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2017.7 金属資源レポート 31 世界の亜鉛需給動向  ―2016年レビューと今後の見通し― 調査部 金属資源調査課 畝井 杏菜 はじめに 2016年は、亜鉛業界にとって記録的な1年だったと 言えよう。非鉄金属価格はもちろん、鉄鉱石や石油、 石炭についても価格が上昇したが、亜鉛価格は1年を 通して右肩上がりに推移し、他のどのコモディティよ りも抜きん出て値をあげた。2015年、亜鉛価格は低 迷し、亜鉛鉱山操業停止が相次いだが、2016年は価 格が「急騰」したと言っても過言ではないほど高値圏 へ上昇、鉱山各社は亜鉛増産へ舵をきり、亜鉛業界を 取巻く状況は一変した。 亜鉛価格を押し上げた主な要因は、鉱石の供給不 足である。2015年に豪州とアイルランドの大規模鉱 山閉山により年間50万t(金属純分量、以下同じ)近 い供給が失われたことに加え、亜鉛価格の低迷により 生産コストの高い鉱山は操業が成り立たず操業停止せ ざるをえなくなってしまったこと、さらに2015年10 月に、亜鉛生産最大手の Glencore が50万 t の減産を行 うことを発表したことにより、100万tを超える亜鉛 鉱石の供給が止まることとなった。それにより、2016 年は大幅な亜鉛鉱石供給不足に陥り、亜鉛価格は9年 ぶり高値まで上昇することになった。 しかし2017年上半期が終了した現在、亜鉛価格は 一時の高騰からやや落ち着きを見せている。2月半ば に2,971US$/tの高値をつけた後は軟調な値動きに転 じ、5月18日には約半年振りに2,500US$/t割れとなっ た。6月下旬には、亜鉛LME在庫の減少やドル高 ユーロ安が進んだことから亜鉛価格は再び2,700US$/ t台を回復するまでに上昇したが、今後の亜鉛価格は 再び弱含んだ値動きを辿るのか、または3,000US$/t を超えるまでの高値へ上昇するのか、専門家によって 見方はまちまちである。本稿では、今後の亜鉛市場が どのような局面へ進むのか情報を整理し、2016年の ダイナミックな1年を振り返るとともに、亜鉛の需給 動向見通しについて述べる。 1. 2016年の亜鉛市場の動き 1-1.亜鉛鉱石供給の減少 2015年のMMG社の豪・Century鉱山及びVedanta 社のアイルランド・Lisheen鉱山閉山により、2016年 は年間50万 t を超える亜鉛鉱石の供給が失われること となった。亜鉛の世界鉱石生産量は2015年ベースで 約1,320万tであり、生産がおよそ4%減少する計算と なる。さらに日本の国内亜鉛消費量が41万 t であるこ とを考えると、日本の亜鉛消費量を超える量の亜鉛鉱 石が市場から消えたと言える。しかし、亜鉛鉱石の供 給減はそれだけに留まらなかった。図1に示すとお り、2015年は亜鉛価格下落が進むにつれ、複数鉱山 が採算割れとなり操業停止に陥った。亜鉛製錬大手の Nyrstar社は所有する鉱山のうち墨・Compo Morado 鉱山や加・Myra Falls 鉱山、米・Middle Tenessee 鉱 山の操業停止を決めた。また、2015年10月には亜鉛 生 産 最 大 手 のGlencoreが 豪・Mt. Isa鉱 山 及 び McArthur River鉱山で減産及び一部を操業停止、カ ザ フ ス タ ン・Kazzinc鉱 山 で 減 産、 ペ ルー・ Iscaycruz鉱山で操業停止を決定し、合わせて50万t の減産を行うことを発表した。 そもそも亜鉛鉱石不足に対する懸念は、以前より 業界内で指摘され続けてきた。2010年の国際鉛亜鉛 研究会秋季大会では、Teck Resources社が講演で 2012年以降に供給不足に陥る可能性を指摘した。当 時、年産20万t級の大規模鉱山であったGlencoreの 加・Brunswick鉱山(2013年閉山)や、Century鉱山 及び Lisheen 鉱山の鉱量枯渇による閉山は周知の事実 であり、亜鉛鉱石が供給不足になる可能性は予期され たことであった。それにもかかわらず、当時の亜鉛需 給は供給過剰であったことから市場の反応は鈍く、ま た中国における亜鉛鉱石生産も需要増加に合わせて伸 びたため、供給不足懸念は深刻化することなく、亜鉛 価格は2,000US$/t前後で推移した(図2)。2015年に なると、亜鉛鉱山の閉山や操業停止が相次いだことに より一層供給不足が意識されたものの、中国製造業の 低迷による需要減退等、弱材料が強く反応し亜鉛価格 は下落傾向を辿った。亜鉛価格の低迷は2016年1月ま で続き、2016年1月12 日に1,453.5US$/tの2009年5月 以来の安値を記録した。

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レポート

世界の亜鉛需給動向―2016年レビューと今後の見通し―

2017.7 金属資源レポート 31

世界の亜鉛需給動向   ―2016年レビューと今後の見通し―

調査部金属資源調査課 畝井 杏菜

はじめに

2016年は、亜鉛業界にとって記録的な1年だったと言えよう。非鉄金属価格はもちろん、鉄鉱石や石油、石炭についても価格が上昇したが、亜鉛価格は1年を通して右肩上がりに推移し、他のどのコモディティよりも抜きん出て値をあげた。2015年、亜鉛価格は低迷し、亜鉛鉱山操業停止が相次いだが、2016年は価格が「急騰」したと言っても過言ではないほど高値圏へ上昇、鉱山各社は亜鉛増産へ舵をきり、亜鉛業界を取巻く状況は一変した。

亜鉛価格を押し上げた主な要因は、鉱石の供給不足である。2015年に豪州とアイルランドの大規模鉱山閉山により年間50万t(金属純分量、以下同じ)近い供給が失われたことに加え、亜鉛価格の低迷により生産コストの高い鉱山は操業が成り立たず操業停止せざるをえなくなってしまったこと、さらに2015年10月に、亜鉛生産最大手のGlencoreが50万tの減産を行うことを発表したことにより、100万tを超える亜鉛鉱石の供給が止まることとなった。それにより、2016年は大幅な亜鉛鉱石供給不足に陥り、亜鉛価格は9年ぶり高値まで上昇することになった。

しかし2017年上半期が終了した現在、亜鉛価格は一時の高騰からやや落ち着きを見せている。2月半ばに2,971US$/tの高値をつけた後は軟調な値動きに転じ、5月18日には約半年振りに2,500US$/t割れとなった。6月下旬には、亜鉛LME在庫の減少やドル高ユーロ安が進んだことから亜鉛価格は再び2,700US$/t台を回復するまでに上昇したが、今後の亜鉛価格は再び弱含んだ値動きを辿るのか、または3,000US$/tを超えるまでの高値へ上昇するのか、専門家によって見方はまちまちである。本稿では、今後の亜鉛市場がどのような局面へ進むのか情報を整理し、2016年のダイナミックな1年を振り返るとともに、亜鉛の需給動向見通しについて述べる。

1. 2016年の亜鉛市場の動き1-1.亜鉛鉱石供給の減少

2015年のMMG社の豪・Century鉱山及びVedanta社のアイルランド・Lisheen鉱山閉山により、2016年は年間50万tを超える亜鉛鉱石の供給が失われることとなった。亜鉛の世界鉱石生産量は2015年ベースで約1,320万tであり、生産がおよそ4%減少する計算となる。さらに日本の国内亜鉛消費量が41万tであることを考えると、日本の亜鉛消費量を超える量の亜鉛鉱石が市場から消えたと言える。しかし、亜鉛鉱石の供給減はそれだけに留まらなかった。図1に示すとおり、2015年は亜鉛価格下落が進むにつれ、複数鉱山が採算割れとなり操業停止に陥った。亜鉛製錬大手のNyrstar社は所有する鉱山のうち墨・Compo Morado鉱山や加・Myra Falls鉱山、米・Middle Tenessee鉱山の操業停止を決めた。また、2015年10月には亜鉛生 産 最 大 手 のGlencoreが 豪・Mt. Isa鉱 山 及 びMcArthur River鉱山で減産及び一部を操業停止、カザ フ ス タ ン・Kazzinc鉱 山 で 減 産、 ペ ルー・Iscaycruz鉱山で操業停止を決定し、合わせて50万tの減産を行うことを発表した。

そもそも亜鉛鉱石不足に対する懸念は、以前より業界内で指摘され続けてきた。2010年の国際鉛亜鉛研究会秋季大会では、Teck Resources社が講演で2012年以降に供給不足に陥る可能性を指摘した。当時、年産20万t級の大規模鉱山であったGlencoreの加・Brunswick鉱山(2013年閉山)や、Century鉱山及びLisheen鉱山の鉱量枯渇による閉山は周知の事実であり、亜鉛鉱石が供給不足になる可能性は予期されたことであった。それにもかかわらず、当時の亜鉛需給は供給過剰であったことから市場の反応は鈍く、また中国における亜鉛鉱石生産も需要増加に合わせて伸びたため、供給不足懸念は深刻化することなく、亜鉛価格は2,000US$/t前後で推移した(図2)。2015年になると、亜鉛鉱山の閉山や操業停止が相次いだことにより一層供給不足が意識されたものの、中国製造業の低迷による需要減退等、弱材料が強く反応し亜鉛価格は下落傾向を辿った。亜鉛価格の低迷は2016年1月まで続き、2016年1月12 日に1,453.5US$/tの2009年5月以来の安値を記録した。

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世界の亜鉛需給動向―2016年レビューと今後の見通し―

2017.7 金属資源レポート32

図1:2015年のLME亜鉛価格の推移と主な出来事

年月 主な出来事

2015年2月 Nyrstar社・墨Campo Morado鉱山操業停止を発表2015年4月 Nyrstar社・加Myra Falls鉱山操業停止を発表2015年8月 MMG社・豪Century鉱山操業終了2015年10月 Glencore、豪州・カザフスタン・ペルーの亜鉛鉱山で減産を発表2015年11月 Vedanta社・アイルランドLisheen鉱山操業終了2015年11月 Nyrstar社・米Middle Tennessee鉱山操業停止を発表

図2:亜鉛価格(月平均)の動き(2000年1月~2016年12月)

2016年1月12日

価格(US$/t)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

4,000

4,500

5,000

(U

S$/t

中国経済改革進行前800~1,000US$/tで推移

中国経済急成長により爆発的な需要増加・価格急騰

中国の経済成長による急騰・急落からひと段落し、2,000~2,500US$/tで推移

亜鉛供給不足懸念により

価格上昇基調供給不足が

現実的問題として意識され

始める

2012年以降の供給不足が提起される

2000年代前半 2000年代後半 2010年代前半 2010年代後半

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世界の亜鉛需給動向―2016年レビューと今後の見通し―

2017.7 金属資源レポート 33

1-2. LME亜鉛価格の急騰

2016年の亜鉛価格は、1月に底値を打って以降上昇傾 向 を 辿った。 図3に、2016年1月~2016年12月 のLME亜鉛現物価格の推移及びLME在庫を示す。2016年の亜鉛価格最高値は、11月28日の2,907US$/t、最低価格は1月12日の1,453.5US$/tとなり、年平均価格は2,083US$/tであった。また、LME在庫も概ね減少傾向を辿り、年初の462.7千tから年末には427.85千tまで減少した。

2016年の価格推移を辿ると、1月後半は底値拾いによる買いや2015年末にCentury鉱山及びLisheen鉱山からの鉱石出荷が停止し、鉱石供給不足が現実的なものとして意識されたことを要因に上昇傾向に転じ、2月は中国の景気刺激策や米国早期利上げ観測後退によるドル安進行を背景に1,700US$/t台まで回復、3月には世界株高等が好感されて1,800US$/t台まで上伸した。4月は中国需要の先行き懸念や原油相場の変動に引っ張られながらも、米国で順調に景気回復していることから需要増及び供給不足が意識され1,900US$/t台まで上昇し、4月末には1,943US$/tまで値を上げたが、5月は供給不足懸念とドル高地合いに揉まれて1,800US$/t台半ばで横ばい推移し、緩やかに下落傾向を辿った。6月は、5月米国雇用統計が市場予想を大きく下回ったことでドルが急落、投機的な買いが広まり亜鉛価格は勢いをつけて上昇し、6月6日にはおよそ1年ぶりの2,000US$/t台に突入した。その後もドル安傾向に下支えされ堅調に推移し、6月末には2,100US$/t台へ上伸。7月も緩やかに上昇傾向を辿り、8月には中国追加景気刺激策への期待が高まったことにより2,300US$/tを挟んだレンジまで上昇した。9月前半は米国年内利上げ観測拡大によるドル高傾向や中国市場が中秋節で休場だったことから軟調に推移

し16日には2,203US$/tまで値を下げたが、9月後半以降は上昇基調を取り戻して10月4日に2,404US$/tの値をつけた。その後、中国市場が国慶節による休場で薄商いだったことや米国年内利上げ観測再燃によるドル為替相場の上昇が嫌気され弱含んだが、10月半ば以降、中国景気刺激策への期待拡大やLME倉庫で大量にキャンセルが出たことから堅調な値動きとなり、月末には2,418.5US$/tと5年ぶり高値を更新した。11月は、10月31日にGlencore が豪・Mt.Isa鉱山群の一つであるBlack Star鉛亜鉛鉱山が鉱量枯渇による閉山が明らかになったことによる供給不足懸念を支援材料に上昇傾向が続いたところ、11月8日の米国大統領選挙にてドナルド・トランプ氏が選出されたことを受け、米国で金属需要が拡大すると期待されたことから、亜鉛価格は勢いを増して上昇、11月10日には2,500US$/t台に達した。その後も亜鉛価格は上昇し、11月下旬には投機的な買いがあったほか、中国で大規模な鉄道整備計画が承認されたことなどを好感して急伸、11月28日には9年ぶりの高値となる2,907US$/tとなった。その後11月末~12月初めは、利益確保売り等で反落した。12月4日実施のイタリア国民投票とオーストリアの大統領選挙の欧州経済への影響が懸念され弱含みで推移したが、12月2日発表の米国雇用統計が好調であったことや米国次期大統領のトランプ氏の経済政策へ期待から米国需要拡大期待が広まり12月半ばまで2,700US$/t 台での値動きが続いた。しかし、12月15日に米国で利上げが決定したことから、ドルが一段高となり、割高感から価格は下落傾向に転じた。その後、年末まで軟調な値動きが続き、2,563US$/tで越年した。

350

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390

410

430

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510

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550

1,000

1,200

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1,600

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2,000

2,200

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2,600

2,800

3,000

在庫(千t)価格(US$/t)

図3:LME亜鉛価格及び同在庫の推移(2016年1月~12月)

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2017.7 金属資源レポート34

1-3. 亜鉛需給動向

(1)亜鉛鉱石生産

図4に、国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の地域別亜鉛鉱石生産量を示す。2015年に亜鉛価格低迷の影響による鉱山操業停止や減産が進んだ影響で、2016年は亜鉛鉱石生産が伸び悩んだ。しかし、亜鉛価格上昇とともに増産に転じた鉱山が出たことにより、世界全体では2016年の鉱石生産量は前年を下回ったものの、一部の国・地域では亜鉛鉱石生産は増加した。

豪州においてはCentury鉱山の閉山やGlencoreのMt.Isa鉱山やMcArthur River鉱山の減産の影響により、 生 産 量 は 半 減 し た。 一 方、 欧 州 に お い て はLisheen鉱山の閉山により、アイルランドにおける鉱石生産は減少したものの、ロシアやフィンランドで増産され、欧州全体では対前年比でプラスに転じた。そ

の他、世界最大の亜鉛鉱山であるHindustan Zinc社(Vedanta社傘下)のインド・Rampura-Agucha鉱山で露天掘り鉱床における品位低下や坑内掘りへの移行を理由に20万t減産されたほか、Glencoreのカザフスタン・Kazzinc鉱山で減産された影響等もあり、中国を除くアジア全体では対前年比8.5%の減少となった。ア フ リ カ に つ い て は、Vedanta社 の ナ ミ ビ ア・Skorpion鉱山やGlencoreのナミビア・Rosh Pinah鉱山、ブルキナファソ・Perkoa鉱山で生産が伸びたものと見られる。なお、Rosh Pinah鉱山及びPerkoa鉱山は、2017年3月に加・Trevali Mining社への売却が合意されている。

図4:世界の地域別亜鉛鉱石生産量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

  2015年 2016年 対前年比

欧州 963 1,011 5.0%アフリカ 313 343 9.6%北米 1,117 1,120 0.3%中南米 2,838 2,801 -1.3%中国 5,068 5,145 1.5%アジア(除く中国) 1,703 1,559 -8.5%オセアニア 1,578 859 -45.6%

世界計 13,581 12,837 -5.5%

0

1,000

2,000

3,000

4,000

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6,0002015 2016(千t)

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2017.7 金属資源レポート 35

(2)亜鉛地金生産

図5に、国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の地域別亜鉛地金生産量を示す。世界的に、鉱山生産量減少の影響等から亜鉛地金生産は前年割れとなったものの、中国における地金生産が40万t超増(対前年比7.1%増)と大きく伸びたことにより、世界全体の地金生産も対前年比0.4%増となった。欧州においては、亜鉛製錬大手のNyrstar社がベルギー、オランダ、フランスに製錬所を有しているが、2015年にNyrstar社が権益 を 保 有 す る 加・Myra Falls鉱 山 や 墨・Campo Morado鉱山、米・Middle Tennessee鉱山が操業停止したことの影響から地金生産が減少した。また、北米

においてもNyrstar社の製錬所における生産減を主な要因として、地金生産は対前年比で5%減となった。中国を除くアジアにおいては、韓国で増産されたもののインドやイラン、日本で減産されて体前年比7%減となった。

なお、中南米でも地金生産量が前年割れしている。ペルーやブラジル等で概ね生産増となったが、アルゼンチンにおいてはGlencore子会社であるAR Zinc社のRosario製錬所の閉鎖が2015年11月に決定され、2016年以降生産停止となっている。

図5:世界の地域別亜鉛地金生産量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

  2015年 2016年 対前年比

欧州 2,472 2,393 -3.2%アフリカ 79 92 16.5%北米 855 813 -4.9%中南米 924 900 -2.6%中国 5,860 6,274 7.1%アジア(除く中国) 2,973 2,769 -6.9%オセアニア 489 470 -3.9%

世界計 13,651 13,711 0.4%

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,0002015 2016(千t)

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2017.7 金属資源レポート36

(3)亜鉛地金消費

図6に、国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の地域別亜鉛地金消費量を示す。亜鉛需要は、アジア地域を除き減少した。最も需要が落ち込んだ国は米国で、対前年比11万t減(同12.0%減)となった。欧州では、フランスやイタリア等で需要増となったものの、ベルギー、ロシアで大きく減少し、地域全体では対前年比

1.6%減、アフリカでも南アの需要が4分の3ほど減少し、地域全体では対前年比9.4%減となった。

アジア地域においては、中国(対前年比8.6%増)、インド(同9.0%増)、韓国(同6.1%増)の3か国で合計62万tの需要が増加し、中国を含むアジア地域全体では6.4%の伸びとなった。

  2015年 2016年 対前年比

欧州 2,413 2,375 -1.6%アフリカ 171 155 -9.4%北米 1,079 981 -9.1%中南米 608 581 -4.4%中国 6,190 6,724 8.6%アジア(除く中国) 2,862 2,906 1.5%オセアニア 139 135 -2.9%

世界計 13,462 13,856 2.9%

図6:世界の地域別亜鉛地金消費量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,0002015 2016(千t)

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2017.7 金属資源レポート 37

2. 2017年の動き

2-1.供給動向

(1)亜鉛鉱山生産

2016年の亜鉛価格高騰を受け、2017年は亜鉛鉱石増産計画発表が相次いだ。表1に示すとおり、世界の亜鉛鉱石生産最大手はGlencoreであるが、同社は亜鉛鉱石生産について減産オペレーション中であり、亜鉛価格が回復するまでは減産を解除しないことを明らか に し て い る。 た だ し、 加・Kidd Creek鉱 山、Matagami鉱山や減産中の豪・McArthur River鉱山では2016年Q4以降品位が向上していることを明らかにしており、2017年生産量は対前年比9%程度増加する見通しである。一方、同社が所有する亜鉛鉱山のうち、ナミビア・Rosh Pinah鉱山及びブルキナファソ・Perkoa鉱山は加・Trevali Mining社へ売却される予定となっている。Trevali社は、近年亜鉛鉱山資産を拡大させており、ペルー・Santander亜鉛鉱山や加・Caribou鉛鉱山を操業しているほか、加・Halfmile-Stratmat亜鉛鉱山の開発を進めている。2018年までに亜鉛鉱石生産上位10社に入ってくるものと見られている。

Hindustan Zinc社は、インド・Rampura-Agucha鉱山で2016年後半より坑内掘り鉱山の立ち上げが進展したことや品位向上を理由に増産傾向にあり、同鉱山の2017年生産量は672千t(対前年比5.0%増)に達する見込みである。今後は坑内掘り鉱山での生産が増加すると見られる一方、露天掘り鉱山での生産が減少に向かうため、足元の生産水準の高さは長くは続かない

と考えられる。同じくHindustan Zinc社がインドに所有するRajpura-Dariba鉱山では2018年までに鉱石処理量3割拡大が計画されており、Sindesar Khurd鉱山及びZawar鉱山でも環境許認可が降りたことにより今後鉱石処理量が拡大する見込みである。Vedanta社も、Lisheen鉱山閉山後、ナミビア・Scorpion鉱山のマインライフを2018年から2020年へ延長する等、生産拡大を図っている。2018年には南ア・Gamsberg鉱山の新規操業開始を控えている。

Teck Resources社は世界2位の亜鉛鉱山である米・Red Dog鉱山で品位低下による減産を明らかにしており、同社の2017年亜鉛鉱石生産量は60万t程度(対前 年 比10% 減)と な る 見 込 み。BHPBやTeck Resources社、Glencore等 が 参 画 す る ペ ルー・Antamina鉱山では、2017年の鉱石生産量は350千t

(対前年比76.8%増)と計画されており大きく伸びる見込みである。また、亜鉛鉱山世界5位の規模であるGold Corp社の墨・Peñasquito鉱山も2019年までの拡張が進められているところ、2017年生産量は147千t

(対前年比23.5%増)となる見込みである。一方、亜鉛製錬大手のNyrstar社は鉱山開発から撤

退することを明らかにしており、既にチリ・El Toqui鉱山、ホンデュラス・El Mochito鉱山、墨・Campo Morado鉱山の売却を完了したほか、操業停止中の加・Myra Falls鉱山についても操業再開決定とともに売却を進めている。ただし、これら鉱山を手放した場合にも、生産された鉱石の優先購入権を有しているとのことであり、鉱山開発を手放したことによる同社の製錬所操業への影響は少ない見込みとなっている。

2016年生産量(千t) 世界シェア

1 Glencore 1,094 8.5% 2 Vedanta / Hindustan Zinc 748 5.8% 3 Teck Resources 662 5.2% 4 Votorantim 379 2.9% 5 Boliden 329 2.6% 6 Volcan 272 2.1% 7 Sumitomo 269 2.1% 8 UGMK 164 1.3% 9 Peñoles 163 1.3%10 Nyrstar 150 1.2%

  上位10社計 4,230 33.0%

(出典:CRU、ILZSG、各社レポート)

表1:世界亜鉛鉱石生産上位10社

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2017.7 金属資源レポート38

図7に示す国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の2017年1~4月の地域別累計亜鉛鉱石生産量は、対前年同期比7.3%増となっている。主にインド・Rampura Agucha鉱山とエリトリア・Bisha鉱山における増産

によるもので、ペルーやトルコでも増産傾向にある。しかし、その他の国の生産量は概ね横ばいに推移しており、メキシコや豪州で増産される見込みであることから、今後の鉱石供給増が期待される。

図7:世界の2017年累計亜鉛鉱石生産量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

  2016年1~4月 2017年1~4月 対前年比

欧州 334 344 3.0%アフリカ 103 130 26.2%北米 378 355 -6.1%中南米 883 924 4.6%中国 1,539 1,594 3.6%アジア(除く中国) 455 663 45.7%オセアニア 285 259 -9.1%

世界計 3,978 4,269 7.3%

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800(千t) 2016 2017

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(2)亜鉛地金生産

亜鉛地金生産については、亜鉛鉱石不足やストライキの影響で韓国やカナダ等で減産されているものの、インドや豪州等では鉱石増産が進められていることから、世界全体としては対前年比で増加する見込みとなっている。

世界最大の亜鉛製錬会社でありカスタムスメルターである韓国・Korea Zinc社が2017年は鉱石不足により5万t減産する方針を明らかにしており、中国の亜鉛製錬10社も鉱石不足を理由に2~3月に修繕・メンテナンスを実施し54万t分の亜鉛地金が減産された。また、Noranda社の加・Valleyfield製錬所におけるストライキが2017年2月以降継続しており、生産量

が従来の半分程度まで減少していることや、ペルーで2017年3月に発生した洪水によりVotorantim社のCajamarquilla製錬所が一時操業停止された影響が懸念されている。タイのTak製錬所は2017年で閉鎖される予定となっており、今後生産量は減少に向かう見込みである。

一 方、 今 後 亜 鉛 鉱 石 増 産 が 予 定 さ れ て い るHindustan Zinc社やGlencoreでは地金を増産することが推察される。Nyrstar社も、2016年は自社権益鉱山の操業停止等により地金生産も減少したが、2017年は鉱山の売却による資産整理や鉱山の操業再開等から鉱石供給量は増加するものと見られる。

(出典:CRU、ILZSG、各社レポート)

表2:世界亜鉛地金生産上位10社

2016年生産量(千t) 世界シェア

1 Korea Zinc Group 1,240 9.0% 2 Glencore 1,072 7.8% 3 Nyrstar 1,017 7.4% 4 Hindustan Zinc 703 5.1% 5 Votorantim 580 4.2% 6 Boliden 461 3.4% 7 Teck 312 2.3% 8 Mitsui 221 1.6% 9 Peñoles 215 1.6%10 Noranda Income Fund 208 1.5%  上位10社計 6,028 44.0%

図8に示す国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の2017年1~4月の地域別累計亜鉛地金生産量は、対前年同期比1.6%増となっている。インドにおける増産の影響が大きく、フランスやカザフスタンでも増産傾向に

ある。中国では製錬所減産の影響があったものの概ね横ばいに推移、カナダ、ペルー、韓国では減少した。今後、鉱石増産が進めば地金生産も増加傾向を辿ることが予測される。

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2017.7 金属資源レポート40

  2016年1~4月 2017年1~4月 対前年比

欧州 787 814 3.4%アフリカ 35 36 2.9%北米 266 251 -5.6%中南米 298 292 -2.0%中国 1,962 1,958 -0.2%アジア(除く中国) 920 992 7.8%オセアニア 155 151 -2.6%

世界計 4,423 4,494 1.6%

図8:世界の2017年累計亜鉛地金生産量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500(千t) 2016 2017

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2-2.需要動向

図9に示す国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)発表の2017年1~4月の地域別累計亜鉛地金消費量は、対前年同期比3.7%増となっている。米国で対前年同期比43%増の伸びとなった他、アジアでは日本、台湾での消費の伸びが牽引した。中国では製錬所減産で供給が少なかったことや一部めっき工場が中国で実施されている環境監査の影響で操業停止となったことから減少した。

亜鉛の需要のおよそ6割は、鉄の防食を目的としためっきである。亜鉛はイオン化傾向が大きく、酸化皮膜を作る特性から鉄の錆を防ぐことができる。現在のところ、ステンレス鋼やホットスタンプ式に加工された鉄鋼等の特殊な例を除き、扱いやすさやコスト面から亜鉛に代替するめっき材料は無く、今後も亜鉛需要の過半を鉄鋼に対するめっき需要が占めるものと考えられる。

世界の粗鋼生産量は図10に示すとおりとなっているが、2015年は世界的減産となり、2016年は中国では増産されたもののその他の国で減産トレンドとなり、トータルでは横ばいに推移している。また図11に示すとおり、2017年1~5月の粗鋼生産が前年を上回るペースであることから、2017年の粗鋼生産量は増加する見込みとなっている。特に中国におけるインフラ投資の拡大が粗鋼生産の増加を牽引していると言われている。世界の主な鉄鋼用途は、インフラ、建設、自動車である。したがって、亜鉛の需要もインフラ、建設、自動車がメインとなる。また、近年普及の目覚しいスマートフォン等の電子機器や家電製品部品にも亜鉛めっきが施されていることも、亜鉛需要を下支えしている。

図9:世界の2017年累計亜鉛地金消費量(千t)(出典:ILZSG Lead and Zinc Statistics June 2017)

  2016年1~4月 2017年1~4月 対前年比

欧州 807 796 -1.4%アフリカ 52 64 23.1%北米 284 399 40.5%中南米 188 205 9.0%中国 2,109 2,095 -0.7%アジア(除く中国) 960 995 3.6%オセアニア 43 52 20.9%世界計 4,443 4,606 3.7%

0

500

1,000

1,500

2,000

2,500(千t) 2016 2017

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2017.7 金属資源レポート42

図10:世界の粗鋼生産推移(出典:World Steel Association)

図11:世界の2017年1~5月累計粗鋼生産量(出典:World Steel Association)

0

200

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600

800

1,000

1,200

1,400

1,600

1,800

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

中国 世界(除く中国)(百万t)

0

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300

350

400

2016 2017(百万 t)

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(1)インフラ需要

インフラ設備には、強靭性及び耐久性が求められるため、素材は鉄であることが多く、防食のため亜鉛が多用されやすい。経済産業省「通商白書2016」によると、途上国の経済成長や都市化等に伴い、世界的に電力・運輸をはじめとするインフラの需要が建設・維持補修ともに高まっている(図12、図13)。

近年は、中国が政府主導の国内インフラ投資を進めていることに加え、AIIB(アジアインフラ投資銀行)やシルクロード基金を設立し、一帯一路として中

国と欧州を繋ぐ周辺国へのインフラ投資を進めよ

うとしている。インフラ需要の拡大に加え、先進国における老朽化したインフラの維持・補修にも多額の投資が必要となっており、世界的に大きな市場となっている。亜鉛は、電力や通信設備のプラントや運輸分野

(道路、橋梁、空港等)における耐食需要が高いため、当面はインフラの伸びとともに増加すると見込まれる。アジアにおけるインフラ需要の詳細については、JOGMECカレント・トピックス「アジアのインフラニーズと中国の取り組み」(2017年5月)を参考されたい。

図12:新興国・途上国におけるセクター別インフラ需要の将来予測(2014-2020)(出典:通商白書2016)

図13:新興国・途上国におけるインフラ需要・投資の将来予測(2014-2020)(出典:通商白書2016)

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100

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電力 運輸 通信 水・衛生等

建設 維持補修(10億US$)

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200

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350インフラ需要 予想されるインフラ投資(10億US$)

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(2)建設需要

世界最大の亜鉛消費国である中国における亜鉛の建設需要は同国需要全体の3割を占めており、インフラ、自動車を上回る。中国の建設分野における2016年の亜鉛消費量は約210万tであり、世界全体の亜鉛需要に占める割合は15%と決して小さくない量である。

図14に中国国家統計局発表の不動産関連指標を示す。中国における不動産開発投資額は2016年以降上昇傾向にあり、不動産開発事業用地取得面積についても2016年は前年同期比割れで停滞していたところ2017年以降はプラスに転じている。2014年半ば以降、

中国政府は住宅取得規制の緩和を進めてきた結果、不動産需要が増加した結果だと考えられる。一方、同時に不動産価格が高騰したことにより、2016年末より中国政府は住宅バブルを懸念して住宅ローン貸付の厳格化や不動産供給の停止を進めるなど住宅購入に関する規制の強化へ転じている。これにより、不動産販売面積については低下傾向を辿っており、今後投資についても減退トレンドへ移行すると見られるため、中国の亜鉛需要も建設の鈍化に合わせて減退する可能性がある。

図14:中国不動産関連指標(伸び率、対前年同期比)(出典:中国国家統計局)

-30.0

-20.0

-10.0

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0(%)

中国全国不動産開発投資 不動産開発事業用地取得面積 不動産販売面積

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(3)自動車需要

図15に示すとおり、2016年の世界の自動車生産台数は9,500万台であり、その3割が中国で生産された。中国では自動車生産台数が大きく伸びており、2016年は減税の効果もあって対前年比14.5%の伸びとなった。中国に次いで自動車生産台数が多い国は米国

(1,220万台)、日本(920万台)、ドイツ(600万台)だが、いずれの国も対前年比1%未満の増加、もしくは減産となった。今後の世界の自動車生産台数の伸びは、中国における自動車普及による効果が牽引するものと考えられる。また、中国の次に人口の多いインドについても、自動車増産を期待できるだろう。インドの2016年自動車生産台数は450万台であり、韓国を抜いて世界5位の自動車生産国となった。対前年比で7.9%増となっており、今後も堅調な需要拡大を期待できる。

中国においては、2017年は減税率が下がることから販売低迷への懸念もあるが、中国自動車工業協会の予測によれば、2017年の中国自動車生産台数は2,940万台に達する見込みである(図16)。中国政府は、国内自動車生産台数を2020年までに3,000万台、2030年までに3,800万台まで伸ばすことを目標に掲げており、今後も政府主導で自動車生産が伸びるのではないかと推測される。近年は、自動車軽量化から亜鉛めっき減量やめっきの必要ないアルミニウム、CFRP素材を採用した自動車が増える等の傾向はあるものの、主に中国、インドで自動車需要増加が進むと考えられることから、当面は安定的な亜鉛需要増加を見込める。

欧州

22.5%CIS

1.4%

アフリカ

0.9%北米

15.1%

中南米

6.5%

アジア(除く中国)

24.1%

中国

29.2%

豪州

0.2%欧州

CIS

アフリカ

北米

中南米

アジア(除く中国)

中国

豪州

欧州 21,699,589

CIS 1,324,077

アフリカ 901,628

北米 14,568,408

中南米 6,285,730

アジア(除く中国) 23,241,126

中国 28,118,794

豪州 161,294

世界計 94,976,569

図16:中国自動車生産台数推移(出典:中国自動車工業協会)

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500

1,000

1,500

2,000

2,500

3,000

3,500

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

(万台)

図15:世界の地域別自動車生産台数(台)(出典:OICA)

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2-3.LME価格

図17に2017年上半期のLME亜鉛価格を示す。2016年、亜鉛価格は上昇傾向を辿り、2017年もしばらくは上昇傾向が継続した。しかし、2017年2月に2016年11月の高値を上回る2,971US$/tの値をつけた後は、6月上旬まで軟調な値動きに転じた。LME在庫は年初の428千tから291千tまで減少した。また6月30日時点におけるLME在庫のキャンセルワラント比率は75.8%となっており、実質的な在庫は70千tまで減少している。

2017年上半期の亜鉛LME価格の動きを振り返ると、1月、2,552.5US$/tでスタートしたところ、10日には中国・12月生産者物価指数が約5年ぶりの高い伸び(前年比5.5%)となったことを受け、停滞している中国製造業の活発化や同国経済拡大及び需要増加への期待感が高まり大幅続伸、2,733US$/tの高値を付けた。またドル安が進んだことも買いの動きを下支えた。1月27日~2月2日は、中国が春節により休場となるため取引低迷により相場は圧迫されたもののLME在庫でキャンセル・搬出が続き、1月末には40万tを下回って昨年6月以来の低水準となったことが好感され、2,848US$/tまで上昇した。2月初めは、為替がドル高に振れたことが嫌気されたが、供給不足懸念を背景に上昇し、13日には9年4か月ぶりの高値となる2,971US$/tに達した。

しかし、2月後半は価格高騰を受けて利益確定する動きが広がり、LME 在庫が積み増しされた。13日には38.1万tまで減少していた在庫が14日には1.3万t積増され、需給逼迫懸念が緩和したことから価格は下落傾向に転じた。3月も、米国利上げ観測からドル高地合いとなったことや、中国が2017年のGDP成長目標を6.5%に引き下げたことを受けて需要減退懸念が高

まり弱含みで推移し、9日には2か月ぶりの安値である2,655.5US$/t まで値を下げた。その後ドル安地合いから上昇傾向に転じ、さらに17日には、中国大手亜鉛製錬所が54万tの協調減産を発表、また、ペルーで洪水が発生し輸送経路が遮断されたとのニュースを受け供給懸念が高まり、2,800US$/t台の高値圏まで回復したものの、3月下旬は、米国政治の先行き不透明感から慎重な値動きとなり下落傾向を辿った。さらに4月に入り、米国がシリア空軍基地に対しミサイル攻撃を行ったことや、北朝鮮情勢緊迫化等により地政学リスクが高まり、投資家のリスク回避指向が強まった た め 買 い が 控 え ら れ11日 に は3か 月 半 ぶ り に2,600US$/t を下回った。5月は仏大統領選挙決選投票で中道派のマクロン氏が勝利したことでフランスEU離 脱 の 可 能 性 が 薄 れ た こ と を 好 感 し、9日 に は2,600US$/t台を回復したものの、5月中旬はLME亜鉛在庫が積み増しされたことが弱材料となり下落傾向を辿り、18日には7か月ぶり安値の2,462US$/tをつけた。その後米国トランプ政権の先行き不透明感の高まったことでドル安に振れ、割安感で買戻されたが5月末以降、中国需要減退懸念拡大を背景にLME価格は大きく下落し、6月7日には2,434.5US$/tの安値となった。その後も亜鉛価格は弱含みに推移したところ、6月下旬はLME亜鉛在庫の9割を保有する米・New Orleans倉庫で在庫が7年ぶりの低水準となったことや中国で亜鉛地金の輸入が増加傾向にあることから需要の底堅さや供給不足が意識され、上昇傾向を辿った。ドル安ユーロ高が1年ぶり水準まで進んだことも支援材料となり、30日には3か月ぶりとなる2,754US$/tの高値をつけた。

図17:LME亜鉛価格及び同在庫の推移(2017年1月~6月)

250

270

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2,200

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2,900

3,000

在庫(千t)価格(US$/t)

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3. 足元の課題と今後の見通し

3-1. 近年の鉱山開発動向

(1)世界の探鉱動向

S&P Global Market Intelligence社発表の世界の探鉱動向分析によると(JOGMEC金属資源レポート2017年3月号掲載)、探鉱支出額は4年連続で減少しており、2016年の非鉄金属探鉱予算は68.9億US$(対前年比21%減)となった。メジャー企業は探鉱部門を縮小し、ジュニア企業も支出を削減したことにより、2012年に記録された過去最高額の3分の1近くにまで減少した。資源各社は、ブラウンフィールドを中心に探鉱を進めており、グラスルーツ探鉱から、よりリスクの少ない後期段階の案件に移行した。

2016年の世界非鉄金属探鉱予算額に占めるベースメタルの割合は31%となっており、その他コモディティ(金、ダイアモンド、ウラン、白金族等)と比較して金額的に最大の下げ幅となった。亜鉛・鉛については、ベールメタル探鉱費の約18%を占めており、3億8,000万US$(対 前 年 比19% 減)と なった。S&P Global Market Intelligence社は2017年の企業の探鉱予算は2016年と横ばいになると予想している。

な お、USGSのMineral Commodity Summaries

2017によると、亜鉛の可採年数は18年であり、新規埋蔵量の発見が求められる。今後、埋蔵量拡大やマインライフ延長に向けて既存鉱山で探鉱が進むことが期待されるが、需要拡大に対応し、より安定的に鉱石を供給するためにはグリーンフィールドにおける新規優良鉱床の発見が必要となるだろう。

(2)亜鉛鉱山開発の動向

2016年、2017年と亜鉛鉱石生産不足が見込まれているところ、いつまで供給不足が続くのだろうか。表3に今後生産開始予定の新規亜鉛鉱山を示す。豪・Dugald Riverと南ア・Gamsberg鉱山、インドネシア・Dairi鉱山については既にプラント建設が進んでおり、2018年に生産開始を迎える見込みであることから、生産が立ち上がれば、これら鉱山で合計50万t/yの供給が増える見込みとなるため、2019年には供給不足解消が予測される。Rey de Plata鉱山については2018年末に建設が完了する見込みとなっている。つまり、2018年までは供給不足が続く見込みとなっており、今後2年間において既存鉱山における亜鉛鉱石の増産がどこまで需要をカバーできるかが懸念される。

開発中の大規模鉱山(生産開始予定年) 地域 オペレーター 年間生産予測量

Dugald River(2018年) 豪州 MMG 160千tGamsberg(2018年) 南ア Vedanta 250千tDairi(2018年) インドネシア PT BUMI Resources 100千tRey de Plata(2019年) メキシコ Peñoles 34千tOzernoye(2020年) ロシア Metropol 350千t

表3:建設中の新規亜鉛鉱山

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3-2. 中国の動向

亜鉛鉱石供給不足について、長期的には新規優良鉱床不足、短期的には当面の鉱石増産能力の不足が課題として挙げられるが、この問題に拍車をかけているのが中国の環境規制強化に伴う鉱石生産・地金生産の減産である。

2014年4月に中国において「環境保護法」が改正され、2015年1月から施行された。これによって、行政権限が拡大し、各鉱山現場や製錬所で環境監査が実施されるようになり、不適合だった場合には強制的な操業停止または是正されるまでの期間日割りで制裁金が課される等、規制が厳格化された。図18に示すとおり、2015年以降毎年夏期~秋期にかけて環境監査が実施されており、この頃になると複数の鉱山、製錬所が操業停止となり生産量が落ちる傾向にある。人体に

有害な物質として鉛、カドミウム、水銀、ヒ素、クロム等が上げられているが、いずれも非鉄金属鉱山で副産物・不純物として随伴しやすい物質であり、亜鉛鉱山においては特に鉛、カドミウムを含有しやすい。そのため、中和処理施設等の整備が必要となるが、十分な資金力が無く、また是正完了までの間の制裁金の支払が出来ず、閉山・廃業に追い込まれる鉱山・製錬所が出ている模様である。

環境保護法以外にも、2015年に「水質汚染防止行動計画」「大気汚染防止行動計画」と水・大気への詳細な環境規制が整備されたほか、2016年には「土壌汚染防止行動計画」が策定され2017年7月施行となる。2018年1月からは環境保護税の導入が決まっており、鉱業・製造業にとっては大きな負担となると思われる。

300

350

400

450

500

550

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

(千t)

2015年 2016年 2017年

図18:中国の亜鉛鉱山生産月別推移(出典:ILZSG)

おわりに

足元の亜鉛市場は、2016年の亜鉛価格急騰がひと段落し、2017年も供給不足が見通されているにもかかわらず6月前半には2,400US$/t台まで下落する等、世界的な需給逼迫の状況に対し価格が伸び悩んでいる。2017年は大規模鉱山等での増産計画が進んでいることから2016年よりは需給逼迫感緩和が期待されているとは言え、世界的に需要は堅調に伸びており、中国における生産・需要動向も先行き不透明であることから2017年後半に供給不足が加速する可能性は残されている。2016年の亜鉛価格上昇局面においては、2017年中にGlencoreが減産解除に踏み切るだろうとの期待もあったが、現在までそのような動きは見られていない。亜鉛価格も3,000US$/tに迫る高値を付けた時より1~2割の安値で落ち着いていることや、2018年には大規模鉱山の新規稼動も控えていること

から大幅な需要の伸びがない限り今後長期的に亜鉛が高価格水準で推移する可能性は低く、同社の亜鉛生産量が減産発表前の水準に回復するタイミングは当面先延 ば し さ れ る の で は な い か と 推 測 す る。

しかし、世界の亜鉛需給が2019年には供給不足解消見込みであるとは言え、今後5年以内に閉山予定の鉱山も複数有り、亜鉛鉱石供給が十分に担保されているとは言えない状況である。近年探鉱開発投資額が減少傾向を辿っている中、資源の安定供給のためにも亜鉛の新規鉱床の発見及び可採埋蔵量の拡大が求められるところ、資源会社の亜鉛への関心が高まり、さらなる探鉱開発投資拡大が進むことを期待している。

(2017.7.3)