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多層 MEMS ウェハのレーザーダイシング技術開発 レーザー加工計測研究チーム 藤田雅之、井澤友策 1 、鶴見洋輔 1 福士秀幸 2 、田中秀治 2 、宮永憲明 1 、江刺正喜 2 1 大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 2 東北大学工学研究科 パイレックスガラス(300μm)と Si(300μm)を貼り合わせた多層 MEMS ウェハの ダイシングラインに沿って Si 層のみにレーザーで内部加工を施した後、チップに割断。 パルス幅 200ns のファイバーレーザーを用いて平均速度 100mm/s で加工。 写真は割断後の圧力センサを模擬した試料(3mm 角)の SEM(走査型電子顕微鏡)像。 研究の目的:ドライ環境下での多層 MEMS ウェハのレーザーダイシング技術の開発。 今後の応用・発展:様々な構造を持つ MEMS デバイスへの適用 連絡先:TEL 06-6879-8732 FAX 06-6879-8732 E-mail [email protected]

多層MEMSウェハのレーザーダイシング技術開発 - ILT写真は割断後の圧力センサを模擬した試料(3mm角)のSEM(走査型電子顕微鏡)像。

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Page 1: 多層MEMSウェハのレーザーダイシング技術開発 - ILT写真は割断後の圧力センサを模擬した試料(3mm角)のSEM(走査型電子顕微鏡)像。

多層 MEMS ウェハのレーザーダイシング技術開発

レーザー加工計測研究チーム

藤田雅之、井澤友策 1、鶴見洋輔 1、

福士秀幸 2、田中秀治 2、宮永憲明 1、江刺正喜 2 1大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 2東北大学工学研究科

パイレックスガラス(300μm)と Si(300μm)を貼り合わせた多層 MEMS ウェハの

ダイシングラインに沿って Si 層のみにレーザーで内部加工を施した後、チップに割断。

パルス幅 200ns のファイバーレーザーを用いて平均速度 100mm/s で加工。

写真は割断後の圧力センサを模擬した試料(3mm 角)の SEM(走査型電子顕微鏡)像。

研究の目的:ドライ環境下での多層 MEMS ウェハのレーザーダイシング技術の開発。

今後の応用・発展:様々な構造を持つ MEMS デバイスへの適用

連絡先:TEL 06-6879-8732 FAX 06-6879-8732 E-mail [email protected]

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多層 MEMS ウェハのレーザーダイシング技術開発

レーザー加工計測研究チーム

藤田雅之、井澤友策 1、鶴見洋輔 1、

福士秀幸 2、田中秀治 2、宮永憲明 1、江刺正喜 2 1 大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 2 東北大学工学研究科

1.はじめに

従来、MEMSウェハのダイシングにはダイヤモンドブレ

ードが用いられてきたが、接触式のダイシング手法である

ため加工時のストレスが大きく、脆弱構造を有するMEMS

用のダイシングに適しているとは言い難かった。また,加

工時に掛かる負荷だけでなく、ブレードを冷却し研磨粉を

取り除くために研削水をかけ続ける必要があり、これによ

る MEMS 構造内へのゴミの進入および乾燥時の貼りつき

が問題となっていた。このようなことを避けるため、一般

的にダイシング前にレジストで構造を保護する等の対策

が立てられるが、そのために余計な工程が複数必要になり

MEMS 設計時の制約となっている。このような背景から,

MEMS に適した低ストレスかつドライでゴミの発生しな

い新たなダイシング手法の登場が望まれている。

低ストレスを実現するためには非接触のダイシング手法

を用いる必要がある。レーザーアブレーションによる方法

1)が候補の一つであるが、この手法ではデブリの発生が避

けられないためダイシング後に洗浄を行わねばならない。

グリーンレーザーとウォーターガイドを用いたレーザー

マイクロジェット 2)と呼ばれる手法を用いれば、デブリを

洗い流しながら加工できるが、これは MEMS への水の進

入が問題となる。これらの問題を完全に解決する手法とし

て内部加工を利用するステルスダイシング 3,4)が期待され

ているが、Si以外のウェハへの対応はまだ十分ではく、装

置が非常に高額である。

我々は積層構造 MEMS ウェハをレーザーによってデブ

リなしに低ストレスで分割する技術開発を行っている。

MEMS の代表的な構造はガラス/Si 接合体である。本研究

ではNd:YVO4レーザー、Ybファイバーレーザーを用いて、

テンパックスガラスウェハやSiウェハに内部加工を施し、

その割断に必要な曲げ応力を測定した。また、CO2レーザ

ーをガラスウェハ表面に照射し熱応力を加えることでチ

ップへの分割を試みた。これらの実験で得られた最適な条

件で積層構造試料の割断を行ったのでそれらについて述

べる。

2.実験方法

開発しているレーザーダイシング法はレーザーによる

ウェハの内部加工およびそれに伴う表面への亀裂の発生、

曲げ応力や熱応力によるウェハのチップ化のプロセスか

らなる。図1にそのプロセスフローを示す。レーザー加工

においては、そのパルス幅や波長は重要な要素の一つとな

るため、これらのプロセスにおける最適な照射条件を実験

的に求めることが不可欠となる。

(b) Second step (Non -contact separation)

Reflectiveobjective lens1 pass

scanning

Crack propagation

Target

Ti:Sapphire laser or

Nd: YAG laser

(b) Second step (Contact separation)

Blade

Supporting point

CO 2 laser

Target

(b) Second step (Non -contact separation)

Reflectiveobjective lens1 pass

scanning

Crack propagation

Target

Ti:Sapphire laser or

Nd: YAG laser

(b) Second step (Contact separation)

Blade

Supporting point

CO 2 laser

Target

図1 レーザーダイシングのプロセスフロー

実験では安定した高繰り返しパルスを発生させる

Nd:YVO4レーザー(またはNd:YAGレーザー)とYbファ

イバーレーザーを用いてウェハ内部加工を行った。

Nd:YVO4レーザーと Nd:YAG レーザーは同等の性能を有

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図3 3点曲げ応力測定装置

Flipper mirror

Condenser lens

CCD Camera(for Visible)

Polarizer

Ge window

CO2 laser

Ti:Sapphire laser (pulse width 100 fs)

Nd:YAG laser (pulse width 10 ns) Illuminator

Iris

Programmable 4 axes stage( x, y, z, θ )

Objective lens (NA:0.7, Reflective)

CCD Camera(for NIR)

Long pass filter(cut off 1200 nm)

CCD Camera(for Visible)

Flipper mirror

Condenser lens

CCD Camera(for Visible)

Polarizer

Ge window

CO2 laser

Ti:Sapphire laser (pulse width 100 fs)

Nd:YAG laser (pulse width 10 ns) Illuminator

Iris

Programmable 4 axes stage( x, y, z, θ )

Objective lens (NA:0.7, Reflective)

CCD Camera(for NIR)

Long pass filter(cut off 1200 nm)

CCD Camera(for Visible)

図2 レーザー加工システムの概略図

する波長1.06μmのレーザーである。用いたレーザーのパ

ルス幅(FWHM)は10 ns,50 ns,100 ns(Nd:YVO4レー

ザー)、200ns(Ybファイバーレーザー)の4種類、波長

はいずれも 1.06μm である。波長 1.06μm の光は Si に吸

収されために Si ウェハの内部加工に用いることができる

が、ガラスウェハには吸収されない。そのためガラスウェ

ハに対してはパルス幅の短い10ns のNd:YVO4レーザーを

用いて多光子吸収を利用して内部加工を行った。熱応力印

可のためには波長10.6μmのRF励起CW-CO2レーザーを

用いた。また、一部の実験においては比較のために

Ti:Sapphire レーザー(パルス幅 100fs、波長 800nm)を用

いた。

使用したレーザー加工システムの概略図を図2に示す。

ウェハの内部加工にはNA0.8の100倍対物レンズを用いて

レーザー光を集光した。3軸加工ステージの最大速度はXY

軸で700 mm/s、Z軸で100 mm/sである。ポーラス真空チ

ャックを用いてウェハを固定し、レーザー加工を行った。

集光点を厚み方向にシフトさせウェハ内部に多層加工を

行う際は、事前に形成した加工部によるレーザーの散乱を

避けるため、ウェハの奥から表面に向かって加工を行った。

ウェハのアライメントには5倍の対物レンズを用いている。

レーザー加工後のウェハ観察を行うために加工システム

には近赤外顕微鏡・偏光顕微鏡・暗視野顕微鏡の各顕微鏡

機能が搭載されている。

レーザー加工されたウェハはその時点では,チップ化さ

れていないので、後で応力を加えてチップに分離する必要

がある。この分離プロセスの最適化を行うために、加工済

ウェハの完全分離に必要な最大曲げ応力を測定した。

MEMSは一般的に脆弱構造を有しているため、なるべく弱

い力でチップ化することが望まれる。図3に示すような 3

点曲げの装置を用いて評価を行った。装置にはx軸とθ軸

の位置調整機能が付いており、レーザー加工線にブレード

を完全に沿わせることができる。ブレードに加えられる力

はエアシリンダーから供給され、定量的に圧力をモニター

した。本実験の評価用試料として、Si は厚さ 300μm、ガ

ラスは厚さ 500μm、陽極接合されたテンパックスガラス

/Siは厚さ300μm /300μmのものを用いた。

3.実験方法

3.1 10nsレーザーによるダイシング

3.1.1 10nsレーザーで加工されたテンパック

スガラス試料の曲げ応力測定

波長 1.06μm、パルス幅 10ns レーザーを用いることで、

ガラス、Si共に一台のレーザーで内部加工を施すことがで

きる。図4にテンパックスガラス内部に形成される内部加

工のレーザー顕微鏡写真を示す。これはシングルパルス照

射によって作られたもので、(a)が上から見た写真、(b)が側

面から見た写真である。テンパックスガラスに対して、こ

のような内部加工を形成するには80μJ程度のエネルギー

が必要であった。20〜30μmのマイクロクラックが全方向

に向かって発生しているので、ダイシング幅は最小で 60

μm程度になる。深さ方向のアスペクト比は3程度であっ

た。このクラックをビーム掃引によって連続的につなげ、

ウェハを第二プロセスで分離しやすくする。

また、レーザーの集光位置が試料表面に近い場合、この

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20 μm

(a) (b)

図4 シングルショットのレーザーでテンパックスガ

ラス内部に形成されたクラックのレーザー顕微鏡写

真: (a) 上面 (b) 側面から観察。

100μm

100μm

100μm

100μm

(a) 30μm lens defocus (b) 50μm lens defocus

(c) 70μm lens defocus (d) 90μm lens defocus

図5 テンパックス内部に連続的にクラックを形

成した試料表面のレーザー顕微鏡写真。内部集光位

置を制御すると表面へ直線状の亀裂が進展する。 亀裂はウェハ内部にとどまらず表面にまで達する。対物レ

ンズの内部デフォーカス量と表面に発生する亀裂の関係

を図5に示す。デフォーカス量が小さいと、試料表面にラ

ンダムに亀裂が発生する。場合によってはその衝撃で試料

の一部が欠けて飛び出してしまう(アブレーションではな

い)。このような亀裂はダイシングの品質を低下させるの

で好ましくない。一方、デフォーカス量が大きくなるにし

たがって、表面に達する亀裂のランダム性は低減する。デ

フォーカス量70μmの場合、ほぼ直線状に表面に亀裂が発

生するので、これを用いればウェハを弱い力で完全分離で

きる。デフォーカス量が90μm以上になると亀裂は表面に

まで到達しないので、直線状の亀裂を発生させるレンズデ

フォーカス量のプロセスマージンは20 μm程度である。 図6 テンパックスガラス試料を分離するのに必要

な曲げ応力と加工線幅のレーザー走査速度依存性。レ

ーザーのパルスエネルギー125 μJで試料の厚み方向に

5回焦点を移動して内部加工を行った。

これをふまえて、加工済み試料の分離に必要な曲げ応力

および加工線幅の測定を行ったので、その結果を図6に示

す。加工層数 5、パルスエネルギー125μJ、繰り返し周波

数 20 kHz で、レーザーの走査速度を変えた時の結果であ

る。加工速度が上昇するに伴い分離に必要な曲げ応力は若

干増加するものの、15MPa以下と十分弱い曲げ応力での分

離が達成できることがわかる。ここで、加工層数とはレー

ザーの集光点を厚み方向にシフトした回数である。一方、

ダイシング幅に相当する内部クラックの幅は、レーザー走

査速度が低いほど大きくなった。これは,マルチショット

照射によって図4に示したクラックが成長することを意

味する。ダイシング幅はなるべく小さくすることが望まれ

るため、クラックがつながらない程度の走査速度でレーザ

ーをスキャンすることが望ましいといえる。深さ方向にお

いても同様の現象が見られた。5層加工の場合は幅が80μ

m 程度と図4のシングルショット加工に比べて 30 %の成

長がみられるが、2層加工にすれば、ほぼ成長がなく60μ

m程度に抑えることができた。このことから、ガラスウェ

ハは250μm厚に対して1層だけ内部加工を形成するのが

適当といえる。

3.1.2 10nsレーザーで加工されたSi試料の

曲げ応力測定

次に、Siの内部加工に対しても同様の実験を行った。Si

の内部加工断面のレーザー顕微鏡写真を図7に示す。照射

エネルギーが10μJ以上になると長さ方向の加工サイズは

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図8 Si 試料を分離するのに必要な曲げ応力のレーザ

ー走査速度依存性。レーザーのパルスエネルギー10 μJ

で試料の厚み方向に5回焦点を移動し、パルス繰り返し

100kHzで内部加工を行った。

図7 シングルショットのレーザーでSiウェハ内部

に形成された変成部分断面のレーザー顕微鏡写真。

飽和した。また、ガラスと異なり、加工部周囲へのマイク

ロクラックの発生は皆無で非常にアスペクト比の高い加

工が形成された。

ガラスに比べて長尺な加工が形成されたのは、Siの高い

屈折率が寄与している。Siの屈折率は3.6 とテンパックス

ガラスの1.5 に比べて2 倍以上大きいので、レーザーを内

部集光した際に発生する球面収差が非常に大きくなる。こ

のため。内部の1点に集光されずに光軸方向にラインフォ

ーカスしたようにSi内部では集光される。結果として、こ

のような長尺な加工が可能になったと考えられる。また、

ガラスの場合は表面近くに集光すると試料表面に亀裂が

発生したが、Siではそのようなことはなかった。

内部加工を行った Si 試料の分離に必要な曲げ応力の測

定結果を図8に示す。加工層数5、パルスエネルギー10μJ、

繰り返し周波数 100kHz でレーザーの走査速度を変えた時

の結果である。ガラスと同様に分離できたが、分離に必要

な曲げ応力が100MPa以上とガラスに比べて非常に大きい

結果となった。走査速度を上げると1掃引あたりの加工深

さが若干減少し、内部加工が深さ方向に連続的に繋がらな

くなるので、分離に必要な曲げ応力はさらに増加した。ま

た Si の場合、加工線幅が数μm と非常に小さいため連続

的な内部加工が形成されていないと分離の際にダイシン

グラインが加工部からずれてしまうことが明らかになっ

た。

パルスエネルギーが10μJでは表面でのアブレーション

の発生を避けるため、比較的内部フォーカス位置を深くす

る必要がある。このため、図8に示したように未加工部が

50μmほど残ってしまう。そこで、この未加工部を少なく

するため、より低いパルスエネルギーで表面でのアブレー

ションを抑えつつ内部加工を行った。5μJのパルスを用い

た場合、より表面に近い加工が可能になるため未加工部は

20 μm まで低下した。これに伴い分離に必要な曲げ応力

も低下し、73 MPa(押し力 1.6N)まで低下させることが

できた。

3.1.3 10nsレーザーで加工された積層試料の

曲げ応力測定

以上の結果を踏まえて,テンパックスガラス/Si (300μm

/ 300μm)試料の割断に必要な曲げ応力を測定した。積層試

料をレーザー加工する場合、エネルギー損失を考慮してガ

ラス側からレーザーを照射しSi、テンパックスガラスの順

に加工した。レーザー照射条件は、Siに対しては加工層数

6、エネルギー5μJ、繰り返し周波数 100kHz、走査速度

100mm/s、テンパックスガラスに対しては加工層数 5、エ

ネルギー125μJ、繰り返し周波数20kHz、走査速度500mm/s

であった。実験の結果、割断に必要な押し力は 1.9N であ

り、Siの割断に必要な押し力と同程度であることが確認で

きた。ただし、接合試料は割断されやすいガラス層の厚み

がある分、平均的な曲げ応力が小さく表れるため、割断に

必要な曲げ応力で評価すると14MPaであった。

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100μm

Glass/Si (3 mm × 3 mm)

Internal transformation

100μm

Glass/Si (3 mm × 3 mm)

Internal transformation

図9 パルス幅10nsのレーザーでダイシングされた

パイレックスガラス/Si (300μm/300μm)の 2 層構造

体のSEM像。

Pressure sensor (Glass:300/Si:300 μm)

Internaltransformation

Glass

Si

500μm

図 10 レーザーダイシングされた圧力センサ(ガ

ラス/Si:300μm/300μm)のSEM像。

3.1.4 10nsレーザーで加工された積層ウェハ

の割断

て 3mm×3mm 角に分離した積層試料の SEM 像を示す。

レーザー照射条件は、Siに対しては加工層数7、エネルギ

ー27μJ、繰り返し周波数 100kHz、走査速度 100mm/s、パ

イレックスガラスに対しては加工層数5、エネルギー135μJ、

繰り返し周波数20kHz、走査速度500mm/sであった。ダイ

シングラインは内部クラックに完全に沿っており,チップ

に分割する際にもチッピングが発生しなかった。また,表

面アブレーションを行っていないため,デブリフリーで損

傷なく割断できた。

次に、このダイシング技術が実デバイスに対しても有効

であるか確認するため,圧力センサーの割断を行った。図

10に上記の条件で実デバイスを割断しSEMで観察した様

子を示す。ダイヤフラム内にデブリの侵入はなく、内部ク

ラックに沿ってきれいに割断することができている。同じ

サンプルをブレードダイシングで切断した場合には,水が

侵入し多くのデブリが付着していたため、このダイシング

技術が有効であることが示された。

3.2 Si試料の分離に必要な曲げ応力の

レーザーパルス幅依存性

パルス幅10 nsのレーザーを用いると加工済みSi試料の

分離に必要な曲げ応力は73 MPaまで低減できることがわ

かった。しかしながら、この値はテンパックスガラスに比

べると比較的大きく、ガラス/Siの積層ウェハの割断に必要

な曲げ応力はSi層に支配される。ダイシングの際にMEMS

デバイスに大きなストレスをかけないためには、Si層をよ

り弱い力で分離することが求められる。そこで我々は Si

試料の分離に必要な曲げ応力のレーザーパルス幅依存性

について調べた。まず始めに、試料表面近くに内部集光し

た時の表面亀裂の発生について述べる。前述のように10 ns

のパルスを用いた場合、ガラスのようなウェハ表面への亀

裂の進展は確認することができなかった。レーザーパルス

幅を最適化することによって Si においてもそのような亀

裂が発生すれば、テンパックスガラス並みにウェハ分離に

必要な曲げ応力が低下することが期待できる。

図11にパルスエネルギー5μJで、パルス幅10ns、50ns、

100nsのレーザーをレンズデフォーカス量10μmで集光し

た時の表面の様子を示す。10 nsのレーザーを用いた場合、

亀裂の発生は確認できないが、50ns、100ns の場合は亀裂

を確認することができた。ただし、50 nsの場合は亀裂の形

成範囲が非常に狭く、安定して表面に直線状に亀裂を形成

できなかった。一方100 nsのレーザーを用いた場合は表面

亀裂を発生させるレンズデフォーカス量のプロセスマー

ジンが5μm程度あった。このことから,Siの場合は100 ns

より長いパルスが適していることが明らかになった。

次に、Nd:YVO4レーザーと共にYbファイバーレーザー

(パルス幅200ns)を用いてSiウェハの分離に必要な曲げ

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10 μm(a) 10 ns (b) 50 ns

unstable

(c) 100 ns

stable

10 μm

図 11 レーザーで内部加工された Si ウェハ表面のレ

ーザー顕微鏡写真。用いたレーザーのパルス幅は (a)

10 ns、(b) 50 ns、and (c) 100 ns。50ns以上のパルス幅の

レーザーを用いると表面への亀裂の進展が安定的に

形成され、割断しやすくなる。

図 12 Si ウェハの分離に必要な曲げ応力のレーザー

パルス幅依存性。試料の厚み方向に 13 回集光点を移

動し、レーザーのパルスエネルギー5 μJ で加工。

応力のレーザーパルス幅依存性を調べた。測定結果を図12

に示す。パルスエネルギーは 5μJ、パルス送り間隔 1μm

でスキャンし、深さ方向は全面に加工できるよう 13 層形

成している。グラフから明らかなようにレーザーパルス幅

が増加するにしたがい分離に必要な曲げ応力が低下して

いる。このことからもSiの内部加工に対してはロングパル

スの方が適していることがわかる。特に200nsパルスを用

いた場合は加工されたチップは非常に分離しやすくなっ

ており、その大半が測定前の段階で完全に加工線に沿って

分離した。このことから200nsのパルス幅のレーザーを用

いた場合チップ化に必要な曲げ応力は前述のテンパック

スガラスより低いことが明らかになった。

4. 新たなレーザーダイシング法

これまでガラス/Si から構成される多層試料のダイシン

グのために、各層にレーザー加工を施して割断する手法の

最適化を進めてきた。ところが、ガラス/Si積層試料の場合、

陽極接合面にストレスがかかっており、この均一ではある

が微弱なストレスをレーザー加工により局所的に集中さ

せ、割断に利用できることが見いだされた。すなわち、ガ

ラス/Si積層試料のSi層のみにレーザー内部加工を施すと、

ガラス層への内部加工無しで割断が可能であることが明

らかとなった。さらに、Si層のみにレーザー内部加工を施

した上にCO2レーザーで熱応力を加えると、より小さい力

で積層ウェハの割断が可能となることが見いだされた。

パルス幅 50ns の Nd:YVO4 レーザーを用いてガラス/Si

多層試料(厚さ 300μm/300μm)の Si 層だけに内部加工

を施して機械的応力で割断を試みた。レーザー光はSi側か

ら入射した。レーザー照射条件は、加工層数13、エネルギ

ー5μJ、繰り返し周波数100kHz、走査速度100mm/sであっ

た。ガラス/Si の界面は若干加工されていると思われるが、

ガラスの内部加工は行わなかった。割断に必要な曲げ応力

を測定すると 22MPa であった。同様の実験をパルス幅

100ns のNd:YVO4レーザーとパルス幅 200ns のYb ファイ

バーレーザーを用いて行ったが、いずれの場合も割断に必

要な曲げ応力は13〜14MPaまで低下した。

さらに、パルス幅50nsのNd:YVO4レーザーを用いてSi

層だけに内部加工した試料に Si 側から CO2レーザーを照

射し熱応力を加えると、割断に必要な曲げ応力は 4.6MPa

まで低下した。割断後のチップの SEM 像を図 13 に示す。

ガラスの割断面は平滑であり、品質の高いダイシングを実

現することができた。

図 10 と同じ圧力センサーをパルス幅 200ns のYb ファ

イバーレーザーを用いてSi層だけに内部加工を施し、機械

的応力を加えて割断した結果をFig.18に示す。圧力センサ

ーの構造に影響を与えることなく低ストレス且つデブリ

フリーで割断に成功した。

5. まとめ

レーザーを用いて多層ウェハレベル接合体の低ストレ

スダイシング技術開発を行っている。多層 MEMS デバイ

スの代表的な構造材であるテンパックスガラスと Si に対

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図13 Si層だけをパルス幅50nsのレーザーで内部加

工し、加工ラインに沿って CO2 レーザーを照射する

方法でダイシングされたパイレックスガラス/Si (300

μm/300μm)の2層構造体のSEM像。

図14 Si層だけをパルス幅200nsのレーザーで

内部加工してダイシングされた圧力センサ

(ガラス/Si:300μm/300μm)のSEM像。

して、パルス幅10ns、波長1.06μmのレーザーを用いた内

部加工を利用することでダイシングを行った。加工したテ

ンパックスガラスの分離に必要な曲げ応力は10 MPa程度

であり、十分に低ストレスでチップ化することができた。

また,レーザーの内部集光位置がウェハ表面に近い場合、

表面に直線状の亀裂が発生するので、これを用いることで

高い直進性をもつチップ化が可能になることを示した。Si

に対して10 nsのレーザーを用いた場合は、ウェハの分離

こそ問題なくできるが、ウェハ表面に亀裂を発生させるこ

とはできず、その分離に必要な曲げ応力は 73MPa とテン

パックスガラスに比べて大きかった。ガラス/Si積層ウェハ

の各層に内部加工を施して割断した場合、分離に必要な曲

げ応力は Si 層の割断に支配されていることが明らかとな

った。

Si ウェハの分離に必要な曲げ応力を低下させるために

レーザーパルス幅の最適化を行った。レーザーのパルス幅

を100 ns以上に増加させると、Si表面にもガラスと同様に

直線状の亀裂を発生させることができ、10MPa以下の非常

に弱い曲げ応力で加工済みウェハを完全に分離すること

ができた。

接合体の界面ストレスを利用する新たなレーザーダイ

シング手法を見いだした。ガラス/Si 接合体の Si 層のみを

内部加工することで接合体が低ストレスで割断できるこ

とが実証された。さらに、CO2レーザーを内部加工された

Si 側からガラス面に向かって照射し熱応力を加えること

で、さらに低ストレスのダイシングが可能となることが示

された。

謝辞

本研究はNEDO「高集積・複合MEMS 製造技術開発事

業」の一環として実施したものであり、関係者各位に感謝

致します。

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[4] K. Fukumitsu, K. Kumagai, E. Ohmura, H. Morita, K.

Atsumi, and N. Uchiyama, “The mechanism of

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[5] 黒部利次, “YAGレーザによる精密割断技術”, 精

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