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2013.10 国民生活 16 生活知識情報 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 愛知県立大学准教授。専門は社会学と社会調査法。 地域社会と福祉の関連や、現代社会における農業の 展開に関する社会学的研究などを行っている。 松宮 朝 Matsumiya Ashita 10 少子高齢化が進む日本。 その現状と私たちや社会 ができる対策を考えます。 ど幅広い活動を含むものです。こうした農の活 動は、高齢者の健康増進、生きがい創出などの 面で、「農の福祉力」として注目されてきました。 農の活動には、生産的効用、経済的効用、環境 的効用、社会的効用、教育的効用、身体的効用、 心理的(精神的)効用があり、都市における農 の活動を通してこれらの効用を生かす事例が多 くみられるようになってきたのです *3 。なかで も重要なのは、農作業による精神的、身体的な 効果はもちろんのこと、農産物の生産・販売に よる経済的効果やさまざまな社会活動につなが るという多面的な効果です。農の活動は高齢者 にとって多様な効果を期待できる点で、社会参 加の中でも優れた特長を持つといえるでしょう。 都市農業の課題は何か このようなテーマを、都市の農業、農地をめ ぐる問題から考えてみるとどうでしょうか。農 林水産省は都市農業が持つ「新鮮で安全な農産 物の供給」 「身近な農業体験の場の提供」 「災害に 備えたオープンスペース」 「心安らぐ緑地空間」 といった社会的機能に注目し、積極的に都市農 地の活用を推進しつつあります。しかし現状と して、都市農地の遊休農地化が進むなど、決し て明るい見通しが立っていないのが実態です。 こうした状況に対して、高齢者が遊休農地で農 の活動を営む「担い手」として重要な役割を果た すことが期待されるようになっているのです。 高齢者による農の活動 町中にある市民農園や郊外の農地で、高齢者 が農作業にいそしむいわゆる「農の活動」を営 んでいる姿を見かけることが多くなりました。 ここでは、都市部で高齢者による農の活動が増 加していることの意味と、その展開の可能性に ついて考えてみたいと思います。 高齢者の生きがいづくりとしては、これまで 社会参加が重視されてきました。特に定年退職 後の高齢者がどのように生きがいを見いだすか が検討され、高齢者の就業志向、ボランティア 活動意識の高まりに対応した社会参加を促進す る施策が実施されています *1 。こうした数ある 社会参加の中で、都市部における農の活動に注 目してみます。 5年ごとに調査を行う世界農林業センサスに よると、2010年にはついに国内の農業就業人口 の平均年齢が65歳を超えました *2 。農村部で はこうした農業従事者の高齢化は「問題」と考 えられてきました。しかし、それとは対照的に、 都市部では高齢者の社会参加として積極的に農 業が評価されるようになっています。これは高 齢者にとって農の活動が果たす効用が評価され るとともに、農の活動が高齢者の多様なニーズ に対応すると考えられているためです。 農の活動とは、家庭菜園や市民農園での趣味 的な活動だけでなく、農産物を生産・販売する ことで収益を上げて本格的な農業経営を行うな

高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 · 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 愛知県立大学准教授。専門は社会学と社会調査法。

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Page 1: 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 · 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 愛知県立大学准教授。専門は社会学と社会調査法。

2013.10国民生活

16

第 回

生活知識情報

高齢者の社会参加と都市における農の活動の展開

愛知県立大学准教授。専門は社会学と社会調査法。地域社会と福祉の関連や、現代社会における農業の展開に関する社会学的研究などを行っている。

松宮 朝 Matsumiya Ashita

10

少子高齢化が進む日本。その現状と私たちや社会ができる対策を考えます。

ど幅広い活動を含むものです。こうした農の活

動は、高齢者の健康増進、生きがい創出などの

面で、「農の福祉力」として注目されてきました。

農の活動には、生産的効用、経済的効用、環境

的効用、社会的効用、教育的効用、身体的効用、

心理的(精神的)効用があり、都市における農

の活動を通してこれらの効用を生かす事例が多

くみられるようになってきたのです*3。なかで

も重要なのは、農作業による精神的、身体的な

効果はもちろんのこと、農産物の生産・販売に

よる経済的効果やさまざまな社会活動につなが

るという多面的な効果です。農の活動は高齢者

にとって多様な効果を期待できる点で、社会参

加の中でも優れた特長を持つといえるでしょう。

都市農業の課題は何かこのようなテーマを、都市の農業、農地をめ

ぐる問題から考えてみるとどうでしょうか。農

林水産省は都市農業が持つ「新鮮で安全な農産

物の供給」「身近な農業体験の場の提供」「災害に

備えたオープンスペース」「心安らぐ緑地空間」

といった社会的機能に注目し、積極的に都市農

地の活用を推進しつつあります。しかし現状と

して、都市農地の遊休農地化が進むなど、決し

て明るい見通しが立っていないのが実態です。

こうした状況に対して、高齢者が遊休農地で農

の活動を営む「担い手」として重要な役割を果た

すことが期待されるようになっているのです。

高齢者による農の活動町中にある市民農園や郊外の農地で、高齢者

が農作業にいそしむいわゆる「農の活動」を営

んでいる姿を見かけることが多くなりました。

ここでは、都市部で高齢者による農の活動が増

加していることの意味と、その展開の可能性に

ついて考えてみたいと思います。

高齢者の生きがいづくりとしては、これまで

社会参加が重視されてきました。特に定年退職

後の高齢者がどのように生きがいを見いだすか

が検討され、高齢者の就業志向、ボランティア

活動意識の高まりに対応した社会参加を促進す

る施策が実施されています*1。こうした数ある

社会参加の中で、都市部における農の活動に注

目してみます。

5年ごとに調査を行う世界農林業センサスに

よると、2010年にはついに国内の農業就業人口

の平均年齢が65歳を超えました*2。農村部で

はこうした農業従事者の高齢化は「問題」と考

えられてきました。しかし、それとは対照的に、

都市部では高齢者の社会参加として積極的に農

業が評価されるようになっています。これは高

齢者にとって農の活動が果たす効用が評価され

るとともに、農の活動が高齢者の多様なニーズ

に対応すると考えられているためです。

農の活動とは、家庭菜園や市民農園での趣味

的な活動だけでなく、農産物を生産・販売する

ことで収益を上げて本格的な農業経営を行うな

Page 2: 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 · 高齢者の社会参加と 都市における農の活動の展開 愛知県立大学准教授。専門は社会学と社会調査法。

2013.10国民生活

17

生活知識情報

農作業を学んだ高齢者中心の卒業生が共同耕作

のグループを結成し、多彩な活動を展開できる

ようになっています。本格的な就農支援として

は、豊田市が2004年から「農ライフ創生セン

ター」を開設し、遊休農地の解消と本格的な「担

い手」育成事業を進めています。この事業では

就農に向けての本格的実習、農地の斡あっ

旋せん

や農機

具のレンタルが行われ、多くの「定年帰農」が

生まれてきました。

このように、農作業の学びを通じて、高齢者

中心の農の活動グループ形成を進める施策が整

備されつつあります。今後の展開を考えるうえ

で興味深いのは、定年退職後の高齢者を中心と

した農の活動が、多様な社会活動へと広がりを

みせている点です。農産物販売だけでなく、親

子を対象とした農業体験教室、食育教室、買い

物が困難な高齢者への農産物販売、障がい者団

体との連携事業などが進んでいるのです。ここ

には、高齢者の持つ多様なスキルを生かし、さ

まざまな社会的活動とネットワークを結び、農

の活動の持つ社会的な機能を広げていくという

都市部での活動ならではの可能性をみることが

できます。

*1 �内閣府『平成25年版�高齢社会白書』

*2 �農林水産省『2010年世界農林業センサス』

*3 �松尾英輔『社会園芸学のすすめ』(農山漁村文化協会�2005年)㈶都市農地活用支援センター編『超高齢社会と農ある暮らし』(2011年)

*4 �碓井崧・松宮朝編『食と農のコミュニティ論』(創元社�2013年)

では、どのように農の活動をスタートさせる

ことができるのか、みていきましょう。

高齢者が都市部で農の活動を進める基本的な

流れは、農の活動形態を選び、農作業の手法を

学びつつ、活動する仲間を作り展開していくと

いうものです。

もっとも、いくつか大きな課題があります。

その1つは、農家ではない大多数の高齢者にとっ

てどのように農の活動をスタートし、進めるの

かという点です。農地の確保など高いハードル

があるのも事実です。とはいえ都市における農

の活動では、このようなハードルを下げられる

複数の要素があると考えられます。なぜなら、

都市で暮らす高齢者の場合、近年、都市近郊の

自治体によって遊休農地の利用促進施策が進ん

で非農業者の利用が開かれつつあり、また、消

費地に近いという営農面での有利さや、さまざ

まな社会活動との連携に対して利点があるから

です。

高齢者による農の活動を進めるために~愛知県の事例から~

こうした都市部の高齢者による農の活動を進

めるうえで注目されるのが、愛知県長なが

久く

手て

市、

日進市、豊田市の取り組みです*4。

「田園バレー事業」という都市農業施策を積極

的に進めてきた長久手市では、2004年から「長

久手農楽校」を開設しています。営農担当専門

員、愛知県農業総合試験場OB、地元農家を講

師とし、受講料は年額12,000円。定員の30名に

対しほぼ同数の応募があり、その多くは定年退

職者です。また、日進市では、2010年から「日

進アグリスクール」を開設し、初級コース(年

額3,000円)、中級・上級コース(年額12,000円)

というレベルに合ったコース設定をし、さらに

卒業生が市内の遊休農地で農の活動が展開でき

るよう支援をしています。こうして両市では、

写真 稲を刈り取るようす(愛知県日進市)