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修士論文
横結合型量子ドットにおける電気伝導特性
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻
学生番号 56024
大塚 朋廣
指導教官 勝本 信吾 教授
平成 19年 1月
概 要
本研究は量子ドット複合系における「少数電子量子ドットの位相シフト」と「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つのテーマについて実験的に調べたものである
少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトが多電子量子ドットとは異なった振る舞いをすることが報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究ではT型干渉計においてもこの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べたまずT型干渉計の干渉信号である Fano効果を観測し量子細線のプラトー上においては純粋な
Fano効果を観測できることを確認した次に量子ドット内の電子数を 0個にし少数電子量子ドットを実現することができたまたこれに伴い殻構造を観測したまた閉じ込めポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ高スピン状態が生じうることを観測したまた少数電子状態における Fano効果を調べたところ量子細線のプラトー上で Fano形状が反転する現象が観測されたこれは量子ドットと量子細線の有限の結合幅に起因することがモデル計算により確かめられたFano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系におけるRKKY相互作用の発現は近藤効果と競合し近藤効果を抑制すると考えられているこの近藤効果の抑制を観測した実験が報告されているがその原因としてRKKY相互作用以外に Fano-近藤効果も候補として議論されている本研究ではまず先行研究と同じく2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを追試したまた近藤効果抑制の原因を探るべく量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるかどうかを調べたまず近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた次に対向配置において2つの量子ドット間の結合を強くするとこの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されこれは先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に並列配置においても同様な測定を行ったが明確な信号を得ることができなかったこのため近藤効果の抑制の原因については明確な議論はできず更なる実験が必要である
目 次
第 1章 序論 111 本研究の課題 1
111 少数電子量子ドットの位相シフト 1112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 1
12 研究の背景 1121 量子ドット 1122 量子ドットの位相シフト 4123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難 7124 近藤効果 9125 RKKY相互作用 11
13 本研究の具体的課題 15131 少数電子量子ドットの位相シフト 15132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 16
第 2章 実験手法 1721 試料の作製 17
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系 17212 微細加工 18
22 測定 20221 低温 20222 電気伝導度測定 22
第 3章 少数電子量子ドットの位相シフト 2431 試料 2432 伝導度の量子化の観測 2533 Fano効果の観測 2634 0電子状態への到達 2935 殻構造の観測 3036 プラトー上における Fano形状の変化 3237 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態 3438 結論 37
第 4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 3841 試料 3842 近藤効果の観測 3943 近藤効果の抑制 - 対向配置 - 40
431 弱結合の場合 40432 強結合の場合 41
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 - 43441 弱結合の場合 43
i
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
概 要
本研究は量子ドット複合系における「少数電子量子ドットの位相シフト」と「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つのテーマについて実験的に調べたものである
少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトが多電子量子ドットとは異なった振る舞いをすることが報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究ではT型干渉計においてもこの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べたまずT型干渉計の干渉信号である Fano効果を観測し量子細線のプラトー上においては純粋な
Fano効果を観測できることを確認した次に量子ドット内の電子数を 0個にし少数電子量子ドットを実現することができたまたこれに伴い殻構造を観測したまた閉じ込めポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ高スピン状態が生じうることを観測したまた少数電子状態における Fano効果を調べたところ量子細線のプラトー上で Fano形状が反転する現象が観測されたこれは量子ドットと量子細線の有限の結合幅に起因することがモデル計算により確かめられたFano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系におけるRKKY相互作用の発現は近藤効果と競合し近藤効果を抑制すると考えられているこの近藤効果の抑制を観測した実験が報告されているがその原因としてRKKY相互作用以外に Fano-近藤効果も候補として議論されている本研究ではまず先行研究と同じく2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを追試したまた近藤効果抑制の原因を探るべく量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるかどうかを調べたまず近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた次に対向配置において2つの量子ドット間の結合を強くするとこの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されこれは先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に並列配置においても同様な測定を行ったが明確な信号を得ることができなかったこのため近藤効果の抑制の原因については明確な議論はできず更なる実験が必要である
目 次
第 1章 序論 111 本研究の課題 1
111 少数電子量子ドットの位相シフト 1112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 1
12 研究の背景 1121 量子ドット 1122 量子ドットの位相シフト 4123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難 7124 近藤効果 9125 RKKY相互作用 11
13 本研究の具体的課題 15131 少数電子量子ドットの位相シフト 15132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 16
第 2章 実験手法 1721 試料の作製 17
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系 17212 微細加工 18
22 測定 20221 低温 20222 電気伝導度測定 22
第 3章 少数電子量子ドットの位相シフト 2431 試料 2432 伝導度の量子化の観測 2533 Fano効果の観測 2634 0電子状態への到達 2935 殻構造の観測 3036 プラトー上における Fano形状の変化 3237 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態 3438 結論 37
第 4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 3841 試料 3842 近藤効果の観測 3943 近藤効果の抑制 - 対向配置 - 40
431 弱結合の場合 40432 強結合の場合 41
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 - 43441 弱結合の場合 43
i
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
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第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
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本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
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2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
概 要
本研究は量子ドット複合系における「少数電子量子ドットの位相シフト」と「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つのテーマについて実験的に調べたものである
少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトが多電子量子ドットとは異なった振る舞いをすることが報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究ではT型干渉計においてもこの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べたまずT型干渉計の干渉信号である Fano効果を観測し量子細線のプラトー上においては純粋な
Fano効果を観測できることを確認した次に量子ドット内の電子数を 0個にし少数電子量子ドットを実現することができたまたこれに伴い殻構造を観測したまた閉じ込めポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ高スピン状態が生じうることを観測したまた少数電子状態における Fano効果を調べたところ量子細線のプラトー上で Fano形状が反転する現象が観測されたこれは量子ドットと量子細線の有限の結合幅に起因することがモデル計算により確かめられたFano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系におけるRKKY相互作用の発現は近藤効果と競合し近藤効果を抑制すると考えられているこの近藤効果の抑制を観測した実験が報告されているがその原因としてRKKY相互作用以外に Fano-近藤効果も候補として議論されている本研究ではまず先行研究と同じく2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを追試したまた近藤効果抑制の原因を探るべく量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるかどうかを調べたまず近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた次に対向配置において2つの量子ドット間の結合を強くするとこの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されこれは先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に並列配置においても同様な測定を行ったが明確な信号を得ることができなかったこのため近藤効果の抑制の原因については明確な議論はできず更なる実験が必要である
目 次
第 1章 序論 111 本研究の課題 1
111 少数電子量子ドットの位相シフト 1112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 1
12 研究の背景 1121 量子ドット 1122 量子ドットの位相シフト 4123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難 7124 近藤効果 9125 RKKY相互作用 11
13 本研究の具体的課題 15131 少数電子量子ドットの位相シフト 15132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 16
第 2章 実験手法 1721 試料の作製 17
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系 17212 微細加工 18
22 測定 20221 低温 20222 電気伝導度測定 22
第 3章 少数電子量子ドットの位相シフト 2431 試料 2432 伝導度の量子化の観測 2533 Fano効果の観測 2634 0電子状態への到達 2935 殻構造の観測 3036 プラトー上における Fano形状の変化 3237 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態 3438 結論 37
第 4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 3841 試料 3842 近藤効果の観測 3943 近藤効果の抑制 - 対向配置 - 40
431 弱結合の場合 40432 強結合の場合 41
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 - 43441 弱結合の場合 43
i
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
目 次
第 1章 序論 111 本研究の課題 1
111 少数電子量子ドットの位相シフト 1112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 1
12 研究の背景 1121 量子ドット 1122 量子ドットの位相シフト 4123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難 7124 近藤効果 9125 RKKY相互作用 11
13 本研究の具体的課題 15131 少数電子量子ドットの位相シフト 15132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 16
第 2章 実験手法 1721 試料の作製 17
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系 17212 微細加工 18
22 測定 20221 低温 20222 電気伝導度測定 22
第 3章 少数電子量子ドットの位相シフト 2431 試料 2432 伝導度の量子化の観測 2533 Fano効果の観測 2634 0電子状態への到達 2935 殻構造の観測 3036 プラトー上における Fano形状の変化 3237 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態 3438 結論 37
第 4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 3841 試料 3842 近藤効果の観測 3943 近藤効果の抑制 - 対向配置 - 40
431 弱結合の場合 40432 強結合の場合 41
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 - 43441 弱結合の場合 43
i
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
目 次
第 1章 序論 111 本研究の課題 1
111 少数電子量子ドットの位相シフト 1112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 1
12 研究の背景 1121 量子ドット 1122 量子ドットの位相シフト 4123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難 7124 近藤効果 9125 RKKY相互作用 11
13 本研究の具体的課題 15131 少数電子量子ドットの位相シフト 15132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 16
第 2章 実験手法 1721 試料の作製 17
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系 17212 微細加工 18
22 測定 20221 低温 20222 電気伝導度測定 22
第 3章 少数電子量子ドットの位相シフト 2431 試料 2432 伝導度の量子化の観測 2533 Fano効果の観測 2634 0電子状態への到達 2935 殻構造の観測 3036 プラトー上における Fano形状の変化 3237 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態 3438 結論 37
第 4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用 3841 試料 3842 近藤効果の観測 3943 近藤効果の抑制 - 対向配置 - 40
431 弱結合の場合 40432 強結合の場合 41
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 - 43441 弱結合の場合 43
i
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
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極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
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33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
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がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
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図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
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基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
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となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
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36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
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37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
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第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
442 強結合の場合 4445 結論 45
第 5章 総括 46
付 録A Fanoの式 [25] 48
付 録B 近藤状態の伝導度 [3] 50
付 録C RKKY相互作用 [40] 52C1 局在スピン周りの伝導電子の分極 52C2 間接交換相互作用 53
付 録D Landauer公式 [50] 54D1 バリスティックな伝導体の伝導度 54D2 Landauer公式 55
付 録E Green関数の方法 [50] 57E1 Green関数 57
E11 Green関数 57E12 無限細線のGreen関数 57E13 半無限細線のGreen関数 58
E2 散乱行列とGreen関数 58E3 タイトバインディングモデル 59E4 自己エネルギー 59E5 透過率 60
ii
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
第1章 序論
この章ではまず研究の課題を簡潔に提示する続く節においてその背景および研究を進める上での問題点を説明しその理解の上に立って研究課題を問題点の具体的解決法とともに詳述する
11 本研究の課題
本研究では量子ドットと他の構造を結合させた量子ドット複合系における興味深い 2つのテーマ「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果と RKKY相互作用」について取り扱う
111 少数電子量子ドットの位相シフト
少数電子量子ドットは閉じ込めポテンシャルの対称性による殻構造電子間 Coulomb相互作用を反映したHund則等の多彩な量子現象を示すことが付加エネルギー分光を用いてエネルギー準位を解析することにより明らかとなっている一方その位相シフトに関しても近年AB型干渉計を用いた実験が行われ多電子量子ドットの位相シフトとは異なった振る舞いが少数電子量子ドットにおいて報告されているこの位相シフトは他の系においても確認されるべきものであり本研究では T型干渉計において少数電子の位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べる
112 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
RKKY相互作用は伝導電子を介して局在スピン間に働く相互作用でありスピン操作に応用できる可能性があるため量子ドット系における発現が期待されている一方このRKKY相互作用とある意味で競合する現象が近藤効果であるすなわち近藤効果においてはスピン反転過程が重要でありRKKY相互作用はこのスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると考えられているこのRKKY相互作用による近藤効果の抑制は近年実験が報告されているがRKKY相互作用以外の原因による近藤効果の抑制も指摘されているそこでこれと比較するため本研究では先行研究と異なった試料構造においても近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べる
12 研究の背景
121 量子ドット
電子を微小な空間領域に閉じ込めたデバイス「量子ドット」は特に半導体人工構造を用いたものにおいてはその電子数や閉じ込めポテンシャル形状などの各種パラメータを操作できるため盛んに研究がなされている [1 2]この量子ドットにおける伝導特性を調べる際には図 11(a)のような単電子トランジスタの構造が用いられることが多い量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつなが
1
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
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(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
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(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
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124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
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第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
Vsd
Vg
Cg
CL CR
QD
Co
ndu
cta
nce
Bia
s
N-1 N N+1
Gate Voltage
∆Vg
∆Ee
(a) (b)
図 11 (a) 単電子トランジスタの等価回路量子ドットは静電容量CL CRのトンネル障壁を介して測定リードにつながれまた静電容量 Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のエネルギー準位を操作することができる(b) 量子ドットの Coulomb振動 (上図)ゼロバイアスでのゲート電極電圧に対する伝導度を模式的に示したものN minus 1 N N + 1は量子ドット内の電子数を表している量子ドットのCoulomb ダイアモンド (下図)青色背景をつけた部分が Coulombブロッケードの領域を表す
れまた静電容量Cgのゲート電極の電圧 Vgを操作することにより量子ドット内のポテンシャルを操作することができるここで量子ドット内にN 個の電子が存在しソースドレインバイアス Vsdが0 Vのとき量子ドットのエネルギーは
E(N) =1
2C(Ne minus CgVg)2 +
Nsumn
ϵn (11)
と表されるただしC = CL + CR + Cgは量子ドットの静電容量eは素電荷ϵnは閉じ込めによる n番目の電子の軌道エネルギー準位である電子数をN minus 1個から 1つ増やしてN 個にするのに必要なエネルギーすなわち電気化学ポテンシャル micro(N)は
micro(N) = E(N) minus E(N minus 1)
=e2
C
(N minus 1
2
)minus e
Cg
CVg + ϵN (12)
と求まるCが非常に小さい場合にはこの micro(N)が系の温度よりも大きくなるため量子ドットとリードとの間の電子のトンネリングが禁止されたCoulombブロッケード状態となるここでゲート電圧 Vgを e(N minus 12)Cg + CϵNeCgまで動かすとmicro(N) = 0となり量子ドットとリード間のトンネルが許されて有限の伝導度を生じる (Coulombピーク)さらに Vgを動かしていくとCoulombブロッケードが次々と onoffされるために図 11(b) 上図のような伝導度の振動 (Coulomb振動)が観測されるこの量子ドットの Coulombピーク間のエネルギー差∆Eは
∆E = micro(N) minus micro(N minus 1)
=e2
C+ ϵN minus ϵNminus1 (13)
と表されるただしe2C = U は量子ドットの単電子帯電エネルギーϵN minus ϵNminus1 = ∆ϵNminus1は離散
2
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
準位間隔であるこれをピーク間のゲート電圧の差∆Vg に変換すると
∆Vg =micro(N) minus micro(N minus 1)
eα
=e
Cg+
∆ϵNminus1
eα(14)
となるただしα = CgCは量子ドットの静電容量とゲート電極の静電容量の比である実験的にはCoulombピーク間隔よりこの式を使って量子ドット内の準位のエネルギーを求めることが行われこれを付加エネルギー分光と呼ぶまた Coulombブロッケードは有限のソースドレインバイアス Vsd によっても解除されるバイアスを変化させていくと左右リードのFermi エネルギーが作る伝導可能な電子のエネルギー帯の中にmicro(N)が入ってくる毎に伝導度が階段状に変化しこの構造はCoulomb階段と呼ばれるゲート電圧とバイアス電圧の関数として伝導度を測定すると図 11(b) 下図のようにCoulombブロッケードを表す部分が菱形になって見える Coulombダイアモンドが観測されるこの Coulomb ダイアモンドのバイアス方向の大きさは∆Eeとなる本研究では量子ドットとしてこのような単電子トランジスタ構造のものあるいはリードとの接触点を1点にした構造のものを扱うそこで以降では「量子ドット」という用語はこれらの構造を伴ったものを指すことにする
少数電子量子ドット
量子ドットにおいてゲート電圧を電子数N が減少する方向に変化させるとゲートの耐圧が十分であれば最終的にはN を 0にすることができるこの状態からゲート電圧を掃引して電子を 1個ずつ付加することによりN が正確に特定された状態を作ることができる電子数が数十を超えた量子ドット内のエネルギー準位構造は閉じこめポテンシャルの歪み(低対称性)によって極めて複雑になりランダム行列理論などによる統計的処理を考えるべき対象となる一方電子数がこれより少
図 12 少数電子量子ドットにおける Coulomb振動N は電子数を表す電子数が 2 6 12個において殻構造を反映してピーク間隔が広くなっているまた電子数 4個のところも Hund則を反映してピーク間隔が広くなっている[4]
3
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
なくかつ特定できている場合はポテンシャル形状や電子相関など精度の高い議論が可能となるこのような量子ドットを少数電子量子ドットと呼ぶことにするこの少数電子量子ドットは縦型の量子ドット (後述)でよく研究されており閉じ込めポテンシャルの対称性が良い形状においては電子数が 2 6 12個のときが安定であるという殻構造やHund則などの現象が観測されている (図 12) [4 5]
122 量子ドットの位相シフト
量子ドットの伝導度 (透過率あるいは散乱問題の言葉を使用すれば前方散乱確率)より位相シフトについての情報を直接得ることは困難である1位相情報を得るためには干渉計を作り参照経路と干渉させて干渉パターンより位相情報を抜き出すことが行われるこれまでに量子ドットとAharonov-Bohmリングを結合したAB型干渉計 [7ndash11]量子ドットと量子細線を結合させたT型干渉計 [13ndash18] 等が研究されている以下でそれぞれの干渉計について述べる
AB型干渉計
図 13にAB型干渉計の模式図を示すこの干渉回路ではABリングの 2つの経路のうち一方に量子ドットが埋め込まれているリングを貫く磁束によるAB効果を用いて 2つの経路の間の位相差を操作することができるAB効果とは磁場により図 13 のような干渉ループCにおいて 2つの経路の間に位相差
θ =e
~
∮C
A middot ds = 2πΦΦ0
(15)
が生じる効果である [6]ここで AはベクトルポテンシャルΦ0 = heは磁束量子であるこの結果干渉項は
2 cos(
2πΦΦ0
+ θ0
)(16)
Φ
図 13 AB型干渉計の模式図量子ドットを含む経路と含まない経路が干渉を起こす2つの経路の間の位相差は経路の間を通る磁束 Φによって制御できる
1理論的には広いエネルギー範囲での透過スペクトルが得られれば位相シフトを算出することができるしかし現実の実験では高々micro(N)と micro(N + 1)の間のスペクトルが得られるだけである
4
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
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(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
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(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
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124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
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第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
となり透過率は外部磁場に対して正弦的に変化するこの振動は AB振動と呼ばれるここで θ0はゼロ磁場での位相差でここに量子ドットの位相シフト等も含まれる以上の簡単な議論が成立するような系では量子ドットの位相シフトの変化はAB振動位相 θ0の変化として測定されるしかし以上の議論はリングの分岐点における反射や透過を無視したため波動関数のユニタリティを破るものであり現実の図 13のような形状をした 2端子型 ABリング (透過を測定する 2つの端子においてユニタリティが保たれる) [7] においては成立しないすなわち2端子素子についてはOnsagerの相反定理は磁場Bに対する 2端子伝導度G(B)について
G(B) = G(minusB) (17)
を要求するため磁気抵抗は常に磁場の偶関数となりθ0は 0または πしか許されないこの現象をAB振動位相の固定と呼びこのため2端子素子では θ0から簡単に位相シフトを求めることができないこの問題の直接的な解決法は端子数を増やして波動関数をリークさせることにより物理的にユニタリティを破ることであるYoungの 2重スリット干渉計はその典型例でありこれを電子系でも模倣する実験が行われている [8 9 11]一方2端子のままで位相シフトに関する情報を得る実験も行われている式 (16)はAB振動の最も低次の項であり上の AB振動の議論で落としてしまった反射や透過は磁気抵抗に高次の項として含まれそのスペクトル全体には位相シフト情報が含まれているしたがってその原理的にはその解析により位相シフト情報が得られるより現実的には量子ドットの透過率スペクトルと組み合わせることによって位相シフト情報を得ることができるまたリングの経路に生じる複数経路の効果によってもAB振動位相固定が破れて位相シフト情報が磁気抵抗に現れることも報告されている [12]このAB干渉計を用いた実験においては多数の電子を含んだ量子ドットが主に研究されその際の量子ドットの位相シフトは全てのCoulombピーク位置で π変化しまたピーク間で急激に πだけ戻る振舞いを示すことが報告されている [7 8]前者はドットを介した共鳴に伴う変化で物理的に当然の現象であるが後者の変化がすべてのピーク間位置で見られるということは共鳴に関与するドットの局在波動関数のパリティが同じであることを意味し素朴には解釈しがたい現象であるこの「同一パリティ問題」については多くの理論が提出され現在も議論が続いている
5
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
少数電子量子ドットの位相シフト - AB型干渉計 -
最近AB型干渉計において少数電子量子ドットの位相シフトを観測した実験が Kalishらにより報告された [11]図 14(a)に試料の SEM写真を示す図 14(b) (c)は位相シフト測定結果であるN が比較的多いN = 14 middot middot middot 19の領域では前述した多電子のドットと同様の変化を示している一方少数電子ドットN = 0 middot middot middot 5 においては各ピークにおいて位相シフト変化が異なっているN が 0 rarr 1のピークでは位相シフトが 0 rarr πに増えピーク間でのジャンプはなくN = 1 rarr 2のピークでは引き続き π rarr 2π (= 0)へ増加する次のN = 4までのピークでは π rarr 2πへの変化が続きN = 4 rarr 5 のピークで 0 rarr πとなるすなわち彼らの結果によれば少数電子量子ドットを用いたAB型干渉計においては量子ドット内の波動関数のパリティに依存した位相シフトが観測される著者らはこれはN の大きな領域での同一パリティ問題が多体効果に起因するものであることを示唆するのではないかと主張しているまた図 14(b)ではN = 1 rarr 2のピークの前で少し位相が戻るといった変化量が πの整数倍でない奇妙な振る舞いも見ることができる
(a)
(b)
(c)
図 14 (a)作製されたAB型干渉計の SEM写真左側の経路に量子ドットが形成されこの経路と右側の経路が干渉を起こすリーク経路がつけられておりAB振動位相の固定は起こらない(b) 電子数N = 0 middot middot middot 5における AB振幅と位相シフト量子ドット内の波動関数のパリティを反映して各ピークでの位相シフトが異なっているまた π の整数倍でないような変化も見ることができる(c) 電子数 N = 14 middot middot middot 19におけるAB振幅と位相シフト位相シフトは全てのピークで同様なものとなっている[11]
6
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
(a)
図 15 (a) T型干渉計の模式図量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が干渉を起こす(b) Fanoの式をいくつかのパラメータ q についてプロットしたものq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れている
T型干渉計
図 15(a)に T型干渉計の模式図を示すこの干渉計では量子ドットを経由する経路と量子細線をそのまま通過する経路が存在しこの 2つが干渉を起こす第 0近似として孤立量子ドットの離散準位量子細線中の連続準位を考えこれらが結合したものが T型干渉計であると考えることができるこのような系にはFano効果 [2021]が期待されるこの Fano効果の理論はかつては原子の光吸収スペクトルの非対称性 [19]を説明するために Fanoにより構築されたが離散準位系と連続準位系が結合した系における普遍的な現象であり実際その後広範囲の実験において観測されてきた [10 141522ndash24]詳細は付録Aに示すがFano効果により量子ドットと量子細線の複合系においては伝導度G
に
G prop (q + ϵ)2
1 + ϵ2(18)
という特徴的な曲線が現れるここで ϵは入射電子エネルギーの共鳴エネルギーからのずれでありqは曲線の形状を決める Fanoパラメータと呼ばれるものである図 15(b)にこの曲線をプロットしたものを示すq = 0においては対称なディップ構造がq = 0で非対称な曲線が現れているqの符号が変わると裾を引く向きが反転するまた q rarr infinにおいては対称な Lorentz型の曲線となるこの Fano形状は干渉の位相差によって決まるためこの形状から量子ドットでの位相シフト変化を見積もることが可能である
123 横型量子ドットにおける少数電子量子ドットの困難
半導体を 2次元的に積層した超構造をベースにした量子ドットの構造は図 16のように縦型と横型の 2つに大別することができる量子ドットを用いた干渉計の研究では各種パラメータ操作に優れた横型の量子ドットがよく使用される横型の量子ドットでは 2次元電子ガスを Schottkyゲート電極に加える電圧によって空乏化し量子ドットを形成する量子ドットとリードの間のエネルギー障壁 (バリア)もゲート電極の静電ポテンシャルによって形成されるため電圧で制御可能である
7
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
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第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
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2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
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Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
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がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
(a) (b)
図 16 (a) 縦型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作ることで形成されゲート操作によってあまり変化しない(b) 横型の量子ドットの構造量子ドットとリードとの間のバリアはゲートに電圧をかけることにより静電的に作られるこのバリアは周辺のゲートの影響を受ける
しかしこの横型の量子ドットにおいては縦型の量子ドットに比べて少数電子状態を観測することに困難があった縦型の量子ドットにおいては量子ドットとリードとの間のバリアは基板成長の際にバリア層を作り込むことにより形成されているこのためこのバリア厚は量子ドットの内部準位を操作するゲート電極の操作によってほとんど変化しないこれに対して横型の量子ドットにおいてはバリア厚が直上のゲート電極だけでなく他のゲート電極によっても影響を受ける図 17に示すように量子ドットの内部準位を操作するゲートに負電圧を加えて N を減少させると同時にバリア厚が厚くなりN = 0に達する前に伝導が測定不可能となってしまうことが多く報告されてきたこの困難は極めて細いゲートを使用しまたドット近傍に量子ポイントコンタクト (Quantum
Point Contact QPC)を置いて量子ドット電荷をリモート検知する [4748] などの方法を用いて克服されつつある前述した Kalishらの実験においてもこの困難は生じており彼らは細いゲートを使用すると同時に量子ドットの電子数を数個変えるごとにバリア厚を操作するゲート電極の電圧を再調節することによって少数電子状態まで量子ドットとリードとの間の結合を保っている
図 17 横型量子ドットの模式図量子ドット内の準位を操作するゲートの電圧を増すとリードと量子ドットが離れすぎ十分な結合が保てない
8
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
124 近藤効果
近藤効果 [27]は局在スピンと伝導電子のスピンが相互作用し低温において局在スピンを遮蔽する多体状態が形成される効果である近藤効果の研究の発端は磁性合金において発見された電気抵抗極小現象 [26]にあるがその後も様々な系でこの効果が研究されている
量子ドットにおける近藤効果
軌道縮退が解けた量子ドット内準位を考え最も単純に電子は下から順に詰まっていくと考えると図 18 に示すように電子数N が奇数ではペアを組まない電子が 1つ残りトータルスピン S = 12となるのに対しN が偶数ではすべての電子がペアを組みトータルスピンが S = 0となるすなわちのN の偶奇を操作することで量子ドットの局在スピンを onoff できるこの局在スピンを利用して量子ドットにおいても近藤効果が研究されている [29ndash35]Coulombブロッケード領域では量子ドットからリードへの通常の過程のトンネルは禁止され仮想状態を介したトンネル (cotunneling)が主な寄与をするN が奇数のときにはこの cotunnelingによる電気伝導度が近藤効果により低温で異常に増大する(希薄磁性合金での抵抗極小現象の場合は量子ドットの場合とは異なり近藤効果によって伝導度は抑制される)量子ドットとリードとの結合を 2次摂動まで扱うと次の有効Hamiltonian
Heff =sumkσ
ϵkcdaggerkσ
ckσ
+ Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](19)
を導くことができこのHamiltonian (の第 2項)は sd-Hamiltonianと呼ばれるただしϵk cdagger
kσ c
kσ
はリード中の伝導電子のエネルギーおよび生成消滅演算子Sは量子ドット中のスピン演算子であり量子ドット中の局在電子の生成消滅演算子 ddaggerσ dσ を用いて
Sminus = ddaggerdarrduarr S+ = ddaggeruarrddarr Sz = (ddaggeruarrduarr minus ddaggerdarrddarr)2 (110)
と表されるまた J は局在電子と伝導電子の結合定数で量子ドットとリードの結合の強さにより決まるこの項の摂動計算 (付録 B参照) 等より分かるように近藤効果の発現には量子ドット内のスピンが反転するスピン反転過程が不可欠であるこの系の基底状態はスピン 1重項 (S = 0)の近藤状態と呼ばれる多体状態でありその束縛エネルギーに対応する温度は近藤温度 TKと呼ばれ
kBTK = Deminus12Jρ (111)
図 18 量子ドットに電子を詰めていったときの模式図電子数が奇数のときはペアを組まない電子が 1つ残り S = 12のスピンが残る電子数が偶数のときはすべてペアを組みスピンは S = 0となる
9
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
図 19 量子ドットにおける近藤効果による諸現象の概念図(a) 電気伝導度のゲート電圧依存性T gt TKのときを実線でT lt TKのときを破線で表してある後者の場合には奇数電子のCoulomb谷で近藤効果によって伝導度が増大する(b) 近藤効果による電気伝導度の温度依存性破線は弱結合領域での摂動計算の結果を示しln T で発散する(c) T lt TKにおける微分伝導度 dIdV のバイアス電圧 V 依存性挿入図は有限バイアス下で 2つの近藤共鳴状態が離れる様子を示す[3]
で与えられるここで D はリードの伝導電子のバンド幅ρ はリード中の状態密度である温度T ≪ TKのときにはこの近藤状態が量子ドットの周りに局所的に形成され量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽される一方伝導電子は近藤状態を通って共鳴的に伝導できるようになり電気伝導度は増大するこの現象は共鳴幅が kBTK共鳴準位がつねに Fermi準位に一致した共鳴トンネルが起こっているものとして理解される近藤温度 TKを量子ドットのパラメータリードとの結合による準位幅 Γ = πρV 2(V はリードとの結合の強さ)単電子帯電エネルギー UFermi面から測った量子ドット内の準位のエネルギー ϵ0 を使って表すと
TK =radic
ΓU
2eπϵ0(ϵ0+U)ΓU (112)
となる近藤効果は温度が近藤温度 TK以下のときに発現するので実験的には近藤温度を大きくすることが重要であるこのため通常ゲートにかける電圧を緩めて量子ドットとリードとの結合を大きくして Γを大きくするという方策がとられる以下量子ドットにおける近藤効果の発現の様子を図 19に沿って概観する
1 図 (a) 近藤効果はCoulomb振動の電子数N が奇数の谷で T lt TKにおいて起こり伝導度を増加させる
2 図 (b) 近藤効果による伝導度の温度依存性はT sim TKで対数依存性を示すこの温度依存性には高温と低温の極限でそれぞれ成立する理論式を自然につなぐ経験式
G(T ) = GI
(T prime2
K
T 2 + T prime2K
)s
(113)
T primeK =
TK
(21s minus 1)12(114)
が存在する [30]ただしGIは充分低温での伝導度sはパラメータでその値はスピン 12の系では 022程度となるこの式で実験結果をフィットすることによって近藤温度 TKを実験的
10
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
に求めることができるまた温度の減少と共に伝導度は増加しT ≪ TKで量子ドットとリードの結合が対称な場合には 2e2h に収束する [35]
3 図 (c) 近藤共鳴準位は kBTK程度の共鳴幅を持つ2つのリード間に有限バイアスをかけるとそれぞれの Fermi準位で形成された共鳴準位が互いに離れるために微分伝導度 dIdV はゼロバイアスと中心とし幅 e∆V sim kBTKを持つピークとなるこのゼロバイアスピークは実験的に近藤効果を同定するための重要な指標となっている
125 RKKY相互作用
図 110(a)のような金属伝導電子の中に存在する 2つの局在スピンの間にはRuderman-Kittel-Kasuya-Yosida (RKKY)相互作用 [36ndash39]と呼ばれる相互作用が働くこの現象は局在スピンとその周りの伝導電子が相互作用することによって伝導電子がスピン分極を起こしさらにその伝導電子ともう 1つの局在スピンが相互作用をすることにより生じるその導出は付録Cに示すがRKKY相互作用を表すHamiltonian HRKKYは
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (115)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵFF (2kFR21) (116)
と書かれるここでNV は電子密度j0は局在スピンと伝導電子の相互作用の指標ϵF kFはそれぞれFermiエネルギーとFermi波数R21は局在スピン間の距離関数F (x)はF (x) = (minusx cos x+sinx)x4
である図 110(b)に J12に現れる関数 F (x) = (minusx cos x + sinx)x4をプロットしたものを示す関数値は正負に符号を変えながら振動しまたその振幅は 1x3で減衰していくしたがって2つの局在スピンの間にはその間の距離R21に応じて強磁性的反強磁性的に揃えようとする力が働きその大きさは 1R3
21で減衰しその減衰の特徴的な長さは Fermi波長 λFである
図 110 (a) RKKY相互作用が働く系の模式図局在スピンは周りの伝導電子と相互作用し伝導電子のスピンを分極させるこの伝導電子が他の局在スピンと相互作用することによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働く(b) RKKY相互作用に現れる関数のプロット正負に振動しながらその振幅は 1x3 で減衰する
11
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
量子ドット系におけるRKKY相互作用
量子ドットを 2つ用いて 2つの局在スピンを形成すると局在スピン間にRKKY相互作用の発現が期待されるこの量子ドット系でのRKKY相互作用は田村らによって議論されている [41]量子ドット系においてはRKKY相互作用を表すHamiltonianは
HRKKY = minusJRKKYS1 middot S2 (117)
JRKKY = 4πϵFJ1J2F (2kFR21) (118)
となるここで Jn = minusΓnUn[4π(Un + ϵn)ϵn]は無次元の近藤パラメータで Un ϵn Γn はそれぞれ量子ドット nの単電子帯電エネルギーFermi準位から測った量子ドット内の準位リードとの結合による準位の広がりであるさらに2次元電子系と金属ゲートを用いた系では伝導電子の次元性を操作することでRKKY相互作用の減衰を弱めることができるRKKY相互作用は伝導電子の次元性によりF (x)部分に変更を受け3次元2次元1次元のそれぞれについて
F3d(x) =minusx cos x + sinx
x4 (119)
F2d(x) = minus4(J0(x2)N0(x2) + J1(x2)N1(x2)) (120)
F1d(x) = minus4si(x) (121)
となる [41]ただしJn(x) Nn(x)は n次の第 1種第 2種Bessel関数si(x) =int infinx sin ttdt はサ
イン積分関数であるこれらをプロットしたものを図 111に示す振幅の減衰の様子は次元によって異なり3次元では 1x3で2次元では 1x2で1次元では振幅は 1xで減衰するまた量子細線に 2つの量子ドットを対向させた配置においては量子細線の横方向では実効的に 0次元となり強い RKKY相互作用が期待される [45]これまでの実験はこの予測に基づき2つの量子ドットが対向して結合した配置となっている [46]
RKKY相互作用は 2つの局在スピン間に働く相互作用であり一方のスピンが反転したときにはもう一方もそれに追随しようとするこのため図 112に示したように RKKY相互作用が発現すると前述の近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制すると予想されている
図 111 RKKY相互作用に現れる関数 Fd(x)を 3次元2次元1次元についてそれぞれプロットしたもの振幅は 3次元では 1x3 で2次元では 1x2 で1次元では 1xで減衰する
12
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
RKKY
図 112 RKKY相互作用による近藤効果抑制の概念図RKKY相互作用の発現によりスピン間に相互作用が働きこれが近藤効果のスピン反転過程に影響し近藤効果を抑制する
量子ドット系における近藤効果とRKKY 相互作用
最近このRKKY相互作用による近藤効果の抑制を観測した実験が佐々木らにより報告された [46]図 113(a)に試料の走査型電子顕微鏡 (SEM)写真を示す2つの量子ドットが量子細線に対向した構造が形成され量子ドット間の領域が実効的に 0次元となるためRKKY相互作用の発現が期待されるこの試料において一方の量子ドットに近藤効果を発現させた上で他方の量子ドットの電子数を操作した際の伝導度を図 113(b)に示す破線で挟まれた領域が右側の量子ドットにおいて近藤効果
(a) (b)
(c)(d) 40
30
20
Conducta
nce (
microS
)
-1 0 1Vdc (meV)
-1 0 1-1 0 1
VpL= -102mV VpL= -90mV VpL= -73mV
odd NL odd NLeven NL
wire
dotdot
200 nm
V
V
V
V
V
V
V
V
pL
sL
sR
pR
dR
mR
mL
dL
Vsd
I I
I
LW
R
-080
-078
-076
VpR
(V)
100500-05-10Vdc (meV)
V = - 90mVpL
-080
-078
-076
-074
VpR
(V)
-015 -010 -005
VL(V)
VsL=-09V
図 113 (a) 試料の SEM写真2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した構造が形成される(b) 左右の量子ドットの操作に伴う伝導度の変化破線で挟まれた領域が右側の量子ドットの近藤効果の領域である(c) 図中の白色三角の領域での Coulombダイアモンドゼロバイアス付近で近藤効果に伴うピークが観測される(d) 黒色三角の領域と白色三角の領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性左の量子ドットの電子数が偶数の領域ではゼロバイアスピークが残存しているのに対し奇数の領域では消失している[46]
13
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
が起こっている領域であるここで左側の量子ドットを操作すると黒色三角の部分でゼロバイアスピークが消失し一方白色三角の部分ではゼロバイアスピークが残っている図 113(d)これは左側の量子ドット内の電子数が奇数の領域においては近藤効果が消失したことを示しているこの原因は前述のRKKY相互作用によるものが候補となる一方他の原因Fano-近藤効果による状態密度の減少に伴う近藤温度の低下も候補として議論されているこの効果は図 114 に示すように一方の量子ドットにおいて Fano-近藤効果 [13 17]が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度 TK prop exp(minus12Jρ) (式 (111)参照)が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失するというものであるこれまでのところどの効果が近藤効果抑制の原因となっているかは実験的に明らかとなっていない
Fano -
図 114 Fano-近藤効果に伴う状態密度の減少に伴う近藤効果抑制の概念図一方の量子ドットにおいてFano-近藤効果が発現すると量子ドットと量子細線の結合部において状態密度が低下しその結果他方の量子ドットの近藤温度が低下して実験温度より低くなり近藤効果が消失する
14
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
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Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
13 本研究の具体的課題
前節で述べた背景問題点を踏まえここでは初めに述べた本研究の課題をより具体的な形で提示する
131 少数電子量子ドットの位相シフト
AB型干渉計において実験報告のある少数電子量子ドットの位相シフトに対しT型干渉計においても少数電子量子ドットの位相シフトを反映した干渉効果が観測できるかどうかを調べるまず横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現することが必要であるため前述のゲート電極とバリア厚の結合から生じる横型量子ドットにおける少数電子状態観測の困難を解決しなければならないこの解決方策としてゲート電極の配置を工夫する図 115に工夫したゲート電極の配置を示すこの配置においては量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極を量子ドットとリードの結合部から最も遠ざけ反対側に設置しているこの構造においてはゲート電極と結合部との間の静電容量が小さくなることが予想されその結果ゲート電圧の操作によってバリア厚が大きくなることは無くなりまた実効的に量子ドットがリードに押し付けられるかたちになり少数電子状態にしたときに両者間の結合が切れることは起こらないと期待されるこの方法で少数電子量子ドットを実現した上で少数電子量子ドットと量子細線からなる T型干渉計を作製しその干渉効果Fano効果を調べる
以上を列挙すると次のようになる
bull 横型の量子ドットにおいて少数電子状態を実現しこれを用いて T型干渉計を実現する
bull 少数電子量子ドットを含む T型干渉計を用いて干渉効果Fano効果を調べる
図 115 本研究で用いる横型量子ドットの模式図量子ドットのエネルギー準位を操作するゲート電極が量子ドットとリードの結合部から最も離れたところに配置され両者の間の静電容量は小さくリードと量子ドットの間の結合は少数電子状態においても保つことができると期待される
15
132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
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132 量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
量子ドット系においてRKKY相互作用による近藤効果の抑制が伝導に現れるかどうかを調べるまず RKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 116(a)のような 2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかどうかの追試を行うその上でこの系における近藤効果抑制の原因はRKKY相互作用の発現とFano-近藤効果による影響が議論されているためその原因を探るべく他の構造の試料を作製し結果を比較するこの系においてRKKY相互作用が発現することは対向配置の結果である量子ドット間領域の 0次元性によるところが大きいそこで量子ドットを対向させない配置図 116(b)のような並列の配置の試料を作製し量子ドット間の次元性を変えた上で近藤効果の抑制が起こるかどうかを調べるこの並列配置においてはRKKY相互作用が弱くなることが期待されるのに対しFano-近藤効果は対向配置と同様であると期待されるためもし並列配置においても近藤効果の抑制が観測されるならその原因は Fano-近藤効果であると示唆できる可能性がある
以上を列挙すると次のようになる
bull 2つの量子ドットが量子細線に対向して結合した系において近藤効果の抑制が観測されるかどうか追試を行う
bull 2つの量子ドットを並列に配置した系においても近藤効果の抑制が観測されるか調べ両者の結果を比較する
(a) (b)
図 116 (a) 2つの量子ドットを量子細線の両側に対向させた配置この対向配置はこれまでに近藤効果の抑制の実験報告があり量子ドット間領域の低次元性によりRKKY相互作用の発現の可能性がある(b) 2つの量子ドットを並列にした配置この配置においては RKKY相互作用は弱くなることが期待される
16
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
第2章 実験手法
実験プロセスは試料の作製および測定の 2つに大別できるこの章ではそれぞれについて詳述する
21 試料の作製
第 1章で述べた課題を達成するためには3次元の実空間において量子ドットや量子細線に必要なポテンシャルを人為的に形成する必要があるこの 3次元のポテンシャルを実現するためにまずGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いて 1次元のポテンシャルを実現するその後に残りの 2次元について微細加工を施すことにより 3次元のポテンシャルを実現する
211 GaAsAlGaAs 2次元電子系
まず 1次元分の閉じ込めを実現するためにGaAsAlGaAsヘテロ界面を用いるこのヘテロ構造は分子線エピタキシーの手法を用いてGaAs(100)基板上に Siドープした AlGaAs層を成長させて作製されるこのような接合においては 2つの物質にわたって化学ポテンシャルを一定にするためにドナー電子はAlGaAsからGaAsへと移動するこの結果図 21(a)のようにバンド端は曲げられ界面付近の三角形状のポテンシャルによって 2次元電子気体 (2DEG)が形成されるこの 2次元電子はAlGaAs中のイオン化不純物から空間的に分離されているためその散乱頻度は非常に低くなりその結果液体He 温度での平均自由行程は数 micromから数百 micromに達するものもある
EC
EF
EV
(a)
2DEG
(b)
GaAs
AlGaAs
図 21 (a) GaAsAlGaAsヘテロ界面近傍でのバンド構造EC EF EV はそれぞれ伝導帯の下端のエネルギーFermiエネルギー荷電子帯の上端のエネルギーを表す界面近傍でバンド構造は曲げられポテンシャルの谷の部分に 2次元電子系が形成される(b) 本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板の垂直積層構造2次元電子系は表面から約 60 nmの深さに形成される
17
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
本研究で使用したGaAsAlGaAsヘテロ基板 (住友電気工業株式会社) の垂直積層構造を図 21(b)に示す成長基板となるGaAs基板の上に清浄なGaAs 層を 8000 Å成長させその上にAlGaAs層を 150 Å成長させヘテロ接合を形成するさらにその上に n-AlGaAsのドープ層および n-GaAsのキャップ層が形成されているこの結果2次元電子系が表面から約 60 nmの深さに形成される本研究では同じ構造の基板を 2種類用いたそれらの特性を液体He温度で評価したところ
基板 1 電子濃度 ns = 38 times 1015 mminus2 (21)
移動度 micro = 90 m2Vs (22)
基板 2 電子濃度 ns = 21 times 1015 mminus2 (23)
移動度 micro = 32 m2Vs (24)
であったこれらより平均自由行程を求めるとそれぞれ 9 microm 2 micromとなりこの値は後に述べる試料の構造よりも充分大きいため実験系はバリスティック領域にあるまた同様に Fermi波長を求めるとそれぞれ 41 nm 55 nmとなり試料の構造がこの値に近づくにつれ量子閉じこめ効果が期待される
212 微細加工
上記のGaAsAlGaAs 2次元電子系に対して残りの 2方向のポテンシャルを実現するためにリソグラフィーと呼ばれる手法を用いるこれは基板上に有機物の膜 (レジスト)を作りこれに何らかの方法で穴によるパターンを描きこれを使って微細加工する方法である図 22に本研究で行った電子線リソグラフィーの主な工程を示す
1 レジスト塗布基板の上にレジストと呼ばれる感光膜を塗布する本研究で用いたレジストはZEP520A(日
本ゼオン株式会社)で物質は α-クロロメタクリレートと α-メチルスチレンの重合体であるこのレジストは分子量が小さく (分子量 57000)細線パターンの描画に適しているこれをアニソールで希釈して使用した
図 22 リソグラフィーの工程(1) レジストを塗布する(2) 電子線描画装置を用いて描画する(3) 現像液に浸し露光部分を取り除く(4) エッチング液に浸しレジストのない部分をエッチングする(5) 金属を蒸着する(6) 溶媒に浸しレジストおよび不要な金属膜を取り除く
18
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
2 露光電子線描画装置を用いてレジストを露光するレジストに電子線が照射されるとその部位で
はレジストが分解される本研究では描画装置に ELS7700(ELIONIX株式会社)を用いたこの装置は電子銃に ZrOW熱電界放射型の Schottky放出を利用したフィラメントを用いており加速電圧が 75 kVのとき最小ビーム径は 07 nmとなる描画ステージの移動にはレーザー測長計を用いて x y z方向を補正しさらに重ね描画の際に平行移動と回転の補正をかけており40 nmの精度で重ね描画が可能である
3 現像露光されたレジストを現像し分解されたレジストを取り除く本研究では OEBR1000レ
ジスト用現像液 (東京応化工業株式会社)物質は酢酸イソアミル 90 酢酸エチル 10 混合液を用いて現像を行ったその後にイソプロピルアルコールですすいで現像を止める
4 エッチングエッチングをする場合はリン酸と過酸化水素水の混合液 (エッチング液)に浸しGaAsを
溶解させるレジストが残っている領域においてはGaAsはエッチング液に接触しないためエッチングされずレジストが無い部分のみがエッチングされる
5 蒸着金属蒸着を行う場合は真空蒸着装置を用いて金属薄膜を試料全体に形成するレジストが
残っている領域においては金属はレジスト表面に付着するがレジストが無い部分においてはGaAs基板表面に金属が付着する
6 リフトオフ最後に不要となったレジストおよびレジスト上の金属膜を取り除く本研究で用いたZEP520A
はトリクロロエチレンに溶解するのでこれを用いて溶解させて取り除いた
次に本研究で作製した試料の具体的な製造プロセスについて述べるプロセスは次のように大きく4つに分けることができる
1 2次元電子系とのオーミックコンタクト上記の電子線リソグラフィーを用いて2次元電子基板上に 80 nmの厚みで AuGeNiを蒸
着するその後に基板をフォーミングガス (N2 971 H2 29 混合気体)雰囲気中で加熱(sim 410 C)し2次元電子系と基板表面とのオーミックコンタクトを取るコンタクトが取れているかどうかは2つのコンタクト間の電気抵抗を測定しながら試料を液体He温度まで冷却することで最終的に判断した
2 ウェットエッチングによる 2次元電子の空乏化同じくリソグラフィーを行いレジストにパターンを転写した後にエッチングするリン酸と
過酸化水素水の混合液(H3PO4 H2O2 H2O = 1 1 50)で基板表面を削り直下の 2次元電子を空乏化したこれは化学的には酸化剤である H2O2で酸化された部分を H3PO4で溶かすことでエッチングしている使用した 2次元電子基板の場合は直下を空乏化するのに最低限必要なエッチングの深さはおよそ 20 nmであったエッチ深さが深すぎると横方向への空乏層の広がりが大きいことが経験的に認められた従って細線パターンを作る際にはエッチングの深さが極めて重要になってくるここではレートが 1 nms程度のエッチング溶液で1秒以上の誤差が出ないように注意しながらエッチングを行なった
19
Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
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Cu
50 m
Au
図 23 マウントの終わった試料の写真樹脂製チップキャリアの上に熱接触用 Cu板を設置しその上に試料をマウントするまた 50 micromの Au線を用いてチップキャリアの端子と試料のパッドを接続する
3 ゲート電極の作成同じくリソグラフィーを行いTiAuを 60 nmの厚みで電子銃加熱で蒸着したAu は加工の
し易さや化学的に安定であることから微細加工にはしばしば用いられる材料でありまたTiはGaAsとゲートとの密着性を高めるためのものでAuを蒸着する前に 10 nm程度のTiをアンダーコートすることで安定したゲート特性を得ることができたTiAuのどちらも蒸着時の条件をうまく設定すれば平坦性一様性の良い膜が得られリソグラフィーに適している高融点金属である Tiを蒸着するために電子銃加熱の蒸着装置を使用した
4 試料のマウント以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする9端子以下の試料につい
てはセラミクスチップキャリアにマウントし 25 micromϕの Au線を用いてボンディングした10端子以上の試料については樹脂製のチップキャリアにマウントし 50 micromϕの Au線を用いてボンディングしたまたマウントの際に希釈冷凍機の混合槽に熱接触を取るための Cu板を取り付けたマウントの終わった試料の写真を図 23 に示す
22 測定
本研究での主な測定技術は低温技術と電気伝導度測定技術である
221 低温
量子効果の特徴的なエネルギーは非常に小さいことが多くその観測には熱揺らぎを抑えるため極低温が必要となる本研究ではすべての測定において希釈冷凍機を使用した図 24に本研究で用いた希釈冷凍機の概略図を示す右側の部分はガスハンドリング装置であり室温部に設置されている一方左側の部分は希釈冷凍機本体であり運転中は液体He中にあるまず分溜器においてその高い蒸気圧を利用して 3Heが選択的に希釈冷凍機本体より取り出される取り出された 3Heはポンプコンプレッサーを通して液体N2トラップに導入され不純ガスが取り除かれるその後再度希釈冷凍機本体に導入されJoule-Thomson弁で液化されるさらにいくつかの熱交換器を通して冷却された後混合槽に導入される混合槽内ではc相 (3He濃厚相)と d相 (3He希薄相)が上下 2
20
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
N2
42 K
Joule-Thomson
30 mK
c
d
図 24 希釈冷凍機の概略図左側の部分が希釈冷凍機本体を表し運転中は液体 He中にある希釈冷凍機に導入されたHeガスは Joule-Thomson効果で液化し分溜器と熱交換器の間で更に冷却されて混合槽にたどり着くここで 3Heが希釈冷凍し分溜器から選択的に外部ポンプによって排気されるその後再度コンプレッサー液体 N2 トラップを通って本体を循環し続ける
層に分離しておりc相から d相に 3Heが希釈される際に冷却が起こるその後希釈された 3Heは再び分溜器で選択的に取り出され上記のプロセスを繰り返し循環し続ける本研究ではTBT社 (現Air Liquide社)製の希釈冷凍機を使用したこの希釈冷凍機の特色は上記のように Joule-Thomson弁を用いて 3Heの液化を行う点である他の多くの希釈冷凍機は 4Heのポンピングを用いて 3Heの液化を行うのであるが本機はこれを必要としないためコンパクトな形状となりまた詰まりの起こりがちな 1 Kポットの吸入口が存在しない本研究で使用した希釈冷凍機には 2タイプあり試料を 3He-4He混合槽内で直接冷却するものと混合槽から伸びている銅板に取り付けて熱接触によって冷却するものがある
Cu
LCR
RuO
(a) (b)
図 25 (a) Cuシールドを閉じたときの希釈冷凍機最低温部の写真右上に混合槽が写っておりそこから左下の構造は Cuで作製されており混合槽と熱接触が取られている(b) Cuシールドを開いたときの写真LCRフィルタRuO抵抗温度計試料を見ることができる試料は Cu板の上にマウントされておりその Cu板が混合槽に接続された Cu部分にねじ止めされ試料と混合槽の熱接触を取る
21
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
図 25に熱接触型の希釈冷凍機の最低温部の写真を示す右上に写っているものが混合槽でそこから左下の構造はCuで作製されており混合槽と熱接触が取られているこのCu板にRuO抵抗温度計と試料の熱接触を取っている混合槽の温度は 42 K以下で校正されたRuOの抵抗値を acブリッジ (25 Hz) でモニタしながらヒーター(sim 1 kΩの抵抗)にかける電圧を PID制御することにより最低到達温度の約 30 mKから 800 mK程度までの温度領域で 01-数mKの範囲内で安定化させることができる3He ガスはロータリーポンプ (もしくはスクロールポンプ) とコンプレッサーで循環させ長期間(~数ヶ月)の測定も可能であるまた磁場の印加には超伝導マグネットを利用しており最大で 15 Tまでの磁場を発生できるものを使用し必要なときにはヒートスイッチを切って電源から切り離して永久電流モードで利用した磁場掃引の速度は最大でも 2 mTs程度で渦電流による発熱の影響が少なくなるようにした
222 電気伝導度測定
本研究では電気伝導度測定によって量子現象を観測する図 26に電気伝導度測定の回路を模式的に示す最も簡単な伝導度の測定方法としては試料に一定の電圧をかけて試料に流れる電流を測定する定電圧測定と試料に一定の電流を流して試料端に現れる電圧を測定する定電流測定の 2つがある本研究では試料の抵抗値に応じて双方の測定方法を使用した図 26(a)の回路を使用した定電圧測定においては直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧
Vacを付加しRiとRsの抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかけるこれは能動素子により低歪の信号を作るには大きな振幅の方が有利でありこれを受動素子で小振幅にするためである抵抗Rsを試料の抵抗値よりも十分小さくしてやることによって試料にかかる電圧を一定にしているこの定電圧の状況で試料より出力される電流をまず電流アンプによって電圧に変換するその後に SN比を向上させるために電圧をロックインアンプに入力しVacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は高抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子ドットのクーロンブロッケード領域が非常に高抵抗 (amp 10 GΩ)になるので量子ドットを通しての伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合 Rs = 100 Ω Ri = 10 kΩとして入力信号を 1100 にして最終的に試料に対して 10 microVの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 21 Hzとした
Ri
Rs
Vdc
Vac
Ri
Vdc
Vac
DMM
amp
PC
(a) (b)
DMM
amp
PC
図 26 電気伝導測定の回路の模式図(a) 定電圧測定の回路直流バイアス Vdc にトランスによって交流電圧 Vac を付加しRi と Rs の抵抗からなる分割器によって電圧分割を行い試料に電圧をかける(b) 定電流測定の回路直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加しRiの大きな抵抗によって定電流を試料に流す
22
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
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図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
TBT
30 mK 42 K
図 27 各温度領域でのフィルタの配置オーミックコンタクトについては室温部にRCフィルタを 30 mK部に LCRフィルタを搭載しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタを挿入している
次に図 26(b)の回路を使用した定電流測定について述べるこの回路においても同様に直流バイアス Vdcにトランスによって交流電圧 Vacを付加するこの電圧が抵抗 Ri と試料抵抗の直列抵抗に入力されるのであるがここで抵抗 Riを試料の抵抗値よりも十分大きく取ることによって試料に流れる電流は一定となるこの定電流の状況で試料端に出力される電圧をまず差動アンプによって増幅しロックインアンプで Vacの周波数成分のみを抽出した後にデジタルマルチメータを通してコンピュータに取り込む回路構成より明らかなようにこの回路は比較的低い抵抗値の試料に対して有効である本研究においては量子細線の伝導度が比較的低い抵抗値 (sim 10 kΩ)になるので量子細線の伝導度を測定するときにこの回路を用いた実験では多くの場合Ri = 10 MΩとして最終的に試料に対して 1 nAの交流入力となるように設定したまた交流周波数は 80 Hzとしたゲート電圧の印加には市販の電源 (プログラマブル直流電圧電流源 7651横河電機株式会社4142B
Modular DC SourceMonitor Agilent Technologies社E5270 Modular Semiconductor ParameterAnalyzer Agilent Technologies社)を用いすべてのゲート電圧は独立制御できるようになっているまたノイズ除去のため図 27に示すように必要部にはフィルタを挿入してある伝導測定ラインについては室温部にRCフィルタを30 mK部に LCRフィルタを挿入しているまたゲートについてはこれに加えて室温部に市販ローパスフィルタ (Mini-Circuits社)を挿入している
23
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
24
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
第3章 少数電子量子ドットの位相シフト
31 試料
少数電子量子ドットの位相シフトをT型干渉計において測定するために作製した試料2例の SEM写真を図 31に示す図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地はGaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの金属ゲートに負の電圧をかけることによってゲート直下を空乏化しポテンシャルを形成するこの実験においては図上方の 3つのレフトセンターライトゲートに VL VC VR の電圧をかけることによって量子ドットをさらに図下方のワイヤゲートに VWの電圧をかけることによって量子細線を形成する (図中の白色破線)双方の試料共に量子ドットを 2つ形成するゲート構造となっているがこの実験においては一方の量子ドットのみを使用し図中の影をつけたゲートは使用せずその電圧をGNDにして測定を行ったこの試料構造においては量子ドット内のエネルギーを VCによって量子細線の細線幅を VWによって量子ドットと量子細線間の結合の強さを VL VRによって操作することができるこの構造においては第 1章で述べたように量子ドット内のエネルギーを操作するゲート電極が量子ドットと量子細線の結合部から離れた位置に配置されているため両者の間の静電容量は小さくゲート電極の電圧を操作しても結合部のバリア厚が変化することはなくなり少数電子状態まで結合を保つことができると期待される試料構造 (a)と (b)は類似しているが電気伝導測定の項で詳述するように若干のスケールの違いから形成される少数電子量子ドットのポテンシャルには大きな違いがあるすなわち(a)の構造は量子ドットを形成するゲートの間隔が 150 nmとなっているのに対し(b)の構造においては間隔が 110 nm と小さくなっている少数電子量子ドットを形成する際に電子を排除する領域が (b)の構造の方が小さいためより小さな負のゲート電圧で少数電子状態を実現できる同時にゲート電
図 31 (a) (b) 試料の SEM写真図中に白く写っているものがTiAuの金属ゲートで下地がGaAsAlGaAs2次元電子基板ゲートに電圧をかけることによって図中の白色破線で示されたような量子ドットと量子細線の結合系を形成する緑色矢印は伝導度測定の経路を表す
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極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
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33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
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がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
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図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
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基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
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となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
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36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
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37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
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第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
極の形状が閉じこめポテンシャルに直接的に反映しやすい状況となっている
32 伝導度の量子化の観測
ここからは図 31(a)の構造の試料についての測定結果を述べる量子細線を形成するゲートの電圧 VL VWを同じ値にして掃引した時の量子細線の伝導度を図 32に示す量子伝導度G0 = 2e2hの整数倍付近で伝導度がプラトー状態になる量子細線に一般的な伝導度の量子化現象が現れているこの現象は閉じこめによる細線に垂直方向の運動の量子化とLandauer公式 (その詳細は付録Dに示す) [49]
G =Msumi=1
2e2
hTi (31)
を用いて説明されるここでGは伝導度M は伝導に寄与する伝導チャネルの数Tiは i番目のチャネルの透過率であるバリスティック領域で細線開口部での反射が無視できればTi asymp 1 (i lt M)であるチャネル iの横方向の閉じこめエネルギーをEiとするとEiは一般に細線幅W の減少に従い増加するM は Ei le EFである最大の iとして決定されW の減少と共に階段的に減少するEM
が EFより十分小さく TM がほぼ1の場合は伝導度はG0で量子化されプラトーとなる以降この領域をプラトー領域と呼ぶEM がEFにほぼ等しい領域では細線方向の運動エネルギーEF minusEM
が小さく TM も 1より小さいこれはプラトーの間の伝導度を与え以降この部分を遷移領域と呼ぶプラトー領域の伝導度はVWに対して変化しないことからもわかるように外部の静電ポテンシャル変化に対して極めて安定である一方遷移領域では逆にポテンシャル変化に敏感であり後述する電荷のリモート検知に使用される
図 32 量子細線を形成するゲート電圧を掃引したときの量子細線の伝導度伝導度がゲート電圧に対してあまり変化しないプラトー領域と急激に変化する遷移領域 (黄色背景部)を見ることができる
25
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
33 Fano効果の観測
次に量子ドットを形成するゲートの電圧 VL VR を調節し量子細線の横に量子ドットを形成したこの状態での細線の伝導度を量子ドットのエネルギーを操作するセンターゲートの電圧 VC と VW
の関数として図 33にカラープロットしたVWの掃引に対しては例えば図中の橙色線に沿って伝導度を調べると右図のようになり前節の結果同様伝導度の量子化を観測することができるただし前節の結果とは異なり再現性のある微細構造が重畳されているVCの掃引線たとえば図中の桃色線に沿って伝導度を調べると上図のようになりほぼ微細構造と同程度の振幅で伝導度が振動しておりこの微細構造が量子ドットの影響によるものであることを示している微細振動が急な変化と緩やかな変化を繰り返していること狭い電圧範囲では VCに対してほぼ一定周期で振動していることからこれはドット内の電子数が変化する共鳴条件 (透過測定の場合のCoulombピーク)付近で細線伝導度の急な変化が生じているものと考えられるこの量子ドットに起因する信号の物理的原因としては第 1章 で述べた共鳴干渉効果に起因する Fano効果と量子ドットと量子細線の静電的な結合から生じる信号が候補として挙げられるJohsonらによる T型干渉計の実験 [15]においてはこれら2つの効果の混在を仮定して実験結果を解析している前節で述べたように遷移領域では細線伝導度は静電ポテンシャルに敏感なので静電結合による効果が大きい
図 33 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度ワイヤゲートの掃引 (図中の橙色線)に対しては右図のように伝導度の量子化 (ただし量子ドットの影響を受け微細な構造が重畳されている)を見ることができるまた量子ドットのセンターゲートの掃引 (図中の桃色線)に対しては上図のように伝導度が振動している
26
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
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図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
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以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
がプラトー領域ではこれはほとんど無視でき干渉の影響がほとんどを占めていると考えられる次にその確認実験を示す
静電的効果
前述した予想を確認するため量子ドットと細線を空間的には近傍に置き両者の間の伝導は無視できるほど小さい状態にして純粋な量子ドット静電ポテンシャルの効果を測定したこれはすなわちQPCによる量子ドット電荷のリモート検知と全く同じである図 34(a) にこの実験のための試料のSEM写真を示すこの試料においては図中に白く写っているTiAuゲートに電圧を印加することに
図 34 (a) QPC検出のための試料の SEM写真ゲートに電圧を印加することによって図中の白色破線のように量子ドットが量子細線の近傍に配置された構造が形成される緑色矢印は伝導度測定の経路を示す(b)量子ドットのセンターゲートを掃引したときの量子細線と量子ドットの伝導度量子ドット内の電子数が変化する量子ドットの伝導度 (青色トレース右軸)の Coulombピークの位置において量子細線の伝導度 (赤色トレース左軸)の傾きが変化している(c) 量子ドットを通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (上)と量子細線を通しての伝導から見た Coulombダイアモンド (下)量子ドットからの信号が消えかかる領域においても量子細線からの信号は依然として見ることができる量子細線からの信号は見やすくするため数値的に微分をとっている
27
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
図 35 量子ドットと量子細線の結合を弱くした際の量子ドットのセンターゲート電圧に対する量子細線の伝導度遷移領域では純粋な静電効果による信号をみることができる (赤色トレース)Fano形状とは明らかに異なる鋸歯状の直線的な信号となっているこれは量子ドット内の電子数が変わる際に量子ドット周りのポテンシャルが急激に変化することを反映しているこれに対しプラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)
よって量子ドットが量子細線近傍に配置された構造が形成されるただし量子ドットと量子細線の間のバリアは厚く両者の間にトンネル結合は生じていないこの試料において量子ドットのセンターゲート電圧を変化させたときの量子細線と量子ドットを通しての伝導度をそれぞれ図 34(b)に示す赤いトレースが量子細線の伝導度を青いトレースが量子ドットの伝導度を示している量子ドット内の電子数が変化する共鳴の位置において量子ドットの伝導度に Coulombピークが現れているこれと同じゲート電圧において量子細線の伝導度には傾きの変化が見られるこれが上述した量子ドット内の電子数が変化したことに伴ってポテンシャルが変化したことの結果であるこのシグナルは量子ドットを通してのシグナルではなく単に量子ドットと量子細線の静電的な結合の結果生じるものであるため図 34(b) (c)の左領域のように量子ドットの Coulombピークが観測しにくい領域においても観測されるこの静電的な影響は量子細線に対して量子ドット内の電荷によるポテンシャルの影響が実効的に量子細線のゲート電圧として働くによって生じるしたがって図 32の量子細線の伝導度において黄色の背景をつけた量子細線の伝導度がポテンシャルによって大きく変わる遷移領域においては大きな静電効果による信号が現れる一方その他の伝導度がポテンシャルによってあまり変化しないプラトー領域においては静電的な信号はほとんど現れない以上静電効果専用の試料を用いた確認実験について述べたが量子ドットとの結合が可能なT型干渉計の試料においても量子ドットと量子細線の間の距離を広げ結合を弱くしていくとトンネル結合が距離の指数関数的に弱くなるのに対して静電効果の弱まり方はべき的であるため弱い結合の極限でほぼ純粋な静電効果を見ることができる図 31(b)の試料についての測定例を図 35に示す遷移領域 (赤トレース)においては Fano形状とは明らかに異なった鋸歯状の振動が現れている振動振幅は図 34 に比べると可視度∆GGでみて明らかに大きいこれは図 34(a)の試料よりも図 31(b)の試料のほうが量子ドットと量子細線間の距離が小さく構造間により大きな静電容量が形成されているためと考えられる一方プラトー上においては信号を見ることができずプラトーから外れるにしたがって信号を観測できるようになる (青色トレース)(図 35の青色トレースではドットの VCの絶対値が小さな所ではその静電ポテンシャルの影響で伝導度がプラトーから外れてくる)
28
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
以上の結果より図 33で観測された量子ドットのセンターゲートの掃引に対する信号は量子細線の遷移領域においては Fano効果と静電効果の混ざったものでありプラトー領域においては純粋な Fano効果によるものと考えられる
34 0電子状態への到達
図 33には量子細線そのものの伝導度が現れているため量子ドットからの信号を調べようとする際には見づらいものとなっているそこでこの結果より量子ドットからの信号を抜き出すことを考える量子ドットからの信号はセンターゲートの掃引に対して短い周期で振動するこれに対し量子細線による伝導度の変化はゆっくりと変化するバックグラウンドとなるそこで量子ドットからの信号を抜き出すためにセンタゲート電圧 VCの掃引に対しての信号にボックススムージングをかけることによって微細構造を落としこれをバックグラウンドとして元の信号から差し引き振動成分のみを抜き出したこの結果を図 36に示す色の薄い振動の小さい部分が量子細線のプラトー領域に対応しこの領域においては純粋なFano効果を見ることができる一方色の濃い振動の大きい部分は量子細線の遷移領域に対応しこの領域では Fano効果に加えて静電的な効果も信号に含まれているまずプラトー上の Fano形状に着目しその中心 (式 (18)より分かるように量子ドットの共鳴の位置を表す) を VWに沿う方向で結んでみると図中の緑色破線が得られたこれは通常の量子ドットの透過実験においてCoulombピークの位置をプロットしたことに対応するVCがminus1 Vほどより負の領域では Fano形状が消失しているこのことはこの領域では量子ドット内に共鳴を起こすような準位が存在しないすなわち電子数が 0個の状態であることを意味する従ってこの領域を
図 36 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分伝導度はセンターゲートの掃引に対して振動しておりFano形状を見ることができる緑色破線は Fano形状の中心を表しその位置がドット内準位の位置を示すまた左端領域では 0電子に到達しておりこれをもとに決定した各領域の電子数を図の上に示す
29
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
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64
基準に緑色破線をまたぐ度に量子ドット内の電子数N が1個ずつ増加すると考えN を決定できるこのようにして決定した各領域のN を図の上に示す
35 殻構造の観測
第 1章で述べたようにVC軸上での緑色破線の間隔より式 (14) を用いて量子ドット内の離散準位間隔を求めることができるただしこの実験に使用した試料構造では量子ドットを直接通した伝導が測定できないためソースドレインバイアスをかけて Coulombダイアモンドを測定することができないしたがって間隔をエネルギーに変換する際に必要な係数量子ドットとゲート量子ドットと外部との間の静電容量の比 α = CgC が分からないためその絶対値までは決めることができないこのような系においては相対的なエネルギーの大小のみが分かるこのようにして求めた (相対的)離散準位間隔を図 37に示すこれを見ると図 36での電子数が
2個と 6個の領域で Fano形状間の間隔が広くなっていることを反映して電子数が 2個と 6個のところで離散準位間隔にピークを見ることができるこの現象は円形の調和振動子型閉じ込めポテンシャルにおける殻構造として次のように説明することができる円形の調和振動子ポテンシャルのHamiltonianは
H =1
2mlowast (p2x + p2
y) +12mlowastω2
0(x2 + y2) (32)
と書くことができるただしmlowast は電子の有効質量ω0 は閉じ込めポテンシャルのパラメータであるこのHamiltonianによるエネルギー準位は
ξnxny = ~ω0(nx + ny + 1) (nx ny = 0 1 2 3 middot middot middot ) (33)
となるこの離散準位より離散準位間隔∆ϵN = ϵN+1 minus ϵN は
∆ϵn(n+1) = ~ω0 (n = 1 2 middot middot middot ) (34)
∆ϵothers = 0 (35)
図 37 Fano形状の中心間の距離より求めた離散準位間隔電子数が 2個6個のところで殻構造を反映したピークが生じている
30
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
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2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
となりN = n(n + 1) = 2 6 middot middot middot の状態が安定であるという殻構造が生じる図 37のピークはこれを見ているものと考えられるこの殻構造はこれまでポテンシャルの対称性のよい縦型の円形量子ドットにおいて観測されていた [4]が今回この試料のような横型の正方形のゲートを使った量子ドットにおいても観測することができた正方形のゲートにおいてもこの殻構造が観測された理由としては今回用いた図 31(a)の試料においては少数電子の状態にするためにはゲートに大きな負の電圧をかけなければならずこの状況においては電子はドットの中心部分の微小な領域に閉じ込められておりゲートの形状によるポテンシャルの非対称性は均されて実効的に対称性のよいポテンシャルになっているのではないかと考えられるこれについては図 31(b)の試料についての実験結果の項で再度議論する
殻構造の変化
図 37の殻構造によるピークに注目するとワイヤゲートの電圧変化に対応してピークの高さが変化している図 38に示すように電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと殻構造を示すピークが小さくなる様子を見ることができるこの現象の原因は今のところ分かっていないがその可能性としては次のようなものが考えられる1つめの可能性は大きなワイヤゲート電圧をかけると量子ドットの閉じ込めポテンシャルが円形から楕円形に歪んでしまいその結果軌道の縮退が解けてしまうというものであるワイヤゲートと量子ドットとの結合は図 36の Fano形状の中心を結んだ線の傾きから求めることができおよそ 3 aFとなっているしかしこの軌道縮退が解けることによる説明はKramers縮退から生じる電子数が 2の殻構造の消失を説明できない
2つめの可能性は量子細線の横方向のモードと量子細線の結合によって縮退が解けるというものである本研究で使用した量子ドットと量子細線の複合系においては量子ドット内の波動関数と量子細線の横方向の波動関数が結合されなければならないがこの際に特定のモードとの結合によって縮退が解ける可能性がある
図 38 ワイヤゲート電圧に対する離散準位間隔の変化電子数が 2個 (赤色トレース)電子数が 6個 (青色トレース)ともにワイヤゲートに大きな負の電圧をかけていくと離散準位間隔が小さくなっている
31
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
36 プラトー上におけるFano形状の変化
図 39に図 36 の一部を拡大したものを示すこの領域はN = 0 1 2と少数電子の領域細線の横方向モード数M = 1 上の領域であるFano効果のピークとディップを示す赤色と青色の線がプラトー上で交差している様子を見ることができこれはプラトー上で Fano歪みの向きが反転していることを示している確認のため左図の緑色線に沿った断面のデータを右図に示すVWがminus1191Vと minus1154 V では歪みの向きが反転しておりこの形状を式 (18)の式でフィットした結果を図中に青色トレースで示した形状の反転を反映してFanoパラメータ qの正負も反転している量子細線と量子ドットが理想的に 1点で結合しているとすると散乱行列の対称性から qは必ず 0となるため実験を説明することができないそこで量子ドットと量子細線に有限の結合幅があると仮定しこの効果を取り入れたモデル計算を行った図 310(a)にモデルを示す量子細線をオンサイトエネルギー ϵwホッピングが tの 1次元のタイトバインディング鎖で表しまた量子ドットはオンサイトエネルギーが ϵdの 1サイトで近似した量子ドットと量子細線の結合部の有限幅を取り入れるために多数のワイヤサイトがドットサイトに対して強さ τiで結合しているこのモデルにおける透過率を付録Eに示したGreen関数の方法で計算したただしこの計算の際簡単のために量子細線部のサイト数 nを 8としまたτ1 τ8 = 001t τ2 middot middot middot τ7 = 0 として計算を行った結果を図 310(b)に示す量子細線のサイトのエネルギーを変化させると Fano形状が変化する様子を見ることができるこの結果は実験結果を再現するものとなっているこの計算結果の物理的な意味はワイヤサイトのエネルギーが変化することによって量子細線に沿った縦方向の波数が変化するこれに伴い量子ドットに結合しているサイト間の位相関係が変化しこの結果干渉効果である Fano効果の形状が変化すると考えられるしたがってこの効果は量子ドットと量子細線の縦方向の自由度の結合の結果である以上の結果はT型干渉計における Fano形状には量子ドットと量子細線の結合幅のようなその値
図 39 ワイヤゲートとセンターゲートの掃引に対する伝導度の振動成分電子数は 0個から 2個と少数電子の領域量子細線が 1つめのプラトー上の領域 (左図)Fano形状がプラトー上で反転している左図において緑色線で示したワイヤゲートの位置での Fano形状 (右図)確かに Fano歪みの向きは反転しておりこれに伴い Fanoパラメータ q の正負も反転している赤色マーカが実験データで青色トレースが Fanoの式でのフィットを表す
32
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
εw εw εw εw εw
εd
τ1 τnLead Lead
Dot
Wire
εw
図 310 (a) 有限の結合幅を考慮したモデル結合部に幅があるため多数のワイヤサイトがドットサイトに対して結合している(b) Green関数の方法を用いた計算結果ワイヤサイトのエネルギーを変化させるとFano形状が変化している
を評価しにくい要因も影響を与えることを明らかにしたしかしこのことから逆にFano形状を評価することで量子細線の伝導度測定では「量子化プラトー」のために知り得なかった細線方向の波数情報を得られることが分かった本項の議論の最後として第 1章で述べた 1つめの課題「少数電子量子ドットの位相シフト」について述べる今回観測された結果においてはそれぞれのFano形状が完結していることから共鳴位置での位相シフト変化がほぼ πであることが分かりπの整数倍でないような中途半端な変化を起こす様子は見られなかったまたAB干渉計における 0 rarr πの変化ないし π rarr 2πの変化のように波動関数のパリティを反映した結果についてはT型干渉計の場合純粋に反射モードを見ているとすると観測することが原理的に困難であると考えられる1
1今回使用したモデルでは細線とドットの結合の「幅」をすべて細線に負わせたもしドット側にも幅があればこの変化が測定にかかる可能性はあったが現在得られている実験結果の精度ではこの議論は難しい
33
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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64
37 閉じこめポテンシャルの異なる量子ドットの少数電子状態
図 31(b) の試料ではすでに述べたように (a)の試料に比べてゲートのサイズが小さく低い負のゲート電圧で少数電子状態となるゲートは正方形の形状をしているのでこのような条件下ではゲート形状を反映してやや歪んだポテンシャルとなる可能性があるまずゼロ磁場において図 33と同じく量子ドットのセンターゲートと量子細線のワイヤゲートの操作に対する量子細線の伝導度の変化を図 311に示す左図が伝導度を示したもので右図はFano形状の位置を分かりやすくするため伝導度のセンターゲート電圧に対する微分を数値的に取ったものであるFano形状中心付近では伝導度が急激に変化するためその微分をとると大きな値が生じるので Fano形状の位置を強調することができる図を見るとセンターゲートの電圧が minus05 V程度を境にして Fano効果が見えなくなっているこれは (a)の試料と同じくこの領域において電子数が 0個となったことを示しているこれをもとに各領域の電子数を求めた結果を図中に白色数字で示すここで電子数が 2個と 6個の領域に注目してみるとFano中心間の間隔が特に広くは無くこの試料においては殻構造が観測されなかったこの結果はごく単純には閉じこめポテンシャルの低対称性から生じていると考えられるがN = 2の縮退はKramers縮退であるからポテンシャルの低対称性のみでは解けず十分な説明とは言えないそこで量子ドット状態の由来を調べるため垂直磁場を加えて応答を調べた低磁場領域での準位の曲がりの一般的な性質を見るため解析的に調べられる 2次元等方調和振動子に外部磁場を加えた場合の Fock-Darwin状態 [5152] の性質を簡単に述べておくこのような系の
図 311 センターゲートワイヤゲートを掃引したときの伝導度変化 (左図)量子ドットのセンターゲートの掃引に対しては伝導度が振動しFano形状を見ることができるまたワイヤゲートの掃引に対しては伝導度の量子化を見ることができる右図はシグナルを見やすくするために数値的に微分をとったものFano形状のところでは傾きが大きく変化するため大きなシグナルが生じる
34
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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63
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64
(a) (b)
図 312 (a) 円形調和振動子ポテンシャルの準位の磁場依存性ϵnmの単位は ~ω0磁場をかけていくと準位の縮退がとけまた他の準位と交差する(b) 帯電エネルギーを数値的に考慮に入れて計算した化学ポテンシャル(a)で示された準位の交差を反映して準位の曲がりが生じている[3]
Hamiltonian H はベクトルポテンシャルを A(r)として
H =1
2mlowast (p + eA(r))2 +12ω2
0 r2 (36)
となるがこの固有値は解析的に求めることができ
ϵnm = ~Ω(B)(2n + |m| + 1) minus 12
~ωcm (n = 0 1 2 middot middot middot m = 0plusmn1plusmn2 middot middot middot ) (37)
となるただしΩ(B) =radic
ω20 + ω2
c4でありωc = eBmlowastはサイクロトロン振動数であるこのエネルギー準位の磁場依存性をプロットすると図 312(a)のようになり準位の縮退がとけまた他の準位と交差する様子を見ることができるそれぞれのN について化学ポテンシャルを計算した結果を図 312(b)に示す(a)での準位の交差を反映して準位の曲がりが生じているまたこの計算ではZeemanエネルギーは十分小さくすべての準位は Kramers縮退していると考えており同じ線形が2つずつ現れているこの結果をみても明らかであるが同じ軌道状態から生じる状態の場合磁場に対して同じ依存性を示すまた縮退軌道の場合角運動量の違いに従い磁場によって縮退が解け磁場に対して異なる関数形を示す一般のポテンシャルでは角運動量は保存しないが類似現象が生じる図 313に図 31(b) の形状の試料に対し磁場をかけた際の Fano形状の中心の動きを示すただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったため図においては第 1準位のゲート電圧が同じところにくるように補正をかけてあるこの結果は図 312(b) とはかなり異なっているまず図中のAの領域に注目するここでは 1つめと 2つめの準位を示す線が見えているがこの傾きが大きく違っているこれはFock-Darwin状態に対する考察で見たようにこの最初の2つの共鳴状態が明らかに異なる軌道状態によるものであることを示しているこのためこの試料においては電子間相互作用が離散準位間隔に対して比較的大き
35
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
A
BB
C
図 313 少数電子状態の磁場応答各領域の電子数を図中に緑色字で示す第 1準位と第 2準位の磁場応答を示す線の傾きが異なっている (領域 A)また低磁場領域で Fock-Darwin効果のような準位の曲がりが (領域B)高磁場領域でスピン状態の変化に起因すると思われる準位の曲がりが生じている (領域 C)
く2個めの電子が 1個めの電子と違う軌道に入り高スピン状態となっていると結論される以上により図 311でN = 1に比べてN = 2の間隔が広くならない理由は現象的には説明できたではなぜ低対称性ポテンシャルの場合は高スピン状態が生じそうでない場合には生じないのかという点については現在のところ説明がついていないこの 2つの試料のポテンシャルは 2次元的な対称性の違いのみではなく閉じこめの強さ ω0も違っている可能性がありどのような条件下で高スピン状態が生じるかは今後の課題である次に図中の Bの領域に注目するこの領域では準位を示す線に曲がりが生じているこの曲がりは図 31(b) に示したような Fock-Darwin状態のような磁場をかけたことによる準位の交差をみているものと考えられるまたこの領域においては信号強度が弱くなっているがこれはこの磁場領域では量子ドットと量子細線間の結合が弱くなることを示していると考えられるまた図中のCの高磁場領域において別の準位の曲がりが生じている高磁場下では準位間隔が非常に小さくなるため相対的に電子間相互作用の効果が大きくなり電子相関が重要になる [3]この電子相関に起因する基底状態の転移はこれまで縦型の量子ドットにおいて観測されており [25] 本研究の結果もこれを観測している可能性があるただしこの試料においては高磁場領域でゲート条件がシフトすることがあったためデータが完全とは言い切れない
36
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
38 結論
第 3章の結論は以下の通りである
bull 横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができた
bull 少数電子状態に伴い殻構造を観測した
bull 殻構造が量子細線の状態によって変化する様子を観測した
bull プラトー上において Fano形状が変化する現象を観測したこの現象は量子ドットと量子細線の結合部の有限の幅より生じていることがモデル計算により確かめられた
bull T型干渉計における干渉信号には少数電子状態においてπの整数倍でないような非自明な位相シフトは現れなかったまた波動関数のパリティを反映した位相シフトはT型干渉計で観測することは困難である
bull 閉じこめポテンシャル形状を変化させることで調和ポテンシャルの軌道縮退による殻構造が現れたり消えたりする劇的な変化が現れるまた高スピン状態の出現もこれによって制御されうる
37
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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64
第4章 量子ドット系における近藤効果とRKKY
相互作用
41 試料
量子ドット系における近藤効果と RKKY 相互作用を測定するために作製した試料の SEM 写真を図 41(a) に示す図中で白く写っているものが TiAu の金属ゲートでありこの金属ゲートがGaAsAlGaAs 2次元電子系の上に蒸着されている第 1章 で述べた対向配置並列配置の双方を 1つの試料で実現するためにこの試料においては電圧をかけるゲートの組み合わせにより様々な構造を作ることが可能となっているこの際使用しないゲートは電圧をGNDにし測定に影響が出ないようにした図 41(b)に本研究で使用した構造および測定の経路を示しているまず左図においては量子細線に量子ドットが 2つ対向して結合した系が作製されている (白色破線)この際の量子ドットを通しての伝導 (緑色矢印)を測定している右図の配置では量子ドットが並列に電子溜めに結合しておりその伝導を一方の量子ドットを通して測定しているなお測定の際には使用していないオーミックコンタクトは開放しユニタリティの保たれた 2端子測定としている [16]
図 41 (a) 試料の SEM写真白く写っているものが TiAuの金属ゲートであり下地は GaAsAlGaAs 2次元電子基板であるこの試料では電圧をかけるゲートを選択することにより様々な構造を形成することができる(b) この試料で形成することのできる各種の構造左図では量子細線に 2つの量子ドットが対向して結合している (白色破線)また右図では 2つの量子ドットが並列に結合している緑色矢印は伝導度測定の経路を示す
38
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
42 近藤効果の観測
まず図 41 の試料において量子ドットを形成し近藤状態を探索した近藤状態の探索にあたっては量子ドットにおいてCoulomb ブロッケードが発現するゲート電圧条件を探しそこからゲートにかける電圧を緩めてリードと量子ドットの結合を強くしていきCoulombブロッケードが解除される領域を探した図 42にその一例を示す右図に橙色で示されたドットを通しての伝導度を量子ドットのセンターゲートとソースドレインバイアスに対して測定しているまたゼロバイアスにおける伝導度のセンターゲート依存性を上図に示す図中の緑色破線で囲まれたセンターゲート電圧が minus0345 Vから minus0358 V付近にかけての本来 Coulombブロッケードである領域でブロッケードが解除されゼロバイアス付近で伝導度が増大している以上は近藤効果の発現の可能性を示唆している近藤効果であることを更にチェックするためこの共鳴領域の伝導度の温度依存性を測定した結果を図 43中の赤色マーカで示すただし図 42の近藤共鳴状態とはゲート電圧条件が違っているここで近藤状態の伝導度の温度依存性を式 (113)でフィットした結果を図中に青色のトレースで示すこのフィットの結果より近藤温度 TKを見積もると 650 mKとなりこの値は過去の同様の量子ドットにおける結果 [18]と比べると妥当な値となっている図 42のゼロバイアスピークの幅 (e∆Vsd sim kBTK)より大まかに見積もられた値 800 mK とも矛盾しない低温での伝導度が 2e2hよりかなり低くなっているがこれは電極部分や接触抵抗の影響と考えられる以上より観測した共鳴状態は近藤効果によるものと考えられる
VCVB
図 42 右図に橙色で示されたドットを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度をドットのセンターゲートソースドレインバイアスに対して測定した結果黒色破線は Coulombダイアモンドを表す緑色破線内の Coulombブロッケード領域でゼロバイアス付近に近藤効果に伴う伝導度の増大が見られる
39
054
052
050
048
Co
nd
ucta
nce
(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
054
052
050
048
Co
nd
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(e
2h
)
3 4 5 6 7 8 9
1002 3 4 5
Temperature (mK)
図 43 近藤状態での伝導度の温度依存性赤色マーカが実験データを青色トレースが経験式でのフィットを表しているフィットの結果より見積もられる近藤温度 TK は 650 mKである
43 近藤効果の抑制 - 対向配置 -
この近藤共鳴状態を用いてまずこれまでにRKKY相互作用が発現した可能性が実験報告されている図 41(b)左図のような2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた系において近藤効果の抑制が観測されるかを調べた
431 弱結合の場合
図 44右図に示すように量子ドット IIに前節で述べた近藤状態を発現させた上でもう一方の量子ドット Iを形成し操作したまずは量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIW を minus04 Vと比較的大きい負の値にセットし2つの量子ドット間の結合を弱く設定してRKKY相互作用が発現しにくい条件で測定を行ったこのときの量子ドット Iのセンターゲート電圧と量子ドット IIのセンターゲート電圧の掃引に対する量子ドット IIを通しての伝導度の変化を図 44に示すまず量子ドット IIのセンターゲートの掃引に対しては緑色破線で挟まれた領域で伝導度が高くなっておりこの領域が前述の近藤効果が起こっている領域である次に量子ドット Iの掃引に対しては伝導度の振動を見ることができる量子ドット Iは測定の経路に対し横に結合しており第 1章で述べたT型干渉計の構造となっているこのため量子ドット I内の準位の存在によって干渉の結果である Fano効果や静電的な効果による信号が伝導度に現れることが期待される量子ドット Iの掃引に対する伝導度の振動はこの信号であると考えられる第 3章で述べたようにこの信号の位置において量子ドット I中の電子数が変化し図中を縦に走る信号線を越えるごとに電子数が変わる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらずどの領域でも伝導度は増大したままとなっており近藤状態は量子ドット Iのすべての電子数の領域で発現しているように見えるまた実際に各領域でソースドレインバイアスをかけて近藤効果に特有のゼロバイアスピークが見られるかどうかを調べたところすべての領域でピークを観測することができたこの結果よりすべての領域で近藤状態が発現していることが確認された
40
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
VIIC
VIC VIR
VIW
I
II
図 44 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱く設定してある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまたドット Iからのシグナルが Fano効果や静電的な効果の結果として図中の縦線として表れている
432 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートとワイヤゲートにかける電圧VIR VIWを緩めてそれぞれminus035minus034 Vとし2つの量子ドット間の結合を強く設定して RKKY相互作用が発現しやすい条件の下
図 45 2つの量子ドット間の結合を強く設定したときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果伝導度が高い部分 (図中 bd)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域を見ることができる
41
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
図 46 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性b dにおいてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)が見られるのに対しa c eではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失している
で同様の測定を行った結果を図 45に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度は量子ドット Iのセンターゲートを掃引すると量子ドット Iの電子数の変化に対して伝導度が高い部分 (図中 b d)と伝導度が低い部分 (図中 a c e)が交互に現れる領域が現れた伝導度のバックグラウンドが図 44 のときの値と異なっているためこの結果だけからは図中 a c eの領域の伝導度が減少したのか図中 b dの領域の伝導度が増加したのか判断するのが難しいそこで次に a b c dそれぞれの領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べたこの結果を図 46に示すb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピーク (緑色三角マーカー)が生じており近藤効果が残存している兆候が見える一方a c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効果が消失しているように見える
以上の結果は2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた構造において2つの量子ドット間の結合が強くなると一方の量子ドットの近藤効果がもう一方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候を示しておりRKKY相互作用の発現を示唆していた先行研究 [46]の結果と矛盾しないただし今回の結果は極めてかすかな効果で充分な説得力がない上に他の解釈も考えられ実験的に十分確立された結果であるとは言えない
42
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
44 近藤効果の抑制 - 並列配置 -
次にRKKY相互作用が弱くなると予想される図 41(b)右図の 2つの量子ドットを並列に配置した系においての近藤効果の抑制について調べた
441 弱結合の場合
量子ドット IIにおいて近藤効果を発現させこの近藤効果が消失するかどうかを調べるまず量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIR をminus0357 Vと大きい負の値に設定し2つの量子ドット間の結合を弱く設定して量子ドット Iと量子ドット IIのセンターゲートに対する伝導度の変化を測定した結果を図 47に示す先ほどと同じく緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現している領域で伝導度が増大しているまた量子ドット Iのセンターゲートの掃引に対しても振動する信号が見えており先ほどと同じくこの信号を用いて量子ドット Iの電子数の変化を検出することができる緑色破線で挟まれた量子ドット IIの近藤状態の領域に注目してみると量子ドット Iの電子数によらず全領域にわたって伝導度は高いままとなっており近藤効果は全ての領域で発現しているように見えるまた各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べた結果を図 48に示すab cすべての領域でゼロバイアス付近にピークを観測でき近藤効果が発現していることを見ることができる
VIC VIR
VIIC
I
IIa b c
図 47 右図の量子ドット IIを通しての経路 (緑色矢印)での伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果2つの量子ドット間の結合は弱くしてある緑色破線で挟まれた領域がドット IIの近藤状態の領域であり伝導度が高くなっているまた量子ドット Iからの信号が図中の縦線として表れている
43
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
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[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
図 48 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a b cすべての領域でゼロバイアスピーク(緑色三角マーカー)を見ることができ近藤効果が発現している
442 強結合の場合
次に量子ドット Iのライトゲートにかける電圧 VIRを緩めminus0372 Vとし2つの量子ドット間の結合を強くして同様の測定を行った結果を図 49に示す緑色破線で挟まれた領域が量子ドット IIにおいて近藤効果が発現していた領域であるこの領域に注目してみると今度も各領域で伝導度は同じように見えるしかしa b c d e各領域で伝導度のソースドレインバイアス依存性を調べてみると変化が現れた結果を図 410に示すa c eの領域においてはゼロバイアス付近にピーク構造は見られず近藤効
図 49 2つの量子ドット間の結合を強くしたときの量子ドット IIを通しての伝導度を量子ドット Iのセンターゲート電圧量子ドット IIのセンターゲート電圧に対して測定した結果緑色破線で挟まれた量子ドットIIの近藤状態の各領域において伝導度は高いままのように見える
44
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
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64
図 410 各領域における伝導度のソースドレインバイアス依存性a c eの領域ではゼロバイアスピークが消えており近藤効果が消失しているb dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアスピーク (緑色三角マーカー)があるようにも見える
果は消失している一方b dの領域においてはかすかではあるがゼロバイアス付近にピークがあるようにも見える以上の結果は並列配置においてもRKKY相互作用を示唆するような近藤効果の消失が起こっている可能性があることを示しているしかし信号強度があまりにも弱く説得力のある結果にはほど遠いのが現状である以上この実験については引き続き試料形状を工夫するなどしてより精度を高めていく必要がある
45 結論
第 4章の結論は以下の通りである
bull 近藤効果を観測しそのソースドレインバイアス依存性温度依存性を調べた
bull 対向配置において近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する兆候が観測されたがその信号強度はあまりにも弱かった
bull 並列配置においても明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
45
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
第5章 総括
本研究では量子ドットと量子細線の複合系において「少数電子量子ドットの位相シフト」および「量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用」の 2つを課題として研究を行った
少数電子量子ドットの位相シフト
横型の量子ドットにおいて電子数 0個の領域まで到達することができ少数電子状態を実現することができた少数電子状態の実現の結果殻構造を観測したまたこの殻構造が量子細線の状態変化に依存することが観測されたさらに閉じこめポテンシャル形状が変化すると単純な殻構造は失われ少数電子ドットでも高スピン状態が生じることを磁場応答から検証した量子細線のプラトー上で Fano形状が変化することが観測されこの現象は量子ドットと量子細線の有限の結合幅を考慮したモデルを用いて再現することができこれにより量子ドットと量子細線の結合幅が Fano 形状に影響を与えることが明らかとなった
Fano形状から得られる位相シフト情報からT型干渉計を用いた今回の実験の範囲では少数電子状態で特異な位相シフトは検出されなかった
量子ドット系における近藤効果とRKKY相互作用
2つの量子ドットを量子細線に対向して結合させた配置において一方の量子ドットの近藤効果が他方の量子ドット内の電子数に依存して消失する現象の兆候が観測されこの結果は先行研究の結果と矛盾しないしかしその信号強度はあまりにも弱かった次に 2つの量子ドットを並列に配置した構造においても測定を行ったが明確な測定結果を得ることはできず近藤効果抑制の原因を探るためには更なる実験が必要である
46
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
謝辞
本研究は多くの方々の御貢献御協力によって成り立っています
勝本信吾教授には興味深い課題と恵まれた研究環境を頂きまた試料作製から論文執筆に至るまであらゆる局面で御指導御助言を頂きました家泰弘教授には様々な局面で貴重な御助言と御指導を頂きました阿部英介博士遠藤彰博士Kang Ning 博士には多くの有益な議論と御指導を頂きました橋本義昭氏には特に実験技術に関して多大な御助言と御指導を頂きました小黒勇氏には特に測定に関して御助言を頂きました川村順子秘書小野明子秘書をはじめとする皆様方には事務手続き等で大変お世話になりました
Chonnam National University の Kicheon Kang 助教授Gyong Luck Khym 博士Tel AvivUniversity のAmnon Aharony 教授Ora Entin-Wohlman 教授慶応義塾大学の江藤幹雄助教授をはじめとする皆様方には理論的側面から多くの御助言を頂きました佐々木智博士をはじめとするNTT物性基礎研究所の皆様方にはRKKY相互作用に関する実験について丁寧に教えて頂きまた測定等についても多くの貴重な御助言を頂きました小林研介博士相川恒博士佐藤政寛氏をはじめとする研究室OBの皆様方には量子ドット試料の作製から測定に至る手法数々の有益なプログラム等を残して頂きまた多くの御指導を頂きました小寺克昌氏加藤雅紀氏佐野浩孝氏山岸俊之氏内田隆洋氏鈴木一也氏高堂寿士氏飯田悠介氏木村洋介氏田辺正樹氏田宮慎太郎氏には研究生活を共にし様々な議論や御助言を頂きました家族友人には研究に理解を示し応援して頂きました
皆様方の御協力があってこそ本研究を行うことができました心より感謝し御礼を申し上げます
ありがとうございます
47
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
付 録A Fanoの式 [25]
Fano効果は系に離散準位と連続準位が存在しそれらの干渉によって生じるもので離散準位の共鳴ピークが特徴的な非対称形状を見せるこれは共鳴ピークの左右で強め合う干渉と弱め合う干渉が起きる為である離散準位 φと連続準位 ψEprime が結合した系を考えるHamiltonian H の行列要素は
lt φ|H|φ gt = Eφ
lt ψEprime |H|φ gt = VEprime
lt ψEprimeprime |H|ψEprime gt = Eprimeδ(Eprimeprime minus Eprime)(A1)
と表されるものとするここでVEprime は離散準位と連続準位の相互作用の強さを表すこのHの固有状態を
ΨE = aφ +int
dEprime bEprimeψEprime (A2)
とおくと係数 aと bEprime は式 (A1)と規格化条件から
a =sin∆πVE
(A3)
bEprime =VEprime
πVE
sin∆E minus Eprime minus cos∆ δ(E minus Eprime) (A4)
と求まるここで
∆ = minus arctanπ|VE |2
E minus (Eφ + F (E))(A5)
は ψE が φとの相互作用によって得る位相で
F (E) = P
intdEprime |VEprime |2
E minus Eprime (A6)
は共鳴位置のEφからのずれであるP は積分の主値を表すこのずれ F (E)はVEprime のE依存性が小さければ一定と見なせるある始状態 |i gtが遷移 T によって終状態 |ΨE gtになる確率は
lt ΨE |T |i gt =1
πVElowast lt φ|T |i gt sin ∆ +
1πVE
lowast P
intdEprimeVEprimelowast lt ψEprime |T |i gt
E minus Eprime sin∆
minus lt ψE |T |i gt cos∆
=1
πVElowast lt Φ|T |i gt sin∆minus lt ψE |T |i gt cos∆ (A7)
となるここで
Φ = φ + P
intdEprimeVEprimeψEprime
E minus Eprime (A8)
は連続準位の存在によって修正された離散準位である式 (A5)よりEが変化すると∆はE = Eφ+F
付近で鋭く変化することが分かるまた sin∆と cos ∆はE minus Eφ minus F に関してそれぞれ奇関数と偶
48
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
関数であるので式 (A7)の第一項と第二項は E = Eφ + F の右と左で強め合う弱め合う干渉を起こすこのことが Fano効果の特徴的なラインシェイプを与えるまた式 (A7) から
tan∆0 =πVE0
lowast lt ψE0 |T |i gt
lt Φ|T |i gt(A9)
のときには遷移確率が 0になることが分かる系全体の遷移確率 | lt ΨE |T |i gt |2を連続準位の遷移確率 | lt ψE |T |i gt |2で規格化したものは
| lt ΨE |T |i gt |2
| lt ψE |T |i gt |2=
(q + ϵ)2
1 + ϵ2(A10)
で与えられる [21]ϵと qは
ϵ = minus cot∆ =E minus Eφ minus F
π|VE |2
=E minus E0
Γ2 (A11)
q =lt Φ|T |i gt
πVElowast lt ψE |T |i gt
(A12)
でありqは Fano効果が存在する場合のラインシェイプを特徴づけFanoパラメータと呼ばれる
49
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
付 録B 近藤状態の伝導度 [3]
式 (19)の sd-Hamiltonian
Hsd = Jsumkkprime
[S+cdagger
kprimedarrckuarr + Sminuscdagger
kprimeuarrckdarr + Sz(c
daggerkprimeuarr
ckuarr minus cdagger
kprimedarrckdarr)
](B1)
を摂動として扱い伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率を求めるHsdの 1次の摂動の結果は図 B1(a) に示された過程によるもので
ltuarr kprime uarr |Hsd| uarr k uarrgt =J
2ltuarr kprime uarr |cdagger
kprimeuarrckuarr| uarr k uarrgt
=J
2(B2)
となるただし| uarr k uarrgtは量子ドットが | uarrgt伝導電子が |k uarrgt である状態を示す次にHsdの 2次の摂動
ltuarr kprime uarr |Hsd1
ϵ minus H0 + iδHsd| uarr k uarrgt (B3)
については図B1(b) に示された 3つの過程が寄与する左端の過程では|k uarrgt の電子が中間状態|q uarrgtに散乱され最終的に |kprime uarrgt に散乱される中央の過程では|kprime uarrgt |˜q uarrgtの電子正孔対が生成された中間状態を経て|k uarrgt |˜q uarrgtが対消滅して終状態に至る右端の過程では|kprime uarrgt |˜q darrgtの電子正孔対が生成され量子ドット内のスピンが | darrgtに反転した中間状態を経て|k uarrgt |˜q darrgtが対消滅して量子ドット内のスピンが | uarrgtの状態に戻り終状態となる
k k
k kq k k
q
k k
q
(a)
(b)
図 B1 (a) Hsd の 1次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が |kprime uarrgtに散乱される(b) Hsd の 2次で寄与する項のダイアグラム|k uarrgtの電子が各種中間状態を経た後に|kprime uarrgtに散乱される
50
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
スピン反転を伴わない最初の 2つの過程からの寄与は
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerkprimeuarr
cquarrcdaggerquarrckuarr| uarr k uarrgt
ϵ minus ϵq + iδ+
sumq
(J
2
)2 ltuarr kprime uarr |cdaggerquarrckuarrcdaggerkprimeuarr
cquarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ
=sum
q
(J
2
)2 1 minus f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
+sum
q
(J
2
)2 minusf(ϵq)minusϵ + ϵq + iδ
=(
J
2
)2 int D
minusDρ
1ϵ minus ϵq + iδ
dϵprime
=(
J
2
)ρ
(ln
∣∣∣∣D + ϵ
D minus ϵ
∣∣∣∣ minus iπ)
(B4)
となるただしこの計算の過程でリード中の状態密度はバンド [minusD D]で一定値 ρとしたこの計算では Fermi分布関数 f(ϵq)は 2つの過程により相殺され発散は起こらない一方スピン反転を伴う 3つめの過程からの寄与は
sumq
J2ltuarr kprime uarr |cdaggerqdarrckuarrc
daggerkprimeuarr
cqdarr| uarr k uarrgt
ϵ minus (2ϵ minus ϵq) + iδ=
sumq
J2 f(ϵq)ϵ minus ϵq + iδ
= J2ρ
int D
minusD
1ϵ minus ϵq + iδ
f(ϵprime)dϵprime
asymp
minusJ2ρ ln |ϵ|D for kBT ≪ |ϵ|minusJ2ρ ln kBTD for |ϵ| ≪ kBT
(B5)
なり対数で発散する項が出てくる [27]さらに高次の項でもこの発散は見られ各次数での最強発散項を足し合わせると伝導電子 |k uarrgtが |kprime uarrgtに散乱される確率は|ϵ| ≪ kBT のとき
J21 + 2Jρ ln kBTD
=J2
2Jρ lnTTK(B6)
となる [28]この結果は T = TKで発散することより摂動計算は TK ≪ T で有効であることが分かる同様に他の |k darrgtの散乱や始状態と終状態でスピンが異なる過程を全て合わせた遷移確率を求めると電気伝導度Gを計算することができその結果は
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)23π2
161
(ln(TTK))2(B7)
となる一方T ≪ TKにおいては量子ドット中の局在スピンは完全に遮蔽された状況となりFermi流体論が成立することが知られているこれによると電気伝導度Gは
G =2e2
h
4ΓLΓR
(ΓL + ΓR)2[1 minus π2(TTK)2
](B8)
となる
51
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
付 録C RKKY相互作用 [40]
図 110(a)のような 2つの局在スピンが存在しその周りに伝導電子が存在する系を考えるこのような系において局在電子と伝導電子の間に混合があったとき局在電子と伝導電子のスピンの間には相互作用が働き局在スピンの周りの伝導電子はスピン分極を起こすそしてこの分極した伝導電子が他の局在スピンと相互作用をすることによって実効的に 2つの局在スピン間に相互作用が働くこの相互作用をRKKY相互作用と呼ぶ
C1 局在スピン周りの伝導電子の分極
ここではまず局在スピン周りの伝導電子の分極を求めるまず局在電子と伝導電子の間の混合についてその 2次の摂動までで有効Hamiltonianを導くと先ほどの近藤効果と同じ sd-Hamiltonian式 (B1) が出てくる今回はこれを個数基底ではなく実空間基底で
Hsd = minussum
i
2jsd(ri)si middot S (C1)
と表記しておくここで ri siは伝導電子の位置とスピンを表すこのHamiltonianを摂動として扱い伝導電子の状態 ψ
kσがどのように変更を受けるのかを求めるこれに先立ちHsdの行列要素を
求めると
lt kprime + |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |kminus gt = jkprimek
Sz
lt kprime minus |Hsd |k+ gt = minusjkprimek
Sminus
lt kprime + |Hsd |kminus gt = minusjkprimek
S+ (C2)
となるここでjkprimek
=int
ψlowastkprime(r)jsd(r)ψk
(r)d3r であるこの結果より摂動を受けて ψkσは
ψprimekσ
= ψkσ
+sum
kprime( =k)
σjkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeσ
+sumkprime
jkprimek
Sσ
ϵkprime minus ϵ
k
ψkprimeminusσ
(C3)
となるその結果ψprime
kσによるスピン密度は x y zのそれぞれの方向について
sumξ
ψprimelowastkσ
sxψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sx
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C4)
sumξ
ψprimelowastkσ
syψprimekσ
=12
sumkprime
(jkprimek
Sy
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C5)
sumξ
ψprimelowastkσ
szψprimekσ
=σ
2ψlowast
kψ
k+
12
sumkprime(=k)
(jkprimek
Sz
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
(C6)
52
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
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64
となるただし ξはスピンを表す変数である全体のスピン分極を求めるにはこの結果に Fermi分布関数をかけて kと σについての和を実行すれば良くその結果全体のスピン分極はsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastkψ
kprime + cc)
S (C7)
となるここで伝導電子として自由電子を仮定すると k kprimeについての和を実行することができ
1V 2
sumk(kltkF)q
j0S2m
~2
1
(q + k)2 minus k2(eiqmiddotr + eminusiqmiddotr)
=9π
2
(N
V
)2 j0
ϵF
(minus2kFr cos(2kFr) + sin(2kFr)
(2kFr)4
)S (C8)
となるただしここでjkprimek
= 1Vint
j(r)eminusiqmiddotrd3r asymp j0V と近似を行いまた q = kprime minus kであるこれを見ると伝導電子のスピンは局在スピンの周りで分極しその大きさは振動しその振幅は 1r3
で減衰することが分かる
C2 間接交換相互作用
次にスピン分極した伝導電子ともう一方の局在スピンの相互作用について見ていくこの相互作用を求めるには式 (C1)の伝導電子のスピン sに式 (C7)の結果を代入すればよく
minus2jsd(r minus R2)S2 middotsum
k
f(ϵk)sumkprime
(jkprimek
ϵkprime minus ϵ
k
ψlowastk(r minus R1)ψkprime(r minus R1) + cc
)S1 (C9)
となるここでこの結果を rについて積分すると
minus2sum
k
f(ϵk)sumkprime
(|j
kprimek|2
ϵkprime minus ϵ
k
2 cos[(kprime minus k) middot R21]
)S1 middot S2 (C10)
となりさらに伝導電子として自由電子を仮定すると先ほどと同じく k kprimeについての和を実行することができ結局
HRKKY = minus2J12S1 middot S2 (C11)
J12 =9π
2
(N
V
)2 j20
ϵF
minus2kFR21 cos(2kFR21) + sin(2kFR21)(2kFR21)4
(C12)
となるしたがってこの相互作用は局在スピン間の距離 R21 が大きくなるにつれて正負に符号を変えながら振動しまた 1R3
21で減衰していくことが分かる
53
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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62
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[25] 相川恒 博士論文 (2005)
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[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
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[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
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[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
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[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
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[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
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[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
付 録D Landauer公式 [50]
D1 バリスティックな伝導体の伝導度
図D2(a)に示すように長さL幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系を考えるバリスティックな伝導体の幅W は小さく図D2(b)のようにサブバンド (チャネル)が形成されているものと仮定するそれぞれのチャネル iの分散関係を E(i k) とするしたがってエネルギーEにおけるチャネルの数は
M(E) =sum
i
θ(E minus E(i k = 0)) (D1)
と表されるここで各チャネルにおいて +k方向の状態による電流 I+を計算する電流は電子濃度 n電子の速度 vとすると envで表される今ある kの状態による電子密度は 1Lであることより
I+ =e
L
sumk
1~
partE
partkf+(E)
=2e
h
int infin
ϵf+(E)dE (D2)
となるただしf+(E)は+kの状態の Fermi分布関数ϵは伝導体のカットオフエネルギーであり2段目での係数 2はスピンの自由度より生じているこの結果を全チャネルについて足し合わせると
I+ =2e
h
int infin
minusinfinf+(E)M(E)dE (D3)
と書くことができる
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
N= 1 2 3 4
W
L
(a) (b)
+k
図 D1 (a) 長さ L幅W のバリスティックな伝導体が反射の無いコンタクトにつながれている系の模式図(b) バリスティックな伝導体の中に形成されているサブバンドの模式図
54
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
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[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
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[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
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[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
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[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
ここで図 D2(a)の状況においては正味の電流 I は右へ行く電流から左へ行く電流を引いたものなので
I =2e
h
int infin
minusinfinf+1 (E)M(E)dE minus 2e
h
int infin
minusinfinfminus2 (E)M(E)dE
=2e2
hM
micro1 minus micro2
e(D4)
となり結局伝導度は
G =2e2
hM (D5)
となるただしこの計算の過程で micro2 lt E lt micro1 の範囲ではMは一定であると仮定した
D2 Landauer公式
透過率 T の伝導体が前述のバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系について伝導率を求めるリード 1において伝導体へ流れる電流 I+
1 は式 (D4)より
I+1 =
2e
hM(micro1 minus micro2) (D6)
となる一方伝導体からリード 2へ流れる電流 I+2 は I+
1 に透過率 T をかければよく
I+2 =
2e
hMT (micro1 minus micro2) (D7)
となるまた伝導体からリード 1へ反射される電流 Iminus1 は
Iminus1 =2e
hM(1 minus T )(micro1 minus micro2) (D8)
V
micro1 micro2
E
k
micro1
micro2
(a)
T
E
T
I1+
I2+
I1-
k
(b)
図 D2 (a) 透過率 T の伝導体がバリスティックな伝導体をリードとしてコンタクトに結合している系の模式図(b) リード 1 2におけるサブバンドの模式図
55
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
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[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
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[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
となるしたがって正味の電流 I は
I = I+1 minus Iminus1 = I+
2 =2e
hMT (micro1 minus micro2) (D9)
となりこの結果伝導度Gは
G =2e2
hMT (D10)
となる [49]上記の議論では透過率 T は全てのチャネルで同じとしたがこれをそれぞれのチャネル iの透過率が Tiと異なっている場合に拡張すると
G =Msumi=1
2e2
hTi (D11)
となる
56
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
[2] S M Reimann and M Manninen Rev Mod Phys 74 1283 (2002)
[3] 江藤幹雄 物性研究 85 853 (2006)
[4] S Tarucha D G Austing T Honda R J van der Hage and L P Kouwenhoven Phys RevLett 77 3616 (1996)
[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
[6] Y Aharonov and D Bohm Phys Rev 115 485 (1963)
[7] A Yacoby M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 74 4047 (1995)
[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
[9] E Buks R Schuster M Heiblum D Mahalu and V Umansky Nature 391 871 (1998)
[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
[12] A Aharony O Entin-Wohlman T Otsuka S Katsumoto H Aikawa and K KobayashiPhys Rev B 73 195329 (2006)
[13] K Kang S Y Cho J Kim and S Shin Phys Rev B 63 113304 (2001)
[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
[15] A C Johnson C M Marcus M P Hanson and A C Gossard Phys Rev Lett 93 106803(2004)
[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
[17] M Sato H Aikawa K Kobayashi S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 95 66801(2005)
[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
62
[19] H Beutler Z Phys 93 177 (1935)
[20] U Fano Nuovo Cimento 12 550 (1935)
[21] U Fano Phys Rev 124 1866 (1961)
[22] F Cerdeira T A Fjeldly and M Cardona Phys Rev B 8 4734 (1973)
[23] J Faist F Capasso C Sirtori K W West and L N Pfeiffer Nature 390 589 (1997)
[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
[35] W G van der Wiel S De Franceschi T Fujisawa J M Elzerman S Tarucha andL P Kouwenhoven Science 289 2105 (2000)
[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
付 録E Green関数の方法 [50]
本研究で使用したデバイスにおいては電子はコヒーレンスを保っており量子効果が発現するこのような系全体にコヒーレンスが保たれているデバイスの伝導率を計算する方法として Green関数の方法がある
E1 Green関数
E11 Green関数
まず遅延Green関数GRと先進Green関数GAを
GR =1
E minus H + iη (E1)
GA =1
E minus H minus iη(E2)
により定義するここでH は系のHamiltonianでηは微小な数である実空間基底 |r gtの直交性を用いれば
(E minus Hr + iη)GR(r rprime) = δ(r minus rprime) (E3)
となるためGreen関数GR(r rprime) =lt r|GR|rprime gt を rprimeに単位励起が与えられたときの rにおける波動関数とみなすことができるここで基底 |Ψα gt=
intd3rψα(r)|r gt の直交性を用いれば
GR(r rprime) = lt r|sumα
|Ψα gtlt Ψα|E minus H + iη
|rprime gt
=sumα
ψα(r)ψlowastα(rprime)
E minus ϵα + iη(E4)
となり系の固有関数と固有エネルギーよりGreen関数GR(r rprime)を求めることができる
E12 無限細線のGreen関数
無限の細線のGreen関数を求めるまず系のHamiltonianを
H = minus ~2
2m
part2
partx2minus ~2
2m
part2
party2+ U(y) (E5)
とするこの結果固有関数は
ψβm(x y) =1radicL
χm(y)eiβx (E6)
57
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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[3] 江藤幹雄 物性研究 85 853 (2006)
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[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
[6] Y Aharonov and D Bohm Phys Rev 115 485 (1963)
[7] A Yacoby M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 74 4047 (1995)
[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
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[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
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[13] K Kang S Y Cho J Kim and S Shin Phys Rev B 63 113304 (2001)
[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
[15] A C Johnson C M Marcus M P Hanson and A C Gossard Phys Rev Lett 93 106803(2004)
[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
[17] M Sato H Aikawa K Kobayashi S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 95 66801(2005)
[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
62
[19] H Beutler Z Phys 93 177 (1935)
[20] U Fano Nuovo Cimento 12 550 (1935)
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[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
[35] W G van der Wiel S De Franceschi T Fujisawa J M Elzerman S Tarucha andL P Kouwenhoven Science 289 2105 (2000)
[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
となるただし χm(y)は y方向の固有関数で(minus ~2
2m
part2
party2+ U(y)
)χm(y) = ϵm0χm(y) (E7)
を満たすまた固有エネルギーは
ϵmβ = ϵm0 +~2β2
2m(E8)
であるここで式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y xprime yprime) =1L
summβ
χm(y)χm(yprime)eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
= minus 12π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
minusinfin
eiβ(xminusxprime)
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
i~vm
χm(y)χm(yprime)eikm|xminusxprime| (E9)
となる
E13 半無限細線のGreen関数
半無限の細線はデバイスのモデリングの際にリードのモデルとして使うことができるそこでそのGreen関数も求めておくこの系においてはHamiltonianは先ほどと同じであるが半無限であるために固有関数 ψβm(x y)に境界条件 ψmβ(0 y) = 0 を要請するこの結果固有関数は
ψmβ(x y) =
radic2L
χm(y) sin βx (E10)
となるここで先ほどと同様に式 (E4)を使ってGreen関数を求めると
GR(x y x yprime) =2L
summβgt0
χm(y)χm(yprime) sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iη
=2π
summ
χm(y)χm(yprime)int infin
0
sin2 βx
E minus ϵm0 minus ~2β22m + iηdβ
= minussumm
2 sin kmx
~vmχm(y)eikmxχm(yprime) (E11)
となる
E2 散乱行列とGreen関数
前述したGreen関数の単位励起に対する応答としての意味を考えると図E1を参考にして xq =0 xp = 0 におけるGreen 関数GR(yq yp)は
GR(yq yp) =sum
nisinqmisinp
(δnmAminusm + sprimenmA+
m)χn(yq) (E12)
58
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
[2] S M Reimann and M Manninen Rev Mod Phys 74 1283 (2002)
[3] 江藤幹雄 物性研究 85 853 (2006)
[4] S Tarucha D G Austing T Honda R J van der Hage and L P Kouwenhoven Phys RevLett 77 3616 (1996)
[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
[6] Y Aharonov and D Bohm Phys Rev 115 485 (1963)
[7] A Yacoby M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 74 4047 (1995)
[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
[9] E Buks R Schuster M Heiblum D Mahalu and V Umansky Nature 391 871 (1998)
[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
[12] A Aharony O Entin-Wohlman T Otsuka S Katsumoto H Aikawa and K KobayashiPhys Rev B 73 195329 (2006)
[13] K Kang S Y Cho J Kim and S Shin Phys Rev B 63 113304 (2001)
[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
[15] A C Johnson C M Marcus M P Hanson and A C Gossard Phys Rev Lett 93 106803(2004)
[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
[17] M Sato H Aikawa K Kobayashi S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 95 66801(2005)
[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
62
[19] H Beutler Z Phys 93 177 (1935)
[20] U Fano Nuovo Cimento 12 550 (1935)
[21] U Fano Phys Rev 124 1866 (1961)
[22] F Cerdeira T A Fjeldly and M Cardona Phys Rev B 8 4734 (1973)
[23] J Faist F Capasso C Sirtori K W West and L N Pfeiffer Nature 390 589 (1997)
[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
[35] W G van der Wiel S De Franceschi T Fujisawa J M Elzerman S Tarucha andL P Kouwenhoven Science 289 2105 (2000)
[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
図 E1 伝導体とリードにおける電子波の伝達の模式図
と書くことができるここでAminusm (A+
m)はminus (+)方向に伝播する波の振幅でsprimenmは波の振幅で表示した散乱行列であるここで波の振幅表示での散乱行列 sprimenm は電流振幅表示での散乱行列 snm を用いればsprimenm =
snm
radicvmvnで表されることおよび式 (E9)よりAminus
m = A+m = minus iχm(yp)
~vmであることより
GR(yq yp) = minussum
nisinqmisinp
i~radicvnvm
χn(yq)(δnm + snm)χm(yp) (E13)
と変形でき結局散乱行列 snmはGreen関数GRを用いて
snm = minusδnm + i~radic
vnvm
int intχn(yq)GR(yq yp)χm(yp)dyqdyp (E14)
と表される
E3 タイトバインディングモデル
これまで考えてきた系においては Green関数は解析的に求めることができたが一般の場合には難しいそこで有用なモデルとしてタイトバインディングモデルがあるこの方法は対象とする系を多数のサイトに分割し系のHamiltonian H をサイトの基底 |i gt |j gtを用いて
H =sum
i
|i gt ϵi lt i| +sum
ij(nn)
|i gt Vij lt j| (E15)
のようにオンサイトのエネルギー ϵiとサイト間のホッピング Vij とで表現するここで (nn)は最近接を表す
E4 自己エネルギー
電気伝導度測定を行う場合対象となる系は測定リードに接続されることになるこのリードとの接続による影響は自己エネルギーという考え方によってうまく処理することができる図 E2のような伝導体とリードとの結合系を考える系全体のGreen関数GR
Tは
GRT = (E + iη)I minus HTminus1 (E16)
59
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
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[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
[9] E Buks R Schuster M Heiblum D Mahalu and V Umansky Nature 391 871 (1998)
[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
[12] A Aharony O Entin-Wohlman T Otsuka S Katsumoto H Aikawa and K KobayashiPhys Rev B 73 195329 (2006)
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[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
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[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
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[22] F Cerdeira T A Fjeldly and M Cardona Phys Rev B 8 4734 (1973)
[23] J Faist F Capasso C Sirtori K W West and L N Pfeiffer Nature 390 589 (1997)
[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
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[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
図 E2 伝導体とリードとの結合系の模式図
であるここで系全体のGreen関数GRTをリード pのGreen関数GR
p と伝導体のGreen関数GRCと
それらの相互作用部分GRCp GR
pC とに分割すると(GR
p GRpC
GRCp GR
C
)=
((E + iη)I minus Hp τp
τ daggerp EI minus HC
)minus1
(E17)
となるここで τp(pi i) = tであり伝導体とリードとの結合を表すこの結果より
GRC =
(EI minus HC minus τ dagger
pgRp τp
)minus1(E18)
となるただしgRp = (E + iη)IminusHpminus1 はリード pそのもののGreen関数であり[τ dagger
pgRp τp]ij =
t2gRp (pi pj) である以上を多数のリードの状況に拡張すると
GRC = (EI minus HC minus ΣR)minus1 (E19)
ΣR =sum
p
ΣRp (E20)
ΣRp (i j) = t2gR
p (pi pj) (E21)
となるここでΣRを自己エネルギーとよびリードの影響を伝導体のGreen関数に取り入れる項である
またリードpそのもののGreen関数gRp (pi pj)は式 (E11)よりgR
p (pi pj) =1t
summ
χm(pi)eikmaχm(pj)
であるのでリード pの自己エネルギー ΣRp (i j)は
ΣRp (i j) = t
summisinp
χm(pi)eikmaχm(pj) (E22)
となる
E5 透過率
以上の結果より透過率を計算することができる式 (E14)より
snm = minusδnm +i~radicvnvm
a
sumij
χn(qj)GR(j i)χm(pi) (E23)
であるので透過率は
Tqp =sum
nisinqmisinp
|snm|2
=sum
ijiprimejprime
Γq(jprime j)GR(j i)Γp(i iprime)GR(iprime jprime)lowast
= Tr[ΓqGRΓpGRdagger] (E24)
60
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
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[3] 江藤幹雄 物性研究 85 853 (2006)
[4] S Tarucha D G Austing T Honda R J van der Hage and L P Kouwenhoven Phys RevLett 77 3616 (1996)
[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
[6] Y Aharonov and D Bohm Phys Rev 115 485 (1963)
[7] A Yacoby M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 74 4047 (1995)
[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
[9] E Buks R Schuster M Heiblum D Mahalu and V Umansky Nature 391 871 (1998)
[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
[12] A Aharony O Entin-Wohlman T Otsuka S Katsumoto H Aikawa and K KobayashiPhys Rev B 73 195329 (2006)
[13] K Kang S Y Cho J Kim and S Shin Phys Rev B 63 113304 (2001)
[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
[15] A C Johnson C M Marcus M P Hanson and A C Gossard Phys Rev Lett 93 106803(2004)
[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
[17] M Sato H Aikawa K Kobayashi S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 95 66801(2005)
[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
62
[19] H Beutler Z Phys 93 177 (1935)
[20] U Fano Nuovo Cimento 12 550 (1935)
[21] U Fano Phys Rev 124 1866 (1961)
[22] F Cerdeira T A Fjeldly and M Cardona Phys Rev B 8 4734 (1973)
[23] J Faist F Capasso C Sirtori K W West and L N Pfeiffer Nature 390 589 (1997)
[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
[35] W G van der Wiel S De Franceschi T Fujisawa J M Elzerman S Tarucha andL P Kouwenhoven Science 289 2105 (2000)
[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
[47] M Field C G Smith M Pepper D A Ritchie J E F Frost G A C Jones and D GHasko Phys Rev Lett 70 1311 (1993)
[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
[49] R Landauer IBM J Res Dev 1 223 (1957)
[50] S Datta Electronic Transport in Mesoscopic Systems (Cambridge 1995)
[51] V Fock Z Phys 47 446 (1928)
[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
64
となるただしΓp(i iprime) =sum
misinpχm(pi)
~vm
aχm(piprime) である
61
参考文献
[1] L P Kouwenhoven C M Marcus P L Mceuen S Tarucha R M Westervelt and N SWingreen NATO ASI Series E Applied Sciences 345 105 (1997)
[2] S M Reimann and M Manninen Rev Mod Phys 74 1283 (2002)
[3] 江藤幹雄 物性研究 85 853 (2006)
[4] S Tarucha D G Austing T Honda R J van der Hage and L P Kouwenhoven Phys RevLett 77 3616 (1996)
[5] L P Kouwenhoven T H Oosterkamp M W S Danoesastro M Eto D G Austin T Hondaand S Tarucha Science 278 1788 (1997)
[6] Y Aharonov and D Bohm Phys Rev 115 485 (1963)
[7] A Yacoby M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 74 4047 (1995)
[8] R Schuster E Buks M Heiblum D Mahalu V Umansky and H Shtrikman Nature 385417 (1997)
[9] E Buks R Schuster M Heiblum D Mahalu and V Umansky Nature 391 871 (1998)
[10] K Kobayashi H Aikawa S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 88 256806 (2002)
[11] M Avinun-Kalish M Heiblum O Zarchin D Mahalu and V Umansky Nature 436 529(2005)
[12] A Aharony O Entin-Wohlman T Otsuka S Katsumoto H Aikawa and K KobayashiPhys Rev B 73 195329 (2006)
[13] K Kang S Y Cho J Kim and S Shin Phys Rev B 63 113304 (2001)
[14] K Kobayashi H Aikawa A Sano S Katsumoto and Y Iye Phys Rev B 70 035319 (2004)
[15] A C Johnson C M Marcus M P Hanson and A C Gossard Phys Rev Lett 93 106803(2004)
[16] A Richter M Yamaguchi T Akazaki H Tamura and H Takayanagi Jpn J Appl Phys43 7144 (2004)
[17] M Sato H Aikawa K Kobayashi S Katsumoto and Y Iye Phys Rev Lett 95 66801(2005)
[18] 佐藤政寛 修士論文 (2005)
62
[19] H Beutler Z Phys 93 177 (1935)
[20] U Fano Nuovo Cimento 12 550 (1935)
[21] U Fano Phys Rev 124 1866 (1961)
[22] F Cerdeira T A Fjeldly and M Cardona Phys Rev B 8 4734 (1973)
[23] J Faist F Capasso C Sirtori K W West and L N Pfeiffer Nature 390 589 (1997)
[24] J Gores D Goldhaber-Gordon S Heemeyer M A Kastner H Shtrikman D Mahalu andU Meirav Phys Rev B 62 2188 (2000)
[25] 相川恒 博士論文 (2005)
[26] J P Franck F D Manchester and D L Martin Proc Roy Soc A 263 494 (1961)
[27] J Kondo Prog Theor Phys 32 37 (1964)
[28] A A Abrikosov Physics 2 5 (1965)
[29] A Kawabata J Phys Soc Jpn 60 3222 (1991)
[30] T A Costi A C Hewson and V Zlatic J Phys Condens Matter 6 2519 (1994)
[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
[32] S M Cronenwett T H Oosterkamp and L P Kouwenhoven Science 281 540 (1998)
[33] J Schmidt J Weis K Eberl and K von Klitzing Physica B 256-258 182 (1998)
[34] D Goldhaber-Gordon J Gores M A Kastner H Shtrikman D Mahalu and U MeiravPhys Rev Lett 81 5225 (1998)
[35] W G van der Wiel S De Franceschi T Fujisawa J M Elzerman S Tarucha andL P Kouwenhoven Science 289 2105 (2000)
[36] M A Ruderman and C Kittel Phys Rev 96 99 (1954)
[37] T Kasuya Prog Theor Phys 16 45 (1956)
[38] K Yosida Phys Rev 106 893 (1957)
[39] K Yosida Phys Rev 107 396 (1957)
[40] 望月和子 鈴木直 「固体の電子状態と磁性」 (大学教育出版 2003)
[41] H Tamura K Shiraishi and H Takayanagi Jpn J Appl Phys 43 691 (2004)
[42] N J Craig J M Taylor E A Lester C M Marcus M P Hanson and AC Gosard Science304 565 (2004)
[43] P Simon R Lopez and Y Oreg Phys Rev Lett 94 086602 (2005)
63
[44] M G Vavilov and L I Glazman Phys Rev Lett 94 086805 (2005)
[45] H Tamura and L Glazman Phys Rev B 72 121308 (2005)
[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
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[48] D Sprinzak Y Ji M Heiblum D Mahalu and H Shtrikman Phys Rev Lett 88 176805(2002)
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参考文献
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[31] D Goldhaber-Gordon H Shtrikman D Mahalu D Abusch-Magder U Meirav andM A Kastner Nature 391 156 (1998)
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[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
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[46] S Sasaki S Kang K Kitagawa M Yamaguchi S Miyashita T Maruyama H Tamura TAkazaki Y Hirayama and H Takayanagi Phys Rev B 73 161303 (2006)
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[52] C G Darwin Proc Cambridge Philos Soc 27 86 (1930)
[53] T H Oosterkamp J W Janssen L P Kouwenhoven D G Austing T Honda and STarucha Phys Rev Lett 82 2934 (1999)
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