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1 人事評価制度の役割とこれから 株式会社あしたのチーム 代表取締役社長 高橋 恭介

人事評価制度の役割とこれから - INOUZTimes1 人事評価制度の役割とこれから 株式会社あしたのチーム 代表取締役社長 高橋 恭介 2 本稿の要点

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Page 1: 人事評価制度の役割とこれから - INOUZTimes1 人事評価制度の役割とこれから 株式会社あしたのチーム 代表取締役社長 高橋 恭介 2 本稿の要点

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人事評価制度の役割とこれから

株式会社あしたのチーム

代表取締役社長

高橋 恭介

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本稿の要点

●人事評価制度の本質的な役割は、人的資源(ヒト)の効率的活用に欠かせない「能力発揮・開発の

意欲」を引き出すマネジメントツールとして機能すること。

●査定目的だけの評価は、本来の主旨からはずれ、結局は失敗している。

●「意欲」を引き出す評価は、設計・運用に能力と手間を要する。

●IT 技術の発展により、ビッグデータや AI、SNS 等のツールを利用して、本来の役割にそった評

価制度を構築・運用できる可能性が広がった。

自社にとって最もふさわしい人事評価制度を構築し、順調に運用することは、経営者にとって重要

かつ永遠の課題の 1つです。それは、人事評価制度の設計と運用次第で、企業業績が大きく左右され

るからです。

しかも、人事評価制度は、経済状況、人口構成、労働需給そして経営方針など内外の環境変化によ

って、かつて上手く機能していたものが、逆に業績の足を引っ張ることも少なくありません。そのと

き、何が原因で適切に機能しなくなったのか、そしてどこをどうすれば、今後の状況に対処できるの

かを見極めることは非常に大切です。

そこで、これまで日本がたどってきた人事評価制度の変化の流れを見ながら、今の時代、そしてこ

れからの業績向上につながる人事評価制度とはいかなるものかを考察してみます。

■ 人事評価制度の本質的な役割

事業活動とは、「ヒト・モノ・カネ」の 3 つの経営資源を集めて生産プロセスに投入(インプッ

ト)し、付加価値を加えた製品・サービスを生産(アウトプット)する営み(プロセス)です。ア

ウトプットした製品・サービスに加えられた付加価値が、すなわち企業の利益です。その付加価値

を効率的に生み出すためには、必要な資源を必要なときに必要なだけプロセスに投入することが求

められます。これを最も上手くできる企業が最も効率的に利益を上げられるわけですから、企業の

収益力の根源は資源管理にあると言えます。

モノを管理する活動が生産管理、カネを管理するのが財務管理、そして、ヒトすなわち人的資源

を管理するのが人事労務管理です。モノもカネも、ヒトが使ってこそ役立てることができます。そ

のため、ヒトは最も基本的で重要な資源です。

➢ 人的資源の特質

ヒト・モノ・カネの 3 つの資源のうち、ヒトにはほかの 2 つとは違った特質があります。企業が

確保した人的資源から実際にどれくらいの量と質の労働サービスを引き出せるかは、ヒト自身が主

体的にどう働くかによって左右されます。モノやカネと違って、人的資源に関しては、完全に企業

の思いどおりには本来の機能を引き出すことができないということです。

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つまり、人的資源の本質は潜在能力と言えます。いくら能力を潜在的に備えた人材を確保して

も、当人に能力を発揮しようとする意欲がなければ、実際の労働サービスは不十分にしか提供され

ません。同じことが能力開発にも言え、いくら企業が社員に教育や訓練の機会を与えても、社員自

身が職業能力の向上や開発に意欲をもたなければ効果に乏しく、企業はやがて陳腐化した能力しか

ない人員を抱えることになってしまいます。人的資源の合理的な活用は、社員本人が主体的に能力

を発揮し、開発しようとする意欲にかかっているのです。

➢ 人事労務管理の中での人事評価制度の位置づけ

そこで、人事労務管理では、社員が自らの職業能力を主体的・自律的に発揮したり開発したりす

る意欲を引き出すことが重要な課題となります。一方、そのような意欲を引き出す動機となるもの

(モチベーション)は、働く人それぞれの価値観や就業ニーズによって、また時代によっても異な

ります。それは、賃金水準だったり、裁量の大きさだったり、自分の提供する労働サービスの活用

のされ方だったりします。つまり、金銭的報酬のみならず、表彰や昇進、教育機会などの金銭以外

の報酬もモチベーションを左右します。そのような広義の報酬をいかなる内容や量で、どのタイミ

ングに与えるかは、人事評価に基づいて判断されます。

そこで、人事評価制度は、職業能力の発揮・開発意欲を動機づけるという、人事労務管理のそも

そもの目的と整合しなければなりません。多種多様な価値観やニーズをもつ個々人の意欲を上手く

引き出すような人事評価制度の設計と運用こそ、人的資源の効率的な活用、ひいては企業の生産性

向上のために不可欠なのです。

人的資源の能力発揮は、「本人の

意欲」に左右される

雇用管理

報酬管理

労使関係管理

人事評価制度(広義)

(狭義)

人事労務管理

「人的資源」

人事労務管理の目的

の効率的活用

意欲を引き出すことが不可欠

資源管理からみた人事評価制度の位置づけ

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■ 「仕事への意欲」の重要性

近年、社員の仕事への意欲を測る尺度として、「従業員のエンゲージメント」が米国で注目され、

日本でも注目されつつあります。従業員のエンゲージメントは、“企業や事業の方向性”を物差しと

して、社員が自分の仕事をどう思っているのかの現況を測るための概念です。具体的には、(1)企業の

方向性に対する理解(組織の目指す方向性を理解しそれが正しいと信じている)、(2)帰属意識(組織

に対して帰属意識や誇り・愛着の気持ちを持っている)、そして(3)行動意欲(組織の成功のため、求

められる以上のことを進んでやろうとする意欲がある)の 3 点で構成されます。

グローバル・コンサルティング会社のタワーズワトソン(現ウイリス・タワーズワトソン)は、こ

のエンゲージメントが高く、かつその高さが持続していることが、企業の業績に大きな影響を与える

ことを、国際的な調査結果で示しています。

➢ 企業業績への影響

タワーズワトソンの調査によると、「自発的な貢献意欲(エンゲージメント)」の高さに加え、それ

を“継続的に高く維持”している企業は、エンゲージメントが低い状態の企業に比べ、1年後の業績

(営業利益率)の伸びが 3倍にもなったとの結果が示されています。同社は、エンゲージメントの持

続性を「持続可能なエンゲージメント」と名づけ、エンゲージメントに、「生産的な職場環境」、「健

全な就労状態」の 2つの要素を加味して調査しています。

「持続可能なエンゲージメント」がもたらす企業業績への効果

出所:タワーズワトソン(現ウイリス・タワーズワトソン)、プレスリリース(2012 年 7 月 25 日)

(※)

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➢ 人材確保への影響

さらに、同様の調査では、エンゲージメントのレベルが高い人は、転職や退職の可能性が低いこと

も報告されています。

➢ 日本企業の社員の働く意欲は低い

同じ調査によると、日本人の働く意欲の水準は国際的に低いことが報告されています。ただし、日

本人の協調精神や謙譲の美徳などの文化的特徴が、調査結果に影響を与えている面も考慮する必要

があります。一般的に日本人は、自分のやる気や優秀さを控えめに自覚する意識が染み付いていると

いう指摘です。しかし、他の多くの組織(IBM-ケネクサ、マーサー、ギャラップなど)による調査で

も、日本企業で働く人のエンゲージメントの低さが 10 年以上繰り返し報告されており、文化的特徴

だけでは片づけられない原因があるとも分析されています。

従業員のエンゲージメントのレベルとリテンションとの関係性(16 カ国平均)

出典:「上質な市場社会」に向けて~公正、安定、多様性~『雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会』報告

書、労働政策研究・研修機構・厚生労働省(2007 年 8 月)

*タワーズペリンは、現ウイリス・タワーズワトソン

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アジア平均

グローバル平均

インド

日本

イタリア

スペイン

中国

イギリス

フランス

韓国

オランダ

カナダ

アメリカ

アイルランド

ドイツ

ベルギー

メキシコ

ブラジル

グローバル・エンゲージメント・レベル

非常に意欲的である 普通に意欲的である 意欲的でない

日本

「非常に意欲的」

が最低ランク

「意欲的でない」

が2番目に高い

出所:米タワーズペリン調査報告(2005 年 8 月実施・2006 年 3 月公表)

「上質な市場社会」に向けて~公正、安定、多様性~『雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会』報告

書、労働政策研究・研修機構・厚生労働省(2007 年 8 月)掲載データを加工

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■ 日本の人事評価制度の変遷

近年の日本企業は、社員の働く意欲を高めることに成功していないようです。しかし、過去に

は、日本の人事労務管理が国際的に高く評価されていた時代がありました。

これまで人事評価制度は、時代の変化とともに変革を遂げてきました。その変革の歴史から、次

の変革への道筋を探ってみます。

➢ 制度的な変遷

1960 年代後半、高校進学率の急上昇(中卒者の激減)によるブルーカラーの高学歴化を背景に、

日本の人事制度は、戦前戦後を通じて支配的だった学歴と勤続年数に基づく年功制からの転換を図

りました。制度転換の理論的骨格となったのは、1969 年に日本経営者団体連盟(現在は、経済団体

連合会と統合して日本経済団体連合会)が提唱した「能力主義管理」です。能力主義管理の理念の

下、1970 年代には大企業を中心に「職務遂行能力」によって社員を格付けする「職能資格制度」が

導入されました。

職能資格制度は、企業が設定した資格(名称は参事、主事、理事など)にふさわしい職務遂行能

力を備えたと見なされる人材をそれぞれの資格にプールし、資格に応じて人材を処遇するものです

(職能給)。職務遂行能力は訓練・経験の蓄積によって向上するというストックの発想が基本となっ

ているため、「降格=降給」は事実上、困難です。長期的な能力開発と柔軟な人材配置(転勤や配置

転換)を可能にし、終身雇用制度とマッチしたシステムであり、社員の会社への忠誠心を育み、日

本の高度成長を大いに牽引しました。

職能資格制度での資格は、職制上の役職(係長、課長、部長など)と切り離されています。職能

給は下げることができないので、バブル崩壊後の低成長期に差し掛かった時期には、主に管理職層

に対して職務給である役割給の比重を高めることで、人件費の調整を図ろうとしました。しかし、

職能資格制度は、あくまで能力と貢献の蓄積による序列づけが基本であり、その積み上げ式の運用

の下では、人件費抑制に限界がありました。

出口の見えない経済の低迷と上位職位適齢になった団塊世代の人件費負担に耐えかね、1990 年代

半ばからは大企業を中心に、成果主義的な人事評価制度へ大きく舵が切られました。ところが、報

酬の決定要素を短期的な個人の業績に絞りすぎた結果、士気の低下や組織風土の荒廃などさまざま

な問題が発生し、2000 年代に入る早々、見直しを迫られました。

拙速な成果主義導入の失敗の経験から、働く「ヒト」の意欲をいかに持続的に高く保つかという

視点が人事評価制度に不可欠であることを、日本企業はあらためて認識したはずです。これは、「エ

ンゲージメント」に着目する世界的な潮流と一致するところでもあります。

そこで近年、人事評価制度の位置づけは、報酬や選抜の査定中心から、より戦略的にとらえて、

個人の意欲を動機づけるモチベーション戦略と捉える考え方が定着しつつあります。低成長しか知

らない世代のキャリア志向の減退、ワーク・ライフ・バランス意識の高まりなどを背景に、これまで

のように昇給や昇格がインセンティブとして確実に機能する時代ではなくなってきました。

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さらに、業務の複雑化や高度化によって色々な職務の専門性が増したため、専門職のキャリアパ

ス層が拡大したことも背景にあります。専門職の評価では、短期的な業績評価や管理職への昇進査

定といった尺度では本人の納得性を得られにくいため、別の尺度が求められています。

(※)「成績」「能力」「情意」の評価、目標管理制度、コンピテンシー評価の説明は次項にて。

➢ 評価要素と評価手法の変遷

制度的な変化に伴い、何を評価の対象とするのかという評価要素の中身や評価する手法も変わっ

ていきました。

<人事評価の 3 要素>

職能資格制度の下では、能力主義管理にふさわしい評価の対象として、「能力」「情意」「成績」

の 3 要素が掲げられました。

・能力評価

職務を遂行する上で必要とされる能力(職務遂行能力)をどの程度保有しているかを評価す

るものです。能力要素は、理解力・判断力・表現力・渉外力・指導力・企画力などの職務遂行

能力に留まらず、専門知識やスキルまでもカバーする広い概念で運用されます。

時 期 制度の特徴 背 景

戦前・終戦直

・職員は年功制

工員は出来高制(一部、熟練度を考慮)

職員・工員別の身分制度

戦後まもなく ・年功制

・学歴別初任給+定期昇給(個人別人事考課)

戦後民主化による職工身

分制度の撤廃

1960 年代後期

・職能資格制度の下での能力主義導入

・・・「成績」「能力」「情意」の評価(※)

工員の高学歴化・年功制に

よる人件費膨張への対処

1990 年代半ば

・成果主義への転換

・・・相対評価で個人差をつける

・・・目標管理制度(MBO)、コンピテンシー

評価の導入(※)

バブル崩壊・長期経済低迷

への対処

2000 年代初め

・修正成果主義

・・・職責外の行動なども評価、運用でのコ

ミュニケーションの重視

行き過ぎた成果主義の弊

害への対処

近年 ・モチベーション戦略としての人事評価制度 価値観の多様化

業務の専門職化

勤怠・

勤続の記録

成果・

行動の評価

行動変革・

能力開

発マネジメント

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・情意(態度・姿勢)評価

与えられた仕事に対してどのような態度をとっているか(勤務態度)を評価するものです。

協調性や責任感、意欲の高さ、取組み姿勢などを評価します。

・成績(業績)評価

社員が担当する業務をどれだけ遂行したかを評価するもので、評価期間内の仕事の量と質、

それによる企業への貢献度で判断します。

能力・情意・成績を組み合わせて評価することは、本来欠かせません。成績評価を中心にする

と、仮に能力と情意が同じでも、そのときの経済環境や配属先によって、成果の出方や見え方に違

いが生じます。これでは、環境によって評価が上下しますし、不公平感から能力を発揮・開発する

意欲を失う人が出てきます。反対に、能力・情意を中心に評価すれば、今度は成果を高めることに

関心が向きません。

成果主義への転換期にはコンピテンシー評価や目標管理制度といった新しい評価手法が取り入れ

られはしましたが、3 要素の枠組み自体は維持されていることが一般的です。

<能力・情意からコンピテンシーへ>

能力の概念には、実際は使われていない技能や成長可能性といった、業績とは必ずしも結びつ

かない要素を含んでおり、職能資格制度の下ではそのような要素もかなり評価されていました。

1990 年代に盛んに行われた成果主義への転換との関連で、個人の能力評価は発揮された部分の

把握に絞られ、コンピテンシーの概念に置き換えられていきました。

・コンピテンシー

高い成果を安定的に生み出す職務行動として顕在化した職務遂行能力のことです。高い成績

につながる行動がとれているかどうか、その状態を観察して評価します。

コンピテンシーも能力と同様に幅広い概念で捉えられており、「高い成果を安定的に生み出す職務

行動」をいかに定義するかは企業によってさまざまです。

<成績評価の手法として目標管理制度を導入>

成績評価においても、かつての運用では、これまでの貢献の蓄積としての長期的業績が評価に

反映されていました。これも、1990 年代半ば、成果主義に適した形への修正がなされ、目標管理

制度(management by objectives: MBO)が盛んに取り入れられました。

・目標管理制度

部門目標を反映した個人目標を期首に立て、それがどの程度達成されたかという目標達成度

を基準として成績を評価するものです。

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目標管理制度の本来の狙いは、企業・組織目標と個人目標のベクトルを合わせることで、社員一人

ひとりが目標に向かって自主的に動くようにすることでした。しかし、日本での導入当初は、評価期

間内の個人成績を報酬に反映させる査定の役割のみが強調されたため、前述のように失敗しました。

そこで、多くの企業で、評価要素の中身が見直されました。個人成績だけでなくチーム成績を絡め

たり、風通しのよい職場づくりなど、業績とは関係のない組織への貢献を評価したり、仕事の結果だ

けでなく過程も評価対象にしたりといった工夫をこらし、成果主義の失敗を回復しようとしました。

➢ 評価要素の変容の流れ

人事評価制度の位置づけがモチベーション戦略へと変化すれば、評価要素の意義も変わってきま

す。モチベーションは人それぞれですから、各人の意欲を引き出すためには、評価要素の中身も個

別対応とならざるをえません。評価要素の具体的中身(目標など)を上司・部下の話合いを通じて

設定し、評価データを頻繁にフィードバックして、調整を繰り返す必要が生じます。このプロセス

自体を、仕事ぶりをマネジメントするツールとして機能させる取り組みがすでに始まりつつありま

す。

職能資格制度の下での「3 要素」

能力 情意(態度) 成績(業績)

職務遂行能力(潜在)を評価

理解力・判断力・表現力・渉外

力・指導力・専門知識・スキル

など

勤務態度を評価

協調性や責任感、意欲の高さ、

取組み姿勢など

業務遂行結果を評価

評価期間内の仕事の量と質

コンピテンシー評価 目標管理制度(MBO)

業績につながる目に見える行動を評価 実際に目標をどれぐらい達成できたかを評価

■ 人事評価制度の理想と現実

どの企業でも絶対的に通用するというような人事評価制度はありません。企業によって社員の構

成や事業の目的が違うため、企業ごとに求める人材も違い、したがって最適な人事評価制度は異な

これからは・・・

成果主義への流れ

査定のためだけの評価から、「マネジメントツール」としての人事評価へ。

上司・部下のコミュニケーション、評価データの適時のフィードバックを重視。

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るはずです。制度の形はどうあれ、社員が意欲をもって能力の発揮・開発に取り組み、企業業績の

向上をもたらすのに有効であれば、それがその会社にとって良い制度に違いありません。一方で、

そうした有効な人事評価制度には、共通して備えるべき条件があることも確かです。

➢ 優れた人事評価制度の条件

社員の働く意欲を引き出す人事評価制度の条件を整理してみると、次の図のようになります。公

平性と透明性があれば、評価制度の信頼性と社員の納得感がもたらされます。社員は自分の報酬が

公正だと考える水準と同等以上であれば、最大限の努力で企業に貢献しようとします。2017 年 3 月

に働き方改革実現会議で決定された「働き方改革実行計画」では、「納得感は労働者が働くモチベー

ションを誘引するインセンティブとして重要であり、それによって労働生産性が向上していく」と

述べられています。

目標 社員が行動改善・チャレンジへ自発的な意欲をもって動く

基礎

評価制度への「信頼性」

評価される人の「納得感」

企業業績への参加・貢献意識

条件

「公平性」(報酬の配分の公平、運用の公平)

「透明性」(制度の透明、運用の透明)

密度と頻度の高いコミュニケーション

➢ 人事評価制度が機能しなくなった原因

前述のとおり、労働市場・製品市場など環境に変化があったときに、多くの企業でそれまでの人

事評価制度が上手く機能しなくなりました。職能資格制度の普及以降において、人事評価制度が理

想どおりに機能しなくなった原因は何だったのでしょうか。

・職能資格制度での原因

職能資格制度の下で評価対象とされた能力は職務遂行能力と称しながらも、職務との対応関

係が非常にあいまいだったことが、職能資格制度が低成長経済に対応できなかった根本の原因

と言えるでしょう。職能給が職務遂行能力に対応する資格に対して支払われるため、能力に対

応する職務の定義があいまいでも運用上、問題はなかったのです。

しかし、経済が右肩上がりでなくなったとき、備わっているとされた能力を発揮して成果を

生み出すような職務が限られてしまったことで、特に上位資格者についてその賃金が業績を上

回ってしまう事態が生じました。資格に見合わない成果しか出していない人はそこに安住しよ

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うとし、資格より成果を生み出している人には不公平感が募り、社員の納得感が失われたので

す。

・成果主義での原因

多くの企業で成果主義は、コンピテンシー評価と目標管理制度を使って、設計・運用されて

います。日本の成果主義導入がもたらした問題は下の表のようにさまざまあります。

そもそもの問題は、成果主義のお手本としたアメリカの“パフォーマンス評価

(performance appraisal) ”を誤解して、日本に移植したことだとの指摘もあります。パフォ

ーマンスの意味するところは本来、職務行動の状態や様子であって、職務行動の結果(成果)

を指すものではなかったのです。それが、業績悪化を受けた人件費削減にあせった日本では、

成果重視の評価にすり換わってしまいました。

また、成果主義を導入した企業の多くで制度が複雑になり、制度の透明性が保ちにくくなっ

たこともあります。その原因は、従来の職能評価制度の中に、成果主義を無理矢理はめこんだ

ところにありそうです。日本では、労働条件の不利益変更に対する規制があり、大胆な賃金制

度改革へのハードルはかなり高いものです。そこで、古い制度へのつぎはぎで凌ごうとした結

果、誰も理解できない複雑な制度となり、評価者の能力の問題もあいまって、制度への信頼性

が損なわれた可能性があります。

下表に挙げた評価される側の問題は、日本のように職責の境界があいまいで、外部からの人

材登用が活発でない環境では起こりやすいものでした。

制度設計上の

問題

・業績向上に結びつく有効なコンピテンシー項目が設定できない。

・目標管理制度が、給与査定の役割しか果たしていない。

・・・ 目標設定の際、会社・組織・個人間の十分なベクトル合わせができておら

ず、自主的に動く意欲を引き出す機能が果たせていない。

・目標管理制度の目標がうまく設定できない。

・・・ 設定目標が具体的過ぎては突発的課題に対応できず、抽象的では管理や評

価ができない。

・・・ 経済状況や業容の変化スピードが速くて、設定した成果目標や職務行動の

基準が的外れになる。

・制度が複雑で、評価する側もされる側も、評価結果とのつながりが理解できな

い。

評価者の能力

の問題

・年功的運用に慣れていて、差をつける評価に不慣れ。

・・・ 評価基準を誤って適用し、評価の信頼性を損ねたりする。たとえば、コン

ピテンシー評価は、行動の状況で判断するものであるのに、行動の結果

(成果)で測ってしまうなど。

・・・心理的誤差に陥り、公平性を失ってしまう。

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中心化傾向(評価結果が尺度の中心に集まり、差が出ない)

ハロー効果(目立つ印象に引きずられて、他の項目評価にゆがみが生じる)

寛大化傾向(実際よりも常に甘く評価する)

対比誤差(自分と反対の特性を持つ人を過大または過小に評価する)

評価者の負担

の問題

・時間的余裕がなく、PDCA サイクルがまわせない。

・・・ 目標管理制度では、評価期間途中の部下の目標達成度のチェック、助言指

導が重要だが、部下をフォローする余裕がない。

・・・ 評価時の面談が表面的で、次の目標設定に活かされない。

評価を受ける

側の問題

・マルチタスク問題

・・・ たとえば、部下の指導と自分の数字(営業成績など)の 2 つの課題があれ

ば、自分の数字目標の達成を優先してしまい、部下の教育指導がおろそか

になる。

・目標の意図的引下げ

・・・ 達成しやすい目標を立て、あるいは目標の難度を過度に装い、チャレンジ

精神が失われる。

・自己評価との乖離への不満

・・・ だれしも自分を「最低でも人並み」と甘く見がち。できないのは、上司の

指導不足や同僚へのえこひいき、設備の不備など周囲に責任転嫁して、不

満を募らせる。

➢ 成果主義の問題解決への取組み

成果主義の導入時に噴出した問題に対して、企業はどのような対応を取っているのでしょうか。

前に述べたとおり、評価を受ける側の問題に対しては、長期的業績・チームへの貢献・プロセスな

どを評価対象に加えるといった対策を講じました。そして、主に評価者側の問題への対処として、

次のような取組みが行われています。

<評価者訓練>

・評価誤差訓練 ・・・ 評価誤差(寛大化傾向、中心化傾向、ハロー効果など)に関する知識を評価

者にレクチャーする。

⇔ 誤差さえなければ正しい評価とは限らない。

・評価枠組み訓練・・・ 評価者を集めて、基準のすり合わせ訓練を実習形式で行う。

⇔ 模擬評価実習が必要

・模擬評価実習 ・・・ 評価シミュレーションをして、討議とフィードバックを重ねる。

⇔ 有効だが、手間がかかる。

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<能力・情意評価の補完>

・複数者評価(360度評価)

・・・ 直属上司だけでなく、同僚、本人、上司以外の上位者などからデータを得る。

⇔ 質問文の作成が難しい。集計が複雑。

・ヒューマン・アセスメント

・・・ 上司ではない、心理学の訓練を受けた人(時には社外専門家)が演習問題を通

じて参加者の資質を観察評価する。

⇔ 観察者の訓練が困難。外部委託すれば相応の費用。

いずれの対応策にせよ、それなりの手間と費用がかかります。さらに、せっかくの取り組みが、外

部・内部の環境変化によって、有効性を失うことも少なくありません。

実際に、2004 年末に行われたアンケート調査では、成果主義導入企業について次のグラフのよう

な結果が出ています。実現したいと強く望みながら、現実には運用できていないという項目には、「何

を達成すべきか目標等をクリアにしている」「評価者研修を通じて評価力の向上に取り組んでいる」

「評価者から被評価者に結果をフィードバックしている」などが上位に挙がっています。

成果主義導入企業における評価制度の理想と現実の差(人事部回答)

出典:日本能率協会「成果主義に関するアンケート調査」(2005 年)

ギャップ

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■ これからの人事評価制度

成果主義的評価の問題の根本は、社員の能力と意欲を育むという人事評価制度の本質的役割を見

失ったことで、成果主義自体が完全に悪かったとは言い切れません。人によって仕事で出す成果に差

があることは、誰もが認識していることです。

いまや、多くの企業で、また日本に限らず、社員の働く意欲を持続的に高く保つことが経営の最重

要課題と認識されつつあります。この課題に対処することが、業績向上のカギを握ると証明されてき

ているからです。経営の中で人事評価制度が果たすべき役割は、今後ますます大きくなると言えます。

➢ 人事評価制度の位置づけの再確認

これからの人事評価制度は、「能力の発揮と開発の意欲を引き出すために実施する」という位置づ

けを明確にすることが出発点です。評価する側、評価される側を問わず、現場が抱く人事評価制度へ

の違和感や不信感は、そもそも何のための評価制度であるのか、評価制度で何が良くなるのかがはっ

きりしていないことに多くの原因があります。

評価を受ける側は自己の活躍と成長、評価する側は部下の能力発揮と成長の促進、評価制度はその

ためのツールであることをきちんと理解した上で制度を運用するのとしないのでは、制度の有効性

に雲泥の差が出るでしょう。

➢ 人事評価制度の真価

人事評価制度の運用に対する大きな障害には、評価する側の負担感とストレスが挙げられます。で

きれば、部下の評価などやりたくないというのが本音です。ストレスの原因は、部下が評価結果に不

平、不満を抱くのではないかというプレッシャーです。それに、設定されている評価基準が的外れで

部下を正当に評価できない、業績向上に結びつくとは思えないなど、評価基準への不満もあります。

これら障害を取り除くには、まず制度設計者(経営者や人事部)が、評価基準について企業文化や

各部署へのはまりの良さ、そして目指す成果との結びつきの強さを再検討する必要があります。部下

の抱く不満解消のためには、評価期間の途中にも部下と達成度と照らし合わせ、話し合って軌道修正

などを行います。個々人の不満や要望に耳を傾け、会話のやりとりの中から解決策を見出し、実行し

ながら修正して解決に導く手法はコーチングと呼ばれ、助言を受ける側だけでなく助言する側の成

長ももたらします。話合いの中で目標も変える方がより成果が上がると分かれば、柔軟に行います。

原 因 人事評価制度への現場の違和感・不信感

・・・評価する側にも評価される側にも理解

されず、浸透しない

評価制度の目的や意義があいまい

人的資源の有効活用=能力の発揮と開発の意欲を引き出すためのマネジメントツール

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その過程を通じて、評価基準も適正に調整されていきます。

さらに、評価結果のフィードバックのタイミングも重要です。特に良い評価はすぐに報酬に反映す

ることが、意欲を高めるのに有効であると考えられています。

現場が評価制度を利用して、設定された課題と課題を解決したときにもたらされる成果、課題解決

までのシナリオの具体的イメージを描けるようになれば、評価制度が真価を発揮したことになりま

す。

➢ 技術革新による評価制度の進化

まだ、残された課題があります。それは、有効な人事評価制度の設計や運用にまつわる負担感です。

これに対しては、IT 技術の発展が解決に大きく貢献します。先に挙げた必要な方策に対して、いか

に IT 技術が役立つかを例示してみます。

・「適正な評価基準」

ビッグデータや人工知能(AI)を活用すれば、自社や各部署に適合性がよく、かつ成果への結

びつきが実証済みの有効性の高い基準が効率的に抽出できます。また、オーダーメイド型電子シ

ステムに比べ、格段に機動的なクラウド型システムが出現したことにより、評価基準の適正化が

容易かつ安価にできます。

・「タイムリーなフィードバック」

クラウド型システムでは、即時の情報共有が容易にできます。社内 SNS 上で業務報告させ、

すぐに評価をフィードバックする仕組みを取り入れている企業も出現しています。

評価する側

評価する負担感とストレス

評価基準が悪い

不公平感・不満感

評価される側

「適切な評価基準」の設定

・組織へのはまりのよさ

・目指す成果に結びつく基

準の選択

「タイムリーなフィードバック」

「コーチング(双方向・個別対応・軌道修正)」

・不満の解消

・能力の発揮・開発の意欲を引き出す

課題・成果・課題解決シナリオの具体的イメージの醸成

原 因

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・「コーチング」

コーチングの要件である、双方向コミュニケーション・進行中の軌道修正も、IT コミュニケ

ーションツールを利用すれば、適時・簡便に行えます。さらに、上司が頭を抱えそうな、部下そ

れぞれの個性にそった助言・指導にも、AI の支援が期待できます(適切な対応サンプルの抽出

など)。

・「評価の公平性」

IT ツールの活用でコーチングが活発になれば、コーチングの過程を通して、評価者能力の向

上が期待できます。また、SNS などを使えば、複数人評価に相応する手法が簡便に実施できる

可能性があります。

このように、IT ツール、クラウドソーシング、ビッグデータや AI の活用によって、評価基準の設

定や評価の負荷が大幅に削減され、その上、評価基準の質や評価の精度が格段に向上することが期待

できます。また。評価を受ける側が、コーチングやフィードバックの繰り返しを通じて、自身が目標

達成のシナリオ作りや評価基準の改善に関わることになり、参画意識からの意欲向上が予想されま

す。

第 4 次産業革命やインダストリー4.0 と称される時代を迎え、人事評価制度も新たなフェーズに入

りつつあります。進化した IT 技術を利用して、経営者は経営戦略と各チームのベクトルをしっかり

合わせることだけに注力し、現場では、評価制度を航海地図に密なコミュニケーションと迅速なフィ

ードバックの PDCA サイクルを自律的に回して前進する。それで、人事評価の目的は自ずと果たさ

れてしまうでしょう。人事評価が人事部門の手から離れる日はそう遠くないかもしれません。

以上

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《参考文献》

『新しい人事労務管理〔第 5 版〕』佐藤博樹・藤村博之・八代充史著、有斐閣(2015)

『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』ロッシェル・カップ著、クロス

メディア・パブリッシング(2015)

『日本労働研究雑誌』2008 年 8 月号(No.577)「特集・職業能力評価と労働市場」、労働政策研

究・研修機構

『日本労働研究雑誌』2011 年 12 月号(No.617)「特集・評価制度の弊害は除けるか?」、同

『日本労働研究雑誌』2012 年 4 月号(No. 621)「特集・この学問の生成と発展:社会政策・労使関

係・人事管理」、同

『日本労働研究雑誌』2013 年 5 月号(No.634)「特集・日本の高度成長と労働」、同

『日本労働研究雑誌』2014 年 9 月号(No.650)「特集・現代日本社会の『能力』評価」、同

『日本労働研究雑誌』2016 年 5 月号(No.670)「特集・企業内賃金格差の諸相」、同

《図表出所 URL》

●「持続可能なエンゲージメント」がもたらす企業業績への効果

https://www.towerswatson.com/ja-JP/Press/2012/07/764

●従業員のエンゲージメントのレベルとリテンションとの関係性(16カ国平均)

●グローバル・エンゲージメント・レベル

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/08/dl/s0809-3a.pdf

http://www.jil.go.jp/press/documents/20070815.pdf

●成果主義導入企業における評価制度の理想と現実の差

https://www.jma.or.jp/keikakusin/pdf/innovation_2004_02.pdf