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21 Vol.54 2013No.8 SOKEIZAI 熱処理なしで高熱伝導度を得られる合金 HT-2、リサイクル性と耐焼き 性に優れる高耐力高延性合金 NA-3 と NA-5、疲労強度と耐摩耗性を 両立できる合金 FW-1 の開発について紹介します。 ダイカスト用アルミニウム新合金 開発の取り組み 1.はじめに 大 城 直 人  ㈱ 大紀アルミニウム工業所 ダイカスト用アルミニウム合金の中で ADC12 の 使用比率は高く、非常に汎用性の高い合金と言え る。また、耐摩耗性が必要なときは ADC14、表面 処理が必要なときは ADC6 等、必要な特性に合った ADC12 以外の合金を選択することによって、ダイ カスト用途を拡大している。また、延性が必要な場 その結果、Fe 量の低い場合は、離型できなかった り、離型時に変形が生じたりした。Si レスでも Fe 量が 1.5%以上であれば焼付きもなく変形のない状態 で離型した。また、Si レス合金の熱伝導度に与える Fe 量の影響を図1 に示す。Fe 量が多くなると熱伝 導度が低下する傾向があり、鋳造性を考慮すると Fe 量は 2%程度が適量と考えた。本合金は強度向上の 2.ダイカスト用高熱伝導度アルミニウム合金 HT- 2 ヒートシンク等のダイカスト部品は、高い放熱性 が求められ、熱伝導度が高いことが合金の必要特性 となる。以前に開発した HT-1(Al-Si-Fe 合金) は、熱処理をすると高熱伝導度が得られたが、熱処 理時のブリスターの発生やコストの問題があるた め、熱処理なしで高熱伝導度を得られる合金を開発 した。表1 に示したように、従来の Al-Si-Fe 合 金より熱伝導度を高くするには、Si 量又は Fe 量の どちらかを少なくする必要があった。流動性に関し ては、Si レス合金でも確保できる可能性がある。耐 焼付き性に関しては、Fe量を少なくすると低下する。 焼付きが発生すると金型を磨く等のメンテナンスが 必要となり、ダイカストの生産性を著しく低下させ る。そこで、Fe 量を少なくすることは困難と考え、 Si レス合金のダイカスト試験を行った。 合、Silafont-36 のような開発合金が使用されてい る場合もある。弊社でも必要な特性に合わせた新合 金開発をしており、その例を紹介する。 また、ここで紹介するデータは測定例であり、保 証値ではないことをご了承頂きたい。 表1 従来の AlSiFe 合金との比較 Si 量を少なく Fe 量を少なく 熱伝導度 向上 向上 流動性 少し低下 同等 耐焼付き性 少し低下 大きく低下

ダイカスト用アルミニウム新合金 開発の取り組みsokeizai.or.jp/japanese/publish/200706/201308oshiro.pdf両立できる合金FW-1の開発について紹介します。ダイカスト用アルミニウム新合金

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21Vol.54(2013)No.8 SOKEIZAI

熱処理なしで高熱伝導度を得られる合金HT-2、リサイクル性と耐焼き性に優れる高耐力高延性合金NA-3 と NA-5、疲労強度と耐摩耗性を両立できる合金FW-1の開発について紹介します。

ダイカスト用アルミニウム新合金開発の取り組み

1.はじめに

 大 城 直 人 ㈱大紀アルミニウム工業所

 ダイカスト用アルミニウム合金の中でADC12 の使用比率は高く、非常に汎用性の高い合金と言える。また、耐摩耗性が必要なときはADC14、表面処理が必要なときはADC6 等、必要な特性に合ったADC12 以外の合金を選択することによって、ダイカスト用途を拡大している。また、延性が必要な場

 その結果、Fe量の低い場合は、離型できなかったり、離型時に変形が生じたりした。Si レスでも Fe量が 1.5%以上であれば焼付きもなく変形のない状態で離型した。また、Si レス合金の熱伝導度に与えるFe 量の影響を図 1に示す。Fe 量が多くなると熱伝導度が低下する傾向があり、鋳造性を考慮するとFe量は 2%程度が適量と考えた。本合金は強度向上の

2.ダイカスト用高熱伝導度アルミニウム合金 HT-2

 ヒートシンク等のダイカスト部品は、高い放熱性が求められ、熱伝導度が高いことが合金の必要特性となる。以前に開発したHT-1(Al-Si-Fe 合金)は、熱処理をすると高熱伝導度が得られたが、熱処理時のブリスターの発生やコストの問題があるため、熱処理なしで高熱伝導度を得られる合金を開発した。表 1に示したように、従来のAl-Si-Fe 合金より熱伝導度を高くするには、Si 量又は Fe 量のどちらかを少なくする必要があった。流動性に関しては、Si レス合金でも確保できる可能性がある。耐焼付き性に関しては、Fe量を少なくすると低下する。焼付きが発生すると金型を磨く等のメンテナンスが必要となり、ダイカストの生産性を著しく低下させる。そこで、Fe 量を少なくすることは困難と考え、Si レス合金のダイカスト試験を行った。

合、Silafont-36 のような開発合金が使用されている場合もある。弊社でも必要な特性に合わせた新合金開発をしており、その例を紹介する。 また、ここで紹介するデータは測定例であり、保証値ではないことをご了承頂きたい。

表1 従来の Al-Si-Fe合金との比較

Si 量を少なく Fe量を少なく

熱伝導度 向上 向上

流動性 少し低下 同等

耐焼付き性 少し低下 大きく低下

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22 SOKEIZAI Vol.54(2013)No.8

ためCuを1%添加し、Al-2%Fe-1%Cu 合金となった。 同じ金型を用いてダイカストし、同じ部位で熱伝導度を測定した結果を図2に示します。HT-2 の熱伝導度は、熱処理なしで 186W/(m・K)が得られ、熱処理した HT-1 や ADC12 よりも大きい。ただし、鋳造欠陥が多く密度が小さくなると図 3に示したように熱伝導度が低下するので注意が必要である。この傾向は HT-1 や他の合金でも同様である。 薄肉ダイカストに対応できるか確かめるため、0.5mm と 0.7mm の肉厚で長さ 150mm幅 20mmの 2ヶ取り金型を用い鋳造した結果を写真 1に示す。0.7mm の肉厚でも先端部まで充填できた様子を写真 2、0.5mmの肉厚の方は先端部が少し充填できなかった様子を写真 3に示す。充填性が良いとまでは言えないが、薄肉ダイカストも対応できそうな結果であった。また、本合金は液相線温度が約 650℃と高く、金型方案や鋳造条件によって変わるが700℃以上の鋳造温度は必要と考えられる。また、焼付きや充填性を考えるとゲート面積は大きくした方が良いと思われる。 HT-2 の耐食性も表1に示すように HT-1 より劣るが ADC12 よりも良好である。また、HT-2 の機械的特性は、表 2に示すように引張強さ、0.2%耐力は HT-1 や ADC12 より劣るが、(繰り返し数 107 回とする)疲労限度はHT-1と同程度であった。 また、本合金においては不純物元素の量が多くなると熱伝導度を低下させるため、溶解時にADC12 等の他の材料が混ざらないように注意する必要がある。 熱処理なしの条件で高熱伝導度が得られる合金HT-2が開発できた。

図 1 Siレス合金の熱伝導度に与える Fe量の影響

図 2 他の合金との熱伝導率の比較

図 3 HT-2の密度と熱伝導度の関係

y = -13.065x + 210.56R² = 0.9353

170

175

180

185

190

195

200

���� ���� ���� ���� ���� ���� ����

�����W/ �m�K��

Fe��wt%�

170172174176178180182184186188190

���� ���� ���� ���� ����

�����W/�m�K��

���g/cm3�

200

195

190

185

180

175

170170172174176178180182184186188190

���� ���� ���� ���� ����

�����W/�m�K��

���g/cm3�

110

120

130

140

150

160

170

180

190

HT-2 HT-1 ADC12

�����W/(m�K��

����� �������������

190

180

170

160

150

140

130

120

110170172174176178180182184186188190

���� ���� ���� ���� ����

�����W/�m�K��

���g/cm3�HT-2       HT-1       ADC12

■熱処理なし   熱処理有(250℃ 6時間)

0.00   0.50   1.00   1.50   2.00   2.50   3.00Fe量(wt%)

y = -13.065x + 210.56    R2 = 0.9353

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23Vol.54(2013)No.8 SOKEIZAI

特集 次世代ダイカストへの取り組み

 従来の高耐力高延性合金は、伸びを確保するために Fe 量を低くしている。Fe 量が低いと焼付きが発生しやすい。また、Fe 量が低い規格になるとアルミスクラップの使用率が低下し、リサイクル性を低下させる。そこで、0.5%程度の Fe 量を含み、かつ、Si 量を少なくすることで伸びを確保した。耐焼付き性を確保するためMn、Cr 等を添加した。また、Si

写真 2 肉厚 0.7mm

3.高耐力・高延性合金 NA-3 NA-5

量を低くするとMgが高くても伸びの低下が少なく、従来材よりもMgを高い目に設定でき、耐力が向上した。Si、Mg、Fe、Mn、Cr を変量してダイカスト試験を行い、耐力重視のNA-3と伸び重視のNA-5を開発した。NA-3 や NA-5 の機械的性質の例を表 4に示す。

写真 1 薄肉ダイカスト 全体(長さ 150mm、幅 20mm)

写真 3 肉厚 0.5mm

表 3 ASTM丸棒試験片の引張試験及び疲労試験結果

引張強さ(MPa)

0.2%耐力(MPa)

伸び(%)

疲労限度*

(MPa)

HT-2 180 85 14.3 57

HT-1 236 150 2.0 63

ADC12 354 184 3.4 115

*繰り返し数 107 回を疲労限度とする

表 2 塩水噴霧試験結果

腐食減量(mg/dm2/day)

HT-2 8.04

HT-1 2.81

ADC12 23.96

�������

�������

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24 SOKEIZAI Vol.54(2013)No.8

が許されない部品に最適と言える。 NA-3 や NA-5 の耐焼付き性については、従来材よりも向上していると考えられるが、ADC12 よりは低いと考えられ、焼付きにくい方案にすることが望ましい。 リサイクル性や耐焼付き性を確保した上で耐力の高い合金NA-3と伸びの大きい合金NA-5が開発できた。

 NA-3は熱処理なしで使用しても耐力が 190MPa確保できているが、T5処理すると更に耐力が向上し、284MPa の高耐力を得ることができる。また、高耐力を維持した状態でも伸び 5%を確保できた。強度部品に最適と言える。 伸び重視のNA-5 ではF材で伸びが 11%得られた。従来材の F材では 6%程度であるので大きな向上と言える。更にT6 処理をすると伸びは 10%程度であるが耐力が 250MPa も得られた。衝突時に破損

表 4 ASTM丸棒試験片の引張試験結果の例

Si Mg Fe Mn Cr 熱処理 熱処理条件 引張強さ(MPa)

伸び(%)

0.2%耐力(MPa)

NA-3 6.32 0.83 0.45 0.4 0.11 F 熱処理なし 314 8.5 190

T5 180℃ 3hr 空冷 361 5.4 284

NA-54.68 0.68 0.46 0.6 0.01 F 熱処理なし 280 11.5 167

4.77 0.66 0.46 0.5 0.00 T6 510℃ 6hr 水冷 170℃ 3hr 314 10.4 255

従来材 10 0.4

0.1 0.6 ―F 熱処理なし 312 6.7 144

0.2 T5 170℃ 3hr 空冷 316 6.3 182

4.耐摩耗性合金 FW-1

 耐摩耗部品には、一般にHi-Si 合金が広く使われている。Hi-Si 合金は液相線温度が高く、保持温度が低いと Si の偏析をおこす場合がある。Si の偏析を避けるため、保持温度を高い目にする必要があるが、鋳造温度が高いと金型寿命が短くなる。 

 そこで、低温で鋳造でき耐摩耗性の良い合金を開発することにした。Cu、Si、Zn を変量し重力鋳造品の耐摩耗性試験を行った結果を図 4に示す。比摩耗量が小さいほど耐摩耗性が優れており、Cu や Zn の高い領域が耐摩耗性に優れていることが分かった。

図 4 Cu、Zn量と耐摩耗性の関係

2.92 0.53

15.0 (×10-5mm2/kg)

0.65 5.54 0.58

5.72 5.88

1.93

5.28 3.64

0.71

0.61

5.0

7.0

9.0

11.0

13.0

8.0     10.0     12.0     14.0     16.0     18.0     20.0

Zn

濃度

(%

Cu濃度(%)

/kg比摩耗量が1.0×10-5mm2

以下で耐摩耗性が高い領域

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25Vol.54(2013)No.8 SOKEIZAI

特集 次世代ダイカストへの取り組み

株式会社大紀アルミニウム工業所 技術部〒519-0211 三重県亀山市川崎町字山新田 1483-1       テクニカルセンターTEL. 0595-85-2709 FAX. 0595-85-2729http://www.dik-net.com/

 表 5に示すように FW-1 は液相線温度が 535℃と低く低温鋳造が可能である。ダイカスト試験では鋳造温度 600℃が可能であった。また、疲労限度もADC12 や ADC14 よりも高いことも分かった。

 また、硬さが大きく伸びが小さい合金のため鋳造割れ(冷間割れ)がおこりやすく鋳造条件やRを大きくする等の形状を工夫する必要がある。 低温でダイカストでき、耐摩耗性と疲労強度を両立できる合金FW-1を開発できた。

5.おわりに

 新開発合金の取り組みを紹介させて頂いたが、合金によって適正な鋳造条件や鋳造方案に違いあると考えられる。ダイカストメーカーの技術協力があって初めて新合金の特性が生かせるものと考える。弊社で開発した合金がアルミダイカスト用途や市場の拡大につながれば幸いである。

表 5 FW-1と従来合金の特性比較

液相線温度(℃)

比摩耗量(×10-5mm2/kg)

疲労限度*

(MPa)硬さ

(HRB)FW-1 535 0.63 137 89 ADC14 648 5.51 85 63 ADC12 582 ― 115 63

*繰り返し数 107 回を疲労限度とする。