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―  ― 97 比較法から得られる公益信託法改正への示唆 松元暢子 目次 1. はじめに 2. 英国 ⑴ 英国の公益信託を巡る制度の全体像 ①  3 つの主体(Charity Commission,Attorney General,裁判所) ② Charity Commission ③ Charity Commission と Attorney General との関係:114条につ いて ④ Charity Commission と裁判所との関係:69条について ⑵ 英国の charity と事業 ⑶ 英国の公益信託と事業活動 ⑷ 英国の公益信託における資産運用のルール 3. 米国 ⑴ 米国の公益信託を巡る関係者 ⑵ 米国の公益信託と事業活動 ⑶ 米国の公益信託と資産運用 4. 検討:公益信託法改正への示唆 ⑴ 公益信託を巡る関係者について ⑵ 公益信託の受託者が行うことのできる事務の範囲について ⑶ 公益信託の資産運用のあり方について 1. はじめに 本報告では,公益信託法改正への示唆を得ることを目的として,信託 の母国である英国および米国を対象として検討を行います。本報告では

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比較法から得られる公益信託法改正への示唆

松 元 暢 子

 目次  1. はじめに  2. 英国   ⑴ 英国の公益信託を巡る制度の全体像    ①  3 つの主体(Charity Commission,Attorney General,裁判所)    ② Charity Commission    ③ Charity Commission と Attorney General との関係:114条につ

いて    ④ Charity Commission と裁判所との関係:69条について   ⑵ 英国の charity と事業   ⑶ 英国の公益信託と事業活動   ⑷ 英国の公益信託における資産運用のルール  3. 米国   ⑴ 米国の公益信託を巡る関係者   ⑵ 米国の公益信託と事業活動   ⑶ 米国の公益信託と資産運用  4. 検討:公益信託法改正への示唆   ⑴ 公益信託を巡る関係者について   ⑵ 公益信託の受託者が行うことのできる事務の範囲について   ⑶ 公益信託の資産運用のあり方について

 1. はじめに 本報告では,公益信託法改正への示唆を得ることを目的として,信託の母国である英国および米国を対象として検討を行います。本報告では

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次の 3 点に焦点を当てることといたします。 第1に,英国および米国における公益信託を巡る制度の全体像,特に,公益信託の設定や監督に関わっている機関の特徴を把握することを試みます。今回の公益信託法の改正では,主務官庁制の廃止と,これに伴う新たな制度枠組みの設計が検討課題とされているためです。 第 2 に,公益信託が助成事務以外の信託事務を行う場合に着目します。従来,わが国の公益信託においては,事実上,奨学金や助成金等の給付といった助成事務を行う公益信託のみが認められてきたところ(「公益信託の引受け許可審査基準について」(平成 6 年 9 月13日公益法人等指導監督連絡会議決定)を参照),今回の公益信託法の改正では,助成事務以外の信託事務を行う公益信託を許容することが検討されているためです。 第 3 に,公益信託における資産運用の在り方を巡るルールを参照します。わが国においては,税法上,公益信託について特定公益信託として税制優遇を受けるためには,信託財産の運用を,預貯金や国債といったリスクの低い運用方法に限定することが求められています(所得税法施行令217条の 2 第 1 項 4 号,同施行規則40条の 9 第 1 項)。この点に関連して,今回の公益信託法改正では,こうした制限を設けるべきか否かが検討課題とされています。 以下では,まず英国法について,次に米国法について検討を行います。

 2. 英国 ( 1 ) 英国の公益信託を巡る制度の全体像 ①  3 つの主体(Charity Commission,Attorney General,裁判所) 英国法の下では,信託の形式をとる公益信託も,法人の形式をとる公益法人も,ともに Charities Act 2011(以下,「Charities Act」と言います。以下,「2.」において断りがない場合,条文番号は同法を示すものとします。) に服しており,公益信託や公益法人の総称として「charity」という概念が用いられています(1条⑴)。公益信託と公益法人について,charity という1つの概念に含めて,同じ枠組みで規律をしているとい

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うことが,英国法の1つの特徴です。そして,この charity の規制を巡る主要な関係者としては,① Charity Commission(チャリティ委員会),② Attorney General(法務総裁),③裁判所の 3 つが存在します。 このうち,Charity Commission と Attorney General は,いずれも訴訟手続を追行する権限も有しており,また,Charity Commission と裁判所は,いずれも紛争解決機関としての性質を有していることから, 3者の関係は複雑に入り組んでいます。 以下では,まず Charity Commission の役割を紹介した後,Charity Commission と Attorney General との関係および Charity Commissionと裁判所との関係について若干言及します。

 ② Charity Commission Charity Commission は,Charities Act において,その目的や役割,義務についての規定が置かれ,多くの権限が与えられています。この Charity Commission の役割には,ある組織が charity にあたるか否かを判断することや,charity の運営上の誤り等を発見,調査し,これに対する是正措置や予防措置を取ること等が含まれています(15条)。Charity Commission は,わが国の公益法人制度改革において,公益認定等委員会の制度を導入する際に参照されたと言われています。 ここで Charity Commission の権限の全てをご紹介することはできませんが,例えば,原則として,全ての charity は Charity Commissionが作成・維持する登録簿に登録されなければならないこととされており

(30条⑴),ある組織を charity として登録するか,あるいは登録から削除するかの第一次的な判断権限は Charity Commission にあります。また,Charity Commission は,受託者に不正等があり,charity の資産を保護するために必要であると認めた場合には,申立を待たずに,命令によって,受託者を解任するといった権限も有しています(79条⑴)。

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 ③ Charity Commission と Attorney General との関係:114条について

 次に,Attorney General です。英国では,Crown(王権)が,「parens patriae」(英訳すると,parent of the country。国の母。)として charityにおける公益を代表するという役割を負っていると理解されています。そして,Attorney General は,この Crown を代表して行動する主体であると位置づけられています(Tudor on Charities(10th ed. Sweet & Maxwell) at 241)。 Attorney General の 具 体 的 な 役 割 と し て は, 例 え ば,Attorney General は,義務に違反した受託者に対する訴訟手続を開始したり,あるいは,いわゆる「チャリティ手続」において,公益を代表するといった役割を負っています。このチャリティ手続というのは,charity に関する裁判所の管轄に服する手続等を指しています(115条⑻)。 これに対し,Charity Commission も,charity に関する訴訟,またはcharity の財産や事柄に関する訴訟の追行について,Attorney Generalが行使できるのと同様の権限を与えられています(114条)。このように,Charity Commission が,一定の範囲で訴訟追行権限を有している点も,英国法の特徴と言えるように思われます。 なお,この点に関連して,文献(Tudor on Charities (10th ed. Sweet & Maxwell) at 578) で は,Attorney General と Charity Commissionとの関係について,近年では,Charity Commission が中心的な役割を果たしているということが指摘されています。

 ④ Charity Commission と裁判所との関係:69条について Charities Act により,Charity Commission には,裁判所と同様の権限が認められる場合があります。具体的には,69条により,「チャリティ手続」のうち,例えば charity の受託者の選任,辞任,解任を目的とする手続(69条⑴⒝)について,高等裁判所(High Court)が行使できるのと同様の管轄と権限を行使することができると規定されています。そして,文献(Hubert Picarda, The Law and Practice Relating to

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Charities (4th ed. Bloomsbury Professional) at 784)では,この場合にCharity Commission が行使する権限は,裁判所が行使するのと同様の,

「司法上の」権限としての性質を有すると説明されています。このように,Charity Commission に対して,一定の範囲で裁判所の権限と同様の権限が与えられているという点も,英国の制度の特徴と言えるように思われます。

 ( 2 ) 英国の charity と事業 次に,英国における,公益信託を含む charity と事業との関係について検討します。ここでは,Charity Commission によるガイドライン

(Trustees, trading and tax: How charities may lawfully trade (CC35), https ://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/592404/CC35.pdf)の内容を中心にご紹介します。英国の charity が行うことができる事業は,公益信託と公益法人の場合で区別はされておらず,⑴“primary purpose trading”(以下,「本来目的事業」と訳します),⑵“ancillary trading”(以下,「付随的事業」と訳します),⑶“non-primary purpose trading”(以下,「目的外事業」と訳します)であって charity の財産に対する重大なリスクを含まないもの,の 3 種類です。 このうち,⑴本来目的事業とは,charity の目的に直接的に寄与する事業を指し,典型例としては,美術館が入場料を取って展覧会を開催すること,美術館が教育的な商品を販売すること,居住型の介護施設が料金を取って居住サービスを提供すること等が挙げられています。 ⑵付随的事業とは,当該 charity の目的の促進に間接的に寄与する事業のことであり,例としては,劇場で観客向けに飲食物を販売する事業が挙げられています。 課税関係については,⑴と⑵から生じた所得については,これがcharity の目的のためだけに使用される限り,法人税(公益信託の場合には所得税)が免除されます。 以上に対して,⑶目的外事業とは,charity のための資金を調達する

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ことを目的とした事業であり,その事業自体が charity の目的を促進する事業とは区別されています。charity は,「重要なリスク」が含まれていない場合に限り,目的外事業を行うことができますが,ここで言う「重要なリスク」とは,取引高が費用を補てんするには不十分であり,不足分が charity の財産から拠出されなければならなくなることだとされています。このような事業を避けるべきとされる理由は,その結果として,本来であれば提供できたはずのサービスが提供できなくなるかもしれないことにあると説明されています。⑶目的外事業から上がった所得については法人税や所得税の免除は行われません。 なお,⑶目的外事業のうち,「重大なリスク」を含む事業については,charity 本体で行うことはできないわけですが,charity が事業子会社

(trading subsidiary)を持ち,これによって行わせることが認められています。事業子会社を利用して事業を行うことにより,事業によるリスクから親会社である charity の財産を保護することができると考えられているわけです。 以上のように,英国の charity においては,給付以外の事業を行うことも広く認められていることが特徴的であるといえます。

 ( 3 ) 英国の公益信託と事業活動 ( 2 )で紹介したのは,公益法人と公益信託を併せた「charity」全体に関するルールでした。それでは,charity のうち,公益法人ではなく公益信託に焦点を当てた場合,公益信託が事業活動を行うことはどのように捉えられているのでしょうか。 この点,charity の中でも,法人形態と信託形態をどのように使い分けることが考えられるのかという点に関連して,Charity Commissionのガイドラインからはいくつかの視点を読み取ることができます。 例えば,「どのように組織形態を選ぶか」というガイドライン(Charity Types: How to Choose a Structure (CC22a), https://www.gov.uk/guidance/charity-types-how-to-choose-a-structure)では,「多数の従業員を雇う予定がなく,いかなる事業も行う予定がない場合」や「給付事

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務を行うがそれ以外の事業は行わない場合」については,信託を設定することが考えられることが指摘されています。また,「charity の組織形態を変更する」というガイドライン(Change Your Charity Structure, https://www.gov.uk/guidance/change-your-charity-structure) で は,charity を信託等の形態から法人形態に変更することが考えられるかもしれない場面として,charity の有する土地や財産を登記したい場合や,charity が直面するリスクから受託者を保護したいと考える場合,charity が契約を結んでサービスを提供することを考える場合等が挙げられています。 これらの記述からは,公益目的の組織の中でも,事業活動を本格的に行う場合には公益信託ではなく公益法人を利用することが想定されていることが読み取れます。公益信託の受託者が事業活動を行う場合,原則として,受託者が契約相手方に対して債務を負うことになるため,第三者と契約を結ぶ場合や従業員を雇うことが想定されている場合等,本格的な事業活動を行う場合には,法人形態が好まれるのが自然であると考えられます。

 ( 4 ) 英国の公益信託における資産運用のルール 英国の公益信託の信託財産の資産運用については,投資対象には制限はありません。ただし,Charity Commission による投資に関するガイ ド ラ イ ン(Charity and Investment Matters: A Guide to Trustees

(CC14), https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/581814/CC14_new.pdf)によれば,投資を行う際には,⑴その投資の適合性(suitability)と⑵分散投資の必要性に配慮することが要求されており,例えば,デリバティブやコモディティについては,そのリスクの高さから,十分に分散されたポートフォリオの一部としてのみ適合性を有するだろうという指摘がされているところです。

 3. 米国 次に米国法についてです。内容に先立って,米国における公益信託の

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利用の現状についてですが,今日の米国では,公益活動を行う主体として,公益信託ではなく公益法人の形態が支配的に用いられているとの指摘(Henry Hansmann, The Evolving Law of Nonprofit Organizations, 39 Case W. Res. L. Rev. 807, at 808)があることをご紹介しておきます。

 ( 1 ) 米国の公益信託を巡る関係者 米国における,公益信託を巡る主要な関係者は,各州の Attorney General(法務総裁)と裁判所,そして,Internal Revenue Service(内国歳入庁)であり,英国の Charity Commission に相当する組織は存在しません。 各州の Attorney General についてですが,米国でも,英国と同様に,

「parens patriae」である州が,各州の Attorney General を通じて行動するという考え方が採られており,各州の Attorney General は,公益信託と公益法人,両方の監督の役割を負っています。Attorney Generalは,公益信託の受託者の責任を追及する訴えについての原告適格を持っています。 それから,内国歳入庁ですが,米国では,藤谷先生の報告でも指摘されたように,公益法人や公益信託が税制優遇を受けるためには,Internal Revenue Code(内国歳入法典)に定める課税免除のための要件,典型的には内国歳入法典501条C⑶を満たす必要があり,この意味において,内国歳入庁が公益法人や公益信託に関する重要な関係者となっています(米国の制度の詳細及び参考文献については,拙稿「非営利法人の役員の信認義務」(商事法務)105-127頁,362-401頁を参照)。 このように,米国では,公益法人も公益信託も,Attorney Generalによる監督に服しており,また,内国歳入法典による課税免除の対象となっているという点で,公益法人と公益信託が同様の枠組みで規律されているという点に1つの特徴があるように思われます。

 ( 2 ) 米国の公益信託と事業活動 米国の公益信託については,その活動を金銭の給付事務に限定すると

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いったルールは見当たりません。では,収益事業を行うことができるかということにつきましては,内国歳入法典の下で課税免除を受けるための要件との関係が問題になり得ます。内国歳入法典501条C⑶の下で課税免除を受けるためには,当該組織は同条項に列挙された目的の「ためだけに(exclusively for)」組織され(organized),かつ運営され(operated)なければならないとの規定があるためです。ただし,この点についての財務省規則(1.501⒞⑶-1⒞⑴)においては,ある組織が免除目的を達成する活動に「主として(primarily)従事していさえすれば,当該組織は……免除目的のためだけに運営されているとみなす」という規定があることから,公益目的と関係のない収益事業が一切禁止されているというわけではないと解することができます。

 ( 3 ) 米国の公益信託と資産運用 まず,米国における信託財産一般について,ごく簡単に説明します。かつては,信託財産の運用方法について,預貯金や債券等の一定の投資手法のみが認められていた時代もありました。しかし,その後,このルールの下では,株式等による資産運用ができず,効率的な投資ができないという認識を背景として,ルールが変更され,現在では,プルーデント・インベスター・ルールの考え方が採用されています(例えば,信託法第三次リステイトメント90条を参照)。プルーデント・インベスター・ルールの下では,個別の投資商品ごとにリスクの適切性を判断するのではなく,ポートフォリオ全体を見てリスクの適切性を判断する,いわゆるモダン・ポートフォリオ・セオリーの考え方が採用されています。この考え方によれば,個別の投資商品について,リスクが高いという理由で拒否することにはなりません。このプルーデント・インベスター・ルールの下では,受託者は,トータル・リターンを最大化することを目標として資産運用を行うことになります(詳細及び参考文献については,拙稿「非営利組織の資産の運用に関するルール」(http://www.jsda.or.jp/katsudou/matsumotoronbun.pdf)を参照)。 このプルーデント・インベスター・ルールは,公益信託に限らず,信

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託一般における投資運用を対象とした考え方であったわけですが,これに加えて,公益を目的とする組織の資産運用のルールを定めている統一州法である2006年の UPMIFA(Uniform Prudent Management of Institutional Funds Act)があり,この UPMIFA においても,モダン・ポートフォリオ・セオリーの考え方が取り入れられています。

 4. 検討:公益信託法改正への示唆 以上を踏まえて,日本の公益信託法の改正について,若干の考察を行います。

 ( 1 ) 公益信託を巡る関係者について 公益信託法の改正にあたっては,主務官庁制が廃止された後,公益信託の認定機関をどのように設計するのかということが検討されることになります。この点,現段階では,あくまでも選択肢の1つに過ぎないわけではありますが,現在公益法人の認定・監督を行っている公益認定等委員会に公益信託の認定・監督の役割をも担わせるという考え方も,可能性としては存在するところです。 この点に関連して,英国および米国においては,公益法人と公益信託とが同じ監督者による監督に服していたことに注目したいと思います。英国や米国のように,公益法人と公益信託を同じ監督者が監督することには,次のようなメリットがあるように思われます。 まず,民間の公益活動について一元的な監督の仕組みを用いることで,公益法人と公益信託について,整合的な基準で監督を行うことが期待できます。また,仕組みを一元化することで,これを担当する行政庁の経験もより蓄積され,質の高い監督を行うこともできるかもしれません。また,一元化することにより,人材や資源を重複して投入するコストを削減することもできます。 より重要な点として,公益法人と公益信託の認定・監督を同一の行政庁が担当することにより,公益信託と公益法人の枠組みを超えた,より広い視点で公益活動を巡る仕組みについての分析や政策の策定をするこ

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とが可能になるように思われます。公益信託を巡る法制度を考える際,最終的な目的は,必ずしも公益「信託」の利用を増やすことではなく,公益信託を含む民間の公益活動の結果,トータルで見て,より公益の促進が図られることであるように思われます。そのように考えた場合,公益法人と公益信託の双方を視野に入れた検討が行われることが望ましいと考えられるわけです。 他方で,公益認定等委員会に公益信託についての認定や監督を行わせるということについては,次のような批判も考えられるところです。すなわち,公益法人制度と公益信託制度を同時に導入するのであればともかく,現在の日本の状況のように,既に公益法人制度が確立していることを前提とした場合には,公益信託の運用や基準を既に存在している公益法人の運用や基準に合わせることで,かえって合理的でない仕組みが採用されてしまう可能性があるという批判です。今後,これらの点にも配慮して,新制度の検討をしていく必要があると考えられます。

 ( 2 ) 公益信託の受託者が行うことのできる事務の範囲について 現在,わが国では助成事務を行う公益信託のみが認められているところ,公益信託法改正に当たって検討すべき事項は, 2 段階に分けて整理することができるように思われます。1段階目の問題は,助成事務以外の信託事務のうち,当該公益信託の公益目的の達成のために必要である信託事務を認めるか否かです。 2 段階目の問題は,これに加え,更に,当該公益信託の公益目的とは関連しないが,資金を調達するために行われる信託事務を行うことを認めるか否かです。 この点,英国では1段階目の事務を行うことに制約はなく, 2 段階目の事務については,「重大なリスク」を含まない場合に限って行うことが認められ,「重大なリスク」が含まれる場合には事業子会社によりこれを行うことが要求されていました。 それでは,わが国の公益信託法をどのように設計することが考えられるでしょうか。まず,1段階目の公益目的の達成のために必要である信託事務については,助成事務以外の信託事務をも認めることで,信託を

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用いて,より柔軟かつ広範な公益活動を行うことができるようになるため,これを認めることが望ましいように思われます。 他方で, 2 段階目については,より慎重な検討が必要となるように思われます。英国においても,一定の限度でこれを行うことが認められていることや,収益事務を認めることで,公益信託の資金調達手段が広がることに鑑みれば,これを認めることも考えられます。 その一方で,英国においては,「重大なリスク」が含まれる目的外事業については,信託財産がリスクにさらされてしまうという理由から,公益信託本体がこれを行うことは認められていなかったわけです。また,Charity Commission が公益法人と公益信託の使い分けについて示唆していたように,広範な事業を行う場合には公益信託ではなく公益法人を用いることが自然であるとも考えられるのであり,公益法人であればともかく,公益信託についてまで資金調達のためだけに行われる事業を認める必要性が高いのかという点には疑問も残ります。そうすると,2段階目の事業については,公益信託の事務としては認めないというのも,1つの合理的な結論であるように思われます。

 ( 3 ) 公益信託の資産運用のあり方について 資産運用の方法を預貯金や国債等に限定することは,資産の効率的な運用を行うことに対する制約となり得ます。英国および米国では,公益信託の資産運用の方法を特定の対象に限定することは行われておらず,むしろ,プルーデント・インベスター・ルールの考え方によれば,ポートフォリオ全体としてリスクを評価した上で,トータル・リターンを最大化することを目的として資産運用を行うべきであると考えられています。 こうした点を考えますと,日本の公益信託法においても,資産運用の方法には限定を課すべきではないように思われます。 報告は以上です。ご清聴いただきまして,ありがとうございました。

*本報告は,JSPS 科研費26285025による研究成果の一部である。また,

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シンポジウム「公益信託法改正」

報告者は法務省民事局において調査員として勤務しているが,本報告は報告者の私見である。

(学習院大学法学部教授)

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