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LT Spice 回路シミュレータを用いた太陽電池特性のシミュレーション ©豊島安健(産総研) 2017 目次 1.はじめに 2 まず手始めに簡単なダイオード回路の作成 3 シミュレーション条件の設定と実行 4 電流源の使い方 5 太陽電池セルのシミュレーション 6 シミュレーションに用いたパラメータと太陽電池特性との関係について 1.はじめに 電子回路を設計した際、その動作特性を確かめるための電子回路シミュレータと呼ばれるソフトがあります。このソフト を用いれば電子回路の動作特性に限らず、教科書などに載っていた原理や基礎的な回路特性を確認してみたりすることも可 能です。この点に着目し、太陽電池の基本的特性のシミュレーションを回路シミュレータで行ってみようというのがここで の趣旨です。なお、ここで説明するのはごく基本的な利用方法だけにとどめますが、特性の異なる太陽電池を接続して発電 させた際の動作特性や、部分影のような一部のセルに発電量の低下が起こった際の発電特性がどのように変化するか等のシ ミュレーションに応用することが可能ですので、興味がある方はやってみられると良いでしょう。 1970年代に SPICE と呼ばれる回路シミュレータが開発され、それをベースにした Spice 系の商用製品がいくつか発 売されています。これらは非常に高機能のものが多く、おしなべて高価でが,無償で使えるものがあります。LTspice とい うリニアテクノロジー社が自社製品のデバイスの販売促進のために提供しているものですが、他社製品あるいは自分で特性 パラメータを定義してのシミュレーションも可能であり、同社の WEB サイト[1] からダウンロードできます。 なお、Spice 系のシミュレータに関する入門書や解説書はすでに多数ありますが[2] 、太陽電池に特化した解説は少ないよ うですので、ここで取り上げました。市販されている太陽電池モジュールに対応する Spice パラメータはいくつかが有償で 入手可能であり[3] 、それらに添付されている解説文書なども参考になるようです。 2 まず手始めに簡単なダイオード回路の作成 LTspice を起動します。初期画面が表示されますので、一番左の赤いアイコンをクリックし、新しいファイルを開きます。 なお、初期画面ではマウスポインタは通常の矢印で表示されます。なお、以下のウインドウの表示例はOSが Windows XP のクラッシック表示の場合ですが、Windows7 以降でも基本的に同様です。 窓1 Draft1.asc ”というデフォールト名で新しいファイルが開きます。この状態ではマウスポインタのアイコンは細い線の十 文字にかわります。ここで、これから使用するメニューバーのアイコンについて、簡単に図示しておきましょう。 窓2 ここをクリックして新しいファイルを開きます シミュレーションを 配線 接地 抵抗 ダイ各種デバイス (電圧源、電流源など)

回路シミュレータを用いた太陽電池特性のシミュレーション · 3 シミュレーション条件の設定と実行 これでシミュレーションのための回路が完成しましたので、計算を実行するためのパラメータを設定していきます。

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Page 1: 回路シミュレータを用いた太陽電池特性のシミュレーション · 3 シミュレーション条件の設定と実行 これでシミュレーションのための回路が完成しましたので、計算を実行するためのパラメータを設定していきます。

LT Spice回路シミュレータを用いた太陽電池特性のシミュレーション ©豊島安健(産総研)2017

目次

1.はじめに

2 まず手始めに簡単なダイオード回路の作成

3 シミュレーション条件の設定と実行

4 電流源の使い方

5 太陽電池セルのシミュレーション

6 シミュレーションに用いたパラメータと太陽電池特性との関係について

1.はじめに

電子回路を設計した際、その動作特性を確かめるための電子回路シミュレータと呼ばれるソフトがあります。このソフト

を用いれば電子回路の動作特性に限らず、教科書などに載っていた原理や基礎的な回路特性を確認してみたりすることも可

能です。この点に着目し、太陽電池の基本的特性のシミュレーションを回路シミュレータで行ってみようというのがここで

の趣旨です。なお、ここで説明するのはごく基本的な利用方法だけにとどめますが、特性の異なる太陽電池を接続して発電

させた際の動作特性や、部分影のような一部のセルに発電量の低下が起こった際の発電特性がどのように変化するか等のシ

ミュレーションに応用することが可能ですので、興味がある方はやってみられると良いでしょう。

1970年代に SPICE と呼ばれる回路シミュレータが開発され、それをベースにした Spice 系の商用製品がいくつか発

売されています。これらは非常に高機能のものが多く、おしなべて高価でが,無償で使えるものがあります。LTspice とい

うリニアテクノロジー社が自社製品のデバイスの販売促進のために提供しているものですが、他社製品あるいは自分で特性

パラメータを定義してのシミュレーションも可能であり、同社のWEBサイト[1]からダウンロードできます。 なお、Spice 系のシミュレータに関する入門書や解説書はすでに多数ありますが[2]、太陽電池に特化した解説は少ないよ

うですので、ここで取り上げました。市販されている太陽電池モジュールに対応するSpice パラメータはいくつかが有償で

入手可能であり[3]、それらに添付されている解説文書なども参考になるようです。

2 まず手始めに簡単なダイオード回路の作成

LTspiceを起動します。初期画面が表示されますので、一番左の赤いアイコンをクリックし、新しいファイルを開きます。

なお、初期画面ではマウスポインタは通常の矢印で表示されます。なお、以下のウインドウの表示例はOSがWindows XPのクラッシック表示の場合ですが、Windows7以降でも基本的に同様です。

窓1

“Draft1.asc”というデフォールト名で新しいファイルが開きます。この状態ではマウスポインタのアイコンは細い線の十

文字にかわります。ここで、これから使用するメニューバーのアイコンについて、簡単に図示しておきましょう。

窓2

ここをクリックして新しいファイルを開きます

シミュレーションを

実行

配線

接地

抵抗

ダイオード

各種デバイス

(電圧源、電流源など)

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ウインドウ一番上の紺色部分の左端にファイル名“Draft1.asc”が表示されています。それでは、太陽電池セルの等価回路

を作成する前に、まず予行演習としてダイオードの電流電圧特性を表示する簡単な回路を作ってみましょう。ダイオードの

アイコンをクリックして回路部品のダイオードを選び、そのままマウスをウインドウ内へ移動させると、マウスポインタの

細い十文字が、次の図のような表示に変化します。

窓3

マウスの動きに合わせて、このダイオードのシンボルが動きますね。それではダイオードを置きたい位置に持っていって、

もう一度クリックすると次の図のようになります。

念のため先に言っておきますが、置いた位置が思ったとおりでなかったり、二つ以上書いてしまった場合には、コマンド

の“edit”をプルダウンして”delete”を選ぶ([F5]あるいは[Delete]キーを押す)とマウスポインタが鋏型のアイコンに変

化しますので、それで目的のシンボルをクリックあるいは領域を囲むことにより消去してください。

窓4

なお、この一度クリックした状態では、まだダイオードが選択されている状態が継続されていますので、右クリックして選

択を解除してください。“配線”などの別のアイコンをクリックすることで選択状態を移行させることもできます。ここでシ

ンボルの右上に“D1”と書かれているのは、この回路で一つ目のダイオードであることを意味し、右下の“D”は、これか

ら設定する部品の特性を入力するための仮の記号です。ダイオードの場合は、特性を記述する代わりに部品ファイルに定義

されたダイオードの型番を入力することになります。ダイオードD1 のシンボルを右クリックしてください。そうすると次

のようなダイアローグウインドウが表示されます。

窓5

[Pick New Diode]のラジオボタンをクリックすると、次のウインドウに変わります。

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窓6

ここでシミュレーションするダイオードはどれでも好きなものを選んでいただければよいのですが、簡便のため、一番上に

表示されている“1N914”を選ぶことにして[OK]をクリックします。そうすると、この小ウインドウが閉じ、いままで

“D”と表示されていたダイオード D1 の右下には“1N914”というこのダイオードの型番が次のように表示されるように

なります。

窓7

続いてダイオードの電流電圧特性を計算するため、電圧源を回路に加えます。“各種デバイス”のアイコンをクリックします。

デバイスの種類を選択するための次のような小ウインドウが開きます。

窓8

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このウインドウの下部にリストされている各種デバイスの中から“voltage”を選んでください。下部ウインドウの中のデバ

イス名はアルファベット順に縦に並んでいますので、“voltage”は右端の終わりのほうにあります。“voltage”を選ぶと、

次のように電圧源のアイコンが左上に表示されますので、この状態で[OK]をクリックすれば、電圧源が回路部品として

選択されます。

窓9

小ウインドウが閉じて、先ほどのダイオードの場合と同じような細い線で電圧源のアイコンがマウスポインタの代わりに表

示されますので、これを既に置いてあるダイオードのシンボルの左横に置きます。置けましたら、また右クリックで選択を

解除します。次の図のような状態になったと思います。

窓10

なお、ここで“V1”はこの回路で一つ目の電圧源であることを意味し、“V”はこの電圧源が発生する電圧の値(単位はV)を入力するための記号です。この電圧源V1のシンボルを右クリックすると、次のようなダイアローグが開きます。

窓11

ここでは上側の空欄だけに仮に“0”を入力しおいてください。[OK]をクリックするとウインドウが閉じ、次のような表

示に戻ります。“V”が“0”に変わったことを確認してください。

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窓12

今度は鉛筆形をした“配線”ツールを使って、これら二つの回路部品を結線します。鉛筆形の“配線”アイコンをクリック

し、各素子の上下にある小さな四角いマークを結んでいきます。この際、細い点線で縦横のガイドラインが表示されるので

目印にしてください。

窓13

電気回路としてはこれで出来上がりなのですが、ここでもう一つ、シミュレーションを行うために欠かせない部品を付け加

える必要があります。それは“接地”(アースあるいはグラウンド)です。下向きの三角形の“接地”アイコンをクリックし

て、この回路の下側に置き、“配線”ツールで結線します。ダイオードのアイコンと似ていますので間違えないよう注意して

ください。結び終わったら、三又になった結線部が塗りつぶされた小さな四角になっていることを確認してください。この

マークなしで単に交わっているだけの配線間は結線されていないことを意味しますので注意が必要です。

窓14

3 シミュレーション条件の設定と実行

これでシミュレーションのための回路が完成しましたので、計算を実行するためのパラメータを設定していきます。具体

的に言うと、電圧源の出力を走引してシミュレーションを行うので、その設定を行います。人が走っている形の“シミュレ

ーションを実行”アイコンをクリックします。そうすると、次のようなダイアローグが開き、条件入力を促されます。

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窓15

ここでは直流の電流電圧特性を計算させるので、 上列左から 3 番目の“DC sweep”タブをクリックします。

窓16

空欄を順に埋めていきます。一番上の空欄には、走引を行う回路上の素子の識別名として“V1”を入力します。二番目は

“linear”のままで構いません。三番目の開始電圧には“0”を、四番目の終了電圧には“1”を、そして五番目のステップ

幅には“0.01”を入力してください。電圧の設定値ですので、すべて単位は[V]です。なお、これらの値を入力すると、次の

図のように、 下部のウインドウにもこれら選択した値が一行で表示されます。

窓17

[OK]をクリックして回路の図に戻ろうとすると表示が次のようになります。

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窓18

この段階で、表示はされていませんが既にシミュレーション計算が開始されており、その結果を図示するためのグラフウイ

ンドウが上半分に、今までの回路図が縮小されて下半分に表示されています。このままでは見づらいのでここでウインドウ

を上下に広げるかコマンド“Window”の“Tile vertically”を使って見やすくしましょう。ただ、全体のウインドウを広げ

ただけでは内部の各ウインドウは追従しないので、同じく“Window”をプルダウンして現れるコマンド群をうまく使って

見やすく変更してください。“Tile vertically”を実行すれば、次の図のようにメインウインドウの分割が上下二段から左右

の二分割に変化します。

窓19

ここで回路図の上半分の配線部やダイオードのシンボル上にマウスポインタを持っていくと、それぞれ赤い色の違う形のポ

インタが表示されます。上部の配線部分で表示される鉛筆に似たアイコンは電圧プローブ、ダイオードシンボル上で表示さ

れる電流クランプ型のアイコンは電流プローブです。ダイオードD1 のシンボル上で、電流クランプ型に表示されている状

態でクリックすると、次の図のようなこのダイオード1N914の電流電圧特性が表示されます。

窓20

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なおこの場合、横軸は設定された走引値に、縦軸は計算結果全体を表示できるように自動で設定されるのがデフォールトで

すが、グラフ上で右クリックすれば各種の設定が行えるコマンド群が表示されますので、必要に応じて適宜、行ってくださ

い。また、オシロスコープなどの画面表示になぞらえて、黒地に緑色のカーブの表示色がデフォールトとして設定されてい

ますが、ここでは紙面で見やすいように白地に黒の設定に変更します。このためにはコマンドラインの“Tools”をプルダウ

ンして“Color Preferences”を選択し、“WaveForm”タブを選んで各項目の設定色変更を行います。“Schematic”と表現

されている回路図部分に対しても同様に表示色の設定変更が可能です。これ以降は背景色を白に変更した状態で説明を進め

ることにします。そうすると今の図はこんな感じに変わります。

窓20改

少々余談になりますが、電圧プローブが表示されている状態で[Alt]キーを押すと電圧プローブが電流プローブに変化し、

電流値のカーブを表示できます。ます。電流プローブが表示されている状態で[Alt]キーを押すと電流プローブが温度プロー

ブに変化し、(温度計算に必要なパラメータが設定されていれば)素子の温度を表示させることができます。

4 電流源の使い方

次にちょっと変わった使い方ですが、電圧源の代わりに電流源を用いてダイオードの特性を書かせて見ましょう。次の図

のような回路図を作成してください。

窓21

ただしここで一つ重要な注意点があります。電流源の正負の向きです。電圧源の場合はデフォールトの状態で上がプラスに、

下がマイナスになっていましたが、電流源の場合はデフォールトではこれらが逆になっています。ですので、上の図のよう

に配置するためには電流源のシンボルを上下反転させる必要があります。そのために用いるコマンドが[ctr-R]です。コント

ロールキーとR キーを同時に押す操作です。これにより電流源のシンボルが 90 度、時計方向に回転しますので、これを 2回行って上下反転を実現してください。なおこの回転操作はほかの回路部品に対しても有効です。また時計方向回転だけで、

逆方向回転のコマンドはありませんので気をつけてください。

では、シミュレーションのために走引条件を設定します。電圧源を用いた電圧走引の場合と同様に“DC sweep”を選ん

でください。電圧走引の場合では、0~1V で 0~300mA 程度でしたので、電流走引の範囲もこれに合わせまて、以下のよ

うに入力してください。まず走引を行う回路上の素子の識別名として“I1”を入力します。二番目は“linear”のままで構

いません。三番目の開始値には“0”を、四番目の終了値には“0.3”あるいは“300m”を、そして五番目のステップ幅に

は“0.001”を入力してください。電流の設定値ですので、あからさまに書いてない場合でもすべて単位は[A]になります。

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窓22

[OK]をクリックして計算を実行します。そして、今度は横軸が電流値になっていますから、電圧プローブで電流を見ま

す。回路の上部の配線のところにマウスポインタを持っていって、電圧プローブの形に変化したところでクリックします。

ウインドウを縦に並べた状態で次のような表示になるはずです。

窓23

よく使われる電流電圧特性とは縦軸と横軸が入れ替わった特性が得られています。電圧源の代わりに電流源を用いると、こ

んな図をかくこともできるという例ですが、それ以上に、次に行う太陽電池セルのシミュレーションには必ず電流源が出て

くるため、それに慣れていただくという意味も含めて、電流源の使い方について紹介しました。

5 太陽電池セルのシミュレーション

それでは、いよいよ太陽電池のシミュレーションです。基本的には太陽電池の等価回路として一般的に用いられている、

電流源に対し並列に接続されたシャント抵抗とダイオードに直列抵抗を加えた回路構成を用います。このために選択するダ

イオードは、既存の素子にも特性が適合するものがあるかもしれませんが、ここでは新しく特性を定義したものを用いるこ

とにします。LTspiceのフォルダには、“lib”というライブラリのフォルダがあり、さらにその中に“cmp”という部品(コ

ンポーネント)が格納されたフォルダが用意されています。そしてその中の“standard.dio”という「D」のアイコンで表

示されるテキストファイルに個々のダイオードの型番ごとの特性が記述されています。

窓24

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“standard.dio”ファイルをダブルクリックすると、LTspiceのメインウインドウに次のようなテキストが表示されます。

窓25

このテキストファイルをよく見れば判ると思いますが、個々のダイオードの特性は“.model”という文頭で始まる一行で記

述されています。太陽電池の場合、順方向の特性だけあればシミュレーションが可能なので、定義しなければならない特性

パラメータは、飽和電流:Is、直列抵抗:Rs、ダイオード因子:Nの三種類の値だけで十分です。ここでは次のような値を

用いてみます。ダイオードの名称は“CELL”としました。この名称は任意に設定できます。

.model CELL D(Is=1E-11 N=1 Rs=0.001 type=Silicon)

これらの値は、面積が約100平方 cmの高性能な単結晶シリコン太陽電池の特性を想定して仮に選んだものです。なお、こ

れらの特性パラメータの略号は予約されていますので、勝手に変えることはできません。また 後に“type=silicon”を書

き加えることを忘れないでください。この一行を先ほどの“standard.dio”ファイルに追加します。追加する場所はどこの

行でもよいのですが、見つけやすくするためファイルの先頭か末尾にするのが良いかと思います。

この“standard.dio”ファイルはアスキーテキストファイルなので、ほかのエディタでも編集することが可能です。ただ

しそのようにした場合、変更内容を保存した後であっても、LTspice 本体を再立ち上げしない限り、変更内容は反映されま

せんので注意が必要です。LTspice 本体で編集し保存した場合は、変更内容が直ちに反映されますので、頻繁に内容を修正

する必要がある場合などはLTspice本体で編集したほうが便利だと思います。 ダイオード“CELL”の定義ができましたので、次の図のように回路図を作成してください。

窓26

なおこの図を作成する際には、先に説明した電流源の向きに注意するほかに、横向きに配置された抵抗“R2”の向きにも注

意してください。実際の抵抗素子に向きはありませんが、ここでシミュレーションを行う場合には向きが意味を持ちます。

それは抵抗を流れる電流をプローブして電流値を表示する際に、どちら向きを正にするか、という便宜的な理由によるもの

です。アイコンをクリックして抵抗素子を選んだ時点では、(電流源の場合と同様で)抵抗のシンボルを下向きに流れる方向

が正の向きとなっています。太陽電池セルの電流電圧特性を表示する場合、この回路での電流の向きは上辺の結線では左か

ら右へ流れますので、抵抗R2 の向きも右向きが正方向になるようにする必要があります。このためには、R2 を置く際に、

デフォールトの下向きから三回、ctl-Rを押す必要があります。 回路中にも記入されていますが、それぞれの回路部品に対して設定する値を列記します。

電流源 I1の電流値 4 A 抵抗R1の抵抗値 10 Ω 抵抗R2の抵抗値 0.01 Ω 電圧源V2の電圧値(任意) 0 V 抵抗R3の抵抗値(任意) 100 Ω

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電流源 I1、ダイオードD1、抵抗R1(シャント抵抗に相当)、抵抗R2(直列抵抗に相当)の四つの回路部品から構成される

部分が太陽電池の等価回路に相当します。電圧源 V2 は電流電圧特性を電圧軸で走引するための工夫として加えられている

ものです。抵抗 R3 はダミーですので、電圧源の内部抵抗を介して電流が流れることを許容してしまえば無くしてしまって

もシミュレーション上は問題ありません。電圧源V2を用いて電圧走引させる条件は次のとおりです。

窓27

これも回路図中に表示されていますが、文章で書くと「dc V2 0 1 0.001」となります。 これで、太陽電池セルの電流電圧特性を計算させる準備ができましたのでシミュレーションを実行します。ウインドウの

配置やプロットの範囲を見やすいように調整すると次の図のような結果が得られます。

窓28

ここで得られた計算結果は、グラフのウインドウがアクティブになっている状態でコマンドの“File”から“Export”する

ことにより、テキストファイルで出力されます。これを表計算ソフトなどに移行させ、さらに所望の処理を行うことにより

電流電圧特性と出力電力を一つの図にまとめてプロットした例が次の図です。 大出力は約 0.575V で得られ、曲線因子は

約80%となりました。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

電流

(A)

電圧(V)

電力

(W) 図1

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以上でシミュレーションソフトの操作法に関しては大筋を理解していただけたと思いますので、次に、用いた各パラメータ

がどのような意味を持つのかについて、簡単に説明しておきます。

6.シミュレーションに用いたパラメータと太陽電池特性との関係について

まず太陽電池の等価回路の構成要素から始めましょう。 初は直列抵抗 Rs についてです。抵抗ですので単位はΩです。

次の図を見てください。直列抵抗は小さいほうが望ましいのですが、その影響は開放電圧に向かって電流値が減少していく

部分の傾きに影響します。開放電圧の値はほとんど影響を受けないため、傾きが寝る分、 大出力の動作点が電圧の低い側

に移動してしまいます。この結果、曲線因子が低下する様子が図から見て取れます。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

Rs = 0.001

0.01

0.03

電圧 (V)

電流

(A

図2

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

Rsh = 100

10

1

電圧 (V)

電流

(A

図3

続いて同じく等価回路の構成要素であるシャント抵抗Rshについてです。これも単位はΩです。図3を見てください。シ

ャント抵抗は内部リーク電流がどれだけ流れるかという指標の抵抗値のようなもののため、電圧が大きくなるほど、そして

その抵抗値が小さいほど影響が顕著になります。電圧が低い領域では、電流値はほぼ一定値を示すのが良好な太陽電池セル

の特性なのですが、シャント抵抗が小さくなるとこの領域でも電流値がだらだらと低下し、その結果、 大出力点の電流値

を低下させてしまうため、やはり曲線因子を低下させてしまいます。

次はダイオード素子自体のパラメータ群について解説します。まずダイオードの内部抵抗 Rs です。これも単位はΩにな

ります。太陽電池の等価回路の直列抵抗と同じく Rs と表記されますので、非常に紛らわしい点に注意してください。ダイ

オード本体の直列抵抗の影響を 0.001、0.01、0.03 と変化させた場合の電流電圧特性をプロットしたのが次の図です。開放

電圧に向かって電流値が低下していく部分の傾きに影響するという点は、太陽電池の等価回路の直列抵抗と共通しています。

しかし、太陽電池の Rs の場合は、開放電圧は変化せず 大出力点が低電圧側にシフトしたわけですけれど、ダイオード素

子のRs の場合は 大出力点のほうはあまり動かず、開放電圧のほうが高電圧側にシフトするという違いがあります。一見、

開放電圧が向上したように見えるので太陽電池の性能が向上したかのように誤解されるかもしれませんが、 大出力電力

は変化しておらず、開放電圧が上昇した分、曲線因子が低下してしまっているのです。ただ、他のパラメータに比べ、

大出力特性に与える影響が小さいというのが、風変わりに感じられるかもしれません。

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

電圧 (V)

電流

(A

図4

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

電圧 (V)

電流

(A

図5

同じくダイオードのパラメータとして飽和電流 Is があります。電流ですので単位は A になります。ダイオードの整流特

ダイオードの

直列抵抗:Rs

0.001

0.01

0.03 ダイオードの

飽和電流:Is

10-12

10-11

10-10

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性の理論式に出てくる変数で、逆方向の飽和電流を意味します。この飽和電流値が小さいほど、太陽電池の開放電圧が向上

します。電流電圧特性の計算の際には、電流の電圧依存性のところに Isの値を掛け算する項があるので、縦軸方向に拡大・

縮小させる効果があるパラメータなのですが、その物理的意味が直感的にはわかりにくいかと思われます。ですので、ここ

では図に示したように単接合の場合の開放電圧を微調整するためのパラメータだと思っていていただいて結構です。

次はダイオード素子に定義した“N”についてです。これもダイオードの整流特性の理論式にでてくる理想因子あるいは

ダイオード因子と呼ばれるパラメータそのもので、無名数となります。これにも物理的意味はあるのですが、ここでは単に

横方向の電圧軸に沿って拡大・縮小を行うための変数と考えてください。次の図にN=1、1.5、2の場合をプロットしました。

太陽電池一個の単接合のセルが発生する電圧は大きく変化することはありませんが、単セルはなくモジュールのような複数

のセルが直列に接合された状態をまとめて一つのデバイスとして扱う場合には、発生させる電圧を大きくする必要が生じま

す。そういう場合に用いるパラメータであると理解しておけばシミュレーション上は十分です。

図6

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7

I1 = 6 A

2 A

4 A

電圧 (V)

電流

(A)

図7

後に電流源の電流値についてですが、これは太陽電池が発生する電流量に対応しますから、太陽電池に照射される光強

度を表現するものということになります。単位はAです。ここまで選んできた4Aのほかに、2Aと6Aに変化させてプロ

ットしたのが次の図です。電流源に設定された電流値に応じて電流電圧特性が上下にほぼ平行移動する様子が見て取れます。 集光光学系などを用いて照射する光強度を増大させると太陽電池の変換効率が向上することが知られています。確かに、

電流源の設定電流値が増加するにつれ、開放電圧の値が増加している様子がわかると思います。しかしながら、このぐらい

の倍率の光照射強度の増大では変換効率自体が向上しているか否かが判然としません。そこでもっと大きく光照射強度を増

加させた場合をシミュレーションしてみましょう。そのためには、ここで想定している100平方 cmという大きさの太陽電

池セルは大きすぎて非現実的ですので、セルの面積を1平方 cmと1/100にしてみましょう。そのためには、等価回路やダ

イオードの面積に依存するパラメータを変化させる必要があります。面積が1/100になるため、抵抗値のパラメータ、つま

り等価回路のRs とRsh、それにダイオードのRs は 100 倍にします。一方、電流値、すなわち電流源の設定値とダイオー

ドの Isは1/100にします。これらの変更を施した上で、電流電圧特性を計算してプロットしたのが次の図です。

0.01

0.1

1

10

0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1.2 1.3

電圧 (V)

電流

(A

4A ( X100 )

400mA ( X10 )

40mA ( X1 )

132 % (Rs = 0.01)

126 % ( 0.1)

15 % ( 1)

112 % ( 0.1)% ( 1)

100% ( 1)

図8

電流源の電流値40mAを基準としてその10倍と100倍の3つの電流源値、つまり光強度について求めています。倍率差

が大きいので縦軸の電流値は対数目盛であることに注意してください。なお、図中に Rs とあるのは、等価回路のほうの直

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4電圧 (V)

電流

(A

) N = 1 1.5 2

Page 14: 回路シミュレータを用いた太陽電池特性のシミュレーション · 3 シミュレーション条件の設定と実行 これでシミュレーションのための回路が完成しましたので、計算を実行するためのパラメータを設定していきます。

列抵抗になります。光強度が1倍の場合は、(面積が百分の一になったため百倍になった)等価回路の Rs=1Ωであっても、

電流電圧特性の形は比較的にきれいな高効率の場合の形状を保っています。しかし、これが 10 倍になると、 大出力点あ

たりの肩の形がかなりだれてきます。このカーブについて 大出力点を求めると、その動作点は電圧値で 0.4V 近くまで下

がってしまい、1倍のときの 大出力点の電力と比較すると、10倍にはまったく届かず、約5.9倍にしかなっていないこと

が算出されました。光強度が 10 倍になっていることを考慮すれば、光強度が 1 倍のときの(図中に示した数字のとおり)

59%しか 大電力が得られていないことになります。これは電流値の増加により、直列抵抗によるジュール損の影響のため、

外部に取り出せる電力が大きく低下させられていることが原因と考えられます。そこで等価回路の直列抵抗1Ωを0.1Ωに減

少させると、本来のきれいな形が回復し、同様な 大電力の計算を行うと、一倍のときに比べて(光強度の増加分を考慮し

ても)112%に増加することが算出されました。同様に、光強度が 100 倍の場合もさらに直列抵抗の影響が大きくなること

が、図からわかると思います。なお、光強度の増加に伴って、直列抵抗の値にあまり依存せず開放電圧はかなり増大します

が、それに比べて 大出力の増加の仕方は緩やかであるということが、理解できたのではないかと思います。

ここで重要なことは、集光などで電流値が増大した場合には、直列抵抗の大小が変換効率の増減に非常に大きく影響する

という点です。そしてこの直列抵抗は、太陽電池セル本体の接合部分に由来するだけでなく、特にフィンガー電極のような

金属配線部も含んだ総体的なものであるという点です。ですので、集光用途などを考える場合には抵抗成分に由来するジュ

ール損には充分に留意しないといけません。

なお、ここでもう一つ付記しておきますが、ここで紹介したシミュレーション結果は、あくまで等価回路というモデルを

用いたシミュレーションであり、現実の太陽電池セル特性を完璧に再現したものであるという保証は必ずしもないという点

です。当然のことですが、必要に応じ実際の太陽電池でその動作特性を確かめることが重要だということは忘れないでくだ

さい。以上で太陽電池セルの回路解析ソフトを利用したシミュレーションの解説を終わります。

参考文献

[1] Linear Technology 社 日本サイト:www.linear-tech.co.jp [2] 例えば、渋谷道雄「回路シミュレータLTspice で学ぶ電子回路 第2版」オーム社(ISBN:978-274-21967-2) [3] 株式会社ビー・テクノロジー ホーム頁(www.beetech.info)から“スパイス・パーク”をたどってください

【補記】

・上記の説明は、2008年にリリースされたLTspice IVを用いたものですが、新たに2016年7月にLTspice XVIIがリリー

スされました。重要な変更点としては、64bit 版となったこと、日本語などの 2 バイト文字が使いやすくなったことがあげ

られます。また32bitの旧版と同居できますが、MacOS版はありません。なお、前の IV(4)から一気にXVII(17)まで

飛んだ理由は、リリースの翌年の2017年に由来するとのことです([2]の「まえがき」より)。 ・2016年7月に公表されたアナログ・デバイセズ社によるLinear Technology社の買収は、2017年上半期中の完了が予定

されています。