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48 48 順天堂大学スポーツ健康科学研究 7 号,4861 (2003) サッカー研究室 Seminar of Soccer 〈原 著〉 サッカーにおける攻撃の戦術について ―有効な攻撃のためのトレーニング― 吉村 雅文 A Study on Tactics of Attack in Football Game The training for eŠective attacksMasafumi YOSHIMURA Abstract This paper deals with an eŠective training and teaching method designed for players to understand and practice, which was published in The Journal of Health and Sports Science of Juntendo University and presented at The 7th Annual Congress of the European College of Sport Science. The training was given to a team for one year. As a result, the eŠectiveness of the training was con- ˆrmed in regular-season games and the results showed that there were 4 important points to make the training more eŠective, which are: 1. It is important to understand at what timing a move for a breakaway should be made. 2. It is important to be aware of the ball carrier's position and situation. 3. It is important to correctly assess whether one is a following player, a balance player or a breakaway player and to act accordingly. 4. It is important for all the players to understand tactics well and at the same level. Furthermore, the training method, which was created to understand and practice the above tac- tics, indicated that it was more eŠective as practice times increased. It is believed that the eŠect was brought about owing to the following factors: 1. Giving the training with good understanding of its purpose and points, 2. Using videotaped scenes to give objective feedback to the players, 3. Having the same instructor give continued training, 4. The players' discussing tactics among themselves. 1993 年「J リーグ」開幕,1998 FIFA ワール ドカップ・フランス大会出場,2002 年日韓共催 FIFA ワールドカップベスト16,海外で活躍する 日本人プロ選手,日本サッカー界は,近年,目覚 ましい進歩を遂げている. しかし,さらなる進歩を目指すためには,世界 のトップレベルのゲームを分析し,問題点を明確 にし,解決策を検討し行動を起こさなければなら ない. 湯浅 8) は,「サッカーは,自由なプレイが基本 だからこそ,逆にそこにはキチンと守らなければ ならない基本ルールがある.そしてその基本ルー ルというのが,チーム戦術であり,これが世界の トップレベルの国々との差である.」と述べてい る.また,日本サッカー協会強化指導指針 1) は,世界との差を縮めるには,クリエイティブな

サッカーにおける攻撃の戦術について - Juntendo...48 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7 号,48~61 (2003) サッカー研究室 Seminar of Soccer

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4848 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号,48~61 (2003)

サッカー研究室 Seminar of Soccer

〈原 著〉

サッカーにおける攻撃の戦術について

―有効な攻撃のためのトレーニング―

吉村 雅文

A Study on Tactics of Attack in Football Game―The training for eŠective attacks―

Masafumi YOSHIMURA

Abstract

This paper deals with an eŠective training and teaching method designed for players to understandand practice, which was published in The Journal of Health and Sports Science of Juntendo Universityand presented at The 7th Annual Congress of the European College of Sport Science.

The training was given to a team for one year. As a result, the eŠectiveness of the training was con-ˆrmed in regular-season games and the results showed that there were 4 important points to make thetraining more eŠective, which are:1. It is important to understand at what timing a move for a breakaway should be made.2. It is important to be aware of the ball carrier's position and situation.3. It is important to correctly assess whether one is a following player, a balance player or a

breakaway player and to act accordingly.4. It is important for all the players to understand tactics well and at the same level.

Furthermore, the training method, which was created to understand and practice the above tac-tics, indicated that it was more eŠective as practice times increased.

It is believed that the eŠect was brought about owing to the following factors:1. Giving the training with good understanding of its purpose and points,2. Using videotaped scenes to give objective feedback to the players,3. Having the same instructor give continued training,4. The players' discussing tactics among themselves.

緒 言

1993年「Jリーグ」開幕,1998年 FIFAワール

ドカップ・フランス大会出場,2002年日韓共催

FIFAワールドカップベスト16,海外で活躍する

日本人プロ選手,日本サッカー界は,近年,目覚

ましい進歩を遂げている.

しかし,さらなる進歩を目指すためには,世界

のトップレベルのゲームを分析し,問題点を明確

にし,解決策を検討し行動を起こさなければなら

ない.

湯浅8)は,「サッカーは,自由なプレイが基本

だからこそ,逆にそこにはキチンと守らなければ

ならない基本ルールがある.そしてその基本ルー

ルというのが,チーム戦術であり,これが世界の

トップレベルの国々との差である.」と述べてい

る.また,日本サッカー協会強化指導指針1)に

は,世界との差を縮めるには,クリエイティブな

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4949順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

選手の育成は急務であり,そのためには戦術的理

解の上で,いい判断,実践する能力が必要である

と述べている.さらに,日本サッカー協会テクニ

カルレポート2)には,1998年フランスワールドカ

ップでは,上位進出を果たしたチームは,相手に

時間とスペースを与えない,高度かつ,緻密に組

織化されたチーム戦術を駆使したと報告してい

る.上述のように,世界のトップレベルとの差を

縮めるために,また,今後さらなる進歩を目指す

ための日本サッカーの問題点の一つは,戦術であ

ると思われる.

しかしながら,サッカー競技における研究は,

シュートやセンタリング,パスと言った技術的な

部分を抽出したゲーム分析,移動距離や選手の体

力的要素を分析したもの,選手の心や意識に焦点

をあてた心理的なものが中心であり,戦術に関す

る研究はあまり散見されない.それは,戦術と言

うものが,選手のレベル,指導者の考え方,チー

ムの考え方により多種多様であり,また戦術の善

し悪しが指導者として大きな評価につながるた

め,シークレットな部分として考えられているた

めだと思われる.

この点に関して吉村ら6)は,世界のトップレベ

ルチームがゲーム中の攻撃の中で,どのような戦

術的理解の上でプレーを行っているかを分析し

た.さらに,Yoshimura & Hasegawa7)は,世界

のトップレベルのチームと Jリーグチームとの攻

撃における戦術の違いを分析した.その結果,世

界のトップレベルチームには,有効な攻撃に関し

以下の戦術が理解され,駆使されていることを報

告した.本稿で言う,有効な攻撃とはサッカーの

最も重要な得点を奪うこと,およびゴールを狙う

シュートに至った攻撃のことである.

◯ 有効な攻撃は,ハーフウェイライン近辺での

ボール奪取からスタートしている.

◯ 有効な攻撃の過程は,ドリブルが少なく,パ

スを多用している.

◯ 有効な攻撃は,攻撃の起点となる位置から,

3人,4人の選手の関与で構成されている.

◯ 有効な攻撃では,起点となる部分を囲む 8つ

のグリッド内で多くの選手が関与している.

◯ 有効な攻撃は,攻撃の起点を中心にした部分

からやその周辺から,多くの選手が攻撃方向

に動き出している.

特に,◯◯◯に関しては,世界のトップレベル

チームと Jリーグチームとの間に優位な差が確認

された.

そこで,本研究では,選手が上記の戦術を理解

し実践できるようにするために,サッカーの指導

者としてトレーニング方法および指導方法を立

案,実施し,その効果を分析検討するものである.

方 法

考案されたトレーニング方法および指導法は,

2001年11月から 1年間,2002年11月まで,J大学

サッカー部員レギュラー18名を対象に実施され

た.実施に際しては,すべて筆者が直接指導を行

い,2001年12月下旬から約 1ヶ月のオフシーズン

を除き,試合を含み,週 6日間のトレーニングを

行った(週 1日は休養日).

考案されたトレーニング内容,ねらい等は,表

1に示す通りである.1回のトレーニング時間

は,約90分とし,トレーニング方法の構成は,選

手のコンディション,理解度,習熟度を勘案し,

毎練習ごとに行った.

指導に関しては,最低週 1回行われる練習ゲー

ム,および公式戦においてビデオ撮影を行い,単

に現場での指導だけでなく,映像を用い客観的に

選手にフィードバックすることを繰り返し,対戦

相手のレベルがいかなるものでも,数多く有効な

攻撃に結び付けるためには,何が必要かを議論さ

せる時間を設け,有効な攻撃の戦術理解を深める

よう心掛けた.

そして本研究では,1年間継続的に戦術トレー

ニングを行う中で,開催された J大学が加盟して

いる関東大学サッカーリーグ戦前期 7試合と後期

7試合の得点経過から,1年間行われた戦術ト

レーニングの効果と有効な攻撃を行うための戦術

要素を分析検討した.

トレーニング方法の立案

前述した◯~◯の戦術に関して,選手が理解し

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5050 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

表 1 トレーニング方法

有効な攻撃を行うための戦術内容

指導のねらい Key Points Variations 指導時間 参考資料・図・表 留意点

Warming Up ボール保持者に対する,フォローの選手,バランスの選手,突破の選手の意識付け

視野の確保コーチング状況判断

グリッドを使ったハンドパストレーニング

10~20分/day 図3a,図3b 体を暖める

メイントレーニングの導入となる

◯有効な攻撃は,ハーフウェイライン近辺でのボール奪取からスタートしている.

ハーフウェイライン近辺もしくは,少しでも相手ゴールに近い位置でのボール奪取

守備の原則の理解

守備の個人戦術の理解

前線で奪う意識

資料 1,資料 2資料 3,資料 4

すべての対人トレーニング

◯有効な攻撃の過程は,ドリブルが少なく,パスを多用している。

正確でスピードのあるパスであり,精度の高い前線へのロングパス.

プレッシャーがかかった状況下における,正確なパス

的確な判断に基づいた効果的なパスの選択

中距離のパスの精度向上

的確な状況判断によるボールタッチ数

パス移動中のコーチング(要求・指示・状況説明)

的確な状況判断による動きの方向修正

ボール保持者の状態状況把握(思考の理解)

視野の確保

コーチング

状況判断

決断と実践

役割理解と判断

修正能力

フリーな状況で行うトレーニング

プレッシャーのもと,すばやい状況判断,決断が必要なトレーニング

近距離,中距離,長距離パスの判断が必要なトレーニング

30~40分/day 図1a,図1b図1c

ワンパターンの練習にならないように,またできるだけゲームの中で起こりうる現象を含んだパストレーニングになるように工夫

◯有効な攻撃は,攻撃の起点となる位置から, 3人, 4人の選手の関与で構成されている。

◯有効な攻撃では,起点となる部分を囲む 8つのグリッド内で多くの選手が関与している.

◯有効な攻撃は,攻撃の起点を中心にした部分からその周辺から,多くの選手が攻撃方向に動き出している.

いかに早くボール保持選手に対して,フォローの選手,バランスの選手,突破の選手になるかの理解と実践力

変化し続けるお互いの役割の理解と判断

早く判断するための広い視野を身につける

周りとの連係を学び,フォロー,バランス,突破の動きをスムーズに行う

ボール保持者に自分の動きを理解させ,判断させる

ボール保持者の状態状況把握(思考の理解)

とにかく動き出す

ボールキープ

攻守の切替えの早さ

攻撃の原則の理解

視野の確保

コーチング

状況判断

決断と実践

役割理解と判断

修正能力

味方選手間の適切な距離

ボールタッチ制限を行う

ディフェンス人数の変更

コートの大きさ変更

動きだし方向の選択

30~40分/day 資料図2a,図2b図2c

資料 5

対人トレーニングになる場合は,◯の部分も合わせて指導する.

攻撃に関しては,味方選手の思考,動きを理解することを強調

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5151順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

資料 1 ボール奪取位置と,シュートまでの経過

実践できるようにするためには,どのようなト

レーニング方法が必要になるか検討した.

◯ 有効な攻撃は,ハーフウェイライン近辺での

ボール奪取からスタートしている.

これは,有効な攻撃を行うために必要な,守備

の戦術である.サッカー競技においては,ボール

を奪取しないかぎり攻撃は行えない.得点を取る

ためには,ボールを数多く奪取し,攻撃の機会を

数多く作らなければならない.しかも,ボールを

ただ単に奪取すれば良いのではなく,ハーフウェ

イライン近辺もしくは,少しでも相手ゴールに近

い位置で奪取することが有効な攻撃をする要素で

ある.そこで,ハーフウェイライン近辺もしく

は,少しでも相手ゴールに近い位置でボールを奪

取することが有効な攻撃の要素になっていること

を,客観的に理解させるために,シュートおよび

得点とボール奪取位置の関係を図示し,理解させ

た.資料 1は,過去行われた関東大学サッカー

リーグ戦 2試合でのボール奪取から得点,および

シュートまでを示したものである.資料 1の(ア)

と(イ)の 2本以外は,全て相手陣内でのボール奪

取であり,得点およびシュートに結びつく有効な

攻撃は,できるだけ前方で奪う方がよいことが明

らかに確認できる.さらに,選手には具体的に理

解できる様,守備の戦術として資料 2, 3, 4を理

解させた.

◯ 有効な攻撃の過程は,ドリブルが少なく,パ

スを多用しいている.

これは,2000 FIFA World Cup FRANCE2)およ

び 2002 FIFA World Cup KOREA/JAPANテクニ

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5252 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

資料 2 守備の戦術

【選手個人として理解しなければならない守備

の戦術】

ボールを持つ相手と多くの 1対 1の局面を作

り,ボールを奪える選手にならなくてはなら

ない.

どんな位置でも,縦パスを蹴らせない.

パスの選択肢を後ろにさせる.

縦パスが出されても,必ず狙えるポジション

をとる.

攻守の切り替えの早さ.

ファーストディフェンダーの厳しいチェック

が正確なディフェンスを生む.

リスタートでの確認.

バランスの選手のチェック,横,縦,後ろ.

前線から,引いてしまわない.

【チームとして理解しなければならない守備の

戦術】

前半15分の守備の確認と意識の徹底

Compact Footballでなければならない.

攻撃の入り口付近へのパスを受ける選手に対

する第一アタッカーとのコンビネーション.

チームとしての攻守の切り替えの早さ.

ボールと逆サイドの選手のポジショニング.

同サイドでの処理.

視野のない選手,判断ミスの選手に対するチ

ェックの厳しさと,コーチング.

第一アタッカー第 2アタッカー,カバーリン

グのタイミングの統一.

資料 3 守備の原則

◯ 遅らせる(ディレイ)

相手の突破のスピードを落とさせる

守備の体勢を整えるための時間稼ぎ

ディフェンスは

シュートを打たせない

ドリブルで抜かれない

背後にパスを出されない

数的不利な状況では,不用意にボールを奪い

に行かない

◯ 厚み(適切な情報と指示を与える)

ファーストディフェンダーと相手との関係で

変動する

深すぎるカバーは前に大きなスペースを創る

◯ 集結・集中

攻撃の広がりに対する守備の集結

ボールを奪うための積極的なボール保持者へ

の囲い込み(守備の集中)

◯ バランス

マークの受け渡しなどでのバランス

リベロのカバーリングに逆サイドの選手がス

ライドし,守備のバランスを保つ

◯ コントロール

意表をつく攻撃をさせないよう,相手をコン

トロールし予測可能な状況を創る

相手の攻撃方向を限定する(制限)

無謀なタックル=飛び込まない(自制)

カルレポート3)にも以下のように述べられてい

る.高度に組織化された守備を突破するには,時

間と人数をかけることが必要となるが,それによ

りカウンターからの失点を被る危険度が同時に高

まる.「失点」と「得点」,この相反するテーマに

対して,両者のバランスを考慮し,リスクを減ら

しながら,いかに有効な攻撃をしていくかが重要

な課題である.そしてそのための手段として不可

欠なのが,正確でスピードのあるパスであり,精

度の高い前線へのロングパスである.また,プレ

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5353順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

資料 4 守備の個人戦術

◯ ボールを持った相手に対して(on the ball)

ボールとゴールを結んだライン上にポジションをとるのが基本

プレッシャーをかける(相手の自由を奪う)

ボールを注視する(相手のフェイントにかからない/ボールを奪うチャンスを逃さない)

間合い 構え ステップワーク

◯ ボールをもってない相手に対して(oŠ the ball)

正しいポジショニング

◇相手とゴールを結んだライン上を意識

◇相手とボールを同一視できる身体の向きを確保

◇チャレンジかつ裏をとられない距離

アプローチ

◇ボールの移動中にできるだけ寄せる

◇ファーストタッチの時には,相手のあらゆる動きに対応できる体勢をとる

チャレンジの優先順位

◇インターセプト

◇コントロールした瞬間をねらう

◇振り向かせない

◇ディレイジョッキー

ッシャーがかかった状況下における,正確なパス

と的確な判断に基づいた効果的なパスの選択と中

距離のパスの精度を上げる必要がある.

そこで,トレーニングに際しては,毎回パスト

レーニングを行うこととした.また,内容に関し

ては,フリーな状況で行うものから,プレッシ

ャーのもと,すばやい状況判断,決断が必要なも

の,近距離,中距離,長距離パスの判断が必要な

ものと,さまざまなバリエーションで行うことと

した.図 1は,数多く行ってきたパストレーニン

グの代表例である.これらのパストレーニングに

は,後述する◯~◯の戦術に必要な要素も含まれ

るように工夫した.

◯ 有効な攻撃は,攻撃の起点となる位置から,

3人 4人の選手の関与で構成されている.

◯ 有効な攻撃では,起点となる部分を囲む 8つ

のグリッド内で多くの選手が関与している.

◯ 有効な攻撃は,攻撃の起点を中心にした部分

からやその周辺から,多くの選手が攻撃方向

に動き出している.

上記◯~◯の戦術に関して,吉村ら6)は,有効

な攻撃を行うための条件であり,攻撃の際,ボー

ル保持選手に対して,フォローの選手,バランス

の選手,突破の選手という具体的な役割分担があ

ると述べた.

そこで,◯~◯の戦術を理解し実践できるよう

にするためには,4人組でのトレーニングを基本

に検討することとした.

4対 4のトレーニングは,オランダサッカー協

会の年齢別指導指針4)の中にも,ボールに触れる

回数が多くなり,スキルを身につけるために有用

であり,また,トップレベルのサッカー選手に不

可欠な,広い視野を身につけるためにも,さらに

は,周りとの連係を学び,サポート,カバーリン

グ,突破の動きなどの様々な要素を学ぶことがで

き,特に,サッカー選手に重要な先を読んで行動

することができると述べられている.また,オラ

ンダサッカー協会発行の 4+4 BETER LEREN

Page 7: サッカーにおける攻撃の戦術について - Juntendo...48 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7 号,48~61 (2003) サッカー研究室 Seminar of Soccer

5454 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

図 1 的確な判断と正確さが求められるパストレー

ニング

図 1a パストレーニング 1【Organization】4人 1組になる.各選手の間隔は約20 m~30 m.【Procedure】Aから Bへパス,パスが Aから B移動中に Cは Bからパスをもらえるように Bの視野に入りながら,パスを要求する.

ABCのパス(◯◯)が移動中に Dが Cからパスを受け,パス◯◯◯を完成させる.

図 1b パストレーニング 2【Organization】4人 1組になる.各選手の間隔は約20 m~30 m.【Procedure】Aから Bへパス,パスが Aから B移動中に Cと Dは,Bの視野に入りながらパスを要求する.Bからパスが出る時,Dは Cにスルーすることを要求し,Cにスルーさせ,突破の動きを行わせる.◯◯◯のパスを完成させる.

図 1c パストレーニング 3【Organization】4人 1組になる.各選手の間隔は約20 m~30 m【Procedure】Bの動きだしから Aから Bへパス,Bは Aにリターンパスを行っている間に,CおよびDは違う方向に動き出す.リターンパスを受けた Aは,自分自身で判断し Cか Dにパスを行う.ボールを受けることのできなかった Cか Dは,素早くボールが出た選手のフォローを行う.◯◯◯のパス

を完成させる.

VOETBALLEN5)には,4対 4トレーニングの重

要性,方法が詳しく説明され,4人組トレーニン

グの有用性が記されている.

そこで,本研究のメインとも言える有効な攻撃

の戦術に関しては,オランダの 4対 4トレーニン

グを参考にし,バランス,突破,フォローの選手

という独自の表現で行う 4人組トレーニングを考

案し,より選手が理解しやすく,実践しやすく工

夫することとした.図 2は,数多く行ってきた 4

人組トレーニングの代表的なものである.これら

のトレーニングは,全て◯~◯の戦術が十分に理

解されていなければ,実践できないものであり,

実践された場合は選手が戦術を認識できるもので

ある.

4人組の戦術トレーニングに関しては,トレー

ニングを行いながら様々な選手と指導者との認

知,認識の差が発生したため,できるだけ文章化

し選手に対する伝達度合いに差がでないように工

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5555順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

図 2 4人組戦術トレーニング

図 2a 4人組戦術トレーニング 1【Organization】ハーフコートを下図の点線ように 9分割し,4人組と 1人のディフェンダー(以下 DFとする)を配置する.

【Procedure】ABCDの 4人組は,DFにボールを奪われないように,他の 3つの角のグリッドを目標に移動する.

図 2b 4人組戦術トレーニング 2【Organization】下図のような 4人組と DF 1人を配置する.

【Procedure】Aから Cにパスする間に,必ず BとDは角のグリッドに動き出そうとする.Cは Aにボールをパスし,Aは動き出している Bか Dをどちらにパスするか判断する.できるだけシンプル

に,なおかつ DFにボールを奪われないように得点を狙う.

図 2c 4人組戦術トレーニング 3【Organization】ハーフコートでの 4対 4【Procedure】両チームともゴールキーパーを付け,4対 4のゲームを行う.

夫した.資料 5は,4人組の戦術トレーニングを

行った際に配付した資料である.

トレーニングに関しては,オランダサッカー協

会(KNVB)発行の Trainer Coach 4)に示され

ている通り,常にトレーニングの理想である 3部

構成(今回は,パストレーニング,4人組戦術ト

レーニング,ゲーム)で考えた.また,トレーニ

ングの内容は,選手の理解度,実践力を十分に観

察し,トレーニングの原則である,EASY to

DIFFICULTに則って行った.さらに,選手の集

中力やサッカーのゲーム時間を勘案し,トレーニ

ング時間は 1回90分以内で行った.

ウォーミングアップに関しては,グリッドを使

ったハンドパストレーニングを行い,常にボール

保持者に対して,フォローの選手,バランスの選

手,突破の選手の意識付けを行うようにした(図

3).

*ハンドパストレーニング足で行うのではな

く,最初は手で正確に行い,イメージを持たせる

ために行うトレーニングのこと.

結 果

有効な攻撃のための戦術トレーニングがどのよ

うな効果をおよぼしたかを分析検討するために,

JR東日本カップ2002第76回関東大学サッカー

リーグ戦前期 7試合および後期 7試合における J

大学の得点およびシュートに関する分析検討を行

った.

表 2は,JR東日本カップ2002第76回関東大学

サッカーリーグ戦前期 7試合および後期 7試合に

おける J大学の得点数とシュート数および公式記

録に記載されている得点経過の表である.

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5656 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

資料 5 4人組の戦術トレーニング

攻撃の入口の選手のバランスになる選手の展開力

単純に得点の入口に(スペース)・バランスの選手を使って・バランスの選手が交代して

バランスの選手をフォローして

基本的に 4通りについて練習を行ったできるだけ早いタイミングで得点の入口にボールを運ぶ

〈フィニッシュまでの考え方〉

単純にセンタリング

バランスを使って,ゴールの近くにボールを運

びシュートチャンスを作る

逆サイドに展開し,シュートチャンスを作る

横のバランスの選手が隙間に入る

横のバランスが受けようとするタイミングで,

その裏から隙間に入る

横のバランスを使い,その間に隙間から裏に飛

び出る

フォローの選手を使い,バランスが隙間から飛

び出す

フォローの選手を使い,バランスを使い,その

間に他の選手が隙間から裏に

横のバランスの選手がひっぱり,他の選手がバ

ランスに入りシュートチャンスを作る

隙間の考え方は,よりゴールの近い場所にボールを運ぶ事がディフェンスを崩す大きな要素と考えて

いるからである.

ここでの得点の入口は,相手ディフェンスのやり方,ライン構成によって,位置が変わることを十分

認識しなければならない.同様に,攻撃の入口の考え方も相手ディフェンスのやり方,ライン構成に

よって変わることを十分に認識しなければならない.また,状況によっては,攻撃の入口と得点の入

口が同時の場合もある.

トップへのフィード

単独でターンしシュート

ダイレクトでバランスの選手に落とし,その間に突破する選手をつかう

得点の入口に(ワイド)

トップへのフィードは,長くても短くても,動き出さなければならない.

ロングボールをダイレクトでできるだけ前で受けることのできる選手をつくる.

センタリングおよびコーナーキックでのグリッドの意識

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5757順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

図 3 ハンドパストレーニング

図 3a ウォーミングアップ(4 vs 4ハンドパストレ~ニング)

図 3b ウォーミングアップ(4+1 vs 4+1ハンドパストレ~ニング)

表 2 前期リーグ

対戦相手 得点 失点 シュート数 得点経過

A大学 1 1 11 右◯~→中央◯左足 S

G大学 3 2 6 中央×こぼれ◯→右足 S

中央×こぼれ◯右足 S

左 CK◯↑中央◯H→◯右足 S

AJ大学 1 1 8 左直接 FK↑中央◯HS

KO大学 0 1 5

T大学 1 2 11 左◯~↑中央相手 DFクリア◯左足 S

K大学 0 5 8

KM大学 0 3 6

表 3 後期リーグ

対戦相手 得点 失点 シュート数 得点経過

A大学 3 0 12 左直接 FK◯↑相手 DFクリア中央◯→◯右足 S

左◯~→中央◯右足 S

右◯↑左◯~左足 Sポスト返り中央◯左足 S

G大学 1 3 13 中央◯左足 S相手 DFこぼれ◯右足 S

AJ大学 0 0 12

KO大学 2 1 7 左◯↑中央◯→◯右足 S

左◯↑相手 DFクリア右◯↑中央◯HS

T大学 1 5 4 中央×◯→◯左足 S

K大学 2 1 11 右◯↑中央◯↑◯右足 S

左◯→中央◯~→◯右足 S

KM大学 0 6 8

前期,6得点に対するシュート数48本,後期,

9得点に対するシュート数65本,得点,シュート

数とも増加している.また,若干ではあるが,得

点に対するシュートの精度が向上している.

また,前期の 6得点中 1得点が,高いラインで

ボールを相手から奪取し,得点に結びついたもの

があったが,今回の戦術トレーニングの効果が発

揮させたものと判断しにくい.しかしながら,後

期は,9得点中 5得点が,今回の戦術トレーニン

グの効果が発揮された結果の得点であると思われ

る.

考 察

戦術トレーニングの効果を検証するために,後

期の 5得点の経過について分析検討を加えた.

得点経過分析検討に際しては,有効な攻撃を行

うための戦術◯~◯において重要なポイントとな

る以下の 4項目を基準に行った.

a) ボール奪取

b) パスの精度

c) 状況判断

d) フォロー,バランス,突破の理解と実践

表 4, 5, 6は,後期の 5得点の得点経過を上記

の 4項目を基準として考察したものである.考察

に際しては,パスが成功し攻撃の局面が変わった

3および 4シーンをゲーム映像から抽出し行った.

サッカーという競技は,刻々と変化する状況の

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4後期得点経過

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5959順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)表

5後期得点経過

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6060 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)表

6後期得点経過

中で,その状況をいかに早く判断し実践すること

によって得点を目指すスポーツである.そのた

め,何か一つの技術や戦術を理解し実践できるよ

うになったからと言って,得点に結びつくわけで

はない.目標を達成するために必要な多くの要素

を理解し,少しずつでもその多くの要素ひとつひ

とつを向上させることが重要である.本研究で

は,上記の a)~d)の 4ポイントを基準に,有効

な攻撃のトレーニング効果を考察したが,a)ボー

ル奪取は効果が出たが,c)状況判断は効果が出

なかったというように全てのポイントが発揮され

ないで,有効な攻撃にはならないことが確認でき

た.4ポイント全てが発揮され,初めて有効な攻

撃となり,得点となることが確認された.

表 4, 5, 6に示された得点に結びついた有効な

攻撃は,全て a)ボール奪取,b)パスの精度,c)

状況判断 d)フォロー,バランス,突破の理解と

実践のポイントが発揮されていることが確認さ

れ,それは 1年間継続された戦術トレーニングの

効果であることが示唆された.また,映像を使い

客観的に選手にフィードバックする方法や目指す

戦術に関する資料配付,戦術に関する議論は,ト

レーニング効果を促進するものであることが示唆

された.

前期においては,ボール保持者が孤立する場面

が多く,これは,特に b)パスの精度,d)フォ

ロー,バランス,突破の理解と実践が欠如してい

たためであることが確認できた.そして,継続し

たトレーニングが,ボールが動くたびに,また状

況が変化するたびに,次々に d)フォロー,バラ

ンス,突破の理解と実践を可能にしたことが確認

できた.さらに,状況判断から,バランスから突

破の選手になる,フォローから突破の選手になる

ような,修正能力も,継続したトレーニング効果

であると確認できた.

さらにトレーニング期間を延ばすことによっ

て,トレーニング効果があらわれることが示唆さ

れた.

結 論

刻々と変化する状況の中で,有効な攻撃を行う

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6161順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7号(2003)

ための戦術として,4つのポイントが重要な要素

となることが示唆された.

どのタイミングで突破の動きを行うかの判断

力.

ボール保持者の状態,状況の把握.

どれだけ素早く自分がフォロー,バランス,

突破の選手になるかの判断と実行.

全選手が同レベルでの充分な戦術理解の獲得.

また,上記戦術を理解し実践するために考案さ

れたトレーニングは,回数を重ねることにより,

効果があることが示唆された.そして,その効果

は,トレーニングのねらいやポイントを十分に理

解させる指導,映像を用い選手への客観的なフ

ィードバック,同一指導者の継続的な指導,選手

同士の戦術に対する議論などが影響していると考

えられた.

参考・引用文献

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5) J. Weineck, G. Wegener (1988) 4+4 BETER LE-

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6 ) 吉村雅文,野川春夫,久保田洋一,末永 尚

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8) 湯浅健二(1997)闘うサッカー理論.東京,三交

社,2425.

(平成14年11月29日 受付

平成15年 2月 7日 受理)