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癌 毒 素 の 骨 髄 に 及 ぼ す 影 響

第3編

骨 髄 体外 組織 培養 に よる癌 毒素 の作 用に関 す る実験的研 究

岡山大学医学部津田外科教室(主 任:津 田誠次教授)

専 攻 生  塩 見 太 郎

〔昭和33年2月17日 受稿〕

内 容 目 次

I.ま えがき

II.実 験材料及 び実験方法

III.実 験成績並びに考按

胃癌エキス添加実験に於ける正常家兎骨髄

培養について,特 に組織増生及び遊走細胞

IV.む すび

V.全 編の総括

主要参考文献

I.ま え が き

体外組織培養の研究は, 1907年Harrisonが,蛙

の神経培養 に成功 して以来,長 足の進歩を遂げ今 日

に至つた.現 在 では殆ん ど総 ての組織が培養 出来る

ようになつたと云 つても過言ではない.

しか し造血臓器 の培養 では,脾 臓淋巴腺の研究が

多 くみられるのに反し,骨 髄 の培 養 は 極 く僅 かで

Foot, Erdmann等 の断 片的な 業 績 をみ るに過ぎな

い.し か るに先年来本学平木内科教室 によりその系

統的研究が進め られ,骨 髄 組織 の培養の基礎的事項

及び臨床に画期的な飛躍 が行われている.

一体,骨 髄の生態及び病態生理を端的に窺 うため

には,体 外組織 培養は最 も優れた方法 と考え,家 兎

骨髄 の培養に際 し,胃 癌 エキスの添加実験を行 い,

癌毒素 の骨髄実質に対す る直接の作用 を追求 した.

即ち家兎骨髄 の体外組織培養において,胃 癌エキ

スを添加 し,主 として骨髄の増生面積及び細胞 密度

を も考 慮し,更 に遊 走細胞の速度並びにその形態を

時間的経過を追つて観察した.

白血球 の運動については, 1845年Wharton Jones

に よつて証明せ られて以来,そ の遊 走形態につき,

Philips born, Wallgren,栗 原,千 田 等 の 詳 細 な

研 究 が み られ る.又 遊 走 速 度 に関 す る業績は,

Comandon, Levaditi, McCutscheon,杉 山以下枚挙

に遑が ない.し か し之等はすべて末梢血に よるもの

で,好 中球を対照とした ものが大部分 である.

既 に第1編 及び第2編 において述べた如 く,癌 組

織毒の作用機転の解 明に際 し,骨 髄内スペレを惹 起

するものが 肝 臓 で 主 と して 生産 された調節物質で

あり,脾 臓 も之に関与 することを立証 したが,こ の

際のも一 つの問題,即 ち骨髄 実質に対する作用を追

求した.

II.実 験材料及び実験方法

培養組織:体 重1~1.5kgの 健 康 成 熟家兎の

大腿骨 々髄を無菌的に取出し,本 学 平木内科教室で

行つている方法 により作成 した.

培地 の支持体は,健 康家兎 のヘパ リン加血漿 を用

い,発 育促進物質 には9日 目の家鶏児圧搾液を用 い

た.

培養 方法は被覆培養法を用 い,観 察はすべて顕微

鏡保温箱内で行つた.

増生面積の測定は, Abbe氏 描写 器にて描画した

ものをプラニメー ターで測定 し,遊 走速度の測定は

,同 様 にしてAbbe氏 描 写 器で 細 胞の中心点 の軌

跡を画 き,之 を曲線計で計測 し,そ の倍率か ら換算

して実数値 を求めた.

III.実 験 成 績

家兎骨髄 の体外組織培養を行 うに あた り,対 照 と

して,胃 壁粘膜エキス添加及 び無添加の骨髄を培養

し,胃 癌エキス添加例 と対比 した.

培養経過を述べ るにあた り,細 胞増殖帯の細胞活

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動 の経過を大別 して, 12時 間迄を初期, 48時 間迄を

中期,以 後全細胞の停 止死滅にいたる間を末期にわ

け る.

初期は組織増生盛んで,細 胞分裂は最 も旺盛であ

る.骨 髄遊 走細胞 の遊 走細胞帯への出現 も次第 と盛

んにな り,好 中球(偽 好酸),好 酸球,後 骨髄球,淋

巴球,単 球更に結締織母細胞 と相次いで現われ る.

又偽好酸球の遊 走速度 も3時 間後が最大である.こ

の時期において,胃 癌エ キス添加の影響をみ ると,

比較成長価は既 に3時 間 目に於 て, No. 11は5.2に

対 し10.2(粘 膜エキス), 7.5(生 理的食塩水)と 軽

度乍 ら低 い価を示 す. No. 12, 13及 びNo. 18も 同様

の傾 向を示すが, No. 15の み6.35に 対 し5.26と なつ

てい る.

培 養12時 間後 には,胃 癌 エ キス 添 加 例 はNo. 11は

15.8に 対 し36.4, 24.3; No. 12は14.1, No. 13は

15.7(対 照 の数 値 は 同 じ)で, No. 15は18.5に 対 し

10.6, 34.1; No. 18は12.8に 対 し19.9, 24.3と 両者

の間 に 明 らか に差 異 を 示 して くる.

更 に24時 間後 に は 一 段 と明 らか な 差 を示 して い る.

偽 好 酸 球 の遊 走 速 度 も図 に示 す 如 く対 照 の画 く曲

線 に比 べ て,胃 癌 エ キス 添 加例 は6時 間後, 12時 間,

24時 間 と急 激 に低 下 す る.即 ちNo. 11で は6時 間後

に 胃癌 エ キ ス添 加(KN)6.7μ/min.に 対 し,胃 粘

膜 エ キス添 加(WN)7.3μ/min.生 理 的 食 塩 水添 加

NN)8.9μ/min.で あ るが, 12時 間後 では3.9μ/min.

No. 11

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癌 毒 素 の 骨 髄 に 及 ぼ す 影 響 1237

No. 12

No. 13

No. 11, 12, 13の 対 照 は 同 じ.

KN… … 正 常 家兎 骨 髄 組 織+胃 癌 エ キ ス+Plasma

WN… … 〃+胃 粘 膜 エ キス+〃

NN… … 〃+生 理的 食 塩 水+〃

No. 18

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No. 15

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比 較 成 長 価

偽好酸球游走速度

(8.9; 7.9)と な り,更 に24時 間 後 に は2.2μ/min.

(3.9; 1.9)と 著 しい変 化 を示 す.こ れはNo. 15を

除 き4例 共 ほ ぼ 同様 の 数 値 を認 め る.

中 期 に 於 ても 勿論 同 様 の傾 向 をみ る ζ とは,図 表

胃癌エキス添加

比 較成 長価No. 18

偽好酸球 遊走速度No. 18

に示す通 りであるが,全 般に次第に面積 の増生は停

止 し,細 胞 自体 も漸次変形或は運動不活溌 となつて

くる.

細胞帯を周辺部,中 央部更に中心部(表 中,辺,

中,近 と省略 して示 す)に 分 れば一般に初期には周

辺部の遊走細胞が最 も活溌に運動するが, 24時 間後

には周辺部 と中央部 の細胞の運動はほぼ同 じ程度 と

な り, 72時 間後には更に中 心部の方が活溌 となつて

くる.し かるに 胃癌エキス添加例に於ては対照に比

し,明 らかに低下 している.細 胞の変形運動は,癌

添加例に於ては既に3~6時 間 の初期に認め得た.

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1240 塩 見 太 郎

24~48時 間後 には細胞は縮小 し大きな変形顆 粒が次

第に著明になるが,対 照に於 ては斯様な変化 は概ね

中期の終 り頃 より末期に至 り認め られた.

以上の実験 成績 を要約するに,胃 癌エキス添加に

より, 4例 共対照に比較して骨髄 の増生,細 胞 の遊

走共に低下 を認めた.そ の順位は,胃 癌組織液が最

も著し く,胃 壁粘膜 エキス次で生理的食塩水(無 添

加)と なる.な お異つた結果を示 した1例(No. 15)

は潰瘍癌のエキスを添加 した ものである.

IV.む す び

家兎骨髄体外組織培養を行 い,胃 癌毒素 の作用を

追求 し添加実験を行 つた結果,対 照に比較 して明ら

か に増生,細 胞遊走共に低下 した.

V.全 編 の 総 括

悪性腫 瘍,な かでも癌の本態に関 しては,現 今世

界の諸学者に より最 も注 目されている重要な課題の

一つであ り,鋭 意研究 されている.

も とより古来数多の諸賢に よりたえず研究 され,

その所説も複雑多岐 に亘 り幾 多の変遷 を辿 り今 日に

至つたが,そ の本態は依然 としてヴェールに包 まれ

ている有様である.

わが津田外科教室に於ても,夙 に癌の研究が行わ

れてい るが,特 に癌の早 期診断法等臨床或 いは生物

学的,化 学的の基 礎実験に相次 いで成果 を挙げて来

た.先 年来,癌 組織毒の作用機転の解明 のため化学

的性質の追求,更 に諸臓器に対する影響,癌 性貧血

の発生の究明等 々逐次発表 されている.

癌毒素の作用特に貧血発生に関 して造血臓器なか

でも骨髄に対 し障害を及ぼすことは既 に明 らかであ

るが,そ の生成機序の解明の一翼を担い種 々実験 を

行つた.

従来の研究は動物の静 脈内或いは皮下に癌毒素を

注入 し,体 内諸臓器 に影響 した際 の骨髄 の変化を論

じたもので,い ささか隔靴〓痒 の感を免れ難い.

ここに私は,直 接癌毒素を骨髄 に作用 さしその結

果を追求し,更 にその発生機転を解明 した全 く新 し

い観点 にたつたものであ る.

実験に あた り動物はすべ て家兎を用い,癌 エキス

の作成は胃癌組織に限つた ことは,実 験 の諸条件を

統一す るためであ る.

癌エキスの骨髄灌流試験 において短時間ではその

影響は認め難いが,長 時間では骨髄栄養静脈に貧血

を認めた.即 ち癌毒素が絶 えず体内にあ り骨髄 に作

用す ると所謂骨髄内スペ レを惹 起する.こ の際末梢

血 と見做すべ き股動脈血に も貧血を認めたことは,

骨髄 内スベレだけでな く骨髄実質 の障害 された事を

示唆 している.こ れは後に述べ る如 く,骨 髄の体外

組織培養 によつて明 らかになつた.

癌 毒素の常に存す る状 態,即 ち癌患者血清は骨髄

灌流に よリスペレを惹 起す ることを認め,更 に実験

的癌性貧血家兎の血清にも同様に催貧血作用の存在

す ることを確めた.即 ち血清に催貧血物質 の生成を

みたのであるが,こ の生成機転にお いて体内臓器,

特に肝臓並 びに脾臓 の関与 が当然問題 となつて くる.

次で肝臓並びに脾臓の灌流試験を行 い,癌 エキス

は主 として肝臓 に於て催貧血作用を賦活 されること

を立証 し,更 に脾臓も同様に催貧血作用の発生に関

与す ることを認 めた.

なお骨髄実質に対す る影響 を追求するために,家

兎の骨髄組織培養に際 し,胃 癌エ キスの添加実験を

行い.胃 癌毒素が骨髄 の組織増生並びに細胞遊走共

に対照 と比較 して著 しく制限,抑 制す ることを立証

した.

癌患者血清については,平 木内科 に於て実験 され,

12例 中9例 に抑制的に作用することが明らかにされ

ている.因 に鉤虫症患者 血清には斯様 な作用はない.

骨髄灌流試験 に際 して,赤 血球,白 血球,血 色素

量,網 赤血球の分類等を行つたが,癌 毒素の作用機

転解明に直接重大な結果 をもた らさな いので,以 後

は省略 した.

第1, 2, 3編 を脱稿するに当 り,終 始 御指導,

御校閲を下さつた恩師津田教授,内 科教 室平木教授

並 びに御助 言を頂 いた.平 木内科教室大藤助教授に

心か ら感謝 します.

主 要 參 考 文 献

1) Hirschfeld: Z. Krebsforech. 16, 99 (1919)

2) Muller: Berl. Kl. W. 41, 702 (1886)

3) Arneth: Diag. u. Therap. d. Anam. 47

(1907)

4) Kelling: Arch. f. Kl. Chir . 80 (1906)

5) Leyden; Dent. Med . W. 725 (1902)

6) Richartz: Dent. m. W. 31, 1340 (1909)

7) Neufeld u. Dold: Berl . K1. W. Nr. 2

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癌 毒 素 の 骨 髄 に 及 ぼ す 影 響 1241

(1911)

8) 前 田:癌, 12(大7)

9) 前 田:日 新 医 学, 11, 1273(大10)

10) 小 倉:慶 応 医 学, 7, 2(昭2)

11) 高 村:長 崎医 誌, 20, 8(昭17)

12) 村 田:実 験 医 学誌, 27, 519(昭18)

13) 井 上  熊 本医 誌, 15, 4, 509(昭14), 17, 235

(昭16)

14) 原  岡 山 医 誌, 64, 4, 682(昭27)

15) 山 田:岡 山 医 誌, 64, 4(昭27)

16) 高 橋,阿 南:京 城 医 紀要, 8, 235(昭13)

17) 山 田(正):京 城 医 紀 要, 8, 391(昭13)

18) 小 森:日 本 血 液 誌, 7, 35(昭18), 12, 62

(昭24), 13, 24(昭25)

19) 宮 崎:日 本 血液 誌, 12, 45, 62, 201(昭24),

13, 1, 2(昭25)

20) 上野:日 本 血 液 誌, 5, 427, 441(昭16)

21) 金:京 城 医 紀 要, 7, 676(昭12), 8, 49(昭13)

22) 平 木:日 本 血 液 学 会 討議 会報 告, 5,別 冊(昭28)

23) 岩 男:東 京 医 誌, 40, 775(昭6), 49, 1778

(昭10)

24) 岩 男:東 京 医新 誌, 3167, 5(昭15)

25) 橋 本(美):東 京 医新 誌, 3050, 2493(昭12),

3184, 1008(昭15)

26) Neumann: Zit. n. Ascanazy, Handb. d.

Spcz. Pathol. Anat. u. Histol. Bd. 1, 2,

781 (1927)

27) Robin: Zit. n. Ascanazy.28) Peabdy:

Amer. J. path. 2, 487 (1926)

29) 富 塚:千 葉 医誌, 12, 518(1934)

30) 本 多:日 本 医大 誌, 12, 67(1941)

31) 大 藤:日 新 医学, 40, 14, 79(昭28),綜 合 医

学, 10, 238(1953)

32) 小 宮:血 球 の神経 性 調 節(昭27)

33) 梅 田:日 本 血 液 誌, 12, 4, 5, 41(昭24)

34) 北 山:日 本 内 科 誌, 39, 259(昭25)

35) 武 藤,高 橋:京 城 医 紀要, 14, 7(昭9)

36) 勝 間 田:熊 本 医 誌, 18, 3(昭17)

37) 勝 沼:日 本 血液 誌, 14, 4(昭26)

38) 山 崎:日 本 血液 誌, 11, 56(昭23), 12, 1(昭24)

39) 桜 井:福 岡 医誌, 26, 11(昭8)

40) 志 水:京 都 医 誌, 33, 4(昭11)

41) 杉 浦:日 本 血液 誌, 2, 1(昭13)

42) 哲 翁:日 本 外 科 誌, 52, 3, 128(昭26)

43) 友 田:日 本 医 新 誌, 1292, 176(昭24)

44) 天 野:血 液 学 の 基 礎,上 巻(昭23)

45) 木村:組 織培 養(昭22)

46) 井 上(道):日 本 血液 誌, 14, 193(昭26)

47) 栗 原:日 本 血液 誌, 8, 1093(昭19)

48) 坂野:日 本 血液 誌, 2, 777(昭13)

49) Carrel & Burrows: J. of Exp. Med., 13,

562 (1911)

50) A. Fischer: Gewebe-Zuchtung, (1927)

51) Fischer: J. of Exp. Med., 34, 447 (1921)

52) 大 森 他:東 京 医新 誌, 71, 454(昭29), 71,

454(昭29)

53) 鈴 木  臨 床 病 理 血 液誌, 3, 146(昭9)

54) 杉 山:十 全 会 誌, 34, 1370(昭4)

55) 千 田:血 液 討議 会 報告, 5, 252(昭28)

56) Mc Cutcheon: A. J. of Phys. 66, 180 (1923)

57) Philipsborn: Deut. Arch. f. Klin. Med.,

160, 323 (1928)

58) 大 藤 他  東 京 医 新誌, 72, 407(昭30),日 本結

核 病 学 会 中四 国 地 方会 誌, 5,別 刷(昭29)

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1242 塩 見 太 郎

Influence of Cancer Toxin on the Bone Marrow

Part III

Experimental Study on the Action of Cancer Toxin by Means

of Tissue Culture of Bone Marrow

By

Taro SHIOMI, M. D.

from the II Surgical Dept., Okayama University Medical School

(Director: Prof. Seiji TSUDA, M. D.)

Although, it is easily understandable that cancer toxin directly affects bone marrow.

most studies have been done in vivo up to date.

To clarify mode of normal and pathological physiology of the bone marrow culture of

bone marrow has been performed on rabbit and influence of cancer extract on the marrow

has been studied.

The growth area, cell density, migration velocity and shape and form of growing cells

were observed after adding cancer extract obtained from stomach cancer and normal gastric

mucosa extract as a control. On cancer extract both the growth and migration velocity of

cells were markedly surpressed comparing to the controls.