403は戦闘員が俺だけしかいない。C

Pも基本的には付いていない。それは実戦部隊で最前線で戦うのな

らばどうなんだという話ではあるのだが、今回に限って言えばどこか

しらの部隊へ一時的に所属することになっている。指揮権は独立し

232

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ているものの、やることは防衛戦だ。遊撃も遊弋もする必要がなく、

戦域に留まって戦うことになる。京都防衛戦と同じような状況にな

るのは必至だ。

 話を戻すが、整備兵も基本的にはA─01の整備兵が俺の機体の整

備を行う。そのため、TF─403に割り当てられた区画には人がい

ない。だから2人は、俺が正真正銘TF─403の衛士であると認め

ることができたのだ。

「あ、そういえば白銀くんが一時的に組み込まれるの、私たちのヴィリ

ヴェーズなんだよ。戦場でもよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

 ヴィリヴェー中隊。演習の記憶を掘り起こして思い出す。特別強

い訳でも弱い訳でもなかった、A─01の中では一般的な強さの中隊

だろう。

 ただ、妙に目がいい印象があった。それ以外では特にない。

「最初はデリングスって話だったけど、今回は私たちよりも若い新任

少尉がいるからって、そっちは外されたみたい」

「そうだな。鳴海と平、だったか。2人の面倒を見るのに精一杯とか

なんとか」

 これまで黙っていた兵藤少尉が話に入ってきた。

 鳴海に関しては聞き覚えがある。速瀬中尉関係で聞いたような気

がするが、話した内容もそこまで多かった訳ではないのであまり覚え

ていない。平に関しては、鳴海以上に聞き覚えがなかった。

「それはともかくとして、これから一緒に飯でもどうだ?」

「はい。ご一緒します」

 俺が突撃銃を置いてから何もしていないのを見てか、兵藤少尉が

誘ってきた。断る理由もない俺はすぐに応え、突撃銃を管制ユニット

に片付けると強化装備からいつもの作業着とフライトジャケットに

着替えてA─01の仮設食堂に向かったのだった。

 ※※※

 ﹇同年同月22日 埼玉県 国道299号 秩父戦域﹈

 長野県松本市で停滞していたBETA群が再度侵攻を開始した連

233

Page 238: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

絡を受けたA─01は久留里基地から全力出撃。一度は奥多摩に展

開したものの前進し、秩父西部の田村に陣を張っていた。

 この戦域で戦っているのは、中部と関東の帝国軍と北陸の国連軍部

隊だった。北関東の部隊に吸収されたものの、無傷である部隊は後方

に配置し、吸収された部隊は前衛に配置している。

 地の利がある彼らが前衛にいた方が何かと都合がいい、というのが

司令部の方便だ。だが実際には、元々自分らの指揮下にあった戦力を

温存しておくためだった。また、前衛配置となった部隊は旧式装備で

あったり、かなり耐久値も限界が近いものが多かったりするというの

も実情であったりもする。

 持ち回りで機上待機をしており、先程交代したばかりだ。俺が一時

的に配属されたヴィリヴェー中隊とデリング中隊が間隔を開けて、西

側の山岳地帯を睨みつけている。近くには他の国連軍部隊も展開し

ており、帝国軍部隊は秩父南部の方に展開している。

 理由としては、山梨県南部の富士吉田に帝国軍富士教導団が展開し

ており、長野県陥落前にも出撃し戦果を上げていた。また、東京が近

いという理由もある。後方帝国軍部隊後方には小田原・相模原・入間

とそこそこ大きな帝国軍基地が点在していることも理由として挙げ

られる。後退しても再編成や連携の取りやすさを考慮したのだろう。

 一方で国連軍部隊はというと、防衛戦でも北方の外縁部に集中配備

されている。帝国軍との取り決めではあるのだが、いかんせん支援の

手が薄くなる内陸部であり、最寄りの基地も少ない。かなりやり辛い

状態にあることこの上なかった。

『しっかし、前線はどうなっているんだろうな? さっきも損傷の激

しい戦術機が後退するのを見たが、あれじゃあすり潰されるのも時間

の問題か?』

 ヴィリヴェー中隊の衛士がボヤく。全員が心の内で思っているこ

とを口に出したらしい。振動センサーには微弱ながら戦闘でしか発

せられないモノを検知している。それが段々と近付いてきているこ

とも。

『前衛に配置されていたのは、北陸の国連軍部隊。基本装備はF─1

234

Page 239: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

5CかF─4EかJだ。それに絶対数も足らないと聞く。そう遠く

ないタイミングで俺たちの出番も来るだろうな』

『帝国軍の方は少し善戦しているみたいだけど、かなり根性論で押し

通しているみたいね。それに太平洋から艦砲射撃もあるみたい。射

程距離内なら面制圧もできているみたい』

 そんな声がオープン通信から聞こえてくる。俺も接続はしている

ものの、答えることはない。静かに遠くの尾根を睨んでいるだけだ。

『大佐からのオーダーは、東京の防衛。後は好きなようにしていい、と

いうことになっている』

『大尉はどう思いますか。今回の出撃は?』

 そんな通信に中隊長も混じってきた。機上待機は暇ではあるが、基

本的に即応待機と変わらないために私語を注意することはないのだ。

戦闘時に切り替えれば問題ないということなのだろう。

『連隊全体としては、恐らく奥多摩辺りまで攻められないと出撃命令

は出ないか、もしくは関東を破られるまで出撃はないんじゃないかと

言われていた。だから今回の出撃は大佐の気まぐれか、もしくは悪い

癖でも出たんじゃないか?』

『そういえば、白銀に負けて以来実機訓練は片手で数える程しかして

ませんからね』

『仕方ないだろう。俺たちがXM3の性能を十二分に発揮できていな

いのだから。これだけの物を与えられておいて持ち腐れていれば、大

佐であろうと怒るのは当たり前だ。それに、俺たちが使いこなせてい

ないというのは本当のことだからな』

『その使いこなせていないってのが気に食わないですよ。確かに白銀

の動きはXM3であれば再現できるかもしれませんが、俺たちには無

理だ。根本からして違いますよ』

『変わらんよ、俺たちとは』

 俺の話を持ち出した小隊長の疑問に、大尉が返事を返す。聞いては

いたが、小隊長の様子を見る限り本当に気に入らない、といった様子

のようだ。

『BETAの侵攻が確認される前、兵藤と遠乃が白銀と話したようだ。

235

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白銀の不知火は、俺たちの機体と何ら変わりないものだという。吹雪

もそうだ。機種転換で乗った吹雪と同じ。アレにCPUと電源ユ

ニットを載せ替えて、XM3をインストールしただけのものだそう

だ。俺たちが敵わなかったのは、XM3に対する理解や熟練度が足り

なかった。もしかしなくても、衛士としての腕も及ばない』

『そうはいいますがね大尉』

『貴様の言いたいことは分かる。だがな、事実として同じ不知火を

使った白銀に中隊毎ではあるが連隊を全滅させられているんだ。そ

の事実があった上で、大佐が不満足なのも当然のこと。どれだけ掛け

て開発されたのか分からないXM3にCPUと電源ユニット。これ

だけの物を与えられて、今まで通りなんて都合が良すぎる。俺たちは

極秘計画のためにも、その力を使いこなさなくてはいけないんだ』

『……分かってますよ、大尉。帰ったらまた訓練漬けですよね』

『そうだ。もし撃墜なんかされてみろ。仙台で白銀少尉直々で蹴り回

してもらうからな』

『それは勘弁して欲しいです!』

『ということで頼めるか、白銀少尉?』

 急に話を振られたが、話は聞いていたのですぐに答える。

「了解。上官とか無視して蹴り回します」

 ここで俺はふと思い出した。純夏が言っていたことだ。

「あ。不知火であやとりできたら、蹴っ飛ばすのを弘前辺りで勘弁し

てあげますよ」

『ちょ!? 戦術機であやとりなんかできる訳ないだろ!!』

「開発に携わった技術者ができると言っていたので」

 機上待機も暇になってきたところだったということもあり、一度B

ETAに攻められて廃墟になった秩父の街の適当な切れた電線を探

す。

 突撃砲と多目的追加装甲を傾いたビルに立て掛け、切れた電線の両

端を結び、手に通した。

 前の世界で霞と遊んだことを思い出しながら、適当に箒を作って見

せてみる。

236

Page 241: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「旧OSでは握ったり、開いたり、つまんだり、掴んだりすることが基

本動作でそれ以外はやりませんからね。XM3はそれ以外のことも

できるようになっているんですよ」

『不知火があやとりをしてるというのは何とも言えない光景だが……

本当にできるんだな?!』

 戦術機があやとりをしている光景なんて、かなり変な場面かもしれ

ない。中隊全員がポカンとした表情をしている。俺は気にすること

なくほうきを解き、梯をやってみた。

 少し苦戦はしたものの形になったため、そのまま見せてみる。

『……それがXM3を使いこなす、ということなのか?』

「まぁ、近いですね。キャンセルと先行入力でできますが、コンボは別

です。蓄積データから自動で機体が動作しますが、積極的に使ってい

かないと意味がないですからね」

『コンボはどうなんだよ』

「コンボは主に回避で使う機能です」

『急に実戦の話をするなよ』

「まぁ、他にいい説明の仕方を思いつかなかったので。……コンボは

さっきも言いましたが、回避の時に使うのが有効ですね。同じ動作を

する場面もコンボとして処理して、動作の最中にキャンセルと先行入

力を入れれば、かなり動きにキレが出ますし人間的になります」

『白銀なら、例えばどんな時に回避を使うんだ?』

「えー……どんな時でも使いますよ。混戦時はそうですし、光線級の

回避でもいくつか用意しておけば問題ないです」

 全く分からん、と言いた気な小隊長の表情に苦笑いを浮かべ、大尉

の方に視線を向けた。

『大佐から聞いた話だし、俺たちも実際に演習で見たが、白銀は空を飛

ぶ。光線級がいる戦場でも空を飛ぶとのことだ』

 通信がざわつくが、大尉は気にすることなく話を続けた。

『光線回避にもXM3は使える。旧OSの乱数回避機動よりも使いよ

うによっては、回避率が高いという。実戦データも白銀が実際に取っ

ているとのことだ。光線を回避しろとは言わん。だが、使いこなして

237

Page 242: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

みせろ』

 電線を捨て、突撃砲と多目的追加装甲を拾い上げて、再び尾根の方

に視線を向けた。

 全員警戒しているものの、口ではXM3の話ばかりをしている。戦

闘機械であった戦術機があやとりをして見せ、それがXM3を使いこ

なすことでできることだと言ってしまえば、話題は自然とそちらへと

向かっていってしまう。

 そんな中隊の声を聞きながら、俺は迫り来るBETAにチリチリと

闘志を燃やし始めたのだった。

238

Page 243: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

episode 25

  ﹇1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域﹈

 BETAが秩父に接近してきたのは、機上待機を交代してから10

時間程経ってからのことだった。休憩に入って、強化装備のままお手

洗いや給水をしていると、急報が入ったのだ。

 師団規模のBETA群が八ヶ岳・天狗岳を越え、御座山、諏訪山と

東進を続けているという。また、南下も同時進行しているらしいとい

う情報もあった。

 これに対するは、秩父戦域に展開している国連軍2個戦術機甲連隊

と地上戦力で対処することを司令部から命令が下された。

 こうして戦闘が開始された訳ではあるのだが、国連軍司令部の作戦

配置に問題があった。

 俺たちの配置されている秩父戦域は山と山に囲まれた谷に位置し

ており、松本から東進するBETA群は両神山を越えてからは秩父方

面に視界が開ける。

 一度侵攻されたこともあってか、BETAの侵攻路の山岳地帯は掘

削と面制圧によって、かなり標高が落ちているからだ。

 つまり、本来であれば自然の要害となるはずだった山岳地帯は、奇

しくもBETAによって有利な状況を作り出してしまっていた。そ

して、この事実に国連軍司令部は気付いていなかった。

 A─01を通して再三連絡したのだが、そのような事実はないの一

点張り。これにより、実力による配置転換もできない八方塞がりな状

況のまま防衛戦へと突入することとなったのだった。

『オーディン1よりA─01に告ぐ! 秩父市街戦域を放棄し、残存

国連軍部隊と共にときがわまで後退する!』

『HQよりA─01! 何をしている!! 持ち場を離れることは重大

な軍規違反並びに敵前逃亡であるぞ!!』

『頭の弱い司令部の命令なぞ聞いていられるか!!』

 A─01の連隊長を兼任している第1大隊の崎山 健三中佐が国

連軍司令部の指揮下から外れ、そのまま後方に控えていた防衛線まで

239

Page 244: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

後退したのだ。

 これまでの間にA─01は2個中隊半を撃墜されており、全ての機

体がKIAしていた。その他にも同じ戦域に配置されていた国連軍

部隊も半数が失われており、本来であればまだ保てたであろう戦域を

司令部の失策でいたずらに兵力を失っただけになったのだ。

 ときがわまで後退した国連軍残存部隊は、そのまま東松山と日高を

結ぶ防衛線に合流。第1防衛線の山岳地帯に配置することとなった

のだ。

『テュールズ、エイルズは全滅。その他中隊にも幾らか撃墜が出たか

……』

 撤退の殿を務めた俺は、撃墜された友軍機の確認を全て済ませてい

た。

 基本的に撃墜された機体の大半は光線属種の攻撃によるものだっ

た。管制ユニットが融解、ごっそりと消え去っていた。

 撃墜された機体からXM3の残骸を発見される訳にはいかないた

め、夕呼先生からは破壊任務が言い渡されていたが、その必要もない

ものがほとんどだった。

 光線級によるもの以外だったとしても、残る全ては突撃級や要撃級

に潰された後、戦車級によってバラバラに食い散らかされてたという

こともあり、破壊する必要もない状態になっていたのだ。

 全てのKIAを目視で確認した俺は、殿を共に努めたヴィリヴェー

中隊と遅れてときがわ戦域に後退することができた。

 1戦を交えた後ではあったのだが、A─01の空気は久留里や奥多

摩から秩父に移った直後とは全く違う様子に変わっていた。

『もう2個中隊もやられるなんてな』

『やめてよ……どうしてよ……』

『別にテュールズもエイルズもA─01の中では精鋭だったんだ。そ

れが一度にあんなやられ方するなんて』

 テュール中隊・エイル中隊は日本人ばかりで構成されているA─0

1の中で、珍しく多国籍な部隊だった。極東国連軍の中から選ばれた

衛士ばかりで構成されていたということもあるが、日本帝国籍の外国

240

Page 245: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

人も中には存在していた。国内では少し訳ありとして処理されがち

な衛士を集めたということもあるのだが、彼らはかなり士気が高い部

隊でもあったのだ。

 そんな中隊が、連隊長のオーディン中隊やその他新任少尉たちが配

属されている中隊を逃がすためだったり、救出のためだったり。BE

TA梯団を受け止める受け皿になったりもした。だからか全滅する

のは必然だったのかもしれない。

 その他にも新任少尉やそれなりの経験を積んでいる衛士も撃墜さ

れてしまっていた。その事実を受け止め切れていないのは、未だに生

き残っている新任少尉らだったのだ。

『お前らいい加減にしろ!! これが戦場なんだよ!! グジグジ言って

る暇なんてねぇんだよ!!』

 そんな新任少尉を見かねてか、どこかの部隊の中尉が怒鳴った。

『中々出撃命令を出さない博士に業を煮やしてただろうが!! お前ら

の待ちに待った実戦で、仲間が何十人と消えたくらいでメソメソして

んなよ!! 当たり前なんだよ、これが実戦で最前線なんだよ!!』

 言い方は酷い。それでも真剣さは伝わる。俺が今までに掛けられ

た言葉とは違う、別の重みを感じた。

『運が良いとか悪いとか、熟練とか新任とか、そんなモノはBETAの

前では無意味だ。だからお前らは目の前のことだけに集中しろ』

『生きて帰るのよ。そして戦い続けるの。皆の生き様を、私たちが語

り継がなくちゃいけないの。いい?』

 次々と先任たちが恐怖に慄く新任少尉たちに言葉を投げかける。

 出かかった言葉を押し込めた俺は、並ぶバストアップウィンドウを

見てから戦域データリンクを確認する。

 重金属雲からは脱出していることもあってか、周囲の部隊とのデー

タリンクは正常に接続できている状況にあった。それによって、最前

線での状況が逐一更新されていく。

 いち早く進展があったのはやはり秩父戦域だった。戦闘部隊の大

部分がときがわまで撤退してしまったこともあり、BETA群は秩父

市街東部を早々に突破。分厚い山間部からの砲撃によって、それなり

241

Page 246: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

に削ることができたという報告は入ってきている。

 ときがわに展開しているのは、秩父から後退してきたA─01と一

個増強大隊規模。地上戦力も、市街地でゲリラ戦を行う予定だった機

械化歩兵が1個大隊残すのみとなっている。

『レジメント・リードより連隊各機。命令を下す』

 戦術データリンクによって、現在俺たちが展開しているときがわ戦

域のマップデータが表示された。現在確認できている友軍戦力は秩

父から撤退しただけとなっており、山や丘に隠れる形で分散配置され

ている。

 BETAの進路は山間部を通過して、真っ直ぐときがわに向かって

くる予想だ。

 また、帝国軍が展開している南部に向かったBETA梯団はそのま

ま南下を続けており、既に戦闘状態に突入しているという。これを支

援するため、日高以南の国連軍は帝国軍の支援を開始したとのこと。

 これによって、国連軍は東松山・ときがわ・日高の部隊だけで師団

規模BETA群に対処しなければならなくなっていた。

 BETA群を効率よく被害を最小限に留めて殲滅する方法を模索

した、東松山・日高の国連軍司令部は、限られた火力と装備を用いた

防衛戦を強いられていた戦場の教訓を活かすことを決断。予備部隊

は控えさせるものの、砲撃と航空戦力による面制圧を主目的にした作

戦を提案することとなった。

光線級吶喊

レーザーヤークト

 司令部が欠員の出ていない戦術機甲中隊に対し、

をする

ように命令を下したのは。勿論、残りの部隊は光線級吶喊の陽動のた

めに前衛を引きつける。

『我々はときがわ戦域でBETA群を受け止める。後続の光線属種を

引き摺り出し、光線級吶喊を行う部隊の露払いを行う。これには1個

大隊を当て、残りの部隊でBETA前衛の足止めを行う。露払いは伊

藤の大隊に任せる。ある程度のところまで誘導が完了次第、俺たちの

方に合流しろ』

『了解』

『伊藤大尉の大隊をα2とし、陽動に残る俺たちをα1とする。α1

242

Page 247: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

は各中隊に別れ、後方の機甲部隊と協力し遅滞戦闘を行う。できる限

りときがわにBETAを引きつけ、この戦域での面制圧を目指す』

 マップデータが変わり、西北西からアイコンが進み出る。

『極東国連軍いわき基地から、B─52戦略爆撃中隊によるときがわ

戦域に絨毯爆撃を行う。この時までに、南方に進出したBETA梯団

に光線級が確認されていないか、帝国軍によって排除されていること

を前提としている』

 36個のアイコンがときがわ戦域を旋回し、北東方面へと飛び去

る。

『絨毯爆撃と砲兵による面制圧の後、遅滞戦闘を行っていた部隊は攻

勢に打って出る。残敵掃討を行いながら、可能な限り前線を押し返

す』

 崎山大佐の希望というよりも、国連軍司令部の希望としては秩父以

西まで取り戻したい様子ではある。しかし、十中八九その希望は通ら

ないだろう。

 予備作戦も無論用意している。

 もし、帝国軍が甲府で光線級の排除ができなかった場合、ときがわ

へ飛来する戦略爆撃中隊は光線級の餌食になるのだ。

 現状、南下中のBETA梯団に光線級は確認されていないため、恐

らくではあるが作戦は可能であろうというのが司令部の見解だ。

 戦略爆撃中隊が壊滅してしまった場合、司令部は東松山と日高の放

棄して常総あたりまで後退し、態勢を立て直すことになる。

 帝国側としては、この失敗した場合に起きることはできるだけ避け

たいところだ。

 何故なら、西日本からの避難民や国内の生産拠点等を北関東や東北

に一時的に移し、東南アジアやオセアニアへ疎開させる用意をしてい

るところだったからだ。これらが壊滅してしまうと、帝国は立ち行か

なくなってしまう。

 そうなれば帝国は低下した国力を回復する術を全て失うことにな

るのだ。

 帝国軍は南下するBETA梯団に対し、富士教導団の一隊が挺身突

243

Page 248: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

撃隊として突入。光線級の存在を目視で確認するらしい。

 今回のBETA攻勢は、奇しくも国連軍の働きによって帝国のこれ

からが決まってしまうのだ。

 ※※※

 ﹇同年同月同日 ときがわ戦域北部﹈

 国連軍による光線級吶喊は失敗に終わった。突入したF─15C

の1個中隊は、BETA群中衛ですり潰されてしまったからだ。横っ

腹を突いたつもりが、タイミングが早すぎたのだ。

 光線級はBETA群でも後衛に位置しているからだった。

『ハイクライムスが全滅!?』

『CPより戦域に展開中の戦術機甲部隊へ。現在、光線級吶喊第二波

の部隊選定を行っている。遅滞戦闘に集中せよ』

 光線級吶喊第一波を行ったハイクライム中隊の反応が消失したの

だ。

 谷間を転々と移動しながら聞こえてくる通信は、どれも悲痛なもの

ばかり。戦力が圧倒的に足りていない状況な上、捻出した戦術機中隊

は全滅したからだ。

 ジリジリと前線が押されつつあり、遅滞戦闘を行っていたとして

も、これではすり潰されるのも時間の問題だった。

『どうするんだよ!! あっちには光線級吶喊ができる部隊は残ってい

るのか?!』

『司令部は検討中だ』

 CP将校も定型句ばかりの返答する。恐らくHQでもCPでも混

乱を起こしているのだろう。

 山間部での光線級吶喊。野戦で行うものよりもかなり成功例の多

いものだったからだ。

 ハイクライム中隊も相当な精鋭の中隊だったのだろう。それが光

線級集団に到達することなく全滅してしまうことは、誰が想像しただ

ろうか。

 誰かしらは想像していただろう。BETAとの戦闘でポジティブ

なことを考えてはいけない。その圧倒的な物量に押しつぶされてし

244

Page 249: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

まうからだ。

「40301よりオーディン1」

『こちらオーディン1。40301どうした?』

 俺は通信を開き、谷を通過する要撃級と戦車級の集団にバースト射

撃を行いながら進言した。

「光線級吶喊には俺が向かいます」

『なっ……?! 40301、それは認められない。どれほどの数がい

るのかも確認できていない状況だ。そんな中、師団規模BETA群後

衛に単機突入することを許せると思うか?』

「では、俺たちで行きましょう」

 この状況をひっくり返すのならば、ハイクライム中隊よりも高練度

な部隊が任務を請け負わなければならない。

 そう考えるならば、他の部隊と比べて比較的損害の出ていないA─

01が引き受ける他ないのだ。

『しかし、俺たちはここで遅滞戦闘をしなければならない。東松山と

日高に余剰戦力はなく、A─01から抜けた部隊分を補充する余力は

残っていないんだ』

 崎山中佐の言う通りなのだ。現在のこの戦線もではあるが、余剰戦

力は満足に残っていない。予備機程度ならばあるだろうが、操縦する

衛士の数は足りていないのだ。

 だが手がない訳ではない。

「A─01からどこかの中隊の抜けた穴は、どれだけ持たせることが

できますか?」

『……恐らく1時間も持たないだろう』

「それくらいあれば十分ですよ」

 俺は考え出した案を口にした。

「俺と1個中隊は戦線から突出。BETA群を飛び越えて、直接光線

級集団を叩きます」

『っ?!』

 あんぐりと口を開けて驚いてすぐ、いつもの表情に戻した崎山中佐

は決断を下した。

245

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『……分かった』

「ありがとうございます」

『しかし……できるんだな?』

「やるんですよ」

『そうか。……これよりヴィリヴェーズは40301と共に光線級殲

滅に向かえ』

『「了解」』

 崎山中佐のバストアップウィンドウが閉じるのと同時に、入れ替わ

るように別のバストアップウィンドウが開かれる。IDは『 A─0

1 vilive─01 』と表示されていた。

 ヴィリヴェー中隊はどちらかと言うと後衛向きの部隊だ。通常戦

闘時では俺と相性がいいかもしれないが、光線級吶喊となると話は別

だ。

 俺を前衛に置き、中隊がその後ろと後衛を務める陣形になるだろう

と思うが、敵中を進むのであれば全周警戒をしなければならない。も

しかしたら、側面攻撃で後衛が削られる可能性があるのだ。

『ヴィリヴェー1より40301。我々はハイクライムスとは違う進

路を執る。それに相違ないな?』

 気品のある話し方をする、歌舞伎をやっていたならば女形をしてい

そうな衛士がヴィリヴェー中隊の中隊長を務める市村大尉だ。

「40301よりヴィリヴェー1。基本方針は先程オーディン1に伝

えた通りです」

『怖気づいたつもりはない。しかし、可能なのか?』

「短時間で光線級吶喊を完遂するのならば、ショートカットするしか

ありません」

『……了解した。ヴィリヴェー1より中隊各機。集合した後、そのま

まBETA群先鋒に突撃を敢行する』

「40301よりヴィリヴェーズへ。隊の一番槍は俺が務めます。こ

の時、皆さんにはお願いしたいことあります」

 手早くマップデータに予定進路を入力し、戦術データリンクに更新

する。

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「基本的に突撃後は、着地点以外には攻撃をしないように。また、後衛

は前衛の通った地点を通過しフォローをしながら進んでください。

極力、噴射跳躍と噴射地表面滑走を使いながら進みます。BETAの

死骸は光線級の盾に、取り付かれる個体と足場のみへの攻撃だけで

す」

 オープン通信がざわつく。

『……本気か?』

「本気ですよ」

 再度市村大尉が尋ねてくる。俺はそれに真面目に答えた。

『……分かった。聞いての通りだ。40301を頂点に置いた楔壱

型、光線級集団を目指す』

 戦線は徐々に後退しつつある。速やかに光線級を排除しなければ

防衛線が持たない。

「40301よりヴィリヴェーズへ。全機我に続け!」

『『『了解!』』』

 防衛線から飛び出した戦術機中隊は、向かい来るBETA群に対し

無謀とも言える吶喊を開始したのだった。

247

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episode 26

  ﹇1998年11月22日 埼玉県 ときがわ戦域﹈

 師団規模BETA群の先鋒である突撃級を飛び越え、最低限の足場

のためだけに発砲しながら進む。後ろを振り返ることはなく、ただ前

に前にと突き進んでいた。

 俺と共にハイクライム中隊の失敗した光線級吶喊に参加した、ヴィ

リヴェー中隊の面々もなんとか付いてこれているといった様子。最

初こそ動きがたどたどしかったが、すぐに要領を掴んだ前衛がいたら

しく、その機体の後ろを中隊がなんとか付いて来ているという形に

なっていた。

 あの様子では、もしかしたら光線級集団に到達するまでに半分程数

が減らされているかもしれない。

 そんなことが俺の脳裏を過ぎったが、すぐにその思考を振り払う。

もしそうなるのだとしたら、もっと早く到達し、瞬く間に光線級を殲

滅すればいい。撤退はそのままBETA群の後衛を抜けて、進路後方

に出ればいいのだ。

『くっ……うぅぅぅ……!! はや、すぎる……!!』

『突撃級の甲殻を足場にしたり、飛び上がった要撃級を蹴飛ばしたり

して進むのは無理だッ!!』

『気をしっかり持て!! 難しいことはしてないんだ!! 足場を見極め

て着地する、たったそれだけのこと!!』

 どうやら要領をいち早く掴んでいたのは、突撃前衛長のヴィリ

ヴェー2だったらしい。部下や後続のことを気にしながら、俺の後を

追ってくる。

「40301よりヴィリヴェーズ、もう少ししたら光線級集団です!!」

 突撃級・要撃級で構成された先鋒集団を既に抜けており、戦車級と

少数の要撃級で構成された中衛集団もほとんど終わりだ。先程まで

遠くに見えていた要塞級がハッキリと見える位置にまで迫ってきて

おり、移動している光線級集団も目視で確認できる。

 山間部やBETA群の間を縫いつつも、進軍速度を緩めることはし

248

Page 253: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

ない。数千のBETAを飛び越えたその先に、目標を捉えた。

「光線級集団を確認!!」

『ヴィリヴェー1より各機、兵器使用自由!! 目ン玉野郎を1匹残ら

ず殲滅せよ!!』

 集団へ滑り込むように突入した13機の不知火は、攻撃ができない

光線級を次々に屠っていく。

 青々と茂った木々をBETAの体液で赤く染めながら、ウィンドウ

に表示されている光線級残数を確認しながら突撃砲のバースト射撃

を行う。

 百を超えて確認された個体の全てを撃破すると、すぐさま市村大尉

が指示を出した。

 このまま最後衛の要塞級を通り抜けて、BETA群後方に退避する

こと。そして、そのまま部隊合流を目指しながら、BETA群を追い

越しつつも爆撃の様子を観察するというのだ。

 無謀とも思えた光線級吶喊成功に沸く中隊を収めつつも、少しばか

り自分自身も高揚しているであろう市村大尉は、揚々と報告をし始め

た。

 突入直前に重金属雲を展開していたため、通信状況は最悪だったの

だ。だから、BETA群に突入した俺たちは、陽動を行ったA─01

やその他の部隊の様子を知らないのだ。

『ヴィリヴェー1よりオーディン1。任務完了。これより、BETA

群南方を』

 重金属雲下から脱出し、いち早い通信回復を試みた。予定よりもわ

ずかながら南を噴射地表面滑走で移動していると、市村大尉の声が途

絶えた。

『な……何故?!』

 戦術データリンクを呼び出し、防衛線の戦況を確認する。前衛後ろ

半分から後衛までを戦略爆撃機と砲撃による面制圧で殲滅する作戦

であるが、先鋒のある程度は抜かれてしまうことは承知の上だった。

 しかし、思っていたよりも前衛が予定地域よりも防衛線に食い込ん

でいた。その原因はすぐに分かったのだ。

249

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「東松山と日高の部隊はどうした?!」

『どうして?! どうしていなくなってるのッ?!』

 ほとんど残っていた東松山と日高の国連軍戦術機部隊が忽然と姿

を消していたのだ。

 BETA群を押し留めているのは、秩父から退いたA─01とほと

んどが食われた戦術機部隊や機械化歩兵部隊だった。

『ヴィリヴェー1よりオーディン1!! 何故部隊が消えているんです

か?!』

『オーディン1よりヴィリヴェー1、理由は分からない。しかし、現在

の戦線を支えているのは、秩父から撤退した我々だけだ。直に突破さ

れるかもしれない……』

 BETA群に突入した時よりも、半数近くのアイコンが消失してい

るA─01。戦線に散解して、何とか維持しているとは到底言えない

状況になっていた。

 すぐさま戦域データリンクの探知範囲を広げ、後方にまで目を向け

てみた。

 近くには戦略爆撃中隊が来ており、既に爆撃態勢に入っている様

子。光線級は殲滅していることもあり、存分に爆撃を行うことができ

るのだが、爆撃範囲からBETA群が大きく漏れ出している。これで

は殲滅することは難しく、先鋒集団を残り少ない部隊で受け止めなけ

ればならない状況になっていた。

 また、撤退したと思われる東松山と日高の戦術機部隊は、東松山・

日高・川越を結ぶお椀型の防衛線を構築している様子だった。

『ここでBETAを押し留め、砲兵隊と連携し殲滅する!! 各機奮励

努力せよ!!』

 崎山中佐の激励が飛ぶが、A─01の士気は悪くなる一方だ。A─

01よりも、共に撤退してきた秩父の部隊は恐慌状態に入りかけてい

る程だ。何とか態勢を立て直そうとしてはいるものの、ジリジリとす

り減らされているような状況が好転することはない。

 BETA先鋒を後ろに少なからず通してしまった前線に到着する

と、状況は思っていたよりも最悪なものになっていた。

250

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 A─01は何とか踏ん張っているものの、もう無傷の戦術機はほと

んど残っていない。突撃砲の弾薬もほとんど使い切ってしまってお

り、長刀を振るっている機体が半数。短刀の機体もちらほらと見られ

る程だった。

 滑り込むようにヴィリヴェー中隊が戦域に乱入し、戦線の補強を第

一に動き出す。もう中隊毎の行動ができない状況になっていたため、

小隊毎に分かれて散るよう命令が下った。

 一方、俺は遊撃として戦線を駆け回ることになる。

『ヴァール10より付近の戦術機……ッ!!』

 俺は不意に入った通信に意識が奪われる。ヴァール10、A─01

の中でもかなり記憶に残っているコールサインだ。理由は簡単。こ

のコールサインを使っているのは、伊隅少尉なのだ。

『ヴァール10より付近の戦術機!! 誰でもいいから手を貸してッ!!

 もう持たないの!!』

 すぐさま機首をそちらの方に向け、短距離跳躍をする。

 該当の戦術機に群がっている要撃級や戦車級の排除を行いながら

着地し、近距離通信で呼びかけた。

「40301よりヴァール10!! 状況は?」

『40301……白銀少尉……』

 俺の顔を見て、言葉を詰まらせる俺の記憶の中よりも少し幼い伊隅

少尉は、震える口で状況を説明した。

 既にヴァール中隊は壊滅。中隊長も撃墜されてKIA。残ってい

るのは伊隅少尉だけだというのだ。単機で戦線を維持するのは困難

だと判断し、友軍機が撃墜された付近まで下がろうとしたものの、B

ETAに囲まれたという。

 後退する理由は見れば分かったが、手には短刀が1本しかない状態

だったのだ。それもかなり損耗しており、もう使い物にならないと

言っていいほどの状態になっていた。

 バースト射撃をしながら、近くの要撃級と戦車級を倒しながら、後

ろで友軍機から突撃砲と弾倉を剥ぎ取る伊隅機を気にする。無防備

な今襲われると、どうすることもできないからだ。

251

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 しかしその不安も杞憂だったようだ。

「40301よりヴァール10。これ以上後退することはできないで

す。現区域に留まり、爆撃が行われるまで持ちこたえます」

『……ヴァール10、了解』

 苦しいと言わんばかりの表情に、その感情が乗った返事に俺は返答

をすることはなかった。

 ただ目の前に迫ってきているBETAの津波に気を押されていた。

周辺に展開する友軍のマーカーを確認し、もう引くことができないこ

とを改めて感じ取る。

 東の空には戦略爆撃機の大群が目視圏内に入ってきており、もう数

分持ちこたえるだけでいい。それよりも後には、防衛線に展開してい

る残存部隊で掃討戦に移行するだけだ。

 気力が削げている伊隅少尉を視界に収めつつも、突撃砲の36mm

チェーンガンを絶え間なく撃ち続ける。

 突撃級は多脚部を狙撃し防塁として機能させ、間を突破する要撃級

や戦車級を倒していく。

「リロード!」

『カバーするわ』

 たった2機の防衛線。周囲には撃墜された不知火が転がっており、

管制ユニットは拉げたり喰われている。

 一度は演習で相手をした衛士たちだ。彼らから突撃砲の弾倉や長

刀を剥いでは使い、余裕がなければ捨てる。彼らの装備も弾倉の残り

がなかったり、耐久値がかなり落ちているものもある。それでもない

よりはマシだったのだ。

 脚部が地面に刺さり、腰から上がなくなっている不知火の腰部弾薬

庫から弾倉を拝借しながら戦術データリンクに一瞬目を向けた。

 既に頭上を戦略爆撃機が通過しており、撤退に移っている。撃墜さ

れた機体もおらず、そのまま無傷で基地へ戻っていくようだった。

 それと同時に、頭上には無数の航空爆弾が投下されていることに気

付く。予定爆撃範囲に投下しているのであれば、俺たちが戦っている

一帯は爆弾の雨に晒されることはない。

252

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「巻き返します。前進!」

『了解』

 突撃級の装甲殻によじ登り、向こう側の景色を見る。

 爆炎と砂煙が断続的に舞い上がり、飛沫や破片が四散していた。爆

撃は予定範囲に行われたようで、砂煙の向こう側から新たに現れるB

ETAの数は少ない。

『……オーディン1より防衛線に展開中の全衛士へ。爆撃による面制

圧は成功した! すぐさま砲撃による後詰の面制圧が開始される。

各防衛線は徐々に面制圧範囲へ前進しつつ、残存BETAを撃滅せよ

!』

 その通信に呼応するように、BETAの死骸の海から体液に塗れた

戦術機が続々を顔を出し始めた。

『ヴァール10より40301』

 推進剤の残量を気にして主脚移動の分量を多めに前進を開始して

しばらく、伊隅少尉が通信回線を開いてきた。

 表情は変わらず焦燥しきっており、かなり疲労しているのも見て取

れる。戦闘が開始されてから数時間程時間が経っているが、小休止程

度しか休憩できていないからだろう。

『……あなたは何者なの?』

 質問の意図が俺には分からなかった。散発的に極少数で出現する

BETAを倒しながら前進を続けながら、俺は頭の中で考えた。

 俺は何者なのか。語るべくもなく人間で、今は衛士だ。それ以上で

もそれ以下でもない。しかし、伊隅少尉の質問はそういったことを聞

いている訳ではないのだろう。

 血塗れの要撃級の5体目に36mmを数発叩き込むと、周りを見渡

して動いているBETAがいないことを確認する。センサーも確認

しているが、これほどまでに死骸が転がっていると探知できないこと

もあるからだ。

「どういう、意味ですか?」

 進める足が遅くなる。視線はバストアップウィンドウに映ってい

る、俺の記憶しているよりも幼い顔をした伊隅少尉が訝しげな表情を

253

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浮かべていた。

『そのままの意味よ。……光州作戦、BETA本土上陸時には九州か

ら京都まで転戦。XM3発案者、XM3開発衛士。403。まだ任官

したての少尉の筈なのに、戦術機の腕前は精鋭を軽く突き放してい

る。ハッキリ言って異常よ。その上、声からして子ども。あなたの第

一印象も子ども。おかしすぎるのよ』

「……」

 自分のことながら、確かにおかしいかもしれない。

『衛士になるにしても幼すぎる。軍人としても幼い。まるで少年兵

よ。それが何故歴戦の衛士のような動きができるの? 何故年不相

応な腕前なの?』

 気付けば伊隅機は足を止めていた。俺も足を止め、そちらの方を向

く。

 伊隅少尉の疑問に、俺は答えることができる。しかし、それは彼女

にとって荒唐無稽であり、理解し難いことだ。それに、前の世界でも

俺の身の上に付いて知っている人間はほとんどいなかった。知る必

要がないと判断されたからだ。

『Need to know』。夕呼先生は暗にそう言い、誰にも俺の

ちぐはぐな背景に付いて言わなかった。知りたがる人物には嘘を伝

えた。

 夕呼先生に倣うならば、伊隅少尉は俺について知る必要はない。

知ったところで、何ができる訳でもない。むしろ、信じられるとは思

えないからだ。

 俺はゆっくりとその問に答える。

「いやぁ、あなたが知る必要はないですよ」

『……』

「俺についてはA─01全体に知らされたこと以外に何もありません

よ。ただの日本人で国連軍の衛士、それだけです」

 不満だと言いたげな表情をありありと浮かべられる。

『答えられない、ということかしら?』

「伊隅少尉が知っていることで全てです」

254

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『Need to knowということなの?』

「聞かなくても分かると思いますよ」

『……そう』

 それだけを言うと、大きく息を吸ってもう一度俺の顔を真っ直ぐと

見る。

『あなたは私たちの味方なのよね?』

 その問に俺は即答する。

「そうですよ」

『……戦闘中にごめんなさいね。戻りましょうか』

 それだけを言うと、バストアップウィンドウが閉じる。

 戦域データリンクには徐々に個体数を減らしていくBETAと、そ

れを追い立てるA─01のアイコンが少しずつ動き出していた。周

囲のBETAを確認し、兵装を確認する。

 余裕はないが、まだまだ継戦可能だ。伊隅少尉が、何故このタイミ

ングで俺にあのことを聞いてきたのかは分からないが、とりあえず引

き下がってくれたことを感謝しつつ、掃討戦を再開した。

 ※※※

 ﹇同年同月同日 国連軍久留里基地﹈

 今回の作戦に参加したA─01は少なくない痛手を負った。

 掃討戦が終了し推進剤と兵装の補給後、俺は単機で秩父・ときがわ

戦域へ出た。目的は撃墜されたA─01の不知火を虱潰しに確認し、

新型CPU・XM3・電源ユニットが収められている管制ブロックを

破壊して回ったのだ。しかしそのほとんどは潰れていたり、爆発して

いたため、特に何かするということもほとんどなかった。

 オーディン1、崎山中佐から伝えられた総被撃墜数と照らし合わせ

ながら、全ての機体を確認した俺は、中佐に「連絡の途絶えた全機の

KIAを確認」とだけ伝えた。

 総被撃墜数57機。それがA─01の被った被害だった。その他

にも損傷機は帰還機のほぼ全てであり、万全な状態にあるのは1個中

隊にも満たない。言うなれば、A─01は壊滅してしまったのだ。

 俺は記憶を掘り起こす。前の世界でA─01に入った時、ヴァルキ

255

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リー中隊しか残っていなかったこと。ということはつまり、補充を繰

り返しながら、2001年末までは戦力を削られながらも生き残って

いたのだ。

 壊滅状態になったとしても、すぐに再編されるだろう。考えるまで

もなく、その解に辿り着いた。

 現時点で衛士は63名が生き残っており、治療のために後方へ下げ

られた人数を差し引いた45名が万全の状態で帰還している。つま

り、すぐに再編されるとなると増強大隊程度の戦力があるということ

になる。

「こんにちは〜」

 TF─403に割り当てられたエプロンで作業をしていると、聞き

覚えのある声が聞こえてくる。手をひらひらとさせながら現れたの

は、出撃前にも来ていた遠乃少尉だった。あの時一緒にいた兵藤少尉

の姿は見えないが、振っていない方の手には経口補水液が2つ握られ

ていた。

「こんにちは」

 エプロンに降り立った時には除染を行ってはいるものの、見えない

装甲の裏には小さいながらもBETAの破片が挟まっていることが

ある。簡易マスクと手袋をしながらそれを取り除いている時に、遠乃

少尉が来たのだ。

「ありゃ? 自分でやってるの?」

「整備兵はA─01から借りているのと、機体の状態がいいので後回

しなんですよ。簡単な点検をしたら、A─01の方に行っちゃいまし

た」

「だから自分で破片除去をしてるんだね」

 飲む? と差し出された経口補水液を受け取るために手袋を外し、

俺は休憩に入ることにした。久留里に戻ってきてすぐに始めたもの

だから、満足に休んでいないのだ。

 近くに置かれている弾薬コンテナに腰掛け、近くの保守部品に腰を

降ろした遠乃少尉の方を見る。

 彼女は既に経口補水液を飲み始めており、空を見上げて遠い目をし

256

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ながらストローを吸っていた。

「ねぇ、白銀くん。君的にはどうだったかな、今回の戦闘は」

 どういう意図で聞いていたのか分からない問だったが、俺は素直に

答える。

「国連軍側は一度撤退しているものの、ときがわ戦域でBETAを殲

滅できたのは僥倖だったと思いますよ。もしかしたら、川越まで退い

ていたかもしれないですから。帝国軍はかなり頑張ったようですね。

富士教導団が主力だった、ということもあるのかもしれません」

「同感」

 それだけ答えると、もう一度空を見上げる。

 既に日も暮れて久しく、作業用照明が辺りを照らしている。小さい

星明かりは見えないが、月や強い光を放つ星は見えていた。

「……私たちの中隊は白銀くんを編成に加えていたからか、幸いにも

KIAが出なかったんだ。でも、他の部隊では少なからず戦死者が出

てる。分かってはいたし、覚悟もできていたけど、やっぱり辛い

なぁって」

「……それが戦場ですからね」

 冷たく突き放すような答えを言ってしまうが、優しい言葉等求めて

いるとは思えなかった。

 遠乃少尉は少し笑い、言葉を続ける。

「直也が負傷したの。光線級吶喊から戻って、防衛線に復帰してから

のことなんだけどね。担当したエリアで戦ってたんだけど、当然のよ

うに予想よりも多くのBETAが来たの」

 遠乃少尉の話はこうだ。防衛線で小隊別行動を取っていた時、死体

の影から飛び出した要撃級が彼女を狙っており、気づいた兵藤少尉が

咄嗟に彼女を庇ったということだった。体当たりしたものだから、右

肩部装甲ブロックは破損。右腕の動きの鈍くなった。そして、破片が

管制ユニットを直撃し、揺さぶられた兵藤少尉は頭部挫傷。

 血は流しているものの、戦闘続行可能と判断されたために圧力注射

で鎮痛剤の注入と応急キットでガーゼを当てたという。

 そのような状態で戦っていたが、戦闘機動に耐えることはできず

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に、帰還後機内で気絶。緊急搬送されたという。ヴィリヴェー中隊で

の主だった負傷者は兵藤少尉だけだったらしいが、それが遠乃少尉に

心のダメージを与えてしまったのだという。

「直也は彼氏なの。だから私を庇ってくれたのは嬉しかったんだけ

ど、そのことについて市村大尉から言われたの。戦場で私情は捨て

ろ、って」

「……」

 俺は答えることができなかった。この世界にやってきてからは違

うかもしれないが、前の世界では私情に塗れて戦っていた。

 飲み終わった経口補水液の容器を握り潰し、俺は小さく答えた。

「どう答えたものか分からないです。遠乃少尉の気持ちも分かります

し、市村大尉の思いも分かります。分かっているから、遠乃少尉がモ

ヤモヤしているというのも。ですが、これだけは言えます。兵藤少尉

が生きているのならいいじゃないですか。過去を後悔するよりも、未

来を見るべきだと俺は思います」

「白銀くん……」

 俺の返事に遠乃少尉はそれ以上何も問うことはなかった。飲み終

えた容器をくしゃりと握ると、もう行くねとだけ言って保守部品から

飛び降りてA─01のエプロンの方へと行ってしまった。

 見えなくなった彼女の背中から視線を外すと、俺はもう一度星空を

見上げる。

 衛士をしていれば、人が傷付いたり死ぬところに立ち会うのはよく

あることなのだ。それが誰かを庇ってなのか、小さいミスからなのか

は様々ある。それを身を以て経験しているからこそ、彼女の気持ちは

ある程度理解できたんだと思う。

 助けてもらえて嬉しかった、自分のために危ないことをして欲しく

ない。そんな言葉が聞き慣れた声で聞こえてた気がした。

「寝る前に終わらせちまおう」

 脳裏に浮かぶ赤毛の少女の笑顔にチョップをかまし、横に置いてい

た手袋を付け直す。いつ出撃命令が下ってもいいように、今できる限

りの万全な状態にしておくためだ。

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 俺は1人、静かなエプロンで愛機に取り付いて作業を再開するの

だった。

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episode 27

  ﹇1998年11月24日 国連軍仙台基地 機密区画 第11通

信室﹈

 この基地には同じような作りをした通信室があちこちに設置され

ている。使用目的としては、軍人が基地外の家族や友人と電話をする

ために使用するものだが、その他にも外の軍高官とのやり取りに使う

こともあるのだ。各基地の保安部や軍が管理しているもので、監視や

検閲も行われている。防諜のために作られているということもあっ

てか、遠方にいる人物との機密のやり取り等もできるようになってい

るため、わざわざ出向いたり招くことなく腹の化かし合いにも使うこ

とができるのだ。

 しかしながら、そういった魑魅魍魎を相手取ることも厭わないアタ

シでも、表情に出ないようにするだけで精一杯なことがその通信室で

起きていた。

『キミの進めるオルタネイティヴ4が順調に進んでいるようでね。い

やなに、どれほどのものか是非とも伺いたくてね。時間を取らせてし

まって申し訳ない』

「いいえ、問題ありませんわ」

 戦術機に内蔵されている戦術データリンクと通信技術を応用して

作られた通信室は、音声と映像を同期したものを送受信している。ア

タシの目の前のディスプレイに映っている、でっぷりと腹を張り出さ

せている男は、見下すかのような憎たらしい表情を浮かべて、小馬鹿

にするように話しかけてくる。

 このブ男はオルタネイティヴ5推進派でも権力を握っている、国連

軍将校だ。欧州戦線で戦果を挙げ、後方勤務になったというエロジジ

イだ。

『して、聞かせてもらえるかね? オルタネイティヴ4の目的である、

対BETA諜報員の育成に関して。あのような、キミの提唱する因果

律量子論なる荒唐無稽な論と共に、実現不可能な計画はどうなってい

るのかね?』

260

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「は」

 あちらには腰上までしか映っていないだろう。アタシは静かに説

明を始める。

「計画は順調に進んでおりますわ。オルタネイティヴ4の目的である

対BETA諜報員育成に関してですが、少将もご存知の通り、00ユ

ニットの作成に着手しております。これまで製作していた試製00

ユニットらからは方向転換してはいますが、方向性は以前変わらずで

すわ。現在は基礎理論に不備がありましたので、再編したものを用意

したところです。既に製作の方も始める段取りを進めておりますが、

何かが足りないようですわ」

『なるほど。以前は試製00ユニットらが、00ユニットたる水準に

達していないとかで完成には至らなかったと言っておったが、なんだ

基礎理論に問題があったか? それは00ユニットの基礎理論かね

? それとも基礎理論の前提にある因果律量子論の方かね? はた

またどちらもか?』

「前者ですわ。既に旧版の基礎理論は破棄、再編版の基礎理論は完成

しております。それを基に製作を再開しているところですわ」

『それは重畳だな』

 オルタネイティヴ4の話が本題でないことは分かっている。既に

オルタネイティヴ4の進捗や状況というのは国連上層部や誘致国で

ある日本帝国政府には通達済みなのだ。今話したことも確認だった

のだろう。無意味だと分かっていても、彼らに取っては必要なことら

しい。理解し難い。

 話を切り替えた少将はギシリと腰を降ろしているであろう椅子を

鳴らし、鼻にかけた態度のまま語り始めた。

『極東国連軍はキミの掌の上だと思っていたのだが、そういう訳では

ないようだね。アチラにも我々と同じ考えを持つものは多いようだ。

我々の計画に賛同してくれてね、力を貸してくれるそうなんだよ。関

東には仲間が少なかったから、上も大喜びだ』

「それはそれは、喜ばしいことで何よりですわ」

『キミの子飼いの部隊、最悪な状況になっていると聞く。どうかね、新

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しい仲間に協力を仰いでみようか?』

 どうでもいい話をつらつら並べていたが、やはりそうだ。これが本

題なのだろう。

 いやらしい笑みを浮かべる少将の言っていることは、ここ数日のこ

となのだ。長野から侵攻を再開したBETA群との防衛戦に、A─0

1を投入したことについて。

 極東国連軍や日本帝国政府から、あれだけの装備と練度を持つA─

01をこれまで腐らせているのはどういう了見か、と問い合わせが

あった。それはBETA本土上陸からの話ではあるのだが、当初は光

州作戦に投入してから再編成中だとのらりくらりとしていたのだが、

そうも言っていられない状況まで切迫してしまっている。在日米軍

の勝手な引き上げも相まって、猫の手も借りたいほど戦力が落ち込ん

でいる両軍は、無傷で1個連隊規模の不知火を燻ぶらせているA─0

1へ戦闘に参加するよう再三打診があったのだ。

 どれだけ口八丁手八丁したところで、計画のために温存して置きた

かったということもあったことと、前の世界でも関東防衛戦には投入

していたこともあって、アタシは今回の作戦に参加させたのだ。

 しかし結果は既に報告を聞いている通りだった。初戦、秩父戦域の

前線司令部が馬鹿な作戦立案を行った。戦闘するには不向きな地形

に部隊を展開させ、戦力を浪費する真似を仕出かしたからだ。これに

よってA─01と残存部隊は後退。ときがわ戦域の防衛線に吸収さ

れると、国連軍東松山・日高の部隊と共に再展開。しかし、突如とし

て双方の部隊が基地まで後退してしまい、秩父から逃げた部隊だけで

BETAを受け止めることとなった。

 これによってA─01は壊滅。共に後退した秩父の部隊は全滅す

るに至ったのだ。現在は現地で再編成が行われ、稼働機のみで遊弋を

行っているという。

 この状況を作り出したのは、他でもない目の前の男なのだ。裏を取

る必要もない。アタシを目の敵にしており、ここ最近で一番突っか

かって来ているのは、他でもない彼なのだ。

 時間を立たずして裏も取れ、彼が主導して今回の件を起こしたこと

262

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も分かるだろう。

 正直に言って、この男の嫌がらせというのは何度も受けてきた。慣

れるなんてことは絶対にあり得ない。白々しく宣う言葉に苛立ちを

覚えなかったことはないのだ。

 今回は分かっていた訳でもなければ、前回はあったのかも定かでは

ない工作。今回の件ではっきりした。この狸親父は、事ある毎にアタ

シの作戦行動に噛んできているのだろう、と。

 しかし今回もその感情は表に出すことはない。平静な態度で返事

を返した。

「せっかくのご提案ですが、遠慮させていただきますわ」

『……ほう?』

「私の部隊はそこらの部隊よりも強いと自負しております。たとえ壊

滅状態に陥っていようが、最期の一兵になったとしても戦います。こ

れまでのA─01とも、これからのA─01とも違いますわ」

『そこまでキミの部隊に自信があるのか。それはあれかね。

タイプ94

94C

をA─01専用にでも改装したのか? それとも

が揃えられたのかね?』

「さぁ、どうでしょう?」

 軍人ということもあり、現代の戦場で主だった活躍をしている戦術

機に関してはかなり詳しいことと、オルタネイティヴ5推進派隷下部

隊に最新鋭機を集めているという話は入手している。

 アタシのA─01の戦術機は特別だ。そのことを彼が知らない筈

もない。彼らの息の掛かった諜報員は日本帝国内にごまんと潜伏し

ているのだ。常日頃、アタシの粗探しとイジメ材料を入手するために

嗅ぎ回っている。だからこそ、A─01の戦術機がおかしいことに気

付いている筈なのだ。

 肝心なところでとぼけたアタシの態度が気に食わなかったのか、眉

をひくつかせて聞き返してくる。

『キミの部隊のタイプ94は帝国の機体と違うのかね?』

「日本帝国軍が正式採用している94式戦術歩行戦闘機となんら変わ

りませんわ。帝国軍精鋭や富士教導団と同じ機体です。少将が懇意

263

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F─15E

ストライク・イーグル

にされている部隊のように、F─15Cから

にこっそりと

入れ替えるなんてことはしておりません」

『……よかろう』

 別に切る必要もない手札を切る。前の世界のアタシならば出し

渋っただろうが、今の世界のアタシには痛くも痒くもない。何故なら

ジョーカーがある。強いものと弱いものの2枚。

『東松山と日高の国連軍部隊は被害がほとんどなかったのでな、秩父

とときがわの陣地再構築を行っているという。野ざらしになってい

る57機はどうやら帝国軍に渡すために回収するそうだ。装甲板も

内部も不審に思われないよう、手を加えてくれるという』

「ありがとうございます」

『気にするな。帝国軍は物資も人員も此度の侵攻によって逼迫してい

る。せめてパーツ取りのできる分は回収せねばな』

 どうやらこれで話が終わったようだ。彼の癖で、話を切り上げる前

に何か飲み物を飲むのだ。画面の向こうでコーヒーカップを傾けて

いる姿が見えることから、これで今回の話は終わる様子。

『では。忙しいところ失礼した、香月博士。国連上層部には私からも

色々伝えておこう』

「ありがとうございます。では失礼致しますわ」

『あぁ』

 画面が暗転し、それと同時にアタシの顔が反射で映し出される。

 いつものキレイな顔だが、今回も少しばかり眉間にシワが寄ってい

る。通信中までは我慢できたが、どうやら終わった途端にこうなって

しまうようだ。

 何かある毎にこうしてオルタネイティヴ5推進派やオルタネイ

ティヴ4反対派からのアポイントメントがある。その度に辟易して

いる訳だが、毎回のように終わった後にはこういった表情をしている

のだ。

 不機嫌な表情をしていると、まりもからは昔からよく言われている

が、今回ばかり自覚を持って言える。何度見ても、この顔は不機嫌だ。

 ※※※

264

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 ﹇同年同月同日 国連軍仙台基地 機密区画 研究室﹈

 基本的にアタシは機密区画から出ることはない。白陵基地だった

適当な護衛

ならば、昼時になると

を付けて京塚食堂へ足を運んでいた

が、仙台ではそうもいかない。そもそも大概、軍の食堂で出される食

事はそこまで美味しいことはなく、京塚のおばさんがいないというこ

ともある。

 仙台基地に移ってからは、専ら口にする食事は手軽に食べられるサ

ンドイッチかおにぎり。そうでなければ、ほとんどはコーヒーや即席

食品。手に入らなければコーヒーモドキや戦闘糧食のクラッカーば

かり。こんな食生活をしていたら何故か鑑に怒られ、社からは何も言

わずに不満気な表情を向けられた。

 それからというもの、そういった食事になる前に気付いた鑑や社が

何かしらを持ってくるようになった。

 今日は午前中にあの憎たらしい狸少将を相手にした後、とっておき

のコーヒーを飲んで気分を落ち着かせた。それからすぐに研究室に

来て、何だかんだやっていたら昼の時間になっていたようだ。

 物音を建てずに存在感を消して現れたのは、何年もの付き合いにな

る社だった。手にはお盆が載せられており、不格好なおにぎりが6つ

載せられていた。

「……お疲れ様です、香月博士」

 アタシが彼女を視界に捉えると、抑揚のあまりない声でそう言う。

 目の前までやってくると、机の空いている空間にお盆を置き、近く

の椅子に腰を下ろした。

「……お昼を持ってきました。純夏さんも後で来ます」

「そう」

 視線を再度お盆に落とし、不格好なおにぎりを見て、ふと脳裏を過

る。

 これまで何だかんだ言って近くで過ごしてきて分かっていること

だが、鑑は家事能力が高い。白銀は軍隊で身につけたものだろうが、

鑑の場合はどこか所帯じみているところがあるのだ。ズボラな白銀

の世話を焼いたり、荒れたアタシの執務室や研究室を入るなり掃除を

265

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始めたり、白銀に振る舞う食事が家庭料理のそれだったりと。

 余裕が出てきたからこそ、こういった観察もできるというものだ。

学生時代のまりもも似たようなところがあり、時々助けてもらったり

もしていたことをふと思い出した。

「じゃあ鑑を待ちましょうか。社、何か飲み物はいる?」

「……私が淹れます。博士は何にしますか?」

「そうねぇ……緑茶にしようかしら? この研究室にあったっけ?」

「……あります」

「あるのね……どうしてあるの?」

「……純夏さんが持ち込みました」

「鑑ィ……」

 スッと立ち上がった社は、積み上がった機材や資料の壁の向こう側

へと消える。それと入れ替わるように、今度は物音を立てながら誰か

が入ってきたようだ。

 アタシの研究室を簡単に出入りできるのは、アタシを入れても4人

しかいない。1人は今頃関東にいるだろうから、後は1人だけ。

「お疲れ様で〜す! お腹減ったよぉ〜〜〜〜!!」

「うるさいわねぇ。さっさと手洗ってらっしゃい」

 ボケッとした表情で入ってきたのは、やはり鑑だった。脇には支給

されているラップトップと本が1冊にファイルが2つ。フラフラと

こちらに近づいてきたかと思うと、近くの椅子に荷物を放り出して社

が消えた方向に向かっていった。

 社、鑑の順番で戻って来ると、それぞれに紙コップが2つずつ配ら

れる。1つは緑茶だが、もう1つはどうやらインスタント味噌汁だ。

基地内では手に入らないものということもあるため、十中八九鑑がど

こからか手に入れてきたものだろう。

「いっただきま〜す!!」

 鑑の元気な声に遅れて、社とアタシが続く。

 いつから誰かと食事をするようになったのだろう。そんな疑問が

脳裏を過るが、すぐに解が出る。

 この世界に来て、鑑や白銀を連れてきてからだろう。

266

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 今までは暗い研究室で、味気ないクラッカーやカロリーバーを齧

り、気が向けば食堂に向かうなんて、ほとんど人と話すこともなけれ

ば日の光を浴びるなんてこともなかった。

 だが、2人を連れてきてから、目の前にいる2人や関東で暴れてい

るであろうアイツが近くにいるようになってからは、そういったこと

はなくなったのかもしれない。

 不格好なおにぎりを口に含むと、具であろうおかかと少し薄めの塩

の味を舌に感じる。味気ない食事というのも久しく、ただのおにぎり

であってもあの頃とは違うように感じた。

「今日は霞ちゃんが作るって言っててビックリしちゃったよ。ご飯も

炊いたの?」

「……頑張りました」

 いつの間に、そんな顔をするようになったのやら。2人の少女を眺

めながら、味噌汁を啜った。

「あちっ」

 赤い頭と銀の頭がせわしなく揺れる様を見て、その奥に置かれてい

るモノに視線が向いてしまう。

 完成には遠いが、いつか必ず使うことになるモノ。

 まだ、道のりは遠く。だが今は独りで歩いている訳ではないのだ

と。

267

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episode 28

   ﹇1998年11月23日 国連軍久留里基地﹈

 自分でできる範囲の整備を終えて簡易ベッドに入るとすぐに寝て

しまったらしく、気付いた時には朝になっていた。

 まだ起床ラッパの時間前だというのに人の声や機械音が聞こえる。

もしかしたならば、夜通し交代で整備兵たちが作業をしていたのかも

しれない。

 身支度を整えてテントから出ると、既にA─01でも起きてきてい

る者がチラホラ見られた。ほとんどがあまり顔を合わせたことのな

い衛士なのは分かるのだが、数人は何となく顔と名前が一致してい

る。

 昨日の夕食の際に配られたチープな歯ブラシセットを片手に水場

へと向かう。

 程々に身支度を済ませた頃に起床ラッパが鳴り響き、一応規則通り

に動き始める。だが既にほとんどの軍人は起きているか、夜通し作業

をしていたので作業的に鳴っただけだった。

 クラッカーを齧りながら、早朝から整備が始まった自分の不知火を

見上げる。

 久留里基地に帰還したA─01の不知火の中でも、特に状態のいい

まま戻ってきたのが俺の機体だった。欠損・破損部位なし。簡単な除

染作業を行った後、内部の駆動系や電装系をメンテナンスする程度で

済む。しかしそれでも不調を起こしている所はどこかしらにはある

らしく、長く務めている整備兵が油まみれのラップトップ片手に怒号

をあげていた。

「コイツは何もモゲてないからって気ぃ抜くんじゃねぇぞ!! 駆動系

を重点的に点検し、交換できるパーツがあれば交換しておけ!!」

「「「はいッ!!!!」」」

「電装系の奴らは腕を手伝え!! 戦闘で狂っちまったズレの修正だ!!

28号機

 

だから慎重に行え、動作不良でも起こしてみろ!! テメェ

268

Page 273: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

らの頭にスパナ投げて俺は腹を切る!!」

 物騒な声が聞こえてくる方を横に見ながら、キャットウォークに上

がって管制ユニットに入り込む。

 昨日着ていた強化装備が広げてシートに掛けられており、ヘッド

セットは左の操縦レバーに引っ掛けてある。

 機体のAPUは稼働状態で電源が入っており、機体自体がメンテナ

ンスモードになっている。ヘッドセットを装着すると、前面に《Ma

intenance Mode》と表示されていた。

 ノースリーブとカーゴパンツ姿のまま着座し、電装系の整備兵が置

いていったラップトップを接続する。

「……状態はイエローよりのグリーン」

 メンテナンスモードで関節がロックされた状態だが、機体のステー

タスを確認する。

 昨日の時点では同じ状態だったが、走査システムに引っかからない

腕や手首関節の調整は既に終えてしまっているようだ。

「少尉、乗ってるんだろー?!」

「はーい!!」

 外から聞き慣れた声が聞こえてくる。整備兵の声だ。

「腕を動かしてくれー!」

 右腕のメンテナンスモードが解除され、関節のロックが外れる。網

膜投影で見ながら注意を払いつつも、腕を少し動かしてみる。あまり

聞くことのない関節駆動音を遠くに聞きながら、整備兵の声を聞く。

「ありがとよー!」

 定位置に戻すと、再びメンテナンスモードに入った。俺は自分のや

りたかったことを始める。

 戦闘時の稼動ログを確認したかったのだ。いつも純夏が吸い出し

作業をし、XM3のバージョンアップや最適化に使っているというも

の。

 俺自身も何度も見てきたものだが、こうやって昨日今日で確認した

ことはなかったのだ。結局データを見たところで、俺には検討も付か

ないプログラムの羅列ということもあり、何のことだか分からない。

269

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ラップトップのハードディスクのDドライブから空きスペースを探

し、データに適当な名前を付けて保存する。

 機体整備に使われているラップトップは多くあるが、それぞれに専

用のものが用意されている。俺が操作しているのはそれだ。機体か

ら降ろされたところで、基地に持ち帰っても他の機体で使われること

はほとんどない。きっと純夏や霞が整備する時に見るだろう。そん

なことを考え、プログラムデータと一緒にテキストデータを残すこと

にした。保存した日付と誰が保存したのかだけを簡潔に纏めて、同じ

く保存する。

 ラップトップの電源を落とし、脇のスペースに置いて目を閉じた。

昨日までの出来事を思い返す。

 秩父戦域からときがわ戦域での出来事。考えてみれば、この世界に

来て初めて一般的な防衛線に参加したように思える。前の世界では、

横浜基地奇襲・クーデター・甲21号作戦・横浜基地侵攻・桜花作戦

と参加してきた。どれも特殊な立ち位置での作戦参加であり、他部隊

との連携は全くと言っていいほどなかったからだ。

 だがこの世界では、光州作戦から本土侵攻にかけて、ずっと他の衛

士たちと肩を並べて戦ってきた。

「ステータスチェック」

 東進しながらも出会った衛士たちのことを思い出す。もう数ヶ月

も前になる人物もいるが、彼ら彼女らはまだ戦場で戦っているのだろ

うか。強く記憶に残っている人物を思い出す。

 光州作戦で一緒の部隊に配属されたアレックス・ミラー大尉、イ・

スギョン中尉、イ・ヒョンジュン少尉ら国連軍リザード中隊や多国籍

の負け犬隊。本土侵攻からすぐ、九州で共に戦った祠堂 カレン大尉

ら国連軍シールド中隊。兵庫で共に戦った赤坂 幸中尉ら帝国軍ス

ワロー中隊。京都で助けた篁 唯依少尉、山城 上総少尉、能登 和

泉少尉らのファング小隊。京都を守るために戦った真田 晃蔵大尉

らウルフ中隊。

 他にもたくさんの衛士や兵士と出会った。

 彼らがどうなっているのかは分からない。ただ、もし生きていたな

270

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らば、どこかの戦場でまた会うこともあるだろう。

 機体ステータスを眺めながら、シートの調整も同時に行う。大体が

使われることなく破壊されてしまう、89式機械化歩兵装甲のチェッ

クも怠らない。

 京都では撃墜された時に一度使っているのと、前の世界やその前の

世界でも訓練兵時代に訓練として使用したことがあったのだ。機械

化歩兵装甲があれば、生身で脱出するよりも心強いことは身を以て理

解している。それに俺は着用したままでの戦闘経験もある。だから

こそ、少し疎かになりがちな機械化歩兵装甲のこともよく見ることに

しているのだ。

「白銀ー? さっきとは逆の腕を動かしてくれないかー?」

 機外から大声が再び聞こえる。網膜投影に左腕に整備兵が集って

おり、装甲板が外されて駆動系が露出していた。

「はーい」

 簡単に答えてから右腕の時と同じように動かす。左腕の方がどう

やら駆動系の損耗やズレがあるようで、右腕よりも多くのパーツが近

くに運ばれてくる。

 考えてみれば、左腕で多目的追加装甲を保持していたり、長刀を振

り回すのも左腕だ。重量物を持っていたり、振り回していたら、それ

だけ損耗も早いのは道理だ。

 俺は長刀と突撃砲を併用した高機動近接戦を得意としていること

もあり、損耗は他の戦術機よりも相対的に早い。駆動系に気を使った

動きの練習も長いこと続けているが、どれ程身に付いているかは分か

らない。

 左右持ち替えながら戦うことを意識しはするものの、集中していた

り混戦の真っ只中だと、そのようなことは些事だと隅へ追いやってし

まうことの方が多い。

 練習を続けていればそのうちできるようになるだろう、そんなこと

を能天気に考えながら機体から降りた。

 ※※※

 ﹇同年同月26日 静岡県 御殿場戦域﹈

271

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 長野から南東へ侵攻を再開したBETAは、2回目となる22日の

侵攻から一時的に侵攻する個体群が確認されることはなくなってい

た。しかし、3回目の侵攻はこれまでとは動きが違った。

 長野県松代辺りを発ったBETA群は南下を開始。そこから分か

れることなく、一直線に南下を開始したのだ。偵察衛星が捉えてた長

野の残存個体数は2回目の侵攻で大きく数を減らしており、目標は不

明だが南へと進み始めていた。

 今回の再侵攻では埼玉方面へ向かう集団はなく、もともと埼玉方面

に展開することになっていたA─01は戦術機に乗り込んですぐに

CP将校の待ったで足踏みをするような状況になってしまったのだ。

 A─01は単独での戦闘を想定した編成が行われている。そう連

隊長の崎山中佐が言っていた。

 埼玉方面は基本的に極東国連軍の管轄ということもあり、夕呼先生

が幅を利かせることができたが、静岡・山梨方面は帝国軍の管轄でそ

うもいかない。

 その上、現在A─01で満足に戦闘が可能な戦術機は15機。増強

中隊分しか残っておらず、残りはどこかしらが不調であったり修理中

であったりするのだ。

『CPより40301。博士から直接命令が下っている』

 自分のエプロンでアイドリングさせたままにしていたところへ、C

P将校が通信を開いた。

「40301よりCP、命令とは?」

『TF─403はこれよりA─01から離脱。単独、御殿場戦域への

強行偵察任務を課す』

「40301了解」

『貴官はこれを単独で行なうこと』

 機体に乗り込んでいるA─01の衛士たちから声が上がる。しか

しCP将校はそれを無視して話を続けた。

『この際、機体のカラーリングの変更は必要ない。そのままの状態で

出撃し、戦域の情報を収集。可能な限り情報を集めた後、久留里基地

に帰還せよ』

272

Page 277: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 目の前に映し出されたマップに、予定されている戦域のデータが表

示される。ある程度把握できている展開中の帝国軍の情報だ。

 防衛戦にしては戦術機の数が少ないように思えるが、度重なる侵攻

と戦術機生産拠点の東海地方が陥落している以上に、衛士の供給も満

足に行えていないのかもしれない。

 しかし、御殿場の辺りならば、駿河湾沖に展開している帝国海軍が

艦砲射撃をする筈だ。となると、面制圧によって今回の侵攻も食い止

めるつもりなのだと伺える。接近すればデータリンクで駿河湾沖の

状況ももしかしたら手に入るかもしれない。

「40301了解。速やかに出撃ですか?」

『あぁ。準備でき次第出撃だ。装備は任せる』

「はい」

 外部スピーカに切り替えると、外で退避している整備兵に向かって

声を掛ける。今の俺の機体の装備は突撃前衛装備になっているが、多

目的追加装甲を下ろして強襲前衛装備に換装したいからだ。

「28番機、強襲前衛装備に換装してくれ!」

 適当なところに追加装甲を置くと、整備兵がトラックで牽引してき

た突撃砲が近くに停められる。それと同時に、自立支援担架によって

稼働兵装担架システムの換装が始まった。

 作業自体はそこまで時間がかかることはなく、近くの右腕がない不

知火に追加装甲を受け取ってもらい、担架の載せ替えと武器を持ち替

えるだけですぐに準備は完了した。

「28番機、出撃する!」

 異色のエプロンから1機の不知火だけが主脚移動を始め、CPから

管制塔に発進許可を取って電磁カタパルトで射出される。

 ※※※

 今回の単独任務の経緯は、いつも以上にいきなり決まったことだっ

た。溜息を吐くことはなく、静かに指定された御殿場戦域を目指した

のだ。

 当然のことながら警戒はしていても接敵することはなく、何度か戦

術機とすれ違った程度。オープン回線で話しかけられることもあっ

273

Page 278: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

たが、基本的には答えないようにしている。そもそも夕呼先生から答

えるなと言われていることもあるが、俺自身も答える必要はないと考

えているからだ。

 答えなければ相手もデータリンクの不調や通信機が壊れていると

勝手に勘違いしてくれる。

 何度か噴射跳躍を交えながら、御殿場戦域の南方に到着した俺は広

域データリンクで情報収集を始めた。

「御殿場に展開しているのは、帝国軍と斯衛軍の混成部隊」

 帝国軍の一般的な戦術機甲部隊と、富士教導団から捻出されたと思

われる精鋭部隊。斯衛軍部隊。2個連隊規模程度はいるようだ。

 それだけの戦力では、南下しているBETAを受け止めることはで

きない。座学で習う程に基本的なことを思い出し、もう一度広域デー

タリンクで拾えるだけの展開部隊情報を確認する。

 帝国軍戦術機甲師団。戦術機甲部隊と随伴支援整備部隊、機械化歩

兵部隊、砲兵部隊で構成されている。それに加えて、富士教導団所属

戦術機甲2個中隊と、斯衛軍独立警護2個中隊だ。

 基本的な直接支援は帝国軍の随伴砲兵部隊に任せており、接触前の

対レーザー弾による飽和攻撃もこの砲兵が行なう様子。足りなけれ

ば、駿河湾沖の帝国海軍が補充するだろう。

 基本的な戦術は、地上戦力によるBETA群遅滞戦術。封じ込めが

ある程度できたならば、帝国海軍による飽和砲撃を行い殲滅。セオ

リー通りの迎撃戦になっていると思われる。

 だがやはり気になるのは、受け止める場所として選んだであろう御

殿場に展開している部隊が少ないように思えた。

「これで今回も防ぐことはできるのか?」

 思わず疑問が口から漏れる。誰が聞いている訳でもないが、すぐに

口を閉じて思考に集中を再開する。

 今回は二正面作戦ではないため、要請次第で国連軍を投入すること

そ・

う・

い・

う・

こ・

と・

も可能だというのに、それがないということは

なのだろ

う。自国戦力のみで対処する腹積もりがあり、その裏に何があるの

か。

274

Page 279: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 現在の富士山周辺はBETA中部戦線最後の砦になっている。南

下開始以前は山梨県東部も砦として機能していたが、2度目の侵攻に

よって放棄。中部地方に残されているのは、静岡県側の富士山麓と伊

豆半島しかないのだ。

「……ひとまず偵察を続けよう」

 頭の中から余計な考えを振り払い、データリンクの情報を機体の

ハードディスクに保存していく。それ以外に目視で確認できること

等は、手元のメモ帳に書き残していった。

 そもそも何のために夕呼先生が、急遽俺を偵察に出すことを決めた

のか、その意図がまだ掴めないでいた。

 CP将校の話だと、御殿場戦域に強行偵察を行なうこと、と言われ

た。一応、戦域から離れた地点から分かる程度の情報を集めている

が、そもそもの命令は強行偵察だ。

 実際にBETAと戦闘し、情報を収集するのが本来の任務になって

いる。

 ある程度区切りのいいところでメモしていた手を止め、戦闘で管制

ユニット内と飛び回らないよう、機械の隙間にメモとペンを噛ませる

と、スロットルを解放して機体を浮き上がらせる。

 目標は前方で始まった御殿場での戦闘。ある程度情報収集を終え

たら、そのまま撤収する。そう自分に確認するように言い、突撃砲の

安全装置を解除した。

275

Page 280: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

episode 29

   ﹇1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域﹈

 斯衛軍第3大隊でお世話になり始めて、京都から機体が持つ限り戦

いに明け暮れていたような気がする。

 何度か休日もあったが、それは機体が持たなくなって整備をするた

めであったり、衛士の体調管理のためであったり理由は様々だ。

 長野が陥落してから大きな休みをもらっていたが、その間にも私に

はやることがあった。家のこと、原隊のこと。機械的に処理してい

た。その間にも、和泉と山城さんとは何度も顔を合わせたが、殆どは

山城さんの入院している軍病院での話だった。

 山城さんの退院は早々に決まっており、数日前に仙台から前線に

戻って来ていた。無論、原隊は失っており、配属先がないという理由

から、同期の私たちがいる第3大隊の預かりとなった。

「ファング1より中隊各機。状況を確認する」

 これまでの戦闘で数を減らした斯衛軍第3大隊も、既に定員数を下

ハイドラ

回っている。残すは祟宰 恭子様率いる

中隊と、その他の生

ファング

き残りを固めた

中隊のみとなっている。そのファング中隊

も上官や先任が戦死したため、私が中隊長を務めることとなり、部下

は和泉と復帰した山城さんのみだ。

「現在長野を発った師団規模の第3次南下群は、南アルプスを通過中。

直に御殿場に到達する予想だ。目標は変わらず伊豆半島と思わる」

 網膜投影されたマップにBETA群の予想進路が表示される。そ

の進路上に私たちの部隊マーカーが表示されていた。

「私たちはここでBETA群の侵攻を受け止め、駿河湾沖に展開して

いる帝国海軍連合艦隊第4戦隊の艦砲射撃によってこれを殲滅する」

 近くで警戒待機していた帝国海軍のお陰で、富士山周辺の守りが固

くなっていると言っても過言ではない。元々帝国軍富士教導団の

ホームがあるところだ。地上戦力も申し分ないものが待機している。

 しかしそれでも少なからず不安はある。地上戦力の少なさだ。い

276

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くら艦砲射撃で殲滅予定とはいえ、2個連隊規模相当の戦術機甲部隊

と、連隊隷下の砲兵隊だけが支援砲撃を行うのだ。

 想像するまでもなく、受け止めたとしても持ち堪えられるとは思え

ない。

 簡単な確認を済ませると、戦闘開始の合図までは待機となる。機体

の電装が発する排熱音とアイドリングさせている跳躍ユニットの音

以外には、自分の鼓動と息遣いくらいしか聞こえない。

『ハイドラ1より我々の戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明か

せ』

 戦術データリンクにアンノウンが表示されるのと同時に、オープン

回線に恭子様の声が聞こえてくる。

『繰り返す。こちらは帝国斯衛軍第3大隊所属ハイドラ1 祟宰 恭

子大尉。当戦域に侵入する戦術機へ。所属と名を明かし、当戦域に侵

入する理由を明らかにせよ』

 アンノウンは第3大隊が展開する戦域よりも南から姿を現し、悠々

と噴射跳躍で移動を続けている。

『ハイドラ1よりファング1。貴官らが侵入機から一番近い。突撃砲

の使用を許可する』

『『「了解」』』

 侵入機が向かってくる方角に突撃砲を向ける。数分もしない内に、

レーダーが侵入機の詳細情報を取得した。

「……Type─94、不知火?」

『あ、あれ帝国軍機じゃないの?』

 和泉もデータリンクで確認したようだ。しかしおかしい。アレは

侵入機で所属不明機の筈だ。なのに何故、データリンクにIDが表示

されているのだろう。

IJG─207th─test pt

『……

「それって……」

 山城さんがいち早くIDに気付き、読み上げる。私はその部隊名を

聞いて、記憶が掘り起こされた。

 その呟きを聞いていた恭子様が鋭い目つきを向けてくる。

277

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『篁少尉。こちらでも貴官らの機体に残っているデータを閲覧した。

ア・

レ・

が帝国軍の第207試験小隊なのか?』

 同意しかけたその時、侵入機はもう私たちの目と鼻の先にまで接近

しており、近くに機体を着陸させた。

 その機体は不知火ではあるのだが、見たことのない塗装が施されて

おり、着陸の動きが滑らか過ぎる。こんな戦術機を見たのは一度しか

ない。

「は、はい。恐らく帝国軍第207試験小隊で間違いないです」

 動揺しつつも言葉を何とか繰り出す。何故私が動揺しているのか。

それは、目の前の不知火の左肩部装甲ブロックに塗装されている部隊

略称を読んだからだ。

『国連軍機のようだが?』

「し、しかし、識別IDは帝国軍のものです!」

 微動だにしない私たちのことに当然気付いている不知火が、こちら

の方に機体を向ける。だが、私たちは警戒態勢に移らない。

 見かねた恭子様が小隊を引き継れてこちらまでやってくると、不知

火を囲むように着陸し、突撃砲を向けた。

『貴官の所属と名前、目的を言ってもらおうか。通信が聞こえていな

い訳があるまい』

『……え? あ、あー、極秘任務中で明かせません』

 聞き覚えのある声だった。間違いない。あの不知火は識別ID通

り、帝国軍第207試験小隊の鉄少尉に間違いない。

『ファング1』

「は、はい! 帝国軍第207試験小隊の鉄 大和少尉と思われます。

別の衛士かもしれませんが……」

 聞かれて思わず答えてしまった。

『そうか。鉄少尉。貴官の口からも聞きたい。貴官の所属と名前、そ

して何故この戦域にそのような戦術機で現れたのかを言ってもらお

うか』

 不知火を取り囲む4機の瑞鶴。正直どれ程の腕前だったかまでは

覚えていない。しかし、鉄少尉が国連軍機に搭乗していたところで不

278

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思議ではない。

 帝都での戦闘の時、白銀少尉は自身のF─15Jが撃墜されると、

どこからか飛来した謎の国連軍機に乗り換えていたからだ。

 訓練兵時代の話を思い出し、それでも腕がいいからと帝国軍のF─

15Jと思われる試験機に搭乗していた。その後、F─15Jによく

似た国連軍機に乗り換えて飛び去っている。

 経歴不明の人物であるのは確かなのだ。となると、鉄 大和という

のも偽名である可能性があるだろう。

『帝国軍第207試験小隊、鉄 大和少尉です。現在は国連軍に出向

し、そちらで命じられた任務を遂行中です』

『その機体は?』

『出向先の装備です』

 恭子様は今一度、国連軍塗装の不知火を訝しげに観察すると、鉄少

尉に問いかける。

『今は緊急時だ。これ以上の尋問をしたところで無意味だろう。鉄少

尉、任務内容を明かしてもらえるか?』

『お答えすることはできません』

 以前会った時と同じく、顔を見せずにハッキリと言った。恐らくだ

が、彼も日本人。F─15Jに乗っていた時も、長刀を使っているよ

うだったのだ。

 ならば、恭子様の顔を知らなくとも名前は聞いたことあるだろう。

それなのにも関わらず、毅然とした態度で拒否したのだ。

 恭子様の表情は変わらないが、怪しむ様子は増している。オープン

回線でもそうだが、部隊内、秘匿のどれでも彼はSOUNDONLY

でしか通信をしない。そこから分かるのは、彼は特殊部隊所属である

こと。

 帝国軍第207試験小隊という部隊も存在していないことから、そ

のことが伺える。本当に帝国軍なのか、それとも他国の軍隊なのか。

彼・

 だが確実に言えるのは、

はBETA本土上陸からこれまでに於い

て、各防衛線でその名が知られている。類稀なる機動制御技術、単機

では出し得ない戦闘力。その名声が邪魔をしているのだ。

279

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 なんのためにそのようなことをする必要があったのか。なんのた

めに特殊部隊であろうにも関わらず、隠密行動をしないのか。なんの

ために単機でこのような状況になるにも関わらず、表に出てくるの

か。

 分からないことばかりなのだ。

『祟宰大尉。今するべきことをしましょう』

『ッ!! 貴様、どの口がそのようなことを』

『既に長野県から南下するBETA群が御殿場戦域に差し掛かろうと

しています。俺も御殿場に用があります。このまま遊軍として戦闘

に参加します』

 想像するまでもなく、彼は戦闘に参加すると言った。やはりだ。京

都で会った時も、その後聞いた話でも、彼はそうするのだ。

「畏れながら具申致します!!」

『篁少尉。……何だ、申してみよ』

「はッ!! 鉄少尉の背後が意図的に隠されているものであったとして

も、彼もまた国のために武を振るう衛士です。小官はそれをこの目で

見ました」

『それは私の処に来てから、何度か聞いている』

「はい。ですから、彼はひとまず拿捕することはせず、共闘という形で

監視すれば良いのではないかと愚考します」

 そう。その腕は直接見ている訳じゃない。それでも嵐山から撤退

した後、長くはない時間ではあったが行動を共にしたからこそ言え

る。鉄少尉は信用できる衛士だ。それが例え偽った軍籍であったと

しても、彼自身は疑いようもない衛士なのだから。

 恭子様は少し考えたようだが、すぐに答えを出す。自らの構えてい

た突撃砲を下に向けたのだ。

『ひとまず、問いただしたいことは山程あるがここでは止めておこう。

鉄少尉、戦闘が終わった後に逃げないことだな』

『了解』

『では我々の部隊に加える。ファング1、ファング中隊の連中は鉄少

尉とは面識があるのだったな』

280

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 恭子様の青い瑞鶴がこちらを向く。私は素直に答えた。

「はい。能登少尉、山城少尉共にあります」

『では、鉄少尉を任せる。一度行動を共にしたことがあるのならば、私

のところよりも連携が取れるだろう。それに、こちらは充足してい

る。3機で部隊を組んでいる貴官らのところに入ってもらった方が

都合がいい』

「了解しました」

 不知火を囲む瑞鶴が次々と突撃砲を降ろしていき、続くように青い

瑞鶴を追いかけるように空へ浮かび上がった。

 やがて4機が見えなくなると、待機のまま陣形の崩れていない私た

ちのところへ主脚移動で不知火が近寄ってくる。

 回線はオープンから部隊内へと切り替わり、ファング中隊の中に

イーグル1

が加わった。

『久しぶりだな』

「お久し振りです、鉄少尉」

 最初の一言目は、まるで昔の知り合いに会うかのような挨拶だっ

た。戦術機の中じゃなければ、どこかの駅前で待ち合わせるか、道す

がらたまたますれ違ったかのような。

 回線に和泉と山城さんも入ってくる。時間は短かったものの、初陣

で帰還できたのは彼の助力があったということもある。真田大尉よ

りも先に会うことができるとは思ってもみなかったが。

 声色は京都駅に向かう時のような砕けた話し方で、堅苦しさの欠片

も感じさせない。私たち斯衛にとってはあるまじきことだが、彼がそ

うしてしまっているのだ。警戒待機をしながらも、私たちは京都駅で

の件のお礼等を言い合った。

『いやぁ〜、それにしてもおっかないな。篁少尉たちの上官は』

 顔は見えないが、恐らく笑いながら言っているのだろう。

『祟宰様のことをそう言うのは鉄少尉だけですわ。あの方は瑞鶴の色

からも分かると思いますが、五摂家の1人です。その地位でありなが

らも、驕ることなく研鑽を続けていらっしゃる私らの目標ですわ』

『そうか。そりゃ悪い、山城少尉。俺はおっかないとは思うが、いい上

281

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官だと思うぜ』

 そう言い切った鉄少尉は、連携について確認を取り始める。

 少尉のポジションは突撃前衛。根っからの前衛タイプらしいが、少

しは後衛もできるという。だが、装備は強襲前衛を選択しており、部

隊を組むのに向いていないらしい。

 一方で私と和泉が前衛、山城さんが後衛を基本的には務めている。

 私たちの編成を崩さずに再編成するのならば、鉄少尉と和泉で前

衛。私と山城さんで後衛にしてしまえばとりあえずは収まりがいい

だろう。

第1.5世代機

 しかし、少尉の機体は私たちの

とは違い第3世代

機。戦闘の足並みは確実に崩れるだろう。ならば、これまで通りの編

成のままにしておき、少尉を遊軍にしてしまえば持ち腐れなく十二分

に動くことができるかもしれない。

 私が鉄少尉を遊軍にすることを伝えると、少尉は納得した様子だっ

た。基本的に4機行動をするが、戦闘時には少尉に自由に動いてもら

うことは2人も納得した様子。

 一通り決め終わると、丁度ハイドラ中隊から入電があり、前線に動

きがあったとのことだった。BETA先鋒は既に御殿場戦域に突入

しており、帝国軍と戦闘状態に突入しているとのこと。このまま抑え

込み、帝国海軍の艦砲射撃でもって殲滅する。分かり易い防衛戦だ。

 全軍前進の合図に、私たちファング中隊も動き出す。不知火を加え

た異色の編成だが、周辺に展開する部隊は全て一足先に前線に向かっ

た。

 京都駅から救出されたあの日から、私たちは戦った回数も撃破数も

数えることはなくなった。生者が死者の数を数えるのをやめたよう

に。また、生者が死の渦巻く場へ行く回数を数えるのをやめた。

 伸びっぱなしになっている髪が強化装備のプロテクターとレス

キューパッチを撫でた。

282

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episode 30

   ﹇1998年11月23日 静岡県 御殿場戦域 帝国軍東富士研

究所仮設基地﹈

 遅滞戦は苛烈をきわめた。少ない正面戦力で、帝国海軍第4戦隊の

有効射程範囲までBETAを引きつけて個体密度を限界まで高める。

 戦力の大部分を占める帝国軍戦術機甲部隊は精鋭ではない。しか

し、彼らも一定の基準を満たし、研鑽を重ねた衛士だ。富士教導団と

比べれば見劣りするのも当然ではあるが、それでも作戦には大きく貢

献している。戦域は想定よりもかなり持ち堪えていた。

 帝国軍の活躍もあり、御殿場戦域に襲来したBETAは艦砲射撃に

よって一網打尽。想定された被害よりも多くの将兵と装備を失った

が、御殿場戦域から南へ抜けた個体は確認されなかった。

 珍しく戦略目標を防衛しきることができたからか、帝国軍東富士研

究所富士第一基地の施設 帝国陸軍技術廠管轄仮設基地はお祭り騒

ぎになっていた。これまで遅滞戦や防衛戦に挑めば、すぐに撤退戦に

移行していたからだろう。守りきれた方が少ないこの戦争で、小さな

成功であっても喜びの感情を押し殺し切れるとは到底思えない。

 しかし、私たちのような現場に赴いた衛士は喜びも勿論あるが、安

堵した気持ちの方が勝っているだろう。少なくとも私はそうだった。

 機械油に塗れた整備兵たちも、どこか表情に余裕を感じられる。今

回の侵攻で、長野県に停滞しているBETA群はほとんど吐き出され

てしまったことを聞いたのだろうか。少なくとも明日明後日、一週間

かそこらはBETAの侵攻がないと予想できたのだろう。

 そんな中で、帝国斯衛軍の衛士や一部の兵士は緊張感のある表情を

していた。理由は明白で、先程恭子様の青い瑞鶴の前に着陸した戦術

機のことを事前に聞いていたからだろう。

「青い不知火……」

 帝国軍最新鋭戦術機である94式戦術歩行戦闘機 不知火は、帝国

軍内でも供給数の少ない純国産第3世代戦術機だ。帝国軍機は基本

283

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色としてジャーマングレーで塗装されている筈なのだが、降り立った

不知火は国連軍カラーで塗装された不知火だった。

 帝国軍や斯衛軍内でもちょっとした噂が存在している。それは「極

東国連軍に不知火を装備した部隊がいる」ということだった。

 前回の侵攻の際、国連軍が担当していた埼玉での戦闘で確認されて

いた。帝国軍が供給する撃震や、国連軍の一般的な装備であるF─1

5C等に紛れて、国連軍カラーの不知火が戦っているのを。

 軍上層部も真偽の程はどうなのかは分からないが、私たちに情報は

1つも持ち合わせていなかった。

 だからこそ、現場の軍人たちは好奇の視線を向けてその機体を見る

ことしかできないでいた。

『唯依……。鉄少尉、これからどうなっちゃうのかな?』

「機体から降ろされて尋問、だと思う」

『鉄少尉は軍規に則って行動していたんじゃないの? 京都の時だっ

て、結局何事もなく基地に帰ったって言ってたし』

「問題なのは帝国軍か国連軍か、っていうことだと思う。少尉は帝国

軍から国連軍に出向しているって言ってたけど、そもそも帝国軍第2

07試験小隊なんて存在していないし、そもそも帝国軍に鉄 大和と

いう衛士はいないみたい。……所属も名前も偽っているから、正式な

任務で行動中だったとしても捕まえることになったんだと思う」

 その先の言葉は続けられなかった。幾ら今回の防衛戦は守り抜い

て浮ついているとはいえ、戦時であることに変わりはない。日本帝国

内の状況を鑑みれば、連戦連敗の負け戦なのだ。そんな中で現れた背

景が見えない衛士に最新鋭戦術機の組み合わせは、普通の神経をした

軍人であれば警戒しない訳がないのだ。

 私自身としては、彼が偽名を使っていようが、所属を偽っていよう

が、戦場で戦う姿は普通の衛士となんら変わりないように思えて仕方

がない。否、戦術機の機動制御はずば抜けて優れている優秀な衛士で

あり、その戦術機自体も通常の不知火とは何か違うような気がしてな

らない。

 彼に助けられた身としては、このまま任務終了し帰還してもらいた

284

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いところだが、軍人である以上は身分詐称は見過ごすことはできな

い。二律背反している想いで葛藤してしまう。

「TF─403……TF─403って部隊名なのかな?」

『順当に考えるのならば、TFはタスクフォースのことでしょう。タ

スクフォース、直訳するならば任務部隊といったところかしら。第4

03任務部隊。口に出せば簡素な部隊名ですが、それ以外に所属を示

すモノが何もありませんわ。それに皆さんが触れていますが、国連軍

でありながら帝国軍の最新鋭第3世代戦術機である不知火を装備し

ている点も気になります』

「第403任務部隊……403……非正規部隊?」

『何故そのようにお考えを?』

「403は何でもないごくありふれた数字のように思えるけど、コン

ピュータ分野では意味のあるものなの。その意味は"アクセス権限

がない、禁止されている状態"のこと。つまり、意図的に存在を隠さ

れている部隊って意味。何か目的を満たすためだけに創立した部隊

なんじゃないか、って思ってね。深読みしすぎているとは思うんだけ

れどね」

『なるほど……確かに考え過ぎなのかもしれませんわね』

 山城さんの言う通り、考え過ぎだと思う。国連軍がどのように部隊

編成をしているのか私は知らない。もしかしたら、本当に第403任

務部隊というものが存在していて、鉄 大和という名前も本名なのか

もしれないのだ。

 私たちが機内でそのような話をしている間にも、青い不知火の周り

にはハイドラ中隊が除染作業も始めずに突撃砲や長刀を構えて囲ん

でいた。

 一方で、不知火は微動だにしない。こちらから聞くことができない

ということは、恐らく秘匿回線で投降等を呼びかけているかもしれな

い。しかし、この状態が長いことから、鉄少尉は対応していないのだ

ろう。

 機体の周りにはどうしたものかと途方に暮れている整備兵がちら

ほらと確認できる。早く除染作業と整備を済ませたいところの筈だ。

285

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 刹那のことだった。青い不知火の跳躍ユニットが動き出し、同時に

屈伸運動で飛び上がったかと思えば、ロケットモータで一気に空へと

舞い上がった。戦闘地域や光線級警戒地帯での飛行は高度50m以

下と教育されているにも関わらず、鉄少尉は100mも上昇し、直角

に軌道変更。そのまま東の方へと飛び去ってしまったのだ。

 あまりに唐突なことだったため、恭子様たちは動きについて行けず

取り逃がしてしまう。

 恭子様はすぐさまオープン回線で呼び掛けを行なうが、この仮設基

地に不知火を追跡できる機体は存在していなかった。ほとんどが撃

震であり、富士教導団の不知火も連戦続きで機体にガタが来始めてい

たのだ。

 訳分からずの包囲していながら取り逃がしたという事実は、気晴ら

しになる筈だったお祭り騒ぎに便乗することはできなかった。

 ※※※

 日付が変わろうかという時刻、私は恭子様の出頭命令を受け、研究

所内に設けられた簡易的な士官室に来ていた。

 既に屋外のお祭り騒ぎも鳴りを潜め、交代した整備兵たちの立てる

物音だけが聞こえてくる。そんな中、目の前で静かに腰を下ろしてい

る恭子様の目の前で、私は直立不動の姿勢でいた。

 呼び出された理由は幾つか想像できる。部隊のこと、もしくは鉄少

尉のこと。何度か雑談の話題として出したことがあったが、今回はよ

り詳しく聞こうという考えがあるのかもしれない。

 恭子様の愛用している椿油の香りが漂うこの部屋で、彼女の手が空

くのを待った。

「待たせたわね。呼び出した用件は鉄 大和少尉と青い不知火のこと

よ」

 書類仕事に一区切りついたのであろう。ペンを置いた恭子様は、

ジッと私の顔を見る。顔色はあまりよくなく、戦闘が続いてろくに休

めていないことが伺える。祟宰家の子女としてのものと、斯衛軍大尉

と大隊を任されている責からだろう。BETAの本土侵攻から、気を

張り詰め続けているのかもしれない。

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 しかし、発せられた言葉はどこか、軍務と私事の境界線が曖昧な口

調だった。一応新任少尉であり連戦続きの私のことを気遣っている

のだろうか。一方、私は張り詰めた気が抜けないのか、軍人としての

私が抜けていなかった。

「立たせたままで悪かったわね。こちらの席へいらっしゃい」

「はい、失礼します」

 手招きされ、近くの椅子に腰掛けると、早速用件に移った。

「唯依たち斯衛軍第332独立警護中隊の生き残りが京都で遭遇し

た、帝国軍第207試験小隊と鉄 大和少尉に関する調査を頼んでい

たの。それとやっと、京都駅で撃墜されたあなたの瑞鶴からレコーダ

の回収と復元、解析が終わったの。これで、唯依の口から聞かされた

内容以外にも目で見て分かることがいくつも浮上したわ」

 書類でできた小高い丘の1つから、束を引き抜いてペラペラと捲っ

た後に私に渡してきた。

 見ていい、という意味なのだろう。恐る恐る中身を確認すると、そ

こには嵐山基地から出撃し、それから私や中隊に何が起きていたの

か、どのような会話をしていたのかが書かれていた。

「たまたま、あなたたちの機体には通常のものよりも保存容量の大き

いハードディスクが搭載されていたようで、戦闘開始から撃墜までの

記録が全て残されていたわ。本来ならば操作ログくらいしか取れな

いものなのに、会話内容や身体データ、ガンカメラまで記録されてい

たの。その中から、会話内容とガンカメラのデータを確認したんだけ

れど」

 数ページ後ろに目を通せ、とのこと。途中まで読んでいた操作ログ

を切り上げ、指定されたページを確認する。

 そこにはガンカメラの映像の切り抜き画像と共に、文章が添えられ

ていた。

 画像には、京都で会った鉄少尉の乗機の画像もある。全身は映され

ておらず、そのほとんどは上半身や後ろ姿のみ。それらから推察され

る機種や予測される製造番号のリストアップがなされていた。

 あの時、鉄少尉が乗っていたのは、やはりF─15Jだったのだ。

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しかし、私もだが違和感を持った部分について、この書類では言及さ

れていた。

 空力制御のために増設された、上腕部ナイフシースモドキや頭部モ

ジュール増設カナード翼。兵装担架の施工処理の違いを指摘されて

いた。また、陸軍技術廠や各開発企業の戦術機開発部門にも問い合わ

せをしたようで、その解答も記載されていたのだ。

 これらを総じてこのように判断されていたのだ。鉄少尉の乗機は

F─15Jではない、F─15Jの元となったF─15系列の派生

機。そして、そのような改修機を帝国軍は保有していないこと。

 また、そのF─15Jモドキが撃墜された後、鉄少尉が乗り換えた

と思われる謎の国連軍機については、F─15Jモドキよりもかなり

分かったようだ。どうも第2世代戦術機黎明期に登場したF─14

という米国製戦術機らしい。ところどころ、同じく改修されている様

子だったとのこと。

 つまり、鉄 大和少尉の言うところによる帝国軍第207試験小隊

は存在しておらず、征威大将軍の配下であるどちらの軍にも彼のよう

な軍人は在籍していないということだった。

「鉄 大和という男は、経歴はおろかその名前すらも偽名に過ぎない

というのが結論よ」

「……それは」

 書類を見せられ、恭子様の口からも説明があれば、それが嘘だとは

私は思わない。しかし、それら以外で話された内容は、全て嘘だとは

思えないのだ。

「唯依の言いたいことは分かる。あの男が全て嘘を話していたとは思

わない。京都駅に行く道中、聞かされた話は恐らく真実よ。それに、

今日の戦いの最中にも交わしたであろう会話も。後者は私にはどの

ようなことを話していたのかは分からないけれど、全てが嘘だとは思

わない」

「……はい」

「それで、青い不知火について、本題に入りましょうか」

 そう。私は恭子様にその"青い不知火"について話があるから、と

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呼び出されていたのだ。

「あの機体に関してだけれど、祟宰家ではどうも知ることができな

かったわ」

「え?」

「それに加えてあのTF─403という肩部装甲ブロックに塗装され

ていた部隊名らしきものも、結局分からず仕舞い。こっちは速報とい

うか、私自身が調べた結果だけれどね」

「分からなかった、ということは……」

「えぇ。以前の大規模侵攻の際、埼玉の国連軍管轄戦域に連隊規模で

姿を表したことくらいしか分かっていないわ。国連軍でありながら

帝国の最新鋭戦術機を装備する部隊。彼らについては情報が1つも

出てこない。むしろ、これ以上深入りするとよくない気がするの」

「そうだったんですね。……それと深入りができないというのは?」

「京都駅で唯依たちに別れを告げた鉄 大和の乗機、F─14とかい

う国連軍機に関してだけれど、国連軍がその戦術機を装備していた前

例がないのよ。でも、目撃情報はある、らしいわ」

「らしい、というのは?」

「全世界のハイヴ攻略戦や間引き戦で、小規模ながら改造されたF─

14が目撃されているみたいね。どういった部隊なのか、目的はなん

なのか、全く分からなかったみたいね」

 つまり、だ。これまでの話をまとめると、鉄少尉は偽名であり所属

部隊も存在していない。搭乗していたF─15JモドキやF─14、

青い不知火に関して、全ての情報が全く手に入らなかったのだ。

 青い不知火に関しても、記述のあるのは私が知っていることだけ。

書類を膝の上に置き、恭子様の顔を見る。その顔はこれまでに見たこ

ともない、言葉に言い表せないような表情をしていた。その表情のま

ま、恭子様は言ったのだ。

ア・

レ・

「だから唯依。これからも

は戦場に姿を表すと思う。その時は、

なるべく情報を引き出しなさい」

「はい」

 恭子様の考えは正しいと思う。何もかもが訳分からずの相手だ。

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手を出すよりも、情報を集めておいて損はない。元来、人間同時の戦

を制するのは情報戦を制した陣営、と言われてきた。

 敵か味方か分からない相手に対して備える必要があることは理解

できるが、言葉では言い表せない感覚的なものが私の中にはあった。

 鉄 大和を名乗る衛士は悪い人間ではない、ということを。

 ※※※

 ﹇1998年12月12日 神奈川県 秦野戦域﹈

 あの日以来、私たちの戦いはいつもの様子へと戻っていった。幻想

を見ていたのではないかと錯覚してしまう程、御殿場戦域は4度目の

侵攻で食い破られてしまった。

 富士教導団本隊は第2帝都である東京の市ヶ谷に移動し、御殿場に

残ったのは一部の部隊と地域に駐屯している帝国軍部隊だけとなっ

た。私たち斯衛軍は第3大隊含む少数の部隊以外は将軍護衛のため、

仙台へ丸々移ってしまっている。増援を求めることもできず、少ない

戦力で4度目を受け止めきることはできなかったのだ。

 なくなく東へ撤退すると、BETAはそのまま伊豆半島を蹂躙。見

える景色はいつもと変わらない。あの京都から、見える景色は変わら

ない。

「本日未明、斯衛軍に下知が下された。現在関東に展開している帝国

斯衛軍第3・8・11大隊は即時仙台へ帰還。代わりの部隊が私たち

の後釜に収まる」

 集められた天幕の中、とてもじゃないが大隊とは言えない程の人数

を目の前に、恭子様はそう言った。

 我々第3大隊は撤退。京都から戦い続きであり、休養も満足に取れ

ていないというのが理由とのこと。それは本当のことなのだろうか。

確かに連戦が重なっていることは本当のことだが、それ以外にも理由

があるのではないだろうか。しかし私にその理由を知る術はない。

「皆は荷物を纏めなさい。0900までに機体に搭乗し、このまま厚

木基地から輸送機で仙台に向かう」

 恭子様の解散の号令と共に、皆がパラパラと天幕から出ていく。遅

れて私も恭子様に背を向け、既に出入り口の近くにいる和泉と山城さ

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んの元へ向かおうとした時のことだ。

 背後で声が聞こえた。小さい声だ。掠れた小さい声で、一言聞こえ

た。

「……すまない」

 一瞬歩くのをやめるが、すぐに足を前に出した。

 和泉、山城さんと並んで歩きながら今後のことを考えていると、和

泉から話し掛けられる。

 横を歩きながらだからか表情は見えないが、その声色はいつもより

も少しばかり沈んでいるような気がした。

「ねぇ、唯依」

「何?」

「これからどうなるんだろう、私たち」

 和泉が言わんとしている真意が分からない。しかし、私自身も不安

に思っていることはある。

 私たちは元々原隊を失った宙ぶらりんの衛士なのだ。それを恭子

様の好意で第3大隊に引き取られているが、この状況がどれ程続くの

かは分からない。

 今回の仙台行きは丁度いい節目だ。私たち以外にも部隊を失った

衛士を引き取っていた第3大隊だったが、そんな彼らも全員戦死し、

残すは私たちだけとなっている。

 恐らく仙台では部隊再編成が行われ、私たちはどこかの部隊へ異動

することになるだろう。その配属先はどのような部隊になるのか、全

く想像ができない。

 満足な錬成も終えていない学徒兵、略式任官を済ませて初陣を生き

残った新任少尉である私たちは、現場でどのような扱いを受けるの

か。

「分からない……」

「そう、だよね……。分かる訳、ないよね……。多分仙台に行ったら再

編成になっちゃうよね」

「うん。多分そうだと思う」

 兵舎代わりの小さい天幕に入ると、3つ並べられている簡易ベッド

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の横におかれた官給品のカバンを持ち上げる。中身は今着ている軍

装の替えと、作業着、筆記用具や日用品。私物は京都で戦って以来、父

様から貰った懐中時計だけだ。

 天幕は次に入る人がそのまま寝起きができるように、片付けは私た

ちが来た時と同じ状態に戻しておく。簡易ベッドの上に寝袋を畳ん

でおき、机代わりにしていたコンテナの上には何も残っていない状態

にしておく。

 最後に改めて天幕の中を見渡し、忘れ物はある筈もないのに確認す

る。この後は更衣室で強化装備に着替え、自分の瑞鶴に乗って厚木基

地に移動するだけだ。

 並んで3人で更衣室に向かい、雑談らしいことはあまり話すことな

く着替えを済ませる。着ていた軍装をカバンに畳んで詰め、準備が完

了する。時刻は0850。そろそろ機体に搭乗しないと遅刻してし

まう。

 走って自分の瑞鶴に向かい、管制ユニットに乗り込んだ。着座情報

を転送し、稼働準備を済ませる。慣れたもので、訓練生時代にはTF

─4Jに乗っていたが、F─4Jの派生機である瑞鶴の基本操作は対

して変わらない。

『ハイドラ1より大隊各機へ。異動に際し、装備は最低限だ。各機突

撃砲1挺と長刀1振りだ。それ以外は置いていけ。では定刻通り、異

動を開始する』

 第3大隊の生き残り、計7機の瑞鶴が空へ舞い上がる。

 その機体はどれも万全とは言い難い状態で、ほどんどの機体がどこ

かしら欠損している状態だ。腕がほとんどで、よくて肩部装甲ブロッ

クがない。脚部関節の可動域が小さくなっているものや、跳躍ユニッ

トが1基脱落している機もある。満身創痍としか言いようのない私

たちは、後ろ髪を引かれる思いで撤収したのだった。

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episode 31

   ﹇1998年12月23日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィング

ルーム﹈

 11月下旬に静岡県東部を襲ったBETA南下によって、現時点で

既に神奈川県を突破された。これによって、帝国軍が定めた多摩川絶

対防衛線の迎撃戦に突入。前の世界通り、ことが進んでいる状態に

あった。

 多摩川絶対防衛線が展開されているということは、既に横浜や横須

賀も突破されたということ。鉄原ハイヴから本土に上陸したBET

A群は、侵攻ルートをなぞるように移動。国連軍の偵察情報では、佐

渡島のハイヴは建設が始まってかなり時間が経っており、フェイズ2

に突入しようとしていた。一方、横浜のハイヴ建設も始まったばかり

だ。場所は柊町、帝国軍白陵基地跡で確認された。

 夕呼先生と決めていたことは、ひとまず予定通り進んでいる様子。

俺の知らないことも多くあるだろうが、夕呼先生は特に問題が起きて

いるような反応はしていない。

 何だかんだほぼ毎日顔を合わしていれば、ポーカーフェイスの夕呼

先生でもなんとなく分かってくるようになる。

 今日はというと、呼び出しを受けて朝食を食べてすぐに第3ブリー

フィングルームに来ていた。呼び出しと言っても、昨夜の時点で霞か

ら伝えられたことだった。

 考えるまでもなく、呼び出したのは夕呼先生。用件の見当はつかな

いが、いつもの機密区画にある執務室や研究室でないということは、

そこまで機密性の高くないやり取りをする予定なのだろう。

「早いわね」

 そう言いながら、少し眠た気な声色で入室してきた夕呼先生は、ま

りもちゃんを連れていた。

 なるほど、呼び出した場所がブリーフィングルームである理由は、

まりもちゃんがいるからなのだろう。ということは、このブリーフィ

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ングルームは夕呼先生と霞によって、盗撮・盗聴の調査が既に行われ

ているのだろう。

「おはようございます」

「おはようございま〜〜〜す!!」

 俺と一緒に待っていた純夏は、交わしていた雑談を中断して挨拶を

する。簡単に挨拶が返って来るが、まりもちゃんに関しては、本来で

あれば軍規違反である二重階級の使い分けに未だに慣れていないの

か、少しぎこちない様子だった。

「もう少ししたら社も来るけど、いなくてもいいから始めましょうか」

 そう切り出した夕呼先生は、純夏を呼び出してモニタの操作を始め

る。

 画面に移し出されたのは、A─01の組織図のようだ。赤いバツが

打たれているのは、既に全滅しているか壊滅している部隊を表してい

るのだろう。

 前回の戦闘で、連隊規模もあったA─01の戦力は増強大隊程度の

戦力しか残っていない。結局、治療のために後方へ移送された衛士の

ほとんどは再着任が難しい状態になっているという。身体の一部が

欠損してしまい生体義肢に置き換えられているか、五体満足であった

としても精神的に戦闘は困難であると判断されてしまった者が多い

という。そのため、戻って来られたのは9人だった。

 戻ってきた彼らと合わせても、A─01の衛士の人数は54名。2

個大隊編成を取ることができなくなってしまったため、1個大隊と9

人で1個中隊の2個中隊の変則編成に切り替えることになった。

「というのが今のA─01の現状よ」

 淡々とした様子で、A─01の状況を説明した夕呼先生。俺と純

夏、遅れてやってきた霞はこの事実を知っていたが、まりもちゃんは

今日始めて聞かされたことだった。

 ここから見える横顔には、1つの言葉で表現できないような様々な

感情が入り混じった表情をしている。

 まりもちゃんにとってA─01とは何なのか、俺には全く想像でき

ない。

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 そもそも前の世界では、まりもちゃんにA─01について多くは知

らされていなかった様子だった。自分たちが教えた子どもたちがど

こへ配属されているのかは全く知らない、といった様子なのは、略式

任官式の時やその後にもよく見かけた。だが、おおよそ見当は付いて

いたのだろう。A─01が連隊規模から中隊規模にまでなっていた

前の世界で、廊下ですれ違う伊隅大尉とは少なからず言葉を交わして

いた筈だからだ。

 そんなまりもちゃんの様子を無視し、夕呼先生は説明を終えたから

か一息吐いているところだ。

 編成自体は既に手続きが済んでいるらしく、ここでの話は報告的な

ものだった。この編成に俺の名前が入っていないのは当然のことで

はあるのだが、結局夕呼先生は何故まりもちゃんにこのことを教える

必要があったのだろうか。

「……香月博士。何故、私に機密部隊の編成について教える必要が

あったのでしょうか?」

「薄々勘付いている癖に聞く必要はないんじゃないかしら、まりも」

「私が二重階級をしていることと関係があることは分かっています」

「そうね」

 夕呼先生は短く返事をすると本題に移る。

 今回の本題はまりもちゃんが深く関わっているところ、第207衛

士訓練部隊についてのことだ。俺もそれはまりもちゃんが来た時点

で、何となくは察していた。

「アンタに任せている第207衛士訓練部隊なんだけれどね、少し

やってもらいたいことがあるの」

「何でしょうか」

「今後、何かあれば彼らも即時繰り上げ任官させて戦場に引っ張り出

すから」

「ッ?!」

「分かっているとは思うけれど、今のご時世、訓練兵は後方待機だなん

て言ってられないの。まりも、アンタにも分かることでしょ?」

 訓練部隊の繰り上げ任官。その言葉を京都で聞いた覚えがある。

295

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自分の思考はひとまず横に置いておき、2人の会話に集中することに

した。俺たちも呼び出されている理由がある筈だからだ。

「今の訓練兵はまだ前期課程です。任官するにしても、それは二等兵

としてですか? それとも少尉としてですか?」

「少尉の方よ。第207衛士訓練部隊の前期課程組を任官させる訳な

いじゃないの。使えないもの」

「満足な練兵の済んでいない訓練兵たちを、いきなり戦術機に乗せて

出撃なんてさせることはできません!!」

「分かってるわよ。私が言いたいのは、そうせざるを得ない状況に

なった時の話よ」

「そうせざるを得ない状況、というのは?」

「最後の悪足掻きなのか、苦し紛れなのか。それで、分かってもらえた

かしら?」

「……はい」

 夕呼先生の視線がこちらに向く。どうやら俺に話が振られるらし

い。

「もし訓練兵が出撃することになった時はまりも、アンタに隊長を任

せることになるわ」

「……了解」

「そうそう、それで白銀が何故いるのかについてなんだけれども、もし

そうなった際にまりもの僚機として白銀を付けるからよ。まりもが

若い尻を蹴り上げている間にも、コイツにはA─01と同じかそれ以

上に過酷な戦場に行って貰っていたわ。衛士としての腕は申し分な

大・

陸・

いと思うし、

の時みたいに暴れ回ってもコイツなら付いて来れ

る。むしろ、まりもが振り回されるかもしれないわね」

 その言葉を聞いた刹那、まりもちゃんの目の色が変わった。

 なまじ俺の背景を中途半端に知っているだけはあり、今にも掴みか

からんばかりの様子で夕呼先生の顔を睨みつける。

「何よ〜、別にいいじゃない」

「ですが彼はまだ子どもですッ!!」

「そうね」

296

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「そうねって……!!」

 感情が高ぶってか、昔馴染みを相手するかのような口調に戻りつつ

あるまりもちゃん。それを夕呼先生は、いつからそのようにあしらっ

ていたか分からない調子で、ひらひらとまりもちゃんの追求を避けて

いく。

 先生の相手をしていても無駄だと悟ったのか、今度は俺の方に詰め

かけてくる。ズンズンと力強くリノリウムの床を足踏みしながら、も

う少しで額と額がぶつかりそうな距離まで近寄ると厳しい声で言っ

た。

「本当に行ったの?」

「は、はい!」

「どこに?」

 思わず返事をしていまし、逃さんと言わんばかりに捕縛される。手

首を掴まれたと思ったら、今度は両肩に乗せた手でガシリと押さえつ

けられる。

 逃げるために格闘をしたところで勝ち目がある訳もなく、俺は夕呼

先生の方を一度見て素直に答えることにした。

「九州から京都まで、それと埼玉とか御殿場とか」

「本土侵攻の前半と、後はつい最近のところね?」

「そ、そうです」

 肩から手が離されると、まりもちゃんは俺から距離を置いた。やっ

と離れてくれたということもあり、無理な姿勢も元に戻すことができ

る。肩を少し回してみた後、彼女の方を見てみる。

 その表情はどこかで見た記憶のあるものだった。荒れ果てた廃墟、

仰向けで倒れている大破した吹雪、後ろから聞こえてくるまりもちゃ

んの声。情けなくて、その顔を見れなかった俺は、座り込んだ地面に

視線を落として何度も後悔していた。

 あの時、俺の背中に語りかけていた時、そのような表情をしていた

のかもしれない。そう直感的に感じ取ってしまったのだ。せり上

がってくるのを感じる胃液と内臓物に、思わず口を押さえてしまっ

た。

297

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「いきなり発情しないでよ」

「してません!」

 そんな俺の様子などつゆ知らず、2人はいつものやり取りに戻る。

入れ替わるように純夏が側に来て、俺の背中をさすりだした。

「大丈夫?」

「あ、あぁ……大丈夫」

 純夏には分かっているようだ。先程の俺がしたであろう表情が、何

を思って出たものなのか。それはESP能力者であるからなのか、そ

れとも幼馴染故に察してしまったのか。俺は純夏のそういった感情

の起伏にあまり気付くことがない。気付けたとしても遅れて気付く

ことがほとんどだ。思わず握り込んだ拳を開き、深呼吸をして顔を上

げる。

「もう、大丈夫。ワリィな、純夏……」

「うん……」

 スッと純夏は離れたが、隣から動こうとはしない。2人のやり取り

を眺めながら、俺はどうしようかと考え始める。

 そんな時だった、夕呼先生がまりもちゃんとの言い合いを中断し、

俺たち全員に聞こえるように声を張ったのだ。

「先日、横浜にハイヴが建設されたのは知っていると思うけれど、私の

方であることを国連軍司令部に打診したわ。無論、横浜ハイヴ攻略作

戦よ。まりも、さっきの話はこれに繋がってくるわ」

「帝国軍は計画しているだろうとは思っていたけれど、夕呼もなの?」

 遂に敬語が抜け、元々の口調が出ているまりもちゃんがそう問いか

ける。

「そうね。日本帝国政府の方でも攻略作戦は建設が確認されてすぐに

立案があったようね。私はそれに便乗する形ではなく、もっと大規模

な作戦にしようと考えているの。ま、作戦計画立案を買って出ている

し、これで私が作戦立案を握ったと言っても過言ではないわ。まり

も、アンタが育てている今の訓練兵、その作戦に投入することになる

わ」

「……分かりました」

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「話はこれくらいかしらね。何か訓練部隊で動くことになった場合

は、白銀に声を掛けること。そうなった場合、白銀を頼りなさい。こ

れでも一応、アタシの部下よ。アタシが認めて置いてるから、その意

味分かるわよね? じゃあこれで終わりよ」

 この言葉を合図に、まりもちゃんは不満だとありありと分かる程表

情に出しながらも、ブリーフィングルームから退室する。

 部屋に残ったのは俺と純夏、霞、そして夕呼先生だけだ。

 これで俺たちも解散なのかと思ったが、違う様子。夕呼先生に呼び

止められる。どうやらまだ話はあるらしい。まりもちゃんだけは終

わった、ということなのだろう。

 適当な位置まで戻って来ると、モニタ近くのパイプ椅子に腰掛けた

先生が話し始めた。

「さっきの話についてよ。横浜ハイヴ攻略作戦、明星作戦の概要は覚

えている?」

「はい。帝国軍・斯衛軍・国連軍・大東亜連合軍を投入した、パレオロ

ゴス作戦以来の大規模反抗作戦ですよね。作戦中、米軍が無通告でG

弾を投下したんですよね。米軍は事前に情報を共有していたけど、そ

れ以外の軍はG弾の攻撃範囲内から脱出すること叶わずミンチに

なった。結果はハイヴ殲滅と本州奪還が成功し、その後、ハイヴ跡地

に横浜基地が建設されたんですよね」

「その通りよ。現段階で、明星作戦は本州奪還作戦として国連軍司令

部に作戦計画・立案を打診。さっき言った通り事は進んでいるわ。恐

らく参加する軍も変わらずよ。前回同様に今回の作戦も動くことに

なる。A─01の再編成は前もこの時期にやっているから、対して齟

齬はないわ」

 夕呼先生の話を聞きながら、俺はある違和感を持った。

 何故、前回同様に作戦を進めるのだろうか。確かに、今のオルタネ

イティヴ4にハイヴ攻略を成し得る程の力はないことは理解してい

る。だが、それでも明星作戦の悲劇は止めるべきじゃないのか。

 俺はその想いを一度喉の奥で押し留め、先生の話に耳を傾ける。

「明星作戦だけで考えた場合、違う点を挙げるとすれば、A─01はX

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M3搭載機で参加すること。そして、再編成は新兵増員だけでなく、

一般部隊からも適性のある衛士を集めたわ。だからさっき1個大隊

と2個中隊の変則編成に切り替えてはいるけど、作戦開始を予定して

る来年の8月までには2個大隊規模にまで回復させるつもりよ」

「再編成の増員に関してですが、どこから連れてきたんですか?」

「アンタと接触した衛士よ」

「は?」

 気になって聞いてみたことへの返答が、思いもよらぬものだった。

俺と接触した衛士というと、光州作戦からこれまでのことだろうか。

そう考えれば、国連軍だけでなく様々な軍の衛士がいる。それらを全

員連れてきた、という訳ではないだろう。ならば、よりよい因果を掴

み取れる素体候補者とまではいかないまでも、それなりに能力がある

者ということになるのだろうか。

「アンタが恐らく考えている通りよ。これまでアンタを戦場に行かせ

て、そこでアンタが遭遇した衛士たちの中から、素体候補者の候補者

足り得る衛士たちを集めたの。まぁ、丁度その連中も部隊が四散した

り、アテがあった先でも生き延びたりした奴らだから問題ないわ」

「連れてきたこと自体に問題はないんですか」

「ない訳じゃないわね。まぁ、そこはアタシがなんとかしたし、問題な

いわ」

 その『問題ないわ』という台詞が強烈に嫌な空気を醸し出している

ことに、夕呼先生は気付いていないのだろう。近くにいる純夏も苦笑

いだ。

「そもそも選ばせたしね。再編成でこれまでと同じような一般部隊に

配属されるか、国連軍の特殊部隊に転属になるか。いやぁ〜、面白

かったわよ。ほぼ全員が二つ返事で了承したんだもの。自分の機体

で仙台まで来いって伝えたら、マジで来たわ」

「何やってんの、アンタ、本当に」

「えぇ〜〜〜、いいじゃないの。転属組は特殊部隊に栄転、アタシは状

態に良し悪しがあれど戦術機も手に入った訳だしぃ」

「限度があるわ!!」

300

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 頭が痛くなるような話を聞かされるが、話の内容は別にまりもちゃ

んに聞かせても問題ないような気もした。だが、彼女は恐らくA─0

1の選考基準については何も知らない筈だ。

 A─01に補充兵が来たということは、新たに不知火の調達とXM

3の訓練を受けさせる必要がある。その段取りは既に進めているだ

ろうが、明星作戦までの間に機種転換訓練以上に概念を壊す必要のあ

るXM3順応訓練は間に合うのだろうか。

 A─01でもかなり時間が掛かっている上に、現状でも使いこなせ

ていないのだ。もし作戦に投入した場合、練度の差で戦力にならない

なんてことが起きる可能性が十二分に考えられる。

「あと、明星作戦までアンタにやってもらうこと、ないから。TF─4

03としてはなくても、白銀個人に頼むことはいくつかあるとは思

う。戦術機に乗ることもあるとは思うけど、BETAと戦えってのは

今の処ないと思って頂戴」

「了解」

「鑑もよ。計画に関わることはかなり覚えてきているみたいだから、

アンタは戦術機に乗る前の白銀と同じよ。アタシが呼び出したりし

た時に顔を出したり、仕事を頼まれてくれるだけでいいわ。それ以外

は訓練してようが、戦術機弄ってようが構わないわ」

「了解で〜す」

 明星作戦まで実質休暇を貰えたようだ。何だかんだ言って、1年く

らい忙しくしていたような気がする。

 御殿場から帰ってきてすぐに俺の誕生日だったが、去年よりもこじ

んまりとしたお祝いをしてもらった。純夏がケーキを準備して、霞が

デコレーションをして、3人で祝っていると夕呼先生が乱入してき

た。後でまりもちゃんにも祝われたが、それが何だか嬉しかった。

 しかし、それ以外はずっとオルタネイティヴ4に関わる仕事を何か

しらしていたような気がする。ほとんど基地から出ることはなく、基

本的に書類の片付けだったり運搬をしていた。そういえば、先生の副

官にイリーナ・ピアティフ中尉は付いていないのだろうか。忘れてい

た訳ではないが、これまでに先生の副官として出てきた人はピアティ

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フ中尉とは違い、日本人が務めているからだ。あの頃よりも、業務の

効率が悪い気がしてならない。

 夕呼先生に解散の号令が出たので、ブリーフィングルームから出て

いくことにする。

 今日は特にやることもないのでトレーニングをしつつ、シミュレー

タ訓練をしようなんて考える。御殿場から帰還してすぐは、不知火の

整備や先生の執務室の片付けなんかをしていたこともあり、数日はバ

タバタしていた。それがやっと落ち着き、自分で訓練メニューを考え

て訓練に打ち込めるまでに状況は安定してきているのだ。

 未だに関東では激しいBETAとの攻防戦が繰り広げられている

が、出撃命令が出ていない上に俺はA─01以上の不正規部隊に所属

しているということもあり、おいそれと前線に出ることができない。

 気持ちでは前線に出たい気持ちはあるのだが、勝手に出撃すること

もできない。まず機体に搭乗しても、キャットウォークとガントリー

を強制排除し、実弾が装填されている突撃砲を確保しなければならな

い。そんなことをしていれば機体が拘束されるし、純夏を人質に取ら

れてしまえば何もできなくなるからだ。

 そもそも勝手に出撃しようだなんて考えることはしないが、心の奥

底では前線に出たい気持ちが燻っていた。

302

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episode 32

  ﹇1999年1月9日 国連軍仙台基地 グラウンド﹈

 去年の年末は、夕呼先生の言っていた通り、本当に何もすることが

なかった。しかし情勢は大きく動いたと言ってもいい。

 国連軍司令部によって横浜ハイヴ攻略作戦が承認されたことが公

のものとなり、大規模な作戦準備に移ったのだ。多摩川絶対防衛線は

前の世界と同様、死守することに成功。鉄原ハイヴから本土へのBE

TA流入量が減少したことによって、東京周辺で反攻作戦が決行し、

大きくはないが奪還することに成功した。これによって防衛線は前

進することとなり、前線部隊はちゃんとした部隊整理を行うことがで

きた。

 横浜ハイヴがまだフェイズ1の状態であるが、極力民間人もそれな

りに残っている東京や群馬を除いた北関東と千葉へのBETA流入

を避けるべく、定期的に部隊が前線を超えているという。その度に見

かけた個体を始末しているとか。

 オルタネイティヴ4での動きは相変わらずだ。年末に夕呼先生が

A─01再編成のために引き抜いた衛士たちが、仙台基地まで乗り付

けてきた。俺が名前も顔も知らなければ会ってすらいない補充兵た

ちは、乗ってきた戦術機を取り上げられると吹雪が与えられ、第3世

代と日本帝国製の機体の順応訓練を始めているという。彼らの訓練

を見ているのはまりもちゃんとのこと。かなり厳しくしているらし

く、シミュレータで鉢合わせた時は聞くに堪えない言葉をオブラート

に包んで言っていた。

「お〜い! 純夏ぁ〜〜〜!! 手ぇ抜いて走んな〜〜〜!!」

「ふえぇぇぇ〜〜〜!! だってぇ〜〜〜!!」

「だってじゃねぇ〜〜〜!!!!」

 そんな俺がしているのは、純夏の自主訓練に付き合っていた。俺が

この世界に来てからすぐ、純夏は夕呼先生に宣言したのだ。自分も衛

士になる、と。

 そのための訓練はずっと続けており、つい最近になって本腰を入れ

303

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て訓練できるようになってきたのだ。一応オルタネイティヴ計画要

員ではあるのだが、今は所属や階級の分からない作業着姿で走ってい

る。俺はいつものことだが、純夏が作業着を着ているというのも珍し

い光景で、戦術機の大掛かりな整備の時くらいでしかお目にかかれな

いのだ。

 躰をだらしなく揺らしながら、背筋を曲げたまま走るその姿は、い

つかの俺の姿を見ているようだ。だが、こうして自主訓練に付き合っ

ている以上、幼馴染だからと贔屓にする訳にもいかない。周回遅れで

追いついた純夏の背中に向かって、煽るような言葉をぶつける。

「そんなんじゃ、訓練部隊に入ってもドベだぞ!! や〜い、ドベ純夏ぁ

〜〜〜!!」

「なにおー……!! ……と、言いたい、ところ、だけど……タケルちゃ

ん、はやい、よぉ……」

 息を切らせながらもなんとか走る純夏を追い越し、後ろを振り返り

ながら話しかける。

「まりもちゃんにはっ倒されるぞ、そんなんだと。多分、とんでもなく

汚い言葉が飛んでくる。マジで」

「えぇ……」

「しかもな、他の訓練兵って、訓練部隊に入る前は軍の予備学校だか何

だかで訓練兵になる準備をしてくるらしいな」

「それ、どこ、情報、なのぉ……」

「知らん。どっかから聞こえてきた話だ」

「信用、性、皆無、だ、よお〜……」

 距離を離す純夏が視界から消えると、自分のペースで背中を追いか

け追いつく。今度は隣に並んで走りながら、説明を続けた。

「だが、最初は皆同じスタートなんじゃないか? 俺は途中から入っ

たようなもんだったから分からないけど、多分そうだ」

「そっ、かぁ」

「お、そろそろ目標周回数だな」

 事前に決めていた周を走り終えると、1周は走ったところを歩く。

急に立ち止まると体に悪い、というのはまりもちゃん情報だ。

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 息切れも元に戻った純夏は、給水所で冷え切った水を飲んで適当な

ところに腰掛ける。俺は特に辛かった訳でもないので、そのまま近く

に立っているだけだ。

「来期の訓練部隊に志願することにしたよ」

「そうか」

 唐突に切り出される。分かってはいたことだが、夕呼先生から解放

されたからこそ志願できるようになったと言っても過言ではない。

純夏の決めたことだから俺は止めることはないが、どうしてもその決

定に肯定することができない。考えてしまうのだ。純夏が撃墜され

てBETAに喰われる様を。そうなる前に助けることはできるだろ

うが、もし俺が助けるのに間に合わなければどうなる。助けられたの

に助けられなかった、なんてことが起きてしまうんじゃないか。

 純夏にとっては余計なお世話かもしれない。純夏のしたいことを

否定することになるから、よく思われないかもしれない。それでも俺

は止めたい。どうか、戦場に出て欲しくない。あんな思いは二度とし

て欲しくない、と。

「大丈夫だよ、タケルちゃん」

 純夏の声がスッと耳に入る。俺たちの他にもグラウンドで自主訓

練をしている軍人はいる。そんな彼らの息遣いや声が聞こえる中で、

彼女の声だけが鮮明に聞こえたのだ。

「私が衛士になる理由、いつか話したよね。覚えてるかな」

「……こっちに来た時だったか」

「うん。あの気持ち、今でも変わってないよ。私は守られているだけ

はイヤ。タケルちゃんは私のことを『俺の半身』って言ったじゃない。

私も同じことを思ってる。だから、私は守られているだけじゃなく、

守りたいの。今も1人で戦ってるその背中を、一体誰が守るのさ。今

はまだ訓練兵にもなってなくて、タケルちゃんの機体を直すことくら

いしかできないけど、私はそれだけじゃ嫌なの」

 ゆっくりを顔を俯かせた純夏は、アホ毛を揺らしながら言葉を止め

ない。

「どんな覚悟で計画に乗ってるのか知ってるよ。力と知識があって

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も、覚悟がなかった。覚悟がなかったから全てを失った。それでも得

られたのは僅かな時間。それでよかったのか、って。最初は帰りた

いって思ってた筈なのに、私のせいで留まることになって、だからし

なくてもいいことをして、散々傷付けられて泣いて、それでも立ち上

がることを、戦うことを強いられた。そうでしょ? 立つことも戦う

ことも私が強いたことだもん」

 ギュッと握り込んだ手が震えているのが分かる。その手を取りそ

うになったが、俺は既のところで伸ばした手が止まった。その手の震

えが誰かの助けを求めるものではなく、自らの意思で立ち上がろうと

しているように見えたのだ。

「嫌だよ、怖いよ、死にたくないよ……。でも、そこにタケルちゃんが

いるのなら、大丈夫……。大丈夫なんだよ、私は」

 いつの間にか手は解かれ、震えを止めるためか拳を握り込んでい

る。

「だから私は衛士になる。タケルちゃんの背中を守ってみせる」

 俺の顔を見上げた純夏の顔は、今までに見たこともない表情をして

いた。それは恐怖と覚悟と、何かを決断した大人の顔をしていた。今

まで見てきた、コロコロと変わる愉快な見慣れた顔ではなく、俺も見

たことのないもの。

 俺が黙って純夏を見ていると、静かなのが恥ずかしくなったのか、

捲し立てるように立ち上がって言い放った。

「だ、だだだからさタケルちゃん!! 神宮司先生から、怒られないよう

にまずは頑張る……よ?」

 トンチンカンなことで締めた純夏に、俺は思わず笑ってしまった。

「ぶッ! なんでまりもちゃんから怒られないように頑張るんだよ!!

 まずは訓練兵になってからだろ!!」

「なっ!! なにお〜〜〜?! 私はちゃんと訓練兵になれるもんね〜〜

〜!! そして絶対主席になってやる!! 全部が一番だ!! ドベチン

のタケルちゃんとは違うもんね!!」

「俺はドベじゃね〜〜〜!! むしろ成績よかったわ!! 期待の超新星

だ!!」

306

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「それはないね!! だって、昔から勉強は真ん中らへんだったし、運動

だってそこまで……あいたーーーーーー!!!!」

 作業着のポケットに忍ばせていたビニールスリッパを引き抜いて、

純夏の脳天めがけて勢いよく振り下ろす。甲高い音を鳴らしつつも、

叩かれた彼女の頭から垂れ下がるアホ毛は稲妻型に変形していた。

「なにするかーーー!!」

「俺はドベじゃないからな!! むしろ純夏がドベになりそうだわ!! 

以下同文!!」

「以下同文ってなにさ!!」

「説明する必要もなし」

「ムキーーー!!」

 先程まで辺りを漂っていた空気は四散し、いつものやり取りへと変

わっていく。しかし俺の心の中には、つっかえたままの小骨のような

ものが引っかかったままになっていた。純夏にとっては余計なお世

話かもしれないが、俺は彼女に戦場へ出て欲しくない。

 ※※※

 ﹇1999年3月14日 国連軍仙台基地 講堂﹈

 基地に植わっている桜が咲き始める直前に迫り、少しずつ蕾が花を

開き始めている。そんな日に仙台基地の講堂を借りて執り行われて

いるのは、第207訓練部隊の入隊式だ。

 先代の訓練兵たちは無事、後期課程を終了して任官。A─01の各

部隊へと散っていった。ちなみに先代訓練部隊の人数は12人だっ

たらしい。全員がA─01に入り、既に任官後教育を行っている。

 これと入れ替わるように、今期の第207訓練部隊に訓練兵を入れ

るということになったのだ。

 去年は立ち会うなんてことをしなかったのに、何故俺がそんな入隊

式に立ち会っているのかというと、話は至極簡単なことだった。純夏

が今期の第207訓練部隊に入ることになったからだ。

 小学校や中学校の入学式とは違い、立ち会いの両親なんかはいる筈

もない。志願または徴兵でやってきた訓練兵たちが12人、真新しい

第207訓練部隊の制服に身を包み、国連軍仙台基地司令の訓示を聞

307

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いている。

 俺はこの場に立会人の1人として参加していた。夕呼先生が気を

利かせたのだろうが、俺と霞は今日1日は休日のような扱いになって

いる。

「……純夏さん、落ち着きないです」

「アホか、アイツ」

 周りに視線を泳がせている純夏を見て、霞がそんな言葉をポロリと

零す。何故彼女があれほど周りを気にしているのかは分からないが、

少しは落ち着いて欲しいものだ。注意することもできないので、少し

ばかり睨んでから視線を壇上の上に向ける。

 壇上には基地司令から変わり、教官たちの代表としてまりもちゃん

が壇上に上がって話していた。内容は簡単だ。自分たちが教官を務

め、立派は軍人に鍛え上げること。そして、第207訓練部隊は戦術

機乗り育成を前提に設置されているため、総戦技を乗り越えた後の適

性検査をするまでは分からないが、戦術機を駆る衛士になることがで

きる、と。

 訓練中の強い口調で話すが、今はまだ優しさを交えた声色だ。本格

的に訓練が始まれば、そんな優しさも完全に消え失せることになる。

訓練兵たちは緊張と少しの余裕を浮かべているが、すぐにそんな表情

をすることもできなくなる。

 登壇していたまりもちゃんの話も終わると、すぐに施設案内等々を

始める。いつもウロウロしている純夏にとっては必要ないものかも

しれないが、他の訓練兵には必要なものだ。案内に付いていく訳にも

いかない俺と霞は、まりもちゃんに頼まれていたことを始める。

 案内が終わった後に来る教室に、前期課程で使うことになっている

教科書や辞書等の運搬だ。予め決められた場所に決まった数を置い

ていくだけのこと。俺と霞の他に、第207訓練部隊付きの文官も手

伝ってくれる。

 3人で手早く済ませると、丁度まりもちゃんたちが教室に到着した

ようだ。

 俺と霞の存在は暗黙の了解となっており、誰も言及はしてこない。

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しかしそれは、俺と霞の上司が誰なのかを知っているからだ。知らな

ければ、俺はまだしも見た目が完全に10代前半の少女である霞は、

何かしら絡まれることがある。

 霞は基本的にそういった人間がいるようなところを能力で避けて

行動しているが、今回は絡まれるようなところからさっさと引き上げ

ることができなかった。

「貴様ら、さっさと席に付け。目の前には、前期課程で使用する教本を

用意した。それらでまずは一般的な軍人、歩兵としての基礎を座学で

身につけてもらう。その他にも体力錬成や、兵器の取扱方法、士官教

育も先行して行う。私らの言葉を一言一句聞き逃すことは許さない」

「「「はい!!」」」

「貴様らがトロトロと施設の中を歩き回っている間に、上官のお2方

とサポートをして頂く訓練部隊付きの軍人にもお手伝いして頂いた」

「「「ありがとうございます!!」」」

 一緒に運搬や分配した軍人が敬礼をしたので、俺と霞も続いて敬礼

をする。霞から教室から出たいというプロジェクションがあり、能力

を使ってまで出たいのかと俺は急かされるように霞を連れて教室か

ら出ることにした。

 廊下に出て、俺たちの後から続いて出た軍人を見送ってその場で教

室の中から聞こえてくる声を聞くことにする。霞もどうやら訓練兵

たちの興味が自分から別に移ったことを感じ取ったのだろう、少し安

心した表情をしていた。

『今日は午後から座学を行うが、明日は体力錬成がある。今朝採寸し

た作業着を今夜支給する。明日は起床点呼、朝食後の集合時間には作

業着に着替えて集合だ』

『『『はい!!』』』

『ではこれから班分けを行う。名前を呼ばれた者は返事をしろ』

 訓練兵時代の間に経験してこなかったことが、教室内で行われてい

た。少し物珍しくもあったが、そろそろ霞を連れて移動する。俺たち

からは純夏に特に用事はない。何かあれば、1人になっている時にで

も接触すればいいのだ。

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 訓練部隊の使用する部屋は基本的に地上にあり、地下に来るのは後

期課程に進んでからだ。それは俺が訓練兵をしていた時と変わらな

い。ほとんど来ない施設を横目に見ながら、俺と霞は外の空気を吸い

に出て行くのだった。

310

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episode 33

   ﹇1999年3月19日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィング

ルーム﹈

 仙台基地に越して来てからというもの、このブリーフィングルーム

を使うのも日常と化して来ている。そもそも夕呼先生以外とはほと

んど接触してこなかった俺が、何だかんだ言ってA─01と顔を合わ

せる機会が生まれてからというもの、オルタネイティヴ4関係の人間

と話すことが多くなってきたからだ。そういった時には、ブリーフィ

ングルームを使うことが多く、機密区画に入ってこれる人間ならばこ

こ以外でも話すことはあっても、入ってこれる人間はそう多くもな

い。

 自動的に、週に1度はこうして普通に出入りできるところへ足を運

ぶようになってしまったのだ。

 今日は夕呼先生に呼ばれたというよりも、霞が俺を連れて行きたい

ところがあると言い出し、こうして手を引かれて来てしまった。その

先が行き慣れたブリーフィングルームだったというだけ。何の用事

で連れてこられたのか聞かされないまま、俺は手を引かれたまま部屋

へと入った。

 中には国連軍の衛士が数名いた。俺と霞を見るなり怪訝な表情を

浮かべていたものの、1人は霞に走り寄って来るなり頭を撫で始め

た。イヤイヤと首を振って振り払うと、俺の背中の後ろに隠れる。ま

るでフラれたような表情をしたまま固まる女性衛士に誰も声を掛け

ることはなく、むしろ足蹴にするように無視したまま俺と霞に声を掛

けてきたのは、どことなく見覚えのある衛士だった。

「私は本日付でオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊 VFA

─01に配属なった、祠堂 カレン大尉だ。君は?」

 祠堂 カレン。聞き覚えがある名前だった。名前を頭の中で反芻

しながら、再度彼女のことを観察する。

 日本人の名前を持っているものの、日本人離れした顔立ち。数年前

311

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の記憶にある、ピアティフ中尉のような雰囲気のある美人。クセ毛の

あるボブカットの赤毛。切れ長の碧眼。もう一度名前を反芻すると

思い出した。

「あぁ、シールダーズ」

「え? 私の前いた部隊のことを言ったか?」

「いや、何でもないです。俺は白銀 武、少尉です。よろしくお願いし

ます。こっちは社 霞。先任少尉ですが、彼女は技術者です」

「よろしく頼む。それでなんだが、先程の私のいた部隊の名前を知っ

ている件について」

 そう言いかけると、霞にフラれて我を失っていた女性衛士が再起動

して口を開く。

「白銀少尉はあの時、偽名を使っていたんですねぇ〜。声は同じです

し、シールダーズの名前が出てきたことにも納得します。カレンも気

付いてたんですよね?」

「分かっていたが、本人から確認を取らねばな……。白銀少尉があの

永代ながしろ

時の鉄少尉だというのならば話は早い。ソレは

 すみれ、中尉

だ」

「ソレって酷いです!!」

 コロコロ表情の変わる彼女は、長く艷やかな黒髪にお嬢様カットに

大きい焦げ茶の瞳。まさに大和撫子といった雰囲気を持ちつつも、人

当たりがいいようだ。再起動した彼女は逃げ回る霞を追いかけ回し

ているが、2人を置いて俺は祠堂大尉と話す。

「それで、永代中尉の言っていたことだが、貴官が鉄 大和少尉なのか

?」

「大尉がA─01に入ったのならば隠す必要もないので素直に答えま

すが、俺が鉄 大和で合ってますよ」

「そうなのか」

 永代中尉とは対照的で、祠堂大尉はあまり表情を動かすことがな

い。階級故なのか、はたまた元来そういう性格をしているのかは分か

らない。前回会った時は戦場で、それもほんの数時間だけだった。そ

の間に彼女のことを推し量ることはできる訳もなく、小さく動く口か

312

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ら繰り出された言葉に返事を返すことに集中する。

「君は何故、名前や所属を偽っていたんだ? それに乗っていた戦術

機を帝国軍カラーに塗装してまで。ここにいるということは、国連軍

の衛士なのだろう?」

「そういう任務だったんですよ。それに俺は国連軍の衛士で間違いな

いです」

「そうか……。A─01がどういう部隊なのかは、一通り説明を受け

ている。君はどうもA─01とは違う部隊のようだが、指揮系統は同

じなのだろう? TF─403と言ったか。話には聞いているが、超

法規的措置で特別に派遣されたということか?」

「はい。A─01とは別の部隊のTF─403所属ではありますが、

大本は同じところです。俺もオルタネイティヴ計画の構成員になり

ますね」

 前の世界には存在していなかったTF─403。それに同じく前

の世界では、オルタネイティヴ計画に関わることがなかったであろう

祠堂大尉や永代中尉ら。戦闘に参加している時に感じられなかった

歴史改変を、ここに来て俺は肌に感じていた。

 夕呼先生から聞かされていることだが、今回のA─01増員は前の

世界では行わなかったという。ということは、基本的に第207訓練

部隊からの新任少尉たちがA─01の基本的な増員手口だった。つ

まり、それ以外の手段を取った今回は、明らかな歴史改変である、と。

「難しいことを説明されても、理解できたことは一部だけだ。私が分

かっていることは、特殊部隊転属の声が掛かったことだけ。それは永

代中尉や、この場にいる各地から集められた今回の転属衛士たちも同

じ。計画についての説明も受けているが、理解できることはあまりな

い。精々、知っている知識がその計画と多くの犠牲によって齎された

ことくらいだ。だから、今のところは部隊に順応し、これまで以上の

働きができるよう努力する、これだけだ」

「成程。俺も同じような状況にあったことがあったので、何となくで

すが気持ちは分かります。それで霞、俺を祠堂大尉たちのところに連

れてきた理由は?」

313

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 永代中尉に追いかけ回された霞だが、気付けば頭を撫で回されてい

る。不満と顔にありありと現れているが、俺の質問にすぐさま返事を

した。

「……現在、A─01は再編成に伴い、連携訓練を行っている最中で

す。そこにこれまで一般部隊にいた皆さんを部隊に順応させること

は難しいです。なので、訓練から外し、連携訓練に参加できる程度ま

でXM3の順応訓練を行う必要があります」

「そっか。祠堂大尉たちはXM3を使ったことがないもんな。そ

りゃ、A─01の連携訓練に参加したところで意味はないなぁ」

 霞の言葉に俺は納得していたが、転属してきたばかりの祠堂大尉た

ちは分からない、と言った表情を浮かべている。

 分からないのも無理はない。これまで彼女たちが搭乗していた戦

術機は旧OSを搭載した、鈍重な動きしかできない従来機だ。それ

を、XM3が搭載されている不知火に乗り換えるだなんて、言われて

すぐにできる訳もない。元祖A─01は訓練に膨大な時間を費やし

ているが、それでも夕呼先生を満足させる程の練度に達していないの

だ。

「A─01が特殊部隊なのは知っているのだが、私たちではそれほど

までに部隊にとって足枷なのか? 私やその部下はまだしも、他の衛

士は極東国連軍の精鋭だ。それほどまでにA─01とは練度の高い

部隊なのか?」

「A─01の練度は確かに高いです。国連軍の他の部隊や帝国軍の精

鋭と比べても同じくらいなのかもしれません。ですが、聞いている通

りA─01は特殊部隊です。ご存じかと思いますが、戦術機も日本帝

国製の不知火、Type─94に乗り換えてもらうことになります。

また、機体を乗り換えるだけではなく、この不知火は帝国軍の機体と

は大きく異る点があるんです」

「乗機が特殊、ということなのは分かるが、それほどまでに違うのか

?」

「はい。A─01の不知火はXM3と呼ばれる新概念OSの搭載とそ

の使用を可能にした高性能CPUと電源ユニットの交換がされてい

314

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ます。大尉たちがこれまでに乗ってきた機体とは全くの別物、と考え

るべきだと思います。既に実戦証明済みですし、なんなら九州で大尉

たちに会った時の俺の乗機にもXM3は搭載されていました」

 分からない、と言いた気な表情をする大尉たち。どうしようかと考

えていると、霞が引き継ぐ形で話に入ってくる。

「……旧OSとの明確な違いとして、即応性が30%上がっています。

操作はシビアになりますが、より搭乗者の思うがままに操縦できるよ

うになっています。その他にも3つの新機能が搭載され、それらを用

いることによって戦術機を人間の枠から外れた動きを可能とし、生存

率向上に大きく貢献しています。光州作戦に参加したA─01は、そ

れぞれ1個大隊が旧OSとXM3を搭載していました。撃墜された

のは27機。その内、XM3搭載機は4機のみでした」

「なっ……?!」

「……また、XM3搭載機を装備していた1個大隊と作戦参加した旧

OS搭載機とのキルレシオが並んだという記録もあります。単純計

算で1個大隊で3個師団並の戦力になるということです」

 開いた口が塞がらない様子の転属組から、いち早く戻ってきたのは

大尉だった。

「……実戦証明済み、戦果上場の新装備をある程度扱うA─01と、X

M3に触れたこともない大尉たちを一緒に連携訓練をしたところで

意味がない、と博士が判断したんだと思います」

「分かった。それで、博士というのは?」

「……現在のオルタネイティヴ計画の責任者です」

「私たちの新しいボスはその博士ということ。分かった。私たちがA

─01と連携訓練ができないことも、彼らが装備するものの偉大さ

も。それで、結局白銀少尉と社少尉がここに来た理由は? 私たちも

何も聞かされずに、第3ブリーフィングルームで待機するよう、崎山

連隊長から聞かされているんだが」

「……XM3の順応訓練です。まずは座学。その後、シミュレータを

行い、最後は実機訓練です。できるだけ早急に連携訓練に参加するよ

う、博士に言われています。座学とシミュレータ・実機の管制は私が

315

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行いますが、直接的な訓練は白銀さんが行うよう博士から命令を受け

ています」

「何故白銀少尉が? それと社少尉も」

「……白銀少尉が発案者と主席開発衛士をしていました。それと私は

メインプログラマーです」

「2人が……そうか。分かった」

 大尉と中尉はどこか納得した様子を見せたが、後ろで黙って聞いて

いた他の衛士たちは不満がある様子。

 無理もない。発案者で主席開発衛士が10代半ばの少尉であるこ

とが気に食わないのだろう。霞がメインプログラマーというのは、彼

女が持つ独特の空気感で口出しをしないだけなのかもしれないが。

 俺にとって、こういった態度を取られることは珍しいことではな

い。このまま教導に入ったところで、彼らは真面目に教導を受けるか

といったら、そんな訳がないのだ。

 ならばどうするべきか。答えは1つ。

「……俺から教導を受けることに不満がある人がいるみたいなのでこ

うしましょう。座学は普通に霞から受けてもらいます。その後のシ

ミュレータと実機は自分たちなりに訓練をしてください。そこでX

M3を使いこなせたのなら、俺と演習して勝ってください。そうすれ

ばA─01との連携訓練に合流しても構いません。もし負ければ、座

学からやり直しです。訓練では俺が教導します」

「白銀……それでいいんだな?」

 不満気だった衛士の1人が俺に確認をする。それに俺はハッキリ

と肯定の返事を返した。

「白銀少尉。私と部下は少尉の動きを戦場で見ているから実力はなん

となく推し量ることができるが、それでも精鋭相手にそれは大言壮語

ではないのか?」

 大尉の言っていることは最もだ。見た目や事前に調べていたかで、

俺の戦歴をふんわりと把握しているのだろう。

 参加作戦だけ並べれば、大規模作戦に参加し生還した衛士というこ

とになっている。しかし蓋を開けてみれば、崩れかけの部隊へ補充兵

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として充てられ、優秀な上官の元でなんとか生き残った初陣。九州か

ら京都までは、大尉の知るところだろう。仙台に帰って来てからの経

歴が調べられているかは分からないが、それだけみればまだ初陣を生

還してから数回出撃経験のある半人前の少尉といったところだろう。

 ただ、それが一般的な衛士だったなら、その分析は正しい。

「……座学を始めます。教本は既に用意してありますので、このまま

始めます」

 少しピリついた空気感を壊した霞は、壇上に立ち教本を開いた。そ

れに続いて、大尉たちも俺から視線を外し、それぞれ席に腰掛けてい

く。

 座学は半日で終わる。午後からシミュレータに入り、演習をするで

あろう日程を逆算しながら訓練の予定を立てることにした。

 ※※※

 ﹇1999年3月24日 国連軍仙台基地 第2演習場﹈

 A─01へ転属してきた祠堂大尉ら6名の衛士たちは、予定通り霞

の座学を半日で済ませて早々にシミュレータ訓練を開始。霞の管制

で実機でも問題なく動かせるだろうと判断された後、実機訓練へと移

ることになった。

 ちなみに、実機訓練は今は使い手のいない第207訓練部隊の吹雪

だ。

 吹雪、高等練習機に乗ることに抵抗はなかったようだが、何故吹雪

が練習機たるかは理解できたらしい。そもそも、不知火に乗るのなら

ば、これまでF─15Cに乗っていたからには機種転換訓練と世代差

を埋めるために乗らされることを想定していたらしい。

 F─15というか米国製戦術機と日本帝国製戦術機の挙動の齟齬

や、XM3の即応性を生身で感じて訓練をすることで身に付いたと判

断したらしい。

 XM3完熟訓練開始から5日で、祠堂大尉がA─01への合流を希

望していることを霞から聞かされたのだった。

 俺としては、最低でも1週間はかかると思っていた。だが、シミュ

レータや実機が空いているということもあってか、かなりの時間を訓

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練に費やしたらしいことを霞から聞かされた。

『……準備はいいですか?』

『準備は何も霞ちゃん。大丈夫なんですか、白銀クンは?』

 霞から演習について聞かされたのは今朝。事前に整備班長と、ある

人に頼んで今日のために用意していた。ほとんど感覚は覚えていな

いものの、機体は使い慣らされている。舐めらかな動きをする操縦桿

とフットペダル。清掃が行き届いており全く不快感がないどころか、

ほのかに優しいいい香りの漂う管制ユニット。

『……大丈夫です』

『ですが流石に正規兵の戦術機6機、纏めて掛かって来いだなんて

……』

『……問題ない、です』

『本当に大丈夫なんですか〜?』

撃震近代化改装XM3搭載機

 まりもちゃんの

を借り、僚機のいない演習。これはも

う定番化しているような気がしてならない。

 分からせるには実力で捻じ伏せる、的な風潮は前からあったような

気がしなくもないが、俺もその風潮に感化されてきた気がする。祠堂

大尉たちと顔を合わせた後、霞には演習ではこのような状況にするよ

うに俺が伝えていた。つまり、感化されてきた気がするのではなく、

率先してその風潮に則って行動していると言った方が正しい。

 頭を振って、演習前に関係ないことを思考から追い出し、目の前の

状況に集中する。

「大丈夫ですよ」

 俺は平静な態度で通信に割り込む。

『俺たちがXM3をどれだけ使い熟しているのか、その目で見てきた

のか?』

 食って掛かったのは、祠堂大尉の部下ではなく、別の部隊から引き

抜かれた衛士だ。他にも2名があざ笑うような態度で振る舞う。

『それに白銀少尉は撃震じゃない。祠堂大尉の話じゃ改造されたF─

15Jに乗っていたり、A─01の連中は吹雪や不知火に乗っていた

と聞いているわ。アイツらは大げさに話していたけど、大したことな

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いんじゃない? ルーキーによくあるビギナーズラックってやつよ』

『白銀少尉の動きが変態だとも聞いたぜ。よく分からねぇが、やって

みりゃ分かるだろ』

 A─01では少し珍しくなりつつある、日本人ではない衛士。それ

が別の部隊から引き抜かれた精鋭だった。

『大尉たちがどんなのを見てきたのか知らないけれどね、この目で見

ないの信じないのよ。A─01のガンカメラを見せられたところで、

本当にその機体に白銀少尉が乗っていたのかなんて分からない。だ

から証明して頂戴』

 元シールダーズではない衛士たちの口上を聞いても、返事を返すこ

とはない。彼らが言ったのだ。口ではなく行動で示せ、と。その流儀

に俺は賛同する。

 霞が通信で開始の確認を取るのを聞きながら、機体の調子を再度確

認する。

 整備は万全に行われており、俺用に調整も行われている。操縦桿や

フットペダルの調子はまりもちゃんの使ったままになっているが、特

に問題はない筈だ。おかしな動きをすることもなければ、入力に誤差

があるなんてこともない。

『……JIVES起動。両隊は作戦を開始してください』

 霞の号令を合図に、跳躍ユニットを唸らせる。

α隊白銀隊

『……勝利条件はどちらかの隊が全滅した場合のみとします。

β祠堂隊

自機の撃墜が敗北条件です。一方、

は6機全機撃墜です。制限時

間はありません』

 かなりシビアな条件だが、俺はこの条件で何度もA─01の相手を

やらされてきている。今更何とも思わない。

 開始地点から飛び上がり、空中に一度静止して周囲を走査する。今

回演習を行なっている第2演習場は山間部を利用している。あまり

対AH戦演習の経験のない環境ではあるが、恐らく市街地や廃墟より

も索敵は簡単の筈だ。反対に姿を隠すことは難しいと思われる。山

陰や谷、崖等ならば戦術機の全高と同程度あったとしても、走査レー

ダーには恐らく引っかかってしまう。

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 それらを考慮し、第2演習場で演習を行なうことが決まった時点

で、俺は作戦を考えていた。

 作戦は簡単だ。逃げも隠れもしない。正面から6機を相手に戦う。

背中を見せたら逃げ回ることも難しい筈なのだ。

「こっちから仕掛けるぜ!!」

 熱源センサーに6つの反応があり、すぐさま望遠カメラで確認する

と、そこには隊列を組んで移動を始めている6機の吹雪の姿があっ

た。

 確認するまでもなく、祠堂大尉らβ隊だ。

 跳躍ユニットの偏向ノズルと接続部のアームが可動し、水平方向の

モーメントによって機体が前進を始める。そのまま前傾姿勢になる

よう機体を倒しながらも、左手の多目的追加装甲を正面に構えなが

ら、右手の突撃砲を正面に向けて安全装置を解除する。

 射程圏内に入り次第、120mm滑腔砲を3発放ち、隊前列の予測

進路上にばら撒く。

『隠れずに堂々と?!』

 近距離回線が相手の言葉を拾い、β隊が不意を突かれたことを確認

するが、攻撃の手を緩めることはしない。

 幸い、β隊が通過していたのは大岩が転がっている地点。設計段階

からこれまで丈夫さが取り柄の撃震のお箱であり、俺もよく使ってい

る機動制御を行なう。

 維持していた前傾姿勢を解除し、両足を前に突き出す。そのまま大

岩に接地すると、屈伸運動をしつつ逆噴射跳躍を行い、鋭角に機動偏

向する。身体に急激なGを受けて一気に頭から血が引くのを感じる

が、そのまま意識を保ちながら攻撃を繰り出す。

 残っていた120mm滑腔砲を撃ち尽くし、多目的追加装甲で36

mmチェーンガンの弾丸を弾く。初撃もそうだが、ダメージを与えら

れているとは思っていない攻撃だ。破片によって装甲や四肢に軽く

損傷を与えて、動きを制限できれば御の字と考えていた攻撃。当然で

はあるが、回避される。

 しかし、その回避にできた隙を突く。旧OSの癖が抜けていないの

320

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だろう。先行入力とキャンセルの併用でもっと素早い回避ができる

筈なのに、それをしないのだ。

 跳躍ユニットを偏向させ、機体を回避が遅れた機体に差し向ける。

突撃砲で斉射してもいいが、確実性に欠ける。ならば、と多目的追加

装甲を横薙ぎに振り抜く。

『……β2胴体断絶、大破、戦闘不能』

 そのまま多目的追加装甲で銃撃を受け止めながら、バランスを崩し

ている吹雪に肉薄。装甲を押し付けて仰向けに倒すと、そのまま管制

ユニットを踏み抜き、追加装甲で打ち付ける。

『……β6管制ユニット圧潰、衛士死亡』

 追加装甲はそのままに、跳躍ユニットを前へせり出させてロケット

モータを点火。正面に集まりつつあったβ隊から一度距離を取る。

追跡しつつあるが、動きが全体にぎこちないβ隊から距離を離すこと

に成功した。

 そのまま一息吐き、すぐさま態勢を整える。追加装甲は喪失。突撃

砲も120mm滑腔砲弾は0だ。リロードしなければならないが時

間がかかる。36mmチェーンガンは残弾にまだまだ余裕があり、1

800発超残っている。

 すぐさま背面の兵装担架から長刀を引き抜いた。左手に長刀、右手

に突撃砲。他の残している兵装は、長刀が担架に1振りと短刀が2振

りのみ。現状、撃墜したのは6機中2機だけ。残す4機は万全の状態

のままだ。

 これだけの交戦で、相手がまだXM3に慣れていないも完熟もまだ

まだなことも十二分に分かった。それでも俺のしなければならない

ことに変わりはない。彼らをことごとく潰すこと。それだけだった。

XM3を使い熟し、圧倒的な状況で勝利する。そうしなければ、彼ら

も敗北を認めないかもしれない。それは俺のこれまでの経験則だっ

た。

 跳躍ユニットのロケットモータが唸り声をあげ、今にも浮かび上が

りそうな状態を維持しながら残る4機の吹雪が接近してくるのを待

つ。隠れることもしない。丁度いい距離まで接近させ、一気に肉薄

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し、全て平らげる。受けるダメージは考えない。全て回避すればいい

のだ。

「うぉらああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 一気にスロットルをし、整然と隊列を組む4機の吹雪に向かって一

直線に突撃する。

 そして数分もしない内に、聞き慣れた静かな声で聞こえてくるの

だ。

『……β隊全機撃墜、作戦終了』

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episode 34

  ﹇1999年3月19日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィング

ルーム﹈

 一切ペンキで汚れなかった撃震をハンガーに収めると、強化装備か

ら着替えてブリーフィングルームに向かう。俺が到着する頃には既

に、先程演習で戦った衛士たちが集まっていた。

 霞は管制室からすぐにブリーフィングルームに来ていたようで、モ

ニタにラップトップを接続して何やら作業をしている。

 俺が入室する音にまず気付いて動き出したのは霞で、ラップトップ

の前から立ち上がると俺の目の前までやってきた。

「……お疲れさまでした」

「おう。霞も管制ありがとうな」

 霞はそれだけを言うと、スタスタとラップトップの前に戻ってしま

う。そして少し操作すると、こちらを向いて話し始めた。

「……演習お疲れさまでした。無人観測機が今回の演習を撮影してい

ましたので、そちらを観ながら話をさせていただきます」

 モニタにはあちこちの視点から、撃震と吹雪を捉えた映像が流れ始

める。

「……演習の結果はβ隊の全機撃墜による敗北です」

 開始数分で全滅させた吹雪たちが、映像の中でも次々と撃墜されて

いく。単機の鈍重な撃震に追い立てられる、細身で身軽な吹雪たち。

成すすべもなく1機、また1機と地に伏せていった。

 そして最後、木々に囲まれた演習場で立っていたのは撃震のみ。戦

闘中、次々と武装を投棄し、最後は右手の長刀しか残されていなかっ

た。

 映像の再生が終わると、霞はいそいそとラップトップの片付けを始

める。それを確認すると、入れ替わるように祠堂大尉が前に出てき

た。

「とまぁ、私たちは白銀少尉にコテンパンにされた訳だ。文字通り、手

も足も出なかった」

323

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「そうですね」

 俺は否定することなく、祠堂大尉たちが俺に対してダメージを与え

ることのできなかったことを認める。この発言に数人反応したが、大

尉はそれを無視して話を続けた。

「約束通り白銀少尉の教導を受けよう。目の前でまざまざと見せつけ

られては、認める他あるまい」

「では、演習前に話した通りにしましょう。座学からやり直しですね」

「分かった。言う通りにしよう。社少尉、すぐに始めるのか?」

 モニタの片付けを終えていた霞がコクリと首を縦に振る。

 片付けられていた机や椅子を並べ始めながら、次の座学では俺が教

えることもあるだろうななんて考えていると、俺に話しかけてきた衛

士がいた。

 そちらを向くと、演習前にXM3や俺について疑っていた3人だっ

た。彼らは祠堂大尉たちとは、仙台基地に来てから始めて顔を合わせ

たらしい。大尉曰く、極東国連軍でも精鋭の衛士だという。

 そんな彼らが3人並んで俺に声を掛けてきたのだ。

 作業していた手を停めてそちらを向くと、気不味そうにしながら

やっと口を開いた。

「し、白銀少尉。済まなかった」

 そう切り出したのは、3人の中でも階級の高い中尉の衛士。ヒスパ

ニック系白人の男で、日本人の俺とは違い身体に恵まれており大きく

筋肉もある。坊主にしている頭をポリポリ掻きながら謝ってきたの

だ。

 中尉に続くように、スラヴ系白人の女やアラブ系の男も頭を下げ

た。

 俺は慌てて頭をあげるように頼むが、数秒は何も言わずに頭を下げ

たままにしていた。やがて顔をあげると、再度中尉が切り出す。

「俺たちはプライドを傷付けられたと思ったんだ。こうして国連軍で

衛士をしていることに誇りを持っている。人類の反撃の鋒を担える

ことに、そして祖国を蹂躙した忌々しいクソBETAをいつの日にか

地球から叩き出すことを。言い訳にしか聞こえないだろうが、本当に

324

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少尉のような新米を卒業したかも分からないような奴が発案した見

たことも聞いたこともない戦術機のOSなんて、所詮今までのものと

大差ないってな。機体に大幅な改修を施して、それらしく見せてるだ

けなんじゃないかって。だが、少尉と演習して分かった。少尉のF─

4Jはたしかに常軌を逸していた。デタラメな機動制御や硬化時間

のなさ、柔軟な動き、どれも機体を改造しただけじゃできない。衛士

の腕かとも思ったが、それはあり得ない。なぜなら、あんな動きを戦

術機にさせることは俺たちの知りうる上ではできないからだ。

 それと、俺たちがどれだけXM3を扱えていないのかが分かった。

演習でやってみせた動きは、OSの機能を十分に使いこなせればでき

るものなんだろ? 今まで乗ってきた戦術機から、XM3の吹雪に乗

り換えて世界が変わったように見えていた。それで舞い上がって、本

来しなければならないことを見失っていたんだ。本当に俺たちがや

らなくちゃいけないのは、少尉のような動きだということに気付かさ

れたんだ。

 散々言い訳を言ったが、これからは心を入れ替える。だから、よろ

しく頼む」

 ふと脳裏にある光景が浮かんだ。

 前の世界、XM3のトライアルで当たった横浜基地の精鋭に呼び出

された時のことだ。連れてかれた先で、先任の衛士たちに囲まれて何

かされるかと思ったら褒めちぎられたのだ。

 目の前に並ぶ3人の顔をもう一度見る。

 プロフィールは夕呼先生から聞かされているので、大体は把握して

いる。全員、BETAによって国を追われている。避難先で居場所が

なく、ただただBETAに対して復讐心を持って国連軍に入隊したと

いう過去を全員が持っていた。それでも任官し従軍を経験すると、

様々なモノに影響を受けて復讐心の他にも別の想いや願いが生まれ

ていった。それはただ国を取り戻すためではなく、国連軍として人類

のために戦うこと。そして、隣に立つ戦友をなんとしてでも生きて帰

すこと。

 それは俺が任官した時に教わったことであり、戦場に赴く度にその

325

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想いは増していった。訓練部隊から一緒だった同期や、先任たちを死

なせたくない。そんな想いを持って戦ったに違いない。

 中尉の言葉には、話していない2人の想いも乗せられていたのだろ

う。中尉に続いて何を言うことは、ただ謝罪とこれからよろしくとだ

け。俺は静かに返事した。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 ※※※

 ﹇1999年3月20日 国連軍仙台基地 シミュレータルーム﹈

『待て、タケル!!』

『クソ!! ヤナ、そっちに行った!!』

『了解』

『永代中尉とエストラーダ中尉はそれぞれの隊で挟撃、追いかけっこ

は私が引き継ぐ!!』

 昨日は早々に座学を始めると、霞の座学に加えて俺の解説も交えな

がら休憩なしで最後までやり切った。その後はすぐに夕食だったの

で、6人と俺と霞で食べることになり、簡単に身の上話なんかをPX

でして交流を深めた。

 そして次の日はシミュレータルームを借り、XM3が搭載された筐

体に籠もって最初はイチから教えていたが、すぐに追いかけっこへと

教導が変貌していた。

 追いかけっこは霞が言い出したことで、俺以外全員が鬼となって俺

を追い立てることによって、XM3の3つの新機能を使わざるを得な

いような状況を生み出すとのこと。どういうことなのか分からな

かったが、とりあえず始めてみることになり、武装解除をして追いか

けっこを始める。

 そうすると始めたばかりの頃は、硬直時間や姿勢制御によって遅れ

ることがあったのだが、次第に自然とキャンセルや先行入力を始める

ようになっていたのだ。何故そうなったのかは後で霞に聞くとして、

自然と使えるようになって来ているのなら都合がいい。このまま逃

げ回って、どんどんXM3の新機能に慣れさせていけば目的は達成さ

れるのだ。

326

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 縦横無尽にフィールドを駆け回りながら、時には挑発するような動

きも交えながら鬼ごっこを続ける。

『白銀ク〜ン。捕まってくれたら、おねーさんがいいところ連れてっや・

てあげますよー。具体的には大尉が寝てるベッドルームとか? 

り・

た・

い・

放題できますよ?』

『日本人形モドキの戯言は聞かなくていい! イルハーム少尉、一番

近いぞ!』

『無茶言わなくてください、大尉!! アリジャラッドバッタ(アラビア

語)みたいに跳ね回る白銀少尉はこの距離でも捕まえられませんよ

!!』

『平面挟撃なんですから、しっかりやってください!! 永代中尉!!』

『まだ付き合いは短いが苦労していることは分かったぞ、黒田少尉』

『エストラーダ中尉!! 次!』

 オープン回線からは余裕のない彼らの声が聞こえてくる。祠堂大

尉とエストラーダ中尉で部隊を2つに分け、平面挟撃で俺のことを捕

らえようとしている。センサを動かすまでもなく、背後カメラが動き

回る吹雪を捉えているため把握できていた。

 制限時間も特に設けていない鬼ごっこではあるのだが、恐らくどこ

かのタイミングで霞が終了の号令を出すだろう。それまで逃げ切れ

ばいい。

 だが逃げ回るだけでもよくないとは思っており、何かしら言えれば

いいのだがそれも無理な話だった。そもそも逃げているのに、追いか

けてくる機体の動きを細かく観察する余裕はない。指摘するなんて

以ての外だ。

『……CPより全機へ。鬼ごっこはあと3分で終わりです』

 丁度いいタイミングで霞の通信が入る。それと同時に駆け回りな

がら機体の状態を確認する。

 今回のシミュレーションでは訓練兵が行なうような設定をしてお

り、機体ダメージも受けず推進剤も減らない設定になっていた。再履

修初回ということもあり、霞がそのように設定したのだ。

 機体ダメージのことは端から想定しておらず、俺の頭にあるのは推

327

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進剤の残量だけだった。今の今まで無限に使えることを忘れていた

が、癖として節約して機動することを自然とこなしていた。

 気付いたところで変えることはなく、瞬く間に次々と移ろう建造物

たちの方に集中する。

 相変わらず背後からは6機の吹雪が追いかけてきており、両腕が空

振るのを確認する。一向に捕まえることができない彼らの動きは、次

第に癖が滲み出てくるようになる。制限時間を与えられてからは尚

更だ。

『……CPより全機へ。状況終了』

 合図と共にシミュレータが待機状態に移り、網膜投影がパッと消え

る。

 アビオニクスのハードウェアが発する光と、操縦桿の近くに配置さ

れているコンソールの光でぼうっと明るい管制ユニット内で大きく

息を吐いた。

 火照って汗ばんだ額を拭ってハッチを開くと、ユニット内よりも冷

たい空気が頬を撫でる。特にふらつくことなく降りると、先程まで鬼

役をしていた6人が集まるところへ向かった。

「タケルの奴に触れることすらできなかったな」

「あの妙ちくりんな機動制御は、XM3を使っているだけじゃないと

思います」

「フリンカ少尉の言う通りだと僕も思いますよ。XM3の動きに関し

ては、鬼ごっこをやり始めてからなんとなく掴めてきた気がします。

振り返ってみれば、座学内容からもかけ離れた制御を白銀少尉がして

いることが何度もありましたからね」

 特に精鋭出身の3人は話しが盛り上がっている様子だったが、一方

のシールダーズ出身の3人はというと、同じ場所にいるのだがかなり

静かにしている様子だ。

 静かにしているというよりも、静かにさせていると言った方が正し

いのかもしれない。

 俺の位置からは見えないが、困った顔をした黒田少尉が祠堂大尉を

宥めているらしい。その祠堂大尉はというと、目の前で正座させてい

328

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る永代中尉のことを叱り付けているみたいだ。

 そしてそんな6人を霞が遠目から観察している。

「……いつからこんななんだ?」

「……私が制御室から出てきた時には」

「なるほどな」

 事の様子を見ていただろう霞に聞くと、シミュレータから降りて

早々に始めていたことらしい。

「だから何故あのようなことを言った」

「ですから交渉したんですよ。捕まえれば次の段階に進めるじゃない

ですか? 私としては実戦訓練が一番だと思っていますので、何かし

らで興味を惹いて捕まえてしまおうと考えた訳なんです。つまり、私

のハイレベルな思考によって導かれた白銀クンを簡単に捕まえる方

法として使ったということです」

「そういうことを言っているんじゃない。というかそれは分かったん

だが、分かりたくもないが、何故その交渉に私をダシにしたんだと聞

いている。そこは自分を使うところじゃないのか?」

「私でもよかったんですけれども、白銀クン的には私のような外見よ

りももっとメリハリのある女性の方がいいかと思いまして。そうし

たならば大尉とフリンカ少尉が対象になる訳ですが、フリンカ少尉は

お察しの通りですので対象外に外されまして、消去法で大尉となりま

した。その恵体で白銀クンの若く滾るセイをですね受け止めてはど

うかと思いまして。ほら、九州で助けられましたし」

「説明になっていない上に、その論法ならば中尉でもよかったのでは

ないのか?」

「ま、まさか大尉、エストラーダ中尉を白銀クンに?!」

「何故そうなる!!」

「いやだって中尉って言いましたよね? それはつまりエストラーダ

中尉のことでは?」

「文脈的に君だろうが!! どう考えたらそうなる!!」

「いや、中尉って言ったじゃないですか。ここに中尉は2人いますし、

名前を言ってもらえなければ誰だか分かりませんよぉ」

329

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「こいつ……ッ!!」

「どうどう、抑えて抑えて。ほら、畜舎に戻りましょうねぇ〜」

「貴様が言うなッ!! はぁ……シミュレータしているよりも疲れる

……」

 俺は少し黙って聞いていたが、とんでもない会話が繰り広げられて

いた。軍隊内ではよくある話ではあるかもしれないが、こうして生で

聞くと感じ方は違ってくる。

 少し離れたところから聞いていたが、あの会話に割って入っていく

勇気は俺にはなかった。静かに霞を連れてシミュレータルームから

出ていくと、後から続いてくるエストラーダ中尉たちと共に第3ブ

リーフィングルームへと向かったのだった。

 ブリーフィングルームに到着すると、少し遅れて祠堂大尉たちも

やってきた。そんな彼女たちのことを、霞はジトーっとした目で見た

後に「……さいてい」とだけ永代中尉に言い捨てたのだった。

 ※※※

 ﹇同年同月同日 国連軍仙台基地 第3ブリーフィングルーム﹈

 全員が揃うと、早速講評を始める。霞が手早くモニタの準備を終わ

らせていたので、映像と操作ログを見ながら全員に集まってもらう。

 ログをザッと見れば、やはり鬼ごっこをしていた時から少しずつX

M3の新機能を使い始めている様子が見て取れた。演習中も使いこ

なせ始めていることを感じ取ってはいたが、こうしてログを見ても考

えは変わらない。

 まだ旧OSの癖は抜けきれていないものの、今の状態を次の訓練や

演習でも維持したまま開始し、回数を重ねる毎にXM3に順応してい

ければ問題ないだろう。

 操作ログが書かれた紙の束から視線をあげると、6人全員が俺の顔

を見ていた。再度ログを見た後、俺は全員に結果を伝える。

「前半は昨日演習した時と同じでしたが、後半の鬼ごっこからは徐々

に動きがよくなっています」

 背後ではモニタに演習の様子が映し出されており、昨日の演習の時

よりも激しく映像が動き回っていた。すぐに切り替わったり、機体を

330

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捉えるために映像が右左上下左右に揺れていた。それでも中心に機

体は映っており、どういった動作をしているのかは見れる。

 6機の吹雪が旧OSならではの機動、硬直時間がばらつきはあるも

のの徐々に短くなっていく。そして遂には、流れるような動作で短距

離跳躍や地表面滑走を使いこなしていた。使いこなしている、という

のもキャンセルのみだろう。それは操作ログからも垣間見ることが

でき、先行入力とコンボは使った形跡がほとんどなかった。

 6人には各自の操作ログが渡っており、それを確認しながらの講評

だ。

 各々渋い表情をしているか、分かっているのか分かっていないのか

分からないような表情をしている。鬼ごっこをやっている内に、直感

的に感覚は掴み始めているのだろうが、それでも演習の時よりも動き

が機敏になっただけだ。恐らくログを配られて見てみたところで、あ

まり変化が実感できていないのだろう。

「よりキャンセル機能を活用できるようになったのではないか、と思

います。これまではXM3の機能を頭で理解し、意識的に動かそうと

しても、どうしても戦闘中では身体が覚えてしまっている旧OSの癖

が出てきているんじゃないでしょうか。ですが今回の鬼ごっこをし

ている最中から、徐々に追いつこうと無意識で動作していたところに

意識的に機能を使おうとした形跡があります。なので時間が経つに

連れて、俺との相対距離は短くなっていったのではないかと」

 難しい顔をしていた6人の顔が少し余裕明るくなったように思え

た。

「しかし、それでもキャンセル機能しか使っていないのも事実です。

先行入力とコンボは未だに全く使っていません。イルハーム少尉の

操作ログに一度だけ先行入力を使ったログが残っていましたが、どう

やら咄嗟に入力したものが操作に介入して結果的に先行入力された

といったところでしょう」

 間違っていることを言ったか、と考えながらチラッと近くにいる霞

の顔を見るが、俺の分析は間違っていない様子。割って入ってくる様

子もなく、静かに俺と6人のいる方を見るだけだった。

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「皆さんXM3の練度は大体同じくらいだと思います。次のシミュ

レータでは先行入力やコンボも使えるようになりましょうか」

 それだけ言って一歩後ろに下がると、今度は霞が話し始める。

「……皆さんお疲れ様でした。操作ログはご自身のを配布しました

が、各自の端末からでもログと共にシミュレータの映像を閲覧できる

ようにしておきます」

 どうやら霞の話すことはそれだけだった様子。

 入れ替わるように今度は祠堂大尉が前に出た。

「まだ不甲斐ないばかりにOSを十全に使い切れていないが、一刻も

早く使いこなして見せよう。そろそろ夕食の時間が迫っているから、

今日の訓練はここまでとしよう。明日からも基本的に私たちのする

ことは変わらず、XM3完熟訓練だ。集合は0800、ここ第3ブ

リーフィングルーム。では、各自解散」

 自分のログを小脇に抱えながら、ぞろぞろと全員が更衣室に向かっ

て退室していく。取り残された俺は霞の片付けの手伝いをしながら、

明日からのことを考えていた。

 夕呼先生に頼まれていることは特になく、オルタネイティヴ4に関

わることは全くと言ってもいい。他に研究室や執務室の整理程度は

頼まれているものの、数十分もあれば片付くものばかりというか、そ

もそも期限を設けられていない私的なものばかりだ。

 これからはブリーフィングルームや執務室を往復する生活になり

そうだな、等と考えながらホワイトボードを綺麗に拭き上げる。

「……お疲れ様でした、白銀さん」

「おう、霞も色々ありがとうな」

「……いえ、任務ですので」

「それでもありがとう」

「……はい」

 一足先に片付けが終わった霞が、俺が終わるのを待ってくれてい

る。何か用事でもあるのか、それとも考えたくない方のものでも言お

うとしているのだろうか。

「……純夏さんが夜ご飯に連れて来い、と」

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「え"?」

 その単語を聞いた瞬間、嫌な予感が脳裏を過ぎった。

 昨日のことだ。祠堂大尉たちに誘われてPXで夕食を食べた時の

ことだ。俺の両脇を祠堂大尉と永代中尉に固められながら、あれやこ

れやと異動前の部隊について聞いていた。新鮮な話ばかりで、特に祠

堂大尉からは九州で俺と合流した時のことを聞いていた。

 祠堂大尉はそんなことないが、永代中尉はやたらと身体擦り寄せて

触ってくるのだ。それから逃げながら話を聞いていたのだが、途中で

あることを思い出したのだ。純夏から夕食前に用事があると言われ

ていたことだ。

 俺はすぐさま時計を確認するが、既に時遅し。約束していた時間は

とうに過ぎており、これは仕方ない後でちゃんと謝ろう、そう考えた。

 しかし不幸が起こったのだ。さば味噌煮定食を突きながら、ご飯を

頬張った時のこと。目の前に座るエストラーダ中尉の背後に経つ、赤

毛の訓練兵が立っていたのだ。それはもう、物凄い形相で。

 俺が彼女のことに気がつくと、そっぽを向いてどこかへ行ってしま

い、主に永代中尉のお陰で離席も叶わなかったず追いかけられなかっ

たのだ。そしてそのままこれまで純夏と顔を合わせるタイミングが

なかった。

 一気の俺の顔から血の気が引いたことだろう。霞はそんな俺を目

を捉えながらも、表情をほとんど変えることなく俺の手を取った。

 小さく柔らかいその手を握ったことは何回もあったが、今回程その

手が恐ろしいと思ったことはなかった。少しでも力を入れれば折れ

てしまいそうなその手からは、考えられない程強い力で握られていた

からだ。

「……逃しちゃ駄目、です」

「か、霞? 霞さ〜ん?」

「……純夏さんが待ってます」

「ちょ、霞さん?! ねぇ、引っ張らなくても行くから!! 霞!! 霞!?!?」

 ラップトップを抱えながら俺の手を引き続ける霞に、俺はもう抵抗

することを諦める。これから待ち受けているであろう、あの赤毛の少

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女の顔がどんなことになっているか考えながら、周りにやいのやいの

と言われているのも右から左で聞き流し、徐々に近づいてくるPXと

今日の献立の美味しそうな香りに現実逃避を始めるのだった。

334

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episode 35

   ﹇1999年3月21日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 講

義室﹈

 "記憶"では着慣れた制服ではあるけれど、肌触りには覚えのない

第207訓練部隊の制服。私の中では、この制服は白陵大付属の制服

でもある。

 "記憶"を理由に、こういったことはこれまでにも日常的に起きて

いたこと。見たことのある顔がいい例。

 同じ訓練部隊には、見覚えのある顔がいくつもある。速瀬中尉がそ

う。今はまだ訓練兵で、どこかあどけなさが残っている。他にも髪の

毛がショートボブの涼宮中尉がいたりする。

 私が訓練部隊に入った期には、どうやら速瀬中尉たちが訓練兵とし

て第207訓練部隊に配属された時だったのだ。

 私の目の前には、そこそこに使い込まれ始めている教材がいくつか

と、ノートが2冊、筆箱。筆箱はもっと可愛いのがよかったが、贅沢

も言ってられないし、そもそも支給されたものだ。文句を言ったら神

宮司先生もとい神宮司教官にどやされるのは、火を見るより明らかな

こと。

 飾り気のないペンを握り込み、視線を落とすのは兵科座学。鉄砲や

爆弾の取り扱いに付いての項目。数学とかならまだいいが、こういっ

た専門科目となると分からないところが多い。訓練部隊に入る前、霞

ちゃんに色々と教えてもらっていたが、それらのほとんどはオルタネ

イティブ計画に関する内容のものから、香月先生から言われて始めた

プログラミングや、霞ちゃんのを見て始めたアビオニクス関係のこ

と。言い訳のつもりはないけれど、タケルちゃんも体力錬成について

しか教えてくれなかったし、見てもくれなかった。私が頼まなかっ

たってのもあるかもしれないけれど。見てくれてもよかったと思う

けれど、タケルちゃんはタケルちゃんで忙しそうにしているし、仕方

がないのかもしれない。

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 だからこうして、時間があれば勉強をしていくしかないのだ。遥か

遠くにある記憶。白陵大付属を目指すって言い出したタケルちゃん

と一緒のところに入りたくて、一生懸命勉強をした時と同じように。

「か、が、みー」

 集中して単語や、動作の流れを頭に入れていく。訓練部隊の中で私

は落ちこぼれの方なのだ。幸いにしてタケルちゃんに訓練を付けて

もらっていたからか、そこそこ体力はあるらしい。神宮司教官もそこ

は感心していた。だけれど、私は頭がいい訳ではない。普通の数学や

英語ならばまだしも、軍人になる上で必要な知識を教えられるような

科目はてんで駄目だった。困っていればその都度仲間の皆は助けて

くれるけど、自分の力でどうにかしたい。だから必死になって覚える

しかないし、神宮司教官が許可してくれた時には実習室に籠もって反

復練習もする。

 訓練兵になるまでは、タイピングのしすぎで手首が痛くなることは

多かったけれど、ニオイを気にすることは少なかった。何だかんだ

言って、私はずっとC型軍装を着ていた。でも今はずっと作業着姿ば

かり。手は鉛筆の黒鉛と、小銃の機械油だらけ。体力錬成では擦り傷

は絶えず、最近は髪もどこか毛先がパサついてきた気がする。

 分かっている。これが軍人になることで、衛士になることだって。

それでも、私はタケルちゃんの側にいなければならない。離れる訳に

はいかないのだ。

「鑑? 鑑ー? おーい、鑑ー?」

「……はっ?! な、何? 速瀬、さん」

「いやぁ、今日も精が出ますなぁ〜。鑑ってば、ずっと勉強してるんだ

もん。あたしが声掛けてようが、聞こえてないみたいだしさ」

「ごめんなさい、集中してて。それで、なんかあった、の?」

 私の前の席に腰掛けているのが、例の速瀬さん。今はまだ訓練兵。

私からしてみれば、ベテランの中尉で私ともそこそこ顔馴染み。彼女

からしてみれば、訓練部隊で初めて会った年下の女の子という印象だ

ろうが、私からしてみればそうもいかない。つい言葉の端々で敬語に

なりかけるし、名前もさん付けから中尉と言いそうになる。

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 きっと変な話し方をする女の子だと思われているだろう。そもそ

も、訓練部隊の中で最年少ということもある。それだけでも目立たな

い訳がないのだ。

 反復練習を続けているところを閉じ、速瀬さんの目を見て話を聞き

始める。

 どうやら、これから始める座学は少し踏み込んだことになるらし

い、というのを神宮司教官から聞いてきたという。まだ訓練部隊に配

属されて時間の経っていない私たちに、どれほど踏み込んだことを教

えてくれるのかは分からないが、楽しいことではないのは確か。軍人

になるためにはいつかは必ず通らなければならないところだろう。

「プロジェクタとホワイトスクリーンを鳴海たちが運んでくるように

言われてたから、多分映像でも見ると思う! くぅ〜! 最近は文字

ばっかり目で追ってたから楽しみだなぁ〜!」

「そうかもしれないけど、宣材とか座学用教材ではないことは確かだ

よ? だって見たことないし、聞いたことないし」

「あ〜、鑑は近所の友だちが一足先に軍人になったんだっけ? それ

で教えてもらったの? あたしは近くで戦術機を見たことがないし、

テレビ放送でもあんまり映ったのを観たことがないからさ、見てみた

いじゃん? 将来的に見れるとは思うんだけれど、なるべく速くに

さ」

 楽しそうに目を輝かせながら、数分後に始める講義について語る速

瀬さん。

 まだ入隊から1週間しか経っていないが、今後の予定はすでに教官

たちから聞かされている。入隊1ヶ月で体力錬成と小火器の取り扱

いを完熟し、装備を纏った状態での行軍も慣れ始める。2ヶ月で体力

錬成と座学を全て修了、梅雨に入る前には総合戦闘技術評価演習に挑

む。総戦技を突破した訓練兵には、戦術機適正検査を受けさせた後に

適正者のみ戦術機教導の後期課程に移る。速くとも夏至前には任官

式を迎えられるように扱き倒すぞ、と脅されていた。

 つまり、合算半年で任官するということ。それもそのはずだ。私以

外の訓練兵は既に、入隊前から軍人になるための教育を受けてきてい

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る。あくまでここで学ぶのは本格的な訓練兵になるための訓練と座

学の確認。そして任官までの最終調整みたいなものだ。

 自分なりに体力錬成をしていた私は、完全にお荷物組なのだ。だか

ら体力は追いつけるとしても、圧倒的に軍人としての知識が足りてい

ない。

「ごめんね、鑑さん。お勉強していたところに水月が」

「いいよ、気にしないで。もう少ししたら座学も始まるしさ、丁度よ

かったよ」

「そう。……なら少しお話しない?」

 速瀬さんに遅れて涼宮さんがやってくる。どうやら部屋で何かし

ていたから遅れたらしい。

 速瀬さんの隣に立って、私の机を囲む。これが入隊してからの、私

の日常だった。

 おもしろおかしい話を速瀬さんが振って、それを私と涼宮さんがリ

アクションをする。涼宮さんは静かに返し、私はその時の感情を素直

に伝える。これまでに経験のなかったことだが、楽しい。そう思える

訓練兵生活だ。

 しかし油断のできないことがある。総戦技での事故の件だ。あの

事故があったから、涼宮さんは衛士になる道を諦めてCP将校の道に

進んだ。あの事故を防ぐべきなのか、と言われたら防ぐべきなのだろ

う。しかし、それで納得したかと言えばそうではなかった。

 怪我をするところも見たくはないし、もし未然に防げるのであれば

防ぐ必要がある。もし防いだとしたならば、それは歴史を大きく変え

たことになる。既に光州作戦で大きな歴史の流れを捻じ曲げた過去

があるならば、今更気にすることでもないのかもしれない。けれど、

涼宮さんがCP将校にならなかったとしたら、もしかしたら予測でき

ない事象が発生してもおかしくはない。

「でさ、その時に平が……どうしたの、鑑?」

「うん? ごめんね、少しぼーっとしちゃって」鬼

軍曹

神宮司教官

「大丈夫でしょうね? そんな調子じゃ、あの

に何言われるか

分からないわよ?」

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 1週間で神宮司教官を鬼軍曹呼ばわりしながら、速瀬さんは平くん

の話に戻っていく。まだ訓練兵生活を始めて間もないというのに、仲

間や教官たちの話をネタにしているのは、元々の彼女らしさなのかも

しれない。

 調子いいなぁ、なんて考えていると涼宮さんの顔がみるみる青く

なっていくのが見て分かる。視線の先を追ってみると、そこにはいい

笑顔をしている神宮司教官が腰に手を当ててこちらを見ていた。

 私も気付いたものの、速瀬さんからは死角になっていて見えていな

い様子。調子よく彼女はあれこれと言い始めていた。

「厳つい男性教官もいるのに群を抜いて一番怖いのに、なんか基地の

中で銀髪の女の子にデレデレしてるところを見かけるし、この前なん

かあたしたちよりも年下の男の子追いかけ回してたからねぇ〜。"

狂犬"とか言われてるっていう噂があるけど、その片鱗を垣間見てる

のかそうでないのかも分からない人なのよ」

 みるみるドス黒いオーラが辺りを包み始める。いち早く気付いた

涼宮さんは、なんとか速瀬さんを止めようとしているものの、調子に

乗って色々言っている彼女を止めることはできない様子。私も半ば

諦めモードに入っており、今日の座学と訓練は厳しくなるだろうなな

んて考えながらいつか落ちるであろう雷を待つ。

「それでいて嬉々として私たちのお尻蹴り飛ばすし、罰則はキツいし、

この前平なんか足元に自動小銃撃たれてたわよね。ありゃ、足の甲に

風穴開くかと思ったわ。入隊前に訓練部隊の教官は、大人の男がお漏

らしする程怖いって聞いてたけど、本当その通りよね。そんな教官の

中で一番怖いだなんて神宮司教官ってば結婚で」

 最後の言葉を速瀬さんが発することはなかった。背後に般若の

オーラを撒き散らしていた神宮司教官が、速瀬さんの頭をガシッと掴

み、そちらに無理やり顔を向けさせたのだ。

「は〜や〜せ〜? 何やら愉快な話をしているじゃないか。是非と

も、私にも聞かせてくれないか?」

「じ、じじじ神宮司教官!?」

「ほら、いいんだぞ? 例えば私が教官連中の中で群を抜いて一番怖

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いだとか」

 タケルちゃんが言ってた。教官は怖がられてナンボだ、って。それ

に神宮司教官は本当は怖くない、とても優しい人ってのは知ってるか

らね。

「訓練兵をサンドバッグにしてるだとか」

「いやぁ〜、そのですねぇ〜」

 色々理由があって蹴ってくる、というのは何となく分かっている。

走るのが遅いだとか、腰が入ってないだとか。そういう理由。一度注

意された後、殴る蹴るをされているというのも、一度で覚えて実践で

きていないからだとか、そうした方が早く覚えられるからだとかそう

いう理由らしいが、本当のところはよく分からない。最も、先輩教官

からそういう風に指導しなさいだとか、教官教本にそう記載があるだ

とか、そういう理由が本当らしい。

「そんなんだから独り身だとか」

「あ、あの、そうは言って」

 言い逃れしたところでどうしようもない。神宮司教官は、その場で

速瀬さんの頭にゲンコツを振り下ろした。ゴツッと鈍い音と共に、速

瀬さんは殴られた後を擦る。

 殴られただけで済んだのならよかったんじゃないかとも思ったが、

ある映像が私の脳内にフラッシュバックする。

 使い込まれた教室。似たような制服に身を包んだ男女。それは学

校のようで、皆楽しそうに笑っている。教壇にはクリーム色のタート

ルネックニットに、ブラウンのロングスカートの神宮司教官は柔らか

な笑みを浮かべている。

 私もその場に居て、周囲を見渡すと右斜め後ろの席には見慣れた男

子生徒。教室内にも記憶にある顔がちらほら。私はその中でただ独

り、笑っていなかった。何故皆笑っているのだろう。何がおかしいの

だろう。

 刹那のことだ。割れんばかりの激しい頭痛が私の頭を襲った。そ

れと同時に、目の前には速瀬さんや涼宮さんが私の顔を覗き込んでい

た。

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「大丈夫?」

「どうしたの? 鑑さん」

「う、ううん。何でもない、何でもないよ。少し頭が痛くなっただけ、

でも大丈夫」

 痛いけど我慢する。私は机の上を片付け始めるのを見た2人は、大

丈夫そうだと思ったのだろう。神宮司教官も来ていることだし、最初

の座学の準備を始めるのだった。

 ※※※

 ﹇同年同月同日 国連軍仙台基地 グラウンド﹈

 午前中の座学で観たのは、神宮司教官のコネで訓練兵に視聴するこ

とを許された映像だった。最前線の基地での様子。平時・戦時の両方

を観た。

 正直に言ってしまえば、私は既に経験していることで新鮮味は感じ

なかった。ただ、本当にそういう基地で撮影されたものなんだ、と思

う程度。平時はゆったりとはしていないものの、正規兵は訓練に励

み、整備兵やその他後方支援要員も機体整備や基地運営を行ってい

る。戦時には慌ただしく正規兵たちが出撃し、ガランとした基地内を

後方支援要員の整備兵やその他非戦闘員たちが走り回って怒鳴り

あって、ボロボロになった戦術機や部隊の数が減った戦車や自走砲が

帰ってきたり、兵装整備に追われて休憩を挟まず働き続ける。そん

な、リアルな映像だった。

 他の訓練兵の皆は言葉を失っていた。何を皆が夢想していたのか

は、私には分からない。華々しく雄々しく、綺麗なものでも想像して

いたのだろうか。だが、現実はいつだって残酷だった。皆はそれを直

接見た訳じゃないのに、勝手に期待して絶望した。

 私はそんな皆を少し冷めた目で見ていたのかもしれない。

 午後は昼食を摂った後、小銃の分解組立と調整の訓練。整備工具の

ある教室へ移動し、帝国軍から借りた突撃銃を分解しては組み立てて

を繰り返している。目標タイムを出せれば、教官から屋外射撃場で調

整をして戻って来いと命令され、戻ってくれば分解整備を始める。そ

んな、銃の扱いを身体に染み込ませる訓練だ。

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 不得意で四苦八苦しながら、小銃の組立教本と睨めっこをしている

私に、神宮司教官は話しかけてきた。

「鑑」

「はい、神宮司教官」

 手を止めると怒られる。私は視線をそちらに向けることなく話し

を聞く姿勢を取った。

「貴様は何故平然としていられる?」

「はい?」

 メインスプリングを挿入し、いよいよ組立完了の一歩手前で手が止

まる。神宮司教官の顔を見れば、その表情は座学や訓練の時には見た

ことのないもので、どこか懐かしさを感じるものだった。

「今朝、速瀬と話していた時、いや、訓練部隊に入ってからというもの、

ずっと貴様はおかしい」

「おかしい、というのはどういう意味ですか?」

 組立をしていて気付かなかったが、実習室には誰もいない。訓練兵

も他の教官も。私と神宮司教官しか、この部屋にはいない。アッパー

レシーバーを作業台に置き、再度彼女の顔を見る。やはり懐かしい。

そう思えて仕方がない。

「どういう理由で軍にいるのかは知っている。白銀少尉と共に博士の

研究を手伝っていることも。私も関わることがあったから、鑑のこと

は少尉から聞いていたし、交流する機会もあったから私自身ひととな

りは把握しているつもりだ。だがな、今期の訓練部隊入隊式で貴様の

顔を見てからおかしいと思っていた。

 食堂で会った時や、ハンガーで会った時、XM3の教導中や訓練機

の整備報告を聞いてた時、そのどの時も貴様は社少尉と共に身動きし

辛い環境の中でも笑顔だった。だがな、貴様はずっと訓練中も座学中

も笑顔じゃないんだ。他の連中と話している時に浮かべている笑み

も、どこか違う気がする。今朝観せた映像を見ても、表情はピクリと

も動かなかったし、感情が揺れ動いている様子もなかった。

 理由は分かっている。既に軍籍を置いているし、軍人とはどういう

ものかの片鱗を知っているからこそ、あの映像は"非日常"であるこ

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とに気付いている。白銀少尉が見てきた世界を、知っているからこそ

表情を変えなかった。

 ……そうなんだろう、鑑」

「……そうですよ」

 一言だけ返事を返すつもりが、私の口は何故か止まらなかった。他

に聞いている人がいないことを分かっているからなのか、本来であれ

ば誰にも話さないことを言ってしまう。

「私はおかしく見えるかもしれません。目的があって志願兵になりま

したが、本当は怖いです。銃なんて持ったことないし、訓練だって辛

いし苦しいです。泥だらけになって、傷だらけになって。散々悩んで

苦しんで夜も寝れなくなるくらい悩んで決めたことですけど、それで

もこの選択は本当によかったのかって毎夜毎夜思うんです」

 そう。これは私が夜眠る時、毎日見ている夢だ。

「BETAと戦って、誰かが生きて誰かが死ぬ。そんなことが当然の

世の中で、私はたった1つを掴み取るためだけに力を使わなくちゃい

けない。でも、それを掴み取ったら何かを失うんじゃないかって。隣

に立つ誰か、先輩、後輩、教官、上官、他の兵士たち。本当ならばま

だ死ぬことなんてなかった人が死に、本来であれば死んでいたであろ

う人が生きている。そんなことが当たり前のように起こっちゃって

いるんですよ」

 誰が生きていて、誰が死んでいるのか分からない。いつかきっと、

私はそうなってしまうんじゃないか。そんな悪夢を毎晩のように見

ているのだ。

「それもこれも全部、運命が決めてることなんですよね……」

 静かに聞いていた神宮司教官は、少し考えた後、静かに口を開いた。

「……結局、鑑が何故平気な顔をしているのか分からない。だが、分

かったことはある。博士の計画に参画している以上、私の知り得ない

ことを鑑が知っているってこと。貴様の幼馴染、白銀少尉がちぐはぐ

な衛士であるのならば、その幼馴染の鑑もまたちぐはぐな人間なのだ

ということ」

「ちぐはぐ? タケルちゃんが?」

343

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「そうだ。貴様と同じ年齢で、貴様もではあるが少尉という階級を持

ち、国連軍の正規兵として働いている。何故、白銀少尉はあの年齢で

あそこまでの腕を持っているのか、前々から甚だ疑問だった。一方

で、鑑が何故その年齢で戦術機の整備が行えたり、博士と同程度のセ

キュリティパスを持っているのか、これも同様に疑問だった」

「私は……」

「白銀少尉が目立ってはいたが、本来は鑑、貴様も訓練兵になるにはち

と早すぎる年齢だからな」

 私はまだ15歳。志願できない年齢。徴兵は16歳からのため、徴

兵された後、2年間基礎訓練を行い、訓練部隊に入隊するという流れ

になっている。私はその2年をすっ飛ばしているのだ。基礎訓練を

ちゃんと修了していたとしても、年齢的に問題はある。そのため、訓

練部隊では年齢を誤魔化している状態なのだ。唯一、神宮司教官のみ

が私の本来の年齢を把握している。

「……大丈夫ですよ。私はしっかり衛士になります」

 そう言葉を濁し、私は作業に戻った。

 どこまで作業を進めたか忘れかけているものの、自然とアッパーレ

シーバーを手に取っていた。次はロアレシーバーと重ねてピンで止

めて、機関部を差し込むだけ。

 既に組み立ててある機関部を手に取ると、そのままアッパーレシー

バーに差し込んで、組み立ては完了。ボルトを引いて動作を確認する

と、近くに置いていたストップウォッチを停止させる。

「22分34秒……」

「やり直し」

「了解」

 神宮司教官からやり直しを指示され、再び小銃をバラし始める。

 私は一体いつになったら小銃の組み立ても満足にできるようにな

るのやら……。また居残り練習をしなければ、と心に決めた瞬間だっ

た。

344

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episode 36

  ﹇1999年4月1日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 グラ

ウンド﹈

 毎日予習復習を欠かさなかったからか、知識は皆に追いつきつつあ

る。実習や訓練の方も最近は怒られることも少なくなってきた。小

火器の扱いはもう問題ないところまでやってきている。

 今日行われている試験は、私たちに知識がどれだけついているのか

を確認するためのもの。思い返せばハンガーでうろちょろしていた

時に、自然と使っていたものとかも出てきているのだ。知識として触

れると、なんとなくで理解していたことがちゃんと知識として備わっ

ていくことを実感する。今回の試験は赤点を取ることもないだろう。

むしろ成績がいいかもしれない。

 試験を簡単に片付けると、後は訓練に移る。今日は格闘訓練だ。始

めはナイフの扱い方や手入れの仕方等を教わり、今はラバーナイフや

組手で訓練を行っている。

 この訓練は持久走と同じくらい私の得意としている訓練だったり

する。理由は簡単だ。

「か、鑑が身体を揺らし始めたぞ!?」

「今日も出るのか!!」

 既に一度組手を終えて見学している訓練兵の野次が聞こえてくる

が、私には目の前の相手(平)しか見えていない。

「ちょ、鑑?! それは不味!」

「せいっ!!」

「ごっふあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 繰り出されたナイフの持っていない右拳が平くんの防御の全くさ

れていない腹部に突き刺さってめり込む。そのまま勢いを殺さずに

振り抜くと、彼はそのまま打ち上げられてしまった。一瞬で空高く舞

い上がった彼は、すぐにシルエットも分からなくなる程遠くまで飛ん

でいき、落ちてくる様子もない。

「平も派手に飛んだわねぇ〜」

345

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「水月、何呑気なこと言ってるの?」

 それを愉しげに見ている仲間たちはいつ落ちてくるだろうかなん

て話しており、監督をしている教官たちももう慣れたと言わんばかり

に空を見上げていた。

 ほどなくして平くんは空から落ち、真っ逆さまにグラウンドに突き

刺さる。痛そうではあるが、多分大丈夫だろう。これまでもタケル

ちゃん含む、何人も空を飛んでいる。曰く電離層まで飛んでいるらし

いが、そこまで飛んでいるのだろうか。

「痛ってぇ……。流石は鑑だな」

「あはは……ごめんね〜、いつもの調子でやっちゃって」

「地球は青かった……」

 砂埃を払いながら立ち上がる平くんは、視線を教官の方へ向ける。

先程までの組手で決着がついてないのは私と平くんのペアだけだっ

た。教官たちは平くんが平気そうにしているのを確認すると、次の指

示を出す。

 結局組手ばかりやっていたが、訓練兵になってできるようになった

ことは多い。その中でも一番は、どりるみるきぃぱんちをコントロー

ルできるようになったことだった。

 前までは感情に任せてタケルちゃんのお腹を殴り付けていたが、今

では意識的に打ち出すことができるようになった。だから平くんや

他の仲間相手でも使えるのだ。ポコスカ私の頭を叩くタケルちゃん

に一矢報いることができるようになったのは喜ばしいことではある

のだが、訓練兵になってからはめっきり顔を合わせることも少なく

なったように思う。

「鑑、次はあたしよ!」

 次の相手は速瀬さん。ナイフを構えながら闘気を体全体に纏って

いくのが感じ取れる。

「よし!」

 訓練兵を卒業すればタケルちゃんと一緒にいられる時間も増える

だろう。ならば早く修了すればいいこと。勉強はどうしようもない

けど、頑張ればなんとかなるよね。

346

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「かかって来なさい、かがm」

 速瀬さんの腹筋辺りに私の拳がめり込む。

「テレシコワッ?!」

「水月ぃぃぃ〜〜〜!!」

 ポニーテールの訓練兵がまた、空を舞った。

 遠くで監督している神宮司教官が苦笑いしているのが見える。こ

れでも手加減している方なんですよ。

 ※※※

 ﹇1999年4月2日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊ハン

ガー TF─403専用区画﹈

 今日は訓練が休みだ。休みの日には基本的に勉強とやらなくては

いけないことをして過ごしているが、今日はキリのいいところまで勉

強を済ませて通い慣れた格納庫に来ていた。いつもの国連軍C型装

備ではなく、訓練兵制服で現れた私のことを整備兵の皆さんは少し驚

いた顔をして見ていたが、すぐに各々の作業へと戻ってしまった。

 ラップトップを片手にキャットウォークへ上がり、タケルちゃんの

不知火にコードを繋いで情報を閲覧する。

 訓練兵になってから、私のセキュリティパスは相変わらず閲覧権限

の高いもののままになっていたものの、オルタネイティヴ計画に関わ

る情報は安々と見れるものでもない。こうして直接出向くくらいし

か知ることができないのだ。

 データの吸い出しを片手間に、機体に蓄積されている稼働状況を確

認する。

 どうやらここ最近、私が訓練兵になってからは戦地に行っていない

ようだ。ということは、ずっと基地内で訓練や香月先生のお手伝いば

かりしていたのだろう。それだけを確認できれば、とすぐにアビオニ

クス系のシステムに入る。

 気分転換に簡単なチェックをしてしまおう。そう考えてのことだ。

「……こんにちは」

「あっ、霞ちゃん。こんにちは。久しぶりだね〜」

「……お久しぶりです、純夏さん」

347

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 管制ユニットの密閉ドアアームに腰掛けてながらラップトップを

眺めていると、霞ちゃんが小さい手でうさぎ印のラップトップを抱え

て現れた。どうやらタケルちゃんの戦術機に用があるらしい。

 少し脇に避けると、空いた隙間に彼女は腰掛ける。二股に分かれて

いるケーブルを差し出すと、アダプターに挿してラップトップを起動

した。

「タケルちゃんの不知火でなんかあったの?」

「……OSのパッチ更新です」

「なるほどぉ。先行試験って訳だね。タケルちゃんじゃなければ墜落

するかもしれないくらい致命的なエラーだったのかな?」

「……そういう訳ではありません。プログラムの軽量化です」

「私にはまだ早い内容だったよ……」

 霞ちゃんの用事はプログラムの軽量化。CPUの性能が上がった

とはいえ、タケルちゃんの機体に入力する命令はA─01の人たちよ

りも多い。先行入力とキャンセルを多様して複雑な機動制御を行っ

ているので、繊細な動きをすればするほどコンピュータに負荷がかか

る。その負荷をできるだけ軽くするのだろう。私が訓練兵になる前

からも、霞ちゃんは定期的にXM3の軽量化パッチを作っていたの

だ。今日も出来上がったものを導入しに来たのだろう。

 私は小手先でコンボの組み合わせを見ていたけれど、どうやら使用

しなくなったものがいくつかある。削除しながら霞ちゃんに話しか

けた。

「最近の霞ちゃんは変わらないみたいだね」

「……はい。いつもと変わらず、白銀さんの演習管制や博士のお手伝

いをしています」

「訓練兵になってからは色々大変だよ。お勉強ばっかりだし。運動は

別に大丈夫なんだけど、武器の取り扱いとかそういう軍隊で必要な知

識が足りてなくてね」

 知ってはいるかもしれないが、そんなことを話す。

 霞ちゃんは変わらずのようだ。やはりタケルちゃんの演習管制と

香月先生の手伝いをしていた。

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「……純夏さん」

「なに?」

「……もう少ししたら総合戦闘技術評価演習の予定を組み立てる、と

博士が言っていました」

「それって」

「……"前回"も訓練を前倒しにしていましたが、今回も同じように

するようです。"かの部隊"の衛士不足を主な理由にするとのこと

ですが、裏の事情はお察しだと思います」

「うん。何となく分かるよ」

 急に真面目な話を始める霞ちゃん。誰かに聞かれないよう、気を

使って直接的な言葉は避けて言いはしたが、私には分かるように考慮

しているのだろう。

 彼女の言うところの裏の事情というのは十中八九、涼宮さんのこと

をだろう。勿論、お姉さんの遥さんの方だ。総戦技での事故を理由

に、衛士を挫折し、CP将校となったのが"前の世界"での話。今回

はその事故を未然に防ぐことができる。果たして、歴史を変えてし

まった場合はどうなるのだろうか。時々考えていることだが、結局の

ところ私が考えたところで、どうすることもできないという解答は出

ている。

 頭の中を切り替え、私のしなければならないことを確認する。

 私はタケルちゃんの隣に立つ。ただそれだけだ。

「でも私がやることは変わらないよ。総戦技を突破して、後期課程に

早く進む。戦術機に乗って、すぐに技術を身に着けて任官する。それ

だけだよ」

「……私もがんばります」

 霞ちゃんが空き時間に自分のことをしているのは前々から知って

いるが、時々どこにいるのか分からない時もある。

 目撃情報はあちこちで聞くが、何をしているのかまでは分からな

い。

 何を頑張るのかは分からないが、霞ちゃんなら大丈夫だろう。私は

チェックの終わった機体からケーブルを引き抜き、ラップトップ内に

349

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残ったデータを整理し始める。

「……そういえば純夏さん」

「どうしたの?」

 その声に顔をあげて霞ちゃんの瞳を見る。

 最近は割と表情豊かになった顔は、いつにも増して真面目なものに

なっていた。グレーの大きな瞳が私のことを捉えており、吸い込まれ

そうになる。すっと視線を額にずらし、再び瞳を見た。

 霞ちゃんの様子は変わっておらず、小さい口から静かに言葉が繰り

出された。

「……訓練兵は大変かもしれませんが、やることはたくさんあります。

ですけど一番にしなくてはならないことを忘れないでください。あ

なたは白銀さんの願いのために繰り返しているんですから」

「霞ちゃん……」

「……"来たるべき作戦"には白銀さんは勿論参加しますが、純夏さ

んにも参加して欲しいです。お2人が横浜からいなくなったこの世

界での大きな事象のひとつでもありますし、大きな改変点のひとつで

もあります。恐らく今回の作戦でも、"あの攻撃"はあると思いま

す」

「あの攻撃……」

 米軍による無通告G弾攻撃のことだ。

「……作戦立案は既に終盤に入っています」

「だから総戦技を早めるんだね?」

「……はい」

「分かったよ。頑張ってできる限りのことをしてみるね」

「……くれぐれも身体には気を付けてください。……またね」

「うん、またね。霞ちゃん」

 スッと立ち上がった彼女は、ラップトップを脇に抱えてキャット

ウォークから降りていった。その背中を目で追いながら、考えごとを

する。

 明星作戦まで、残り4ヶ月。それまでの間に総戦技と後期課程を修

了し、任官しなければならない。今のままで本当に衛士になれるのだ

350

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ろうか。そもそも、私の衛士になる目的はタケルちゃんにしかない。

私自身はどうなのだろう。本当に衛士になりたいのだろうか。それ

とも……。

 不透明な感情を無理やり頭から振り払い、自分のラップトップの電

源を落とした。少しは気分転換にもなっただろう。部屋に帰って勉

強を再開しよう。そう考え、自分の部屋へ戻ることにした。

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episode 37

  ﹇1999年4月27日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 講

義室﹈

 座学に訓練を毎日こなし続けていたら、気付けば同期の皆と同じく

らいの水準には追いついてきていた。座学も訓練も目に見えて結果

は出ていた。専門知識のオンパレードには最初こそ振り回されてば

かりだったが、今では問題なく理解でき、筆記試験も合格ラインを超

えることができている。訓練の方は、格闘訓練の方は特別だったが、

他の射撃等々はビリから這い上がってきている。神宮寺教官からは

『最初の頃よりもマシになった。その調子で訓練に励め』とのお言葉

も頂いた。

 そんな日々を過ごす一方、私には訓練兵として以外でしなければな

らないことがあったはずなのだが、いつの間にかそれらがなくなって

いた件について。

 今朝、廊下で霞ちゃんとすれ違った時に気になって聞いたことが

あったのだ。

『あ、そうだ。霞ちゃん』

『……なんですか?』

『私が訓練兵になってから、全く武ちゃんの戦術機を整備しに行って

ないけど、武ちゃんは出撃とかしてないの?』

『……出撃はしていません。純夏さんもご存知の通り、昨年から大き

く状況は変わっていません』

『えぇ? じゃあ、香月先生のお手伝いばっかりなんだ』

『……純夏さんが訓練兵になられた頃に合流した補充兵の訓練が多い

です』

『なるほど〜』

 私の知らないところでどうなっているのかは何となく見えてきた。

しかしながら、霞ちゃんの話から推察するに、おそらくタケルちゃん

の戦術機は変わらず整備が必要な状態が定期的にやってくることを

意味していた。

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 であるにも関わらず、私はこうして訓練兵として訓練に明け暮れて

いる。私が首をかしげていると、霞ちゃんが言葉を続けた。

『……純夏さんはお気になさらず訓練を』

『うん、分かったよ! でも、訓練部隊に入るまでやっていたことって

どうなったんだろう?』

『……そちらは私の方で引き受けています。問題ありません』

『そうなんだぁ、ありがとう? でも、霞ちゃんって他にも色々やって

なかったっけ?』

『……問題ありません』

『あ、はい』

 訓練兵になるまでの期間、私がやっていた仕事はどうやら霞ちゃん

が引き受けている様子。結構忙しくしていたつもりだけど、それを彼

女が背負うとなると、その仕事量はかなのものになるはずだ。彼女自

身が抱える仕事もあるのに。

 大丈夫なのかと訪ねても、辛そうな表情をすることなく大丈夫と言

い張る霞ちゃんに気が押されてしまう。あまり感情表現の豊かでは

ない彼女ではあるのだが、そういったことは分かるものだとばかり

思っていた。だが、その素振りも見せない。

 霞ちゃんと別れた後も気になったままだった私は、TF─403ハ

ンガーに向かった。

 ハンガー内を見回してみても、変わったところはほとんどなかっ

た。変わりなく整備兵は忙しそうに機体に取り付き、班長の怒号が飛

び交う。少し懐かしく感じながらも、つい1ヶ月も前まで感じなかっ

た疎外感を少し感じてしまった。

 あの時は霞ちゃんに付いて回り、何かしらしていた気になっていた

のだろうか。そんなことを考えてしまう。あの頃の私はここにいた

だけで、本当は何もしていない役立たずだったのでは、と。

 整備兵たちは私が入り口で中を見ていても気にすることはなく、忙

しなくタケルちゃんの不知火で作業を続ける。少しだけ機体を眺め

た私は、そのままハンガーを後にしたのだ。

「早く任官しなきゃ」

353

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 今ではそんな言葉が頭の中に居続けている。

 早く任官しなければ、早く衛士にならなければ、私はタケルちゃん

の傍にいられないかもしれない。そんなことを考えるようになって

いたのだ。

「かーがみ! おはよー!」

「……」

「鑑ー?」

「あ、うん。おはよう」

「元気ないわねー。そんなんだと、神宮寺教官に殴り飛ばされるわ

よー?」

「それはヤだね」

「でしょ? なら元気にしなきゃ」

「そうだね」

 まだ座学も始まらない時間。速瀬さんが私の顔を覗き込み、そんな

言葉をかけてくれる。心配してくれているのだろう。

 何も出されていない机を眺めていたらしい私は、ゆっくりと顔を上

げる。近くには速瀬さんの他に、涼宮さんもいたようだった。彼女と

同じく、心配そうにしている様子。

「鑑さん、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」

 大丈夫だ、としか言えない。きっと、私だけではないはずなのだ。

速瀬さんも涼宮さんも、他の訓練部隊の皆だって、早く任官したいに

決まっている。まだ総戦技すら突破していない訓練兵だが、私たちは

衛士を目指しているのだから。

 気持ちを切り替え、今日の予定を思い出す。

「おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 そうこうしていると神宮寺教官が講義室にやってきた。普段のよ

うに教壇の前に立つと、室内を見渡して全員の顔を確認する。

 毎日点呼をしているので、今日の出欠は把握しているだろうから、

何かいつもと違うことを言うのかもしれない。

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「貴様ら。今日はいいニュースを持ってきたぞ」

 やはりだ。神宮寺教官は勿体ぶることなく、すぐにその内容を話し

始める。

「5月の頭に総合戦闘技術評価演習を執り行うこととなった」

 私を含めた訓練兵の空気感が一気に変わる。緊張感と高揚感だ。

ピンと張り詰めるが、何処かふわふわとする。何と言葉に表せばいい

のか分からないが、これまでに味わったことのない感覚だった。

「貴様らが第207訓練部隊に配属されてから2ヶ月ほどしか経って

いない。しかし、人類に訓練兵とはいえ軍人を遊ばせておく資金も時

間もない」

 神宮寺教官の『訓練兵とはいえ軍人』という言葉に、他の訓練兵た

ちがあからさまな反応をする。

 これまでは学校という枠組みではあったものの、訓練兵というより

も訓練生という意識が強かったのだろう。そんな私たち訓練兵が、訓

練兵ではあるが軍人でもあると言われたのだ。もう、私たちは一般人

じゃない、そう言われているのだ。

「軍の判断としては、帝国陸軍予備学校での教練が十分であったとし、

不足している兵力を補充するとのことだ。帝国内で同様の動きがあ

り、近隣の帝国・在日国連軍訓練部隊でも順次前期課程・後期課程修

了の報告が上がっている」

 もう一度、教官は私たちの顔を一人ひとり見ていった。

「この決定は軍上層部の判断に他ならず、我々現場の衛士としては、貴

様らのような満足な訓練も満了していないひよっ子どもが戦場に

しゃしゃり出てこられると迷惑極まりないところだが、そうは言って

も背に腹は変えられん。下手に反発し、反感を買って懲罰部隊に飛ば

されても敵わないからな。特に私のようなのは体の良い玩具にされ

かねんからなァ」

 ジロリと神宮寺教官は速瀬さんを睨みつける。ここぞという時に、

こうして教官はそのネタを使って速瀬さんを脅す。今回もビクリと

肩を跳ね上げ、後ろ姿からも分かるほどに冷や汗を流す彼女は小さく

なる。

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 他の訓練兵は速瀬さんとは違い、それ以前に言った教官の言葉に反

応している様子だった。煽られたのだ。私たちは苦しい訓練に喰ら

いつき、かなりの好成績を修めている確固たる自信があったからだ。

それを、まだまだだと言われた。戦場に出てこられても迷惑だと言わ

れた。

 悔しさに歯噛みし、少しずつオーラが変わっていく。焚き付けられ

たことにも一層訓練に励むように仕向けられたことにも気付かない。

「さて。総戦技を数日後に控えている訳だが、今日は通常通り訓練を

執り行い、明日からは準備期間とする。日程は明日の朝礼時に伝える

ので、それまでは通常通り教練に励め」

 その言葉で切り上げる神宮寺教官は、それまで話していた内容など

気にも止めることなく今日の教練内容を説明し始める。

 無論、訓練兵の皆の耳に、今の話が入ってくる訳もない。しかし私

だけは、何処か落ち着いて教官の言葉に意識を向けることができた。

あの普段落ち着いている涼宮さんでさえ、狼狽える現状にただただ私

は1つのことを考えるだけだった。

 早く任官したい、と。

 ※※※

 ﹇1999年5月2日 日本帝国領内 詳細不明地域﹈

 慌ただしく今日まで準備を進めてきた。と言っても、私がしたこと

はタケルちゃんに聞けば済むことだった。しかし、なんとか捕まえた

タケルちゃんから言われたことは一言だけだった。

『頑張れ、純夏』

 その言葉と共に、何処で手に入れたのか分からない国連軍官給品の

タバコを渡してきたのだ。私はもちろんだが、普段関わりのある人た

ちは誰1人として喫煙者はいないのだ。それはタケルちゃんも同じ

はずなのに、なぜ私にそんなものを渡してきたのかは分からなかっ

た。分からなかったのだが、何か意味があることに変わりはないだろ

うと考え、荷物に忍ばせてきている。

 普段はグラウンドを走り回る時と同じ装備に、全員同じだけの携帯

食料と水分を押し込んであった。タバコはカーゴパンツに入れてあ

356

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る。

 リュックサックを背負い、ほぼ完全装備状態で私たちは神宮寺教官

たちの前に整列していた。ここまでの移動は比較的楽なものだった

が、それでも休憩はお手洗いくらいしかしていない。長距離移動で消

耗をしている私たちに、涼しい顔をしている教官らは私たちに命じた

のだ。

 これから総戦技を執り行うこと。与えられた任務と短いと思えて

仕方ない作戦期間を生き抜かなければならないこと。そして、この演

習では死人が出ること。

 この演習でくたばるようなら、任官して戦場に投入されたとしても

すぐに死ぬだろうと言われた。

 どうすればいいのか分からないまま、作戦を拝命した私たち第20

7訓練部隊の訓練兵は、このむしむしと暑い密林で任務を遂行しなけ

ればならなくなってしまったのだった。

「……作戦を確認しよう」

 教官たちが私たちの周囲から離脱してすぐ、誰も言葉を発すること

は疎か、行動できるものはいなかった。だから、私は声を出した。こ

んなことをしている暇はない。私たちは定められた期間内に任務を

成功させて生き残らなければならないのだ。

 私の言葉に気がついたのは速瀬さんだった。まだ何処か呆然とし

ているのであろう自分を起こすため、頬を叩いて目を覚まし、近くの

仲間たちに声をかけていった。

 そして全員の顔があがったのを確認すると、私は言葉を繰り返し

た。

「作戦を確認しよう。私たちはこれを突破しなければ後期課程の戦術

機適性検査にすらたどり着けなくなっちゃう」

「そう……、だな。鑑の言う通りだ。俺たちはこんなところで立ち止

まってなんてられない」

 私の言葉に呼応し、鳴海くんが男子訓練兵たちを鼓舞してくれる。

こういう役はやっぱり同性同士でやった方がいいに決まっている。

一方で女子訓練兵の方は涼宮さんがそれをやってくれていた。

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「私たちに与えられた任務は3つ。『敵司令部の発見』と『先行した偵

察隊が残した機密書類の回収』、そして『敵物資集積場の爆破』よ。こ

れらの任務を今から5日以内にこなして脱出しなければいけない。

回収ポイントに到着して回収されるまでに5日以上かかってしまっ

たら失敗。この密林で遭難し、救助されても失敗。無論、誰かがかけ

るのも」

「俺たちは丁度12人だ。部隊を3つに分けて、それぞれの任務を遂

行しよう」

 仕切ったのは訓練部隊の長を任されている男子訓練兵だった。

 彼の言っていることは効率がよさそうではあるが、実のところいい

選択であるのかは判断できない。そしてそれ以外の選択肢は、全員で

1つずつ任務を潰していくことしか思いついていない私たちにはな

かったのだ。

 誰も反論することなく、隊長の采配で編成と決められる。そんな

中、幸か不幸か私の部隊の隊長が涼宮さんになった。

 忘れていた訳ではないが、私には香月先生から特別任務が与えられ

ていた。それは、総戦技中に発生する事故の阻止。そう、涼宮さんの

両足が生体義足になり、衛士になれなくなったという事故だ。

 私は事前に打てる手を打ったという香月先生の言葉を反芻し、私の

しなければならないことを思い出す。先生が未然に防ぐ手立てを用

意しているとはいえ、私が動かない訳にもいなかない。

「私たちは物資集積場の爆破。もう水月と平くんの班は動いているか

ら、私たちも急ごう」

 全員顔を見合わせて頷き、行動を開始する。できるだけ早く終わら

せて、とっととこの蒸し暑い島から脱出しよう。

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episode 38

  ﹇1999年5月10日 国連軍仙台基地 TF─403ハン

ガー﹈

 祠堂大尉らのXM3順応訓練は4月に入る頃にはかなり進んでお

り、ほとんど俺が教官役を務めていたこともあり、熟練度も相当なも

のになっている。それこそ、最盛期のA─01の動き、否、桜花作戦

00式戦術歩行戦闘機

時の皆のような動きを見せていた。

が配備さ

れればいいのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。それに

今、武御雷はおそらく正式配備前だろう。ほんの一握りの人間しか知

らない最高機密のはずだ。最も、各戦線でその姿を見た衛士もいるだ

ろうが、そのほとんどが一般斯衛軍人くらいだろう。

 すでに俺の手から離れた祠堂大尉たちが、A─01でどのようにし

ごかれているのかを想像しながら、顔を出す回数の減っていた自分の

機体が置かれているハンガーにやってきた。

「お、タケルちゃんだ!」

「純夏か」

 ここ数日めっきり顔を見なくなっていた幼馴染がハンガーに来て

いた。ここ最近彼女と会うときはその格好ばかり。 しかし、かなり

懐かしくも思えた。

 少し純夏のことを観察してみると、少し様子が変わっていた。訓練

部隊に入ってから少しずつだか変わってはいたものの、今目の前にい

る純夏は以前と比べて一皮剥けた、という印象を持つ。

 何処か力を加えたら折れてしまいそうな華奢な体つきだったのが、

今では細くありつつもしなやかさを感じさせる雰囲気だ。身体の軸

もしっかりとしており、まとう雰囲気も女の子らしさを残しつつも軍

人の空気感も若干だか纏っている。

 明らかに軍人に近づきつつあるのだ。

「ひっさしぶりだね〜。元気にしてた?」

「久しぶりってお前ね……。そういえばこの前、妙ちくりんなことを

聞いてきたよな。ちょっと数日離れるからね、って。一体何だったん

359

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だよ」

「んっふっふ〜」

 ニヨニヨと表情を崩しながら近づいてくる純夏に、思わず後ろに下

がって距離を取ってしまう。そんな俺に不満だったのか、頬を膨らま

せながらアホ毛を稲妻型に変形させる。

「むー! 今日はたまたまこうして会うこともできたし、報告したい

こともあったのに! タケルちゃんのバカ!」

「バカってなんだよ!? それで、報告って?」

 純夏の奴にバカ呼ばわりされて腹立たしくはあるが、ここは少し収

めて報告を聞こうと思った。そんな俺の様子に少し戸惑った純夏は、

静かに報告を始める。

「あのね、総戦技の話この前したじゃん? この前まで行ってたんだ

よね。それでね」

 ふと思い出す。そう言えば、すれ違ったかと思えば、いきなり総戦

技のことを聞いてきたことを思い出す。その時、たまたま持っていた

官給品のタバコを純夏に押し付けたことを思い出した。意味もなく

渡したつもりだったが、それはそれで総戦技では役に立つ代物だっ

た。

 タバコは虫や動物除けに使えるのだ。訓練部隊の間では先輩から

語り継がれるものなのだが、俺にはその先輩がいなかった。"一回目

"の時は同じB分隊の皆が用意したものを使わせてもらったが、"二

回目"は自分で用意したものを使った記憶がある。

 純夏にはそういったことを教えてくる軍人としての先輩がいない。

強いて言えば俺になる訳だが、その時の俺は彼女の聞きたいことを

ちゃんと聞いていなかったが故に、的確なアドバイスをしてやること

ができなかった。

 しかし無意識の俺、その時そんなものを持っていた俺はなんと都合

のいいことか。持っていたものを純夏に渡していたのだ。使い方は

教えなかったが、きっと同じ訓練部隊の誰かが教えたことだろう。

「あー、どうだった?」

「うん。なんとか突破したよ」

360

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「そっか、突破したか〜。……突破した?!」

 純夏は突破したと言った。確か俺の記憶違いでなければ、純夏が入

隊した第207訓練部隊の代は速瀬中尉と涼宮中尉がいた代だ。と

なると、涼宮中尉が衛士徽章を持っているのに戦術機に乗らない原因

になったっていう、総戦技中の事故はどうなったのだ。

 俺の頭の中で駆け回る疑問に気付いたのか、純夏はいつもの調子で

続きを話し始める。

「特段何かあったってわけじゃないんだ。普通に5日以内に作戦目標

を満たして脱出ポイントに向かうだけって奴。私たちは4日でそれ

ぞれの作戦目標を終わらせて、全員で脱出ポイントに到着したの。誰

も欠けずに、ね」

「……事故はなかったのか」

「うん。なかった」

 純夏はいつもの笑顔で答える。嘘は言っていないだろう。となる

と、涼宮中尉の事故はなかった、ということになる。

「涼宮さん、涼宮中尉の事故は起きなかったよ」

 俺はその言葉に答えない。

「そもそも演習する島には車両が置かれてなかった。だから誰も使わ

なかった、使えなかった。原因が取り除かれていたんだから、事故も

当然起きないよね」

「だが……」

「タケルちゃんの言いたいことも分かる。だけど、起きなかったんだ

よ。無事に全員脱出ポイントで回収された。教官たちには総戦技の

総評と合格も聞いた。全員が後期課程に進むことも」

 俺たちの代のようなことが、違う理由によって起きていた速瀬中尉

たちの代。それが起きなくなった未来を今更気にすることもない。

もういくつも未来を変えてきているのだ。

 純夏に悟られないようにしながら、彼女が総戦技を通過したことを

考える。

 何がともあれ、前期課程を修了し後期課程に進んだのだ。純夏たっ

ての願いでもあった、衛士になること。確かに一歩ずつ近づいてきて

361

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いるのだ。

「その件は前から夕呼先生とも話し合って決めていたことだ。気にす

ることじゃない」

「そうだね」

「まぁ、純夏ごときが総戦技を通過できたんだ。最初はあんまり走ら

ないでへばっていたのも、今じゃ平気な顔をして行軍できるんだもん

なぁ。まりもちゃんから聞いたぜ。お前、同期の男子を成層圏まで殴

り飛ばしているらしいじゃないか。どりるみるきぃは俺以外にも発

動するようになったのかよ」

 そう言って茶化す。ずっと心の奥底で抱えていた感情は、純夏に言

うべきではない。それを言ってしまうと、純夏を否定してしまうよう

で嫌だったからだ。

 俺の言葉にすぐさま反応した純夏は、勝ち誇った表情をする。腰に

手を当て、胸を張り、得意気に言うのだ。

「おかげで格闘技能の成績はトップだよ! 教官にも勝っちゃうか

ら、最近は神宮寺教官と弱い科目を別でやらせてもらってるんだ!」

「なんだよ……どりるみるきぃ頼りで、他はダメダメなタイプか。流

石は純夏だぜ」

「他はダメダメなのはタケルちゃんも一緒じゃないのさ。座学とかち

んぷんかんぷんでしょ?」

「確かに苦手だったが、それは純夏もだろうが……」

 思わず溜息が出る。普段ならばもう少し純夏をいじっているとこ

ろではあるのだが、今回はいじったところで自分に返ってくるところ

が多い。訓練兵時代の座学の内容は、ほとんど覚えていないのだ。恐

らく、そういった知識を使う場面になれば、自然と思いだして使うこ

ともできるだろう。しかし、いきなり問題を出されても答えられる自

信はなかった。

 純夏も座学を苦手としており、結局前期課程の座学はギリギリでの

通過だったらしい。ここで普段のように言い合ったところで、傍から

見れば2人ともバカなのだ。

 自分たちが言い合いしたところで、客観視した時の醜さが脳裏に過

362

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ぎったのは彼女も同じだったようだ。

「でもまぁ、どりるみるきぃを自分の意思でできるのなら、色々心配事

が減るぜ」

「なによ、心配事って?」

「ん、まぁ、色々だ」

 そう、色々なのだ。純夏がこのまま順調に訓練を進めることができ

れば、恐らく今年のお盆前には任官式だ。今期から第207訓練部隊

には予算と人員が多く割かれている。その分、重厚な体制での訓練を

行うことができ、その分、訓練の進みも早くなるのだ。きっと、この

様子だと戦術機適性検査も済ませているのだろう。

 結果は聞くまでもない。総戦技の舞台となった密林での出来事を

楽し気に話し始めた純夏の声を聞きながら、自分の機体を見上げるの

だった。

 暑くなる頃にはまた、戦場へ出ることになるだろう。

 ※※※

 ﹇1999年6月16日 国連軍仙台基地 第2演習場﹈

 ここ数日はA─01の訓練を見学しつつ、問題点の洗い出しと夕呼

先生に練度を報告することをしていた。しかし今日は別件で別の演

習場に来ている。

 乗った経験のほとんどない指揮通信車の車内。簡易的なCPに

なっており、2人のCP将校が6つのモニタを見ながら、あれこれと

交信をしている。そんな姿を、俺はまりもちゃんと肩を並べて眺めて

いた。

 この場に居るのは俺の身の上の半分ほどを知っている人物に絞ら

れており、普段はこんなところでCP将校をしているような人物では

ない軍人が代わりを務めていた。

「何故、このようなことになっているのでしょうか、白銀少尉」

「それは始まる前に説明しましたよね、夕呼先生が」

「私は少尉の口から聞きたいのですが」

「というか何故敬語なんですか? 神宮寺大尉」

「……一応、今は教官なものですから」

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 作業着姿のまりもちゃんが隣で苦笑いを浮かべる。今日、俺がここ

頼まれて

に居るのは夕呼先生に

来ている。特に決まった仕事のない

俺からすれば、やることがあるだけでありがたいことではあるのだ

が、如何せん急に決まったことだった。説明は夕呼先生から事前に行

われていたものの、まりもちゃんの方は満足なことも聞かされていな

いらしい。

 俺ならば詳しいことを知っている、とでも考えたまりもちゃんは、

こうして俺から聞き出そうとしているのだ。しかしながら、俺も満足

な説明を受けていない。受けていないが、何がしたいのかは何となく

分かっているつもりだ。

 きっと今期の第207訓練部隊の衛士は、任官してすぐの初陣が明

星作戦になる。普通というのを知らないが、初陣の衛士が大規模作戦

に投入されることなんてあるのだろうか。俺が知らないだけで、大半

はそうなのだろう。

 となると、恐らく今期の訓練兵の多くはその作戦で命を落とすこと

になる。"死の8分"すら生き残れず、何も分からないまま死んでい

くのだ。

 一方、今期の訓練兵から恐らく教育のために費やした資源の量は例

年よりも多いはずだ。訓練兵に対する教官の数や装備の貸与数、消費

物の量等々。夕呼先生が手配したのかは分からないが、確実に言える

のは明星作戦に間に合わせるためだということだった。

「詳しいことは俺にも知らされてませんよ。ただ、訓練兵を見てやれ、

と」

「私XM3には白銀少尉に次いで時間を費やしていると自負しており

ます。発案者である少尉の教導も受けられるというのは、あいつらも

幸せ者ですね」

 これまでほとんど見ることのなかった柔らかな笑みを浮かべるま

りもちゃんを見て、思わず涙が出そうになる。ふいっとそっぽ向いて

指揮通信車の出入り口を見て、返事をする。

「そうかもしれませんね」

「どうしたんですか、白銀少尉?」

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「なんでもありません。ちょっと鼻が痒くなって」

 我ながら分かりやすい誤魔化し方をしてしまう。だが、見せたくは

ない。このまりもちゃんにも。

「それはそれとして、一体あれはなんなんですかね」

「さぁ……私にも理解りかねます」

 そんな話をしていた俺たちの見ている今期の訓練兵たちは6対6

の対AH演習をしているのだが、様子がおかしい。

 これまで見てきたどの衛士たちとも違う、それこそ"特異的な戦闘

機動"と言える動きをする吹雪たちの姿だったのだ。そしてその中

でも特におかしな動きをする2機がいるが、それに搭乗する衛士は推

理するまでもないだろう。きっと彼女たちなのだ。

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episode 39

   ﹇1999年6月17日 国連軍仙台基地 第2演習場﹈

 昨日に引き続き、第207訓練部隊の訓練を指揮通信車で見ること

になると思っていた。しかし、集合場所であるハンガーにやってきた

俺を出迎えたまりもちゃんに言われたのだ。

撃震XM3搭載機

国連軍仕様Block215 神宮寺まりも機

『香月博士からの伝言です。白銀少尉は

を使用

し、訓練部隊全機とAH戦闘を行うこと。手加減は一切なし』

 何度か乗ったことのあるまりもちゃんの撃震に乗った俺は、指定さ

れた第2演習場に来ていた。

 既に第207訓練部隊の吹雪たちは開始地点に集合待機しており、

今か今か訓練開始の号令を待っている。訓練部隊にいた頃の記憶を

掘り起こし、まりもちゃんは搭乗時に訓練内容等を話すことを思い出

す。

 第2演習場は祠堂大尉たちの訓練で何度か使ったことがあり、勝手

も何となく分かっている。全体的に見晴らしがよく、基本的にAH戦

闘訓練で使われることのない。ということは、遮蔽物もないところで

の正面切って戦うことになる。

 真正面から戦うということは、お互いに全力でぶつかるというこ

と。そしてそれは教導するという意味では、かなりいい条件であるの

かもしれない。

『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』

 バストアップウィンドウが表示され、まりもちゃんが訓練内容の説

明を始める。

『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思

い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』

 飽きてくることはないと思うが、相手がほとんど変わらないのは飽

きるかもしれない。恐らくだが、実機訓練を始めて1週間程度だろう

G加速度

から、

に身体がまだ慣れてない頃合いだ。

 言うまでもないが、まりもちゃんの方便にバストアップウィンドウ

366

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に映る訓練兵たちは驚きの表情を浮かべている。

『ちなみに私の師でもある』

「ちょ!」

 茶目っ気を出したまりもちゃんが変なことを言い出したので止め

に入るが、俺の声はミュートにされていることを思い出す。

 落ち着くために息を整え、静かに聞くことにした。

『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』

『『『は、はい!』』』

 まりもちゃんからの檄に訓練兵たちは大きな声で返事をする。そ

の中によく知る顔も混じっている訳だが、表情を見る限りどうも怪し

んでいる様子だ。純夏は訓練相手が俺であることを薄々感じている

かもしれない。

 後から純夏から何か言われるかもしれない、等と考えながら、どう

やって戦うか考え始めるのだった。

 ※※※

 私たちは例年の訓練兵と比べて成長が早く、強いと言われているら

しい。らしいというのも、数人いる教官の中でも割と私たちと距離感

の近い女性教官の言っていたことだ。

 神宮寺教官よりも年上で、結婚しており、お子さんもいるそうだ。

そんな彼女があれこれと教えてくれるのだが、その中で聞かされたこ

とだった。

 彼女の経験的にも、他の教官や訓練部隊付の非戦闘員もそう口を揃

えて言うという。

 理由は明確であり、私たちの代から導入されたXM3が大きな要因

の一端であった。そして、私だから分かることだが、将来的にもA─

01で小隊長を務めるような卵もいるからだろう。

 だが、私は知っている。この訓練部隊も2年後には2人しか生き

残っていない。『しか』ではなく、『も生き残っている』の方が正しい

だろう。

『今日も戦術機! 操作は難しい上にかなりシビアだけど、思い通り

以上に動くのが気持ちいいわね』

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『速瀬、あんまり乱暴に扱うと整備兵に怒られるぞ。俺たちには最新

鋭の第3世代機 97式戦術歩行高等練習機 吹雪が与えられてい

るんだ。尚の事、壊したらどんな目に遭うか……』

『そんなみみっちいこと言ってんじゃないわよ。戦術機は新しいもの

を用意できるけど、私たち衛士、衛士訓練兵に変わりはいないのよ。

そりゃ人って単位で見たらいるかもしれないけれど、私たち個人に代

わりはいないの』

『確かにそうだが……』

『だから存分に振り回して潰してやればいいのよ!』

『一瞬納得しかけた俺が馬鹿だった?! 教官と整備兵の皆さんに怒ら

れるぞ!』

 今日は変わらず戦術機の実機訓練だ。

 最初はシミュレータでの教導ばかりだったが、それも卒業となり、

どう考えても夕呼先生の手が回っていることが分かるくらい、毎日の

ように訓練に明け暮れていた。その甲斐あってか、日々成長を続けて

いる。

 分かっていることだが、他の訓練兵の皆は全員、戦術機適性が高い。

どうやらG耐性が高い人に適性のあるもので、激しく動く機内でも加

速度病にならない人を人が多いと言われている。斯く言う私も、"前

の世界"では戦術機ではない上に人ですらなかったが、そういった機

動兵器の搭乗経験がある。自信もあった。

 無論、戦術機適性は高かった。訓練部隊でトップの適性値を叩き出

し、教官たちの目が点になっていたことは、隊の中でも笑いのネタに

されている。ちなみにだが、私よりもタケルちゃんの方が適性は高

い。

『CPより207各機。今日の訓練は通常通り、AH戦闘だ』

 神宮寺教官のバストアップウィンドウが表示され、全員が口を噤ん

だ。

『そろそろ貴様らも同期や教官連中の相手も飽きてきた頃だろうと思

い、特別教官をお呼びした。有り難く相手してもらえ』

 飽きはしていないが、ほとんど固定されたメンバーでの訓練だ。訓

368

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練兵に癖が付き始め、それを教官たちから指導されるようになった。

習熟速度の早い速瀬さんたちは、訓練兵同士の癖なんかも何となくだ

が分かるようになったという。

 それに神宮寺教官が通信に入ってきた際、同時にバストアップウィ

ンドウが表示されたSOUND ONLYなる人物。顔が映されな

いが、この人物について何となく分かる気がする。

 特別教官だという人物。そして、映像が意図的に映されないように

されている。考えるまでもない。

「タケルちゃんだ……」

 演習場の反対側に熱源が接近してきていた。機体IDは2070

0になっている。神宮寺教官の機体だが、当の本人は指揮通信車で監

督をしている。他の教官はというと、恐らくだが、今回の訓練で消費

した資材を補充するために調達をしていたり、内業を処理していたり

するのだろう。

『ちなみに私の師でもある』

 間違ってはいないが、間違っている。きっとタケルちゃん、機内で

叫んでいるに違いない。

 一方、訓練部隊の方は驚きの表情を浮かべている。あの神宮寺軍曹

が師と呼ぶ相手だ。どれほどの相手なのかは想像するまでもない。

噂程度でしか聞いたことがないが、私たちの教官は皆、大陸での生き

残りだという。

『べらぼうに強いから一瞬でやられるんじゃないぞ』

 そう発破かけられた皆は、すぐに意識をしっかりと持って返事をす

る。そんな中、私はなんだかなと思いながらも返事に紛れた。

 ※※※

 演習開始と同時に20700は隠すことなく全速力で戦闘地域を

移動し始めた。センサがそれを見逃すことはなく、小隊毎に配置に着

き始めた頃には、既に先鋒の速瀬さんの小隊の目と鼻の先まで接近し

ていた。

 タケルちゃんはここまで速いのか。そう驚嘆せざるを得ない。

 いつも画面の向こう側で起きていたことを、こうして身を以て実感

369

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するとよく分かる。そして、自分が戦術機を動かす衛士の訓練兵をし

ているからこそ、タケルちゃんがすることは自分では到底再現できな

いことだということも。

『は、速い!』

 速瀬隊の隊列が崩れたのが戦術データリンクから確認できる。す

ぐに態勢を立て直そうとするも、上手くいかないようだ。

 私が所属しているのは涼宮隊。何かの縁なのか、総戦技の班分けが

そのまま後期課程の隊になってしまっていた。涼宮隊は速瀬隊の近

くにいるためカバーに動き出すが、すぐさま隊員の足が止まった。

『な、なにあれ……』

『あれ、撃震だよね? 神宮寺教官の撃震……?』

『どうして……』

 私たちの目に飛び込んできたのは、速瀬隊の吹雪4機を翻弄する撃

震だった。しかしただの撃震ではない。

「何も兵装を持ってないなんて」

 非武装の撃震だったからだ。そんな撃震に速瀬隊はあしらわれて

いたのだ。

 私たちがここに突入したところで、状況は悪くなる可能性がある。

それは涼宮さんもすぐに気付いた筈だ。隊に突入命令を出すことは

なく、支援攻撃に徹することだけを伝え、なんとか速瀬隊脱出の隙を

伺う。

 だが、隙なんてタケルちゃんは作らなかった。森林地帯の演習場で

ある筈なのに、跳んで走って鋭角に機動を行う。時には敵機を足場に

しながら回避運動をする。そんな超上級者向けの動きをするタケル

ちゃんに皆がついていけるはずもなかった。

 次第に冷静さを失った訓練部隊は、無秩序な攻撃を始めていた。

20706

「に、

より各機! 落ち着いてよ!」

『クソッ! どうして当たらないんだ!』

『当たって! 当たってよぉ!』

『そっちに行った!』

 無秩序な攻撃は仲間内での統制を失うきっかけとなった。そんな

370

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間も、私はなんとか隊の皆に声をかけ続ける。しかし、誰も声を聞い

てくれない。

 皆をまとめてくれる速瀬さんも涼宮さんも、鳴海くんも撃墜され

た。平くんだってもうほとんど動けない。

「落ち着いてよ! 情けないよ! 皆!」

 誰かの多目的追加装甲に120mm滑腔砲弾が着弾したのだろう。

大きな音を合図に、生き残った全機が動きを止めた。

「20706より207各機」

 こうなれば、私が指揮をするしかない。私以外は皆、さっきまで無

統制に攻撃していたからだ。

 私がしなければならない。

「即時戦域から離脱し、態勢を立て直そう! 大丈夫。私が殿を務め

るから」

『で、でも!』

「デモでもストでもなぁ〜い! さっきやっちゃったことで今日の訓

練評価は悪いことは確実。でも、挽回できるチャンスがあるならば、

それを拾っていかないとね!」

 皆の顔が歪む。恐らく、今日のデブリーフィングのことでも考えた

のだろう。神宮寺教官から雷が落ちるのは確実だからだ。それでも、

その雷の威力が弱くなるのなら、それは願ってもないこと。

 私は自分が殿になることを前提に、何とか作戦を捻り出す。タケル

ちゃんを打倒する作戦を。

 そして思いついた。

「よし! 私の合図と同時に残存各機は一斉散解、地表面滑走でマー

カーの地点に集合。態勢を整えたら、隊列を組んで戻ってきて。それ

まで私が20700を食い止めるから!」

『鑑1人でそんな……』

「平気だよ。ちょっとやってみたいことがあるし」

 少し気が弱いが、努力家の加東ちゃんが心配そうにそう呟く。だ

が、心配はいらない。相手を出し抜く手なら、今さっき思いついたの

だから。

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 全員が作戦に了承したことを合図に、私は準備を始める。

 1人、20700を囲む列から離れ、次々と武器を投棄し始める。

突撃砲や長刀、短刀でさえ。そして丸腰になった私は合図を出した。

「今!」

 同時に20700を囲んでいた3機が一斉に逆噴射跳躍を行い、す

ぐに戦域から離脱を開始する。この機動制御でさえぶっつけ本番だ。

成功したのは2機だけで、1機は転倒。そのまま跳躍ユニットが不調

になってしまう。

 しかし作戦は続行だ。

 友軍機が逆噴射跳躍で離脱をするのと同時に、私は跳躍ユニットの

スロットルを開放し、一気に20700に前へ躍り出る。

 お互い丸腰で向かい合い動きを止めた。相手はタケルちゃんだ。

目の前の吹雪に私が乗っていることは知っているかもしれない。だ

が、そんなことは関係ない。今、この時の意識は2つにしか向いてい

ない。目の前の撃震と友軍マーカー。

 管制ユニット内にCPUの排熱ファンの回転音と私の息遣いだけ

が聞こえる。時々鳴るセンサの探知音に心臓が跳ね上がるが、何とか

抑えつけてその時を待つ。

 そしてその時は来た。再編するまでもなく、態勢を整えた2機の吹

雪がこちらに向かって全速移動を始めたのだ。

 すぐさま戦術データリンクから視線を外し、目の前の撃震に意識を

集中する。

「すうううぅぅぅ……」

 旧OSよりもシビアになったという戦術機の操作。しかし、私に

とって戦術機の操縦自体は、これが始めてであり、そして普通なのだ。

だからこそ、私にできることがある。

 指先や足の僅かな動きでさえも感知し反映させ、関節思考制御も入

力速度は俄然上がっている。OSの機能を使える範囲で使いこなし、

そして、前世代よりも圧倒的に高い処理能力を持つCPUを駆使して

繰り出す。

 僅かに機体がゆらゆらと動き始める。網膜投影を通して映し出さ

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れる周囲の映像が八の字の軌跡を描き始めた。そして左手はすっと

腰まで引き、一気に撃震の管制ユニットに振り抜いた。

「はァ!!」

 それは一瞬の出来事だった。刹那、強い衝撃波と轟音と共に機内は

大きく揺さぶられた。足元は何か重いものが落ちたかのように陥没

し、砂埃を上げている。そして目の前に先程までいたはずの撃震は、

忽然と姿を消していた。

 ただ、そこに残っていたのは、吹雪の手の甲に付いていた剥がれた

塗料の欠片だけだった。

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episode 40

   ﹇1999年6月18日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士執

務室﹈

 たまたま訪れた夕呼先生の部屋に、これもたまたま純夏がいた。い

つもなら訓練部隊で教練している時間だというのに、日が昇ってそこ

そこ経った時間だというのに呑気なものだ。

「よう、純夏」

「おはよ〜、タケルちゃん」

 見慣れた第207訓練部隊の制服に身を包んだ彼女は、ニコニコと

笑いながら俺の顔を見つめる。

 いつもの様子ではあるのが、今日は少し雰囲気が違う。それもその

はず。昨日、俺にしたことを忘れた訳がない。

「ちゃんと帰って来れた?」

「不思議とな。強烈な加速度を感じて、低軌道まで打ち上げられたこ

とに気付いて、その瞬間には落下してたな。死ぬかと思ったぜ」

「あはは。あんなのでタケルちゃんが死ぬわけないじゃないのさ〜。

いつも受けてるんだから、それなりに耐性も付いたでしょ?」

 悪びれる素振りもなく、純夏は昨日の出来事で俺をからかう。

 昨日、俺は純夏から戦術機にお互いに乗ったまま、どりるみるきぃ

ぱんちを食らったのだ。それはもう、いつもと変わらない調子で食ら

い、いつもと変わらず大気圏外に打ち上げられて、いつもと変わらず

五体満足で帰還した。

 純夏曰く、できるとは思ってなかった、とのこと。思ってなかった

が、やってみようとは思ったらしい。やろうと思わなければ、あの場

であの動きはできる訳がない。しかしながら、徒手で構えてデンプ

シーロールをする吹雪は、見ていてかなり変な感覚だった。今思えば

あの動きも、XM3でなければできないものだったのかもしれない。

そう考えると、言葉にならない感情が湧き出てくる。

「死ぬわきゃないだろうけど、まりもちゃんの撃震、あの後どうなった

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か知ってるか?」

「あー……うん。シッテルヨ?」

「演習場に戻ってきたのは頑丈に作られている管制ユニットだけ。他

は落下する際の摩擦熱と落下の衝撃で粉微塵になったよ。地面に突

き刺さる管制ユニットを見上げるまりもちゃん、見てられなかった

なぁ」

 何とか低軌道から再突入して戻ってきた俺だったが、搭乗していた

撃震はどりるみるきぃぱんちを食らったダメージではなく、落下ダ

メージによって大破した。結局、特別頑丈に作られている管制ユニッ

ト部分だけが残り、それが地面衝突時に残ったという訳だった。

 それを見上げるまりもちゃんの表情は無の一言に尽き、他の教官や

夕呼先生が声をかけたところで何も反応しなかった。そりゃそうだ。

まりもちゃんからしてみれば、あの撃震は何度か乗り換えているだろ

うが、一番長く乗っている愛機。それが訳わからずの力で大気圏に殴

り飛ばされ、帰ってきたのは管制ユニットのみ。地蔵のようになった

としても仕方ない。

 しかしながら、地面にそそり立つオレンジの棒を見上げるまりも

ちゃんは見てられなかった。

「良くはないが、ちゃんとまりもちゃんに謝ってたし、大丈夫だろ。多

分」

「うん。何となく空返事だった気がするけど、大丈夫だと思うよ。多

分」

 その内、機嫌も治っているだろうと勝手に決めつけ、俺は純夏に気

なっていたことを尋ねる。

「それで、純夏。どうしてこんな時間に夕呼先生の執務室にいるんだ

?」

「昨日の件で呼ばれたんだよ〜」

「あぁ、なるほど」

 何となくではあるが、夕呼先生の要件の見当が付いた。

 あの攻撃を受けた後、俺の頭の中を過ぎったものでもあるし、何な

ら執務室に来ているのも、先生に進言するためだった。

375

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 ほどなくして、何処かへ出歩いていた夕呼先生が執務室に戻ってく

る。霞も一緒のようで、俺たちが執務室にいても全く驚く素振りもせ

ず、ソファーに腰を下ろした。

「何の用よ、白銀」

「大した話じゃないので純夏の後でいいですよ。純夏は先生が呼び出

したみたいですし」

「そう。別にアンタが先でもいいけどね、アタシとしては」

「そうですか?」

「えぇ。だからチャッチャと話してよ」

「分かりました」

 俺は言われるがまま、自分が来た用件を話す。用件はもちろん、昨

日自身が体験した出来事だった。

 普段から何かと純夏のどりるみるきぃぱんちを食らっている俺。

それを戦術機で受けたところ、生身と同じように衛星軌道まで飛ばさ

れて戻ってきた。そして、自身は無事だったこと。おかしいとは思っ

たことがなかったが、今回は話が違う。

 生身ならば、小さい頃から食らっているから特段不思議に思うとこ

ろはなかったが、今回は戦術機に搭乗した状態だった。更に言えば、

戦術機にどりるみるきぃぱんちを放てるほどの強度は持っていない。

同じ重量のものを受け止めれば、基本的にフレームごと歪んで動かな

くなるのだ。実際問題として、戦場では突撃級を戦術機は受け止める

ことができないからだ。

 話を聞いた夕呼先生は考えるまでもなく、返事を返した。そしてそ

れは、俺の想像通りのものだった。

「その件はアタシも鑑に話そうと思っていたのよ。そして、白銀が疑

問に思ったことはアタシも思ったことよ」

 続けて、先生は純夏に問うた。

「鑑。アンタはいつも白銀や同期の訓練兵を文字通りポンポン殴り飛

ばしているけれど、あれってどうなっているのか自分で説明できる

?」

「えぇ〜っと……ああは」

376

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「自分でも分からないのね」

「分からないんですよね。気付いたらできるようになっていたので。

でも、最初はタケルちゃんもあんなに飛ばなかったんですよ? せい

ぜい廊下の端から端まで飛ぶくらいで。時間が経てば経つほど飛距

離が伸びたというか、気付いた時にはタケルちゃんが『地球は青かっ

たぜ』なんて言うようになってたので」

「なるほどね」

 そうなのだ。純夏のどりるみるきぃぱんちは最初、マンションの屋

上階くらいまで飛ばされるくらいの威力だったのだ。それが気付い

た時には大気圏の遥か彼方まで飛ぶようになっていた。

「まりもちゃんが前に言っていたことですが、訓練兵や教官相手でも

純夏はどりるみるきぃぱんちを遠慮なく繰り出すようで、例に漏れる

ことなく低軌道まで飛ばされているようです。昔は俺以外にはでき

なかったのに、こんな風になったのは訓練の賜物だとは思いますが、

昨日の件はちょっと考えさせられるものがありますね」

「それがアンタの来た本題ってことね」

「そうです。何故、戦術機でも殴り飛ばされたのに、俺は光線級の攻撃

を受けなかったのか理解できないんですよね」

 一気に執務室内が張り詰めた空気に一変する。もちろん、元凶は夕

呼先生からだ。

「やっぱりそうなのね」

「はい」

「だから俺は」

 それに続けるように、純夏にはあまり使わせないようにしましょ

うって言おうとしていた。

 あの時が特別だったのかもしれない。しかし、純夏が恣意的にどり

るみるきぃぱんちが使えるようになったことに加えて、戦術機をも殴

り飛ばすことができることが分かってしまうと、この世界ではまず軍

事転用を考えてしまう。

 純夏をそんなことに使わせたくない。彼女は純粋に衛士を目指し

ているのに、そのような決戦兵器紛いなことをさせるのは、何という

377

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かモヤモヤするのだ。

 しかし、その言葉を先生は俺に続けさせてくれなかった。

「今後はそれを外であまり使わないで頂戴」

 なぜなら、先に先生が言ってしまったからだ。

 その言葉を聞き、純夏は特に疑問に思うことなく頷くだけ。俺は口

から出かけていた言葉を一度飲み込むが、口に出すことにした。

「先生に同意します。純夏。もうやらない方がいい。生身で俺にどり

るみるきぃぱんちをするのも勘弁して欲しいが、戦術機ではもうやっ

ちゃ駄目だ」

「うん……」

 小さい声で答える純夏。この話を始めた時から元気がなくなって

いた純夏だが、その様子は一向に変わらない。

 ※※※

 純夏が夕呼先生の執務室から出ていくのを見送る。何だか先生か

ら話があるような気がしたからだ。黙ってそのまま待っていると、夕

呼先生は話を始めた。

「……明星作戦の件だけど」

 来た。もう目前にまで迫っている作戦だ。既に水面下で作戦発動

に向けて準備は進められているらしく、俺は特に関わっていないが、

霞から話を聞くことがあった。

「予定通り準備は進めているわ。ただ……」

 そう溜めると、溜息混じりで続けた。

「ただ、G弾の無通告投下の件はまだ手を回し切れていないわ」

「そうですか。……鎧衣課長は?」

「鎧衣に動いてもらっているけど、いい成果は手に入れていないの。

北米の米軍基地にも潜入させてたんだけど、なかなかしっぽを掴むこ

とができていないわ」

 鎧衣課長が動いているのに、まだ核心に手が届いていないなんて。

正直驚きを隠せない。情報屋として非常に優秀である課長でさえ、そ

こまで手を拱いているとなると、いよいよ以て現場判断になる可能性

が捨てきれない。

378

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 しかしながら、G弾なんて秘密裏に動かしても目立ちそうなものの

情報を入手できないとなると、いよいよそういった分野に弱い俺には

全く分からない範囲になってくる。

「……そっちは先生たちにお任せします。俺の方なんですけど」

「アンタには特段何か頼むってことは基本的にないと思うけど」

「そうでしょうね。ですから、やりたいことをやらせてもらいます」

「……A─01について回るの?」

「はい。なので、まりもちゃんを借りてもいいですか?」

 そう言った俺の言葉に、夕呼先生はチェシャ猫のように嗤い、短く

「いいわよ」とだけ返事をした。

379

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episode 41

  ﹇1999年7月21日 国連軍仙台基地 講堂﹈

 それは粛々と始められた。1000人は収容できるであろうとい

う広さの講堂には、目で追って数えられる程度の人数しか集まってお

らず、誰も彼もが落ち着きのない様子で待っていた。

 俺としては何度か経験しているからか、特段おかしくは思わない。

しかし、キョロキョロとする彼らを見ていると、きっと昔は自分もあ

あだったんだろうなと考えてしまう。

 純夏に戦術機毎殴り飛ばされてから1ヶ月。そのほとんどを第2

07訓練部隊との訓練や、その他仕込みで時間を費やした。気付けば

もう来たるべきその日が刻一刻と迫っており、そんな中での催しだっ

た。

 彼らから離れたところで霞と並んで眺めていると、壇上には普段な

らお目にかかれないような軍高官が出てくる。とは言っても、彼らの

事情を知る一握りの将校だ。その中に見知った顔を何人か見つけた。

『ただいまより、第207訓練部隊の解隊式を執り行う』

 マイクを通して、あまり聞き馴染みのない女性教官の声が講堂に響

いた。刹那、訓練兵の皆は一斉に背筋を伸ばし、壇上の上へと視線を

向ける。

 普段の作業着姿の教官たちからは想像もつかない、帝国軍の正装姿

の教官たちに皆が一様に緊張感を増させる。教官はただ淡々とセリ

フを話し続けた。

『まずは国連軍仙台基地 司令の──────』

 基地司令の名前で呼ばれたゲルマン系の壮年の男性が壇上へと上

がり、訓練兵の顔を見渡す。

『自己紹介は省略させてもらう。第207訓練部隊の諸君、君たちに

この言葉を贈ろう』

 そう切り出し、基地司令は話し始めた。

 それは何処かで聞いたことのあるような話だった。司令の故郷は

今やBETAによって占領された東欧の国。国土を守らんと戦った

380

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時代、司令はまだ少年だった。迫りくるBETAに怯え、その時が来

たならばすぐに逃げ出せるように準備を整えていたという。

 しかし、その準備も徒労になった。

 突如として防衛線から突出したBETA群を前線部隊は抑えるこ

とができなかったのだ。気付いた時には民間人の住んでいる地域に

BETAは迫って来ており、当時の基地司令は着の身着のまま逃げ出

した。

 母に手を引かれ、必死な形相で先導する父の顔を不安気に見上げな

がら、後ろから迫りくるBETAの恐怖に震えていた。軍隊が束に

なっても勝てない相手だ。大人になったら衛士になると息巻いてい

た少年も、目前にまで迫る死の恐怖に屈してしまった。涙を流しなが

ら怖い怖いと。

 そんな時だった。BETA群先鋒が避難民に追いついてしまった。

突撃級が数個道を挟んだ隣のブロックを通過し、すぐに後続が到着し

た。隣の道を歩いていた友人家族は轢かれた。もう、駄目だと思い、

強く母の手を握った時だった。

 轟々と聞き慣れない音を鳴らしながら、少年たちの前に立ちはだ

かった影があった。

 戦術機だ。使い古され、何度も戦闘をくぐり抜けてボロボロになっ

たF─4Rだった。その機体の衛士が機外スピーカから避難民に呼

びかけたのだ。早く逃げろ、すぐ目の前に輸送機が離陸態勢で待機し

ている、と。

 気付いた時には父に抱えられ、なんとか輸送機に乗り込んでいた。

住んでいた町には何万と市民がいたはずだが、脱出できたのはほんの

一握りだけ。それも脱出できたとしても、後続に追いつかれたり、輸

送機が光線属種によって撃墜されたりしたんだとか。そして何とか

落ち延びたのは、少年の乗る1機だけだったという。運良く、機長を

NOE

務めたパイロットが

と地形を利用して射線を切っていけたか

らだという。

『つまり、だ。君たちという存在が、果ては未来の人類の大きな財産を

守ることに繋がる、と。そして、あのチラスポリの街で私たちが逃げ

381

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切るのを見送って果てたF─4Rの衛士の遺した言葉のように、最期

まで抗うこと。これを決して忘れぬようにしなさい』

 シンと静まり返る講堂。再度訓練兵の顔を見渡した基地司令は降

壇し、司会をする教官が式辞を読み上げた。

『衛士徽章、授与』

 途中から分かったのだろう。どういう意味での解隊式だったのか

を。そう、これは今期の第207訓練部隊が後期課程を修了したこと

による任官式だったのだ。

 次々と訓練兵たちの名前が呼び上げられ、徽章が胸元につけられて

いく。

『鑑 純夏訓練兵』

『はい!』

 そして純夏の番が来た。背筋を伸ばし、堂々とした歩きで基地司令

の前まで出てきた純夏を目で追っていると、不意に霞が俺の左手を

握った。彼女は何も言わないが、俺から何かを読み取ったのだろう。

その手を振り払うことはせず、優しく握り返した。

 純夏はいつの間にか様になっている敬礼をし、元いた位置まで下

がっていく。

 遂に、純夏は衛士となった。

 ※※※

 壇上から基地司令やその他軍高官らが降りていくのを見送ると、い

つの間にか教官たちもいなくなっている。

 講堂に残された訓練兵たちは、訓練兵修了と任官の喜びをお互いに

分かち合っていた。ある者は笑い、ある者は泣く。そんな彼らを見て

いると、かつての自分がああだったことを思い出す。主観時間で数年

前のことだが、もっと昔のことのように思える。

 彼ら訓練兵の中の1人である純夏もまた、一番仲がよかったのであ

ろう速瀬中尉や涼宮中尉と喜び合っていた。そんな姿を観察してい

ると、隣の霞がポツリと呟いた。

「……純夏さんが鼻水で涼宮中尉の制服を汚しました」

「アイツ……」

382

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「……既に速瀬中尉ので汚れているので、涼宮中尉も諦めているよう

です」

「マジかよ」

 純夏がどのような感情で涼宮中尉に抱きついて大泣きしているか

は分からない。だが、きっと俺があの場所にいれば同じことをしてい

たかもしれない。

 俺は彼女から視線を外し、講堂の外へと向ける。きっとこの後は"

あれ"がある。霞の手を引きながら、俺は静かに講堂を後にした。

『びえええぇぇぇぇぇぇ! よかった、よかったよぉ〜〜〜!』

 聞き覚えのある声が聞こえ、一瞬足が止まる。しかし、気にするこ

となくすぐ講堂の外へと急いだ。

 ※※※

 やはりというか、既に教官たちは正装姿で集まっていた。話題は今

期の訓練兵たちの出来。そして、来期の訓練兵たちの情報共有だっ

た。そんな中、1人浮かない顔をしている人物がいた。

 少し離れたところにいるまりもちゃんに近づき、俺は話しかける。

「神宮寺軍曹」

「白銀少尉と社少尉、どうかされましたか?」

「ちょっと俺も解隊式を見てましてね……」

 もう少し彼らが出てくるのも時間がかかるだろうと当たりを付け、

今はまだ軍曹の階級章が付いている襟に視線を向ける。

 まりもちゃんは来期の訓練兵がやってくるまで国連軍大尉の階級

で過ごすことになる。そのことに付いて話に来たのだと、彼女も感づ

いたのだろう。

「これから忙しくなりそうですね」

「……そういうこと、ですか」

「はい。ですけどそれは神宮寺軍曹もですよ」

「え? それはどういう意味でしょうか?」

 キョトンとするまりもちゃんに霞が書類を手渡す。

「ありがとうございます。……っ?!」

 内容に目を通したまりもちゃんは目を丸くし、俺と霞の顔を交互に

383

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見る。そして気付いたようだ。

「香月博士から、ということね」

「そうなります。内容は確認しましたか?」

「はい、確認しました」

「じゃあよろしくお願いしますね。あと、準備も始めないといけない

ので、軍曹の撃震のデータを霞に提出してください。微調整がありま

すので」

「え、ちょっと待って」

 今、思わず砕けた口調になったようだが、すぐに調子を戻した。

「待ってください。微調整ってなんのことでしょう?」

「いつぞや先生が言っていたことを思い出してください」

 俺はまりもちゃんの顔をじっと見つめる。

 少し考えた彼女は、思い当たることがらを思い出したようで、静か

に返事をした。

こっち

「分かりました。本当だったら

のことをやらなければいけませ

そっち

新兵部隊の隊長

んが、

のことに意識を切り替えます」

 何というか、まりもちゃんが勘違いしている様子だ。恐らく、夕呼

先生が言ったことをそっくりそのまま思い出したのだろう。ニュア

ンス的にも、自分たちが気付いかないところで緊迫した状況になって

いる、とでも。

 しかし、違う。夕呼先生が言ったのは、最悪のことを想定してのも

のだ。いくらなんでもオルタネイティヴ計画の全貌を知らないまり

もちゃんに全てを話してしまうのは、組織的にも心情的にもできな

かったからだった。それは俺も夕呼先生も同じ。だからこそ、勘違い

しているのならば修正しなければならない。

「あー、違いますよ。純夏たちは別です」

「別、というと?」

あの部隊

「純夏たちの配属先は

ですよね?」

 そう尋ねると、まりもちゃんは肯定した。

「配属から急ピッチで新人教育を進めさせるみたいです。目的は目前

に控えている作戦に投入するため」

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「……"攻略作戦"、ですか」

「はい」

 まりもちゃんが苦虫を噛み潰したように歪ませる。普段なら絶対

にそのような表情をすることがないが、近くに俺たち以外には誰もい

ないからか、少し気を抜いているのだろう。

 彼女の頭の中には恐らく、自身が知り得る限りの情報で作戦やA─

01の行動をシミュレートしているに違いない。恐らく行動の予測

はおおよそ見当はつくだろう。すぐさま新任のことから自分のこと

へと切り替え、自身の配置を想像する。しかし、思うようにおおよそ

のところまですら絞り込むことができないようだ。

「詳細は後ほどお伝えしますよ」

 視線を講堂の出入り口に向けると、やっと純夏たちが出てき始めて

いた。霞に隠れるよう視線で伝えると、俺はまりもちゃんに言った。

「それよりも、純夏たちが出てきました。行ってあげてください」

「分かりました。では後ほど」

 そう言い、まりもちゃんは他の教官たちに混じって並ぶ。やがて、

訓練兵たちが教官たちの前に並び、何処か懐かしくもあることを始め

た。

 俺は彼らに気付かれないよう、霞が隠れたところに静かに移動をし

た。

「……白銀さん」

「何だ?」

 ボロボロと泣く純夏たちを遠くから眺めながら、霞が小さく呟い

た。

「……厳しい戦いになりそうです」

「そうだな」

 どういう意味で霞がそう言ったのかは分からないが、俺は短く応え

た。

 きっと、ここから俺たちに休みはなくなる。最低2002年まで

は。俺は戦い続けなければならない。

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episode 42

   ﹇1999年7月21日 国連軍仙台基地 機密区画 香月博士実

験室﹈

 講堂横から早々に引き上げた俺と霞は、その足で夕呼先生の実験室

に来ていた。

 基本的に俺が入ることはないのだが、霞と純夏はよく出入りをして

いるという。どういった目的で置かれているのか分からない機器や

積み上げられたコンテナが所狭しと並び積み上げられており、その間

を縫うように歩いていく。

 霞が腰を下ろしたあたりは物が整理されており、そこで基本的に先

生が実験や研究をしていることが分かる。片付けされているのは、定

期的に霞や純夏が手を入れているからなのだろう。

 ほどなくしてやってきたのは夕呼先生と、それに遅れるように飛び

込んできた純夏。

 涼し気な顔でやってきた先生は、俺の顔を見るなり何かを思い出し

たのか、執務室の方に行ってしまう。純夏はそのまま俺の横にやって

きた腰を下ろした。

「いやぁ〜、まさか今日が解隊式だとは思わなかったよ〜」

「そうみたいだな。任官だと言われて心底驚いた後、大泣きして涼宮

中尉をティッシュ代わりにしていたところとか見たぞ」

「え"っ?! タケルちゃん見てたの?!」

「……私も見ていました」

「霞ちゃんまでぇ〜?!」

 他愛のない話をする。本当に他愛もない話だ。そのほとんどが、純

夏の訓練兵期間の話ばかりだった。苦労したこと、楽しかったこと、

悔しかったこと。色々なことを感じた半年だったのだろう。それは

それは楽しそうに話す。

 純夏が訓練部隊に入ってからは、あまり俺と話す機会がなかった。

というよりも、時間管理をされている訓練兵と俺の予定がまるっきり

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合わなかっただけだ。

 会おうと思えば会えただろう。だが、プライベートで会うことは皆

無だったのだ。俺はA─01の訓練相手と、祠堂大尉らの教導で忙し

かった。純夏はハードな訓練内容と座学のために時間を惜しんで勉

強していたというには、確かに会うことはできないと2人とも同じ意

見を持っていた。

 笑う純夏の話に相槌を打ちながら、俺は少し関係のないことを考え

ていた。それは、ここに来る前に霞から受け取った純夏の訓練成績

だった。

 ※※※

 講堂を後にし、機密区画に向かっている道すがら、霞が持っていた

クリップボードを俺に渡してきた。

『これは?』

『……純夏さんの訓練成績です』

『なんでそんなものを俺に渡すのかは分からないが、見てもいいもの

なのか?』

『……構いません』

 時々会うことのあったまりもちゃんから、純夏のことは少し聞いて

いたが、こうして書面として残っているものを見るのは初めてだっ

た。自分の時にもこんなものを用意されていたんだろうな、なんて考

えながらパラパラと内容を読み始める。

 訓練内容や試験の点数を並べて合否や備考に文章を添えた、いわゆ

る学校の学期末にもらうような成績通知表のような中身に既知感を

覚えつつも、内容は軍隊らしい単語が所狭しと並べられているところ

にギャップがあった。

 しかし、すぐに思考は内容の方へと引っ張られる。

 書かれているのは成績だけではない。本人の性格や適性までも書

かれているのだ。素人目で見ても、明らかに専門のカウンセラーが書

いたような内容に驚く。しかし、そのような内容になっているのも無

理はなかった。この訓練成績表と名付けられた書類は、訓練兵が新任

少尉として配属される部隊の長が受け取り、配置や役割を決めるため

387

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の判断材料の1つになるものなのだ。

 規則的に並べられた評価を表す文字を目で追う。

 初めて見た俺でも"これ"は分かる。

『なんだよ……これ……!』

『……分かりません』

 表情の変化に乏しい霞でさえ、見れば分かるほどに顔を歪めてい

た。

 純夏はバカだ。そして鈍臭い。しかし、その欠点を覆すほどにいい

ところが多い。感情豊かで、いつも笑顔。コミュニケーション能力が

高く、他人の感情に機敏で気が使える。慈愛があり、人付き合いも上

手く、優しい。そして自分の芯を持っており、自分で決めたことは

ちゃんと遂行する。

純夏幼馴染

 そんな

なのだ。

 だが、そこに書かれていたことは残酷だった。生まれた時から一緒

にいる俺が分かっていることはもちろん書かれている。だが、それが

あっても覆せない、軍隊にいる以上は切っても切り離せないものが

あった。

 戦闘能力は高い。しかし知識が身に付いていないが手先は器用で、

特技兵レベルでこなすこともできる分野もある。特筆すべきは体力

と持久力の高さ。しかし、集中力が低く、勇気を持って発言すること

ができても指揮官レベルには至らず、スタンドプレーが目立つ。

『……戦術機技能は今期トップ2です。しかし、前衛・後衛共に不安が

あり、指揮もできないみたいです』

『つまりは……』

『……御剣さんと珠瀬さんをかけ合わせて、いいところを取り除いた

感じです』

 言い得て妙なものだった。そして分かりやすい喩えでもあった。

 しかし問題はそこではない。俺が注目していたのは、勿論、訓練過

程での成績もそうだが、性格と適性の分野だった。

『……純夏さんには高い戦術機適性がありますが、適性ポジションが

ないです。戦闘能力は射撃能力・格闘能力は共に高いです。しかし、

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集中力を要する狙撃や長刀が不得意です。支援も遊撃も指揮も苦手

で、唯一得意としたのは徒手と多目的追加装甲の扱い。集団戦闘向き

ではなくスタンドプレー向きであり、組織的戦闘では単騎遊軍が最

適。また、直感で動かす癖もあり、XM3でなければ戦術機適性が高

くとも操縦できなかったのでは、という評価です』

『それは分かった。だが、性格に関してなんだが』

『……はい。若干16歳ではない、というカウンセリング結果です。

凡例と照らし合わせると、退役目前の軍人だそうです。しかし、年相

応な面も多くあり、非常に歪である。マネジメント難易度は非常に高

い、とのことです』

『意味が分からねぇよ……』

『……それは神宮寺軍曹含め、教官の皆さんも頭を抱えていました。

しかし、こうして何とか任官することができたということで、紙面で

言うほどのものではないのではないか、と考えを少し改めたようで

す』

『……先生は?』

『……問題ないとのことです。それとアイツと一緒ね、と』

『誰のことだ?』

『……分かりません』

 俺はもう一度目を通して、そのクリップボードを霞に返した。

 ※※※

 つまり、だ。純夏は恐らく着任先のA─01で持て余される可能性

がある、という。今も目の前で楽しそうにしている彼女が、もしかし

たら戦力外通告をされるかもしれない。そう考えてしまった。

 そうこうしていると執務室から戻ってきた夕呼先生も机を挟んだ

向こう側の椅子に腰を下ろし、机上に数枚の書類を置いた。内容はこ

れから話されるだろう。

「さて。キリのいいところまで事が進んだわ」

 その一言で、これからどんな話をするのかも分かる。集まっている

面子を見れば言わなくても分かるのだが、こうして言葉にするだけで

切り替えられる。暖かな笑みを浮かべていた純夏の表情も瞬きする

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間もなく引き締まるほどだったからだ。

「明星作戦の件だけどね、作戦案は国連軍が夏に入る前に承認。既に

準備と編成もかなり進んでいるわ。このまま作戦は私の手の内よ」

 手渡された作戦準備進行表を純夏と顔を並べて見る。参加を表明

している軍の一覧と、投入戦力のスケジュールだ。

 先生の手中にある国連軍は既に編成も済ませており、後は突発的に

発生する戦闘で消耗する部隊がどれだけいるかだ。帝国軍・斯衛軍も

防衛線を維持しながら、捻出戦力の確保と補充を急ピッチで進めてい

る様子。目標数字だけが設定されており、現在はそれを目指している

とのこと。

 大東亜連合軍・米軍に関しては、参加表明と投入戦力のみを開示し

ており、現状どの程度準備が進んでいるかはあまり把握できていない

という。

「白銀には前に報告したんだけどね、米軍のG弾に関してだけど、鎧衣

が情報をやっと掴んだみたいなのよ」

「……方針は投下阻止ですか?」

 投下を阻止すれば、実戦証明のできていない新型爆弾を背景に計画

されているオルタネイティヴ5が未然に防ぐことができる。今は俺

たち第4計画に押されているが、あの無通告投下がなければスポン

サーを多く獲得はできなかったはずなのだ。

「現状はその予定よ」

 飄々と夕呼先生はスパンと話を切り替え、別の件に移った。

「それで何故ここに鑑がいるかって話なんだけどね」

「え? 今純夏がここにいちゃ不味いんですか?」

「不味いわね。同期は今頃、配属先の説明や紹介がされている頃だも

の」

 ということは、全員バラバラになると別れを惜しんだのも束の間、

極秘部隊

訓練部隊はそっくりそのまま

に吸収される。皆喜んでいる

ことだろう。苦楽を共にした仲間が、同じ部隊に配属になるのだ。こ

れほど心強いものはない。

 だが一方で、その説明の場に純夏がいないとはどういうことなの

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か。簡単な話だ。純夏はA─01配属ではない、ということなのだ。

 先生の言葉を聞いた純夏は、必死に表情を出さないように堪えてい

た。だが、感情は全て特徴的に跳ねている髪の毛に現れていた。

 しなしなと垂れ下がり、元気がない。震えているようにも見える。

それはつまり、悲しんでいるということ。

 何も返事をしない純夏に代わり、俺が先生に続きを催促する。先生

も純夏のそういった感情表現は知っているのだ、何も言わずに話を続

けた。

「ま、話の早いところ、配属がアタシ直属ということに代わりはない

わ。そもそも鑑、アンタは00ユニット改専任なのよ。衛士になるの

はアンタのワガママだったんだから、A─01ではないことは分かっ

ていた筈よ?」

 ぐうの音も出ない。それは俺も同じだった。

 そもそも純夏はそういう取引を先生としていた。衛士になるのは、

その取引の対価として先生が口利きしたに過ぎなかったのだ。

 真新しい衛士徽章は、恐らくフライトジャケットに付けられること

もそう多くはなくなるだろう。

「具体的な部隊配属は基本的になし。訓練兵になる前と同じような生

活に戻ることになるけど、今後は基地内の自由行動の制限は外させて

もらうわ。制限はアンタ含め、白銀の身の上を隠すための方法でしか

なかったもの。これからはその国連軍少尉の階級を引っさげて、堂々

とすればいいのよ」

「「あ……」」

 そういえばそうだった。最近は気にせず行動していたが、俺と純夏

はこの歳で軍人であると問題になるため、色々と誤魔化して生活して

いたのだ。その制限が外されるとなると、行動の余裕が生まれる。自

室と機密区画への直行直帰や、身分証明が必要なところへの出入りも

気にせず利用することができるようになったのだ。

「鑑が任官したのと同時に、その制限を解除させてもらうつもりだっ

たし、これでアンタたちにより多くの仕事をやらせられるわぁ」

 ケラケラ笑う夕呼先生を尻目に、同じタイミングで純夏と顔を見合

391

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わせてしまう。俺たちの思っていたよりも、恐らく先生は俺たちを

買ってくれているのかもしれない。

 すぐに思考を切り替えると、先生も話の続きを始めた。

「鑑はそのままオルタネイティヴ第4計画要員として復帰。社の補助

とTF─403の機体整備、計画関係の雑務等々をしてもらうわ。要

は訓練部隊に入る前と同じってコト。ただ直近でやってもらいたい

ことがあるんだけど、そっちの指示は社に頼んでいるわ」

「分かりました」

 夕呼先生が俺の方を向いた。

「それで、アンタの用件は何よ?」

「以前お話した件ですね。まりもちゃんを借りて、やりたいことがあ

るのでその説明を」

「……話してみなさい」

 許可をもらった俺は、腹の中にあったことを夕呼先生に説明するこ

とにした。それは俺の身動きの制限がほとんどなくなったからこそ、

できるようになることだ。

「俺は明星作戦で戦闘に参加しますが、やることは決まっています」

 俺はこのために動くのだ。

「米軍の担当戦域に潜伏し、現場の動向調査と情報収集活動を行おう

と考えています」

 夕呼先生はいくつか俺の言い出しそうなことを想定していたに違

いない。一番可能性の高いのはA─01の随伴、次点でTF─403

での遊弋戦闘、大穴でハイヴ突入というところだろう。その他にも想

定していただろうが、俺はこの作戦で"俺たち"が一番見なければい

けないところがある、と考えたのだ。

「その心は?」

 間髪入れずに、先生はその動機を尋ねてきた。

「明星作戦に於いてのA─01の行動は、長距離偵察や対BETA情

報収集活動がメインになる、そう予測しました。俺たちが"繰り返し

ている"とはいえ、歴史をいくつか変えてきた以上、知っている未来

のことでない事象が発生してもなんら不思議ではない」

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 そう、俺たちはいくつも未来を変えてきているのだ。大きなことと

すれば彩峰の親父さん、彩峰 萩閣の処刑の原因となった光州作戦の

悲劇を阻止したこと。そして、BETA本土侵攻での戦闘介入。関東

戦域でのA─01の活躍や、部隊増員等々。これらが、未来にどのよ

うな影響を与えているのかは、全く想像のできないものだった。

 しかし、このことを夕呼先生が想定し対策していない訳がなかっ

た。だが、俺たちの知る未来に対して対策をしない訳にもいかない。

既に過去を変えてきているのだ。変わっている可能性を加味すれば、

確定してあるものと暫定して予測できるもの、このどちらにも対策し

なければならないのだ。

 単純計算、労力は2倍必要になる。

「夕呼先生、オルタネイティヴ第4計画司令部が立案した明星作戦は、

俺の知っている明星作戦と同じだと思います。ただ、結果しか知らな

いので、それも予測でしかありません。となるとA─01がすること

は確定している。どう作戦が動いていくか分からない以上、先生は以

前歩いた道を選んだ。ならば、俺はその道からいつでも迂回路を選べ

るようにすればいい」

「それが米軍担当戦域での潜伏偵察なのね」

「はい。秘密主義でアメリカ至上主義の国です。戦域に展開する部隊

で、何処がキーになるのかは参加部隊一覧や部隊配置図が手に入らな

かったとしても、戦域内での情報収集と偵察によってそれは掴むこと

ができると思います」

「そう。だけどね、アンタもそうだけど、まりももそんなスパイみたい

なことできないと思うのだけど」

 それは聞かれるだろうと思ったから、返答は用意している。

「常に混乱している戦場で、最初から始めるにはないにしても途中か

らならば、他国籍部隊がいたとしてもそこまで問題になりません」

「それはアタシには分からないことだけど、司令部にバレるのは時間

の問題よ」

「そこはどうにかしますよ。共闘するつもりはありません。どのみち

A─01は公然の秘密みたいなものです。それと似た部隊が戦域を

393

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フラフラしていたからと気に留めたところで、政治的な活動はできま

せんよ」

 そう答えると夕呼先生は黙ってしまう。俺は少し観察して、話を再

開した。

「不味くなったら逃げることと、G弾が投下されるのを事前に察知す

るための潜入です。鎧衣課長がしくじるとは思いませんが、そちらの

予備だと思ってください」

「分かったわ。話を進めてもいいわ。どうせまりもには声もかけてい

るだろうし、準備も始めているんでしょ?」

 夕呼先生は短く溜息を吐き、腰をずらす。

「はい。まりもちゃんの不知火があるので、そっちの整備といつでも

使えるようにしてもらうように指示は出しています。それと」

 そう続けて、俺は言い切った。

「それと、S─11の搭載許可をお願いしたいんです」

「……いいわよ」

「ありがとうございます」

 S─11。戦術核に匹敵するほどの威力を持つ、通常高性能爆弾。

もっぱら、反応炉破壊するためのものではあるが、戦術機に搭載され

る自決兵器でもある。それなりのものでもあるため、搭載許可が必要

だと思った俺は聞いておきたかったことだったのだ。

 案外あっさりと許可がもらえるとは思ってもなかったので、少し拍

子抜けはしたものの上々の結果だった。

 S─11を搭載するのも保険ではあるのだが、できれば使いたくは

ない。使う場面が想定されるが故に、搭載しておく必要があると考え

たからだ。

 たった2機の戦術機で戦うことになった明星作戦。何処か心にし

こりが残りつつも、作戦決行日まで万全の準備を進めることとなった

のだった。

394

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episode 43

  ﹇1999年8月4日 国連軍久留里基地 第3滑走路﹈

 食堂が夕食を食べにやってくる軍人たちで賑わい始めているであ

ろう頃、俺は仙台基地から離れ、何度か来たことのある国連軍久留里

基地にやってきていた。

 今は極東国連軍前線基地の1つとして機能しており、一度戦闘でも

起きようならひっきりなしに戦術機が離着陸する。

 しかし今日は非日常と化していた。

 ハンガーに入り切らず、滑走路脇に用意された仮設エプロンでさえ

も所狭しと並べられた戦術機の大群。そのほとんどがF─15Cや

F─4J国連軍仕様ではあるのだが、その中から2機、全く毛色の違

う機体が進み出てくる。

『久留里コントロールよりTF─403。発進を許可します』

「40301了解」

『現在、多摩川最終防衛線は膠着状態。昨夜の戦闘で討ち漏らした残

敵が潜伏している可能性が考えられます。十分に留意されたし』

 気を利かせたCP将校の言葉に短く答え、カタパルトに足を掛け

る。カウントダウンはなく、射出位置を取ると勝手に情報が管制室に

転送され、CP将校が射出操作を行う。

 強いGに身体を抑えつけられながら、すぐさま跳躍ユニットに火を

入れた。

 ※※※

 戦場とは、戦闘が起きていない限り、限りなく静かなところでもあ

る。そうひしひしと感じさせるのが、このBETA支配地域であり人

類との緩衝地帯になって久しい西関東エリアだ。

 陽が落ちてそれなりに時間も経っており、周囲には生き物のいるよ

うな気配は全く感じ取れない。つい数時間前に哨戒中の帝国軍機と

すれ違ったが、彼らはオープン回線でくだらない話をしていたところ

から察するに、俺たちが息を潜めていたことに気付きもしていないだ

ろう。

395

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 BETAの支配地域ではあるものの、彷徨いている個体は巡回か偵

察か目的の分からない小型種のBETAのみ。というのも同行して

いる僚機の衛士の経験からくる知識の1つだった。

「40301より02。熱源、音紋共にフラット。周囲にBETAは

いないみたいです」

『02より01、了解。無闇に機体を動かす訳にもいかないから、そろ

そろ偽装するために外に出ましょうか』

「01了解」

 管制ユニットが音を立てて開く。すると外から独特な匂いが機内

に流れ込んだ。生臭いともほど遠く、いうなれば学校のあまり人の立

ち入らない部屋のような香りだった。

 屋外の機体から降りて背筋を伸ばす。コキコキと音を立てる背中

と首。持って降りた突撃銃を小脇に挟みながら周囲を確認するも、や

はりBETAはおろか生き物の気配は全くしなかった。

 遅れてくること数十秒。僚機の衛士も降りてくる。

「お疲れ様」

「はい、お疲れ様です。神宮寺"大尉"」

「あ、そういえばそうだった……」

 少し遠い目をする僚機の衛士、もとい神宮寺"大尉"。普段の教官

職に就いている軍曹ではなく、今は夕呼先生に与えられた大尉の階級

を下げてここに来ているのだ。

 しかし、普段から『軍曹』や『教官』と呼ばれているまりもちゃん

からしたら、その事実は理解していたとしても、すぐに反応すること

はできないようだ。

 苦笑いを浮かべながら、自身の小銃から手を離すことはないまりも

ちゃん。当然と言えば当然で、支配地域では武器から手を離すなと口

酸っぱく訓練兵に言っている立場なのだ。自分が実戦できなければ

ものを教えることもできなければ、説得力など皆無に等しい。

「もう日の入りを迎えて久しいし、この辺りで野営の準備でも始めま

しょうか」

 少し砕けた口調で、背負っていたバックパックを下ろす。簡単では

396

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あるが、1食分の食料を持参していたのだ。

 人気がなく、動物すらも全くいないこの辺りは、お盆前だというの

にそこまで暑くはなかった。むしろ、真っ暗になってからは気温が少

し肌寒く感じるほどに落ち込んでいた。

 崩れた鉄筋コンクリートでできた建物の影に入り、野営の準備を始

める。まりもちゃんが自分でやると言い出しテキパキと食事の準備

も始めてしまったため、俺は小銃を持ったまま立哨をすることにし

た。

 月がポツンと空に浮かび、辺りを照らすのはその光でぼんやりと観

察することができる。俺の不知火のセンサを使いながら、動く物体を

監視し始めた。と言っても、やはりBETA支配地域では生き物なん

て全くいない。精々いるとしても虫程度で、他には俺とまりもちゃん

だけ。

 見るものなんてなく、何か動けばセンサがアラートを鳴らすので、

俺は考え事を始めようとしていた。そんなところに、まりもちゃんは

話しかけてきたのだ。

「白銀少尉」

「……何でしょう?」

「特に何かあるって訳じゃないの。ただ聞きたいことがあってね」

 ぼんやりとしながら、その声を聞く。

 背中で作業をするまりもちゃんの声を聞きながら、意識をそちらに

向け直した。

「どうして衛士になったのか、ちょっと聞いてみたくて。気付いた時

には夕呼のところにいたし、あの時には既にあなたは衛士になってい

たから」

「そうですね……」

 難しい質問じゃない。俺は何も隠すことなく答えることにした。

ただ、世界を渡ったとかそういうものは抜きにする。

「俺は戦術機に乗りたくて衛士になったんだと思います」

「そう……結構、男の子っぽいわね」

「自分でもそう思いますよ」

397

Page 402: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 本当に最初はそうだったのかもしれない。否。本当は違う。

 本当は何も分からず野垂れ死なないために、そして、身元不明な俺

を置いておくついでに戦術機に乗りたがっている俺を夕呼先生が訓

練部隊に放り込んだだけなのだ。

 だから、元をたどれば自分の意思じゃない。しかし、そうまりも

ちゃんに答えることはできなかった。

「じゃあ、夕呼のところにいるのはどうして?」

 出来上がったらしく、使い捨ての皿に取り分けたものを俺が先に食

べるように言う。入れ替わるようにまりもちゃんは立哨に移り、俺は

手頃な瓦礫に腰掛けて食べ始めながら答える。

「色々ありまして、夕呼先生のところでお世話になるようになりまし

た」

 それ以上のことは言えない。ただ、俺の身の上はまりもちゃんも分

かっているところだろう。

 まりもちゃんが二重階級になってそこそこ時間は経っているが、何

処かで時間を作って調べているかもしれない。大尉ならば、そこそこ

のアクセス権限は持てるはずなのだ。

 だが、その権限があってもなお、恐らく知ることはできないだろう。

「……そうなの」

 早々に食べ終わって立哨を入れ替わると、話題は今回の件のものに

変わっていた。

 思い返せば、今回の詳細をまりもちゃんに説明していない。目的は

話しているものの、それは概要だけだったのだ。

 オルタネイティヴ計画に触れる部分は省きつつも、主目的であるG

弾に付いては詳細は説明せずに説明する。

「なるほど。夕呼が動いている1件の予備作戦として、白銀少尉が先

乗りしているって訳ね」

「そうです。夕呼先生の方では既に動いていますし、そっちが俺たち

の都合よく事が運べばいいってだけです。そうなれば、俺と神宮寺大

尉はそのままA─01に合流するか、独自の作戦行動をするか、って

ところですね」

398

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 嘘だ。俺は夕呼先生にも隠していることがあり、そのためにまりも

ちゃんを巻き込んだ。

 まりもちゃんである必要はないのかもしれない。別に1人でもよ

かった。だが何故か僚機が欲しいと思ってしまった。これまで散々

単独行動をしてきたというのに。

 静かに進む夜を俺は星空を見上げて過ごしたのだった。

 ※※※

 ﹇1999年8月5日 国連軍仙台基地 第2発令所﹈

 今朝は早く起床し着るのも久しいC型軍装に身を包むと、簡単に身

支度を整えて部屋を出た。

 向かう先には香月先生は既にいるらしく、色々やっているとのこ

と。斯くいう私はというと、そこにいたところで何をする訳でもな

い。ただただ空いているデスクに腰を下ろして、目の前の画面を眺め

るだけだ。

 第2発令所は第1発令所が使えなくなった時のために用意された

司令部

もので、今は明星作戦の

の1つとして機能している。しかし位

置も前線から程遠いために最後方のものであり、基本的に国連軍部隊

の指揮しか行わない。そのため、帝国軍や斯衛軍、ましてや米軍の将

校は誰1人としてこの発令所にはいなかった。

「定刻になったわ。始めましょうか」

 抑揚のないフラットな香月先生の声で、作戦が発動される。

 【明星作戦】と名付けられたこの作戦は至って簡単に説明ができる。

 BETA本土上陸により西関東以西はBETAの支配下に落ちた。

甲22号

その最前線である多摩川絶対防衛線前方に建設された

を攻

め落とすというものだった。

 本作戦に参加するのは極東国連軍・日本帝国軍ならびに斯衛軍・大

東亜連合軍・米軍。対するはBETA推定規模20万個体超。霞ちゃ

ん曰く、当時観測された個体数は予想よりも多かった、とのこと。し

かし、"記憶と個体数に相違はない"と後に付け足した。

 BETA群に対応するべく用意された戦力は申し分ない数を用意

している。こちらは香月先生が頑張ったからとのこと。

399

Page 404: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「HQより各部隊へ。作戦開始。繰り返す。作戦開始」

 CP将校が一斉に各部隊へ作戦開始の号令を通達する。

 戦域を映す正面モニタは刻々と部隊とBETA群の動きを刻んで

いる。人類の動きに勘付いたのか、地上で活動を休止していたBET

A群が電源の点いた機械のように、起動するように動き始めた。やが

てその動きは波へと変わり、戦場の大きなうねりと化す。

 作戦第1段階が進行するさなか、誰もが戦場の動きに注目する。し

かしその中で私は、全く違うところに注目していた。国連軍を見たと

ころでA─01の配置はA─01CP将校のモニタでしか確認でき

ない。そのブロックに一番近いところで静かに見守る香月先生の横

で、正面モニタで蠢く点を必死に追っていた。

「タケルちゃん……」

 妙な胸騒ぎがするのだ。タケルちゃんがいるであろう米軍管轄戦

域は、今の所順調にBETA群の駆逐が進んでいる。

 一方で国連軍やA─01の初動も好調だ。霞ちゃん曰く、戦力は前

回とさして変わらないというが、配置はかなり変わっている、という。

それ故に効率的にBETAの殲滅が進んでいた。予想侵攻路上に配

置された戦術機部隊。BETAが流入する窪地めがけて飽和攻撃を

行い、残敵処理を行う砲兵部隊と機械化歩兵部隊。

 全てが順調に進んでいるように見えた。

『レイヴン1よりHQ』

 状況が変わるにはそこまで時間を要しなかった。作戦が第2段階

に移行してからしばらくすると通信が入ったのだ。オルタネイティ

ヴ計画用のCP将校用ブロックに入電がある。タケルちゃんからだ。

香月先生との取り決めで、よっぽどのことがない限り連絡をしないと

いうことになっていた。また、403というIDを使用せずにレイヴ

ン隊を名乗るということにしていたのだ。その部隊名ならば、あまり

オルタネイティヴ計画に詳しくない人物が聞いていたとしても、変に

思うことはないだろうということだった。

 香月先生は手早くヘッドセットを装着し、CP将校の出力音声と同

期した。

400

Page 405: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「HQよりレイヴン1。感良好」

『レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このまま

では墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"』

 隠語だ。香月先生と相談していたのを聞いており、後で霞ちゃんか

らも聞いた。確か『機体がエラーを吐いている』というのは、『作戦は

失敗』。つまり、タケルちゃんの主任務である米軍担当戦域で何らか

の問題が生じた、ということ。次の『このままでは墜落してしまう』と

いうのは1つ目の言葉に掛かっており、『米軍撤退の予兆あり』という

こと。最後の『即時後退指示が欲しい』というのは基本的にそのまま

の意味ではあるが、『戦域に展開中の総軍に即時後退指示を出して欲

しい』という意味なのだという。

 つまり、これらを全て繋げて表すと『鎧衣課長の作戦が失敗し、米

軍が撤退を開始しているためG弾投下が予想される。戦域に展開さ

せている総軍に即時G弾効果範囲外へ退避するように』ということ

だった。

 続けざまに応答したCP将校の個人モニタにデータリンクを通じ

てデータが送られてきた。それは、米軍の通信回線へ強引に侵入して

盗聴したと思われる音声ファイルに座標の数値と時間だった。表示

されたコールネーム通りに応答したCP将校は当然のことながら、レ

イヴン1もといタケルちゃんが何を言っているのか理解できない。

返答に困っており、送られてきたファイルをとりあえず開こうとして

いた。それを後ろから香月先生が待ったをかけた。

「席、変わりなさい」

「り、了解しました」

 有無も言わさず語気をCP将校に当てて起立させた香月先生は滑

り込むように椅子に腰掛け、ターミナルを操作し始める。即座にファ

イルを開き音声を聴きながら座標の位置を確認すると、乱暴に椅子を

蹴って立ち上がり、近くで戦場の趨勢を見ていた国連軍司令官に声を

かけた。

「司令。少々よろしいでしょうか」

「……何かね、香月博士」

401

Page 406: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「全軍へ即時戦域外への退避を進言致しますわ」

 当然ながらG弾の存在も、オルタネイティヴ計画がこの作戦で何を

しているのかもほとんど知らないであろう彼は、訝しげな表情を浮か

べながら香月先生に問い返した。

「どういう、意味ですかな?」

「言葉通りの意味ですわ」

 多くは説明しない。しかし香月先生は相手が歴戦の将校であろう

と、臆することなく意見していた。そして、この作戦の行く末が私が

握っていると言わんばかりに、訴えていた。

「……君の飼っている部隊が何か掴んだのかね」

「……そう思ってもらっても構いません。しかし、司令官が本作戦で

大きな打撃と大敗を喫したいのであるならば、私は構いません。こち

私の犬

らとしては

のみを退避させるだけですので」

 その言葉に司令官は少しばかり表情を歪ませる。

 情報が全くないと言っていいほどに機密に包まれたA─01の情

報は戦場での働き程度ならば、計画関係者でなくとも司令官ほどの高

級将校ならば耳に入らない訳がない。そんなA─01だけが戦線を

離脱するというのだ。現時点で目立った行動はしていないものの、彼

らが抜けた後のことを考えれば痛いどころの話ではないと理解して

いるのだろう。

 対AL弾による重金属雲が薄まり始め、次第におおよその状況しか

分からなかった戦域の詳細な情報が入ってくるようになる。

 第1段階は優勢に進んでいたものの、もうそろそろ第3段階に入る

という頃合い。前線の状況は一変していた。A─01を除く全部隊

が劣勢状態に陥っていたのだ。戦線では部隊が消滅しているところ

すらあるほど。

 知識として知っているが、これが人類とBETAの戦争では日常茶

飯事で起きていること。そしてこの後に待ち構えているのは作戦失

敗と撤退だった。

「分かった。博士の進言を受けよう」

「感謝致しますわ」

402

Page 407: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 すぐさまHQから各CPに全軍指定ポイントへの撤退が命令され

る。命令を受理し、行動可能な部隊から少しずつではあるが部隊の撤

退が始められる。

 正面モニタをよく観察してみると、一足先に米軍の撤退が確認でき

る。既に6割が戦線の最後方まで後退しており、最低限の戦闘行動し

かしていない状態だった。恐らくCP将校たちは気付いているが、何

か言うわけでもない。それは香月先生も同じで、そちらの方を一瞬見

てすぐに別のところへ目を向けた。

「作戦参加部隊、7割が撤退完了」

「帝国斯衛軍が遅れています」

「国連軍および米軍低軌道艦隊および軌道降下兵団、突入回廊から離

脱を確認」

 めぐるめく状況が動いていく。その中、異質なものが混じった。

「南東方面より小規模の低軌道艦隊が接近中」

「……何処の船よ」

「は。米国宇宙総軍 第7低軌道艦隊です」

 香月先生から強い感情を受け取る。

 これは聞くまでもない。タケルちゃんが知らせたのは予想に過ぎ

なかったが、これで確信を得た。

「チッ……。司令、全軍の退避を急かさせていただきますわ。アンタ、

記録は取っているわね」

「……問題ありません」

 少し離れたところでラップトップを開いてあちこちにコードを繋

げていた霞ちゃんがポツリと答える。

 結局、タケルちゃんの考えていた予備案に乗っかる形になっている

ものの、先生が何も用意していない訳がない。そう思えてならなかっ

た。そして、作戦開始時からあるモヤモヤが大きくなったように思え

る。

 何か良くないことが起きるような気がしてならない。

403

Page 408: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

episode 44

   ﹇1999年8月5日 明星作戦 最終防衛線 米軍戦域﹈

 前日から乗り込み、作戦開始からしばらくして第1防衛線の米軍に

合流した。思いの外、呆気なく合流することができたのはよかったも

のの、肝心の情報収集は上手くいかなかった。

 そもそもストレートにG弾のことや、他軍内での作戦を聞き出すこ

とはできない。そうなると戦術データリンクから得られる具体的な

米軍の情報に頼らざるを得なかった。最も、合流した部隊が末端の一

般部隊だったというのが誤算だったのかもしれない。

 誤算があるとすれば、アメリカ至上主義の塊みたいな衛士ばかりだ

と思っていたが、そうではなかったというところだろう。

『アーチャー5よりレイヴンズ。お前らもつくづく付いてねぇよな。

作戦早々部隊が恐慌状態に陥って散り散りになるなんて』

「本当、そうですよ。つい最近入った新兵のことは気にしていたつも

りなんですが、事前催眠があまり効果なかったみたいで、BETAを

みるなり大混乱でしたからね」

『そのルーキー共が無闇矢鱈に発砲、先任や上官たちが逃げ始めると

余計に混乱。後はこのザマってのは、本当に笑えないね』

 米陸軍の一般戦術機中隊に合流したが、米軍の部隊編成の基本は大

隊だ。おおもとになっている大隊と連絡を取り、同行が許された。

 合流したのは米陸軍第38戦術機甲大隊 アーチャーズ。元在日

米軍の部隊だというのは、まりもちゃんから聞いている。何故そんな

ことを知っているのかは分からないが、少なからず情報があるのは有

り難い。

 アーチャーズのC中隊、彼らは本隊から少し離れていたという。本

隊は戦況が不利になっていると分かると早々に後退を決断し、現戦域

から撤退したという。彼らC中隊はその殿であり、物資の確保や他部

隊の支援をしていた。そんな中、近くの戦域をふらふらしている俺た

ちを発見したというのだ。

404

Page 409: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 一方で、俺たちはというと、戦術データリンクを介して米軍司令部

のサーバーにハッキングを仕掛けていた。戦場のど真ん中でするこ

とではないことは理解しているが、特にやることなんてない。膝の上

で開いているラップトップから機体を介してハッキングプログラム

を走らせているだけだった。

 そのハッキングプログラムを作ったのは霞と純夏。と言っても、基

本的に霞は口出ししただけで大部分は純夏によるものだった。こう

いったプログラムを作るのは問題なく行えるらしく、解析速度と高度

なセキュリティウォールを突破するだけの能力を持った自律走査プ

ログラム、という。何を言っているのか分からなかったが、とりあえ

ず使えることは確認しているという。

 このプログラムを半日で作った純夏は凄いな、なんて関心している

と、ラップトップに通知が入る。

《 セキュリティウォールを突破したよ! これから走査に入るね!

 》

 何とも純夏らしいフロー通知だ。どうやらものの数分もしないで

司令部サーバーへのハッキングが終わったようだ。

『レイヴン1よりレイヴン2』

 神宮司大尉から秘匿回線が入る。

 レイヴンズもといTF─403の指揮権は俺が持っているが、表向

きは階級が上であるまりもちゃんが持っていることになっている。

故にまりもちゃんのIDが01で俺が02になっているが、最初は混

乱したものの、今ではかなり慣れてきていた。

 まりもちゃんからのコール内容は、十中八九、ハッキングについて

だろう。事前に何を行うかは教えているものの、まりもちゃんに全て

を教えている訳ではない。教えたところで行動に対する疑問点があ

がり、それを尋ねるまりもちゃんに話してしまえることも多くはない

のだ。そのほとんどがオルタネイティヴ計画に関わることだからだ。

「レイヴン2よりレイヴン1。どうしました?」

『……米軍司令部へのクラッキング、本当に大丈夫なの?』

「問題ありません。霞と純夏を信じてください」

405

Page 410: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

 どうやら気になったのは、その点だったようだ。相手は本国を離れ

ているとはいえ"天下の米軍"だ。無論、対人類の電子戦を想定した

装備やマニュアルも用意されているだろう。だが、こちらはオルタネ

イティヴ計画。米軍を相手取って戦うこともいとわないのが、俺たち

ボス香月夕呼

の意向なのだ。

 今頃、米軍のデータサーバーを走査しているプログラムは、オルタ

ネイティヴ計画謹製の代物だ。それも信頼している要員が作成した

もの。俺が信じずして、誰が信じるというのだろう。それにもし、逆

ハックされたとしても問題ない、というのは製作者の語るところなの

だ。特に心配することもないだろう。そもそも、逆ハックされる前提

で作られていると言っていた。ならば、堂々と使ってデータを奪えば

いいだけなのだ。

 そうこうしていると走査も大体が終了し、抽出したデータの一覧が

表示される。サッと中身を確認し、該当しそうなファイルを開くとそ

れは大当たりだった。そして、俺の次の行動へと移させる決定打と

なったのだ。

『グループリードよりアーチャーズ。ボスからの司令だ。これよりC

中隊と合流次第、第7艦隊の停泊する浦賀駐屯地へ向かう。俺たちは

そのまま機体の点検整備を行い、号令がかかるまで待機だ』

 戦術データリンクからバストアップウィンドウに大隊指揮官が表

示される。一言も話したことのない相手だが、俺たちの合流を認めた

相手だ。米軍司令部へのサイバー攻撃は察知されているだろうが、出

処まではまだ掴めていない様子。俺たちを疑う様子もなく、近距離通

信で話し始めたのだ。

 今の命令は実質的な撤退を意味していることは、作戦要項を把握し

ているならば気付かないはずがない。しかし、大隊の誰もが疑う余地

も見せななかった。

 もう裏も取れた、と言っても過言ではない。

 即座に俺は専用回線を開く。

国連軍司令部

「レイヴン1より

 俺とまりもちゃんの機体にだけ接続を許された回線を開き、通信を

406

Page 411: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

試みる。もう重金属雲を抜け、後方に各軍の部隊が見えてきていた。

『HQよりレイヴン1。感良好』

 国連軍C型装備に身を包むCP将校のバストアップウィンドウが

表示され、その端に見覚えのある姿を確認する。

「レイヴン1よりHQ。"機体がエラーを吐いている"。"このまま

では墜落してしまう"。"即時後退指示が欲しい"」

 その言葉を発するのと同時に、機体からデータを送信する。これま

で機体で録音していた通信データとハッキングで抽出したデータを

ファイルにまとめたものだ。

 同時にCP将校から見慣れた国連軍将校に白衣というミスマッチ

な格好をしている女性が映し出された。モニタを確認しているのだ

ろう、数分もしない内にそのまま席を離れてしまったため、入れ替わ

るように応答したCP将校に話し続ける。

『HQよりレイヴン1。……どういった意味だ』

「他意はない。意味は伝わったようだ。これより本隊の現在地を送

る。周辺の戦況を確認したい」

『……HQ了解。少し待て』

 程なくして戦術データリンクに詳細な戦術データが送られてくる。

 状況はこちらが目視で確認している通りだった。俺たちが合流し

たアーチャーズを殿に、米軍部隊は浦賀へ向けて移動をしており、既

に半数の部隊が到着していた。一方、作戦戦域には未だに国連・帝国・

大東亜連合軍が戦闘を継続しており、戦闘開始時から半数ほどのマー

カーがロストしている。

ハイヴ抗口

ゲー

 戦況は思うように進んでおらず、地上部に露出した

目視

距離すら到達できていない。だが到達できていなかった方がよかっ

たのかもしれない。

  ───今この戦場にはG弾が運ばれているのだから。

  ※※※

 ﹇同年同月同日 明星作戦戦闘地域外 吾妻島 米軍集結ポイン

407

Page 412: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

ト﹈

 米陸軍第38戦術機甲大隊に合流して到着したのは、聞いていた米

海軍第7艦隊が停泊している浦賀ではなかった。そのいくらも手前

にある島に降り立つと、そこには先に到着していた米陸軍部隊が集結

しており、ざっと1個師団はいるだろう。

F─15E

ストライク・イーグル

 彼らの誰もが最新鋭の

を装備しており、アメリカの底力

をひしひしと感じる光景だった。始めは第38大隊が特別だと思っ

ていたのだが、こうして同機種が100機単位で集結しているのを見

ると圧巻だった。

 そんな中で私たちが異質であるのは指摘されなくても理解できた。

日本帝国軍最新鋭"第3世代"戦術機である不知火、しかも国連軍仕

様という異質中の異質。明星作戦に参加した日本帝国軍でもどれほ

ど不知火を投入しているかは定かではないが、F─4Jよりも絶対数

が少ないのは確実だった。

 奇異の目に晒されながら第38大隊の後に続いて着陸すると、オー

プン通信が開かれていることに気づく。

『いいところだったってぇのに、どうして上は撤退を指示したんだ』

『アタシとしては、こんなところでおちおち死ぬ気なんてなかったか

アイツら

らよかったけどね。ただ、いつ見ても、

の戦い方はクール

じゃないわね』

『ブシドーだかよくわからねぇが、BETAがうようよいるところに

サーベル振り回して戦おうだなんて思わねぇ。イカれてるんじゃ

ねぇのか。ンなもん、突撃砲撃ちまくりゃいいものを』

 好き勝手に話しているのが聞こえてくる。強化装備の自動翻訳機

能で日本語になっているが、翻訳されなくても何を言っているのかは

分かる。

 彼らは日本帝国の戦い方が理解できない様子。何が効率よくて悪

いのかという話は、BETAの前では無意味だというのは戦いを重ね

たベテラン衛士なら分かる筈だ。私だって大陸で散々と味わって来

た。砲撃で方をつけられるならばそれで良し。だが、弾薬が尽きるこ

とを考え、BETA群の動きをコントロールすることも目的として含

408

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まれている近接密集戦においては常識であり、その戦い方を選ぶので

あれば、近接格闘用装備というのは必要不可欠なものなのだ。そして

日本人の心の有り様としても、長刀という存在は絶対になくてはなら

ない存在だった。機体に張り付いた小型種を払うためだけにある短

刀とは違うのだ。

 そんなことを考えていると、周囲の米軍衛士の興味は私たちの方に

移ったようだ。

『オイオイ、あれ見ろよ。日本帝国のType─94だぜ。戦域で見

たが、コイツら色が違うな』

『カラーリング的に国連軍仕様ってところじゃない? 肩部装甲ブ

ロックにもUNの文字が入っているし』

『カーッ! これだから国連軍っての分からネェ!』

 この様子だとあまり突っかかってくるような衛士はいなさそうだ

が、油断はできない。ここは友軍の陣地ではあるが、味方ではないの

だ。気は休まらない。

 一方、白銀少尉はというと、完全に通信回線を遮断して何かをして

いる様子。計画に関する何かをしているのだろうか。だからだろう、

自ずと外からの通信には私が答えなければならなくなる。

『Type─94の衛士さんよぉ、聞こえているのなら返事してくれ』

「レイヴン1よりシエラ16。何の用だ」

『……レイヴンズはどうしてここにいるんだ? お前ら、国連軍だろ

うが』

「部隊が壊滅したところを拾われた。今は国連軍司令部からの命令待

ちをしている」

『そりゃ災難なことで。それで、2人の機体はType─94のよう

だが、何故国連軍が帝国の最新鋭機を装備している』

「軍機につき答えられない」

 角の立つような返事はできない。ただでさえ異質な存在なのは、多

くを知らない私でも分かることだった。それに白銀少尉ばかり頼っ

ていてはいけない。あくまで私は感情をフラットに、質問にはできる

限り答え、蛋白な対応をする。

409

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 やがて興味をなくしていき始める周囲の米軍衛士たち。一息吐い

たのも束の間、遠くで待機していたF─15Eが近くに降り立つと、

突撃砲を構えてロックオンしてきた。反射でこちらも突撃砲を構え、

跳躍ユニットに火を入れる。

『リヴェンジャー1よりレイヴン1へ。貴官らの作戦配置時の位置を

答えろ』

「……」

 突然の敵対行動、一瞬で周囲は緊張感に包まれる。スッと白銀少尉

を確認するものの、機体は突撃砲を構えて跳躍ユニットに火を入れて

いるものの、通信に割って入ってこようとはしない。答えられる余裕

がないのか。どういった状況なのか分からない。

 目の前で起きていることに対し、私は何とか対処を試みる。これで

も帝国軍時代は中尉まで上り詰め、大尉になってすぐ国連軍に移った

のだ。戦闘以外の軍人としての経験も積んできている。

『国連軍参加部隊リストに貴様らのような身元不明な部隊がいくつか

混じっている。我々が貴官らを素直に浦賀に案内しなかったのは、そ

れを知っていたからだ。答えられないのか』

 ダークブロンドの髪を短く切りそろえたリヴェンジャー1の男性

衛士は、警戒心剥き出しの表情で詰問する。

 彼の言った言葉の中に気になることもあった。ここに案内したの

は、私たちが所属不明の部隊だということを始めから知っていた、と。

つまりそれは、米軍に接触した時点で、私たちが正規の国連軍部隊で

ないことに勘付いていた、ということなのだろう。

 考えてみれば当然のことで、私たちの乗機は日本帝国製の

Type─94

94式戦術歩行戦闘機 不知火

なのだ。国連軍戦術機部隊の大半はF─4CやF─

4D、F─5B、F─15Cで構成されている。その他、駐屯国家の

正面装備を使うこともあるが、それもほとんどは旧式であったり中古

品である場合が多い。にも関わらず、最新鋭第3世代戦術機を装備し

ている私たちは、そういった国連軍事情を知っている人間からしても

不思議な存在であると言える。

『レイヴン2よりレイヴン1へ』

410

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「レイヴン1よりレイヴン2。どうした?」

 突如、秘匿回線を使って白銀少尉から通信が入る。

 その表情にひとつも焦りを浮かべることもなく、淡々と彼は言っ

た。

『どうやら米軍の罠だったようで申し訳ありません』

「謝罪は後でいいわ。この状況を脱する方法を考えましょう」

『強行突破します』

「……はい?」

 耳を疑った。今、白銀少尉はなんと言ったのか。私には強行突破す

る、と聞こえたのだが。

『XM3の情報がアメリカに流れるのと、CPU毎奪われるの、どっち

がいいと思います?』

「そりゃ、データと取られるだけの方がいいに決まって……」

 私でも知っている。私の機体を含む、夕呼傘下の戦術機にはXM3

が搭載されている。また、そのXM3は輸出もライセンス生産も行っ

ておらず、ただ夕呼の部隊だけが使用している特別なものである、と。

そしてXM3は白銀少尉を筆頭に使用し、何度も実戦を経験してお

り、その戦場のひとつに米軍のいた本土防衛での一連の戦いがあった

のだ。

 前線衛士や戦闘に関わった国ならば、気付かないはずがないのだ。

 白銀少尉はそれを加味し、この絶望的な状況下を脱出すると言った

のだ。理由は考えるまでもなく、米軍には私たちは国連軍正規部隊で

はない、不審な戦術機部隊を捕縛するという大義名分を持っているの

だ。その上、日本帝国の最新鋭機を我が物顔で使っている。幾ら一方

的に日米安全保障条約を破棄したからと言っても、これだけの手土産

があれば、その状態からでも日本帝国とは悪くない関係を保つことが

できるのだ。

 つまり、アメリカにとって政治的に旨味のある状況が、今目の前に

転がっている、と言えた。

『こんなところで機体を捨てて投降したところで意味はないです。そ

れに、目の前にあるボタンを押すには情けなさすぎます』

411

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 目の前のボタンというのは、今回、私たちの機体に装備されている

SDS

S─11による

のことだ。この島毎吹き飛ばしてしまえる威

力があり、私たちを囲んでいる100機のF─15Eも道連れにでき

る代物だ。

『だから戦いますよ、神宮司大尉』

「えぇ、分かったわ」

 その言葉に覚悟ができた。操縦桿を握り締め、目の前を埋め尽くす

F─15Eを睨み付ける。そしてふと聞こえてしまった。

『こんなの、絶望なんかじゃねぇ。生きて帰るんだ』

 あの小さい背中が語る言葉にしては、重すぎる言葉が。

 ※※※

 白銀少尉はなるべく戦闘せずに、この状況を切り抜けるつもりだ、

と言った。私たちを蜂の巣にせんがために一斉に突撃砲を撃ち始め

たF─15Eには、私たちは手を出せない。こちらは損傷なしで脱出

し、また相手にも損傷を与えてはならない。

 合図と共に白銀少尉が動き出すのが分かっていたからか、次の行動

を自分の中で決めることができた。恐らく、白銀少尉は不意を突い

て、空へ飛び上がる。ならば私は、得意な方法で移動を始めればいい。

幸いにして、この吾妻島も障害物は豊富だった。

『目標は国連軍司令部のある国連軍久留里基地へ逃げ込むこと。先生

曰く、あそこは計画の息がかかっているところで、かなり融通を利か

せてくれているらしい。ならば、あそこまで逃げればいい』

「海の上を跳んで行くつもり?」

『それはありません。東京湾をぐるっと回って行きます。もしその目

標に逃げ込めないのであれば』

 その先の言葉は私の脳を揺らすには十分過ぎる提案だった。

『もし駄目ならば、横浜ハイヴに突入します』

412

Page 417: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

episode 45

  ﹇1999年8月5日 明星作戦戦闘地域外 吾妻島﹈

 私の読んでいた通り、白銀少尉は合図と共に上空へ舞い上がった。

そちらに気を取られている米軍の目を盗み、私は一気に跳躍ユニット

のスロットルを解放する。

 爆発的に速度の上がり、身体に強烈な加速度を感じつつも、敵機と

障害物を縫うように陸地を目指した。幸いにして、ここまでほとんど

が徒歩移動だったためか、推進剤はかなり残っている。無理をした高

機動戦闘もそれなりの時間は問題なかった。

 虚を衝かれた100機以上の米軍機たちはすぐさま対応を開始。

しかし、追いつける訳がない。今、彼らが感じているモノは、私は既

に味わった。間接思考制御と直接入力をしていてもなお、相手の動き

に付いていくことができないもどかしさ。そして、複雑な制御をしな

がら障害物走をするように飛び去る戦術機の背中を見ることしかで

きない気持ちを。

 次々と視界の端々を過ぎ去るF─15Eの群れに攻撃することな

く、思考は最低限の全周警戒にだけ割き、残りは白銀少尉に置いてか

れまいと必死に本土に戻ることだけを考える。

『お、追え!』

『何なんだアイツら!? 戦術機の機動じゃない!』

 遥か後方に着弾する砲撃が水飛沫を上げ、程なく本土に辿り着く。

そのまま北上を開始する。後ろは一切振り返らず、反撃することもな

い。近くを高速機動する白銀機を確認しながら、目標地点までの予測

到着時間を算出する。

「20から30分ってところね……」

 この調子なら、久留里基地に到着する前に推進剤が切れる。だが、

それまでの間に追撃する米軍機を振り切ることも可能だ。今の調子

ならば。

 だが、そうも言ってられない事態はすぐにやってくる。

『クソっ!』

413

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 通信から白銀少尉の悪態が聞こえた。何かあったのかと横目に白

銀機を見るも、被弾した様子はない。となると何があったのだろう

か。

 明星作戦戦闘地域に突入し、続々と交代する連合軍。どれも万全な

状態の機体はいない。彼らと真逆の方向へと跳んでいるが、この調子

で行けば10分ほどで前線から第3次防衛線くらいまでは移動でき

るだろう。

 しかし、私の考えとは違うことを、白銀少尉は口にした。

『時間がない! 神宮司大尉!』

 時間がない、というのはどういう意味なのか。順調であることに代

わりはなく、追撃を続ける米軍機ももういなくなっている。このまま

久留里基地まで逃げ込めればいいのではないのだろうか。

 そんなことを考えていた私に、白銀少尉は戦術データリンクを介し

て情報を送ってきた。それは、低軌道を周回する艦隊のようだが、こ

れは国連宇宙総軍軌道降下兵団と装甲駆逐艦隊による軌道爆撃のア

イコンではないのか。

『現在、米国宇宙総軍エドワーズ基地から出撃した小規模装甲駆逐艦

隊が向かっています』

 アイコン内訳が簡単に表示された。たった5隻で構成された装甲

駆逐艦隊は単縦陣で確実に横浜上空を通る軌道を移動していた。確

かに少数過ぎる艦隊で目的が分からないが、低軌道で待機している他

の艦隊に合流する後続なのかとも考える。しかし、違っていた。

『この艦隊は特殊装備を搭載しており、それをこの明星作戦で無断使

用しようとしています』

「特殊装備の無断使用……」

 字面通り捉えるならば、私たちも人のこと言えないと思うのだが、

白銀少尉はそういうことを言っているのではないのだろう。

 BETAの死骸の山を飛び越えながら、NOEで移動しつつも少し

考えたが、結局答えは分からなかった。

『特殊装備の詳細について説明すると長くなりますので、簡単に済ま

せます。特殊装備というのは、米国で開発された爆弾です』

414

Page 419: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

「特殊な爆弾。核爆弾みたいな?」

『そういった次元を超越している代物ですよ。あれが一度爆発すれ

ば、周囲には爆風ではないモノを撒き散らしてことごとくを破壊し、

被爆地は重力異常地帯になります』

 どういう意味なのかさっぱり分からなかった。だが、それが不味い

ものであることは分かった。爆撃された地域が重力異常地帯なんて

いう聞き慣れない単語の状況になってしまうような代物だという。

文字通りの意味ならば、何かしら重力が異常な状態になるものなのだ

ろう。急降下する飛行機の中のような状態になるのだろうか。

『そして、その爆弾を作っている奴らと夕呼先生は戦っています』

 白銀少尉には悪いが話半分に聞いていたが、夕呼の名前が出れば話

は別だ。夢やおとぎ話をしている訳ではないのは分かっているが、彼

女が出てくるとなると、真面目に聞かなければならない。彼女が関連

してくるとなると、例のオルタネイティヴ計画に関連のあることなの

だろう。

『米国は明星作戦であの爆弾の実証実験を行い、夕呼先生のオルタネ

イティヴ計画を潰す気なんです。こんなところで実験を成功させて

集中運用なんてされてしまえば、BETAではなく自分たちの手で滅

びてしまうんですよ。そういう爆弾なんです』

 話は分かった。だが、引っかかるところがある。

「分かった。だけど、引っかかるところがある。その爆弾を搭載した

装甲駆逐艦が来ているのと、時間がないというのは、恐らくもうその

爆弾がこの戦域に到着しようとしているということなのだろう。と

なると、私たちは他の部隊に見習って戦闘地域外へ退避するべきなの

では? もう米軍も撒いたが、念の為に国連軍部隊が集結していると

ころに」

『それでは駄目なんです! もう今からじゃ間に合わない。だから、

予備案を実行します』

「予備案というと、まさか……?!」

 私は背筋が震えあがった。聞いてはいたが、考えたくもなかったこ

とだ。

415

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 楽観視していた訳ではない。ただ、予備案の予備案であるとしか考

えられなかった作戦に、私は現実を受け入れられなかった。

門ゲート

『近くに

E32があります。そこから一時的にハイヴに逃げ込み

ます。ハイヴ内でもそれなりの深さまで潜れば、爆弾の効果範囲から

守られますから』

 言葉が出ない。

 覚悟していなかった訳ではなかった。軍人であり、衛士であるのな

らば、どんな困難な命令をされても遂行しなければならなかった。そ

してそれらを踏み越えてできたのが今の私だからだ。なので、今回の

ことも最悪の場合は想定していた。私の機体にS─11が搭載され

ていることからも、よほど危険な任務を負うことになることも。

 それでも、ハイヴ突入は考えていても考えたくなかったことだった

のだ。

 返事がしたいのに、声が出ない。ただ、喉につっかえて息が抜ける

音だけが出る。言いたい。たった2機でそんなのは無茶だ、と。しか

し、できないとは言いたくない。

 だが、なんとしても生きて帰らなければならないのは、白銀少尉も

一緒のはずだ。私もこんなところでおちおち死んで等いられない。

まだ、やりたいこともやり残していることもある。しかし、今度ばか

りは本気で覚悟しなければならない。

「了解」

 私はそれだけだが、白銀少尉はどうなのだろう。

 次年度入ってくる訓練兵よりも若い正規兵。あれだけの機動制御

とセンス。軍人としての知識と経験の多さ。そして、他の研究員や衛

士の誰よりも近しい夕呼の側近。考えれば考えるほどに分からない。

白銀少尉、白銀 武とは一体何者なのか。

 ※※※

 第1防衛線をたった2機で飛び越え、BETAの散見される地域を

避けながらの高速機動。気を使って推進剤を節約しているものの、6

割という正直安心はできない量が残っている。兵装だって満足でな

く、友軍も僚機である白銀機しかいない。

416

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 もう辺りに人類側のマーカーはひとつとして残っておらず、赤い点

群が蠢くのみ。そんな戦術データリンクに、目標であるE34が表示

される。もう目と鼻の先にあり、幸運なことに門の付近にBETAの

反応はなかった。

『レイヴン2よりレイヴン1。このまま門に飛び込み、第3層を目指

します。恐らく第2層目までは吹き飛ばされますから』

「レイヴン1、了解」

 質問も反論もしない。

 私にハイヴ突入の経験はない。地上戦は嫌というほど経験してい

るが、こればっかりは特別な環境下にいなければないだろう。教鞭を

振るう側として、パレオロゴス作戦にてミンスクハイヴに突入した際

の観測データの存在と、数度のその観測データから作成されたヴォー

ルクデータによる訓練しか行っていない。

 思い返せば、白銀少尉からXM3の教導を受けた際、ヴォールク

データでのハイヴのシミュレーションを行っていた。まさかとは思

うが、白銀少尉はこれを見越して、あの訓練を行ったというのだろう

か。XM3教導マニュアルを作成した際、ヴォールクデータでのハイ

ヴのシミュレーションも訓練の1つとして入れているが、白銀少尉や

夕呼が見た時には何も言われなかった。

 考えれば考えるほど、これまでの経験と現在の状況が紐付いてい

く。夕呼や白銀少尉たちと関わった事柄、それらが、どうも今回の作

戦に繋がっているような気がしてならなかった。

広間ホール

『最初の

にはBETAがいません。そこでステータスチェックを

行った後、侵攻を再開します』

「分かったわ」横

坑ドリフト

 青白く光る

を抜け、広間に滑り込む。そこそこ広い空間になっ

ており、ヴォールクデータでの経験からそこが広間であることはすぐ

に分かった。

 2つの出入り口を正面に、2機を背中合わせで停止させてステータ

スチェックを始める。診断プログラムが走査を始め、機体異常箇所の

精査を行う。その間に、白銀少尉が今後の話を始めた。

417

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『この後のことは上でも話しましたが、このまま第3層まで攻め込み

ます。目的は新型爆弾の効果範囲から逃げるためです』

「それは分かったけれど、本当に2機でそこまで潜れるの?」

『問題ありません。単機でも横浜ハイヴ、フェイズ2のハイヴは反応

炉到達は可能です』

 彼は何を言っているのだろう。

『ただ、今回のハイヴ突入はあくまで避難が目的なので、反応炉を目指

すことはありません。あくまで効果範囲外へ退避するためです。で

すから大規模な部隊や装備を持っていなくても、奥へ進んで引き返す

ことくらいならば容易に可能ですよ』

「簡単に言ってくれちゃって……」

 思わずそう感嘆してしまう。しかし、白銀少尉はさも当然のことの

ように答えた。

『神宮司大尉が何を心配しているかは分かりませんが、問題ないと思

いますよ。俺と大尉の2人だけでも不可能ではありません。それに

散々ヴォールクデータで教導していますし、表層の移動は慣れたもの

だと思いますよ』

「そう……」

 だといいんだけど、などと続けられなかった。何故か、彼の前で自

信のない自分を見せたくなかったのだ。

 ほんの数分もしないでステータスチェックも終わり、機体の状態を

確認する。特に問題はなく、強いて言えば脚関節部の摩耗が少し進ん

でいるくらいだろう。兵装も快調。推進剤の残量はいつみても変わ

ることはない。

『侵攻を再開します。神宮司大尉、さっき言った通りにお願いします

ね』

「分かったわ。BETAは基本無視、足場を作る時のみ砲撃、よね」

『えぇ。じゃあ、行きますよ!』

 ふわりと浮かぶ白銀機。それに続くように、私もスロットルを解放

した。

 ※※※

418

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 ﹇同年同月同日 国連軍仙台基地 第2発令所﹈

 HQは混沌となっていた。米国宇宙総軍からの爆撃直前通告と、作

戦参加部隊の退避のためにCP将校はいつも以上に忙しなく仕事を

こなしていた。そんな中、特にやることもない私は正面モニタと霞

ちゃんのラップトップを交互に観ていた。香月先生と他の軍人との

話は高度な専門用語が飛び交っているので分かる部分が少ないし、私

自身は発令所にいてもCP将校としてのライセンスを持っている訳

でもないので手持ち無沙汰になるのは仕方のないことだった。

 しかし、立場的に様々なところを出入りしたり見聞きすることが多

いためか、ライセンスはなくても真似事ができたり、分かることも多

少なりともある。

 正面モニタに映し出されている戦域データリンクの情報も、衛士と

して任官している今の私ならば、特に考え込むこともなく読み解くこ

とができた。

 徐々に作戦戦域から退避していく友軍マーカー。それを追いかけ

るBETA集団。近づきつつある米軍の低軌道爆撃艦隊。この三つ

巴の戦場は混沌としていた。

「作戦参加国連軍退避完了」

「帝国・斯衛軍の退避完了」

「在日米軍、反転待機中」

「大東亜連合軍も退避完了」

 次々とCP将校から退避完了の報告がなされる。戦場では前線か

ら戦術機がいなくなったとしても、砲兵部隊は手を休めることなく砲

撃を続けているだろう。その間に退避した前線部隊が隊列と再編成

を済ませ、反転攻勢の準備を始める。そう予測していた。

 そんな中、戦術データリンクに不審な友軍マーカーが突出したのを

確認する。何なのかは分からなかったが、戦術データには戦域の南か

ら前線に向かって高速移動する米陸軍部隊の姿も捉えていた。

「……」

 香月先生の顔を見る。表情はいつもと変わらない。正面モニタに

視線を戻して観察を続けていると、前線深くまで入り込んだ友軍マー

419

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カーは突如姿を消す。マーカーをロストした辺りは、横浜ハイヴの門

があるところだ。

 あの友軍部隊に心当たりがあった。と言っても、私自身に心当たり

があるわけではなく、元量子電導脳現脳みそが断片的に覚えていたの

だ。

 あれは、私たちに関わりのある部隊であり、と。記録を取っている

霞ちゃんが特に表情を変えることもないからか、彼らが私に直接関わ

りのある人ではない、と勝手に決めつける。

「米国低軌道爆撃艦隊より正体不明の物体が投下!」

「個数は?」

「2つです!」

 CP将校が声をあげ、それに香月先生が質問をする。個数からして

みても、落とされたモノは詳細を調べるまでもない。

 香月先生は国連軍久留里基地に、投下された物体から目を離さない

ことと、望遠カメラで映像撮影することを伝える。仕込みは済んでい

たようで、テレビの生中継のように正面サブモニタに映像が映し出さ

れた。

「なん……」

「っ……」

 この場にいたごく一部を除いた誰もが映像を見て言葉を失う。遥

か遠くに映る装甲駆逐艦。そして、目に見えるほどに空間を歪めなが

ら、自然落下にしては落下速度の遅すぎる2つの落下物。

 刹那のことだ。

 ※※※

『やめろォォォォォォ!!』

 うっすら青白く光る部屋。辺りには小さく固まる人々。"私"は

"ナニカ"に引っ張られていて、何とか抵抗するも力負けする。

『離せ! ■■を離せ、このバケモン!!』

 人々は"私"の方を見て、焦燥し怯えているものの、心底安心した

ような表情を向ける。あれは「自分じゃなくてよかった」と考えてい

る顔だ。

420

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 そしてその中から飛び出し、こちらに走って来る姿。

『やるなら俺にしろ! コイツは食っても美味くねぇよ! 順番だっ

てどうでもいいだろうが! だから俺だ! クソッ! クソッ!!』

 それは見慣れた姿だった。否。少し細いが、やっぱりそうだ。

 "彼"は白く蠢く"ナニカ"に拳をぶつける。腰も入ってないし、

ヘロヘロだ。情けないなぁ、なんて考えてしまう。

『ガァ!? ちっ……くしょう、このォ! 離せよ! そいつから手を

離せッ!』

 必死の形相で拳を何度もぶつけ、"ナニカ"に片手であしらわれな

がらも、怯むことなく彼は立ち上がって殴り続ける。そんな"彼"に

話しかけたいのに、言葉が出ない。

『■■から手を離せ! この野郎!』

 視線が動いた。言葉も出なかったのに、思うように身体も動かな

かったのに、首は自分の意思で回すことができた。

 手に絡みつく、人間だとしても白すぎる上に本数の少ない指。異様

に長い腕、少し華奢な肩。そして、頭。

   「あ、ああ」

   

アイツ等

 私の腕を引いていた"ナニカ"は、

だ。

   「あ、あぁぁ、あ……あぁ……」

   

421

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 振り払えない。腕を振っても、何をしても、その手から逃れること

はできない。

   「ああぁ、ぁぁぁ……、あぁぁぁ……」

    嫌だ、

   「あああ、」

    嫌だ、嫌だ、

   「あああ、ぁぁぁぁ……」

    嫌だ嫌だ嫌だ

   『離せよ! そいつを離せよ! 俺の幼馴染だ! お前らなんかに

!』

422

Page 427: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

    嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌

だ   

423

Page 428: Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger ID:212501

『畜生! 畜生! チクショーーーーーーッ!!!!』

    嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

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嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

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嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

   『純夏ああああああ!!!!』

 

424

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   ※※※

「いやああああああーーーーーーッ

!!!!!!」

 CP将校の喧騒と大きな機械音を掻き消す程の絶叫が第2発令所

を包み込んだ。それはCP将校たちが応答する通信の向こうから聞

こえてくる声ではなく、極間近から発せられた声。

 すぐに音源の方へ振り向くと、そこには見慣れた赤毛の少女が頭を

抱えて蹲っている。

 何が起きた、何故彼女は狂乱している。原因を求めるのは後だ。

 彼女の傍でしゃがみ込み、顔を覗く。

 やはり叫んだのは鑑で間違いない。瞳孔は開き、息を荒げ、口の端

からは唾液が垂れ落ちている。肩で息をしながら、小さい声で休むこ

となく『嫌』と呟いていた。

「すぐに衛生兵を。鎮静剤を持ってこさせなさい」

 彼女にアタシの着ていた白衣を被せ、すぐに正面モニタとサブモニ

タに目を向ける。考えるまでもなく、"アレ"がトリガーだ。

 すぐに駆けつけた衛生兵たちによって鑑は運び出され、発令所の空

気はすぐに戻る。落下を続けるG弾を目で追いかけながら、今後の展

開をどうするか頭の中で考える。

 明星作戦におけるG弾投下阻止は失敗してしまったが、当初予定し

ていた歴史変更点はいくつかクリアすることができた。参加部隊の

損耗率低下、A─01の実戦経験値獲得、XM3プロモーション等々。

 ここからは消化試合だ。G弾によって誘引されたBETA群は大

部分が消し飛び、残敵掃討を行うことで、残存BETA群は鉄原ハイ

ヴへ撤退を開始する。その後は国連軍による横浜ハイヴ掃討戦。占

領し、G弾攻撃による被害調査を行う。あらかじめ敷いた線路の上を

走るだけの簡単な作業。

 それに、G弾投下に関しても米国へいち早く抗議追及する準備もほ

とんど終わらせている。いの一番に抗議し、オルタネイティヴ5の息

が吹き返す前に叩くのだ。

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 しかしながら、ひとつ誤算があったとすれば、あの鑑だった。原因

がすぐに分からない以上、合間を縫って考える必要があるだろう。

「……香月博士」

「何?」

「……記録終了しました」

「そ。仕込みを終わらせておいて頂戴」

「……了解しました」

 社がアタシの顔を見上げて、そう報告する。こちらも事前に伝えて

ある通り、事を進めてもらう手筈になっている。

 ラップトップを小脇に抱えた社はそのまま去ることはなく、私の顔

を見上げたままだった。

「……因果の移動を確認しました」

 返事をすることはない。彼女が何を言いたいのかは、その言葉だけ

を聞いて伝わっている。

 アタシは小さく溜息を吐き、面倒なことにならなければいい、そう

考えて鑑の今後のことを考えるのだった。

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episode 46

  ﹇1999年8月5日 国連軍仙台基地 医務室﹈

 目を覚まして見えたものは知らない天井だった。

 何故かぼーっとしている頭をすぐに動かし、むくりと起き上がる。

辺りを見渡せば、私がいるところが医務室であることが分かった。

 間仕切りは閉められ、簡易ベッドの脇には小さなテーブルが置かれ

ている。その上にはメモ書きが置かれており、小さな見慣れた文字で

『体調がよさそうなら第2発令所に戻ってきてください』とだけ書か

れていた。

「お目覚めになられましたか?」

 喉がカラカラで言葉が出ない。ゆっくりと頷いて返事をすると、横

に腰掛けてくる彼女は話を続ける。

 どうやら私は倒れたらしく、すぐに医務室に運び込まれた。今から

簡単に診察するから、質問に答えて欲しい、とのこと。断る理由もな

いし、答えることにする。

 ただただ簡単な質問だった。直前の記憶、目を覚ます時に何かおか

しな感覚はあったか等。意味不明だったが、私は素直に答える。

 彼女は衛生兵とのことで、私の診察を終えると、医務室に運び込ま

れた後のことを教えてくれた。

 軍医の指示で勝手に診察してしまったこと。運び込まれてから数

時間が経っていること。明星作戦は順調に進んで、今は横浜ハイヴ周

辺と内部の制圧が行われていること。あまり実感のないことばかり

で、私の知らないところで行われたことだ。別に怒る理由もなけれ

ば、むしろ、教えてもられたことに感謝した。

 バインダーにペンを挟んで立ち上がった衛生兵は、報告があるから

とカーテンをくぐって出ていってしまう。

 小さい頭に大きな髪飾りをいつも揺らしていた少女が脳裏に過り、

同時に内側から割れんばかりの頭痛に襲われる。声も出ず、小さくう

ずくまり食いしばることしかできないが、それも数秒で治まった。そ

して、同時に"受け取って"しまった。

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 走馬灯のように次々と情景が切り替わっていく。

『や〜い! ニブチン!』

 私をからかう、私の半身。

『純夏、』

 驚いた顔をして私の手を取る。

『純夏?』

 あまり見せることのない、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

『純夏ぁ……』

 呆れ顔をするが、それでも助けてくれる。

『純夏!』

 必死の形相で手を伸ばしてくれる。

 そして最期の場面。

『ゴメンな、純夏……』

 顔は見えない。ただそこには、青白く光るあの"シリンダー"があ

るだけ。

 視界もクリアになり、再び自分が病室にいることを確認する。先程

まで見ていたものは何だったのか。そして、最後の意味ありげなあの

映像は何だったのか。分かる訳がない。だが、直感的になんだったの

かは分かった。

 言語化はできない。どういうものなのかの説明も難しい。ただ、そ

れは"私"が見せたものだということに代わりはなかった。"そう

いうこと"が起こる条件は満たしていた筈だ。

 身体に力が入らない。それでも今動かなきゃ、私は絶対後悔する。

掛け布団を蹴り飛ばし、脱がされていた上着はそのままに、軍靴は履

かず、カーテンを引きちぎる勢いで開く。

「か、鑑少尉?!」

 驚く衛生兵の顔を一瞬見て、出入り口に向かって走り出す。医務室

や出入り口にいた衛生兵や、同い年くらいの子たちも振り切って走り

続ける。目指すところは、行き慣れた"あそこ"だ。準備なんてでき

ていないが、どうにかなる。いちいち面倒な事務手続きなどやってい

る暇はない。

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 廊下で時には上の階級や先任の人たちにぶつかりそうになりなが

らも、私は走り続ける。頭はまだ痛い。それでも、立ち止まってなん

ていられない。

 ﹇1999年8月5日 国連軍仙台基地 第2発令所﹈

 鑑の件が明星作戦の如何に関わることはまずない。結局のところ、

G弾は投下された。

 あのラザフォード場に飲み込まれたモノは全て粉微塵に分子レベ

ルで破壊される。どれだけ重力異常に対処していたとしても、人類に

は発生させても制御するだけの技術力は備わっていなかった。

 横浜ハイヴのモニュメント上空で炸裂した2発のG弾は、ハイヴの

地表構造物を根こそぎ破壊し尽くした。炸裂する直前まで、BETA

の注意を引きつけるという副効果を発揮しながら。その副効果に助

けられたモノなんて"今回"に限っていえば、全くなかったのだが。

 G弾投下後の作戦は2回目ということからか、以前よりも呆気なく

事が進んだように思える。戦力を温存していた作戦参加部隊はBE

TAを追い散らしながら横浜ハイヴ周辺地域を制圧。内部も結局、国

連軍地上部隊が全ての掃討と調査を担うことになった。

 また、無通告でG弾を投下した米国への攻撃も忘れてはいなかっ

た。終始、社に取らせていた記録を元に、掃討戦へ移行後間もなく国

連を通して抗議。無論、根回ししていた日本帝国・大東亜連合も連名

してのものだ。

 流石に動きが早かったこと、そして極東国連軍を中心に米国の不審

な行動に気付いていた点を用いての抗議に功を奏し、過半数を米国政

府に握られている国連も道理と正義に則り、そして理不尽を振りかざ

せないほどに敵を作ってしまったとして、米国を叩く他なくなってし

まった。

 ここまでのことを、作戦が終了してものの1時間で済ませてしまっ

た。やはり用意をしておけば簡単かつ思い通りにことを運ぶことが

できる。以前ほど余裕がない訳ではないので、ここまで大掛かりな根

回しができたというものだった。

 作戦参加部隊の順次撤退の指示で騒々しい発令所内で独り、丸椅子

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に腰掛けて弘前産コーヒーモドキを飲む。

 普段ならば絶対に飲まないものだが、今日は気分がいいので美味し

く感じてしまう。その辺に生えている雑草の根を燻したものだろう

が、そんなことはどうでもよかった。

「香月博士、ご報告です」

「何」

「鑑少尉の意識が回復しました」

「続けなさい」

 成人もまだしていないであろう衛生兵が、たどたどしく鑑の状況説

明を始める。

 作戦の最中に発狂した鑑は、衛生兵によって鎮静剤を投与された

後、基地の医療スタッフに引き渡された。診断の結果は恐らくPTS

Dであろう、とのこと。それはアタシも同じ考えだったので聞き流し

たが、それ以外の点で気になることがあった。

「脳波を計測したところ、常人よりも使用領域が広いことが分かりま

した」

 つまるところ、普段人間が無意識に使用を制限している脳が、ある

程度の制限が解除された状態で機能しているということらしい。

 サヴァン症候群という病気が存在しているが、あの病気は一般的に

自閉症と関連のあるものとされている。しかしそれ以外の原因とし

て、後天的に発症する例がある。それは、何らかの理由で脳または神

経の中枢に損害または状態異常を起こした場合にも発症する、という

ものだ。

 それに関連付けるのならば、サヴァン症候群と鑑の症例がイコール

では繋がらないが、脳へ先天的または後天的に損害または状態異常を

起こしたため、制限されていた機能が解放されてしまったというも

の。

 この場合、一番に関連のあるものすれば、"前の世界"からの因果

やそれに関わる記憶。つまり、自身の脳が脳でなかった時の状態だ。

これはつまり彼女の認知するところの後天的状態異常であり、そもそ

もそうなる以前には損害を受けている。仮説としては矛盾点も恐ら

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くない。サヴァン症候群は近いから選んだだけで、説明しやすかった

から選んだだけだ。

 話を戻すと、鑑は脳の機能に異常が見られるとのこと、というのが

医者の見解だった。

「今は普通に話せているのよね?」

「はい。目を覚ました後、自身が病室にいることに驚いていました。

発令所で何があったかは覚えていない様子でしたが、いつも基地内で

見られるような雰囲気に戻っておられます」

「分かったわ。そのまま戻らせて。念の為に薬を出しておいてもらえ

る? 鎮静剤、向精神薬とかその類。彼女にはめまいや頭痛がした時

に飲むように言えばいいわ。鑑はバカだから、それだけで納得する

わ」

「り、了解しました」

 ひとまず鑑のことは置いておきましょう。十中八九、彼女は00ユ

ニットとしての機能を取り戻そうとしている。否。因果がそうさせ

ようとしているのだろう。その証拠にG弾投下のタイミングでの錯

乱だったのだ。

 少し発令所の空気が和らぎ始めたこの瞬間、またもや事態が動き出

す。

「ハイヴ東側未発見の門より戦術機が出現」

「数は」

「1機のみです」

 まだ掃討戦はハイヴ地下へ移っていないはず。となると、G弾投下

直前に突入した部隊だろう。さして興味もなかったが、CP将校の続

けた報告が、アタシの意識を切り替えさせたのだ。

「国連軍所属 第403任務部隊、レイヴン隊です!」

「詳細を報告しろ!」

「米国から投下されたG弾なるものの投下直前に、ハイヴへ突入した

隊と思われます。当時は重金属雲の影響で詳細までは分かりません

でしたが、今は問題なく情報を収集できています。第403任務部

隊、香月博士直属の戦術機甲部隊。当初は2機1個分隊だったようで

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すが、僚機を失っている様子」

 僚機を失っている、という言葉に衝撃を受ける。

 レイヴン隊、つまり白銀とまりもの隊のことだ。2人が撃墜される

ことは考えはしたが、可能性は限りなく低いと見積もっていた。だ

が、アタシの予測は外れたことになる。

 どちらかが撃墜されている。どちらかが死んだ、ということなの

か。

「レイヴン1、神宮司機です」

 白銀、か。

 アタシの脳はその情報を聞いた瞬間に、別のことを考え始める。彼

が死んだとなれば、オルタネイティヴ計画の今後に大きく関わる。彼

がいなければ円滑に進まないことだってあった。彼にしか頼めない

ことも。そして、こんなこともあるだろう、なんて何処か諦観したよ

うな感覚も持ってしまう。

 因果律量子論。その理論は多次元並行世界を説いたものであり、少

しずつ違う選択肢を取った世界が何重にも重なり、樹形図のように枝

分かれして存在しているもの。"この世界"の白銀 武とアタシは、

よりよい未来を掴むことができなかったということに他ならなかっ

た。

「いいわ。レイヴン隊は至急撤退。A─01から迎えを出して」

「了解」

 簡単な指示だけを出し、再び丸椅子に腰掛ける。先程とは違う感覚

を持ちながら。

 しかし、未来は予知できることはできないが、予測することはでき

る。それは統計データから導き出される、いわゆる結果に過ぎない。

だからこそ、アタシは幾重にも折り重なる事象全てに人間は対処でき

ない、そう考えていた。

 突然、発令所内に警報が鳴り響く。何事かとCP将校たちが事態の

情報収集を始めた。そして、いの一番に報告したのが、基地の異常事

態だった。

「だ、第7ブロックから戦術機が強奪されました!?」

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 サブモニタから正面モニタに仙台基地の地下格納庫からせり上が

るエレベータの状況が映し出される。

「何処の誰だ?!」

「は、は! ……え、閲覧不可?!」

「何?!」

 基地司令が狼狽える。この発令所は、基地の中でもトップクラスの

セキュリティが充てがわれており、管理者・権限が共に基地司令のも

のになっている。そんな発令所で見れない情報等ないはずなのだ。

それなのに閲覧ができない。

 それもそのはずだ。なぜなら、トップクラスというが、一番ではな

いからだ。

 エレベータは地上層に到達。その機体の映像が正面モニタに映し

出された。

「F─14……」

「どこの部隊だ!!」

「閲覧不可のままです! 映像視認……部隊不明! 肩部装甲ブロッ

クに部隊識別表が印字されていません!」

 その機体は、最後の拘束具であるキャットウォークとガントリーを

強制排除し始めた。力技に訴えて強引にエプロンに出てくると、カタ

パルトに脚部の固定を始める。しかし、アレはこちらからの操作がな

ければ作動しない。そのはずだった。

「カタパルト起動!」

「即応部隊を出せ!」

 激憤する基地指令に、アタシは待ったをかけた。

「お待ちになってください、司令」

「こ、香月博士……! 何を」

「アレは私の部隊の機体ですわ」

 チラッと視線を少女の方に向ける。社はこちらを向いていた。表

情はいつものようにあまり変化は感じられないが、雰囲気で分かる。

申し訳なさそうにしているのだ。ということは、社がカタパルトの操

作をしたのだろう。

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 外していなかったヘッドセットから、あの子に向かって話しかけ

る。

「アンタ、何をしているのか分かっているのよね?」

『分かっていますよ』

 バストアップウィンドウは表示されない。それでも声を聞いて確

信した。やはり、あの子だった。

「アンタらは揃いも揃ってまぁ……」

『帰って来たら怒られます。だから、今は……』

「怒られるで済むわけないじゃない。キャットウォークとガントリー

を壊して、どうせ格納庫でも色々やってきたんでしょ?」

『あー……えへへっ』

 小さく溜息を吐き、アタシは司令の方に向き直る。

「彼女の出撃はこちらの予定通りですわ、司令」

「し、しかしだな」

「どうやら指示を忘れている者が多かったようで。もしかしたら、本

責を忘れて、他事にかまけている者が多いのではないでしょうか?」

 それだけを言うと、司令は黙る。もう何も言えない。

 それに、彼女が動いたということは、まだ望みはあるのかもしれな

い。まだ諦めるには早すぎるのだろう。

「……慣れない機体でも行くのね?」

『はい。この子しか今はいませんから』

「いいわ。行きなさい」

『了解!』

 アタシの管理下にある戦術機は、彼女の言う通りF─14しか今は

動かせるものがない。A─01は予備機も久留里にあり、それは訓練

部隊ものも予備の予備として持っていってある。そうなると、残って

いるのは教官機とF─14だけ。選ぶこともできないのだ。

 CP将校にカタパルト射出の指示を出し、F─14は単機で空へ舞

い上がる。発令所にいる誰もが、訳もわからない存在も知らなかった

F─14を呆然と見送ることしかできなかった。だが、アタシを含め

た2人だけは、彼女が何を成すために往くのかを確信していた。

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