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エンジン振動・潤滑 CAE システム EVAS 1. はじめに 年々厳しくなる自動車の低燃費化要 求に対応するため,エンジンにはさら なる軽量・低損失化が望まれ,相反す る静粛・信頼性確保との両立を可能に する高度な構造・潤滑設計技術が必要 となる. 本研究では,この複合問題の適合を 効率的に行う設計補助技術として,エ ンジン実働時の振動・強度・潤滑性能 を予測する CAE システムの開発を進 めている.以下では,その概要と適用 例を紹介する. 2. CAE システムの概要 図 1 にシステムの基本構成と入出力 を示す.本システムは,内製の柔軟多 体 系 動 力 学 解 析 ソ ル バ EVAS (1) (Engine Vibration Analysis System) を基盤として,潤滑と強度の解析技術 を組み合わせている.入力としては, エンジンの各構成部品の慣性・振動特 性を表す構造モデル,部品間を結合す る軸受など機械ジョイントの寸法諸 元,および強制力としての燃焼圧を与 える. EVAS では,これらの構成要素を 組み合わせて,実働時の機構運動と弾 性振動を時刻歴で数値的に解き,各部 品の振動応答,ジョイントの伝達荷重 や潤滑特性を出力する.なお,ポスト 処理として,市販の FE ソルバや音響 ソルバにより,部品の応力や音響放射 パワーなどを求める. 本システムの特徴は,上記のような 大規模かつ複数現象の連成問題をパソ コンで数分から数時間で簡便に計算で きる点にある. 3. 解析法の特徴 EVAS では,構造体の近傍に位置 する局所観測座標系(図 2)を導入す ることにより,モード座標のみで構造 体の剛体変位と弾性変位を表現する. また,各種のジョイントは,非線形ば ね・減衰要素で表す.これらの定式化 により,多体系の運動方程式が大幅に 簡略化でき,問題に応じて任意の自由 度縮約法(モード合成法)が利用でき る. エンジンのジョイントには動圧式油 膜軸受が多く使われ,その潤滑特性が 全体の振動や摩擦損失に影響する.構 造体の軸受面に差分格子を設定するこ とにより,多体系の動的挙動との連成 を考慮して流体潤滑方程式を解き,軸 受の油膜圧力や摩擦力を求める (2) 4. 軸受強度解析への適用 クランク軸受の応力予測には,軸受 部の局所変形を考慮した全体系の動的 挙動計算が必要になる.本研究では, 百万自由度超のブロックの FE モデル に対して,少ないモード数で全体変形 と軸受部の局所変形の両者が考慮でき る独自のモード合成法を考案し (3) ,実 働ひずみの予測精度を向上した(図 3). 5. おわりに 本システムは,各種新エンジンの構 造設計に活用されている.今後の研究 課題は,歯車接触などより硬い系や, 流れや熱を含むより広範囲の複合問題 への拡張と,それらの解析を効率よく 実行するための高性能な数値積分法の 開発である. (原稿受付 2008 年 9 月 26 日) 〔稲垣瑞穂,川本敦史,黒石真且, 阿部倉貴憲 (株)豊田中央研究所〕 ●文 献 ( 1 )川本敦史・ほか,エンジンの構造・機構系 の振動予測法,日本機械学会論文集, 67-663,C(2001),3428. ( 2 )Kuroishi, M.ほか,Coupling analysis meth- od of piston skirt lubrication with flexible multibody dynamics ACMD2006 , A00618. ( 3 )阿部倉貴憲・ほか,エンジン主軸受の実働 応力解析,日本機械学会 機械力学・計測 制御部門講演会前刷集,(2007-9),137. 図 1 CAE システム概要 構造モデル ジョイント諸元 燃焼圧 回転数 FEM 油膜軸受など モード縮退 全系の振動・潤滑解析ソルバEVAS 連成 油膜の潤滑 機構運動+弾性振動 荷重・変形 振動・潤滑特性 市販FEソルバ 応力・ひずみ 振動のキャンベル線図 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 200 400 600 800 1000 エンジン回転数 RPM 周波数 Hz 図 2 剛体運動と弾性振動の表現 弾性モード変位uf 構造体 剛体モード変位ur 局所観測座標系 全体座標系 図 3 軸受強度解析への適用 クランク軸 ひずみ ブロックの全体変形 軸受部の局所変形 計算(新モード法) 実験 400 0 -400 0 180 360 540 720 計算(ノーマルモード法) クランク角 degree ひずみ μstrain 146 日本機械学会誌 2009. 2 Vol. 112 No. 1083 ─ 62 ─

エンジン振動・潤滑CAEシステムEVASエンジン振動・潤滑CAEシステムEVAS 1.はじめに 年々厳しくなる自動車の低燃費化要 求に対応するため,エンジンにはさら

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Page 1: エンジン振動・潤滑CAEシステムEVASエンジン振動・潤滑CAEシステムEVAS 1.はじめに 年々厳しくなる自動車の低燃費化要 求に対応するため,エンジンにはさら

エンジン振動・潤滑 CAE システム EVAS

1. はじめに 年々厳しくなる自動車の低燃費化要求に対応するため,エンジンにはさらなる軽量・低損失化が望まれ,相反する静粛・信頼性確保との両立を可能にする高度な構造・潤滑設計技術が必要となる. 本研究では,この複合問題の適合を効率的に行う設計補助技術として,エンジン実働時の振動・強度・潤滑性能を予測する CAE システムの開発を進めている.以下では,その概要と適用例を紹介する.2. CAE システムの概要 図 1 にシステムの基本構成と入出力を示す.本システムは,内製の柔軟多体 系 動 力 学 解 析 ソ ル バ EVAS(1)

(Engine Vibration Analysis System)を基盤として,潤滑と強度の解析技術を組み合わせている.入力としては,エンジンの各構成部品の慣性・振動特性を表す構造モデル,部品間を結合する軸受など機械ジョイントの寸法諸元,および強制力としての燃焼圧を与える. EVAS では,これらの構成要素を組み合わせて,実働時の機構運動と弾性振動を時刻歴で数値的に解き,各部品の振動応答,ジョイントの伝達荷重や潤滑特性を出力する.なお,ポスト処理として,市販の FE ソルバや音響ソルバにより,部品の応力や音響放射パワーなどを求める. 本システムの特徴は,上記のような大規模かつ複数現象の連成問題をパソコンで数分から数時間で簡便に計算できる点にある.3. 解析法の特徴 EVAS では,構造体の近傍に位置する局所観測座標系(図 2)を導入することにより,モード座標のみで構造体の剛体変位と弾性変位を表現する.

また,各種のジョイントは,非線形ばね・減衰要素で表す.これらの定式化により,多体系の運動方程式が大幅に簡略化でき,問題に応じて任意の自由度縮約法(モード合成法)が利用できる. エンジンのジョイントには動圧式油膜軸受が多く使われ,その潤滑特性が全体の振動や摩擦損失に影響する.構造体の軸受面に差分格子を設定することにより,多体系の動的挙動との連成を考慮して流体潤滑方程式を解き,軸受の油膜圧力や摩擦力を求める(2).4. 軸受強度解析への適用 クランク軸受の応力予測には,軸受部の局所変形を考慮した全体系の動的挙動計算が必要になる.本研究では,百万自由度超のブロックの FE モデルに対して,少ないモード数で全体変形と軸受部の局所変形の両者が考慮できる独自のモード合成法を考案し(3),実働ひずみの予測精度を向上した(図3).5. おわりに 本システムは,各種新エンジンの構造設計に活用されている.今後の研究課題は,歯車接触などより硬い系や,流れや熱を含むより広範囲の複合問題への拡張と,それらの解析を効率よく実行するための高性能な数値積分法の開発である.

(原稿受付 2008 年 9 月 26 日)

〔稲垣瑞穂,川本敦史,黒石真且,阿部倉貴憲 (株)豊田中央研究所〕

●文 献( 1 )川本敦史・ほか,エンジンの構造・機構系

の 振 動 予 測 法, 日 本 機 械 学 会 論 文 集,67-663,C(2001),3428.

( 2 )Kuroishi, M. ほか,Coupling analysis meth-od of piston skirt lubrication with flexible multibody dynamics ACMD2006, A00618.

( 3 )阿部倉貴憲・ほか,エンジン主軸受の実働応力解析,日本機械学会 機械力学・計測制御部門講演会前刷集,(2007-9),137.

図 1 CAE システム概要

構造モデル ジョイント諸元

燃焼圧回転数FEM 油膜軸受など

モード縮退

全系の振動・潤滑解析ソルバEVAS

連成

油膜の潤滑機構運動+弾性振動荷重・変形振動・潤滑特性

市販FEソルバ

応力・ひずみ振動のキャンベル線図

70006000500040003000200010000 200 400 600 800 1000エ

ンジン回転数 RPM

周波数 Hz

図 2 剛体運動と弾性振動の表現

弾性モード変位uf

構造体

剛体モード変位ur

局所観測座標系全体座標系

図 3 軸受強度解析への適用

クランク軸

ひずみ

ブロックの全体変形 軸受部の局所変形計算(新モード法) 実験

400

0

-4000 180 360 540 720

計算(ノーマルモード法)

クランク角 degree

ひずみ μstrain

146 日本機械学会誌 2009. 2 Vol. 112 No.1083

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