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1 卒業論文 トップメーカーの PB 供給 平成 21 4 月進学 経営学科 07-091005 石川竜一 文字数:20453 文字 (目次・図表・参考文献等を含めず) 本文ページ数 23

卒業論文 トップメーカーの PB 供給 - 東京大学merc.e.u-tokyo.ac.jp/shintaku/2011/ishikawa.pdf3 第Ⅰ章 はじめに 1. 本論の目的 セブン&アイグループにおいて、2007

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卒業論文

トップメーカーの PB 供給

平成 21 年 4 月進学

経営学科

07-091005

石川竜一

文字数:20453 文字 (目次・図表・参考文献等を含めず)

本文ページ数 23

2

目次

第Ⅰ章 はじめに

1. 本論の目的 3

2. 本論の構成 3-4

第Ⅱ章 研究の背景

1. 従来の PB とその特徴 4-6

2. セブンプレミアムの登場

2.1 セブンプレミアム概要 6-7

2.2 セブンプレミアムの誕生まで 7

3.操業度の面からの分析 7-9

第Ⅲ章 仮説提示

1.問題提起 9-10

2.新製品実験の場としての PB 10-15

3.シェア拡大のための PB 15-17

第Ⅳ章 考察

1.結論と本論文の意義 18

2.本論文の限界 19

図表 20-22

参考文献 23

3

第Ⅰ章 はじめに

1. 本論の目的

セブン&アイグループにおいて、2007 年からセブンプレミアムシリーズと呼ばれる PB

製品が発売された。これまでの PB との違いは大きく二つある。一つは味の素・キューピー

などカテゴリートップの製品を持つ複数の企業が PB 供給を行っていること。もう一つは、

それらのメーカーが製造元として自らの名前を明らかにしていることだ。一方でこれまで

の PB に関する研究では、その特徴として広告宣伝費や販売管理費に多くの拠出を行うこと

のできない中小メーカーや無名の海外メーカー等が操業度を上げるため、又は販路を確保

するべく供給を行い、大手流通の販売力で PB 製品を販売していくということが一般的なモ

デルとしてあげられていた。そのため、自社に強いブランドを持ち、多額の広告費をかけ

ているトップメーカーにとって PB 供給はメリットが小さく、自社製品とのカニバリゼーシ

ョンのリスクを考えるとデメリットの大きい行為とされてきた。

しかし、2011 年現在もセブンプレミアム製品は販売が続けられ供給メーカー・売上とも

に拡大していることから「トップメーカーは PB 供給を行わない」とする説明は現状と矛盾

すると考えられる。そこで、業界上位メーカー、特に業界一位企業が PB 供給を続ける理由

についての新たな仮説を構築することを目的に議論を展開していく。トップメーカーが PB

供給を行う要因として、さまざまな要因が考えられる。その中には各メーカー固有の事情

も含まれているが、本論ではメーカーの個別な事情による理由よりも PB の持つ特性という

観点を中心に彼らが供給を行う事情を明らかにしていく事を目指す。それにより、より一

般的な形でトップメーカーにとっての PB 供給がどのような意味を持つのかを示すことが

できると考えられるからだ。とりわけ、これまで上位メーカーほど PB 供給のメリットは低

下すると考えられていたが、競争地位が上であるほどメリットの大きくなる側面が PB には

存在することを示したい。

セブン&アイグループ MD 改革プロジェクトへのインタビューや、店頭での調査結果か

ら PB の持つ「流通企業との共同開発」「PB シェアの増加による NB スペースの縮小」と

いう 2 つの側面が業界内のトップメーカーに有利に働き、競争地位の上昇に伴いメリット

が大きくなる可能性があると判断した。それぞれの側面から PB には「製品開発」「シェア

拡大」に貢献する特徴があり、その機能の恩恵を大きく受けるのは競争地位が上位にある

メーカーだということを示す。

2. 本論の構成

Ⅱ章においては現在セブンプレミアムで行われていることに対して、従来の PB に対する

説明は不十分であることを明らかにし、問題提起を行う。まず、プライベートブランド(PB)

4

がこれまでどのような発展をしてきたかという点を説明しながら、従来の PB が持っていた

特徴、それに対する考えを示す。特に従来の説明では上位メーカーが PB を行う理由とも考

えられる操業度の面から今回の PB 供給について検証する。また、セブンプレミアムの概要

とともにその誕生までを説明し、流通企業がなぜ上位メーカーに供給を依頼するのかを明

らかにする。

Ⅲ章では、Ⅱ章の問題提起を受けてトップメーカーが PB 供給を行っている現状に対して、

インタビュー結果と事例を示しながら新たな仮説を提示する。第一に PB の持つ流通企業と

の共同開発という側面に注目した仮説である新製品実験の場としての PB 利用を示す。第二

に、PB シェア増大に伴い店内の NB 陳列スペースを縮小する動きが、一位企業のシェア拡

大に貢献するという仮説を提示する。これにより一位企業にとって PB が持つメリット、と

いう観点からトップメーカーが PB 供給を行う戦略についての説明を行う。

後にⅣ章において結論とインプリケーション、限界を示し本論文の意義を明らかにす

る。

第Ⅱ章 研究の背景

1. 従来の PB とその特徴

PB(プライベートブランド)とは流通企業が自社のブランドとして製品を製造、または

委託製造を行い販売している製品を指す。日本ではこれまで何度か PB ブームと呼ばれるも

のがあり、そのブームの契機となる共通点としては不景気による消費行動の低下及び円高

や原料価格高騰による NB 商品の値上がりが挙げられる。このような環境に対して流通企

業は海外メーカーや中小メーカーに安価で PB 生産を行わせる。このように流通企業の持つ

販売力で消費者に低価格の面から訴求していく手段として PB は発展していった。当然、無

名のメーカーが NB 製品をまねて製造することが多かったため品質面では NB 製品にかな

うものではなく、やや品質の劣る製品を NB 製品の 5 割~7 割程度の価格で販売するという

のが実情であった。このように、品質面での訴求ではなく安価な製品ということが主要な

特徴であったこともあり、これまでのブームは景気の回復や原料価格の安定等の理由で比

較的早期に収束した。消費者にとっても PB の品質が低いことや品種の少なさは認知されて

いたし、メーカーにとっても自社製品のみで稼働率が安定してくると PB 生産を行うメリッ

トが小さくなっていくからだ。

このようにブームの度に登場してきた PB であるが、流通企業やメーカーにとってどのよ

うな特徴を持っているのであろうか。それぞれのメリット・デメリットを中心にまとめる。

まず PB と NB の一般的な違いであるが、①製品開発を流通企業側が主導して行う。②広

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告宣伝費や販売管理費の圧縮により低価格を実現している。③流通企業側が買い取り義務

を負う。すなわち販売リスクは流通企業側にある④価格の決定権を流通企業側が持つ。

これらの特徴から、流通企業側にとってのメリットは 1.利益率の向上 2.店舗差別化 3.

メーカーに対しての交渉力増大、があげられる。1.に関してだが、開発の段階から流通企業

が関わることで製品の原価構造を流通企業が把握することや、広告宣伝費の圧縮分が流通

企業の利益に足されることもあり一般にメーカーの NB 製品を販売するよりも利益率が高

いとされている。2.に関しては、PB は通常その PB を持つ店舗のみでの販売になるので

店舗差別化に役立てることができる。3.については、価格の決定権を流通企業が持てること

やPBの存在するカテゴリーに関してはそれでNBを代替することも可能になるためメーカ

ーに対して交渉力が向上する。一方でデメリットとしては、PB の導入により増大するリス

クが存在することがある。代表的なものとして在庫リスクが挙げられる。PB は基本的に製

造した分を流通企業が買い取る義務があるため販売力が十分にない場合には経営状況をか

えって悪化させる可能性がある。また、PB の品質が NB に比べて劣っている場合や PB の

販売を増やすために NB の品目を減らすと、店舗に魅力がなくなり集客力が低下する恐れ

もある。

続いてメーカーにとってのメリットだが、1.自社 NB 以外の製品を作ることにより操業度

上昇 2.安定した販売先の確保 3.広告宣伝費を減額できる 4.顧客の意見等、新たな情報を

入手できる、ことが挙げられる。1.は不況期にPBブームが起こる要因の一つとなっている。

2.は PB 供給企業に中小メーカーや海外メーカーが多い理由の一つだ。自社のブランドが弱

い場合には流通企業のバイヤーが製品を購入してくれないため、あらかじめ PB として供給

することで一定の販売先を確保できることが魅力だ。同様に 3.も中小メーカーのように広

告宣伝費に多額の出費を行えないような企業の場合にメリットとなる。4.に関しては、PB

に限らず流通企業との共同開発全般について言えるメリットである。一般に流通企業との

共同開発を行うことによりメーカーは普段入手できない情報、購買客情報や販売時点での

情報及び他社の情報など、を入手する機会が得られる。一方でデメリットとしては、1.自社

製品とのカニバリゼーション 2.価格下落リスクの増大 3.小売側の交渉力の増大 4.NB

製品の販売に比べ利益率が低いことがある。1.の自社製品とのカニバリゼーションだがこ

れは、同じカテゴリーの商品を PB としても NB としても出している場合に顕著である。2.

に関しても同様に似た製品を同一メーカーが PB と NB 異なる値段設定で行っている場合、

消費者を納得させる理由がない場合 NB の値段を維持することが難しくなる。3.に関しては

流通企業にとってのメリットの裏返しであるが PB で NB を代替できる場合に NB から PB

に移行されるおそれや、移行しないまでも流通企業にとって有利な条件での取引になる可

能性がある。

以上のようなそれぞれの立場からのメリット・デメリットを総合して考えると、まず流

通企業に関しては PB の導入は利益率の向上や差別化などパフォーマンスにプラスの影響

6

を与える一方で、在庫リスクの管理や開発能力を手に入れる必要性から運営能力のある企

業にとって魅力的な手段と言える。日本では大手チェーンなどが PB 販売の主体となってき

たこれまでの歴史からも、中小流通企業よりも大手流通企業の方が PB を展開するメリット

は大きいと言える。一方でメーカーに関して言うと大手メーカー、カテゴリー内でトップ

のメーカーにとって PB に参入する誘因は小さいと考えられる。第一に、中小メーカーに比

べメリットが小さい。大手メーカーは多額の広告宣伝費をかけ、さまざまな販路を獲得し

ている。それだけ強い自社 NB 製品を育ててきたともいえる。そのため、あえて流通企業

のブランド力を借りずとも十分に収益を上げることが出来、デメリットも存在する PB 供給

に参加するほどのメリットはないと考えられる。不況期に操業度の向上を目指しに PB を請

け負うことはこれまでもあったようだが、景気が回復するとともに供給から撤退するため

長期的な誘因とはならなかった。第二の理由であるが、中小メーカーに比べ大手メーカー、

言いかえると自社に強いブランド力を持つ NB 製品がある企業にとって、PB 供給のデメリ

ットが大きいことだ。大手メーカーの場合、特に自社 NB 製品の販売に影響するデメリッ

トが大きい。強いブランド力を持つ NB 製品はそのブランド価値によって高価格を維持し

ているが、NB を製造しているメーカーが PB の供給を行った場合 NB 製品の価格設定に対

して消費者が疑問を持つようになるだろう。次章で触れるがセブンプレミアムにおいては、

キューピーマヨネーズの隣にキューピーが供給を行うマヨネーズが陳列されており、その

価格差は 20 円程度だ。この場合、消費者の一部が NB から PB に乗り換えることは十分に

考えられるだろう。この状況に関して消費者に納得のいく説明が可能であれば乗り換えを

止めることができるだろうがそれもまた難しい。というのも、単に PB の品質が劣っている

と説明することは企業イメージのダウンにつながるからだ。そのため特に日本での過当競

争ともいわれる市場で勝ち抜いてきたブランドを持つNBメーカーにとってPBの供給を行

うことは非常に困難なブランドマネジメントを必要とする。販路に関しても、NB 製品の場

合には販路は限定されないが、PB 製品として販売を行う場合にはその供給先での販売に限

定される。このことは販路が限定されることにとどまらず、PB 供給を行わない小売との関

係も悪化させる懸念がある。こういった事情により PB 供給を行うメーカーは大手メーカー

よりも中小メーカーの方が向いていると考えられる。流通企業側の話と総合して考えると、

大手小売りが中小メーカーに製造を行わせる、ということがこれまでの PB の主流なモデル

であった。事実、過去の PB ブームにおいては大手流通企業(ダイエーや西友など)が海外

メーカー、中小メーカーに製造を行わせており、大手メーカーが長期的に PB として供給を

行っている例は少ない。ところが 2007 年 8 月セブンプレミアムの登場によりこの状況が一

変する。

2. セブンプレミアムの登場

7

2.1 セブンプレミアム概要

セブンプレミアムは 2007年の 5月に販売が開始されたセブン&アイシリーズのプライベ

ートブランドである。食品と住居アイテムのカテゴリーを中心に展開している。開始初年

度のアイテム数は 380 品目であり、売上額は 800 億円であった。2010 年 5 月には、アイテ

ム数は 1100 品目に拡大され売上額も 3200 億円まで増加し1、PB として順調に拡大を続け

ている。ブランドのポジショニングとしては、「NB 商品以上の品質かつ低価格の実現」を

目指しており価格帯としてはトップバリュなど他の多くの PB が NB 製品の 6~7 割程度の

価格設定を行っているのに対して、NB 製品の 8 割程度の価格とやや高めの価格設定を行っ

ている。販路としてはセブン&アイグループに属するコンビニエンスストアであるセブンイ

レブン、総合スーパーであるヨークベニマル・イトーヨーカ堂のほか、セブンネットショ

ッピングにおいて通信販売を行っている。他の PB と比較すると、特筆すべき特徴として①

PB 供給元が大手メーカーであること②製造元にメーカー名が記載されていること、の 2 点

がある。以上が本論文で研究事例とするセブンプレミアムの概略である。

2.2 セブンプレミアムの誕生まで

2010 年 11 月 25 日に 7&i グループ MD 改革プロジェクトリーダーの野地様から伺った

話を参考にセブンプレミアムが現在のポジショニング、特に「大手メーカーとの提携」に

踏み切った要因についてまとめる。これにより、セブン&アイ側の PB に関わる事情を明ら

かにする。

セブンプレミアムの開発を行ったグループ MD 改革プロジェクトは 2006 年 11 月に事業

会社各社から集まった 7 名によって開始された。プロジェクトの目標としてはイトーヨー

カドーでの PB 展開の失敗、並びに業界他社の PB 展開の失敗の理由を明らかにすることか

らセブン&アイグループにおける新たな PB の構築を行うことだった。プロジェクトはまず

外国(イギリスなど)と比較して日本における PB シェアが低いことに注目し、その理由を

企業の育ち方の違いとした。(日本4%海外 30~40%)PB シェアの高いイギリスなどでは、

強いブランド力を持つ NB が育っていなかった一方で、日本では過当ともいえる競争下で

多くのメーカーが育っていた。この結果から、海外 PB のように価格を追求するのでは品質

の高い製品に触れてきた日本の消費者には受け入れられないと判断し方針の転換を決定し

た。この際に行った顧客の意識調査の結果から、品質面の保障、すなわち大手メーカーに

よる PB 供給および製造元の明記が日本の消費者に受け入れられる訴求面だとプロジェク

トは考え、トップメーカーとの提携を目指してセブンプレミアムのコンセプト作りを行っ

た。

1『 セブン&アイコーポレートアウトライン 2010』

8

以上がセブン&アイがトップメーカーによる PB 供給というこれまでになかった PB 展開

を目指した理由である。

3.操業度における分析

上位の企業にとっても、不況期には PB を利用することが考えられ、これまでのブームにお

いて大手メーカーが PB 供給を行ってきたのはこの理由によるものと説明されてきた。そこ

で操業度の面からセブンプレミアムに供給を行っている、業界一位企業であるキューピー

と日本ハムの検証をしてみる。PB 供給をメーカーが行うようになる要因としてまず、原材

料価格の高騰による NB 製品の値上げによる顧客の消費意欲の低下や不景気により消費額

が減り NB の売り上げが低下することがある。

稼働率の低下したメーカーはラインの稼働率を安定させるために遊休設備を利用して自

社以外の製品である PB の生産を行い、製品当たり固定費の低下を図る。言いかえると経営

状況、特に売り上げの悪化したメーカーがラインの稼働率を安定させる事を目的に PB 供給

に踏み切るということである。しかし、不況や原材料価格高騰など外部要因によるものが

大きいため、PB 供給に参入するきっかけにはなるが環境の改善、この場合原料価格の安定

や景気の回復により経営状況が改善したメーカーは PB 供給から撤退を行う。過去の PB ブ

ームでは、この理由により PB 供給から撤退するメーカーが多く短期的なブームに終わる理

由となっていた。前述したインタビューによると今回の PB ブームにおいても、リーマンシ

ョックや原材料価格高騰の影響が薄れてきた現在、メーカーが PB 供給を行わなくなるケー

スが目立ってきたようである。このように短期的な PB 供給になりがちではあるが、PB 供

給を行うようになる主要なきっかけである不況による経営状況の悪化がどのように各社に

影響を与えているかを検証する。

まずキューピー(マヨネーズ・ドレッシング・パスタソースを供給)の経営状況を概観

する。キューピーは 2007 年 5 月のセブンプレミアム開始時からカロリーハーフのドレッシ

ングの供給を行っている。PB 供給を行っている調味料・加工食品セグメントの売上高の推

移をまとめると図表 1 のようになる。PB 供給を行い始める 2007 年度まで微増を続け以降

はほぼ横ばいとなっている。また、2007 年 2 月の有価証券報告書に記載されている調味料・

加工食品に関する報告には、「「ハーフ」やカジュアルヘルスケアなどの健康訴求タイプの

商品など…の売り上げが拡大」となっている。その一方でセブンプレミアムに対する主要

な供給品目はカロリーハーフマヨネーズおよびカロリーハーフドレッシングとなっており、

このジャンルの製品がキューピーの NB 製品の不調から供給されるようになったとは考え

にくい。続いて日本ハムの経営状況を検証する。日本ハムはセブンプレミアムに対しハム・

ウインナーや肉まん、ハンバーグなどを提供している。特にハム・ウインナーは同社の主

力製品であり業界内でのシェアも一位である。これらの製品が属しているハム・ウインナ

ーセグメント、加工食品セグメントを見ると図表 2・3 のようになり、どちらも横ばいから

9

増加傾向を続けている。有価証券報告書を読むと 2007~2009 年にかけて消費の低迷および

原材料価格高騰に伴う価格改定の影響を受け、苦境に立たされているという記載があるが、

「シャウエッセン」などの NB 製品の販売拡大によりハム・ソーセージおよび加工食品セ

グメントの売上は微増となっている。これらの記述から主力製品であるハム・ウインナー

の売上は堅調であることが伺える。キューピー同様に単純な操業度の低下から主力ジャン

ルである同カテゴリーの製品をセブンプレミアムに供給しているわけでないことが判断で

きる。業績報告から、キューピー・日本ハムともに 2007 年半ばからの不況による消費低迷・

原材料価格高騰による商品の値上げなど NB 製品不振につながる要因の影響は受けていた

ようであるが、キューピーにおけるマヨネーズやドレッシングなどの調味料、日本ハムに

おけるハム・ソーセージなどシェア 1 位を確立している主要部門においては影響を小さく

抑えることに成功していたことが明らかになった。それに加え、キューピーは 2007 年から

4 年間、日本ハムは 2008 年から 3 年間供給を行いアイテム数も拡大していることから短期

的な要因である操業度上昇要因とは別の要因が働いていることも伺える。

次に各社に共通の事情である景気の側面、国民の消費額の面から考察してみる。四半期

ごとのデータを見てみると22008 年1Q から 2009 年1Q にかけて低下していた GDP は

2009 年2Q から回復し 2011 年現在も上昇を続けている。消費者物価指数も 2007 年から

2008 年の原料価格高騰による上昇が落ち着きを見せている。各社この環境に対し 2009 年

度の財務諸表で経営環境が改善されたと記述しているが、セブンプレミアムへの供給を取

りやめているトップメーカーはなく2010年にはハウス食品が新たに供給に参入するなどか

えって拡大している。以上のことから単純に不況への対抗策やそれにともなう操業度低下

をカバーするためにトップメーカーも PB 供給に踏み切らざるを得なくなったとするのは

強引であると考えられる。サブプライム問題をきっかけとする不況や原材料価格の高騰は

今回の PB ブームのきっかけであることは確かだが、その影響を受けながらも売上を維持で

きたカテゴリーの製品を供給していること、景気が回復し始めている 2010 年以降も供給を

続けているメーカーがほとんどであることから少なくともトップメーカーが供給を続ける

他の要因が存在するという考えをこの章の結論とする。

第Ⅲ章 仮説提示

1.問題提起

以上のように、操業度の面だけではトップメーカーが PB 供給を始める理由にはなるが供給

を拡大していく要因としては不十分である。この事実から、トップメーカーにとって PB 供

2 図表4参照

10

給を続ける理由は操業度の向上以外にメリットが存在する可能性が高いと考えられる。つ

まり、PB 供給のもたらすブランドイメージの低下などが上位企業ほどデメリットの大きい

特徴であることを考えると、トップメーカーが参加する背景には上位企業ほど恩恵を受け

られるメリットが存在し、デメリットの増加を相殺している可能性があるということだ。

そこで PB の持つ「流通企業との共同開発」「PB シェアの増加による NB スペースの縮

小」という 2 つの側面が業界内のトップメーカーに有利に働く可能性に注目して、PB のメ

リットに関して二つの仮説を示す。店頭で現在起きている動きとセブンプレミアムでこれ

まで行われてきたことから構築した、「新製品実験の場としての PB」「一位企業のシェア拡

大のための PB」という仮説を以下で説明する。

2.新製品実験の場としての PB

トップメーカーが PB に供給を行うようになった要因として PB の持つ「新製品開発・販

売・評価の場として適している」という側面を提示したい。仮説で「実験」という言葉を

用いたが、この開発→販売→評価の各段階すべてに PB の持つ特性が関わっていることから

この 3 段階を総称する言葉として「実験」という言葉を用いた。

仮説を説明する。まず食品市場の動向として、トップメーカーの製品でも新製品に関し

ては店頭に並べられない、販売されないというリスクを抱えている。特に少子高齢化が進

み、市場が成熟化している現在の日本市場では新製品によって需要を新たに開拓しなけれ

ばならない一方で、消費が伸び悩んでいることからその新製品が目標を達成できないリス

クが成長期の市場に比べ高まっている。つまり、新製品を出す必要性が高まった一方でそ

の新製品で収益を上げづらい状況になっているということだ。開発面・販売面にメーカー

の課題がある。この課題は中小メーカー、トップメーカーを問わず存在していると考えら

れる。そこで PB の持つ特性を活かすことでメーカーの問題解決を行うことができ、セブン

プレミアムはその特性を活かす戦略を実行することでトップメーカーとの提携を続けるこ

とを可能にした、という仮説を本章で提示する。

まず新製品の開発段階において PB の持つ特性がどのように機能するかを議論するため

にセブン&アイの開発に関して説明を行う。セブン&アイの PB の開発は食品部会 19 部会・

26 チーム・90 名 住居部会 4 部会・12 チーム・43 名体制で行われている。3特徴としては

仕入れから販売までグループ共同で行うグループ MD とチーム MD が挙げられる。セブン

プレミアムのグループ MD の強みは仕入や販売を共同で行うだけのグループ MD にとどま

らず、各商品カテゴリーの開発も も能力のある事業会社を開発リーダーとして開発も共

同で行うことにある。そのためセブンイレブン(コンビニ)・ヨークベニマル(食品スーパ

3 『 セブン&アイコーポレートアウトライン 2010』による

11

ー)のように幅広い顧客データをもとに開発を行えることが可能になる。チーム MD とは

セブン&アイと取引先でチームを組み開発を行う開発体制である。組織としては、グループ

MD 改革プロジェクトがセブンプレミアム全体の管理の役割を担い、その下のグループ MD

会議においてコンセプト決定・情報共有を行う。そこから商品部会において容器メーカー・

製造メーカー・原材料メーカーと連携を取りながら商品化を行う。開発フローとしては『「各

開発チーム毎にマーケット調査」→「商品コンセプトと目標品質の決定」→「開発チーム

の組織化(原料/技術力の調査」→「専任 QC による品質チェック及びデータ化」→「グ

ループ各社の店舗で販売」』というプロセスを経て販売が行われる。

では PB として開発することがメーカーにどのようなメリットをもたらすのか。

PB として開発を行うことで、流通企業の持つ小売販売情報が製品開発に役立つと考えら

れる。本論では、情報の粘着性仮説を前提とした流通企業起点のイノベーションに関する

先行研究を用いて、PB として開発することの有用性を説明する。

イノベーションの源泉に関する研究はこれまでさまざまな形で議論されてきた。その議

論の中で 70 年代、イノベーションの担い手がメーカーであるという前提に疑問を投げかけ

る研究が登場してきた。その中でも VonHippel はイノベーション過程でユーザーが重要な

役割を演じることおよび、ユーザーがどのような条件のもと、イノベーション過程で主要

な役割を演じるかを明らかにした。製品開発におけるイノベーションを問題解決と捉える

と、問題解決のためには必要となる情報と問題解決能力が結合されなければならない。そ

の一方でこれらの情報が別の場所に存在する場合、その情報を元の場所から別の場所に移

転し、利用するためにはコストがかかる。このような前提の下で VonHippel はイノベーシ

ョン関連の情報を移転し、利用するコストがイノベーションの発生場所を説明すると主張

する。この情報移転のコストに関して VonHippel は情報の「粘着性」という言葉を使い、

この「粘着性」を『ある所与の場合の、所与の単位の情報の「粘着性」とは逓増的な費用

であり、当該情報の所与の受け手が、その単位の情報を使用可能な形で特定の場所へ移転

するのに必要とされる費用である』と定義している。

コストがかかる理由について VonHippel は 3 つの理由を挙げている。第 1 は情報そのも

のの性質であり、第 2 は情報の送り手と受け手に関する属性であり、第 3 番目は移転され

なければならない情報の量である。情報そのものの性質とは情報には暗黙知的なものが多

く含まれているということであり、この情報に関する移転の困難性が多くの研究で説明さ

れている。第 2 の理由については、情報の送り手と受け手の事前に持っている知識の違い

から移転された情報の利用価値が変わってくるということである。第 3 の理由は、イノベ

ーションには大量の情報を必要とすることがあり、情報量の面から移転を困難とするとい

うものである。ここで新製品は技術情報やニーズ情報といった 2 つ以上の種類の情報を結

合することによって生まれる。そして、これらの情報は物理的に異なる場所で生成・存在

し、しかもそれらの粘着性が高い場合も存在する。新製品を開発するイノベーターはニー

12

ズ情報・技術情報を必要とするが、ニーズ情報はユーザーが抱く要望が中心であり、技術

情報は通常メーカーが蓄積している。この時、ニーズ情報のユーザーへの移転か技術情報

のユーザーへの移転、もしくは両方の動きが必要になる。情報の粘着性仮説によると、技

術情報の粘着性が低く、ユーザーニーズ情報の粘着性が高い場合にはメーカーがユーザー

ニーズ情報を利用するよりもユーザーが技術情報を利用し、ユーザーニーズを解決する方

が容易なためイノベーションはユーザー起点で発生する。また、両方の粘着性が高い場合

にはメーカーが技術関連の問題を解決し、ユーザーがニーズ関連の問題を解決する。

この情報粘着性仮説を実証し、さらに拡大した研究として小川進(2000)4がある。情報

の粘着性仮説は潜在的イノベーターとしてメーカーとユーザーを規定していた。一方で産

業財の場合と異なり消費財における市場取引では、メーカーとユーザーの間に流通企業が

介在するのが一般的である。そしてその流通企業が製品イノベーションに貢献している実

態が存在している。つまり、メーカーとユーザーに加えて、財の仕入れ・再販売を利益の

源泉とする流通企業が潜在的イノベーターとして登場してきている。小川は、この現象に

対しても情報の粘着性仮説が説明力を持ちうるかどうかに疑問を抱きその検証を行ってい

る。彼は、セブンイレブンの行ったいくつかの共同開発製品の事例分析から、大手流通企

業が小売販売情報関連の製品イノベーションの起点となっている原因を流通企業の活動場

所において発生する小売販売情報の粘着性が他者にとって高いからだとしている。小売販

売情報の粘着性が高いとされる理由は3つある。

第一に、メーカーは顧客層に関する情報や購買時間に関する小売販売情報を通常生成で

きない。メーカーが所有しているのは自社製品の出荷レベルでの販売データであり、この

データではその製品を誰がいつ購買しているかわからない。また競合他社の製品に関する

販売情報を知ることもできない。この意味でこれらの情報が新製品開発に貢献するとして

もメーカーは情報を得にくい条件にある。第二にメーカーが入手できる小売販売情報の不

十分さがある。これは流通企業の考えと独立した形でデータをメーカーに供給することは

ほとんどないというものである。つまり製品開発において流通企業は自社の考えを支持す

るデータを提供するだろうが、その考えを超えたもの、流通企業が関係ないと考えるよう

な生データに関しては提供されない。加えて、メーカーにはリアルタイムで情報が提供さ

れているわけではない。そのため流通企業のような市場の状況に敏感に反応することは難

しい。第三は小売販売情報の解釈困難性である。これはつまり、小売販売情報の複雑性か

らその意味を解釈するためには流通企業の内部者としての知識を必要とすることだ。大手

流通企業において膨大な量の小売販売情報が存在するうえに、そのデータに対してもさま

ざまな見方が存在する。また、これらの情報を製品開発に結び付けるには、情報の組み合

わせ方についての知識も持っていなければならない。同様の理由として同じデータを与え

られてもその背景にある事実を理解できるかもメーカーと流通企業で開きがある。これら

の理由から、小売販売情報は粘着性が高いとされる。以上まとめると、小売販売情報が重

4 小川進『イノベーションの発生論理』千倉書房 2000 年

13

要な製品開発を行う場合その粘着性の高さから、小売販売情報が生成される現場である流

通企業においてイノベーションが発生する。

この研究はメーカーとの共同開発製品の事例を研究したものであるため、PB が共同開発

の側面を持っていることを考えると PB にもこの論理が適用できる。むしろ PB の方が流通

企業の信用に直結するため、流通企業がより開発に力を入れると考えられることから流通

企業起点のイノベーションが活性化する可能性が高い。セブンプレミアムにおけるセブン&

アイ起点の製品開発の成功例としては、キューピーと共同開発したドレッシングがある。

この商品は、消費者の健康志向・低カロリー志向という情報を得たセブン&アイ側がキュー

ピーに対し、「単なる低カロリーではなくカロリー50%のドレッシングの開発」というコン

セプト設定を行った結果誕生した商品である。

販売段階において PB の特性はどのように役立つか。ここでメーカーは PB として新製品

を出すことで製品が店頭に並ばないリスクを低下させることができる。一般に新製品をメ

ーカーが販売する場合、店頭に並ぶまでに小売店や卸売りのバイヤーに店頭に並べられる

かどうかの判断が行われる。この点、PB の特徴において触れたように PB は基本的にメー

カーが製造した分をすべて小売が買い取る契約になっているため、製造した新製品はあら

かじめ店頭に並ぶことが約束される。それに加え、小売にとって PB は利益率の高さ・差別

化に役立つことから販売を積極的に拡大しようとするインセンティブが働く。次節で詳し

く説明するが、イトーヨーカドーにおいて PB は顧客の目に留まりやすいゴールデンライン

5上に陳列されていることが多い。この PB としての陳列をうまく利用し、売上を大きく伸

ばした例としてサンヨー食品の供給する「セブンプレミアムシーフードヌードル」が挙げ

られる。サンヨー食品は即席麺においてシェア 12.3%の業界 3 番手6である。この企業は興

味深いことに、NB においてはほとんどシーフードヌードルの生産を行っていない。NB 製

品としての販売は子供向けの製品である「ポケモンヌードルシーフード」に限られている。

一方で、シーフードヌードルという製品に関してはシェア 40%を誇る日清からカップヌ

ードルが販売されている。通常のスーパーの陳列では、業界 3 位の企業の後発商品が有利

な陳列棚を確保することはない。ところがセブンプレミアムにおいては、店内のカップ麺

販売棚の も目につきやすい場所をサンヨー水産の「しょうゆヌードル」「シーフードヌー

ドル」が占めている。この例から、セブン&アイがプライベートブランドを優先して販売し

ようという姿勢が明らかに伺える。価格や品質による要因も当然あるだろうが、この陳列

の優位を生かし「シーフードヌードル」は認知度を上げセブン&アイのセブンネットショッ

ピングにおいて即席麺での売上 1 位を維持している。メーカーは PB として製品を販売する

5 ゴールデンラインとは流通用語で一般に陳列棚の 90 センチから 120 センチの高さや加工

食品や野菜の棚における下部の L 字型の部分など顧客の目に留まりやすい部分を指す。 6 『日経産業新聞』2010 年 8 月 16 日号

14

ことで、あらかじめ店頭で販売される保証を得ることが出来、有利な棚を確保することが

可能になる。店頭での陳列のほか、セブンプレミアムにおいては TVCM も行っている。特

に、セブンプレミアムゴールドに関する CM は頻繁に放送されており(2011 年 1 月現在)

内容も NB 製品の CM に近い(日本ハムの供給しているハンバーグを子供が食べる内容)

これもメーカーにとってはメリットが大きい。

製品の評価と見直しに関してもメリットが存在する。この理由も開発と同様、流通企業

が持つ情報、特に製品に対する消費者の意見をメーカーが NB に比べ得やすいことにある。

セブンプレミアムは PB が持つこのメリットを活かせる体制を構築している。前述したよ

うにセブンプレミアム立ち上げの際に、グループ MD 改革プロジェクトではこれまでの PB

の敗因に関して議論を行った。その時に出た原因として、PB のリニューアルの少なさと遅

さが挙げられた。頻繁に新製品の登場や商品のリニューアルが行われる日本の市場におい

て、PB 製品は投入後ほとんど手を加えられないことがほとんどであった。消費者の求める

ものと製品が乖離し続け過去の PB は失敗したという意見である。この反省からセブンプレ

ミアムはまず品目数の制限を行い、PB 製品のリニューアルを NB 製品同様に行うことを目

指しているという。現在セブンプレミアムの品目数は 1100 種類である。企業の規模から考

えると西友のグレートバリュー2000 品目、イオンのトップバリュ 5000 品目に比べると少

ない。インタビューで伺った話によると、リニューアルの効率を考えるとこれからも大幅

に増やすことはないという。メーカーにとっては供給した製品の見直しに力を入れている

流通企業の方が品質を担保する観点からありがたい。

リニューアルの手段としてセブン&アイはセブンプレミアム向上委員会というコミュニ

ティサイトを運営している。同サイトは 2009 年 10 月にスタートし、現在7は会員数が 14587

人となっている。サイトの内容としては商品のレビューに加え、試食会やアンケートなど

リニューアルのための情報を得る仕組みが多岐にわたって構築されている。ここでいった

ん話を開発に戻すが、このコミュニティサイトの目的は、消費者の声を直接拾い上げてリ

ニューアルに活かすことに加え、消費者を開発に参加させることにある。具体的には、「一

緒に作るプロジェクト」という項目がサイト内にありアンケートや試食という立場で消費

者を開発に参加させている。2010 年 1 月には第一弾として、「ひとくちポテトコロッケ」

の販売を開始し、生産が追いつかないほどの売れ行きを見せた。小売販売情報以上にユー

ザーニーズに密接に関わる消費者の声は製品開発において重要である。製造を国内冷凍食

品シェア 2 位のマルハニチロ食品が行っていることからも、上位メーカーにとっても自社

のNBとして出すよりもPBとして開発を行い消費者の意見を吸い上げることが重要である

ことが分かる。

7 2011 年 1 月現在

15

本章ではセブンプレミアムにおいて「PB を通じてメーカーは開発と見直しの段階で流通

企業からユーザーニーズに関わる情報を得て、製品開発に活かす。それによって開発され

た製品をあらかじめ確保された有利な棚で販売する。」というプロセスが構築されているこ

とをトップメーカーが参加している事例を示しながら明らかにした。開発の事例としてキ

ューピーのドレッシングについて触れたが、キューピーはこの PB の発売後自社 NB である

「キラキラ元気&」シリーズにおいてカロリーハーフを銘打ったドレッシングを展開して

いる。この事例にみられる、PB として新規性のある製品に挑戦し次いでそれを自社 NB に

活かすという流れは今後 NB メーカーがリスクを下げつつユーザーニーズを取り入れた新

製品開発の形として典型なものである。PB の持つ「新製品にチャレンジしやすい」という

側面は、これまでの「低価格を追求した NB ブランドの劣化品」というイメージに隠れて

あまり注目されていないが、このメリットはトップメーカー、中小メーカー問わず必要と

されている。一般に上位メーカーほど技術力が高く、ユーザーニーズに対する問題解決の

幅が広いことから、中小メーカーよりも上位メーカーの方が流通との提携を活かせるとも

いえるだろう。問題解決の PB の持つ「流通とメーカーの共同開発という側面」が、トップ

メーカーが PB 供給を行い続ける誘因と考えられ、その側面を活かすコンセプト・システム

を構築したセブンプレミアムにトップメーカーが供給を行っているのが現在の状況である

と考えられる。

3.シェア拡大のための PB

共同開発体制を利用した新商品開発という面から上位メーカーが PB 供給を行う理由を

説明してきた。とはいえ、PB には新商品とは言えない「普通の」商品も多く存在する。自

社でそれまでに出してきた NB と競合を起こしやすい分野だ。ここに関しても日本ハムは

「ウインナー」「ハム」、ハウス食品は「レトルトカレー」「カレールウ」と自社の も強い

カテゴリーの製品を供給している。その他業界上位のメーカーが多数、自社の得意とする

カテゴリーで商品を供給している。この動きに対する一般的な説明は NB メーカーも PB を

利用したシェア争いに踏み切り始めた、というものである。PB 商品全体の NB 商品に対す

る売上高の割合が増加したため、PB を無視できなくなったというものである。具体的には

2 位 3 位の企業も業界1位企業からシェアを奪うために、PB を出す。それに対抗するため

1 位企業も PB シェアが高まるにつれ PB 供給に参加するというものである。この説明では

業界下位企業から PB 供給を始め、一位企業にとっては参加する誘因が小さいという説明が

主であった。そのため新聞等でも業界一番手すら PB 供給に参加、とうとうハウス食品も

PB 供給に参加、といった論調が目立つ。

しかし、私は一位企業こそシェア確保のための PB 供給を行う価値があるという仮説を提

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示したい。一位企業が PB 供給を行うことに対して否定的な議論がなされてきたのは、ブラ

ンドの価値を損ねることと、自社の NB 製品とカニバリゼーションを起こすリスクが上位

企業、すなわち強いブランドを持つ NB 製品を製造している企業ほど高くなるという理由

だ。確かにこれらのリスクは存在する。しかし私が、一位企業が PB を供給する価値がある

と主張するのは、店内での陳列の観点から考えると 1 位企業が PB 製品を出した場合、その

PB 製品が奪うシェアは自社 NB 製品からではなく、その多くが 2 位や 3 位の企業の NB 製

品である可能性の方が高いと考えられるからだ。このことを示すのが図表5だ。図5は 2011

年 1 月 3 日のイトーヨーカドー大船店のウインナーの陳列棚の様子である。割合の上でも

PB が棚の多くを占めている上、そのほとんどが L 字型のゴールデンライン上に陳列されて

いる。ここで特徴的なことは、PB スペースの拡大により縮小されているスペースのほとん

どが 2 位以下の企業の NB 製品であることだ。シェアの上では 1 位が日本ハムで 21.4%、2

位が伊藤ハムで 19.2%、3 位が丸大食品で 16.8%となっているが、陳列におけるシェアで

は 2 位以下の企業の製品が非常に小さく、NB 製品だけで見ると日本ハムが9割を占めてい

ることが分かる。また、日経流通新聞で 2008 年 10 月 10 日「NB が消えた」という見出し

の記事が掲載された。この記事の内容はイトーヨーカドー・西友・ジャスコの大手スーパ

ー3 社の都内店舗にて 7 月から 10 月まで加工食品の陳列状況について調査した結果を示し

たものだ。調査の目的は流通企業が PB を導入することによって、陳列棚がどのように変化

するかを調べることにある。調査結果である図表6を見るとイトーヨーカ堂、西友ともに

PB 導入後に大きくシェアを減らしているのは下位企業である。現在のイトーヨーカ堂の陳

列も合わせて考えると、流通企業は NB 製品の陳列スペースを縮小する場合下位企業から

スペースを縮小していくことが分かる。スペースが限られている場合には、より集客力の

ある製品を優先して陳列することは、流通企業として当然の判断である。ここで断わって

おくが、日本ハム、伊藤ハムともにウインナーの PB 供給に参加しており店舗によって製造

を分担しているため、提携関係から日本ハムが優遇されているという事実はなく競争地位

による結果であると考えられる。

セブン&アイの場合、2 位以下の NB 商品が棚から消える可能性がより高い。その理由と

して言えるのは、セブンプレミアムを販売する場としてコンビニに力を入れていることだ。

2009 年時点では、約 800 種類のアイテムがセブンプレミアムに存在しているが、そのうち

セブンイレブンでの販売は 190 種類である。にもかかわらずセブンプレミアムに関する売

上の半分はコンビニで上げられている。店内が狭いことと、コンビニという形態上扱う品

ぞろえが少ないこともあり、セブンイレブン店内の陳列棚における PB の割合はイトーヨー

カドーなどに比べ圧倒的に高い。つまり NB の棚が非常に狭いということだ。そのため NB

製品は 1 位企業の製品のみということが起こっている。調査したところ、ハムでは日本ハ

ム、レトルトカレーではハウス食品の製品しか置かれていなかった。PB の導入により、ス

ーパーのようにスペースが狭くなっただけにとどまらず、2 位以下の棚がなくなったわけだ。

以上、2 位 3 位企業の NB 製品ですら陳列棚から消えていることを示したが、これは逆に

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言うと、1 位の NB 製品は棚から消すわけにはいかないということも表している。PB の導

入を進める際に流通企業は品揃えとのバランスを考えなければならない。そのため、現状

において店内が PB のみになるということはまずないだろう。セブン&アイに関しては、セ

ブンプレミアムの製品の隣にはそのカテゴリーの代表的な商品を置くという方針を取って

おり図 5 からもその事が分かる。以上の事例から PB の導入により棚が狭くなる、さらには

店内に並ばなくなるのは下位企業からであり、それには 2 位企業も含まれることが分かっ

た。

上記の状況に加えて、1 位企業の陳列棚が削減されるケースも考えなければならない。陳

列から消えることはなくとも、PB シェアの増加に伴い 1 位企業の陳列スペースが狭くなる

ことも十分考えられるからだ。実際に縮小幅は狭いものの、1 位企業の製品スペースが削減

されている事例もある。しかし、陳列棚が 2 位以下の企業と同様に狭くなったとしても 1

位企業の NB 製品の売り上げは 2 位以下の企業の製品に比べ低下しにくい。

このことを示すため、フェイス数の変化に対するリーダーブランド(1 位製品)とノン・

リーダーブランド(2 位製品)の売上の変化を比較した研究を説明する。早稲田大学マーケ

ティング・コミュニケーション研究所において行われた共同研究(2009)8において、2 つ

の仮説が証明されている。①「リーダーブランドにおいて、フェイス数を変化させた場合

の売上反応関数は逓減型モデルになる」②「ノン・リーダーブランドにおいてフェイス数

を変化させた場合の売上反応関数は S 字型モデルになる」というものである。これは製品

の競争地位におけるアテンション効果とシグナリング効果のあらわれ方の違いが理由であ

る。アテンション効果とは特定の刺激に対して瞬間的に情報処理能力を集中させる効果の

ことを意味している(Greewald and Leavitt 1984)。より大きなスペース(フェイス数の

増加)で視覚効果を与えることにより顧客の注意を引くことができるというものだ。シグ

ナリング効果は、簡潔に言うと広いスペースを与えられている製品に対して消費者は「よ

く売れている」「お買い得」というイメージを抱くというものである。アテンション効果は、

広告に関する先行研究によると人は自分の関心のある刺激により多くのアテンションを示

すことが明らかになっていることからノン・リーダーブランドよりリーダーブランドに大

きく表れる。よってリーダーブランドでは、効果が早く表れるアテンション効果によって

反応関数は逓増型になる。一方でノン・リーダーブランドではリーダー・ブランドに比べ

るとアテンション効果が小さいため、フェイス数が増加しシグナリング効果と併合した時

点で消費者の購買が行われるため売上関数反応は S 字型になる。このモデルを前提とする

と、PB 導入によりフェイス数が 1 位製品と 2 位製品で同様に減少した場合 1 位企業が売り

上げに受ける影響は他社製品に比べると低く、NB 製品内でのシェアは上昇する。

業界内第一位のブランド力をもつ NB 製品は、流通企業としてもフェイス数を減らしに

くく減らされたとしても他社 NB よりもフェイス数削減の影響が小さい。以上の点から本

8 恩蔵直人 井上淳子 須永努 安藤和代『顧客接点のマーケティング』千倉書房 2009年

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論では PB シェア向上に伴う NB スペースの削減は、シェア争いにおいて業界一位企業に有

利に働く可能性を指摘する。供給を行うメーカーの戦略で考えると、二位以下の企業は PB

供給を行うことで自社 NB スペースの削減、ひいては自社 NB ブランドの売上低下という

ジレンマを招く可能性があるが、一位企業においては自社が PB を供給することで NB スペ

ース全体を縮小させ、NB におけるシェアも拡大させるという戦略をとることができる可能

性を言える。

第Ⅳ章 考察

1.結論と本論文の意義

本論では業界上位メーカー、特に業界一位企業がなぜ PB 供給を行うのかということを明

らかにするために PB の持つ「流通企業との共同開発」「PB シェアの増加による NB スペ

ースの縮小」という側面に注目して二つの仮説を説明してきた。前者の側面は、製品開発

を技術情報とユーザーニーズの二種類の情報を持つ問題解決と捉えた場合、同じユーザー

ニーズに関する情報を与えられたとしても技術情報を多く蓄積している上位メーカーの方

がその利用価値が高いと考えられる。また、流通企業側も技術力のあるメーカーとの提携

を望む可能性が高いだろう。後者に関しては前述したように、上位の NB 製品とりわけリ

ーダーブランドほど、スペースを縮小されにくい点と縮小された場合に売上への影響が表

れにくいことから上位企業にとって有利な側面であるといえる。このように二つの仮説は

上位企業ほど、とりわけ業界一位企業に PB の利用価値があることを示す。この点に本論の

意義があると考えている。これまで PB は競争地位が高いほどにメリットが低下するという

説明がなされてきたが、本仮説により PB には逆に上位企業(技術力があり、強い NB を持

つ企業)ほど活用できる特性があることが示された。これにより競争地位に応じた PB の特

性を複数の要素から分析することが可能になる。イメージとして、例えば縦軸を PB 供給の

効用、横軸を競争地位としたグラフを考えると、これまでの説明では業界順位 3 位辺りか

ら急激に低下する右肩下がりの曲線といえるだろう。業界下位の企業ほど販路確保や操業

度上昇のメリットが大きく、ある程度上位の企業からブランド価値低下リスクが高まるか

らだ。そのためトップメーカーは PB 供給を行うべきでないとされてきた。しかし、上位企

業ほど技術力があり問題解決の幅が広いと考えると、共同開発の効用は右肩上がりとなり、

シェア争いのツールとしての PB の効果は上位企業、とりわけ一位企業で急上昇すると考え

られる。これにより、競争地位の観点から PB 供給を行う場合の効用について説明すること

も可能になるのではないか。実務面におけるインプリケーションとしてはまず流通企業に

とっては、本論において示した PB の側面を活かせるコンセプトを示すことで上位企業との

提携が可能になり、消費者の PB に対する品質面・安全面へのニーズに対して訴求力の高い

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PB への実現に役立つ。一方でこの仮説がメーカーの戦略にどのように影響を与えるかを示

す。例えば仮説によると、比較的弱いブランドの NB 製品しか持たない業界 3 位企業など

は、共同開発の効果が活かしやすい新規性のある商品供給には参加すべきだが、コモディ

ティ化の進んだ商品供給に参加した場合には一位企業と異なり、自社 NB が棚から外され

るリスクが高いことから供給を行うべきではない。このように自社の競争地位からどのよ

うなコンセプトの PB に参加するかを判断する指標になると考えられる。

2.本論文の限界

事例を示すことで仮説が成立する可能性をある程度担保できたと考えられるが、本論の

限界は仮説を定量的に検証することができなかったこと、比較対象が存在しないことにあ

る。前者に関しては、セブンプレミアムが始まったのが 2007 年であり 2010 年に参入した

メーカーもあることから売上などのパフォーマンスの動きを示すことができなかった。ま

たメーカー各社は PB に関するコメントに対して非常に慎重であり、有価証券報告書や株主

向けの説明会などでもPBに言及されることが少なくPBに関わるデータはほとんど公開さ

れていないことから店頭での調査や新聞記事、インタビューから仮説を構築する形に留ま

ってしまった。後者に関してだが、トップメーカーと提携を行い製造元に明記する PB がセ

ブンプレミアム以外には日本においても世界においてもほとんど存在していないことが原

因である。そのため、流通企業の規模や開発体制に関する比較分析を行うことができず、

セブンプレミアムで起こっていることを示した限定的な範囲での仮説に留まっていること

も否めない。とはいえ、PB 研究に関して新たな視点を提供できたとは考えている。今後の

セブンプレミアムの継続及び似た動きを見せる PB が登場することで本仮説を検証するこ

とが可能になると考えている。

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図表

図表1 キューピー 調味料・加工食品売上額推移

『株式会社キューピー有価証券報告書 2004~2009』をもとに筆者作成

図表2日本ハム株式会社 ハム・ウインナー売上額推移

『日本ハム株式会社売上高の品種別内訳』をもとに筆者作成

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図表3 日本ハム株式会社 加工食品売上推移

『日本ハム株式会社売上高の品種別内訳』をもとに筆者作成

図表4 景気指標

『セブン&アイコーポレートアウトライン 2010』より引用

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図表5

イトーヨーカドー大船店陳列棚の様子(2011 年 1 月 3 日)をメーカー別に図式化

※空白はウインナー以外の製品

筆者作成

図表6

日経流通新聞 2008 年 10 月 10 日 001 ページより引用

23

参考文献

小川進,『イノベーションの発生論理』千倉書房 2000 年

小川進,『ディマンドチェーン経営 流通業の新ビジネスモデル』日本経済新聞社 2009 年 恩蔵直人・井上淳子・須永努・安藤和代,『顧客接点のマーケティング』千倉書房 2009 年

日本経済新聞社,『PB「格安・高品質」競争の 前線』 日本経済新聞社 2009 年

大野尚弘,『PB 戦略―その構造とダイナミクス』 千倉書房 2010 年

『日経 MJ 2008 年 10 月 10 日』日本経済新聞社 2008 年

『日経 MJ 2009 年 2 月 16 日』日本経済新聞社 2009 年

為広吉弘,「プライベートブランドに対する消費者の評価について」,『流通情報』 No.480

Vol.41 No.3 p15-21 2009 年 流通経済研究所

鶴見博之,「プライベートブランドのインストアシェア拡大要因」『流通情報』 No.480

Vol.41 No.3 p22-26 2009 年 流通経済研究所

中村博,「PBシェア増加に対するNBの対応戦略」『流通情報』 No.480 Vol.41 No.3 p27-35

2009 年 流通経済研究所

根本重之,「プライベートブランドのリスクに関する検討」『流通情報』 No.480 Vol.41

No.3 p42-54 2009 年 流通経済研究所

中村博,「リーダーの戦略 株式会社ヨークベニマル社長 大高善興氏に聞く―プライベー

トブランドは小売業のプライドブランド―」『流通情報』 No.480 Vol.41 No.3 p55-63

2009 年 流通経済研究所

参考インタビュー

2010 年 11 月 26 日 株式会社ヨークベニマル役員 野地様

参考 URL

7&i www.7andi.com/

キューピー www.kewpie.co.jp/

日本ハム株式会社 www.nipponham.co.jp/

サンヨー食品株式会社 www.sanyofoods.co.jp/

ハウス食品株式会社 www.housefoods.jp/

味の素株式会社 www.ajinomoto.co.jp/

株式会社西友 www.seiyu.co.jp/

イオン www.aeon.info/