Click here to load reader

Kazuya Oguri and Kenichi Murota: Records of endangered ...nh.kanagawa-museum.jp/files/data/pdf/nhr/40/nhr40_015...Kazuya Oguri and Kenichi Murota: Records of endangered aquatic plants

  • Upload
    others

  • View
    7

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • 15

    神奈川自然誌資料 (40): 15-18, Feb. 2019

    秦野市名古木の水田に生育する絶滅危惧植物の記録

    藤吉 正明・深谷 玲奈・市川 佳奈・小栗 和也・室田 憲一

    Masaaki Fujiyoshi, Reina Fukaya, Kana Ichikawa, Kazuya Oguri and Kenichi Murota:

    Records of endangered aquatic plants growing in a paddy field at Naganuki, Hadano City, Kanagawa Prefecture, Japan

    はじめに

     秦野市では 2005年より里地里山保全再生モデル事業がスタートし(里地里山保全再生モデル事業,2005),地元行政を中心とした「生き物の里」と呼ばれる水辺生物保全地区の維持管理活動(秦野市役所,2016)や多くの市民ボランティアグループによる水辺環境の保全を目的とした活動が進められている。中でも秦野市名古木(ながぬき)で水辺環境の保全に取り組むNPO団体の活動場所では,2002年より耕作放棄地の水田を再生し,その後 15年以上にわたりほぼ耕作機械を使用せず,かつ無農薬で有機質の肥料のみを用いた昔ながらの稲作栽培が行われており,現在では生物の生育・生息にとって良好な水辺環境が生み出されている。 その水田では周辺の場所を含めて生物調査が実施されており,多様な動植物が記録されている(NPO法人自然塾丹沢ドン会編,2006,高橋ほか,2007,藤吉ほか,2010)。高橋ほか(2007)や藤吉ほか(2010)では,水田内において全国的にも,神奈川県においても絶滅が危惧されている水生植物ミズオオバコが確認された。しかしながら,それらの調査の多くは水田の一部分,もしくはある時期に限定した調査であり,昔ながらの管理が行われている水田全域の継続的な調査ではなかった。本研究ではNPO団体の活動拠点である秦野市名古木の水田において,新たに全域で詳細な植物相の調査を実施した結果,全国もしくは神奈川県において絶滅危惧種に選定されている水生植物が複数確認されたので,それらの特徴や生育の現状を報告する。 調査地の水田は秦野盆地内の東部斜面に形成された区画整備の行われていない棚田であり,水路はU字溝などの人工物は一切使用されておらず,全て人の手により掘られた自然水路となっている。棚田には中央に山間部から流れ出した小川が存在しており,その水を利用して

    稲作が行われている。本研究では畦で囲まれた区画を「本田」と呼ぶことにするが,その棚田には大小様々な大きさの 30ヶ所の本田が存在していた。その本田は毎年全て代かきが行われているが,その年の都合により稲作が行われない本田も存在した。その本田の内訳は稲作が行われた耕作田が 20ヶ所,稲作が行われなかった休耕田が 10ヶ所であった。それら全ての本田は 1年を通してほぼ冠水状態であり,湿田となっていた。また,本田周辺の畦は稲作栽培の都合上,年に数回の草刈が行われた。棚田の周辺は畑やクリ・ミカンなどの果樹園,雑木林,竹林等が存在していた。

    方 法

     調査は2016年12月から2018年10月までの期間で,基本的に月 2回,合計 42回実施した。調査方法は,各本田において,畦周りの日当たりがよく乾燥した場所とイネが栽培されている本田内の株間を観察し,生育する植物を記録及び採取した。採取した植物は神奈川県植物誌調査会編(2001)及び角野(1994,2014)を活用して種の同定を行った。植物の同定後,高桑ほか(2006)及び環境省(2018)を用いて,記録された植物のレッドリスト掲載の有無やカテゴリーを確認した。

    結果及び考察

     本調査では約 2年間の継続調査の結果,全国もしくは神奈川県において絶滅危惧種(IA類,IB類,II類)に選定されている植物は 4種確認された。以下にそれらの生育状況及び形態的な特徴を示す。 はじめに,4種の中では大型の沈水植物として,トチカガミ科のミズオオバコOttelia alismoides (L.) Pers.が確認された。ミズオオバコはイネが栽培されている本

  • 16

    田内で疎らに生育していた(図 1A)。葉は陸地に生えるオオバコに似た形状をしており,葉身は長楕円形から卵形をしていたが,芽生え直後は線形に近い細長い葉であった(図1B)。本種の葉身の長さは5–10 cm程度であったが,水深等の条件により葉の大きさや形態が大きく変化することが知られている(Jiang & Kadono, 2001; 角野,1994)。調査地では 7月から 11月まで開花・結

    実が確認された。本種は県のカテゴリーとして絶滅危惧IB類,環境省のカテゴリーとして絶滅危惧Ⅱ類に選定されている。本種は過去において秦野市でも確認されており,農薬の使用が少ない水田で生育が確認されている(神奈川県植物誌調査会編,2001; 高桑ほか,2006)。また,著者らは本調査地の一部において 2006年と 2009年に植物相の調査を実施しているが,その調査において

    図1. 絶滅危惧種の生育状況と形態的特徴.A,耕作田に生育するミズオオバコ;B,ミズオオバコの形態;C,中干し時のイトトリゲモ;D,イトトリゲモの形態;E,イトトリゲモの葉鞘;F,イトトリゲモ種子の表面,スケールは 200μmを示す;G,耕作田に生育するミズニラ;H,ミズニラの小胞子,スケールは 50μmを示す; I,ミズニラの大胞子,スケールは 200μmを示す;J,耕作田に浮遊するイチョウウキゴケ;K,イチョウウキゴケの形態;L,稲刈り後の本田内に生育するウキゴケ.

  • 17

    も本種は確認されている(高橋ほか,2007; 藤吉ほか,2010)ため,本調査地が安定的な生育地になっていることが示唆された。 次に,同じトチカガミ科の沈水植物として,イトトリゲモ Najas japonica Nakai [Najas gracillima (A. Braum ex Engelm.) Magnus]が確認された。イトトリゲモは主にイネの栽培が行われている明るい本田で水面を覆うように密生して生育していた(図 1C)。水中では,糸状の葉を展開させ(図 1D),5月から 11月まで開花・結実が確認された。本種は葉鞘の先が切形になる(図 1E)ことや種子表面の模様が縦長(図 1F)であることが特徴であり,茎が細く草体が柔らかいため,手で持つとすぐにちぎれてしまう。本種は秦野市における過去の調査では確認されていなかったが(神奈川県植物誌調査会編,2001),近年秦野市も含め県内の沖積地や丘陵地などで観察記録が増加している(神奈川県植物誌調査会編,2018)。また,角野(1994)によると,本種はかつて全国的に普通の水田雑草であったと思われるが,除草剤の使用などで激減し,今では山間でしか見られない稀な水草となっているとのことである。本種は県のカテゴリーとして絶滅危惧 II類,環境省のカテゴリーとして準絶滅危惧種に選定されている。 次に,沈水から湿生のシダ植物であるミズニラ科のミズニラ Isoetes japonica A.Braunが確認された(図1G)。Takamiya et al.(1997)により,ミズニラ属は4種・1雑種・1変種に整理されているため,大胞子と小胞子の形状を走査型電子顕微鏡で確認した。その結果,小胞子は半円形で,表面は平滑な状態であり,大胞子は白色球形で,表面に蜂の巣状のひだが存在していた(図1H-I)ため,それらの特徴からミズニラと判断した(角野,1994; 松本,1994; Takamiya et al.,1997; 高宮,1999)。本調査地では冬季において休耕田内で常緑個体が観察されたが,志村・名倉(1979)によると,冬季に干上がらない湿った生育地では常緑性となり,乾燥する生育地では夏緑性になるとのことである。本種は秦野市における過去の調査では確認されておらず,近年では主に中央及び東部丘陵地の谷戸の湿地などで記録されている(神奈川県植物誌調査会編,2001,2018)。本種は県のカテゴリーとして絶滅危惧 IB類,環境省のカテゴリーとして準絶滅危惧種に選定されている。 最後に,浮遊性のコケ植物であるウキゴケ科のイチョウウキゴケ Ricciocarpos natans (L.)Cordaが確認された。イチョウウキゴケはイネが栽培されている明るい耕作田で生育が確認された(図 1J)。本種はイチョウの葉に似た扇形をしており,その葉状体の裏面には仮根状の鱗片を有し,分裂することで無性繁殖を行う(図1K)。新潟県においてイチョウウキゴケの分布を調べたShirasaki(1996)では秋のイネ刈以降の 9月において,若い配偶体が観察されているが,残念ながら本調査地ではそれらを見つけることはできなかった。調査地において,稲作期間中は水位が高いためか,本種は浮遊形

    の生活様式であったが,農閑期の 11月から翌年 3月までの期間は水位の低い本田が存在し,その粘土質の土壌表面に成熟した配偶体が付着し,陸生形となっている個体が確認された。本種は県のカテゴリーとして絶滅危惧II類,環境省のカテゴリーとして準絶滅危惧種に選定されている。また,絶滅危惧種ではないが,神奈川県のレッドリストにおいて準絶滅危惧種に選定されている同じウキゴケ科のウキゴケ Riccia fluitans L. も確認された。ウキゴケは葉状体が細長く,規則的に二叉状に分枝を繰り返すのが特徴であり,稲刈り後の秋にやや乾燥した本田内で記録された(図 1L)。 田中(2005)によると,神奈川県において絶滅危惧種や希少種、絶滅種などを含むレッドデータ植物の分布は,箱根山塊地域(南足柄・湯河原地域を含む)・丹沢山塊地域・横浜中西部地域・川崎北西部地域・三浦半島地域・小仏地域の 6地域に集中しており,それらの地域ではある一定面積において高いところでは 20から 50種程度と高密度でレッドデータ植物が記録されている。本調査地はその 6地域のホットスポットには含まれておらず,またレッドデータ植物の高密度の分布は確認されていないものの,秦野市で初めて記録された種も含まれていたため,ウキゴケも含めて 5種のレッドデータ植物が発見されたことは貴重な記録となった。また,神奈川県内のレッドデータ植物がまとめられている高桑ほか(2006)において,生育環境が水田(泥田や田を含む)と示されている植物を取り上げてみると,種子植物はホッスモ,ヤナギスブタ,ミズハナビ,コアゼテンツキ,ミズマツバ,ヒメタデなど 28種,シダ植物はミズニラ,ミズワラビ,デンジソウ,サンショウモ,アカウキクサ,オオウキクサの 6種,コケ植物はウキゴケとイチョウウキゴケの 2種が掲載されていた。それらの種数から絶滅種や準絶滅危惧種などを除いた絶滅危惧種の種数はそれぞれ,18種,5種,1種であり,本調査地で確認された 4種のそれぞれ分類群ごとの割合を算出してみると,種子植物ではわずか 11%であるが,シダ植物では 20%,コケ植物では1種しか対象種が存在していないため 100%という高い値となった。 また,調査地において,確認された 4種の分布や量は種により大きく異なった。30ヶ所の本田におけるそれらの出現率を算出したところ,イトトリゲモは出現率77%(23ヶ所の本田で確認)と高い値であり,耕作田と休耕田ともに生育しており,広範囲に分布していることが明らかになった(図 2)。イトトリゲモは草体がちぎれやすく,ちぎれた後も水中であれば生き続け,さらに本田内で観察されたほぼ全ての草体の各節に 1から 2個の種子が形成されており,種子生産も盛んであったことから,このような結果につながったものと推測される。一方,ミズオオバコ,ミズニラ及びイチョウウキゴケは30%以下の出現率で,基本的に耕作田のみで確認された(図 2)。中でもミズニラは 2ヶ所の本田にしか生育しておらず,しかもわずか 6個体(耕作田 1個体,休耕

  • 18

    田 5個体)のみの確認であった。ミズオオバコも同様に,2年間を通して 5ヶ所の本田において全体で 20個体前後しか確認されず,2006年以降現在まで確認され続けてはいるものの,決して多い個体数ではない。高桑ほか(2006)によると,それらの生育を脅かす要因としては,農薬汚染・用水路改修・土地造成・自然遷移が挙げられている。したがって,本研究で確認された 4種の絶滅危惧種の保全において,昔ながらの自然農法を行うことが上記 4つの生育を脅かす要因排除につながるため,今後も現在と同様の活動の継続・維持が望まれる。

    謝 辞

     本研究はNPO法人自然塾丹沢ドン会のご支援及びご協力により詳細な植物相の調査を実施することができた。ここに厚く御礼申し上げる。

    引用文献

    藤吉正明・北野 忠・小早川和也・高橋耕平・羽生直人・渡邉将司,2010.秦野市の雑木林及び水田における指標生物を用いた環境評価の試み.東海大学教養学部紀要,41:283–301.

    秦野市役所 ,online.秦野市役所環境産業部環境保全課,2016. 生 き 物 の 里 . http://www.city.hadano.kanagawa.jp/www/contents/1001000000491/index.html (accessed on 2018-August-23).

    Jiang, M. & Y. Kadono, 2001. Growth and reproductive characteristics of an aquatic macrophyte Ottelia alismoides (L.) Pers. (Hydrocharitaceae). Ecological Research, 16: 687–695.

    角野康郎,1994.日本水草図鑑.179pp.文一総合出版,東京.角野康郎,2014.日本の水草.326pp.文一総合出版,東京.神奈川県植物誌調査会編,2001. 神奈川県植物誌 2001.

    1580pp.神奈川県立生命の星・地球博物館,小田原.神奈川県植物誌調査会編,2018. 神奈川県植物誌 2018.

    1803pp.神奈川県立生命の星・地球博物館,小田原.電子版 PDF

    環境省 ,online. 環境省自然環境局野生生物課,2018.環 境 省レ ッドリスト 2018. https://www.env.go.jp/press/105504.html. (accessed on 2018-August-23).

    松本 定,1994.シナミズニラの新北限産地と走査型電子顕微鏡によるミズニラとの胞子の比較形態. 筑波実験植物園研報,13:59–64.

    NPO法人自然塾丹沢ドン会編,2006.名古木の水生生物・ほ乳類と野の花たち. 59pp. 夢工房,秦野.

    里地里山保全再生モデル事業,online. 里地里山保全再生モデル事業神奈川秦野地域事務局,2005.はだの里地里山,http://satochi.net/hadano/archives/aa_aboutus/  (accessed on 2018-August-23).

    志村義雄・名倉智道,1979.ミズニラの季節型,採集と飼育,41(3): 140–141.

    Shirasaki, H., 1996. Distribution and ecology of Ricciocarpos natans in Niigata Prefecture and its adjacent regions, central Japan. Proceedings of the Bryological Society of Japan, 6(11): 209–215.

    高橋史帆・菅原のえみ・加藤寛子・井上和宏・座安彰男・大嶋千尋・三上雄司・関本真央里・石川康裕・関晋平・北野忠・藤吉正明,2007.秦野市名古木における水田の植物相.東海大学教養学部紀要,38:13–26.

    高桑正敏・勝山輝男・木場英久 編集,2006. 神奈川県レッドデータ生物調査報告書 2006.442pp.神奈川県立生命の星・地球博物館,小田原.

    高宮正之,1999.ミズニラ属の自然史と分類.植物分類,地理,50(1): 101–138.

    Takamiya, M., M. Watanabe & K. Ono, 1997. Biosystematic studies on the genus Isoetes (Isoetaceae) in Japan. Ⅳ . Morphology and anatomy of sporophytes, phytogeography and taxonomy. Acta Phytotaxonomica et Geobotanica, 48(2): 89–122.

    田中徳久,2005.神奈川県においてレッドデータ植物が集中して分布する地域の抽出.神奈川県立博物館研究報告(自然科学),34: 47–54.

    藤吉 正明・深谷 玲奈・市川 佳奈・小栗 和也・室田 憲一:東海大学教養学部人間環境学科自然環境課程

    図 2.30ヶ所の本田における絶滅危惧種 4種の出現率.