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1 ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に― The Structure of Responsibility Accounting System for Hotel-Related Companies Based on the Uniform System of Accounts for Lodging Industry in USA井 上  博 文 * Hirofumi INOUE Hirofumi INOUE 観光文化学科(Department of Tourism) Abstract Responsibility accounting is a system of accounting used to evaluate the performance of individual managers and supervisors within an organization. Such a system is created by organizing all the accounts over which each manager or supervisor exercises direct control into separate groups called responsibility centers. By forming account groups in this way, in a manner consistent with the delegation of responsibility, the results of each manager’s or supervisor’s performance can be evaluated independently of the performance of the organization as whole. This individualized feedback is essential in an organization because it provides the information that upper-level managers need to judge the efficiency with which lower-level personnel are fulfilling the responsibilities delegated to them. This article first discusses the nature and goals of a business organization, as well as some criteria to be used in the departmentalization of an organization. Next, an explanation of the relationship to responsibility accounting of controllable and uncontrollable costs and of allocated and unallocated expenses is given. This is followed by an explanation of responsibility centers. The function of the chart of accounts and various departmental account schedules within the hotel income statement as a part of the responsibility accounting system are also discussed.

ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一 ... · 2015. 4. 21. · 1 ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に―

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ホテル企業の責任会計システムの構造―米国のホテル会計統一システムを中心に―

The Structure of Responsibility Accounting System for Hotel-Related Companies−Based on the Uniform System of Accounts for Lodging Industry in USA−

井 上  博 文 *

Hirofumi INOUE

* Hirofumi INOUE 観光文化学科(Department of Tourism)

Abstract

Responsibility accounting is a system of accounting used to evaluate the performance of individual

managers and supervisors within an organization. Such a system is created by organizing all the accounts

over which each manager or supervisor exercises direct control into separate groups called responsibility

centers. By forming account groups in this way, in a manner consistent with the delegation of responsibility,

the results of each manager’s or supervisor’s performance can be evaluated independently of the performance

of the organization as whole. This individualized feedback is essential in an organization because it provides

the information that upper-level managers need to judge the efficiency with which lower-level personnel are

fulfilling the responsibilities delegated to them.

This article first discusses the nature and goals of a business organization, as well as some criteria to be

used in the departmentalization of an organization.

Next, an explanation of the relationship to responsibility accounting of controllable and uncontrollable

costs and of allocated and unallocated expenses is given. This is followed by an explanation of responsibility

centers. The function of the chart of accounts and various departmental account schedules within the hotel

income statement as a part of the responsibility accounting system are also discussed.

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015)

1.はじめに

 わが国のホテル業界は、バブル崩壊以降、業績が低迷したままであったが、一昨年(2013)9 月に

開催された IOC 総会において 2020 年のオリンピックが東京開催と決定してから、その期待感からホ

テル需要が上向きに推移している。デフレ期においてはリストラ等で経費の削減を押し進めて来たが、

一向に利益向上に繋がらないままホテル経営者は成すすべを無くしていたといわざるを得なかった。

こうした中、外資系ホテルは、意外に元気な経営を行っている。その理由の一つにホテルの所有・経

営・運営の分離によりそれぞれの組織階層の経営管理責任の所在が明確化されている点があげられる。

特に外資系ホテルの組織構造は、日本のホテル組織と比較して総支配人の職務権限に違いがあり、責

任体制を維持する会計システムが確立されている。本稿では、外資系ホテルが採用している「ホテル

会計統一システム」を中心に責任会計システムの構造ついて検討する。

2.日本のホテルと外資系ホテルの組織の違い

 日系ホテルの組織(図表- 1)は、日本の伝統的組織風土を根幹としている。それは、終身雇用制、

学歴・年功序列賃金制度に代表され、強い序列意識を維持するため、部・課・係などを細分化し全て

に職位を与えるため、階層も増えて組織図がやたらに複雑化する傾向がある。総支配人の権限と責任

の所在があいまいであり、総支配人の上部に常勤役員、副社長、社長、会長等がいて、総務、人事、

経理、資材等の管理部門の直接支配は除外され、営業部門のみを統括している組織構造である。

 外資系ホテルの組織(図表- 2)の特徴は、営業部門を中心に作られ、管理部門は極めて省力化され、

営業部門のサポート機能として位置づけられている。最も重要な総支配人の人選は、経営能力とリー

ダーシップの持ち主であることと、その国、地方のスタッフと協調できる人材を選任している。総支

配人には、ホテルの管理運営上の権限を与えられ運営責任を持たされる。

図表- 1 日系ホテルの組織

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ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に―

図表-2 外資系ホテルの組織

3.米国、「ホテル会計統一システム」とその目的

 「ホテル会計統一システム(USAL)」(以降、「統一システム」という)は、財務情報の統一分類、

構成および表示を実行し、ホテル業界の財務諸表の報告に「共通言語」を作り出すことを主たる目

的とし、ニューヨーク市ホテル協会(HANYC)により 1926 年に作成された。このホテル会計統一

システムは、アメリカ・ホテル,モーテル協会(AHMA)により承認されたが、時代の要請に遅れ

ないように数回にわたり更新されてきた。1986 年に刊行された、改訂版(第 8 次改訂版)には、ア

メリカ公認会計士協会(AICPA)および財務会計基準審議会(FASB)の新しい公告に準拠し財務

諸表に求められる数多くの変更が盛り込まれた。財務諸表の統一表示の作成に伴い、「統一システム」

を使い次の目的が達せられるようになっている。

①ホテル企業の財務諸表の相互の比較を容易にする。ある企業の現在の業績と、それ以前の年度の

業績とが比較できると同時に、業界の同じ業務部門の類似した事業活動との比較も可能である。

②それぞれ主要な収益生産単位または部門の営業成績を明らかにし、部門ごとの業績の分析および

評価の基準を提供し、経営管理情報の効率的なフロー(流れ)を可能にする。

③責任会計の適切なシステムの必要性の認識。収益と費用の項目を一定の方式によってまとめるこ

とにより、特定の単位分野の経営管理に責任を負う者の評価が可能になる。

④ホテル業界の中の適用可能な部門の事業活動で使用できる、便利で効率のよい会計システムの提

供。このシステムには、財務諸表の構成、分類、そして作成のための標準様式が含まれる。

⑤ホテル産業についての地域的統計、全国的統計、そしてさらには世界的な統計の開発を容易にす

る。経営陣が注目しなければならない事業遂行上の問題分野を模索している個々の企業は、これ

らの統計を、その業績の尺度として利用することができる。

 「統一システム」は、業界の特定部門の業績を表示できる便利かつ効果的な方法になっている。「統

一システム」は、ホテル業の営業成績を公表するための一般に認められたマニュアルである。実際、

このシステムは、経営判断の基礎になる経営陣のための情報二一ズを最優先したすぐれたツール(手

段)である。さらに、「統一システム」はかなり柔軟性に富み、個々の企業の経営二一ズに適合する

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015)

よう調整することが容易である。しかし、「統一システム」は強制されるものでない。

4.「統一システム」の部門別損益計算書の内容

 経営管理目的に最も合致する様式の部門別損益計算書の表示について検討する。「統一システム」

に基づく部門別損益計算書は、前に検討した主たる目的に添った社内の経営管理に活用することを意

図したものである。部門別損益計算書は、ホテルの業績を要約している。この様式に記載される収益

と費用の取り合わせにより、ホテル事業のあらゆる収益生産活動についての効果的なチェックが可能

になっている。

 部門別損益計算書の基本構造(図表- 3)は以下に示したとおりである。

図表- 3 部門別損益計算書の基本構造

 第 I 段階には、ホテルのすべての収益生産活動が記載される。これらの収益生産部門に直接帰属す

る費用は、それぞれの該当する部門に振り分けられる。部門の収益から部門の費用を差し引き、その

部門の利益が決まることになる。この部門利益は、部門の業績を評価するための基準として役立つこ

とになる。

 第Ⅱ段階で、当該事業活動の効率全般の尺度になる、「固定費控除前利益」の算出の際に、部門の

総利益から未配賦営業費を差し引くことになる。この未配賦営業費は企業全体の利益のために負担し

たものであり、したがって特定の部門に配賦されない。たとえば、本部長の報酬は、特定の部門の利

益のためではなく、当該組織の全体の利益のために支払われたものと解釈される。

 第Ⅲ段階は、税引き前利益の算出に際し差し引かれた固定費からなる。このような固定費は、当該

資産費用の関数という意味ではホテルの資本費用であり、したがって当該事業の管理者の権限の範囲

を超えるものである。このようにして、固定費は、業績全般の評価の際には考慮されず、総支配人の

業績評価の尺度になるのは固定費控除前利益である。

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ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に―

 最後に、「ボトムライン(bottom line)」即ち当該年度の純利益(または純損失)は、税引き前利

益から所得税を差し引くことになる。

 理論的には、間接費(未配賦営業費および固定費)の多くを、営業部門ごとに配賦することは可能

である。たとえば、マーケティング費用を、部門収益を基準にして割り当てることはできる。同様に、

暖房費・照明費および電力費を、占有面積またはメーター目盛りを基準にして割り当てることは可能

である。営業部門ごとに間接費を割り振る他の基準としては、部門の給与総額や部門ごとの従業員数、

そして部門利益総額などが考えられるだろう。しかし、間接費の割り振りは信頼できる正確なものと

はいえない。なぜなら、常に論理的かつ正確な基準に基づき、各々の営業部門ごとに費用を割り振る

ことは不可能であるからだ。このようにした場合には、使用する特定の割り振りはやっていない。そ

の代わりに、間接費は企業全体のために負担しなければならないもの、という立場をこれらの企業は

とっている。

 「統一システム」を基準とした部門別損益計算書の詳細な検討では、この三つの主要な項目ならび

に損益計算書の各々の科目の分析に重点をおいたものになる。また、損益計算書の集約済みのさまざ

まな科目の詳細な情報を記載した、付属明細表を検討することにする。部門別損益計算書のそれぞれ

の該当科目に対して、これらの裏付けとなる明細の参照事項が記載されることになる。

5.ホテル企業における責任会計制度

 責任会計とは、企業における支配人や監督者の業績を評価するために用いられる会計上の制度であ

る。この制度は、それぞれの支配人や監督者が、責任センターと呼ばれる個別のグループを直接支配

するすべての勘定を取りまとめることにより作られるものである。このように責任の委譲と整合性の

ある形で勘定グループを形成することにより、個々の支配人や監督者の業績は、企業全体の業績とは

切り離されて評価されることとなる。この個人個人に対する評価は、企業にとって極めて重要である。

それは、下層の職員に委譲された責任を、これらの下層部の職員が果たす効率を上層部の支配人が判

断する情報を提供するからである。

 この稿ではまず、企業体の性質と目標について説明し、また、一つの企業の部門化に用いられるい

くつかの基準についても説明する。次に、管理可能な経費と管理不能な経費、また割り当てられた経

費と割り当てられていない経費の責任会計との関係について説明する。その後で責任センターについ

て説明する。さらに責任会計制度の一部としての、種々の勘定のチャートの機能や種々のホテルの損

益計算書における部門別の勘定表についても論ずることにする。

⑴ホテル企業体の性質と目標

 ホテル企業体は、共通の目標を達成するために、一緒に働いている人たちのグループであると定義

することができる。ホスピタリテイ関連企業の経営者の全般的な目標は、その顧客に対するサービス

を最大限に利用しながら、企業の資産をできる限り有効に運営することにある。市場経済下において

は、経営陣が達成した成功の程度は、終局的にはその企業の収益力によって示される。

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015)

 利益は、収入から費用を控除して得られる。したがって、企業の収入が大で費用が小であればある

ほど、純利益は大となる。この稿において用いる収益力は、単に純利益の測定の尺度のみならず、こ

の純利益を生み出すに要する投資の額によるものである。総資産 400 億円 のある企業が 20 億円の純

利益を生み出したとすれば、総資産 500 億円の企業で 20 億円の純利益を上げている企業よりも、明

らかにその所有する資源をより効果的に運営していることとなる。企業の収益力を測定する場合、収

入は、必ず投資に関係するものである。この関係を投資収益率(ROI)と呼んでいる。

 上記を要約すると、企業の全般的な目標は、次の三つの小目標に分解することができる。

 ・ 収入を最大限とすること。

 ・ 支出を最小限とすること。

 ・ 投資を最小限とすること。

 目標を達成するについての経営者の成功度が大であればあるほど、企業の投資収益率(ROI)は大

となる。目標の最終的な責任者は、企業の社長である。社長は、企業の目標を達成するに要するすべ

ての機能を自ら果たすことはできないため、社長はその責任の一部を他の管理者たちに委譲すること

が必要となる。管理者たちは、これを受けて責任を部下たちに委譲することとなる。こうしてその組

織の機構はピラミッドのような形を作り上げることとなり、最底辺は個々のホテルやレストランの従

業員となる。典型的なホスピタリテイ関連企業の組織図は、図表- 4 の通りである。

図表- 4 インターナショナル・ホテル会社組織図

 図表- 4 に見る通り、社長は、自らが負っている全般的な目標の一部を達成するために、責任を部

下の支配人たちに委譲していることが歴然としている。上図の企業の社長は、企業全体として、収入

を最大限に増大し、経費を最小限に縮小し、また投資を最小限に縮小する責任を担っている。国内に

おけるこれらの目標を達成する責任は、国内担当の副社長に委譲される。これを受けて副社長は、責

任を北海道、関東、中部、関西および九州の地域統括支配人に委譲する。これらの地域統括支配人は

それぞれ、責任をホテルの支配人たちに委譲し、これを受けてこれらの支配人たちは、責任を各部長

に委譲する。このようにして関東地域の組織図は、 図表- 5 に見られる通り、個々のホテルのレベル

に下りてくる。

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ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に―

図表- 5 ホテルの個々の部門の組織図

 図表- 5 に見られる通り、ある部はその企業において水平の線で結ばれ、またある部は縦の線で結

ばれる。これは、それぞれの部の機能の性格によるものである。料理飲物を生産し、販売し、またサー

ビスを一般大衆に提供する責任を委譲されている部は、ラインと呼ばれる。これらの部は、企業のた

めに収入を生み出すことに直接携わっており、企業に縦の線で結ばれている。これらの事例は、上記

の図では宿泊部であり、料飲部であり、また宴会部である。販促部や管理部などの他の部は、ライン

部を支援する責任を担っている。これらの部は、その企業において水平の線で結ばれており、スタッ

フと呼ばれている。

 組織内において効率を高めるためには、特定の地域、総本部、あるいは部のすべての職員が共通か

つ論理的な目標を持つことができるように機能に沿って地域、総本部、および部を作ることが必要で

ある。たとえば、上記の組織図において関東地域の職員のうち何人かが中部地域のホテルの責任を担っ

ている場合には、関東地域の全職員は共通の目標を持っていないことになる。またこのような形でい

くつかの組織を超えて責任を負うことは、非論理的なものとなる。したがって最大限の効果を上げる

ためには、責任会計制度上の責任の委譲は、その企業の組織上の機構に沿ったものであることが必要

となる。

⑵管理可能な費用と管理不能な費用

 支配人や監督者が何らかの活動について責任を負わされた場合には、その活動に関連した支出につ

いての権限を与えられていなければならないということは、これまた論理的である。もしホテルのレ

ストランの支配人がレストランの収益について責任を負っている場合には、支配人はレストランの経

費の権限を与えられていることが必要である。経費についてレストランの支配人が権限を有していな

い場合には、レストランの損益計算書に含まれる収入については、責任を負うことはできない。たと

えば、ホテルの人事部長がホテルのレストランのウエイターやウエイトレスの採用権や解雇権を持っ

ている場合には、レストランの収益に基づいて、料飲部の部長の業績を評価することはできないこと

となる。それは、この収益の計算に用いられた給与の大部分は、料飲支配人の権限下にないからである。

 支配人の業績は、支配人が直接権限を握っている収益や経費に基づいてのみ公正に評価されるもの

である。このような支配人に関する限り、そのような経費は管理可能な経費である。ある特定の支配

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人の管理不能な経費は、その支配人に関する限り、管理不能な経費である。統一システムに列挙され

ている未配賦の営業経費や固定費は、宿泊支配人、料飲支配人、およびその他の収益を生み出してい

る部の支配人に関する限り管理不能な経費である。

 しかしながら、一切の経費や費用は、企業のいずれかの段階における管理者が管理できるものであ

る。未配賦営業費は、一般管理部、販促部、顧客接遇部、および財産保守・エネルギー部の部長が管

理可能なものである。各部の経費や未配賦の営業費は、各部の部長の責任および権限を通じてそのホ

テルの総支配人により管理されている。家賃/借地料、減価償却費、財産保険料や不動産税のような

固定費は、そのホテルの所有者、あるいはホテルの規模や等級、ならびに継続的な存続の決定責任を

有する地域統括者が管理可能なものである。もっともこれらの経費は、ホテルの支配人や部長に関す

る限りは管理不能な経費である。

⑶配賦済経費 対 未配賦経費

 同様に、責任センターの支配人間に明確な管理の一線を画することができない厄介な問題は、ある

一つの責任センターの経費を他の責任センターに、その裁量により割り当てるということである。ホ

テルの全体損益計算書(The long-form hotel income statement)の場合には、未配賦の営業費や固

定費は、部分的には宿泊部、料飲部などのホテルのライン各部に対するサービスの提供に伴って発生

する。しかしライン各部の支配人は、これらの経費を管理することができないのである。こうしてラ

イン各部は、スタッフ各部からのサービスにより便益を受けているにもかかわらず、こうした事情は

ライン各部の部ごとの損益計算書に未配賦の営業費を割り当て、あるいは含める責任会計制度を歪め

ることとなる。

 家賃/借地料の経費は、それぞれのホテル部に配分され、またこの経費は、種々の部の管理者の業

績を評価するのに用いられる経費の一つであると考えることが必要である。このような状況において、

もしそのホテルの所有者や地域担当支配人が家賃/借地料の値上げを認めた場合には、この家賃/借

地料の増大や部の収益のマイナス要因は、各部の支配人がこの経費の権限を持たず、またそれについ

て論理的な責任を有していないにもかかわらず、その各部の支配人の業績は低下したように見られる

こととなる。責任会計上の観点から見れば、このような割当ては不公平である。家賃/借地料の経費

は、統一システムに沿って作成されるホテルの損益計算書に記載される固定費の一つであり、これは

ホテルの所有者や地域担当支配人が管理できるものであり、したがってその所有者や地域担当支配人

の業績の評価にのみ用いられるべきものである。

⑷責任センター

 支配人が達成する責任を負うある特定の目標があり、またその費用あるいは経費が支配人や監督者

が管理可能なものである場合、上述のような各部は、責任センターと呼ばれている。責任センターを

設ける理由は、次の二つである。

①責任センターにおいては、上層部の支配人が、ある特定の組織の目標達成の責任を各部長に委譲

することが可能であること。

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②責任センターにおいては、各部の勘定に現れる、各責任センターの支配人の業績に関する必要な

フィードバックを、上層部の支配人に取得させることが可能である。

 ホスピタリティ業においては、主なる三つの目的(収入を最大限にすること、経費を最小限に抑え

ること、投資を最小限に抑えること)は、次の四つの種類の責任センターにより達成される。

①収益センター

 収益センターの支配人は、収入を最大限にし、また経費を最小限に抑える責任を負っている。

②収入センター

 収入センターの部長は、収入を最大限にする責任を負っている。

③経費センター

 経費センターの支配人は、経費を最小限に抑える責任を負っている。

④投資センター

 投資センターの支配人は、収入を最大限にし、経費を最小限に抑え、また投資を最小限に抑える

責任を負っている。

 これらの四つの種類の責任センターは、 図表- 6 に掲げられたホテルの全体損益計算書に関係する

ものである。

 宿泊部、料飲部、電話部は、売上高を最大限にし、また経費を最小限に抑える責任を負っている。

すなわち、これらの部は収益センターである。ストア賃貸部は、これに関連する明確な経費勘定は保

有していない。すなわち、この部は収入センターである。他の各部はスタッフ部で、収入を生み出し

てはいない。これらの管理者の目標は、ホテルの他の各部に対するサービスを削減することなく、最

小限に経費を抑えることである。すなわち、これらの部は経費センターである。ホテルは全体として

見た場合、投資センターである。その理由は、所有者または設計に責任を負う地域担当支配人の目的

は、ホテルの収益力を最大限にし、またホテルの経費を最小限に抑えながら、不動産や機器に対する

投資を最小限に抑えることであるからである。

 ライン部の支配人の業績は、いかに上手にその部の利益(その部の収入-経費)を最大限にしてい

るかによって評価することが可能である。スタッフ部の支配人の業績は、いかに賢明に提供するサー

ビスの質を維持し、また改善しながら部の経費を管理しているかによって評価することが可能である。

ホテルの各部の運営の責任を担い、また各部の管理者を通じて経費を管理する責任を負い、固定費に

ついては責任を負わないホテル総支配人の業績は、固定費控除前利益を最大限にすることについて評

価されることとなる。最後に、ホテルの等級や規模が確定された後においては、ホテルの固定費の額

を決定し、また総支配人を通じて、ホテルの収入と支出を支配している、所有者または地域統括支配

人の業績は、純利益と投資額に基づいて決定されることとなる。

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正味収入 売上原価給与および関連経費

その他の経費

収益(損失)

)円千:位単(門部業営宿泊部   1,280,000 200,000 94,000 986,000料飲部   570,000 188,000 227,000 65,000 90,000電話部   29,000 25,000 9,000 (5,000)

000,15000,15部貸賃合計 1,930,000 188,000 452,000 168,000 1,122,000

未配賦管理費  000,08000,01費理管般一000,06000,03費進促売販000,07000,52費待接客顧

財産の運営、保守、  およびエネルギー費

000,035000,813000,212計合費営運分配未固定費控除前収益   1,930,000 188,000 664,000 486,000 592,000

000,27料険保びよお税産動不000,52利金払支

000,732000,041費却償価減000,553益利前除控税得所000,541税得所000,012益利純

27,000 108,000

図表- 6 ホテルの全体損益計算書の事例

⑸勘定科目分類表と部門会計明細表

 責任会計制度の適切な機能は、責任センターにかかるグループ関係勘定に依存するものであるから、

責任センターごとの勘定を特定するための制度が必要となる。実務上は、それぞれの責任センターに

かかる勘定は、勘定番号表によって特定されることとなる。たとえば、責任センターごとにグループ

の勘定に先頭番号を付するなどの方法が用いられる。たとえば、宿泊部に属し、また宿泊部の部長の

管理下にある勘定にはすべて先頭番号 10 が付され、また営業部の部長の管理下にある勘定にはすべ

て先頭番号 75 が付される。また特定の部に所属せず、それにもかかわらず全体としてそのホテルに

適用される勘定については、先頭番号 00 が付されるという具合である。規模の大きな企業において

は、地域の責任センターごとの経費を特定するため、追加の先頭番号が用いられることがある。

 全体損益計算書には、部の勘定の会計のみが記載されているため、統一システムは種々の責任セン

ターの部の勘定表を設定している。これらの勘定表には、それぞれ各センターの支配人が管理可能な

勘定が詳細にわたり列挙されている。料飲部の勘定表は、 図表- 7 に示した通りである。

 料飲部は一つの収益センターであるから、勘定表はその部の損益計算書である。ストア賃貸部のよ

うな収入センターの勘定表は収入の勘定のみを記載し、また販促部のような経費センターの勘定表は

経費勘定のみを記載している。これらの部の勘定表を作成する目的は、次の二つである。

1)これらの部の勘定表においては、部のマネジャーたちが責任を有し、またその支配下においてい

る勘定をひとまとめとしてグループ化すること。

2)これらの部の勘定表においては、全体損益計算書上に記載された、部の収入や支出の合計額を小

勘定に区分すること。この勘定の明細書は、もし部の管理者たちが、そのホテルの全体損益計算書

に表されている、その所管の部の合計収入額と合計支出額のみしか提供されていない場合、その不

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ホテル企業の責任会計システムの構造 ―米国のホテル会計統一システムを中心に―

十分なものを管理する手段を提出すること。

 なぜこれら各部の経費が損益計算書から外されているのかを確認するために、支配人たちはその部

の資金がどこで費消されているのかを詳細に知ることが必要である。さもなければ支配人たちは、ど

の経費を管理する必要があるのかについて、十分な知識を有しないために、所管する部の経費を管理

する権限を行使することを妨げられることとなる。優れた責任会計制度というものは、勘定を権限が

委譲されているところに従ってそれらの勘定を組み立てることを要するのみならず、また支配人に対

して、効果的に管理することができるように、部の経費に関する十分詳細にわたる情報を提供するこ

とが必要なのである。統一システムは、これらの二つの目的を効果的に達成している。

6.責任会計システムを有効にする条件

 各責任センターの業績評価するためには、責任会計システムを導入し有効な形にすることが必須の

要件である。その導入条件は次のようになる。

①組織上の職務、職責に対応した職務範囲、職務権限、職務責任を明確化すること。

)円千:位単(入収000,004理料000,171物飲

     合計 571,000000,2額引割000,965入収味正000,1入収の他のそ

     合計 570,000売上原価

000,061価原理料000,61)除控(価原事食員業従000,441価原理料味正000,44価原物飲

     正味売上原価 188,000000,283益利総上売

経費000,481金賃、与給000,34費生厚利福員業従

     給与、関連経費 計 227,000  その他の経費     陶器、ガラス器、銀器類、リネン 9,100

082,2費掃清約契031,5費燃用所台

     ランドリー、ドライクリーニング費 1,710008,8費許免007,71費遇接、楽音068,81費品耗消用業営002,1費業営他のそ022ムーォフニユ000,56計費経他のそ

     経費合計 292,000000,09)失損(益利門部

図表- 7 料飲部門損益計算書

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 22 号(2015)

②その職責者の職務範囲、権限並びに責任に起因して実現もしくは発生し、且つ管理可能な売上、

原価、人件費、その他の費用そして利益が客観的に数値化されること。

③その数値は、組織の活動の結果を正式に表すものとして認められること。

④これら一連の数値化は迅速に行われ、それは職責者を含む決められた組織構成員に開示すること。

⑤開示された数値をもって、その部門、オペレーティング、マーケティングシステム並びに部門責

任者、組織構成員の職務達成の度合いを評価すること。

⑥組織の意思決定支援ツールとして使用されることが正式化されていること。

7.まとめにかえて

 責任会計は、組織メンバーの業績をそれぞれの権限・責任と結びつけて測定・評価する管理会計上

の概念である。責任会計の適用のあり方は、組織構造や意思決定環境に依存する。それは分権的構造

を前提とするがホテル企業のように同一組織内で事業部門が分化している場合、部門収益に対する末

配賦営業費の配賦問題と固定費の配賦に検討課題が残る。

 わが国のホテル企業に対しては、責任会計システム導入を促進して経営の建て直しを期待したいと

ころであるが、ホテル経営の歴史性からか未だホテルの経営能力を持った総支配人が出てきてない。

あるいはホテル経営会社が、組織構造上営業部門と管理部門責任を分化させているため、真の責任会

計システムが導入できず能力のある総支配人を無力にしてしまっていると言っても過言ではない。従

来、わが国のホテル経営者は、ホテル営業についてはホテル運営の専門家に任せるが、管理部は任せ

ないできたので責任会計システムの導入が遅れてしまったものと考える。

 これからのグローバルなホテル経営において、わが国の伝統的なホテル経営組織を見直し、責任会

計システムを導入し部門管理者の業績評価が測定できる組織変革を期待したい。それには、外資系ホ

テルが培ってきたように経営能力の備わった総支配人の養成が必須要件である。

参考文献:

Hotel Association of New York City, Uniform System of Accounts for Lodging Industry,

9th Edition,Hotel Association of New York City Inc.1986.

E.S. Moncarz, Financial Accounting for Hospitality Management,

Van Nostrand Reinhold,1986.

桜井通晴「アメリカ管理会計基準研究」白桃書房、1986

青木茂男「部門別業績管理会計」国元書房、1980

吉村文雄「組織の管理会計」高分堂出版社、1992

佐藤正雄「業績評価会計入門」同文館、1991