6
I 雑食性のカブリダニを定着させる 代替ヤブガラシは,人里にはびこるブドウ科のツル性雑草 である。庭の手入れを怠るとすぐに家を覆い尽くすので 「貧乏葛」とも呼ばれる。ヤブガラシは,ハダニにとっ て良質のであるにもかかわらず,ハダニに食い尽くさ れることはない。ヤブガラシの花や新梢,若い葉などの 大事な部分は,害虫の有無にかかわらず「真珠体」とい う輝く微小な球体に覆われる(図1a)。真珠体は,弾 力性の高い膜の中に脂質の液体が充填されて直径 1 mm 強まで成長し(図1b),いつでも簡単に取り外せる (図1c)。真珠体があるヤブガラシの葉には,コウズケ カブリダニ(以下コウズケ)が多い(OZAWA and YANO, 2009)。コウズケは,ハダニやフシダニのほかに花粉な どもにする代表的な雑食性のカブリダニである。実験 的に真珠体のある葉とない葉を並べてコウズケに選ばせ ると,多くが真珠体のある葉に定着するので,真珠体が コウズケを定着させることがわかる(同上)。恒常的に 生産される真珠体を目当てにヤブガラシの葉に定着した コウズケは(図1d),葉に侵入するハダニに襲いかか る(図1e)。コウズケは,カンザワハダニが吐糸で造 る網を苦手にするが(OSAKABE, 1988),コウズケが先に 葉に定着していれば,あとから侵入するカンザワハダニ に網を張る暇を与えずに捕食する(図2)。つまり,真 珠体という代替が,ヤブガラシに前もってコウズケを 定着させることによって,ハダニの加害を間接的に防ぐ 仕組みになる(OZAWA and YANO, 2009)。 一方,ヤブガラシを利用するカンザワハダニも,あの 手この手で捕食を避けている。平面的なヤブガラシの葉 は じ め に 植物は,害虫などから身を守るための防御活動と自分 の成長や繁殖活動に,限られたエネルギー資源を振り分 ける(RHOADES, 1979)。栽培植物とは,限られたエネル ギー資源を防御に浪費せず,収量を増やすように遺伝的 に改良された植物なので,手薄になった防御を化学農薬 か生物的防除などで肩代わりしてやらないと,害虫に手 ひどく加害される宿命にある。その一方で,人間に保護 されない野生植物が害虫によって大きな被害を受けない のは,盲目の自然選択が野生植物に最適な食害防御法を 付与している結果にほかならない。したがって,我々が 栽培植物を害虫から守るためには,野生植物の食害防御 法が手本になるはずである。野生植物の食害防御法は, 害虫を撃退する直接的な方法と,害虫が捕食されやすく 仕向ける間接的な方法に大別される(表1)。前者には, 食いつきを物理的に防ぐ方法と,毒物質などで化学的に 防ぐ方法があり,これらは害虫防除法の物理的防除と化 学的防除に相当する。間接的な防御方法は,害虫の天敵 となる雑食性捕食者のために,空腹をしのぐ植物性の代 や隠れ家を提供して植物上に定着させる方法が普遍 的である。したがって,害虫の天敵を利用する生物的防 除は,野生植物のこの間接的防御法を手本にすることが 理にかなう。重要害虫のハダニを防除するためには,そ の主要な天敵のカブリダニを栽培植物に定着させる必要 がある。そのためには,雑食性のカブリダニが常駐する 野生植物が,どのような仕組みでカブリダニを定着させ ているかを解明することが重要である。 カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景 635 ―― 31 ―― Ecological Backgrounds for Retaining Predatory Mites on Plants. By Shuichi YANO, Mayuko OZAWA, Masahiro OSAKABE and Tomohisa KAWASAKI (キーワード:間接的防御,コウズケカブリダニ,雑食性捕食者, 真珠体,スペシャリスト,代替,定着反応,表面構造,ヤブガ ラシ,誘引反応) 現所属:住友化学(株)農業化学品研究所 ** 現所属:大日本除虫菊(株)中央研究所 カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景 ―生物的防除の新しい方向性を目指して― しゅう いち ・小 ざわ ・刑 おさか まさ ひろ 京都大学大学院 かわ さき とも ひさ ** 京都大学農学部 1 野生植物の食害防御法と栽培植物の防除法の対応 防御(除) 方法 直接的方法 間接的方法 野生植物 栽培植物 物理的防御 (棘,硬さ等) 物理的防除 (ネットなど) 化学的防御 (毒物質など) 化学的防除 (殺虫剤など) 捕食者を定着 させる諸特性 生物的防除

カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景jppa.or.jp/archive/pdf/63_10_31.pdfEcological Backgrounds for Retaining Predatory Mites on Plants. By Shuichi YANO, Mayuko

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Page 1: カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景jppa.or.jp/archive/pdf/63_10_31.pdfEcological Backgrounds for Retaining Predatory Mites on Plants. By Shuichi YANO, Mayuko

I 雑食性のカブリダニを定着させる代替鎭

ヤブガラシは,人里にはびこるブドウ科のツル性雑草

である。庭の手入れを怠るとすぐに家を覆い尽くすので

「貧乏葛」とも呼ばれる。ヤブガラシは,ハダニにとっ

て良質の鎭であるにもかかわらず,ハダニに食い尽くさ

れることはない。ヤブガラシの花や新梢,若い葉などの

大事な部分は,害虫の有無にかかわらず「真珠体」とい

う輝く微小な球体に覆われる(図― 1 a)。真珠体は,弾

力性の高い膜の中に脂質の液体が充填されて直径 1 mm

強まで成長し(図― 1 b),いつでも簡単に取り外せる

(図― 1 c)。真珠体があるヤブガラシの葉には,コウズケ

カブリダニ(以下コウズケ)が多い(OZAWA and YANO,

2009)。コウズケは,ハダニやフシダニのほかに花粉な

ども鎭にする代表的な雑食性のカブリダニである。実験

的に真珠体のある葉とない葉を並べてコウズケに選ばせ

ると,多くが真珠体のある葉に定着するので,真珠体が

コウズケを定着させることがわかる(同上)。恒常的に

生産される真珠体を目当てにヤブガラシの葉に定着した

コウズケは(図― 1 d),葉に侵入するハダニに襲いかか

る(図― 1 e)。コウズケは,カンザワハダニが吐糸で造

る網を苦手にするが(OSAKABE, 1988),コウズケが先に

葉に定着していれば,あとから侵入するカンザワハダニ

に網を張る暇を与えずに捕食する(図― 2)。つまり,真

珠体という代替鎭が,ヤブガラシに前もってコウズケを

定着させることによって,ハダニの加害を間接的に防ぐ

仕組みになる(OZAWA and YANO, 2009)。

一方,ヤブガラシを利用するカンザワハダニも,あの

手この手で捕食を避けている。平面的なヤブガラシの葉

は じ め に

植物は,害虫などから身を守るための防御活動と自分

の成長や繁殖活動に,限られたエネルギー資源を振り分

ける(RHOADES, 1979)。栽培植物とは,限られたエネル

ギー資源を防御に浪費せず,収量を増やすように遺伝的

に改良された植物なので,手薄になった防御を化学農薬

か生物的防除などで肩代わりしてやらないと,害虫に手

ひどく加害される宿命にある。その一方で,人間に保護

されない野生植物が害虫によって大きな被害を受けない

のは,盲目の自然選択が野生植物に最適な食害防御法を

付与している結果にほかならない。したがって,我々が

栽培植物を害虫から守るためには,野生植物の食害防御

法が手本になるはずである。野生植物の食害防御法は,

害虫を撃退する直接的な方法と,害虫が捕食されやすく

仕向ける間接的な方法に大別される(表― 1)。前者には,

食いつきを物理的に防ぐ方法と,毒物質などで化学的に

防ぐ方法があり,これらは害虫防除法の物理的防除と化

学的防除に相当する。間接的な防御方法は,害虫の天敵

となる雑食性捕食者のために,空腹をしのぐ植物性の代

替鎭や隠れ家を提供して植物上に定着させる方法が普遍

的である。したがって,害虫の天敵を利用する生物的防

除は,野生植物のこの間接的防御法を手本にすることが

理にかなう。重要害虫のハダニを防除するためには,そ

の主要な天敵のカブリダニを栽培植物に定着させる必要

がある。そのためには,雑食性のカブリダニが常駐する

野生植物が,どのような仕組みでカブリダニを定着させ

ているかを解明することが重要である。

カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景 635

―― 31――

Ecological Backgrounds for Retaining Predatory Mites on Plants.By Shuichi YANO, Mayuko OZAWA, Masahiro OSAKABE and TomohisaKAWASAKI

(キーワード:間接的防御,コウズケカブリダニ,雑食性捕食者,真珠体,スペシャリスト,代替鎭,定着反応,表面構造,ヤブガラシ,誘引反応)* 現所属:住友化学(株)農業化学品研究所** 現所属:大日本除虫菊(株)中央研究所

カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景―生物的防除の新しい方向性を目指して―

矢や

野の

修しゅう

一いち

・小お

澤ざわ

真ま

由ゆ

子こ*・刑

おさか

部べ

正まさ

博ひろ

京都大学大学院

川かわ

崎さき

倫とも

久ひさ**京都大学農学部

表-1 野生植物の食害防御法と栽培植物の防除法の対応

防御(除)方法

直接的方法 間接的方法

野生植物

栽培植物

物理的防御(棘,硬さ等)

物理的防除(ネットなど)

化学的防御(毒物質など)

化学的防除(殺虫剤など)

捕食者を定着させる諸特性

生物的防除

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2007)。また,捕食者の存在下ではわずかな網の有無が

ハダニの生死を分けるため(図― 2),ヤブガラシに侵入

したカンザワハダニは一刻も早く網を手に入れるべく,

先住者の網に合流する(小澤ら,未発表)。これらの捕

食回避行動は,ハダニの網を苦手にする捕食者による捕

食圧の大きさを物語る。

さらに,雑食性捕食者の代表であるアリ類も,ヤブガ

ラシの真珠体を利用するので(矢野ら,未発表),体長

が 0.5 mmのコウズケの手に負えない大型の害虫に対し

ては,アリを介した間接防御が作用するだろう。真珠体

はブドウ科や他科の栽培植物にも見られるので,それら

の植物では,雑食性の捕食者を介した天然の生物的防除

が作用している可能性が高い。真珠体の正体がこれまで

謎だったために,現場ではこの捕食者の代替鎭が害虫の

卵と間違われて掃除されることもあると聞く。それは余

りにもったいない話である。

は,ハダニが立体的な網を張る足場として不適なので,

カンザワハダニは葉の成長を操作して曲げ,できたくぼ

みに網を張って捕食者の襲撃に備える(OKU and YANO,

植 物 防 疫  第 63巻 第 10号 (2009年)636

―― 32――

( a)

( d) ( e)

( b)

( c)

図-1 真珠体とコウズケカブリダニ( a)ヤブガラシの新梢を覆う真珠体,( b)ヤブガラシの葉裏の真珠体,( c)真珠体を充填する真珠腺(図中矢印),( d)真珠体を食べるコウズケカブリダニ,( e)葉に侵入するナミハダニ(左),を捕食するコウズケカブリダニ(右).

1時間内に捕食されたハダニ(%)

80

60

40

20

0

p<0.0001

ハダニが24時間先 コウズケが先 ヤブガラシの葉片に導入した順序

図-2 コウズケカブリダニが先に居るとハダニを捕食する

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らはより大型の昆虫の捕食者から身を隠していると考え

られる(NORTON et al., 2001)。

カブリダニを効率よく植物に定着させるためには,彼

らが好む表面構造に共通する要素を解明することも重要

である。あらゆる表面構造は,平面から逸脱した何らか

の構造に還元されるはずである。パラフィルム片を積ん

だ垂直壁を水平面に置いた構造物が(図― 4を参照),コ

ウズケカブリダニの定着に及ぼす影響を調べると,彼ら

のほとんどが垂直壁の間際に定着した。これは,カブリ

ダニ類が太い葉脈の間際に定着する観察結果とも一致す

る(KAWASAKI et al., 2009)。さらに,彼らは自分の体長に

比べて低い壁よりも高い壁の間際を好んで定着した。こ

の理由は,壁が高いほど大型の捕食者から身を隠す死角

が大きいからだろう(同上)。さらに,一方向に垂直壁

がある「壁際」と 2方向に垂直壁がある「隙間」に対す

るコウズケの好みを比べるために,図― 4の装置を用い

た。「壁際」の総延長は 40 mm,「隙間」の長さは

10 mmなので,それぞれの場所に 4:1の割合で定着す

ることを帰無仮説にして検定すると,彼らは有意に「隙

間」を好むことが示された。これは,カブリダニ類が葉

面などのくぼみによく定着する事実とも一致する

(KAWASAKI et al., 2009)。

以上のように,カブリダニを植物に定着させるために

は,前述の代替鎭(食)とともに,適切な表面構造(住)

が重要であり,したがって,これらを十分に備えない栽

培植物種には,必要に応じて食と住のセットを補えばよ

いことが予測される。

応用上さらに興味深いのは,コウズケが真珠体よりも

ハダニを好んで食べる理由である。その理由は,真珠体

のほうがハダニに比べて栄養価が格段に低いことらしい

(図― 3)。この事例は,カブリダニを定着させる代替鎭

が貧栄養である場合に,カブリダニがハダニを攻撃する

ことを示しており,後述するカブリダニの人工飼料(刑

部・小川,2009)を開発するための重要なヒントになっ

ている。

II カブリダニを定着させる表面構造

カブリダニ類は,葉のくぼみや毛が密生した表面構造

を好んで定着する(WALTER, 1996)。カブリダニ類は日

常的に共食いの危険に直面しているが(SCHAUSBERGER,

2003),最も大きな雌成虫も逃げ隠れすることや,自分

が身を隠せる場所には同じ大きさの他個体も侵入できる

ことから,共食いを避けることが理由とは思えない。彼

カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景 637

―― 33――

それぞれの鎭を食べた

コウズケの2日間の産卵数± S.E.

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0

p=0.0116

カンザワハダニ 真珠体 鎭の種類

図-3 コウズケカブリダニが真珠体よりハダニを好む理由

15 3 p<0.001

隙間(10 mm):壁際(計40 mm)

カブリダニの定着個体数

20 mm 10 mm

5 mm25 mm

水の障壁

パラフィルム片を積んだ壁 コウズケカブリダニ

隙間に定着したカブリダニは,大型捕食者の接近を避けられる

図-4 コウズケカブリダニは「隙間」に定着したがる

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たは周囲の圃場で活躍するべき彼らの局所個体群の増殖

を犠牲にすることなので,カブリダニを持続的に保護利

用する方向性とは相容れない。

捕食者の個体群を維持するために,代替の鎭動物種を

用いるバンカー植物法(VAN LENTEREN, 1995)が提唱され

ている。この方法は,保護するべき栽培植物を加害しな

い鎭動物種と,それを維持できる適切なバンカー植物種

がそろって初めて成り立つ。ただし,捕食者の代替鎭が

生きた植食者である限り,小規模な圃場が隣接する環境

では,それが移出して害虫化するリスクが付きまとう。

このリスクを避けるためには,植物性の鎭や人工飼料を

代替鎭にすればよいに違いないが,それらを鎭にするた

めには,やはり捕食者が雑食性でなければならない。

どう考えても,スペシャリストのカブリダニを定着させ

ることは理にかなわない。

2 スペシャリストのカブリダニは加害植物に誘引さ

れない

さらに意外なのは,そもそもスペシャリストのカブリ

ダニは,ハダニ加害植物に誘引されない事実である

(ZEMEK et al., 2008 ; YANO and OSAKABE, 2009)。「植物が

SOSの匂いでカブリダニを呼ぶ」(e.g., 高林,1995;

TAKABAYASHI and DICKE, 1996)という考えの最大の根拠は,

Y字管という風洞の中でスペシャリストのカブリダニが

ハダニ加害植物の匂いに向かって歩く事実(SABELIS and

VAN DE BAAN, 1983)である。Y字管は,二つの匂いに対

する好みを比べるために,他の匂いを閉め出した閉鎖系

になっている。我々は,匂いが拡散・混濁する開放形の

野外で,カブリダニがハダニ加害植物に誘引されるかど

うかを調べた(図― 5)。同じスケールで比べるために,

Y字管の中でカブリダニを異なる匂いの方向に導くため

の Y字型の針金を取り出して野外に設置し,ナミハダ

ニが加害したインゲンマメの葉を上端の一方につけた

(図― 5)。Y字管の中ではこの加害葉の匂いに反応する

チリカブリダニを針金の下方に放して行き先を見届ける

と,周囲の植生の種類にかかわらず,加害葉のある側と

反対側を区別せずに針金を駆け上がった(図― 5)。つま

り,開放系では彼らはハダニ加害植物に誘引されないの

である(YANO and OSAKABE, 2009)。さらに ZEMEK et al.

(2008)によると,周囲に他の植物がない無風の実験室

内でも,マメ株の下方に放したチリカブリダニは加害葉

に誘引されないという。あるいは図― 5の加害葉から針

金分岐点までの 15 cmよりも近くからなら彼らが誘引

されるかもしれないが,それを実用的な「誘引」とはみ

なせない。隣の葉に相当する距離から誘引できないカブ

リダニを,隣の木や隣の圃場から誘引できるだろうか。

III スペシャリストのカブリダニに頼れない理由

1 スペシャリストであることの代償

ここまでは,雑食性のカブリダニを定着させる生物的

防除の合理性を述べてきたが,ハダニに対する従来の生

物的防除では,雑食性のカブリダニを保護利用する方法

ではなく,ハダニだけを鎭にするスペシャリストを利用す

る方法が注目されてきた。この理由を少し考えてみよう。

第一の理由は,速効性だろう。ハダニ以外の代替鎭に

目もくれないチリカブリダニなどのスペシャリストは,

高密度のハダニを手早く抑制する(e.g., CHANT, 1961)の

で防除効果を実感しやすい。しかし,代替鎭がないゆえ

に,ハダニを食い尽くした彼らは自滅または分散する宿

命にあり,ハダニが再び増えても即応できない。たとえ

カブリダニの密度がハダニの密度変化を追いかけて周期

変動しても(HUFFAKER, 1958),カブリダニの増殖が後手

に回る間に植物は被害を免れない。したがって,化学農

薬と同様に,ハダニが発生するたびにスペシャリストの

カブリダニを放飼して使い捨てなくてはならなくなる。

この「生物農薬」を販売する側には好都合でも,使う側

には経済的負担が大きい。しかし,言うまでもなく生物

的防除の目的は多くのハダニを殺すことではなく,ハダ

ニの密度を被害許容水準よりも低く保つことである。そ

のために持続的に利用できる捕食者とは,ハダニ以外の

代替鎭で飢えをしのげる雑食性のカブリダニではないだ

ろうか。

スペシャリストのカブリダニが注目された第二の理由

は,スペシャリストの捕食者が,植食者に加害された植

物の匂いを手掛かりに鎭を探す事例から(VET and

DICKE, 1992 ; TAKABAYASHI and DICKE, 1996),この匂いを利

用して彼らを栽培植物に誘引することが期待されたから

だろう(塩尻ら,2002;浦野ら,2007)。ところが,ハ

ダニに加害された植物(以下ハダニ加害植物)の匂いを

カブリダニが感知するのは,ハダニの雌成虫が葉当たり

平均数十匹以上(MAEDA et al., 2000 ; MAEDA and

TAKABAYASHI, 2001 ; HORIUCHI et al., 2003)という,とてつ

もない高密度のときである。この密度になるまでハダニ

を放置すると手遅れになるので,匂いでカブリダニを植

物に誘引するためには,事前に匂いを人工的に発生させ

ねばならない。しかし一方,捕食者は鎭のない場所には

定着しない(CHARNOV, 1976)。見返りがないと早晩愛想

をつかすのは,カブリダニも人間も同じである。匂いを

駆使して,鎭のない場所にスペシャリストのカブリダニ

を誘引・定着させることが仮にできても,それは将来ま

植 物 防 疫  第 63巻 第 10号 (2009年)638

―― 34――

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真上にある良い鎭場から迷い出ないための定着反応だと

考えていた。この考えは,高密度のハダニが加害する植

物の匂いだけに彼らが反応する事実(MAEDA and

TAKABAYASHI, 2001 ; HORIUCHI et al., 2003)や,ハダニ加害

植物の匂いが彼らの分散を抑える事実(SABELIS and

AFMAN, 1994)と見事に符合する。それにもかかわらず,

「カブリダニの反応は定着反応にすぎない」という考え

が今日まで黙殺されてきた理由は,この考えが当たり前

すぎるためだろう。一方の「植物が SOSの匂いでカブ

リダニを呼ぶ」という面白いストーリーは,耳目と研究

費を集めるのには便利かもしれないが,これを真に受け

て匂いでカブリダニを誘引しようと試みれば,匂いの発

生源に偶然に接近したカブリダニだけを一時的に定着さ

せる結果に終わるだろう。ある考えを皆が信じている

か,信じたいかどうかではなく,それが正しいか,役立

つかどうかを判別するのが科学の役目である

(BLACKMORE, 1999)ことを忘れてはならない。

お わ り に

ハダニの密度を持続的に低く保つという,生物的防除

の本来の目的を果たすためには,ハダニが高密度のとき

にしか活躍しないスペシャリストのカブリダニを使い捨

てる方向を見直し,代替鎭で飢えをしのげるカブリダニ

を植物に定着させて,ハダニの発生に先手を打つ方向へ

と転換するべきではないか。代替鎭をもたない栽培植物

種に彼らを定着させるには,何らかの代替鎭を補う必要

があるが,代替鎭になる他の害虫を導入したり,代替鎭

をもつ強い雑草を混植させたりすることで肝心の収量が

減っては本末転倒になる。したがって,安全に効率よく

捕食者を定着させるためには,人工飼料を開発すること

が望ましい。真珠体という貧栄養の代替鎭を利用するカ

ブリダニがハダニをよく攻撃した事例に基づいて,カブ

リダニの栄養要求を完全に満たさない人工飼料の開発が

進んでいる(刑部・小川,2009)。この貧栄養の人工飼

料は,カブリダニの寿命を大幅に延ばすので,彼らを植

物上に長期間待機させるための鎭として申し分ないと思

われる(同上)。また,カブリダニを定着させるために

は,彼らが身を隠す表面構造も必要なので,当研究室で

は人工飼料と隠れ家をセットにした「カブリダニハウ

ス」の作成に向けて試行錯誤が続いている。

自然界には,雑食性捕食者のアリに食と住を提供して,

害虫を退治させる植物群のニッチェがある( e . g .,

BENTLEY, 1977 ; FIALA et al., 1989)。これと同様に,アリよ

りもずっと小さな雑食性カブリダニと共生的関係を結ぶ

植物群もあると予測され,ヤブガラシはその一例に過ぎ

Y字管試験は,異なる匂いに対する好みを比べる目的だ

けに使うべきであり,匂いの誘引性の証拠にはならない

ことに注意するべきである(YANO and OSAKABE, 2009)。

前述の考えのもう一つの根拠は,放飼したスペシャリ

ストのカブリダニが,等距離にある未加害植物よりも加

害植物に多く到達する事実だろう(JANSSEN, 1999 ; DICKE

et al., 2003)。しかし,この議論にも大きな飛躍がある。

動物が遠くから匂いを感知して接近する誘引反応と,近

くに来るまで匂いを感知しない定着反応は,動物が目標

に到達した結果が同じに見えるため,到達するまでの過

程を観察しなければ区別ができない(KENNEDY, 1978 ;

SABELIS et al., 1984)。上記の研究では,カブリダニが植

物に到達する過程が観察されていないので,彼らが誘引

された証拠は何もない。ただし,スペシャリストのカブ

リダニは,何の手掛かりもなくハダニを探すわけではな

く,ハダニが歩行跡に残す吐糸(YANO and OSAKABE, 2009)

や網(FURUICHI et al., 2005)を手掛かりにすることがわ

かっている。

一方で,早くから SABELIS et al.(1984)は,ハダニ加

害植物の匂いを好むチリカブリダニの性質を,加害葉の

カブリダニ類の定着促進技術の生態学的背景 639

―― 35――

周囲の植生が 加害葉側 反対側

1)エノコログサ p=0.186

2)ヌスビトハギ

3)クズ

p=0.151

p=0.266

50 0 50(%)

19 26

19 27

23 18

15 cm

Y字管の中身の針金

ナミハダニの加害葉

チリカブリダニ

図-5 カブリダニはハダニ加害葉に誘引されない

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72.18)OSAKABE, Mh.(1988): Appl. Entomol. Zool. 23 : 45~ 51.19)刑部正博・小川友佳(2009): 植物防疫 63 : 44~ 48.20)OZAWA, M. and S. YANO(2009): Ecol. Res. 24 : 257~ 262.21)RHOADES, D. F.(1979): Herbivores : Their interactions with

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22)SABELIS, M.W. and B. P. AFMAN(1994): Exp. Appl. Acarol. 18 :711~ 721.

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ないだろう。食と住を提供して雑食性捕食者を定着させ

る生物的防除が可能だと我々が信じる理由は,多くの野

生植物が既にそれを実行しているからである。人間がそ

れを真似できない理由はない。

引 用 文 献

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植 物 防 疫  第 63巻 第 10号 (2009年)640

―― 36――

移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ウリカワ,ミズガヤツリ(北海道を除く),ヘラオモダカ(北海道,東北,関東・東山・東海),ヒルムシロ(北陸を除く),オモダカ(北陸を除く),クログワイ(東北,関東・東山・東海,近畿・中国・四国),シズイ(東北),エゾノサヤヌカグサ(北海道),アオミドロ・藻類による表層はく離(北海道,関東・東山・東海,近畿・中国・四国)蘆エンドタール二ナトリウム塩液剤22437:MICエンドタール液剤(三井化学アグロ)09/08/19エンドタール二ナトリウム塩:1.85%日本芝(こうらいしば),西洋芝(ブルーグラス):スズメノカタビラ

「植物成長調整剤」蘆ダミノジッド液剤22429:ビーナインスプレー(日本曹達)09/08/05ダミノジッド:0.41%きく(切花用),きく(ポットマム),ハイドランジア,はぼたん,ペチュニア:節間の伸長抑制

(新しく登録された農薬 30ページからの続き)稲:いもち病,紋枯病:出穂 30日前~ 5日前まで蘆アミスルブロム水和剤22439:ばれいしょオラクル顆粒水和剤(日産化学工業)

09/08/19アミスルブロム:50.0%ばれいしょ:粉状そうか病:植付前

「除草剤」蘆オキサジアゾン・ブタクロール乳剤22430:デルカット乳剤(日産化学工業)09/08/05オキサジアゾン:8.0%,ブタクロール:12.0%移植水稲:水田一年生雑草,マツバイ,ホタルイ,ヘラオモダカ,ミズガヤツリ,クログワイ(北海道を除く),コウキヤガラ(関東・東山・東海)いぐさ:水田一年生雑草,スズメノテッポウ蘆シメトリン・ベンフレセート・MCPB粒剤22433:MICザーベックス SM 1キロ粒剤(三井化学アグロ)

09/08/05シメトリン:4.5%,ベンフレセート:6.0%,MCPB:2.4%