6
新宿御苑のクールアイランド 成田健一 (日本工業大学) キーワード:緑地、冷気流、放射冷却、顕熱フラックス、 新宿御苑のクールアイランドについて、その実態を 観測に基づいて解説した。晴天・静穏な夜間は、放射 冷却により御苑内に冷気が蓄積され、その冷気が周辺 市街地へ重力流的に全方位に向かって流れ出る。この ような冷気流出は「にじみ出し」現象と呼ばれ、その 流速は 0.10.3m/s、到達範囲は御苑の境界から 8090m、冷気の厚みは 913mであった。日中の卓越風 による風下側市街地への冷気の移流拡散とは全く異な る現象である。にじみ出し現象発生時は周辺市街地と の気温差は大きくなるが、周辺大気を冷却する作用(負 の顕熱フラックス)は小さくなっている。すなわち、 クールアイランド強度の大小と大気を冷却する効果の 大小は、別のものと考えるのが妥当である。 はじめに 筆者らは、1999 年から首都大学東京(三上岳彦)・防衛 大学(菅原広史)・千葉大学(本條 毅)らとの共同研究と して、新宿御苑を対象としたクールアイランドに関する微 気象観測を行ってきた。観測は、毎年テーマを変えながら 2005 年夏までトータル7年間にわたり実施された。ここで は、それらの成果として明らかとなった、新宿御苑のクー ルアイランド現象の実態について紹介する。 新宿御苑は、新宿駅東側の繁華街近くに位置し、芝生地、 樹林地などからなる周囲約 3.5km、面積 58.3ha の緑地で ある。 写真-1 新宿御苑の空撮(南東方向より北西方向を望む) [帝京大学・三上岳彦氏提供] 1.クールアイランド強度 1 は、2000 年夏の観測における測器配置図である。 ここでは、南北の卓越風向に沿って 3 本の測線を設定し、 気温分布の測定を試みた。それとは別に御苑内にはできる だけグリッド状になる気温測定点を設け、苑内の平面的な 気温分布の把握を計画した。なお、中央の芝生広場には熱 収支観測のため、また市街地との境界線上の4ヶ所には後 述する冷気のにじみ出し現象をとらえるため、超音波風速 温度計を配している。 図-1 測器配置図(2000 年夏の観測) 緑地のクールアイランド強度を議論する上で一番問題 となるのは、リファレンスとしての市街地の代表気温をど う把握するかという点である。ここでは、図-1 の測定点の うち、地点記号を四角で囲んだ 16 地点の平均値を採用し た。一方の緑地の平均値についても、同じく四角で囲んだ 11 地点の平均値を用い、クールアイランド強度を算出した。 次節で詳述するように、市街地側・緑地側ともに境界に近 い地点では移流の影響を受けるため、上記の地点の選定か らは外している。 P5 P4 P3 P2 P1 B1 B2 B3 B4 B5 B6 X1 C1 X3 Y1 X2 X4 A3 A4 A5 Q3 Q1 Q7 Q6 Q5 Q4 Q2 C3 C4 C2 C5 C6 C7 D1 D2 D3 D4 D5 D7 D6 Y2 Y4 Y6 E1 Y8 Y9 Y7 Y5 Y3 E2 E3 E4 E5 E6 E7 Z1 F1 R2 R3 R4 R1 H3 F2 F3 G2 F5 F6 F7 G3 G5 G6 G7 H5 Z2 Z3 N 500m 0 :温度ロガー :超音波風速温度計

新宿御苑のクールアイランドleo.nit.ac.jp/~narita/profile/paper/shase2009-CI.pdf新宿御苑のクールアイランド 成田健一 (日本工業大学) キーワード:緑地、冷気流、放射冷却、顕熱フラックス、

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新宿御苑のクールアイランド

成田健一 (日本工業大学) キーワード:緑地、冷気流、放射冷却、顕熱フラックス、

新宿御苑のクールアイランドについて、その実態を

観測に基づいて解説した。晴天・静穏な夜間は、放射

冷却により御苑内に冷気が蓄積され、その冷気が周辺

市街地へ重力流的に全方位に向かって流れ出る。この

ような冷気流出は「にじみ出し」現象と呼ばれ、その

流速は 0.1~0.3m/s、到達範囲は御苑の境界から 80~90m、冷気の厚みは 9~13mであった。日中の卓越風

による風下側市街地への冷気の移流拡散とは全く異な

る現象である。にじみ出し現象発生時は周辺市街地と

の気温差は大きくなるが、周辺大気を冷却する作用(負

の顕熱フラックス)は小さくなっている。すなわち、

クールアイランド強度の大小と大気を冷却する効果の

大小は、別のものと考えるのが妥当である。 はじめに

筆者らは、1999 年から首都大学東京(三上岳彦)・防衛

大学(菅原広史)・千葉大学(本條 毅)らとの共同研究と

して、新宿御苑を対象としたクールアイランドに関する微

気象観測を行ってきた。観測は、毎年テーマを変えながら

2005 年夏までトータル7年間にわたり実施された。ここで

は、それらの成果として明らかとなった、新宿御苑のクー

ルアイランド現象の実態について紹介する。 新宿御苑は、新宿駅東側の繁華街近くに位置し、芝生地、

樹林地などからなる周囲約 3.5km、面積 58.3ha の緑地で

ある。 写真-1 新宿御苑の空撮(南東方向より北西方向を望む)

[帝京大学・三上岳彦氏提供]

1.クールアイランド強度

図 1 は、2000 年夏の観測における測器配置図である。

ここでは、南北の卓越風向に沿って 3 本の測線を設定し、

気温分布の測定を試みた。それとは別に御苑内にはできる

だけグリッド状になる気温測定点を設け、苑内の平面的な

気温分布の把握を計画した。なお、中央の芝生広場には熱

収支観測のため、また市街地との境界線上の4ヶ所には後

述する冷気のにじみ出し現象をとらえるため、超音波風速

温度計を配している。

図-1 測器配置図(2000 年夏の観測)

緑地のクールアイランド強度を議論する上で一番問題

となるのは、リファレンスとしての市街地の代表気温をど

う把握するかという点である。ここでは、図-1 の測定点の

うち、地点記号を四角で囲んだ 16 地点の平均値を採用し

た。一方の緑地の平均値についても、同じく四角で囲んだ

11 地点の平均値を用い、クールアイランド強度を算出した。

次節で詳述するように、市街地側・緑地側ともに境界に近

い地点では移流の影響を受けるため、上記の地点の選定か

らは外している。

P5P4

P3P2P1

B1

B2B3

B4B5

B6X1

C1

X3

Y1

X2

X4

A3

A4A5

Q3

Q1

Q7Q6Q5

Q4

Q2

C3C4

C2

C5

C6

C7

D1

D2D3

D4

D5

D7D6

Y2Y4

Y6

E1

Y8

Y9

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Y3

E2

E3

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E5

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Z1

F1

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F2

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F7

G3

G5

G6G7 H5

Z2

Z3

N

500m0

:温度ロガー

:超音波風速温度計

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図-2 クールアイランド強度の日変化

図-2 は、7 日間のクールアイランド強度の日変化を示し

たものである。8/5 の深夜から 8/6 の早朝にかけて降雨が

あったため、直後の 8/6 午前中の値が特異的に大きくなっ

ている。このように雨上がりには緑地内の潜熱フラックス

の影響で、緑地内外気温差が大きくなる。しかしながら、

それ以外の晴天日については、日中のクールアイランド強

度はほぼ一定で、朝夕は1℃程度、正午過ぎの最高気温時

頃は2℃程度で安定している。 一方、夜間については日毎の変動が非常に大きく、場合

によっては日中を上回る3℃近くに及ぶ日もある。また、

ピークが現れる時間帯も日によってまちまちである。この

ような、夜間のクールアイランド強度の大きな変動は、後

述する冷気のにじみ出し現象と大きく関わっている。

2.日中の風下市街地への冷気の移流

緑地がもたらす熱的効果として最も期待されているの

は、夏季日中の暑熱緩和効果である。東京都が 2006 年に

発表した「10 年後の東京」という将来ビジョンにおいても、

東京湾から皇居などの都市内大規模緑地をつなぐ「風の道」

が描かれ、緑地を通った風が風下側の市街地を冷やす効果

が期待されている。 図-3 は、御苑を横断する測線に沿った日中の気温分布を、

風向別に示したものである。10 分平均値で描いた各時間帯

の気温分布は、気温の絶対値も気温差もばらばらである。

ここでは、風向による分布パターンの差異を抽出するため、

図-1 のクールアイランド強度の算出に用いた市街地平気

気温と御苑内の平均気温を用いて各時間帯の気温分布を温

度比の形で表わし、その結果を風向別に平均した。温度比

=0 が御苑平均気温、温度比=1 が市街地平均気温を意味し

ている。 図の右側の北側境界付近に注目すると、南風時は北側市

街地の気温が北風時よりも低く、御苑内からの冷気の移流

が起こっていることを示している。冷気の影響範囲を温度

比=1 となる地点と定義すると、200~250m となる。一方、

北風時には北側市街地に隣接する御苑内部で昇温が認めら

れ、市街地からの暖気の移流が認められる。

図-3 測線に沿った南北断面の気温分布(風向別)

本来ならば、南側境界でも同様の差異が現れるはずであ

るが、ここでは明確ではない。 3.夜間の冷気のにじみ出し現象

図-2 に現れた夜間のクールアイランド強度の大きな変

動の要因を探るため、最も大きな気温差が観測された 8/4~8/5 にかけての超音波風速温度計のデータを解析した

(図-4)。ここでは、代表的な北側と南側の2地点のみにつ

いて気温と風向・風速の1分平均値の結果を示した。北側

の地点では、22 時頃に急激な気温低下が認められ、それに

伴って風向が北寄りから南風に変わっている。一方の南側

の地点では、ほぼ同時刻にやはり気温低下と風向の変化が

起こっており、南西風から北東風へと反転している。この

イベント後は風向が安定しており、風速は非常に弱く変動

も小さい。図中の矢印と数字は、他の超音波風速温度計の

地点も含めた、0時~4時の平均風向と風速を表わしてい

る。日中の風による移流とは異なり、全方位にゆっくりと

した流れで冷気が流出している。このように、乱流拡散を

伴わずに重力流的に全方位に緑地の冷気が流出する現象を、

我々は冷気の「にじみ出し」現象と呼んでいる。 「にじみ出し」という言葉は、もともと丸田(1972)で

用いられた用語であるが、このときは気温の水平分布のみ

から推定したもので、今回のように気流の変化を直接とら

えたものではない。しかも、丸田が指摘したのは日中につ

いての考察からで、物理的なメカニズムとしても、今回の

図-4 の現象とは異なっていると思われる。 図-5 は、クールアイランド強度が最大となった午前4時

前の測線に沿った気温分布を表わしている。図-3 の日中の

分布とは大きく異なり、冷気はほぼ御苑内の冷たさを保っ

たまま広がっており、流出限界では温度クリフ(崖状の気

温の急変)を形成しており、にじみ出しの範囲は境界から

80~90mとなっている。なお、左端の Y9 地点は隣接する

明治神宮の入口に位置しており、御苑とほぼ同温度の冷気

が同じように生成されていることがわかる。

-3

-2

-1

0

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0

クール

アイランド強

度(℃

8/18/28/38/48/58/68/7

-0.5

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000距離(m)

温度

北風 南風

P5

P4

P3

P1P2

B4

B2

B3B5B6B1

X1

X3

X4

X2

Park 北風

南風

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図-6 にじみ出し発生夜の各地点の気温時間変化

図-6 は、図-5 に示した気温分布の南側市街地部分の各地

点の気温時間変化である。にじみ出しが発生する 22 時以

降、クールアイランド強度は徐々に大きくなるが、にじみ

出しのフロントの位置は、にじみ出し発生直後から変化し

ておらず、常に Y3 と Y4 の間に固定している。すなわち、

にじみ出しの範囲はクールアイランド強度とは無関係に決

まっている。この位置は他の日でもほぼ一致しており、な

ぜ常にこの位置で冷気流出が止まるかについては、まだ明

確に解明できていない。 このような冷気は、いったいどの程度の厚みで流出して

いるのだろうか?2003 年夏、この点を明らかにするため、

南側境界でバルーンを用いた高さ 21mまでの気温の鉛直

観測を実施した。これと併せて、図-6 の測線に沿った気温

鉛直分布の移動観測も実施した。ただ、こちらは電線等に

よる制約から高さ 6mまでの測定となった。図-7 は、気温-時間断面分布の一例である。この日は午前 0:40 頃からにじ

み出しが始まり、2:40~3:20 の間一旦止まったが、その後

再度「にじみ出し」が起こっている。

24

25

26

27

28

29

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600

距離(m)

気温

(℃

Y8

Q7

Q6Q3

D2D4

D5 D3D7

D6

D1 Q1

Q2

Q5

Q4

Y9 Y1

Y2

緑地Y7 Y6

Y3

Y4

Y5

8/5 3:40~3:50

にじみ出しの範囲

図-5 にじみ出し発生時の気温断面分布とにじみ出しの範囲

232425262728293031

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

気温

(℃

0

1

2

3

4

風速

(m/s

)風速

気温風向

8/4~8/5

N

W

S

E

N

232425262728293031

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

気温

(℃

0

1

2

3

4

風速

(m/s

)

8/4~8/5

N

W

S

E

N

気温

風速

風向P5

P4

P3P2P1

B1

B2B3

B4B5

B6X1

C1

X3

Y1

X2

X4

A1

A2A3

Q3

Q1

Q7Q6

Q5Q4

Q2

C3C4

C2

C5

C6

C7

D1D2D3

D4

D5

D7D6

Y2Y4

Y6

E1

Y8

Y9

Y7Y5

Y3

E2

E3

E4

E5

E6E7

Z1

F1

R2

R3

R4

R1

H3

F2

F3G2

F5

F6

F7

G3

G5

G6G7 H5

Z2

Z3500m

N

0.2

0.2

0.1

0.30.2

8/5 0:00~4:00

0

風向

平均風速

図-4 超音波風速温度計による気温と風向・風速の時間変化(右図の太い矢印は、にじみ出し発生時の風向を表わす)

242526272829303132

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

Tem

pera

ture

(℃

)

Y7 Y6 Y5 Y4 Y3 Y2 Y1 D7

D7&Y1~Y3

8/4~8/5

Y4~Y7

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冷気の厚さは、冷気流出の強さ(冷たさ)に応じて時間的

に変動しており、9~13m、一時的には 16m程度に及んで

いる。これは 2 階建ての戸建て住宅ならば、すっぽりと覆

う厚さである。 一方、測線に沿った移動観測の結果、冷気フロントの位

置において少なくとも冷気層は 6mの厚みが維持されてお

り、しかも 6mの範囲ではフロント位置にずれは生じてい

なかった。すなわち、いわゆる前線で見られるような、冷

気が市街地の暖気の下層に楔形に潜り込むというような気

温分布は確認できなかった。 4.夜間冷気の生成メカニズム

にじみ出し現象を発生させる冷気は、御苑内のどこで生

成されるのであろうか?2000 年夏の気温分布測定では、に

じみ出し発生時、御苑内では低地となっている池周辺と芝

生広場が相対的に低温となっていることがわかった。御苑

内の観測点を芝生地の地点と樹冠下の地点でグルーピング

すると、日中のクールアイランド強度は樹冠下の方が大き

くなるが、夜間は逆に芝生地でクールアイランド強度が大

きくなった。また、夜間の表面温度分布をサーモカメラに

よる熱画像で確認した結果、樹冠部よりも芝生表面の方が

相対的に低温であることが確認された。 図-8 は、夜間について、樹冠下と芝生面との気温差の時

間変化を示したもので、図中には下向き長波放射量と風速

の変化を併示した。下向き長波放射量は、天空が曇ると大

きな値となる。図では、午前 0 時頃と 1 時頃、さらに 3 時

から 4 時にかけての時間帯に雲に覆われており、このとき

気温差が小さくなっている。一方、天空が晴れている時間

帯でも、21 時頃、23 時過ぎなど、風速が一時的に強まる

とやはり気温差が小さくなっている。以上のことは、放射

冷却により芝生面上で冷気が生成され、それによって生じ

た気温差が一時的な強風で攪拌され、気温差が解消されて

いると解釈できる。 このように、御苑では主に樹林地よりも芝生広場が冷気

生成に寄与していると考えられる。御苑は地形的には比較

的平坦ではあるが、それでも最も広い中央部の芝生広場と

南側の境界の間には、池が連なる比高 6m程度の窪地が存

在する。芝生広場で生成された冷気は、本当にこの窪地を

越えて南側境界に達しているのだろうか?この疑問に答え

るため、2002 年夏には数本の熱電対アレイを御苑内に設置

し、御苑内部での冷気の蓄積の様子とその動きを追った。

熱電対アレイは各々約 200mの長さで、20m毎に細杭を立

て 0.9mの高さの気温を測定した。また、窪地内と芝生広

場には高さ 6mの測定ポールを立て気温鉛直分布を把握し

た。さらに南側境界部には高さ 11mの簡易鉄塔を立て、気

温の鉛直分布と 2 高度での超音波風速温度計による風向・

風速と気温の観測を行った。

バルーン

JST(h)

25.0℃

0:30

高さ(m)

28.0℃

4:00

2

1:00 1:30 2:00 2:30 3:00 3:30

4

6

8

10

12

14

16

18

20

図-7 にじみ出し発生時の気温-時間断面分布(2003 年 8月 24 日)

-2.0-1.5-1.0

-0.50.00.51.0

1.52.0

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

気温

差 (℃

380

400

420

440

460

下向

長波

放射

量(W

/m2 )

2

1

0

風速

温度差

長波

風速

(m/s

)

図-8 樹冠下と芝生上の気温差と気象要素の関係

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図-9 断面で見たにじみ出し発生時の冷気の蓄積状況

図-9 は、その結果の一部で、南側境界で「にじみ出し」

が発生した直後の状況を示している。なお、図では高さ方

向を水平の 10 倍のスケールで強調して地形を表現してい

る。窪地内には芝生表面よりも低温の空気が蓄積しており、

これ以前の時間変化を追うと、図右側の中央芝生広場で生

成された冷気が窪地に流れ込み、窪地を埋めた後に厚みを

増し、最終的に図左端の南側境界に達している状況が確認

された。 以上の結果を総合すると、冷気のにじみ出しは、晴天か

つ静穏な夜間、放射冷却により御苑内に冷気が蓄積され、

その冷気が周辺市街地へ重力流的にあふれ出る現象である

ことが明らかとなった(図-10)。

図-10 冷気のにじみ出し現象の模式図

図-2 の示したように、にじみ出し現象が発生している夜

は、クールアイランド強度が大きくなる。それでは、この

ような夜は御苑が周辺市街地を冷却しているといえるので

あろうか。図-11 は、2000 年の観測における中央芝生広場

における熱収支観測の結果の一部である。ここでは、「にじ

み出し」が発生した 8/4~8/5 と、晴天ではあったが夜間を

通して 1m/s 以上の風が吹き「にじみ出し」が発生しなか

った 7/31~8/1 の 2 例を比較した。御苑内の気温は、にじ

み出しの夜の方が明らかに下がっているが、この夜、渦相

関法で評価した顕熱フラックスはほぼゼロである。一方、

風が止まなかった夜は、御苑内の気温低下は弱いものの、

夜間を通して 40W/m2程度の負の顕熱フラックスが観測さ

れた。このことから、周辺大気の冷却という観点からは、

にじみ出しが起こらなかった夜の方が貢献しているといえ

る。逆に言えば、にじみ出し発生夜は、静穏で、御苑内に

接地逆転層が形成されるため、地上付近の気温は非常に低

下するが、安定成層となるため乱流拡散は抑えられ、周辺

大気の冷却作用は期待できない。すなわち、周囲に冷気を

拡散させずに御苑内に冷気を蓄積するが故に「にじみ出し

現象」が発生し、近隣市街地を涼しくすることができる。

図-11 顕熱フラックスの比較(上:無風時、下:有風時)

5.移動観測による市街地平均気温の把握

最後に、クールアイランド強度算出の基準となる市街地

平均気温を自動車による移動観測から求めた試みについて

紹介する 3)。先に述べたように、緑地のクールアイランド

強度を求める上で最も問題となるのは、空間的な変動が大

きい市街地側の代表気温をどう定義するかである。2002年の観測では、一つの試みとして、自動車による移動観測

を実施し市街地代表気温を求めた。 移動観測ルートは新宿御苑を囲むように回るコースで、

市街地内の街路幅、方位、天空率の異なる様々な街路を含

むように選定した(図-12)。日中は1時間毎、夜間は3時

間毎に周回し1秒間隔の気温データから平均気温を算出し

た。平均所要時間は約 25 分であった。 図-13 は、御苑内の気温として図-12 の星印の地上 2m気

温を用い、移動観測時間と同時のデータを切り出してクー

ルアイランド強度を算出した結果である。最高気温時の値

は 2.5℃程度と図-2 よりやや大きくなっている。なお、観

測実施期間で「にじみ出し」が出現したのは 7/23 の早朝の

みで、このときの気温差は 3.3℃であった。

市街地

SESアレイ IKEアレイ

御苑内

タワー

中央芝ポール

池ポール

芝地芝地

池AA AA千駄ヶ谷アレイ 池アレイ

24.5℃25.5℃

27℃

26℃

2002 7/23

0:10~0:15

26.5℃

25℃

タワー

中央芝ポール

池ポール

千駄ヶ谷アレイ

池アレイ

AA

AA‘25.5℃

市街地

SESアレイ IKEアレイ

御苑内

タワー

中央芝ポール

池ポール

芝地芝地

池AA AA千駄ヶ谷アレイ 池アレイ千駄ヶ谷アレイ 池アレイ千駄ヶ谷アレイ 池アレイ

24.5℃25.5℃

27℃

26℃

2002 7/23

0:10~0:15

26.5℃

25℃

タワー

中央芝ポール

池ポール

千駄ヶ谷アレイ

池アレイ

AA

AA‘25.5℃

緑地市街地 市街地

静穏

晴天

冷気

放射冷却

緑地市街地 市街地

静穏静穏

晴天

冷気

放射冷却放射冷却

-100

-80

-60

-40

-20

0

20

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

熱フラックス

(W/m

2 )

23

24

25

26

27

28

29

気温

(℃)顕熱フラックス

正味放射量 気温

Aug. 4~Aug. 5

-100

-80

-60

-40

-20

0

20

18 19 20 21 22 23 0 1 2 3 4 5 6

熱フラックス

(W/m

2 )

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28

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31

気温

(℃)

顕熱フラックス

正味放射量 気温

Jul. 31~Aug. 1

Page 6: 新宿御苑のクールアイランドleo.nit.ac.jp/~narita/profile/paper/shase2009-CI.pdf新宿御苑のクールアイランド 成田健一 (日本工業大学) キーワード:緑地、冷気流、放射冷却、顕熱フラックス、

図-12 市街地平均気温算出のための移動観測ルート

図-13 移動観測による市街地平均気温を用いた CI 強度

まとめ

新宿御苑を例に、都市内大規模緑地におけるクールアイ

ランドの実態について報告した。紙面の都合で、気温差の

季節変化 6)、熱収支と体感評価 5)などについては触れられ

なかった。各文献をご覧願いたい。夜間のにじみ出し現象

については、その後の研究で皇居をはじめ日比谷公園、芝

公園など多くの緑地で確認された。また小規模の斜面緑地

や住棟間が緑化された住宅団地などでも観測されている。

現在、出現のための緑地の最小スケールや、緑地内の被覆

構成との関連などについて、さらに研究を継続している。

参考文献

1) 丸田頼一:公園緑地の都市自然環境におよぼす影響,都市計

画 69,70 (1972),49-77

2) 本條 毅・菅原広史・三上岳彦・成田健一・桑田直也::新宿

御苑のクールアイランド効果の実測,環境情報科学論文集,

No.14 (2000),273-278

3) 高野武将・成田健一・三上岳彦・菅原広史・本條 毅:街路

空間における放射量と温度の空間平均と変動-新宿御苑周辺

市街地を例として,環境情報科学論文集,17 (2003),47-52

4) 成田健一・三上岳彦・菅原広史・本條 毅・木村圭司・桑田

直也:新宿御苑におけるクールアイランドと冷気のにじみ出

し現象,地理学評論,77(2004), 403-420+口絵

5) 成田健一・三上岳彦・菅原広史・本條 毅:新宿御苑におけ

る蒸発効率と温熱環境の実測,環境情報科学論文集,18 (2004),

253-258

6) 菅原広史・成田健一・三上岳彦・本條 毅・石井康一郎:都

市内緑地におけるクールアイランド強度の季節変化と気象条

件への依存性,天気,53-5 (2006),393-404

7) 永谷 結・梅木 清・本條 毅・菅原広史・成田健一・三上

岳彦:長期観測による新宿御苑のにじみ出し現象の解析,環

境情報科学論文集,21 (2007),507-512

8) 永谷 結・梅木 清・本條 毅・菅原広史・成田健一・三上

岳彦:新宿御苑における冷気移動の解析,農業気象,64-4

(2008),281-288

Cool-island Phenomena in Sinjyuku-Gyoen Park

Ken-ichi Narita

Synopsis In this paper, we show the results of micro-climatological observations performed in and around large park "Shinjyuku-Gyoen Park." In clear calm night, flow-out wind directions from green space to surrounding area were discerned at all measuring points along boundary. These imply the accumulation of cold air mass in the park and its gravitational flow-out into surrounding area. During seeping-out phenomena appeared, cool-island intensity becomes large, but sensible heat flux is almost zero. That means, cooling ability of the park is not directly related with cool-island intensity.

*Nippon Institute of Technology, Member

1956 年東京生まれ。1979 年広島大学総合科学

部総合科学科卒業、86 年同大学院工学研究科

博士課程単位取得退学。工学博士。広島大学助

教授を経て、現在、日本工業大学工学部建築学

科教授。専門分野は都市環境工学、特に都市緑

地からの冷気のにじみ出し現象、河川や街路の

「風の道」効果、そのほか屋上緑化や緑のカー

テン、保水性舗装など、ヒートアイランド緩和

施策の評価に取り組んでいる。

-3.5

-3.0

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0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 0JST(h)

クール

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度[車

移動

](℃

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