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サーモグラフィ― 熱画像による 牛の体温測定とその精度検証 澁谷 良治[株式会社 CS ソリューション/代表取 締役社長] 柚木 秀介株式会社CSソリューション/営業部長] 池田 幸平[株式会社 CS ソリューション/システ ム開発部主任] 武田 一真[株式会社 CS ソリューション/システ ム開発部研究員] 杉本 昌仁[(地独)北海道立総合研究機構・農業研 究本部畜産試験場/主査] 齊藤 早春[(地独)北海道立総合研究機構・農業研 究本部畜産試験場/研究員] 大井 幹記[(地独)北海道立総合研究機構・農業研 究本部畜産試験場/研究員] 遠藤 哲代[(地独)北海道立総合研究機構・農業研 究本部畜産試験場/研究員] 堂腰 [(地独)北海道立総合研究機構・農業研 究本部根釧農業試験場/研究主任] 背景・目的 生後 1 年以内の子牛は抵抗力が弱く、へい死率は 8 %もあり子牛の健康管理は大きな課題となっている。近 年導入が広がっている哺乳ロボットシステムは約 10 m 四方のパドックに子牛が 20 頭程度飼育されているた 1 頭が感染症になると他への影響が大きい。 当社ではこれまで、牛眼部の熱画像を計測しこれを指 標として牛の健康状態を監視するための研究開発を進 めてきたが、様々な測定環境において眼部温度が深部体 温の指標として高い相関を示すか、実用的な精度を確保 できるかについては明らかでなかった。牛群の健康モニ タリングシステムの一部として眼部熱画像を利用する ためには、深部体温のサーカディアンリズムを捉えられ る精度が必要と考えられ、深部体温の日内変動と眼部温 度・眼部熱画像との関係を明らかにする必要がある。 内容・方法 哺育期の子牛の健康状態モニタリングの必要性は先 に述べたが、健康状態の指標となる既往技術である体温 測定は直腸内検温で牛へのストレスが大で人手、技術の 関係から日常的な適用は困難で、常時・継続的な計測を 行うことができるかが課題として残った。 熱画像解析を用いた温度計測のための赤外線サーモ グラフィが市販化され牛へのストレスが無くなったが 体毛が妨げとなって牛への適用困難で常時・継続的な計 測は無理と思われていた。 これまでの熱画像データを指標とした体温計測の基 本概念の構築とシステムの研究により牛眼部の熱画像 解析による眼部温度の変化と直腸内検温による深部体 温の変化の相関関係、熱画像を指標とする深部体温の値 と変化程度に関する精度等を牛群を用いた試験により 相関関係を解明する。 上記の結果を踏まえ 熱画像データから深部体温の指標となる温度パラメー タを眼部温度抽出するための最適プログラムの開発 に反映させる。 熱画像解析結果と直腸体温のデータベースの作成 -開発する成果の特徴と利用場面- 狭い範囲で移動する哺育牛の眼部を画像上で捉え、熱 画像解析データを指標として非接触で自動的・継続的 に正確な深部体温を計測する技術を開発する。 哺乳ロボット等に組み込まれた非接触自動体温計測 装置として製品化する研究を行う。 将来的には牛の健康管理モニタリングシステムに活 用する。 結果・成果 供試牛にはルーメンフィステル形成済みの黒毛和種 成去勢牛 4 頭を用いた。 データ採取期間は平成 24 1 4 日~1 31 日に実施 したが、供試家畜を熱的中性圏に置くため、代謝試験室 の環境温度はおおむね10 度を目標に石油ファンヒーター を用いて温度管理を行った。 データは 9 : 00 および 13 : 00 の一日二回採取した。直 腸温の測定は水銀体温計を用いて 10 分計測を行った。 眼部熱画像は、供試牛の右目について、サーモカメラ ARTCAM−320−THERMO−PORTABLE、画角50°、 8mm レンズ、画素数 320×240)で眼部から約1 メートル離れ た距離で撮影した。サーモカメラの動作制御はタブレッ PC で専用ソフトウエア(ARTCAM−320−THERMO− PORTABLE)を用いた。 サーモカメラと PC USB で接続し、撮影前にタッ チ画面で個体番号を入力しデータ解析の際に個体番号 の入力作業などでミスが生じないようにソフトウェア を開発した。 温度データの解析は撮影した熱画像を専用ソフトウェ アで読み込み、画像輪郭抽出ソフトウェア(CEE、コム 41

サーモグラフィ―熱画像による 牛の体温測定とその …(ARTCAM−320−THERMO−PORTABLE、画角50 、8mm レンズ、画素数320×240)で眼部から約1メートル離れ

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Page 1: サーモグラフィ―熱画像による 牛の体温測定とその …(ARTCAM−320−THERMO−PORTABLE、画角50 、8mm レンズ、画素数320×240)で眼部から約1メートル離れ

サーモグラフィ―熱画像による牛の体温測定とその精度検証澁谷 良治[株式会社CSソリューション/代表取

締役社長]柚木 秀介[株式会社CSソリューション/営業部長]池田 幸平[株式会社CSソリューション/システ

ム開発部主任]武田 一真[株式会社CSソリューション/システ

ム開発部研究員]杉本 昌仁[(地独)北海道立総合研究機構・農業研

究本部畜産試験場/主査]齊藤 早春[(地独)北海道立総合研究機構・農業研

究本部畜産試験場/研究員]大井 幹記[(地独)北海道立総合研究機構・農業研

究本部畜産試験場/研究員]遠藤 哲代[(地独)北海道立総合研究機構・農業研

究本部畜産試験場/研究員]堂腰 顕[(地独)北海道立総合研究機構・農業研

究本部根釧農業試験場/研究主任]

背景・目的

生後1年以内の子牛は抵抗力が弱く、へい死率は8%もあり子牛の健康管理は大きな課題となっている。近年導入が広がっている哺乳ロボットシステムは約10m四方のパドックに子牛が20頭程度飼育されているため1頭が感染症になると他への影響が大きい。当社ではこれまで、牛眼部の熱画像を計測しこれを指

標として牛の健康状態を監視するための研究開発を進めてきたが、様々な測定環境において眼部温度が深部体温の指標として高い相関を示すか、実用的な精度を確保できるかについては明らかでなかった。牛群の健康モニタリングシステムの一部として眼部熱画像を利用するためには、深部体温のサーカディアンリズムを捉えられる精度が必要と考えられ、深部体温の日内変動と眼部温度・眼部熱画像との関係を明らかにする必要がある。

内容・方法

哺育期の子牛の健康状態モニタリングの必要性は先に述べたが、健康状態の指標となる既往技術である体温測定は直腸内検温で牛へのストレスが大で人手、技術の関係から日常的な適用は困難で、常時・継続的な計測を行うことができるかが課題として残った。熱画像解析を用いた温度計測のための赤外線サーモ

グラフィが市販化され牛へのストレスが無くなったが体毛が妨げとなって牛への適用困難で常時・継続的な計測は無理と思われていた。これまでの熱画像データを指標とした体温計測の基

本概念の構築とシステムの研究により牛眼部の熱画像解析による眼部温度の変化と直腸内検温による深部体温の変化の相関関係、熱画像を指標とする深部体温の値

と変化程度に関する精度等を牛群を用いた試験により相関関係を解明する。

上記の結果を踏まえ�熱画像データから深部体温の指標となる温度パラメータを眼部温度抽出するための最適プログラムの開発に反映させる。

�熱画像解析結果と直腸体温のデータベースの作成-開発する成果の特徴と利用場面-

�狭い範囲で移動する哺育牛の眼部を画像上で捉え、熱画像解析データを指標として非接触で自動的・継続的に正確な深部体温を計測する技術を開発する。

�哺乳ロボット等に組み込まれた非接触自動体温計測装置として製品化する研究を行う。

�将来的には牛の健康管理モニタリングシステムに活用する。

結果・成果

供試牛にはルーメンフィステル形成済みの黒毛和種成去勢牛4頭を用いた。データ採取期間は平成24年1月4日~1月31日に実施

したが、供試家畜を熱的中性圏に置くため、代謝試験室の環境温度はおおむね10度を目標に石油ファンヒーターを用いて温度管理を行った。データは9 : 00および13 : 00の一日二回採取した。直

腸温の測定は水銀体温計を用いて10分計測を行った。眼部熱画像は、供試牛の右目について、サーモカメラ(ARTCAM−320−THERMO−PORTABLE、画角50°、8mmレンズ、画素数320×240)で眼部から約1メートル離れた距離で撮影した。サーモカメラの動作制御はタブレット PCで専用ソフトウエア(ARTCAM−320−THERMO−PORTABLE)を用いた。サーモカメラと PCは USBで接続し、撮影前にタッ

チ画面で個体番号を入力しデータ解析の際に個体番号の入力作業などでミスが生じないようにソフトウェアを開発した。温度データの解析は撮影した熱画像を専用ソフトウェ

アで読み込み、画像輪郭抽出ソフトウェア(CEE、コム

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ズ)を使用し、解析するエリアをカーソルで指定(四角)した範囲内の最高温度から5番目までの高い温度とその画素数を算出した。データ採取前にサーモカメラと専用ソフトウェアの

テスト撮影を平成23年12月に2日間連続して行った。1日目のテスト後サーモカメラは畜舎に置いておき、翌日もテスト撮影を試みたが熱画像が PCに表示されない事象が発生したためサーモカメラをメーカーに送り原因調査を依頼した。調査の結果、テスト実施日は外気温が10度を下回り、使用環境想定最低温度(20度)を下回ったために誤作動したものと判断された。このため、サーモカメラから冷却用ファンを取り外し、

さらにカメラごとに設定する使用環境想定温度パラメータを-10度~10度に設定し使用した。撮影した熱画像から推定した眼部温度は、平均値は

37.6℃であった。平均値は、直腸温と約1℃のマイナスバイアスが観察された。一方、最小値が25.8℃で最大値は53.8℃であり、バラ

ツキが極めて大きかった。眼部温度が30℃を下回ることや40℃を超えることは現実的には考えられず、測定誤差と推察された。この原因は、純粋な機器的誤差、測定手技、測定角度、測定距離、供試動物の個体間差、環境温度などが考えられる。今回用いたサーモカメラの最適作動温度域は、厳冬期に実施する試験であったことから-10度~10度に設定されている。したがって、室温がそれより高い場合あるいは低い場合には眼部からの放射熱量の過大評価・過小評価が起こった可能性が疑われる。本研究の結果、直腸温と眼部温度との関係の相関は統

計的に有意ではあるが、相関係数は0.37と低く、現段階では推定のための回帰式が実用に耐えうるものではないと考えられた。

今後の展望

本実験において、赤外線熱画像から推定した眼部表面温度は直腸温と直線的な関係性を有することを明らかにできた。しかし、実際の生産農場における実用化に向けては、画像データから直腸温の推定において正確性の点で改善を要することも示された。改善の方向としては、機器的、手技的、環境的、生理的側面等から総合的に研究開発を進める必要がある。また、適用場面を想定した製品開発も同時に進めることが望まれよう。哺乳ロボットシステムへの導入はその最短距離にある応用場面だと考えられる。非接触で、体温の常時モニタリングを可能とする本技術の実用化は、多頭化が進む日本の家畜生産において、省力化および効率化および損耗防止を進める上で大きく寄与するので、今後はより正確な温度推定を行うため、カメラの改良や撮影方法を含めた総合的な技術開発が必要だと考えられる。

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