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No.3 October1980 弘 前 大 学 『経 済研究』 -11ドイツ公法学に b ける「法律」概念の学説史的・ 方法論的研究 〈序なよび第一章〉 (目次〉 1 章問題(「法律」概念とはどのような 問題なのか〉 (1 )判例上,(2 )行政実務上,(3 )憲法典解釈上, (4 )比較憲法史上,( 5 )法論理上(以上本号掲 載〉 2 章 個 々 の 学 説 ( 「 法 律」 概念は ドイツ 公法学において,どのように論ぜられてき たのか〉 (1)二重法律概念学説(そのー)①伝統学説 の確立( P.ラー パン卜 , G. イエ リネグ, G. ア ンシュツ , G. マイヤー, E. ゼーリ ヒマ ン〉,②その批判学説( A. へ ーネル)1) (2 )〔続き〕(その二〉この学説の歴史的国 法的背景2 (3 )ヴァイマール期支配学説による伝統学説 の継受・発展( G. ア ンシュツ, 0. マ イヤ ー, w. イエリネ グ, R.トーマ) (4 )この期における新学説との対応①日へ ラーの民主主義的法律概念構成の試みの, R.スメント の統合理論からの帰結4 H. ケルセ・ンの純粋法認識からのイデオロ ギー批判5 cC. シュミットのいわゆる 1 )以上,拙稿「いわゆる二霊法律概念学説の研究J H 手県立盛岡短大研究報告ニO 号(昭四四)六七頁以下。 2 )以上,「同上J(ニ・完)同誌二一号(昭四五)四一頁 以下。 3 )以上,「国家諸機能・法規 ・法律 ・命令・法律の留保 一一ワイマーノレ期学説の諸傾向千十一一」 同誌二三号(昭 四七)一九頁以下。 4 )以上, 「同上一一 ワイマーノレ期学説の諸傾向仁)一一」 同誌二五号(昭四九) 一五頁以下。 5 )以上,「『法律』 概念と ケノレゼン学説」弘前大学文化紀 婆ーO 号(昭五一)ー頁以下。 法治国的法律概念10) (5 )ナチス時代における「法律」概念6) (6 )ボン基本法下における伝統的「法律」概 念の融解11) 3 章方法論的整理図式(「法律」概念を めぐる諸説はどのように体系的に整理され うるのか)10 4 章結論的考察(立憲理論上の個別論点、 に対する整理図式の適用〉 (1 )法律の 一 般性についての (2 )公法学上の「組織法(規範)J について の基本的考察8 (3 )わが国憲法解釈論における若干の試考9) 法の科学 伝統的法ド ク ’マティーク (Dogmatikl ))を一定の科学的方法をもって, 批判的に分析 ・検討せんとする研究は,今日, 法学,なかんずく公法学においても,著 しい傾 向のーとして存するようにみえる。 法の歴史的 6 )「ナチス時代に於りる法律概念J 岩手県立盛岡短大研 究報告ニ四号(昭四八) 7 )「法律の一般性についてj 付,弘前大学文化紀要一二 号(昭五三)四五頁以下, (ニ-完)同誌一三号(昭五 四)五七頁以下。 8 )「公法学上の『組織法(規範) 』に関する基本的考察J H 同誌一四号(昭五五)三三頁以下,(二・完)同誌一 五号掲載予定。 9 )参照,拙稿「唯一の立法機関J 別冊ジュリスト 『窓法 の争点』(昭五三)所収一二六頁以下,「唯一の立法機関 の意義JH ,仁 )ljlj 冊法学セミナー 『忽法』 ca 百五四)所 収ニO 六一ー二一一頁,「立法の委任①一一罰則の劃壬J 別冊ジュリスト『憲法判例百選』 I (昭五五)所収三六 O 頁以下。 10 )とりあ えず参照,拙 稿 「『法律』概念の学説的展開J 文化紀婆一一号(昭五二)二五頁以下。 11 )註10 )とともに続稿予定。

ドイツ公法学に ける「法律」概念の学説史的・ 方 …human.cc.hirosaki-u.ac.jp/economics/pdf/treatise/3/...ドイツ公法学における「法律j概念の学説史的・方法論的研究(序および第一章)

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No.3 October 1980 弘前大学『経済研究』

-11ー

ドイツ公法学にbける「法律」概念の学説史的・

方法論的研究 〈序なよび第一章〉

(目次〉

第1章問題(「法律」概念とはどのような

問題なのか〉

(1)判例上,(2)行政実務上,(3)憲法典解釈上,

(4)比較憲法史上,(5)法論理上(以上本号掲

載〉

第 2章個々の学説(「法律」 概念は ドイツ

公法学において,どのように論ぜられてき

たのか〉

(1)二重法律概念学説(そのー) ①伝統学説

の確立(P.ラーパン卜 ,G.イエ リネグ,

G.アンシュツ, G.マイヤー, E.ゼーリ

ヒマン〉,②その批判学説(A.へーネル)1)

(2)〔続き〕(その二〉この学説の歴史的国

法的背景2〕

(3)ヴァイマール期支配学説による伝統学説

の継受 ・発展(G.アンシュツ, 0.マイヤ

ー, w.イエリネ グ,R.トーマ)

(4)この期における新学説との対応①日へ

ラーの民主主義的法律概念構成の試みの,

②R.スメント の統合理論からの帰結4), ③

H.ケルセ・ンの純粋法認識からのイデオロ

ギー批判5〕, cC.シュミットのいわゆる

1)以上,拙稿「いわゆる二霊法律概念学説の研究JH岩

手県立盛岡短大研究報告ニO号(昭四四)六七頁以下。

2)以上,「同上J(ニ ・完)同誌二一号(昭四五)四一頁

以下。

3)以上,「国家諸機能 ・法規 ・法律 ・命令 ・法律の留保

一一ワイマーノレ期学説の諸傾向千十一一」 同誌二三号(昭

四七)一九頁以下。

4)以上, 「同上一一ワイマーノレ期学説の諸傾向仁)一一」

同誌二五号(昭四九) 一五頁以下。

5)以上,「『法律』概念とケノレゼン学説」弘前大学文化紀

婆ーO号(昭五一)ー頁以下。

内 健 士一山

法治国的法律概念10)

(5)ナチス時代における「法律」概念6)

(6)ボン基本法下における伝統的「法律」概

念の融解11)

第 3章方法論的整理図式(「法律」概念を

めぐる諸説はどのように体系的に整理され

うるのか)10〕

第4章結論的考察(立憲理論上の個別論点、

に対する整理図式の適用〉

(1)法律の一般性についての

(2)公法学上の「組織法(規範)Jについて

の基本的考察8〕

(3)わが国憲法解釈論における若干の試考9)

法の科学 伝統的法ドク’マティーク

(Dogmatikl))を一定の科学的方法をもって,

批判的に分析 ・検討せんとする研究は,今日,

法学,なかんずく公法学においても,著しい傾

向のーとして存するようにみえる。 法の歴史的

6)「ナチス時代に於りる法律概念J岩手県立盛岡短大研

究報告ニ四号 (昭四八)

7)「法律の一般性についてj 付,弘前大学文化紀要一二

号(昭五三)四五頁以下, (ニ -完)同誌一三号(昭五

四)五七頁以下。

8)「公法学上の『組織法(規範)』に関する基本的考察JH同誌一四号(昭五五)三三頁以下, (二・完)同誌一五号掲載予定。

9)参照,拙稿 「唯一の立法機関J別冊ジュリスト 『窓法

の争点』(昭五三)所収一二六頁以下,「唯一の立法機関

の意義JH,仁)ljlj冊法学セミナー 『忽法』 ca百五四)所

収ニO六一ー二一一頁,「立法の委任①一一罰則の劃壬J別冊ジュリスト『憲法判例百選』 II (昭五五)所収三六

O頁以下。

10)とりあえず参照,拙稿「『法律』概念の学説的展開J文化紀婆一一号(昭五二)二五頁以下。

11)註10)とともに続稿予定。

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12ー

政治学的考察,さらに法の哲学的考察の充実が,

実定憲法 ・行政法の法規範の解釈に関して,と

くにドイツならびにわが国の法 ドグマに対する

絶対的信仰が厚いものであっただけに,この仮

面をひきはがし,本質的に可変なることを暴露

した輝かしい功績は,疑念の余地がない。そう

して, 木稿もまたかかる科学的考察による成果

に負うところ大であり ,さまざまな意味で刺激

を受けている。

が,他面では,法学の研究者が上述のごとき

なんらかの科学的越境を経験し,獲得されたあ

る一定の立場から,法 ドグマを批判的に考察す

るにとどまらず,さらにかかる考察こそが,法

の科学の名に値する唯一の方法であると説かれ

るならば,それは,おもむくところ,法学の他

科学への吸収,併合を意味するものにほかなら

ない。 しばしばみうけられるこのような試みに

際し, =現実的事実に適用される個々の法規範

の意味を認識すること之を目的とする,法学の

固有の任務をかえりみるときのに,こ こに,別

の意味における学説の絶対化の危倶の念を禁じ

えないのである。

特殊テーマにおける検討を ところで,法

の科学方法論聞の論議において,そのある一説

が,あらゆる他のそれを排撃し法学上の諸々

の問題をそのー視点より体系的に展開せんとす

る試みも, 「一般法学」の レヴェルで、は,事が

観念的,抽象的でありうるゆえに,めずらしい

ものではない。けれども,実際に,無限にと形

容して過ぐることのない多様性を含む法学上の

個々の諸問題を,単純なるー視点より,完全に

総括することは,われわれ人聞の経験的視野が

ごく限られた狭い範囲のものである以上,全〈

1) Dogmatikの意味,そして,この実定法の規範的複合

体を言明する有益なる役割,およびこれと Didaktik,Arbeitsbegriffとの区別について Vgl.F. E. Schnapp,

Amtsrecht und Beamtenrecht, 1977, S. 6lff. ferner

Vgl. D. Jesch, Gesetz und Verwaltung 2. Aufl. 1961

S. 55ff.概念日アリズムについて F E. Schnapp, a. a 0. S. 62 anm. 232, E.W. Btickenfiirde, Die Organi-

sationsgewalt im Bereich der Regierung 1964 S. 38

anm.59 2) G. Jellinek, Allgemeine Staatslehre 3. Aufl.1960

S.162

理想的要求に留まるといわねばなるまい。しか

も,そこで複数存しうる可能な方法の選択,評

価においては,たとえば「一般法学」のレヴェ

ルでの, ご一貫した言語上の解決の巧妙さミと

いったものではなく ,もっと個別的に,特殊テ

ーマに対するそれらの方法的帰結の比較検討を

通じて,はじめてその判定が与えられうるもの

であること,看過さるべきではない。けだし,

諸々の法学上の問題のなか,なんらかの特殊テ

ーマの設定じしんに,すでに期待される解答の

論じられるべき方法的種に制約が付され,ほか

の考察方法によっては,聞に対する答にならな

いということも存しうるからである。

「法律」概念の問題 本稿では,その恰好

の法学上の特殊テーマとして, 「法律」概念の

問題がとりあっかわれる。ドイツならびにわが

国の公法学において, 「法律」概念は,ほかの

箇所で詳しく展開されるように,実は,近代立

憲主義法理論の,たとえば,基本権,権力分立,

違憲法令審査権,憲法概念,法律の留保などと

いった,中心的な諸問題に深くかかわり ,それ

らの議論を左右する,まさしく立憲理論の法ドかため

グマの,いわばミ要の石ミであったといっても

過言ではなし、3)。

この歴史的政治学的レヴェノレにおける,なか

んずくドイツの特殊伝統的公法学説の確立,発

展,融解の史的(あるいは比較学説的〉考察が,

本稿の主たる目的のーである。

と同時に, 「法律」概念をめぐる議論が,さ

まざまの科学的方法の立場からなされてきてい

るかぎり,この特殊テーマの範囲内で,さきに

ふれたごとき法学方法論上の整理も決して等閑

に付するわけにはゆかない。

従来の研究成果と本稿 上にみたように立

憲理論にとって, まことに重要な位置を占める

この「法律」概念の問題が, ドイツ公法学の文

3)詳細は後述。近時,批判的にではあるが, 「法規」を

中心とする伝統学説の構成をふりかえるものと して, 参

照,遠藤博也「行政法学の方法と対象について」 『公法の理論下l』(昭五二) 一六二八頁以下。

4) Vgl. G.Jellinek, a.a.O. S.139 anm.l, F.E.Sch-

napp, a. a. 0. S. 9lf.

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ドイツ公法学における「法律j概念の学説史的 ・方法論的研究(序および第一章)

献上, 不断に注目されてきている こと,多言を

要しない5)。わが国においても,すでに戦前か

ら, 「法律」概念じしん,あるいは立憲君主政

における立法 ・行政権限固定をめぐる研究が,

公法学の代表的研究者の手によって,とりくま

れてきている。さらに,戦後,伝統的「法律」

概念の法 ドグマの成立基盤に着目しつつ,歴史

的政治学的方法による批判的考察,新実定憲法

にもとづく法理論の再構築に際しての,かかる

成果の受容といった研究が盛んに行われ,たと

えば,伝統的予算法理論,特別権力関係論,法

律の侵害留保論などの批判もしくは否認の主張

が一時代を風廃してきていることは周知のとお

りであるが,これら,いずれも「法律」概念、の

問題とその根底において深くかかわるものなの

である。また,これとは別に,伝統的「法律」

概念をはじめ一連の法ドクaマに対しては,純粋

法認識論の方法的立場より ,厳しいイデオロギ

ー批判が浴びせられてきている。いうまでもな

く,本稿はこう した従来のすぐれた学問的成果

をなによりもまず忠実に理解し, 継受しようと

努めた。

5)直接, 「法律」紙念を標題とする著作だけでも相当数にのぼる。 H.W. R. Biisselmann, Der Begriff des

Gesetzes in den Verfassungen des si.iddeutschen

Konstitutionalismus Diss. jur. Leipzig 1933, K. Z町一

dler, Der Gesetzesbegriff im Grundrechtsteil des

Bonner Grundgesetzes, Diss. jur. Heidelberg 1952,

C. Starck, Der Geset担 sbegriffdes Grundgesetzes

1970, H. Heller und M. Wenzel, Der Begriff des

Gesetzes in der Reichsverfassung VVDStRL Heft.

4 1928, E. Seligmann, Der Begriff des Gesetzes im

materiellen und formellen Sinne 1886, G. Meyer,

Der Begriff des Gesetzes und die rechtliche Natur

des Staatshaushaltsetats, Zeitschrift fi.ir das Privat-

und凸ffentlicheRecht der Gegenwart, Bd. 8 1881,

S. lff. (ほかに,参照できなかったが,EDrullmann,

Der Gesetzesbegriff nach den geltenden deutschen

und iisterreichischen Verfassungen, Diss. jur. Frank-

furt 1929, F.羽Teickgenannt, Der Gesetzesbegriff im

zweiten Hauptteil der Deutschen Reichsverfass山1gen,

Diss. jur. Heidelberg 1929, Walter, Der Gesetzbe-

griff der iilteren deutschen Vefassungsurkunden,

Diss. jur. Erlangen 1896, N. Achtei【berg,Kriterien

des Gesetzesbegriffs unter dem Grundgesetz, DOV

1973 S. 289-S. 298がある。)

また,単に「法律Jあるいは f立法権」や「法律の留

保jを標題にふくみ,または,内容として, 「法律J概

念を問題にする文献は枚挙にいとまがない。

-13ー

しかし, 実際さまざまの議論のなかには,同

じ「法律」概念の問題を語りながら,厳密には

その問題設定が必ずしも同じものばかりとはい

えず,あるいはAの視点からのもの,B, Cの

それからのものがあれば,あるいはAとB,B

とc,cとAのそれぞれの視点からの言明が同

一レヴェルで、議論されたり,あるいはこれらの

問題設定の相異を無視して,そのうちのーの視

点からの考察が「法律」概念の問題に対する唯

一の法科学的把握であって,他の一切の考察を

香、意的なものと して排斥する主張さえ存するご

とくである。

難問と評されるこの「法律J概念の問題をめ

ぐる議論錯綜し,解決の糸口もみえない混乱の

真因は,他でもなく ,一体それがミどのような

性格の問題であったのかごという出発点におけ

る不明瞭さに存したのではあるまいか。かかる

「法律」概念をめぐると問題の問題ミを整理,

分類したうえで,複限的 ・多元論的に網羅する

ことを通じて,問題を解明せんと試みる研究は,

わが国のみならず, ドイツ公法学のこれまでの

文献のなかにも,本稿筆者の知るかぎりでは,

直接にはみあたらない。それは,おそらく論者

各自の問題関心からして,視野に入る「法律」

概念の問題こそが疑いもなくこの問題の唯一の,

あるいは中心的論点であるのだという,ある種

の先入観によるものであろう。が,それらはい

ずれもこの問題の一面的考察にすぎないという

ことである。そして,このような混乱を多少な

りとも交通整理したうえで,問題へのアプロー

チを試みようとするパトスこそが,著者をして

本稿にむかわしめたところのものにほかならな

い。 「法律」 概念とし、う公法学上の特殊テーマ

においても,おそら くほかの場合と同様に,素

朴なる多元論的考察と してのディレッタントの

なせるわざに対して,浴びせられることが予測

されるなんらかの徹底した科学方法論的批判を,

本稿は甘んじて受けなければならないであろう。

しかしながら,そのような一元論的認識が真に

肯認されうるのは,一定の法学上の問題に関す

る人間の経験が理想と して完全なものであろう

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- 14 -

ときにのみ,考えられるのだとい うことを忘れ

てはならない心。

第一章 問題(「法律」 概念とはどのよ うな

問題なのか〉

かかめ

さて, ドイツ公法学の伝統的法ド グマの ミ要

の石ミとされるこの「法律」概念は,単にその

法理論の構成要素として抽象的に位置づけられ

るばかりではなく ,それは,わが国においても,

もっと具体的な現実の法律論議のなかに,その

問題の端緒をみいだすことのできるようなもの

である。そこでつぎに,それにかかわるごく卑

近な例をいくつか,もちろん網羅的ではなく ,

導入的にとりあげて,問題の所在を知る こにと

しよう。

(1)判例上

①昭和四八年四月二五日,最高裁のいわゆる

ミ全農林警職法反対あお り事件ミ判決(汗lj集二

七巻三号四一八頁〉 は,公務員の争議行為と刑

事罰などをめぐって,さまざまの意味で,広く

関連諸分野の研究者の反響を呼んだ判決のーで

あるが,そのなかに,公務員の勤務条件の決定

権に関するつぎにみるような多数意見と田中二

郎裁判官ら五裁判官の意見との聞の見解の相違

があった。

まず,多数意見によると,

「その(公務員=堀内〕勤務条件はすべて政治的,

財政的,社会的その他諸般の合理的な配慮により

適当に決定されなければならず,しかもその決定

は民主国家のノレールに従い,立法府において論議

のうえなされるべきもので,同捜罷業等争議行為

の圧力による強制を容認する余地は全く存しない

のである。これを法制に即して見るに,公務員に

ついては,窓法自体がその七三条四号において

『法律の定める基準に従ひ,官吏に関する事務を

掌理すること』は内閣の事務であると定め,その

給与は法律により定められる給与準則に基づいて

なされることを要し,これに基づかずにはL、かな

る金銭または有価物も支給することはできないと

されており(国公法六三条一項参照〉, このよう

に公務員の給与をはじめ,その他の勤務条件は,

私企業の場合のごとく労使関の自由な交渉に基づ

く合意、によって定められるものではなし原則と

して,国民の代表者により構成される国会の制定

した法律,予算によって定められることとなって

いるのである。その場合,使用者としての政府に

いかなる範囲の決定権を委任するかは,まさに国

会みずからが立法をもって定めるべき労働政策の

問題である。 したがって,これら公務員の勤務条

件の決定に関し,政府が国会から適法な委任を受

けていない事項について,公務員が政府に対し争

議行為を行なうことは,的はずれであって正常な

ものとはいいがたく ,もしこのような制度上の制

約にもかかわらず公務員による争議行為が行なわ

れるならば,使用者と しての政府によっては解決

できない立法問題に逢着せざるをえないこととな

り,ひいては民主的に行なわれるべき公務員の勤

務条件決定の手続過程を歪曲することともなって,

憲法の基本原則である議会制民主主義 (憲法四一

条,八三条等参照)に背馳し, 国会の議決権を侵

す虞れすらなしとしないのである。」

これに対して,五裁判官の意見によると,

「… ・勤労条件の基準がすべて立法によって決定

されることを要し,その閲に労使聞の団体交渉に

基づく協定による決定なるものをいれる余地がな

いとする結論は,当然には導かれないし,憲法上

それが予定されていると解すべき根拠もない。憲

法七三条四号は,内閣が法律の定める基準に従い

官吏に関する事務を掌理すべき旨を規定している

が,それは,国家公務員に関する事務が内閣の所

管に属することと,内閣がこの事務を処理する場

合の基準の設定が立法事項であって政令事項では

ないことを明らかにしたにとどまり,公務員の給

与など勤労条件に関する基準が逐一法律によって

決定されるべきことを窓法上の要件として定めた

ものではなく ,法律で大綱的基準を定め,その実

施面における具体化につき一定のw.m恨のもとに内

閣に広い裁量権を与え,かつ,公務員の代表者と

の団体交渉によってこれを決定する制度を設ける

ことも憲法上は不可能ではない。したがって,公

務員の勤労条件が,その性質上団体交渉による決

定になじまず,団体交渉の裏づけとしての団体行

動を正当とする余地がないとすることはできない

のである。」

ここで,両意見ともに,公務員の勤務条件決

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ドイツ公法学における「法律J概念の学説史的・方法論的研究(序および第一章)

定権について,憲法七三条四号をひきあいにし

て立論しているが,内閣所管とされる「法律の

定める基準に従ひ,官吏に関する事務を掌理す

ること」の解釈をめぐって,立場の相違が微妙

に言葉の端々にあらわれている。

旧憲法一O条は, この「官吏に関する事務」

の決定権を行政の固有領域と考える一九世紀ド

イツの伝統学説にならい, 「此ノ憲法又ハ他ノ

法律」による特例を留保しつつも,天皇が「

・文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス」とい

う,いわゆる任官大権を定めていたが,さきの

前説は,これに対して, 議会制民主主義の確立

によって,もはやこの決定権が否定され,国会

からの委任なしではいかなる決定も行えないと

解する。一方,後説は,内閣の「官吏に関する

事務」の決定権が,単に「法律の定める基準」

による制約をうけるのだ,と七三条四号を読む

ごとくである。

いま,論旨このような立場の相違が,うえの

両意見の聞に存する とすれば,この対立は,実

はわれわれが別の箇所で詳述するであろうごと

き,ーは,「法律」すなわち立法の意思を即「国

民の一般意思」にむすびつけて構成される,い

わば「民主主義的法律」概念,他は,君主政原

理のも と, 限定的に立法所管が構成される「実

質的 ・形式的法律」概念,をそれぞれ念頭にお

いた論法をふくんでいると看倣しうる。

しかしながら,このような ドイツ公法学史上

みられる「法律」概念のいわば「歴史的観念」

のいずれをわが国憲法七三条四号に読みこむべ

きかといった。おそらくは止めどもない主観的

選択をめぐる論争とは別箇に,うえの両意見を

分析するいまひとつの視点が存しう るように思

われる。

前説は,憲法七三条四号の意味認識に際して,

現国公法の規定をもってなし,これを訓示的な

ものと断定している。そこでいわれる「法制」

において,どこまでが憲法的要請であり ,どこ

からが立法政策なのか区別されえていなしゅ。

「民主主義的法律」からの立論として,当然の

帰結ともいえるが,これに対しては,およそい

- 15ー

かなる内容の「法律」概念が下位規範により最

終的に与えられようとも,なんらかの意味で憲

法の「授権関係」の枠内に覆い包みうる法認識

論に対してと同様に,立憲理論上の「法律」概

念を問題とするレヴェルより批判されねばなる

まい。この点,後説は,みずからの構成を こ憲

法上は不可能ではない= ,つまり ,ー箇の可能

なる制度として主張するかぎ り,誤りとはいえ

ない。もっとも,かかる主張はそれゆえに一種

の立法論たるを免かれない7〕。

こうしてみると,両意見の間に,実定憲法上,

官吏に関する事務のこ基準=設定が立法所管で

あることに争いはみられず,ただその運用内容

において,前説が現国公法を説く に対し, 後説

が別の法制も可能であると主張していることに

なり,厳密には!噛合った議論が展開されている

とはし、し、がたいとも評しうるのである。

ともあれ,いまみたごとく ,憲法七三条四号

の解釈をめぐる論議ひとつとってみてもわかる

ように, 「法律」概念について,その意味する

ところ,およびそれが論ぜられるレヴェルが必

らずしも単純なものでないことは,まずもって

肝に命じておく必要がある。

②判例と して登場し, 論議される 「法律」 概

念をめぐ、る問題は, うえのーケースに尽きるも

のではない。なかんずく , 「法律」 とそのほか

の国法形式との所管分配8)や立法の委任9)とい

った論点にかかわる判決は少くない。

が,そればか りではない。たとえば, 「旧憲

6)このような視点について, 佐々木惣ー『日本国窓法論』

(自百二四)六頁が示唆に畳む。「法律による行政」論にお

いてもこの視点が重要と思われるが,従来,概してその

配感を欠いている。参照, 問中二郎『行政法総論』(B百

四五)三O頁以下。

7)ちなみに,ヅュリスト五三六号に特集された「官公労

争議と刑事罰」のなかで, 佐藤功「判決の憲法上の問題

点J四二頁,花見忠「官公労の争議権と最高裁判決J七

九頁,「ぐ座談会〉昭和四八・四 ・二五労働三事件最高裁

判決J中の東城発言ニO頁など,いずれも立法論と し

て,後説にくみすると解される。

8)論点への簡単なコメントとして,細務「l唯一の立法機関の意義」(l)Jllj冊法学セミナー・ 憲法(昭五四) 二O六

頁以下参照。

9)参照,拙稿「立記長の委任①一一罰則の委任一一」別冊ジュリスト・憲法判例百選II (昭五五)三六O頁。

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-16 -

法下の法令の効力」,「違憲法令審査権の限界J,

「法律の憲法適合的解釈」「公布制度のあり方」

といった判例上登場する実定憲法学の根幹にも

ふれる諸問題に対する認識が,根本的なところ

で, 「法律J概念の内容ないしこの問題への接

し方を左右するのであって,その多元的考察に

際しては,ヨリ広い視野から,それらの諸問題

についても,均等の力を注がなくてはならない

ものであることは,見逃されえないのである10〕。

(2)行政実務上

①はじめに, L、くつか例を示そ う。(ア)政府は,

昭和三八年九月一三日の閣議で,(1)国家行政組

織法を改正して,審議会や部の設置は政令でで

きるようにするとともに,国家公務員の総数を

法律で規定し,各省庁への配分は政令で規定す

るよう検討する11), (2)補助金の交付を目的とす

る法律は作らず,現存のこの種の規定は漸次廃

止する,こ となどを骨子とした「政府提出法案

の整理基準」を正式に決定した12〕。付)運輸省は,

国鉄財政再建策ができ次第,国鉄運賃法三条の

賃率,現行の「一キロ当たり五円十銭(六百キ

ロまで〉」を,値上げ幅に応じて改正するが,

それと同時に固有鉄道法など関連法の一部改正

をして13),運輸大臣の認可で,運賃改正ができ

るようにする方針を固めた14)。(功故佐藤元首相

の葬儀は,費用の大半を政府が負担するのに,

「国民葬」の形式をとり , 「国葬」は見送りと

なったが,その決め手のーとなったのは,その

「法的根拠が明確でなし、」との内閣法制局見解

だったといわれる15〕。件)栄典を定めた袈章条例

10)こ うした諸問題に,いまここで立入ることは困難であ

る。が,小鳩和司「法律 ・命令 ・条例」 ジュリスト五00号七四頁以下は,かかる広い視野にたって, ミ判例理

論の再検討ミを行なった,知るかぎり,適切かっ無比の論稿といえよう。

11)国家行政組織法七条五項参照。なお,その後,行政機

関の職員の定員に関する法律(昭和四四年法律三三号)

が制定されている。

12)読売新聞同日夕刊。

13)この点も,その後当分の聞の瞥定措置をふくむ国有鉄

道運賃法及び日本国有鉄道法の一部を改正する法律(昭

和五二年法律八七号)が制定されている。時の法令九九

四号参照。

14)朝日新聞昭和五O年一一月四目。

15)向上昭和五O年六月三日夕刊。

(明治一四年太政官布告六三号〉が,昭和三O年「法律」でなく , 「政令」によって改正され,

学説上違憲との疑いがもたれている16)。

②さて,こ うしたわれわれが市民生活を営む

うえでいわば日常茶飯ともいえる事柄において,

たとえばうえの(ア)を報ずる記事が, 「法律の規

定によらなければならない事項」とか, 「国民

の権利義務に直接的な関係J\,、かんとかの視点、

より解説が加えられていることで,おおよそ見

当がつくように,それらは,実はいずれもなん

らかの意味で,「法律」「立法」 所管の問題をふ

くんでいるのである17)。

「法律」概念の伝統学説によると,これらに

おいて, ミ議会 ・政府ミ 聞の法関係を除き,な

かんずく行政内部の組織的規定,国民に直接侵

害を加えるものでない補助金の給付,租税に含

まれない行政上の手数料等と考えられる国鉄運

賃,予算内での緊急、の措置,栄典を授与するこ

と,いずれも,行政固有の任務,つまり「実質

的行政」に属し,明文の定めがなし、かぎり原則

として, 「法律」によるを要しない。

これに対して,すでにもふれた「民主主義的

法律」の立場からすると,さきの悼の種の「政

令」が認められぬことは当然として,さらに,

(ア)の(2)や肋の場合にも,「予算」がそれらのと法

律の根拠ミと しての役割を肩代りし うる ことを

容認せぬかぎり ,やはり別箇の「法律」を必要

とする。そのほか,(ア)の(1)ゃμ)なと@についても,

かりに「法律」 じしんによってかかる行政独自

の判断に委ねる措置がなされたとしても,その

ような傾向には,消極的に反応する政治的性格

を有する18)。

そして, ドイツ公法学のこのいわば「歴史的

観念」の発展線は,この国の民主的勢力の拡大

にともない,前者から後者への移行を明確に描

16)学説について藤馬龍太郎「唯一の立法機関」ジュリス

ト六三八号五二 ・三頁参!被。17)ほかにも,立法の委任の問題についても, 「ーぎり

ぎりの慾法論と して立法事項とは何ぞやというとと」

「 までさかのぼっていかないと,あるいはほんとの結論は出ない…」 といわれる。 『慾法調査会第二委員

会第二十三回会議議事録』 二O頁の佐藤参考人の発言。

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ドイツ公法学における「法律J概念の学説史的・方法論的研究(序および第一章)

いてきている。

ところが, 「民主主義的法律」をこそ大革命

以来伝統的に確立してきた隣国フランスでは,

逆説的に,第三共和制以降の憲法実践の経験を

通じて, 「国民の一般意思」をなによりもまず

「人民の意思」へ結合せしめ, 「法律」ならび

に「命令」はそのもとでの単なるー権威と して,

あるいはともに合目的的に社会建設にあたる一

手段にすぎない, となす, すぐれて二現代国

家ミ的な構成をも一部で生みだしているのであ

って19),この立場からは,さきのいくつかの行

政実務上の問題に対して,むしろ, 制限的な

「立法」所管論がみちびかれる ことになろう。

こうしたなんらかの 「立法」所管のあり方を

説示する「歴史的観念」も,もちろんそれぞれ,

あるなんらかの実定憲法において通用する法ド

グマたりえたかも しれないが,しかし,それが

ストレートにわが国の実定憲法のもと通用する

か否かは,また別箇に検討を要する問題である。

けだし, なるほど憲法典には三権分立,民主主

義,社会国的要請を背景と した規定もみうけら

れるが,「法律」概念,「立法」所管を直接明言

する規定は存しないからである20)。

のちにみるであろうごとく,わたくしは, し

かし,わが国実定憲法の「立法」所管を語ると

きに,少くとも立憲理論的性格をもっ「権利命

18)ポン基本法のもと,租税法上ミ強制的議会留保ミを説くものとして Vgl.H.J. Papier, Die finanzrechtlichen

Gesetzesvorbehalte und das grundgesetzliche Demo-

kratieprinzip-Zugleich ein Beitrag zur Lehre von

den Rechtsformen der Grundrechtseingriffe 1973

ただし,この「民主主義的法律Jからは,逆に立窓主義慾法秩序の破擦ともいえるほどの立法任務の放棄すら論理的には帰結しうるものであること,看過されない。註19)参照。

19)拙稿 「法律 ・命令の並列論一一フランス第五共和制定;法をめぐる一考察一一」弘前大学経済研究創刊号([l百五三)参照。

20)本稿が「法律j 概念にかかわる立法 ・制度史ではなく,学説史になった理由も,実はここにあった。ドイツの諸活、法典にみられる諸相(Vgl.E.W. Bockenf凸rde,

a. a. 8. S. 85. anm. 20)にもかかわらず,それらが内容的に一致することについて Vgl.W. Krebs, Vorbehalt

des Gesetzes und Grundrechte, Vergleich des tra-

ditionellen Eingriffsvorbehalts mit den Grundre-

chsbestimmungen des Grundgesetzes 1975 S. 11 anm.

4

- 17

題Rechtssatz」だけは,その前提にくみ込んで

展開することが許されるだろうと考えている21¥

ただ,いまはこのことは度外視しよう。

が,実定法論のレ ヴェルで、上述された問題に

とりくむときに,いまひとつ,看過されてはな

らぬ視点が存するように思われる。

それは,立憲主義的憲法のもと, いかなる

「立法」所管が要請されているにせよ,そのま

えに,ミ議会 ・政府ミ, し、L、かえればおのおのの

国法制定手続と してのと法律 ・命令ミの機能的

性格における相違が,すでにいわば所与として

与えられていることにかかわるものである。

ときどきのミ議会 ・政府ミの関係がなんらか

の「歴史的観念」によって支配されることはあ

りうる。が, かつて, C シュミッ トが断言し

たよ うな精神史的議会国家の死亡宣告といった

ある一定の観念の消滅22)は,ただちに制度とし

てのこの機関関係の消滅を意味するものではな

L、。

しかも,なによりもこ こで重要なこ とは,現

実機能的な「立法」所管に配慮するとき,その

制定手続の性格が,究極的に所管分配の可能態

に対してーの法的制約原理として機能するのだ,

ということであろう。そうして,かかる吟味を

通じて得られた個別的帰結が,かりになんらか

の「歴史的観念」に近似すること があっても,

しかし,これをもって両者のレヴェルを混同す

るようなことがあってはなるまい23)。

(3)憲法典解釈上

いままでみてきたような具体的ケースにおい

ても,それらはいずれもなんらかの憲法典解釈

上の問題にほかならないものであった。

が,伝統学説のなかで直接「法律」概念とい

う形で論議されたのは,わが国憲法典でいえば,

四一条の 「立法」, 七三条六号の「政令」との

21)拙干潟 「公法学上の『組織法(規範)』に関する基本的考察j←)文化紀要一四号 (昭五五)五七頁参照。

22) Vgl. C. Schmitt, Die geistesgeschichtliche Lage

des heitigen Parlamentarismus 1926 S. 63,カール・

シュ ミyト著樋口陽一訳「議会主義と現代の大衆民主主義との対立J危機の政治理論所収一二二頁。

23)拙稿「l唯一の立法機関」 憲法の争点一二七頁。

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- 18

関係,随所に登場する「法律」の意義などをめ

ぐってのものである24)。そして,こうしたと法

律 ・行政之論上のいわば「立法」所管について

の立論は,ほかでもない,わが国旧憲法さらに

ドイツの,なかんずく一八五O年プロイセン憲

法六二条の「立法」概念をめぐ、る論議のなかに,

その原型をみいだすことができるのであった。

このへんの学説の詳細なる展開はのちに譲る

として25),いまここでは, 「法律」概念を語る

諸々の学説に対する,憲法典観釈上のレヴェル

におけるその接し方といった視点より,注意す

べき事柄を二,三補なっておくのみにしたい。

①「憲法典」 に,「立法」所管を意味する「法

律」概念の明文の定めがないこともあって,こ

の憲法レヴェルにおける「法律」概念の考察じ

たいそもそもナンセンスだと説く論者も存しえ

ないわけではない。

確かに, 「憲法典Jは本来,国家の「統治組

織」を所管とするとはいえ,この法」IQ,の実定的

性格からみて,そのすべてを網羅しうるもので

はないのであって,立憲国家では,いきおい

「立法」所管の内容が,多様かつ豊富なものに

ならざるをえなし、。そして,これらを「法律」

概念の問題として,単一的にまとめあげること

には,のちにみるであろうごとく ,疑問も存し

ないわけで、はない26)。

が,かといってこうした内容吟味の作業を放

棄して,まえにも触れた,かぎりない議会主義

の要請をふくむ「民主主義的法律」, あるいは

し、かなる法内容であれ法規範の可能態としてく

み込まれうる法認識の立場へ逃避してはなるま

L、。

前説は,個別実定法の内在的分析とは別箇の

ーの思想的構成であり , 「歴史的観念Jと称し

うるものである。後説は,現実に適用さるべき

24)伝統学説での 「法律j紙念は,ほかに司法的権利救済

の有無の判定基準としても機能したが,いまそれについては度外視しておこう。 Vgl.W. Krebs, a. a. 0. S.102

anm.l

25)拙稿「いわゆる二重法律概念学説の研究JH,岩手県

立盛岡短大研究報告二O号(昭四四)六七頁以下参照。26) Vgl. W. Burckhardt, Methode凶 d System des

Rechtes 1936 S. 136

法内容の構築を意図するものではなく,もとも

と,あらゆる実定法に通用する「一般法学」上

の純粋法認識を意図したものである。

いずれも,それぞれの,「特別法学J,あるい

は「一般法学」のレヴェノレで,こうした法学的

考察が無意味であるといっているのでは決して

ない。そうではなく,憲法典解釈上, 「立法」

所管の問題が提出されているときに,それらの

視点に立って,このレヴェノレの異なる問題じし

んを軽視ないし無視してはならない,というこ

となのである。

②憲法典解釈上の「立法」所管を問題にする

とき,もちろんさきにのべたように実定憲法の

内在的分析が必要とされるが,しかし,立憲国

家,なかんずく近代憲法典をもっ国制において

は,明文が存しなくとも「権利命題」について

の「立法」所管をそこにくみ込んで展開するこ

とが許されると考えている。

ただ,その「権利命題」の性格について,充

分な理解.が必要とされるであろう。

わが国の現行憲法典制定過程において,早く

から立法権限拡大の意図がかなりはっきり打出

されていたのである27)が, 「法律J概念につい

ての 日本側での審議は,それまでの学説を反映

した「権利 ・義務に関すのもの」(「権利命題」〉

を用いてのものにすぎなかった28〕。だが,そこ

でこの事実をもって,ただちに,わが国の憲法

典が,一九世紀ドイツ公法学にみられた伝統学

説の一連の諸帰結をそのまま継受したのだと決

めつけるのは,速断に過ぎる。現に,同じその

審議の過程において, さきの 「権利命題」に

「人間ニ権利ヲ与フノレ規定Jをも含まれること

が答弁されており29),これは伝統学説での用法

よりも広義で,今日いわれる「給付行政」の領

27)高柳賢三他『日本国慾法制定の過程』(昭四七) I三,三五,六五,一五七,一六三,(反対一七三),一九七,

二八七, E一九四,一九六,(反対二一0),二二八の各

頁参照。

28)佐膝達夫「日本国怒法成立史JジュリストーO四号六

二頁,同一一九一号四四頁参照。

29)同上一一九号四四頁。但し,「権利命題」と「組織法Jとの間の法規範的構造の相違について,当時,明確な認

識をもっていたとはみられない。

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ドイツ公法学における「法律J概念の学説史的・方法論的研究(序および第一章)

域へも及びうるものであった。

したがって,さきのごときと決めつけミは,

「権利命題」の規律内容が国家任務の増大 ・変

質に応じて変りうるものであることを30)誤認し

たことにもとづいている。

③いまひとつ,当然のことながら分明なもの

にしておくべきことがある。

それは, 「権利命題」が排他的に「立法」所

管であると言明されるとき,ここで対「行政」

との間での所管分配が問題になっているのだ,

ということである。近代立憲主義が,権力分立

の原理の制度目標として「権利保障」をかかげ

るものであることは周知のところであるが,し

かして,このことは「権利保障」規定が「憲法

典」の排他的所管であることを意味するもので

は決してなし =憲法典 ・法律ミの国法形式間

では,それはおそらく ,競合的所管が語られう

るものであろう 31)。

世の法思想家のなかには, 「法律」を「法」

じしんと同義に理解し, そこに「市民階級の自

由」,「基本権J,「正義J,「民族の意思」,「指導

者の命令32)」などの具現を夢みたものも少くは

なかった。時々の政治的緊張関係のなかで,「法

律」が果してきた役割もさまざまであったこと

も事実である33)。

けれども, 「法律」概念がわれわれの場合,

30)括i稿「公法学上の『組織法(規範)』に関する基本的

考察J(→前掲五六頁。

31)宮沢俊義『怨法』改訂版三五九頁参照。君・主if!<:原理の

もとでは, ミ法律 -命令ミの国法形式問でも,競合的所

管が存しえたことはいうまでもない。

32)この点,とりあえず拙稿「『法律』概念の学説的展開j

文化紀要一一号(昭五二)二七・ 八頁参照。

33)註24)参照。

34)拙稿「ナチス時代に於ける法律札昨念Jmi掲参照。

ferner Vgl. D. Kirschenmann, ,GesetどimStatasrecht

und in der Staatsrechtslehre des NS 1970 G. R. Gr6Blin, Der Grundsatz der GesetzmaBigkeit der Verwaltung Diss. jur. Freiburg 1939 S. 41££., W.Ehr-

lich, Der Vorbehalt des Gesetzes in der deutschen

Verfassungsentwicklung Diss. jur. Konigsberg 1934

S. 24££. (ほかに, CDieckmann, Der Vorbehalt des

FUhrerwillens und der Vorbehelt des Gesetzes im

nationalsozialistischen Verfassungsrecht, Diss. jur.

Bonn 1937, M. Fauser, Das Gesetz im FUhrerstaat,

A凸R.N. F. 26 1935 S. 129££ もあるが参照できなかっ

た。)

- 19 -

対「行政」との聞の所管分配にかかわるもので

あること34),との視点を見失わないならば,そ

こでの概念は,制度論として,ある程度区分が

明確になるような法規範上の特質を指示しうる

ものでなくてはならない,ということが演縛さ

れるであろう。もともと「国家」じしんを正当

づけるべく説かれた「国民の一般意思」を「法

律」と結合せんとした「民主主義的法律」の構

造は,かかる視点より基本的に問題とされる。

してみると,憲法典解釈上, 「法律」概念の

論議に接するにあたっては,その論じられる方

法のみならず,対象についても,期待される解

答のレヴェルの適合性に意が配られなくてはな

らないであろう。

(4)比較憲法史上

ドイツ公法学において, 「法律」概念がどの

ように論ぜられてきたのかについては,のちに

展開されることになるが,およそ,立憲理論上

の「立法」所管が,このような形で論議される

のは,実のところ, ドイツ国法学の影響を強く

受けたオーストリア,スイス,そしてわが国に

おけるそれをのぞき,ほかの欧米諸国にはみら

れないといってよし、35)。

行政の固有領域の存在を認め, 「立法」所管

を制限的に画するドイツの伝統学説が,「法律J

に具現される市民の意思 ・勢力の弱かったこの

国の一九世紀の君主政原理のもとで確立せられ

たものであったことは,比較的早くから民主的

勢力が優勢であったほかの諸国にはこのような

思考法が育たなかったことと合せて,この「法

律」概念の問題の政治的性格を充分に物語るも

のである。

けれども,伝統学説にみられる「法律」概念

のかかる性格は,単にこのことのゆえに,今日

35)この問題をめぐる諸国でのとりあっかいについての筒

単なコメントとして Vgl.E.W, B凸cl世 nforde, Die

Organisationsgewalt im Bereich der Regierung 1964

S. 61£. anm. 2, C. Starck, Der Gesetzesbegriff des Grundgesetzes 1970. S. 75£. R. Thoma, Der Vorbe-

halt des Gesetzes im preuBischen Verfassungsrecht,

Festgabe for Otto Mayer, 1916 S. 169ff.拙稿「法律

.命令の並列論一一フランス第五共和制定f法をめぐる一

考察一一」

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- 20ー

もはやその学問的考察の意義を失ってしまった

ということを意味す るものではない。しかも,

それは歴史的懐古趣味といった視点からそうい

うのではない。

そもそも,立憲理論において, 「立法」所管

の問題は基本的テーマであることのほか,それ

は,まさしく現代国家における共通してみられ

る現象に対する学問的考察の重大なる意義とい

う視点から,そのようにし、し、うるのである。

というのは, ドイツにおけるその後の経過に

もみられる こと であるが,それのみならず,た

とえばアメリカでは,なかんずく 1933年以降の

F.ルーズベルトによるニュ ーディール政策の期,

さらにイギリスやフランスでも,1914年の第

一次世界大戦以降,経済的 ・社会的秩序の混乱

の続発とともに,これらに対処すベく必然的に

国家任務が増大し,同時にこれは議会任務の増

大,いわゆる処分法律(Ma!3nahmegesetz)を

出現せしめた。と ころがこうした現象は逆説的

にその結果,これに充分対処しきれない議会の

無能力を暴露し,かつ法律内容に起因する法律

・議会の威信の喪失をまねき,かえって専門知

識を備える執行部の優勢という現象を導くこと

になったのである制。この一連のすぐれて現代

国家的変容37)は,もちろん各国におけるその事

情は同ーのものではなかったとしても,多かれ

少かれみられるにいたり ,ここに,ひとたび、議

会主義の勝利を経験した国家においてすら,

ミ法律で直接定めなければならぬ事項は何かご

という機能論上は実質的にドイツ伝統学説にお

けると同様の聞が発せられうる状況が比較憲法

36)参照,拙稿(紹介) G. Schmid, Das0Verhalt111s von

Parlament und Regierung un Zusammenspiel der

staatlichen Machtverteilung 1971 盛岡短期大学「法経J八号(昭四八), G. Schmid, a. a. 0. S. 147£. S. 229

ff.水木惣太郎『比較憲司法史』(昭四0)一三七,一五三,二四八頁,水野登志『委任立法の研究』(昭三五)など。

37)近代立窓主義とその現代的変容という視点を明確に意殺した展開として,樋口陽一『近代立慾主義と現代国家』(I沼四八)一四八頁以下, 同「戦後フランス憲法思想における転換J公法研究三八号(昭五一)一七八頁以下,また,行成国家に対する慾法政策学的対応を説くものとして手島孝「行政国家の憲法問題j公法研究三六号(昭四九) ー頁以下参照。

史上も,っくり出されたのであるからである。

もっとも,こ こではかの立憲君主政時にみら

れたミ議会 ・政府ミ聞のいわば主権的闘争では

なく ,したがってまた,この考察の意義も,歴

史的発展に逆らって,かつての一つの「歴史的

観念Jのために,その捻子を逆回転させること

に存するのではない。「法律の支配」のも とで,

なおかつ現実機能的な所管分配いかん,という

視点は,比較憲法史からみても,価値の認めう

る研究テーマたるを否定できないであろう 38)。

(5) 法論理上

ところで,この 「立法J所管を指示する「法

律」概念は,なによ りもます.近代立憲主義をそ

の前提にして,はじめて論ずる意義を備えると

いっても過言ではない。いいかえると,この概

念はなんらかの意味において,かかる政治的要

請を内容とする 「歴史的観念」であるというこ

とになる。そして,このようなレヴェノレで「法

律」概念の内容をあとづけてみるとき,ある程

度類型的にその思考の変遷過程をトレースする

ことができるように思われる。のちにみるであ

ろうごとく ,「実質的法律」,「法治国的法律J,

「民主主義的法律」と称されるものがそれで,

いずれもそれぞれの構造のなかに「立憲主義的

法律」概念39)として総括しうる要請をふくんで

いるといえるものであって,もちろん法思想史

38) W. Krebs, a. a. 0. S. 129は,ここにみられる問題の転換を配慮し,ーは実質法的問題,他は権限法的問題と分けて説いている。なお,伝統学説には主権的闘争が背景に存したとして

も,同時にミ議会・政府ミ間の現実機能的な所管分配を配慮した合理的言明もみうけられたことは注目してよい。政府が国家・生活の中心的役割を担うべきことは理の必然のごとく考えられていたことについて,参照,拙稿「シュミ yトへンナーの国家機能学j前掲三九 ・四O頁,有賀長雄「日本ノ国法ニ於ケJレ命令権Jw窓法論諮』(出版年不詳)五O四・五頁,伊東巳代治『法律命令論 ・命令編』(明二三)六二頁以下,伊藤博文 『帝国慾法皇室典範室長解』(明二ニ)一八頁以下,一木喜徳郎『日本法令予f.l~,品』(明二五)一四二頁など。

39)この表現法は CShm1tt, Die geistesgeschichtliche

Lage des heutigen Parlamentarismus 1926 S. 63にみられるほか,参照できなかったがつぎの著作の:標題にも汗lいられている。 F. v. Martitz, Uber den konstitu-tionellen Begriff des Gesetzes nach deutschem

Staatsrecht, ZGesStW Bd. 36 1880, H. Preuss, Uber

den konstitutionellen Gesetzesbegriff 1903.

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ドイツ公法学における「法律」概念の学説史的 ・方法論的研究(序および第一章)

的にはロックやノレソーらの思想にまで系譜をた

どることもできるが, 「立法」所管を指示する

「法律」概念として, ドイツ公法学上固有の展

開をみることのできるものである40)。

そして,個別実定法上の「立法」所管を吟味

するうえで,このレヴェルでの類型化の作業は,

実り豊かなアプロ ーチのためのー視点を提供し

うるであろう。

が,いまとりあげようとするのはそのことで

はない。すなわち,それはなんらかの「歴史的

観念」のレヴェルで、の法内容を提言しうるもの

ではなくて,それらのいずれからも超然として,

距離を保ち,いわば間主観的なる視点より,個

々の「法律」概念の特質を認識しようとするも

のである。さきに,法論理上とのべたのは,こ

のような視点、を意味する。

かかる「法律」概念の問題,なかんずく=立

法 ・行政ミ聞の所管分配を分明に律しうる法論

理上の分析原理と して,知るかぎりもっとも周

到なる理論を,われわれは,故宮沢教授の「立

法 ・行政両機関の聞の権限分配の原理41)」のな

かに,みいだすことができるように思われる。

それによると,まず権限分配には, ①内容的

分配と②形式的分配とが存しえ,①にはさらに,

(a)縦断的分配(ここで,行政行為が法律にもと

づかぬという意味で,praeter legem を語り

うる。)と横断的分配(ここで,行政行為がつ

ねに原則として法律にもとづいてなされるとい

う意味で,intralegemが語られうる。〉との

区分,および(b)排他的分配と競合的分配との区

分が存しうる。そして,この最後者である競合

的分配の場合には, ②形式的分配が問題となる。

つまり, (a)対等 ・並立の形式間では「後法上位j

の原理,(b\上下の形式間では「法律上位jある

いは「行政行為上位jの原理が通用しうる。が,

40)拙稿,「『法律』概念の学説的展開j前掲二八頁以下,

このへんの事情および E. W. Boeken£凸rde,O.W

I<:iigi, C. Starck, K. Huber らの文献についても拙稿

「法律の一般性JH前掲四八 ・九頁参照。また,「法律の

留保Jの思考法の転換の経緯について Vgl. W. Krebs,

a.a.0.

41) (昭七)『憲法の原理』(昭四二)所収, とくに一一八

へ{二四頁参照。

- 21ー

排他的分配の場合には,真の抵触は生じえず,

これらの原理の適用の余地がない。

こうし、った諸原理をもって, 「立憲主義的法

律」の諸類型が,法論理上明確に区分・位置づ

けられることになるであろう的。

ちなみに,フラ ンス第五共和制憲法三四条に

みられる “Laloi determine les principes

fondamentaux’p では,うえの横断的分配と排

他的分配とがくみあわされているとみられ (同

三七条参照), また, ボン基本法七五条にみら

れる連邦の “Rahmenvorschriften''の立法権

は横断的分配と競合的分配との結合の好例とみ

られる43)。

また,伝統学説にみられる行政の固有領域と

今日の立法の委任による行政の自由領域とにお

いても,憲法レヴェルでみるかぎり,前者が行

政の排他的所管を語りうるものであるに対し,

後者は全くそうではない,とし、う相違が分明に

されるはずである44¥

42)もっとも,うえの諸原理は,個々にたとえば(i)(a)の

区分が G.Burdeau, Droit constitutionnel et institu-

tions politiques, Treizieme edition 1968 p. 556 (但

し,用語法は反対である。)に,また(i)(b)がドイツの

グァイマ-Jレ憲法およびボン基本法における連邦と什!と

の立法所管分配法として,さらに (ii)もウィーン法学に

おいて用いられてきているもので,宮沢教授の創意によ

るものではないであろうが,諸国の立慾的権限分配の状

況を,それら個々の分配原理をくみあわせて分析せんと

されたことは,教授の若限のするどさを物語るものとい

えよう。

43)ここで,州による RahmengesetzのAusfi.illungは,

原則として,排他的分配を諮りうるものであろう。 K. Hesse, Grundziige des Verfassungsrechts cler Bun-

clesrepublik Deutschland 8. Aufl. 1975 S. 98£.

近時,森田助数授は, 0.?イヤーの「法律の支配J論を,本文でのベたごと き分配原理でもって,分析して

注目される。そして,その結果なかんずく「『法律の留

保』なる観念を使用する論理的条件は,憲法上,何らか

の事物が行政府に授権され,併せて立法府に排他的授権

内容が認められている場合であ」り,「『法律の優位』な

る観念は,第一に法律と憲法に基づく命令との抵触原理

を意味し,この意味でその勧念を用いる論理的条件は,

慾法上ミ可能態としての競合的授権内容ミが存在する場

合である。第二に,その観念は, lexposterior則を指

称するJと論定されている。(「法規と法律の支配JH法学四O巻一号(昭五ー)八四頁)ただ,助教授が一般的

規範の排他的所管より,当然に具体的行政処分について

のそれがみちびかれるとされているようである(六三頁

以下)が,さきの分配原理において,横断的分配と競合

的分配とが法論理上,結合しえないものではあるまい。

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しかし,このような作業をなすうえで,たえ

ず念頭に置かれねばならないのは,はじめにの

べたことに関するいくつかの事柄である。

ーは, 「法律」概念が立憲主義の産物である

かぎり,個々に説かれた「法律」概念の内容が,

一体どんなものであったのか,についての吟味

こそ,この分配原理の活用に先行してとりくま

れなくてはならぬ一課題である,とい うことで

ある44)。そして,同時に両者の作業は,それぞ

れに有益なものである。

二は,ある実定憲法典における立憲的「立法」

所管がさきの分配原理によって法論理上,明確

になったとしても,実定法論のレヴェルで、は,

それで問題が片付いたわけではなく,さらに,

その現実的な現われ方45〕にも配慮しなくてはな

らないであろう,ということである。

なお,三として,さきの分配原理は,宮沢教

授において,その標題も示すように直接には

「立法 ・行政両機関の間」のそれを念頭におい

てのものであったが,それは,「憲法」「規則」

など他の国法形式聞においても用いうるもので

あること,が,その反面, 「法律」概念をめぐ

る立憲理論上の問題が,単に,この所管分配の

それに尽きるものではなく, 「自由 ・基本権」

や国民の「司法的権利救済」のそれ46)にもかか

わることからくる,この法論理上の分析法の限

界をも見過さるべきではない,とい うことであ

る。

44)拙稿, 「II仕ーの立法機関の意義JH前掲ニO六頁,同

「立法の委任¢一一罰則の委任一一」前掲三六0・ー頁。V gl. BVerfGE 33. 125 (158).

45)問題の歴史的性格を宮沢,前掲一二四頁も指摘してい

る。また「法律の優位」と「徐法の留保Jとの交差を認めるものと して Vgl.F. E. Schnapp, a. a. 0. S. 237ff. F. Frernuth, Der Vorbehalt des Gesetzes in der

Bayerischen Verfassungsurkunde vom 26. 5. 1818 und

seine Auswirkungen auf die Rechtsentwicklung im

Bayerischen Fruhkonstitutionalismus, Diss. jur

Marburg. 1970 S.204£.

46)たとえば,宮沢, 前掲一二一頁も,排他的分配が「あ

るように見える場合でもj滋&、にいう と実は競合的な分配

がそこに混入しているこ とが少なくないJという (さら

に,一八二頁も参照)。

47)これらもなんらかの所管分配給に還元できなくもない

が,その思想内容のダイナミ yクな変遷過程は捨象され

ることとなろう。

* ネ

以上で 「法律」概念が問題とされているいく

つかの場面を一瞥してきた。おなじ「法律」概

念としづ言葉にかかわる論議であっても,それ

がし、かにさまざまの局面において,またさまざ

まの対象 ・方法をもってなされてきているか,

おわかりいただけたかと思う。

このような状況にある「法律」概念の問題を,

しからば,以下の考察においてどのように展開

するのであろうか。わが国実定憲法論上の「法

律j概念の内容を究明するうえで,本稿標題に

みるよ うに, 「ドイツ公法学における『法律』

概念」の学説史に,なによりもまずそのあり方

を尋ねるのが,こうした立論の成立経緯からし

て,ごく自然、なことであろう。

もっとも,うえにのベ7こごとき個々の論者の

意図をJ慎重に読みわける ことに注意を払うなら

ば,従来の研究からの若干の予備知識を補った

うえで,ここからただちに進んで,わが国実定

憲法論上の「法律」概念をめぐる立憲理論的諮

問題,なかんずく, 「法律の一般性」や「権利

命題」に関する諸論点への一定の視角を構築す

ることも,不可能ではあるまい。

けれども,いままでのところ,わが国および

ドイツの公法学の成果を顧みるに,この「法律」

概念に対しては, 「歴史的観念」の変遷を強く

意識する歴史的政治学的視点,あるいは 「一般

法学」の高みより「法Jの哲学的認識に固執す

る視点からの批判的分析はさかんに行われてい

るが,それらはいずれもそれぞれの視点からの

考察を一貫させるこ とにのみ懸命で,肝心の与

えられた安定法論上の問題を直視しての構成ま

で立を配る成果に乏しく ,一面的と評せざるを

えない49)。

そればかりではなく,本稿が意図するごとき

素朴な複限的,多角的な研究に対しては,今日,

軽蔑することはあっても,決して, 三科学的ミ

とは認めない妙なアカデミズムさえ学界の一部

にないとはいえないように恩われる。

したがって,そもそもこの意味で, 「法律」

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ドイツ公法学における「法律J概念の学説史的・方法論的研究(序および第一章)

概念の問題のとりあっかい方じしん,いまだ一

箇の私見にほかならず,さらに充分なる論証を

要するものとみうけられるのである。

よって,以下のこの研究においては,まず,

「法律」概念がドイツ公法学において,どのよ

うに論ぜ、られてきたのか,ここでいわゆるドグ

メンゲシ ヒテのみならず47〕,個々の論者の視点

の多様性にも気を配って考察する(第二章〉。

しかるのちに,この多様性をもっ諸視点をあら

ためて,体系的に整理するよう試みよう (第三

章〉。 そして最後に,かようにしてえられた整

理図式を,今度は 「法律」概念をめぐる主要な

個別論点にもどして,適用してみることを通じ

て,その有用性を論証するとともに,わが国の

若干の憲法解釈論にも言及する(第四章〉。

かくて,ここに,のこされた問題も少なくは

ないが,それらへの基本的視座を提示し48),あ

わせて,本稿筆者のここ数年にわたるj思考に一

応の決着をつけ,読者のご批判を可能なものと

しておきたいと考える。

(昭和55年5月〉

48)いまや,単なるドグメンゲシヒテでなく,立主主理論の

法理論的普遍妥当性ある言明が求められていることの指j商Vgl.F. E. Schnapp, a. a. 0. S. 21£

49)参照,拙稿 「法律の一般性について」付, (二 ・完),

同 「公法学上の『組織法(規範)』に関する基本的考察J(-), (二 ・完)前掲。

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