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労働 CSR が人的資源管理に与える影響 ──労働CSR 概念の探究に向けた試論的研究── 矢 野 良 太 社会環境学会 『社会環境論究』 第10号 2018年1月 別 刷

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労働CSRが人的資源管理に与える影響──労働CSR概念の探究に向けた試論的研究──

矢 野 良 太

社会環境学会

『社会環境論究』

第10号 2018年1月別 刷

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労働CSRが人的資源管理に与える影響──労働CSR概念の探究に向けた試論的研究──

矢 野 良 太

Ⅰ.はじめに

本稿は,企業(1)と社会・環境の関係に関する比較を中心として,社会への影響に考慮した人(2)の管理を目指す労働 CSR が,人の管理を扱う既存概念である人的資源管理(Human Resource Management, 以下,HRM)(3)

に何をもたらすのか明らかにすることを目的とした,労働 CSR 概念の探究の一環となる試論的研究である。

企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility, 以下,CSR)の取り組みや議論が2003年から活発化(井上,2008;谷本,2006)しており,自然環境や社会貢献のみならず,労働分野に関する CSR である労働 CSR の取り組みも多くの企業で行われている(4)。

労働 CSR に取り組むということは,第一に,社会に対して自社の労働CSR の方針や取り組みについて説明責任を果たすこと(European Commis-sion, 2011;日本規格協会編,2011)であり,現に CSR に取り組む企業のほとんどが CSR 報告書あるいはそれに準ずるものを紙媒体や Web サイト上で公開している(5)。

第二は,社会に与える影響に考慮した人の管理を行なうことである。これは,CSR が「企業が社会に与える影響についての企業の責任」(European Commission, 2011, p. 6)と定義されていることによる。この定義を労働分野に当てはめると,企業における人の管理が社会に与える影響についての責任が労働 CSR であり,その責任を負う活動を行なうことが労働 CSR に取り組むこととなる。

このうち,前者の社会に対して説明責任を果たすという点は目新しいが,それに比べると,後者の人の管理に社会への影響を考慮するという点は目新

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しいとは言い難い。CSR 報告書の発行やそれによる労働に関する情報の公開の拡充は,これまであまり見られなかったものであり,労働 CSR が普及してから活発化した,労働 CSR による新たな施策であるといえる。しかし,人の管理において社会への影響を考慮するというのは,それがこれまでのHRM をどう変えようとしているのか曖昧である。言い換えるならば,企業が労働 CSR に取り組むようになったことで,HRM はどう変わっているのかという疑問が生ずるのである。

今日,過労死や少子化など労働に起因する社会問題が取り沙汰されており,そうした社会問題は企業の働かせ方にも起因している(矢野,2013)。企業自らが労働 CSR に取り組み,そうした社会問題を解決しようとしているならば,社会にとって望ましいことである。しかし,もし企業が労働 CSR に取り組んでいるといっても,実際の人の管理に変化が起きていないのであれば,現在の労働 CSR には社会問題の解決は期待出来ないことになる。それゆえ,労働 CSR が HRM を変えているのかどうか検討する必要がある。

では,労働 CSR は HRM にどのような変化をもたらしているのか。企業が社会に与える影響に考慮した人の管理を行うことが労働 CSR であり,労働 CSR が HRM に変化をもたらしているとするならば,これまでの HRMは社会に与える影響を考慮していなかったのだろうか。確かに HRM では社会という言葉はあまり扱われてこなかっただろう。しかし,社会と類似した言葉として,環境(6)という言葉は比較的多く扱われてきたと思われる。そうならば,HRM で用いられる環境という言葉が指す対象と,労働 CSR で用いられる社会という言葉が指す対象や,それらの言葉と企業の関係に違いがあるのか。ここから,従来の HRM と,労働 CSR を含有する現在の HRMの違いを明らかに出来るのではないだろうか。

以上の問題意識から,本稿では労働 CSR が HRM にどのような変化をもたらすのか検討する。以下では,まず第2節において HRM における環境とはどのようなもので,企業と環境の関係は何かを明らかにする。第3節では,労働 CSR における社会とはどのようなもので,企業と社会の関係がどのように考えられているのか示す。第4節では,第2節と第3節の結果をもとに,環境と社会は何が違うのか,企業と環境・企業と社会の関係は何が異なるのか明らかにする。第5節では,社会を考慮する労働 CSR は,HRM にどの

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ような変化をもたらすのか検討する。最後に第6節では本稿の結論について述べる。

Ⅱ.人的資源管理と環境

本節では,HRM が企業の外側として扱ってきた環境という概念について,環境とは何かを明らかにするとともに,企業と環境の関係を整理する。

CSR という概念を説明する場合,頻繁に使われる言葉は社会である。先にあげた European Commission(2011)や社会的責任に関する国際規格である ISO26000(日本規格協会編,2011)の CSR の定義でも社会(society)という言葉が用いられている。また,CSR の目的として掲げられているのは,持続可能な社会(例えば,日本経済団体連合会,2010;労働における CSRのあり方に関する研究会,2004;労働に関する CSR 推進研究会,2008)であり,環境(7)の持続可能性とはいわない。実際に企業が発行する CSR 報告書でも,CSR の目的として持続可能な社会が掲げられているものを目にする(8)。このように,CSR では,企業が経営において配慮する企業外部の対象を社会として扱っている。

それに対して,経営学では,企業を取り巻く世界のことを社会という言葉よりも環境という言葉で扱ってきた。

経営学における企業と企業外部の関係の捉え方にはオープンシステムとクローズドシステムという2つのアプローチがある。前者は「環境との相互作用に注意を向け,組織を予測や統制のできない影響力にも従うシステム」として,後者は「組織を外界からの影響を受けない,確定的な予測可能なシステム」(岸田,2006,4ページ)として組織を見る。

企業を企業外部との関係を持つものとして捉えるオープンシステムのアプローチでは,企業外部を環境として扱っている。では,そのオープンシステムのアプローチでは環境をどのように捉えるのか。以下,経営組織と環境に関する研究(岸田,2006)の要点に依って見ていく。

組織と環境の関係における環境とは,組織の内部環境,1つの組織から見たその組織の外部環境,ある一定の全体環境の3つのレベルがある。ここでは,1つ目の内部環境は,本稿が議論の対象とする企業外部を指すものでは

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ないので除外する。2つ目は特定環境といわれ,顧客や資源の供給者,競争相手,組織に規制をかける者が主要な対象となる。3つ目は一般環境といわれ,文化や社会構造,具体的には経済や教育,政治,法律といったものが含まれる。

そして,環境は企業に影響を与えるものであり,企業は変動する環境の中で効率的で合理的な組織構造を展開するとされる。一般に,状況適合理論と呼ばれるものである。それに加えて,企業が自らにあわせて環境を変えようとする,環境操作戦略と称されるものもある。

このように,オープンシステムのアプローチでは,企業外部を環境として扱う。その環境とは組織が直接的に関わる顧客や競争相手といった存在のみならず,経済や法律といった他の企業をも取り巻く要素も環境として捉えられていた。そして,そうした環境を,企業に影響するものであり,かつ,企業から影響を受けるものとして解釈していた(9)。

同様の考え方は HRM でも見られる。HRM の外的コンテキストのモデル(Bratton and Gold, 2003)でも組織と環境(10)の相互作用は認められている。このモデルでは,HRM は競争の激化および組織変革の加速という影響を環境から受けるとともに,HRM による成果はその環境にも影響を与えることが示されている。HRM は企業の一部であり,ここでの HRM は企業と置き換えて考えることが出来る。

次に,経営戦略論における企業外部の見方を取り上げる。オープンシステムの考え方のもとでは,環境に競争相手が含まれている以上,自社以外にも企業が存在している中で企業は利益をあげていくことになる。企業経営においていかに儲けを出すかを扱う経営学の分野として経営戦略論があり,それは他社よりも利益をあげることを目的とするため,経営戦略論では当然に企業外部の存在を考えることとなる。

その経営戦略論でも,企業外部のことをやはり環境として扱う。青島・加藤(2012)は,利益の格差を企業の内部か外部どちらに要因があるとするかで理論を分類しており,企業外部に利益の源泉をもとめる考え方において,企業外部のことを外部環境と表している。

この分類のうち,外部環境に利益の源泉を求める考え方には,環境からの影響をもとに戦略を考えるものと,自社にとって望ましい環境を生むための

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戦略を考えるものがある。前者は,ポジショニング・アプローチと呼ばれ,「都合の良い環境に身を置くことが,まず重要な戦略となる」(青島・加藤,2012,18ページ)。後者は,ゲーム・アプローチと呼ばれ,「企業の外部に存在する構造的な力に企業がまったく影響を与えることができないわけではない」(青島・加藤,2012,22ページ)とし,環境を変えることで自社の位置する環境を自社にとって都合の良いものにしようとするものである。

この経営戦略論でも,企業は環境に影響されるものであるとともに,企業も環境に影響を与えられると考えられていることがわかる。

HRM でも戦略性を伴う戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management, 以下,SHRM)という領域がある。SHRM とは,「業績を改善するために,組織の戦略目標と人事機能とを連結する過程のこと」(Bratton and Gold, 2003, 邦訳,61ページ)といわれるように,業績を上げるためにHRM と組織の戦略を統合するのが SHRM である。

SHRM のもとにあっては,HRM における環境との関係は,経営戦略論におけるそれと同じであると考えられる。SHRM は,「「環境−戦略−組織構造−組織過程−業績」といったコンティンジェンシー的組織・管理論のパラダイムに則り,HRM の組織業績に対する貢献性を全体組織レベルで議論していくもの」(岩出,2002,59ページ)といわれる。このように,HRM は戦略性を持つ SHRM になることで戦略とつながり,戦略と結びつく環境とも関係を持つこととなる。

以上のように労働 CSR では企業外部のことを社会と呼んで扱うのに対し,経営学や HRM では主に環境としてそれを扱ってきた。本節では経営学や経営戦略論も援用しつつ HRM における環境について見てきた。HRM では,環境を特定の組織が直接的に関わる企業外部の存在や組織を取り巻く企業外部すべてと捉えてきた。そして,企業と環境は相互に影響し合うものとして考えられてきたといえる。

Ⅲ.労働CSRと社会

前節で触れたように,労働 CSR は企業外部を環境ではなく社会という言葉で示している。では,その社会とは何を指しているのか。労働 CSR が社

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会に配慮した人の管理であることを前提とし,労働 CSR として扱われている施策が企業外部をどう捉えているのかを見ることで,労働 CSR における社会とは何かを明らかにする。

ここでは,労働 CSR に関するガイドラインが企業の取り組みを引導していると考え,主要なガイドラインを参照することで,労働 CSR として行われていることを把握する。

日本からは,経済同友会が発行した CSR に関する企業白書(経済同友会,2003)と,厚生労働省において行われた労働 CSR に関する2つの研究会の報告書,労働における CSR のあり方に関する研究会(2004)と労働に関する CSR 推進研究会(2008)を採用した。この企業白書は,今日における日本の CSR の契機となった(井上,2008;谷本,2006)といわれており,日本の CSR の手引きとなっていると考えられる。2つの研究会の報告書も,ガイドラインを名乗るものではないが,企業が労働 CSR で何を行うべきかを提示しており,企業白書と同様にガイドラインとして扱うに相応しいものだと考えられる。また,労働 CSR に特化した,日本では他にはないと思われる資料である。

国際的にガイドラインとして使用されているものからは,GRI ガイドライン(Global Reporting Initiative, 2013),ISO26000(日本規格協会編,2011),OECD 多国籍企業行動指針(OECD, 2011),グローバルコンパクト(United Nations Global Compact, 2014)を選んだ。GRI ガイドラインは,CSR 報告書で公開する事項に関する指針であり,日経225の選定企業の中で CSR 報告書を発行している216社のうち146社と約7割がこれを利用している(KPMG,2017)。従業員一人あたりの年間平均研修時間や労働組合との正式協定に定められている安全衛生関連のテーマといったように,何を公開するかに関するガイドラインであるが,それを参考として何に取り組むかを判断することが可能なので含めることにした。ISO26000は,日本でも馴染みのある国際標準化機構が定めた,社会的責任に関する世界的な規格である。国連が提唱するグローバルコンパクトは,「企業に社会的に責任ある行動の確立を求める企業行動原則として提唱」(谷本,2006,88ページ)されたものである。ISO26000とグローバルコンパクトは,多くの日本企業が CSR 報告書において言及しており(経済産業省,2014),日本企業による労働 CSR の取り組み

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の方向性を形成していると考えられる。OECD 多国籍企業行動指針は,「責任ある企業行動のための自発的な原則及び基準を提供する」(OECD, 2011, 邦訳,8ページ)もので,吾郷(2008)が代表的な労働 CSR と呼んでいるように,労働 CSR に関する文献で多く取り上げられている(11)ため採用した。

以上7つのガイドラインで労働CSR あるいは労働に関する項目として扱われている施策を類型化すると,以下の5つに分類することが出来る(表1)。

第1は,安心して働ける安全な環境の整備である。ここでは労働安全衛生が主となり,安全な職場や安心して働くことが出来るようにするための健康管理が含まれる。労働における CSR のあり方に関する研究会(2004)は,過労や精神的負担,事故や災害により経済的損失や労働者の安心・安全を損なうことなく,労働者が安心して働ける環境の整備が重要であるという。こうした疾病や障害,死亡は,社会へ大きな経済的・社会的負担を負わせることになる(日本規格協会編,2011)。

日本では,製造業への派遣などで労災事故が多発したこと(風間,2007)や,過労による死亡も少なくないこと(森岡,2005)が指摘されてきた。こうしたことが社会において問題となっている以上,企業は労働 CSR への取り組みとして改めて安心して働ける安全な環境の整備に努めることが求められている。

第2は,安定した雇用である。現代は雇用社会とも呼ばれるように,企業に雇用されて生活することが一般的になっている(熊谷,2010;菅野,2004)。その環境下では,生活の糧は企業で働くことによる賃金で得ることが主となる。その場合,雇用が不安定であれば,生活が出来なくなるとまではいかなくとも,少なくとも生活は不安定になる。そこで,雇用の保障や,万が一解雇など労働者の生活に大きな影響を与える場合は出来る限り悪影響を緩和することが求められる(European Commission, 2001;OECD, 2011;井上,2009)。

もちろん,日本では雇用保険や生活保護といった公的な制度が整備されており,必ずしも不安定な雇用が生活の破綻に直結するわけではない。しかし,そうした公的な制度を支える財源にも限りがあり,不安定な雇用の広がりが社会の持続可能性に悪影響を及ぼすことは十分考えられる。ゆえに,雇用の保障が労働 CSR を考えるうえで考慮されていると思われる。

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第3は,人材育成である。生涯を通じて能力開発が行われる体制の確立や,従業員自らが自己の職業生活設計に即して能力開発を行える支援を講じることが重要(European Commission, 2001;経済同友会,2003;労働におけるCSR のあり方に関する研究会,2004)だといわれている。日本において企業での教育は,企業が必要とする教育を労働者に受けさせており(菅野,2004),組織が主体となってキャリア形成を行なってきた(森田,2001)。しかしながら,日本の雇用慣行の1つである終身雇用は若年層で衰退している

(濱秋ほか,2011)。雇用の流動化を念頭に置くならば,労働者自らが主体的にキャリア形成を考える必要性が高まっており,それに対する企業の支援の重要性も考えられる(労働における CSR のあり方に関する研究会,2004)。

こうした人材育成は,労働者が適切な生活水準を維持出来るようにしたり(日本規格協会編,2011),地域社会での活動など仕事以外に能力を活用したりすることに貢献する。また,前述の安定した雇用にも結び付くとも考えられ,単に企業内における能力発揮に限らず,社会全体に役立つ。こうしたことからすれば,人材育成が労働 CSR として取り組まれていることも納得できる。

第4は,公平・公正な雇用・労働である。性別・年齢・学歴・国籍・雇用形態などに関係なく,公平に能力を発揮出来る機会を作り,優れた人材を登用・活用し,公正に評価することが必要とされている(European Commis-sion, 2001;OECD, 2011;経済同友会,2003;労働における CSR のあり方に関する研究会,2004)といわれるように,平等にそして正しく雇い,働かせるということが求められる。企業が労働に関して差別を行うことは,被差別者が働きがいや賃金といった面で差別を受けることになり,それは社会において被差別者に不平等をもたらすことになる。

日本では長年,女性が差別の対象とされてきた。雇用機会均等法の制定により性差別が禁止されても,男性は総合職,女性は一般職というように実質的には差別が残存していた。今日でこそ改善されつつあるように思われるが,女性管理職比率が世界的に見て圧倒的に低い(内閣府・男女共同参画推進連携会議,2011)というような課題も残されている。社会において,性別や年齢などによる差別が正されようとされている以上,社会の中に位置する企業においてもそうした差別は避けなければいけない。それゆえ,公平・公正な

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雇用・労働が労働 CSR として取り組まれているのであろう。第5は,私生活との両立が可能な環境の整備である。かつてのような仕事

中心の生活ではなく,家庭生活との両立への希望が高まっており,より一層職業生活と家庭生活・地域生活の両立を支援することが重要で,仕事・家族・余暇の望ましいバランスを取れるようにし,従業員の家庭人としての責任を考慮した職場環境を実現することが求められている(European Com-mission, 2001;経済同友会,2003;労働における CSR のあり方に関する研究会,2004)。家庭生活の重視を選択出来ないことが少子化といった社会問題の要因となっている(木谷,2008)ことを考えると,私生活との両立が可能な環境を整備することは,企業が労働 CSR を果たすために必要な取り組みであるといえる。

以上5つに分類したが,次に,これら5つの労働 CSR の施策群が社会をどう捉えているかを考察する。

1つ目は安心して働ける安全な環境の整備である。疾病や障害,死亡が大きな経済的・社会的負担を負わせることや,労災事故や過労死が社会問題となっていることから,それが社会に配慮することになるとした。これは,その企業が所属する国への影響に配慮することと言い換えられる。

2つ目の安定した雇用では,公的な制度を支える財源を維持することが社会への配慮となる。これも1つ目と同じく,所属する国に与える影響に配慮することと捉えられる。

3つ目の人材育成は,培った能力を地域社会での活動へ活用したり,能力向上によって雇用が安定することで社会への負担を軽減したりすることに貢献するものであった。雇用の安定により負担が軽減される社会とは,1つ目・2つ目と同じく所属する国である。それに加えてここでは,地域社会も対象となる。

4つ目の公平・公正な雇用・労働は,社会における反差別を踏まえるならば,企業も差別を無くすことが必要であるという考えにもとづいている。差別に対する考えを持つ社会と考える場合,ここでの社会も国と捉えられる。

5つ目の私生活との両立が可能な環境の整備は,私生活と仕事の両立を考えることにより,少子化といった社会問題の要因を解決するものである。少子化の状況は国によって異なるものであり,例えば日本で少子化の問題を議

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論する場合,その対象は日本の少子化であることが一般的であろう。それゆえ,これも国を対象としている。

以上から,労働 CSR で社会という場合,その社会という言葉が指す内容は,企業が属する国や,そこで働く労働者が生活する地域社会である。

では最後に,労働 CSR と社会の関係とはどのようなものか。本節で取り上げてきた労働 CSR の内容は,いずれも社会に対して企業が及ぼす負の影響を抑えることを目指したものであった。例えば,企業で起こる過労死を無くすこと,私生活との両立が出来る働き方を目指し少子化対策とすることなどを取り上げてきた。

このことから,企業にとって社会とは,企業が与える悪影響を減らす対象であり,社会にとって企業とは,社会に与える悪影響を減らすものであるといえる。

Ⅳ.労働CSRと人的資源管理の違い

本節では,これまで見てきた環境と社会という2つの企業外部の捉え方の比較,および,HRM と労働 CSR それぞれにおける企業と企業外部との関係の比較を通して,労働 CSR と HRM の違いを明らかにする。

まずは,環境と社会,それぞれが指す対象の違いについて考察する。HRM では企業外部を環境として扱い,それを特定の組織が直接的に関わる企業外部の存在や,組織を取り巻く企業外部すべてとして捉えてきた。前者には,顧客や資源の供給者,競争相手,組織に規制をかける者が主に含まれ,企業と密接な関係のある者が対象となる。後者には,経済や教育,政治,法律といった文化や社会構造が含まれていた。これらは,都道府県の条例や,地方の文化といった地域レベルのものと,日本の法律や文化,経済状況といった国レベルのものが存在する。

労働 CSR では企業外部を社会として扱い,それは企業が属する国や,そこで働く労働者が生活する地域社会を指していた。労働 CSR の場合,当然に自然環境は取り組みの対象に含まれず,自然環境への配慮を通した地球温暖化の防止といった国の枠を超えた取り組みは労働 CSR では見受けられない。それゆえ,日本を対象とした労働 CSR であれば,そこでの社会が指す

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国は日本に限定されるし,海外進出先における労働 CSR であればそこでの社会とはその進出先の国となる。このことからも,労働 CSR が社会として扱う対象は,その企業が属する国と,そこで働く労働者が生活する地域社会と見るのが妥当である。

なお,海外の仕入先工場のように,自社とは異なる取引先企業における労働についても労働 CSR として扱われていることがあるが,それは労働 CSRではなく取引先への CSR やサプライチェーンにおける CSR といった労働CSR とは別の CSR で扱うべきである。なぜならば,取引先の企業内での労働に関する問題に対して労働環境の監視が行われることがあっても,それは直接的な管理ではなく間接的な管理であり,人の管理について社会を配慮するという労働 CSR の本質とは異なるものになるからである。自社で働いている人を管理することと,他社にいる人を管理することは性質が大きく異なるため,労働 CSR で管理の対象とするのは自社で働いている人とすることが相応しい。

以上から,環境と社会を比較すると,環境の方が対象は広い。まず,双方に含まれていたのは企業が属する国および企業が関係を持つ地域であった。一方,環境のみで扱われているのが,企業に直接関係する,顧客や資源の供給者,競争相手,組織に規制をかける者であった。これらには国境を超えた対象も存在する。例えば,日本企業は海外に顧客や競争相手を持つことが多々ある。労働 CSR においては,社会を国や地域と非常に包括的に示しているが,社会は人間によって構成されており,社会には顧客や資源の供給者,競争相手,規制の主体が含まれていると解釈出来る。しかし,そこには海外における存在は含まれていない。つまり,労働 CSR は企業が属する国を対象にして社会と表現しているが,HRM の場合は企業が属する国のみならず,企業と直接関係する対象であれば企業が属する国以外の存在も環境に含めている。

このように,労働 CSR として扱われている取り組みからは,企業が属する国以外は労働 CSR の対象とはされていないように思われるが,考察を進めるとそうとは断言出来なくなる。その理由は,海外からの圧力にある。その代表が社会的責任投資(Socially Responsible Investment, SRI)によるものである。投資家は国内のみならず海外にも存在しており,そうした投資家

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が責任ある行動を企業に求めてくる可能性を考えるならば,労働 CSR でも海外も社会に含めて配慮の対象とする必要が出てくるからである。

ここまで,HRM における環境と,労働 CSR における社会を比較してきた結果,どちらの言葉にも指している対象に違いは見られなかった。次に,その対象となる企業外部との関係について HRM と労働 CSR で比較をするのだが,そこでは違いを見ることが出来る。

第2節において HRM では企業と環境は相互に影響し合う関係であるとし,第3節にて労働 CSR では企業は社会に悪影響を及ぼさないよう配慮する関係にあると述べた。では,HRM は企業が環境に悪影響を及ぼさないように配慮することはないのであろうか。そして,労働 CSR は企業と社会が相互に影響し合うことを前提にしていないのか。

前者の疑問に関しては,第2節で取り上げたように,企業が環境から影響を受けること,企業が環境に影響を与えることは認められている。しかし,HRM において企業が環境に与える影響をどう企業は扱えばよいのかを取り上げた研究は見られなかった。つまり,HRM では企業が環境に影響を及ぼすことは認められているものの,それをどう管理すればよいかまでは考えられてこなかった。HRM は組織の目的達成のために人をどう管理するかを課題としており,組織の目的さえ達成出来れば,企業の外部にどのような影響がもたらされても HRM には無縁であったことがその理由として考えられる。

後者の疑問に対しては,労働 CSR は企業と社会が相互に影響し合うことを前提にした概念であるといえる。なぜならば,CSR の取り組みが行われるのは社会の要請でもある(12)ことから,CSR に取り組んでいるという時点で企業は社会の影響を受けていることになる。そして,社会に与える影響に配慮するのが CSR であるということは,企業は社会に影響を与えているということを認めていることになるからである。

HRM において,企業は環境からの影響を受けるとともに,環境に対して影響を与えることは認められている。しかし,企業から環境への影響に関する管理についての研究は見られなかった。つまり,HRM では企業は社会に与える影響に配慮した人の管理を行うという労働 CSR の考え方は取り上げられてこなかったと思われる。それに対して労働 CSR は,企業と社会の間の相互的な影響の存在を踏まえたうえで,HRM が扱ってこなかった,企業

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が社会に与える影響をどう管理するかを扱っているといえる。以上のように,HRM も労働 CSR も企業外部を表す言葉が環境と社会で

違っているものの,環境と社会それぞれが指す対象は同じである。しかしながら労働 CSR は,HRM では配慮しない,企業から企業外部への影響をどう管理するかを扱っており,そこに HRM と労働 CSR の違いを見ることが出来た。

Ⅴ.労働CSRが人的資源管理にもたらす変化

この節では前節までの検討を踏まえ,本稿の研究課題に対する答えを探る。前節までの考察をまとめると,HRM と労働 CSR の違いは,企業外部として捉える対象が異なるのではなく,企業外部との関係にある。では,HRMと労働 CSR それぞれの企業外部との関係の違いから,労働 CSR は HRM にどのような変化をもたらすのか。

労働 CSR と HRM それぞれの企業外部との関係を統合すると,労働 CSRは,企業から社会への影響というこれまであまり着目されてこなかった方向に着目することの重要性を主張し,HRM において企業が社会への影響に配慮するように仕向けることになる。

しかし,企業が社会への影響に配慮するとはどういうことか。2つ考えることが出来る。1つ目は,企業が行うすべての意思決定や行動について,その直接的な対象者のみならず,社会全体に配慮するということである。この場合,労働者に対する意思決定や行動について,労働者のみならず社会全体への影響にも配慮することになる。2つ目は,ステークホルダーの総体を社会と捉え,社会を構成するステークホルダーに関わる際に彼らそれぞれに配慮を行うことである。この考え方では,企業はステークホルダーごとに個別に配慮しているがゆえに,総合的に見ると社会に配慮していることになる。例えば,労働者の扱いに関して労働者に配慮するし,消費者の扱いに関して消費者に配慮をする。しかし,労働者の扱いが与える影響について社会全般には配慮をしないということになる。

この2つのうち労働 CSR として適切なのは前者,つまり,直接的な対象者のみならず社会全体に配慮をするという考え方である。

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その理由は第一に,CSR の主要な定義にある。欧州委員会が2001年に提示した「企業が自発的な基準で,経営活動やステークホルダーとの相互作用において,企業の社会的・環境的利害関係を統合する概念」(European Commission, 2001, p. 6)という定義や,日本の CSR 研究において著名な谷本(2014)による「企業活動のプロセスに社会的公正性・倫理性・環境や人権などへの配慮を組み込み,株主・従業員・消費者/顧客・環境・コミュニティなどすべてのステークホルダーを考慮に入れること」(7ページ)という定義が示すように,社会の利害関係を経営活動に統合することや,企業活動にすべてのステークホルダーを考慮に入れるのが CSR とされる。これを踏まえれば,HRM で社会の利害関係や他のステークホルダーを無視して,本来の HRM の対象者である管理対象の労働者のみに配慮するというのは労働 CSR とは言い難い。

第二の理由は,本稿冒頭で言及した,社会の持続的発展という CSR の目的に見ることが出来る。この目的を果たすためには,単に労働 CSR でその直接の対象者である労働者に配慮するだけではなく,労働 CSR が社会にとって将来性あるものとなるよう配慮しないといけない。単に CSR ごとの直接的な対象者にだけ配慮するのではなく,その配慮が社会の持続可能性に貢献するように考慮しなければ,CSR の目的は果たされないのである。

これらの理由から,労働 CSR でいう社会を配慮するというのは,各ステークホルダーの扱いについてその直接の対象者だけではなく社会全体に配慮をすることだといえる。例えば,労働時間の長さについて考える場合,HRM ではそれが労働者のモチベーションや生産性に与える影響に考慮をする。しかし労働 CSR では,労働時間の増減が社会にどのような影響があるのか,社会として長時間労働が問題となり少子化が進んでいるから自社でも労働時間を減らして社会に貢献した方が良いのではないかというように,社会全体への影響に考慮するということである。

以上を踏まえると,直接対象とする労働者に対して配慮するのみならず,労働者の扱い方によって社会に及ぼされる影響にまで配慮するように,労働CSR は HRM に変化をもたらすといえる。

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Ⅵ.まとめ

長時間労働や非正規雇用の拡大といった人の働かせ方に関する問題や,それに起因する過労死や格差・貧困層の拡大,少子化などの社会問題が取り沙汰されるようになって久しい。こうした社会問題は,これから先の社会の発展に大きな足かせとなるのは間違いないだろう。日本では,第15回企業白書

(経済同友会,2003)が公開された2003年から,CSR に関する議論や取り組みが活発的になり現在に至っている。アメリカから入ってきた,慈善活動を中心とする企業の社会的責任という言葉が使われていた時代とは違い,日本独自の発展を遂げた社会的責任に欧米の新たな潮流が加わってきているCSR という呼称が使われる今日では,労働に関する領域も取り組みや議論が多く行われている。労働 CSR への取り組みが進み,労働に起因する社会問題が少しでも改善され,社会の持続可能性が高まることが望まれる。

社会に配慮した人の管理を進める労働 CSR が社会にとって必要な取り組みであることに異論はないだろう。しかし,本稿の冒頭で述べたように,労働 CSR への取り組みが行われているといっても,蓋をあけてみると説明責任の遂行以外では,これまでの HRM とは何が異なるのか明確ではない。もし,労働 CSR への取り組みが進んでいるといわれていても,実際は何も進んでいないのであれば,労働 CSR を以って,社会が良くなっているとはいえない。そこで本稿は,労働 CSR が HRM をどう変えているのか明らかにするために,企業外部の捉え方および企業外部との関係について,HRM と労働 CSR を比較してきた。

その結果,HRM と労働 CSR で企業外部を表す言葉は環境と社会と異なるものの,捉える対象に違いは見られなかった。しかし,企業外部との関係については HRM と労働 CSR で違いが見られた。どちらも企業が企業外部と影響し合うことを念頭に置いているものの,HRM では企業が企業外部に与える影響をどうするかは扱われておらず,そこを扱うのが労働 CSR であった。つまり,労働 CSR は,HRM では注目されてこなかった,人の管理において企業が社会に与える影響をいかに管理し改善するかを扱う概念であり,そうした行動を HRM に含めるよう変化をもたらすのが労働 CSR であ

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ると結論づけた。CSR とは何かという研究は今も続けられている(例えば,Sheehy, 2014)。

CSR に対しては,本質的に論争的な概念という見方(Okoye, 2009)もされている。しかし,労働 CSR とは何かについてはそれを探る研究は見られず,第三者機関による CSR 評価の項目を以ってそれを労働 CSR として実証研究に用いようとする研究(例えば,Greening and Turban, 2000)が見られる。

労働 CSR についてもそれがどのような概念かを明らかにしなければ,研究者も実務家も各自の解釈で労働 CSR を扱ってしまう。それでは,どれだけ労働 CSR の研究や取り組みが行われても,その中身はばらばらで,研究の蓄積や様々な企業による取り組みの蓄積による社会の持続可能性の向上には向かわないだろう。

そこで本研究は試論的な探究ではあるが,労働 CSR とは説明責任の遂行に加えて,HRM をどう変える概念なのかを明らかにしてきた。人は企業のために労働力を提供するだけの存在として生きているわけではない。企業以外,地域社会や家庭のためにも生きている。それゆえに企業における人の扱い方次第では社会の発展を妨げることにもなる。企業は社会の中に存在している以上,そうなれば自社の発展も妨げられることになる。長期的視野に立ち,自社のみならず社会の持続的な発展を目指した HRM を実現することが必要である。

もちろんその実現のためには,「社会に配慮した」とは具体的にどのような状態を指すのか,労働 CSR をどのような基準で評価すれば良いのかなど,今後明らかにしなければならない課題は山積みである。それらを明らかにするためには更なる研究が必要であるうえ,文量の制約があるため,今後稿を改めて考察を深めていきたい。しかし,本稿が労働 CSR 研究の基盤となり,労働 CSR や HRM 研究の発展に寄与出来れば幸いである。

【謝辞】

 本論文の執筆にあたっては匿名レフリーの方から貴重なコメントを頂戴しました。こ

こに記して御礼申し上げます。

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【注釈】

(1) 本稿において企業が指す対象は,一般に経営学で企業という言葉が指す対象にな

らい,営利を目的とした私企業とする。また,組織という言葉が指す対象もそれ

と同じものとする。しかし,本稿の内容が私企業以外の組織にも適用出来る可能

性は否定しない。

(2) 本稿では,経営資源である人的資源を人という言葉で表し,それを労働者と同義

で扱う。

(3) HRM とは「企業の経済的資源として従業員の生産能力に着目し,これを教育訓

練・能力開発によって育成し,その有効活用を従業員の高次元欲求の充足を通じ

て達成する」(岩出,1992,223ページ)ものと定義される。

(4) 全上場企業を対象とした2007年の調査(労働政策研究・研修機構,2009)では,

CSR に取り組んでいると答えた94.9%の企業のうち,男女間の機会均等や社員の

育児・介護への配慮といった労働 CSR の領域にも取り組む企業はそれぞれ68.9%,

63.3%と過半数ある。

(5) 日本経済団体連合会(2009)の調査によると,CSR に関する情報を開示している

企業は90%と大多数を占める。また,KPMG(2013)による日本企業のうち売上

高上位100社を対象にした調査によると,98%の企業が CSR に関する情報を公開

していることが,KPMG(2017)では日経225選定企業のうち96%にあたる216社

が CSR 報告書を発行していることが示されている。

(6) 本稿において環境という言葉が指す内容は自然環境のみに限定されず,外部環境

や経営環境といった意味も含まれる。

(7) CSR で環境という言葉が使われる場合,自然環境を指すことが一般的である(例

えば,European Commission, 2008)。

(8) 例えば,JR 東日本グループの CSR 報告書2016(JR 東日本グループ,2016)は,「持

続可能な社会をめざして」がサブタイトルである。

(9) こうした見方は,経営学に関する入門書(伊丹・加護野,2003)でも見ることが

出来る。

(10) ただし,この文献では環境という言葉も使われているが,主にコンテキストとい

う言葉を用いて企業外部を表現している。

(11) 稲上(2007),藤井(2005),労働における CSR のあり方に関する研究会(2004)

で見られる。

(12) 谷本(2006)は,グローバルレベルでの潮流やプレッシャーが引き金となり日本

国内でも CSR が活発化していると述べている。

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