12
東海大学海洋研究所研究報告 第 29号(2008),29 39 頁別刷 Reprinted from Bull. Inst. Oceanic Res. & Develop., Tokai Univ. (2008) , 29, 2939 飼育下におけるナミスズメダイの繁殖習性と卵・仔稚魚 田 中 洋 一・山 田 一 幸 Reproductive Behavior, Embryonic and Morphological Development of Larvae and Juveniles of the Damselfish, Amblyglyphidodon leucogaster , in the Aquarium Yoichi Tanaka and Kazuyuki Yamada

飼育下におけるナミスズメダイの繁殖習性と卵・仔稚魚 - 東 …...Brachionus sp. 10個体/cc程度を単独投与し,以後は 成長に伴って,アルテミアArtemia

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • 東海大学海洋研究所研究報告第 29 号(2008),29-39 頁別刷

    Reprinted from Bull. Inst. Oceanic Res. & Develop.,

    Tokai Univ. (2008), 29, 29-39

    飼育下におけるナミスズメダイの繁殖習性と卵・仔稚魚

    田中洋一・山田一幸

    Reproductive Behavior, Embryonic and Morphological Development of Larvae and Juveniles of the Damselfi sh, Amblyglyphidodon leucogaster, in the Aquarium

    Yoichi Tanaka and Kazuyuki Yamada

  • 飼育下におけるナミスズメダイの繁殖習性と卵・仔稚魚

    田中洋一 1)・山 田 一 幸 2)

    Reproductive Behavior, Embryonic and Morphological Development of Larvae and Juveniles of the Damselfi sh, Amblyglyphidodon leucogaster, in the Aquarium

    Yoichi Tanaka1) and Kazuyuki Yamada2)

    1) 東海大学海洋研究所 〒424-8610 静岡市清水区折戸3-20-1

    Institute of Oceanic Research and Development, Tokai University, 3-20-1 Orido, Shimizu-ku, Shizuoka 424-8610,

    Japan

    2) 東海大学海洋科学博物館 〒424-8620 静岡市清水区三保2389

    Marine Science Museum, Tokai University, 2389 Miho, Shimizu-ku, Shizuoka 424-8620, Japan

    (2007年10月30日受付/ 2007年11月27日受理)

    Abstract

    The reproductive behavior, embryonic and morphological development of larvae and juveniles of the

    damselfi sh, Amblyglyphidodon leucogaster, are described with laboratory reared specimens.

    Four adult fi sh(one male and three females)were reared in a 430 ℓ tank(120 × 60 cm transparent

    acrylic aquarium with water 60 cm deep)at the laboratory of the Marine Science Museum, Tokai University.

    Two unglazed earthenware pipe(180 mm in length, 150 mm in diameter and 200 mm in length, 110 mm

    in diameter)were set on the bottom of the tank as a combined egg laying nest and hiding place .

    The water temperature was maintained at 26~27 ℃, which approximates the natural habitat using a

    thermostat and heater.

    The observation period was about nine months, from 1 May 2001 to 15 February 2002.

    Spawning was observed 39 times from 24 May 2001 to 13 February 2002. Spawning occurred from the

    middle of the night to early morning (04 :34~05:28 AM)under natural light conditions.

    The fertilized eggs were demersal cocoon-like in shape, measuring 1.31-1.38 mm in long axis and 0.53-

    0.55 mm in short axis with one large (0.13-0.15 mm)and a number of small(0.02~0.08 mm)oil globules.

    Hatching took place 5 to 7 days (mainly 6 days)after fertilization at water temperatures of 23.2-27.9℃

    (mean 26.7℃).

    The newly hatched larvae measured 3.13-3.96 mm in total length and possessed 6-7+19~20=26~27

    myomeres and an oil globule in an oval-shaped yolk sac ; the anus and the mouth were open. The eyes were

    completely black.

    Nineteen days after hatching, they measured 7.73-9.80 mm in total length, attaining the juvenile stage.

    The larvae were successively fed rotifers and Artemia nauplii and were raised for 51 days after hatching.

    However, they died due to a heater accident .

    東海大学海洋研究所研究報告 第 29 号(2008)29- 39 頁

    Bull. Inst. Oceanic Res. & Develop., Tokai Univ.(2008), 29, 29 - 39

  • 緒 言

    本研究で対象となったナミスズメダイAmblyglyphidodon

    leucogasterは,スズメダイ科 Pomacentridae クラカ

    オスズメダイ属に属する.インド洋・西部太平洋の

    ほか,本邦では琉球列島での分布が知られる.サンゴ

    礁域に生息し,全長11 cmほどに達する比較的大型の

    スズメダイである.体色は淡褐色で,胸鰭基底に黒色

    班があり,背鰭と臀鰭棘条部は暗褐色を呈する(阿部,

    1987).ただし,益田・小林(1994)のフィリピィンに

    おける水中写真での体色は,全体に薄い青みを帯びた

    銀色で,胸鰭下方から臀鰭基底にかけての腹面と腹鰭

    は黄色く,背・臀鰭および尾鰭上下両縁は黒く縁取ら

    れている.

    本種の卵・仔魚に関しては,渡辺(1990)が野外で

    卵を採集して,孵化12時間後までの仔魚と孵化19日

    後の稚魚の形態を記載しているが,それ以外に繁殖習

    性や仔稚魚に関する情報はない.したがって本研究で

    は,本種を水槽飼育して,飼育下における繁殖習性の

    観察と産卵された卵を使っての育成を試みた.その結

    果,本種の繁殖習性と稚魚の段階までの形態変化を明

    らかにすることが出来たので以下に報告する.

    材 料 と 方 法

    親魚は,2000 年6月に熱帯魚商を通じて購入され,

    観察を開始した約1年後の 2001年5月1日までに継続

    飼育されていた 4尾である.これらは,2001年5月10

    日に,東海大学海洋科学博物館の実験棟(天井と周壁

    が半透明プラスチック製波板で囲われ,室内は,昼

    間は自然光の影響を受け,夜間は実験棟周辺に設置さ

    れた外灯の影響を僅かに受けて,完全に暗黒となるこ

    とはない)内に設置された 430ℓ容量の角型透明アク

    リル水槽(120×60×60 cm,ろ過循環装置と温度調節

    器付帯)に収容して観察を開始した.なお水槽底には,

    本種の隠れ場と産卵巣を兼ねて,素焼きの土管2個(長

    さ 18 cm,口径15 cm と長さ 20 cm,口径11 cm)を設

    置した.また水温は,本種の生息域での産卵期の水温

    として推測された 26℃~27℃を保つように設定した.

    行動の観察は,主に水槽前面からの目視によったが,

    35 mmカメラによる撮影も行った.

    親魚の餌料には,市販の冷凍アルテミア成体を解凍

    したものを毎日10時頃1回と,オキアミ,アジ・ア

    サリなどの生鮮魚介肉のミンチとタラコを混合したも

    のを,日・祭日を除く毎日14時頃に,ほぼ飽食と思

    われるまで与えた.

    産卵後の受精卵は,孵化まで親魚(雄)の保護に任せ,

    孵化後の仔魚は,次の方法で採集して飼育した.すな

    わち,孵化が予想された日の夕刻に飼育水槽のろ過循

    環装置を停止して孵化を待ち,孵化を確認後は,本科

    の孵化直後の仔魚の殆どの種が有する正の走光性を利

    用して,水槽上部から水槽底に向けてハンドライトを

    照射して,光束に蝟集した仔魚を,先端にガラス製漏

    斗(径15 cm)を付着したビニールホース(内径7 mm)

    をサイフォンとして,親魚水槽近くに設置した仔魚飼

    育水槽(500ℓ容量円形ポリカーボネイト容器:商品

    名;パンライト)に飼育水ごと移し入れた.飼育容器

    底に沈澱したゴミや死魚は,毎朝ビニールホースをサ

    イフォンとして除去したほか,汚れに応じて新鮮海水

    によって適宜約100~150ℓを換水した.

    飼育容器内には,水温維持のために 200 w ヒーター

    1本を設置して,26℃前後を保つようにした.飼育水

    は止水として,エアストーン1個を投入して仔魚が撹

    乱しない程度の弱い通気を行った.また飼育水には,

    仔魚に投与した餌料の維持と水槽周辺における作業な

    どの外的刺激による仔魚の混乱を避ける目的で,市販

    の冷凍クロレラ(マリーンクロレラ100:マリーンバイ

    オ社製)を解凍したものを添加して,飼育水が常に薄

    い緑色を呈するように工夫した.餌料には,孵化後し

    ばらくは,冷凍クロレラとスーパーカプセルA-1(ク

    ロレラ工業製:高度不飽和脂肪酸とβ-カロチン高

    含有)によって栄養強化した S型シオミズツボワムシ

    Brachionus sp. 10個体 /cc 程度を単独投与し,以後は

    成長に伴って,アルテミア Artemia salina孵化幼生,

    タラコなどを単独あるいは併用して順次投与した.

    卵内発生の観察は,観察の都度,産卵基盤から 10

    粒ほどを採取して,三眼生物顕微鏡下での観察とス

    ケッチを行ったほか,マイクロメーターによって卵径

    と油球径を計測した.孵化後の仔魚は,観察の都度,

    飼育水槽から 3~5個体を採取後,麻酔薬MS222 で

    観察個体の動きを停止して,卵の場合と同様に,三眼

    生物顕微鏡下で観察とスケッチのほか,顕微鏡カメラ

    による撮影とマイクロメーターによって全長と体高の

    計測を行った.また成長した仔稚魚の大きさは,万能

    投影機で 20倍に拡大して,ノギスによって小数点第2

    位まで計測した.

    30 田中洋一・山田一幸

  • 結 果

    親魚の外見上の雌雄差

    本種の親魚は,観察開始当初から外見上に雌雄差が

    認められず,雌雄の識別は困難であった.しかし,水

    槽収容数時間後には,4尾の中で最も大型の個体が水

    槽壁面の一箇所を縄張りとして,そこに接近する他個

    体に対して突進して威嚇し,駆逐する行動が観察され

    た.その後この壁面に産着卵が認められ,大型個体が

    卵保護を行っていたことから,この個体は雄であるこ

    とが確かめられた.また残りの 3個体の大きさはほぼ

    同大であり,繰り返しての観察による繁殖行動からは

    雌と判断されたが,大きさ以外に雄との外見上の相違

    は認められなかった.

    産卵記録

    産卵は,観察を開始してから 2週間後の 2001年5

    月24日に初めて観察され,以後,翌2002年2月13日

    までの約8ヶ月半の間に 39回が記録された.ただし,

    このうちの最初の産卵から 3ヵ月後の 8月24日までは

    継続して 37回の産卵が行われたものの,産卵回数の

    増加に伴って不良卵が増加したほか,その後は産卵が

    停止した.このため,9月9日~10月8日までの 1ヶ

    月間は,卵質の向上と産卵を再開させることを目的と

    して,20日間ほどをかけて徐々に水温を 23℃まで下

    げ,その後10日を要して再び元の水温である 26℃ま

    で上昇させた.その結果,約4ヵ月後の 2002年2月9

    日と,4日後の 2月13日に再び産卵が行われた.

    繁殖習性

    繁殖行動:本種の繁殖行動は,既知の本科魚類の多

    くのそれとほぼ同様と見なされた.すなわち,産卵前

    行動としての雄による産卵床の掃除行動によって開始

    され,続いて雄の雌に対する求愛と産卵床への誘引行

    動,雌雄が交互に行う放卵と放精行動,そして,雌の

    放卵終了後に行われる雄の卵保護行動といった一連の

    行動であった.これらの行動は,以下のように概略さ

    れる.

    1)掃除行動;産卵日が近づくと,雄は産卵床に付

    着した前回産着された卵の付着糸叢痕やゴミあるいは

    付着珪藻を口で剥ぎ取り,産卵床を清掃する.

    2)雌に対する雄の求愛と産卵床への誘引;雄は水

    槽の中層から上層での遊泳,あるいは静止している

    雌に向かって急速に泳ぎ上がって接近後,急に方向転

    換して素早く産卵床に向かう 「Signal jump」 と呼ばれ

    る求愛・誘引行動を繰り返し行う.しかしこの際に,

    本科魚類の比較的多くの種に見られている 「Dipping」

    と呼ばれる行動,すなわち,雌に急接近した後に,頭

    部を急角度に下げてS字状に産卵床に戻る行動は,本

    種では認められなかった.このような雄の雌への求愛

    と誘引行動は,回数を重ねるごとに次第にスピードを

    増すとともに,雌と産卵床の間隔は接近する.これら

    の求愛と誘引行動は,連日,日の出とともに開始され,

    日中を通して行われるが,日没後は停止する.なお雄

    は,雌への求愛と誘引行動と併行して,産卵床の掃除

    行動を継続する.

    3)求愛から放卵・放精行動まで;繁殖は,雄の誘

    引によって産卵床に到達した雌が,突出した産卵管を

    産卵基盤となる面に接触させて掃除状態を調べるよう

    に前進した後に,放卵を開始する.この時雄は雌の側

    にいて,雌が 10~20粒ほど放卵すると,雌と同様の

    姿勢を示して,産着された卵に対して放精する.この

    雌の放卵と雄の放精は交互に繰り返されるが,本種は

    観察者に極めて敏感に反応して産卵を中止したため,

    今回は全ての過程を観察できなかったため,繁殖所要

    時間を明らかにすることは出来なかった.

    4)卵保護行動;産卵終了後の雌は直ちに産卵床を

    離れるが,雄は継続してそこに留まって,卵の保護を

    開始する.雄の卵保護は,胸鰭を使って産着卵塊へ新

    鮮海水を送る「Fanning」と呼ばれる扇ぎ行動と,口に

    よる不良卵の除去が主なものである.雄の卵保護行動

    は,卵が孵化するまでの日中は継続して行われるが,

    夜間は卵塊の側にはいるが休止状態でいる.また投餌

    の際は,一旦産卵床を離れて摂餌するものの,摂餌後

    は直ちに産卵床に戻って,卵保護を再開する.

    なお今回は,産卵巣として素焼きの土管2個を水槽

    底に設置したが,卵は全て水槽壁面を基盤として産着

    され,産卵巣が利用されることはなかった.

    産卵開始時刻と産卵数:前述したように,本種は神

    経質で,観察者が存在した場合の多くは途中で産卵を

    中止した.このため,直接産卵を観察できたのは 2回

    (開始時刻04:34~05:02)のみであったが,二十数回

    観察した受精卵の発生段階からは,産卵は深夜から日

    の出前に開始されるものと考えられた.また雌の 1回

    の産卵数についても,直接計数したのは 2回(1,782,

    1,967粒)のみであったが,卵の産着面積はいずれの

    回もほぼ同様の大きさであったことから,約1,700~

    2,000粒と考えられた.

    31ナミスズメダイの卵・仔稚魚

  • 孵化所要日数,孵化時刻,積算温度および産卵間隔:

    受精から最初の孵化までの所要日数は,受精5~7日

    後が記録されたが,このうち 5日後が 4例(約10 %),

    7日後が 2例(5 %),そして 6日後が最も多い 33例(85

    %)であった.また一卵塊が全て孵化を終了するのに

    2日間を要した例も 12例(約31 %)あった.

    孵化は,いずれも日没後の 18時06分~19時40分

    の間に開始され,23分~約1時間を要して,18時50

    分~20時30分の間に終了した.

    飼育水温27℃前後での所要積算温度は,160.1~

    205.1 D℃とかなりの幅が記録されたが,約85 % は

    179.3~192.3 D℃(平均182.4 D℃)で,このうち約56 %

    が 182.9~192.3 D℃と,比較的狭い範囲にあった.

    産卵から次の産卵までの産卵間隔については,雌

    の個体識別ができなかったため明らかに出来なかった

    が,1~7日(多くは 1~3日)間隔で新しい産着卵が

    確認された.

    初期生活史

    受精卵の形状と卵内発生:本種の受精卵は,長径

    1.31~1.38 mm(平均±標準偏差;1.34±0.03 mm,n

    =10),短径0.53~0.55 m(平均±標準偏差;0.54±0.01)

    で,長軸の中ほどに浅い窪みを持つ繭形の付着沈性卵

    である.卵黄内には径0.13~0.15 mmの大油球1個の

    ほか,径0.02~0.08 mmの小油球5~6個が存在した.

    先述したように,本種の受精卵の孵化所要日数は 5

    ~7日と幅が見られたが,以下には孵化後の発育が比

    較的順調であった孵化所要日数5日を例に,発育段階

    と発生経過時間を記載する.

    産卵確認1時間10分後に最初の卵割が行われて 2細

    胞期となった(Fig. 1-A).1時間45分後,4細胞期.2

    時間40分後,8細胞期.その後40~50分間隔で卵割が

    行われて,4時間30分後に桑実期に達した(Fig. 1-B).

    さらにその約2 時間30分後,胞胚期.7時間55分後,

    初期嚢胚期(Fig. 1-C).そして 18時間47分後には,

    胚体原基が形成された(Fig. 1-D).22時間03分後,

    胚体は明瞭に形成されて,眼胞が形成されたほか,胚

    体のほぼ中央付近に筋節4個が出現した(Fig. 1-E).

    30時間27分後,耳胞が形成されたほか,顆粒状の黒

    色素胞が,頭部に 1個と胚体腹面に 2個出現した.筋

    節数13.33時間50分後,眼胞内にレンズが形成され

    た.顆粒状黒色素胞が新たに,頭部に 3個と体の腹面

    に 4~5個出現したほか,クッパー氏胞が極めて大型

    となった.筋節数15~16(Fig. 1-F).38時間13分後,

    胚体は卵内で反転して,頭部は卵の先端方向に位置す

    る.尾部はすでに卵黄から遊離していて,時折,胚体

    は痙攣様に動く.卵黄と油球表面には,塊状から樹枝

    状を呈する黒色素胞が多数出現した.筋節数22~25

    (Fig. 1-G).124時間40分後には,尾部は伸長して胚

    体はほぼ卵内を一周して,尾部先端は頭部にまで達し

    ており,活発に動く.胸鰭原基が形成されていたほか,

    眼に顆粒状黒色素胞が出現した.筋節数26~27(Fig.

    1-H).孵化20分前には眼は黒化しており,口も形成

    されている.筋節数26(Fig. 1-I).そして観察開始

    から 126時間10分後に,最初の孵化が行われた.

    仔魚の形態:孵化直後の仔魚は,全長3.13~3.96

    mm(平均3.55 mm),筋節数6~7+19~20=26~27.

    長径0.43~0.55 m,短径0.34~0.43 mmの卵黄を有し,

    その先端付近には径0.01 mm以下の小油球1個が存在

    する.脳の分化が明瞭に認められるほか,眼は完全に

    黒化していて機能的と見なされ,口と肛門はともに開

    口している.胸鰭は形成されているが膜鰭状で,腹鰭

    は出現していない.顆粒状の黒色素胞が中脳部付近と

    耳胞後方に各1個と尾部腹面の第13~26筋節に 9個

    存在するほか,樹枝状の黒色素胞が消化管表面に5~

    6個と腹部腹面に各5~6個存在した(Fig. 1-J).

    孵化24時間後,全長3.42~3.60 mm(平均3.48 mm,

    n=4),筋節数6~7+20~21=26~27.卵黄と油球は

    全て吸収されていて,後期仔魚期に入る.上下両顎が

    明瞭に形成され,頭部の形状に変化が認められた.中

    脳部付近にあった黒色素胞は樹枝状を呈して後頭部に

    移動したほか,尾部腹面の黒色素胞は樹枝状を呈して,

    第12~26・27筋節腹面に 12個存在した(Fig. 1-K).

    孵化2日後,全長3.58~3.75 mm(平均3.66 mm,

    n=3).筋節数6+20=26.外見上目立った変化は認め

    られなかった (Fig. 1-L).

    孵化3日後,全長3.13~3.40 mm(平均3.32 mm,

    n=3 ).全長はやや小さくなり,尾部腹面の黒色素胞

    は数が減少して 8個ほどとなった.

    孵化4日後,全長3.53~4.10 mm(平均3.68 mm,

    n=3).尾部腹面の黒色素胞はさらに減少して,第8~

    26筋節にかけて 5~6個とその後方に 1個となった.

    孵化5日後,全長3.49~4.22 mm(平均3.88 mm,

    n=3),筋節数5~6+20=25~26.尾部の黒色素胞は

    さらに連結して,第18~20筋節に1塊と 24~26筋

    節腹面に各3個と末端付近の腹面に 1個となった(Fig.

    1-M).

    32 田中洋一・山田一幸

  • Fig. 1 Development of eggs, and larvae of Amblyglyphidodon leucogaster. A: 2-cell stage, 1 hr.10 min. after fertilization. B : Morula stage, 4 hr. 30 min. C : Gastrula stage, 7 hr. 55 min. D : Formation of embryonal body, 18 hr. 47 min. E : 4-myotome stage, formation of optic vesicles, 22 hr. 03 min. F : 13-myotome stage, formation of auditory vesicles, lenses and punctate melanophores appear on the yolk sac and embryonal body, 33 hr. 50 min. G : 23-myotome stage, embryonal body was reversed into the egg, 38 hr. 13 min. H : 26 -myotome stage, punctate melanophores appear on the eyes, 124 hr. 40 min. I : 26-myotome stage, Just before hatching, 126 hr. 10 min. J : Newly- hatched larva, 3.63 mm in total length. K : Postlarva, 24 hr., 3.60 mm. L : 2 days after hatching, 3.75 mm. M : 5 days , 4.22 mm.

    33ナミスズメダイの卵・仔稚魚

  • Fig. 2 Larvae and juvenile of Amblyglyphidodon leucogaster. A : Larva 9 days after hatching, 5.25 mm in total length. B : Larva 10 days, 5.05 mm. C : Larva 12 days, 6.62 mm. D : Larva 14 days, 7.25 mm. E : Larva 16 days, 7.50 mm. F : juvenile 19 days, 9.27 mm.

    34 田中洋一・山田一幸

  • 孵化6日後,尾部腹面の黒色素胞はさらに連結して

    やや後方に移動し,第19~26筋節に 3個とその後方

    に 1個存在した.

    孵化8日後,全長4.44~5.16 mm(平均4.62 mm,

    n=3),形態,黒色素胞ともに目立った変化はなかった.

    孵化9日後,全長3.50~5.25 mm(平均4.70 mm,

    n=3),体高0.65~1.03 mm,尾部後方の表皮組織が発

    達して,筋節は不明瞭となった.胸鰭鰭条原基が 5~

    6本と鰓条骨が形成されたほか,前鰓蓋骨後縁に棘が

    1本と,尾部末端下方には下尾骨原基が形成された.

    樹枝状黒色素胞が第17~19 と 22~24筋節にかけての

    腹面に各1塊と下尾骨上方に1個存在した(Fig. 2-A).

    孵化10日後,全長4.06~5.05 mm(平均4.74 mm,

    n=3),体高0.97~1.07 mm,新たに前鰓蓋骨前縁に 1

    本と後縁に 1本の鰓蓋骨棘が出現したほか,背鰭と臀

    鰭原基底には,瘤状の鰭条基底が各7個形成された.

    樹枝状黒色素胞が,頭頂部とその後方に計3個と尾部

    後方の腹面に 3個,下尾軸骨上に 1個存在した.尾鰭

    には鰭条原基3~4本が形成された(Fig. 2-B).

    孵化11日後,全長4.59~5.36 mm(平均4.78 mm,

    n=3),体高1.03~1.26 mm.尾部後方腹面の黒色素胞

    は一繋がりとなって 1塊となったほか,下尾軸骨中央

    付近に 1個存在した.尾鰭には 4+5本の軟条が形成さ

    れた.

    孵化12日後,全長5.11~6.62 mm(平均5.43 mm,

    n=3),体高1.00~1.41 mm.背・臀鰭と尾鰭の鰭膜に

    括れが生じ,各鰭の分化が開始され,尾鰭後縁は截形

    を呈した.背鰭に 5棘と 12 軟条原基,臀鰭に 1棘と

    12軟条の原基が出現した.尾鰭軟条は 8+6=14軟条

    (有節数4+3=7)が数えられた.前鰓蓋骨前縁と後縁に

    新たに各1本の棘が出現し,前鰓蓋骨の棘は合計5本

    となった.黒色素胞は,樹枝状のものが頭頂部とその

    下方の耳胞表面に各1個のほか,第18 から 19筋節に

    かけての背面と第24~25筋節腹面および尾鰭基部付

    近に各1個認められた(Fig. 2-C).

    孵化13日後,全長4.25~6.13 mm(平均5.46 mm,

    n=3),体高0.89~1.58 mm.各鰭条数は,背鰭5棘

    13軟条,臀鰭1棘12軟条,尾鰭9+8=18軟条(有節数

    5+4=9)が数えられた.樹枝状黒色素胞が頭頂部と耳

    胞周辺に各3個と新たに各2個増加した.腹鰭の形成

    が認められた.

    孵化14日後,全長6.40~7.25 mm(平均6.58 mm,

    n=3),体高1.45~1.70 mm.鼻孔原基が形成された.

    各鰭条数は,背鰭5棘13軟条,臀鰭2棘13軟条,腹鰭

    2軟条,尾鰭9+8=17軟条(有節数5+5=10)のほか,胸

    鰭鰭条が十数本数えられた.樹枝状黒色素胞は頭頂周

    辺に 4~5個,耳胞表面に 2個とその後方に 1個,主

    鰓蓋骨表面と第19~22筋節にかけての背・腹両面お

    よび尾鰭基部に各1個存在した(Fig. 2-D).

    孵化16日後,全長6.02~8.00 mm(平均6.87 mm,

    n=3),体高1.48~2.02 mm.各鰭条数は,背鰭7 棘

    13軟条,臀鰭2棘13軟条,尾鰭10+9=19軟条(有節数

    6+6=12),腹鰭3軟条が数えられた.樹枝状黒色素胞

    は,頭部に十数個のほか,尾部の第14~20筋節にか

    けての脊索上方に 6個,第21筋節腹面と尾部末端に

    各1個存在した(Fig. 2-E).

    孵化17日後,全長6.51~8.62 mm(平均7.23 mm,

    n=3)体高1.51~2.02 mm,各鰭条数は,背鰭9棘13

    軟条,臀鰭2棘13軟条,尾鰭10+9=19軟条(有節数

    6+6=12),腹鰭3軟条が数えられた.

    孵化18日後,全長8.02~9.27 mm(平均8.65,n=2),

    体高1.85~2.32 mm.背鰭と臀鰭基底部に黄色素胞が

    出現した.

    稚魚の形態:孵化19日後,全長7.73~9.80 mm(平

    均8.12 mm,n=3),体高1.70~2.76 mm,各鰭条数は,

    背鰭13棘13軟条,臀鰭2棘13軟条,腹鰭1棘5軟条,

    胸鰭16軟条,尾鰭10+10=20軟条(有節数7+7=14)

    が数えられ,本種固有の数に達して稚魚期に入った

    (Fig. 2-F).

    孵化23日後,全長7.18~8.95 mm(平均8.07 mm,

    n=2),体高1.87~2.13 mm.臀鰭基底部の黄色素胞が

    増加して,この部分は黄色味を帯びた(Fig. 3-A).

    孵化28日後,全長9.49~10.94 mm(平均10.2 mm,

    n=2),体高2.69~3.05 mm.臀鰭基底部の黄色素胞は

    数を増して,黄色味は一層強くなる一方,体側は青味

    を帯びた(Fig. 3-B).

    孵化30日後,全長11.40~11.95 mm(平均11.7 mm,

    n=2),体高2.93~3.34 mm.体の黄色素胞はさらに分

    布範囲を広げて,胸鰭も黄色味を帯びた.

    孵化39日後,全長13.43~15.44 mm,体高3.93~5.64

    mm(平均14.4 mm,n=2).胸鰭以外にも各鰭が黄色

    味を帯びたほか,体側の黒色素胞が数を増し,特に背

    鰭第1~3棘は黒味を帯びた.

    その後は孵化51日後まで飼育できたが,ヒーター

    の事故によって全て死亡したため,育成はこの時点で

    終了した.

    35ナミスズメダイの卵・仔稚魚

  • 水槽内における仔稚魚の行動:孵化直後の仔魚は,

    飼育水槽の表層から下層にかけて水槽全体に分散して

    いるが,その多くは,表層付近で浮遊状態にあった.

    この時点でも,尾部を振っての僅かな遊泳力は認めら

    れるが,自らの積極的な遊泳は示さなかった.しかし,

    夜間にハンドライトを照射すると,光束に蝟集する

    正の走光性を示した.また,標本を採集する際などの

    外的刺激に対しては,激しく尾部を振っての逃避行動

    が認められた.孵化12時間後の仔魚は,口は開いて

    いるものの,摂餌行動は認められなかった.しかし孵

    化24時間後には,餌として投与したシオミズツボワ

    ムシの直前で体を S字状に湾曲させて停止した後に,

    体を延ばす反動で餌に飛びつく様子が観察された.こ

    の頃には孵化時に比べて正の走光性は弱まるが,昼間

    には,外光が当る側の水槽壁面に蝟集する傾向が認め

    られた.孵化7日後頃以降,仔魚は群れで表・中層を

    遊泳するようになった.孵化18日後には,投与した

    アルテミア孵化幼生に対しての摂餌行動が認められ,

    翌日(孵化19日後)に稚魚期に入って以降は,日ごと

    に遊泳力を増して,水槽の中層から下層にかけての遊

    泳が認められた.そして孵化30日後以降は,群れを

    形成して水槽の中層から下層にかけての壁面に沿って

    遊泳するようになった.なお仔魚期には,日没後は遊

    泳を休止して,水面直下から水槽底部にかけて分散し

    て浮遊状態となったが,稚魚期に入ると,水槽底に腹

    部を接触させた状態で静止した.

    餌料系列と成長:孵化直後からシオミズツボワムシ

    (以下ワムシ)を投与すると,翌日には積極的な摂餌行

    動が観察され,顕微鏡下でも消化管内にワムシが確認

    された.その後孵化16日後まではワムシを単独投与,

    以後孵化21日後までの間はアルテミア孵化幼生と併

    用投与,孵化22日後から 51日後までアルテミア孵化

    幼生の単独投与とした.その結果,孵化時に全長3.13

    ~3.96 mm(平3.55 mm)であったものが,稚魚期に入っ

    Fig. 3 Photographs showed juveniles and young of Amblyglyphidodon leucogaster. A : 23 days after hatching, 8.95 mm in total length B : 28 days, 10.94 mm.

    36 田中洋一・山田一幸

  • た孵化19日後には 7.73~9.80 mm(平均8.12 mm),そ

    して孵化51日後の最大個体は全長21 mmが計測され

    た.

    論 議

    本種が属するクラカオスズメダイ属の繁殖習性

    や卵・仔稚魚の形態に関しては,田中・森(1989)が

    飼育下でのクラカオスズメダイ Amblyglyphidodon

    curacaoの繁殖習性と卵内発生および孵化9日後まで

    の仔魚の形態を観察したほか,前述したように,渡辺

    (1990)が同種を野外での採集卵によって,卵の形状と

    孵化直後から 12時間後までの仔魚および孵化19日後

    の稚魚の形状を記載している.また,本属に比較的近

    縁のヒレナガスズメダイ属 Neoglyphidodonのヒレナ

    ガスズメダイ N.nigrorisについては田中・高宮(1999)

    が,クロスズメダイ N.melas については田中・ほか

    (1996)が,いずれも飼育下での繁殖を観察して,とも

    に成魚までの形態変化を記載している.したがって以

    下には,繁殖習性や卵・仔稚魚の形態が既往の上記3

    種のそれと比較しつつ論議する.

    親魚の外見上の雌雄差

    性成熟した本科魚類の中には,ルリスズメダイ

    Chrysiptera cyaneaやクマノミ Amphiprion clarkiiの

    性成熟した個体のように,通常でも外見上からの雌

    雄差が明らかな種もいる.しかし,多くの種では,繁

    殖時に婚姻色が出現することで判別できる点や,雌

    雄で大きさの違いが認められる以外での判別は困難で

    ある.そして本種の場合は,産卵期間中を通じて体色

    や斑紋に目立った相違は認められなかった.しかし今

    回,水槽壁面を産卵基盤として確保した大型個体は雄

    であることが確かめられたことから,本種では雄が雌

    に比べて大型となるものと考えられた.この点に関し

    ては,クロスズメダイ(田中・高宮,1999)でも同様の

    ことが確かめられている.

    産卵基盤

    卵の性状が既知の本科魚類は,全て付着沈性卵を

    産出することから,産卵に際しては,産卵床としての

    付着基盤を必要とする.このため飼育下で繁殖を行う

    場合は,水槽底に塩化ビニールパイプや素焼きの土管

    などを産卵巣(産卵床)として設置するのが一般的であ

    る.そして多くの種では,これらの基盤を利用して卵

    を産着する.しかし本種の場合も,飼育水槽底には産

    卵巣として大小2個の素焼きの土管を設置したが,結

    果的には,卵は全て透明アクリル製の水槽壁面に産着

    された.この点に関しては,同属のクラカオスズメダ

    イ(田中・森1989)でも同様のことが観察されている.

    すなわち,クラカオスズメダイでは,水槽底に産卵

    床として山型に折り曲げた半透明着色アクリル板4個

    (60~120㎠)を設置したが,卵は全て透明アクリル製

    の水槽壁面に産着された.野外での本属は,水深1~

    15 m 以浅のサンゴ礁域で枝サンゴの樹枝間での生活

    が知られることから,他の多くの本科魚類のそれと同

    様に枝サンゴを産卵床とすると思われるが,飼育下で

    はいずれも水槽壁を産卵床として利用した点は他の本

    科魚類とは相違した.今後野外での繁殖生態を明らか

    にしたい.

    繁殖行動

    本種の繁殖行動は,既知の本科魚類のそれとほぼ

    同様であった.しかし本種では,本科の多くの種で知

    られる雌に対する求愛行動の一つで,雌に急接近し

    た後に,頭部を急角度に下げてS字状に産卵床に戻る

    「Dipping」 と呼ばれる行動は全く認められなかった.

    この点に関しては以下の要因が考えられた.すなわ

    ち今回の親魚は,水槽収容後,約1年間という長期間

    継続して同居飼育後に繁殖が行われたことから,産卵

    に至る過程で,一連の求愛行動の一部が省略された可

    能性があると考えられた.また本種は,本科魚類の中

    では比較的大型種に属するため,本種にとっては今回

    の飼育水槽が狭小であり,比較的行動広範囲を要する

    「Dipping」 は不可能な状況にあったのではないかとも

    考えられた.

    産卵時刻

    本種の産卵は,いずれも深夜から日の出前までの間

    に行われた.産卵時刻が既往の本科魚類には,産卵時

    刻に3つのパターンの存在が知られる(田中,1998).

    すなわち第1のパターンは,深夜から日の出前までに

    産卵するもの,第2のパターンは,日の出の直前から

    直後にかけて産卵するもの,そして第3のパターンは,

    日出後の昼間に産卵するもので,本種の場合は,第

    1のパターンに属することが確かめられた.この点は

    同属のクラカオスズメダイや近縁のヒレナガスズメダ

    イ属のヒレナガスズメダイやクロスズメダイと同様で

    あった(田中・森,1989;田中・高宮,1999;田中ほか,

    1996).

    卵の大きさと産卵数

    本種の受精卵は,長径1.31~1.38 mm,短径0.53~

    37ナミスズメダイの卵・仔稚魚

  • 0.55 m で,長軸の中ほどに浅い窪みを有する繭形をし

    た付着沈性卵で,雌1尾の 1回の産卵数は約1,700~

    2,000粒が数えられた.この点を上記3種のそれと比

    較すると,3種ともに本種のそれと同様の形状を有す

    る付着沈性卵であった.卵の大きさは,同属のクラカ

    オスズメダイの卵径は,田中・森(1989)では長径1.35

    ~1.55 mm,短径0.48~0.58 mm,産卵数は約1,500~

    2,000粒で,渡辺(1990)では産卵数不明であるが,長

    径1.45~1.60 mm,短径0.50~0.58 mmと,卵径,卵

    数ともにほぼ本種のそれと同様の値を示した.一方近

    縁のヒレナガスズメダイ属の 2種では,ヒレナガスズ

    メダイの卵径が長径1.27~1.32 mm,短径0.61~0.64

    mm(田中・高宮,1999)と,クラカオスズメダイ属2

    種に比べてやや小型で,産卵数は約5,000粒と両種に

    比べて 2倍半から 3倍以上であった.またクロスズ

    メダイの卵径は長径1.73~1.81 mm,短径0.71~0.72

    mm(田中ほか,1996)と,ほかの 3種に比べて大きく,

    しかも産卵数も約13,000粒と目立って多いことが確か

    められた.一般に雌が 1回に産出する卵数は,種によ

    る相違のほか,産卵経歴,卵径や雌魚の大きさによっ

    て異なるとされる.この点に関して上記4種の体長を

    見ると,クラカオスズメダイ,ヒレナガスズメダイお

    よびナミスズメダイの 3種が 9~11 cm であるのに対

    して,卵数が極端に多いクロスズメダイは 15 cmと明

    らかに大型であることから,卵数の相違は雌の大きさ

    の違いによると考えられた.またヒレナガスズメダイ

    の産卵数が本属2種に比べて多かった点に関しては,

    ヒレナガスズメダイの卵が最も小型であったことか

    ら,本科魚類やハゼ科魚類で知られる「卵の大きさと

    産卵数の関係」,すなわち 「大卵少産 」「 小卵多産 」に

    よるものと考えられた.

    孵化所要日数と積算温度

    本種の卵の受精から孵化までの所要日数は,5~7

    日(85 % は受精6日後)が記録され,その積算温度は

    160.1~205.1 D℃とかなりの幅が認められた.しか

    し,そのうちの 85 % は 179.3~192.3 D℃(平均182.4

    D℃),56 %が182.9~192.3 D℃(平均186.2 D℃)であっ

    た.この点に関しては,同属のクラカオスズメダイ(田

    中・森,1989)では詳細な記録がなく比較できないが,

    近縁のヒレナガスズメダイの孵化所要日数は 4~6日

    (95 % 以上は 5日後)で,積算温度は 135.7~190.3 D℃

    (92 % は 160 D℃台),そしてクロスズメダイの孵化所

    要日数は 5~8日(94 % は受精6日および 7日後の 2日

    間を要して孵化),積算温度は 161.6 D℃~240.2 D℃

    (75 % は 180.6~210.7 D℃)と,いずれも卵の大きさと

    の間には正の相関関係の存在傾向が認められた.すな

    わち,卵径が小さいヒレナガスズメダイは孵化所要日

    数が短く,積算温度も低いが,卵径が大きいクロスズ

    メダイでは孵化所要日数が長く,積算温度も高い傾向

    が認められ,卵径が両者の中間にある本種は,孵化所

    要日数,積算温度ともに中間に位置することが確かめ

    られた.なお,クロスズメダイでは 16回全ての卵塊

    が 1日で孵化を終了したが,本種の場合は 39回中33

    回,ヒレナガスズメダイでは 25回中22回は 1日では

    孵化を終了せず,全卵が孵化するのに 2日間を要した.

    従って,孵化開始日と終了日によって所要日数と積算

    温度を計算すると,本種の孵化所要日数の 85 % は受

    精6日後で,積算温度は 179.3~192.3 D℃(平均187.8

    D℃),ヒレナガスズメダイの 95 % は受精5日後で,

    積算温度は 156.7~168.2 D℃(平均163.8 D℃),クロス

    ズメダイの 75 % は受精6日と 7日後で,積算温度は 6

    日後で 180.5~184.1 D℃(182.3 D℃),7日後が 204.6~

    212.3 D℃(平均208.7 D℃)であった.

    孵化仔魚の形状

    先述したように,本種の孵化直後の仔魚は全長3.13

    ~3.96 mmで,脳の分化が明瞭に認められたほか,眼

    は完全に黒化していて機能的と見なされ,口と肛門は

    ともに既に開口していた.顆粒状の黒色素胞が中脳部

    付近と耳胞後方に各1個と第13~26筋節にかけての

    尾部腹面に 9個存在したほか,叢状の黒色素胞が消化

    管表面に2塊存在した.この点に関して同属および近

    縁種の 3種についてみると,同属のクラカオスズメダ

    イについては,飼育下で観察した田中・森(1989)と,

    野外での採集卵によって観察した渡辺(1990)の2つの

    報告がある.先ず,田中・森(1989)が観察したクラカ

    オスズメダイの仔魚の大きさは,全長3.13~3.20 mm

    で,大きさは本種とほぼ同様であったが,口と肛門

    は未開口の状態にあって,本種との相違点が認められ

    た.しかしこの場合も孵化6時間後には,口と肛門は

    開口した.また,渡辺(1990)が野外で採集した卵から

    得た仔魚の全長は 3.30~3.48 mmで,田中・森(1989)

    のそれに比べてやや大きく,しかも孵化直後には既

    に口と肛門は開口しているといった相違点が確かめら

    れた.また,近縁種のヒレナガスズメダイ属2種の孵

    化直後の仔魚では,ヒレナガスズメダイが全長3.15~

    3.43 mm,クロスズメダイが 3.67~3.74 mmで,前者

    38 田中洋一・山田一幸

  • は本種とほぼ同大であったが, 後者は 4種の中で最大

    であった.また,両種の眼はいずれも完全に黒化して

    いたほか,口と肛門も既に開口していた.4種間の黒

    色素胞の数には多少の相違もあったが,いずれの種も,

    中脳部付近に顆粒状あるいは樹枝状の黒色素胞が1

    個存在するほか,尾部腹面に 7~15個(クロスズメダ

    イで 7個,ナミスズメダイで 9個,ヒレナガスズメダ

    イで 10個,クラカオスズメダイで 15個)の黒色素胞

    が存在するといった共通点が見出された(田中・高宮,

    1999;田中ほか,1996).なお中脳部付近と尾部腹面

    の黒色素胞の存在は,本科で孵化直後の仔魚の形状が

    既知の全ての種に共通して観察されている.

    稚魚の形状

    器官の発達の程度や成長については,種による違い

    のほか,餌料の多寡や飼育水温などの飼育環境の違い

    によっても相違する.したがって一概には比較できな

    いが,飼育下で稚魚以上の段階まで育成できた本種お

    よびヒレナガスズメダイ属2種について比較すると以

    下のようであった.3種ともに,孵化当初にシオミズ

    ツボワムシを投与し,以後はアルテミア孵化幼生,タ

    ラコ,生鮮魚介肉混合ミンチといった餌料系列で飼

    育した結果,本種では孵化19日後に全長7.73~9.80

    mm,ヒレナガスズメダイでは孵化12日後に全長5.82

    ~7.72 mm,そしてクロスズメダイでは孵化25日後

    に全長6.52~10.8 mmで稚魚期に達した(田中・高宮,

    1999;田中ほか,1996).なお渡辺(1990)はクラカオ

    スズメダイの孵化28日後の稚魚を記載しているが,

    この個体の全長は 7.70 mmとされる.

    謝 辞

    本研究は卒業研究の一環として行われたもので,当

    時海洋学部水産学科の田中浩之氏にはデータの収集と

    育成に協力戴いた.また東海大学海洋科学博物館の学

    芸課学芸員にも多大な協力を受けた.ここに感謝した

    い.

    引 用 文 献

    阿部宗明(1987) 原色魚類大図鑑.北隆館,東京.

    1029pp.

    益田 一・小林安雅(1994) 日本産魚類生態大図鑑.

    港北出版印刷株式会社,東京.465p.+3084pls.

    田中洋一(1998) スズメダイ科魚類の繁殖習性と卵・

    仔魚の形状.東海大紀要海洋学部,45,167~179.

    田中洋一・森 徹(1989) 飼育下におけるクラカオス

    ズメダイの繁殖習性と卵・仔魚.東海大海洋研報,

    10,3~12.

    田中洋一・高宮一浩(1999) 飼育下におけるヒレナ

    ガスズメダイの繁殖と育成.東海大海洋研報,20,

    157~171.

    田中洋一・吉中敦史・長谷川悦子(1996) 飼育下にお

    けるクロスズメダイの繁殖習性と初期発育.東海大

    海洋研報,17,13~25.

    渡辺泰夫(1990) スズメダイ科を中心とした浅海性魚

    類の仔魚の形態に関する研究.東海大学大学院平成

    2年度修士論文,67pp+45fi gs+4tables

    39ナミスズメダイの卵・仔稚魚