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MEDICAL IMAGING TECHNOLOGY Vol. 34 No. 1 January 2016 3 特集認知症における画像モダリティ最前線 MRI 構造画像を用いた Voxel-based morphometry 山下 典生 1 要 旨 Voxel-based morphometry VBMは近年盛んに行われている MRI 構造画像を用いた脳体積解析手法で ある従来のマニュアル操作による関心領域法に比して労力が少なく全脳を客観的に評価できる点が 大きな利点である脳萎縮を伴う精神疾患や神経疾患での応用が先行したが現在では脳科学研究にも 広く用いられ脳体積解析の代表的な手法のひとつとなっている本稿では VBM を支える技術的基盤 である脳組織の自動分離抽出法セグメンテーションと解剖学的標準化を中心に注意点や応用例に ついても解説するキーワードVoxel-based morphometryMRIセグメンテーション解剖学的標準化 Med Imag Tech 34 1):3-7, 2016 1. はじめに Voxel-based morphometryVBMは脳体積解 析手法のひとつであり近年では脳研究に欠か せない代表的な手法としてその地位を確立して いるVBM の解析手法にはさまざまなバリエー ションがあるがその軸となっているのはセグ メンテーションとよばれる脳組織特に灰白質 と白質の自動分離抽出法と解剖学的標準化な どとよばれる脳形態の変形手法であるVBM はこれらの画像処理技術が発展することによっ 客観的かつ簡便な脳体積解析手法として広 く用いられるようになってきたVBM に対する 古典的な手法としてマニュアル測定が挙げられ るが労力が多く関心領域とよばれる研究対 象となる脳領域をあらかじめ決定して測定を行 うことにより解析対象部位が限定されてしま う等の弱点があるこれらの弱点を克服し動処理によって客観的に全脳を対象とすること のできる VBM 現在では医学分野の応用に 留まらず脳科学の分野にも幅広く応用されてい このようにVBM はその有用性から現在幅広 く用いられているが処理のほとんどが自動で 行われるため内部の計算アルゴリズムに対す る理解や解析結果に対する品質管理が不十分に なりがちであるなどの落とし穴もある本稿で はこれらの点も踏まえながらMRI 構造画像を 用いた VBM について現在世界で最も用いら れている statistical parametric mappingSPM 1での処理を中心にして解説する2. 脳組織の自動分離抽出 セグメンテーションMRI 構造画像を用いて VBM を行う際に最も よく用いられるのが 3D グラディエントエコー 撮像法による T1 強調画像 3D-GRE T1 画像ある3D-GRE T1 画像が用いられる理由は 510 分程度の比較的短い時間で灰白質白質コ ントラストの高い三次元画像が得られるためで ある通常の脳体積解析では灰白質を対象とす る場合が多く脳画像解析分野において単にセ グメンテーションとよばれる灰白質白質脳脊髄液などの脳組織の自動分離抽出処理が行 われるセグメンテーションの最も単純なもの としては閾値による対象物の分離が考えられる 頭部 MR 画像においては静脈や神経筋肉 などが灰白質と同等の信号を示すため閾値に 1 岩手医科大学医歯薬総合研究所超高磁場 MRI 診断病態研究部門026-3694 紫波郡矢巾町西徳田 2-1-1e-mail: [email protected] 論文受付2015 10 7 1http://www.fil.ion.ucl.ac.uk/spm/

MRI 構造画像を用いた Voxel-based morphometry

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MEDICAL IMAGING TECHNOLOGY Vol. 34 No. 1 January 2016 3

特集/認知症における画像モダリティ最前線

MRI構造画像を用いた Voxel-based morphometry

山下 典生 *1

要 旨Voxel-based morphometry(VBM)は近年盛んに行われているMRI構造画像を用いた脳体積解析手法で

ある.従来のマニュアル操作による関心領域法に比して労力が少なく,全脳を客観的に評価できる点が大きな利点である.脳萎縮を伴う精神疾患や神経疾患での応用が先行したが,現在では脳科学研究にも広く用いられ,脳体積解析の代表的な手法のひとつとなっている.本稿では VBMを支える技術的基盤である脳組織の自動分離抽出法(セグメンテーション)と解剖学的標準化を中心に,注意点や応用例についても解説する.キーワード:Voxel-based morphometry,MRI,セグメンテーション,解剖学的標準化Med Imag Tech 34(1):3-7, 2016

1. はじめに

Voxel-based morphometry(VBM)は脳体積解析手法のひとつであり,近年では脳研究に欠かせない代表的な手法としてその地位を確立している.VBMの解析手法にはさまざまなバリエーションがあるが,その軸となっているのはセグメンテーションとよばれる脳組織,特に灰白質と白質の自動分離抽出法と,解剖学的標準化などとよばれる脳形態の変形手法である.VBMはこれらの画像処理技術が発展することによって,客観的かつ簡便な脳体積解析手法として広く用いられるようになってきた.VBMに対する古典的な手法としてマニュアル測定が挙げられるが,労力が多く,関心領域とよばれる,研究対象となる脳領域をあらかじめ決定して測定を行うことにより,解析対象部位が限定されてしまう等の弱点がある.これらの弱点を克服し,自動処理によって客観的に全脳を対象とすることのできる VBMは,現在では医学分野の応用に留まらず脳科学の分野にも幅広く応用されている.

このように,VBMはその有用性から現在幅広く用いられているが,処理のほとんどが自動で行われるため,内部の計算アルゴリズムに対する理解や解析結果に対する品質管理が不十分になりがちであるなどの落とし穴もある.本稿ではこれらの点も踏まえながら,MRI構造画像を用いた VBMについて,現在世界で最も用いられている statistical parametric mapping(SPM1))での処理を中心にして解説する.

2. 脳組織の自動分離抽出(セグメンテーション)

MRI構造画像を用いて VBMを行う際に最もよく用いられるのが 3Dグラディエントエコー撮像法による T1強調画像(3D-GRE T1画像)である.3D-GRE T1画像が用いられる理由は 5~10分程度の比較的短い時間で灰白質・白質コントラストの高い三次元画像が得られるためである.通常の脳体積解析では灰白質を対象とする場合が多く,脳画像解析分野において単にセグメンテーションとよばれる,灰白質・白質・脳脊髄液などの脳組織の自動分離抽出処理が行われる.セグメンテーションの最も単純なものとしては閾値による対象物の分離が考えられるが,頭部MR画像においては静脈や神経,筋肉などが灰白質と同等の信号を示すため,閾値に

*1 岩手医科大学医歯薬総合研究所超高磁場MRI診断・病態研究部門〔〒026-3694 紫波郡矢巾町西徳田2-1-1〕

e-mail: [email protected]

論文受付:2015年 10月 7日 1)http://www.fil.ion.ucl.ac.uk/spm/

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よる分離抽出では不十分なことが明らかである(図 1).このため,あらかじめ作成しておいた各組織の存在確率マップを同時に用いて,空間的位置による脳組織らしさの重みを付けるという手法が用いられる(図 2).ただし,実際には得られた頭部画像と組織の存在確率マップとの位置の対応関係がないため,これらの重ね合わせをまず始めに計算する必要がある.しかし,実際のMR画像には信号受信コイルの感度不均一などに起因する信号むらが含まれており,この重ね合わせ処理の障害となる上,この信号むらは閾値処理をも不完全にするという複合的な問題となっている.したがって,質の高いセグメンテーション結果を得るには,画像の信号むらを克服しながら既知の組織存在確率マップを個人脳に重ね合わせ,さらに組織ごとの信号分布を推定・分離する処理が必要となる.これらをまとめて解決しようとする試みが Ashburnerらによる Unified segmentationであり[1],単一の評価関数にこれらの問題をすべてまとめて最適化することで高いセグメンテーション精度を達成している.近年ではさらなる精度向上を目指して,頭蓋骨や頭皮組織等の頭部組織の確率マップを増やしたり,既存の手法で脳抽出を最初に行って対象を脳組織に限定してから信号値によるクラスタリングを行う手法などが提案されている.

3. 解剖学的標準化

セグメンテーションによって分離抽出した画像をテンプレートとよばれる基準画像に形態的に合わせ込む処理を anatomical normalizationとよび,解剖学的標準化と訳される.この処理によって個人脳の形態差をなくす一方で,脳体積の大小をボクセル密度によって表し,同一空間 座標系での個人間の脳体積の比較を可能とする.基準画像への形態の合わせ込み処理には現在さまざまなアルゴリズムが提案されている.大まかな空間的位置とサイズ合わせの処理としてアフィン変換の適用が一般的であるため,SPMでは頭部画像全体を利用してアフィン変換のパラメータを最適化した後に,計算範囲を脳領域に限定して再度パラメータの最適化を行う 2段階の処理を行っている.その後は非線形変換を用いてより詳細な,局所的な形態の合わせ込みを行うことが一般的である.SPMはもともと空間分解能が比較的低いPET画像の解析用に作成されたため,この非線形変換には当初計算量が少なく最適化しやすい離散コサイン変換が用いられたが,VBMが発展するにつれてより詳細で正確な形態変形手法が求められるようになり,最近の SPMでは diffeomorphic anatomical registration using expo-nentiated lie aglebra(DARTEL)というより高次の非線形変換手法が実装されている(図 3).その他にも脳形態の非線形変換手法にはさまざまなものが提案されており,手法間の精度比較を行った研究も報告されている[2].解剖学的標準化の際の形態変形に伴う重要な処理として,形態変形の伸縮の程度に応じてボクセル値を調整するモジュレーションという処理がある(図 4).モジュレーションは,初期の VBM解析の手順には含まれていなかったが,もしもモジュレーションを行わない解剖学的標準化が完全に行われたら個人間の差はゼロとなり,体積差の解析が不可能であるという理論的矛盾への批判などもあり[3],この手順が導入されることとなった.実際には解剖学的標準化が完全に行われることはなく,特定の疾患に対してモジュレーション処理に注意を喚起している報告などもあるが[4],理論上の優位性から現在標準的な VBM手法にはこのモジュレー

図 1 閾値設定のみによるセグメンテーション.

図 2 閾値処理に確率マップを併用したセグメンテーション.

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ション処理が組み込まれている.

4. VBMにおけるその他の画像処理

セグメンテーションと解剖学的標準化が行われた後の各個人の画像は位置・サイズ・形態が標準座標系とよばれる空間上に揃っているため,各空間的位置が個人間においても同一の脳部位を指し示すと考えられる.したがって各空間的位置,より具体的には各ボクセルにおいて個別に統計解析を行うことができ,これを全ボクセル分繰り返すことによって全脳の客観的な体積解析が可能となる.実際には前述の通り解剖学的標準化が完全に行われることはないため,統計解析の前に脳形態の個人差をさらに低減するため半値幅 8 mm程度の画像平滑化を行い,さらに閾値設定やマスク画像を用いて解析範囲を脳実質内に限定することが一般的である.

5. 多重比較の補正

VBMではボクセルごとの統計学的検定を全脳にわたって繰り返すため,検定回数は数十万~百万回以上に達し,したがって,擬陽性を抑えるための多重比較の補正が必要となる.

現在最新の SPMにおける VBM用の多重比較の補正法には,一番基準の厳しいボンフェローニ補正と,隣り合うボクセルの空間的繋がりを考慮にいれた topological false deiscovery rateとよばれる補正法が選択できるようになっている[5].

6. VBM解析の品質管理

これまでみてきた通り,VBMの精度はそのほとんどがセグメンテーションと解剖学的標準化の正確性に依存している.したがって,セグメンテーション処理によって灰白質・白質の自動抽出がうまく行われているか,解剖学的標準化によって脳形態がテンプレート画像にうまく合わせ込まれたかを一例一例きちんと確認することが非常に重要である.筆者の経験では,特に脳腫瘍や脳出血・梗塞,頭部外傷などの患者のデータでは病変が広範囲におよぶため,原理上通常のセグメンテーションや解剖学的標準化ではうまく処理できないことが多い.また,高齢者のデータでは白質病変が目立つことが多く,3D-GRE T1画像において白質病変は灰白質様の信号を示すため,病変部位が誤って灰白質とし

図 3 解剖学的標準化による脳形態の合わせ込み(左からアフィン変換,離散コサイン変換,DARTEL,テンプレート画像).

図 4 モジュレーション処理によるボクセル値の調整(左:モジュレーションあり,右:なし). 図 5 高齢者データにおける白質病変の誤抽出例.

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て抽出されることがある(図 5).これらの問題を回避するには,病変部位のマスクや,誤抽出部位の除去等のマニュアルによる作業が必要になることもある.さらに,上に挙げた画像処理の問題以外の注

意点として,元画像の品質管理の重要性も強調したい.セグメンテーションと解剖学的標準化の精度がどれだけ高まっても,元画像の品質が低ければ当然解析結果の精度は低下する.撮像中に被験者が頭部を動かしたことにより,ぼやけた画像が得られることはまれではない.また,MR画像にはそのほかにも画質を劣化させるアーチファクトがさまざまあり,これらを可能な限り低減させることが VBMの精度向上に繋がる.現在では多施設研究のため撮像パラメータの調整による装置間での画質の均てん化や,画質の経時的安定性・再現性などについての検討も行われている.

7. VBM解析例と応用例

図 6に VBMの解析例を示す.英国の公開データベースである IXI-database 2)の中から健常者 55名のデータを用いて,年齢と灰白質の負の相関をみたものである.前頭葉内側を中心に,全脳のさまざまな部位で年齢と灰白質容積の負の相関が示され,加齢による脳萎縮が反映された結果となっている.

VBMの脳医学・脳科学研究への応用は幅広く,統合失調症などの精神疾患や認知症などの神経疾患をはじめ[6, 7],ジャグリングや集中的な学習による灰白質体積の増加なども報告されている[8, 9].

8. まとめ

VBM解析は客観的かつ簡便に全脳体積を解析できる手法として幅広く利用され,個々のアルゴリズムは現在も発展を続けている.最近ではさらに,元画像の品質やデータ品質の一貫性なども注目され,より高い精度を目指したさまざまな研究や技術開発が日々行われている.VBMは今後も脳体積解析の代表的な手法として,さまざまな分野で利用されていくと予想される.

文 献[ 1] Ashburner J, Friston K: Unified segmentation. Neuro-

image 26: 839-851, 2005[ 2] Klein A, Andersson J, Ardekani BA, et al.: Evalua-

tion of 14 nonlinear deformation algorithms applied to human brain MRI registration. Neuroimage 46: 786-802, 2009

[ 3] Bookstein FL: “Voxel-based morphometry” should not be used with imperfectly registered images. Neuroimage 14: 1454-1462, 2001

[ 4] Eckert MA, Tenforde A, Galaburda AM, et al.: To modulate or not to modulate: Differing results in uniquely shaped Williams syndrome brains. Neuroimage 32: 1001-1007, 2006

[ 5] Chumbley J, Worsley K, Flandin G, et al.: Topologi-cal FDR for neuroimaging. Neuroimage 49: 3057-3064, 2010

[ 6] Wright IC, McGuire PK, Poline JB, et al.: A voxel- based method for the statistical analysis of gray and white matter density applied to schizophrenia. Neuroimage 2: 244-252, 1995

[ 7] Karas GB, Burton EJ, Rombouts SA, et al.: A compre-hensive study of gray matter loss in patients with Alzhei-mer’s disease using optimized voxel-based morphome-try. Neuroimage 18: 895-907, 2003

[ 8] Draganski B, Gaser C, Busch V, et al.: Neuroplasti-city changes in grey matter induced by training. Nature 427: 311-312, 2004

[ 9] Draganski B, Gaser C, Kempermann G, et al.: Tem-poral and spatial dynamics of brain structure changes during extensive learning. J Neurosci 26: 6314-6317

図 6 VBM解析例:健常者における年齢と灰白質との負の相関.

2)http://www.brain-development.org/

Med Imag Tech Vol. 34 No. 1 January 2016 7

Voxel-based Morphometry Using Structural MRI

Fumio YAMASHITA *1

*1 Iwate Medical University

Voxel-based morphometry (VBM) is a widely-used image analysis technique for brain morphometry using struc-tural MR images. VBM is advantageous in that it can evaluate the whole brain objectively, without laborious and time-consuming manual intervention. It has become a major analysis technique since it was firstly applied to psycho-logical and neurological diseases accompanying cerebral atrophy, and is now also applied to cognitive sciences fields. In this paper, VBM is summarized focusing on two essential algorithms, segmentation and normalization, including cautions and applications.Key words: Voxel-based morphometry, MRI, Segmentation, Anatomical normalizationMed Imag Tech 34(1): 3-7, 2016

山下典生(やました ふみお)2000年会津大学コンピュータ理工学部ソフトウェア学科卒.2005年筑波大学大学院修士課程医科学研究科医科学専攻了.2011年同大大学院博士課程人間総合科学研究科病態制御医学了.医学博士.現在,岩手医科大学医歯薬総合研究所超高磁場MRI診断病態研究部門助教.医用画像処理,医用情報システム開発等に従事.

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