鶏卵バイオリアクター～「金の卵」による組換え蛋白質生産技術～

産業技術総合研究所・関西センター

バイオメディカル研究部門

大石勲

181109 関西スマートセルフォーラム

リアル「金の卵」

鶏卵バイオリアクター： ニワトリ遺伝子組換えにより、卵白に有用蛋白質を安価・大量に生産させる

1. イントロダクション なぜニワトリを用いるのか

2. ニワトリ遺伝子改変技術の開発

3. ゲノム編集による「金の卵」の生産

4. ニワトリ工場の取り組みと展望

組換え蛋白質のニーズは拡大の一途

➢近年の売れ筋医薬品の大半はバイオ医薬品（組換え蛋白質）

医薬品 再生医療

➢再生医療も大量の組換え蛋白質を必要とする

組換え蛋白質製造の課題 高額な製造コスト＝

培養細胞を用いない組換え蛋白質生産技術が必要

・培養プラント設備が極めて高額・培養管理コストが高額・プラントの世界的な需要逼迫

➢高品位組換え蛋白質は主に遺伝子組換え培養細胞（CHO細胞）を用いて作られる

価格高騰の要因の一つ

動物工場、植物工場の試み

培養細胞の代わりに組換え動物、植物を使ってバイオ医薬品など有用蛋白質を、乳汁、分泌物、果実、葉等に生産する技術が研究され、一部は実用化。

・組換えヤギ由来ヒト組換えアンチトロンビン「ATryn」2009年FDA承認米国GTC Biotherapeutics社 抗凝血剤アンチトロンビン欠損症患者の血栓予防

・産総研北海道センターではイヌインターフェロンαを産

生する遺伝子組換えイチゴの果実を原料としたイヌの歯肉炎軽減剤を開発・動物用医薬品製造販売承認申請を行い、2013年認可受けて製品化

鶏卵バイオリアクターが目指すもの

卵白

卵黄

卵殻

鶏卵の組成重量比卵白 60%卵黄 30%卵殻 10%

鶏卵(60g)中の卵白成分オボアルブミン 2.2g 54.0%オボトランスフェリン 0.5g 12.0%オボムコイド 0.5g 12.0%リゾチーム 0.15g 3.4%

・卵の生産コストは5～10円/個

・卵白に含まれる蛋白質は4gと大量

・このうち10%を組換え蛋白質に置き換えられれば、1gあたり数十円で生産可能

・培養細胞に優位性のある組換え蛋白質製造法に

1g=数十円の組換え蛋白質生産コスト

今どこまで出来ているのか？

組換え蛋白質生産コスト1gあたり数十円は未達でも、 1g＝百円から数百円の生産コストは実現可能

なぜニワトリを用いるのか？

・鶏卵を使うことでとても安価に組換え蛋白質が生産できるから

・ニワトリは飼育期間が短く、必要なスペースも狭くて良いから

・ニワトリは繁殖力が極めて高く、生産管理が簡単だから

・鶏舎を使うことで組換え生物の「封じ込め」が容易だから

等々多くのメリット

課題

・ニワトリの遺伝子改変は極めて困難

始原生殖細胞用いたニワトリ遺伝子操作

細胞の株化 遺伝子の導入や改変ニワトリ2.5日胚

始原生殖細胞＝将来精子や卵子に分化可能な細胞

Cultured withKO DMEM7.5% ES FCS2.5% chicken serumbFGFSCFBRL cells were used as feeder cells(van de Lavoir et al. Nature, 2006)に準拠

ニワトリ初期胚 始原生殖細胞株 レシピエント胚 生殖巣キメラヒヨコ(G0)

生殖巣キメラニワトリ(G0)

移植細胞由来ヒヨコ(F1)

【1.血液より単離・株化】

【3.顕微注射で移植】

【4.孵化】

レシピエント：BPR黒色系統

ドナー：HL白色系統

始原生殖細胞由来ニワトリ樹立

遺伝子操作したドナー始原生殖細胞をレシピエント胚に戻し生殖巣キメラ個体を樹立後、その後代に遺伝子改変ヒヨコを得る

【5.交配・後代検定】

X

キメラ精子

有用蛋白質大量発現の戦略

・有用蛋白質をなるべく大量に卵の中に発現させたい・できれば卵管特異的に出したい

→天然の卵の中で最も多いオボアルブミン蛋白質の発現機構を使えば良い

オボアルブミン・卵白の55％（2.2g/卵）を占める最も主要な蛋白質・卵管1細胞当たり10万分子以上ものmRNAが存在（アクチンやGAPDHの100倍以上）

オボアルブミン遺伝子座への外来遺伝子ノックイン

オボアルブミン遺伝子

オボアルブミン遺伝子

オボアルブミン蛋白質2.2g/卵

オボアルブミン遺伝子

有用蛋白質遺伝子

オボアルブミン蛋白質1.1g/卵

有用蛋白質遺伝子有用蛋白質1.1g/卵？

野生型ニワトリ細胞

ノックインニワトリ細胞

遺伝子ノックインニワトリの樹立

ニワトリ初期胚 始原生殖細胞 レシピエント胚に移植

生殖巣キメラヒヨコ(G0)生殖巣キメラニワトリ(G0)

X

遺伝子ノックイン

交配

遺伝子ノックインニワトリ（G1）

5' assay

UT KI

3' assay

UT KIM

ゲノム編集

ノックイン卵

1 kb

Ovalbumin exon 1 exon 2 exon 3 exon 4 exon 5 exon 6 exon 7

//

hIFN-b donor construct

Knock-in

//

PGK-Puror

IFN-b

PGK-Puror

IFN-b

tagaaagctgtattgcctttagcactcaagctcaaaagacaactcagagttcaccATGggctccatcggcgcagcaagcatggaattttgttttgatgta

sgRNA

5' HR 3' HR

P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8

P9

P9

ヒトインターフェロンβをOVA翻訳開始点にノックイン

5' assay

UT KI

3' assay

UT KIM

PGC G0キメラ G1ノックイン

イマココ❢

IFNbノックインニワトリ

PGC G0キメラ G1ノックイン

ココ❢

ヒトインターフェロンβノックイン卵

PGC G0キメラ G1ノックイン

イマココ❢金の卵（イメージ） 金の卵（本物）

ヒトインターフェロンβノックイン卵

WT IFNb KI

ヒトインターフェロンβは卵白白濁部に大量に存在

hIFNβ

ovalbumin

ovotransferin

CBB staining a-IFN-b immunoblotting

hIFNβ

cloudy clear

WT IFNb KIr-hIFNb

cloudy clear

WT IFNb KI

cloudy

clear

ELISAでIFNbを定量

0

1

2

3

4

5

6

#640 #714 #779 #773

hIF

N-b

mg

/ml

・卵白に1.9-3.5mg/ml存在・卵1個あたり30-60mgと推計・精製試薬に換算すると6000万-3億円分/卵

ヒトインターフェロンβ試薬10mgで2-5万円

・極めて安価に有用蛋白質を生産可能

X

G1♀

G1♂

WT♀

G1♂♀

G2♂♀G2♀

G1-egg

G2-egg

➢継代、プラント大規模化も可能

ノックイン雄個体を介し継代、繁殖が可能

X

G2♂

WT♀

G3♂♀G3♀

G3-egg

G3♂・・・・・

継代後も安定して外来遺伝子を発現

0

1

2

3

4

#640 #714 #779 #773

hIF

N-b

mg

/ml 5

6

G1

0

1

2

3

4

5

6

#3607 #3614 #3619

hIF

N-b

mg

/ml

#3758 #3784

G2 G3

G1-egg G2-egg

hIFNβ

世代間で発現量に有意差なし

IFNbノックインニワトリを作ってわかったこと

・OVAノックインで卵に外来遺伝子高発現

・個体間、世代間で発現量はぶれない

・たとえ卵が発生しなくとも、雄で繁殖可能

➢組換え蛋白質の超低コスト・大量・計画生産に実現性

→組換え蛋白質を超低コストで生産可能

→計画生産が可能

→多様な蛋白質を大規模生産可能

ニワトリ工場イメージ

金の卵を産むニワトリがたくさんいてバイオ医薬や酵素蛋白質を「超」低コストで毎日ドカドカ生産する！

➢技術基盤は構築できた

ニワトリ工場実用化への取組み

企業の自己資金でニワトリ工場の試験施設を北海道に建設H29 運用開始 製品化に向けた研究を共同で実施中

米国ではLAL(lysosomal acid lipase)を鶏卵バイオリアクター（ウイルスベクター使用）で作製し、酵素補充療法をFDAが承認、2016年上市厚労省も承認

米国の事例：鶏卵バイオリアクターで医薬品承認

稼働して実感したニワトリ工場の長所

・培養プラントに比べて極めて安価な設備投資費・極めて安価な生産管理費・ 1g＝百円から数百円の生産コストは実現可能・容易な生産調整（短期）・容易な生産調整（長期）・生産の堅牢性・大量生産対応可能

組換え蛋白質の大量生産能

インターフェロンβノックインニワトリと同程度組換え蛋白質0.05g/卵、50％産卵率と仮定

我が国の生産者一戸あたり平均飼養雌鶏数63,000羽*規模で飼育した場合（*H30畜産統計）

日産 1.6kg, 年産0.57t

我が国の最大級の飼養施設1,000,000羽規模で飼育した場合

日産 25kg, 年産9.1t

金の卵まとめ

・圧倒的に安く、大量に組換え蛋白質を生産

・飼育スペース小さく、多品種生産に対応可能

・医薬品としても認証可能

・設備投資、ランニングコスト、生産管理等で高い優位性

・実績はこれから。企業やアカデミアと共同して発展させたい。

企業や関係者の方に申し上げたいこと

・技術に大きなポテンシャルはあると思っていますが、まだまだ発展途上段階です。

・言い換えると、これから更に格段に良くなる可能性も大いにあります。いろいろな企業の研究相談、依頼は大歓迎です。

・現状でもアレクシオン社LALのように上手に使えばビジネスにもなり得ます。

・ご相談、お問い合わせ等、お気軽にご連絡ください。

・連絡先： life-liaison-ml【at】aist.go.jp

「金の卵」について詳しく知りたい方はこちら

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2018/pr20180709/pr20180709.html

産総研 金の卵 検索

「オボムコイドノックアウト」について詳しく知りたい方はこちら

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2016/pr20160407/pr20160407.html

産総研 品種改良 検索

関連論文、知財

•Oishi I. et al., Efficient production of human interferon beta in the white of eggs from ovalbumin gene–targeted hens．Sci. Rep.8, #10203, 2018（金の卵原著）

•Oishi I. et al., Targeted mutagenesis in chicken using CRISPR/Cas9 system. Sci. Rep. 6, #23980, 2016（卵白アレルゲンノックアウト原著）

•PCT/JP2016/088590 遺伝子改変家禽卵

•PCT/JP2015/068523 家禽始原生殖細胞の遺伝子改変方法、遺伝子改変された家禽始原生殖細胞、遺伝子改変家禽の生産方法及び家禽卵