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9 2 為替レートの決定 毎日のニュース報道からわかるように,変動相場制を採用する日本で為替レートは時々 刻々と変化しています.皆さんは覚えているでしょうか.2012 12 月に第 2 次安倍内閣 が誕生した当初,為替レートは 84 円前後でしたが,そこから約 2 年半後,2015 年の夏に 125 円まで上昇しています.その年の末から低下を続け,ここ 1 週間は 100 円台後半 で推移しています.わずか 3 年ちょっとの間に,40 円(約 50 パーセント)の上昇と 20 円(約 16 パーセント)の下落を経験したことになります.3 年程度の期間で同様の規模の 変動を経験する製品・サービスを見つけることは,生鮮食品を除けば難しいでしょう.こ の章では,為替レートの水準が短期的にはどのような要因に影響されるのか,あるいは同 じことですが,為替レートの水準が短期的にはどのように決定されるのかを考察します. ところで,私達日本人から見て「為替レート」は円とドルの間のレートだけではありま せん.1 ユーロが何円と交換されるかというユーロとの間の為替レートも重要です.もち ろん,中国の通貨である元との間のレートも注視する必要があります.しかし,ここでは 為替レートの代表としてドルの為替レートのみに注目して説明していきます.これ以降 は,「為替レート」と一般的な呼び方をしている時でもドルと円の為替レートを念頭に置 いて考えて下さい.また,為替レートは外国通貨を基準として表すこととします.すなわ ち,「外国通貨 1 単位が自国通貨何単位と交換されるか」という表し方を採用します * 1 したがって,「為替レートが 103 円」と言うとき,それは市場では 1 ドルが 103 円と交換 されることを意味しています. 2.1 ドルの需要と供給 私たちは,日々,製品・サービスと円という通貨を交換しています.そして,その交換 比率たとえばビール 1 本が円何単位と交換されるかすなわち円通貨で測った価値のこ とを一般に「価格」と呼んでいます.同様に,円とドルの交換比率ドル 1 単位が円何単 * 1 これを「自国通貨建て(direct quotation)」と言います.一方,「自国通貨 1 単位が外国通貨何単位と交 換されるか」という表現ももちろん可能です.これを「外国通貨建て(indirect quotation)」と言いま す.

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9

第 2章

為替レートの決定

毎日のニュース報道からわかるように,変動相場制を採用する日本で為替レートは時々

刻々と変化しています.皆さんは覚えているでしょうか.2012年 12月に第 2次安倍内閣

が誕生した当初,為替レートは 84円前後でしたが,そこから約 2年半後,2015年の夏に

は 125円まで上昇しています.その年の末から低下を続け,ここ 1週間は 100円台後半

で推移しています.わずか 3年ちょっとの間に,40 円(約 50パーセント)の上昇と 20

円(約 16パーセント)の下落を経験したことになります.3年程度の期間で同様の規模の

変動を経験する製品・サービスを見つけることは,生鮮食品を除けば難しいでしょう.こ

の章では,為替レートの水準が短期的にはどのような要因に影響されるのか,あるいは同

じことですが,為替レートの水準が短期的にはどのように決定されるのかを考察します.

ところで,私達日本人から見て「為替レート」は円とドルの間のレートだけではありま

せん.1ユーロが何円と交換されるかというユーロとの間の為替レートも重要です.もち

ろん,中国の通貨である元との間のレートも注視する必要があります.しかし,ここでは

為替レートの代表としてドルの為替レートのみに注目して説明していきます.これ以降

は,「為替レート」と一般的な呼び方をしている時でもドルと円の為替レートを念頭に置

いて考えて下さい.また,為替レートは外国通貨を基準として表すこととします.すなわ

ち,「外国通貨 1 単位が自国通貨何単位と交換されるか」という表し方を採用します*1.

したがって,「為替レートが 103 円」と言うとき,それは市場では 1ドルが 103 円と交換

されることを意味しています.

2.1 ドルの需要と供給

私たちは,日々,製品・サービスと円という通貨を交換しています.そして,その交換

比率–たとえばビール 1 本が円何単位と交換されるか–すなわち円通貨で測った価値のこ

とを一般に「価格」と呼んでいます.同様に,円とドルの交換比率–ドル 1単位が円何単

*1 これを「自国通貨建て(direct quotation)」と言います.一方,「自国通貨 1単位が外国通貨何単位と交

換されるか」という表現ももちろん可能です.これを「外国通貨建て(indirect quotation)」と言いま

す.

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10 第 2章 為替レートの決定

位と交換されるか–すなわち円通貨で測ったドルの価値も,ドルという通貨の「価格」で

あると考えることができます.そして,価格である以上,第 1章で考察したビールの価格

と同様に,為替レートもその需要と供給によって決定されると考えられます.すなわち,

ドル需要がドル供給を上回るような事態が発生すれば為替レートは上昇し,供給が需要を

上回るような場合には低下します.そして,いずれは需要量と供給量とが一致するような

水準に落ち着くと考えられます.

もう少し具体的に確認しておきましょう.今,100 円の為替レートでドルの買い注文

(需要)と売り注文(供給)がちょうど一致しているとしましょう(第 1章でみたように,

これを「外国為替市場が均衡している」と言います).ここで,何らかの理由でドルの買

注文だけが増加したとします.売り注文(供給)が不変であれば,買い注文が売り注文を

上回ることになり,ドルを買いたいのに買うことのできない人が出てきます.この人たち

は,なんとかドルを入手しようと少しだけ高いレート(たとえば 101円)を提示し始める

でしょう.すると,売り手は少しでも高い 101 円の値をつける売り手に売ろうとするの

で,今度は今まで 100 円で購入できていた人が,代わりにあぶれることになります.当

然,この買い手も 101円をつけてドルを入手しようとするでしょう.こうして,レートは

101円へと上昇していきます.

反対に,何らかの理由でドルの売り注文(供給)が増加すると,売りたいのに売れない

人が出てきます.彼らは 100円より少しばかり低い価格(たとえば 99円)をつけて,な

んとか売ろうとします.買い手は少しでも安い値をつける 99円の売り手から買おうとす

るので,これまで 100円で売却できたいた人の一部が代わりにあぶれることになります.

今度はこの人たちが,99円でなんとか売ろうとします.こうして,為替レートは低下して

いきます.

ところで,為替レートが円で測ったドルの価格であるならば,為替レートの上昇はドル

の円で測った価値の上昇を意味します.そこで,これを「ドルの(円に対する)増価」あ

るいは「ドル高」と言います.

同じことを円の側から見てみましょう.為替レートの上昇は,1ドルを買うのに必要な

円の量が増加することを意味します.すなわち,1円で購入できるドルの量が減少するこ

とを意味します.したがって,為替レートの上昇は,円の側からみれば「円の(ドルに対

する)減価」あるいは「円安」と言います.

このように,ドルの増価と円の減価とは同じことであり,ドル高と円安も同じことなの

です.しばしば,「円高・ドル安」あるいは「円安・ドル高」などと併記されますが,これ

は同じ意味の語句を並べているだけなのです.

以上,ドルに対する需給の相対的関係がドルの価格である為替レートの動きを決めるこ

とは理解してもらえたでしょう.では,ドルに対する需要・供給そのものは,どのような

理由で生ずるのでしょうか.言い換えれば,人々はどのような時にドルを購入する必要に

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2.1 ドルの需要と供給 11

かられ,またどのような時にドルを売却する必要にかられるのでしょうか.

私達がアメリカから製品・サービスを輸入する場合,支払いはドルによって行うのが普

通です.一方で,日本に住む私たちは日常的にドルを保有することはありません.した

がって,アメリカから製品・サービスを購入したいと考えるとき,同額のドルを購入する

必要が生じ,ドルへの需要が生じることになります.一方,私達が製品・サービスをアメ

リカに輸出する場合,多くの場合支払いをドルで受けますが,日本の輸出会社はドルを保

有していても仕方がないので,ドルを売って円を入手しようとします.したがって,アメ

リカへの輸出に伴ってドルの供給が生じることになります.こう考えると,「相対的に輸

入需要が増加(減少)する場合にドルへの需要が増加(減少)して為替レートは上昇(低

下)し,輸出需要が増加(減少)する場合にはドルの供給が増加(減少)し為替レートは

低下(上昇)する」と言えそうです.

しかし,ドルに対する需要・供給を生じさせるのは製品・サービスの輸出入だけでは

ありません.私達がドル建の金融資産を購入する場合を考えてみましょう.ドル建の金

融資産とは,借入額・返済額等が全てドルで契約された借用書のことです*2.たとえば,

「10,000ドルをお借りしました.1年後に 10,500ドルを返済します」という借用書です.

借用書の発行者が企業ならば「社債」,政府部門ならば「公債」,銀行部門ならば「預金」

と呼ばれることになります.一般的には,アメリカの企業・政府・銀行はドル資金を必要

としているので,ドルで契約された借用書を発行することになります.ところで,私達

日本人がドル建金融資産を購入しよう(アメリカ企業・アメリカ政府にお金を貸そう)と

思ったら,外国為替市場でドルを調達しなければなりません.したがって,ドル建金融資

産への需要は同額のドルへの需要を生み出すのです.

では,ドルの供給はどこから生まれてくるのでしょうか.今,何らかの理由で即座に円

建の資産の保有を増やしたい場合を考えてみましょう.ここで重要なのは,円建金融資産

を買うということが,同時にドル建金融資産を売却することを意味するという点です.こ

の点を図 2.1で確認しましょう.図の上段のように,現時点であなたに 400万円の金融資

産残高があり,その中身は 200万円ずつの円建金融資産とドル建金融資産で構成されてい

るとします.

ここで円建金融資産を購入すると,円建金融資産が増加するように思えます.しかし,

その購入代金を円現金で支払うと,この円現金自体があなたの保有している円建金融資産

の一部ですから,同額の円建金融資産が減ることになります.結果として,円建金融資産

を増やすことはできていません.

一方で,保有しているドル建金融資産の一部を売却し,その代金で円建金融資産を購入

すれば,円建金融資産の保有量を増やすことができます.もちろん,その裏で同額のドル

建金融資産の保有量を減らすことになります.このように,円建金融資産の保有を増やす

*2 厳密に言うと,株式のような「返済」の概念がないものも金融資産に含まれますので,「借用書」という表

現は適切ではありません.正確には「将来のキャッシュフローへの請求権」という言い方になります.こ

のあたりは第 3章で説明します.

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12 第 2章 為替レートの決定

円資産 ドル資産

円資産 ドル資産

新たに追加する

ことはできない

ドル資産円資産

ドル資産を売って

円資産を買うこと

は可能

200 200

250 200

250 150

図 2.1: 資産構成の変化

ということは,同額のドル建金融資産を売却することを意味します.ところで,ドル建金

融資産を売却して得られるのはドルですから,円建金融資産を購入するためにはこれを円

に換える,すなわちドルを売却する必要があります.したがって,円建金融資産への需要

は同額のドル供給を生み出すのです.

以上をまとめれば,人々が自らの資産におけるドル建資産の割合を増やそうとする場合

にドルへの需要が増加して為替レートが上昇し,円建資産の割合を増やそうとする場合に

ドルの供給が増加して為替レートが低下することになります.

さて,以上の話から,製品・サービスの輸出入に伴うドルの需給とドル建および円建の

金融資産の購入に伴うドルの需給とが為替レートを決定する,と言えそうです.しかし,

それは現実の一次近似として正しくありません.なぜなら,前者と後者では取引されるド

ルの額が大きく異なるからです*3.すなわち,現実には製品・サービスの輸出入額をはる

かに上回るドル売買がなされており*4,ドル需給の大部分は資産の売買に起因するもので

占められていると考えることができます.これは,後者がこれまで蓄積してきたもの(=

ストック)の取引であるため,すでに大量に存在しており,即座に大量の売り注文・買い

注文を出すことが可能だからです.したがって,金融資産については短期間で大規模な需

給の変化が起こり得るのです.一方で,製品・サービスについては,即座に供給量を数十

倍にするようなことは不可能ですし*5,購入量を数十倍に増やすような行動も考えにくい

*3 厳密に言うと,前者はフロー変数なのに対して後者はストック変数ですから,次元も異なることになりま

す.

*4 “... export and import transactions are small relative to the amount of domestic and foreign

assets at any given tine. For example, foreign exchange transactions in the United States each

year are well over 25 times greater than the amount of U.S. export and import.”Mishkin, The

Economics of Money, Banking, and Financial Markets, Alternate Edition, 2007, Addison-

Wesley, p.511.*5 製品については,大量の在庫(ストック)を保有しておけば短期的に供給量を増やすことも可能でしょ

う.しかし,そのような大量の在庫を抱えることは企業にとっても個人(消費者)にとっても合理的では

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2.2 為替レートの決定理論 13

円資産 ドル資産

円資産 ドル資産

200 200

円資産 ドル資産

ドル需要

ドル供給

ドル資産を

増やしたい

円資産を

増やしたい

現状の資産構成

(A)

(B)

図 2.2: 資産需要とドル需給

です.したがって,製品・サービスの取引に起因するドル需給が,短期間に大きく変化す

ることは考えにくいのです.以上から,ドル需給の変動はドル建金融資産と円建金融資産

の需給変動によって支配され,為替レートはドル建および円建の金融資産への需要変動に

よって決定されると言っても,近似としては悪くないでしょう.

ドルの需要の背後にはドル建金融資産の需要が,ドルの供給の背後には円建金融資産の

需要が存在し,その相対的関係が為替レートを決めるとするならば,そもそもドル建・円

建金融資産の需要はどのような要因に影響されるのでしょうか.

2.2 為替レートの決定理論

2.2.1 資産の「望ましさ」

前節で見たとおり,私たちが何らかの理由で保有する金融資産残高の構成を変化させた

いと考えたとき,ドルの需要・供給が発生し,それに伴って為替レートが変化することに

なります.では,私達はどのようなときに資産の内訳の変化を企図するのでしょうか.そ

れは,ドル建資産と円建資産の間で「望ましさ」に差が生ずる場合でしょう.たとえば,

ドル建資産の望ましさが相対的に高まるようなことがあれば,多くの人は図 2.2(A)のよ

うにドル建資産の比率を増やしたいと考えるでしょう(そして,付随的にドル需要が発生

する).逆に,円建資産の望ましさが相対的に高まれば(図 2.2(B)),円建資産の比率を増

やそうとするはずです(そしてドルを売却しようとする).では,私達がドル建資産・円

建資産の望ましさを評価するときの「基準」は何でしょうか.

誰もが最初に思いつくのは,それぞれの資産がもたらす収益の大きさでしょう.一般

に,資産は収益をもたらしてくれます.たとえば,あなたは 10 万円を 1 年間誰かに貸し

て借用書(資産)を入手すれば,貸した額(元本)の返済に加えていくらかの報酬を約束

されます.この報酬は,あなたが 1年間その 10万円を使うことを我慢してくれたことに

ないでしょう.

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14 第 2章 為替レートの決定

対して借手が支払う報酬であり,利子と呼ばれます.資産残高は限られているのですか

ら,高い収益をもたらす資産の比率を増やしたいと考えるのは合理的です.以下,まず資

産の利子率について簡単に説明します(より詳しい説明は次章に譲ります).次に,日本

人がドル建資産を持つ場合には,利子率だけを見ていても望ましさを正確に測ることがで

きないことを確認します.

2.2.2 資産の利子率

さて,今目の前に 3人の借手がいたとします.Aさんは「500円の利子を払うから 2万

円貸して欲しい」と,Bさんは「800 円の利子を払うから 4万円貸して欲しい」と,そし

て Cさんは「1万 5千円貸してくれれば 300 円の利子を払う」と言っています.もっと

もよい条件を提示しているのは誰でしょうか.このように,貸出額(=元本)が異なる貸

出を比較する際に役立つのが,利子率という考え方です.すなわち,「その人に貸した 1

円あたりいくらの利子がついてくるか」を計算することで,元本が異なる貸出条件を比較

できるのです.これは,利子の額を元本で割ることによって求めることができます.

Aさん:500

20000= 0.025

Bさん:800

40000= 0.02

Cさん:300

15000= 0.02

以上の計算から,A さん,B さん,C さんに貸すと,それぞれ 1 円あたり 0.025 円,

0.02円,0.02円の利子が得られることがわかります.すなわち,Aさんの提示する条件

がもっとも有利で,Bさんと Cさんのそれは同じということになります.

実は,貸出・借入の期間は 1 年とは限らず,長いものでは 30年超に及ぶものもありま

す.また,利子の支払い方も様々で,満期時(=契約期間の満了時)に一回きりではなく,

満期まで毎年決められた額が支払われる場合もあります.こうした様々な満期・利払い方

法を持つ貸出・借入条件の利子率を計算するには,ちょっとした工夫が必要です.これに

ついては,次章で詳細に説明することにして,以下ではさしあたり利子率が既に計算され

ているものとして話を進めていきます.

2.2.3 日本人から見たドル資産の望ましさ

2.1節で説明したように,短期間では私達は資産残高の構成を換えることしかできませ

ん.したがって,ドル建金融資産の購入は裏を返せば円建金融資産の売却であり,逆にド

ル建金融資産の売却はその裏で円建金融資産の購入を伴います.従って,ドル建金資産を

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2.2 為替レートの決定理論 15

1,000ドル

110,000円

1,050ドル

??? 円

為替レート 110円 為替レート ???円

今日 1年後

利子率

0.05

円でみてどれ

だけの儲け?

図 2.3: ドル建金融資産への投資

増やすという意思決定は円建金融資産を減らすという意思決定であり,当然両者の提供す

る利子率を比較して決定することになります.すなわち,ドル建金融資産の利子率が円建

金融資産の利子率を上回っていれば,人々はドル建金融資産の割合を増やしたい(=円建

金融資産を減らしたい)と考え,ドルの需要が発生するでしょう.反対に,円建金融資産

の利子率がドル建金融資産のそれを上回るならば,円建金融資産の割合を増やしたい(=

ドル建金融資産を売って円建金融資産を購入したい)と考えるでしょう.すなわちドルの

供給が発生するでしょう.

しかし,ここで「ドル建金融資産の利子率」という表現に注意しなければなりません.

ドル建金融資産とは,元本および利子がドルで契約された資産です.したがって,たとえ

日本人が保有者であったとしても元本と利子はドルで支払われるのです.すなわち,「ド

ル建金融資産の利子率が 0.05」というのは,1ドルあたり 0.05ドルの利子が支払われると

いう意味であり,日本人はそれをさらに円に換えることを考えなければならないのです.

すなわち,ドル建資産の利子率が 0.05 というのは「ドルで見た利子率」であって,「円で

見た利子率」ではないのです.このことがはらむ問題は,次の例を考えてみると明確にな

るでしょう.

例� �1,000ドルを満期 1年,利子率 0.05(5%)で貸し出す.今日の為替レートは 1ドル

110円.� �これを図示すると図 2.3のようになります.この例から明らかなように,私達日本人が

ドル建資産を購入する場合,円で見てどれだけの収益(利子ではないことに注意)を得ら

れるかは満期時に実現している為替レートに依存します.例として 2つのケースを想定し

てみましょう.

1年後の為替レートが 108円 → 1, 050× 108 = 113, 400円 円でみて 3,400円の収益

1年後の為替レートが 112円 → 1, 050× 112 = 117, 600円 円でみて 7,600円の収益

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16 第 2章 為替レートの決定

1,000ドル

110,000110,000110,000110,000円円円円

1,000ドル

108,000108,000108,000108,000円円円円

為替レート 110円

今日1年後

元本

50ドル 利子

5,400円

為替レート 108円

円でみて元本

価値が減少

(キャピタルロス)

図 2.4: 為替レート変動によるドル建資産のキャピタルロス

すなわち,満期時に為替レートがドル安に振れていれば収益は 3400円に過ぎませんが,

逆にドル高に振れていれば 7,600円もの収益が得られるのです.これを,ドル建金融資産

に投資した 1円(ドルではなく)あたり何円の収益が得られるか,すなわち「収益率」に

換算してみましょう.

108円の場合:3400

110000= 0.031

108円の場合:3400

110000= 0.069

ドル建金融資産の利子率は 0.05ですが,為替変動によって,円でみた収益率はそれと

一致するとは限らないのです.為替レートが 108円になる(ドル安)ケースでは,円でみ

た収益率は利子率 0.05を下回っています.一方で,110円になる(ドル高)ケースでは,

円でみた収益率は利子率を 0.05を上回っています.なぜ,このような乖離が起こるので

しょうか.

図 2.4 を見ながら考えてみましょう.ここでは,投資期間中に為替レートが 110 円

から 108 円へと円高・ドル安になるケースを想定しています.注目すべきは,当初

110,000円(= 1, 000× 110)で購入した 1,000ドルのドル資産が,1年後には 108,000円

(= 1, 000× 108)へと価値を落としているということです.為替レートが変化してしまっ

たため,当初 110,000円出して購入したドル資産の価値は,もはや 108,000円にしかなら

ないのです.すなわち,為替レート変動によって円でみてキャピタルロスを被ってしまっ

たのです.こうして,たとえ利子が 5%ついたとしても,為替変動による元本価値の一部

喪失(キャピタルロス)によって,利子のいくらかが相殺されてしまったため,円でみた

収益率は当初の利子率 5%をその分だけ下回ってしまったわけです.

もちろん,為替レートが上昇してドル資産の元本価値が円でみて上昇する場合には,

キャピタルゲインが発生しますので,円でみた収益率は利子率を上回ることになります.

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2.2 為替レートの決定理論 17

「1ドル○○円」という為替レートは 1ドル通貨の円で測った価格であると同時に,1ド

ル資産の円で測った価格でもあります(為替レートが 1ドル 110円ならば,1ドル分のド

ル資産を購入するのに 110円必要).したがって,為替レートが変化することは,1ドル

分のドル資産の円価格が変化する,すなわち円で見てドル資産にキャピタルゲイン・キャ

ピタルロスが発生することを意味するのです.このように,為替レートが 1ドル分のドル

資産の価格であることに注目し,ドル資産の需給によって為替レートが決定されるとする

考え方を,為替レート決定への「資産アプローチ」と言います.

さて,以上の議論をふまえれば,円でみたドル建資産の収益率(利子率ではない)は,

次の 2つの要素から成り立つことがわかるでしょう.

ドル建資産の収益率 ドル建資産の利子率

ドル建資産の円でみた

キャピタルゲイン(率)

= +

ところで,ドル建資産の価格の上昇率(キャピタルゲイン)はドル自身の価値の上昇率

(=ドルの増価率)と同じですから,この関係は次のように書き換えることができます.

ドル建資産の収益率 ドル建資産の利子率= + ドルの増価率

ここで,後々のために次のような記号を用いてこの関係を表現しておきましょう.これ

ドル建資産の円でみた収益率 R∗

ドル建資産の利子率 i∗

今日の為替レート E0(円)

1年後の為替レート E1(円)

らの記号を用いると,ドル建資産の収益率は次のような式で表すことができます*6.

R∗ = i∗ +E1 − E0

E0(2.1)

この式で,1年後の為替レート E1 には注意が必要です.実は,私達は現時点で 1年後

の為替レートの値を知ることはできません.したがって,ドル建資産の収益率を計算する

には,1年後の為替レートの予想値を用いなければなりません.これを,予想値*7 である

*6 この式の厳密な導出過程は章末の付録に載せておきます.

*7 正確には「数学的期待値」を用います.長年の経験に基づく勘ではありません.数学的期待値とは,確

率的な意味での平均のことです.たとえば,1 年後の為替レートが 60 パーセントの確率で 120 円,40

パーセントの確率で 115 円になるとしましょう.このとき,1 年後の為替レートの数学的期待値は,

120× 0.6 + 115× 0.4 = 118となります.

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18 第 2章 為替レートの決定

ことを強調するために,expectationの頭文字「e」を右肩につけて「Ee1」と表記しましょ

う(「e乗」でないことに注意).予想に基づいて計算するのですから,収益率のほうも正

確には「予想収益率」となり,「R∗e」と表記します.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0(2.2)

すなわち,ドル建資産の円で見た予想収益率は,ドル建資産の利子率にドル自体の予想

増価率を加えたもので近似することができるのです.ところで,厳密には「予想」という

言葉は適切ではなく,ここは「期待」という言葉を用いるべきところです.したがって,

これ以降は予想収益率と予想増価率を,それぞれ期待収益率,期待増価率と表現すること

にします.

今日の為替レートとドル建資産の期待収益率

ドル建資産の期待収益率と今日の為替レート (2.2)式を見れば,ドル建資産の期待収益

率がどのような要素にどのように影響されるのかがわかります.� �1.(今日の為替レートと 1年後の期待為替レートを一定とすれ

ば)ドル建資産の利子率が高いほど,ドル建資産の期待収益

率は高い.

2.(ドル建資産の利子率と 1年後の期待為替レートを一定とす

れば)今日の為替レートが低いほど(=今日の為替レートが

円高・ドル安であるほど),ドル建資産の期待収益率は高い.

3.(今日の為替レートとドル建資産の利子率を一定とすれば)1

年後の期待為替レートが高いほど(= 1年後の期待が円安・

ドル高であるほど),ドル建資産の期待収益率は高い.� �1および 3は直観的にもわかりやすい結論なので,容易に納得できると思いますが,2

については少し説明が必要でしょう.今,1 年後の期待為替レートが 1 ドル 120円である

としましょう.今日の為替レートが 1ドル 115円であるならば,1年間でドルの価値は 5

円上昇する(ドル資産の価値も 1ドルあたり 5円上昇する)と予想されていることになり

ます.一方,今日のレートがよりドル安の 1ドル 110円であるならば,10円も上昇する

と予想されていることになります.すなわち,1 年後の期待為替レートを一定とすれば,

今日のレートがドル安であるほど今後 1 年間で予想されるドル価値の上昇幅は大きくな

るのです.したがって,ドル建資産の期待収益率も大きくなるのです.この点は以下の図

2.7で確認することができます.図は,ドル建資産の利子率(収益率ではない)を 0.05,1

年後の期待為替レートを 1ドル 115円としたときの,今日の為替レートとドル建資産の期

待収益率の関係を描いたものです.今日の為替レートがドル安であるほど期待収益率が高

くなることが見て取れるでしょう.

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2.2 為替レートの決定理論 19

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

0.12

109 111 113 115 117 119 121

ドル建資産の利子率を0.05,期待

為替レートを115円として作図

図 2.7: ドル資産の期待収益率と今日の為替レートの関係

なお,注意すべきは,この図はドル建資産の利子率を 0.05,1年後の為替レートの予想

値を 1 ドル 115 円に固定して,今日の為替レートだけを動かしたときに期待収益率がど

う変化するかを表したグラフであるということです.したがって,ドル建資産の利子率が

0.08であったり,期待レートが 120円であったりすれば,新たにグラフを書いてやる必要

があります.すなわち,曲線の位置が変わってきます.これを,経済学では「グラフがシ

フトする」と言います.

2.2.4 為替レートの決定:金利平価

ここまで,資産の「望ましさ」を測る基準として(期待)収益率に注目してきました.

一方,資産の持つ「危険性」なども重要な評価基準でしょう.日本人から見れば,米国人

の発行する借用書は相対的にリスクが高いように映るかもしれません(米国人の場合は

逆).したがって,私達は自国通貨建の資産の比率を増やしたいと考えるかもしれません.

また,期待為替レートはあくまでも予想値であり,必ずその値が実現するわけではありま

せん.ドル建の資産にはそうした不確実性もあるので,やはり私たちは円建資産のほうが

望ましいと考えるかもしれません.これ以外にも,資産の望ましさを評価する基準は種々

考えられます.しかし,それらを全て考慮しようとしても後の考察をいたずらに複雑にす

るだけで,さほど有益な示唆を得ることはできません.そこで,ここでは人々の評価基準

に次のような大胆な仮定を置いてしまいましょう.

人々の行動に関する仮定� �人々は,期待収益率のみにもとづいて,ドル建金融資産と円建金融資産の望ましさを

評価する.� �すなわち,人々は借手が日本人かアメリカ人かは一切気にしないと仮定します.これ

は,たとえば「同じ日本人だから」という理由で円建資産をより好むようなことはない,

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20 第 2章 為替レートの決定

ということを意味しています.「重要なのは高い(期待)収益をもたらしてくれるかどう

かだけだ」と考えているということです.したがって,ドル建資産のほうが高い収益を期

待できるのであれば,日本人であってもドル建資産のほうが望ましいと考えることになり

ます.

では,人々がドル建・円建資産の期待収益率だけを見るとき,ドル建・円建資産への需

要がどう決まり(=ドルの需給がどう決まり),為替レートがどのような水準に決定され

るかを見ていきましょう.以下,最初に具体的な数値例で考えてみましょう.まず,現在

の円建資産の利子率が 0.02,ドル建資産の利子率が 0.05 であるとします.また,現在の

為替レートが 112 円,1 年後の期待為替レートが 115 円であるとします.

ケース 1� �ドル建資産の利子率 i∗ = 0.05

円建資産の利子率 i = 0.02

現在の為替レート E0 = 112

1年後の期待為替レート Ee1 = 115� �

この場合,ドルは 1 年間で 2.68パーセントだけ増価する(したがってドル資産の価格

は 2.68パーセント上昇する)と予想されていることになります.

ドルの期待増価率 =Ee

1 − E0

E0=

115− 112

112= 0.0268

したがって,ドル建資産の期待収益率は(2.2)式に従って次のように計算されます.

ドル建資産の期待収益率 R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 + 0.0268 = 0.0768

すなわち,ドル資産に投資する 1円あたり 0.0768円の収益が予想されていることになり

ます.一方,円建資産の利子率は 0.02ですから,現状では

円建資産の収益率 < ドル建資産の期待収益率

となっていることになります.上で仮定したように期待収益率が人々にとっての唯一の評

価基準であるならば,このような状況で円建資産を持ちたいという人はいなくなります.

つまり,誰もが自分の保有する円建資産を全て売却して(円をドルに換えて)ドル建資産

を購入しようとします.これはほぼ無限大のドル需要を発生させますから,ドルの価格で

ある為替レートは 112 円から即座に上昇しはじめます.将来の期待レートが一定のまま

で現在のレートが上昇すれば,ドルの期待増価率が低下するので,ドル建資産の期待収益

率も低下していきます.たとえば,さしあたり為替レートが 116 円まで上昇したとしま

しょう.ドル建資産の期待収益率は次のように変化します.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 +

115− 116

116= 0.05− 0.008 = 0.042

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2.2 為替レートの決定理論 21

しかし,これでもまだ円建資産の期待収益率を上回っているため,ドル建資産は引き続き

買われ(=ドルは引き続き買われ),ドルはさらに増価していきます.そして,とうとう

118.6円にまで達すると,ドル建資産の期待収益率は円建資産と一致します.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 +

115− 118.6

118.6= 0.05− 0.03 = 0.02

仮定によって人々は資産の期待収益率しか見ないのですから,ドル建資産と円建資産の期

待収益率が一致した瞬間に,両者の区別は完全に消滅します.したがって,もはや誰も円

建資産を売ってドル建資産を購入しようとは考えなくなります.同時にドルの需要も消滅

しますので,為替レートをそれ以上動かす力はもはや存在しません.すなわち,為替レー

トは 118.6円に「落ち着いた」わけです.

次に,円建資産とドル建資産の利子率と期待レートはそのままで,今日のレートが 120

円である場合を考えてみましょう.

ケース 2� �ドル建資産の利子率 i∗ = 0.05

円建資産の利子率 i = 0.02

現在の為替レート E0 = 120

1年後の期待為替レート Ee1 = 115� �

このとき,ドル建資産の期待収益率は次のようになります.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 +

115− 120

120= 0.05− 0.042 = 0.006

すなわち,ドル建資産の期待収益率が円建資産のそれ(0.02)を下回っています.した

がって,誰もドル建資産を保有し続けようとはせず,皆がドル建資産を売って円建資産を

購入しようとし,大量のドル供給が瞬時に発生します.これによってドルは減価しはじ

め,たとえば 119円になったとしましょう.ドル建資産の期待収益率は次のように変化し

ます.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 +

115− 119

119= 0.05− 0.034 = 0.016

ドル建資産の期待収益率は上昇していますが,それでもまだ円建資産を下回っていますの

で,ドル建資産の売り注文・円建資産の買い注文は止まず,ドル供給は存在したままです.

したがって,ドルは減価を続けます.そして,118.6円まで増価したとき,以下のように

ドル建資産の期待収益率は円建資産と同じレベルとなります.

R∗e = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05 +

115− 118.6

118.6= 0.05− 0.03 = 0.02

もはや人々にとって両資産の違いはなくなります.円建資産の売り注文・ドル建資産の買

い注文はおさまり,ドル需要も消滅し,為替レートは 118.6円に「落ち着く」ことになり

ます.

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22 第 2章 為替レートの決定

以上のように,円建資産とドル建資産の期待収益率が異なる限り,人々は一方を他方で

完全に入れ換えようとするため,大量のドル需要あるいはドル供給が発生し,現在の為替

レートは変化し続けます.ところで,現在の為替レートの変化はドル建資産の期待収益率

を変化させるので,やがて円建資産とドル建資産の期待収益率は一致します.このとき,

もはや両者は人々にとって完全に同一の資産となるので,資産の入れ換えは意味を失いま

す.すると,ドルの買い注文・売り注文も消滅し,為替レートは動かなくなるのです.

以上 2つのケースから,為替レートの決定に関して次のことがわかります.すなわち,

現在の為替レートの水準は,円建資産・ドル建資産の利子率および 1年後の期待為替レー

トを与えられたもとで,円建資産とドル建資産の期待収益率を一致させるようなところに

落ち着くということです.

babababababababababababababababab

金利平価条件

今日の円=ドル・レート(E0)は,円建資産とドル建資産の利子率(i, i∗)およ

び将来の為替レートの期待値(Ee1)を与えられたとき,円建資産とドル建資産

の期待収益率を等しくするような水準に決まる.すなわち,以下の等式を満た

すように E0 が決定される.

i = i∗ +Ee

1 − E0

E0(2.3)

このような為替レート決定モデルを,異なる通貨建資産の広い意味での利子率(「金利」

とも言う)を等しくするという意味で,「金利平価(interest parity)モデル」と言います.

また,金利平価を成立させるような為替レートの値を,「ドルの需給を均衡させる」とい

う意味で「均衡為替レート」と呼びます.

資産の売買は大量かつ迅速なため,わずかでも(2.3)式が崩れるようなことがあれば,

瞬時にドルの需給が大きく変化して(2.3)式が成立するように為替レートが変化します.

したがって,日々私達が見ているのは,金利平価を成立させる均衡為替レートであると考

えることができます.

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2.2 為替レートの決定理論 23

均衡為替レートの値を求める

前節で,為替レートが 118.6円に落ち着くことを見ました.ところで,この「118.6円」

という値はどのようにして知ることができるのでしょうか.

金利平価式(2.3)を思い出してください.今,円建金融資産の利子率が 0.02,ドル建

金融資産のそれが 0.05,将来の為替レートの期待値が 115円ですから,今日の為替レート

は以下の条件を満たさなければならないことになります.

0.02 = 0.05 +115− E0

E0(2.4)

よく見れば,これは E0 に関する方程式になっています.従って,この方程式を解いて

E0 を求めれば,それが条件 (2.4)を満たす為替レート,すなわち均衡為替レートというこ

とになります*8.ただ,この方程式は分母に未知数を含んでいますので,具体的に解を見

つける作業はやや注意を要します.以下で丁寧に説明しましょう.

まず,分母の E0 を消して線形の方程式*9に書き換えたいので,両辺に E0 をかけます.

0.02× E0 = 0.05× E0 +115− E0

E0× E0

0.02E0 = 0.05E0 + 115− E0

0.02E0 = 115− 0.95E0

このとき,左辺の 0.05に E0 をかけるのを忘れて,とんでもない答えを出してくる人が

毎年必ずいます.気を付けてください.

次に,E0 の項を全て左辺に,それ以外の項をすべて右辺にまとめます.そのために,両

辺に 0.95E0 を足します.

0.02E0 + 0.95E0 = 115− 0.95E0 + 0.95E0

0.97E0 = 115

あとは,左辺を E0 のみにするために,両辺を 0.97で割ります.

0.97E0 ÷ 0.97 = 115÷ 0.97

E0 = 118.5567

こうして,(2.4)式を満たす為替レート,すなわち均衡為替レートが約 118.6円である

ことがわかるのです.

*8 ある条件を満たす x の値を求めるということは,その条件を x を含む方程式の形で表現し,その方程式

を解くことと同じです.

*9 「線形の方程式」とは皆さんが中学で習った「一次方程式」のことです.すなわち,x2, x3 や 1/x が出

てこない方程式のことです.

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24 第 2章 為替レートの決定

グラフによるアプローチ

以上の為替レート決定の様子を,図で視覚的に理解してみましょう.図 2.8 の r0r0 曲

線は,ドル建資産の利子率が 0.02,期待レートが 1 ドル 115円のときの,今日の為替レー

ト(E0)とドル建資産の円で見た期待収益率(R∗e)の関係を表しています.既に見たと

おり,今日の為替レートが高いほどドル建資産の期待収益率は低くなりますので,右下が

りの曲線になっています.一方,0.02のところで横軸と並行に引かれている i0i0 曲線は,

円建資産の利子率(=収益率)を表しています.円建資産の収益率は為替レートと無関係

(=為替レートの値が何であろうが 0.02で一定)なので,i0i0 曲線は水平な直線になって

います.

為替レートが 118.6円のところで r0r0 曲線と i0i0 曲線が交わっています.これは,為

替レートが 118.6円のとき,円建資産とドル建資産の円で見た期待収益率が等しくなるこ

とを,すなわち金利平価条件が成立することを意味しています.したがって,図の上では

為替レートは r0r0 曲線と i0i0 曲線の交わるところに決まることになります.

-0.02

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

110 112 114 116 118 120 122

iR e ,*

0E0r

0r

0i 0i

ドル利子率0.05,期待為替レート115円としたときの,今日の為替レートとドル

資産の円建収益率との関係

円資産の利子率

円資産の利子率とドル資産の円でみた

期待収益率とを一致させる為替レート

(=均衡為替レート),118.6円.

0

0* 11505.0

E

ER e −

+=

図 2.8: 均衡為替レート

2.3 短期的な為替レートの変動要因

すでにみたように,i,i∗,Ee1 が与えられれば,金利平価式を解くことで今日の為替

レートのあるべき値を求めることができます.ところで,i,i∗,Ee1 のいずれかの値が異

なれば,金利平価式自体が異なってくるので,その解,すなわち均衡為替レートも異なっ

てきます.これは,今日の為替レートが i,i∗,Ee1 によって決められていることを意味し

ます.図 2.9のように,i,i∗,Ee1 がインプットとして入力されると,均衡為替レート E0

がアウトプットとして出てくるイメージです.

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2.3 短期的な為替レートの変動要因 25

円建資産の利子率

期待為替レート

ドル建資産の利子率 今日の均衡為替レート金利平価

外生変数 内生変数

図 2.9: 為替レートの決定(イメージ)

したがって,i,i∗,Ee1 の値が変化すれば,アウトプットされる均衡為替レートも変化

することになります.すなわち,これら 3つの変数の変化こそが,為替レートを変化させ

る要因なのです.以下で,これらの変化が為替レートをどう動かすか,順に見ていきま

しょう.

2.3.1 円建金融資産の利子率の変化

円建資産の利子率 0.02,ドル建資産の利子率 0.05,為替レートが 118.6円,1年後の期

待為替レートが 115円であるとします.この条件の下では「円建資産の収益率=ドル建資

産の円でみた期待収益率」が成立するので,ドルの需給は均衡しています.

今,何らかの理由で円建資産の利子率が 0.02から 0.03へ上昇したとしましょう*10.こ

のとき,当然ながら円建資産の収益率はドル建資産の期待収益率より大きくなってしまい

ます.そうなると,ドル建資産を持つ理由はなくなり,誰もが保有しているドル建資産を

売り,代金として得たドルを売って円を購入し,その円で円建資産を購入しようとしま

す.したがって,大量のドル供給が瞬時に発生し,ドルが減価(為替レートが低下)しは

じめます.ドルの減価によってドル資産の円でみた期待キャピタルゲインが拡大し,ドル

資産の円でみた期待収益率が上昇していきます.やがてレートが 117.35円まで低下する

と,両資産の期待収益率は完全に等しくなり,もはやドル資産を円資産に換えようという

人はいなくなり,ドル供給も消滅し,為替レートは動かなくなります.外国為替市場は新

しい均衡に到達したのです.

ドルの期待増価率 =115− 117.35

117.35= −0.02

ドル建資産の円で見た期待収益率 = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05− 0.02

したがって,円建資産の利子率が上昇すると,ドルが減価する(=円が増価する)こと

がわかります.

反対に,円建資産の利子率が低下すれば,円は減価(ドルは増価)することになります.

*10 円建資産の利子率が変化する理由については次章で詳述します.

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26 第 2章 為替レートの決定

2.3.2 ドル建金融資産の利子率の変化

次に,ドル建資産の利子率が何らかの理由で 0.06へと上昇した場合を考えてみましょ

う.このとき,ドル建資産の円でみた期待収益率は円建資産の利子率を上回ることになり

ます.もはや円建資産を保有する理由はありませんので,誰もが自分の資産の中の円建資

産をドル建資産で入れ換えようとします.すなわち,円建資産を売却し,代金として得た

円を売ってドルを購入し,そのドルでドル建資産を購入しようとします.したがって,瞬

時に大量のドル需要が発生し,ドルが増価(=為替レートが上昇)しはじめます.ドルの

増価によってドル資産の円でみた期待キャピタルゲインは低下し,期待収益率も低下して

いきます.やがて為替レートが 119.8円まで上昇すると,再び両資産の期待収益率は均等

化し,レートの上昇は止まります(新しい均衡).

ドルの期待増価率 =115− 119.8

119.8= −0.04

ドル建資産の円で見た期待収益率 = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.06− 0.04

したがって,ドル建資産の利子率が上昇すると,ドルが増価する(=円が減価する)こ

とをがわかります.

2.3.3 期待為替レートの変化

最後に,期待為替レートが何らかの理由で 117円へと上昇した場合の,現在の為替レー

トへの影響を考えてみましょう.期待レートが変わるということは,これまで「1年後は

115円になっているだろう」と皆が思っていたのに,突如「いや,117円ぐらいまでいく

のではないか」と考えを改めたということを意味します.これに伴って,当然ドル建資産

の収益率に対する予想も変更されます.

1年後の為替レートが(115円から)117円まで上昇すると,むこう 1年でのドルの減

価率は-1.3パーセントまで低下します.

ドルの期待増価率 =117− 118.6

118.6= −0.013

したがって,ドル建の利子率 5 パーセントと合計して,ドル建資産の収益率の予想は

0.037にもなってしまいます.

ドル建資産の円で見た期待収益率 = i∗ +Ee

1 − E0

E0= 0.05− 0.013 = 0.037

これは円建資産の利子率を上回っていますので,もはや円建資産を保有する理由はなく

なります.瞬時に大量の円建資産が売られ,ドル建資産が需要されます.その裏で同額の

ドルが買われるので,ドル需要が生じ為替レートは上昇します.為替レートの上昇ととも

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2.3 短期的な為替レートの変動要因 27

にドル建資産の円でみた期待収益率は低下し,やがて為替レートが 120.62円まで上昇し

たところで,再びドル建資産と円建資産の期待収益率は均等化し,為替レートの上昇は止

まります.

したがって,将来の為替レートの予想値が上昇すると,今日の為替レートが上昇してし

まうのです.この「将来予想の変化が現在の変化を引き起こしてしまう」ことこそ,資産

市場の特徴と言えます.過去の価格の積み重ねとして現在の価格があるのではなく,未来

の価格(の予想)の積み重ねとして現在の価格があるのです.

以上をまとめると,次のようになります.� �1. 円建金融資産の利子率が上昇すると,円が増価(為替レート

が低下)する.

2. ドル建金融資産の利子率が上昇すると,ドルが増価(為替

レートが上昇)する.

3. 将来の期待為替レートが上昇すると,今日の為替レートが上

昇する.� �2.3.4 新たな均衡為替レートの値を求める

ところで,ドル建資産・円建資産の利子率の上昇や期待為替レートの上昇によって均衡

が変化するとき,新たな均衡為替レートの値はどのようにして求めることができるでしょ

うか.ドル利子率の変化を例にとって考えてみましょう.

当初,i = 0.02,i∗ = 0.05,Ee1 = 115のもとで,今日の為替レートが 118.6円のとき

に金利平価が成立し,外国為替市場は均衡していました.

0.02 = 0.05 +115− 118.6

118.6

ここで,ドル利子率が 0.06へと上昇すると,もはや 118.6円の為替レートでは金利平価

は成立せず,市場は均衡しません.

0.02 ̸= 0.06 +115− 118.6

118.6

すぐに人々は有利なドル建資産に乗り換えようとし,大量のドル需要が発生し,再び金利

平価を成立させるよう為替レートが変化していきます.以上より,新たな均衡為替レート

とは,変化したドル利子率の下で金利平価を成立させるような為替レートです.従って,

以下の新たな金利平価条件(i∗ を 0.05から 0.06に置き換えたもの)を解けば,新たな均

衡為替レートを求めることができます.

0.02 = 0.06 +115− E0

E0

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28 第 2章 為替レートの決定

同様に,円利子率の上昇や期待為替レートの上昇についても,変化後の円利子率や期待

為替レートのもとで新たに金利平価条件をつくり,それを解けば新たな均衡為替レートを

得ることができます.練習問題として自分で取り組んでみるとよいでしょう.

2.3.5 図によるアプローチ

以上の分析を先に説明した図 2.8を用いて確認することもできます.

説明の便宜上,ドル建資産の利子率(注:収益率ではない)の上昇の効果から考えま

しょう.図 2.8 で説明したように,rr 曲線はドル利子率と期待為替レートをそれぞれ

i∗ = 0.05, Ee1 = 115 に固定して描いたものです.したがって,ドル利子率か期待為替

レートのいずれか(または両方)が変化すれば,rr曲線自体がシフトします.では,どう

シフトするかを考えてみましょう.

表 2.1は,0.05のドル建資産の利子率の下で,様々な為替レート(113~118円)に対

応するドル資産の期待収益率を計算したものです.

表 2.1: ドル利子率の上昇とドル建資産の期待収益率の変化

(1) (2) (3) (4) (5) (6)

E0 ドルの期待増価率 i∗(変化前) i∗(変化後) R∗e(変化前) R∗e(変化後)

(115− E0)/E0 (2)+(3) (2)+(4)

113 0.018 0.05 0.06 0.068 0.078

114 0.009 0.05 0.06 0.059 0.069

115 0 0.05 0.06 0.05 0.06

116 -0.009 0.05 0.06 0.0414 0.0514

117 -0.017 0.05 0.06 0.0329 0.0429

118 -0.025 0.05 0.06 0.025 0.035

この表 2.1から分かるように,いずれの為替レートにおいても,ドル資産の期待収益率

はドル利子率上昇後に 0.01だけ上昇しています.これは,ドル資産の期待収益率が,ド

ルの期待増価率にドル利子率を足したものだからです.ところで,ドルの期待増価率はド

ル利子率が上昇しても影響を受けず,不変です.したがって,ドル利子率が上昇した影響

だけが期待収益率に現れてくるのです.

さて,いずれの為替レートにおいてもドル資産の期待収益率は以前より 0.01だけ上昇

しているということは,グラフ上では rr曲線が上にシフトすることを意味します.従っ

て,図 2.10にあるように,rr曲線が r0r0から r1r1へとシフトし,均衡為替レートが 118.6

円から 119.8円へと上昇するのです.

期待為替レートの上昇についても,同様の表 2.2 を用いて考えてみましょう.表の第

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2.3 短期的な為替レートの変動要因 29

0

0.02

0.04

0.06

0.08

112 114 116 118 120 122

0r

0r

1r

1r

0i 0i

iR e ,*

0E

ドル利子率の上昇によって

rr曲線が上方にシフト

図 2.10: ドル建資産の利子率上昇の効果

(5)列と第 (6)列を比較すると,いずれの為替レートについても,ドル建資産の期待収益

率は期待為替レートの上昇によって上昇していることが見て取れます.これは,期待為替

レートが上昇したことによって,全ての為替レートにおいてむこう 1年間での(期待され

る)キャピタルゲインが拡大するためです.

さて,いずれの為替レートにおいてもドル資産の期待収益率は以前より上昇していると

いうことは,グラフ上では rr曲線が上にシフトすることを意味します.従って,図 2.11

にあるように,rr 曲線が r0r0 から r2r2 へとシフトし,均衡為替レートが 118.6 円から

120.62円へと上昇するのです.

表 2.2: 期待為替レートの上昇とドル建資産の期待収益率の変化

(1) (2) (3) (4) (5) (6)

E0 ドルの期待増価率 ドルの期待増価率 ドル建資産の R∗e(変化前) R∗e(変化後)

(変化前) (変化後) 利子率 (2)+(4) (3)+(4)

113 0.018 0.035 0.05 0.068 0.085

114 0.009 0.026 0.05 0.059 0.076

115 0 0.017 0.05 0.05 0.067

116 -0.0086 0.0086 0.05 0.0414 0.0586

117 -0.0171 0 0.05 0.0329 0.05

118 -0.025 -0.0085 0.05 0.025 0.0415

最後に,円建資産の利子率の上昇は,グラフでどのように表現できるでしょうか.これ

は,前の 2つのケースと比べると非常に簡単です.図 2.12のように,i0i0 が上にシフト

するだけです.均衡為替レートは 118.6円から 117.35円へと低下します.

以上,円利子率,ドル利子率,期待為替レートの変化が均衡為替レートに与える効果

を,グラフで理解するアプローチを説明しました.どのような変化がどの曲線をどのよう

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30 第 2章 為替レートの決定

0

0.02

0.04

0.06

0.08

0.1

112 114 116 118 120 122

0r

2r

0r2r

iR e ,*

0E

0i 0i

期待為替レートの上昇に

よってrr曲線が上方にシフト

図 2.11: 期待為替レート上昇の効果

0

0.02

0.04

0.06

112 114 116 118 120

0r

0r

0i 0i

1i 1i

期待為替レートの上昇に

よってii曲線が上方にシフト

iR e ,*

0E

図 2.12: 円建資産の利子率上昇の効果

にシフトさせるのか,結果として均衡為替レートがどう変化するのか,もう一度確認して

おくとよいでしょう.また,ここで用いた例と逆のケース(円利子率の低下,ドル利子率

の低下,期待為替レートの低下)について,練習問題として自分でグラフを書いて均衡為

替レートへの効果を考えてみるとよいでしょう.

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2.3 短期的な為替レートの変動要因 31

付録:期待収益率の公式の導出

ここでは,ドル建資産の円でみた期待収益率を計算する公式(2.2)式の導出方法を説明

します.

今知りたいのは,「ドル資産に投資したお金 1円あたり何円の収益を得られるか」です.

そこで,1円をドル資産に投資するところから話をはじめましょう.現在の為替レートを

E0 とすれば,1円で 1/E0 ドル分のドル資産が購入できます.1年後の満期時には,元本

1/E0 ドルと利子 (1/E0)× i∗ ドルの支払を受けます.合計で

1

E0+

1

E0× i∗ = (1 + i∗)

1

E0

となります.

こうして受け取ったドルを,その時の為替レート Ee1 で円に換えると,

1

E0× (1 + i∗)× Ee

1 =Ee

1

E0× (1 + i∗)

となります.このあたりの流れは図 2.13を見てフォローしておいてください.

ドル

1円

ドル

為替レート 円 為替レート 円

今日 1年後

利子率

0E eE1

0/1 E ( )( )*0 1/1 iE +

( )( )*01 1/ iEE e +

*i

eR*

収益率

図 2.13: ドル建資産への 1円の投資の結果

つまり,私たちは今日 1円だけドル資産に投資すると,1年後に (Ee1/E0)(1 + i∗)円の

支払を受けることになります.従って,ここから投資額 1円を差し引けば,1円あたりの

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32 第 2章 為替レートの決定

収益,すなわち R∗e が計算されます.

R∗e =Ee

1

E0× (1 + i∗)− 1

=Ee

1 + Ee1i

E0− 1

=Ee

1 + Ee1i

∗ − E0 + E0

E0− 1

=(Ee

1 − E0) + Ee1i

∗ + E0

E0− 1

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1i

E0+

E0

E0− 1

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1i

E0+ 1− 1

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1i

E0

最後の式の第 2項がちょっと気持ち悪いので,分子に E0i∗ を足して,同時に E0i

∗ を

差し引きます(そうすれば量的な変更を加えずに,形だけ変えることができる).

R∗e =Ee

1 − E0

E0+

Ee1i

E0

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1i

∗ − E0i∗ + E0i

E0

=Ee

1 − E0

E0+

(Ee1 − E0)i

∗ + E0i∗

E0

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1 − E0

E0i∗ +

E0i∗

E0

=Ee

1 − E0

E0+

Ee1 − E0

E0i∗ + i∗

(2.5)

最後の式の第 2項 ((Ee1 − E0)/E0)× i∗ は,為替レートの変化率(通常は 0.01などの

少数)とドル資産の利子率(これも通常は 0.01などの少数)の積であり,きわめて小さ

い数字であることがほとんどです.したがって,これを無視して考えても実質的な影響は

ないでしょう.結果として,以下が得られます.

R∗e ≃ i∗ +Ee

1 − E0

E0

ここまでの導出過程からわかるように,ドル建資産の円でみた期待収益率を計算する

(2.2)式は,実は「近似式」なのです.したがって,これは為替レートの変化率や利子率

が小さいとき(つまり平常時)に適用可能なものであることは注意を要するでしょう.